白雪姫はりんご嫌い はるた ◆On3a/2Di9o /作

【38】ある夏の日のこと
『――党の佐々木健、佐々木健をよろしくお願いします』
うるさい選挙カーの宣伝する声。畳の上で寝そべり、扇風機の心地よい風をあびながらアイスキャンディーを舐める。凄く冷たい、そして美味しい。
「だらしない純、まじありえねー女として終わってるんじゃねーの」
弟の太一がそう言って、タンクトップが捲れて見えているあたしの腹を指差す。「うるさいなー」と言いながら腹を隠し、またアイスを舐め始める。窓の外からはまだ選挙カーの音がする。あたしがもう二十歳超えてたら、絶対佐々木健には投票しない。うるさいし。
ジージーと蝉が自分の存在を誇示するかのように鳴き続ける、これもまたうるさい。ブロック塀の上には野良猫がいて、きっと肉球とか熱くなっちゃうんだろうなーとか思う。窓も全開だったのでおいでおいでと猫を呼んでみると、危ないものでも見るような目つきで睨まれ、そそくさと逃げられた。ちょっと悲しい。
「純さー……」
「お姉さまとお呼びー可愛い弟ちゃん」
そう冗談で言ったのに、弟に思いっきり腕を引っ叩かれた。熱い痛み。こいつ、姉のあたしに対しては容赦しないんだよね。
「純、お前受験生なのにそんな呑気にアイスとか食ってていいの? 落ちるんじゃね?」
弟はまじめな顔であたしに尋ねる。
「んーまーどうにかなるんじゃねー?」
扇風機の風をうけながら、笑った。弟はため息をついて部屋を出て行く。あはは、野良猫みてー。
アイスキャンディーは軽く溶け始めてた。「おおぅ、あぶねあぶね!」慌てて齧る。冷たい。
山もないし、オチもないけどこれがあたしの日常。目に見える幸福感はないけど、別に嫌いでもない。
(ある夏の日のこと)

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