Re:愛してる
作者/おかゆ

39
それは。
遠い遠い、昔の話。
昔といっても俺が中学生の頃の話。
俺には『親友』がいた。
* * *
「・・・いた、愁。もうじき休み時間終わっちゃうよ?」
「えー、あー、もうそんな時間か・・」
「また演劇やってたのか?」
「まぁ、そんなとこ」
俺には親友がいた。
小嶋愁。
俺よりちょっと背の低い、優しくて素直な、そして演劇が大好きな親友。
「ねぇ、翔?ちょっとここ2人いなきゃ無理な場面があるんだけど・・練習に付き合ってくれない?」
愁は演劇部に入っていた。
そしてよく台本を読んでいて、練習。俺もそのたびに聞いて、練習に付き合わされた。
でもそれは意外に嫌でもなく。
「どこだよ」
「ここ。5行目の主人公が言う台詞から」
そして役に入ると愁は別人になる。
ある時は異国の王子様。
ある時は心に傷を負った少年。
ある時は最強の不良。
ある時は森に住んでる不思議な魔法使い。
俺が恥ずかしいと思うような役でもコイツは何のためらいもなく、簡単に、平気でこなしてしまうのだ。
俺はそんな愁が面白くて楽しくて
たまらなくかっこよかった。
「・・・俺を裏切ったなっ!!」
「お前が勝手にだまされただけだ」
今回愁が演じるのは主人公に近い存在の役らしい。
主人公ではないものの、愁はすごく喜んでいた。
「また翔演技うまくなってる・・俺は停滞期かなぁ」
「お前はいつ見てもうまいよ」
そんなやりとりが楽しくて、俺はずっとこれが続けばいいと思った。
40
始めの変化が起こったのは夏休みに入る少し前だった。
「・・・・あれ?」
愁がいつも持っていた台本がなくなっていたのだ。
「翔、俺の台本知らない?」
「台本?いつもお前が持ってるやつか?」
「そう。おかしいな・・机の中にしまってたはずなのに・・」
「・・・・・なぁ」
「ん?」
俺が何気なく見たゴミ箱の中。
「――・・これ、お前の台本・・?」
「・・え?」
ほこりや消しゴムのカスでよごれていた愁の台本があった。
「・・・・誰が・・こんなこと・・」
すぐに愁は台本をとり、ほこりなどを払った。
次の変化は夏休みが終わったあと。
中三ともなると夏休みが終わったあとはピリピリした奴も多かった。
だからなのか。
愁はいつもストレス解消として扱われるようになった。
「お前女っぽくね?」
「その台本ぼろぼろじゃん。俺らが綺麗にしてあげよっか?」
「ちょ、何その顔。まじうざいんだけど」
耳に残るような笑い声。そのたびに耐えていた愁の顔。
今でも忘れられない。
「やめろよ」
「うっわ。こいつ何マジになってんの?」
気が弱くてちょっと怖がりなくせに頑張って。
俺はそれにかかわりたくなかった。
だから『傍観者』になった。
そして変化は次第に大きくなっていく。
「・・・っ」
受験のストレス。しだいに暴力も増えてきた。
「おい、」
「やめろ。さすがにかわいそうだ」
見てられなくなって、ついとめた。
今だったら当たり前にとめるはずなのに。
『つい』なんて言葉・・あのときの俺は本当にどうしようもない人間だった。
驚いた愁の顔。そしてどこかほっとしたような顔をしていた。
英雄のようになりたかった。
愁を助けて、俺はすごい人間なんだって、愁に『ありがとう』と言って欲しくて。
市川の言う『偽善者』がしっくりと当てはまっていた。
『かわいそう』って言葉だって愁を完全に上から見ていて。
でもみんなの目には俺は
完璧な『英雄』のようにみえていたんだ。

小説大会受賞作品
スポンサード リンク