複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス【File1完】 ( No.8 )
日時: 2018/02/11 10:56
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

>>7 日向さん

やばい、いつも紳士と呼んでいると日向さんとか呼ぶと違和感がすごい。
あっちの方では常日頃からお世話になっております。
でもって向こうで既に言いましたが、アリスの絵ですね、ありがとうございます!

でもね、多分げっぱくさんやViridisさんと比べたらまだまだ稚拙な個所が多いので、やっぱり昔から言ってるラノベっぽい、っていうのが正しいかもしれませぬ。

奏白さんは今後まだまだ活躍の機会がありますし、アリスももうちょっとだけ出番が続きますね。
最初のケースにアリスを採用した理由は特別には無くて、とりあえずトランプのソルジャーが強そうだからということでしたが、気に入ってもらえたならよかったです。

わがまま勝手な、ませた女の子っていうのを決めてもっと生意気そうな口調にしようかと思いましたが最終的に口調はやや可愛らしくなりました。口調のモデルはシャドウバースのルナあたりです((
メルリヌスさんは真凜とは仲良しみたいですね、今後契約者と会話する守護神はいっぱい出てくるので彼らの性格も気にかけてもらえたら嬉しいです。

討伐後のフェアリーテイルの処遇がどうなるのか、それはFile3をお待ちください。
File2はまた違った少年が出てきてくれることでしょう。




それでは、以下に簡易的な設定です。一話でストーリー中に解説された分のみ記載されています。


・守護神アクセス
 異世界に住む己の守護神にリンクし、その能力を借り受けること。契約した守護神の声を聞き、姿を見れるのは自分だけ。

・phone(フォン)
 守護神アクセスを行うための端末の名称。なぜ横文字なのかというとそういう名称で商標が決まったため。
 メタ的な意味としては、横文字にすることでこの作品特異な、アイテムを指していると読んで分かりやすくするため。

・アクセスナンバー
 簡単に言うと守護神の序列。一部例外はあるが小さい方が強い。

・calling
 原案当初のタイトルの名前。この作中においては、少し前まで守護神アクセスをこう呼んでいたという扱い。
 ガラケーで実際に電話をかけるような所作でアクセスを昔は行っていたためこう呼ばれていた。
 しかし、スマートフォン型のphoneが普及するようになったことや、異世界への研究が進むにつれて徐々に守護神アクセスと呼ばれるように。
 基本この用語は今作において知君以外の口からは出ない。



登場人物について

知君 泰良
高校生にしてなぜか警察の特別対策チームに入ってる子。抜擢された理由はいつかFile0で語られることでしょう。
守護神はネロルキウス。その名の由来は古代ローマの皇帝、ネロから。ルキウスはネロが幼かった頃の名前のようです。
黒髪で、普通の見た目をした子だが、この子の性格的な特徴としてはとても腰が低い。どれくらい、って先輩などに限らず、後輩や路傍に座る猫にまで敬語で話しかけるほど。
第一話では主人公その1のくせに出番がアリスや2人の奏白に食われている。大体ネロルキウスのせい。

名前の由来は暴君(タイラント)からタイラ、になり泰平と良心を掛け合わせたような当て字になりました。彼らしい名前になって僕は気に入っています。
苗字ですが、最初の段階ではネロルキウスの名前は全知の暴君でしたのでそこから二文字持ってきました。


奏白 音也
茶髪でパーマ、すなわちちょっとチャラい。
モテるけども職場は男だらけなのでいまいち彼女はできない。
守護神はアマデウス。アマデウスはモーツァルトの本名の一部だったはず。
アクセスナンバーはmusicから、649(むしく)となりました。
ぶっちゃけ音速移動のせいで500番台や400番台の人間より下手したら強い。真凜が勝てるビジョンは未来予知しても浮かばない。予知できたところで音速移動にどう対処するんや。
こないだ訳あって生まれた遠野透には惨敗するがまあそれはそれ。これはこれ。

奏白 真凜
かつて天野明の画集に出てきたポニーテールみたいな女性捜査官が容姿に関しては元ネタ。性格はサイコパスを視聴していなかったのでわかりません。
この子本来はマリンという名前の響きから水属性の能力者だったのですが、マーリンをベースにしたメルリヌスに設定が変化しました。
兄と同じく容姿端麗だが飾り気がない。ノーメイクであれだけ美人って何者だとも言われているらしいがそれは置いておこう。
最低限夜の肌の手入れくらいはしているらしい。滅多に怒らないが怒ってなくとも怖い。
作者次第で五個くらい年下の男の子に手を出すお姉さんにさせられる。

アリス
第一話のメインヒロイン()
容姿はよくあるアリス、話し方はシャドバのルナ、ませた感じはあさg((
少女、とだけ表記されていましたが10歳くらいです。
能力は基本トランプソルジャー。帽子の人とかウサギとかは出す暇なかったね。

Re: 守護神アクセス【File1完】 ( No.9 )
日時: 2018/04/18 15:35
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

 月曜日は何だか気が重いと昔から思う。二日も休んで楽をした後、これからまた五日間頑張らなければならないと思ってしまうからだ。部活は楽しいけれど、授業はちっとも面白くなくて、そんな普通の高校生活を俺は送っている。部活と娯楽だけに溺れられる休日は、何より楽しい。
 そんなうだるような月曜日の朝、今日も俺は学校に行くために規則正しく七時に起床した。頭のすぐ近くで煩く鳴り響く目覚まし時計を止めて、窓から差す陽の光を眺める。どうやら、昨日に引き続き今日も晴れているようだ。天気がいいと、この時期以降の体育館は蒸し暑いんだよなと、放課後の部活動の時間を嘆いた。
 立ち上がると、昨日の部活の疲れからか、太ももに筋肉痛が走った。この後体が強くなっていくサインなので、体は少し重いがその痛みはどこか誇らしかった。
 リビングに着くと、もう既に俺の分の朝食は食卓の上に並んでいた。白い丸皿にサラダと目玉焼きが仲良さげに並んでいる。オーブンレンジが鳴ったかと思うと、追加でトーストが一枚出てきた。寝起きの渇きを潤すために、注がれた牛乳を一息に飲み干した。卓上に置かれた紙パックからお代わりを用意して、テレビの方を眺めた。昨日起きた出来事を報道しているようで、その中で最も俺の気をよく惹いたのは『フェアリーテイル初検挙』だった。目玉焼きをトーストの上に乗せ、一口頬張る。
 フェアリーテイル、それはここ数十年で研究が進められてきた、異世界に住む守護神の中の一部の存在が暴走した姿である。元々知られていた、phoneを媒介とせずともこちらの世界に顕現できる特別な守護神が、原因不明の暴走を起こしているというのがここ最近の騒動の発端であった。基本的に彼女らの活動拠点は日本近辺に集中しており、対処はほとんど日本の統治組織に任せきりにしているのが世界的な情勢だ。ただでさえ強力な能力を有するお伽噺の住人たちが暴走しているため、日本警察や自衛隊だけでは手を焼いている現状があるが、ついに昨日、ようやくその一人を捕まえることができたというわけだ。
 天気予報と占いが終わり、その報道の特集へと移る。画面に映し出されたのは二人の警察官だった。フェアリーテイル対策課、その第7班を構成している二人らしい。全三人の班と表記されているのに二人しか映っていないのは違和感があるが、ニュースは続いていく。映し出された二人は同じ苗字をしており、一目で兄弟だと分かった。兄の方は少し遊びなれていそうで、髪の毛を染めていたりパーマをかけていたりするが、妹の方はとりあえず髪を束ねました、という程度の飾り気のないものだった。ただ、二人とも美男美女であり、来期のドラマの主演とヒロインだと言われても信じてしまいそうなほどだった。
 そう思ったのは自分だけではなく、解説するアナウンサーもそのような感想を漏らしていた。ただ、この人たちにはそんな感想よりももっと他に話すことがあるだろうとも思う。奏白、その名前には聞き覚えがあった。年の離れた兄がかつて、後輩ができたと喜んでいた。一年くらい頻繁に名前を聞いたけれども、いつしかその名前は聞かなくなってしまった。

