複雑・ファジー小説
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- 守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
- 日時: 2022/05/19 21:16
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)
2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。
___
本編の完結とエピローグについて >>173
目次です。
▽メインストーリー
File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
File4:セイラ >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
File7:交差する軌跡 >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
File8:例えこの身が朽ちようと >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
File9:それは僕が生まれた理由(前編) >>59 >>60-61 >>63-64
File0:ネロルキウス >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
File10:共に歩むという事 >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172
Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177
-▽寄り道
春が訪れて >>23
白銀の鳥 >>70-71
クリスマス >>120
▽用語集
>>8 File1分
>>15 File2分
>>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも
▽ゲスト
日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)
気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)
- Re: 守護神アクセス ( No.93 )
- 日時: 2018/07/14 14:03
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
一時は終わったと思っていた赤ずきんの討伐。しかし、奏白とクーニャンの嫌な予感は的中していた。音撃を真正面から受けたというのに、彼女は活動停止しなかった。ドロシーの時はあれで終わったと言うのに、やはりこちらの方が格上なのかと舌打ちを漏らす。
あの後、赤ずきんはよろめいたかと思うと、すぐさまその面持ちを変えた。今までの、破壊衝動に呑まれてなおも天真爛漫に暴力と鉄血とをまき散らす姿ではない。心を病んだ人間のように、あるいは自律して動く人形のように。
手には、薪割用の小さな斧が握られていた。
「あの細い腕のどっからこんな力が出るんかね」
苦しそうな様子で愚痴を漏らす少女。それは、自分より遥かに小柄な赤ずきんの姿を見て出たものだった。先ほどまでの饒舌な姿はどこへやら、口を開こうともせずに、ただ無心に小さな斧を振るい続ける。
あんなに小さな体というのに。細い腕だと言うに、小さな掌だというのに、小型の薪割用の斧に過ぎないはずなのに、振り下ろされた斧の刃が、大地を真っ二つに砕いた。それこそ薪のように。地震の爪痕のような地割れが都会の街並みに走る。あんぐりと口を開けた大地の隙間に飲み込まれそうになる。
いつしか教科書の写真で見たクレバス。それほどまでに巨大な亀裂が東京の地に現れた。
しかし、捉えられたのが奏白なのが救いだ。すぐさま空気を蹴り、音の速さで宙を駆け抜ける。クーニャンであれば空を飛べはしないため、真っ逆さまだったであろう。
今まで赤ずきん本体が交戦に出た試しが無かったため、本体は弱いものだときめつけていた。不意を突いて何とか気を失わせればドロシーのように決着がつくだろうと。しかし、その目論見は水泡に帰した。赤ずきんは自力で戦えないのではなく、戦っていなかっただけだからだ。
先ほど、終わったと思い込んでうっかり守護神アクセスを解いたりしなくて本当に正解だった。浪漫を求める性格も消し飛び、無駄口も叩かず殺戮マシンと成り果てた無言の赤ずきんは、先ほどまでよりもずっと行動が合理的だ。その分読みやすくなったものの、洗練された能力のスペック差によるごり押しが単純に辛い。
しかし、先ほどまでと比べるとこちらにも幾らか分は傾いていた。勝つことこそ一旦諦めているものの、このまま逃げ切ることは不可能ではない。
「クーニャン、三秒後に狙撃が来るわ。王子くん、水で盾を作って」
「了解です、奏白さん」
上空から真凜が警戒と指示を飛ばす。自分の存在が赤ずきんにばれないよう、透明な魔力のヴェールで身を隠しながら。全員を隠してしまうと、透明になれる能力者がいると勘付かれ、辺り一帯が滅多打ちにされる可能性がある。それゆえこの場において失う訳には行かない指揮官である真凜だけ、隠れ蓑を纏う事にしていた。
勿論、全員を隠せば周囲が蜂の巣になるというのは、メルリヌスの予知能力でシミュレートし、裏打ちされている。指示通り、クーニャンまでの道筋を阻むように透明な壁が。猟師の銃から放たれた弾丸が、飛沫をあげて水の中に飲み込まれ、また飛び出す。しかしその勢いは水を突き抜けたことで減退していた。
それならば、太陽の重力強化により、着弾より速く地面に撃ち落とせる。拳ほどもある、巨大な弾丸が、アスファルトを砕きながらめり込んだ。
ここら一帯は元々ビルの立ち並ぶ区画であるため、地下には水道管が走っている。それらを赤ずきんが斧で砕くついでに割くものだから、王子の武器となり、盾となる水はいくらでも調達できた。
宣言通りに王子や太陽が合流するのとほぼ同時に自分も加勢できたことに、何とか胸を撫でおろす。しかし油断はできない。今、自分は姿を隠した、すなわち誰からも見えていない状態にある。それは未来予知した自分でも看破できない。その場合、王子が撃ち抜かれ、死んでしまう未来を視たあの時の状況と何一つ変わらない。
もしかしたら、このまま王子が撃ち抜かれるのは自分がここに到着した上での予定調和だったのかもしれない。そんな退廃した嫌な想像が、脳裏を過る。させてなるものかと首を横に振る。その未来を視て、変えようと思い自分はここに立っている。それだけで充分、運命を変えるだけのファクターとなるはずだ。
現状真凜は持てる処理能力の全て、メルリヌスから借り受けた魔力の全てを予知と移動とにだけ投じていた。五秒おきに未来の景色を複数並べて、この先どんな攻防が繰り広げられるのかを完璧に把握する。そのための完璧な回答をも、こちらの一挙手一投足により変化しうるあらゆる状況をも。
それだけでパンクしそうなほどだったというのもあり、攻撃や防御に意識を回すだけの余裕はない。さらには、下手に真凜が砲弾やレーザーの能力を使えば、目に見えぬ誰かがまだ加勢していると赤ずきんにも気づかれることだろう。それもあって、真凜は手を出せない。
幸い、逃げる背中を負って繰り出される攻撃など、ほとんど猟銃による狙撃くらいのもので、それ自体は王子兄弟の能力を適切なタイミングで使うよう指示するだけで何とかしのげそうではあった。
「それにしても……少し意外ね」
これまで見てきた王子の性格であれば、この撤退という選択を拒みそうなものであった。地震があるのかも分からない。ただ、彼には逃げると言う選択肢を嫌う節があった。それゆえ、これまでどれほど高い壁が立ち塞がろうとも退かず、たとえ窮地に陥ろうとも攻め続ける危うさがあった。
