複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.38 )
日時: 2018/05/25 22:27
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

「何たって俺は、『天才』、奏白 音也っすから」

 だからそうだ、全員守り切って見せる。何処に居ようと助けを呼ぶ声は聞きつけてやる、誰より早く駆け付けてやる。だから、困った時、怖い時、辛いとき、悲しい時どうしようもない時死にそうな時絶望した時、俺の名前を呼んでみせろ。
 普段彼を嫉む人間だろうが関係ない。嫉妬で彼を罵る人間であろうと興味がない。助けを求めた、ただそれだけで奏白にとって、それは助けるべき者となる。それこそが自分の正義、原動力であり抗いようのない意志。
 その道の先にどんな強大な敵が立ち塞がろうと、恐れるつもりなど毛頭ない。例え獰猛な獣であろうが、大きな武器を振り回す男であろうが、土の詰まった人形であろうが。障壁となったとしても引き返す理由になりはしない。乗り越えるし、打ち砕く。超えるべき壁の先にしか、欲しいものなどありはしないのだから。
 先ほど吹き飛ばした三つの影、起き上がる勢いそのままに彼らは奏白へと跳びかかった。せっかく三対一なのに、それは勿体ないんじゃねえの。そう思った奏白は、ギリギリまでかかし達を惹きつけた後に、勢いよく地面を蹴りつけた。一陣の風が突き抜けて、一瞬で音速に達した奏白の姿が残像すら残さず消えた。
 だが、今度は彼らも油断していない。奏白の影がすぐ傍に落ちていることを見つけた。上空を見上げると、太陽を背に踊るブラウンの髪。急降下し、蹴りつけるその姿、斧を振り上げることも間に合わず、何とかブリキの腕で木こりは受け止めた。
 鈍い音が周囲に響く。木こりの腕がほんの少し凹んだ。音速での移動に耐えられるよう、アマデウスによる身体能力の強化は並大抵ではない。生前の彼が筋骨隆々な男だった訳ではないが、守護神としての器が、その能力に見合うだけの膂力を持っているためだ。
 そのため、分厚い金属の塊をも蹴りつけたと言うに、奏白の足に支障はない。骨も折れず、衝撃に足が痺れるようなことも無い。ひらりと舞い、木こりの腕から地上へと着地。それを逃さぬよう、ライオンの爪が襲い掛かった。陽の光を反射して、その鋭利な爪が瞬いた。
 しかし、気づいてしまえば回避は奏白にとって造作も無い。最小限に体を逸らして、眼前に素通りするその尖った爪を見送った。突き刺さり、大地を抉る爪。怖い怖いと、茶化すように呟く。ま、それも当たったらの話だけどな、そう添えて。
 右足の振り下ろしを避けたと思えば、今度は左足。またしても、だが今度は血濡れた尖爪が太陽の光を反射して。またしても奏白の、残像だけを引き裂いた。本人はと言うと、涼し気に口笛を吹いている。だが、獅子はその猛攻を止めようとしない。右、左、右、左、繰り返し、繰り返し。だが、結果は変わらない。その涼しい顔に、かすり傷一つ付かない。
 死角から狙うように、土の詰まったその腕をかかしは振り抜いた。気づかれていない、そう思っていた。だが、奏白が気づかない訳が無い。どれだけ小さくても、衣擦れの音、空気を切る音は巻き起こる。そしてその音を、アマデウスは見逃さない。
 地面を蹴る。くるりと回ったその身体が宙を旋回する。宙返りしながら鞭のようなラリアットを素通りさせ、奏白は着地した。周りも見ずに放ったその腕は、代わりにライオンの鼻先を叩いた。苦しそうな悲鳴を上げる。そのまま仲間割れでも起こすかと思ったが、そんなことも無かった。むしろその怒りも奏白にぶつけるように、より紅に燃え上がったその眼光を一心に奏白へと。
 とばっちりじゃねえかよ。その口を目いっぱい見開くと、百獣の王らしい牙が何本も、何十本も、めいっぱい開いたその大きな口が勢いよくしまり、堅牢な牙が打ち付けられる。当然それは奏白の首元を狙っていたのだが、奏白も黙って立ち止まったままの訳では無い。一瞬でライオンの背後を取り、周囲一帯の空気を鳴動させる強力な音波を放つ。零距離から衝撃を打ち付けられた獅子の大柄な体躯が宙を舞った。
 仲間の窮地に臆することなく、むしろその同胞が作り出した隙を突かんと、木こりは斧を振りかぶり、かかしは奏白を捉えようとその腕を肩に向けて伸ばした。動こうともしない奏白の肩、そこまであと数センチと言うところまで、腕の先端が迫った。だが、届かない。奏白のすぐ傍を覆うような位置の空気が、あまりに強く震えていた。その勢いに押し返されるようにして、かかしの腕は自身へと向かってきた。ペンで描かれたような顔にその腕を打ち付ける。音の鎧、奏白がそう呼んでいる能力による防御である。
 攻防移動の全てに差し支えの無い能力を持つ、アマデウス。こと戦闘に関すれば、番号のずっと若い上位の守護神を食うことも少なくない。事実、真凜のメルリヌスは未来予知したところで彼の能力には敵わないだろう。
 かかしから掴みかかられるのを防ぎはしたが、次に迫る木こりによる斧の一振りは防ぎきれそうに無かった。回避、でも構わなかったが、これ以上戦闘が長引くとドロシーに守護神ジャックされた人間の予後に問題が出るだろう。ここは早く仕留めなければ。斧のリーチ分だけ開いた木こりとの距離を一跳躍で瞬時に詰め、斧が岩盤を抉り抜く範囲から逃れる。後方で砕かれる固い地盤、ふりかかる小石のような礫は先ほどのように音の鎧に阻まれる。
 その顔を掴み、斜め下へと力を加える。角ばった鉱質の身体は傾いて、背中から地面に打ち付けられた。かかしとライオン、先に返り討ちにあった二人もようやく合流して、前から、後ろから、それぞれ襲い掛かる。
 挟撃、それすらものともしない。迫る爪牙をものともせず、体を翻し回避する。そしてそのまま、両腕を振りかざしたかかしの腹に、握りしめた拳を叩きこむ。土の詰まった胴体に拳骨がめり込んで、骨も無い腕を奏白の方へと打ち付けるより先にかかしの身体がまた宙を飛ぶ。
 彼の動きはまだそこで止まらない。交わしたばかりの獅子の爪、それが再び振り上げられるより早く、その牙がまたこちらに殺意を向けるより早く、分厚い板をもへし折り、穿つような鋭い蹴り一つ。またしても転がる巨躯、だが、苦しそうな声など上げなかった。ぶたれればぶたれるほどに、彼らは怒りだけを募らせていく。摩天楼ひしめく東京の地に、こだまするような遠吠えが鳴り響いた。

「……バテてるよな、お前ら」

 映像で見たお前たちはもっと、ずっと速かったと奏白は言う。もっと冷静で、もっと鋭くて、もっと力強くて。今みたいにこうやって、奏白に弄ばれるほど弱くなかったはずだと突き付けた。

「何でか分かるか?」

 奏白の問いかけに、彼らは答えない。理性などとうに失っているためだ。それは奏白も知ってはいる。だが、言わずには居られない。彼らが馬鹿にしたその言葉は、仲間である自分が撤回させなければならないと信じて疑っていないから。

「お前らが散々、弱ぇだのみっともないだの馬鹿にした、先輩たちの力だよ。どんだけお前らが強くても逃げなかった、勇気ある人たちだから。しぶとかっただろ? 俺たち全員しぶといんだよ、倒しきるのも疲れるくらいに」

 今お前たちがそうして、パフォーマンスを落としているのは全て、先に交戦していた太陽たちの活躍があってこそだ。最初から、全力の彼らと三対一で戦っていたら、自分には勝ち目なんてさらさら無かっただろうと奏白は伝える。

