複雑・ファジー小説

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守護神アクセス【Epilogue-2・中編】
日時: 2022/05/19 21:16
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: m3Hl5NzI)

2020年、夏の小説大会で金賞もらっていたらしいです。
投票してくださった方々、ありがとうございました。

___

本編の完結とエピローグについて >>173





目次です。

▽メインストーリー
 File1:知君 泰良 >>1 >>2 >>3 >>4 >>5 >>6
 File2:王子 光葉 >>9 >>10 >>11 >>12-13 >>14
 File3:奏白 真凜 >>16 >>17 >>18 >>19 >>20 >>21 >>22 >>24 >>25 >>26
 File4:セイラ   >>27 >>28 >>29 >>30 >>31
 File5:奏白 音也 >>32 >>33 >>34 >>35 >>36-37 >>38
 File6:クーニャン >>39 >>40 >>41 >>42-43
 File7:交差する軌跡  >>44 >>45-46 >>47-48 >>49
 File8:例えこの身が朽ちようと    >>50-51 >>52 >>53 >>54 >>55-56 >>57 >>58
 File9:それは僕が生まれた理由(前編)    >>59 >>60-61 >>63-64
 File0:ネロルキウス  >>65 >>66 >>67 >>68 >>69 >>72 >>73 >>74 >>75 >>76 >>77 >>78 >>79 >>80 >>81
 File9:それは僕が生まれた理由(後編パート) >>82
 File10:共に歩むという事   >>83 >>84 >>85 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90-92 >>93-95 >>96-97 >>98 >>99
 FILE11:人魚姫は水面に消ゆる夢を見るか >>100 >>101 >>102-103 >>104 >>105 >>106 >>107 >>108-109 >>110 >>111 >>112 >>113 >>114 >>115 >>116 >>117 >>118-119 >>121 >>122 >>123 >>124-125 >>126-127 >>128-129 >>130-131 >>132 >>133 >>134 >>135 >>136 >>137 >>138 >>139 >>140-141 >>142 >>143 >>144
 Last File:12時の鐘が鳴る前に >>145 >>146 >>147 >>148 >>149 >>150 >>151 >>152 >>155-156 >>157 >>158-159 >>160 >>161 >>162-163 >>164-166 >>167 >>168 >>169 >>170 >>171-172

 Epilogue-1 【守】王子 光葉 >>174-175
Epilogue-2 【護】知君 泰良 >>176-177

-▽寄り道
 春が訪れて >>23
 白銀の鳥  >>70-71
 クリスマス >>120

▽用語集
 >>8 File1分
 >>15 File2分
 >>62 File8まで諸々。それと、他作品とクロスオーバーしたイラストを頂いたのでそちらのURLも

▽ゲスト
 日向様(>>7にイラストをくれました、感謝。What A Traitor!作者)
 友桃様(Enjoy Clubの作者様。自分にとって小説の師匠や先生みたいな感じの方)




気軽にコメントとかもらえたら嬉しいです。
僕も私も異能アクション書いてるの!って子は宣伝目的で来てくれても構いません(参考にする気しかない)

Re: 守護神アクセス【更新再開】 ( No.158 )
日時: 2020/04/21 23:06
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 それは今日という日の締めくくりを一足先に体現していた。知君がここに到着した後は、表面上戦いの様相を呈するものの、それは真に争いとは呼べぬ代物になる。理由があるとすれば主に二つ。その内比較的大きなウエイトを占めているのは、ELEVENであるという事実が絶対的な権限を持つせいだ。
 知君は一人でも犠牲の少ない決着を望むことだろう。だから、心優しい少年が、真に願っている結末を迎えるためには、ここで誰一人としてソフィアに殺させないだけの覚悟と、それを実行するだけの力が必要となる。
 本来であれば、あくまでもELEVENこそが絶対の王であるという前提なら、知君がここに到着した時点でソフィア達は詰みとなる。しかし、それを許さない厄介な第二の理、守護神同士の相性というパワーバランスがあるせいで、そう簡単に事は運んでくれない。ネロルキウスの能力が通用しない、数少ない守護神。そのためソフィアと知君という同じ母を持つ若人たちは、お互いの能力が相手には通用しない。
 白雪姫と戦った時のことを奏白は思い出していた。あの時も、ネロルキウスの能力が傾城の白雪姫には通用しないがために、解決は困難を極めた。王子を護り抜き、何とか白雪姫をネロルキウスという暴力を使わずに屈服させねばならなかった。
 白雪姫も当然世界的に有名なお伽噺を由来としている。日本にその知名度と人気の大半を委ねている桃太郎よりもさらに大きな知名度。その白雪姫をさらに上回る童話という童話の中の女王、シンデレラ。
 知君の能力抜きにして、彼女を抑えるというのは無理難題に等しい。一応、彼女の能力自体も知君には通用しないため、素殴りでの争いを呈することにはなる。しかしそれだけではシンデレラは、星羅 ソフィアは、決して敗北を認めない。なぜならこのフェアリーテイル化を引き起こしているドルフコーストの能力、赤い瘴気を取り除くことはできないと知っているからだ。その身を焼くほどの復讐の業火を、知君一人では奪い取れはしないことを知っているからだ。
 それゆえ、彼女を救うためには王子とセイラの協力が不可欠だった。彼らは傾城を相手どってもその能力が無効化されることはない。それゆえ白雪姫を最終的に鎮静化させた時のように、人魚姫の癒しの歌の力で回復させてしまえばよい。それが捜査官側のプラン、というよりも正しくは、唯一の解法だった。
 しかしそれが無力化されたのだ、他ならぬシンデレラ達の急襲によって。フェアリーテイルが生まれた原因は、精神を蝕む毒だとラックハッカーは形容した。しかし逆に、王子に牙を抜いたのは、肉体を蝕む毒だった。喉を侵された王子に今、歌の能力は使えない。
 だからもう、残された道は二つに一つだ。その内の一つは、『絶対に知君は許可しない』だろう。おそらく王子はその策に気が付いていない。そしてその一つ目の解決策は、その二人以外に提案することはできないものだ。そして両者とも、そんな手段をよしとしないだろう。彼ら以外の人間が提言できない理由とて同じだ。それは、星羅ソフィアという罪人のために、善良な一市民の未来を閉ざすことになるせいだ。
 だからこそ、第二の解決策に縋るしかない。それは何かと問われれば、説得だった。当然成功の余地はほとんどない。焦土と化した大地に、再び緑を生い茂らす程に。だが、復讐の業火に囚われた彼女に言葉を届ける以外には、事態を鎮静化する手立てはない。
 戦うだけで手いっぱいの自分達ではそれはできない。奏白でさえ、そう判断するほどだった。もう、彼女を止められるのは知君だけだ。この復讐を何とかして諦めさせなければならない。
 だが、できるのだろうか。もし仮に自分の親や真凜が殺されたらと考えると、自分だって復讐に走ると彼は判断した。ただ、ソフィアの場合は少し勝手が違うと思いなおす。彼女の母である朱鷺子の犠牲は、仕方のない取り決めだった。しかし、仕方ないからとそれで納得できないというのも承知な訳だが。