過信だろうか、ここで逃げたら二度と立ち向かえないと思っているのだろうか。それがどちらか他人には判断しきれないが、それでも彼のトレードマークは猪突猛進だと表現しても違和感のないものだった。合流した途端に、逃げ帰ることを主張した真凜に反発するだろうとも思っていたが、王子は意外にもその提案をすんなり受け入れた。
理由は至極簡単で、もう自分勝手な真似はしないと彼が決めたからだ。思い付きで衝動的に、勇気と無謀を履き違えて今まで戦ってきた間に、自分は多くの人を悲しませた。その自覚が王子の中にあった。持つべきでない強すぎる自信のせいで、セイラとすれ違い、悲しませた。その場の衝動的な怒りのせいで、大切な友を傷つけた。その自覚があったからこそ、もう二度と間違ってなるものかと。
勝つために訪れた戦場において、初めに提案されたのは敗走の補助であった。今までの自分ならそんな提案を蹴り飛ばして立ち向かっていただろう。そして勝手にピンチになって、気づいた時にはいつも、彼に助けられていた。
知君に、助けられていた。けれども今日からはきっと、彼は自分のためには戦いはしないだろう。それぐらい、理解していた。
ならもう、誰かの迷惑になることなどできない。向こう見ずな特攻はもうやめだ。何時も誰かを生かすために抗い続けてきた、尊敬する少年のように、自分が満足するためではなく、誰か満たしてやれる行いがしたい。
自信を得るために戦うのでなく、成果をあげるために立ち向かうのではない。もっと大切な、忘れてはならない目標のために努力することこそ、覚えておかなくてはならない初心なのだから。結果も、自身も、賞賛も、きっとその後についてくるものだ。
奏白とクーニャンは消耗しているため、これ以上の無茶はさせられない。太陽はもうすぐ子供が生まれるため、死なせるわけにはいかない。そんな状況で無理を押して自己満足のため死にたがるだなんて、もう王子にはできない。
「気を付けて、今度はまた違う何かが来る」
近い未来、俊敏に野を駆ける黒い影が見えた。これは間違いない、病室にまだ居た際に確認していた、狼の姿に違いないと。猟師の能力だけでは足りないと踏んだのであろう。あるいは、逃げられないように足止めとして放ったのだろうか。
大跳躍したかと思うと、後方上空から猛スピードで跳びかかって来る爪と牙。その狙いは太陽へと向けられていた。ならば好都合だと、ある座標を指定し、そこの重力を強めるよう指示した。要請通りにアイザックの能力を行使、一部の大地が真っ黒に染まった。そしてその上空に侵入するや否や、黒ずんだ毛皮に身を包む痩せた狼の身体は勢いよく地盤に叩きつけられた。
しかし、これが誘導に過ぎないと気が付くには遅かった。太陽を狙えば、そうやって重力捜査の能力で撃退するであろうと。そしてその間、別のところへ能力を行使する意識は逸らされてしまう。銃口は、クーニャンの方へ向いていた。
「クーニャン! 撃たれるわ!」
「安心しろって、お姉さま」
遠くであがる硝煙に、一瞬遅れて届く号砲。だがそれよりも早く、桃太郎の刀が銃弾を切り裂く甲高い悲鳴が響き渡った。
「ちゃんと見てっからよ」
「まだ終わってない!」
「へっ?」
気の抜けた声が、開栓して放置したコーラのように弱弱しく漏れた。刹那、暗くなった視界。空を見上げれば太陽を隠す、一陣の風纏う獣。歯茎まで剥き出しにして迫る牙に、死を予感する。
しかし、何とか横から太陽が邪魔を入れる。銃弾の方には間に合わなかったが、一拍遅れた狼の跳びかかる姿には対応できた。今にもクーニャンの首筋に牙を突き立てようとした狂犬が地に落ちる。何とかもがいているようだが、それでもアイザックの重力で抑え込めているようである。
「わりーな、王子兄。助かった」
「王子先輩、今度は撃たれますよ!」
「俺らでカバーするぞ、弟くん!」
「了解っす音也さん」
真凜が早急に、予見した次の一手を伝える。見れば確かに、照準を定める巨大な猟師の背後霊。銃口と目が合ったかと思うと、力をこめた猟師の指先が動くのが分かった。立ち塞がる水の壁に食い込んだ銃弾が、大きな飛沫を上げる。何とか勢いの減衰、減速を科したその鉛玉を、音にも追いつく奏白の身体能力で、誰もいない上空へと蹴り上げた。
「全員体力消費が激しいんで一旦回復させます。クーニャン、俺に向かってくる銃弾、しばらく任せていいか」
「しゃあねえな。ちゃんと回復さしてくれよ?」
「当たり前だろ」
人魚姫の歌声が、王子の身体を媒介にして周囲に響き渡った。範囲内にいる者の怪我を癒し、体力を回復させる癒しの旋律。青々と生い茂った森林のような、穏やかで新鮮な空気がその場に立つ者を包み込む。筋疲労もどこへやら、気だるさも体の痛み、重みも全て一瞬で消し飛んでしまった。
ただ、その場しのぎで応急手当をしただけのようなものだ。完全回復とは程遠く、戦おうとしようにも、すぐに体にガタが来る。本当に立て直したいと言うのなら、まずはちゃんと逃げ切ることを考えるべきなのだろう。
何とか必死で逃げ続けているため、赤ずきんとの距離は次第に開いている。能力を普段以上のペースで使わせているため、相手のガス欠も迫っていることだろう。その裏に潜む、守護神ジャックされた者の生命力の枯渇が止められないのは口惜しいが、最低限の犠牲での撤退を考えると、もうこれ以外の道は無い。
やはり自分たちだけでは攻め手が欠ける。ふと、この場に居ない少年に縋りたくなる。駄目だと真凜は首を横に振る。今回だけは必ず、自分たちの手で解決、ないしはこの状況を穏便に終わらせると決めたのだ。もはや民間人に被害が出るようなことはないだろう。あとは己の身だけ案じればよい。
「次はどう出る、真凜?」
「さっきまで失っていた意識を取り戻しつつあるわね。さっきまでは合理的で、予測しやすい攻撃ばかりだったけれど、そろそろ読みづらくなるわよ」
ゲームで言うならば魅せプレイ。それが赤ずきんの戦闘スタイル。恵まれた戦闘能力の高さゆえにそれでも尋常でない脅威となり得るのが赤ずきんである。そして、経験を積み合理的になった思考の方が対処になれている奏白や真凜達にとって、次に何をしてくるか読めない素の赤ずきんの方が厄介極まりない。
「ただ、あの斧を振り回すのは止めにするみたいね。多分見栄えが悪いと自分で思ってるみたい」
「ったく、縛りプレイのつもりかよ。それでも勝っちゃうあたしかっこいいっす系か」
現実問題、これだけ人数が揃っていると言うのに防戦一方なことから実力差は明白。初めから五人が万全な状態なら話は別だっただろうが、駆け付けた時間がずれている。それゆえ、既に疲弊している者を庇いながら戦う必要があるため、五人の側は互いに迷惑をかけ合う形になっていた。
それでも、王子が素直に指示に従ってくれるだけ随分と状況は違う。これまではただ突っ込むだけだったのが、逃げるために回復などの支援を惜しまなくなった。おそらくは、知君に触れて変わったのだろうなと太陽は勘付いた。自分もあんな風に、自分勝手よりも他の人を優先できるようになりたかったのだろうと。
だがこれは皮肉だろうか。俺が俺がと主張して、考えなしに突っかかっていたあの頃よりも、王子の姿はずっと輝いて見えた。自分より優秀なやつに妬いてばかりの俺よりも随分立派になりやがってと、太陽は何も言わずにその背を見た。すぐに追い抜き返すから待っていろと、瞑目と共に覚悟を改めた。
しかし、事態が悪い方へと転がり落ちたのは、それが原因だった。
金切り声に似た声で真凜が、太陽へと呼びかける。
「王子先輩、前見て下さい!」
何事かを目を開くと、今まで姿を隠していた赤ずきんの第三の眷属が眼前に。原点においては、森の奥で孫を待っているだけの老婆である。そう、本来であれば狼に丸呑みにされるだけの老婆なのに、フェアリーテイル・赤ずきんの従える彼女は、山のように屈強な護衛の一人だ。
まるで天が激高した故の怒りの鉄槌のごとく。岩のようにごつごつした、巨大な拳が隕石のように振り下ろされる。真上から迫ってきている以上、重力操作で回避するのは土台無理な話だ。
迫る拳が自分に当たるその瞬間、重力を強めるのでなく逆に弱めた。重量を軽くすることで何とか威力を減退できないかと。目論見はある程度成功したものの、太陽の身体は地面に叩きつけられた。
「兄貴!」
