コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2024/09/02 00:43
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 不定期だけど日曜日更新。月2~月1。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始



 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.149 )
日時: 2024/06/30 19:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 第134次元 時の止む都Ⅹ

 ガネストは瓦礫の山のてっぺんから飛び出して、巨大なアイムの脇を駆け抜けた。暴れ回る腕の波間を縫い、遮蔽物を越えて、一心不乱にルイルとメッセルの居場所を目指した。鮮やかな桃色の頭が見えてくると、それは小刻みに揺れていた。血だまりの中で倒れているメッセルに縋りついて、ルイルが声をあげて泣いているのだ。

「めっせ、る、ふくはん。ねえ、ねっ、おきて、めっせ」

 彼を血だまりに沈めたのが、その胸元を撃ち抜いたのが、自分の射出した弾であると、ルイルは気づいてしまっただろうか──。その懸念はすぐに霧散することとなる。
 ルイルは瞳にいっぱいの涙を溜めて、近づいてきたガネストの顔を、その潤んだ双眸で見上げた。

「……! ぁ、ガネスト! ガネスト、めっせる副班がね、おきないの。どうしよう、どうしよう……! ルイルが、お守り、落としちゃって、ひろいにいったからぁ……!」

 ガネストはぐっと拳を作った。爪先で手のひらを裂いて出血してしまうのじゃないかというほどに、固く、握りこんでいた。ルイルは気が動転しているのもあって、メッセルが倒れた本当の理由を知らずに、ただひたすらガネストに助けを求めた。

「ガネスト……!」
「ルイル、一度離れましょう」

 掠れた声で静かに言い放って、ガネストはルイルから視線をそらし、メッセルの傍でしゃがみこんだ。そして自身より一回りも二回りも大きいメッセルの体を背負うと、足をぐらつかせながら歩き出した。ばらばらと、背後で数多のなにかが一斉に崩れ落ちる、大きな音がした。振り返れば、メッセルの『展陣』が主人の声をなくし、次々と死に絶えていた。アイムの十本の腕がもし、"周囲にあるものを破壊しようとしていた"なら、『展陣』を失ったこの戦況に留まるのは自殺行為に等しい。盾なきいま、真っ先にガネストとルイルが標的にされる。だからこそガネストは、一刻も早くこの場を離れようと急いだのだ。
 縦横無尽に荒れ狂っているアイムの複腕にはまだ捉えていない。この隙にと、二人はなんとか形を保っている建物の影の下に入りこんだ。
 
(勝機はない)

 応急処置を施したメッセルを建物の壁に寄りかからせながら、ガネストは冷静に状況を理解をしていた。
 まだメッセルが動けているうちでも、戦況は防戦一方だった。その"防戦"すら封じられてしまったガネストとルイルの二人に打つ手はない。一時撤退を図り、応援を呼ぶのが最善手だろうが、忘れてはならない事実がある。アイムの最大の能力は、時間の巻き戻しだ。下手に動いて、認知をされれば、時間は後退し、かえって相手に隙を与えてしまう。考えるのと武器を取るのとを同時にしなければならない。こうしている間にも、アイムは標的を探して、巨体を引きずりながら動き回っているのだ。
 そうしていると、ふいにガネストは、ルイルが両手で大事そうに抱えている白い球体に視線を吸い寄せられた。

「ルイル……それは?」

 ルイルは、蕾を膨らませるように、ゆったりとした動作で両手を開いた。その手のひらには複雑な金細工が施された白い球体──"封蛹ふさなぎ"が収まっており、それをガネストにもよく見えるようにすこし持ち上げた。

