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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2023/08/06 12:21
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 月2回。日曜日の12時頃に更新しています。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始



 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.140 )
日時: 2023/08/20 13:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第126次元 時の止む都Ⅱ

 調査が本格化してから、数日が経過した、ある日の晩。
 この日の調査を終えたロクアンズとフィラは、日が沈むと、セースダースの此花隊支部に向かう。支部といっても作りは宿屋に似ていて、扉から入ってすぐのところには食事をとるための円状の卓が転々と並んでおり、奥の階段から上へと視線を移すと、二階は班員用の休憩室や、資料室、会議室などの扉が構えていた。
 この支部には研究部班の班員と警備部班の班員が十数名ずつ常駐しているが、夜間に見回りをする警備班員が出払っていたり、研究部班の班員らも日夜会議で離席していたりと人の気配は少なく、初日の挨拶回りもほどほどに済ませられた。
 手配されている空き部屋は2人用だった。室内には、左右の壁にぴったりと寄り添っている2台の寝台と、机や棚などの最低限の家具が揃っている。ロクは部屋に入るなり、ため息をもらしながら片方の寝台に沈んだ。

「うはあ、今日も情報ゼロだよ〜……! 何日目!? こんなに捕まんないんじゃ、見間違いだったのかなあ〜……?」
「そうよねえ……街の中は一通り回ったし、大きい施設にも聞き込みが済んじゃったのよね。でもこれといって有益な情報はなし。かといって街の外れにも、怪しい物質はなかったみたい。……ごめんね、巳梅。疲れちゃったでしょう」

 フィラの肩で遊んでいた『巳梅』が、彼女の耳の下からにゅるりと紅色の頭を出した。セースダースの街の近辺には『巳梅』を放っておき、怪しい生命体を感知するか観察させてみたがそれも失敗に終わった。硬質な下顎を指の腹で撫でて、フィラは『巳梅』を労った。

「あーあ。コルド副班とレトはこんな夜に毎日、温泉入って、ゴクラクしてたのかなあ〜〜いいな〜〜」
「まだ諦めていなかったのね……」

 苦笑をこぼしてフィラも寝台に腰を下ろした。腰の装具を外しながらそういえば、とフィラが口を開く。

「幼馴染のキールアちゃん? あの子のおかげもあって、コルド副班、腕がだんだん治ってきてるって言っていたわ。すごいのね、キールアちゃんって」

 キールアの名前が出ると、ロクはぱっと上半身を起こして、表情を明るくした。

「そっか! よかったね〜、コルド副班! キールアは、シーホリー一族ならぜったいに使える『癒楽』の次元の力の持ち主だから、神族から受けた傷にも効いちゃうんだって。あたしね、それでキールアのお母さんに治療してもらったこともあって……あっ! キールアがシーホリー一族っていうのは、ええっと、えっとっ、秘密なんだけど……!」
「ふふ。大丈夫よ、聞いているわ。セブン班長も、キールアちゃんを本物の生き残りだと思っているって。戦闘部班の班員だけの内緒になるんだけど」
「ならよかった!」
「幼馴染思いなのね」
「幼馴染、って、それだけじゃないんだよ。友だち!」
「友達?」
「そ! あたしにとって、初めてできた友だち。任務が終わったら、エントリアに戻って、遊びに行こうって、約束してるんだ」

 ロクは寝台から立ち上がると、備え付けの窓まで跳ねるように近づいた。窓硝子は四角く夜の街を切り取っていて、黒と紺に染まっている。表面にはほんのりと橙の灯が滲んでいた。無邪気な横顔をするロクは、まだまだ遊び盛りの年頃だ。故郷を離れているロクにとって、旧友との再会はさぞ喜ばしい出来事だっただろう。次元師としての責務に駆られていなければ、任務などについていなければ、こんな夜にはきっと朝まで友人と語り明かしていたのだ。
 フィラも腰を上げてロクに歩み寄ると、窓の奥を一瞥して、またロクの横顔を見た。

「さて、と。ロクちゃん、すこし休憩したら、また外へ出てみない? 今度は、夜に探しに出てみましょう。もしかしたら夜のほうが捕まりやすいのかも」
「おーっ、いいね! 昼間はいっくら探しても、ぜんぜん見つからないもんね。らーじゃっ!」

 びしっと此花隊の敬礼をしてみせて、ロクは口角を吊り上げた。
 軽く湯を浴びたあと、ロクとフィラは寝室でしばし仮眠をとった。目を覚ませばせっせと支度をして部屋を出る。門の番をしている警備班に声をかけ、真っ暗な夜闇に包まれている街道に足を踏み入れた。
 日中の往来の人の多さ、騒がしさに比べて、随分と寝静まった街中には、ひやりとする風がしきりに吹き抜けていた。目の端では、野鼠やらも通り過ぎていく。
 手元から提げた角灯で、足元と周囲を、注意深く照らした。大通りはまだ、表で橙色の灯りを灯している店が多く、街道はそれなりに明るかった。だが道を外れて路地裏に忍びこんでしまえば、もう華やかな街灯も届かない。2人はそんな、どんよりと暗く湿った、街の裏側のような道をくまなく歩いていた。

 それは、突然だった。街の端にある街道に出たところで、フィラの肩の上で『巳梅』が身じろぎをした。
 『巳梅』は鱗で覆われた身体を立て、暗闇の中のある一点を、じっと睨んだ。

 フィラは眉をひそめて、ロクに合図を送る。ロクははっとしたように左目を見開き、闇の奥の、そのまた奥を注視した。
 暗闇の先にぼんやりと光る、赤いなにかを見た。
 足音を殺しながら2人はゆっくりと暗闇に近づいた。その光も気がついたのか、真っ向から向かってくる気配がした。そして赤い光の輪郭が浮かび上がった、刹那。間髪入れずロクの右腕に──電気が迸る。

