複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス ( No.18 )
日時: 2018/02/23 11:49
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: EnyMsQhk)

 そしてそれが、私たちと彼女との戦争の始まりを告げる雷管の号砲のようであった。

「さて、シンとする時間はもう要らん」

 先ほどと同様に静まり返られては堪らない。そう思った琴割は予め切り出した。これからここに集められた者にはこのような守護神の対処に当たってもらうと。

「お前らが自信あるかどうかは知らん。けどな、こいつら何とかせなあかんいうことは事実じゃ。儂への当てつけか知らんけど、海外の連中が手伝ってくれる兆しはない。何せまだ日本でしか被害出とらんからなあ」

 そのため、せめて国内の優秀な戦士を集めることにしたと彼は言う。自衛隊は、守護神の関与しない重火器による自衛を主とし、警視庁は代わりに守護神による治安統治を行っている。そのため、人知を超えた守護神を相手どるにはこうやって警察、その中でも捜査官が呼び集められた。

「さて……自信無いやつはおるんか?」

 底意地悪く彼は問う。逃げるなら今の内だと追い立てているようだった。しかし、そこで自分が怖気づいたと言い出すには、彼らのプライドが邪魔をする。それに、表立って琴割 月光に逆らえる者がいないというのもある。
 私には、辞退する理由なんてさらさらない。だから、怖気づく他の警官を差し置いて生意気にも答えた。

「私は、喜んで任に就かせていただきます」

 多くの捜査官の目が私の方へと集まった。ある者は驚き、ある者は呆れて、そしてまたある者は私の言葉を無謀だと笑ったようだった。

「こん中やと最年少の奏白 真凜やな。ええ返事するやんけ」

 嬉しそうな声こそしているが、その表情からは一切の感情が読み取れなかった。ふと気を許しただけで騙されてしまいそうで、無害そうな顔の裏に潜む蛇のような冷酷さが感じ取れて、体の芯が冷たくなる。一体この人は、百年を越える生の中でどれだけのものを見てきたのだろうか。彼の生きた歳月、その四分の一も生きていないこの私にはちっともわからない。

「さて、若いのが一番活きがええけど、お前ら男どもに年食った女どもは情けなくないんか?」

 初めから針の穴のように細かった退路が、さらに狭まる。もう引き際なんて残っていないと言った方が正しかった。下手に私があんなことを口走ったからだろう。しかし、そんなこと当時の私にとって知ったことではなかった。先輩たちの威厳なんて、面子なんて考えたことも無かった。
 その時の私にとって大切だったのは何よりも自分自身のことだった。尊敬する兄に認められたい。その一心で私は、前に踏み出すことしか知らなかった。後に私はこの時の態度を後悔する出来事は何度か起きた。
 それもこれも、きっとあの少年のせいだ。そんな風に思うことも、この時の私はまだ知らない。

「そんなお前らのために、一人儂の秘蔵のガキを紹介したる」

 こっち出てこい。琴割にそう呼ばれて現れたのは、捜査官と呼ぶにはあまりに若すぎる少年だった。都内にある、文化祭が毎年派手だと有名な高校の制服を着ている。手を合わせて指を動かしながら緊張している様子は、年端もいかない男の子らしく、頼りない。ぴょこんと頭の上から飛び出たアホ毛のようなものが、その弱弱しい態度さながらに垂れている。一般的な男子高校生よりもおどおどしている点以外は、どこにでもいそうな子供という印象だった。

「ち、知君 泰良……です。ふつちゅか……すみまっ、不束者ですがよろしくお願、いします」

 彼の自己紹介が進み、高校二年生と分かったその時、阿鼻叫喚が会議室中にこだましたことは、もう思い出したくもない。


 もう思い出したくもない。そういう私の想いに応えるようにして、夢から覚める。Phoneから鳴る電子音が朝の七時を告げている。ここはどこだ。見慣れぬ部屋の景色に当惑するも、すぐにそこが警視庁内の療養室だと思い出す。昨日、アリスの検挙を終えた後に、疲れただろうからと私と兄さん、そして知君くんは安静にしておくよう言い渡された。正直なところ私はハートのジャックのおかげで回復していたし、兄さんもとっくに元気になっていた。
 しかし知君くんは怪我こそないものの昏倒しており、すぐさま近くにある民間の病院へと搬送された。ただの栄養失調であり、点滴で済むとのことだったが、諸般の事情によりその病院にしか収容できないとのことだった。琴割総監とそこの院長が旧知の仲だから、そう言われたのだがどうしてただの点滴を打つだけなのにその病院を選ばなくてはならないのか、私にはその理由が分からなかった。
 そんなことよりも、私にはもっと目障りでならないことがあった。それは私達がわざわざ自宅でなく療養室に泊まらなくてはならなかった元凶である。テレビをつけたそこには、自分と兄の姿が映っていた。昨日のアリス討伐、その功績のせいで昨日安静にしていながら取材を受けさせられる羽目になった。おそらく今にして思うと、安静を言い渡し家へ帰らせなかった原因は私達兄弟に取材を大人しく受けさせる目的があったのだろう。
 今更になってようやくのフェアリーテイル解決の兆し。失いつつある警察への信頼を取り戻すため、私達第7班を英雄のように祭り上げようと言う魂胆だ。そんな目的はあけすけで、前線を退き肥えた役員たちが私たちの顔色を窺い、しかし紛れもなく私たちにイメージ向上を狙った仕事をさせようと指導した。
 疲れているせいで抵抗する気力も起きず、強引だったのは役員だけでなく取材に来た人たちもだったので仕方なく応じた。それにしても、こんな風にタレント気取りな様子で取り上げられるつもりは無かったというのに。私は、深い深いため息をつく。