「これ……メッセルふくはんから、もらったの。ルイルのこと、守ってくれるんだって。ひとり分なんだって……。さなぎ? みたいな……名前だったよ」
「……」

 ガネストはしばし考え込んだ。口ではガキのお守りは面倒だのと、大声で文句をたれるような男だが、甘やかし方も一丁前で、なんだかんだと異国からきた二人の子供の面倒を見てくれていた。ルイルに飴を与える傍らで、ガネストの任務を応援するように背中を押してくれたのだってつい最近の出来事だ。正確には叩いた、なのだが。
 ──信じてる、とは、僕のなにを信じているのだろう?
 一つの球体をじっくりと眺めていたガネストの脳裏に、ある答えがよぎった。メッセルは、これをルイル一人の分だけ作って彼女に渡した。まさかガネストの性格が気に食わないから、なんて意地悪はしないだろう。考えられる理由としては、一つ、この次元技は同時に複数作ることができない。もしくは複数作ってしまうと一つ分の効力が落ちていく代物である。そしてもう一つある。意地悪ではなく、意図して、"わざとガネストの分を作らなかった"としたら。

『信じてるぜ』
『俺ぁ、おめぇさんをよ』
(まったく、自分勝手で、いい加減で、一方的な……無茶ぶりだ)
 
 絡まっていた思考の糸が、驚くほど単純な一本の線になった。その糸は、メッセルと自身の魂の部分を繋いでくれているような、急にそんな心地がしてきた。ぐったりと壁に背中を預けるメッセルと、その傍らで立ち尽くす自分との間にはもちろん、糸なんてものは張られていなくて、ただメッセルの胸元に巻かれた包帯をじんわりと濡らしている赤色だけが鮮明だった。

 ──次元の力は、大切な人を守る力なんだ。
 ロクアンズの口癖が身に鋭く染み入ってくる。ガネストは、メッセルの隣で小さくなっているルイルに向かうと、意を決して、口を開いた。

「ルイル、その次元技を発動させてください。そして、ここでじっとして、絶対に動かないでください。声もあげないで。奴に標的にされてしまいますから」
「ガネスト……? どこか行くの?」

 ルイルの声色は不安そうで、本人の意志とは関係なく、核心的だった。彼女からすれば「そうなってほしくない」とでも言いたいのだろう、また大きな桃色の瞳に涙の膜が張って、ガネストを見つめている。
 ガネストは『蒼銃』を銃嚢から取り出し、滑りがないかを確認し、返答した。

「はい」
「……や、やだ! やだよ、ガネスト、るいるのちかくにいてよ! そうしてくれるって、はなれないって、ガネスト言ったのに!」

 ルイルは勢いのまま立ち上がる。そして、ガネストの外套にしがみついた。その拍子に、"封蛹"がルイルの手元から落ちて、からんと地面の上を跳ねた。ガネストは『蒼銃』を銃嚢にしまい直すと、失礼のない仕草でルイルの手をやんわりのけて、彼女の瞳を見つめ返した。

「お聞き入れください。貴方の御命は、僕よりもずっと重く、尊い。だからなにがあっても守り抜かなければなりません。そのために僕は、貴方の命にも背きましょう」
「…………」
「どうか、守らせてください、ルイル王女殿下。ご安心を。貴方のことは、この僕が……。"僕たち"が、必ず無事に、アルタナ王国に帰します」

 ガネストは静かにそう告げると、地面の上にぽつりと転がる"封蛹"を拾いあげて、ルイルに向き直った。ルイルはなされるがまま小さな両手を引き寄せられて、その手にまた、ガネストは球体を包ませた。
 ルイルの両手ごと包み込み、ガネストは祈るように目を閉じていた。
 それからすぐに手を離した。『蒼銃』を構えて路地に飛び出す。思わずルイルは、その背中に呼びかけていた。

「ガネス……っ!」

 しかし。すぐにはっとして、ルイルは小さな手で口元を覆った。ここでじっとして。動かないでいて。声もあげないで。言いつけが、もうなにも考えたくなくなっている自分の足の先までも締めつけた。わがままの振り方を忘れてしまった王女殿下は、ただくしゃくしゃに顔をゆがませて、とめどなく涙をこぼした。