「お前らが今負けてんのは、奏白 音也一人じゃねえ。まあ分かるよな、だってお前らも……」

 仲間がいるんだしな。
 吹き飛ばしたオズの三人の仲間は、それぞれ奏白を重心として、正三角形の頂点に立つようにしてジッとその敵を、奏白 音也を見据えていた。だが、その図は一瞬にして書き換えられる。音を上げることも無く静かに、奏白の姿がまた掻き消えた。
消えるとほぼ同時に衝撃が走った。かかしの身体が、さっき奏白がいた地点を目掛けるように空を飛んだ。それだけではない。それを見届けていたはずのライオンの身体も浮き上がった。高威力の音撃に当てられ、鳴動する大気に押し飛ばされる。それと同時に舞う、蹴りつけられた木こりの身体。全て中心に向かって飛ばされて、ど真ん中で三人は互いに体を打ち付け合った。

「ちょっと痛ぇけど我慢しろよな!」

 じゃないとお前ら倒れないからなと、体同士衝突し合い、もみ合っている三つの影の真上に立つよう、姿を消していた奏白が現れる。ふりかざした両の掌、そこから放たれるようにまた、圧倒的な音圧の一撃。
 あまりの衝撃に吹き飛びそうになる。だが、向かう先には地面しかない。あまりの圧に押しつぶされ、視界がぐらぐらと揺れる。守護神には死と言う概念がない。負傷や気絶はあれども、死ぬことは決してない。そもそもが人間の思念の集合体だったり、死した魂が転生して生まれるからだと言われている。どんな重篤な怪我も、時間さえ立てば人間と違ってたちまち治る。
 だから手加減は必要ない。どのみち、あの赤い瘴気に囚われたままだと、彼らの貌はずっと苦しそうだ。だから、少しでも早く楽にしてやらねばならない。どんなに辛い時だってそうだ、泥のように寝ている間は嫌な事なんて忘れられる。
 先ほどまでは、その音撃に中てられても、すぐさま体が吹き飛んだ。それゆえ一瞬の衝撃で済んではいたが、今度はそうではない。大地に拒まれているため、その衝撃がずっと体を走り続ける。体が内側から揺らされる、その衝撃に押し負けた、かかし達の意識は失われた。眼を閉じ、弱弱しくも安らかな寝息を上げる。
 残るは一人。本体であるドロシーへと目をやる。その身体は、怒りか、絶望か、わなわなと揺れているようだった。

「どうして、どうして邪魔するの……」
「邪魔なんてしてないさ。助けてんだよ、こっちは」
「嘘よ嘘。私は教えてもらったわ。貴方達けーさつ? のトップ、琴割とかいうおじさんさえ始末したら、私はお家に帰れるって」
「無理だっての、お前じゃ。あの人ELEVENだぞ」

 知らないわ。立ち塞がる壁をも引き裂いてやると言う意志が現れたような金切り声を、一つ。そしてオズは仲間たちを使役するのでない、自身の能力を解放する。何もない空間から不意に、大きな顔が現れた。その顔は、冴えない老翁の顔をしている。かと思えばそれは、首元から急に胴が生え、胴からは四肢が生え揃った。
 大きな大きな、人の形をしたロボットのようだ。

「何だぁ、これ?」
「巨大絡繰りオズだよ。エメラルドの都、偉大なる魔法使いの特別な力」
「あー、なるほどなるほど。そんなら俺も知ってるぜ」

 オズの魔法使いは、魔法なんて使えやしなかった。ただの奇術師の男だった。それなのに、大魔法使いだなんて崇められて、引くことも出来ず、虚構の自分を見せつけるためにからくり人形を作って威厳を保ち続けていた。
 そしてその嘘は、ドロシーによって予想外にも暴かれることとなった。その時の、大きな顔をしたからくりが、この能力という訳か。なら、怖くない。

「そいつはただの張りぼての力だろ」

 膝の高さが既に奏白の背丈と同じだけあるようなオズのからくり。瞬時に左足の膝から下が吹き飛んだ。達磨落としのように奏白が蹴り抜いただけだ。膝より下のパーツをもがれ、その大きな機械仕掛けの身体が傾いた。今度は右足側も吹き飛ばす。傾いていた体は真っすぐに戻ったが、今度は正面へと倒れる。
 奏白が下敷きになる、というような事も無く。今度は胸板のあたりに穴が開いた。音の振動により体が粉々になる。両腕を地面に突っ張って何とかしのごうとしているようだが、瞬きをするような間に奏白が両腕の肘から先を破砕した。
 文字通りただの木偶が地面の上に倒れ伏す。頭部の空間に登場していたドロシーが再び顔を見せた。

「帰してよ、私を……私を! 自分のおうちに! ねえ、お願いだからそこをどいて。帰して、あのあったかいおうちに」

 その声は、深い悲しみに揺れていた。寂しさもあるのだろうか。そうだよなと、奏白は納得した。こうやって、行き場を無くして、宛てもなく破壊ばかりを繰り返す彼女らの痛みなど、奏白にはきっと分からない。彼女たちだって被害者なのだと言う事実を、もっとしっかりと受け止めなければならないように感じた。
 一回、二回。カン、カンと二度銀製の靴のかかと同士を打ち付けた。

「帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して帰して……」

 三度目、そのかかとが打ち付けられる。その瞬間、霞のように彼女の姿は消えてしまった。

「帰してよ!」

 ナイフを振り上げ、ドロシーが奏白の背後から襲い掛かる。銀の靴はどこにでも移動できる魔法を持つと言う。それによる瞬間移動で、音速で駆ける彼の背後を取った。白銀に煌く刃が、彼の首筋へと迫る。
 だが、無駄だった。瞬間移動が終わった後、その息遣いだけでもう奏白はドロシーの位置を察していた。帰してよと叫んでも、叫ばなくてもである。ナイフを持つ腕を掴み、手の甲を叩いてナイフを落とさせた。

「可愛い女の子が物騒なもの持ってちゃ駄目だろ?」

 その小柄な体を抱きかかえる。駄々っ子のように腕の中で抵抗し、暴れるドロシー。その彼女を宥めすかすようにして、奏白は彼女の耳に囁いた。

「君を必ず、カンザスの地へと返すよ。君を待つおばさんの所へ。銀の靴の魔法なんて使わなくても、俺たちの力でさ」

 浦島太郎を鎮静化させた時同様、弱い振盪を頭に加える。くらくらと視界が揺れて、ドロシーは意識が段々白んで沈んでいく。
 もがくその身体の動きは段々弱まっていく。満月みたいに見開かれた、その双眸がゆっくりと瞼に閉ざされて、半月、そして新月へと。
 決して安らかとは言えないその寝顔が、少し心苦しい。早いところ知君に治してもらわないとなと、街並みの先、知君が車で搬送されてくるであろう方角へと目を向ける。エンジン音を聞く限り、もうずいぶん近くまで来ているようだ。
 結局知君の休日は返上させてしまいそうだと、冷や汗を流しながら奏白はその頬を掻いたのであった。


File5・hanged up

Re: 守護神アクセス【File5・完】 ( No.39 )
日時: 2018/04/16 14:30
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: /YdTLzNI)