「こんなの、全然私の実力じゃない」

 あの場に居たのが初めから知君くんだったら、彼はきっと窮地に立つどころか苦戦すらしなかったであろう。私たちが全く手も足も出なかったトランプのジャック、その内の二体をいとも容易く飼いならし、アリスを止めて見せた。それも、無理やり拘束すると言うよりも元凶となる謎の瘴気を取り除いて、だ。
 固く握りしめた拳を壁に叩きつける。非力な私の力では、大げさな音は響かない。ただ、じんじんとしびれるような痛みだけが拳に走って。でもそれがどうでもよく感じられるくらいに私が舐めた苦渋は、耐えがたい痛みをもたらしていた。
 失礼しますと言って、同期の婦警が一人部屋の中に入ってきた。夜勤明けなのか眠たそうにしている。彼女とは会ったことがなかったが、あちらは私の事を知っているようであった。しなくてもいいくらいにこちらに気を配り、同い年だと言うのに敬語で接する。もっと普通に接してくれはしないものだろうかと思うが、それはきっとできない。
 世間的に、ただの高校生が警察に力を貸していることは伏せられている。税金を貰って働いている我々が一介の市民を協力させていると知られれば糾弾は免れない。厳しい報道規制がかかっているため、三人目の班員の存在は公表できないことになっている。
 そのせいで、私たちがアリスを検挙するのに最も尽力した者として取り上げられているのである。こんな、貰い物の栄光など欲しくも無かった。取材が終わった後に兄は、やはり知君は強いなと笑っていた。自分の事のように、誇らしく。どうしてそれが向けられるのが、ずっとその背を追ってきた私でなく、ふと現れた少年だと言うのか。理由は分かっている、私はただひたすらに、無力だった。
 アリスの検挙に貢献するどころか、兄の足を引っ張ったその側面が強い。何度不甲斐ない局面で兄さんに助けられたことだろうか。驕っていた自分の未熟さに臍を噛む。私は、平和を守る捜査官だから、悪に屈してはいけないのに。
 守るべきだと思っていた少年。ただの足手まといだと思っていた彼。そんな人に逆に守られ、救われ、助けられた自分が惨めで仕方なかった。確かに知君くんは琴割の秘蔵っ子なのかもしれない。それでも彼はまだ遊び盛りの高校生で、何不自由無い平和を謳歌するべきで、我々大人が護ってあげなくてはならないはずだ。訓練だってろくに受けていない華奢なその体に、私たちの期待だなんて重たいものを載せる訳にはいかない。
 しっかりしなくてはと、私は自分の頬を叩いた。まだ眠いのだろうかとこちらの様子を訝しんだ同僚は、首を傾げながらも私に渡すべき資料を差し出した。初めに目を引いたのは、オレンジの付箋で印をつけられた、アリスの処遇が決定したというものだった。
 私が報告したアリスと知君との交戦時の情報からして、アリスは正体不明の赤い瘴気の影響で凶暴化していたと判断された。その赤い瘴気は未だ正体の知れぬ不思議な何かでしかないが、それを知君が全て除去した以上、アリスはこれ以上危険なことなど無いと判断された。アリスが気を失ったことで、守護神ジャックも強制的に終了したようである。アリスを自宅へ招いた男も、ガラスの修理代を受け取り、無事に今は家にいるとのことだった。
 そして今、大事をとってアリスは琴割が懇意にしている異世界研究者が管理している研究施設で暮らすことになったらしい。現状守護神ジャックもアクセスもできないため、アリスはか弱い女の子に過ぎない。そのため、言ってしまえば軟禁状態になるのだが研究施設の中に閉じ込めている間は安全という訳だ。フェアリーガーデンには例の月の瘴気がまだ残っている可能性が非常に高いため、帰らせるわけにもいかない。向こうにいる間に瘴気に憑りつかれたというのだから、帰ることができないという判断はふさわしいものだった。

「お兄さんはアリスの麻酔薬の影響で、もう少し回復を待ってから戦線復帰するそうです」

 そう言えば、昨日も気を抜くと転びそうになると言っていた。医師の判断によると三日もすれば復帰できるとのことだ。最悪でも、アリスから話を聞きだすことができる以上、今後ずっと快復しないというようなことにはならないだろう。
 知君くんはまだ意識が戻っていないようだと言う。一時は低めだった血糖値も今では正常に戻ったらしく一安心する。当然、仲間の無事を喜ぶ安堵ではない。安堵には変わりなかろうが、これは一市民である知君くんが私たちの責任で払拭できぬ傷を負うことが無かったと言うものだ。私はたとえ、彼が自分以上の実力者だとしても、自分以上の功績を残したとしても、きっと彼を仲間だなどと認めない。もし私が彼のことを仲間として認める日が来るとすればそれは、数年後に彼が本当に捜査官になったその日だ。
 なぜなら、仲間だと認めてしまえば縋ってしまいそうになる。頼ってしまいそうになる。私は、己の精神の弱さを知っている。余計なプライドが心を固まらせ、折れやすくなっている。気丈に振る舞うのは弱さの証だと、私は身をもって知っている。
 自分で言うのも傲慢だが、私は自分が優秀なことを知っている。それこそ、生まれつきだ。枕元に置いてある、黒色のphoneを手に取る。まだ手にしてから三か月程度なのに、もう表面が擦れてきているような気がする。彼女のおかげで、私は生まれながらにして恵まれた。
 メルリヌス、アクセスナンバーは224。端的に言うと、地上の人間の中で125番目に強い能力を持つ守護神が私の背中を押してくれる。それだけでも恵まれていたが、さらに優秀な兄に恵まれた。兄さんは私にとってずっと、憧れでもあり目標でもあり、お手本だった。
 その後を追うようにして私は今ここにいる。少しだけ警察を志した理由こそ私たちは違うけれども、その胸の内の正義感は揺るぎなく同じものだった。兄はたまたま戦闘能力に恵まれたからそれを活かそうとして、私は私の思う大切な日常を守るためにこの道を選んだ。
 きっと、私にしか助けられない人々がいて、私にしか討てない悪党がいる。そう考えると、私自身が平和を享受する側に回る訳にはいかなくなった。才能に恵まれた者は、他者のために力を使うべきだ。資本主義とはかけ離れているなと、クールに思われがちな自分に似合わない理想が恥ずかしい。けれども、本心を隠して欺き続けるのはきっと、もっと恥ずべきことだ。
 私は、私にできることをやらないとな。
 一度顔を洗おうとした、その時だった。警報が、署内に鳴り響く。

「緊急事態です。署内に待機している捜査官は至急、ロビーに出撃可能な状態で集まってください」

 アナウンスが鳴り響く。私は最近のフェアリーテイル騒動で、あることを忘れていた。フェアリーテイルは言ってみれば天災だ。そのため私は人災のことが頭からすっぽりと抜け落ちていたのである。
 そして鳴り響いた警報、その原因とはメルリヌスに優るとも劣らない守護神、アレクサンダーとその契約者によって引き起こされたテロであった。

Re: 守護神アクセス ( No.19 )
日時: 2018/03/06 23:31
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 朝七時過ぎ、多くの捜査官はまだ出勤しておらず、夜勤明けの疲弊しきった者のみが残るばかりだろう。自分が最も万全の状態。すぐさま私は寝ている間にクリーニングを依頼した制服を受け取り、袖を通す。
 後はphoneを手に取って、一度ロッカーの方へと立ち寄る。私専用の、学校の掃除用具入れのようなロッカーにはいつものスノーボードが収納されていた。取り出し、脇に抱えて一階へと駆け付ける。そこに居たのは、案の定明らかに少人数の捜査官しかそこには駆け付けていない。私を含めて十名程度、その内フェアリーテイル対策課は、三名だった。
 冴山警部、私が日頃部下としてついているその警部は、松葉杖を突きながら状況の説明を行っていた。私がフェアリーテイル対策課に行って後、人間の起こす犯罪は彼女を筆頭として少ない人員で対応していた。確かにフェアリーテイルは一体一体が非常に強力だが、通常の犯罪と件数と比べると、数自体は非常に少ない。しかし割かれた人員は決して少なくはなく、残された捜査官たちも、彼らなりに厳しい現実と対面していた。
 幸い、今この瞬間はどこにも暴走した守護神は現れていない。それならば自分が出ることもできると気合を入れた。人間相手の交戦は久しぶりだが、昨日戦ったアリスと比べたら随分とましだろう。

「奏白か、いいところに来てくれた。出れるか?」
「はい、喜んで」

 冴山さんが私のことを真っ先に頼ってくれたのが心地よく、寝て体力も回復した私ははきはきと答えた。ありがたいと短く応じて、冴山さんがもう一度、遅れてきた全員に呼びかけるようにして今判明している情報を伝えてくれる。

