複雑・ファジー小説
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- 守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
- 日時: 2022/05/19 21:16
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)
2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。
___
本編の完結とエピローグについて >>173
目次です。
▽メインストーリー
File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
File4:セイラ >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
File7:交差する軌跡 >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
File8:例えこの身が朽ちようと >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
File9:それは僕が生まれた理由(前編) >>59 >>60-61 >>63-64
File0:ネロルキウス >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
File10:共に歩むという事 >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172
Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177
-▽寄り道
春が訪れて >>23
白銀の鳥 >>70-71
クリスマス >>120
▽用語集
>>8 File1分
>>15 File2分
>>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも
▽ゲスト
日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)
気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)
- Re: 守護神アクセス ( No.98 )
- 日時: 2018/07/23 14:34
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
一連の出来事を目にしていた赤ずきんは、未だに体が強張っていた。
金縛りにあったようであった。誰、ではなく、何か、に首を掴まれているような。捕らえられていると言うよりコンクリートで周囲を固められてしまったように。指一つ、動かせなかった。言うなれば恐怖、言うなれば威圧感。そんな根源的な畏怖の心が自発的に歩みを止めていた、武器を振り上げるのを拒んでいた。
あの桃太郎を下した男がいる。シンデレラからはそう伝えられている。赤ずきん、カレットはその言葉をそれほど重大に受け止めていなかった。桃太郎は所詮、自身や頭首であるシンデレラと比べれば下位の守護神である。それゆえ、桃太郎を討ったと言っても、自分より強い証明にはならない。そう侮っていた。
しかし現実はどうだ。目の前の男は、戦闘態勢にすら入っていなかった。守護神アクセスもしないまま飛び出してきたと言うのに、グランフェンリルを一声でかき消した。その後、隙をずっと晒していたのに、猟師は引き金を引けなかった。おばあさんは拳を振り下ろせなかった。狼だけが素直にも毛を逆立てたまま怯えている。
あの少年は一体何者だ。守護神アクセスしたかと思えば、唐突に苦悶の表情を浮かべた。そう、誰よりもあの男自身が苦しんでいたはずなのに。それなのに、脂汗は止まらなかった。細胞一つ一つが竦み上がっているように、震えは止まらず、寒くて寒くて仕方ない。
いっそこのまま尻尾を巻いて逃げ帰りたかったが、後から後から湧いてくる破壊衝動の名残がそれを許さない。その衝動自体は既に、相対した少年から漏れる黒色のオーラに塗りつぶされ、根源的な恐れに溺れてしまっていたのに。
壊したいのに、戦えない。逃げたいのに、振り返れない。気を緩めれば息さえできなくなりそうだった。酸素も足りず、白みかけた頭脳。しかし、プライドだけが彼女を支えた。自分こそが、親友であり、首領でもあるシンデレラの懐刀。頼るべき右腕であり、彼女に次ぐ二番手の実力者。むしろ多人数との戦闘においては自分の方が得意。
そう、自負していたはずなのに。今日も皆殺しだと息巻いていたのに。現状はどうだ。途中までは好調だった。沈みかけた意識の中、反射だけで体は動いていた。また別の親友でもある人魚姫、セイラの契約者などあと一歩で死ぬところまで追いつめた。
それなのに。
強い意志とで、己をも蝕んでいた守護神であろう、ネロルキウスと和解した少年はというと赤子をあやす母のように、そこにいるだけで無害に変えて見せた。
「嘘っすよ……このあたしが、赤ずきんが、こんな簡単に……」
「ごめんなさい、準備が長引いて。ところで、覚悟はいいですか」
これから死闘を繰り広げる相手だと言うのに、礼儀正しく少年はその場で腰を折り、頭を下げた。待たせてしまって申し訳ないと言葉では口にしたものの、表情からはそのような態度が見られない。心底、嬉しそうにしている。気に入らない、あの赤ずきんと相対しているというのに、怯えるでもなく警戒するでもなく、他のことに現を抜かしてただ喜んでいるあの男が、気に入らない。
「覚悟? 大きくでたもんすね。あたしが、あんたなんぞに、何を覚悟するって?」
「いえ……その瘴気を取り除く時って、相当な痛みと苦痛をフェアリーテイルに与えるらしいんですよね。ですから、予め心の準備をした方がいいですよ」
「何を勝手に、あたしが負ける前提で話してるんすかね……」
ようやく、瞬き以外に体を動かすことができた。眉間に皺が寄り、眉はつり上がっていく。憤怒がゆえに口角は忌々し気に持ち上がり、握りしめた手はわなわなと揺れた。動ける、そう自覚した瞬間に彼女は、すぐさまその右手を振りかざした。
その掌が指し示した先は、知君 泰良以外にあり得ない。
「ぶっ殺してやる……! 猟師さん、全弾装填!」
指示された狩人の男は、赤ずきんの背後で山のように巨大な銃を構えた。これまでに見た銃とは趣が違う。これまで使っていたのはどれもこれも規格外の大きさだったとはいえ、歴史上で本当に使われてきた銃火器の数々であった。それなのに、今度のものだけは違っていた。
未来を舞台にしたSFに出てくるような、ごてごてと派手な装飾のついた機械の銃。スコープやら、サイレンサーやら、エネルギーの増幅装置やら、機動性も利便性もかなぐり捨てて、少年のロマンを叶えるためだけのド派手な砲塔。
バズーカと呼ぶには細身であり、銃というには太すぎる。ただ一つ言えることがあるとすれば、あれは今の今まで隠しておいた、もう一つのとっておきだという事。
「充填したのは、今のあたしに残されたありったけ! これが効かなきゃ勝機は無いっすから……これで終わらせる」
「行くよ、ネロルキウス」
「ちったぁこっちも見てもらいたいもんすね……!」
見向きもされない憤りに、奥歯が軋み、悲鳴を上げた。侮辱するのも大概にしろと、怒りどころか憎悪をも知君へと向けて見せた。許さない、許せない、許してはいけない。己の存在のためにも、その力の証明のためにも。こんな局面で視線さえ向けられない屈辱など、あってはならないのだ。
「泣いたところでもう容赦はしないっすよ! 穿ち貫け、全部蜂の巣に変えちまえ! ありったけを乗っけるんだから、もう技名なんて必要ない!」
「君の能力を行使する」
憤り、猛る、そんな赤ずきんをじっと見据えて知君は背後のネロルキウスに呼びかける。戦闘中にこんな風に、力を借りるよと呼びかけるのは新鮮な心地だった。後を押すようにネロルキウスの、『見せつけてやれ』との声。
やはり彼からの後押しは新鮮で、くすぐったいけれども、それでも心強い。真凜に認めてもらえた時のような、柔らかい励ましの声とは違う。これは、自分の心に灯をともしてくれる。無骨で、硬いけれども、それでも活力の湧いてくる、そんな鼓舞だ。
誰もが傲慢だと言っていた彼が鼓舞してくれる、それなら、応えない訳にいかないではないか。
「最後まであんたは……。もう、あの世で泣いて哭いて狂い喚いて……後悔するといいっすよ!」
血相を変えた彼女の怒号が轟く。だが、怖いとは思えなかった。救わなくてはとしか考えられなかった。あの子は、あの人魚姫の親友の一人だから。ほんとはもっと優しい女の子に違いないのだから。白雪姫と戦っていた時もそうだ。知君のことを気にかけてくれていた、彼女の表情には余裕は無かった。人魚姫は知っているのだから。優しい優しい、友等の本来の姿を、人格を。