「そう言えば、兄貴と親父はもう行ったの?」
「そうみたい。会議があるっていうのと、負けてられないっていうのがあったらしいよ」

 負けてられない、というのはおそらくこの奏白という警官相手になのだろうなと、すぐに分かった。親父から聞いていたが、兄貴が彼の話をしなくなった頃、この奏白という人物は優秀な素質を見せ始め、同期どころか上の代も何代かまとめて喰うくらいの存在感を示していたようだ。きっと、劣等感を感じてしまったんだろう、基本的に優しい兄貴のことだから、妬んで陰口のようなことを言うくらいなら話題にあげないようにしているのだろう。
 ただ、今回二人が負けたくないと思ったのはまた別の人間だったようだ。

「何かね、光葉(こうよう)と同じ高校の子が、そのアリスを検挙したらしいわよ」
「ふーん……って、はぁあっ!?」

 ニュースの方を集中して見ようとしたため、初めは母さんのその言葉を聞き流してしまいそうになったが、それを許さないぐらいの衝撃がそこにはあった。

「何て言ってたかしら。えーっと……チキンじゃなくて……」
「ちき……知君のこと?」
「あ、そうそう、そう言っていたわ」

 知君 泰良、クラスメイトの顔を俺は思い出す。いかにも大人しそうで、人前に立つようなタイプではないが心優しく誰にでも礼儀正しい男子だ。背丈は男子にしては少し低いが、それでも平均的な女子よりは高い。可愛らしい顔つきをしており、女子からあんまり男子だと思わないと、仲良くしてもらっているため、腰の低い性格にも関わらずガラの悪いグループから被害を受けていない。
 実際、ニュースの中で知君は第三の班員としてしか紹介されていなかった。未成年の、警察外部の人間を班員に加えているということは黙っておいた方がいいから報道規制がかかっているのだろう。それにしても、家族に話してもいいものなのだろうかと、我が家族ながら俺は呆れそうになる。昔からそういうことはあったため、俺は基本的にこういった話は学校で誰かに話さない処世術は身に着けた。

「せめてコメントだけでももらおうとしたんですけど、この三人目の方、交戦時の影響で今眠っているらしいんですよね」

 画面の中のアナウンサーがそう言うのが聞こえた。一体何があったのだろうかと、大して普段仲良くしているわけでもないクラスメイトのことが気になった。
 情報が得られない第三の班員は彼らにとってどうでもいいらしく、話はフェアリーテイル騒動から奏白兄弟へと戻っていた。この二人の尽力も無ければ被害はより一層大きくなってしまっていただろうと二人の事をさらに持ち上げた。
 きっとこの二人の活躍は実際に大きなものだったのだろう、しかしこれだけ丁寧に取り上げられているのは二人の容姿が整っているからに思える。正義のシンボルとして、ヒーローとして持ち上げて、民衆を鼓舞しようとするような。
 この二人の守護神の序列は揃って高く、両者とも三桁ナンバーであると語られた。うらやましいなと、口からうっかりと零れ出る。
生まれながらにその素質は決まっている。自身が契約する相手である守護神に恵まれれば、それだけ誰かを助けられる……ヒーローに、なれる。
 この俺、王子(おうじ) 光葉には生まれた時からその資格がなかった。



 案の定、というべきだがその日は知君は学校に来ていなかった。あの話は本当だったのかと思ったが、たまたまかもしれないと思いなおした。朝のホームルームで担任が教室の前で、知君は風邪で病欠していると言ったためだ。何だやはりたまたまかと思っていたのだが、昼休みに教師に呼び止められてその認識は改められた。

「王子、ちょっといいか」

 知君のことなんだがと前置いて、午前中に彼が休んだのは風邪のせいだと言ったその先生は、早々にその事実を否定した。

「学校側には理由は伏せられてて先生も知らないけど、知君、数日間病院で療養するみたいなんだよな。それで、入院先がお前のおじいちゃんがやってる病院なんだよ」

 だから今日の配布プリントを代わりに持って行ってくれないかというのが先生からのお願いらしかった。部活の後で構わないらしく、それでいいならと引き受けた。少々陰ってしまいそうな自分に、笑顔を張り付けてごまかす。こうやって誰かが望む自分の姿を演じるのは昔から慣れていた。
 昔から、この王子という苗字のせいで色々とからかわれ続けた。学芸会では白雪姫でもシンデレラでも王子役をやらされた。もっとカッコ良かったり、クラスの中心にいた人物は他にもいたというのに。俺自身大して整った顔はしていなかったが、身だしなみには最低限気を配って名前負けしないようにと努力し続けた。
 そして誰も怒らせないようにと言動にも気を配るようになった。本心を隠すようになったのもこのあたりからだし、相手が望むような言葉や行動を選ぶようになったのもそれからだった。そのおかげというべきか、俺は今やクラスに部活、大体のコミュニティにおいて中心にいることができている。
 王子と話すのはすごく楽しいと言ってくれる人は沢山いる。俺もそう思われるのはとても嬉しいからより一層応えたくなってしまう。けれども思ってしまう、息苦しいと。誰かの欲求を叶えてはいるけれど、自身の欲求のみを叶えようとしたのは、いつが最後だったろうと。

「王子くんは、優しい人ですね」

 俺のその内心を知っていたのだろうかと、今では尋ねたくなるが、その昔知君にそう言われたことがある。コンプレックスに悩んでしまいそうになるが、知君には何も悪いところはない。何が悪いとしたら、自分が悪いのだから。
 午後の授業を受けている間、ずっと俺は上の空だった。その日最後の科目は現代社会の授業で、近年人々の注目を集め続けている守護神と異世界に関する発展の歴史についてだった。頬杖をついてぼうっとしているのが見つかり、先生に注意される。この先生は少し口うるさいという評判で有名であり、この人が担任でなくて四月にはホッとしたものだった。

「聞いているのか、王子様」

 わざわざ様をつけて呼んでくるあたり、俺もこの男を好きになれなかった。態度だけでかい教師の筆頭のようなもので、授業は教科書を読むだけのサルでもできるようなもの、質問には答えない、というか答えられないくせに可愛いと思っている女生徒にはねちねちと絡みに行く。会話の内容自体は普通で、セクハラじみたことをしないのがこの男唯一の良心といっても過言ではなかった。

「聞いてましたよ」

 内容が内容だけに、最悪聞かなくても知っていることは多々ある。この男特有の嫌がらせも、この内容においては俺に対してそれほど効果は無い。

「じゃあいくつか質問だ。今も生きている人の中で、初めて守護神と接続したのは誰だ」
「日本人の琴割 月光さんですね」
「そうだ、そこから昨今の守護神と異世界に関する研究が始まった。本来、死の淵から生還した人間の中でもさらにごくごく一部の人間が守護神アクセスを昔から行うことができた。おそらく、ブッダやキリスト、モーセといった人々の逸話は守護神の能力があってこそのものだ。そうして数十年の間研究が行われた後、守護神アクセスはほとんど誰でも行えるようになった。それは何でだ?」