「今回検挙すべき対象が契約している守護神はアレクサンダー、この場にいる誰よりも強力な守護神だ」

 またの名をアレクサンドロス大王、ローマ王国の支配力を最大限世界に知らしめた、言うなれば最強の王、その一角。ローマ、王、二つの言葉に私は昨日の知君くん、そしてネロルキウスのことを思い出した。あの時彼は自分の守護神のことを王と呼んでいたはずだ。古代ローマの皇帝、ネロルキウスその性格は残虐で、暴君と呼ぶに相応しいものだったと言う。
 確かに、あの荒々しい様子は暴君と呼ぶにふさわしいなと、私は守護神アクセス後の知君くんの様子を思い起こした。彼も本来、ローマを治める統治者の一人、基本的に王や神といった者の中でも有名なものはナンバーが上位の守護神となりやすい。知君くんの守護神は、果たしてメルリヌスと比べるとどうなのだろうか。
 それよりも、今冴山さんは聞き捨てならないことを述べていた。アレクサンダーのアクセスナンバーは、ここにいる誰よりも上だと。この、私よりもかと少々強張る。今まで自分よりも序列の高い守護神と出会ったことは無いと言っても等しい。当然、ELEVENである琴割を除いてである。それ以外では本当に、見たことが無い。

「アレクサンダーのアクセスナンバーは200、そこにいる真凜のメルリヌスより序列は上よ。といってもそこまでナンバーが小さくなるとそこまで変わらないでしょうけどね」

 それでも、気分がよくは無かった。自分よりさらに優れた能力を持つ者には、普段感じることのない負の感情が入り込む。嫉妬、というやつだった。この一か月、兄が知君くんばかり評価しているために嫉妬には慣れっこだったが、明確な『敵』に対する嫉妬は新鮮であった。200、自分と比べて20と少し異界が高い相手。今冴山さんが言っていた通り、この程度は誤差だ。器となる本人の実力次第で結果が変わると言っても過言ではないだろう。
 だとしたら、勝ってみせる。ずっと期待に応えるために、信頼を得るために努力したこの私が、テロリストに屈する訳にはいかなかった。多くの捜査官がフェアリーテイルとの戦いの中で疲弊している以上、昨日の夕刻から休ませてもらった自分が行かなくて誰が行くと言うのだろうか。
 それに私は、日本の警察に所属する捜査官、その中で最も強力な守護神を持っている。私が敗れると言うのはそれだけこの組織にとって今や重たい意味を持っている。若輩者だからという言い訳は確かに立つ。けれども私はそんな言い訳をしたくは無かった。

「第三新宿駅近郊で現在暴れているわ。出れる?」

 首肯して、phoneを構える。メルリヌスとリンクするために必要なアプリケーションを起動する。224、もう打ち慣れた三つの番号、即座にそれを入力する。

「守護神アクセス」

 青色のオーラが迸り、私の体を包み込む。借り受けた魔力が体の中に満ち満ちて、大いなる魔女が私の背中に。

「来て、メルリヌス」

 ふわりと空中にスノーボードを置く。後から増援は向かわせるから、近辺の人間の救助と犯人の足止めを頼むと託される。首肯で答えて私は、既に開かれたロビーの玄関から飛び立った。雪山を滑り降りるよりもずっと早く、私を乗せたボードは都会の上空を矢のように走る。
 目的地までどの程度時間がかかるかは分からない。しかし、一分一秒でも早く駆け付けなくてはならない。尊い犠牲が出てしまう前に。


 結論から言えば、死亡者は出なかった。しかし怪我人は何百人という規模で出てきた。というのもテロ騒ぎを引き起こした男の破壊活動は、ほぼ全て第三新宿駅とその近辺の破壊に当てられていたからだ。新宿駅には沢山の騎兵がひしめいていた。数千、数万の黄土色の粘土でできた馬のようなものと、それに跨る人の形をしたもの。シルエットは髪や鬣の細部まで完璧に模倣され、風にもなびくほどなのだが、色彩はただ一色を除いて欠いていた。
 アレクサンダーの能力、そう判断するのは容易いことであった。同じ形をした兵がいくつもいくとも立ち並ぶ。昨日と言い今日と言い、同じような者が暴れているなとため息をついた。特に、昨日で苦い経験を味わってしまった。今度の兵隊はアリスのトランプ兵の数十倍存在する。
勝てるのだろうか。弱気な発想に陥るも、すぐさまそれを打ち消した。アリスはきっと、特別だった。私と兄さん、二人でかかっても勝てなかったが、流石に数字が20と少々違う程度の守護神ならば、勝てるはずだ。相手次第では、自分一人でも勝てるはずだと自分に言い聞かせる。
 しかしこの時、私は気づいていない。それはつまり、フェアリーテイル相手なら、自分は勝てないと認めてしまったようなものだということを。
 そんな事に気づかずに私は、今まさに高架の上に走る線路そのものを破壊しようとする、契約者本人を発見した。本体を見つけるのは至って簡単であった。ただ一色の絵の具をまき散らしたような軍勢の中、一人だけ、一際強い燃えるような赤のオーラを纏っていた。大げさな槍を軽々操る。その槍には、猛々しくも黄金に輝く雷光が瞬いていた。
 アレクサンダーだからって、ダジャレじゃあるまいし。ただでさえ厄介な大軍勢に加え、将単騎でも充分に強力そうで、私は警戒を強める。だが今は、交通機関の麻痺を何より防がなければならない。
 不意打ちで攻撃、したところでおそらく間に合わない。きっと兄ならば間に合ったであろう、背後からの一撃で終わったかもしれないだろう、そう思うと悔しいが、私は馬鹿正直に声をあげて止めさせることしかできなかった。

「そこの貴方、今すぐ止まりなさい!」

 上空から叫び、呼びかける。声は喧騒の中でもしっかりと届いたようで、振り上げていた雷まとうその槍を動かす手を彼は抑える。呼びかけた相手を確かめるように、ゆっくりとこちらを振り返った。犯人の男と目が合う。年は大体、兄と同程度といったところだった。
 いい歳した成人男性が一体何をしているのかと、奥歯をすりつぶすくらいの勢いで噛み締める。ただでさえフェアリーテイル騒動が起きる中、せめて人間ぐらい大人しくしていてくれと、私は毒を吐く。
 私は大軍勢を率いるその統領の正面に降り立った。警察手帳と捜査官の証である白金の証を突き付け、宣告する。

「警察よ。大人しく投降してくれないかしら。私達もその方が助かるのだけれど」

 上空から見た時はただのパーマかと思ったが、この男は派手な金のドレッドヘアーをしていた。今この瞬間につけてはいないが、鼻にも耳にもピアスの穴。両手にはいくつも指輪が付いている。体格はいいが、鍛えているわけでは無くて、それなりの筋肉と、少しだらしない贅肉が目立つ。
 王というにはあまりに粗暴だなというのが、私の印象だった。顔つきはそれこそ、街のごろつきそのもの。そしてその言動も、粗野というに相応しかった。

「やなこった。お前らが不甲斐なくてシンデレラだとかに振り回されてっから俺みたいのが湧くんだよ」
「そう……私たちが万全なら手も出せなかったのね」
「そりゃな。俺ぁ悪知恵だけは働くんだ」