「次元の扉、発動──ッ!!」

 飛び出してきた輪郭に向かってロクは大きく右腕を振りかぶった。まさに放電しかけたその寸前、ロクは、輪郭の正体を知って目をぱちくりと瞬かせた。

「へっ? と、鳥っ!?」
「き、気をつけて、ロクちゃん!」

 慌てて腕を上げて、大きく開いたロクの胸元に、一羽の大きな鳥が突進してくる。わっ、とびっくりしながらもその鳥を抱え込んでしまえば、鳥はあっけなく捕まって、ばさばさと腕の中で翼を仰いだ
 その鳥は、ロクの胴ほどはある大きさで、鮮やかな赤や青色で彩られた綺麗な翼を持っていた。嘴は先端でぐにゃりと曲がっている。メルギースでは見かけない種類の鳥だった。もっとも目立つのは、充血したように赤い2つの目だった。
 ロクの腕の中から逃れようと、きーっ、と高く鳴いたり、必死に暴れているのだが、それだけだった。ロクが困ったように眉を下げていると、遠くから男の声がした。

「あ〜! すみません、すみません! その子を逃がさないように、捕まえててくれませんか?」

 現れたのは若い商人で、頭には端の切れた真っ青な布を巻いた、変わった格好をしていた。ロクとフィラの傍までやってくると足を止めて、息を整えている。フィラは男を警戒して、ロクの前に立ち塞がった。

「こんな夜中に、いったいなにを?」
「ああっ! 怪しい者ではないんです。ええと、その、最近来るようになったんです、この街には。前来たときよりもすこし到着が遅れましたが、そう。異国の商品を仕入れていて。ここより遥か南東の、シンカンバーク大陸から、はるばると」

 シンカンバークといえば、メルドルギース大陸よりも南東に位置している巨大な大陸だ。古来からメルギースとの外交は薄く、移民族もほとんどいないため、情報の出入りが乏しい。とりわけて技術進歩がめざましい土地でもない。一部の商会や、個人商売主の中には、そんな遠方からわざわざ商品を仕入れる物好きがいるのだ。
 フィラは眉根を寄せたまま、警戒を解かずに、さらに言及した。

「事情はわかりました。ですが、このような夜中に移動するなんて」
「ですから、別の街で商売を終えて、それから出立が遅れてしまったのです」
「はあ」

 遅れてしまったのなら、なにもすぐに飛び立たずともよいのに、とフィラは心の中で独りごちた。ロクは両腕で鳥を抱きかかえたまま、男のほうに向き直った。

「ねえねえ、この鳥、お兄さんの?」
「ああ、そうだ、そうだ! 返してくれませんか? 大事な商品なんです」
「商品?」
「そうですとも。ほら、ご覧ください。瞳がとても赤くて、綺麗でしょう? ランガーという鳥でね、あっちの大陸で生息しているんですが、とても珍しいことに赤い瞳をしてたのですよ。ほかの子たちはそんなことはない。この子は特別。ほら、言うではないですか、まれに生物の中では遺伝子の問題で赤い瞳の個体が生まれることがあるんだとか! そういう特別性には値がつくものなんでさ」

 フィラは男の話を聞いて、すぐにあることに気がついた。それからわなわなと彼女の肩が震えだした。

「……あのですね、ひとつ言わせていただけるのでしたら、その子は白皮症ではありませんよ」
「白皮? いいえ、ご覧の通りでさ、身体は鮮やかなものでしょう」

 ぎろりと鋭い視線を男に送ったあと、フィラはため息をつく。そして意識していないのに低くなった声で告げた。

「ですから、あなたの言う"遺伝子の問題で赤い瞳の個体が生まれる"という事象は病気のことを指し、白皮症と呼ばれます。そういった個体には特徴があって、全身の色素が欠落しているので白い皮膚や羽毛を持っているんです。でもご覧ください、その子は、瞳の色以外は普通の個体と変わらずに鮮やかでしょう? だからその瞳が赤いのは別の要因によるもので、決して特殊な個体ではありません」
「ええっ!? そんな! では、ではなぜ赤いのですか!? それこそ、あなたも知らないような、特殊な個体なのでは!?」 
「……あの……それくらい、ちょっとこの子を見たらわかるでしょうがっ!!」
 
 フィラの口からは聞いたこともないような怒号が降ってきて、ロクと男の肩はびくびくと震え上がった。興奮冷めやらぬまま、フィラはランガーの目の当たりを指さして、言い募った。
 
「おおむね、シンカンバークで暮らしていたときに、ほかの個体と喧嘩をしてしまったのでは? ほら、目の周囲に傷ついた痕が見えるでしょう。眼球が傷ついているもしくは目の周囲の傷から菌が入り込んでしまっていると考えられます。つまり、特殊な個体でもなんでもなくて、この子は傷ついていて、いますぐにでも治療をしてあげないと最悪目が見えなくなるんです! おわかりですかっ!?」
「ひーっ!! すみません、すみません……っ!」
「これだから生き物のことをよく知りもせずに売り物にしようとする人が私は、私はー……!」
「お、落ち着いてっ、フィラ副班〜〜!!」