 ほとんど全て、その言葉に俺の胸はちくりと痛んだ。そうだよな、ほとんど全てなんだよなと、心の中で相槌を打つ。

「phoneが開発されたから、です」
「その通り。人間のDNAのある領域の配列を読み取るとその者が契約する守護神の番号が分かる」

 そうして初めて守護神アクセスを行った際に初めて自分の守護神の名前と能力を知ることができる。phoneが開発された当初は、貨幣と同じように政府だけが警官や軍隊といった組織にのみ作れるよう設計図をどの国でも厳重に保管していたらしい。しかし、いつしか設計図は漏洩し、一般の企業も作れるようになってしまった。
 そのため国際連合はとある処置をとって管理できるようにしようとした。まず初めに、phoneの特異性の確保である。購入時に登録した遺伝情報を持つものしか使えないようになされた特別な加工である。これにより、危険人物が他人のものを無理やり奪って守護神アクセスする可能性を潰した。次に特殊なチップの埋め込みにより、phone自体を政府の判断で強制終了できるようなシステムを規格として強制させた。これにより、流通するどのphoneを悪用されたとしても政府がパソコンをいじるだけでその者は守護神との連携が強制的に切断される。
 そして最後の安全策が、phone取得の際には免許が必要となる。この免許とは名ばかりで、結局のところ精神や思想に問題がある人物を弾き出すための制度である。
 それでもやはり抜け道はある。免許を得ずともphoneを手にする経路もあれば、チップを抜き出し強制切断をできなくさせた改造品も手に入る。
 今の時代、人によっては銃や刀よりも守護神の方がよほど力強い。よっぽど弱い守護神である場合を除き、だが。
 それでもいいじゃないか、守護神アクセスできる分だけ。俺はそう、思う。

「王子のおかげで復習もできたことだし、授業を続けるぞ。守護神の中でも特別な存在というのは存在し……」

 知っている、俺は全部、知っているんだ。父が、兄が、ずっと守護神と一緒に警察として戦ってきたから。ずっとずっと憧れていた、誰にも話さないまま知識だけずっと蓄えて、自分もいつか二人みたいにかっこいい、ヒーローみたいな捜査官になりたかった。誰かを救える人間になりたかった。
 守護神の住まう異世界は一つではない、十一の異世界が存在する。それぞれの異世界にはその世界を統べる王がいて、十一人の王はELEVEN(イレブン)と呼ばれ、アクセスナンバーは最上の100から110を与えられている。
 そしてその異世界の中でも、特別な異世界が二つある。最上人の界、そしてフェアリーガーデンである。同じ異世界の中には、似たような種類の守護神が住んでいるのだが、フェアリーガーデンには、世間を騒がすフェアリーテイルの元となった、おとぎ話の登場人物が住んでいる。最上人の界には、各神話の神々の中でも選ばれた、選りすぐりの最高神が存在する。この二つの世界に住まう守護神は、王であるELEVENを除き、その全てがアクセスナンバーを持っていない。そのため、研究が進んだ今の世の中でも、そこに住まう守護神と契約を結ぶ方法は確立していない。
 しかし、フェアリーガーデンに住む守護神のみ、とある特性を持っている。Phoneを媒介とせずともこちらの世界に姿を現すことができる特性である。能力は、人間の力を借りないと発現できないことに変わりはないのだが、その性質はさらなる特異性を生み、フェアリーテイルによりここ一か月で有名となった『守護神ジャック』も行うことができるようになっている。
 守護神ジャックがあるからこそフェアリーテイルはこちらの世界で、単騎で暴れているとも言え、フェアリーテイルと守護神アクセスを行った事例が報告されていない。しかし、この世界にはいるはずなのだ、各フェアリーテイルにつき一人、その器となることができる人間が。
 そんな器のうちの一人が、俺だった。塩基配列を読み取っても、俺のアクセスナンバーは分からなかった。アンノウンコード、機械はそう告げていた。塩基配列が物語っているのはアクセスナンバーだけでなく、己の守護神がどの大地に住んでいるかも含まれる。俺と契約することができる守護神は、フェアリーガーデンに住んでいた。
 フェアリーガーデンの守護神と契約できた者は、ELEVENの一人以外存在しない。俺は生まれながらにして、守護神から会いたくないと拒絶されていた。
 誰かを守れる、救える、かっこいいヒーローになんて、なれないんだって否定されていた。

Re: 守護神アクセス【File2開幕】 ( No.10 )
日時: 2018/02/16 01:34
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 今日も一日、部活で体を痛めつけ、筋肉痛に苛まれながらもじいちゃんの病院へと向かった。通学路のすぐ傍にあるので、ほんの十分程度の寄り道にしかならない。六時にはなったが、この時期の空はまだ明るいなと沈みつつある西日を眺めた。オレンジ色に煌く太陽は、まるで空に溶けていくかのようだった。
 個人で開いている病院なので、それほど大規模な病院ではないのだが、じいちゃんが警察の偉い人物と接点を持つためにこの病院には時折訳アリの患者が送られてくる。おそらくは、知君もその一員なのだろう。今朝、母親から聞いた話を思い出しながら、誰も見ていない夕の道で少し黄昏る。普段は大人しくて、虫の一匹も殺せなさそうな知君が、兄貴や親父と同じフェアリーテイルの対策課にいる、嫉妬が胸の内に募って仕方がなかった。
 本当なら、その位置にいたいのは俺なのに。ままならない己の無力さに、何度も涙を飲み込んできた。そう、いつもと変わらない。そう思ったら、いつもの仮面を張り付けることができた。知っている人と顔を合わせる前にこうなれてよかったと安心しながら病院の自動ドアを通り抜けた。
 出迎えてくれたのは顔見知りの看護師長の仁礼(にれ)さんだった。あら、光葉くんじゃないと、白髪交じりの髪をかき上げながら笑顔で迎えてくれた。俺がまだ母さんの腹の中にいる頃から、ずっとこの人はこの病院で働いてくれている。無くてはならない戦友だとよくじいちゃんは口にしているっけ。それでも、俺が最後に会ったのは数年前だったように思う。

「今日はどうしたの? 用事かな?」
「えっと、ここで入院してる知君にプリント届けに来たんすけど」
「知君くん……ああ、昨日来た彼ね。案内したげる。先客いるけど気にしないでね」

 今自分がやろうとしていたタスクを近くにいた暇そうな看護師を呼び止めて託す。その人もベテランの方で、俺も二、三度顔を合わせたことがある。
 先客、一体誰が来ているのだろうか。普通に考えれば親や兄弟だろうか。そう言えばクラスメイトにも関わらず知君の家族構成を全く聞いたことすらない。もし会ったとしたらどう挨拶したものだろうかと思案する。いつもお世話になってます? いや、それほど仲が良い訳でもない。初めまして、クラスメイトの王子です。よし、それでいい。
 結論から言うと、俺がその先客に自己紹介することはなかった。というのも俺より先に来ていた見舞客というのは知君の家族などではなく同僚二名だったからだ。俺と仁礼さんがもうすぐ病室へと到着する廊下の途中、その二人は部屋から出てきた。もう帰るのであろう、出口を目指して俺たちが今来た通路へと向かい始める。
 どこかで見た顔だな、そう思った俺はどこで見たのだろうかと考える。男と女一人ずつで、二人ともスーツを着ていた。社会人の知り合いが、知君にいるのだろうか。二人の容姿はどことなく似た雰囲気があったが、知君とはまるで似ていなかった。二人はすれ違いざまに仁礼さんに礼をした。気を付けてお帰りくださいと仁礼さんも返す。
 そこでようやく、二人の正体を思い出した。あんな美男美女、たかだか十時間程度で忘れることはない。今朝、ニュース番組で報道されていた、対策課第7班に所属する奏白兄弟だ。

