コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.186 )
日時: 2025/08/31 21:09
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)


 第168次元 廃都での混戦

 力の見せつけによる圧制は、あの赤髪の青年には有効だと算段していた。だが効き目は、ロクアンズが思ったほどではなかったらしい。その証拠に、カナラからエントリアまでの道中で深縹髪の青年と遭遇し、すんなりと結託している。彼らの目的は、ロクの殺害という点で合致している。
 後ろを振り返れば、飛竜型の二体の元魔が、着々と融合を進めている。前に向き直れば二人の次元師がロクの出方を伺っている。ロクはごくりと固唾を飲みくだすと、身を乗り出して言った。

「元魔を討伐するのが先でしょう! 共食いを終えたら、どんな凶悪な存在になるかわからない! 三人でかかっても敵わないかもしれない! 手を打つならいましかないんだ!」
「関係ない」
「俺たちの目的は、てめえだけだ。【HAREAR】」
 
 ロクは、ぐっと口を閉じた。元魔をまず退けなければならない、というロクの思惑は彼らには響かず、煙のように霧散してしまった。ロクを殺すために遣わされた者たちの目には、変化を遂げようとする元魔など眼中にないのだろう。
 だれもが正義感で次元の力を振りかざすわけではないことを頭ではわかっていても、ロクは歯がゆかった。次元師が元魔を討伐するのは、法律でもなければ、誓約もないのだ。
 雄々しい元魔の咆哮がしているのに青年たち二人は呑気に会話を始めた。長い前髪から橙の瞳を覗かせて、青年が先に告げる。

「奴の首はもらうから……」
「はあ!? こっちだって持って帰んなきゃなんねえんだよ。協力してやんだから、そこは譲れや」
「協力してやってるのは、こっちもおなじ。……それなら、あいつの心臓を先に止めたほうが、首を持ち帰る。……これでいい?」
「乗った!」
 
 赤髪の青年が、八重歯を見せて声高らかに返事をすると、そのとき雷鳴が轟いた。青年たちに背を向けたロクが、元魔に向かって"雷撃"を放ち、動きを鈍らせようとする。

「背中がガラ空きだぜ、神族女!」

 三本の矢が撃たれ、その軌跡の隙間を炎熱が縫う。
 ロクは次元技が迫ってくると、その気の流れのようなものを肌で感じとった。振り返りながら屈み、横っ飛びに転がり、躱した。そして間髪入れず、石畳に指先を添えて"雷柱"を焚く。青年たちの足元からばちりと電気が沸き立つ、と、雷でできた大きな柱が二人の姿を飲みこんだ。

 "雷柱"が青年たちの身動きを封じているうちに、ロクはまた、元魔のほうへ視線を戻して、"雷撃"で追い打ちをかける。元魔は不完全体なのと、体が重いためか、動きは大振りでのんびりとしている。取り乱して手足をばたつかせるが、ロクには当たらなかった。
 仕方がない。まずは青年たちの攻撃をかいくぐりながら、元魔の討伐を優先にして動く。
 ロクが意気込んで、まだ電気の糸に絡まってまごついている元魔に飛びかかろうとした、そのときだった。複数の足音と、人の声が聞こえてきた。

「副班長! あれは!」
「! 激しい鳴き声が聞こえてきたので来てみれば……元魔だ! それも、かなり大きい!」
 
 黒色の隊服を着た者が一名、灰色の隊服を着た者が二名、手持ち用の角灯を提げて近づいてきた。ここから一番近い西門の警備をしている此花隊の警備班だろう。彼ら三人は元魔の鳴き声を訝しみ、様子を見にここへ駆けつけたのだ。

「それに、さきほどまで雷の柱も見えていた。まさか……」
 
 警備班たちがまさに、"雷柱"が見えていた地点に視線を移すと、その方向から鋭い矢と炎熱が飛んできた。彼らの叫び声と、雷鳴が轟いたのはほぼ同時だった。
 遠くから"雷撃"を飛ばすには間に合わない、最悪警備班たちにも"雷撃"の余波が当たってしまうのではと懸念したロクは、"雷装"を使って加速した。そして電光石火のごとく速さで駆けつけると、警備班たちの目の前に滑りこんだ。すると右肩には一本の矢が貫通したものの、降りかかった炎熱は、"雷装"によって全身に纏っている電気の鎧で相殺した。
 警備班たちは、突然現れたロクの姿を視認すると、目を丸くした。

「ひい! ろ、ロクア……【HAREAR】だ!」
「なぜここに」
「早く、三人ともここを離れて!」

 ロクは振り返ってそう叫ぶ。しかし、立て続けに、何本もの矢が放たれて、そのうえ拳に炎を纏わせた青年が飛びかかってきた。一般の人間を巻きこんでもあの二人には関係がないのだ。ロクはふつふつと湧きそうになる怒りを抑えこんで、"雷円"を発動する。ロクと警備班を半円型の雷の膜の中に閉じこめるとともに、赤髪の青年はすぐ目の前にそれが張られたので、目を細めて忌々しげに睨みつけ、雷の膜に触れると弾き飛ばされた。あとからやってきた何本もの矢も膜を破れずに、あちこちの方向へ弾き返る。
 赤髪の青年は、空中で見事に体勢を丸めると、もう一人の青年の傍らへと鮮やかに着地した。

「クソ! コロコロといろんな技を使いやがって!」
「そっちにも、お返しするよ」

 ロクは脱兎のごとく飛び出して、雷の膜を通り抜けると、青年たちに向けて手を翳した。

「六元解錠──、"雷円"!」

 青年たちを取り囲むようにして、地面の上に電気の糸が奔る。刹那、描かれた円形の軌跡から薄膜のような雷が湧き立って、あっという間に、半円状の雷の膜の中へと二人を閉じこめてしまう。
 そうこうしているうちにも元魔が動きだしそうだ。ロクは、三人の警備班を置き去りにして、また踵を翻し、元魔を振り返った。"雷撃"を見舞っていたおかげで共食いの進み具合は牛歩だ。まだ咀嚼音にも似た不快な結合音がしていた。

