白雪姫はりんご嫌い はるた ◆On3a/2Di9o /作

【78】泡沫サイダー
サッカー、木登り。ゲーム、鬼ごっこ、キックベース。それから秘密基地を作ったりとか、見よう見まねで野球をやってみたりとか。
とても女の子らしい遊びとは言えないけど、当時のあたしにとっては幼馴染の男の子とこういうことをして遊ぶのが、とてつもなく楽しかった。
土まみれになってやった鬼ごっことか、雨上がりのグラウンドでやって服を泥まみれにしながらしたサッカーとか。当時あたしは女の子らしいとか男らしいとか、全く気にしていなかったから気軽に遊んでいた。
――二人で対戦したゲーム、二人で読みまわした漫画。ごっこ遊びで使用した安っぽい、ビニールで出来た刀。
十数年の月日が経って、そんなものがごろごろと押入れの中から出てきた。思わず懐かしい! と声を上げるほど、それらとの再会は久しぶりのものだったのだ。
――幼馴染の男の子とは、小学二年生の時に離れ離れになってしまった。あたしが、転校したから。
顔もロクに覚えてないし、名前も全然記憶に無い。残ってるのは楽しかった思い出だけ。
もうあたし、高校卒業したんだ。今年で。そう考えると、どんどんその思い出すらも色あせていく気がしてならなかった。
***
以前住んでいた街は、現在住んでる街から言うほど遠くなく、そしてとてつもなく緑が多かった。
街路樹は四季の変化を感じさせて、家の近くにあった丘は探せば普通にカマキリとかトカゲとかは捕まえられたと記憶してる。
背の高いビルなんて無く、閑静な住宅街の中に、あたしの家があった。隣の家は気の良いおばあちゃんとおじいちゃんが住んでいて、たまに孫と息子夫婦が遊びに来ていた。そして向かいの家は幼馴染が住んでいて、何度も遊びに行った。
――こんなことは細かく覚えてるのに、どうして幼馴染の顔も名前も思い出せないのだろう。
床に散らばった思い出の品々を見てみる。空気の抜けたビニールの剣は、最初グレーだったはずなのに色褪せ、白っぽくなっていた。ゲームも一昔前のカセット、きっとやってる人なんてもういないだろう。
「あ」
思わず声をあげてしまう。くしゃくしゃに潰れたビニールの剣の柄の部分に、雑な字で名前が書いてあったのだ。
“うらざき しのぶ”
幼稚園児が書きました! と宣言しているかのような字は、いっきにあたしの記憶を呼び戻した。
そう、しのぶ。確か浦崎忍。あたしはしのくん、って呼んでた。しのくんはあたしのこと、名前の七実からとってナナって呼んでた――
しのくん、しのくん。
昔の自分の声がエンドレスにリピートされる。
ああ、別に恋してたわけじゃない。だけど会いたい、凄く。
そう思うと、いつの間にか家を駆け出してた。
***
外に出ると空はまだ青くて、ああそういえばまだ十三時過ぎだったっけなと思い出した。
家の前の道路のコンクリートは日の光を吸収して、熱を持っている。そのせいで凄く暑い。汗が流れてくる。
衝動的に家を飛び出し、庭に立ち尽くす。
引っ越したのは小学二年生のとき、何も覚えてない。街の名前も、道も何も知らない。ふう、と溜息が漏れ思わず座り込んだ。俯き、地面を見る。せっかく思い出したのにな。しのくんのこと。
――そのときだった。
「ナナ」
低くて、少しかすれた声が頭上からした。ハッとして顔をあげると――
「……?」
こげ茶色の髪の毛、少しつり気味の目、真っ黒い学ラン。
――脳内で何かがはじけた。チカチカとハイライトを起こして、それで。
「しの、くん?」
自分でも驚くくらい声が掠れていた。目の前に立っている彼はにやりと意地悪そうな笑顔を見せ「ナナ、久しぶり」と言った。
木が風に揺れて、ザァザァと音を立てる。暑い、蝉が馬鹿みたいに鳴いてる。ミーンミーン、ジージーうるさい。
「何で、ど……してあたしのとこに?」
そう聞くとしのくんは目を少し細めて、
「……今日、机の引き出しの中整理してたら、お前と俺の小さい頃の写真が出てきて。それで急に思い出して、母さんに聞いて年賀状の住所を頼りにして、来た」
あたしは何て馬鹿なんだろう。年賀状の住所を頼りにする、という考えがすっぽ抜けていた。
ハハ、と自分に対して笑える。そんなあたしをしのくんは「何だよいきなり」と笑う。
――会いたかった。
その言葉が重なるのは、そう難しいことではなかった。
(泡沫サイダー)

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