きっと今も、変わってしまった友人の凶行に、心が傷ついていることだろう。彼女が諭してくれたからこそ、真凜は知君を認めてくれたのだから、今度は自分が彼女の助けにならなければ。
王子は再び自分と友達になってくれると言ったのだ。その王子が大切にしている人魚姫が幸せならば、きっと彼も喜んでくれるだろうから。
だからこそ、赤ずきんは何が何でも取り戻す。奪い返して見せる。誰かを、何かを奪うことで、人を不幸にするのでなく幸せにもできるのだと証明するためにも。
「猟師さん、発射!」
「彼らの弾丸を、全部奪い取ります」
弾丸の雨が力なく降り注ぎ、地面の上に死体のように散らばった。直後に打ち鳴らされる撃鉄の鐘、炸裂する火薬の衝撃が大気を揺らした。
そう、弾が撃ち放たれるよりも先に、その弾丸全てを奪い取って見せた。
「随分と沢山作ったものですね」
積み上げられた鉄くずの山。それはゆうに知君の腰の辺りまで届いた。そんな鉛と鉄の残骸の峰が、いくつもいくつも。ありったけ、という言葉は一切嘘ではなかったようで、これまでずっと撃ち続けてきたよりも遥かに多くの弾頭が、薬莢が、海のように一面散らばっていた。
使命を失ったそれらは、自らがもはや死体であると自覚したのか、空中に溶けるように紫色に煌く光子となって霧散していった。昇華する光の粒子は、まるで蛍のようにふわふわと漂いながら宙にたなびいて消えていった。
「そんな……あたしの全力っすよ。なのにこんな、抵抗さえ許されないだなんて……」
「申し訳ありません。僕は君より、ずっと強い人を知っているから。ずっと高い壁を知っているから。だから、貴女は何も怖くない。強いて挙げるとするならば、僕は君を救えないことだけが、とても怖いです」
「ははっ、偽善者みたいなこと言ってら。もう、あたしのプライドなんてズタズタだってのに」
彼女が先ほど高らかに吠えた事は、紛れも無く事実だった。自分に残された全容量を使い果たした。それなのに、そうして撃ち出そうとした最後の悪あがきだったというのに、放つより早くに鎮圧された。
「何なんすかあんた……。全部バカみたいじゃないすか。こうして立ち塞がって、調子こいてたあたしも、それに死にそうになりながらも抵抗してたそいつらも……全員、何のために……」
「馬鹿なんかじゃありませんよ」
力強い否定の声。まるで意味の無い遊戯のように思えるような一連の出来事も、決して無駄ではなく、ねじの外れた馬鹿騒ぎでもない。
「君の犯した行いは、紛れも無く罪である代物です。君は何百人、何千人もの人を殺しました。今だってそうです。この場において誰も死んでいないのに、あれだけの弾丸を錬成するために誰かの生命エネルギーを使い切った。……今でさえ僕らの敗北と言って差し支えありません。だって僕たちは、君が守護神ジャックした、見ず知らずの誰かを見殺しにしてしまった」
君にその意志が真にあったかと言えば無いという事も直後に知君は認めた。正気に戻った後の赤ずきんがそれを気に病む必要が無いという事を。
「だから今、フェアリーテイルという事件が生んだ悲劇、その罪は宙に浮いています。所有者のいないまま、仕方の無い災害だったと、罪を見て見ぬふりしかできない」
赤い瘴気に狂わされた君がしでかした行いを詫びるのが、無実で無垢な本来の彼女であってはならない。罪を償わなければならないとしたら、赤ずきんにそんなことを強要させた別の誰かだ。
「君にその罪は背負わせません。その罪悪感と罰さえも、この僕が全て奪い取ります。君さえ笑って暮らせるように、誰もが笑い合う東京をもう一度取り戻すために、僕ら全員の力で」
奏白達が苦戦し、結局赤ずきんを仕留めきれなかった事実も決して無駄ではなかった。彼らが居なければ、特にクーニャンがいなければ今日という日にまた何百という犠牲者が出ていた事だろう。
それをさせなかった。彼らが時間を稼いだからだ。赤ずきんを消耗させたからだ。そして自分が間に合うよう、ずっと耐えしのいでくれていたからだ。
「みんながいなければ僕は間に合いませんでした。ここにいる人が欠けていれば僕はもう二度と立ち上がれはしなかったでしょう」
けれども、立ち上がれた。それは承認してくれる暖かさのおかげだった。心配してくれたぁれらの優しさのおかげだった。奮い立つことができたのは、洋介の叱咤の力だ。こうやってネロルキウスの力を得られたのは琴割が発端だ。
怖いと思っていた人も、ずっと憧れていた人も、全部大事な宝物であり、かけがえのない縁だ。一つとして、無くてもよかったものなどない。
「だから、馬鹿なんかじゃない。無駄なんかじゃない。君が居るからこそ生まれ得る悲劇を、皆さんがいたからこそ回避できた。もう二度と、仲間に卑屈なことは思わせません。僕がこうやって戦えるのは……同じように立ち向かう人が居るからだ」
その人達を無駄だという言葉は、決して許さない。正さねばならない。他の誰でもないこの自分が。君のおかげで僕は再び立ち上がれたんだと。そしてそれを証明する礎こそが、この場においては赤ずきんに他ならない。
「僕は謙虚なんかじゃありません、すごく我儘なんですよ。だから、だから欲してしまう。王子くんが夢を叶える将来を、奏白さんたちが胸を張って正義を執行する姿を、琴割さんが平和な世の中を作ることを。そして何より、僕たちが幸せだと自信を持てることを」
赤ずきんは、親友にとって大事な女性、から見て親友だ。彼女が傷つけば人魚姫が傷つくだろう、彼女が涙すれば王子も悲しむだろう。力ない友達の笑顔を見れば自分も落ち込むだろう。そんな未来は彼にとってお断りで、人畜無害ながらも欲深い彼は望んでしまう。
誰もが笑っていられるだなんて幻想を。笑えない人間は自分が笑わせて見せるだなんて傲慢を。
「ついさっきも言いましたね、僕は、君さえも救いたい」
掌で真っすぐに赤ずきんの方を指し示す。狼は、もはやネロルキウスに怯えて牙も爪も失ったに等しかった。猟師とて、その弾丸を撃ち尽くし、途方に暮れている。当然、おばあさんとて抵抗の意志を今更示そうとはしていなかった。
残されたのは赤ずきんただ一人。しかし本体である彼女はまだ折れていなかった。誰も自分のいう事を効かないのなら、自分がやるしかない。そう思い至った彼女は薪割用の斧を手に取った。振りかぶり、地面に向かって一息に叩きつけようとする。
しかし。
「……何一つ、抵抗なんてさせてくんないんすね」
しかし次の瞬間、その斧は知君の手元にあった。ネロルキウスの略奪の能力により彼女の手から奪い取ったのだ。打ち付ける得物も失った彼女の腕は、虚しく空を切っただけで、ぶんと腕を振る音が切なくたなびいた。
「きっと、正気を取り戻した貴女は、この惨状を見て後悔するでしょう。ですからこれ以上……罪は犯させませんよ」
「ほんっとに、あたしの心配なんてしてくれるんすね」
圧倒的な力、に加えて救心の意志。清々しいまでの善人、その姿は絵に描いたようであった。それこそ、お伽噺の主人公みたいだ。そんな恨み言を、そっと赤ずきんは呟いた。
「赤ずきんさん、僕は貴女に聞かなくてはならないことがあります。ですからここに出てきました。何とか……耐えきって下さいね」
「はっ、あんたに負けて、今度は月の瘴気の苦痛にも負けるなんて、だっせー姿は晒さないっすよ、あたしは。あんたが何を知りたいのかは知らないっすけど、さっさと一思いにやって欲しいもんすね」
「分かりました、では……。ネロルキウスの能力を行使します!」
ふと、忘れていたことがあった。
忘れていたと言うよりもむしろ、考える必要が無いと、勝手に切り捨てていた可能性だ。
元々、フェアリーテイル達の症状は見覚えがあった。あの日、初めて奏白と出会った日、あるいは久々にネロルキウスを呼び寄せたあの日、操られていた人々だ。
しかし、フェアリーテイル達がドルフコーストの能力を受けていたとは考えられなかった。というのも、あの日にドルフコーストとレタラの契約は無かったことになった。フェアリーテイル事件が起きたのはあの直後でなく少し日が経っての事だ。
それゆえ、この一連の事件の元凶が、守護神ドルフコーストだとは考えもしなかったし、調べようともしていなかった。だが、あの日の出来事と、そして知君自身が考察していたある可能性を結びつけると、その思い込みは撤回するべきではないかと思われた。
だからこそ、今この場でそれを確認する必要がある。
「行使する対象は赤ずきん、奪い取るのは……ドルフコーストの能力による赤い瘴気です」
もしここで、その予想が外れていれば、推測は一からやり直しになる。しかし、その心配は杞憂に終わった。今の言い方で赤ずきんの身体から赤い瘴気が漏れ出始めた。奪い取る代物を指定し間違えれば、奪い取る対象は本来持っていないと判断され、ネロルキウスの能力は不発に終わる。
先ほどの指定により赤い瘴気が彼女の身体から溢れ出したという事により、彼女達フェアリーテイルを蝕んでいた赤い瘴気の正体はドルフコーストのものだと断定できた。
「ドルフコースト……何であいつの能力が?」