(まずは頭)

 元魔の核は頭部にあるものだが、融合しかかった元魔の身体が大きすぎて、顎のあたりと、微妙に盛り上がった鼻先を仰ぎ見るので限界だ。小さな核はともかく、脳が二つあっては厄介だ。ロクは息を整え、いざ集中を高めると、指先の一点に猛烈な雷を蓄える。

「──七元解錠! "雷砲らいほう"!」

 目に痛いほどの雷光が瞬き、放射される。雷の砲撃は宙空を裂き、二つある元魔の片方の頭を撃ち抜いた。黒い皮膚と液体が勢いよく飛散したが、その中に、元魔の赤い核は混じっていない。核はすでに、もう片方の元魔に取りこまれてしまったのかもしれない。片方の頭を破壊すると、元魔は残った頭を激しく揺らして、暴れだしたが、どの角度から見ても核が見当たらなかった。

(まさか、体内にある……?)

 考えていると、だんだんとこちらに近づいてくる足音に気がついて、ロクはすぐに振り返った。走り寄ってきたのは青年たちではなく、警備班だ。しかし三人ではなく、二人だった。一人の姿が見当たらない。

「もう一人の班員は? その人を連れて、ここから逃げて! 早く!」
「カナラへ次元師様を呼びに向かわせた。退避するわけにはいかない! 【HAREAR】、あなたの監視は戦闘部班のコルド・ヘイナー副班長ならびに、我々警備班にもその命が下されている。万が一逃走した際には、必ず逃がすなと! ニダンタフ援助部班班長からの命令である!」
「……!
 
 黒い隊服を着た副班長の男の目は真剣だった。援助部班を統括するニダンタフの影響か、班員たちはロクへの反感の念が強い。本来なら、此花隊の次元師が到着すれば警備班は周囲に一般の市民が残っていないかを確認し、安全な場所へ退避するのが仕事だ。しかしいくらロクがまだ此花隊に属している次元師であっても、戦闘部班の班員としては認められないのだ。
 彼らの意思は固く、ロクを置いて退避する様子はない。彼らを説得している余裕もない。しだいに、"雷円"の効果も薄れて二人の次元師が仕掛けてくるだろうし、元魔の咆哮はたえず街中に響き渡っている。
 ロクは新たに決意を固めることとした。

(ここへ来る前、あの赤髪の人に言った通りに、やるしかない。私一人でも)

 戦場にいる一般の人間を守りながら、次元師の青年たちをいなし、元魔を屠る。──それ以外に、この窮地を切り抜ける選択肢はない。

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.187 )
日時: 2025/09/07 20:20
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)


 第169次元 三つ巴

 ロクアンズは細く浅い息を吸った。
 視線の先から、細長い殺気と、揺らめく闘気が飛んでくる。"雷円"──電気の膜をとうとう突き破り、三本の弓矢と鮮やかな赤髪の青年がロクを目がけて仕掛けてきた。
 足の爪先から、髪の先にまで、一気に雷が駆けあがる。
 "雷装"を発動したロクはすぐさま、近くにいた警備班二人の腕を掴んで、渾身の力で遠く──青年たちからも、元魔からも距離がある広場の隅──へと、宙を架けるようにして放り投げた。

「ごめん! 受け身をとって!」

 叫んで、刹那。ロクにできたのは、向かってくる三本の矢を、咄嗟に構えた左腕で受け止めるので最善だった。
 赤髪の青年の、肘にまで炎を宿した真っ赤な拳が、ロクの頬に吸い寄せられる。
 ロクは、矢を突き刺したままの左腕の拳を固く握りしめて、その骨ばった指の付け根で青年の脇腹を穿った。
 青年が腰をくの字に曲げて、真横に弾け飛ぶ。すると今度は、背後で翼のはためく音が立った。
 三本の矢を、まとめて腕から引き抜くと、敵は次元師から化け物へと替わる。四枚の立派な翼をぴんと広げた元魔がけたたましく鳴きわめき、竜足を伸ばしてロクに覆いかぶさった。しかしロクは細い二本の脚に、二本の腕に、激しい雷光を這わせていた。四本の竜足のうち、妙に長い二本だけをロクは素手で捕まえる。
 ──殺気。
 背中にひやとしたそれが伝ったかと思うと、立て続けに、何本もの矢が突き刺さった。まだ、来る。予感がしてロクは、歯を食いしばっていたのをほどいて、詠唱した。

「六元解錠、"雷柱"!」

 自身と、そして元魔を中心にして、雷光が地面の上を滑り、円を描いた。たちまち、縁取った円の内側に、雷の柱が立つ。すでに寄越されていた第二陣の矢束が柱に弾かれて宙を舞った。
 元魔は天を仰いで、雷電の渦の中、金切声をあげた。ぐねぐねと身体をねじり、ロクが反動の重さに耐えかねて竜足から手を離すと、元魔はじたばたともがきながら柱の外に向かって後退した。
 四枚の竜翼をぎこちなく仰ぎ、元魔が夜空の下へ飛び出す。

「──七元解錠! "雷砲"!!」

 詠唱。ロクの声が響くと、雷の柱が渦を巻いてさあっと霧散し、その中心を一本の細い砲撃が突き抜けた。"雷砲"が瞬きひとつする間に、元魔の翼を二枚焼き切った。
 二枚とも右半身の翼だ。片側の翼を失った元魔は途端に、体勢をがくりと崩し、せっかく飛び立ったものの地面の上に落下した。
 地響きにまぎれた足音を聞き分けて、ロクはすぐに振り返った。赤髪の青年が振りあげた脚と、ロクが構えた腕がかち合うと、炎と雷が燦燦と光を散らした。