脚を止めた兄を心配し、振り返った王子。だが彼の瞳は、会いたくも無い深淵と真正面から視線を合わせてしまった。遠くに離れた赤ずきん、その背にぴたりと寄り添う猟師。彼の中世的な装束に似つかわしくない最新鋭のライフルの照準が王子だけに焦点を合わせていた。レーザーポインターの赤い小さな点が、王子の身体を貫かんがごとく、まっすぐに指し示す。
この状況を招いたのは、自分。故に、そおれが原因で弟を喪うなど、あってはならない。
「上に跳べ! 光葉!」
王子のいる空間の重力を軽減し、その手前の空間は対照的に強める。王子が跳んだのと、弾丸が銃口を飛び出したのはほぼ同時だった。僅かばかり、王子の方が早い。跳躍した王子の脚を、下向きに進路を逸らされた弾丸が掠めた。神速の金属片が抉るように王子のふくらはぎの筋肉を持っていく。掠めた程度とはいえ、それでも刃物で切り付けられたような鋭い傷口から、血がだらだらと流れ出た。痛みのせいか空中で硬直し、体勢が取れない。転げ落ちるように、全身で王子は地面に着地した。
赤ずきんにとって、またとない絶好の機会。ここで畳みかけねばならぬと、残り少ない力を惜しまずに、一気に勝負を決めにかかった。奏白たち五人を見据えて、百メートル向こうで狼が呻る。ぐるぐると前傾姿勢のまま喉を鳴らしていたかと思えば、不意に、ピンと天に向かって伸ばされる背中。大きく開いた口からは涎が飛び、痩せこけた体に似合わない野太い遠吠えが響き渡った。それはまるで、世界全てに挑戦状を叩きつけるかのように。
もう何度も見た姿。狼の、首から上だけが膨れ上がっていく。全てに食らいつき、呑み込み、亡き者にせんとする凶悪な容姿。神をも殺す、幻獣界のELEVENと同じ名前をわざわざ冠した最強の攻撃形態。今まで全て回避され、あるいは不発に終わっている能力ではあるが、今度こそ防げはしないだろうとの自信があった。
- Re: 守護神アクセス ( No.94 )
- 日時: 2018/09/11 17:12
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)
「お婆さん! お膳立てよろしくっすよ!」
アマデウスによる大気鳴動の重撃により、失われていた彼女の意識が戻っている。明朗快活な姿を取り戻し、覇気のある声で先ほど太陽を殴りつけた老婆へと指示を下す。さっきまで片腕での正拳突きばかり繰り出していたおばあさんの守護霊ではあったが、今度はその質を異にすると一目で分かった。両手を組み、ぴたりと腕を寄り添わせ、より重く激しく屈強な、剛腕の巨槌を作り出す。
これまでの全霊でない拳打でさえ、大地を揺らすほどの代物だったというのに、あれでは一体どうなるのか。想像できなくもないが、そんなものしたくなかった。あれがとてつもない代物だと言うのは、火を見るよりもずっと明らかで。それなのに彼女は何と言った、それがただのお膳立てに過ぎないのだという。
もはや、自分が姿を隠しているメリットも薄い。せめてもの障壁になればと、魔力のバリアを二重三重、数十枚と積み重ねて錬成する。少しでも、おばあさんが振り下ろす一撃の威力を落とせないものかと。しかしそんなもの、焼け石に水。赤熱した石に、ほんの一滴水を垂らして、冷まそうとするぐらいに愚かなこと。
反射板の能力を使おうにも、それでカバーできるほどの安い一打でないことは分かっている。威力を抑えるだけなら、一枚一枚の消耗の少ない障壁を可能な限り重ねた方がよほどいい。
だがそれでも結局はあっても無くても変わらないような対処。応急処置と呼ぶにも些か稚拙で頼りない手段。しかしそれでも、このまま諦めてしまいたくは無かった。今この場にいる者、一人として失ってしまわないように。全員で、心優しい少年に再び会うために。
薄氷のようなバリアが、次々と破られていく。ガラスの板が壊れるような鋭い悲鳴が、ビルも崩れ落ちた、廃墟の中にこだまする。こちらの耳をそのまま壊してしまいそうな、絶叫悲鳴断末魔、自分たちの代わりに叫び、粉々に打ち砕かれるメルリヌスの防壁を見ていると、一瞬先の未来で自分たちがこうなるのではないかという、不吉な予想が。
誰もがそんな諦観に似た絶望を浮かべた中、一人だけ全く違った顔色を浮かべている者がいた。不安という程頼りないものではないが、その表情は明らかに焦っていた。
「何で、こんな時にこんな音が」
アマデウスの能力により、如何なる喧騒に巻き込まれていようと、彼は全ての音を判別できる。さながら、麻薬犬が隠れた薬の臭いを探し当てるように。効果範囲内のあらゆる微細な音さえも嗅ぎ分けることができる。
奏白が聞きつけたのは、エンジンが駆動する音。バイクか車か、はたまた戦車なのか判別できないものの、この場にまた誰かが巻き込まれそうになっているとは理解できた。何だってこんな所にわざわざ来ているのかと、舌打ちする。せめて赤ずきんがそちらに気づかないでいてくれと、顔も見ていない人へ気を配った。乗り合わせた者の声を、その耳にするまでは。
「……あのバカは、本当に何やってんだよ」
悪態を吐いているはずなのに、嫌味を述べたはずなのに、彼のその顔は笑っており、鼻の奥に痛みのような刺激が走った。
「ほんっと、人の配慮を無碍にしやがって」
「兄さん、ぼーっとしてないで!」
打ち付けられた鉄槌のあまりの衝撃に依り、めくれ上がったアスファルトの岩盤がめくれ上がった。噴火に巻き込まれた溶岩の塊のような勢いで、真下へ打ち付けられた反動を受けた大地が宙に浮かび、天空目掛けて走る礫に飲み込まれたクーニャン達は全身を強く打ち付けられる。
天へ還ろうとする流星群のようであった。人の頭ほどもある巨大な石礫が真凜を除く各々の身体に何発も食い込んでいく。何とか体を強化しているクーニャンや、音波の振動を鎧にして守る奏白はともかく、王子兄弟への負担は著しい。狙い通りの状況に持ち込めたことをほくそ笑んだ赤ずきん、その真名をカレット。悪ガキのように、口角を持ち上げ、赤い瘴気に囚われた焦点の合わぬ瞳で、黒い毛並みに覆われた眷属に最後となるべき指示を飛ばした。
「終いっすよ、狼さん! 今度こそ……今度こそっす。目の前のご馳走ゲテモノB級グルメ、全部まとめて喰らい尽くせ!」
首から上だけが膨れ上がった異形の姿。神に仇なす獣だけあって、その醜悪な姿からは目を逸らしたくなってしまう。そしてそのサイズは、今まで繰り出されたどの瞬間よりも大きく、広く、そしてさらには凶悪で、強く、激しく、迫りくる。
大地を掘削し、食い切れなかった食べこぼしの残骸を周囲に巻き上げ、喉奥を見せつけながら狼は駆け出す。その光景は食事というよりむしろ掃除によく似ていた。目の前のもの全て吸い付くし、呑み込み、嚥下する狼。
身体が浮き上がってしまったがゆえに、ほとんど身動きは取れなかった。真凜は離脱できたものの、残る四人は動けないようである。奏白とて本来は空中でも移動できる部類なのだが、荒れ狂う土瀝青の嵐の中では身動きが取れない。
否、真凜から見るに彼は、動こうともしていなかった。それもそうかと真凜は苦々しく奥歯を噛み締める。音撃により瓦礫を吹き飛ばそうにも、周囲にいる王子やクーニャン、太陽へのダメージが懸念される。しかし、それでも、あれに飲み込まれるよりよほどましだと言うのにどうして奏白は動こうとしないのだろうか。
荒れ狂う戦火の中で、王子はというと後悔ばかりが渦巻いていた。友を傷つけた後悔に、心配させるだけさせて帰れなくなる両親へのやるせなさ。そして、不安そうに見守るセイラへ、約束を果たせなかった不甲斐なさ。
だが、それでも。できることはまだあるはずだと王子は顔つきを変える。自分にはまだできることがある。何とか荒ぶる瓦礫はその暴威を弱めつつある。となると、無理に動いてももう大怪我には繋がりにくい。少なくとも兄なら、奏白なら、クーニャンならば問題は無い。
ここでクーニャンや奏白という、とびきりの戦力を喪う訳にはいかない。太陽だって失わせられない、もうすぐ娘が生まれると言う月子さんのためにもその娘さん自体のためにも、父である太陽を殺させる訳にはいかない。王子にとっても、大切な兄であり、誇るべき目標であった男なのだから。
自分は死んでも、最悪セイラさえいれば守護神ジャックを用いてシンデレラ達は浄化できる。それならば、今ここで犠牲が最小となるよう考えるべきだ。意識を集中し、水を操作する。周囲にはもう、能力で使役できる水気はほとんど残っていない。だがそれでも、使えるありったけを手元に集めた。