それが奇妙な話だと、奏白だけが唯一思い至った。そう、フェアリーテイル事件が始まった頃、ドルフコーストを呼びだせる者が地上にいないという事実だ。レタラがフェアリーテイルと出会っていたという話など、当然聞いていない。
すなわち、誰もドルフコーストの能力をフェアリーガーデンに住んでいる守護神達に行使する隙など無かったはず。もしそれが可能だとすれば、いつだと言うのだろうか。
奏白のそんな疑念を解消するより早く、赤ずきんの身体からは例の瘴気が全て取り除かれる。宣言通り、彼女は少し辛そうに顔を歪めていたが、今までのフェアリーテイル達と違って、苦悶の声を上げようとしなかった。それはただ、彼女のプライドだけに依るものであり、それを理解していたネロルキウスも、そのちんけな誇りを貫いた、ある意味で固い意志を見て呆気にとられた。
ふらふらになり、消耗した赤ずきん。今にも倒れそうな彼女に知君は駆け寄った。先ほども彼が言った通り、確認したいことがあったためだ。
- Re: 守護神アクセス ( No.99 )
- 日時: 2018/07/26 19:25
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「大丈夫ですか」
自分よりも小柄な少女の身体を知君は正面から支えた。自分自身、ずっと寝たきりだったためあまり足腰に力が入らなかったはずなのに、気づけば楽になっていた。おそらく、ネロルキウスによる補助であろう。有難い事だなと、後ろも振り向かずに柔らかな笑みを漏らす。こんなにも穏やかに守護神アクセスできる日が来るだなんて思ってもみなかった。
弱り切った赤ずきんであったが、まだその意識は保たれていた。おそらくは、随分長い事あの瘴気と共にあり続けていたせいで、耐性ができていたのだろう。赤ずきんは最初期からずっと見られていたフェアリーテイルの一人。かれこれ三か月近くあの瘴気と共に在った。
「貴方達がそうやって、理性を失った理由に関して尋ねたいことがあります」
「あっはは……。しゃあないっすね。なーんて、偉そうにはもう言わないっすよ。今まで散々やらかしてきた罪滅ぼしっす、何でも聞いて構わないすよ」
「ありがとうございます」
立ったままというのも疲れるだろうと、その場に膝を付くよう知君は促した。まず自分がその場に屈み、片方の膝を地につけた。その態度に甘えるように赤ずきんも、茶色い布に隠れた両膝を地面に立てた。弱り切った目を、知君に合わせる。その瞳には、赤ずきんが困憊していやしないかと慮る光が宿っていた。
おそらく、ここで自分が休養を訴えればこの少年は時間をくれるだろうとは理解していた。しかし、それを受容してはならないと、罪悪感が逃げ道を断つ。シンデレラの契約者のことを考えるに、もうほとんど時間が残されていないのだ。ここで眠ってしまう訳にいかない。
「貴方は、倉田 レタラという女性を知っていますか」
「知らないっすね。あいにく、あたしはあの赤いガスに侵されるまで人間界に出てきたことは無いっすよ」
「なるほど。やはりそうでしたか」
「おい知君、どういうことだよ。あの女が何か関係あんのかよ」
もう事態は鎮圧できた、それが分かった奏白達が知君のもとへ駆け寄った。彼の身を案じて、というよりもむしろ彼の功績をたたえるために。しかし、知君本人の様子を見るにそれどころではないようである。
今まで見当がついていなかったフェアリーテイルという一連の事件、悲劇の元凶。それが分かっているような口ぶりであった。赤ずきんとの交戦時にもその予測を確かめたいとの言葉を述べていた。
この中で知君を除けば唯一レタラと面識のある奏白が、全員を代表してその問いかけをぶつけた。今更、守護神さえも奪い取られたその女を何故考慮せねばならないのかと。しかし知君は、倉田レタラという人間自身には、さほど意味は無いのだと首を横に振る。
「倉田さんは関係者……であると同時に使い捨ての駒のようなものだったのだと思います。ほとんど無関係です。少なくとも、誰かの思惑にとっては」
「じゃあ、何であいつの名前が挙がるんだよ」
「先ほど、赤ずきんを、例の呪縛から解き放った時の言葉を覚えていますか?」
「……ドルフコーストの能力による瘴気を奪い取る、だよな?」
「ええ。そしてそれが認証された。つまり……」
フェアリーテイルというのは、奏白と知君が初めて出会ったあの日、最上階でレタラに操られていた人々と同じ症状が現れていた。つまり、無理やり取り込んだものを凶暴化させる毒に囚われていたのである。
「あくまで大事なのは、彼女ではありません。大事なのは、その守護神……ドルフコーストの能力を受けていた事です」
「いや、でも……」
「奏白さんの言いたいことは分かっています」
レタラからは、当然フェアリーテイルと接触したような証言は取れなかった。そんな事を確かめようとした取調員が居なかったことも事実だが、きっと何も関与していないのは事実だろう。一度ネロルキウスの能力で『守護神達を凶暴化させたのは誰か』という検索を行ったところ、ドルフコーストだとは分からなかった。本当にあの守護神の仕業であったならば、ネロルキウスの能力で特定できるというのに。
「他者を洗脳する類のELEVENは存在しません。なので、僕らの能力で特定できない以上、考えられる可能性は二つのみ。傾城の特質を持った者の仕業か、誰も知らない自然現象が原因か」
自分は後者だと思っていたと知君は言う。それはやはり、あの赤い瘴気の影響力がドルフコーストとあまりに酷似していたせいだ。あれが本当に守護神の能力由来ならば、元凶として特定できる。特定できねばならない。ネロルキウスに対する隠し事は、本来あってはならないのだから。
誰も理解できない世界の神秘が元凶。そうであって欲しいと言う願望もあった。これは誰かの悪意に由来するものでなく、自然災害であって欲しいと。
「ですがやはり、これは守護神の能力によるものでした」
「けどよ、じゃあ誰がやったって言うんだよ」
「……始まりは、倉田 レタラで間違いありません」
「うん? でも知君、お前さっき違うって……」
「ええ。彼女は、そんな意図など知りはしなかったのでしょう。誰かの操り人形となって動かされてしまったのです。自分がしてしまった事を理解していないのでしょう、今でも」
あの時レタラは、「何となく」「そうしようと思いついたから」「突発的に」事件を起こした。その後警察に捕まってしまうことも顧みず、明確な目的も動機も無く、大犯罪を引き起こした。
しかし彼女は、あの日話した口ぶりから察するに、それほどこの世界に失望していなかったはずだ。それなのに、どうして電波塔ジャックなどという真似を、大勢の人間を死の危険に晒しながらも実行できたのか。モデルとして活躍していた時代でさえ、あの世界においては比較的内向的な人間だったはずなのに。
「僕は自然現象が由来だと思いたかった。しかし、一抹の不安が常に付きまとっていました。その不安を初めに抱いたのは、赤ずきんさんが宣戦布告した録画映像を見た時の事です」
真凜は、フェアリーテイルの対策課が設立された日の出来事を思い返した。あの日集められた腕利きの捜査官に知君が紹介されるよりも先に、二つの映像を見せられた。両者ともに、フェアリーテイルの凶悪さ、手強さを伝える内容の動画となっていた。その時、赤ずきんの動画に何か不審なものなどあったのだろうか。
別段思い当たらなかった真凜は、ただ黙って知君の言葉を待った。当の赤ずきんはというと「ああ、そんな事もあったっすね」と消え入りそうな笑い声をこぼした。
「赤い月の加護にかけて……貴女は、そう言いましたね」
「そうっすね」
「あの時、少し引っかかるものがありました。『ある守護神』の可能性が脳裏を過りました」
しかし、ただフェアリーガーデンの月が異常をきたし、その光を浴びた者が暴れているだけなのかもしれない。しかしアリスを検挙した途端にその可能性がぐらついた。ガス状の毒気を奪い取って事件は終息した。月を見て守護神が凶暴化する、それだけなら理解できる。しかしそれなら、瘴気は一体どこから来たと言うのだろうか。
「僕は、この三か月間……考え続けました。それこそ色んな可能性を。ですが、僕の仮説に関与している彼女は、ネロルキウスの力では調べられません。それゆえ、これまで捕えたフェアリーテイルだった方々に逐一確認していました」
しかし、知君の知りたい情報を持っている者はいなかった。そもそも自分が暴れ出した瞬間を覚えている者も少なかった。そう言えば、突きを最後に見たような。そんな反応を示したのも、アリスやドロシーといった強力な守護神ばかり。抵抗力の強い守護神ほど、直前の出来事を強く覚えているようである。
それを裏打ちするように、赤ずきんは迷いなく『赤い月』が関与していると言い切っていた。赤ずきんほどの位階であれば、何が起きて自分がフェアリーテイルとなったのか覚えていたのだろう。