「でも、ごちゃごちゃ考えんのは俺の仕事じゃないんだよ」

 どうせ自分が何を考えて、どう伝えてもソフィアには届かない。それを奏白は分かっていた。だからこそ時間稼ぎに努めている。
 知君や奏白たち第七班の面々は、琴割からソフィアの事情を伝えられていた。だからきっと、母親の言葉でもなければソフィアは聞く耳を持たないと分かっている。彼女の死に感化され、琴割への復讐心を募らせた彼女を説き伏せることができるのは、きっと母の朱鷺子だけなのだろう。
 父親の方は同じように憎悪に囚われている。そしてこの世界に未練もないのだろう。早いところ死んでしまった方が余程救われると、頭を撃ち抜いて自死しようとした程だ。それさえも知君に阻まれた今でさえ、納得はできていないのだろう。愛する妻を失ってなお、のうのうと生き永らえている自分のことさえ。
 だから、伝えられるとしたらあいつだけだ。そしてその者がここへ辿り着くまで、持ち堪えることこそが自分の仕事だ。桃太郎と守護神アクセスしたクーニャンは強かった。知君の力の通じない白雪姫も打つ手に悩んだ。しかし今はそれ以上の難題に直面していた。
 これは最早、異能力を借り受けた人間ではなく守護神という災害に立ち向かっているようなものだ。嵐も、業火も、氷雪も、万象が彼女の虜になる。矮小な一般人の努力を嘲笑うように、魔法をかけられた姫は、ただ万人を魅了して夜の舞踏会にステップを踏んでいる。
 果たして、先ほど真凜が『残り数十秒』と予知してからどれほど時間は進んだのだろうか。きっと、自分の想定よりもよほど短いのだろう。それほどまでに濃密な時間だった。秒針がたった一度震えるのさえ、あまりに遅い。
 爆炎が目の前で爆ぜた。視界が紅色の炎で一面埋め尽くされる。これじゃ秒で黒焦げになっちまうと、奏白は目の前に音の衝撃を生じさせた。襲い来る炎は、壁のように遮る音撃の余波で散り散りに吹き飛ばされる。あまりに真っ赤な炎がハラハラと舞う様子は、薔薇の花弁が次第に地に落ちる姿によく似ていた。
 一難去った。だが、また一難というのが世の常だ。音さえ貫き殺す勢いで、今度はガラスの靴が飛び込む。

「俺相手に肉弾戦ってのも非常識だな」

 こと体術に限れば奏白以上の捜査官はそういない。武器のない状況なら当代最強との呼び声も高いほどだ。首を僅かに捻り、頬の薄皮一枚だけを犠牲にし、槍のような蹴りをやり過ごす。その隙に不安定な体勢のソフィアに一歩詰め寄った。

「そう簡単に……」
「行かないよな、知ってるよ」

 無防備な身体に直接拳でも叩きこまれると思ったのだろうか。一度ソフィアは棘のように鋭く尖った氷の結晶を鎧のようにがら空きの胴体一面にまとった。そこを殴る、蹴るなどしようものなら奏白の四肢が返り討ちになるであろう、と。
 しかし百戦錬磨の男が、前線に立つ経験の浅いソフィアの弄した策に容易く乗る訳が無い。目線からも、意識が胴体の防御に回ったと容易に見て取れたため、落ち着いたまま奏白はソフィアの脚を払う。片足を突き出したままの姿勢だったため、容易にバランスは崩れた。誘いに乗ると返り討ちに合うと言うなら、呼吸をずらしてやればいい。両足が地から離れ、自由を失ったソフィアの身体に向け、音の振動をぶつける。直接触れないなら能力で撃ち砕く。
 だが、届かない。アマデウスの能力で空気を振動させるより強固に、ソフィアを取り巻く大気がその鳴動を拒んだ。シンデレラの能力は周囲の事象さえも魅了する力であり、炎の操作も嵐を起こす力もその応用だ。周囲の大気がソフィアに攻撃を通さないため、音の振動を拒む。その結果、奏白の音撃さえ、届かない。
 体勢を崩したソフィアの身体を、下から上空へと向かう風が起こした。見えない手に支えられているように、手も足も使わずに万全の姿勢に立ち戻ったソフィアは腕を伸ばした。狙うは奏白の胴体。炎を纏った槍のごとく、心臓へと狙いを定めた紅蓮の袖。受け止めることはできないため回避に転じようとする。
 しかし、不意に足から力が抜けた。能力でも何でもない、ただの疲労のせいで、穴の開いた風船から空気が漏れるように、足の力はしぼんでいった。踏ん張ることもできずに膝をつく。何もこんな時に、舌打ちをしようとしたその時、横っ腹をおもいきり突き飛ばされた。
 見れば、メルリヌスの撃ち出す光弾が、脇腹に直撃していた。勢いよく突き飛ばされ、地面を転がる。砂利が肌を削る感覚こそあれど、あのままソフィアの腕に貫かれるよりは余程ましだった。
 選手交代、今度の足止めは自分だと、真凜は右手を天に掲げた。夜空には満天の星、しかし東京の夜にこんな星海が現れるはずもない。その綺羅星は全て、メルリヌスの生み出した魔力のエネルギー凝集体だった。

「兄さん、退避!」

 それは、ソフィアに襲われるからという理由ではない。己が振らす魔法の流星群に、巻き込まないための注意勧告だ。地を穿ち、抉り、其処に立つ者を押しつぶす天災。
 魔弾は地に落ちると同時に爆発し、二重に衝撃を引き起こす。防壁のような乱気流を突き抜け、爆風がソフィアを包む。青白い光が瞬くと同時に、光線の矢が遅れて降り注ぐ。これしきで、ソフィアは倒れない。知っている。しかし殺すような気迫で向き合わなければ、足止めさえもできない。
 案の定、弾幕の雨を引き裂いて、その影は飛びだしてきた。肉体強化に特化した黒色のドレスに、焔の赤や、電の黄色が差し込む歪なドレス。一つ一つは美しい、それなのにどうしてもちぐはぐなその姿は、乱雑と呼んで然るべきものだった。

Re: 守護神アクセス【更新再開】 ( No.159 )
日時: 2020/04/21 23:07
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


「邪魔な魔女ね! 貴女から死にたいのかしら!」
「悪いけど、知君くんのためよ。誰も傷つけさせない。お姉さんなんでしょ、ちょっとくらい弟を見倣ったらどうかしら!」
「知らないわ。父親もどこの誰だか分からないし、私のお母さんが直接産んだ訳でもない! 赤の他人の貴女が、知った口を叩かないで!」