 ニイッと、金歯がところどころ並ぶ、並びの悪い歯を豪快に見せつけて彼は笑った。私の心の中で、怒りの感情が芽を出した。眼下に広がる惨状と、痛みに泣く声、恐怖におびえる悲鳴とを肥料に、その芽はすくすくと茎をのばす。
 この男だけには屈したくないなと、先ほどの弱気な言葉は全て吹き飛んだ。

「そういうのは悪知恵って呼ばない。……ただの、卑怯者よ」

Re: 守護神アクセス ( No.20 )
日時: 2018/03/03 16:12
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「そういうのは悪知恵って呼ばない。……ただの、卑怯者よ」

 私が険のある表情を露わにした途端に、男の方もその槍を構えた。当然、後ろの顔無しの兵士たちも臨戦態勢に入る。多勢に無勢、かもしれない。上等だ。昨日アリスには完膚無きまでに敗北してしまった。ならばその汚名を返上するまたとない機会だ。
 男の槍を纏う雷電が空気を焦がして爆ぜる。黄色い閃光がその刃を覆って。動いた。
 未来予知の能力を使い、相手の行動を先読みする。しばらく後ろの兵は動く様子が無いようだ。なるほど、まだ私の事を侮ってくれているらしい。私は相手のアクセスナンバーを知っているため警戒をしなくてはならない。けれどもあの男にとって私のアクセスナンバーは分かっておらず、自分と程近いだなんて思っていない。
 本気の相手ではないというのは少々不本意だが。余計な雑念が入る、それにこの時の私は気づかない。それでも油断してくれているうちにさっさと決着をつけようと決めた。
 二秒後の未来、眼前に迫るアレクサンダーの力を借りた一突きが私の体に襲い掛かる。ならばまずは近づけない。魔力の砲弾を生成、その進路を妨害するように打ち抜く。もう三秒前には、男が次に足を踏み出す地点は視ていた。
 襲い掛かる青い魔力の弾丸、人の頭ほどのその球体を、咄嗟に反応した男が槍で貫く。団子みたいに突き刺さった砲弾は爆発する。白い煙に包まれるも、槍の一振りで振り払われる。案外やるなと男は認識を改めたようだ。
 こちらから見て右側を迂回してこちらへ向かうその姿。メルリヌスの能力で察知する。だから私は右斜め前方に撃って撃って撃ちまくる。高架の上には当然誰もいない。列車が来るようなこともない。迅速な鉄道会社の対応により、この周囲はもう鉄道が止まっているためだ。路線の周囲に散りばめられたレンガを砕いたような石が砲撃に巻き込まれ宙に浮く。再び進路を塞がれた男はというと、舌打ちを一つ。その後に進路を変えて一直線にこちらへと向かってくる。砲撃も全て、貫いてしまえば問題ないと言うばかりに、槍の先端はこちらに向いている。
 ならば砲弾でなければどうするのか、考えてはいないようで。だから私は魔法の光線を放つ。緊迫した戦場を横切って、人間一人覆うぐらいのレーザーが彼の体を飲み込む。完全に捉えた、しかし。
 魔力のレーザーが突然に一刀両断される。光と熱との奔流に巻き込まれながらも、男は槍を上から下へと振り抜き、私の攻撃を無力化した。さすが、歴史上最大の勢力を築いた男が守護神なだけある。
 また男が距離を詰める。もうそろそろ、その槍が私へと届いてもおかしくはない。より一層気を抜かないようにし、未来を予め視ておく。一跳躍で彼は私の眼前に迫り、そして。
 手慣れた槍捌きが私の体を貫こうと何度も何度も雨のように降りかかる。それら一つ一つを、相手が繰り出すより先に把握する。
 風を切る鋭い音を聞きながら、私の見た光景通りに繰り出される突きを紙一重で回避し続ける。鳩尾、肩、腰、足、顔面腹胸腕脚胴体、横に薙ぐように切り付けて、また刺突の雨霰へと戻る。喉に迫る。上体を右へ逸らす。引き戻した槍の切っ先が、今度は私の体重がかかった右足を狙う。タイミングを見計らい、刃の側面から魔法弾をぶつける。横から衝撃の加わった刃は地面を捉えた。電撃纏うその刃は、触れると焦げ付くようで腕で払うなどしていなすことはできない。
 側撃雷はないようで、首筋すれすれを刃が走っても体が痺れるようなことはなかった。電熱による攻撃強化と、斬り合いにおいて自分が優位に立つためのものなのだろう。
 線路に突き刺した槍、それを引き抜く前に、相手から見て降りそうな所に踏み込む。槍を丁度握っている手があるくらいの位置、刃がもっと先にある以上、その距離だとその得物を恐れる必要はない。
 開いた手を男に押し付けて、そのまま掌から一気に魔力を放つ。範囲を絞り、衝撃の密度を上げた、これならば。洪水のように迸る魔力の流れが、線路上の彼を押し流す。自在に伸びる腕に突き飛ばされるようにして宙を運ばれるようにして自軍の兵隊たちの中心に落っこちた。砂埃を巻き上げて、鉄のレールに背中を叩きつけて、苦しそうに男は呻いた。

「くそっ」
「観念なさい」

 ようやくここで彼も、私の実力にある程度気が付いたらしく、形勢を立て直そうとする。しかし、もう既に散々暴れまわった彼はガス欠気味のようで、駆け抜ける電光は次第に弱弱しくなる。
 彼が背を向けて逃走する姿を予知した。逃がしてなるものかと私は、退路を断つように魔弾を連射する。男の背後の道路を扇状に撃ち抜き、その背中を狙撃する。ここで逃がしたら確実に被害が増える。
 しかし、指導者の撤退を安全なもんとするため、先ほどまで主君を眺めているだけだった、能力により生み出された兵隊が立ち塞がる。我が身を犠牲にし、その土くれのような体をボロボロに打ち砕いてまで、能力者である本体を護った。
 未来予知の通りに、軍隊の向こう側で例の下手人は逃走を図る。今度は私が舌打ちを一つ。逃がすものかと次々に攻撃をしかけるも、大軍に阻まれて王にまで手が届かない。弾丸だから一対一交換しかできないのかと今度は光線でまとめて撃ち砕こうとも、もう大量の兵が邪魔で本体の姿が見えない。上空から追いかけるべきかと思うが、スノーボードの上に足を乗せる隙を大軍勢は与えてくれない。
 このまま軍隊が周囲の一般人を襲い始めたらたまったものではない。まず大切にするべきものは人々の安全、そう判断した私は、仕方なく男を追うことを諦めた。
 前方に一射、後方に一発。左右同時に魔弾を炸裂させ、さらに襲い来るアレクサンダーの大軍隊を次々と蹴散らし続ける。自身を中心に大量の弾丸を生成、それはまるで葡萄の房のようで。熟した実を千切るように、完成した砲弾から次々と四方八方に発射する。
 着実に減る敵軍。しかし、十数分に及ぶ戦闘の後に残されたのは、大量の残骸と被害を受けた第三新宿駅、そして傷ついた人々とただただ疲弊した私だった。他の捜査官が応援に駆けつけてはくれたが、もう私たちにできることなんて、怪我人の応急手当と瓦礫のせいりくらいしかない。
 またしても、同じ能力にしてやられた。端から血が滲むくらいに、悔しさで唇を噛み締めた。