 ロクは、暴れかけたフィラの服の裾を掴んで、どうどう、と制した。ベルク村で白蛇の皮が売買されていた当初、村でもっとも憤っていたのがフィラだったと話には聞いていたが、なるほど合点がいった。村民たちがフィラを止められなかった理由のひとつだろう。
 フィラは、言いたいことを言ってすっきりすると、肩をいからせたまま、2人に断りもせずに街の外へと消えていってしまった。それから帰ってきたと思えば、その手には見たこともないような果実と薬草を握っており、街灯の下で腰を下ろすやいなや、人間用にと持ち歩いていた油と混ぜて調薬を始めてしまった。それからあとは、慣れたようにロクからランガーを預かって、できあがった薬を新品の布の先に浸し、眼球に触れないようランガーの目の周りにだけ塗布していく。
 ロクと男はもはや感激する以外になにも触れられず、ただただフィラのことを感心の眼差しで見つめていた。

「それにしても詳しいねえ、フィラ副班。動物の病気も知ってるんだ」
「ベルク村はいろんな動物と暮らしていたから。昔はいまよりたくさんいたのよ。いちばんはもちろん、蛇だけど。それに白皮症は人間にも起こりうるの。実際に見かけたことはないんだけどね」
「へえ〜」

 ロクは訊ねなかったが、ベルク村の周辺に生息していた白蛇の真白の皮は、それとは異なる。あの地域は昔から自然が豊かで、あまり日光が当たらなかったせいもあるだろうが、白蛇たちはもとより白い鱗を持っていた。それに鱗には、紅色の斑点があった点から、一般的な白皮ではないのだ。
 フィラから薬とランガーを受け渡された男は、毎日薬を塗布してあげるようにと口すっぱく言いつけられ、それを彼女に固く誓った。もう売り物にしようとも考えません、と男が意気消沈をして背中を丸めていたのが、なんだかロクにはおかしかった。
 
 男からさらに詳しい話を聞きだせば、この街へ足を運んでいた時期と、赤い光が目撃された時期とが見事に一致した。それから、男に団子が好きかどうかフィラが訊ねれば、彼は頷き、以前団子屋に立ち寄っていただいていた、と話してくれた。
 ランガーの首周りを優しく撫でてやりながら、フィラは深く嘆息する。

「これでこっちの噂の正体は、突き止められたわね」
「うん。向こうは大丈夫かなあ?」

 ロクは夜空を見上げて、ぐるりと首を倒し、ホークガン領の方角を見つめた。セースダースに出没していた赤い光の正体は商人の連れていたランガーだったと知れたが、サオーリオに向かった第三班も赤い光とは遭遇できているのだろうか。

 夜が明けて、ロクとフィラが商人の男と別れを告げるその一方で、ホークガン領の山麓にて第三班が動き出していた。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.141 )
日時: 2023/09/03 17:31
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
第127次元 時の止む都Ⅲ

 脈々と険しくそそり立っているホークガンの山の麓、広々とした扇状地で慎ましやかな人の営みに迎えられ、第三班は数日ぶりに荷を下ろした。視界いっぱいの草原の端を埋め尽くす果樹園に、上流から流れ着いた緩やかな川の水が太陽の光を反射して、この地で生活する人々にかすかな潤いを与えている。サンノと呼ばれる集落だった。
 煉瓦のような立派な物資で拵えられた建物は、この集落にはなく、ほとんどの家屋や店が、組み木でできていたり、石を積み立てて布を被せるのみで成り立っていた。
 第三班の面々を一晩泊めてくれるような民家もあったりと、サンノの住民はよそ者の来訪には好意的だった。
 
 もう数日、馬を走らせて山なりに北上すれば、目的の地点に到着できる。が、旅が続くので、食料や必要物質の買い足しに出なければならなかった。
 一泊した民家で朝食をいただいてから、ガネスト、ルイル、メッセルの一行は商店へと足を運んだ。ガネストが店主らと交渉しているのを遠目にしながら、石壁を背もたれにメッセルは感心していた。

「ハァ。あいつぁ、利口だな。なーんも言わなくても買い物が済んじまう」
「めっせる副班は、買い物きらいなの?」
「俺ぁ、売るのは得意だったが、買うのはちとな。すぐ余計なもんがほしくなんだよ」
「そうなの」
「おうそうだ姫さん、飴いるか? 喉渇いたろ」
「いるっ! いいの? いいの?」
「あいつにはナイショな。お前さんを甘やかしすぎっと怒るんだ、あのガキゃ」

 メッセルは無邪気に歯を剥き出しにして、しーっと口の前で指を立てた。ルイルが嬉しそうに受け取った大粒の飴玉は、セースダースの菓子屋でこっそり買い込んだものだった。
 買い物を終えたのか、ガネストは手に革の袋を提げてメッセルたちのもとへと帰ってくる。

「お待たせしました」
「お、済んだか?」
「ええ。滞りなく。それと、ついでに何人か捕まえて訊ねてみましたが……赤い光の噂について知っている人はいませんでした。人の出入りが少ない集落のようですから無理もありませんが」
「おつかえさま、がねふとっ」
「……。なにか与えましたか」
「ギク」

 祖国を離れメルギースの地に足を踏み入れたとあらば出自は一切もらしてはならず、此花隊の関係者以外に勘づかれてもならず、王女殿下の口に入るものはたとえ飴玉一粒であっても把握しておかなければならなかった。それが側近ガネストの仕事の一つでもあるのだ。第三班の顔合わせの際に、ガネストは次元師である以前に王女殿下の側近であると身分を説明し、メッセルにも細心の注意を払うよう協力を仰いでいたはずだった。はずだったのに、釘を刺しても刺しても隙あらばルイルを甘やかそうとする、このいかにも島育ち風の信用を置きかねる大男の耳は飾りなのではなかろうか、と疑いたくなる日もあった。
 軽くメッセルに小言の二つや三つ投げていると、ルイルの姿を見失った。すかさず周囲を見渡して、ガネストははっとした。