 殺す。そんな短い言葉で、破壊衝動を再確認したソフィアは正面の空間を薙ぎ、腕の勢いで眷属の炎を真凜へと飛ばす。それは意思を持った龍が空を泳ぐごとく、空を滑る真凜の背を追い続ける。かぐや姫の従者を思い出すような姿に、またこの構図かと真凜は唇を噛んだ。あれよりは遥かに劣るとはいえ、自分も同じく消耗している。
 予知を繰り返すことで回避は難しくはないが、このままでは再びガス欠が近い。とはいえ、追っ手の炎を打ち消そうにも、魔力をソフィアへの攻撃以外に割く余裕がない。最低限、黒焦げにならないように逃げつつ、砲撃用の魔力リソースは、全てソフィアに向けなくてはならない。
 回避に向ける意識が惜しい。そう判断した真凜は大きくソフィアの周りを高速で旋回するようにして逃げ始める。しかし、動きが単調になったところを見逃してはくれなかった。
 真凜の進行方向を先取りするように、旋風の壁が立ちふさがった。ボードの上に立ち、魔力を推進力へと変換して進むわけだが、そのボードごと身体が空気の渦に飲み込まれる。

「羽虫が図に乗るからこうなるのよ」

 ボードから足を踏み外し、宙で自由を奪われる。急いでボードに掴まり暴風の圏外へと逃げようとするも、間に合わないと察する。眼前には跳躍したソフィアの姿。空を自在に飛ぶ力は持ち合わせていないだろう。風で背中を押すようにして補助し、後は脚力だけで跳んだのか。ボードに手をかけるための残り三センチが遠すぎる。
 未来を視るだけの猶予は残されていない。それぐらいなら身を少しでも捩った方がいい。しかし、これをすんでのところで避けたところで、先ほどの炎の龍もまだ残っている。
 万事休すか。そう自分でも冷や汗をにじませたものだが、この場は何も一対一ではない。真凜を叩き落とすために跳び上がったソフィアは今、真凜以外への注意が薄れている。その隙を見逃すような者を、捜査官のエースとは呼ばない。
 紺色の戦闘服が視界に入り込んだかと思えば、絵の具のパレットのように色がごちゃまぜになったドレスを引っ掴んだ。音速で翔ける奏白から目を離したのは悪手なのだが、理性が飛んだままのソフィアにそんなことは考慮できない。ただ、自分の思い通りにいかない現実に歯噛みし、苛立ちを募らせるだけだ。
 掴んだドレスを引きずり、彼女が操っている炎へ向かって投げつける。飛行能力を有さないシンデレラではそれに抗うことはできない。ただ、炎はあくまでシンデレラに惚れ込んだ彼女に従う家来だ。主であるソフィアを焼くことはあり得ない。

「どうして邪魔するの! 私はただ、ただ幸せになりたかっただけなのに。お母さんと一緒に、歌を歌って、その歌が世界中に愛されて。そんな姿を見てお母さんが喜んでくれて。そんな風に生きたかっただけなのにどうして……。ねえ、私何か悪いことした? 何であの琴割とかいう男は自分だけ好き勝手して、お母さんは見殺しにしたの? そうよ、私があんな目になったなら、貴方達だって酷い目に遭わなきゃ釣り合わないじゃない!」

 血涙を流し、世界の歌姫は無茶な注文をつける。あの血涙は何も、心理的に追い詰められて生じるものではないと、既に奏白たちは知っていた。あれはあくまで、フェアリーテイル化を引き起こしたドルフコーストの毒ガスに体が負けているだけのことだ。ドルフコーストの毒ガスは、解毒を完了させない限り六十六日後に万人を死に至らしめる。そして今日こそがソフィアが死ぬ期日だという話だ。
 もう、残された時間は一時間と存在していない。身体の組織が音を上げていてもおかしくない。

「……可哀想だな」
「そうでしょう? それが分かってるなら死んでよ。私を憐れむくらいなら、私と同じだけ貴方も不幸になりなさいよ」

 奏白は同情を口にした。これではあまりにも浮かばれない。もはやその胸中を窺うなどできないことだが、それでも胸を痛めているだろうことは容易に想像ができた。
 その憐れみに同調しようとしたソフィアだった。少しでも同情するのなら、代わりに償って見せろと無理難題を目の前の捜査官に突き付けてみせた。しかし、その捜査官の男が寄越した返事は、およそソフィアに予想できた答えではなかった。望んでいた返事は肯定だった、想定していた返答は反発だった。
 しかし、奏白という男が返したのは、あくまでも否定だった。

「ちげえよ。お前じゃない。俺は、お前の母親が浮かばれないって言ったんだ」
「……は?」

 母親という言葉を耳にして、眉間に皺が寄りっぱなしのソフィアの表情が、彫刻のように固まった。一体、今聞こえてきた文言に間違いは無いだろうかと、必死でオーバーヒートした脳を動かす。
 だが、間違いも偽りも無かった。あの男はあろうことか、自分の母親を指さして憐れんだのだ。これでは死んでも浮かばれないだろうと、ソフィアを指さして言ってのけた。

「ねえ、今なら許してあげるわ。貴方今、何て言ったの。私の聞き間違いかしら? そうだって言った方が良いわよ。頭がぐずぐずになってるんだから、ついうっかり貴方を殺しちゃいそうなの」
「……娘がこんなんなって、浮かばれると本気で思ってんのかよ。父親とぐるになって、ELEVEN三人も巻き込んだ戦争起こして。しかもお前の母さん日本人なんだろ。東京ぶち壊して喜ぶと思ってんのかよ。もし真凜がそんなことしでかしてみろ、俺だったら死んでも死にきれねえよ。どうしてこんなことするんだって、泣いて、喚いて、届くまで叫び続ける。たとえ死後の世界からだってな」
「そう、そうなの……。分かったわ。殺さなくちゃね。許せない。許さない。邪魔なの、鬱陶しいの、立ちはだからないで。ねえねえお母さん、耳鳴りがするの、止めてって、そんなことしないでって、耳の奥の方で誰かが止める声がするの。おかしいよね! だって私たちの行いは、正しいことなんだから!」
「そういうとこだっつの」

 風船が萎むように、奏白を取り囲むアマデウスのオーラは縮んでいく。流石に自分の身体も限界かと、深い溜め息をついた。守護神アクセスの強制解除と同時に、脳内麻薬が誤魔化していた疲労と痛みとがどっと圧し掛かってきた。