 取り逃した辛酸を飲み込み切れないまま、現場を片付けを手伝い、それすら終えた私はお昼時になったのを確認し、兄の容態の確認も兼ねて署の方へと戻ることにした。先ほどphoneを開いてみると、兄さんからのメッセージが届いていた。今日は知君くんのお見舞いもあるし、昨日に引き続き厄介なインタビューもある。
 他の捜査官や、復旧のためにかけつけた工事を行う建設業者の人にも後押しされて、私はその場を後にした。
 誰も私を責めることは無かった。確かに、責められるだけの者はいなかった。現場に駆けつけることができたのなんて、私しかいなかった。彼と正面から戦えるのなんて、それも私だけ。間に合って、死者が出なかっただけでも儲けもの。私は責められるどころかむしろ誰もが褒めてくれた。昨日から、随分と活躍するな、って。次期エースたる期待のホープだな、って。
 違う、そうじゃない。私がやり遂げると決めたのは、ただ人々を護るだけではない。人々を護り、その上で不安を残さないようあいつを逮捕することだった。それなのに取り逃がした。それだけで十分自責するに値する。昨日のある少年の様子を思い浮かべずにはいられない。彼はやっとの思いで駆け付けたかと思うと、あんなに私たちが苦戦していたあのアリスに完勝した。
 それと比べて私はどうだ。ずっと、腫瘍みたいだと思ってきた知君くんに助けられた私は何なんだ。彼と同等の働きすらできない。戦っていて分かった。アレクサンダーは、スペードのジャック単体よりも弱い。あの大軍勢も、スペードの騎士より動きは緩慢で、クラブのソルジャーよりもずっと脆かった。全てをとってもアレクサンダーはアリスより弱い、それなのに。
 私は、何もできなかった。

「何しけた面してんだよ」

 眠そうに欠伸をしてから兄さんは私にそう問いかけた。昨日の交戦中に睡眠導入作用も強い麻酔薬を吸入したため、未だに眠気と倦怠感が体に残っているらしい。三日もすれば戦線にも戻れる、との話だがそれまでは基本休暇という扱いになる。
 普段働きづめだった分、それぐらいが兄さんには丁度いい。もしも、今日駆け付けたのが兄さんだったなら。私は思う。兄さんだったなら、きっとあの男をもう検挙していただろう。そして怪我人も物資被害ももっと少なかったはずだ。兄の方が私よりも素早く現地に駆けつけられるし、アクセスナンバーを無視するように、兄さんは私よりもずっと強い。群れ為す大軍なんて一気に大音量の大気の振動で吹き飛ばし、本体に追いついて取り押さえられたはず。

「これから望んでない取材もあんだし、もうちょい明るい顔作っとけよ」
「でも、そんな楽しい顔なんて……」
「楽しい顔なんてしなくていいさ。もっと胸張って誇るんだよ」
「けど、私は犯人確保なんて……」
「あー、もう。真凜はほんと完璧主義者だな。お前のおかげで死人が出なかったんだよ。もっと誇れ」

 誇る。どうやったらそんな事できるというのだろうか。自分だったらちゃんと事件を解決する癖に。知君くんでも一人で解決できると言うのに。私は、やるべき任を完璧に達成できなかった。これで誇っていたら、兄さんが一目置くような捜査官になんて、決してなれない。だったら、満足なんてできる訳が無い。
 そして、次こそ知君くんの手をわずらわせてはならない。彼には昨日衝動的に伝えてしまったが、一般人である彼は私たちが身を置くような物騒な世界の事はまだ知らなくていい。何なら一生知らなくとも構わない。もし知るとしたら、彼自身捜査官になったその日だ。
 しかしフェアリーテイルのcase17、アリスとの戦いでは彼がいなければどうしようも無かった。手を借りるわけにいかないと思っていたあの子に頼るのは、それを最初で最後にしなくてはならない。だから、兄さんが一目置くあの子と同じだけのことを私もやらねばならないのだ。

「真凜」
「何ですか?」
「自分を見失うなよ」

 兄のその言葉は、どうにも今一ピンとこなかった。

 その後の取材では気が休まることは無かった。気を抜けば兄から諫められそうな弱気な言葉を吐きそうになるし、知君くんのことを漏らしたくもなる。知君くんの尽力で解決した出来事を、さも自分の手柄のように語らねばならない自分自身に吐き気がした。
 きっと、私のちゃちなメンタルが限界になっていると兄は察してくれていたのだろう。兄はずっと、私が途中で黙りそうになる分まで、インタビューに答えてくれていた。
 二件分の取材が終えると、もう四時を過ぎていた。第三新宿駅は当分使い物にならないが、一旦は周囲の様子も落ち着いたようだ。
 それとついでに、フェアリーテイルだったアリスの処遇が決まったとのことだった。私と兄さん、そして知君くんと琴割総監、この四人に加えて一部の人間だけに情報は伝えられた。フェアリーテイルはとある研究者が管轄している研究施設の中でしばらく暮らすらしい。具体的には、フェアリーテイル騒動が解決し、守護神が暴走する原因を究明、解決するまでだ。今フェアリーガーデンに帰れば再び暴走する可能性だってある。そのためこちらの世界に留まり、万が一の守護神ジャックが起こらないよう、人がいないところで幽閉されるように暮らすのだとか。今のところ、療養中に知君くんがビデオ通話で話し相手になっているらしい。

「じゃあ真凜、行くか」
「行くって、どちらに……」
「知君の見舞いだよ」
「分かりました。すぐ支度します」

 そう言えば、知君くんは琴割総監の旧知の友、個人病院の院長さんが開く病院にて療養中だと聞いた。同じフェアリーテイル対策課に所属する、王子 太陽さんの祖父が院長にあたると言う。
 彼が私を助けてくれたのは紛れもない事実で、どれだけ守護神アクセスした彼の人格が不穏なものであっても、その事実は否定できない。私がどれだけ仲間じゃないと否定したって、その療養のお見舞いに向かうことと、見舞いの品を持参するのは、礼儀だと私も理解する。
 けれど私はやはり、彼には戦って欲しくなかった。再び彼が、あの暴君めいた人格になってしまうのが、どうにも恐ろしくてたまらない、からだと思う。

Re: 守護神アクセス ( No.21 )
日時: 2018/03/06 00:27
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 その病院は個人が経営していると聞いていたが、その割には広いものだった。確かに生まれ育った地の市民病院なんかと比べたら小さいかもしれないが、十分病院と呼ぶに値するだけの広さだ。何かその昔悪いことでもしたんじゃないのかと、兄さんが茶化すのを窘める。
 たまたまそこを通りがかった看護師長さんが知君くんのところまで案内してくれる。私達の母、くらいの年齢だろうか。皺が走りつつあるが、まだまだ凛々しく生気に満ちている。戦場にこそたっていないものの、その雰囲気は歴戦の猛者といった貫禄があった。
 病院だったら、それも変な話でもないのかもしれない。人の死に触れる機会があるという点では、病院も戦場も同じだ。人の死んだ姿というのは何となく恐怖を思い起こさせる。それはきっと、いつか自分にやってくるという覆しようのない絶対を突き付けてくるみたいで。だからこそ怯えるし、成長するんだ。
 まだ私は、人が死ぬ場面を……殺される場面を目にしたことが無い。それはとても運のいいことで、幸せなことだ。だから、思う。果たして私がそんな景色を目にしたとして、この看護師長のようになれるのだろうか、と。
 無心で歩く。兄はずっと、先導する彼女と話していた。知君くんの様子はどうだとか、もう二時間ほど前に目を覚ましただとか、そんなやり取り。用意してきた見舞いの品が無駄にならなくてよかったと言う。ここに来るより先に、その辺りのデパートで洋菓子を買ってきていた。甘いものは好きだったはずなので、きっと喜んでくれるだろう。ほんと、女の子みたいだ。
 可愛げという言葉はきっと、私よりも彼の方が知っているんだろうな。