「ルイル? ……あ」

 商店の店主やら、集落の人間たちに囲まれて、ルイルは手遊びを披露していた。芸術の国アルタナでは細い綿糸一本でも、立派に芸が披露できて、アルタナの子ならだれでも遊び方を心得ている。指と指の間に綿糸を通して見事な模様を作り出すルイルに、人々は関心の声を寄せていた。子どもに教えてやってくれなんて言われて、また彼女の周りに人が増えていく。
 危なげはなさそうだと、ガネストは息をついた。

「……」
「いいじゃねえの、騒ぎ立てんのは、よくねぇんだろ? 異国の王女様ってぇのは、秘密なんだからよ」
「わかっています」

 輪の中心から、それとなくルイルを引き抜いて、3人は厩舎まで馬を迎えに行った。荷物をまとめ始めてからほどなくして、サンノの緩やかな空気に別れを告げた。

 山川に沿って余裕を持たせながら馬を歩かせていけば、豊潤な緑の地肌に出迎えられる。ときおり、ルイルが前のめりになって大自然を仰ぐのを、ガネストがやんわりと支えながらの旅になった。地面の傾きが緩やかになってきた頃には夕陽が落ちかけており、あたりに害のありそうな獣の気配がしないのを念入りに確認したあとで、天幕を張る準備に取りかかった。

 かすかに響いてくる虫の鳴き声を遠くにして、先に体力の尽きたルイルを寝かしつけた。寝心地のよさは、アルタナの宮廷にある私室の寝台とはまるで比べ物にならないだろうが、彼女がとっぷりと寝入るまでにそう時間はかからなかった。
 天幕の外で焚いた火を囲み、メッセルは道中に採集した山菜の選別に手を忙しくさせていて、ガネストは見慣れない書物に目を通していた。
 メッセルは天幕を振り返って、言った。

「すっかり慣れちまったなぁ〜。最初の頃なんかは、野宿なんてしたこともねぇ箱入りだからよ、イヤイヤって騒いじまって大変だったよなぁ」
「ルイル殿下はご立派です。次元師である運命を受け入れて、この国の力になろうとしておられますから」
「お前さんは、あんましそういう風には見えねぇな」

 ガネストは虚をつかれたものの、紙面に注いだ視線は外さずに、一拍を置いてからしっかりと問答した。

「僕にとって最重要の任務は、ルイル王女殿下がお役目を果たしたあと、無事に我らの国へお連れすること……ですから。そのためには、次元の力を振るうことも厭いません」
「そのためねぇ〜。まいろいろあるわな。どうだぃ、俺と酒でも交わすか」
「いいえ。任務に支障をきたします」
「あっそう。……ところで、さっきからなぁに読んでんだぁ?」

 メッセルは手を止めて、大きな体をさらに屈むとガネストの手元に視線を落とした。

「これは、定期連絡です」
「てーきれんらくぅ?」
「アルタナ王国からこちらへ送られている使者を介して、報告を受送信しています」

 メッセルは豆粒ほどの目をぱっちりと開いて、あんぐりと開けた口元から、噛み遊んでいた草花が落ちたのにも気づかずに、さらに前のめりになった。

「お前さん……えぇ? いつからだ、そいつは」
「もちろん、こちらへ渡ってきてから……初めからですよ。この国でなにかあってからでは遅いですから。先んじて、優秀な者を何人かこちらへ手配し、此花隊の活動範囲内で待機させています。サンノの使者に会ったのは初めてでしたね」
「どいつがどこにいんのか、わかんのか!?」
「い、いいえ。まだ、この国の地理には、把握しきれていないところもあるので……方角と、範囲をある程度、頭に入れているだけです」
「すげぇ〜なぁ。ま、この国でなんかあっちゃ、国際問題に発展しちまうわな」

 がはは、とメッセルは大口で笑っているが、なにかあってからではまったく笑い事にならない。ガネストはそれを十二分に理解していた。友好国なのだからなにも秘密裏に使者を送らずとも、メルギースの政会上層部に話を通せばよいのだが、ライラ子帝殿下の御心とあっては首肯せざるを得なかった。話を通せば、もしかすると使者に紛れて、政会の人間が守護を大義名分に過剰に接触してくるとも限らない。ライラがそれを懸念したのでは、とガネストは推察していた。
 ガネストを含め、この国にはルイルを守護するよう動いている人間は極端に少ないのだ。

「僕は次元師である以前に、ルイル王女殿下の側近です。なんとしても、彼女を守る義務がある」
「……ヒュ〜。若ぇのに、大層なこったな。そら、お姫さんを守るにゃ、必死にならねぇとなぁ。気ぃ張りすぎんなよ」

 大きな手指を広げて、メッセルはガネストの背中を力いっぱい叩く。小さくガネストが悲鳴を上げるのも構わず、メッセルは夜空に向かって豪快に笑い飛ばした。この男とはことごとく調子が合わないのだが、悪い気がしないのだから不思議だ。

「……承知の上です」

 メッセルは満足そうににっと笑い、ひとつ伸びをして、番をガネストに任せると外に敷いてある布の上にさっさと寝転んだ。横に広い体が布の端からはみ出ているのを見やってから、ガネストは焚き火に視線を戻す。使者から受け取った伝書の、最後の一文にまでじっくり目を通し終えると、それをたたんで、火にくべた。
 紙は、端からじんわりと火に食われていく。黙々と考え耽るにはちょうどいい夜だった。

 さらに幾日かかけて、緩やかな傾斜になっている山道を登っていくと、道が開けた。周辺は、ようやく商隊が抜けられるに叶う平坦な地面の広がりを見せてくれるようになった。しかし同時に、異様な白い霧と冷気が、全身を絡め取らんと立ち込めていて、緊張を辞さなかった。
 行き先を迷わなかったのは舗装された道を運よく見つけられたからだったが、人の気配は一切せず、こんこんとした静けさに招かれるままその地に辿り着いた。