「真凜、何か丸くなったか?」
「いえ、そういう訳では……」

 二人の会話が聞こえる。女の人が真凜と呼ばれていたからには、おそらくあの二人は知君のチームメイトと思って間違いない。ということは、知君は本当に、フェアリーテイルを検挙したということに違いないのだろう。
 非力な、ただの同級生だって思ってたのにな。多分俺は、心のどこかで侮っていたのだと思う。女々しくて、頼りない、優しいだけが取り柄の可愛らしい人間だと。実際はどうだ、特技なんて、人の顔色を窺うくらいしかない、俺の方がよっぽど情けないじゃないか。
 病室の引き戸を開き、中に入る。その部屋には四つのベッドがあったが、居室として使っているのは知君一人だけのようだった。事情が事情だからか、きっと隔離されているのだろう。来客が帰ったばかりなのに、また新しい人が来たと、嬉しそうに彼は笑った。

「王子くんじゃないですか。どうしました?」
「……今日のプリントとか、先生に頼まれてな。修学旅行についてとか、期末考査についてとか、いろいろ大事なのが多いから今日中に届ける必要があったんだってさ」
「そうなんですか。でも、わざわざすみません。一々病院まで来させてしまって……」
「クラスメイトだろ、気にすんな。それにここ、じいちゃんがやってる病院だから家近いんだよ」
「そうなんですね。でも話し相手の人がこんなに来てくれるだなんて、入院も案外悪くないですね」

 屈託の無い笑顔でそう言って知君は、枕元に置いてあるお菓子を一つ手に取って王子に渡した。さっきの二人が置いて行ったらしい。流石エリートというべきか、東京駅の近くの有名なケーキ屋の洋菓子が詰め合わせられていた。

「じゃ、運送料ってことでありがたく貰うぜ」

 何となく興味の惹かれた柚子の皮が乗ったマドレーヌを手に取り、包装を割いて口に入れた。甘酸っぱい味が広がり、ほのかな苦みが引き締めた。あまり舌の肥えてない俺でも、大層いい品物だと分かる。

「じゃあ光葉くん、私は戻るね」
「はい。俺はもう少し話があるので」

 本当は、話なんて無かったはずだ。けれども何となく、いつも通りの物騒な事件とは無関係そうなこのクラスメイトの顔を見ていると、尋ねたいことがいくつも湧いてきた。話し相手を欲していた知君も、嬉しそうに歓迎してくれた。
 仁礼さんが退室し、俺たち二人だけが残される。知君は俺から受け取ったプリントに目を通しながら、俺が口を開くのを待っているようだった。

「にしても知君、入院も悪くないなんて不謹慎なことあんま口にすんなよ。ここ、一応重たい病気の人もいるんだから」
「そうですね、すみません……。でも僕、家に帰るといつも一人なので、奏白さんや王子くんが来てくれたのが、何だか嬉しくて。……いいわけですね、すみません」
「あれ、一人暮らしなのか?」
「はい……王子くんは口が堅いので言えますが、僕は生まれつき両親がいませんので」

 捨て子、ということなのだろうか。やさしさに満ちた、穏やかな彼からは想像もできないような背景が顔を見せる。というより、よくその境遇でそんな性格に育ったものだと感心する。誰がどう見ても、両親の愛情を受けて大切に育てられたような性格なのに。
 何となく、本題に入るのが躊躇われたから軽口を叩いただけのつもりだったのだが、こんなことになるとはと、己の勇気の無さを嘆く。

「気にすんなよ、俺らしか聞いてなかったんだし。にしても、俺の口が堅いってどこ見て言ってんだよ」

 確かに、家でちょくちょく警察しか知り得ないような話を耳にする。その度に両親や兄貴から他所では絶対に言うなよとくぎを刺される。だから俺は昔から知っている、世の中には言っていいことと、言ってはならないことがあることを。そしてそれは機密性が高いとか、そういった理由だけでなく、その人を傷つける可能性を持つような言葉を放つのを控えなくてはならないのが理由であることも見かけられる。
 だけど、普段学校で過ごしている俺の様子は、皆に囲まれて、バカ騒ぎして、へらへら笑う軽薄そうな高校生にしか見えない。そんな人間の口が堅いとどうして知君は思ったのか。何となくこそばゆくて、俺はその言葉を否定してしまった。
 けれども知君は、その否定すら否定した。

「王子くんは口が堅いですよ。人のことをよく見てます。人の話をちゃんと聞いています。その人が望む自分を振る舞ってますよね、相手を傷つけないように。たとえ自分の不利益になっても誰かのために働ける。前も言いましたけど、王子君は優しい人です」

 だから、君になら打ち明けられるんですと知君はまた朗らかな笑みを浮かべる。きっと君なら、今言ったことは誰にも言わない。その言葉に何だか浮足立つ。けれども、そんな心情を読み取られるのが気恥ずかしく、俺はまた自分に仮面を被せる。今度の仮面は呆れた顔をしていた。

「全く、お人よしだよなお前は。……本題なんだけどさ、いつも親父と兄貴が世話になってるな、ありがとう」
「あ……僕がここにいる理由、知ってるんですね」
「わりぃ、家で聞いた」

 そうですかとつぶやいて、知君はバツの悪そうな顔をした。それはきっと、話を聞いたのが俺だから、だろう。知君と俺は交遊こそ少なかったが、中学以来からの知り合いである。だから知っている、家族を見て俺がずっと警察官を目指していたことを。
 そしてそんな、純真で曇りの無かった子供の夢が、儚く無残にも砕け散ったところもきっと知君は見ている。校外学習で守護神の研究をしている施設を訪問した際、希望者は自分の守護神を検索することができると言われ、十人ほどの生徒がその守護神について調べてもらうこととなった。全員、髪の毛を一本採取されて後日結果を送ると言われた。
 俺以外の十人弱の生徒の守護神はほとんどの生徒が六桁や七桁のアクセスナンバーを持つ守護神だった。一人だけ、極めて10000に近い四桁のナンバーを持つ者がいてそいつは英雄のようだった。
 ただ、腫物に触るように扱われのは俺だけだった。それは、何割かは自分のせいだった。兄貴が警察になってから、俺も親父たち二人の後を追って警察になるんだと豪語し始めた。小学校の中学年の頃の話だった。だからクラス中が知っていた、俺が警官になりたがっていることを。
 何年も前から、警察になるにはある条件があった。着々と増える当時で言うcalling犯罪、守護神を悪用した犯罪に対応するため、警察、特に凶悪犯罪を取り締まる役目の捜査官になるには一定以上の守護神を用いた戦闘能力を認められる必要があった。
 だから『それ』は絶望に他ならなかった。俺の守護神はフェアリーガーデンにいるという通知は。桃太郎やアリス、シンデレラのような童話やお伽噺の主人公が住まうその異世界は、あまりにこの世界と次元的な座標が近いせいで、phoneが上手くその異世界と接続できないのだという。もし下手な失敗を起こすと二つの世界の境界線が溶けて、両者ともに世界崩壊を引き超す可能性がある、らしい。
 中学時代の俺はもう、既に自分を偽るのが得意になってしまっていた。クラスの皆の前でそう伝えられた俺は、すぐに、意識するより早く「ラッキー」と叫んでいた。

