白雪姫はりんご嫌い はるた ◆On3a/2Di9o /作

【82】心中ディスティニー
みんな、みんなきえちゃえばいいのに。
かいしゃの女とうわきをしているお父さんも、それに気づきながらなにも言えないで、あたしに八つ当たりするお母さんも。それからあたしも。みんなみんな。
だけどあたしは“しぬ”ということがすごくこわかった。しぬってことは、自分はいないのにせかいがかってにすすんでくってこと。うまくはいえないけど、とてもこわい。
一階からお父さんとお母さんのけんかする声が聞こえる。どなりごえ、さけびごえ。何かがゆかにおちてちらばる音。
「うるさい……!」
うるさい、うるさいうるさい!
あたしはもうふをかぶって目をとじた。いつになったらおわるのだろう。きえたい、きえたい。だけどしにたくない。
あたしはじぶんのくびをりょうてでしめた。ドクドク、けつえきのながれる音。
あぁ、生きてる。
うれしくてなみだが出た。あたしは一人で泣いた。
あたしのかなしいクセがついた日。
*
小学生の頃は“転校生”という単語を聞くだけで胸が躍ったりしたけど、中学三年生にもなる俺は、自分のクラスに転校生がくると聞いても何も感じなかった。というか、受験もあるこんな時期に転校してくるだなんて可哀想だな、なんて同情したりしていた。まぁ、言ってしまえばあまり期待していなかったのだ。
だから、転校生だと紹介された美少女が教室内に入ってきたときにはとても驚いた。
色白で陶器みたいに綺麗な肌。手足は細くて、そして適度に長い。そして真っ黒な髪は肩甲骨あたりまで伸びていて、つやつやと光っている。
そんなすべての体のパーツが綺麗に造られている彼女の中で、一番美しいなと思ったのは“目”だった。
長いまつげに縁取られた、色素の薄い瞳。大きなくりくりとした目で、外国の人形を思い出させる。
「……鈴野、恵那」
透き通った声で彼女がつぶやいた。綺麗な名前だなーなんて彼女のことを見つめていたら、おかしなことに気づく。
――彼女の首には、淡いピンクのスカーフが巻かれていたのだ。冬場でも無ければそんな冷え込んでいる日ではないのに、なぜ?
俺はそんな疑問を持ちながら、ぼーっと見ていた。彼女のことを。
別に一目惚れしたわけじゃないが、気になるのだ。
転校生と隣の席! だなんて、そんな運の良いことが俺に起こるはずも無く、鈴野恵那は俺の席からだいぶ離れた席を指定され、そこに座っていた。
「みんな、仲良くな」
先生がそんなことを言い、朝のホームルームが始まった――
***
世界に光を感じられない。あたしは“生”を、この世界で感じられない。怖い、怖い。
だから、あたしは自分の首に手をかける。幼い頃からあたしは、この血液の流れる音で“生”を感じていた。
血のつながりのある家族が大切だなんて、誰が決めたの。そんなの幸せな人間の理論の押し付けだ。
あたしは首を絞めながら、助けてと呟いていたのかもしれない。誰かに救い出してほしかったのかもしれない。
*
転校してきて四日、鈴野恵那は完全にクラスで孤立していた。
彼女は見た目が良いため、初日は『どこから来たの?』『どうして転校してきたの?』等と質問攻めにあっていたが、それも最初の十分だけだった。
『うるさい』
無言で質問をただ聞いていた鈴野恵那は、冷たい声調でそう言い放ち、目の前にいるクラスメイト達を睨み付ける。当然その場にいた人間は固まり、クラス中の空気が凍った。俺はというと鈴野恵那の近くには居らず、友達と少し離れた窓際で話していたが、それでも彼女の声はやけに聞こえてきた。
『馬鹿のひとつ覚えみたいに同じこと聞かないで。あたしがどこから来たか、どうして転校してきたかなんてあんた達が生きていくために必要ないことでしょ? 無駄なことは話したくないの』
すべてを拒絶するような声色。俺は彼女から視線をそらすことが出来なかった。
*
「あっやべぇ」
放課後、昇降口で上履きから土に少し汚れた自分のスニーカーに履き替えようとしていたとき。俺は明日提出の英語のワークを教室に置いてきてしまったことを思い出した。十ページ以上やっていないところがあり、今日徹夜覚悟で終わらせようと思っていたのだ。
「何だよ俊ー忘れ物かよ?」
真っ黒な髪を多分ワックスではねさせ、それを右手でいじっている原田がそう尋ねてきた。小学生の頃はヤンチャだったけど、こんなにチャラチャラしてなかったのにな、コイツ……と思いながら「英語のワーク忘れた……」と小さな声で言った。
「早く取りに行って来いよ。待ってるから」
原田はそう言って、昇降口のコンクリートの地面をスニーカーで蹴った。俺は返事をし、スクールバックを原田に預け、駆け出した。
***
両親が離婚した。母はあたしに当たらなくなり、あたしは平常を手に入れた。
だけど、この癖は直らなかった。
*
階段を駆け上り、自分の教室へと向かう。廊下は走っちゃいけません! なんてよく言うけど、今は原田を待たしているし、気にしてなんていられない。
教室の戸を開け、中へ入る。当然電気は消えていて、教室内には俺一人だけ――のはずだった。
「……鈴野、恵那?」
思わずフルネームで訊ねてしまうほど、驚いていたのだと思う。鈴野恵那はゆっくりと振り返り、そして俺の顔を見て少し驚愕の表情を見せる。だが、すぐに無表情になり俺を見つめる。
――俺は思わず鈴野恵那の首を見つめた。
スカーフは巻かれておらず、彼女の右手に握られていた。そしてその白い首には青黒い、手で絞めたような痣。
「鈴野、その痣……?」
鈴野恵那は何も言わず、俺をただ見ている。睨みつけているようにも見える。
「誰かに、やられたのか……!? 虐待とか、いじめとか……それとも男に……」
「そんなわけないじゃない」
冷たい、鈴野恵那の声。すべてを拒絶するようで、何も感情のこもっていないような、そんな声調。
「自分で……? 首、絞めたのか?」
自分でも分からないけど、声が何故か震えた。鈴野恵那は否定もしなければ肯定もしない。ただただ、俺の目を見つめている。
そして、
「生きていることを、確かめたいの」
そう、小さく呟いた。
「頚動脈に触れれば血液の流れが分かる。皮膚に触れれば体温を感じられる。そして指先に力を込めて絞めれば呼吸が出来なくて苦しくなる。ああ、生きてるんだなあってあたしはうれしくなれる。あたしは死が怖いの。怖すぎて、たまらない」
出会ってまだ四日しかたっていないのに、鈴野恵那は俺にそんな衝撃なカミングアウトをされた。俺は断じて彼女に恋などしていない、だけど。
「そんなことしなくても、お前は生きてるよ。俺が保障してやる」
そんな、漫画みたいな言葉を彼女に言っていた。
鈴野恵那は少しだけ目を丸くして、そして小さく吹き出し笑った。とてつもなく、可愛い笑顔。
(心中ディスティニー)

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