 案外しんどいものねと、周囲の人に聞かれぬよう頭の中でだけ愚痴を漏らし、奏白 真凜は池袋の街並みを闊歩していた。これまでは兄の背を追うようにして、休日も返上して署に出勤していたものだったが、我武者羅に努めるだけが優れた捜査官ではないなと自覚した故だ。しかし、全くの休日にしてしまうというのも憚られた。それならせめてと、兄である音也に教わった鍛錬を兼ねて街を歩いてみることに決めたのである。
 渋谷はまだまだ立て直しの真っ最中であるが、ここらには被害が出ていないようである。それは自分が取り押さえたアレクサンダーの契約者、壊死谷による影響だけではなく、暴走する守護神、俗にいうフェアリーテイルの被害も含めての話だ。
 壊死谷の検挙のあの一件より、一か月の月日が流れていた。この一か月の間には色々なことがあった。兄がイップスになったかと思えば、自分が地方へ遠征している間に乗り越えていたし、ドロシーを確保していた。桃太郎の姿がなぜかここ二週間以上見られないのが平和なことではあったが、赤ずきんは未だに猛威を振るっている。
 知君には頭が上がらないが、多くのフェアリーテイルが第7班以外の対策課員にも討たれるようになり、観測事例がとうとう40を超えた数々のケースの内、約20件が解決されていた。フェアリーテイルを収容する施設も、その内部は傷心気味の守護神でいっぱいになっている。
 だが、良い事ばかりが起きているわけでは無い。約一か月前……まさに真凜自身が一歩を踏み出して、壊死谷との戦いを乗り越えた辺りで、不意にフェアリーテイルらしき反応が一つ消失した。その反応と時を同じくして、桃太郎も出現していた。
 その時消失したフェアリーテイルの反応、その正体を未だ警察はつかめていなかった。唯一その足取りをたどることができそうな人物は一人だけ。それは、警察から見て完全に外部の人間と言っても遜色ない、一人の高校生。いや、完全に繋がりが絶たれた男という訳ではない。王子 光葉。対策課にも属する、王子 洋介と太陽親子の親族である。
 彼がまさに桃太郎に襲われているところに太陽が駆け付けたらしい。太陽自身は情けなさそうにしていたが、その後彼はあっさり桃太郎に敗北。その後に、守護神と契約さえできていないその弟、光葉と桃太郎が二人取り残されたようである。
 それなのに、王子 光葉は無事に帰ることができた。一体その場で何が起こったというのか、重要参考人という名目で問いただしてみたところ、もう一人守護神が現れたのだと彼は言った。その正体こそ分からないけれども、二人が勝手に争い始めて、その騒ぎに乗じて彼らは逃げ出すことができたのだと言う。
 フェアリーテイルの仲間割れ。そんなことが本当に起こると言うのだろうか。仲間割れでは無いだろうと言うのが本部全体の見解であった。地域も時間も、桃太郎が暴れていた時間と合致しているのだ、フェアリーテイルが一個体消失した事例は。そして、最近になってフェアリーテイルを観測していた装置が実際に観測していたのは彼ら自体ではなく、彼らを蝕むように精神を侵している、あの赤い瘴気であると言うことを。
 そのため、あの赤い瘴気の呪縛を、何らかの理由で克服したフェアリーガーデンの守護神が、同朋を救うために敵対したと考えるのが無難であろうと考えられていた。どうやって能力を行使しているのかは分からない。契約者を見つけた、と考えるのは非現実的であろう。そもそも彼らの契約者が広い世界の中でこの東京にいる確率は限りなく低いだろうから。適当な人間に守護神ジャックしている、その可能性が高い。

「ちょっと真凜、聞いてる?」
「ごめんなさい、少し考え事をしていてね」

 考え事を始めてしまったため、未知の脇の方に避けて、歩みを止めて黙り込んだ私に、メルリヌスは問いかけた。さっきまでは景色が流れていたため退屈していなかった彼女だが、立ち止まった私に痺れを切らしてしまったらしい。
 身体が少し、疲労を感じていることを悟った。やはり守護神アクセスは、それほど大きくないとはいえ契約者の精神力を削るらしい。それゆえ無意識のリミッターが働いて、アクセスは時として強制的に切断される。
 これが、彼女が兄から教わったという特訓の一部である。同じ家で生活して職場も同じだと言うのに、こんな鍛錬をしていたとは真凜は聞いていなかった。要するに、日常においても常時守護神アクセスを行うと言うものである。単純に体を慣らすことで、実践におけるアクセスの許容時間が長引く。それだけ長い事戦場に立つことができる。予め本部に守護神アクセスすると申請しなければできないため、下準備が面倒だと奏白は言っていた。確かに思っていたよりも長々しい誓約書のようなものを欠かされたため、面倒ではあった。
 しかし、これを継続して行えば、確実に成果は現れるだろうなと言う自信はあった。この訓練をしている奏白は、他の捜査官たちと比べて圧倒的に守護神とより長い時間同調していられる。普通の捜査官はいいところ三十分であると言うのに、奏白は優に半日を超えていられる。

「それにしてもどんな風の吹き回しなのよ、こんなにいっぱい平和な街並みを見せてくれるだなんて」
「別に。私のためだから気にしないで」

 勝手に喜んでくれるだけ、メルリヌスはいい性格をしているなと真凜は呆れ半分有難さ半分で見た。力を借りているのはこちらであるため、こうやって恩を返せると言うのは確かにありがたいことではあるのだが。
 連絡用の携帯端末にメールの着信。バイブレーションがバッグの中で震えている。私生活でしか持ち出さないので、勤務中にphoneと取り違えないようになっている。メールの送り主は兄であった。今日の夜の飲み会について、というタイトル。
 そう言えば。一言呟き、以前から奏白が企画していたその会のことを真凜も思い出した。フェアリーテイルの対策課も、警察とはいえ所属しているのはやはり人間だ。日々疲労もストレスも溜まる。それゆえ同じ班員だったり、班の垣根を越えたりして、飲み会などをするところも多い。
 だが、第7班に声をかける者は少なかった。まずそもそも、奏白兄弟は仕事の虫と思われがちであるからだ。飲み会に誘っても、毎回仕事を理由に断ると言う。思い当たる節が数々あるので否定できない。それに、真凜は交遊の無い男性捜査官から飲みに誘われても絶対に断ると有名であるため尚更だろう。
 だがそれ以上に大きな理由は、知君であった。未成年だから安易に連れまわすこともできない。しかも、知君は多くの対策課員達から嫌われていた。それはあまりに高すぎるその能力故だ。突如現れた、単なる高校生、それなのにお株を奪うように私たちの誰一人として敵わなかった守護神相手に踏み込み、易々と勝利を収めてくる。
 いうなれば嫉妬だ。真凜もかつて彼に強く嫉妬していたが、それ以上に周囲の者の嫉妬が醜く見えた。それはきっと、自分の防衛本能が働いたと言うのも大きい理由ではあるのだろうが、それ以上に他の捜査官たちは、純然たる悪意に近い妬き方をしていた。
 あくまでも真凜は『警察の外の一般人を危険に晒したくない』という理想の裏返しが、知君に突き刺さっていた意味合いが強い。それなのに周囲の者と言えば、単純に気に食わない、自分より活躍しているといった感情が彼に向いている。
 あれだけ、自分を犠牲に頑張っている子に、どうして純粋な悪意なんて向けられるのだろうか。フェアリーテイルと戦ううちに、彼らの良心もすり減ってしまったのだろうか。願わくば、生来の性格ではなくそういった理由であって欲しいと真凜は思った。
 それにしても。軽蔑するような目で、兄から届いたそのメールをもう一度真凜は精読した。集合時間は八時、店はワインが美味しいと有名なバー。コースは飲み放題で、名目は飲み会。仮にも高校生を連れまわすと言うのに、私たちは普通に飲み会をしてもいいものなのだろうかと、彼女は誰に尋ねる訳でもないが訊いてみた。
 そろそろ歩き出そうかと真凜は通りの方に身を戻した。人並みに紛れて、左右に流れる人々を眺める。皆、フェアリーテイルのことなど考えずに、この日常を恐れることなく享受している。その事実が誇らしかった。自分はこういった姿を護るために日々戦っているのだと再認識する。
 そうやってよそ見をしていたため、向こうから来ていた人とぶつかってしまった。「きゃっ」と女性らしい小さな悲鳴を上げて、目の前の彼女は一歩後ずさった。こんな事なら未来予知をしておけばよかったと、真凜はその女性の元へ近寄った。
 彼女はよく日に焼けた褐色の肌をしていた。あまりに短いジーンズ地のパンツに、バンドのロゴが入った、あっさりした白地のシャツに袖を通していた。特徴的な彫りの目元に、日本人より少し高い印象のある鼻立ち、どことなくエキゾチックな雰囲気がした。真凜も女性にしては背の高い部類ではあるのだが、その女も真凜と大して変わらない背丈であった。目はどことなく、猫を思い起こすようなものだった。ごめんなさいと苦笑を浮かべるその顔に、どこかうさん臭さが滲んでいるようである。