「だってその世界の守護神ってどいつもこいつも強いんだぜ、もしcallingできたら俺、最強じゃん」

 当時は心に蓋をしていたから気が付かなかったが、この言葉が既にただの強がりだったって今ならわかる。その頃、目が覚めたら枕が濡れていたのは、決して一晩や二晩じゃなかったし、そんな日は大体、目やにがまつ毛に張り付いて中々目が開けられなかったくらいだから。
 そして今や俺は、かつて抱いた幻想のような夢を考えないようにして生きている。忘れてしまえばきっと楽になれる。そう信じて、俺は他人の望みを叶えることで満たされぬ欲求を代わりに満たすようにし始めた。
 多分きっと、時折感じる息苦しさは夢破れたあの日の、傷つき粉々になった心がモザイクみたいに混ざっているんだと思う。広い海に行きたいのに、陸に打ち上げられた魚もきっと、こんな気分だろうか。

「知君ってさ、何番なんだ……」
「王子くんのお兄さんより小さい数字、とだけお答えしますね」

 兄貴のアクセスナンバーは2210。俺の知り合いの中で最も強い守護神を擁している。そうか、兄貴より強いのかと、俺は羨望の目で彼を見る。けれどもまだ、知君は何だか浮かぬ顔をしていた。どうかしたのだろうか、尋ねようとしたその時に、先に口を開いたのは知君だった。

「王子くんは、もしかしたらうらやましく思うのかもしれません。けど……隣の芝生が青く見えると言うように、僕には王子くんがうらやましいです」

 いつになく真剣な瞳で、彼はそうこぼした。嫌味や、皮肉のようには感じられなかった。だからこそ俺は、黙ってその声に耳を傾ける。ゆっくりと、言葉を選ぶようにして知君は話し続ける。

「僕は、平和に、穏やかに、楽しく、笑って過ごしたいです。誰かと一緒に笑い合って、相手にも楽しんでもらえるような生き方がしたいです。今は僕にしかできないこともあるからこうやって捜査官の人たちのお手伝いをしていますが、僕は、王子くんみたいな生き方に憧れているんです」
「それは……十分幸せな人生だから満足しろってことか?」
「いえ、違います」

 きっとそんな意味じゃないとは分かっていたが、俺はそう尋ねずにはいられなかった。絶望に打ちひしがれたかつての自分に家族がかけてきたのと同じ言葉だったからだ。戦う力が無いのだから、お前だけでも平和な世界で幸せに生きろと。
 人にとっての生きがいや、幸せを蔑ろにして、何度もかけられた言葉、それと今知君が述べた話は同じように俺には感じられた。

「もっと自分に自信を持ってほしいんです」
「自信?」
「ええ。王子くん、警官になれないと分かってから、それまで以上に他の人へ気を配って生きているように見えます。ですけど、もっと自分のやりたいことのために過ごしてほしいと僕は思います」
「けど、俺は守護神アクセスなんて……」
「何を言っているんですか、今こそ千載一遇の好機です」
「あのな、俺はphone使っても守護神アクセスできないんだよ」
「ええ、ですがこの世界が生まれてから初めてのチャンスが今日本に来ています」
「はあ? 何言ってんだ?」

 怒りなどはまるでなかったが、知君の言葉の真意が分からず思わず語調が荒くなる。しかし、そんな程度では怯まず知君は言葉を続ける。

「僕が検挙したアリスは、現在フェアリーテイルではなく一守護神としてとある施設で生活しています」

 曰く、現在彼らが元々住んでいるフェアリーガーデンは守護神をフェアリーテイル化させる原因があると考えられるため、帰す訳には行かないのだそうだ。よって、事態が解決するまで、一度フェアリーテイル化された守護神はこちらの世界に匿うようにしているのだとか。

「これからまた、新しく捕らえられた守護神がその施設に入ることでしょう」
「それが何なんだよ?」
「直接会えばいいんですよ、王子くんの守護神に」
「は……あっ、えっ?」

 確かにフェアリーテイル化していない守護神もいるので確実ではないけれど、それでもその異世界に対してコネクションを持つことができれば、己の守護神と契約を結べる可能性は飛躍的に増大する。
 晴天の霹靂だった。電話が繋がらないなら直接会いに行くだなんて、どこのラブストーリーの発想だよと、おどけてその案を否定する。俺の家族構成ならコネでその収容施設に入れるとか、現実的なことを知君はその後も熱心に語ってくれたけど、正直俺はよく聞いていなかった。
 だって、期待するだけ虚しいから。かつて、輝かしい夢を見ていた自分はとっくに否定されてしまった。そんな化石になりかけた夢を掘り出してまた温めても、どうせまた傷つくだけだ。
 知君が語るその可能性も、所詮はただのまやかしだ。きっと俺は、いくら努力しても、何年待ったとしても、守護神アクセスなんてできやしない。
 そう、どんだけ強く願ったって、できやしないんだ。

Re: 守護神アクセス ( No.11 )
日時: 2018/04/18 15:54
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

「おっす王子様。今日は何か浮かない顔してんな」

 クラスの女子の中でも中心に座すクラスメイトが俺にそう呼びかけた。気の無い返事を返してしまった俺は、昨日知君と話してからぼうっとしがちな現実を受け入れざるを得なかった。誰かの声が聞こえるような気がして夜も眠れず、朝は寝坊し、朝食も普段より少量しかとれず、休み時間に友達と話していても上の空だった。
 それにしてもあの女は毎度毎度と、ため息を深く吐く。俺は自分の苗字に様をつけて呼ばれるのは好きじゃない。大体、そこには嘲笑や罵倒に近い感情が込められているからだ。今の奴にしたってそうだ、面白い名前だからからかっておけという底意地の悪さからのものだ。人によっては悪気なく、コミュニケーションの一環としてそう呼んでくる奴もいる。そういう人たちは普段はちゃんと王子とだけ呼んでくれるから、俺は好きでいられる。
 自分の守護神と直接会えばいい。昨日知君が言っていた言葉を自分の言葉で脳裏に反芻してみる。いやいや、会えるわけないじゃないかとその提案を否定する。知君があまりに真摯に提言するからあの時は否定しきれなかったが、フェアリーガーデンに存在する守護神は何千何百と存在する。でもそのうち、現在フェアリーテイルとして報告されているのはたったの17件。確率的に、それらが俺の守護神であるとは思えなかった。
 コネクションを作ると言ったって、彼ら彼女ら全員の知り合いの中に俺の守護神がいるとも限らない。それに、いたとしてどうなることやら。それでも何十人、何百人という候補が残る。その全員を呼び出して一人ひとり判別しろというのだろうか。できる訳が無い。
 俺は結局、運命に恵まれなかったんだ。ヒーローになれる星の下になんて生まれてない。