そしてそのまま、頼りない量の水流ではあったが、何とかかき集めた水を用いて自分の周りにいる四人のことを押し飛ばした。勢いよく弾き飛ばされた三人の身体が転がり、何とか赤ずきんの攻撃範囲外まで吹き飛ばされる。
だが、その瞬間にはもう、トップスピードで疾走する狼の姿は、もう王子の眼前にまで迫っていた。
「光葉!」
太陽が、自分さえ死にかけていた先刻までよりも、ずっと顔を歪めて吠えた。自分などを庇って、一人だけで死んでいく弟に向かって、喉を潰して声を荒げる。地面を転がった勢いで噎せ、立ち上がれそうにも無い。
真凜とて、あの攻撃に対する有効な妨害は何も思いつかない。それでも、何か無いものだろうかと必死で、未来予知を繰り返し無事に収束する未来を探そうとした。未来を予見し、どう選択をすれば王子の危機を救うことができるのだろうか、脳のキャパシティも考えずに数十、数百というパターンをシミュレートする。
だがしかし、どのような策を講じたところで、見える未来に変わりなど無かった。ここで真凜が、奏白が、太陽が、王子本人が、どのように行動しようともその結末は変わらない。真凜は自分の視たその未来に、目を丸くした。「嘘でしょ」とだけ、ぽつりとつぶやいて、狼を遮るように王子の前に立ちはだかるその姿を見る。
真凜がどう行動しようとも、未来は変わらなかった。しかしそれは決して、絶望に等結びつかない。真凜が動こうと、動かまいと、王子は死なない。それこそが、彼女の視た未来の姿。
「待ってて、って言ったじゃない……」
言いつけを守ってくれなくて不貞腐れるつもりなど毛頭なかった。自分達を信じてくれなかったのかと、拗ねるつもりとてない。ただ自分が、すっかり忘れてしまっていただけのことだ。彼は、自分だけ温室で指を咥えて見ているだけだなんて、受け入れられない人間だという事を。
自分にしか解決できない絶望的な壁が立ちふさがり、それに抵抗する力を彼が持っているとしたら、立ち上がらざるを得ないだけだ。痛みに苦しみ、無力さを苛み、辛いと泣き叫ぶ人々を捨て置けない人間だというだけだ。
怒りも悲しみも当然、湧かなかった。胸の内に覚えたのは、強い希望と、そして何よりも強い安堵の心。その存在の大きさを真凜は再認識する。私は、私達は、一体どれだけ彼に支えられてきたことだろうか。彼がいるだけで、どれほど勇気と平和を受け取ってきたことだろうか。
「いっつもそうだね、君は」
アリスに殺されかけた時も、桃太郎と対峙していたあの時も。彼はいつも、自分たちが絶望してしまう窮地に現れる。救って見せる。誰かのためにと、助けたいからと、それが自分にとっても何よりも幸福な未来だからと。
優しい心と、その強さを以て、どんな時だって自分たちのピンチに、颯爽と現れて解決してしまうのだ。
「本当、格好いいなあ……」
目の前に現れた少年の後ろ姿に、王子は言葉を失った。見えるはずの無い幻覚を見ているだけだと思い込もうとする。けれども、瞬間的に理解してしまった。これは自分の妄想でも、願望でも何でもなく、間違えようのない彼本人であるということに。狼の牙が、街並みごと王子を貫こうとするより一瞬早く、少年は口を開いた。
その姿に、クラブのジャックの突進に「手を出すな」と命令したあの瞬間のことを真凜は重ねた。もう、あの時のような恐ろしさなど、彼から感じることは決してない。
何せ彼は、彼女の認めるかけがえのない、大切な仲間なのだから。
「止まってください」
静かな声で、頼み込むような指示。それを受けた狼は、咄嗟に元の姿に戻り、攻撃を中断した。逆らうことが罪だと竦み上がり、毛を逆立てて怯えた鳴き声を残して赤ずきんの傍へと戻っていく。
そんな狼の様子を見、赤ずきんはあんぐりと口を開けて驚いて見せた。
「狼、さん? 何……やってんすか」
動揺し、破壊衝動に呑まれているにも関わらず声を震わせる赤ずきん。そんな彼女に対して少年は、にっこりとほほ笑んだ。初めましての挨拶を投げかける。
「僕の名前は、知君 泰良と申します」
優しい声で告げる。いつもの彼だと周囲の人間はほっと胸を撫でおろした。その様子に、赤ずきんさえも緊張を緩めて、柔らかな表情を一瞬見せてしまったほどに。だが、赤ずきんは冷静に、状況を思い返した。この男は、出て来るや否や鶴の一声のごとく、たったの一言でグランフェンリル、と彼女が称する狼を用いた広範囲攻撃を止めて見せたのだと。
「あんた、何者なんですか」
「もう名乗ったじゃないですか。知君って呼んでください」
「そういう問題じゃないんすよ。守護神アクセスもせずに、どうやってあたしのグランフェンリルを……」
「それは言えませんね。ごめんなさい」
超耐性を有する、すなわち知君がELEVENだとは、おいそれと口にできない。彼が今、琴割による制限を除き、自由に能力を用いていいとされているのは、彼がELEVENだと世界的に発覚していないからだ。すなわち、琴割が隠しているためである。
それゆえ、敵と繋がっているであろう彼女に対しては、教えてやることはできない。
「何で……」
知君に、背後から呼びかける男が一人。足を撃ち抜かれ、立つ事もままならず傷だらけで蹲っている、王子 光葉であった。今にも泣きそうに揺れる瞳で、お化けでも目にしたような顔つきで、眼前にて自分を庇ってくれたその姿を見上げる。
「何で俺なんか、助け……」
「僕は」
卑屈になった王子が、どうして助けてくれるのかなどと問いただそうとする。あれほど、酷い言葉を突き付けたのに。自分勝手に、自己満足で知君を傷つけたのに。どうして、何を考えて自分などを助けてくれるのか、理解できなかった。
けれどもその声は他ならぬ知君本人に遮られる。強い意志を込めた彼の言葉に、王子が発そうとした問いかけは、喉の奥に追いやられた。知君は振り返ろうともせず、その表情は王子からは見えない。
「僕は王子君に、言いたいことがある」
きっと恨み言だろうな。王子は覚悟して、目を伏せた。知君の痛みを理解しようともせず、あの時問いかけに応えたくても応えられなかった知君の弱さを認められもせず、自分が納得したいためだけに急かした自分を、嫌っているのだろうと。
どんな誹りをも受け止めるだけの、覚悟はした。きっとどれだけ悲しくて辛かろうとも、家族は自分を受け入れてくれる。だからこそ、自分自身は自分を許そうともせず、知君の怒りを真正面から受け止めなければならない、と。
「君はきっと、僕が羨ましいと思っていると思います。生まれた時から、強い力に恵まれた僕が。ですが……ですが、僕はずっと君が羨ましかった、愛してくれる人が沢山いる、いつも明るくて愉快な場所の中心にいる君が」
覚えていますかと知君は問う。知君が話題に挙げたのは、中学一年次の授業参観。兄も父も母も、王子の姿を見に来ていた。恥ずかしそうに顔を赤らめて、何で全員で来るのかと文句を口にしていた王子。誰も身寄りなんて来てくれなかった知君は、羨ましいとも口にできず、膝を強く握って堪えていた。
「大切な人たちが支えてくれる。そんな君が羨ましいって思ってたのに、ある日突然君は、変わってしまいました」
ある時期から王子は、心の底から笑うことなんて無くなってしまった。それは勿論、彼の守護神を検索して以降のことである。警察になりたいとあれだけ声高に叫んでいたのに、実際はそれが叶わないと皆の前で晒されて。辛かったはずなのに王子は、いつもみたいに周りのことを考えて、笑い飛ばして見せた。虚勢を張る君の姿が、自分みたいだなどと知君は感じてしまった。
- Re: 守護神アクセス ( No.95 )
- 日時: 2018/07/14 16:17
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「大切な人たちが支えてくれる。そんな君が羨ましいって思ってたのに、ある日突然君は、変わってしまいました」
ある時期から王子は、心の底から笑うことなんて無くなってしまった。それは勿論、彼の守護神を検索して以降のことである。警察になりたいとあれだけ声高に叫んでいたのに、実際はそれが叶わないと皆の前で晒されて。辛かったはずなのに王子は、いつもみたいに周りのことを考えて、笑い飛ばして見せた。虚勢を張る君の姿が、自分みたいだなどと知君は感じてしまった。