「大丈夫?」
「あ、ハイ。大丈夫ですよ」

 何となく固そうな印象の日本語。外国人だろうかと察した。留学生か何かかと尋ねれば、そうだと彼女は頷いた。

「中国から来ました……名前は、えとその……クーニャン? です」

 どうして自分の名前を伝えるのにそんなに自信無さげなのだろうかと訝しむ。もしかしたら日本と向こうでは発音が違うのであろうか。中国語を学んだことのない真凜にはそれが分からない。

「すみませ、そろそろワタシ行きますね」

 そそくさと立ち去ろうとする彼女、その小麦色の腕を真凜は咄嗟に掴んだ。その事に彼女は目を見開いた。警察手帳を家に置いてきたのが面倒だなと、そう思いながら。

「今日はオフだから、許してあげる。返してくれれば、だけどね」
「えっ、何のことですか?」

 とぼける彼女に対し、真凜はすっと目を細めた。現行犯であれば、このままメルリヌスの能力で確保まで踏み切っても構いはしないだろうと、能力を行使しようとしたその時、諦めたように褐色肌の彼女は革の財布を取り出した。よく見慣れた、真凜の財布である。

「ちぇー、鋭いなあ」
「ごめんなさいね。これに懲りたと思ってスリなんてやめなさいよ」

 差し出された、無機質で可愛げのない茶色の財布を受け取って、真凜は彼女から離れるように歩き出した。離れていくその背中を見送って、その女性……正確には大人びて見える少女は溜め息を一つ吐き出して。

「あちゃー、失敗失敗」

 相手が悪かったなと、少女は一人反省した。ジャパニーズはイージーだと聞いていたのだけれどと、雇い主の男に文句を言ってやりたくなる。注意深いあの男、姿こそ見せたものの名前は教えてこなかった。

「にしても、早く探さないとなあ」

 雇い主から渡された、二枚の写真。できることなら始末してほしいが、最低でも情報を集めてこちらへと伝えて欲しいとの事だった。あの男自体ELEVENと名乗っていたのだから、それぐらい自分でやればいいのにと、彼女は思う。

「あのちびっこが私を頼るのは分かるけど、なーんでわざわざあの人はワタシを頼ったのかな」

 おそらくはちびっこと関係しているのだろうと、あまり得意ではない推測をしてみる。渡された二枚の写真には、それぞれ別の人物が写っていた。わざわざ金まで積んで依頼してきた割には、二人とも普通の高校生にしか見えない。一人は中性的な顔立ちの、大人しそうな男の子。もう一人は背が高めの、明るい笑顔の男子。
 写真の裏側にはカタカナで、二人の名前が記されていた。タイラチキミと、コウヨウオウジ。

「ま、写真の二人くらいなら余裕でしょ」

 特にこの、ちっこい方の男の子は弱っちそうだし。
 そう呟いた彼女の瞳は、本来闇色だったというに。いつしか血のように赤く濁っていた。

Re: 守護神アクセス【File6・開幕】 ( No.40 )
日時: 2018/04/17 22:07
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 集合時間である午後八時よりも十分前、真凜は集合場所であるバーの正面、看板の前にて腕時計を眺めていた。いつ兄は到着するのだろうかと、通知の来ない携帯を握りしめる。じっと見ていても時間など早送りされないのに、連絡が来るようになる訳でもないのに、真凜の視線は携帯電話と腕時計の間を行ったり来たりしていた。
 というのも、知君と二人きりになってしまったがゆえの気まずさだ。本来今日はオフであり、仕事の外での出会いであるため、知君に厳しく接する必要などない。その筈なのだが、普段棘のある態度で接しているため、急に今だけ気さくに話しかけると言うのも不自然だろうと思い込んでいた。普段の自分の態度を理由に、彼から嫌われていてもおかしくない。話しかけるだけ、知君くんにはストレスかもしれないから、そんな言い訳をして彼女は、気まずい空気をそのまま受け止めていた。
 そこで一通、ようやく奏白からの通知が来た。十分程度遅れそうだから、八時ぴったりになったら先に店内へ入っておくようにとの事だ。つまり、後二十分は二人きりで過ごすことになる。溜め息を吐けば、自分が彼を嫌悪しているように取られるだろうから、それだけは喉の奥にしまい込む。兄から来た連絡を、業務連絡と同じくらい淡白に知君は伝えた。
 奏白さんが十分の遅れで済むなら、今日は平和だったんですねと彼は朗らかに相好を崩した。確かにそれもそうだと言えた。先日ドロシーとの戦いで怪我を負って、年齢故に要検査だと言われた王子 洋介の代わりに、奏白は一時的にヘルプに入っている。
 一応奏白としても、普段中々返せない知君への恩返し、彼への労いを果たしたいという想いが強いのだろう。何が何でも今日は残業を出来得る限り避けると宣言していた。自分がいなければ真凜と彼とで気まずい空気が流れるのもよく理解しているらしい。
 奏白が遅れると言うのは少々敬遠したい事実であったのは確かだ。しかし、今彼女が抱えている疑念を解消するためには知君と二人きりで言葉を交わす必要があったのもまた事実だ。お店も別に、八時ちょうどに入る必要も無いはずだ。
 それなら、人目を気にする必要も無い店内で、ある程度話を切り出し、聞きだすべきだ。そう判断した真凜は、知君に早めに中に入ることを提案した。何か含みがあることを知君も感じ取ったのだろう。笑顔を引っ込めて、神妙な面持ちで構いませんよと答えた。
 相変わらず、察しの良すぎる彼のことが、彼女にとって空恐ろしくなってしまった。

「何か、オシャレって感じですね」

 店に入るや否や、背中がムズムズしてきますと知君は言い、小さいながらも本当に身震いを一つ。確かに高校生、それも大人しい彼のような子が、このような店を訪れることなど無いだろう。そもそもお酒を主に楽しむバーらしいので、より一層学生の彼には縁遠い。
 予約していた奏白だと真凜は従業員に告げる。幼く見える男子と、若い女性の二人連れという様子に少し当惑していたようだが、予約していた三人組だと分かると、すぐさま案内し始めた。あまりにアンバランスな恋人のようにでも思われたのだろうか。むしろ兄弟姉妹の方が適するような歳の差なのだけれど。他の男性職員と、深い仲に勘違いされるよりはずっと気が楽だった。それは知君に心を許していると言うより、あまりに現実離れした想像であるため、否定が容易だからだ。おそらく知君も、恋仲かと問われれば、率先して否定するだろう。
 案内されたのは最大で四人座れるボックス席であった。真凜と知君が向き合うように座る。その方が話もしやすいためだ。落ち着いた洋楽のかかる、誰の目も気にしなくていい空間。店員も、手を拭くためのおしぼりだけ置いて立ち去った。注文はお連れ様が来てからお伺いいたしますと言い残して。
 何から訊いたものかと、整理しようとしていた矢先、問われる側の知君が、真凜に対して口を開いた。

「何を尋ねたいのですか?」

 やはり、問いただしたい事があるとは悟られていたようだった。そのため、彼女もそこまでは別段驚きもしなかった。ただ、継いで彼が「フェアリーテイルが時々消失する件についてですよね」と、確認してきた際には驚かざるを得なかった。