「兄さん!」
「無理すんな、お前も限界だろ。でも大丈夫だよ、もう足音はすぐそこだった」

 未来視を試みた瞬間だった。とうとう魔力が底をついたメルリヌスが、今晩はもう無理だとばかりにアクセスを中断した。何とか無理をして誤魔化していた肉体からするすると力が抜けていく。そこに立っていることさえ、おぼつかなくなるほどに。
 先ほどからクーニャンの加勢が無くなっていると思えば、彼女もガス欠らしい。桃太郎が必死で引き起こそうとしているが、もはや気力やプロ意識では体が動かないところまで来ているらしい。それも仕方ない。長い間一人でシンデレラの相手をしていたのだ。自分達よりも消耗は激しかったに違いない。
 今度こそ邪魔者は消えた。これ以上彼らにかかずらっている時間が惜しい。さんざん足止めをしてくれた礼に嬲ってやろうと決めていたソフィアだったが、琴割の下へ向かうにはその時間が惜しいと諦めた。後三十分もすれば終わる命だ。この命を使うなら、琴割の矜持を最大限傷つけるためにだ。
 彼という独裁者が傷つけた星羅 ソフィアが目の前で死ぬ。琴割と、彼が作った社会への恨みに苛まれたまま。平和な世界なんてちゃんちゃらおかしい。琴割の掲げる正義は、正論と呼ぶには自己中心的すぎた。その警鐘を鳴らすために、この命を投げ打たねばならない。

「でも褒めてあげる、最後に残った、最も強いフェアリーテイル。人の夢を集めた灰被りの姫君、シンデレラを相手にここまで張り合えたんだから」

 そうして、一思いに息の根を止める。ここら一帯を火の海にするべく、ごちゃ混ぜだったドレスが怒りの紅蓮一色に染まる。そしてその場で流麗なターンを決めて、自分以外全てを燃やし尽くす劫火を招こうとした時のことだった。
 突如として、その場で蹲っている捜査官一同の身体が引き寄せられた。何事かと面食らった面々だったが、優しくブレーキをかけて停止して、状況を把握した。見えたのは、小さな背中だ。自分達よりずっと背の低い少年が、自分達を守るために立ちはだかっていた。
 小さいのに、誰よりも強くて、優しくて、広い背中だった。

「また邪魔……。そればっかりね、今日は。何よ貴方、掃除機みたいな能力なの」
「いいえ、ネロルキウスの能力を行使しました。さっきまでこの方々が居た空間から、奏白さん達の身柄を奪い取りました」
「あぁごめんなさい、タイラだったのね。もう目の前にいるのが誰なのか、わざわざ判別なんてしてられないの」

 長い夜だった。長すぎる、凄惨過ぎる事件だった。全ては、この時のためだったと言っても過言ではない。お伽噺の住人達を巡った、時空を超えた戦争。その最終局面は、同じ母を持つ姉と弟に託されようとしていた。
 琴割の創った安寧が、正しいか否か、それを証明するための最後の二十数分。勝っても負けても、泣いても笑っても、残された時間は僅かなものだった。

Re: 守護神アクセス ( No.160 )
日時: 2020/04/22 14:47
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 彼女は本来、とても美しい人だったはずだ。テレビの向こうにいた歌姫は、その歌声だけではなく容姿さえも絶世の美女だと各国のメディアが取り上げていた。当然日本も例外ではない。ドイツ人男性と、日本人女性の間に生まれた奇跡の子。神から授けられた多様なギフトを最大限に利用して、人々に幸福を与える。
 そんな、恵まれた人だった。大地の女神のように、その幸せを誰かに与えることができる人でもあった。ネロルキウスの能力を通じて、彼女の母から遺伝子を継いでいると知った時には、誇らしく感じた程だった。きっと会うことはないのだろう。自分が弟だなどと、言い出せはしないだろう。
 それでも、偉大な人物と血で繋がっていられるというのは、過酷な日々を生き抜く上で心の拠り所として相応しかった。自分が信じていた、琴割から授けられた正義を遺憾なく発揮するために、彼女に恥じないような人間であろうという意識は知君の中でとても大切なものだった。
 奏白と会い、ネロルキウスの力の使い方を知った今年の春。あの日から知君もテレビを見るようになったが、その頃にはソフィアは活動休止状態だった。最愛の母の喪に服していると知り、遺伝上の自分の母親が死んだと彼も理解した。一度だけでいい、実の息子と認めてくれなくてもいい。一目だけでも、いつか星羅 朱鷺子という女性を見てみたいと思っていた知君も胸を痛めた程だ。
 きっと、実の娘であるソフィアにとっては、知君が受けたものとは比べ物にならないほど大きなショックだった。悲しくて、苦しくて、何のやる気もでなくなってしまった。でもいつか、立ち直って、また人々に気高く、凛々しく、そして美しい姿を見せてくれるって。

「……数か月のことでしかありませんが、待っていたんですよ。……お姉さん」
「そうなの? ごめんなさいねタイラ。でも私が、タイラを弟と認めるかは君の期待とは別のものよね」
「ええ、分かっています。急に現れた僕なんかを、弟だと、家族だと認めてくれとは言いません」
「殊勝な心掛けね。ならそこを通してくれない? 私は会わなきゃいけない人がいる。それを邪魔するのなら」

 君だって殺すしかなくなる。力強く彼女は宣言した。彼我の実力差が理解できていないという訳でもない。何せネロルキウスとシンデレラはお互いにお互いの能力が通用しない。身体強化に関しても、お互いに遜色がないレベルだ。すなわち、足止めはできても、闘争の様子を呈しても、彼らが真に殺し合うことは不可能だった。
 この兄弟げんかはただ時間を浪費するだけに終わる。それをお互いに理解している。だからこそソフィアは知君を素通りしたいと願っており、知君はその過程で心変わりさせようと試みている。

「後少しで、私は死んでしまう。その前にあの傲慢な老害に、間違いを突き付けなきゃ。だからお願い、退いて」
「絶対に嫌です。僕がここに来たのは琴割さんの命令でも何でもない。僕自身の我儘だ」

 相変らず烈火のような語気を放つソフィアであるが、知君もそれに一歩として退こうとしない。当然だ、乗り越えてきた視線の数が違う。向き合ってきた壁の厚みも高さも違う。才能に甘んじて、甘やかされて、その力を無造作に振るうことを許されたソフィアと彼との決定的な違い。
 才能を持つべくして産み落とされた知君だったが、決してその人生は恵まれたものではなかった。自我を失いかけ、死にかけ、何度も傷ついて、ようやく今がある。これまでずっと、呑み込んできた欲求、願望、駄々、我儘。迷惑をかけないようにと、過剰なまでに自分のやりたいことを押し殺してきた彼の初めての願い事。

「貴女は死なせない。貴女が直接的に殺した人はいないとしても、我儘に巻き込まれて死んだ人は沢山いる。この世界から死んで逃げ出して、楽になんてさせない」
「知らないわ。契約前のシンデレラが何人殺していようと、そこに私の責任はない。そもそも会えていなかったのだから止めようもなかった。自分と契約していない赤ずきんみたいな守護神に関しては尚更よね」