「それ以来、君は僕にとって他人のように思えませんでした。僕の持ってない全部を持ってるのに、唯一僕が手にしてる、力だけ持っていなかった」
君に僕の存在意義を分けて、そのまま僕は消えてしまいたかった。あの頃の自分に、生きている価値なんて、生きる喜びなんて一つも無かったから。しかし、そんなことできる訳が無いから、彼は彼のために生き続けた。十八までにネロルキウスを制御できねば殺される。そんな条件で、ただただ余命をすり減らすように生き続けた。
「僕は今年に入って、奏白さんと出会ってようやく、戦う意志を固めることができた」
想いもかけない昔話に、王子が面食らう中、少年は独り語り続ける。
フェアリーテイルの騒動が始まり、一月経った頃、ようやく僕は君の力になることができました。人魚姫と出会う前日の事ですね。僕が力ある人間だと知り、憧れ、羨望を覚えて、胸の内だけやさぐれていたあの日、僕は君が守護神と出会う可能性を示唆しました。
あの時ネロルキウスの全知の力で、王子くんの契約相手も、人魚姫がすぐ現れるであろうことも、アリスとの戦いの際に知っていたんですよ。知ろうと思って知ったのでなく、不意に知ってしまっただけですが。
そうして君は人魚姫と出会い、一ヶ月ほど自分らしいヒーローを目指し続けていた。そして桃太郎との戦いを境にして、僕らの物語は交差したんだ。
「今まではただ同じクラスにいただけの人間だったというのに、急に僕らは戦友になった。
一段飛ばしなんてものじゃない。3フロア分くらいの高さを、一気に追い抜いて背中を預けるようになってしまった。僕は君をよく知っていたけど、王子くんは僕をあまり知らなかった。だから、気を許すにはあまりに急ぎ過ぎていたんですよ、僕たちは。君が僕を信頼できるほど時間は経ってなかったし、僕は君に過去を語ろうと思うほど深い交遊を積み重ねたとは思えなかった。僕たちは、もっと順を追って仲良くなるべきだったんだ。だから衝突したし、互いに傷つけあってしまった」
「違う、俺は確かにお前を傷つけたけど、お前はなにも悪くないじゃないか。お前は俺を、セイラと出会わせてくれた、何度も俺の失敗の度に救ってくれた」
自分が彼を見てなかった頃から、羨ましいと思われていたその事実が王子の胸を締め付ける。自分は一体、何度知君を傷つけたのだろうか。自分も知らないところで、セイラという守護神に恵まれながら、彼の圧倒的過ぎる力に我儘にも嫉んでいた裏で。兄と、父と、セイラと、母と、多くの人々に愛され、本来知君を認めるべき真凜から先に仲間として認められてしまった自分は、どれほど傷つけてしまったというのだろうか。
知君がその事を咎めないからこそ、その強迫観念が自分の罪悪感の中から膨れ上がり、目の前に現れる。それ以上、ちきみの声を聞くのが怖かった。自分の弱さも不甲斐なさも、自分で許せなくなってしまいそうだった。
「王子くん、僕のお願いを一つだけ聞いてくれませんか」
王子の脳裏に、走る緊張。彼が何と言うか検討もつかないが、その声はやけにピンと張り詰めていた。どんな言葉をぶつけられるのだろうか。先刻犯した過ちの報いを、どう受ければいいのだろうか。
罵倒で済むならいくらでも受ける。どんな罰でも我慢できる。何度も何度も子供みたいな間違いを重ねてきた。セイラを泣かせて、家族に心配かけて、そして友まで傷つけた。
この俺は、一体どうすれば、それ全部を償うことができるんだ。
振り向いた知君の顔を見ていられない。屈みこんだ彼の顔がすぐ傍にあるというのに、目を合わせられない。一体、どんな怒りを彼は浮かべているのだろうか。
辛辣な言葉を覚悟して、そして勇気を振り絞る。倒れ伏したままの王子は顔をあげて、屈んで目線を合わせてくれた知君の顔をじっと見た。柔和な笑みは浮かんでいない。けれども怒りも浮かんでいない。どこまでも真摯で、真剣な表情だった。
やっぱり何を言われるか分からないと言うのは酷く怖い。けれども、受け入れなくてはならない。唾を飲み込み、その口が開かれるのを待つ。どんな苦言も、罵詈雑言からも、逃げたりなどしない。今度こそ自分は、弱くてみっともない、残念王子の皮を脱がなきゃいけないから。
そんな風に覚悟していたせいで、次の瞬間彼は目を丸くすることとなる。ちきみの告げた言葉はにわかには信じられなかった。自分の耳を疑えども、それは何も間違ってはいない。
何でと理由を尋ねるのも野暮だった。そう、『知君 泰良とは、こういう男なのだ』と王子は強く理解した。
「聞こえませんでしたか?君はやっぱり、僕にとっていつまでも憧れの存在だから……」
いつしか、腐っていた頃に人知れずプールサイドで唱えた言葉を反芻する。目の奥から大粒の涙が溢れてきた。どうしてこいつは、そんな事言えるんだ。
やっぱりお前が一番すごいんじゃねえかよ。
「だから王子くん……僕と、友達になってくれませんか?」
静けさが訪れる。赤ずきんさえ、その姿を、黙って見ていた。奏白は、真凜は、クーニャンは、お前ならそう言うと思っていたよと、二人の代わりに笑みを浮かべて、ただ頷いている。太陽はただ顔を伏せて、これまで遠ざけ、嫌っていた少年にただ、ありがとうと告げていた。
「いいのかよ……俺なんかで」
「はい」
「だって俺、お前に、ひどいことばっか……」
「そんなの僕だって変わりません。ずっと、言いたくないからと隠し事ばかりしてました。ほんとに信頼した相手になら、もっと早くに伝えるべきだったのに」
王子たちの事を信じ切れていなかったから、出生のことを教えられなかった。受け止めてくれるだなんて思っていなかったから、口にするのが憚られた。自分という人間は不幸になるべくして生まれたはずで、そんな自分だから誰にも愛してもらえない、支えてもらえないと。
そんな風に勝手に諦めていた自分も同罪だから。だからこそ、彼は懇願する。目の前にいる、大切なクラスメイトに。
「僕は君と友達になりたい……だめ、ですか?」
「駄目なわけない。俺もだよ。今度は絶対切り捨てない。願い下げだなんて絶対に言わない。お前が辛いときは絶対支えてやるから、だから……俺をお前の親友にしてくれ」
「ええ、喜んで」
その時知君はようやく、王子に向かって笑いかけた。うれし涙の雫が、頬を伝って地に落ちる。アクセス中で、王子にしか見えず王子にすら触れられない、その状態のセイラも、よかったねと囁いて、少年の頭を優しく撫でて見せた。
しかし、忘れてはならない。
まだここは、戦場であるという事を。
「そろそろ、いいっすかね」
「ええ、待っていただき、ありがとうございました」
「待ったつもりは無いっすよ」
手が出せなかっただけだと彼女は言う。何度もこちらから仕掛けようとしたのに、狼も猟師も動こうとしなかった。今行動するのは『得体の知れない恐怖』の逆鱗に触れると、本能的に察したが故である。
少年が現れてからそのように変わった、となれば元凶は少年に他ならない。手を出そうとしても攻め入れず、それなのに柔らかなほほ笑みだけを浮かべる知君は、この場の誰よりも弱そうであるのに、誰よりも驚異的であった。
「何してくれたかわかんないけど、さっさと戦う支度するっすよ、ちんちくりん」
「そう言わないでくださいよ。でも、僕だってそのために来たんです。これ以上は待たせませんよ」
ポケットから、新調したphoneを取り出した。新調というには語弊があり、お古が回ってきただけではあるが、それでも彼がこれまで使ってきたものよりかずっと新しい。その端末を見た瞬間、王子と太陽は目を丸くした。
一目見るだけで理解した。それは先日まで、父が使っていたものだということを。
「お前、それ……」
「ええ、授かりものです。僕が洋介さんの意志を受け継いで、共に戦うための」
これは、『みんなと一緒に』戦うために頂いたものだと彼は言う。みんなと一緒、その言葉を一際強調して。
「僕の事を後ろで支えてくれるみんなと繋がっていられるから、勇気を分けてくれるから、自分はもう一度立ち上がれる。そんな事をようやく知れたんだ」
ねぇ、ネロルキウス。貴方はその輪の中に、入ってくれますか。