「神族、大変だなあ。人を守って、元魔の相手をして、そんで俺たちとも闘り合う。どれかは諦めちまえよ」

 赤髪の青年はふっと力を抜いて、脚を浮かすと、流れるような所作で脚を下ろし、もう片側の脚でロクの顎を素早く蹴りあげた。後退するロクの視界に、やじりが突き刺さる。首をひねって躱す。しかし矢継ぎ早にそれは迫った。目を凝らし、躱し、手の甲で叩き落とし、加速して。赤髪の青年のもとまでぐんと、距離を詰めた。
 
「……ない」

 たん、と、青年の目前で足を踏みしめると、金色の雷電が燃え盛った。
 青年の懐に入りこんだロクは、彼の胸ぐらを乱暴に掴んで、ぐるりと身をねじる。いまももがいている元魔を目がけて力づくで青年を放り投げた。次いで矢が、束のごとく迫り来るのがわかった。振り向かずに矢軸を掴んだロクは、またその場でぐるんと回りながら振りかぶって、矢の主のもとへと間髪入れずに投げ返した。
 電気を纏った矢束が、凄まじい速さで帰ってくると、深縹髪の青年はぎょっとして身動きをとれなかった。身体の節々にそれらが突き刺さる。背や腕、腿の裏から血潮が噴く。
 ロクは息を整えるよりも先に、叫んだ。

「諦めない! ──次元の力は、守りたいものを守るための力だ……! あたしはずっとそう信じてるから!」

 次元技の矢に意思を通せば、深縹髪の青年の身体に突き刺さった矢が煙のように消える。彼はまだ痺れを残した腕を持ちあげて、弓に指を添える。
 青年の額にぴきりと青筋を浮かんだ。ふうふうと荒い息遣いをして、青年は手元に集まった光の矢を、引く。
 
「俺にだって守らなくちゃならないものはあるんだよ……! ──六元解錠、"真閃しんせん"!」

 怒りを孕んだ一矢が青年の手元から放たれる。中空を掻き切るその音は重かった。回避をしている時間は、ない。ロクは真向から受けることに決めて、飛んできた矢の先端を、両腕で抱えこむようにして受け止めた。踏ん張っても、矢の勢いはとどまらず、足を滑らせて後退した。
 ロクは、息を止め、ぐっと腕に力をこめる。雷光が飛散し、膨張した筋肉が電気にあてられて震える。矢がまとう光を、さらに雷光が覆う。気を抜けば、一瞬にしてどてっ腹を貫かれるだろう。集中力を手元に注ぎ、ついに、ロクの手の中で光の矢が砕け散った。

 けたたましい元魔の咆哮が、鼓膜をつんざく。

「──」

 固く握りこんだ指の隙間から電撃が飛散する。ロクは、まだのたうち回っている元魔のもう二枚の翼に向かってぴんと指先を伸ばす。

「六元解錠──、"雷砲"!」

 指先に集中した電撃が、一気に撃ち放たれる。それが元魔の翼に風穴を開けると、大きく仰け反り、どんと地響きを鳴らしながら、崩壊しかけた建物にもたれるようにして倒れこんだ。
 ロクは、突然頭がくらりときて、思わず体勢を崩しかけた。元力も、身体も、酷使しすぎているのだ。もうずいぶん長いこと息を止めていたのにもいまさら気がついた。はあ、と塊のような息を吐いたとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
 焦って振り向くと、警備班の男たちが地面に膝をついている姿が視界に入った。否、膝をつかされていたのだ。一人は、その首元に鋭い鏃を向けられ、もう一人は後ろに回された手首を、熱のこもった手で掴まれている。
 完全に注意が逸れていた──赤髪の青年が、口角をあげて、ロクに語りかける。

「こうすりゃ早かったんだ。さっさとケリをつけようぜ、なあ」

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.188 )
日時: 2025/09/15 13:45
名前: 瑚雲 (ID: wf9BiJaf)

 
 第170次元 戦いのあと

 鏃の先端が、警備班の一人の首筋に突き立ち、いまにも貫かれそうだった。
 ぴたりと動きを止めたロクアンズを嘲笑するかのように、赤髪の青年がはっと鼻を鳴らした。
 
「守る? ハハ! くだらねえ。だれも、てめえに守ってもらいたくなんか、ねえんだよ!」

 捕えられた男たちの表情を見やれば、彼らは、ロクのほうを見るでもなく、悔しそうに奥歯を噛んで、俯くばかりだった。
 青年たちはどちらも、立場は違えど、暗殺者だ。人の命を奪うことに抵抗のない人種である。それも、力を持たない一般の人間に次元の力を振りかざしてでも欲しいものを奪おうとする。ロクは慎重になって、最善の手を考えていた。頬に冷や汗が伝う間に、思考を嚥下して、静かに口を開いた。

「解放して」
「……なら、わかってるよな? その首を寄こすことが条件だ!」
 
 赤髪の青年が、警備班の男の腕を乱暴に放し、それをもう一人の青年が受け取ると、炎を纏った脚で素早く飛び出した。一直線に飛んできた火の粉がじり、とロクの皮膚に触れるや否や、頬を殴り飛ばされた。思わず地面に手をついてしまうが、立つ隙もなく、腹を蹴られ、背中に踵を落とされて、髪を掴まれては、振って払われる。ロクは手出しするわけにいかず、耐えた。ぐわぐわと揺れる視界の奥ではまだ、もう一人の深縹髪の青年が、警備班らの首に光の矢を向けているのだ。もしも反撃するような素振りを見せれば、こちらにだって矢を放たれるだろう。
 そのときだった。四枚の翼を失った元魔が、ぐにゃりと激しく脈動し、途端に、隆起と陥没を繰り返す。またさらに変化しようとしている──ロクは察した。見ていると、元魔の皮膚は漆黒の色から、徐々に薄らいで、灰色がかっていく。
 元魔の色が変色していくのは、ロクは、その目で初めて見た。まるで神族らの様相が途端に変化をするときのようだった。
 ロクは、伏した体勢からばっと起きあがって、つい元魔のいる方向へ駆け出しかけた。