ちょっと待ってくれ。奏白の後ろ側でそんな声が上がった。呼びかけたのは王子だった。知君一人だけ納得しているようであるが、彼を筆頭に周りの者は何も理解していない。それも当然だ、知君が確信を未だ突いていないのだから。
「待てよ知君。肝心なこと隠してるせいで、何も分かんねえよ。レタラの名前が消えたかと思えば、今度は月のせいっていうけどよ。その、レタラ? と月に何の関係が……」
「いや、あるんだよ王子」
答えたのは奏白だった。レタラと対峙したあの日、あの瞬間。自分だからこそ覚えている。あの日、東京のどこよりも天に近い場所で彼女と向き合った自分だからこそ。
「あの日は満月だった。お前が何を考えているのか分からねえけど、多分こう言いたいんだろ? あの日レタラは……」
「もしかして、月に能力をかけていた、っていうことかしら」
「俺の言葉取んなよ真凜。まあいいか、そういうこった」
「ええ、そうです。あの日彼女は月に立っていた人物にドルフコーストの能力をかけたんです」
破壊衝動に支配される、取り込んだ人間を、守護神の理性を蝕み、暴走させる瘴気。あの時ドルフコーストを奪った知君は『ハイエストスカイリンクに居る人間』のみその支配を解いた。そのせいで、違う場所、月の表面に立っている人物は解放できていなかった。
「月に能力? でも、宇宙に誰が居るって言うんだよ。別に月の上に研究基地なんて今のご時世無いだろ?」
「宇宙研究よりも異世界研究を進めた方が有意義。それが今の世の中よね。王子くんの言う通り、どうしてそんな所に能力を……」
「別に、この世界にいるのは人間だけじゃありません。守護神だって現れます」
「いやいやいや、守護神はアクセスしないとこっちに顕現できない、それがこの世界の決まりだろ?」
「王子くん……貴方と私が、それを言ってはいけません」
「あっ……」
最も次元の位相が近いフェアリーガーデンの守護神は、人間界に実体を持って顕現できる。
「でも、でも待てよ。本当にそんな奴居たらネロルキウスの能力で分かるだろ?」
「いいえ、分かりません」
「何でだ? ふつーの守護神だったらネロみんモードでいくらでも調べられんだろ?」
「普通の守護神、でしたらね」
クーニャンの疑念もあっさりと否定される。普通ではない守護神、そう言われて全員がある可能性に思い至った。それは勿論、ネロルキウス自体がその肩書を冠しているのが原因であった。
「ELEVEN、ってことか?」
「いいえ、王子くん。それはあり得ません。僕と琴割さん以外のELEVENは好き勝手に守護神アクセスできない。そう取り決められているはずです。……一人、例外がいる可能性はありますがね」
含みのある言葉と共に、じっとクーニャンの顔を知君は見つめた。見つめられていることに気づいたクーニャンは、ぱっと明るい笑みを浮かべて、どうかしたかと小首を傾げた。知っている、彼女は知っているはずだ。ある男が暗躍していることを、依頼人と請負人という関係から。
しかし、それを聞き出すのはルール違反。それゆえ、それ以上強い減給はできなかった。
「ネロルキウスの能力が及ばない相手、もう一つ可能性がありますよね?」
先日の一件、知君が消耗し、ネロルキウスに体を奪い取られた一件。あの惨事が今度は思い返された。ネロルキウスの力では浄化できないため、王子とセイラでないと治癒できなかった白雪姫。彼女は、とある特質を持っていた。
「傾城の守護神です」
これで、大体首謀となるフェアリーテイルが見えてきたことでしょうと彼は言う。察したのはセイラぐらいであった。情報が小出しすぎて、他の者は真相に辿り着けていない。しかしセイラは、知君が示唆する最後にして、原初のフェアリーテイルをとうに理解していた。名前ぐらいは聞いたことがあり、月を媒介に能力を使うという事も知っている。
これまでずっと、シンデレラという太陽に隠れ続けてきた、フェアリーテイルのもう片方の首領。表舞台には決して現れなかった最後の障壁。その正体を知っているのは、フェアリーテイルの中では赤ずきんとシンデレラの二人のみ。
ネロルキウスにより特定することのできない傾城であり。
現世の月に顕現できるフェアリーテイルの一員である。
「月にまつわる傾城、何か思いつきませんか?」
それは、作者不詳の物語。
またの称号を、日本最古のお伽噺。
五人の貴族のみならず、帝をも篭絡した絶世の美女、彼女の地上での日々を綴ったもの。
「ははっ、その通りっすよ」
応じた者は赤ずきん。彼女は知君が言うより早く、その答えを肯定した。もう、それ以外あり得ないからだ。
「あたしは、その女に直接目の前で会ったんすよね。それもあって、月の加護だなんて言い切ることが出来た訳なんすけど」
ずっと、シンデレラという明るすぎる陽に隠れていた彼女の名は、日本人ならば誰もが知っていた。王子も、奏白も、真凜も、誰もが一様に目を開く。
「そう、あたしらにとってもう一人のボスだったのは」
十五夜が近い一日、快晴の空には、上弦の月がぼんやりと浮かび上がっていた。
「かぐや姫っす」
- Re: 守護神アクセス【File10・完】 ( No.100 )
- 日時: 2018/08/16 18:33
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
果たしてエラーは一体何だったのであろうか。物語は、語り手であるべき私の筋書きから大きく離れてしまっていた。本来であれば、とうの昔に日本という国は未曽有の混乱に陥っていた、はずだった。満を持して守護神をも用いた技術の上に建設された電波塔、ハイエストスカイリンク。テロリスト一人と、彼女の能力による暴徒によって、電波塔は無残にも陥落、そこに追い打ちをかけるようにフェアリーガーデンの守護神が侵攻してくる、そういった手筈を整えたはずだった。
しかし実行した五月下旬のあの日、東京の街は混乱していたものの、私が想定するほどの影響を日本にもたらさなかった。阻害することなどできる由も無い私の物語を、どこかで断絶させた者がいた。ハイエストスカイリンクの奪取までは首尾よく行えたようだった。あの日、日本の大使館にいる部下から報告を受けている。現地時刻で夕刻、月にも洗脳をかけることができたが故に成功を確信していたというのに。
理由も分からないまま、私の計画は頓挫することとなった。目標は琴割 月光という男の失墜、今ある地位からの陥落を目指していた。己の国一つ守れぬ男に、世界の主導権を握らせていてよいのかと、議題に挙げようとしていたというのに、あの男が出るまでも無く事態は鎮圧したからだ。
他ならぬ『この私』が紡いだ運命だったため、成功は確約されていたに等しい。それこそ、琴割が出てこない限りは、だ。電波塔ジャックは、琴割に無理やりジャンヌダルクの能力を、許可なく使用させるところがゴール地点であったのに。
私の守護神による能力を用いれば、望んだ未来は必然となる。運命を紡ぎ、物語を為す能力、それこそが私の守護神の有する、最高位の能力だ。それを妨げることができる者はこの世界に居てはならない。それが例え琴割 月光だったとしても、彼が作った秩序を乱さぬ限りは、私が書き終えた筋書きを拒むことはできない。
「だというのに……なぜだ」
「落ち着きなさい、ラックハッカー」
「落ち着いていられるか! お前の能力が通じなかったのだぞ!」
「だからこそよ。なら元凶は掴めるわ。……確実にこれはネロルキウスの仕業よ」
「ネロルキウス? 一人で異世界に閉じこもっている、偏屈で独善的な王のことか? そんな奴がこちらの世界に干渉などできはしないだろう」
ネロルキウスという名前だけは知っていた。守護神と容易に契約できるようになった世の中において、唯一人間との交遊を拒む存在。誰よりも強い能力を持つ、ELEVENの一角であるというのに、その神威とも呼べる能力を人間に貸与することを恥としたがゆえに誰とも契約しない鎖国した異世界の王。
そもそも最上人の界に所属する守護神はその多くが契約者を持たないが、ネロルキウスはELEVENであるため例外だ。私の守護神同様に、その異世界の守護神の中では特異的にアクセスナンバーを保持している。
「それに、ネロルキウスだろうとお前の能力に干渉など……」
「できるわ、今回に限ってはね」
ネロルキウスは、世界に仇為した守護神を殺す存在。以前私が引き起こした日本を混乱に陥れる事件は、当然世界を傷つける行為だ。故に、世界というあまりに巨大な生体に疑似した存在は免疫応答を行った。異分子である、私の契約する『彼女』の能力を打ち消した。そういう訳だ。
「しかし、もし仮にできたとしてどのように能力を行使したと言うんだ?」
「いつの間にか、だれかと契約していたんでしょうね、あの男」
「馬鹿な! そんな報告などこれまでありはしなかったぞ」
「日本にいるんでしょう? 琴割 月光の隠し玉と考えるべきね」
ジャンヌダルクの能力であれば、いくらでも情報漏洩は防げる。ともすれば、推測は簡単であった。琴割 月光は手ごまとしてネロルキウスの契約者を保持している。完全に、私的に利用できる兵隊として。ELEVENを殺すための存在として、抑止力として作り上げたのだ。契約不可能と謳われていたネロルキウス、その器となる人間を。