 月明りの下、一人で街道に飛び出したガネストは、ふたたび十尺の化け物を視界に据えた。

(彼が……わざと、僕に"さなぎ"を作らなかった理由を汲むとしたら、まずルイルのことだろう。彼女の蛹を守らせようとしたんだ、きっと。二人とも隠れてしまったら、万が一見つかってしまったときに対処できる者がいなくなる。だから)

 ガネストは視線を落とし、手元に携えてある『蒼銃』をじっと見つめた。次に顔を上げて、アイムの腕のうち、ある二本の腕を見据えた。腕の根元にいびつな線が走っており、腕の外周をぐるりと回っている。一度切断された二本の古株だ。
 交戦中だというのに余計な感情に左右された。異国にやってきてからずっと、周囲のすべてを警戒をしていたのが、あだとなった。上官の性行にいちいち角を立て、命じられた動きを躊躇し、ついには判断が出遅れた。いまさら後悔に及んだところで遅いのだが、たった一人で戦場に立つのは、いささか──あるいは大分だろうが、自覚のないうちに心の隅で押し潰し──緊張して、この先に起こりうる絶望を頭の中で想像しては、無理やりにそれを払いのけた。メッセル・トーニオが抜けた穴は大きく、一歩誤れば、そこへ真っ逆さまに落ちるだろう。彼が、ガネストの胸中に置いていってしまった、いまやもう透明になった安心感を、ひしと感じてしまう。

 出てきたからには腹を括らなければならない。ガネストは片手を持ち上げ、黒い空に向かって一発の"真弾"を放った。
 ぱん、と乾いた発砲音が、薄い宵闇あたり一帯に、響く。
 アイムの頭部がゆらりとひねられて、血のように赤い両目がガネストを認識した。

(いつまで生きていられるかはわからない。だけど、彼女には指一本でも触れさせるわけにいかない)
「そのための次元ぼくの力だ」

 ゆっくりと銃口が下りる。ガネストはアイムを標的に据え、構え直した。
 大切な者を守る力は、この扉の先にしかない。

「来るなら来い、神族。もう守り方は教わった! 僕は、死んでも彼女を守るために、"ここ"にきたんだ!」


Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.150 )
日時: 2024/07/13 12:58
名前: りゅ (ID: 07JeHVNw)

とても面白いので更新頑張って下さい!(⋈◍>◡<◍)。✧♡

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.151 )
日時: 2024/07/28 18:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
第135次元 時の止む都ⅩⅠ

 同時、標的を捕捉した複腕の化け物──アイムの白い身体から、木の幹より二回りも三回りも太い十本の腕が一斉に飛びかかってくる。しかし巨大に膨らんだその触手をうねらせてしまえば、かえって幾本かが視界を遮って、ガネストという小さな標的を捉えきれない。一本だ。自身に届くと予測できたその一本にだけ的を絞って、"真弾"で迎え撃った。
 真正面からの射撃の衝撃に怯んだか、一本の腕が大きくのけ反ったのと同時に、ガネストは走り出した。残りの九本が、続けざまに襲いかかってこようとする。アイムがあたり一帯を破壊し尽くしてくれたおかげで、文字通り山のように遮蔽物が積み重なっており、幸運にもそのほとんどから逃れられた。しかし、ほとんどから、だ。偶然にもガネストの背中に届いた一、二本は、背中に当たっただけでも強い衝撃を伴って、吹き飛ばされたガネストは遮蔽物の山に頭から突っ込んだ。額の薄皮が切れ、鼻の片穴から出血しても、足を止められなかった。
 幸い、九本のうち多くは遮蔽物に自ら突っ込んで、動きを鈍らせている。ガネストはルイルとメッセルが隠れている場所からどんどんと離れていき、まだ無事な建物が多い場所へ、それもできるだけ背丈のある建物を目指した。アイムはまんまと誘導されて、遮蔽物の山を踏み越え、木々を踏み倒し、四肢を引きずりながら、とにかくガネストの背中を追いかけた。
 アイムの全長を超えるほどの高い建物を見つけると、迷わずガネストは路地裏へ滑り込んだ。そこへアイムが、闇に紛れようとするガネストを目掛けて、十本の腕を束ね、それを薙ぎ払った。腰を折られた建物は、割れるような大きな衝撃音とともに、大破した。ぐらり、と建物が胴体を傾かせる。
 瞬間、倒れこんできた建物が、束になったアイムの腕に乗りかかり、そのまま十本もの腕がすべて建物の下敷となった。
 余波に巻き込まれたガネストは、宙に浮きながら銃を構えた。すると、次の瞬間、脳みそがかき混ぜられるような不快感と、わずかな浮遊感が一気に打ち寄せてきた。ばち、と目の前で光が爆ぜる。と、視界が一瞬にして切り替わった。
 ガネストは背の高い建物の壁際で影と相成っていて、路地の奥へ足を向けている。アイムは腕をひっこめて建物と建物の隙間に顔を突っ込んだ。大きな赤い目が闇の中で光り、それと目が合うと、ガネストはどきりと心臓を跳ねらせた。ガネストは曲がり角へと滑り込んで、赤い視線から逃れようとした。

