白雪姫はりんご嫌い  はるた ◆On3a/2Di9o /作



【79】金魚とわたし



 今年は例年と比べて梅雨明けがかなり遅かった。七月も終わる頃になってもまだ、一週間のうち雨の降る日の方が多い。そのせいで毎年行っていたお祭りが潰れたりして、やっぱり早く明けないかなとか思う。だけど案の定、窓の外では雨がザァザァと音をたてて降り続いてる。あーあ、これじゃあ今日あるお祭りも中止かな、と溜息が零れた。まぁ毎年一緒に行っていた彼は、もうわたしのそばには居ないんだけど。

 彼は幼馴染だった。結構仲が良くて、毎年毎年お祭りがあると一緒に行っていた。わたあめとかカキ氷とかたこ焼きとか……食べ物を買っては、ベンチに座って一緒に食べていた。ただのラムネも、彼と飲むだけで凄く美味しく感じだのだ。

『彼女が出来たんだ』
 そう言われたのは去年の夏。ちょうど今ぐらいのこと。
『だから、お祭りを一緒に行けるのは今年が最後』
 そんな当たり前の一言に、酷く心が傷ついて泣き出しそうなのを必死で堪えて『そうだね』なんて言った。嘘吐きなわたし。本当は嫌だって言って、彼を困らせたかったのに。

 お祭り当日はかなり晴れてて、蝉がジージーと鳴きだしてた。夕方が来るのが待ち遠しいような少し寂しいような複雑な気分で、わたしはふうと息をついた。
確か六時ぐらいに彼がわたしの家に来て、それでお祭りへと向かったんだと思う。よく覚えてない。一昨年のことなんかははっきりと覚えてるのに。

 やっぱり人は多くて、屋台もたくさん。賑わっていた。お祭りが開かれているのは近所にある物凄く大きなことで有名な公園で、花火大会も同時に行われるのだ。
『凄いな、人が』
 彼はそう言ってわたしに笑いかけた。この笑顔も今年で最後、今年で終わり。考えるだけで胸がおしつぶされる。
『まずわたあめ食べるだろ、カキ氷も食うし……あとラムネもジャガバタも……射的もやりたいな』
 彼はいつもと変わらぬ調子でそう喋る。わたしばっかりが落ち込んでるんだ、やっぱり。そんな事実にさらに落ち込んだ。


***


 いつもみたいにベンチに座ってラムネを飲んだ。甘い、だけどどこか苦味を感じる。きっとそれはわたしの意識の問題だ。彼はさも美味しそうにラムネを飲み干し、瓶の中に入っているビー玉をカラカラと鳴らせた。
『あと少ししたら、花火大会始まるぜ。何かしたいことあるか?』
 彼はそうわたしに訊く。――したいこと。思い出が作りたい、最後の。
『……金魚。金魚すくいがしたい』
 かなり突発的に思いついたこと。だけど彼はそれを本気にして『じゃあ行くか! 俺結構上手いよ』と言ってわたしの手を引いて、屋台へと連れて行く。

『一人三百円ね』
 屋台のおじちゃん(と言って良いのか分からない年ぐらいの男の人)がそう言って掌を向ける。わたしは慌てて財布から三百円を出し、その掌の上に置いた。それと引き換えに金魚を掬う紙で出来た掬いを貰う。
『凛からやっていいよ』
 彼はそう言ってわたしの背中を軽く押す。わたしは金魚すくいなんて生まれてこの方やったことが無い。だからがむしゃらに水面を掬ってみるけど、やっぱり金魚は逃げ惑って結局紙がやぶけてしまった。
『へたくそだなー! 俺が掬ってやるよ』
 そう言って彼は笑顔を見せる。案の定彼は金魚を五匹も掬い上げて、それをわたしに『やるよ』と言って全てくれた。ありがとう、そう言おうとしたそのとき丁度に始まった花火大会に、全て掻き消された。

 *

 彼とはあれ以来一度も一緒にどこへも行ってない。高校も違うし。彼女とはどうなったのかも聞きたくも無い。たまに家の前とかで会うけど、少し挨拶する程度。昔みたく喋るとかはほとんど無くなった。

 棚の上をふと見る。金魚鉢には金魚がゆうゆうと泳いでいる。その数七匹。あのお祭りで貰った金魚は長生きしないと思ってたけど、未だに元気に泳いでいる。少し餌を食べ過ぎて太ってるくらいだ。そして増えた二匹は、お母さんが買って来た。お祭りで貰った金魚が赤いのに大して、買っていたのは黒い出目金。

 ――思い出だけは、こうして残ってるのに。わたしたちは何を違えちゃったのだろう。
そう思って泣き出しそうになる。それを堪えようと、近くに放り投げられていた抱き枕に力いっぱい抱きついた。薄いピンクの抱き枕はへしゃげて、形を変えていく。

 窓の外はまだ雨が降ってるのに、どこからともなく花火の音が聞こえてきた気がした。
彼はいないけど、夏はやってくる。



(金魚とわたし)

お題提供:譲羽さん「金魚」「梅雨」「抱き枕」