強くありたいと願うこと、傍にいる人に支えてもらいたいと欲すること、一人きりで寂しい時、繋がっていたいと祈ること。そんな意志が、『その言葉』には込められてるんだ。
大切な人達との絆こそが、自分が欲してやまない代物だったと彼は気付く。それは友情だとか敬意だとか、恋慕だとか沢山の名前があるけれど、その真意は変わらない。人と人との繋がりだ。
僕は他の何よりも、それを大切にしていきたい。ずっと孤独だったからこそ強く彼はそう願った。
「知君くん、ネロルキウスを呼べるの?」
「ええ、今ならcallingできる気がします」
答えて後に知君は、間違えてしまったと苦笑した。その言葉は古臭いぞと、琴割にさえ言われてしまったと言うのに。洋介に言われた言葉を思い返す。生まれ変わった意志は、言葉に込めればいいと。だからこそ、もう古い呼び名は捨てようと思っていたところだ。
傷ついた仲間を背負って、期待の目を一身に浴びて、そして。目の前の赤ずきんをも救って見せると決心した少年はネロルキウスを呼び出すべく、三桁の番号を入力する。警察を呼びだすための番号と同じ、110。こうしてみると本当に、自分は警察となるべく生まれてきたのだなと知君は、穏やかな目で画面に浮かんだ数字を見た。
僕はこれまで、認めてもらいたいだなんて願い続けて、それなのに自分から距離を置いてきた。誰かを護れるだけの強さがあるから、自分が護らなくちゃと責任感をずっと持っていた。だからだろうか、ずっと誰よりも先んじているつもりで、違う言葉を、古い言葉を使い続けていたのは。
けれども僕は生まれ変わったんだ。新しい自分になったんだ。真凜さんが支えてくれると約束してくれた。僕が、皆を救い続けたから、って。けれども僕自身は、誰かを支え続けている現実を直視しきれていなかった。認められていなかった。
認めて欲しいのなら、前を進み続けるのでなく、彼らの横に並び立たなければいけないのに、我武者羅に全速力で走っているだけだった。けれどもそれは、きっと間違いだった。本当は僕よりずっと遅いのに、無茶をしてまで追いついてくれた真凜さんが教えてくれた。
僕は僕が護るべき、大切なものを見直すことができたんだ。
生まれ変わった、覚悟もこめて。少年は生まれてこの方、一度も使ってこなかった『その言葉』を脳裏に思い浮かべた。
もし少年の人生に、生きざまに、タイトルをつけることがあるならば。その自伝に、武勇伝に名前を冠することがあるならば、その名は『それ』以外にはあり得ない。
後ろで支えてくれるみんなこそが、自分にとってのもう一つの守護神だから。
彼らが支えてくれるから、僕は僕としてここに居続けられるから。
だからこそ、繋がっていたいと思うんだ。皆がいるから力が湧くんだ。
だから君も、力を貸してくれないか。
心穏やかな少年が、自分と向き合う覚悟を決めた。もう迷わない。確固たる意志を込めて、吠える。その大きな声音は、号哭のようにも歓喜の雄たけびのようにも捉えられた。
そうそしてこの日、知君 泰良はネロルキウスを呼びだす際、初めて『その呼称』を口にした。
『みんなと一緒に』戦うんだ。もう一度だけ、その暖かい言の葉を、胸の奥に滲ませながら。
もう、怖いものなど何一つ存在しない。
伝えるんだ、ネロルキウスにさえ。
だからこの言葉よ、天まで轟け。
異世界にいる君にも、僕の願いが届きますようにと。
そう、この物語のタイトルは。
「守護神アクセス」
- Re: 守護神アクセス ( No.96 )
- 日時: 2018/07/18 16:37
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: itFkgvpJ)
「守護神アクセス」
沸き立つ力の奔流。濁流のごとく押し寄せるネロルキウスの黒色のオーラ。荒ぶる闘気は業火のごとく、少年の身体を飲み込んだ。視界にノイズが走り始め、脳内に世界中のあらゆるデータ、情報が錯綜する。
少年の意志が新たに生まれ変わったとはいえ、ネロルキウスに変化など訪れてはいない。隙あらば知君の身体を奪い取り、自分の器として用いようとする。それを目的とした脳内に押し寄せる記録の洪水。またしても、知る必要のない無用な知識の激流が、知君の脳を圧迫する。
ちりちりと、過剰な負担により神経が焼き切れるような感覚。瞼の裏でいくつも火花が弾ける。中枢神経を酷使するがゆえの空腹感に、倦怠感、眠気、彼の意識を混濁の最中に突き落とそうとする誘惑は後を絶たない。
だが、挫けない。歯を食いしばり、脚に力を込める。倒れてしまいそうになるのも許さない、心が折れてしまうのも許さない。自分のために、そしてそれによって救われる、他の人のために。今ここで倒れてしまえば、何のために来たのか分からないだろう。
苦悶に苛まれ、思わず閉じた両目を無理に開いた。思慮も配慮も全てかなぐり捨てたくなるような苦しみ。だが、優しさだけは見失ってはならないと、その顔が憎悪と憤怒に歪んでしまうことだけは、決してしないように。
笑え、笑え。笑って見せろ。
自分が苦しそうに嘆くから、心配する人がいる。
それなら、どれだけ苦しくても笑って見せろ。
全部片づけたその時に、疲れたと言って甘えればいいのだから。
挫けそうになる度に、何とか重たい瞼を持ち上げる。振り返れば、不安そうな皆の顔。それもそのはず、彼が暴走したネロルキウスに乗っ取られる姿を、彼らは一度目にしてしまったのだから。
もう、あんな思いはさせない。父親を思って激高した王子のことが思い出された。もう、あんな風に怒らせたりしない。誰かの力を奪うかもしれないと、怖がらせたりしない。
そしてもう、自分のせいで誰かに自己嫌悪させたくない。先ほどまでの王子は、自分に対する申し訳なさのせいで見ていられなかった。謝らなくてはならない、謝るだけじゃ物足りない、二つの感情の狭間で、罪悪感に嬲られながら悶えていた。
もう誰にも、そんな顔はさせない。そのために、大事なことは。
「そうだ、そのために僕は……しなくちゃならないんだ。ネロルキウス、君を……」
降りかかる重圧。この精神を喰らい尽くしてやろうと、今か今かと彼はその口を開けていることだろう。視界に砂嵐が混じり始める。ざあざあとしたノイズが、聴覚をも侵し始める。大丈夫かと問う声も、もう遥か彼方に聞こえる。
そうだ、それぐらいでちょうどいい。彼以外の声が聞こえない空間こそ、今の自分が追い求めていることだ。
そう、今の僕がしなくてはならない事は。
息が苦しくなる。呼吸を司る組織を奪われたようだった。喉も肺も奪われたような閉塞感。息を吸っても肺に流れている気がしない。胸が膨らんでいるのにその空気が全身に行き渡っているような気がしない。
暗転した視界、どこまでも深い闇に囚われている。立っているかも分からなくなるほどに、触覚も消えつつある。このままでは、またしても意識を奪われるだけだ。
「させませんよ、絶対に。もう君には、誰も傷つけさせませんからね」
呼びかけに応えてくれるのかは分からない。しかし、今までずっと主張してこなかった自分の声を初めて発した。これまでは、ただ意志の力だけで抗って、彼に呑まれる前に事件を解決していた知君。しかし今回は初めて、自分の事をも蝕む暴君を受け入れようとしていた。
これまでずっと、無視し続けてきた声。体を寄越せの言葉も、全て奪い取ってしまえという命令も、俺の器として在ればいいという戯言も、全て無視してきた。そうしなければ、大切なものを取りこぼしてしまうと決めつけて。
しかしそれは、全く正反対のことだった。自分は目の前のものだけを護るのに躍起になっていて、後ろを振り返ろうともしていなかった。一番取りこぼしてはいけない大切なものを、ずっとずっと、長い間、真っ先に切り捨てていた。
『それは逆に、余の力をお前が奪い取ると?』
暗闇の中、ネロルキウスが囁いた。威圧感のあるしわがれた声。思わずその声に竦み上がりそうになる。怖くて震えてしまいそうになる。しかし、自分しか抗えない以上、弱気になってはいられない。
それに彼の問いかけには答えなくてはならない。今までの自分ならこのような問い、答えようともしていなかっただろう。しかしそれは今の自分には許されない。全知のくせして何も理解していない彼の思い込みを、否定しなくてはならないのだから。
