コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2022/04/30 22:13
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 月末あたりに更新しています。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始



 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

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Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.113 )
日時: 2022/03/31 21:39
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第101次元 純眼の悪女Ⅰ

 巡回警備と、療養とをかねて、第二部班の2人は温泉街として名高い北東のセースダースに訪れていた。街のどこかしこから柔らかな笛の音色が漂うこの街には、コルドとレトヴェールのほかにも数多の来訪客が行き交っていた。

 まだ日が昇りきらないうちに、コルドは起床し一番の湯に浸かろうと廊下を歩いていた。肌寒い早暁の時分に暖かい湯に浸かるのは、格別の気持ち良さがある。それとどうも最近、動かない左腕への不安からか、早くに目が覚めてしまうのだ。
 ただ、目覚めていたのはコルドだけではなかったらしい。
 湯治場までの長い廊下を歩いていたコルドだったが、途中でふと、足を止めた。裏庭に人影が見えたのだった。朝早くから見回りか、炊事の務めだろうかとぼんやり目をやった彼はそこで覚醒した。

(レト?)

 彼は、薄明の空の下、金の髪を靡かせて踊っている──否、踊るようにしなやかに四肢を動かして、刀剣を振るっていた。
 レトは一秒より長く静止はしなかった。腕を振るい、次には足を躍らせ、合間に呼吸をし、早朝の冷たい空気を刀身で裂く。日の代わりに月が昇ったのか、とさえ錯覚しかけた。 
 息をするのを忘れていた。
 コルドはレトに声をかけなかった。足音を立たせないよう、慎重に立ち去った。

 足を運んでみれば湯治場は無人で、ひとまず身体を洗い流すと、コルドは広く張られている湯に足先から丁寧に浸かった。
 肩まで浸かれば、足の爪先から鈍い温かみが這い上がってきて、じっくりと心地良さが全身を包む。左肩を除いて。左肩から下にかけては、まったく感覚がなかった。重い物体がだらりと下がっているだけだ。いっそ切り落としたいという思いが日々募るが、先日セブンが病室でそれを制止した。コルドとしては彼の言う「神族から受けた傷に次元の力が匹敵するやもしれない」を、いまいち実感できていなかった。
 からり、と入口の引き戸が開く音がして、コルドの意識はそこで逸れた。

 音の主が淡々と背中を洗い流す物音が止んで、ひたひたとした音がこちらに向かってきた。湯けむりに遮られ、ぶれた輪郭がはっきりとすれば、音の主であったレトがはっとして金の目を見開いた。
 視線が合えば、コルドも「お前だったのか」と頬を緩ませて、彼に入浴を促した。

 レトが一瞬、ばつが悪そうに眉を顰めた。が、すぐにもとの涼しい顔をすると、二の腕のあたりまで湯に浸からせた。濡れた髪を浸からせないよう首の後ろでまとめながら口を開く。

「副班、調子は」
「変わらないよ。肩が重くて上がらない。不便だな」

 首を横に振って、コルドは左肩に湯をかけた。療養に良いと聞く、ほんのりと濁った湯が、黒ずんだ肌の上を滑り落ちた。
 コルドはふと思い立ったようにこんなことを口ずさんだ。

「そういえば、おまえたち義兄妹が入隊してから、ちょうど1年くらいか」

 水面に浮かんだ青や赤の葉が、ゆらりゆらりと、遊ぶように揺れた。
 レトも指摘されなければ、年の巡りは早いものだ、などと馳せもしなかっただろう。

「早いな」
「そうだな。しかしここ1年、妙に元魔のやつらが活性化しているように思うな。以前はこれほどではなかった。それに神族ノーラまで出現した……神族側でなにか動きがあったのか……?」

 コルドは湯に浸かりながらそう眉根を寄せる。せめてここにいる間は思考を休めたらどうかと、レトは口を開きかけてやめた。ルノスの脱隊の話を聞いてから、それとまではいかなくとも、異動か休養の可能性をほんのわずかに疑っていた。しかしそれは杞憂に終わったのだった。おそらくセブンも、ひいてはコルドも互いに望んでいないのだろう。年端もいかないような自分が心配することでもないから、いつもの調子で同意を返した。

「あったとして、原因に検討がつかない。ノーラはなにか知ってたかもしれないけど……。──そういえば、ノーラのやつ、『信仰を殺せ』って」
「……信仰……か」

 ──神族の内の1人だろうか。しかしどうして。
 順路の見直しをするからと、コルドは先に上がっていった。生暖かい湯けむりで、彼の後ろ姿が見えなくなると、レトは脱力した。
 岩を背に隠していた、黒ずみの背肌に、ひやりとしたものが伝う。呪記について進言すべきか、否か、いまだに図りあぐねていた。

 しばらくしてレトも浴場から出ていけば、出たところの廊下でコルドが壁に寄りかかっていた。彼は寝着物ではなく隊服に身を包んでいた。
 何事かと問う前に、コルドが告げた。

「ヤヤハル島で元魔が出た」
「ヤヤハル島? いま、第三班が滞在してたはずじゃ……」
「厄介なやつが出たらしい。応援要請だ。早急に向かうぞ」

 コルドは手に持っていた伝書を片手で折りながら、壁から背を離した。厄介なやつ──。近年、度々目撃されては次元の力を持つ次元師たちをも脅かす、飛竜型の個体。だろうか。レトの表情にも警戒の色が灯った。
 レトは1人で客室に帰り、早々に寝着物を脱いだ。ぱさり、とした衣擦れの音が落ちる。金の髪を一つに縛れば肩が自由になって、流れるように隊服を身に纏った。
 玄関で待機していたコルドはレトが出てくるのを確認すると、「いくぞ」と合図をした。頷いて、レトはそれに続いていく。