(また使い始めた)

 時間の巻き戻しだ。戦闘が開始したあとしばらくは使っていたのに、そういえば、随分と長らく時間を巻き戻されていなかった気がする。単純に、使う必要がないから使わなかっただけなのか──いや。妙に、頭に引っかかる。ガネストは肩で息をしながら、思考を巡らせ始めた。

 傾向をかえりみると、アイムは自分が不利になったと判断した行動の直前の時間まで巻き戻しを行うようだ。もしかすると時間の巻き戻しには、恐ろしいことに時間の際限がないのかもしれない──その気になればどの時間にも、数億年と昔まで巻き戻せてしまう──が、その懸念はいまは、横に置いておくとする。
 だとすれば、メッセルの"絶豪"に腕を切り落とされたときに時間の巻き戻しを行わなかったのは、不自然だ。

負荷リスクを伴う……?)
 
 単に使わなかった、と考えるのではなく、使えなかった、とガネストは仮定することにした。
 二本の腕を切断された直前の時間に戻ればよかったものを、戦闘を続行させたのも、『展陣』との戦闘時に一度も時間を巻き戻さなかったのも、それならば納得がいく。
 
(巻き戻しの回数に上限があった? いいや……いまの正気ではないアイムが、上限を気にして動いているようには到底見えない。なら……──疲労、や、消耗? 神族にもあるのだろうか……そんな、僕たち人間みたいなことが。人間が運動すれば体力を消耗していくように、)

 次元師が、扉を開けば、元力を失っていくように。
 そこまで思い至ったガネストは、このとき、神族の真理のひとつを掴みかけていた。しかし当の本人は知る由もなく、ただそれを、頭の隅にひっかけておいた。
 メッセルがそう察しをつけていたのかどうか、いますぐに知りたくなった。しかし言葉を交わそうにも、作戦をすり合わせようにも、もう遅い。できない。ならば、ガネストにできるのは、戦場に残された彼の思考の痕跡を拾い集め、それを弾丸とともに『蒼銃』へと込めることだけだ。
 
 ガネストの手によって持ち上げられた『蒼銃』は、空に向かってひときわ甲高く、咆えた。
 口元ではなにかを口ずさんでいた。
 そのとき、ガネストは巨大な敵意が塊となって差し迫っていることに早く感づいた。灰色の巨腕が路地の隙間に無理やりにねじこまれ轟音が響く。颯爽と、銃を構えて曲がり角から飛び出した。
 飛び出した、と同時に、ガネストは銃を構えた片腕をぴんと伸ばし、銃口を、腕の先端と接触させた。

「四元解錠、"真弾"」

 接射。
 音が響く。うずもれた銃撃音が神の腕の中を駆け抜けて瞬く間に、銃口との接触部から肘にかけてすばやく亀裂が走り灰色の皮膚がぶくりと膨れる。しかしこれでも、浅い。アイムが怯んだのは一瞬だった。すぐに切り替えて、ガネストは狭い路地のさらに奥へ駆け入った。
 だが灰色の巨腕がごうと鋭い音を立て、物凄い速さで追跡してきた。
 気がつけば、ガネストの背中にあともう少しで触れるところまで、その悪魔のような巨塊は迫っていた。
 