「見捨てるのか?」

 赤髪の青年の声がして、後ろを振り返れば、そのとき三本に連なった矢が真向からやってきた。ロクの頬や肩、腿をさっと掠めて、それらは地面に突き立つ。
 ゆっくりと歩み寄ってくる赤髪の青年の肩越しに、警備班らの顔が覗いている。

「人を諦めるのかよ、カミサマ」

 ロクは頬につう、と伝う血を、雑に拭いとった。そして、すこし考えたあとに、両腕をあげた。
 
「……彼らのことは、諦められないよ。だから、首がほしいのなら、それで構わないし、どこへだって行く。代わりに、彼らを解放してほしい」
「へえ。じゃあ、後ろの化け物ももう、放っておくんだな。俺たちはてめえの命さえ奪えや、あとは知らないぜ?」
「警備班の人が、カナラに向かったはずだよ。夜が明けるまでには、此花隊の次元師たちがここへ来る」

 青年たちは、お互いに視線を投げ合った。赤髪の青年は、ロクに向き直って言い渡した。

「まだ信用しちゃいないぜ。次元の扉を閉じて、こっちに来い」

 ロクは言われた通りにした。ふっと、ロクの身体の周りから電気の糸が立ち消えた。
 ゆっくりと踏み出して、赤髪の青年のもとへ向かって歩く。
 若草色の左目で、じっと、青年の顔を見つめながら。

 そして赤髪の青年が前振りもなしに、思い切り拳を握りこんだとき、彼の横腹を掠めた光の矢が、ロクの胸に突き刺さった。

「俺が速かったな」
「──ああ!? てんめえ……!」

 赤髪の青年は矢が飛んできたほうを振り返って、歯を剥き出しにしてがなった。どちらが早く、ロクの心臓を止めるか──水面下で競い合っていた彼らだったが、手柄を急いた詰めの甘さが、一瞬の隙を生む。そこへ痺れにも似た闘気がねじこまれるとも知らずに。
 一瞬でもロクから目を逸らした赤髪の青年の首が、がくんと折れた。
 蹴りだった。鋭い蹴りが首筋に叩きこまれ、視界が回転する。ロクが彼の脇をすり抜けると、すでに一迅の雷電が、彼女の足元を走っていた。
 
「──」
「遅いよ!」

 地面の上を滑走した雷電が、深縹髪の青年の手元にまで一気に駆け上がり、矢軸を持った指がびんと折れ曲がった。ロクが、青年の懐に入る。拳の裏手を扇いで、彼の顎を突きあげた。

「七元解錠」

 元力を沸かせ、身体中が熱くなる。"したいこと"はもう定まっている──、一か八か、試すつもりでは意志は揺らいでしまうだろう。だからロクは、頭の中でより濃く想像を巡らせて、次元技を放った。

「──"雷円"!」

 二つ──だった。倒れ伏した青年たち二人、"それぞれ"を取り囲むように、半円状の雷の膜が二か所で盛り上がった。それだけではない。半円状の雷膜を、ロクは徐々に圧縮していく。わざと青年たちの身体にべったりと雷膜が貼りつくように変形させてみせた。雷の被膜に覆われると青年たちは、二人とも呻き声をあげた。
 コルドやフィラがいないのなら、雷の力だけで拘束を仕掛けるしかない。
 選択肢がないのなら、新しい選択肢を作るしかない。レトがこれまでに教えてくれたように──。ロクの中には、ロクの元力しか流れていないのに、なぜだかこれまでともに戦ってきた次元師たちの姿が、思考が、この身に深く刻まれているようだった。

「てめ、この、蹴」
「諦めるとは、言ってないでしょう」

 文句を言いたげな赤髪の青年の横を通りすぎて、ロクは、一直線に元魔へと向かっていった。すでに全身は、墨を水で薄めたような灰色となっており、変色が続いている。そして禍々しい気配が増していることに気がついた。

(あの変色を止めないと。──いや、完全に破壊する!)

 警備班らは解放されている。そして、二人の青年は動きを封じた。残るは、元魔の対処のみだ。巨大な元魔を葬るには、核を狙って破壊するのが最善なのだが、明確な位置がわからない以上は、肉体に損傷を与えて消滅させるよりほかに方法はないだろう。
 より強力な次元技を放たなければならない──と予想できていたロクは、ようやく集中を高めて、そこへ意識を沈めた。
 猛烈な電気が、ロクの身体中に纏いつく。

 神族らがエントリアに襲来した日のことを鮮明に思い返す。クレッタを消し炭にしてしまおうと、焼き殺してしまおうと高めた意思を、そうして撃ち放った電撃の質量を、きっともう一度呼び出せる。
 ロクは、しゃがみこみ、地面に手をつくと、薄布で覆われた右目を輝かせた。

「八元解錠──"雷柱らいちゅう"……!」

 唱えれば、途端。元魔の足元から煌々とした雷光が一気に噴きあがり、天を突いた。巨大な元魔を覆い隠すように聳え立った雷の柱が、秒を追うごとに電熱をあげ、元魔の皮膚を焼き尽くす。ロクは強く奥歯を噛んで、決して集中を切らさないように、電熱が落ちることのないように、瞬きひとつしなかった。そのうちに、元魔の皮膚は黒く焦げあがり、肉体の端からはらはらと散っていく。
 雷の柱の中の巨大な影が小さくすぼんでいって、やがて消し炭になると、ロクはようやく止めていた息をついた。