 船着き場で暇をしていた若い船乗りの青年に無理を押し通して、船を出してもらった。此花隊の次元師であることを告げ、隊章を見せれば、青年は調子の良いように引き受けてくれた。水上でも彼は目を輝かせて、「珍しいね。でもあの島はあんまり次元師様とか、馴染みないから。気いつけてね」と捲し立てるように言った。
 本土とはかなり距離を空けた地点に浮かぶ小島らしい。島の輪郭が見え始めれば、潮の香りが一層強くなっていた。
 
「! あれは……」

 しかし到着する手前のこと。船着き場に数体の黒い影が蠢いていた。不定形をした、下級の元魔だ。それでも普通の人間からしたら脅威にほかならない。船着き場から逃げそびれたのだろう数人の塊が、悲鳴を上げながら腰を抜かしている。
 目に入れるや否や、レトは甲板に出た。コルドが「レト」と声をかけるのを彼は無視した。
 なにもない腰元に手を持っていくと、レトは船上から叫んだ。

「次元の扉、発動──、『双斬』!」

 地表まで数メートル。レトは腰を低くして、船頭から弾くように跳びあがった。金の髪が、軌跡が一太刀伸びる。彼は波打ち際にいた黒い塊を、脳天から鮮やかに両断した。
 唐突に現れた金髪の少年、レトの姿に、しりもちをついていた男がひどく驚いたような顔で彼を見た。

「あ」

 刹那。背後に伸びかかっていた影を、レトはくるりと身を翻して真一文字に斬り払った。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.114 )
日時: 2022/04/30 22:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第102次元 純眼の悪女Ⅱ
 
 次元師、と呼ばれる者たちをその目にしたのが初めてだとでもいうように、大袈裟に目を丸くして島民たちはレトヴェールの背中を見た。彼は両手にそれぞれ携えた短剣のどちらも暇させず、振るえば絶ち、回れば微風を起こした。単なる双剣でないことは素人目にも明らかだった。
 祈るように少年の後ろ姿を見守っていれば、次第にそれが杞憂だと知れる。あの不可思議な形をした墨色の化け物がたち、斬って落とされた断面からさらさらと身体を崩れさせ、順に消滅していく。
 コルドと若い船主とを残した船が停泊する。

「怪我人は」
「軽傷者2人。それ以外は問題ない」

 レトは納刀しながら早口で答えた。見れば、腕や足を抑えるようにしてうずくまってる男が2人、それ以外の女子供は木陰に隠れていていてよく確認できなかったが、概ね異常はないだろう。コルドは周囲にもう元魔が存在しないことを視認すると、頷いた。

「おそらくこれだけじゃないだろう。奥に──」

 そのときだった。どん、と重い地響きがした。次いで遠くから、甲高い動物の鳴き声のようなものがして、鼓膜をキンとつんざいた。レトとコルドは互いに顔を見合わせる。先に走り出したのはレトだった。
 コルドは、船から慌てたように降りてきた青年に声を浴びせた。

「怪我人が2人がいるんだ、手当してやってくれ。くれぐれも島の中へは近づけさせるな!」

 コルドは懐から治療具の入った小袋を取り出すと青年に向かって投げた。それを受け取った青年の困惑の声も聞かず、コルドも島の内部へと駆け入っていく。

 舗装された道を突き進んでいけばやがて、外壁の近くまでたどり着く。甲高い声の主が姿を現した。黒い竜鱗が太陽の光を浴びてギラギラと輝き、街中を焼くように眩い光を照り返す。背中にたくわえた両翼を大きくはためかせれば街の木々が揺れ、大地が揺れた。しかしその動きに若干の鈍さが乗っていた。また左側の翼にはいくつか大きな穴が開いていて、右の翼と比べるとほとんど機能していない。
 飛竜型の元魔と相まみえるのが二度目になるレトは、かの化け物を仰ぎ見ながら、睨むようにして目を細めた。

「レトさんっ!」

 名前を呼ばれて振り向いた先には、ガネストが安心したように肩をすくめていた。順に視線を移していけば、ルイルが顔を真っ赤にしながら元魔に向かってぐっと両腕を伸ばしている。彼女が気張れば気張るほど、元魔の翼の動きにぎこちなさが伴った。そんな彼女のすぐ傍にメッセルがいた。彼は片腕で身を覆うほどの大きな"盾"を携え、元魔から彼女を守るようにその場で膝をついている。かの武器の名は『盾円じゅんえん』。武器型の次元の力の一つだ。

「いまのうちに拘束する! ──第六解錠、円郭ッ!」

 コルドが右腕を前へ伸ばせば、その声に呼応して出現した鎖の破片が収束する。それらは何本もの鎖の束となって元魔の巨体に襲い掛かり、食らいついた。雁字搦めに拘束された巨体はまるで鉄球を宙から落とすように地面の上に叩きつけられる。
 すかさずレトが跳躍した。狙うのは負傷している左の翼だ。翼の根元を捉え、剣を振り下ろそうとしたときだった。