 誰とも話さない昼休みは久々だった。何となく、一人になりたかった。屋上に上がり、そこから見える景色を一望する。この高校の屋上は、高いフェンスに覆われており、フェンスの上の方は鉄の棘により触れなくなっているため、生徒が入れるようになっている。何でも、ここからの景色を見せてあげたいからという理由らしい。それくらいに、屋上からの光景は春夏秋冬違った趣があった。近くに流れる川とそれに寄り添うよう細長く続く公園を中心に四季折々の姿を見せる。
 そこには、普段話すグループの人間はだれ一人いなかった。ゆっくりと深呼吸して、一人の時間を堪能する。何にも気を遣わず、のんびりと羽を伸ばせるのはいつ以来かと考える。それと同時に、こんなに気持ちがいいものだったっけとも思う。
 プールを見下ろす。先日水泳部がプール掃除をしたと言っていた。もうすぐプール開きのシーズンかと、今後の体育の授業を楽しみに思う。水泳は昔やっていた。体づくりを目的として、小学校の六年間。最初は顔をつけるのも怖かったから泳げるようになるのを目標にしていたが、兄貴が警官になって、体作りが目的になった。
 俺以外の誰もが、そちらを見ていなかった瞬間だった。何かの影が、水面に映る。何だろうかと思って眺めるが、よく見えない。じっと眺めている間、おそらく其処では『何か』が跳ねた。その決定的瞬間、俺は瞬きをしてしまった。瞬きなんてほんの一瞬のことだ。しかし、『何か』が姿を見せたのもほんの一瞬のことだった。突然に、プールの真ん中を始点として円形に波がプール全体へと広がった。
 誰もいないのに、どうして。石でも投げこまれたのかとも思うが、そんな危ないことをわざわざやりそうな人物は周囲にいるように思えない。とするとやはり、そこには何かがいると考えるのが妥当である。
 何が居るっていうんだ。それはただの好奇心だった。けれども見たのが俺一人だと言う優越感のような高揚が、俺を動かした。見に行ってみようと決心して、校舎内に戻り階段を一回まで一気に駆け降りる。波紋を起こした『何か』が水中にもぐるその瞬間、俺は確かに見た。それは確かに、魚の尾びれのようだった。それも、かなり大きい。
 プールに巨大な魚を飼っている? 誰が、何の目的で? そもそも俺の見間違いなのか? 必死で俺は自問する。答えなんて求めてなくて、考えるその過程を必要としている。そうだ、違うことに頭を悩ませ続ければ、考えたくないことなんて何一つ考えなくてよくなる。
 プールに到着するが、当然まだ誰も使っていない時間なので鍵がかかっている。どうしても中が気になる。そう思った俺は普段とらないような行動をとることにした。柵をよじ登り、中に忍び込む。幸い、周囲には一つも人影はなかった。
 呼ばれている、そんな気がした。こうやって誰にも見られず忍び込めたのも含めて、お膳立てされているような感覚。誰が? どうして? 考える、未だ答えは出さないまま問い続ける。答えてしまうと、それが間違っていた時に苦しくなる。だから、答えは出さない。
 いや、出せないんだ。勇気はとっくの昔に封印してしまった。
 プールサイドに立ってみるが、当然そこには何者の気配も無かった。プールの水面はもうとっくに波一つ立てない様子となっている。下りてくるまでに落ち着いたのか? それとも最初から何もいなかったのか?
 静寂の中でじっと考える。今日は周りが静かだなと再確認した。どうして今日の俺はこんなにも静かな場所を好んでいるのだろうか。雑音を聞きたくないみたいだ。
 電車の中で、うるさい集団が乗車した際に遠くの座席へと席を移る、今日の俺はそのようにして静謐を好んでいる気がする。

「ちげーわ、これ。ただ仮面被るの疲れただけだわ」

 何マジになってんだよと、自分で自分のことを笑い飛ばそうとして気が付いた。上手く笑顔が作れなかった。演じてやる相手がいないというのも少しはあるだろうが、何となく笑顔の作り方が分からなくなった。
 やっぱり俺は辛いと感じているみたいだ。知君が心底羨ましくて、妬ましくて、あいつみたいになりたくて。

「すっげえよな、あいつ……」

 大人だって手をずっと焼いているフェアリーテイル、それを検挙した英雄なのに、誰にも言わず、誇らず、いつも通り謙虚に生きていた。昨日話した知君の姿を見ていると、本当に彼がアリスを捕まえただなんて到底思えなかった。
 けれどもやり遂げた。それだけじゃなくて、俺なんかのことまで気にかけて。

「何が王子くんは優しい人です、だよ。お前が一番いいやつじゃねえか」

 そんな立派な級友を、恨みがましく思う自分が心底憎い。こんな運命に俺を産み落とした神様というやつも、憎い。肝心な異世界に繋がれないphoneが憎くて、俺の心の奥には反吐が溢れ返っていた。
 見ろよ知君、俺の心はこんなに汚れてるぞ。でもきっと、それでもあいつは言うだろう。俺は悪い人間じゃないって。でも、みっともなくてちっぽけな、残念王子のこの俺は多分、善人よりかは偽善者に近いと思う。
 残念王子、例の夢破れた時期につけられた、俺のあだ名だ。ずっと志望した将来への道を断たれた俺にはふさわしいものだったと思う。名付けたのは、四桁のナンバーを持っていた生徒だった。その生徒は、それまでどちらかというと教室の隅で一人で弁当を食べるような根暗な生徒だったが、急に扱いが変わり、調子よくクラスと交流を持ち始めた。
 最終的にあいつは、調子に乗りすぎて疎外されたが、それまでは立場をいいように使って俺のことを罵倒し続けた。きっと、ずっとクラスの中心にいて、あいつが目立ち始めてからもずっとクラスの中心にいた俺が気に食わなかったんだと思う。ただ、俺が好かれていたのは処世術のおかげであり、傲慢な態度を取り続けたあいつが疎外されたのは多分仕方なかったと思う。何せ、どれだけナンバーが恵まれていても彼自身はphoneを持たない一般人だったのだから。
 残念王子、そう呼ばれても俺は確かへらへらしていたと思う。「いやお前マジ、俺がcallingできるようになったら俺が最強だからな」とか言って言い訳するように聞き流していた。その頃からもう笑顔は仮面だったし、涙の流し方は忘れていた。
 歌声が聞こえたのは、そんな時だった。どこから声がしているのか、耳を澄ませて分かったのだが、外から声は聞こえてきていた。その言葉は、日本語ではなかった。聞いたことのない言語、おそらく英語でもない。この歌は、一体。
 それにしても、どうしてこんな声がしているのか。確かめたいと強く欲してしまった。昼休みはもうすぐ終わってしまう。その短時間でこの歌声の主にたどり着けたものだろうか。
ふと、このまま午後の授業を放棄することを思いついた。いかにも悪い生徒がやりそうな行動で、我ながら短絡的だなと思う。どうしてそう決めたのかは、歌声に対する興味が半分と、残りは知君の言葉を否定したかったからだ。
 俺は全然いい人でも何でもなくて、そして、死ぬまで守護神に愛されない人間なんだ。そうやって決めつけることで、消えてしまった夢への情熱がまた心の中にともってしまわないようにしたいんだ。本心は全部わかってて、そんなことに何の意味が無いとも分かっていても、俺の足は校外に向かっていた。途中、何人もの生徒とすれ違う。その生徒たちはこんな時間に学校の外へと走っていく俺の様子をいぶかしんでいたが、どうにもこの不思議な歌声は聞こえていないようであった。
 俺にしか聞こえていない。何か特別なものを感じたく思ってしまったがそんな幻はすぐさま自分で切り捨てた。単純に皆がこの声に興味を示していない、あるいは俺の頭がやられて幻聴でも耳にしているのだろう。
 校門を出る。声は、公園がある方とは逆、建物がたくさん立ち並ぶ方向から聞こえてきた。ガラス張りのおしゃれなオフィスなどがたくさん立ち並ぶ方向。兄貴たちの職場も向こうだよなと考える。流石にこの現場が兄貴たちに見つかって学校はどうしたと言われるようなことは、きっと無いだろう。
 すれ違う人々も、ずっと続く歌声にはまるで興味を示していないようであった。興味を示していないというよりも、最初から何も聞こえていないかのような態度で、いつも通りの毎日を送っているようだった。
 声がする方へと、走る。声はずっと遠くから聞こえている。段々とその声の主も移動しているようだが、俺の方が早いようで少しずつ近づいている。昨日も部活をしたせいで筋肉痛が酷いが、それどころではないと俺の脚は動き続けた。ぐちゃぐちゃになった自分の内面を無視するためにも、走るのはぴったりだった。リズムよく手足を前に出すことだけ考えていればいい。
 それにしても、自分の胸の内に秘めたものがちぐはぐになったのは、結局いつからだったのだろう。それはきっと、昨日知君と話したせいじゃなくて、むしろ話したおかげで顕在化できたと考えるべきだ。
 いつしか俺が進む道は、大通りから入り組んだ路地に変わっていた。もう、午後の授業が始まって五分が立っている。もう後戻りはできないなと、前に進み続けた。奇怪な歌声はもうすぐそばまで迫っていて、さっきよりもずっと大声で聞こえるようになっていた。
 聞き覚えの無い奇怪な言語の歌、にもかかわらずこの歌声はとても清らかに澄んでいて、美しく、心が洗われるような気分だった。多分、それは俺がこの声を追いかけようと決めた理由に他ならなかった。この声には何だか人の心を癒すような特別な何かを感じて、その癒しを求めて俺は、光に群がる蛾のように追いかけた。