初めに立てていた計画は、倉田レタラを発端とし、そのまま彼女だけで日本のメディアを壊滅状況に追い詰めようとするものだった。電波塔を奪い、折を見て破壊の限りを尽くし、日の本の象徴を凌辱する算段であった。
万が一失敗した時を考え、保険をかけておいた。それこそが日本でフェアリーテイルと呼ばれている連中だ。しかしその保険を使う必要は、本来無かったのだ。
まず日本を窮地に立たせる。倉田レタラの守護神、ドルフコーストは高位の守護神。しかも、いくらでも兵を増やすことができる。アクセスナンバーが如何に低くとも、ELEVENでもなければ操られてしまう可能性が高い。すなわち、彼女一人だけが脅威なのではなく、彼女が操ることが出来る、強力な守護神全てが脅威となるのだ。
聞けば、一時はアマデウスという強力な守護神の契約者まで手中に収めたというではないか。彼女がいれば、日本の能力者は、琴割以外は取るに足らない。レタラを止めるためには、琴割が能力を使うしかなかったはずだ。
しかしそれを許すつもりは毛頭なかった。ELEVENの能力を使用する際には、国際連合において三分の二以上の代表者が許可を出さねばならない。議決の際に反論と抗議をすることで琴割を出陣させない、それこそが本来歩むべき計画。
無理に出陣すれば規則違反として咎められるのは避けられない。それも、自分が取り決めた条例、ELEVENは私的な判断で能力を使用してはならないというものを破るのだ。他ならぬ彼が破るからこそ、その傷は大きくなる予定だったのに。
ただ、代替案の無い反対は、むしろ私に火の粉が降りかかる。その状況でただ、琴割の守護神アクセスを否定するだけならば、疑念を持たれるだろう。事件の鎮圧に効果的なのは琴割の能力をおいて他に無いと言うのに、嫌がらせのように批判する。そんな事しようものなら、私欲で拒んでいると簡単に分かってしまう。
だからこそ、その際には第二の案を提示するつもりだった。米軍の派遣である。米軍を用いて、ドルフコースト直属の暴徒と化した人々を無力化し、鎮圧する。当然私達の能力を用いて、その頃にはレタラを投降させるつもりではあった。
そして琴割から私への借りを作らせ、それを起点に今の決まり事を壊し、作り直そうとしていた。一度自らの国を瀕死の状態に追い込み、他国の支援を受けねばならなかった男など、発言力が著しく低下することだろう。ELEVENであろうと、そうでなかろうと、自由に己の能力を使用しても構わない、そんな世界に変えねばならない。
そうでなければ不条理ではなかろうか。私は世界に選ばれた。神に選ばれた。最強の名をほしいままにする守護神の一群、ELEVENが一人、シェヘラザードこそが私の守護神だ。望んだ夢を未来に、運命に、現実に変えてしまう。まさに神そのものとも呼べる強大な能力。であるというのにどうして、私が能力の使用を禁止されねばならぬのか。
この能力を利用して私は今の地位、大統領にまで上り詰めた。全てはこれからだ、祖国の頂点に立ち、今度は世界そのものを牛耳ろうと目論んでいたというに。我が祖国こそが世界で最も優れた国だと証明するところであったのに、あの男が邪魔をした。
あの男が寿命で死ぬことは無い。琴割は正義の執行者を名乗っており、人々はそれを認めている。あの男が己の老いを防ぐことを反対できる者はいないのだ。それゆえ私が老衰で死ぬ方が先だ。折角この力を持って生まれ落ちたと言うに、些末な制度を理由に阻まれてなるものか。
「あの男の失脚の暁に、今度こそこの私が……そう思っていたのに」
「けれどもそう悪い状況でないでしょう? ネロルキウスが能力を使用したという事は、それも条約に反することになる」
「どう暴けと言うのだ、琴割 月光が拒んでいる上、肝心のネロルキウスの契約者には私達の能力が通じない。何せELEVENだからな」
「それは……」
「そもそも琴割という男が規格外なのだ」
世界で最も強力な能力者は、琴割で間違いが無かった。あの男は、phoneを用いない、正規の手段で守護神アクセスをしている。実のところ彼が守護神アクセスをし、ジャンヌダルクの能力を使っていても他人にそれを察知することはできない。人々が守護神の能力を使用しているかどうかはphoneの発する電波を拾って観測しているためだ。
それゆえ、琴割が能力を条約の適応範囲外で使用したかどうかは、目撃者以外に知ることはできない。そもそも、老化や死を防いでいる時点で常時能力を使用している状態だ。違ったことに私的な理由で能力を行使したところで分かるはずも無い。
「何と、何と傲慢なことだろうか。正義を謳い、己のみが傍若無人にも能力の行使を許されているなど。それを受け入れる連中も馬鹿ばかりだ。なぜ、なぜあの男ばかり……」
「仕方ないわね。あの男と比べると、あなたはどうしようもないクズよ? 認められるとでも思っているの?」
「ええい五月蠅い! それがどうした。それを理由に格差をつけていいものなのか!」
「仕方ないと思うわ。私は契約者に優しくしているだけで、貴方は本来助力に値しない男だと思っているもの。ジャンヌダルクの話を聞く限り、琴割は狂気こそちらつくものの、へいわと正義の二点はぶれない人間よ」
これは差別でも何でもない。つけるべき区別である。シェヘラザードはそう語る。琴割は私的に能力を用いても、私欲に溺れて個人利益のために能力は用いない。彼が能力を用いる時は、大多数の人間の幸福を得るためだ。あるいは、安全性、信頼性の確保であろうか。そのために個人の不利益や、圧倒的少数派を安易に切り捨てることもあるが、それはあくまで多数派の平穏のため。
「焦った貴方は本当に諦めが悪かったわね。予想外の出来事が二件も起きたからって、本当にみっともない」
私は何とか、知君という姓の少年と、王子という少年、二人の候補者を見つけることができた。現地の報道者へのコネを利用し、警察に秘密裏に協力する人間の存在をかぎ取った。嗅ぎ取ったのだが、その人間の名前を得ることはできなかった。唯一知ることができたのは未成年の男だということぐらいだった。
フェアリーテイルを派遣した地点において、その現場近辺でよく観察される人間を一寸法師に見張らせていた。彼はあの島国に伝わるお伽噺の主人公であるが、諜報にうってつけの能力を持っていた。あまりに存在が小さいが故に、レーダーにもかからない、特異な小人。
とはいえ彼もとうとう、先日捜査官に敗北し、正常化されてしまったようだが。だが、彼の働きにより候補者を二人にまで絞ることができた。ここまで特定できれば、そのどちらであるかなど些細な問題だ。どちらも始末してしまえばよい。
その後の出会いは僥倖という外なかった。ELEVEN相手に能力者はぶつけられない。フェアリーテイルでも当然太刀打ちできない。それゆえ、初めは無能力の暗殺者を送り込む予定であった。しかし、世界中の腕利きの暗殺者を探している中で、私は見つけたのだ。桃太郎の契約者足り得る少女を。
桃太郎は能力による脅威よりも、その身体能力こそ特筆すべき能力者だ。ネロルキウスに能力が通じなくとも、純粋な体術で圧倒できるだろうと判断した私はクーニャン、そのコードネームを与えられた傭兵を雇った。
しかし結果はどうだ。あえなく失敗。その話を後から、正確にはたった今聞いたシェヘラザードに至っては「当たり前でしょう」と鼻で笑う始末。「肉体のスペックを奪われたら瞬く間に優位は逆転よ」と。
己もELEVENと契約しているというのに、他の王の力を見誤っていた。
「それで、どうするの? 赤ずきんまで切っちゃったのに」
「私が出れば文句は無いだろう」
「ふふっ、本末転倒ね。それこそ、シンデレラとかぐや姫に任せればいいのに」
どうせ両者にネロルキウスは能力を行使できない。それは先の白雪姫との戦闘において立証されている。残る二人のフェアリーテイルは、共に傾城の特質を持っている。単純な戦闘力を見ても最高戦力と認識してもよい。物理的に攻め立てるシンデレラと、精神から陥落するかぐや姫。部類こそ違うものの、残った二枚のカードこそがとっておきに変わりない。
あの日、ようやく知君少年がネロルキウスの契約者であり、王子少年がフェアリーテイルの契約者だと確認できた。これまでネロルキウスでは対処できていなかったであろう眠り姫などの傾城の特質を持ったフェアリーテイルは人魚姫が救っていたとも分かった。
「貴方が出陣すれば、まず間違いなく罪に問われるのは貴方よ。ELEVENの果たすべき義務を破り、他国を恐怖のどん底に叩きこんだ。赤ずきんだけで何人死んだと思っているの? これだから、国のトップって嫌いなのよね。私も生前は、毎晩毎晩物語を紡いで必死に生を掴んでいたものだわ」
「口答えするなよ、守護神となった貴様はただのゴーストライターだ。私が描いた物語を、貴様という筆が書いていればそれでいい」
「横暴な話ね。対した手間でも無いからいいけど」