「何でそこまで……」
「すみません、ネロルキウスのせいです」

 最近は知君がcallingを行う機会が増えている。それも当然、この一か月で二十ものフェアリーテイルを捕らえたが故だ。それも、この一週間に至っては全部で十体。うち何体かは一度にまとめて済ませてしまったとはいえ、今週は毎日のように知君はcallingさせられていた。その度に数時間昏睡してしまうため、本来高校生が送るような放課後を彼には棒に振らせてしまっている。
 そしてネロルキウスが勝手に情報を至る所から持ってくるため、知君の脳はいつもパンクするのだが、その情報は時折知君本人の意志でサルベージすることもできる。できないことの方がよほど多く、大概は不要な情報ばかりが脳裏を駆け巡るのみであるが、時として近しい者の感情も拾ってしまう。感情とは本人のみが知る情報とも考えられるためだ。
 それゆえ、最近真凜が何を訝しんでいるか、それも二日前のネロルキウスとの接続で知君に明らかになった。知ろうと思って知った訳では無い。知君自身、他人の心の中を読み取るのはモラルに反すると理解しているためだ。相手の想い人が誰なのかなど、プライバシーを侵害するような事だっていくらでも情報を仕入れられる。
 それゆえ、できるだけ流れ込む数多の知識や心の内の声に耳を傾けないようにしているのだが、フェアリーテイルと王子という、二つの単語が並んでいるのを見て、意識を向けてしまった。すると、真凜の声でそれを怪訝に思うような声。
 近いうちに詰問されてもおかしくはない。そう思ってはいたのだが、思いの外穏やかに問いただされたものだなと驚いていた。そもそも彼女は自分のことを目の敵にし、嫌っている。そのように思い込んでしまっているのが何よりも大きな理由である。
 実際のところ、嫌うと言うよりも知君のために遠ざけたいという意志が強いのだが、それを本人は知らない。なぜなら前述のとおり、人の心の中を読むことをよしとしていないためだ。それに関しては、充分以上に徹底的な教育を為されている。

「じゃあ訊きたいのだけれど、一から質問していくべきかしら?」
「その方が有難いですね。全部察している訳ではありませんので」

 今のところ彼が察しているのは、真凜が王子、捜査官の太陽でも洋介でもなく高校生の光葉に目をつけていることぐらいで。どうしてそのような事に至ったのかまでは理解していない。

「初めて私がその子の事を知ったのは、あなたがアリスを検挙した三日後の朝ね」

 渡された、前日に起きた出来事の資料に目を通していた際に、フェアリーテイルの反応消失の件があった。自分が壊死谷と交戦している間に、そのような奇怪な現象が起きていたのか、と。当然、それと同時に桃太郎の資料も目にしている。その日現れたフェアリーテイルはその二例だけであるためだ。
 桃太郎がその消失したフェアリーテイルの反応が出た辺りに接近したことから、そこで何かあったのではないかと想像した者は少なくない。ただ、どうしてその守護神の反応が消失したのか分かっていない者ばかりだった。真凜もその一員である。
 王子 太陽が桃太郎と交戦した際、その場に居たのは桃太郎と王子 光葉くらいであったと彼は言う。その証言は光葉自身からも取れているため間違いはない。

「ただ、ここ最近発覚したことがあるわよね。いや、当時にしても想像できていてもおかしくなかったわ。何せ、あなたが無力化したアリスは」
「同様に、同じ観測装置で座標が特定できなくなっていましたからね」

 気を失わせただけのフェアリーテイルは、その反応を感知できていると言うに、知君が赤い瘴気を取り去った途端に観測できなくなる。そういったところを何度も見てきたため、フェアリーテイルを今まで感知していたと思っていた装置は、実のところその赤い瘴気を観測していたと明らかになった。
 実質、フェアリーテイルを特定して感知していると言っても間違いではない。なぜならその瘴気さえ取り除いてしまえば、元の穏やかな守護神に戻るのだから。

「つまり、その消失した守護神というのは、私たちの知り得ないところで正気に戻ったと考えるのが妥当、というのが私の意見ね。そして」

 その日を境にして、同様の事例が相次いでいる。警察が何も関与していないと言うのに、フェアリーテイルと思しき反応が勝手に消えているのだ。
 それゆえ真凜は、一つの仮説を立てた。

「その最初の守護神というのは、あの瘴気を押しのける能力を持っている。貴方と同じで」
「……正解です」

 その後全部で五体の守護神が正体不明の消失をしている。その付近に捜査官が出動するよりも早く、である。

「その守護神が、治療して回っていたのよね、そういった子達を」
「はい」
「そしてその元フェアリーテイルは、守護神ジャックを行っていない。目撃例も衰弱死の事例も、該当守護神に関しては一件も無い」
「その通りです」

 ここまで言われてしまうと、もう言い逃れはできなさそうだなと知君は感じていた。

「つまり、フェアリーガーデンに住んでいる異端の者にも関わらず、守護神アクセスを行っているの。Phoneを用いてアクセスできないと言うのに」

 そしてその特質は、奇しくもデータが裏打ちしていた。その、消失した未確認フェアリーテイルが現れた近辺では、phoneが駆動した履歴は何一つなかった。それは、違法なphoneが起動した残滓すらも感じ取れなかったのだ。
 それゆえ、警視庁全体は守護神が勝手に治った、あるいは異世界に帰ったという風に考えていた。真凜もそう思い込もうとしたのだ。しかし、なぜだかそこに一抹の疑念を感じてしまった。王子 光葉に疑わしさを覚えてしまった。
 そして、もう一つの仮説。反応が無かったのは、あくまでphoneの駆動履歴。守護神アクセスが行われていなかった保証など無い。もし、その場で守護神アクセスが行われていたとしたら。王子 光葉が、そのアンノウンの守護神の契約者足り得る人間なのだとしたら。
 それゆえ彼女は、誰にも気づかれないように近日、王子 光葉についてできる限り情報を集めてみた。そして、たどり着いたのだ。数年前彼が、自分の守護神が何であるのかを校外学習の際に調べていた履歴を。

「彼の遺伝子を紐解く限り、その守護神はフェアリーガーデンに存在するという事が分かったわ」
「つまり」
「王子 光葉は、そのアンノウンの守護神の契約者だったという事よ」

 まだ根拠はあると、真凜は言う。その事に知君はほんの少し驚いた。彼にも予測できていないことがあるのかと、真凜は驚いた。

「その子、私たちが貴方のお見舞いに行った後に、病室に来た子でしょ?」
「そう言えば、そうですね」
「貴方は、私の時も兄さんの時も、的確な助言めいた事を言ってくれたわ」

 知君には、相手を的確に目指す自分へと導くための力がある。そう、彼女は確信していた。それは、とても稀有な才能で。

「貴方はおそらく、あの日王子さんの弟にも助言した。そして翌日、彼は自分の守護神と出会った」

 違うかしらと、得意げに小首を傾げる。もうお手上げだなと知君は感嘆の息を吐き出した。

「全部、大当たりです」

 予測が的中したとはいえ、真凜は喜びなど何一つ感じていなかった。やはりそうだったのねと、深い深いため息をたった一つ漏らして。

「どうしてこう、貴方達は向こう見ずで命知らずなの……」

 まだ高校生なのに、世の中の荒波にもまれてなんていないのに。命を賭ける必要も、責任を背負う必要もまるでない。それなのに、どうして知君も、面識のない少年も、自分を投げ捨てるように戦場に身を投じるのだろうか。
 そんな事しなくてもいいのに。君たちが不安や心配も無く暮らしてくれるだけで私は満足なのに。やるせない思いが、彼女の中に渦巻いた。