 激しい衝撃音がガネストの耳をつんざいた。否、もしかしたら鼓膜は耳もろとも、"そのとき"に潰されていて、無音だったのかもしれない。
 背中に喰らいつくように灰色の手で少年の身体を乱暴に捕まえて、ところかまわず、狭い路地にもかかわらずアイムはためらいなく腕を上下に振り乱してついには、建物の壁に少年の身体を叩きつけた。周囲一帯を震わせるような、空も割れそうなほどの激しい衝撃音が響き渡って、巨大な瓦礫片が宙を舞った。
 ガネストの半身が潰れていた。人の形はもう保てなかった。否応なしに変形した彼の輪郭は一瞬にして破裂した。
 
「五元、かいじょ」

 真上の夜闇に、白いなにかが、瞬いた。
 
 静かに彼は口ずさんでいた。
 心のまま、意志の赴くままに、打ち寄せられた詠唱うたが──"星"のように降り落ちる。

「降らせ──ッ! "挟弾雨さみだれ"!!」

 それは流星だった。
 深い夜闇の中で数多の白い光が瞬く。まさに流れ星。刹那。白い光──不定形の光の弾丸たちは目にも止まらぬ速さで地上を目掛けて夜の中を滑り落ち、やがてアイムの頭上から激しく降り注いだ。

「──巻き戻せっ、アイム!!」
 
 ガネストは残った口の端を大きくかっ開いて、唾と血の混じった液体を吐き散らしながら、決死の怒号を響かせた。アイムは、篠を束ねた弾丸の雨から逃れることができずに激しく頭を揺らし、そして、赤い瞳が一層強く瞬いた。
 視界が歪む。現在と過去が綯い交ぜになる。頭の後ろのほうを強い力で引っ張られているのにふわりと浮くような不快感が襲い掛かった。
 瞬きをすると、そこは影が落ちる路地裏で、ガネストは両肩を上下させていた。胸に手を当てるまでもなく肺が呼吸で膨らんでいた。
 間髪入れずに、巨大な敵意が塊となってガネストの頭上に影を落としていた。

 ガネストは振り仰ぐと、思わず笑みをこぼした。

「狙い通り、"ここ"に戻ったな」

 巨腕が風を切って振り下ろされる。ガネストの手によって持ち上げられた『蒼銃』は、空に向かってひときわ甲高く、咆えた。

「五元解錠──"真弾"!!」

 一つ前の過去をなぞろうと腕が、銃口が、寸分違わない動きで素早く弾丸を放つ。しかしガネストが唱えたのは、ひとつ前の過去とは違う。雨のような弾丸を放つ"挟弾雨"ではなく、"真弾"。同時に放たれる二発に力を集約させた単純強化系の次元技だ。弾丸はアイムの腕に二つの風穴を開け、夜空の向こうへと突き抜けた。
 アイムが胸を反らして、ゆっくり街道の上に倒れようとする。そのときぶちり、と嫌な音が響いた。二つの風穴が開いている腕が、根元からぱっくりと割れたのだ。どしん、と一際大きな音をさせて倒れたアイムのすぐ隣に、その太い腕が寝転がった。根元に歪な線が走っている二本の腕のうち一本だった。

 ガネストの脳内は緊張と恐怖とでいっぱいに満たされていたが、ゆっくりと、足先だけは路地裏から街道へと出た。まだ胸の内側では激しく心臓が運動している。それでもじっとしていられなかった。
 アイムは荷馬車などが通る車道を挟んで、向こう岸に見える街道に頭部を倒して、足元はガネストのすぐ傍で横になっていた。身体から伸びている九本の太い腕もまばらに伸びている。

(……静かになった……。やはり、時間の巻き戻しを過剰に行ったからこその、疲労……?)