「ギィィイッ、アアア゛!」

 元魔が地面の上で激しくのたうち回った。縛りつけていた鎖の一端が弾け飛ぶ。それを皮切りに、全身を拘束していた鎖が弾けたのだ。
 拘束力が甘かった。コルドは奥歯を噛んだ。
 元魔はがむしゃらに両翼を大きく振り回した。巻き起こった風の余波を受け、ガネストやルイルが後退する。

「わあっ!」
「うっ──……!」
「! ルイル、ガネスト!」

 レトが2人に気を取られていた一瞬の隙でのことだった。元魔は鉤爪を伸ばしてレトのもとまで迫っていた。鋭利な猛攻に息を呑むと、そのとき、なにか盾のようなものがレトの眼前に展開された。
 鉤爪と盾とが嫌な音を発して衝突する。元魔は飛びのき、不格好な翼で上空に退避した。
 メッセルの持つ『盾円』の次元技、"展陣てんじん"。どうやら同時に展開できる盾は一つに留まらないらしい。見渡せば、フゥと息をついているメッセルの姿があった。

「──借りるぞ!」

 レトは高らかに叫んで、盾の上部を手で掴んだ。
 ぐんと伸びよく跳びあがり、盾を踏み台にしてさらに跳躍する。瞬間、盾はパキリと音を立て、割れた鏡のように崩れ落ちた。

「四元解錠──っ、真斬!」

 刀身が燃えるように赤みを帯びたかと思えば、その矛先は狂いなく元魔の左肩に突き刺さった。次の瞬間。左翼の根元を一閃の太刀筋が駆け抜ける。鈍い音とともに、翼は完全に斬り落とされた。
 悲痛を訴えるような奇怪な鳴き声があたりに響き渡る。レトは不安定な体制から飛び上がったためか受け身が取れずに地面の上に転がり落ちた。上半身を起こしたとき、慟哭を発散し続ける嘴の先が目に入った。元魔は鉤爪で地面を抉りながら上体を傾かせ、彼の視界に影を落とすと、食いかかろうと嘴を上下に開いた。

「こっちだ!」

 元魔の背後からだった。声がしたのは。後方から伸びてきた"なにか"が広げた嘴の口内に食い込む。それは鎖だった。ちょうど猿轡さるぐつわのように嘴の内部を圧迫し、次第に元魔の巨体が後ろへ傾いていく。
 コルドは右腕だけで鎖を引き寄せる。ついには元魔の脚が地面から引きはがされ、ふっと宙に浮いた。どん、という重い響きで巨体が地面に倒れ伏せば、土煙が立った。
 静寂が流れる。隊員たちは緊張の面持ちで動向を見守った。次第に元魔は、緩慢な動きで、上体を起こした。
 次の瞬間のことだった。片翼を失った身体が跳ね上がったかと思えば、鋭い鉤爪でコルドの身体に襲いかかった。

「──ッ!」

 コルドは痛みに顔を歪めた。いまや機能していない左肩に、鋭い爪のうちの一本が突き刺さり、地面と肩とが縫いつけられたのだ。眼前では飢えたような顔つきをした元魔が奇声を上げて大口を開けている。
 コルド副班、と遠くからレトがこちらを呼ぶ声がする。コルドは頬に汗を滲ませながら、にっ、と笑みを作った。

「好都合だ」

 そう呟いた刹那。コルドは空いた右腕を地面の上に添えて叫んだ。

「六元解錠──、円郭!!」

 地面の上に添えた指の隙間から光が零れる。呼応するようにどこからともなく出現した鎖の屑たちが、風を纏うように元魔の周囲を旋回し、収束し、正しく鎖の形を成すと同時に元魔の肢体を締めつけた。やがて竜鱗のひと欠片さえ見えなくなるほど鎖の鉄に覆われると──コルドが右の拳を、勢いよく握った。途端、それを合図に、元魔の肉体が鎖と鎖のわずかな隙間から弾け飛されるように四散した。ぱきりと、石の砕けるような音も混じっていた。
 周囲に飛び散った飛竜の元魔の肉が、無気力に地面の上を転がった。それから、さらさらと、黒い肉片たちが風に流れて消滅していくのに、時間はかからなかった。

「……。コルド副班!」
 
 は、と小さく息を吐いて、慌てたようにレトは走り出した。
 地面の上で寝転がったまま左肩を抑えているコルドの傍までやってくると、しゃがみこんで声をかけた。 

「げほっ、げほ……」
「肩が、コルド副班」
「大丈夫だ」

 そのうちにメッセルや、すこし遅れてルイルを引き連れたガネストも、コルドの周りに集まってくる。メッセルは怪訝そうな顔つきになると、息をつきながら膝をついた。

「さすがだねえ。神族ノーラを討伐した英雄サマだ。……っと、しっかしこりゃあ、マズいんじゃあねぇか?」
「駐屯所はどこだ。医療部班に診せる」
「それがよぉ。数日前からこの島ぁ、流行り病が広がってんだ。うちの医療部班もみんなそいつにやられちまって、島の施療院で寝かせられてんよ」
「……」

 流行り病が蔓延しているとは聞いていなかった。小さな島の事態であるし、第三班もここへ配置されてから日が浅いはずだ。単純に情報が流れてくるのが遅かったのだろう。
 医療部班も機能していない、施療院には罹患者が多いときたら、どこに頼るべきか──そう考えてあぐねていると、どこからか男の声がかかった。

「あの……。すみません」

 声の方向を振り向けば、そこには腰の低そうなふくよかな体格をした男が立っていた。腰には布を巻いているあたり職人だろうか。彼は冷や汗を流しながらこちらにぱたぱたと近づいてくる。