 霧の立ち込める中、建物らしき輪郭を視界の先に捉えて、道なりに歩を急がせる。いの一番に足を踏み入れたガネストは、目に映る光景を前にして、息を呑んだ。
 
「ここは……」

 建物の上半身が崩れ落ち、横たわっては、街路だったと思わしき道を豪快に塞いでいる。そのような瓦礫と化した石材や煉瓦、木片の山がそこかしこで無造作に積み上がり、それらが建物の一部だったであろうこと以外には、もはやなんの情報も持っていなかった。建物だけではない。立派な太い街路樹も、幹の表面は灰色で、水の味を覚えてはいなさそうだ。

 正気のない、すでに十何年も昔に死に絶えたような荒廃都市はこの日、時久しく来訪者を迎え入れた。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.142 )
日時: 2023/09/27 08:08
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第128次元 時の止む都Ⅳ

 ガネストは膝をたたんでしゃがみこむと、石畳の表面を撫でた。立ち上がって、霧に覆われた街をぐるりと見渡す。言葉を失っているガネストの隣で、メッセルが大きな声をあげた。

「ここ……そうかぁ、こいつは驚いた! ここに着いちまうのか」
「ここは? どこなの、めっせる副班?」
「あぁ。東で一番でけぇ都市だった。水と霧の都、サオーリオ。いまじゃ見る影もねぇなぁ」

 ホークガン領の東の一角にはかつて、サオーリオという都市が存在していた。街中の至るところに水路が引かれ、北側から吹き込んでくる冷風によって霧が立ち込める"水と霧の都"。先の戦争で受けた被害がもっとも甚大な地域で、すでに街としての機能は完全に失われている。いまとなっては住居を持たない浮浪者たちの溜まり場だ。当時サオーリオで暮らしていた者たちのほとんどは死亡し、生存者はホークガン街で受け入れられた。領主のディオッドレイ・ギルクスは、戦後から一度もこの廃都を訪れておらず、手つかずの状態が続いているのだという。

 サオーリオの壊滅によって難民となった者たちの中でも、ホークガンへの引き入れを拒否した者がごく一部存在した。喧騒の街とは肌が合わなかった。のどかに暮らせる土地を見つけだして細々と暮らし始めた人々がいるそこは、彼らによってサンノと名づけられた。
 物々しい景観と、寒々しさに気圧されたルイルが、ガネストの服の裾をぎゅっと掴んで、彼の背後に身をひそめた。
 
「ジメジメしてる……ひとのこえもしないよ、ガネスト。ちょっとこわい……」 
「離れないでくださいね」
「うん」

 廃材の山肌に細い脚をした蜘蛛が、這っていた。家の中はどこも、戦火に呑まれた日からそのまま時間が経過していて、倒れた家具を正したり、潰れた果実を棄てる人間はいない。三人はサオーリオの街の中を歩き始めた。視界が悪いので、目を凝らしながら慎重に赤い光を探してみるが、明かりらしい明かりは灯っていない。
 過去、食糧庫として扱われていた倉庫の戸から、メッセルが鼻をつまみながら顔を出して、言った。

「だめだ、だめだ。動物の死骸しかねぇや。っかしなぁ〜。いまじゃ、浮浪者どもが溜まってると聞いてたんだが。人っ子ひとりいやしねぇじゃねぇか」
「この街にはもう食糧はありませんし、雨風を凌ぐ家屋があるだけのようです。気温も一段と低いですから、この時期には寄りつかないのかもしれません。上等な糸を使った織物もありましたが、ほとんど虫に食われています」
「昔はもっと華やかで、活気のある街だったけどなぁ」
「赤い光……この街でも出現するのでしょうか。見る影もありませんが」
「それに、ヤな空気だな」

 赤い光どころか、人工物の灯りさえなく、吐き出した呼気は冷やされて白く煙った。ぎらりと視界の端でなにかが光って見えて、ガネストは路地裏に視線を送った。外套の裾を静かに揺らしながらそこへ近づけば、硝子瓶の破片が、路地裏の影からはき出されていた。
 目を逸らして、街路へ視線を戻したときだった。
 白い霧は一層深まって見えていたはずの二人の姿を覆い隠してしまっていた。

「──。ルイル、そこにいますか?」

 眉をひそめるガネストの頬を白い霧が掠めていく。彼を取り巻く景色はすっかり霧に呑みこまれ、前後の判別がつかなくなった。ルイルを見失った焦りからかガネストは額に汗を滲ませ、力任せに喉を締め上げた。

「ルイル! ルイル王女殿下っ!」

 返事がない。地を這う風の声に嘲笑われているような、嫌な感覚が肌に纏いつく。ガネストはいてもたってもいられず駆け出して、白い霧に覆われた視界の中をひた走った。何度もルイルの名前を呼んだが、返ってくるのは風の声だけだった。
 この白い世界から抜け出せないのではないか、そんな出口の見えない恐怖と主人の安否がわからない焦燥感とに苛まれていたガネストにとって、ついぞ視界の奥からぼんやりと浮き出した縦長の輪郭は、まさしく唐突に現れた異物だった。はたと足を止めた彼は、肩で息を整える。緩やかな足取りでその輪郭の正体を確かめにいった。

 霧が晴れてくる。すると明瞭になっていく景色が真っ先に教えてくれたのは、サオーリオ街の石の門から首を伸ばしている建造物の外壁だった。
 草木の匂いが鼻腔を掠める。
 ぬかるんだ土を踏み締めている。
 頭上から鳥や虫の合唱が遅れてやってくる。
 ガネストは死人のように数歩、足を運んで、街に踏み入ってから、項垂れるがまま地面を見た。乾いた石畳の表面を凝視してそれから、眼前に広がる街の景観を見渡す。すぐ傍でだれかが足を揃える靴音を聞いて、はっとして顔を上げれば隣には、メッセルとルイルが立っていた。
 言葉を失っているガネストの隣で、メッセルが大きな声をあげた。