 まだ気を抜いてはいけない。ガネストは固く銃身を捕まえていた。一定の距離を保ちながら、静かに倒れ伏しているアイムをまじまじと観察する。まったく動く気配がないように見えたが、眉間に開いた小さな穴のような口が、わずかに動いた。

「……ああ、ど……して」

 ガネストはすばやく銃を構えて、アイムの顔面を射程内に捉えた。だがアイムは起き上がるような素振りはなく、ただ小さな口をぱくぱくと開いたり閉じたりしている。

「人間、様。どうか。どうか……」

 泣いているのだろうか。
 ガネストは緊張した面持ちで、けっして銃身は下げずに身構えていた。だけど、アイムの声があまりにもか細く、弱々しく、気が抜けそうになった。


「【信仰】……ベルイヴ様を……──」


 ──"ベルイヴ"…………?
 ガネストがその名前をたしかに聞き取った、そのときだった。


 突然、アイムの胸元が激しく脈動した。まるで地面に弾かれたかのように、灰色の大きな背中が仰け反ったのだ。


Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.152 )
日時: 2024/11/20 20:47
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 第136次元 時の止む都ⅩII

 いや、"地面の下から無数の木の根が槍のように鋭く飛び出して"、その力に弾かれて巨体が浮いたのだ。地面からまっすぐ伸びて、アイムの身体を貫通している無数の木の根は、それだけでアイムの上体を起こしてしまった。まるで操り人形のようにぐらぐらと頭部を揺らすアイムよりももっと高い場所から声がする。声の主は、崩れかけた建物の屋上に腰をかけていた。

「なに寝そべってんだ? オイ、困るぜ。オマエも付き合ってくんねーと。ノーラを殺したヤツ探すんだよ」

 声の主はそう言うと、建物の屋上から軽やかに跳躍した。次の瞬間には、たっ、とアイムの広い肩の上に到着する。そこでガネストの存在に気がつき、目が合った。

「あ?」

 ガネストはだらしなく口を開け、刮目していた。灰色に染まり上がった筋肉質な細い四肢。はためく外套から覗く、人間ではありえない極端に細い腰。膝まである白い髪が風に嬲られ、激しく靡いてる様は、それだけで粗暴な性質を助長する。長い髪の波間から血濡れた赤い瞳が見えた。
 見た目よりもずっと人間の男に近い声で、それはガネストに言った。

「オイ、オマエ。コルド・ヘイナーってヤツはどこにいる」

 ガネストの背後から絶望が足音を立てて駆けてきた。
 心臓が激しく暴れ回って、すぐにでも止まってしまいだった。神族だ。また新しい神族が現れたのだ。当然、見たことも聞いたこともない風貌をしている。銃口はとっくに地面を向いていて、腕は力なく垂れ下がってしまっている。指一本も動すことができない。そうすればたちまちに命を奪われてしまうのではないかと恐怖していた。身をこわばらせてしまうのは、あの神族が現れた瞬間から、周囲の空気をまるごと支配されているような気がしてならないからだ。
 ガネストが黙りこみ、氷のように固まっていると、長髪の人型の神族は片眉を上げた。

「聞いてンの? 言えよ。コルド・ヘイナーはどこだよ。なあ。オイ。言えって」
「…………」
「名前違ったか? まあいいや。ほかの人間(やつ)に訊く」

 長髪の神族はゆらりと立ち上がって、長いかぎ爪を持った指先を宙に置いた。すると、アイムの身体を貫いているのとおなじような木の枝が地面の下から飛び出した。枝の矛先はなんの初動も見せず、静かに、ガネストの左胸に到達した。

(あ。死──)

 予感した、瞬間。
 雷光。

 視界を焼き尽くす、白く眩しい光がかっと瞬いた。同時に重低音が耳を劈き、大地を激しく殴打する。
 吹き荒れる風を全身に浴び、ガネストは、額のあたりがくらくらとして、意識ごと吹き飛ばされそうだったがなんとか、小刻みに揺れる足元を視界に映した。
 舞い上がった土埃が晴れる。
 頭の芯を貫いていくような、よくよく響く少女の怒号が聞こえた。