「いいえ、僕は貴方の力を奪おうなんてしていません」
『そうか。ならば早く体を明け渡せ。覇気のない男にいつまでも黙って従う余ではない』
「それも……許しません。今の貴方は、ただの略奪者です。そんな人に、この体は譲れない」
『話にならんな。ならばいつも通り、奪い合いと行こうか』
「駄目です、そんな事、いつまでも繰り返させません」
今まで僕たちは、間違い続けてきたから。知君はネロルキウスへ、そう主張する。誤りなど何一つしていないだろうと、暴君は鼻で笑ってみせた。自分がもう一度現世へと顕現したいという欲求も、それに抗う知君も、己の欲求に従っただけだ。間違えようなどない。
「そうじゃありません。僕らは互いに、受け容れられなかったんですよ。お互いの存在を」
本当は、手を取り合って歩むべきなのに。信頼関係の上に成り立つべき契約であるはずなのに。自分たちはずっと、己の利権ばかり主張してきた。相手がそれを是とするかどうかも確かめずただ、相手のことを自分の道具のように思い込んでいた。
僕の守護神なのだから、力を貸してくれるべきだろう。余の契約相手なのだから余のためにその肉体を献上してみせろ。独善的な欲求のみを相手にぶつけていた。自分の望みだけ叶えようとしていた。
そんな独りよがり、叶っていいはずが無いのに。
「僕はかつて、真凜さんに言いました。次の一歩を踏み出すには、己の守護神と対話する必要があると。でも僕は、そんな事提案した僕自身は、君と語らおうとなんてしてこなかった」
何もそれは、ネロルキウスに対してだけのことではなかった。知君は自分が護り続けた人々の声すら、聞いちゃいなかったんだ。嫉妬して認めてくれない人々の声を聞くのも酷というものだろう。しかしそれでも彼は、弱い者の声を聞くべきだった。
もっとその人たちに寄り添うべきだった。おどおどとしていて頼りないくせに、実戦では誰より活躍する知君の脚を引っ張ることしかできない。治安を護るべき警官達が、知君にいい顔をしないというのは、一人の人間として当然の事だった。
それなのに彼は、もっと頑張れば認めてもらえる、そんな風にばかり考えて、空回った。彼が周囲から認めてもらえることを望んでいたように、周りの者も我武者羅にひた走る知君に、自分の存在意義を認められたかった。少年がいなくとも、自分たちが居れば平和が護れると。少年にできないことが自分たちにはできると。
その承認欲求を断ち切るように一人で功績を積み上げた知君が、本当に認められる訳が無い。事実は皮肉なことにそれを裏打ちしている。一度折れて挫折して、ようやく人間らしく、子供らしく泣きわめいたからこそ彼は認められたのだから。
「ネロルキウス……僕はね、皆の事を護ってあげてるつもりでいたんです。僕が一番強いんだから、僕が皆の盾になるんだ、ってね。でも、間違いだった。ありがとう、って言われたかった。また今度も頑張ってね、って応援してほしかった。応援なんてされなくても、感謝なんてされなくても、どんな強敵にも勝ってしまうのに」
いつしか、傲慢になっていた。認めてもらえないことが苦しくて、仕方のないことだと大人ぶって諦めた。これだけ努力しているのに、あれだけ対策課員の窮地を救ったのに、頼ろうとしてくれる人はいなかった。
それもそうだ、ピンチになれば嫌でも飛んでくる。どれだけ自分たちが苦戦した相手にも、圧勝、完勝、努力をあざ笑うかのような、完全決着。自分たちの行いを否定されるように、朝飯前に強大な標的を下す。
恐怖すら感じなかったことだろう。やるせなさと、羨望と、そして強い怒り。自分たちがいなくてもいいじゃないか、そう不貞腐れる人もいた。
『そやつらが弱かっただけだろう。せめて心だけでも強くあれば、何も支障など……』
「弱いんですよ、人間って」
僕だって、一度は壊れちゃったんですよ。そんな言葉を後ろにいるであろうネロルキウスに投げかける。君の力に中てられて、意識は囚われ、身体の支配を奪われた。これまで抗い続けてきたのに、ほんの少しの心の綻びがそんな顛末を招いたのだ。
「僕らはとても脆いんですよ。優しくされたらすぐに元通りになるけど、この心は、とても簡単に罅が入っちゃうものなんです」
だから自分達は、その傷をすぐに癒せるようにより添い合う。傷つけないで済むように、対話を重ねる。
「僕は誰とも話してきませんでした。だからずっと、僕は人々に傷つけられていたけど、同時に皆を傷つけていた。貴方はきっと認めてくれませんが、きっと僕は貴方のことも傷つけ続けてきた……」
『お前が余を? ある訳が無い』
「あるんですよ、それが。僕はちゃんと知ってます。君と僕がそっくりだっていう事」
『何を馬鹿な』
「だって、そうでしょう? 君の心は、こんなにも認めて欲しいって叫んでる」
ネロルキウスが沈黙する。というよりむしろこれは押し黙ったと言うべきだろうか。
「君がかつて圧政を強いてきたのは知っている。オリンピアで競技内容に関わらず自分を優勝にしたことも。それって全部……従えるローマの民から崇めてもらいたかった、慕ってもらいたかったからですよね。そんな無理やりでは、本当の意味でその心を掴めないと分かっていても、他に方法を知りませんでした」
『馬鹿なことを言うな。余は勝者であるべき者だ。それゆえ過程の如何に関わらず、余を勝者と讃えただけのことだ』
「そんな事ありません。なら、どうして貴方は白雪姫を倒した後、奏白さん達を襲わなかった? 僕ごと殺そうとしていたのに、あの時僕は君にほとんど抗えていなかったのに!」
『出鱈目を言うな。お前が抗っていたから余は動けなかった、それだけだ』
「……そうかもしれません、でもネロルキウスなら振り払えたはずです、僕の意識なんて」
それなのに、そうしなかった、できなかった。あの時本当は傷ついていたのではないかと知君は問うた。圧倒的な力で、あの場の物を苦しめていた白雪姫を討ち取り、感謝され、崇められるものだと思っていたのではないかと。
それどころか、敵視され、追い払わねばならぬ悪霊のごとく扱われたことに、いたく傷ついたのではないかと。
- Re: 守護神アクセス ( No.97 )
- 日時: 2018/07/17 23:20
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
「あの時僕は、貴方から意識を奪い返せた。それは貴方が、深く傷ついていたから、支配が弱まっていたからじゃないんですか」
『違う、余は羨んでなど……』
「羨む? そんな事今言ってません。なら簡単だ、貴方が本当は何かを羨んでいた。僕にはその何かが分かります。あの時、真凜さんが僕の事を認めてくれた、だから……君は理解者という存在が羨ましかったんです。僕のことを理解してくれた真凜さんのように、君を心から理解する人が」
『勝手な妄想を垂れ流すな』
「妄想じゃありません、ずっと僕がそうだったから、何となく分かるんです。君が認められたいっていう強い想いを、かたくなに隠していることが」
自信満々に突き付け、そして知君は、突然弱い声を漏らした。本当は自分も、最近まで周りが見えていなかったと、再び口にする。それは自らの事を戒めているようであった。
「ねえネロルキウス、僕は今までずっとね……独りぼっちじゃなくて独りよがりだったんだ。助けてやったから、助けてくれってさ。僕の守護神なんだから、力を寄越せ、ってさ。そんなの叶う訳無いんだ。でも、教えてくれる人がいたんだ。人は、互いに支え合っていくものなんだって」
真凜が彼に言ってくれたのだ、「ずっとみんなのために戦った君のことを、今度は私が支えてあげる」と。その時初めて、支え合うという言葉のニュアンスを感じ取ることができたような気がした。
知君は、ネロルキウスは、確かにELEVENであり、最強の名を欲しいままにしている集団の一角だ。それでも彼らは、そのままだとただ強いだけだ。知君が優しい人であるために、誰かを救うヒーローであるために、人々が必要だ。ただの人々ではない、知君自身が愛することができて、その人たちがおのずと知君を支えてくれるような仲間が。