「おっすー知君」

 他の患者と明らかに管理するように作られた棟、そこに知君くんは居た。長い廊下を抜けて訪れたその病室は最大四人が収容できるようで、小柄な知君くんが一人寝ているだけなのはやけにガランとしているように思えた。
 本を読む知君くんに、明るい声で兄が話しかける。イヤフォンをつけていた彼は足音には気が付いていなかったようで、呼びかけられたその声にようやく、私たちが来たと気づいたようであった。

「奏白さん、真凜さん!」

 にこやかに本を読んでいたと思ったが、私たちの顔を見たとたんに、彼の表情はパッと明るく輝いたようだった。充分に和やかそうだと思っていたさっきの表情が途端に退屈そうに思えてくる。こんなに喜ばれると、日頃邪険に扱っているのが申し訳なく思えてくる。邪気なんて何一つない、とても暖かい笑顔を見せてくれた。
 何でこう、この子は。嫉んで、妬いて。敵視しているこの私が、情けなくなってくる。けれどもきっと、彼自身はそんなつもりなんてない。勝手に彼と私を見比べて、情けないと私を笑っているのはきっと、奏白 真凜に他ならない。
 嬉しそうに私たちを出迎えた様子は、昨日の暴君ぶりを忘れさせる。そうだ、知君くんという人間は丁寧さと、優しさと、温かさと。人々の善良なところをかき集めて、それらが不協和音を起こさないように奇跡的に積み上げられた何より美しい建造物のようなものだ。
 私は彼の事を認めなかった。折角助けに来てくれた彼を突き放すように言って。それでも彼は、私を助けるために戦って。けれどもネロルキウスを呼んだ彼は、傍若無人な王と変わらぬように傲慢な口ぶりで。一体、どっちの姿の彼が本当の姿なのだろうか。あの姿が、本当の彼で今見せているこの表情は猫を被っているだけなのだろうか。分からない。
 ただ一つ言えることは、私が彼の事を仲間と言えない理由が一つから二つに増えた。

「真凜さん?」

 不安そうな知君くんが私に呼びかける。少しの間、ぼうっとしてしまっていたみたいで、呼びかけられても私はまるで返事なんてできなかった。ほんの少し首を傾げて、その様子がまた何か不安を呼んだようで。彼自身をも不安にさせてしまった。
 いけないなと己を叱咤し、切り替える。私が彼を遠ざける理由の一つに、彼が護るべき人々の一員だからというものがあるのなら。私のこのふわふわした煮え切らぬ態度が彼を不安にさせているのなら、その不安すら私は彼から取り除かねばなるまい。
 だって私たちは、人々を不安や恐怖から守るためにいるのだから。

「ごめんなさい。今日、ちょっとね……」

 言いながら、今朝交戦した相手のことを思い返した。散々、他人に恐怖を与えて、人々の暮らしをぶち壊して、自慢げにしていたあの男。取り逃がしたことは雪辱であるし、あれだけの力を以てして、人を救う道でなく傷つける道に走ったと言うのが許せない。
 思い出すと、その想いが今度は怒りを呼び起こす。そうだ、どれもこれも。私が苛む出来事全て、それは己の無力によって引き起こされている。だったら私はこれ以上強くなるよう努めるしかない。
 けれども、どうしたらいいというのだろうか。強くなれるだけ、強くなったとは思う。状況判断力はこれから一層磨こうとは思うがもう、いつの頃からか私の戦闘技能は頭打ちだった。

「何か、悩んでますか?」
「……別に。君には関係ない」
「関係あります。僕だって仲間ですから相談くらい……」
「相談は兄さんで間に合ってる」

 まただ。また語調が強くなる。こんな風に言うつもりなんて無いのに。いつもいつも、何に苛立っているのだろうか。認めてもらえない、その事だろうか。あるいは兄さんにいつまでも追いつけない自身の至らなさだろうか。この子が兄さんからの信用を簡単に得ていたからだろうか。あるいはその全てか、私には思いつかないことなのか。

「そう言えば、メルリヌスと話したことはありますか?」
「……あるけど、それが?」
「能力については、どの程度聞いていますか」
「初めて会った時に、未来予知と攻撃ができるって教わったわ」
「どの程度の攻撃性能がありますか?」
「知らないわ、聞いてないもの。とりあえず自分でいくつか攻撃方法は見つけてる」

 魔力の光線と砲弾、その程度だ。唯一付け加えられるものがあるとすれば、着弾後に爆発を引き起こす性質くらいであろうか。炎や雷といったものを使える訳でもない。一番メルリヌスをメルリヌスたらしめる未来予知と組み合わせ、回避不能、あるいは回避後にも襲い掛かる攻撃が特徴。
 ただし、思う。予知が無駄なほど早い敵、予知したところで防ぎ得ぬ一矢、当てたところで効果の無い一打。きっと、フェアリーテイルとの戦いにおいて、そういった守護神と戦うことは珍しくないだろう。だとすると、私が今後誰かの役に立つことなんてあるのだろうか。
 私が、誰かから認めてもらえることなんてあるのだろうか。

「それ以外メルリヌスとする会話なんて、彼女の趣味好みくらいよ」
「そうですか……だとすると、メルリヌスとの会話が大事かもしれません」
「守護神との、会話……?」
「はいっ!」

 自分でも力になれる。そう思ったのか、不安げな表情からまた明るい表情を作った彼が言うには、私はもっと自分について知っておく必要があるのだと言う。正確には自分に力を貸してくれるメルリヌスのこと、なのだけれど。

「多分、メルリヌスにはもっと沢山できることがあるはずです」
「それを、彼女に聞けってこと?」
「そうです。そしたら真凜さんは、もっとずっと、すごい捜査官になります」
「そう簡単にいくといいわね」

 夢物語だった。守護神と会話する、そんなこと思ってもみなかった。守護神というのは、ビジネスパートナーと呼び表すのが最も妥当だ。彼らは現世を見たがって、その代価として能力を私たちは借り受ける。メルリヌスは確かに、自分の興味や好みに従うように私に指示するけれども、それだけのもので、友人のように語らい合うだなんて考えたことも無い。けれども、そうするべきだと彼は言う。
 全部分かり切った風にして語るその様子が、大人への階段を上り始めた子供のように見えるけど、どうしてだかその言葉を信じてしまう。彼ならあるいは、どんなことでも知っているのではないか。彼の言うことは間違っていないのではないか。そんな風に思えてならなくて、けれども彼の言葉を聞いてしまうのは、何だか今のやり取りが仲間に悩みを聞いてもらったような気がして。私はそれを払いのける。