もはや私は目的を捨て去っていた。当初のものとは異なる劣等感を抱いていた。全てにおいて先んじている琴割を何としても出し抜きたい。悔しがらせたい。それ以外何も考えていなかった。
この私こそが、最も偉くあるべきはずなのに。どうしてあの男が支配者面して私達を御しているのか。ジャンヌダルクなど結局、嫌な事物から目を逸らすことしかできない。子供のように愚図り、嫌な事を拒むしかできない。だが私はどうだ。他人の運命を左右することができる。それは時に気まぐれで、時に大義を持ってだ。神のごとき力を持っているのはあの男ではなく、私であるべきなのだ。
「日本に向かうぞ。刻限も近い」
「ああ、そう言えばそろそろ六十六日かしら」
「そうだ。……星羅の娘が使い物になるのはあくまで、今月の十五日が限度と言ったところだろう」
「そうね。ほんと、人間って可哀想ね」
ジャンヌダルクでもない限り、その死を防ぐことはできない。守護神とはそこが異なっていた。フェアリーテイルは守護神であり、『世界から死を定義されていない』。五体を分けようと、塵となるまで焼こうが、死ぬことはあり得ない。瞬き一つした頃には、元の姿に戻っている。
「もう最大限の屈辱などどうでもいい。私は残る全霊をかけ、あの男に出来得る限りの失態を招いて見せる」
「はあ、神風特攻隊ね、まるで。それこそ日本が貴方の国にかつてしたことよ?」
「黙れ」
「あらあら。これだからかぐや姫からも小物臭いと言われるのよ」
「減らず口を閉じろ、シェヘラザード」
「ふう……分かったわ」
もう用も無いでしょうと彼女は接続を遮断した。これ以上守護神アクセスを続けていれば不意に管理会社に嗅ぎつけられる可能性は高まる。星羅の父親に用意させた脱法の端末、それを用いていても、見つかる時はあるらしい。
そもそも守護神アクセス自体大統領就任以来数えるほどにしかできたことは無い。どれほどの時間ならば問題ないのか、まるで覚えていなかった。そもそも私自身アクセスしている許容限界は十五分程度で無かったろうか。とするとどのみちそろそろ限界だった。
「もう直だ。もう直最後の戦いが始まる。私の破滅は避けられないだろうが、旅の道連れは大いに越したことはない」
「地獄の片道切符の押し売りだなんて、怖いったらありゃしない」
「だから黙れと……」
顔を上げれば、もう既に彼女の姿はそこに無かった。捨て置くように嫌味を残し、フェアリーガーデンへと帰っていった。捕らえられたフェアリーテイルは日本に匿われているため、閑散としてしまったフェアリーガーデンに。
首都の摩天楼を、さらに高い位置から見下ろし。そして私は机の上の葉巻を手に取った。苛立ちは煙で紛らせるに限る。影武者も、ガルバの契約者も準備した。長い時間をかけ、己の中に渦巻く怒りや憎しみを宥めながら一時の至福を堪能する。短くなった葉巻を灰皿に押し付け、火を消す。入念に、磨り潰すように。
そう、これと同じだ。私にとって障害となるものは全て、磨り潰し、反骨の炎さえ消して見せる。
それがこの私、ロバート・ノア・ラックハッカーが己に課した宿命であり、黒く汚れているであろう、誓いであった。
- Re: 守護神アクセス【File11・開幕】 ( No.101 )
- 日時: 2018/08/22 23:17
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
人間に限らず、高度な思考を許された生物は罪作りだと、私は思う。感情を持ってしまったが故に、幸福を享受できるようになったと思えば、素敵なことであろう。けれど、恵まれ過ぎたその時、人は容易く罪人へと変貌する。感謝を忘れてはいけない幸せな現状に、慣れ切ってしまう。
そう言った意味で、私達はもうとっくに、片足どころか腰の辺りまで罪の色をした沼の中に沈んでいた。出会えただけで、これ以上のない奇跡に他ならなかったというのに、いつしかそれが当然のことのようになっていた。初めから、生まれた時から寄り添っていたみたいに、傍にいることが当たり前になっていた。
決してそれが、必然であるとは認めてはならないのに。出会った頃は、ずっと彼との出会いに感謝し続けていた。居もしない神様に、キューピッドに、あるいは運命という不確定な世界のプロットに。けれど、いつからだったろうか。その尊い偶然への礼を欠いてしまったのは。
それは何も、私に限った話では無かった。彼も、その事をあまりに当たり前に思っていた。ようやっと出会えた、彼の夢を叶えられるだけの相棒、パートナー。その私とは死ぬまで共に寄り添っていられる、つがいにも似た関係性だと、信じて疑っていなかったに違いない。
けれども結局、私という守護神には、悲劇がお似合いだった。正確には、まだ私に待ち受ける結末が離別かどうか、決まっていない。しかしそれでも、これから辛い選択に直面する必要がある事、そしてその選択が、想像以上に目と鼻の先にまで迫っているだなんて。
私達に、気づく余地など無かった。
私達は、当初忘れようとも忘れられなかった覚悟を失っていた。
自分がとうとう、ハッピーエンドの主人公になったんだと勘違いしてしまっていたのだ。
不憫で認められず、誰にも祝福されない、哀れなトラジェディを演じる道化。
そちらの方がよほどお似合いだというのに。
人魚姫の幸せな夢など所詮、泡と同じで儚く消えた方がよほど美しいと言うのに。
誰かの心に残ることよりも、自分勝手な暖かい日々の方を尊重してしまっていた。
彼の、辛そうな顔が目に痛い。
そう、所詮私は、人間を悲しませる物語を司る女。
アンデルセンが恨めしい、どうしてあんな救いの無い物語にしたのだろうか。
エジソンが恨めしい、初めから才能の無い人間には、報われる可能性は無いのだと言い切った男が。
そして何より、この私が恨めしい。どうして、幸せになる才能を得ぬまま生まれてしまったのだろうか。
死んで才能を選びなおすことさえも、できないというのに。
人魚姫など、大嫌いだ。辞めてしまいたいくらいに。
そしてこれは、きっと罰だ。
愚かにも幸せになりたいと、願ってしまった私たちへの、苦渋の選択。
何が正しいのか、なんて、結局自分の頭で考えなくてはならない。
私自身、肩書に『神』を冠してはいるが、それでも思う。
神様というのは、やけに残酷だと。
「予めお前ら全員に伝えておくことがある」
赤ずきんとの決戦を終えて翌日、知君の体調も安定していたために作戦会議が開かれた。赤ずきんからとある情報を得たことが、何より大きな理由だった。招集されたのは当然、残る対策課全員であった。
何せこれから語られるのは、結成から約三か月、絶えず活動を続けてきたフェアリーテイルの対策課、全員にとって最後の正念場となる作戦に関する伝達事項であるのだから。会議の進行を執っているのは言うまでも無くリーダーである琴割だ。隣には秘書の文官を一人連れている。
警官、特に対策課員が知君に対する認識を改めてから会議に参加するのは、知君にとって初めてのことであった。まだ少しぎこちない態度の者はまだまだ多かったが、それでも以前ほど刺々しい空気は感じられない。中には、笑顔を見せてくれる人も居れば、改めてこれまですまなかったと頭を下げてくれる者もいた。
「奏白さんも、真凜さんも……本当にありがとうございます」
瞳を潤ませながら、その瞳を隠すように、目を細めて知君は相好を崩した。こうやって、心底輝く笑みを見ていると、以前の笑った顔は全て、作り物だったのだなと再確認した。確かに彼の作り笑顔は、言われるまでは作りものだと分からないものだろう。温かみを感じられるぐらいに、演技力が高かったのだろうか。それらは全て、周りの人間に心配をかけさせないが故に極めた擬態能力のようなものだったのだろうと、今なら分かる。
「んな事気にすんなって」
「そうよ、君が受けて当然の扱いが今の皆の態度なんだから」
「おいそこ、会議中やぞ」
小声で話していたとはいえ、耳ざとい琴割に諫められる。作戦会議中に変わりないので、申し訳ないと三人揃って頭を下げた。しかしそれに目くじらを立てようとするものは周りにはいなかった。それはひとえに、このチームの貢献度に由来するものだろう。フェアリーテイルの対策課全体において、第7班の三人が解決した事件の件数は、およそ全体の四割強。たった三人で、だ。チームでの働きでもあれば、個人で解決した事件も多い。王子が加入して以降第4班も功績は増えたものの、やはり王子では知君に台頭するには荷が重かった。
また、クーニャンがたった一人で全体の一割近くのフェアリーテイルを、たった一か月で殲滅している実績もある。過半数の事件をたかだか四人でまかなっている以上、多少私語を挟んだ程度で批判する訳にもいかなかった。琴割のお気に入り、であることも起因している。
事実琴割が咎めたのも、あくまで会議中だから体裁上咎めねばならなかったという事実が、声色からも窺えた。聞いたことも無い優しい声の表情からは、親心のようなものまで覗いていた。これまで彼の部下として永らく努めてきた人間が多く在籍する対策課の人間だが、ようやく琴割という男の人間らしい部分が見えて、不公平だと愚痴を漏らすよりも早く、安堵が出てしまった。