 そもそもソフィア自身が復讐のやり玉に挙げていたのは、琴割ただ一人。付け加えるとすれば彼が理想として掲げた社会だろうか。ただ、その幼稚な復讐に巻き込まれて死んだ人は大勢いる。居場所を失った人も、家を失った人も。
 その発端が彼女たちにあるのならば、あるいは協力者のラックハッカーにあったというなら、その責任を取るべきとは自明の理だ。

「無理な話ね。もうラックハッカーにシェヘラザードはついてないんでしょ? いい気味だけど、私がしてきたことの隠蔽ももうできない。世論が私の死刑を求めるわ」
「琴割さんの能力でもみ消せばいい」
「無茶を言うわね。琴割がそれを認めるとでも? それにそんなことに能力を使わせることが間違いじゃない。ELEVENなんだから、好き勝手に能力を利用するなんて……」
「何だ、ちゃんと分かってたんだね」

 自分が今、何を口にしようとしたかを彼女は理解した。あれ程荒々しく、そして猛々しく煮え滾っていた頭だったが、知君と向き合った途端に少しずつ冷めていくのを自覚する。思考が明瞭になり、自分の弁が破綻していることを察知した。
 そうだ、琴割の能力の濫用を指摘するというのならば、自分の復讐が的外れだと認めるようなものだ。

「僕たちのお母さんを助けるためだけにナイチンゲールの能力を使う。それも、許されないことだよね」
「へえ……そんな理屈だけは達者に育ったのね」
「違うよ、これは別に達者な言葉でも何でもない。冷静になったら誰もが割り切れることなんだよ」
「冷静……? 冷静って何よ、冷淡とか冷徹の間違いじゃない! やっぱりあなたはお母さんの子供なんかじゃない、私の弟でも何でもない! 本当の親の愛なんて受けたことがないからそんな風に切り捨てられるのよ。私はお母さんが大好きだった、だから諦められないんじゃない!」
「じゃあ、親の愛って何なの」
「決まってる、子供が幸せに生きることよ」
「今から死のうと考えてる姉さんに、相応しくないよね」
「ああいえばこういう。本当に琴割そっくりね、そんなに怒らせたいの!」
「それにこんなことして、本当に幸せ? 自分がやったことに責任も持てないのに? さっき姉さんはシンデレラや赤ずきんが出した被害に責任は持てないって言っていたし、自分自身はまだ人殺しをしていないって言い訳しているみたいだった。分かってるんでしょ、自分が癇癪起こしてるだけなんだって。本当に他人のことを踏み躙って、復讐を達成したところで自己満足できるタイプじゃないよ、姉さんは」

 生まれながらに悪意に染まった人間というのは確かに存在している。真凜が単独で検挙した、アレキサンダーの契約者の人間などがいい例だ。人間性さえ変質させるような復讐心というものが存在しているのも理解できる。
 しかし、これまでのフェアリーテイル事件を振り返ってみても、ソフィアにはその覚悟が決まっているとは思えなかった。シンデレラはソフィアと契約してから現れなくなった。これはソフィアの鍛錬という目的もあっただろうが、シンデレラを管理下に置くことでその間の被害が無くなったのも事実だ。

「シェヘラザードの能力を、ラックハッカーが無尽蔵に使っていれば、もっと世界は乱れていた。でもそれを良しとしなかったのは、ラックハッカーの協力者である貴女が、『琴割さん以外への被害』を拒んだからだよね。数少ない協力者の姉さんに、ラックハッカーはそれなりに敬意を払っていた」

 殴られたから殴り返す。そんな幼稚な理屈のためだけに彼女は動いていたのだ。自分の大切な者を奪われたから、琴割の大切な理想(ゆめ)を打ち砕こうとした。

「確かに琴割さんは独善的な人かもしれない。でもあの人は、ちゃんと大切な家族を失う想いは知ってた。琴割さんが今の社会を目指したのは、最愛の娘と奥さんを喪ってからなんだから」

 琴割はその深い落胆と悲哀とを乗り越え、立ち上がり、世界を変えた。それを叶えるだけの力を、ジャンヌダルクを有していたからだ。
 それは琴割に限った話だろうか。そうではないと知君にも分かる。彼女は母を喪ったとはいえ、同じ悲しみを共有できる父親がまだ残されている。彼女がステージに帰ってくるのを何年でも待とうとするファンもいる。
 そしてそれで足りないというのなら。

「僕がいるよ。姉さんの間違いは僕が正す」
「それは、憎いと思えないタイラだから間違いだって決めつけてるんじゃないの。私は、お高くとまったあの男に、何としてでも一矢報いてやらないと気が済まないの」
「姉さんの間違いは、行いそのものじゃないよ。覚悟も決まっていないのに、心の声を無視して、無理な復讐に執心していることだ。憎い人に一泡吹かせたいって気持ち別に間違いじゃない。でも、琴割さんへの復讐のために、巻き添えにした人が多すぎた。無関係の人に不幸を押し売りしたこと、自分の責任だって認められないんでしょ?」
「何よ、分かった顔して」
「だって僕も、そういう人間だから」

 この戦場に降り立った時、王子を殺さなかったのは確かに戦略的な意図もある。王子を殺してしまうと、人魚姫の契約が切れる。そうなると守護神ジャックが可能となり、人魚姫の歌の能力を使われる可能性がある。喉を潰した状態で王子を活かしておけば、その能力でソフィアとシンデレラが取り込んだ毒ガスを浄化することはできない。
 ただそれ以上に、彼女にはできなかったのだろう。守護神と人間という知生体として概念の壁は立ちはだかる。一般的な男女の関係ではなく、契約を通じた信頼関係や相棒としての想いも入り混じっている。それでも王子と人魚姫は互いにとってお互いこそが最も大切な存在、心の拠り所となっている。母を愛する自分の姿と重なった、だから彼らを引き裂くことなどできなかった。

「姉さんはきっと、日本で、東京で、赤ずきんみたいなフェアリーテイルが沢山人を殺していても遠い異国の出来事だと目をつぶっていられた。でも、自分が戦場に立つとそんな覚悟を決めることができなかった。だから、王子くんを殺すことができないのを戦略的な理由だと言い訳したんだ」
「だからそれは、人魚姫の能力を使わせないためで……」
「守護神ジャックが成立するのは『守護神と未契約の人間』だけだよ。この場は戦場で、捜査官しかいない。捜査官は当然自分の守護神がいるし、この場に守護神ジャックの要件を満たしている人はいない。それなのに王子くんの喉を枯らすだけに留めた。それは何も失態でも、恥じる事でもなくて、姉さんが非情になりきれない、優しい人だって……」
「もう御託は沢山!」