「気が向いたらそうするわね」

 気が向いたら。時間があれば。できそうなら。人が成長する時に見せる、最大限積極的な姿勢を見せた上での否定の言葉。気が向くときも時間に恵まれるようなことも、できそうな場面が、結果として永遠にやってこないだけ。そうやって言い訳してさも自分にはその気があるようなふりをして、逃げる。
 ずるい大人になったことは自分でも分かって、胸の奥がズキリと痛む。何より辛かったのは、きっとこの子はその言葉の意味なんてとっくに知っていて、それでも笑顔でいることだった。たとえ自分の尽力が無駄になってもかまわないって、いつかは届いてくれるかもしれないって、そうやって納得させているように見える。
 彼のためを想うなら。きっと今からでも守護神アクセスしてメルリヌスと言葉を交わした方がいいのだろう。けれども、俗物的なこの私が優先してしまったのは、己のプライドだった。
 ベッドの脇に、手土産の見舞い品を置いて逃げるように背を向ける。わざわざありがとうございます。背後から聞こえる声が、痛くて痛くて仕方ない。
 彼を仲間と思いたくない、三つ目の理由ができた。私自身が、惨めでならないからだ。彼よりもずっと子供で、みっともなくて聞き分けも無い。
 病室を出る。ずっと、顔は伏せたまま。私達をここに案内してくれた看護師長さんが戻ってくる。後ろには、知君くんと同じ制服を着た少年が一人。彼は何だか、私と同じような表情をしていた。
 それはきっと、嫉妬と羨望で。その二つの感情の矢印は、揃って知君くんの方を向いていて、だから気づいたのだと思う。すれ違う。彼は私達二人の顔を見て何か思うところがあったようだ。そう言えば、今朝にはもう自分たちのことが報道されていた。朝テレビで見た二人だ、とでも思われたのだろうか。
 廊下の曲がり際、ふと兄さんが私の顔色を窺うように尋ねた。

「真凜、何か丸くなったか?」
「いえ、そういう訳では……」

 確かに昨日以前の私であれば、先ほどのような提案を彼からされた際には、もっと強い意志と言葉とを以て反論していた。君なんかに心配される必要なんてない。知った顔でしゃしゃり出ないで。そんな風な言葉をぶつけて、傷ついた彼の顔に後から勝手に落ち込んで。落ち込んでいいのは、私じゃないと言うのに。
 私の態度が変わったのは、昨日彼の能力に触れたからで間違いない。我ながらとても現金だと思う。今までアヒルの子だと侮っていたのが白鳥だったようで、雀だったと思っていたら爪を隠した鷹だった感覚。自分を打ち負かしたアリスを屈服させた彼は、間接的に私をも屈服させたに等しかった。誰よりも近いところであの荒々しい姿を見た私は、彼に対してどのような態度をとればいいと言うのだろうか。
 もう、何も分からない。

Re: 守護神アクセス ( No.22 )
日時: 2018/03/06 23:04
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 兄と共に家へと帰り、まだ疲労がたまっている兄をベッドまで見送った。見舞いまで終わらせるとどうやら疲れが来たようで、膝から一度崩れてしまった。玄関でよろめいたその肩を支えて、寝室まで送り届ける。夕食もとらず、まだ八時過ぎだと言うのにそのまま眠ってしまった。
 両親は揃って海外に旅行しているため、先週から来週までずっといない。そのため私は一人で過ごすには広いこの家で、静けさに耐え切れずテレビをつけた。音もなく起動したかと思うと、五月蠅いバラエティ番組が始まる。急に騒がしくなったような気がして、音量を少し下げた。
 バラエティ番組だと、元々録画されていたことや、ニュースとは関係ないことを喋ってくれるため、自分が取材を受ける様子を見なくて済む。あんな人目だけを気にするような話し方をする自分なんて、見返したくない。
 それにきっと、見当違いの手柄をまた我が物顔で振りかざすことになる。「フェアリーテイルは手強いですが、我々捜査官一同、解決のために尽力いたします。今回のアリスのように」そう言わされた。
 どの口が言っているのかと乾いた笑みを漏らす。今回のように? また地べたを這えと? 私は自分に強いられた答えが憎くて仕方なかった。何が憎いって、本当はそれを真の意味で口にできるような人間になりたいからだ。
 力不足だったって、ちゃんと分かってる。けれども、どうにかして私は、この手で……あるいは兄との手で一日前の事件を解決したかった。そうでないと、私たちの面子なんて、一切取り戻せない。テレビではああいっているが、実際のところ今回の事件は知君くんの力が大きいとは私も兄も対策課の面々には伝えている。その方が周囲から知君くんへの風当たりは弱まるだろう、って。私が知君くんに辛く当たるのは最悪目をつぶるが、他の連中から守るのは手伝え。それが、兄さんの主張だった。確かに、他の捜査官が彼に当たり散らしているのは私のような信念など無く、ただの侮辱だから、私はその言葉に従った。
 何となく、飲みたい気分だった。冷蔵庫を開けると、父が愛飲しているビールがあった。中国に伝わる幻獣が特徴的なシンボルとなっている有名な会社のもの。開けると、詰まった空気が噴き出る軽快な音がした。これくらい、私の心も軽快なら気が楽なのだけれど。父の真似をするようにして、ごくごくと一気に三分の一くらい飲む。口中に広がる苦みと、喉を刺激する炭酸が心地よくて。
 私自身も、ご飯を食べる気にはならなかった。けれど、食べないと戦えない。冷凍庫に眠っていたうどんを茹でて、冷やしてめんつゆにつけて食べる。夜ももう蒸し暑くなり始めており、夏がそこまで迫っていることを強く実感した。つるつるとしたうどんの表面が心地いい。案外、食べていると気はほんの少し楽になった。
 うどんとビールって、あんまり絵にならないなとどうでもいいことを考える。食べ終わり、私は思い出す。今朝交戦したあの男のことを。染髪したドレッドヘア。自己主張がいかにも激しそうなあの男。守護神はアレクサンダー、その位階は私のメルリヌスよりも少し上。
 署内のデータを漁ってくれていた、学校時代の友人からのメールを確認し、添付ファイルを開く。思っていた通り、あの男は過去にも事件を起こしていた。壊死谷 剛毅(えしたに ごうき)、三十五歳男性。三年前に数度、世間を賑わわす大きなテロを起こした。その三つのテロを合わせて21世紀末最悪の三禍と呼ばれた。大阪、名古屋、東京、それぞれの中心となる駅が破壊された。次もう一度彼が活動を起こせば、国連も琴割月光の能力の使用を許可すると言ったあたりで彼は活動を止めた。勿論、彼に恐れをなして尻尾を巻いたからだ。
 そんな壊死谷が活動を再開したのは、当然フェアリーテイル騒動が起きたからだ。今なら琴割に怯えずに破壊活動に取り組むことができる、と。確かにフェアリーテイルは数も多く、一人一人が壊死谷と変わらない危険度を孕む。にも拘わらずまだ我が国の警視総監は自ら戦線には立てない。
 こういう時こそ、私のような人間がちゃんと、このような輩を取り押さえなければならない。ただでさえ人手が足りていないのだから、人間の犯罪をここで活発にさせる訳にいかない。歩瀬さんという一流の捜査官も既に桃太郎対峙の際に亡くしてしまった。これ以上、悪に正義が屈する訳にはいかない。平和に生きる人々を護るためにも。
 それをちゃんと、達成できたとしたら。兄も、自慢の妹だと認めてくれるだろうか。
 未だに私から見て、兄の背中はとても遠い。相性もあるのだろうが、私とメルリヌスで兄さんとアマデウスに勝てるとは到底思えない。並外れた鍛錬と喧嘩のセンス、そして音速での移動。正直なところこと戦闘能力に限ると兄の方がよほど高く、そして捜査官に求められるのは八割近くがその能力。
 強くならないと。自分一人でも、戦えるように。
 そんな風に考えているから、いつまで経っても変わらない。そんなこと、思ってもみなかった。