「だからさ……。ずっと僕に力を貸してくれた君に、今度は僕が寄り添って見せる。支えて見せる。君が誰かから望まれる守護神になるように、僕が頑張るから! もう暴君だなんて絶対に言わせないから。だから……」
『口を慎め、そんな事お前から言われずとも』
「五月蠅い!」
知君が声を荒げた。ネロルキウスとのせめぎあいとも関係なく、まるで躾のような叱り方だった。怒り、憎しみ、そういった負の感情を乗せただけの暴力的な声ではなく、投げかけた相手への親しみをこめた強い声。
その声は、洋介の声を真似たものだった。
ずっと彼は考えていた。ネロルキウスに投げかける言葉を。自分が彼と、どう接していきたいのかを。
ネロルキウスに欠点は無いように見える。万物の理を知っているように思える。しかしそれでも、彼は決定的な大事なピースが欠けている。
「僕も大事なピースが一つだけ欠けています。僕にとって足りない最後のピース、君に決定的に足りていない最後の欠片、それは正反対のものだけれど、実は全く同じものだから」
ネロルキウスは何も答えない。むしろ、知君の言葉を待っているようであった。
全く、そんなところまであの日の僕とそっくりだね。真凜に抱きしめられ、求めていた言葉を与えられた時の自分と同じ。
とっておきの贈り物を待ち望む、聖夜の子供の狸寝入りのような沈黙だ。
だから僕は、この言葉を君に贈るよ。
「一人で何でもできる貴方だから……何でも知っている貴方だから、だからこそ知らない、たった一つの大切なことを僕が貴方に教えてあげます」
今までずっと、その姿を見たことが無かった。幼い日に、初めて彼を呼びだした日は、彼自身が知君の視界を塞いでしまったから。それ以降、知君はネロルキウスの姿を直視できなくなってしまったから。
だから彼は、初めて彼の姿を目に収めた。ずっと目を逸らすように前を向いていたのに、振り返った知君が見上げた先には、錆びれた王冠を掲げた屈強な王の姿があった。墨で真っ黒に塗りつぶされたような顔には口も鼻も無く、ただぎらぎらと輝く眼光だけが浮かんでいた。
巨大なマントが風にたなびいているが、裂けるばかりでぼろぼろになっている。王冠もやはり錆び付いていれば、所々宝石が欠けている。けれどもどうして、それなのにネロルキウスは、堂々としており威厳に満ちていた。
その王たる覇者のまとう空気は、みすぼらしい装飾とは似ても似つかず。覇気とは服飾でなく、己の内からにじみ出るものだと全身で示唆するように。
そんな彼に知君は手を伸ばした。そう、彼がネロルキウスに教えたかったのは、とてもシンプルで、とても幸せな道の歩み方。
「僕が貴方に教えてあげます、ともに歩むという事を」
だからこの手を取ってください。そう知君は、顔を輝かせてお願いした。
命令でも、指示でもない。懇願でも請願でもない。ちょっと友人に頼むような、そんな軽い調子で。
「僕はね、君が居るから僕でいられるんだ。君はね、僕がいるからここにいられるんだ。僕と君は、決してどちらか一方では成り立たないんだよ。僕には君が足りなくて、君には僕が足りてない。正反対のように見えるけど、僕らは鏡映しなんだ」
だから、足りてないのは同じものなんだ。
「力を利用するとか、身体を奪うとか、そんなんじゃないんだよ。手を取るんだ、分け合うんだ。怒りも憎しみも分け合ってしまおう。嬉しいことも楽しいことも、共有しよう。僕は待つよ、呑み込まれずに。君が認めてくれるまで」
沈黙が訪れた。知君だけが、ネロルキウスを見ていた。他の者は、そんな知君の姿を、固唾を呑んで見守っていた。何せ知君以外の者に、その契約相手の守護神は見えないのだから。
知君以外、見ることすら能わない。だからこそ、彼が一人じゃないと証明するのは知君以外にあり得ない。
ネロルキウスは沈黙を守っていた。まるでその申し出を、必死で拒むように。知君の言葉を決して受け入れてしまわないように。
己を見つめる眼差しから目を逸らす。見たくもないとでも言うように。知君が伸ばした手から遠ざかるように腕組みをした。その手を取ることは決して無いと突き付けるみたいに。
やっぱり、聞き入れてもらえないのだろうか。知君の表情が陰る。それでも、伸ばした手を引くつもりなど無かった。
長い沈黙が走っていた。誰もが、今どういった状況であるのかを忘れていた。時の流れすらも忘れて、そこだけ切り離されたように。
ずっとその沈黙が続くように思われた。知君以外の者にとって。しかし、知君だけは違っていた。彼の鼓膜にだけ、一人の寂しがり屋の声が届いた。震えた鼓膜が、耳小骨が、その刺激を脳へと伝達する。
ネロルキウスは、ある事を少年に尋ねただけだった。
『頭痛の調子はどうだ?』
「えっ?」
初め、何を尋ねられたのか理解できなかった。ネロルキウスの説得に躍起になるあまり、その事を初めから失念していたからだ。しかし、問われてから気が付いた。ネロルキウスと守護神アクセスする度に苛まれていた情報の海、洪水、濁流、奔流。あの苦痛が今や無くなっている事に。
頭は驚くほどに冴え渡っていた。体もちっとも重くなく、守護神アクセス特有の『守護神の持つ身体能力に相当する』肉体活性を実感した。今まではあまりに負担が大きすぎたため、その恩恵をそれほど強く感じ取ることはできなかった。
あの神経が妬け付きそうな苦悶が取り払われた。霧が晴れたような心地だった。いつも以上に、脳裏が整然となったようで。視界は晴れ渡っていた、耳に飛び込むそよ風の声は心地よかった。
ふつふつと、胸の内に暖かいものが湧きあがっていた。
そして知君は実感した。これが繋がっているという事かと、支えられているという事かと。
これこそが、守護神アクセスなのだろうと。
「もしかして……」
『勘違いするなよ。お前の身体になぞ興味を失っただけだ。余はそんな軟弱な体なんぞ要らん。それなら今は大人しく、次の機会を待とうとしているだけだ』
何を主張しているのか初めは察しあぐねたが、要するに盛大な言い訳ということだろう。
それを理解した瞬間に、思わず知君は吹き出した。
全く、そんなところまで僕に似ていなくてもいいのに、と。
嘘が苦手なところまで。
『何がおかしい』
「いえ……そういう事にしておこうと思いまして」
『癪なガキだ。やはり力など貸さないで』
「貸してくれるんですか? 言質取りましたよ!」
『その挑発には乗らん。……しかし小さな失言で一度決めたことを短気に取り下げるのも余の沽券に関わる』
「そんな事言わずに、力を貸してやる、の一言でいいんですよ」
もう、全部分かってますから。
はっきりとした断言。決めつけているようにも受け取れかねないと言うのに、ネロルキウスはむしろその言葉に安堵した。そうであるべきだ、自分の契約者であるというなら、自信に満ちているべきだ。全てを見透かしているべきだ。
ならば知君の不遜な態度も、怒るに値しない。そもそも胸の内に沸いた感情は、逆撫でられた激情などでなく、その出生からずっと見守ってきた雛鳥が飛び立つ、その瞬間を祝う親心に似ていたのだから。
「もう君を、古代ローマの暴君ネロだなんて言わせない。君は僕の大事な相棒で、パートナーで。そしてこの国を護る……最大の盾にして最強の矛、最高の守護神」
悪魔などではない、自分勝手でもない。
もう誰にも、君を悪者だなどと言わせない。僕は守って見せる、君の尊厳さえ。
叶えて見せよう、認められたいと足掻く子供のような夢を。
同じ境遇にいた、この僕が。
「最後のELEVEN、日の本の国のネロルキウスだ」
もう、一人でいることを嘆かなくてもいい。
これからは二人で歩いて行こう。二人なら、そう思えばどんなことも、叶えられそうな気がするから。
僕に持っていない力と、君が持っていない強さを重ねよう。そしたらきっと、どこまでも飛び立っていけることだろう。
もう、来てくださいだなどと君一人を動かせるような言い方はしない。
これからは、手を取り合って一緒に進んでいくのだ。
『生まれ変わった覚悟は、言葉に乗せるもの』だから。
だからこそ今日から彼は、己の守護神にこう呼びかけるのだ。
来てください、ではなくて、共に……。
「行きましょう、ネロルキウス!」
今日という日が彼らの、真の始まりの日となるように。
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