 どうして知君と向き合うと、自分の心が整理されていったのか理解した。悔しいが、認めたくないが、そこには確かに母の、朱鷺子の面影があった。ついつい、母親に諭されているつもりになってしまった。だからこそ、彼の声に耳を傾けてしまった。
 どれだけ複雑に思い悩もうと、隠し事をしようとも、朱鷺子にはその悩みや不安を容易く理解されていた。滅多に怒ろうとせず、いつもソフィアの歌手としての成功を喜んでくれる、仏のような人だった。
 その面影を、知君の中に見つけてしまったせいだ。

「退いてタイラ、もう時間が無いの」
「時間ならこれから見つければいい。そのために僕が、助けに来たんだ」
「そんなこと私は頼んでいないわ!」

 もう余計な能力は必要ない。炎も嵐も、氷雪も雷鳴も知君には通じない。信じられるのは肉体強化と徒手空拳に限る。だからこそ己の身体に限界を超えたパフォーマンスを促す、黒のドレスに着替えた。まるでパッチワークのようにごてごてと多彩な布を縫い合わせたような歪な衣装が、瞬く間に硯に溜まった池のような黒に染め上げられる。フリルの裾が銀色になっているのは、どことなく刃物の鈍い輝きを想い起させた。

「最初に言ったはずだよ」

 これは僕の我儘だ。
 目的が真っすぐ一つに定まっているのは何もソフィアに限った話ではない。限られた時間で彼女に生きたいと思わせなければならない。死ぬ以外の方法で過ちを償わせようと考え直してもらわねばならない。
 時計の短針はもうすぐ十二に重なろうとしていた。短針は、たった今八のあたりを通過した頃合い。
 琴割の下へ向かおうとするソフィアが駆けだす。だが、知君は行く手を阻むように立ちふさがる。
 守護神アクセスを解除した奏白にはもう、蹴りを繰り出すガラスの靴が、ただの星の煌めきにしか見えない。もはやその場に居合わせた者には、二人の行く末を見守ることしかできなかった。

Re: 守護神アクセス ( No.161 )
日時: 2020/04/23 23:56
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 それはきっと、シンデレラが舞うように戦うからだろう。知君とソフィアとが織り成す素手での戦闘は、あまりに流麗な掛け合いのように思えた。動作がお互いに激しいことも理由の一つだろう。琴割のいるところまで、迂回してでも突き進もうとする彼女を遮るようにして知君が眼前に現れる。その度に反撃の手を繰り出してはいるのだが、それが彼に届くことはない。
 ただ、正直なところ知君にとって、いっぱいいっぱいの状況だった。そもそもネロルキウスは能力で身体能力をいくらでも補えるため、素の肉体強化はそれほど優れていない。知君にとって禁じ手である、周囲の人間から少しずつ膂力を奪うという手段で、スタミナ切れの捜査官の体力をも結集している状態だ。
 それに対し、シンデレラは黒いドレスを身に纏っている時に限り、常人とは到底かけ離れたフィジカルを有する。体力を軒並み使い切り、虫の息の人間まで混じっている捜査官の余力を束ねても、およそ拮抗しているとは言い難かった。
 せめて彼女を見失わないようにと、奏白の動体視力を一時的に借り受ける。守護神アクセス時限定とはいえ、音速の世界を日々目にしている奏白の視界であれば、まだ何とか見逃さずについていける。
 守護神アクセスの肉体強化というのは能力でも何でもない。そのため如何にELEVENといえどもその影響は無視できない。知君に対処するためには、傾城の特質を持つ守護神が格闘のみで彼を圧倒せねばならない。しかし、それまでそのような守護神は存在しなかった。
 それゆえ、知君にとってこれほど厄介な敵というのも初めてだった。拳を突き出すことさえ激烈、蹴りを一度受ければ膝まで震える程だった。それに目的の違いも大きい。ソフィアは何としてでも知君を押しのければいいのだが、知君はソフィアを止める必要があり、力ずくで殴り飛ばすことも躊躇している。

「退いてって言ってるじゃない」
「退かないよ。だって、誰も幸せにならない」
「今だって私は不幸なの!」

 大声と共に、知君の鳩尾めがけて膝蹴りを放つ。しかし、咄嗟に反応した知君は両手でそれを受け止めた。あまりの衝撃に、掌全体が痺れ、顔も苦痛に歪む。その一瞬の隙をソフィアは見逃さなかった。

「邪魔!」

 膝蹴りの勢いで硬直している知君の無防備な横っ面を、平手でおもいきりはたいた。ビンタなどと生易しいものではなく、大仰な音をたてて知君の身体は横薙ぎに吹っ飛んだ。小柄な体が更地に転がり、砂利が舞う。真凜が彼の身を案じる悲鳴を上げたが、兄の方は冷静だった。

「知君、数秒だけアマデウスを呼ぶ!」

 それだけで、奏白の意図を瞬時に少年はくみ取った。少しインターバルを置かないと、アマデウスの身体強化に奏白の身体がついていかない。そのため、数分間休まない限りはせいぜい三、四秒の守護神アクセスが限界である。
 脚は棒となり、ろくにいうことを聞かないので自分自身の力でソフィアの進路を阻むことは不可能。だからこそ、知君にアマデウスの速度を託すことにした。

「ネロルキウス、アマデウスの速度を借りて!」
『生ぬるいやり方だな』

 それなら直接知君がアマデウスを使えるようにした方が話は早い。むしろそれならばアマデウスの能力でシンデレラへの反逆も可能になるというものだ。しかし知君がそれをよしとしないであろうことは容易に想像がついた。かつてピタゴラスを奪い取り、研究者としての道を断たれた女性のことが相当堪えてしまっている彼だ。自発的に他人の守護神を奪うことなど、決して許さない。
 アマデウスの身体強化をそのまま借り受け、亜音速で知君は走る。如何にシンデレラが素早く動けても直線的な動きではアマデウスには敵わない。崩した体勢をすぐさま立て直した少年は、再び真正面からソフィアと対峙した。
 視界の隅できちんと知君が追ってくるのは確認していた。ソフィアは即座に攻撃に転じる。走る速度は殺すことなく、そのまま勢いに乗って回転する。競技舞踏の中にはまるで走っているような勢いの部門も存在すると言うが、孤独に踊る舞姫の姿はそれを想起させた。
 スカートを翻し、烏の羽根を散らすように布をはためかせる。その暗澹とした中に潜むのは、鋭いガラスのヒール。瞬くとほとんど同時、知君を貫き穿つためにその一閃を放つ。
 だが、ヒールを突き刺すように蹴りだすため、その動きはひどく直線的だ。大きく身を捻ってしまえば当たることはない。女性相手に殴りかかることは知君の性格上難しいため、ドレスを掴んで組み伏せることに決めた。幸い、フリルの装飾に富んだドレスだ。無造作でも容易に掴むことができる。
 横腹のあたりの布をそのまま自分にひきつけ、反撃を受けないよう背後に回る。蹴った足を引き付ける前、片足で不安定な内にうつぶせに倒れるようにして組み伏せる。
 しかしソフィアも慌てない。知君に能力が通じなくとも、自分を支える使い方はまだできる。ドレスの姿は変わることなく、白銀のティアラが顕現する。白銀、つまりは氷雪の力。自分の身体の下で氷の柱を隆起させることで、組み伏せた状態から脱却した。そのまま体を振り乱して、遠心力で知君を引きはがす。
 ただで離してなるものかと、知君はソフィアが立つ足元の地面に能力を行使する。一定質量の足場の岩盤、それを奪い取ることでソフィアが立っていたはずの大地をくりぬいた。唐突に足場を失ったソフィアは重力に従い落ちようとするのを察知する。だが、彼女の周りの大気がそれを許そうとしなかった。
 凝固した大気がそのまま足場となる。空気そのものが高密度になった影響で、大地に穿たれた穴の中にソフィアが落ちることはなかった。それどころか、姿を自在に変えられる空気の床が、ソフィアを万全の姿勢にするべく花道を作る。
 地を蹴り、駆け出すと同時に、風をも従えて自分の勢いを後押しする。先刻よりずっと鋭い一撃が、知君の下腹部に叩きこまれた。無理に胴体を圧迫されたせいで、肺の中の空気が無理やり吐き出される。次の瞬間には殴られた衝撃そのまま後方へと加速、再び地を這うことになる。