 翌日、リベンジの機会はすぐさま訪れた。すきっ腹からビールを胃に入れてしまったがために、酔いが早いうちから回ってしまった私は、兄の事をとやかく言うこともできず食器だけ綺麗にして十時前に眠りについた。昨日の、酩酊混じりに読んだ資料を思い返す。アレクサンダーの能力は、人間の形をした騎馬兵の軍隊を呼び寄せる能力と、雷を武器にまとわせる能力。そして圧倒的な身体能力の向上。音速まではさすがにたどり着かないが、三年前に兄と交戦し、それでなお対等な戦いを繰り広げたという。
 確かに番号でいうと400番以上差が開き、倍数にすると約三倍の差。それを互角に持っていく兄がむしろ常軌を逸する。それでも、私にとって生まれてからずっと一番強い人間は兄だった。その兄と、対等。あるいはそれ以上。今の兄さんは当時よりもさらに研鑽を積んでいるため、その二人が対峙したらおそらく今回は兄が検挙を成功させるだろう。
 しかし、まだ兄は安静にするよう言い含められている。もし仮に教えてしまうと、自分も出ると言ってきかないだろう。だから私は何事も無かったようにして、行ってきますとだけ伝えた。何か変だなと勘繰られたけれど、疲れてるだけよと素っ気なく返す。
 後、ストレスが溜まっているとも伝えた。嘘を吐くときは真実を交えておくといい。その真実を口にするときの態度が、声が、顔色が、嘘を隠してくれる。
 家を出て、駅の方へと早足で歩いて、確実に兄から知られるところまで来て私はphoneを取り出した。警察に入るときに支給される、耐久性の高い端末。おそらく壊死谷の持つものは、強制終了のプログラムチップを抜き取った改造品。耐久性には難があるはずだ。もし仮に私と奴とで実力に差があったとしても、phoneさえ破壊してしまえば私たちの勝ちだ。

「守護神アクセス」

 静かに、メルリヌスを呼び寄せる。力が満ちると同時に、宙にワームホールを開いてスノーボードを取り出し、乗った。向かうべき場所はやはり大きな駅だった。昨日襲われていたのは、数十年前に火事で全焼した新宿駅を作り直した第二新宿駅、が地震で倒壊した後に作り直された第三新宿駅。今日襲われているのは同じく五年前の地震で破壊しつくされた後、作り直された第二渋谷駅。

「急がないと」

 通知は鳴りやまない。同期から。上司から。先輩から。先輩から。同期から。同期から。上司から。同期から。飛んでいる間にも通知は入るが、アクセス中なので確認できない。守護神というのはやはり我儘なのだろうか。どれだけphoneが発達しても、アクセス中には他の機能を使わせてはくれない。
 遠く遠く、遥か遠くで煙が上がっている。あれがきっと、目的地に間違いない。それにしても、この距離でその煙が見えるとは一体何が起きていると言うのか。悪い予感なんてものではない、それだけで地獄絵図が広がっている確証になる。

「何でっ!」

 どうしてこんなことができるというのか。人が泣いて鳴いて哭いて亡いて、怒号と悲鳴とが入り乱れて、そんな中でどうしてあいつら悪人は嗤える。昔からずっと嫌いだった。物心ついた頃からcallingは、守護神アクセスは存在した。そのせいで、昔ならばお伽噺だって、フィクションだって笑ってられた犯罪が起こるようになった。
 琴割 月光は何も悪くない。悪用する人間が何よりも悪い。現実に住まう悪党は、結局のところ平和な世界で生きている作家や漫画家よりもずっと狡猾で、残酷だ。だから小説よりもずっと残酷なことをしでかそうとする。
 フェアリーテイルと同じだ。お伽噺が牙をむく。
 だからまた、お伽噺は歪んだその暴力を正さねばならない。結局のところ私達も力を振りかざしてるだけ、そんなもの屁理屈だ。私達は、お前たちみたいに人々を泣かせない。傷つけないし、死なせない。ただ、お前たちのことだけは人々だなんて認めない。ただヒトに生まれただけの悪鬼羅刹は許せない、生まれた時代を間違えたと思え。
 怒りを滾らせて飛ぶうちに、目的地へとたどり着く。覚悟こそしていたが、目に入ったのはあまりにも悲惨な光景だった。立て直された渋谷駅どころか、周囲の建物を巻き添えに、アレクサンダーの大軍勢が街を焼き払っていた。昨日は使っていなかった火矢を、数千の兵が皆手にし、弦を引いて。引き絞ったその直後、解き放った。燃え盛る矢が町中に降り注いで、ピルはたちまち火に覆われて。あちらこちらから煙は出て、逃げ惑う人々で道は埋まっていて。唯一救いがあるとしたら壊死谷が人々の死になどまるで興味なく建物の破壊を優先させていることだった。
 昨日とは明らかに異なるほどに、槍にまとった雷鳴が轟き空を割いて、たったの一突きで向こう数十メートルを焦土と化す。それはまるで雷の蛇が這ったようだった。焦げ臭い匂いが立ち込める。燃え盛る炎の舌が、ブランドショップの衣服や、宝石店の貴金属を飲み込んだ。
 わざわざ、災禍を越えて立ち直り、掲げられた平和の象徴をへし折るような不遜な態度。それはもう、私には冷静に見ていることなんてできない。
 焼け野原の中心地に、私は飛び込むように降り立った。地上に蔓延る数多の雑兵。それらをまとめて撃ち抜きながら。青白い閃光が走る。一本、二本、その後次々と数え切れぬほど雨のように降り注ぐ。狙いをつける必要なんてない。あんなにいるなら適当に撃つだけでいくらでも当たる。私は怒りに囚われるがままに何度も光の矢で地上を射抜く。
 私を中心に半径約百メートル以内、数百体もの兵隊をただのがらくたに還す。粘土のように崩れ落ちた兵隊だったものは、もうピクリとも動かない。
 もうこの激情に身を委ねるだけでいい。負けてたまるかと牙向いて、私は再び壊死谷と向き合った。

「昨日の女か」

 奴もすぐに気づいたようだ。容姿はともかく、能力が瓜二つなら彼もすぐ分かるだろう。昨日の一件は彼にとっても屈辱だったようで、今日こそはと燃えているようでもある。だが、昨日の一件を屈辱としているのは、逮捕できなかった私とて同じだ。私と奴は二人して、敗北を喫していた。けれども今日、最後に笑うのは私だ。
 そうあって欲しい。否、してみせる。五秒後の未来を見る。もう、その時には戦いは始まっていた。


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