「……。どうにか、なった」

 ロクが振り返ると、"雷円"で拘束されていた青年たち二人が気絶していた。どうやら"雷柱"の電熱をあげるとともに、青年たちにしかけた次元技のほうにも影響が出てしまったらしい。慌てて近寄ったが、軽いやけどを負ってしまっただけで、かろうじて心臓は止まっていなかった。深縹髪の青年の傍らでは、警備班らもまた、電撃の余波を受けたか緊張がほどけたか、おなじように倒れこんでしまっていた。

「さて。……これは、二人とも、連れて行かないとかな」

 そう独り言ちたロクの頬に、一筋の光が差す。見上げれば、城壁の向こうからうっすらと、太陽が顔を出していた。 
 ロクは目を細めて、もっとも明るく白んでいる空を、ぼんやりと眺めた。

 降り注ぐ朝焼けを浴びて、ロクは一人、無人の街の中で立ち尽くした。
 それから、此花隊戦闘部班の全班員に話をしたいことがある、と言い出したのは数日後のことだった。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.189 )
日時: 2025/09/21 18:43
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第171次元 半心

「此度の襲撃の件、誠に申し訳ございません。任務中に気を絶し、……ハルエールと青年に、一時的に脱出を許してしまいました」
「利口にも帰ってきてくれたようで、なによりだよ。……して、またしてもハルエールが連れ帰ってきた新しい襲撃者というのは、いったい何者だったんだい?」

 昨晩の出来事は、ロクアンズから説明を受けたコルドが報告書にしたため、セブンのもとに提出された。屋敷の一角に据えられた手狭な書斎──現在は、セブンの執務室として機能している──にて、報告書の文面を眺めながら、セブンが息を吐く。
 コルドは顔をあげると、考えがあるのか、口を開いた。

「そちらの彼は、まったく口を開こうともしなかったのですが……青年らを隣接した牢に入れたところ、口喧嘩のような、小突き合いのような……ともかく、会話をしている様子を偶然耳にしました。その話口調から、アルタナ王国の国民ではないかと推測します」
「アルタナ王国?」

 コルドは頷く。ロクとともにアルタナ王国へ入国した経験から、コルドは、現地の人間同士の会話を何度も耳にしている。よくよく思い出してみると、発音の仕方やその癖が、似ているのだ。
 それを聞くと、さらに眉間の皺を深めたセブンが、今度は別の書類を手に取った。先日、ガネストから受け取った帰国の届け出だ。

「……これはまた、不思議なこともあるものだね? ちょうど、王女とその側近が急遽の呼び出しで帰国したかと思えば……まるで入れ替わるように、ハルエールの暗殺を目論んだ次元師がその国からやってきた、と?」
「はい。おそらく、ですが……」
「素性は? 調べはついたのかい」
「本人たちは、口を割ろうとしません。が……アルタナ王国からやってきた次元師については、メッセル・トーニオ副班長から言及が」
「ほう」
「アルタナ王国で壺の制作人をしていた折、職人の間では、ある噂が流れていたとのことです。『宮廷に納めるような一級品を手がけるのなら、「銀の爪痕」に気をつけろ』と。「銀の爪痕」とは、森林地域を根城にした盗賊団の呼称です。そして一味の中には弓を扱う次元師がおり、ヒグヤと呼ばれていた、と」

 ふむ、とセブンが相槌を打つ。コルドはそれから、申し訳なさそうに続けた。

「ですが、赤髪の青年については……変わりなく、まだ、調べがついておりません。申し訳ございません」
「構わない。また舌を嚙み切られたら大変だから、情報を引き出すのなら慎重にね。君は、引き続き彼らの監視を頼むよ」
「は」

 返事をしたコルドが、部屋から去るかと思えば、なかなか動こうとしないのでセブンは片眉をあげた。不思議に思って口を開きかけると、コルドのほうが先に切りこんだ。

「班長。ハルエールから言伝を」

 セブンは眉ひとつ動かさなかったが、一息分だけ間を置くと、続きを促した。

「聞こうか」
「はい。此花隊の今後の動きに関わる、重要な話があると。戦闘部班の全班員を集めて話をさせてほしいと言っています」

 執務室内に沈黙が訪れる。セブンは、目を伏せているコルドの顔をじっくりと見つめた。やがてセブンは、まるで世間話でもするかのような重みのない口調で言った。

「そうか。そこでレトヴェールと再結託し、隣人の次元師二人も抱きこんで、この拠点を内側から壊滅させる算段かな」
「は、班長」

 そう思わず口がついて出たが、コルドは続く言葉を持ち合わせていなかった。ただ、いまだロクを警戒しているセブンに、反射的に異を唱えそうになった。
 それに気がつくと、セブンは、コルドの黒い瞳の奥を探るような視線で、彼を突いた。

「……なるほど。君はあくまで中立の立場でいたいか」
「……」
「どう考えようかは自由だ。最近は、フィラが私を見る目にも不安や反感が宿っている。メッセルに至っても、彼女に対する印象を変える気はさほどないらしい。しかし私は考えを改めるつもりはないよ。むしろ、此花隊の次元師たちが皆一様にして彼女を擁護しようとする姿勢に関心を寄せる一方だ」

 セブンは手元に広げていた報告書や、帰国の届け出などの書類をまとめて、とんとんと机の上で正すと、続けた。

「いいだろう、では召集をかけようか。どのような判断を下すにしても、まず聞いてみないことには情報にもなりえない。といっても、すぐに集められる次元師は、随分と頭数を減らしてしまったね。隊長と副隊長には、内容を検めたあとで報告をする。明日の朝、執務室に連れてきたまえ。ほかの班員にも伝えるように。ほかに用件がなければ、下がっていい」
「はい。承知しました」