「ここ……そうかぁ、こいつは驚いた! ここに着いちまうのか」
「ここは? どこなの、めっせる副班?」
「あぁ。東で一番でけぇ都市だった。水と霧の都、サオーリオ。いまじゃ見る影もねぇなぁ」

 ──既視感、だ。

「え?」

 ガネストは目眩を起こしてしまいそうになり、正気を保つのに必死だった。たった数十分前にも行われたやりとりをメッセルとルイルが繰り返し口にした。無邪気にもルイルは、メッセルやガネストの傍を離れて、きょろきょろと首を回している。ガネストの傍に戻ってくると、彼の服の裾をぎゅうと掴んだ。

「ジメジメしてる……ひとのこえもしないよ、ガネスト。ちょっとこわい……」 

 つい先刻にはなんて返していただろう。いや、そもそもなぜまったくおなじ表情で、まったくおなじ言葉をかけてくるのだろうか。ガネストはいったいなにが起こっているのか皆目見当もつかず、白く霞んでいる現実に一人戸惑っていた。

「離れんなよー、嬢ちゃん」
「うん」

 ガネストが、ルイルの声に返答をせずにいると、メッセルがやれやれと肩を竦めて代わりを務めた。明らかに様子のおかしいガネストを見て、メッセルが言った。

「やっと気づいたか」

 メッセルは長めに息を吐き出した。打たれたように顔を上げたガネストは、戸惑いを隠せず、メッセルの言葉に食いついた。

「……え? 気づいた、って」
「気づいたんだろ。この街の異変」
「め……メッセル副班、あなたは」

 ガネストの問いかけに、メッセルは何拍かの間、答えなかった。しけった髪の毛を乱暴に掻きながらまた息を吐いた。

「50回くれぇか。正確には53度目。もうそうしてずっとやってるぜ。つっても俺が気づいたのが何回目なんだかなぁ……本当のところは何回繰り返してるか知らねぇ」
「繰り返し……」
「あぁ。おなじ時間を、延々と繰り返してる」

 食んでいた葉の茎を雑に吐き出して、メッセルはそれを踏みつけた。ガネストはその真剣極まりない横顔を見て息を呑んだ。

「気ぃつけろよ。いるぜ、ここ。なにかが」


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.143 )
日時: 2023/10/08 16:39
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第129次元 時の止む都Ⅴ

 時間が、進んでは巻き戻っている──。半信半疑だったガネストは、メッセルから東の方角にある一軒家に行くように言い渡されて、そこで見た。床にぶちまけられた腐ったスープを、舌先で舐めている一匹の猫だ。体は痩せ細り、いまにも手足が折れそうなその野良猫はついぞ床の上に倒れると、事切れた。小さな命が果てるのを見ていれば彼の周囲を白い霧が包み込んで、ガネストは気がつけばまた、サオーリオ街の入り口で突っ立っていた。
 街の景観に興味津々なルイルをメッセルに任せて、ガネストは脇目もふらず東の一軒家に足を運んだ。そこには、さきほど命を落としたはずの痩せた猫が短い舌を伸ばして、腐ったスープの水面を舐めとっていた。
 一度時間を止めた生命が、ふたたび動き出すなんてのは夢物語だ。メッセルの言った通り、時間が巻き戻っていると納得するほうが早かった。

 原因を探るため、警戒を解かずに街を歩き回ること、4回。ガネストが街の異変に気がついてから4回、時間の巻き戻りを経験したが、街にはなんの音沙汰も訪れず、一定の時間が経過すると霧に包まれてしまう。その繰り返しだ。5度目にして、ガネストはかなり参ってしまっていた。
 ルイルはというと、一向に気がつく気配がなかった。次元師としての力量の違いだろうと、彼女に聞こえないように、メッセルはぼやいていた。

(次元師としての、力量の違い……)

 ガネストが街道に立ち尽くして考えに耽っていると、厩舎だったであろう崩れかけた小屋からメッセルが顔を振りながら出てきた。

「だめだ、ここもハズレだ。……あぁ〜、見れるとこは、あらかた見て回ったぜ! けどよ、怪しいモンはねぇし、ただつまんねぇ街並みがあるだけだ。何回繰り返したって変化ひとつありゃしねぇ」
「変化……?」
「特異点、つぅやつだ。どんだけみてくれが完璧にできたもんでもよ、弱いとこはあんだよ。そこを突かれたら簡単に崩れちまう。俺の壺はそういう弱ぇとこが、若ぇ頃はよくあって……」

 関係のない話題へと移り変わってから、ガネストはもう一度考え込んだ。周囲をぐるりと見渡してみても、変化はない。この街に変化がないのだとしたら、いったいどこに出口があるというのだろう。街から出ようと試みたこともあったが、すぐに白い霧に包まれてしまって、どう歩こうとも街の門前に辿り着くだけだった。
 頭の片隅で、なにかがちかちかと明滅している。思いつきそうなのに、それを手に掴むことができない──もどかしさに苦しんでいれば景色はまた白一色に包まれて、それが晴れてくる頃には、3人はサオーリオの街門前に立っていた。
 6回目、だ。ガネストはもう外壁を見上げる力もなく、街の中へと足を踏み入れた。

(……いけない。顔を上げなくては。視野が狭まっては本末転倒だ。もっと広い目で状況を見据えないと……)