「あたしの仲間になにしようとしてんだ、──お前っ!!」

 若草色の長髪が風に嬲られ、踊る。少女が一人、電気を纏った手を突き出して、道の上に立っていた。
 ロクアンズ・エポールは左目を鋭く光らせて、風の壁の向こう、雷を落としたあたりの一点を睨んでいた。
 聞き覚えのある声を捉えてようやくガネストは、そちらに目を向けた。ふと顔を振った拍子に、ガネストと目が合ったロクは、表情を崩した。
 急いで駆け寄ってくる彼女の顔を見て初めて、ガネストはずっと歯を食いしばっていたのだと気づいた。

「ガネストっ! 大丈夫!?」

 ガネストの姿は、一目見ただけでも、虚勢を張れるような状態ではなかった。身体のあちこちに打撲痕があり、頭部からは出血の痕が残っていた。衣類はただのぼろ布を被っているのとそう変わらない。それに、近くにはルイルもメッセルも見当たらない。心配そうな表情をして顔を覗き込んでくるロクの問いかけには、ガネストはぎこちなく答えた。

「は、はい」
「……ルイルとメッセル副班は?」
「この近くにはいません。街道を一つ挟んで、向こう側の建物の近くに、います」

 ガネストが視線を投げかけて、それをロクは追いかける。緊迫した状況下で、ルイルを安全な場所に避難させていたのは流石だ。だが、メッセルがガネストの傍にいない。
 ロクはぐっと奥歯を噛み締める。そうしていると、ロクの隣にたっと降り立つ人影があった。

「ロクちゃん……いまのって」
「……」

 フィラが険しい表情でロクに訊ねた。ロクは、ほとんど確信したような顔で、雷を落としたその地点へと視線を注いだ。
 ガネストと相対しているように見えたのは、灰色の肌をした何者かだった。それに、姿が見えた途端に、正体不明のおぞましさが襲いかかってきて、全身の肌が粟立った。気がつけば"雷撃"を放っていたロクだったが、結果的に彼女の直感は当たっていたらしい。

「赤い光の正体……。こっちがビンゴだったんだ」
「はい。それも、二体います」
「に、二体!? もしかして、あの倒れている大きいのも神族なの?」

 ロクは視線を動かして、地面の上に座り込んでいる巨大な灰色の塊を見た。ガネストは頷く。まだ震えている自身の手を見下ろし、固く握りこんでから言った。

「メッセル副班長が善戦し、ついさっき……ようやく気絶しました。また動き出す可能性があります。注意してください」

 神族が一体以上臨戦する現場を、ロクは初めて見た。あの長髪の神族はほんのさっき、突然現れたのだとガネストは付け足して説明した。ロクはそれを静かに聞き入れながら、臨戦態勢をとり直した。

「ガネストが教えてくれたんだよね。セースダースでの調査が終わって、ガネストたちと合流しようってフィラさんと相談して、それで向かう途中だったかな。数日前に、空に光が見えたんだ。赤い星が砕けるみたいな……。なんか胸騒ぎがしてさ、超特急で来たんだよ」

 それで来てくれたのか、とガネストは納得した。サオーリオの街に足を踏み入れてから、何十回と、時間の繰り返しが行われたとき、ガネストは『蒼銃』で空に浮かぶ赤い太陽と月に向けて発砲した。そのときの光をロクたちが目撃していたらしい。
 運がよかった。しかし幸運というのは長くは続かない。
 土埃の中から、生き物の動く気配がする。細い影がぼんやりと浮かび上がってきて、やがてその薄膜の帳を押しのけて神族は顔を出した。