 頭を下げたのち、コルドは退室した。執務室の扉がぱたんと閉まると、喉の奥でわだかまっていた息が、ようやく吐き出された。
 メッセルやキールアがいる医務室に向かって歩きながら、セブンの言葉を、頭の中で何度も反芻した。中立の立場でいたいか。そう言われればそうかもしれないし、かといってすぐに頷けない自分もいる。いったい、たしかな気持ちは、どこにあるのだろうと、コルドは考えていた。

 一夜明けて、朝を迎えると、コルドをはじめとした戦闘部班の次元師たちが執務室に集合した。
 相変わらずロクは手足を拘束され、その隣にはコルドが立ち並んでいたが、彼は片手に、大量の紙を紐で束ねたものを掴んでいた。

 ロクは、自身とコルドのほかに、セブン、フィラ、メッセル、キールアの姿しか見えないことに、驚いていた。ロクの視線が行ったり来たりしているのを見て、セブンが早々に口を開いた。

「ガネストとルイルだが、暇を出した。長らく不在にする」
「え?」
「それ以上のことを知る権利は、君にはない」

 左の瞳を伏せて、ロクは考えこんだあと、はっと思いついたようにまた顔をあげた。

「レトは」

 ロクは、言ってからすぐに、思い出した。エントリアでの戦闘からほどなくして開かれた緊急会議のあと、レトヴェールは個室にて軟禁処分と言い渡されていた。それがまだ解かれていないだけでは、ないだろう。ロクは薄々察していながらも、セブンの返事を待った。彼は、いっとう声を低くしてすぐに返答をやった。
 
「再三言うようだが、君と彼を会わせるわけにはいかない。彼がいなければ、成立しない話なのか?」

 ロクはゆっくりと首を横に振った。
 それからしばしの沈黙のあと、セブンは気を取り直して、班員たちに視線を配ると、ロクに向き直った。

「ハルエール。君の言う通り、次元師たちに集まってもらった。話があるというのなら、聞こう」

 ロク以外の戦闘部班の班員たちが、緊張した面持ちで、彼女の発言を待った。
 張り詰めた空気の中、ロクは口を開いた。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.190 )
日時: 2025/09/28 21:07
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第172次元 その神の名は

「私は、記憶を思い出した」

 かちりと、置時計が部屋の隅で針を鳴らす。
 落ち着いた声色でロクアンズはそのように口火を切った。彼女は続けた。
 
「それは生まれてから五年ほどの記憶だけじゃない。いまから話をするのは、私が神族として自覚をしたことで、この肉体にふたたび蘇った……"二百年前の戦いの歴史"」

 傍らに控えるコルドが目を丸くしてロクの顔を見た。

「でも、ここですべてを語ることは……できない。……歴史をそのまま語ろうとすると、視点や事象が複雑化して、きっとうまく伝えられないんだ。だから、文字におこした」

 ロクが、コルドに視線を投げると、驚いて固まっていた彼は我に返った。コルドは手元に握っていた紙束をはっと思い出したように持ちあげて、室内の視線を集める。
 自身を取り囲むようにして立つ、戦闘部班の班員らの視線に向き直って、ロクは「それと」と続けた。

「文書にした理由はほかにもあるんだ。二百年前の出来事を知るか、どうかは、あなたたちに委ねたい。そして……本題はここからだ。どうしても、私の口から語らなくてはいけないことがある」
「それは」

 厳しい視線をロクに向けて、セブンが切りこむ。さらに重くなった空気の中、班員たちは、息を呑んで、ひたすらにロクの言葉を待った。
 ロクの左の瞳は、いまから大切なことを語るのだという、緊張感を宿した色をしていた。そしてじっくりとセブンに視線を返したあとで、ついにそれを告げた。

 
「"幸厄さいやく"を司る神族であり、すべての神族の頂点に立つ統治者。────【BELEVE】(ベルイヴ)がもうじき復活する」

 
 時計の針が、また一つ、進む。
 まばたきも、吐く息もなく、あったのは沈黙、のみだった。
 ただ名前を耳にしただけで、本能的に、唇の隙間が締まる。キールアは、こめかみにじんわりと汗が噴き出していて、それがようやく滑りだしたときに、まばたきができて、口を開けた。
 
「ベ……ベルイヴ?」
「そう。ベルイヴは、二百年前の人と神との争いで、最たる中心人物となった神の名前だよ。……戦いの末に、封印されたんだ。ほかの神族たちと同様にね。でも、いま続々と神族が目を覚ましているでしょう? それは、神たちにかけられた封印が、二百年という時間が経過したことによって、解かれてしまっているんだ。デスニー、ノーラ、アイム、クレッタの四柱はすでに目を覚まして……そして、近いうちに必ず、ベルイヴという、五体めの神も目を覚ます」

 前のめりになりかけたロクの手元から鎖の擦れ合う音が鳴った。彼女が口にした、二百年前の人と神の争い──メルギース国において最大にして最悪の歴史であるにも関わらず、"その真相を知る者はだれひとりいない"とされている。多くの謎と秘密を孕んだその歴史のはじまりは、神族からメルギース国民への宣戦布告であった。

『罪を知れ。覚えぬ者は大罪と知れ。人である者たちよ、永劫の時を以て償え』
 
 キールアは、此花隊に入隊して間もなく、次元の力についての勉強を始めると、レトヴェールから神族について話を聞かされた。神族が放ったとされる、その有名な言葉を頭の中で反芻していた。
 そのとき、「うぅん」と濁った声で唸ったあとメッセルがいきなり、目をかっぴらいて、大声を出した。

「ああ、ベルイヴって! そういや、ガネストのヤツが、言ってたなあ!」
「ガネストくんが? 彼、なんて言っていたんですか?」
「なんでも、時間の神アイムが、一瞬正気に戻ったときによお。ベルイヴって名前を口にしたってんだ。なんつったかなあ……。ああそうだ! 『人間様』『どうか』『【信仰】』『ベルイヴ様を』……とか、なんとかって、言ってたんだとよ」
 