 自分を鼓舞するつもりで、空を見上げた。そのときだった。ガネストは、はっと、息を吐く。
 街の空に浮かぶ太陽と月が赤く染まっていた。
 太陽と月は空の上で臨場し、赤々と燃えているではないか。ありえない。それらは代わる代わる上空に現れるのであって、仲良く隣り合う天体ではない。そしてどちらも不気味な赤色をして瞬いているのだ。

 どんどんと、突然胸の内側で心臓が暴れだす。ガネストは空を見上げたまま硬直し、自然と声をもらしていた。

「まさか……」
「どうしたぁ? なんか見つけたか」

 『扉』はとっくに解錠してある。ガネストは震える手で革の拳銃嚢から二丁の『蒼銃』を引き抜くと、それの銃口を、まっすぐ空へと向けた。

「ガネスト?」

 ルイルがこちらを振り向いて、不思議そうに小首を傾げた。それとほぼ同時だった。

「──四元解錠、"真弾"!」

 引き金は引かれ、同時に発砲された二つの弾筋が、瞬く間に空を突き抜けていった。発砲音が響くとともに街を覆っていた白い霧も一気にかき消される。晴れ渡った空を見上げ、弾丸の目指す先へと釘付けになった3人は、2つの赤い光が砕け散るのを目の当たりにした。
 赤い光の粒子がはらり、はらりと、空から落ちてきて、3人の頭上に降り注ぐ。しばしの静寂があたりを包みこんだ。心臓の音が収まってくると、ガネストは結んでいた口元から小さく息を吐きだした。

「霧が……晴れた、ようです」
「な、なん、だったんだぁ……? あの赤い星はよ。どうなってんだ」
「わかりません。でもきっと、これで……」
「ガネスト」

 背筋が凍るような感覚。ぞっと、それは足元から這い上がってきて、ガネストは即座に、ルイルの声がしたほうへと振り返った。すると彼女は棒きれのように立ち尽くしていて、彼女の体より何倍も大きな影に包み込まれていた。

「……この人、だあ、れ」
 
 聳え立っていた。十尺はある長躯、全身が長い裾の布織物で覆われた、悍ましい何か、が。
 ルイルの頭上から濃い影を落とし、息づいている。
 人ではない。


 目深に被った頭巾の下に、二つの赤い目玉が浮かんで見えた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.144 )
日時: 2023/12/03 19:12
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第130次元 時の止む都Ⅵ

 神族。
 全身の血に混じった次元師としての本質が、"そう"だと、内側で荒波を起こしている。

 天地の神と謳われた【NAURE】を討伐したコルド、そこへ臨場したロクアンズとレトヴェールらの目を通して記された報告書の文字列をなぞるだけでは、まるで御伽噺を読み聞かされているかのように実感がなく、今日この日を迎えるまで、ガネストは神話を信じ崇める者の心情を知り得なかった。
 首筋に電流が走り、血流が激しく波打つ。
 強すぎる光に眼球が焼かれ、頭蓋に激音が響き渡る。
 濁流のごとき激しさで感情の渦に呑まれて、呑まれて、正気でいる、などと──。
 ガネストは無我夢中で引き金を引いた。目の前のそれを破壊したかったのか、魅入られるのではと恐れたのか、真実は弾丸の飛び出す破裂音に、掻き消された。
 
 十尺はあるその化け物は、撃たれた衝撃で上半身を仰け反らせた。と同時──。

「──馬、鹿野郎がッ! 伏せろッ!」
「!」
「六元解錠──"絶豪ぜつごう"!!」

 メッセルの鋭い声が脳みそに響き渡り、刹那。化け物を隔てるように『盾円じゅんえん』が地面の下から飛び出した。幅のある大きな盾は、両端のへりを伸ばし、瞬く間に、化け物の視界から三人の姿を覆い隠していく。
 盾を半球形に婉曲させ、対象から自身らを隔絶する次元技、"絶豪"。次第に完全な半球形となると、あたりは闇に包みこまれた。呼吸音だけが静かにこだまする。
 襲撃に備えて身構える。心臓が早鐘を打つ。汗が顎の先から落ちる。身構える。脚が震える。身構える。
 そうして緊張が頂点に達したまま、闇の中で息を殺していると、頭上からふいに、声がした。
 小さく啜り泣くような、声だ。わずかだが声が降ってくる。

「……え?」

 ガネストは顔を見上げた。"絶豪"の天井の部分を越して声は聞こえてくる。男とも女とも、若人とも老人ともいえない奇妙な声色で、わずらわしく涙声を降らし続けているのは、神族だというのだろうか。
 決して騙されてなるものか。
 ガネストが固く決意し、じっと身を潜めている傍ら、忽然と姿を消している者がいた。彼は頭上にばかり注意していて主人の足音に気がつかなかった。

「ガネスト、めっせる副班」

 だから"絶豪"の外側からルイルの声が飛んできて、二人は激しく肩を震わせた。想像したくない光景が物凄い速さで脳裏をよぎる。ガネストはがちがちと奥歯を鳴らし、返事さえままらなかった。

「出てきて、ねえ」

 心臓の音が大きくてうまく聞き取れなかったガネストは、壁越しのくぐもったルイルの声がわずかに困惑しているのにも気づかなかった。

「泣いてるの……この、おっきなひとね、ずっと、泣いてる。……おそってこないよ」

 ガネストの頬の上を、一筋の汗がつう、と滑り落ちた。そのとき、だれかに肩を叩かれてびくりと身を震わせた。暗がりに慣れてきた目がメッセルの表情を映し出して、彼が黙って頷いたのが見えた。ガネストもゆっくりと頷き返して、二人は緊張の中、息を顰めた。
 "絶豪"を解除し、溶け出した盾の壁の向こうに現れたのは空を見上げているルイルと、彼女の目の前で首を垂れて、さめざめと泣き続けている十尺の化け物の姿だった。
 ガネストとメッセルの姿を認めると、ルイルはくるりと顔をこちらへと向け、ほっと安堵の息をついた。
 目深に被った頭巾の下から漏れ出ている小さな泣き声にうんざりとしながらメッセルがいっとう低い声で告げた。