「お怪我をされているようで……。さきほどの化け物を、退けてくださったんですよね」
「……あなたは」
「ああ。この島で飯屋を営んでいます。ここでは施療院はあそこしかありません。よかったらご案内いたします」
「病が流行っているって。行ってかかったりしないのか」

 レトが警戒の色を見せると、飯屋を営んでいるというその男は垂れた目尻をさらに細めて、口元にも笑みを浮かべた。それから「いまはもう終息しつつあります。薬と治療法が見つかったので」と答えた。
 ──数日前に流行りだした病が、終息しつつあるとはどういうことか。レトは少々驚いた。失礼な考えではあるが、ほとんど本土との交流が少ないこのヤヤハル島の医療技術が発展しているとは到底思えない。おそらく此花隊の医療部班も、流行り病の終息に尽力しただろうが、ある程度の対策を講じられる彼らでさえ病に陥ってしまったのだ。自然か。偶然か。なににしても、この現状では、遺憾が残る。
 レトが返答をせず口を濁していると、男は、得意げにこう続けたのだった。

「奇跡の力を使う女の子がいるんです。彼女に診てもらうのがいいでしょう」


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.115 )
日時: 2022/05/15 12:00
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第103次元 純眼の悪女Ⅲ

 ヤヤハル島は島の大半が森に覆われている。また、地形の高低差がほとんどなく、かつ安定した気候が農作物を育てるのに適しているとの話だ。この島で採れた作物はエントリアやウーヴァンニーフといった大都市の市場でも出回っている。ただ、住宅街と呼ばれる地域は高い塀に囲われた区域内にしかなく、文明の進度はいかほどかと疑われたが、そもそもエントリアなどの大都市に出荷しているのだから相応の文明物を取り入れる機会はあるだろう。本土の発展都市と相違ない景観が街中には広がっていた。

 レトヴェールたち一行は島で一箇所にしか存在しないといわれる施療院に案内されてやってきた。表の扉を開いて中へ足を踏み入れれば、初めに薬品の匂いがつんと鼻をつく。広々とした平面の床に、病衣を着た何十人もの患者たちが仰向けになって寝ていた。大半の者がそのようにして時折呻き声を上げているが、よく見れば上半身を起こし、付き添い人と多少の会話を交わしている者もいる。病人に付き添っているのはここの施療院の人員だろう。ふくらみのある白衣を身に纏い、顔の鼻から下部分を三角巾で覆っていた。
 院内を一通り見渡していると、レトヴェールたちを連れてきた飯屋の男が声を上げた。

「ああ、ほら、彼女です。十数日前にここへやってきたんですが、すぐに奇跡のような力でこの流行り病を鎮めてくれた。ちょうどさきほどまであの怪物と戦ってくれたあなたたちみたいに」

 男がそう言って、指で指し示した方向には厨房があった。耳をすませばそこからわずかに少女の声が聞こえてきた。

「温度は高めで問題ありません。カンパスを潰したものを入れるので、ゆっくり混ぜて。そうです。時間をかけないと実が溶けずに残って、成分の高いものは最悪の場合毒が抜け落ちないので、丁寧に。……ああ、すみません、もう時間ですね。あの方々が外出から戻ってきたらそこのミルク粥を飲むように言って渡してくださいませんか? まだあと、数日は油断できませんから」

 男は、「きっとそちらの方の傷も診てくれますよ」とコルドに一瞥をくれてそうも言った。そして厨房へと入っていくと、柱から顔を覗かせて少女に声をかけた。

「嬢ちゃん、怪我人だ。診てやってくれないか」

 それを聞くと、「はい、ただいま」と前掛けで手についた水分を拭きながら、厨房から少女が顔を出した。その少女は、キールア・シーホリーだった。髪こそ二つではなく一つに縛っており、顔に三角巾をかけてもいるが、レトヴェールには判別がついた。
 
 カナラ街の薬屋から突然いなくなってしまったのだと話には聞いていた。それがこんなところで鉢合わせるとは。
 はたと、彼と目が合うと、彼女はしごく驚いたように目を丸くした。

「……」
「頼んだよ」

 ぽんとキールアの肩に手を置いて男は立ち去った。
 キールアはぶんぶんと首を横に振った。それから真剣な眼差しになり、コルドと一行を別室へと案内した。
 案内された別室はよくいえば片付けられた、悪くいえばてんで物の置いていない静かな空き部屋だった。物置だったこの部屋を、流行風邪の蔓延で急遽片付けたといったところだろう。なにせ島内にある医療施設はここだけだ。流行病以外の症状を訴えてやってくる一般の患者もいるだろう。ちょうどコルドがそうであるように。
 コルドを寝台に寝かせると、骨組みの軋む音がした。彼の顔色を伺いながらキールアが訊ねる。

「事情を聞いてもいい?」
「……街中に現れた元魔との戦闘中に負傷した。左肩を抉られてる」

 レトの返答を聞くと、キールアは慣れたようにコルドの上衣を脱がした。負傷したという左の肩口の黒ずみを見たとき、彼女は訝しむように眉をひそめた。

「これは……?」
「すこし前に、ノーラっていう……神族と交戦した。そのときに受けた傷だとは聞いた。変色してるだけじゃなくて、動かすことができない」
 
 神族との交戦と聞けば、キールアは目を丸くした。彼女も次元の力はもちろんのこと、神族の存在についても幼い頃から両親に聞かされてきたのだ。

「神族と……? その、まったく動かないの? 神経が損傷しちゃったのかな……」
「一般でいうところの、物理的な損傷とは……似ているようで違うと思う。……その黒ずみは、神族が使う特有の力に影響を受けたもので、広く一般の医術が適うかはわからない」
「特有の力?」
「神族は"呪記"と呼ばれる呪いの術を有してる。その力の一端じゃないかと……俺は思うけど」
「……」