 メッセルが首を上下に振って、うんうんと頷いていると、残りの班員たちにも実感が湧いてきたのか、互いに目を見合わせていた。メッセルは、ロクと目線の高さが合うようにすこし屈んで、彼女に返した。
 
「そいつで合ってるかあ? 嬢ちゃん」
「……うん。ガネストが知っていたとは、驚いたけど、間違いないよ」
「じゃあ、神族は、その……ロクちゃんも含めて、全部で六体なの?」
「そうだよ。ヘデンエーラは、神族を生んだ神様だから、厳密には、神族とは異なる存在になる。だから、彼女が造った"神族"とされる存在は、すべてで六体で合ってる」

 ロクは頷いた。そのとき、ロクが動いていないのに、手枷から伸びる鎖が、しゃり、と音を立てた。鎖を掴んでいる手を口元にあてて、コルドが思い出したように呟く。

「そういえば……。ノーラと相対して、レトヴェールがデスニーの居場所を訊こうとしたとき、奴は言っていた。『【運命】の居所は知らない』、『二百年という時が過ぎた』……と。奴が言っていたのは、そういう意味だったのか。二百年間、身動きがとれなかったことで、ほかの神族の所在を知らなかった」
「それなら、ノーラが言っていた、【信仰】は……? その、幸厄を司る神族を指していたのでしょうか?」
「おそらくは」

 言いながら、次はコルドが、ロクに視線をやった。ロクはまたこくりと頷いて返した。室内にはいまだ緊張の糸が張り巡らされているが、副班長たちは思い思いの見解を口にし、徐々に空気は和らいでいくものと思われた。
 しかし、執務机の上に肘をつき、静かに話を聞いていたセブンが鋭い声を発したので、雑音ごとさあっと消え去った。

「話は理解した。要は、ベルイヴという神族の復活が迫っており、対処しなければならないと君は思っているということだろう。一応訊こう。復活する前に斃す術は」
「それは……できないと思う。そもそも、封印されている場所まで、行けないんだ。場所がどこかは……説明がしづらくて。とにかく簡単に足を踏み入れられるところじゃない」
「そうか」
「……信じてくれるの?」

 若草色の瞳だけで、ロクはセブンを見つめた。セブンは、それによって表情を一片も変えることはなかったが、机の上で置き去りにされていた甘みのない紅茶にようやく手をつけた。

「いま、私はおそらく君に感情操作をされていない」
「……」
「君の発言の一つ一つに思考を巡らせているところだ。どう判断したものか、と。が、此度の件に関しては、ただ君を信用できないの一言で突き離してしまえないと判断した。真実であっても虚偽であっても、我々は脅威の可能性を捨ててはならない。事実、神族は近年になって初めて我々の目の前に姿を現し、そして幾度と襲撃を受けてきた。まだ未知の脅威がどこかで隠れ潜んでいると仮定して動きをかけておけば、不測の事態に見舞われたときに被害を最小限に抑えられる」

 紅茶の入った陶器を、そっと受け皿の上に帰してやって、セブンは言った。彼の立場からいっても、神族の情報をより多く集めることが急務となっている。もしも神族の目覚めを予測できていたのなら、いくらでも対策の取りようがあったし、エントリアが壊滅する事態に陥ることはまずなかっただろう。不自然なほどに、現代を生きるメルギース人たちは、神族について無知なのだ。セブンはそれを大きな懸念とし、弱点だと自覚していた。
 だからたとえその情報源が神族の口からとなっても、一度は喉元を通し、呑みこむ。エントリアのような悲劇を繰り返さないためにも。
 セブンはふたたび顔の前で指を組むと、続けてロクに質問を投げかける。

「いくつか質問をする。"幸厄"とはどのような意味を持つ? 幸厄が、ベルイヴの能力にも直結しているのか?」
「"幸厄"というのは、人の身に降りかかる幸福と厄災を指すんだ。ベルイヴはこれらを人間に与え、生きる幸せを覚えさせ、乗り越えるべき試練をもって人の成長を促す存在とされるのだけど……ベルイヴの能力はそれとは異なり、【信仰】と定義づけられている。その力の実態には、おそらく無限の可能性があって……。言えるのは、ベルイヴは"信仰心を強制的に向けさせる力を持っている"、ということだけ。みんなも、それについては、目の当たりにしたことがあると思う」

 ロクに指摘されると、副班長たちの目元が揃って、あることに思い至ったようにはっきりした。これまでの神族との戦いの最中に、幾度となく、神族が突然に変容する様を彼らは見てきた。神族らは変容する直前、共通して、「信仰しろ」──と口にする。まるで呪いの言葉のようだった。それを発すれば、たちまちに神族らは狂暴化し、さらに手のつけられない存在へと進化する。その実態はベルイヴの能力【信仰】によって強制的に力を発揮させられたものだったのだと、腑に落ちたのだった。
 
「強制性を持った求心力、か……。事実であれば、じつに厄介だな。それについて、対抗手段はあるか? 君はどのように考える」

 ロクは、記憶を取り戻してからずっと、ベルイヴについて考えていた。牢の中で焚き続けていた、繰り返し想像した──それをようやく、吐露する。
 
「来る日に備えて力を蓄えることだ。できるだけ多くの次元師を一か所に集め、結託し、意志を通わせ、力をつけるんだ。神族に対抗できるものは、次元の力しかない。そして信仰に立ち向かえるのは、強い意思だけだ。ベルイブは、必ず復活する。不屈の意思と高い戦闘力を持った次元師を一人でも多く育てあげること、これがこの先、神族にこの大地を、尊い命を、未来を蹂躙されないために私たちがしなければならないことだ……!」

 背中に隠れている手が、ぐっと強く握りこめられる。かすかに鎖の擦れ合う音が立ったのを、コルドは聞いていた。
 眉間をきつく寄せ、厳しい顔つきをしているロクを、セブンは見つめた。見つめたセブンもまた、目元に一層の険しさを宿しており、一段と低くなった声でまた一つ問う。