「やっぱり、僕は真凜さんにとって邪魔ですか?」

 いつも笑みを絶やさない知君、けれども、今この瞬間におけるその表情は、仮面のように張り付けた作りものだと察せられた。その裏に隠れている本心が、どうにも泣いているようにしか見えなくて。否定しなきゃ、そう思って口を開かれた途端に、足音が二人に近づいてきた。

「悪い、ちょっと遅れちまった」

 時計は、八時五分を指していた。息を荒げ、汗を額に浮かべている様子から、不意に現れた彼が、慌ててここまで走ってきたことが察せられた。
 この微妙なタイミングに現れて……。そんな風に真凜は苦い顔をした。これでは自分が弁明する間もなく悪者のままではないか。

「んー、知君が辛気臭ぇ顔してんな? 真凜、まーた虐めたのかよ」
「いやいや、そんな事ないですよ。夏休みの宿題が終わらないって嘆いてたんですよ」

 奏白が現れ、すぐに知君の仮面は剥がれた。剥がれた下から出てきたのは紛れも無い笑顔だった。
 兄さんと一緒だと、彼は落ち着いているのだな。自分が原因とはいえ、彼から明確に兄との差を見せつけられた彼女は、手を握りしめた。
 それも仕方ない、兄はちゃんと、彼の事を仲間だと認めているのだから。
 そこまで理解していながらも、真凜はまだ彼のことが受け入れられない。私は、君すら救ってあげられる人になりたい。それがどれだけ、傲慢な願いだとしても。
 五分遅れで、三人だけの会食が始まった。揃ってからは、仕事の事など何も考えることなく、最後まで平和に、楽しく、笑い合ってその会を終えることができた。

Re: 守護神アクセス【File6・開幕】 ( No.41 )
日時: 2018/04/18 00:55
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 苦い。そして辛くて、とても酸っぱい。
 敗北の苦汁を舐めて、尻尾を巻いて逃げ帰る辛酸を味わった。一度目は、同朋の人魚姫とその契約者を相手に。その時はまだ言い訳が効いた。自分は守護神ジャックすら行っていなかった。ほぼほぼ全ての能力を封印した状態であったのだ。
 二度目の敗北、一月前の悲劇。颯爽と現れたブラウンの髪の捜査官、彼とは能力を使える状態で真っ向からぶつかり合ってなお敗北してしまった。
 目を閉じ、あの時の事を思い浮かべる。思い返すだけでも奥歯を噛み締め、苦々しさが蘇るけれども、その事を忘れる訳にはならないと、瞼のスクリーンに映し続ける。臥薪嘗胆、これまで才と仲間と、ばあさまからのキビ団子だけで日本一に上り詰めた彼にとって、挫折らしい挫折を得たのは初めてに近かった。
 月下に翻る己の振る刀、それをいとも容易くその警官は避け続けた。敏捷性には自分も自信があったと言うのに、かすり傷一つ与えることすら能わなかった。目にも止まらぬ剣閃、そう思っていたのは自分だけだと現実を突き付けられたようで。音速で動くその男には全くついていけもしなかった。
 斬撃をかいくぐり、懐に入り込んだその男が叩き込んだ強い振動。その瞬間にようやく相手の能力に桃太郎も気が付いた。口の中に滲む血の味。朱の混じった唾液を吐き出せば、薄々勝ち目が無い事を悟ってしまった。
 能力である犬の化身、猿の化身などを呼び寄せても、それらも一瞬で倒れ伏してしまった。召喚と同時に、仕掛けるより早く蹂躙された。その男のあまりの力に、恐れと言うものを知らしめられた。
 自分の無力さに対する怒りを飲み込み、敗走することを決めた。しかし、その瞬間にも絶望は押し寄せていた。本当にこの男から儂は逃げることができるのかと、不安に駆られる。その瞬間だった、その男の目がしばたいたのは。何らかの影響が彼に出ているのは明らかだった。
 そこで再び剣を抜く選択肢もあっただろう。しかし、そうすることなどできなかった。気持ちの上でもう、彼はとっくに捜査官の男、つまりは奏白に敗北していたからだ。
 それを、その時でさえ自覚していた。だというにおめおめと引き下がったことは、日が経つにつれてより一層苦々しい。
 特に、この世界に降り立ってからも最初は順調だったのが大きかった。歴戦の捜査官らしき歩瀬という男も、苦戦こそしたものの葬ることができた。それなのに、人魚姫と出会ってからは失敗続きだ。
 あの男、名前を何というのだろうか。彼に敗北した挫折から、桃太郎は自分の契約者を探すことに決めた。自分の独力では限界がある、と。破壊衝動に呑まれているとはいえ、彼が冷静にそう考えることができたのは、そもそも彼が上位の守護神であることが起因している。桃太郎、それはおそらく日本と言う国で最も有名な昔話であろう。日本一の桃太郎、そんなフレーズはこの国に生まれていたら一度ぐらい聞いたことがあるだろう。
 だが、自分の契約者がどこにいるのかなど、考えたことも無かった。日本を発祥とする守護神だからと言って、その契約者が日本にいるとは限らない。現に人魚姫はアンデルセンの書いた物語が元になっているだろうに、その契約者は日本人である。
 契約者と出会う方法など本当にあるのだろうか。そう思っていた矢先である。一人の男が現れたのは。彼は自分がELEVENの契約者であると名乗った。そして、目の前で守護神アクセスを行った。
 シンデレラから、琴割という男以外は守護神アクセスに許可が必要である旨を聞いていたと言うに、目の前の男はその常識を破った。どうして彼がそんなことを行えるのか、その理由など分からない。しかし重要なことは何より、その男がELEVENと呼ばれる、異世界を統べる王を呼び寄せたという事である。
 呼び寄せた守護神は、自分の住むフェアリーガーデンを取りまとめる者であるのだとか。つまりは自分の世界の王、その名前なら桃太郎自身も知っていた。

「シェヘラザード……」

 元となっているのは、かつて千夜一夜物語を紡いだと言われる物語を紡いだ者。ある暴君が、夜伽をした後にその者を殺すという残虐な性癖を持っていたに関わらず、彼の好奇心を惹くために毎晩毎晩物語を紡いで、続きは明日の夜にと告げて延命した女性。
 シンドバッドにアラジン、著名な物語の生みの親。それこそがシェヘラザード。そしてその能力は、自分が紡いだ物語を現実に返る能力。琴割 月光には拒絶されてしまうため、全員に効果があるという訳では無いのだが、それでも桃太郎を主役に彼女が物語を描けば、それは現実になることだろう。
 そして彼は、以下のような物語を織り成したのだ。

「君は近いうちに、契約者に出会うだろう。そして、かつて君を貶めた人魚姫に復讐するであろう」

 人魚姫は当然ELEVENではない。その能力による影響を彼女には曲げることなどできはしない。それゆえ、もうリベンジなど成したも同然であった。何だか自分の力で行ったような実感など無くて、少し味気ない。その分二度目の敗北は自力で払拭すればいいと彼は告げる。
 そうして彼は立ち去った。どうして彼が自分を気にかけているのかなど、理解出来はしなかった。首領は、黒幕は、シンデレラではないのか。
 そんな疑問が桃太郎の中に現れては、立ち消える。それもそのはず、赤い瘴気が脳裏で荒れ狂っているからだ。流石にずっと理性を保っている訳にはいかんか。目が紅蓮に染まる。身の内に秘める暴威を振るう事しか考えられなくなる。
 抑えろと彼は自分に言い聞かせた。まだその時ではない。鬼ヶ島に攻め入るときもそうだ、仲間を揃えることが重要だった。準備を怠らないことが大切だった。だからまずは、共に戦う相棒が必要だ。
 落ち着け、落ち着け。満月を眺めながらこの衝動を何とか飼いならす。そう言えば、初めて自分がこの症状にかかった時も、夜空に浮かぶ満月を浮かべていたなと、ふと思い返した。
 そして桃太郎が、紡がれた通りにストーリーを歩んだのは、翌日の昼間の事であった。
 ふらふらと、誘われるがままに路地裏を、屋根の上を、人目につかぬ道を進む。そうして、見つけた。雑踏の中にいると言うに、一人だけ輝いているように見えた。色とりどりの人混みが、灰色のように見えた。その中で一人だけ、白いシャツに短いパンツを履いた、褐色肌の女性だけが異彩を放って見えた。