 キールアは、きつく目を閉じているコルドの顔と、それから左肩の黒ずみに順番に目をやってから、逡巡した。

「わかった。とりあえず、目に見えるところから治療するね」

 キールアは、ぼんやりとコルドの容態を眺めていた第三班の3人に声をかけた。まだほかにも作ったという空き部屋に3人を案内し、看護婦をつけた。
 コルドとレトのいる部屋に戻ってくると、キールアは早速治療に取りかかった。見ていれば、容態を観察し、傷口を消毒し、薬を塗布し──と、すべて手作業で賄っていることがわかった。
 彼女が、次元の力『癒楽』を保持していることをレトは知っている。実際に使用しているところを見たわけではないが、彼女の母カウリアが語っていた。シーホリーの血族は、一人として例外なく、『癒楽』の力をその身に宿して産まれてくるのだと。
 黙ってキールアの横顔を眺めていたレトが口を開いた。

「使わないのか」
「……」

 ぬるめにした薬湯をコルドの口にゆっくりと流し込み、傍にある台上に置いた。キールアはそれに応えなかった。
 そもそも、ここへは「奇跡の力を使う少女がいる」、と聞いて足を運んだのだ。彼女は島民たちに次元の力の所持を明らかにしている。にも関わらず彼女が避けるのには訳があった。

「『癒楽』に頼れば、診療も、治療も、自分の手でやるよりもずっと早いよ。それはわかってるの。ここにきて、すぐ、原因不明の風邪が流行りだして……。早めにどうにかしてあげたかった、けど、ここの土地のことをまだわかっていなかったから、原因を突き止めてから治療にあたるんじゃ……遅くて。だから『癒楽』に頼ったの。最悪の場合、たくさんの人が亡くなってしまうと思ったから……。でもそれきり。わたしには、両親からもらった知識があるから。それを蔑ろにして、医師のような存在を名乗るなんて、わたしには」

 言葉少ななキールアにしては珍しく舌が乗っていて、意志の固さが垣間見えた。しかし端切れの悪いようでもあった。レトの前ではどうにも遠慮の色が見え隠れする。その延長線上か、次に口からつい出た声も小さかった。

「でも……」
「なんだよ」
「……。ううん。なんでもない」

 コルドの上半身に包帯を巻き終えると、キールアは一息ついた。

「ここには、長く留まらないんだよね」
「ああ。コルド副班……この人が動けるようになれば、早いうちに引き上げる」
「……このくらいの怪我なら、今日一日療養すれば、大丈夫だと思う」
「そうか」
「あの……レトヴェールくんは、大丈夫?」
「俺は問題ない。から、気にするな」

 それを聞くと小さく返事をして、キールアは余った包帯と医療器具をまとめてから、レトの横をすり抜けて退室しようとした。そのときだった。レトがおもむろに、「なあ」と声をかけた。

「……な……なに?」
「……」

 手伝えることはあるか。大変そうであれば手を貸す──と、言い募りたかった。振り返ってこちらを見たキールアの顔が目に入ると、変に眉をひそめてしまった。

「……いや。もし……力仕事が必要だったら、言え」

 実際に口から出た言葉のなんてぶっきらぼうなことだろう。
 キールアは一瞬驚いたような表情をしたが、ふっと下を向くと、弱弱しく首を振った。

「だ……大丈夫」

 それだけ小さくこぼし、キールアは逃げるようにその場から立ち去る。ぱたん、と扉の閉まる音が寂しく室内に響いた。レトは、寝台横の丸椅子に腰をかけると、はあとため息をついた。
 
 今夜は施療院で休むこととした。それぞれが空き部屋の中で夜を過ごす。静かな夜の風が、窓の隙間から入ってくると、レトの前髪を掬うようになぜた。
 気のせいだったのかもしれないが、深夜、かすかに物音がしたのでレトは目を覚ました。しかしあたりを見渡してみても人影はなく、殺風景な室内の様相があるばかりだ。じっと、扉のほうを見やってから、レトはふたたび眠りについた。

 日が昇り、鳥の鳴き声がしてくると、レトはぼんやりと瞼を起こした。身体がどことなく痛いと感じるのは椅子に腰をかけたまま眠ったせいだろう。瞼を擦りながらコルドのほうへ視線を向ければ、違和感を覚えた。
 コルドが彼の指先に視線を落としながら、驚いたように固まっていたのだ。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.116 )
日時: 2022/06/30 12:26
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第104次元 純眼の悪女Ⅳ

 もう起床していたのか、と見れば、上半身を起こし、手元を見下ろしながら硬直しているコルドがいた。レトヴェールも覚醒し、彼に訊ねた。

「なにかあったか」
「動くんだ」
「なにが」
「指だ。指先がかすかに動く」

 視線をつられてコルドの指先を凝視する。かすかに指先が痙攣しているのを見て、驚愕した。これまでまったく動く兆しを見なかったのに、いったいなにが──と途方に暮れていれば、部屋の扉が開かれる音がした。扉の隙間から顔を出したキールアが、おずおずと室内に入ってきた。