 そこの突き当りを曲がったところ、というところまで迫ったところだった。それまでずっと、一人でその声を追っていた俺だったのだが、後ろから唐突に誰かに追い抜かれた。彼は俺よりも幾分か背が低く、妙な格好をしていた。だが、あまりにその動きが素早く、細部までは見れなかった。のぼりのような何かを持っていることは辛うじて分かり、それは地面だけじゃなくて壁すら足場にして最短距離を駆け抜ける、いかにも人間離れした所作だった。
 角を曲がったところには、開けた空間が広がっていた。今この瞬間俺を追い越した子供と、さっきからずっと歌っていた声の主とが鉢合わせていた。二人とも、明らかに面妖な格好をしている。
 まず今しがた俺を追い抜いた少年だが、背丈は中学生に上がりたて、といったところだったが、白と桃色を基調とした和装で、背中には日本一と書いたのぼり、頭には小さいながらも立派なマゲ、腰には刀を携え、球体がいくつも入った小袋を持っていた。
 彼の正体を推察したその瞬間、俺は戦慄した。こいつはもしや、親父たちから話を聞いたあいつではないか、と。ただし、そんな身も凍るような戦慄は次の瞬間には消え失せた。俺は、もう一人の幻想の国の住人に目も心も奪われてしまったのだから。
 緑色の髪に、黄金の瞳、それだけでも彼女は異界の住人だと分かった。耳の裏には魚の鱗の形をした飾りがついていた。桜色から紫色を経由し、藍色となるグラデーションがとても美しくて、その耳飾りはどんな宝石よりも綺麗だった。ただ、もっと驚いたのは彼女の下半身が魚の体をしていたことだ。屋上から見たプールに飛び込む影は彼女だったのかと理解した。彼女が身に着けている他のものと言えば、真っ白な貝殻が胸元を隠している程度で、少々目のやり場に困る。
 ただ、彼女はあまりに可愛くて、不安げにしたその顔だけに俺の目は完全に奪われてしまった。今まで見てきた全ての女性の中で最も綺麗で、他の追随を許さないくらいに美しい。そりゃ、あんなに透き通った歌声な訳だと、俺はもう心まで鷲掴みにされていた。
 ただし、その俺の浮ついた感情は、手前にいる少年によって吹き飛んだ。変声期前の甲高い声なのに、その子の声はとても逞しく思えた。

「人魚姫! 貴様何のつもりじゃ、この日本一の桃太郎に対し先のような歌声で邪魔をするとは!」

 やはりと、俺は一番初めに感じた恐怖にもう一度支配される。親父から聞いたことがある。Case1のシンデレラよりも、もっと多くの被害を出したフェアリーテイルが存在する、と。あまりに好戦的な性格で、襲い来る捜査官たちを次々と返り討ちにし、一時期警察を壊滅させるやもしれぬと言わせた守護神二人。その双璧の片割れとは今目の前にいるcase6、桃太郎であった。

Re: 守護神アクセス ( No.12 )
日時: 2018/02/12 22:49
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「人魚姫! 貴様何のつもりじゃ、この日本一の桃太郎に対し先のような歌声で邪魔をするとは!」

 やはりと、俺は一番初めに感じた恐怖にもう一度支配される。親父から聞いたことがある。Case1のシンデレラよりも、もっと多くの被害を出したフェアリーテイルが存在する、と。あまりに好戦的な性格で、襲い来る捜査官たちを次々と返り討ちにし、一時期警察を壊滅させるやもしれぬと言わせた守護神二人。その双璧の片割れとは今目の前にいるcase6、桃太郎であった。
 逃げなければ、ようやく思考がそこまで追いついた。守護神により戦闘能力が一定以上保証された捜査官を何人も返り討ちにしてきた強力なフェアリーテイル、桃太郎。守護神とアクセスできない一般人の自分では立ち向かう術は無い。それに加えて、もう一人フェアリーテイルがいる。彼女は人魚姫と言われていたため、それはおそらく確実だろう。
 けれど、逃げたところで意味なんてあるのだろうか。先ほど俺はあの人魚姫の歌声に惹きつけられるようにここにやってきたが、桃太郎に易々と追い抜かれた。あの時の速度は尋常ではない。しかも、ここに来るだけで俺は息が上がっているのに、桃太郎は息一つ切らしてすらいない。どうしたものかと立ち止まる。
 しかし、希望が全く無い訳ではなかった。桃太郎と人魚姫の間には何か確執でもあるのだろうか、桃太郎の視界には彼女しか入っていない様子であった。これなら逃げられるかもしれない。桃太郎は今、俺に興味を示していない。