 食事会の最中、真凜はカクテルの中に、つい先刻聞いた名前を見つけた。クーニャン。頼んだ記憶は無く、そもそも名前を目にするのも初めてのように思えた。カクテル、というからには甘いお酒であるのだろう。自分が好んで飲むのは焼酎や赤ワインと言った、あまり甘みを感じない種類を好んでいた。
 クーニャン、か。中国からの留学生だと名乗った、スリを働こうとした彼女。そのことを思い返し、何となく関心が向いた。別にそのカクテルを飲んだからと言って、あの娘のことを知ることができる訳でもないというのに、真凜は次に頼むドリンクはそれにしようか思案する。
 これは一体、どう言ったお酒であるのだろうか。知らないが故に、注文してみることに決めた。注文を受けて、すぐさま従業員はドリンカーの方へと向かっていった。

「珍しいな。いつもウイスキーをロックで飲んだりしてるのに」
「ちょっと気になってね」
「え。真凜さんお酒強い人なんですね……」

 知君が半分呆れるように驚いていることなど気にもせず、真凜は奏白にクーニャンとはどんなお酒なのか尋ねてみることにした。俺は結構好きだけどなと、甘党の彼は前置いて。

「この店、店主が北海道出身らしいんだよ。でもって北海道では基本的にクーニャンって呼ばれてる、ってだけらしくてな」
「へえ。北海道では、ってことは別の呼び方があるの?」
「ああ、別の地方だとレゲエパンチとかいうらしい」

 中々凄い名前をしていますねと、知君も興味が惹かれたらしい。流石にお酒のことは興味がないのか、知君も自分の未知の知識に興味津々のようである。ちょっと気をよくした奏白だったが、彼に話せそうな薀蓄はこれ以上は無かった。
 じゃあ一般的な名前では一体何と言うのか、真凜は尋ねども、それより先に頼んだドリンクがグラスで現れる。大きな氷がいくつも浮くコップの中には、褐色の液体が入っていた。ウーロン茶がベースになっているカクテルの一つだろうかと推測する。そのカクテルは、予想通り果物の甘い匂いを放っていた。
 クーニャンと読む中国語がある。『姑娘』と書き、未婚の若い女性を指す言葉だ。真凜達が知る由も無いが、中国のとある名無しの傭兵が、コードネームにこの名を持つと言う。
 この芳しい、清涼感ある甘い香りは、一体何の果物だっただろうかと、一口啜る。絶対に食べ慣れている、馴染みある果物のはずだと。
 瑞々しい爽やかな、主張しすぎない甘みが、口中に広がった。その味にようやく、何のフルーツを用いているのか理解できた。

「これな、一番メジャーな呼び名はそのまんま、ピーチウーロンってんだよ」

 クーニャンと称されるカクテル、それは褐色のウーロン茶と『桃』のお酒とでできていた。

Re: 守護神アクセス ( No.42 )
日時: 2018/04/19 08:17
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 彼女と出会ってようやく、一月が経とうとしていた。初めはその隣に立つだけでも何だかぎこちなく感じて、照れくさくて仕方がなかった。長い事絶望の淵に追いやられていた自分が、ようやく報われたような気がして。それ以来彼にとって彼女は、セイラは女神のように思えてならなかった。
 警察に見つからないようにとびくびくしながら、人知れずフェアリーテイルを五件ほど救ってきた彼ら。セイラはある程度フェアリーテイルの中でも強力な守護神とそうでない者の判別がつくようで、今の自分たちでも勝てそうな守護神のみを選別して王子の鍛錬としてあてがっていた。実際、練習やセイラが能力を説明してのイメージトレーニングだけでなく、実戦を重ねるごとに王子はメキメキとその力を身に着けているようであった。
 ただ、それでもまだ桃太郎や赤ずきんといった凶悪な相手と立ち向かうには実力不足に感じていた。これまで自分には戦う力など無いと思い込んでいた彼にとって、今の力はあまりに危険すぎる。勝ち目も無い負け戦でも無謀に突き進みかねない。だからこそセイラは、手綱を握るように王子を制御しようとしていた。
 その身に余る正義感は近いうちに身を滅ぼす。それは絶対だ。折角見つけた大切な人を、彼女としても失いたくなかった。けれども彼はきっと、赤ずきんのせいで困っている人が西にいるなら、迷わず飛び込んでいくだろう。
 だからまだ、伝えられない。分には相応と不相応がある。将来的にもっと多くの人を救うためだと、セイラは例え今後、王子から疎まれることになったとしても、大きすぎる相手にはだんまりを決め込むことにした。彼に力を与えられる守護神は自分しかいない。だから彼は、どれだけ自分が疎ましくても彼女を求めざるを得ないとはセイラも知っていた。
 だから、これがどれだけ卑怯な選択肢だとしても、彼女にとってはそれが最善の答えだった。嫌われても構わない。彼から嫌われるのが自分にとってどれだけ辛い事であったとしても、失い、二度と会えなくなってしまうよりかはずっといい。
 彼にとって自分は、たまたま出会うことができた守護神であって、自分である必要はきっと無かっただろう。しかし自分にとっては、光葉こそが紛れもなく自分を闇の底から救い出し、光溢れる世界へと導いてくれた王子様なのだから。勝手に自分で思い込んで、その価値をセイラは過小評価する。彼にとっても、彼女の代わりなどいないと言うのに。
 そんな二人は今、一人のフェアリーテイルと向き合っていた。今回も中々手強そうな相手だなと、王子は息を呑む。実際のところ、今の王子であれば問題無いであろうとセイラが見通した相手ではあるのだが、伝えてしまっては油断するだろう。慢心は避けるべきである。それゆえセイラも、強敵ですよと王子に伝えた。ただ、強敵であると言うその言葉に嘘偽りなど無かった。
 目の前では深緑色の植物の茎が、意志を持っているかのように蠢いていた。ただの茎ではなく、屈強な棘の付いた、触れれば怪我でもしてしまいそうな、茨の棘。鞭みたいだなと、王子は身震いを一つ。固い岩肌さえ悠々と抉るその鋼鉄のような棘、直撃すればきっとただでは済まないだろうなと王子は警戒を強めた。