「あの、おはようございます。お加減は……」
「おはよう。肩のほうは問題ない。君のおかげでだいぶ楽になった。それよりも、君に一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
「左肩から下にかけて指先まで、てこのように動かなかったんだ。神族の術の影響、といえば伝わるかな。それなのに、見てくれ、指先が動いていて。君はなにか、知ってるか……?」

 キールアは何も知らない風ではなかった。さっと目を泳がせて、話しにくそうに押し黙る。コルドは前のめりになると彼女にこう畳みかけた。

「なにをしたか、だけでいい。教えてくれないだろうか。快復の手立てがわかれば、あとはこちらで何とでもする」
「おひとりではおそらく、治療できません」
「どういうことだ」

 コルドが眉をひそめてそう訊ねると、キールアはいよいよ諦めたように、口を開いた。

「その皮膚の変色と硬化が、神族の術の影響なら、元魔に次元の力が匹敵するのとおなじく、私の力が敵うのではと思ったんです。それで昨日……」
「君の力?」
「──次元の力『癒楽ゆらく』。これは、えと……他者を癒す、次元の力で……」

 キールアはコルドの強い視線を避けながら、しどろもどろとしつつも答えた。元来、人付き合いが得意ではない彼女のことだから、話をしているうちに気が小さくなってしまったのだろう。
 コルドは意を決したように身を乗り出して、彼女に頼みこんだ。

「君のその力で、もしかしたら俺の腕がまた動くようになるかもしれない。また戦線に復帰できる。遺憾なく動くようになるまでの間でいい、しばらく俺の腕を診てくれないだろうか」

 キールアは想定していた。それに彼女は、可能であればコルドの腕を診たいと言い出すだろう。調薬が専門とはいっても彼女も医療に従事する人間の一人だ。それとは別に、コルドがレトの同胞であることも理解している。彼らにも使命や役目がある手前引き留めていいものか、考えあぐねる彼女の表情は、困ったようにも見えた。
 レトはキールアの顔を見てから、コルドの腕を掴んだ。

「副班、セースダースに戻らないと。それか本部に一報寄こさなきゃこれは独断だ」
「しかしこの機会を逃すわけにいかない。頼む。勝手なのも承知だ」
「……」

 冷や汗がたらりとコルドの頬を流れた。彼は早口に、さらに念を押した。焦っているのであろうことは、彼の表情を見ていればわかる。なにせ、キールアという次元師の少女に出会うまで対処法も、治療法も、まるで手掛かりがなかったのだ。神族から受けた呪術が解けるかもしれない──藁にもすがる思いとはこのことだ。
 レトの返答を待たずして、キールアはぎこちなく首肯した。

「わかりました」

 レトが軽く息をついたように見えたが、それよりもコルドが表情を柔らかくして心から嬉しそうに「ありがとう」と告げてきたので、キールアはなにも言えなくなった。
 それからというものの、キールアは日中は島民の看病に走りながら、手が空く夜更けにコルドの病室にやってきて、腕の治療に努めている。

「──四元解錠、"仇解あだどき"」

 そう口ずさめば、コルドの左肩の周りにふっと薄い膜が張る。さながら水泡のようなそれの内側で、黒ずみがまるで生きた物のように蠢き、わずかに収縮するのだ。キールアいわく、一度の術で消失させるには彼女自身の力量が足りないらしく、また元力の消耗も激しいことから、日をかけて徐々に薄めていく方針をとった。
 やがて日が経つにつれ、だんだんとキールアの顔色が悪くなっていくのを、レトはただ見守りながらしかし口を挟めなかった。

 キールアが倒れたのは、6日後の暮れ方のことだった。

 病にかかっていた島民たちのほとんどが快復し、彼女の手を借りることもない状態にまで達していた。街も、病が流行る前と遜色ない機能を取り戻していたのが、不幸中の幸いだった。
 コルドの部屋の前で倒れていたキールアを、ヤヤハル島駐在の医療部班が診れば、明らかな睡眠不足と元力の消耗による体調不良だと言い渡された。単なる体調不良であれば口も利けるだろうが彼女の場合は違っていた。昏倒したまま半日以上目を覚まさないのだ。班員によれば、しばらく目を覚ます見込みはないという。
 彼女を連れて本部へ一度帰還しよう、と提案したのはコルドだった。ここでは十分な療養体制が整っていないのもそうだが、セブンに一報もなく任務外の土地で滞在してしまったのだ。事の経緯を漏れなく報告し、一般市民を巻き込んでしまったと打ち明けなければならない。ようやく頭が冷えてきたのか、彼はじつに申し訳なさそうに身支度も手早く済ませて、帰りの船を手配するとともに第三班に別れを告げた。

 港に降り立ったあとは、セースダースに位置している駐屯所の荷馬車を発進させ、なるべく平坦な道を選ぶように指示しながら本部へと帰還した。その間、キールアの容態に変化はなかったが、相変わらず昏倒状態が続いた。
 
 本部の門をくぐり抜けて、班長室へと足を運んだコルドはまず謝罪の意を述べた。事前に文を出していたので大体の事情を察していたセブンは驚きこそしなかったものの、表情はいつもより固かった。