「邪魔だなんてそんな! 私はただ、貴方を救おうと!」
「救うとはなんじゃ。……人魚姫、お主瞳の色が妙ではないか」

 やはり、桃太郎は俺のことなど歯牙にもかけていない。今なら逃げられるか、そう思った時の事だった。人魚姫の耳飾りがぴくりと動いた。まるで何かの足音や気配を察知したようである。慌てた様子で彼女はまるで水中に潜るかのように、すぐ傍の建物の窓ガラスの中に潜り込んでいった。
 今のは一体何なのだろうか、驚きで逃走の機会を見失う。冷静に考えればそれが彼女の能力だというだけの話なのだが、初めてフェアリーテイルと遭遇した俺は彼らが特別な能力を持った守護神の一員だということを忘れてしまっていた。
 俺にとって守護神というのは、手が届かないくらい遠いところにいて、こうやって目で見て触れ合える存在じゃなかったから。
 そうやって、感慨にふけっていたのがいけなかった。振り返った桃太郎が、ようやく背後に俺がいる事実に気が付いた。お主はさっき追い抜いた男かと、独り言をこぼす。振り返った桃太郎の瞳に俺の視線はくぎ付けになった。
 真っ赤だった。夕焼けみたいな綺麗な赤色じゃなくて、乾きかけの血のように赤黒く濁った、不気味で不吉な紅が、幼さを残した桃太郎の顔の上で二つ、爛々と輝いていた。そのあまりの不気味さに、体の中を蛆虫が這ったような感じがした。頭のうちを侵食されてしまうようなおぞましさに包まれる。そんな感想親父からも兄貴からも聞いたことが無い。あの二人は真っ赤な瞳はそれなりに綺麗だよなと食卓で語っていた。シンデレラと交戦した経験があるから、見たことは事実のはずだ。
 瞳の色、そう言えば目の前の桃太郎は先ほど、人魚姫の瞳の色が妙だと言ってはいなかったか。先ほど見惚れた際に観察した彼女の瞳を思い出す、その瞳は紛れもなく濁りない金色をしていた。

「お主、この儂を恐れとるのか、ういやつめ。何怖がるな、別にとって食おうとは思っとらん。儂はな、戦う力が無いやつを無闇に手にかけるような外道じゃない」

 こんな状況だというのに、俺の心はずきずきと痛んだ。戦う力が無い、その言葉が俺胸を抉る。俺の心は、とっくに傷だらけだ。傷ついていないって、縫い付けて、テープで貼って、見せかけてるだけの継ぎ接いだ張りぼてだ。
 俺がやってきた道から、バタバタとした気配がやってきたのはそんな風に心が折れそうな時だった。また誰か来たのかと思って身構える。身構えたが、やってきたのは俺がよく見知った人物だった。むしろ、相手の方がよほど驚いてしまったに違いない。

「光葉、お前こんなところで何し、てっ!」

 現れたのは俺の兄、太陽だった。俺がここにいることに酷く驚いた兄貴だったが、桃太郎を確認すると即座に臨戦状態に入った。むしろ、桃太郎が臨戦状態に入ったと言うべきか、俺が振り返った直後、ほんの一秒程度しか時間は無かったはずだ。兄貴の姿を確認した途端に反応したのだろう、さっきまで俺が二人の間にいたはずなのに、気づけば飛び掛かる桃太郎は俺と兄貴の間に割り込み、腰に携えた刀を鞘から引き抜いた。
 桃太郎自身が小柄で、その刀も短いためにひらりと兄貴が一歩分跳び退くだけでその刃は虚しく空だけを切る。不味い、そう感じた兄貴は、一度俺を引き離すために俺のことを突き飛ばし、即座にphoneを構えた。

「守護神アクセス。出番だぞ、アイザック!」

 Phoneから放たれた藍色のオーラが兄貴の体を包み込んだ。アイザックの能力は強力だと聞いている。きっと、俺を巻き添えにしないために突き飛ばしたのだろう。先ほど人魚姫が消えた窓ガラスの真下にまでごろごろと転がる。擦り傷はいくつかできただろうが、それでも十分ましと思えた。兄貴の周囲、桃太郎が立つ位置を含む一部の空間は、地面がどす黒く染まっていた。兄も十分険しい顔をしているが、桃太郎も十分効果てきめんといった様子だった。
 重力を操る能力を持つ守護神アイザックは、死したニュートンの魂が転生したものだ。おそらくあれは、黒い床の上にある物体にかかる重力を強めている。

「ぬう、体が重いな」
「光葉! お前ジャックはされてないよな?」

 ジャック、おそらくは守護神ジャックのことであろう。アクセスと比べると一般的でないその呼称は、ほぼほぼフェアリーテイルに特異な性質であった。フェアリーテイルだけではないが、フェアリーガーデンに住む守護神は、こちらの世界に実態を持って顕現できる代わりにphoneによってアクセスできない。そして、この世界に顕現している間彼らは実体化のためにエネルギーを使いっぱなしで能力をほとんど行使できない。
 能力を行使するためにフェアリーテイル達はそこらにいるまだ守護神と契約していない普通の人間に目をつける。そう言った人間から無理やり生命エネルギーを吸い上げることで守護神自身が能力を使えるようにした状態が守護神ジャック。これの厄介なところは生命エネルギーを吸い上げられる人間は、未契約ならばどんな人間でも構わないと言うところだ。これは守護神がジャックを行うと言う意志を持った上で条件を満たした人間に触れれば、人間側の合意を無視して勝手に結ばれる違法契約だ。そしてこの契約は、人間の側が死んだらリセットされる。

「ああ! されてない!」
「さんきゅ、適当なタイミングで逃げろ!」

 俺が抑えている今がチャンスだと兄貴は言う。分かったと言い残して去ろうとした時、心外だと言わんがばかりに桃太郎は口を開いた。

「安心……せい……。儂は、戦えぬものに手は、出さん。にしても体が重いと息苦しいのう」
「能力使えないときついだろ? ならさっさと降参してほしいもんだ」
「は、見くびるなよ。儂らの能力は一切使えない訳ではない、ほとんどが使えないだけじゃ」
「何だと」

 桃太郎は全身にかかる負荷に耐えながら、腰の巾着から丸い団子を取り出した。桃太郎の持つ団子といえば、キビ団子以外に想像つかない。キビ団子を食べた桃太郎は、果たしてどうなるのだっけ、嫌な予感しかしない。

「婆様のキビ団子、一つ食えば元気十倍じゃ」

 口の中にキビ団子を放り込む、二、三度噛み含めた後に一気に飲み込んだ。その瞬間、桃太郎の苦悶の表情は消え去り、急になんとも無い様子で立ち上がった。先ほどまで、膝をついていたというのに。
「ふむ、やはり四桁というのは温いのう。以前戦ったあいつは何と言ったかの、そうじゃ歩瀬といったかの、奴は遣り甲斐あったのう」

「てめえが……殺したんだろうが!」

 歩瀬、その名前は聞き覚えがあった。親父の後輩で、兄貴の先輩。俺の家族二人を共に支えてくれていた人らしい。俺は会ったことが無いけれど、三桁ナンバーの捜査官だったらしい。お葬式には二人に連れ添って一緒に出たがその顔は死してなお、堂々としていたのはよく覚えている。桃太郎は、そんな人物すら手にかけている。

「あの時は能力も使えた上で、じゃったからのう。あの男は強かったぞ。それに比べてお主は」
「うるせえ!」
「刀で切り伏せる気にもならんわ」

 腰に挿したままの鞘を引き抜き、アイザックにより強化された重力の中でも一切の動きのぶれを見せず、鞘で兄貴の顎を引っ叩いた。脳が揺れ、くらくらとした兄貴はそこで気絶する。呻き声がするあたり、おそらく即死ではない。けれども、兄貴でさえ簡単に打ち負かされてしまった。桃太郎が他のフェアリーテイルと比べて特異的に厄介なところはその身軽さとキビ団子によるドーピング、家で聞いていた通りの話だ。

「ふむ、せめてジャックぐらいはさせてもらっておこうかのう」


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