「気を付けてください、王子くん」

 相手も容赦が無いであろうことを悟り、すぐさまセイラはパートナーに注意を促した。分かっているさと王子は頷く。傍目には王子が何もない空間に大きな独り言を言っているようにしか聞こえないだろう。しかし人魚姫は完全に姿を消したわけでは無く、契約者たる彼以外の目には見えなくなっているだけだった。
 眠り姫、またの名を眠れる森の美女と呼ぶ物語のヒロインである。それ以外にも茨姫と言うだけはあるなと、その植物の鞭。軽快に蠢くその様子は、むしろ蛇によく似ていた。大地を這うように迫る茨の茎、眼前まで接したその鋭い一振りにも臆せず、王子は近場の窓ガラスの中へと逃げ込んだ。空ぶったことを確認した後、また現れる。初めて桃太郎と交戦した空間は、裏路地なので人通りも無く、咄嗟に逃げ込むための窓ガラスも豊富であり、水の供給まで行き届いているため、セイラ達が戦うに際しては打ってつけの空間だった。
 いつもいつもその場に、標的であるフェアリーテイルを誘き寄せるのは不可能であるため、似たようなポイントはいくつか調べてある。人目、特に捜査官の目に触れずに事を済ませねばならないため、こういった場所を予め調べておくのは必須だった。捜査官に見られてしまうと、人魚姫も隔離されてしまう危険性がある。そうなれば、もう王子と共に戦うことも難しくなるだろうとの、セイラからの提案だった。
 実際、初めて出会った頃は不意にフェアリーテイルの反応が消失したことなど初めてであったため、警察も注目していたようだが、その後勝手にその反応が消失する事件が五件ほど相次いだため、警察側も「そういうこともある」と割り切ったのか、兄太陽も話題に出さなくなった。
 そもそも、首領であるシンデレラからして、夜十二時になればどこかへ帰るように消えてしまうため、感知の消失反応自体は珍しい事では無かったとも言える。日中、中途半端な時間帯に消えることが初めてであっただけで。
 そして、その相次いだ五件の出来事というのが、王子とセイラとがその能力により正気に戻してやった守護神達であった。
 一応、それらと戦い、癒しの歌の能力で赤い瘴気を取り去ってやるのは、いつも場所を変えるようにはしていた。ワンパターンな行動をとっていれば、いつか捜査官に見つかってしまうように思えたからだ。
 確かにどれだけ注意していてもいつかは見つかってしまうだろうが、だからと言って何も気を配らないほど王子も愚かでは無かった。何せ彼にとって、ようやく望んだ通りの自分になれたのだから。その上、最悪の場合セイラとの仲を引き裂かれるとあらば、慎重になるのも当然と言えた。
 軽く躱した王子だったが、矢継ぎ早に降り注ぐ茨の鞭。飛び、避け、鏡面へ潜り込み、叩き割られる前にまた飛び出す。大繩を飛ぶように跳んで避け、着地狩りを目論んだ足元の一本を確認した。させるものかと、そこらに張り巡らされた水道管を掴んだ。こうしていると、桃太郎を思い出すなと一月前の出来事を思い返す。真下で空ぶった茨を見届け、眠り姫の本体が見れないかどうかを確認した。あまりに鬱蒼と生い茂った棘だらけの樹海、その鎧に覆われた彼女の身体は一向に見えそうにない。
 人目を憚るためか、彼女がここに現れた時には大げさな茨の森など背負ってはいなかった。水色のショートカットの髪に、見慣れた赤い瞳。部屋着のようなデザインが簡素なピンクのワンピースのみを身に着けていた。
 睡魔と戦いながら、寝ぼけた半開きの目を擦った彼女は、頭痛に苛まれながらやって来た。というのも王子たちが誘き寄せたようなもので、浄化の歌声を周囲一帯に響かせたのが理由だった。浄化の歌声は、発している人魚姫本人あるいは契約者の王子、瘴気に囚われた一部の守護神にしか聞こえない。それゆえ、的確にフェアリーテイルだけに呼びかけられる。
 その赤い瘴気はと言うと、浄化する際に一際強い苦痛を与えるようである。それゆえ初めて会った時の桃太郎同様に、その歌声を聞き届けた者はその苦痛から逃れるべく引き寄せられる。光に集まる虫のように、ふらりふらりと引き寄せられる。
 救おうとしているのに憎悪と怒りを向けられる。その温度差には今も慣れない。救いたいと願っているのに認めてもらえない。その敵意の目が、どうにも苦しくて堪らなかった。
このままでは埒が明かないので、まずはあの茨の砦を攻略することから始めることに決めた。攻撃に用いる能力は水を操る能力しかない。なぜか水が止められていない消火栓を思い切り捻った。滝のように勢いよく、カルキ混じりの水道水が噴き出した。
 それをそのまま意のままに操る。父親の持つウンディーネの能力によく似ていた。別に遺伝するようなことでは無いだろうから、単なる偶然であろう。現にあちらの能力とは使役できる水の範囲が大きく異なる。向こうは常温の範囲内であれば固体液体気体の条件を問わない。しかし、人魚姫による能力は何度であろうと液体の水を操ることしかできない。
 だが、人魚姫の方がというべきだろうか、父の洋介よりも光葉の方がというべきだろうか、よほど繊細に水流を操ることができた。ウンディーネによる能力では、いわばただただ水流を自由に動かしているようなもので、洪水をただただ相手に叩きつけているだけだ。おそらくは父さんの性格のせいだろうけどなと、王子は苦笑する。あの人は繊細なことはあまり考えない。豪放磊落、そう呼ぶべきだ。
 縦横無尽に降りかかる棘だらけの鞭、打たれるごとに地面が抉れ、粗いやすりで擦ったようにズタズタになる。それらの隙間を縫うように、細い水流を走らせる。そしてその触腕のような茎を根元から引き裂く。細く鋭く、高速に走らせた水、それは日本刀をも超えるような切れ味を誇る。ウォーターカッター、数十年前から用いられている、ダイヤモンドをも加工するほどの力を有している道具。
 一番外側の外周を暴れていた太い薔薇の腕が地に伏した。流石に本体と切り離されると動かすことはできないのかと王子は確認した。苦悶の金切り声が上がるようなことも無い。そりゃ、流石にこの茎と神経が通っている訳でも無いようだなと、斬り落としてから安心した。
 だが、元の規模がかなり大きなものなので、これは骨が折れそうだと覚悟する。再生の気配はない。となれば、慌てすぎる必要は無い。着実に被弾を避けて順々に進めればよい。
 気を付けるべきは、この鞭のようにしなる棘だらけの触腕の乱舞のみ。そう侮ってしまった。フェアリーテイルというのはどれも、多様な能力を有していると言うのに。眠り姫、そのタイトルの意味を意識の外へと追いやってしまっていた。何も彼女は自分から好きで眠りこけている訳では無い。悪い魔女の呪いを受けた故にずっと眠り続けていただけだ。
 そしてその呪いと言うものは、糸車の針に指を刺されてしまったことでその身に牙を向いた。多数の線が織り成すようにして視界を塞いでいる樹海のような眠り姫を囲う防壁。その波打つ茨の壁の隙間が丁度重なり合い、その中心にいる、半開きの目をした眠り姫の真紅の瞳と、王子の視線とが交錯した。
 不味いというよりも、好機だと得心したのがいけなかった。そこを足掛かりに一気に仕掛けようとする。

「待ってください王子くん!」

 そんな、セイラの声も聞こえていなくて。
 一本の光陰が走った。大げさな茎の壁にだけ目を奪われて、その小さな針になんて焦点が合っていなかった。ゆらゆら揺れて、複数の手がお互いに王子を揺さぶるように退路を、進路を塞ぎながら襲い来る中で、それに気が付けという方が困難だったとも言える。気が付けば、首元に鋭い痛みが走った。不意打ちの痛みに彼は顔を歪ませる。何事か。手で触れてみるに一本の細い針。しかし何よりも不味かったのは、直後に針が突き刺した痛みなど遠のいたことだった。
 視界が透明になっていく。目の前の路地裏の錆の色と、茨の鞭の深緑色が遠のいていく。全ての景色が滲んで霞む。段々、周囲の音すらも足早に去っていくようで。自分がたった一人の世界に押しやられてしまったようだ。意識も段々と暗がりに沈んでいき、何も考えられなくなりそうになるその一瞬前、彼女の声だけが彼の耳に鮮烈に響いた。

「王子くん! 歌ってください!」

 セイラの声。混濁の中に意識が沈みそうになるその前、深い海の底に沈む彼を水面へと引き上げるように、脳裏に彼女の顔が浮かんだ。そうだ、こんなところで寝てはいられない。その指示に従って、ちょっとでも歌声をあげられるように、肺から空気を吐き出した。
 聞いたものを回復させるための歌声。その対象を指定することもできる。王子の身体をデトックスするための癒しの聖歌が錆び付いた空間を包み込んだ。百年の眠りに人を引きずりこむ呪いも、あっと言う間に無力化してしまう。すっきりと目が覚めた王子は、咄嗟に指示をくれたセイラに頭を下げた。

「ごめん! ちょっと油断してた」


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