「ヤヤハル島で翼竜型の元魔が発現し、第三班のみでは討伐は困難と判断。応援要請を受けて島に向かった……までは問題ない。第三班の人員構成にはまだ不安が残っているし、我々が第一に考えるべきは島民の安全だ。その点でいえば、君がキールアという少女に無理をいって我欲のために腕の治療を頼み込んだ、この行動は褒められたものではないね。わざわざ言わずとも理解しているんだろう」
「はい。仰る通りです」
「わかった。では今回の処遇は後日言い渡すとしよう。彼女は現在医務室で休ませているね?」
「はい」
「彼女の様子を見てあげなさい。目を覚ますまではここで面倒を見るよ。君から文が届いたあとに上には伝えてある。彼女に非はないからね」

 コルドが頭を下げてから、班長室を出ていく。ちらりとレトがセブンの顔を見やれば、彼は致し方ないとでもいうように肩を竦めていた。
 二人はその足で医務室へと向かった。キールアの寝台の傍まで歩み寄れば、彼女の顔色には明るみが戻っていた。もうしばらく休めばじきに目を覚ますだろうと、医療部班の班員が告げると、コルドは安心したようにほっと息をついた。
 
「あとは、医療部班に任せて退室しよう。また夜に見に来る」
「……」

 レトは一度、キールアの寝台へと振り返った。寝息を立てて静かに眠る彼女の顔色を見て、コルドのほうへ向き直ると、小さく頷いた。

「わかった」

 医務室をあとにして2人は集会所へと移動した。
 明日には本部を発ってセースダースに戻らなければならなかった。巡回が済めばそのあとはフィリチアに引き返す。
 フィリチア行きは、さきほどついでにとセブンから命が下った。彼が手にしていた仰々しい依頼書には、畑荒らしの調査を依頼する内容が記載されていた。ここまで聞けば此花隊の管轄ではないのだが、どうも痕跡が害獣のそれではないのだと、ひいては町の近隣に元魔が潜んでいる可能性があるとして、政会から此花隊に流れてきた案件だ。彼は淡々とそれを読み上げて、第一班の派遣を決定した。
 集会所でそんな打ち合わせを行っていると、なにやら廊下のほうが騒がしくなってきた。口を止めてコルドが扉のほうを振り返る。

「なんだ……?」

 集会所を出て、コルドが外へ出る。レトもそれに続いて出ると、2人組の男隊員が、声をひそめながらコルドたちの目の前を通りすぎようとするところだった。コルドは、片方の男の肩を掴んで、問いかけた。
 
「すみません。なにか、あったんですか」
「ああ。戦闘部班の、コルド副班長。それが……ついさっきのことなんですが、どうやら政会の連中が、来てるらしいんです」
「政会が……?」
「調査の一環で至急門を開けろと、なにやら揉めているとか。下ではちょっとした騒ぎになっていましたよ」

 コルドは眉をひそめ、男隊員を解放すると、レトに目配せをした。
 政会の人間が直接此花隊本部を訪ねてくるだなんて、何事だというのか。2人は集会所を離れて階下に降りていった。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.117 )
日時: 2022/07/20 22:52
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第105次元 純眼の悪女Ⅴ

 正門まで降りてくれば、門前での騒ぎが目についた。紺を基調とした布地にところどころ金細工があしらわれている華美な制服と、1人の男の後ろで控えている付人ちの足並みの揃ったところを見ると、政会の人間と見てまず間違いない。
 政会は、メルギース国が王政を廃止してから後のまつりごとを担っている政治団体だ。元は爵位を持った一族による一商会だったと噂には聞くが、いかようにしてこの国の政治を一手に担うほどにまで上り詰めたかは、コルドもレトヴェールも知るところではない。政治団体でありながら軍を整備しているのも、当時、メルギース王国軍を引き受けた流れによる。控えの付人たちは腰から剣を提げていた。

「至急の調査なのだ。門を通してくれ」
「し、しかし……。書状はお出しいただいておりますでしょうか? どなたへの会見で」
「至急だと言っているだろう。時は一刻を争う。ここを通したまえ」

 介入すべきか、しかし自分たちが出て行ったところで騒ぎが収まるとも限らない──とコルドもレトも足踏みをしていると、2人の横をすうと横切る小さな影があった。
 灰色の髪がお団子状に美しくまとめあげられ、赤い隊服を外気に靡かせた後ろ姿が、まっすぐ正門へ向かう。

「何事ですか」

 たった一声かかると、正門の周りにいた警備班員たちがぴしりと背筋を立たせる。凛とした女性の声が辺り一帯に響いたのだ。ざわめき立っていた周囲を、一喝で諫めてしまった老齢の女性の名を知らぬ者はこの隊には存在しない。チェシア・イルバーナ。メルギース国随一である商家、イルバーナ公爵家の当主であった彼女はその席を後継の息子に譲り、現在は此花隊の副隊長として赤い隊服を身に纏っている。
 杖もつかずにしゃんと背を立たせて門まで歩み寄ると、彼女は続いて口を開いた。

「訪問があるとは聞いていません。一体何用で参られた次第ですか」
「これは、副隊長殿。何用で、などと、副隊長殿はお分かりではありませぬか?」
「……何と?」
「隠し事はいただけませんなあ」

 細く切って揃えた無精ひげの先をわざとくるくると弄んで、先頭に立って弁をたれる男はそう答えた。
 イルバーナ家の当主の座から降りた途端に、なめた口を利く輩は増えた。彼女とて引退した老いぼれがあつかましく過去の名誉を引き合いに出すべきではないと自負しているが、それを加味しても、目の前の男のニヤついた笑顔に腹が立たないほどお人好しでもなかった。

「話を聞いていないと申し上げているのです。それとも我が国の政を担われる政会の重役様方は、相手先に一報のお入れもなく突然ご訪問なさるのが礼儀でございましょうか。そうではないでしょう。出直しなさい、会員風情が」