「直接能力を使えないのに、よくもまあそれだけ邪魔ができるわね」

 ELEVENというのは能力が強大であるがゆえにそこにあぐらをかいていることが多い。琴割がいい例だ。彼は自分の老化や傷病を拒んでいるため、誰がどのようにアプローチしようと傷一つ負うことも無ければ、死へ向かって進むことも無い。何でもかんでも能力を適応させるのみで、利用するという使い方は苦手なはずだ。
 それなのに知君は、能力が効かないはずの相手に対し、ルールの穴を突くように的確にネロルキウスの力を応用していた。

「でも、これで流石に……」

 今度こそ、怨敵の琴割のいる地へ。もう目と鼻の先に迫った母の仇へと再び足を向けた時、砂利を踏む音を聞いた。まさかと思い視線を向けると、立ち上がった少年の姿。いたるところに擦り傷を作りながら立ち上がる彼の背後で、ビルの残骸がぼろりと崩れ落ち、砂煙をあげた。

「よく耐えたわね」
「その辺りに転がって……る、瓦礫の耐久力、を貰ったんだ……代わりに、その鉄骨なんかは風化し、ちゃったけど……ね」

 絶対に通さない。その意思だけで立ち上がっている。どうしてそこまで躍起になっているのか、冷静さを取り戻したソフィアにも理解できなかった。彼の目の前にいる自分は、諸悪の根源と呼んで差し支えの無いものだろう。唯一彼女に認められた慈善的な行いなど、ラックハッカーが好き勝手に能力を行使することを心理的に抑制させていたことぐらいのものだ。血縁関係はあっても、交遊などなかった間柄だ。家族の情など無いだろう。
 そしてここで自分を止めても止めなくとも結果は変わらない。今のソフィアからドルフコーストの毒気を除去することなど誰にもできない。正しくはできなくなったのだ、王子が戦線離脱した影響で。そのためソフィアを止めようと、心変わりさせようと彼女の死に変わりはない。むしろ覚悟を決めたまま死なせた方が余程人道的というものだ。
 そして、何人たりとも琴割月光を殺すことは不可能である。ソフィアを取り逃がしたところで、彼が殺される未来は決してない。
 ただ、ソフィアが死に場所を選んでいるだけだ。生きている内に恨み言を言おうとしているだけだ。ジャンヌダルク擁する独裁者が作り上げた社会の中で、悲しみに溺れた人間が居るのだと知らしめてやるだけだ。

「たった、それだけのことよ。琴割一人が好き勝手に能力を使える世界なんて、どう考えても間違ってるじゃない。どうして誰もそれを伝えようとしないの」
「琴割さんは、私欲のために能力を使ってない。それに好き勝手じゃない、誰にも見られないように、気づかれても問題にならない規模でしか使っていない。現に琴割さんはただ一人のフェアリーテイルを相手にもしていないよ」

 琴割がフェアリーテイルを討伐するというのは、ELEVENが武力行使した既成事実を作るという事だ。それは許されない、だからこそ捜査官は是が非でも自分たちの力でこれまで桃太郎やシンデレラたちと渡り合ってきたのだ。

「あの人は多分、人であることを自ら放棄してる。社会を維持する装置であろうとしている。だからこそ、誰もが文句を言えないように、正論で動いているんだ」
「タイラ、貴方は造られた命よ。それが分かってるの? 貴方という懐刀を作るためだけに命を冒涜するような研究を……」
「そうだったね」
「それに、貴方の能力を使っているじゃない。ELEVENの武力行使は実際にしている、それなのに……」
「建前上、ネロルキウスに契約者はいない。だから、僕がどれだけ能力を使っても、世間的にはそれは伝わらない」
「隠蔽してるだけじゃない!」
「そっちの立場じゃ分からないよ。琴割さんはきっと何十年も悩んでた。こういう事態が起きた時、『ELEVENでしか抗えない脅威に、自分以外の誰かが立ち向かう』ことを想定していたんだ。琴割さんは何も、意地悪でELEVENを禁じているんじゃない。ELEVENの能力を好きに使えるとなると、契約者の人権が侵害される未来も考えられる。そうならないよう、能力の使用に制限をかけたんだ」

 知君にしか倒せないフェアリーテイルは多数存在していた。彼がいなければ救えなかった人も数えきれないほどいた。知君を禁じるというのは、助かったはずの数十万人、数百万人を切り捨てるという事だ。

「これについては姉さんたちが人殺しの側だっていうのは、自分から言ってたよね」
「それは……いや、でもだからといって、自分だけが自由に使える最強の武器を作ったことに変わりは」
「そっか……」

 不意に知君の声が掠れた。泣いてはいない、けれども涙を流しているのではないかと錯覚するほどに、その声には寂しさが滲んでいた。
 落胆と、冷ややかな怒りと、それを上回る憐憫。そんなことを口にしても心が痛まない程、星羅 ソフィアの精神は壊れている。それがどうしても悲しかった。

「じゃあ、共犯者だね」
「何が?」
「僕たちのお母さん」

 その一言にソフィアは目を見開いた。唇が動揺でぴくりと痙攣する。指摘されると同時に理解する。知君の存在がイリーガルだというならば、それに加担したのは朱鷺子とて同じだ。知君を生み出したことに関して琴割を糾弾しようものなら、それは母に後ろ指さすことにも繋がる。

「違う! お母さんは利用されただけ!」
「うん、きっと、伝え聞く話を聞く限り朱鷺子さんはそんな人じゃない。でもね姉さん、今僕のことを兵器扱いしたよね?」
「それは……」