「随分なアイサツだぜ。せっかく目ぇ覚ませたと思ったら、途端にコレだ。なんだよ、オマエ? だれ?」

 ロクはすでに射程を捉えていた。

 ぴんと張った指先から金色の火花が散り、ロクは暇もなく口ずさんだ。
 
「六元解錠」

 主人の意思こえに呼応して、次元の力は、惜しみなく扉を開け拡げる。

「──"雷砲"!」

 指先一点。集約された電気の塊が最高速度で放射される。雷の砲弾を真正面から受けた神族が、太い声を上げながら転げていった。
 ガネストは、眩しい雷光に一瞬目を瞑るも、煙を上げながら転がっていった神族の姿を、息を呑んで見ていた。
  
「あなたは神族でしょ? 名前は? 答えて!」

 一歩、片足を踏み出して、ロクは問い詰めるように叫んだ。指先には雷光の糸が絡まっている。
 ガネストは喉を鳴らした。つい数刻前まで、どれほど願っていただろう、"力"の象徴がいま目の前で煌めいているのだ。
 街を覆う曇り空から、一筋、稲妻が降り落ちる。鋭い光は、起き上がりかけた神族の頭に向かい走るが、神族はそれを軽い跳躍で回避した。神族は鳥のような軽さで瓦礫の山を飛び越えて、倒壊した建物の上に降り立つ。
 
「何度も食らうかよ、バ~カ」
「さっきの質問に答えて! あなたの名前はなに? なんでここに来たの!」
「コルドってヤツはどこだ?」

 ぴく、とロクの眉が動く。
 なぜコルドの名前があの神族の口から出てくるのか、なぜ探しているのか、すぐには思いつかなかったロクは、声に動揺の色を混ぜたまま返答した。

「……ど、どうしてその人を探しているの?」
「知ってるな、その顔」

 神族は、白い髪が風で暴れ回るのを意に介さず、ロクの顔を捉えて離さないような鋭い視線をしていた。

「オマエたちが思ってるほど、薄情じゃあねえんだぜ、神様はよ! 仲間が殺されたんだ、悲しむだろ? 怒るだろ? 仇討ちってやつだよ! オマエたちも好きだろ、それだよ!」
「そんなふうには、見えない!」
「へえ、どう見えるワケ?」

 神族は顎を煽って、長いかぎ爪の根元を鳴らしている。
 ロクはふと、視線を外して、地面の上で鎮座している巨大な灰色の怪物を見やった。ガネストは、あれも神族だという。盛り上がった地面の下から無数の植物が伸びて、怪物の身体を無理矢理に座らせていた。貫通口からはわずかに真っ黒い液体が滴り落ちているのを、ロクは凝視していた。

 瀕死の身体に無数の穴を開け、無理矢理起こさせておいて、同族の死を悼む心があるようにロクは見えなかった。

「仲間のことなんて考えてないんだ。だから、自分のことばかり考えてる。あなたからは、自尊、嗜虐、闘志、そんな心だけがばかみたいに伝わってくるよ」

 腰を落としたロクの全身から金色の火花が散った。電気の糸が彼女の周囲を包み込む。
 白髪の神族が口角を上げた。
 はっとロクは左目を見開いた。地面の下から鋭い気配がせり上がってきたのだ。間髪入れずにロクは、足元の地面を蹴って後方に跳ねた。しかし次の瞬間、地面を割って出現した木の根の矛先がロクの視界を、脇腹を貫いた。
 赤い鮮血が咲き乱れる。一瞬でも動き出すのが遅かったら左胸に穴が空いていただろう。ロクは、空中でわずかに体勢を崩しながら、白髪の神族を睨みつけた。

「アハハ。鈍くてしょうがねえや」

 地面に着地する。雷光が足元から激しく発散し、若草色の髪が明るく照らしだされた。
 ロクの頭の天辺、指の先、腹の底、足の先へ、余すことなく電熱が迸った。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.153 )
日時: 2024/10/05 21:55
名前: りゅ (ID: 6HmQD9.i)

閲覧17000突破!!おめでとうございます!
更新頑張って下さい❣


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