 チェシアは赤い瞳をきつく細めて、男に鋭い視線をくれた。男は、うっ、とばつの悪そうな顔をして、後ずさった。政会の構成員の位は、制服の意匠を見れば一目瞭然だ。襟元の金の刺繍が一本であれば会員でも下っ端の部類に値する。一端の騎士団員や諜報員らより一つ上の位といったところだろう。そのうえ金のバッヂを胸に飾ってはいるが飾緒が垂れていない。将来の見込みの有無が伺えるが、チェシアはあえてそこまで突っ込まなかった。

「そ、そのような態度をとられるとは。こちらではすでに情報を掴んでおりますぞ! あなた方此花隊が、この本部内で、シーホリーの娘を匿っているなどということは!」

 思いがけない方向から名前を聞けば、チェシアは眉をひそめて跳ね返した。

「何を仰います。シーホリーの一族など。匿う理由などこちらにはありません」
「小麦色の髪の、14、15ほどの少女ですぞ。たしかに、少女を乗せた荷馬車が此花隊の正門をくぐったと諜報の者が……」
 
 男は慌てて口を噤んだ。すると、チェシアはしばらく考えこんで、もしや、とあることを思い返す。数日前、セブン・ルーカーが上げてきた報告書の中に、一般市民の少女を巻き込んでしまった、暫く医療部班に預けさせてくれといった報告が紛れていたのだ。

「少女……。14、15ほどの子どもでお間違いありませんね。たしかに1人、そのような娘を保護しております」
「ええ、ええ! きっとおそらくそうでございましょう、副隊長殿。その少女こそが、150年前、かのアディダス・シーホリーが遺した"悪魔"の子らの1人なのです。レトヴェールという名の少年と通じているのだとか。少年に聞けば明かされましょう!」
「……」

 政会の役員たちは、"悪魔の子"と総称されるアディダス・シーホリーの血を継ぐ一族の残党を躍起になって探している。なにがそこまで彼らを掻き立てるのか、驚くほどに此花隊には詳細な情報が流れてきていないのだ。研究部班の一部の班員がアディダスの『癒楽』継承説について調査しているが、政会に情報を求めても反応が鈍いとまで聞く。
 単に非常に暴力的な、危険因子を身に宿しているためなのか。
 チェシアは黙ったのち、緩慢な動きで半身振り返った。

「レトヴェール・エポール。こちらに」

 来て、話を──とレトに声をかけようとして、チェシアの動きがはたと止まる。廊下に突っ立っていたはずの彼の姿が、見当たらないのだ。

「コルド・ヘイナー副班長。彼はどこへ」
「はい! ……え、あれ。え!?」

 名指しをされて勢いのまま返答をするコルドだったが、横を見やれば、たしかにレトの姿が忽然と消えていた。

「あ、あいつ、どこへ……?」



 ──なぜキールアの素性が知れている。ともかく、あの男が阿呆にも大きな声で名を告げてくれたので、レトはすぐさま医務室まで向かうことができた。
 何事かと思えばキールアが目的だったのだ。早く伝えなければと心の逸るまま、レトが勢いよく医務室の扉を開けば、扉の傍で立っていた女性班員が「きゃあ!」と声をあげた。
 キールアの寝台は窓の傍だ。つかつかと歩み寄れば、寝台の上のシーツは丸く膨らんでいた。
 レトは呼吸も整わないうちにシーツを引きはがした。

「なにを……!」

 慌てて走り寄ってきていた女性班員が、そのとき目を丸くした。
 膨らんだシーツの下にはなにもいなかった。枕を適当な布地で固めてぐるぐるに巻きつけているものが、無造作に寝台の上で転がされている。
 キールアの仕業だ、と思い至るのに時間はかからなかった。

「な、なんてことなの? さきほどまで、ここに、あの、女の子が……」
「どうして気づかなかった」

 レトは、なかば睨むようにして女性班員を一瞥した。彼女が息を呑むのもよそに、彼はすかさず窓に目をやった。
 窓は開け放たれていた。風が吹き込んできており、はためくカーテンを指先で押し返しながら、窓から身を乗り出せば、近くに高い樹木が聳え立っているのが見て取れた。
 
「まさか、ここから飛び下りた、なんて……。ここは2階よ」
「できるよ」

 女性の言葉を遮るように、レトは窓の向こうを眺めながら、そう言い切った。

「あいつなら、ここから地上に飛び下りるなんて、朝飯前だ」

 窓の淵から手を離して、踵を返せば、そのうちにレトは医務室の扉から廊下へと飛び出していった。女性は窓の向こうと、彼の後ろ姿とを、交互に見送っては唖然としたのだった。


 キールア・シーホリーが建物の2階から地上へ飛び下りるなど、造作もない。誇張表現でもなければ比喩でもなかった。事実、医務室に近い樹木のふもとには、彼女の足跡らしき痕跡が残っていた。
 幼少の時分に、彼女が山と村とを頻繁に往復していたのを記憶している。華奢で大人しい見た目からは想像しにくいが、彼女には存外体力があった。長らく顔を突き合わせる機会がなかったとはいえ、医務室から姿を消したことを考えれば、足腰の強さは健在のようだ。
 
 問題は、どこへ消えたか、だ。本部の裏口から街へと繰り出したレトは、街角で一度立ち止まって、思案するように街並みを見渡すと、それからまた地面を蹴って走りだした。
 
 
 


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