「では、ハルエール。いまだからこそ、訊こうか。そうした先に、ベルイヴを斃すことができると……そう考えるのなら、いや、君自身が神族なのであればわかっているだろう。神を斃す方法。心臓を与えそれを破壊する以外の、決定的な術を」

 心臓を与える以外に、神を斃す方法があるのなら。
 此花隊の次元師たちは、たった二回の戦いの中で、数えきれないほどそれを願っていた。心臓など持っていないと、クレッタから聞かされたときの絶望感がまだ舌の上を転がっている。それがわかるのなら、喉から手を出したって掴みたかった。
 ロクは一呼吸分、考えたあと、告白した。

「ある。神族にしか使えない、確実な方法が一つだけ。私はそれでアイムを斃したんだ」
「……!」
「神族が、各々持っている能力とは別の特殊な力……"呪記じゅき"。そう、呪いの力だ。これの"零条れいじょう"……ヘデンエーラが、六体の神族全員に与えた、同士討ちの権利。だけどもとは、同士討ちをさせないようにしようという、ヘデンエーラの計らいがあった。この呪いの力を神族全員が握っていることで、神族は互いの命を脅かし合える。神同士の争いが起きないように、あえてヘデンエーラが与えた力だけど……結果的に、そうも言っていられなくなった。心臓を持たない神族を斃すには、この呪いを行使するしかない」

 次元師の班員たちは、口にこそしなかったが、愕然とした。次元の力だけでは、神族を完全に葬ることはできないのだと、突きつけられてしまったからだ。それを察したか、ロクが続けて言った。

「それを使うにしても、呪いを唱えただけで斃せるなら、二百年前に戦争は終わっている。重要なのは、神族と戦いを続け、消耗させることなんだ。彼らは桁違いの力を持っているけれど、力は使えば消耗する。だから、彼らと相対し続けられるほどの実力が必要不可欠だ」
「……つまり、やはり君にしか、君以外の神族を斃すことは不可能であり、かつ我々人間側に協力を望むわけだな」

 ロクは、口を噤んだ。その口から確実な方法を聞かされたわけだが、どうにも、セブンの顔色は晴れたようにならなかった。彼女の発言の是非は、慎重に判断しなければならない──。
 一度話題の隅に置いておくとして、セブンは一つ瞬きをすると、いよいよ真に迫った表情に変わった。
 
 ぴり、と、電気をまとっているわけでもないのに、肌が粟立つ。彼の視線ひとつに、ロクは息を呑んだ。

「最後の質問だ。ベルイヴの復活の時期を、想定できるか」
「……──おそらく、年を越して、三月みつきほど」

 ロクが言いにくそうに、ゆっくりと答えると、間髪入れずに、メッセルが口にくわえていた飴玉の棒を掴んで、むせた。息を呑むと同時に飴を吸いこんで、喉奥に閊えてしまったのだ。動揺したのはメッセルだけではなく、ロク以外の班員たちは揃って目を丸くしていた。

「はア!? お前さんそれ……ほとんど半年しかねぇってことか……!? その神族が復活するまでによお」
「う、嘘……そんな……」

 フィラはつい手元に視線を落とし、指折って、月日を数えた。しかし何度数えても、ほとんど年の半分ほどの日数にしかならなかった。
 ただ一人、セブンは厳しい目でロクを睨んで、机を叩く勢いとともに椅子から立ち上がった。それかららしくもなく語気を荒げる。
 
「なぜもっと早く言わなかった」
「……」
「いや、違う。愚問だ。私が君を信用していないからだ。このままでは埒が明かないと思い、告白に踏み切った。そうなのだろう」

 がっくりと首をもたげて、セブンは自己だけで話を終わらせてしまうと、すぐに座り直した。そして机の上を、とんとん、としきりに指先で叩きながら、仕切り直す。

「数えで約半年。来年の三月だな。わかった。早急に動きを取る」
「は……はっ。班員一同、心して備えます」
「ハルエール。ほかに、我々に伝えることは」
「もう、大丈夫」

 セブンはそれを聞くと、前のめりになっていたのを正して、椅子の背にもたれかかる。それからロクと、コルドを順番に見やって告げた。
 
「では下がりたまえ。コルド副班長、ハルエールが書いたというその文書は私が預かる。彼女を地下へ」
「は。……レトヴェールにも、いまの話を」
「私から話をする。この件に関しては、班長の私の口から伝えなければならないだろう。話は以上だ。各自、持ち場へ戻るように」

 四人は、隊礼をして執務室から退出した。扉の締まる音がしてから、セブンは手元でとっていた調書をじっくり見下ろし、筆の先で、また何度か紙面を突く。
 筆を調書の傍らに置くと、コルドから受け取った文書を手に取った。紙束は随分と分厚かった。
 二百年前の神と人との戦の原点、その背景はいったいなんだったのか──セブンは当然のように知りたがった。だのに、一向に、表紙をめくる気持ちになれなかった。読むかどうかの判断は委ねる、と言ったロクの顔が、このときふっと脳裏に蘇った。

(──なぜ、彼女は、まだ完全に信用されていないとわかっていて、これを書いた?)

 いくら大層な歴史が綴られていようとも、媒体はただの紙にすぎない。
 セブンの一言があれば、簡単に燃えてなくなってしまうような代物を使って情報を差し出してきた意味を、彼は探ろうとした。

(もしもこの文書の存在自体に……別の意図があるのなら。まだ、そのときではないのだろう)

 セブンは胸の内袋から小さな鍵を取り出すと、錠のついた引き出しに差しこむ。そして引き出しを開けて、そこへ文書をしまいこんだ。

 二日後の朝、セブンは整えた調書を携えて、レトがいる部屋へと向かった。
 
 


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