「まず何より大事なんは、次の戦いが対フェアリーテイルの最終戦となる」
赤ずきんと対面していなかったが故に、その事を今初めて知った人々の中にざわめきが沸き立った。静かにしている者と言えば、第7班に王子一家ぐらいのものだ。ついにこの時が来たかと歓喜する捜査官、ようやっと平穏を取り戻せると感涙にむせぶ者。まだ戦いは終わってなどいないというのに、明るいムードに包まれた。
だが、その油断を琴割は許さない。一旦静かにしろと低い声で指示すると、さざ波のような波紋は、やはりぴたりと端から順に収まっていった。
「ただ、問題なんはその相手や。最後に立ちはだかるのは、儂らの前に最初に立ちはだかったシンデレラや」
確かに、これまでの活躍は賞賛に値する。たった一点の汚点を除けば。というのは当然、一番に現れた暴走個体であるシンデレラを、最後まで捕えられていない事実だ。実に四か月も放置せざるを得なかった、それは敗北と呼ぶに相応しい。
「シンデレラに知君をぶつけられる余裕が無かったんも事実や。けどな、それは言い訳にできへん。そらそうやろ、今まであの小娘一人に儂らは何人がかりで挑んできた?」
強い言葉を用いて、否定的に言及を始めたのは、当然叱責のためではない。浮かれた彼らの心を落ち着かせるためだ。敵の強大さを再確認させる必要がある。
残るフェアリーテイルは、たったの二人。だというのに、その二人には共通した性質があった。その前に、まずはこちらが優先だとばかりに琴割は、二人目のフェアリーテイル頭領の正体を口にした。
「赤ずきんから聞き出したことに、最後のフェアリーテイルはかぐや姫や。原初のフェアリーテイルと呼んで差し支えない。月を見た者に覚めない夢を見せる能力、月を媒介として月光を浴びた者に、自分と同じ状態を付与する能力もあるらしい」
それこそが、フェアリーテイル事件の正体だった。理由が何故かは分からないが、シンデレラは満月の夜に月の上に現れる。その際にドルフコーストの能力により、赤い瘴気に侵されてしまったのだ。どうしてレタラがその事実を知っていたのか確認しようとした琴割だったが、レタラは知らないの一点張り。何となく月に能力をかけたくなったせいで、無駄と分かりながらも試した記憶はあれど、かぐや姫の事など知っている訳が無いだろうと吐き捨てる。
どうにも、嘘を吐いている気配も隠し事をしている風にも見えず、そもそも琴割の前で嘘偽りやごまかしなど通用しないため、それが事実と認めるほかない。
ただしその情報を今開示したところで不要な混乱を生むだけなので、琴割はその情報は口から出さずに嚥下した。これは知君にだけ教えておけばよい。そしてすでにそれは為されているため、これ以上口にする必要も無かった。
「かぐや姫を元に戻せば、これ以上被害は広がらん。そして最後に、シンデレラを討つ。それで終いや。今までやって来たんや。もう儂らが折れる理由なんざどこにもあらへん」
必要以上にふさぎ込むなと鼓舞する。こうやって、警戒を通り越して不安にさせない辺り、扱いになれているなと感じられた。この次に彼が口にすることが、予め分かっていたからこそ知君は強く実感できた。何せこれまで持ち上げておいてこれから口にするのは、頼みの綱の知君が今までと比較して、機能しないという絶望的な事実なのだから。
「ただし今回、知君の能力じゃあいつらのフェアリーテイル化は解けん。まあそれは言うまでもないやろ、白雪姫戦で痛感しとる」
だからこそ、今回の戦いは今まで以上にシビアなものになる。敵対する相手が今まで検挙してきた中で最も強いというだけではない。護り抜かなくてはならない者がいるのだ。
「今度の作戦は王子の次男坊が落とされたら終いや」
知君ではシンデレラやかぐや姫から、瘴気を奪い取り、正常な状態に戻すことはできない。それゆえ、王子と人魚姫の能力が必要となる。
「まあ、そうなってもどうにかする手段はあるにはあるんやけど……」
人魚姫はフェアリーテイルであるが故、無理やり誰かに守護神ジャックさせれば能力を行使することができる。ただしこれは最後の手段。何せその状況が整うのは、王子が死んだ時に他ならない。一応、王子との契約が途絶える別の状況も想定できるが、そうなるとは到底思えなかった。
それゆえ、王子を死なせさえしなければ、最悪シンデレラ達は正気に戻せる。これは王子を陣営に加えた、何より大きな見返りであった。知君は確かに初めからこの状況を見据えていたのかと琴割は舌を巻く。自分の弱点の補強もする辺り、狡猾になったものだと。
しかし知君にとってそんな目的は二の次であった。確かに王子がいれば自分にはどうしようもない傾城の特質を持った守護神相手でもデトックスが行える。しかしそれ以上に、知君が人魚姫と王子を引き合わせようとした理由は、単純だった。いつも何かに一生懸命な知人が報われて欲しかったというだけだ。誰かを救うために生まれてきたと思っているが故、自分が力になれそうな時、進むべき道を示さずにはいられなかった。
そしてかくいう王子はというと、既に言われていたことだったが、降り注ぐ重圧に頬を強張らせた。強がってほくそ笑んでやろうにも、表情筋も痙攣するばかりで上手く笑えない。人魚姫が支えようにも、そのセイラさえも重圧に硬直している。いつもなら、固くなった王子に一声かける彼女であったが、今日ばかりはじっと黙ったままだった。
「そして赤ずきんが倒れたと知って、ある人物から動画が送られてきた。シンデレラの契約者からや」
シンデレラが契約者を見つけたという事実は対策課員全員に周知されていた。それゆえ、その情報にどよめくことは無い。聡明な捜査官であればその正体も察しは付いていた。世間的に公表していない理由も同時に。その存在を伝えてしまうと、きっと世の中は混沌としてしまうだろうから。
それぐらいに、シンデレラの契約者は世界的な影響力が強いのだ。歳はまだ、知君や王子以上で自分達未満程度だと言うのに。
「正直、それをこの場で見せる訳にいかん。だがそいつは儂のことを怨んどる。ただ、八割がた私怨で動いていると見ていい」
どのみち怨んでいるのは契約者のみであるため、彼女が琴割を憎む憎まないに関わらず、フェアリーテイル事件は起きたしシンデレラは高い障害として立ち塞がった。それを理由に自分を言及するのは時間の無駄だからやめろと琴割は命ずる。
そして、この後だった。
今回の作戦の要となるセイラ達が、あまりにも厳しい現実と向き合う必要が現れたのは。
そう、この時まで二人は意気揚々としていたものだ。緊張の裏で、それでもこれを済ませば一人前の英雄として認められると、希望の光を見出していた。
その光ある未来を断つような選択が、迫っているとも知らないで。
「その王子には厳しい話じゃが、隠しても不誠実なだけや。せやから予め言うとくが……この作戦が終わり次第、ある事を決行する」
それは、人類の平穏を保つために妥当な選択であると言って差し支えない。
そもそも、これだけの被害を唯一受けた日本だ。原子爆弾と同じ、その痛みは身をもって理解してしまった。だからこそ、看過できない。むしろ野放しにしておけば、気が気でないであろう。
それゆえ、琴割が選んだ終戦後措置は、いくら考え直しても避けられない処置だと言える。たとえそれが、聖女の心を持った人魚姫に、辛い二者択一を迫るものだったとしても。
「今回の事件が収束し次第、ジャンヌダルクの能力で永久に……フェアリーガーデンと人間界との間の、守護神の行き来を拒絶するつもりでいる」
一応人魚姫だけは特別に、こちらの世界に留まるか否かを決めさせるつもりではある。そう琴割は言い添えた。唯一フェアリーテイルになる可能性を秘めていたのに、それを自ら打ち破り、人を傷つけるでなくむしろ助けるために戦い続けた彼女への、せめてもの勲章だった。
彼女にだけ、フェアリーガーデンに帰らずにこのまま王子のパートナーとしてこちらの世界に残る選択肢を残す、それが最大限の譲歩であった。
だがそれは、彼女にとって救いでも何でもなかった。なぜなら王子を選んだとしたら、その裏ではアシュリー、カレット、ノイト、数々の親友との、永劫の別れを意味しているのだから。
- Re: 守護神アクセス ( No.102 )
- 日時: 2018/08/29 16:13
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
琴割の宣言以降の会議内容は、人魚姫の頭には全く入ってこなかった。耳では間違いなくその声を聞いているはずなのに、それらが異国のお経のように、ただの音としか思えない。字幕無しの映画を見ているようで、その場の誰も、自分のために吹き替えもしてくれないため、ただ無為に時間が過ぎていく。
彼女が茫然とするのは当然の事であったし、同様に衝撃を受けた王子もこの時ばかりは何も声がかけられなかった。自分が思っているよりもよほど、彼女の方が強い戸惑いを覚えているだろうから。何せ、彼の立場は簡単だ。離れたくない、ずっと一緒に居たいと言えばいい。しかし彼女の場合は、そうもいかない。生まれ育った故郷を捨てる可能性、それと契約者とを天秤にかける苦渋は、当然王子には察せられない。