 痛い所を突かれたとばかりに、顔を歪ませて言いよどむ。カッとなったとはいえ明らかにあれは失言だった。破壊衝動の影響で冷静さを欠いているとはいえ、今自分は言ってはならないことを口にした。なぜなら、それは。

「姉さんのその言葉は、『姉さんが頭の中に浮かべている琴割さんと』同じもの……」
「うるさい!」

 その先は言わせない、そう言わんがばかりの勢いで飛び掛かった。月だけが照らす闇夜の下、純黒のドレスがゆらゆらと揺れる。渦を巻くように軌跡を残すドレスの裾。飛び込む勢いを回転に変換し、そのまま知君に回し蹴りを見舞う。だが、焦燥で衝き動かされただけの彼女では決定打には結びつかない。

「もう、もう言葉なんていらない! どいてくれないなら知らないわ、タイラでも殺す、殺すからね、嫌なら早く退きなさいよ、これが最後なんだから!」
「ほら、そうやって脅して、道を開けてって縋りついてる。強い言葉をわざわざ選ぶのは、本当にそんなことができないから」
「うるさい! タイラなんか、タイラなんか……」

 鍔迫り合いは続く。たった数分の攻防ではあるが、実際以上に時間が過ぎるのが速く感じられた。息を呑むような戦闘に意識を奪われていると、一分程度しか経っていないように思えている。それなのに、時計は無情にも進み続ける。
 死にたがっている、ソフィアの意志を代弁するように。

Re: 守護神アクセス ( No.162 )
日時: 2020/04/24 19:13
名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)


 血よりも濃い絆というものは確かに存在する。長年連れ添った間柄だったり、劇的な出会いを経た二人なら、そういったことも。ただそれでも、血のつながりが重要ではないという証明にはならない。これまで赤の他人だった生き別れの兄弟が、血縁者である事実を知って途端に情が湧くこととて起こり得る。
 知君の中に生じたソフィアへの感情というのはまさしくそれだった。天涯孤独だと信じていた自分の身の上に、不意にもたらされた一縷の望み。それこそが彼女、母を同じくした姉の存在だった。
 殴られようと、蹴られても、刃のような言葉を投げられようとも、その想いは変わらない。今の彼女はあくまで、精神を侵す毒に囚われているだけなのだから。それは彼女自身が望んでそうしたとは分かっているが、攻撃的な言葉そのものは彼女の意志からずれたものだ。もしソフィアが真に意識している感情を抽出するというのならば、琴割までの道を遮る苛立ちこそふさわしい。
 彼女は確かに聖人君子ではない。だが間違っても、見境の無い悪逆の徒でもない。ただ彼女は目的を果たそうとしているだけ。むしろよく自我を保てている部類だ。若くして世界一の歌い手となった彼女だ、胆力や精神力といったものは人並み外れているのだろう。強大な守護神達も冷静な思考を奪われ、破壊衝動に苛まれてしまうドルフコーストの瘴気。精神を蝕む毒に苦しんでいてなお、これだけ会話が成立していることが彼女の強靭な意志を示していた。
 愛という感情は何よりも恐ろしい火薬庫だ。純粋で、暖かく、他のどの気持ちよりも美しいようでいて、時として簡単に淀んでしまう。何よりも愛しかった人が、世界で一番憎く感じることもある。何かを愛していた時、それを奪ったものへ純然たる殺意を向けるようになる。
 愛は時に烈火に例えられるが、怒りや憎悪もまた炎に例えられる。焦がれる程に慕っていた母を奪われ、その熱量が人を傷つけるために向いたのがソフィアという訳だ。
 あと十数分で死に至る彼女は、まさしく消えかけの蝋燭のように最後の命を力強く燃やしていた。消える間際に最も強い焔を立てるように、シンデレラの能力を無駄なく引き出していく。一秒ごとに研ぎ澄まされ、ただ一刀の太刀へと磨かれている。奏白やクーニャンと戦っていた時のようなごちゃまぜのドレスではない。均整の取れた黒のドレスに力のリソースの大部分を使いながらも、別の能力で自分を補助している。
 足場を奪おうとする知君に対し、氷の足場を瞬時に生成することで対抗。時折アマデウスと同等の動きを見せる彼に対抗するため、身体能力にさらに追い風を乗せる。いざという時に反射で体を動かせるように微弱な電流を前進の筋肉に流す。どれも知君へ働きかけていない使い方なので、打ち消されることはない。
 止まろうとしないソフィア、彼女の動きに精彩が戻ってきたというのは身を以て知君も感じていた。悠長にしていても、それは自分の首を絞めるだけだ。彼女を説得して復讐を諦めさせるようにするだけではない。その後、生きたいと願った彼女を救わなければならない。しかしその手立てがどうしても思い浮かばなかった。
 どうすれば、彼女を助けることができるのだろうか。刻一刻と過ぎゆく時間に、むしろ知君が囚われていた。もはやこの距離ならソフィア親子にとっては充分と言えた。かなり離れた位置とは言え、琴割の姿は目視できる位置にあった。おそらく彼も知君との最後の戦いを眺めていることだろう。

「ねえタイラ、あの男は罪悪感を感じているのかしら」
「どうでしょうね。あの人の判断は、ルールに即したものばかりだから、後悔も罪悪感もないと思うよ」
「そう。自分が定めたルールのせいで追い詰められた私が自棄になって街を壊しても、その全責任はやっぱり私にあることになるのね」
「逆に聞きたいんだけど、姉さんはそれが責任転嫁だとは思わないの? 今東京の一画がこうして更地になってるのは、姉さんとその仲間が攻め入ったからだよ」
「あの男が作ったような街よ、そんなの気持ち悪くって仕方ないじゃない!」
「琴割さんは確かにダブルスタンダードを強いてるよ。周りの人間の守護神利用を規制する一方で、自分は露見しないように能力を濫用している。でも僕は仕方ないと思うよ。表向き禁止されていることを、社会のために適宜濫用することは必要悪なんだ、って」
「何よ、この場で一番子供のくせに、大人ぶったこと言って」
「僕は規則を定めたのがあの人で良かったと思うよ。ジャンヌダルクと契約しているのがあの人で良かったって。あの人は恒久的な平和を作るための人間として自分を守ってる。そのために拒絶の能力を使っている。守護神を私用で使っていても、悪用まではしていない」

 こんな事は決してしなかったと、かぐや姫の従軍や、シンデレラの強大な能力で荒れ果てた街並みを指して告げる。罪悪感を感じないのかと、彼女は琴割を揶揄したが、それと同じだ。こんなに街を壊して、貴女は胸が痛まなかったのかと知君は詰る。

「それを悔やむぐらいなら、初めからこんなことしないわ」
「それもそう、ですね」

 むしろ悲し気に目を伏せたのは、知君の方だった。


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