「……何のつもりだ、なぁ、お前さん神族だろう。騙そうったってそうはいかねぇ。俺の血がそう言ってんだよ。悪ぃが警戒は解かねぇぜ。その嬢ちゃんからいますぐ離れろ」

 腹の底から響く低音が、あたりにぴんと緊張の糸を張る。十尺の化け物は緩慢な動きでルイルを見下ろして、じっくりと間を置いてから、ようやく言葉のようなものをこぼした。

「ああ、その……妾は……嬉しいのです……なにぶん……二百年ぶりに、こうしてお外に……人間様にも……お会いできたのでございますから……」
「あなたは……だあれ?」

 ルイルはこわごわとしながらも、はっきりとした口調で目の前の存在に問いかけた。
 化け物の顔にかかっている頭巾の陰の下から吐き出された声は想像よりもずっと美しく、声色だけで絆されてしまいそうだった。

「我が名は【IME】(アイム)……創造神ヘデンエーラよりめいと肉体を賜った、"時間"を司る神にございます」

 ガネストは、はっと目を見開いて、声にしていた。

「時間……──」
「ははあ。お前さんがやってたっつうわけだな。この街の、時間の繰り返しをよ。……なんだって、んなことをした」

 緊張の糸はまだぴんと張っている。つゆ知らずアイムと名乗った神族はゆったりとした動作で、霧の晴れた夜空を見上げて、長い腕をまっすぐ空へ向けて伸ばした。長らく眠っていた動物が、目覚めて体を起こすように、無防備な動きだった。

「失っていた力が……戻って参りました……二百年ぶりですから……どうにも制御がきかなかったのです……」

 冷たい風が吹いて、アイムの顔を覆っていた頭巾が首の後ろへとなだれ落ちた。アイムはそれから、三人を見下ろした。白い肌に、広い額、極端に低い鼻、それに口のような穴が眉間のあたりに開いていた。人間とはまったく異なる、まさに化け物と呼ぶに相応しい相貌だ。そして二つの赤い瞳に、白い虹彩がぎらぎらと輝いていたのだった。ふいにガネストは、その魅惑的な白い虹彩に釘付けになった。
 ノーラの瞳は十字の形で、虹彩もまたおなじ形をしていたと報告書には上がっていた。しかしアイムの瞳には、"白い円"が描かれている。ちょうど真ん中を、さらに小さな丸でくり抜いたような模様だ。

(おなじ神族でも、姿形はだいぶ異なる……。ノーラは襲いかかってきたがこの神は……)

 ガネストは問いかけながら、指の先で引き金に触れていた。

「二百年前に……貴方がた神族が現れ、この国の民と戦争を始めたとお聞きしています。間違っていませんか?」

 アイムはそれを聞くと、十尺ある体を屈めてガネストに顔を近づけ、穏やかな声色で答えた。

「はい」
「……と、当時のことを覚えているのですか? なぜこの国の人々は、貴方がた神族に憎まれなければならなかったのです? そしてなぜ、戦時中に忽然と姿を消してしまったのですか」

 果たしてどこまで答えるのか──。ガネストはもはや、茨の道を素手素足で突き進んでいるかの如く心地だった。メッセルは黙って警戒していた。

「それが……私は……覚えて……おりません……【信仰】様より、命が下ったのです……そのあとはどうしたのか……目を覚ましたかと思えば……このような土地におりました……」
「【信仰】様……とは?」

 聞き覚えがある。ガネストの脳裏ではまた、報告書の紙面が捲られていき、行き着いたのはノーラが消滅する寸前の発言の記録だった。「【信仰】を殺せ」とは、どんな思惑があって、コルドらに伝えられたのだろう。その真意を掴めるやもと、ガネストは前のめりになった。

「教えてください、神族アイム」
「その……我々を統べるのは……はい……【信仰】様でございます……秩序を持ちこの世を統治する人間様を守護するため……我々六柱の神族は……母なる創造神ヘデンエーラ様より……生み出されました……ですが【信仰】様が……ひどく……お怒りになられて……それから……記憶しているものがないのです……人間様と戦を起こしたことは……ええ……存じ上げて」

 微細に話の筋が逸れている、とガネストは奥歯を噛み締めた。【信仰】の正体とはいったい何なのか。かの神族の怒りの原因はどこからやってきたのか。なぜノーラは、神族を統べるその【信仰】とやらを殺せと言ったのか。ガネストはさらに問い詰めたい気持ちが逸っているのに、アイムはまるでそれには気がついておらず、何気なく話を続けた。

「六柱……ああ、いいえ……七……」

 そう思いついたように口にした、次の瞬間だった。

「ぁ、ぁ、あ、ぁ」

 アイムの様子が急変する。体を小刻みに震わせ始めたかと思えば、嗚咽のような醜い声を短くもらし、頭を振りながら不安定な足取りで揺れ動いた。
 白い肌膚の一部が変色する。

 次第に、日向が影に飲み込まれていくみたいに、真白の肌を灰色の闇が覆い尽くした。
 
「信仰しろ」

 まるで、呪いの言葉。
 機械的でしかなかった報告書の文字列が現実に映し出される。ガネスト、ルイル、メッセルは悟った。逃れられない高波が眼前に、唐突に、聳え立ったのだ。


 


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