だからこそ、彼女が最大限悩めるだけ悩むことができるように。彼はただひたすら、代わりに琴割の説明を聞き続けたのであった。
シンデレラが宣戦布告してきたのは、九月の十五日。おおよそ一週間後の事である。満月の日にかぐや姫はその力を余すことなく振るうことができる。そう、赤ずきんから情報は得られていた。おそらくはその日に合わせてきたのだろう。
残るフェアリーテイルはたった二人、その内の一方だけでも本調子でないとしたら、ただでさえ不利な彼女たちはより一層苦しい戦いになる。悦楽を求めた殺戮ではなく、あくまでシンデレラの契約者は復讐を目的としている。万全のコンディションを整えるのは至極当然の判断と言えた。
「ちょっといいかしら?」
会議が終わってすぐに王子の肩を叩く女性がいた。振り返れば、馴染みが無いけれども、見覚えのある顔。一体誰だったろうかの、記憶の引き出しを一つ一つ開けるように確認するも、中々思い出せない。そんな風に困惑している彼を察してか、「これは申し訳ない」と彼女は自分から立場を口にした。
自分は、琴割 月光の秘書官の一人であると。そう言えば、琴割が連れていたことのある人間だと彼はようやく思い返すことができた。名前までは憶えていないが、捕えたフェアリーテイルのその後の処置を左右するような立場にいたはずだ。
「赤ずきんが貴方達と話をしたいそうなの」
「赤ずきんが?」
昨日、知君によって身柄を確保されたばかりの少女は、これまでのフェアリーテイルと比べて中々丈夫な器を持っていた。これまで捕えてきた守護神達は、ドルフコーストの瘴気を奪われたかと思えば、一週間近く、どれだけ短いものでも三日は意識を失っていたというのに、赤ずきんはというと意識を失うどころか、今朝の段階ではもうぴんぴんしていた。
隔離施設の管理人たちは当然、周囲の守護神達も呆れた頑健さに舌を巻いたものだが、当の赤ずきん、本名はカレットはというと、「ま、これが格の違いってやつっすかね?」と冗談めかしながら顔を綻ばせたものである。
「それに、俺たちって言いましたけど、俺と誰なんですか?」
知君の顔を思い浮かべたが、すぐにそれは違うのだと分かった。
「決まっています、貴方の守護神である人魚姫です」
それもそうかと、言われて初めて理解する。わざわざ赤ずきんが指名するのだ。むしろ自分よりもセイラの方が本命に違いない。確かに、以前から赤ずきんや白雪姫はセイラにとって親友に部類する守護神であるとは聞いていた。フェアリーガーデンの守護神は、他の異世界の守護神よりもよほど、同じ世界に所属する者たちとの交遊が深いと言う。
何となく、虫の報せが働いた。このタイミングで話があると言われたら、その議題は一つしか思い浮かばなかった。確かに自分としても彼女達とはきちんと話し合う必要性はあるなと王子は再認識する。
それは自分のためでもなく、赤ずきんたちのためでもない。他の誰でもない、悩める『彼女』のために他ならなかった。
「行こうかセイラ」
「ええ。それにしても、何の話なのでしょう……」
当の本人であるセイラはというと、まだ話の全貌を予想できていないようだった。全貌どころか、片鱗も感じてはいないのだろう。彼女は当然、その選択に頭がいっぱいいっぱいになってしまっている。王子が気を遣っているのも、赤ずきんが呼びだしたのも、原因はそれに他ならない。しかし彼女は、己一人で悩んで解決すべき事案であると思い込んでいるが故に、わざわざそのことで呼び出されるなど、微塵も考えてはいないようである。
そう、彼女にとって王子と赤ずきん、どちらも切り捨てられないほど大切な存在であると同時に、両者から見た人魚姫という守護神は『離れたくない大切な者』に他ならないということを。
どうしたら、いいんだろうな。声にだしてしまうと、より一層セイラが困るだろうから、そんな言葉を王子は急いでしまいこんだ。けれども、自分は果たして帰る彼女の背中を押すべきなのか、その手を放さずこちらに留まって欲しいと嘆願するべきなのか、どちらが正解かなど断定しきれない。
曖昧な態度だと、彼女はきっと向こうの世界に帰ってしまうだろう。そんな予感はしていた。是が非でも彼女を繋ぎ止めるか、自分を殺して送り返すか。
久しぶりの感覚だった。誰かのために自分を殺そうだなんて考えるのは、セイラと出会って以来意識しないようにしていた。ようやく、自分が望む自分を目指せるようになったと信じていたから。
吹き荒ぶ冷たい風が、ひりひりと心に叩きつけられ、凍てついてしまいそうになる。障害物に隠れることもできず、荒野に独り立ち尽くしているかのような心地だった。
自分が荒野なら、彼女はきっと別の場所で溺れているのだろう。そんな風に思えた。冷たくて凍えてしまいそう。その点に関してはきっと同じだろう。しかし彼女は、がんじがらめになっている。のしかかる重圧は、まるで深海の重圧のようで、光なんて深い深い海底には届かない。
どうにかして救い出してみたいものだけれど。そう願えども、彼自身悩める小心者に変わりないため、胸の内にしまいこむことにした。
知君は何度も訪れたことがある。しかし、王子がその施設に立ち寄るのは初めてのことであった。知君は一応、琴割の所有物のような立ち位置であったため、自由に立ち入る許可は得ていた。それに、彼自身フェアリーテイルだった守護神たちに尋ねたいことがあったためだ。目的もあり、許しも得ている。さらにはアリスのように、自分を救ってくれた人間として知君を慕う守護神達も少なくなかった。
対照的に、王子は家族が警察に勤めていると言うだけで、別段彼自身がコネクションを持っている訳では無い。ここに立ち入る権利は中々得られず、セイラもここに来たいと願うことは無かった。彼女が望まなかったのは簡単な理由で、親友足り得る赤ずきんも、白雪姫も、つい先日まで収監されていなかったためだ。そしてシンデレラは言わずもがなだろう。
そう言えば、正気に戻った守護神を保護するための施設があると、その昔聞いた記憶があった。いつの事だったろうかと考える。セイラと出会う以前に、倒れた知君の見舞いに訪れた時の事だった。何もできない自分と、正反対の道を歩んでいるかのような同級生。その落差に打ちひしがれていた時に教えてくれた、王子が可能性と出会うための場所。
結局、そんな所に立ち寄る必要なんて初めから無くて、予め決められていた運命の糸に引き寄せられるように、二人は出会ったのだった。
「牢獄、って感じには見えないな」
実際に訪れてみるとそこは、大学の研究施設のように小綺麗な建造物だった。もっと冷たい雰囲気のする、あるいは粗末な古い住居のようなものを想起していたが、そのイメージは大外れだった。生活感はまるで感じられない建物ではあるが、それでも殺伐としたムードは漂っていない。
わずかに緊張を覚えるも、何とか飲み込む。ここには、かつて人類の敵として立ちはだかった兵どもが、何十何百、あるいはそれ以上に詰まっている。生唾を飲み込もうにも、喉でつっかえてしまいそうだ。夢の跡、という言葉もあるだろうが、それは皮肉な事だろうか。何せ彼らが見させられたのは、悪夢だったのだから。
何の気なしに呟いた王子に、隣で人魚姫は頷いた。まだあまり見慣れない、黒い髪の毛が首肯に応じてなびいた。魔女の秘薬を服用することで、脚を得る代わりに声を失う。長時間守護神アクセスしていられない二人にとって、目立たず街中を移動しようとするとこの状態の方が都合がよかった。
「セイラ、もう大丈夫だろうからアクセスしとくか? その方が話しやすいし」
このままではセイラが意志を伝える手段をほとんど持たない。身振りだけで伝えるにも限界がある。であれば、他の者から見られないように守護神アクセスしてしまうのが何より早い手段であろう。
それもそうだと判断した彼女は、周囲を見回し、誰もいないことを確認してから王子の手を取った。頷くこともしなかったが、それで充分肯定の意は汲める。近辺に人がいないことを、また確認する。都心なのに妙な話だと王子は思ったが、それも仕方ない。ここには多くの、大量殺戮を行った守護神が収容されている。近隣住民が彼らを恐れて実家や田舎に避難したのも、自然な決断だ。
柔らかく白い肌は、いつものようにひんやりと感じられた。何と言うことは無い、王子が勝手に熱くなっているだけだ。未だに彼女と手を繋ぐのは慣れそうにない。むしろ、慣れてしまいたくないと祈るようでもあった。
そのために人目が無いと言うのは、有難いことではある。守護神アクセス、そう小さく呟くと同時に、セイラは光の粒子となって、宙に消えていく。王子の身体を取り囲んだかと思えば、それは薄い膜のようになって彼を包み込んだ。
「じゃあ、行こうか」
「ええ。……それにしても、カレットとまた話せるだなんて、夢みたいです」
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