コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2020/12/22 21:30
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 毎週日曜日に更新!してたんですけど最近できてません……不定期です!

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001~003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044~051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074~075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始



 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.104 )
日時: 2020/08/23 21:34
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第095次元 眠れる至才への最高解20
 
 鳥類、が形態としてもっとも近いといえる。しかし白亜の羽毛に包まれた大きな体躯も、大小四つの翼も、ひどく折れ曲がった嘴も、見たことはおろか聞いたこともない。そのうえ、かの鳴き声は天を劈く超高音だ。思い出すだけで鼓膜がぴりぴりと痛みだす。
 噴水の上から飛び立とうとノーラが翼を開きかけた、その瞬間のことだった。
 だれよりも早く飛び出したレトヴェールがノーラの身体をめがけ、『双斬』の片方を振りあげた。

「デスニーはどこだ!!」

 レトは眉根をきつく寄せ、切迫詰まった表情でそう叫んだ。ノーラの白い翼を叩き切らんと振り下ろされた短剣だったが、その切っ先は羽の先にも触れず、宙を割いた。すんでのところで飛び立ったノーラの羽がひらりと降り落ちる。噴水の内側でレトが着地する。水しぶきがあがった。
 空を舞うノーラがレトを見下ろすと、彼は濡れた金色の瞳を鋭くさせていた。
 ノーラは依然として、揺れる森の葉のような落ち着き払った声音を以て、こう返す。

「【運命】の居所など我の与り知らぬことだ。200年という時が過ぎた」
「おまえたちは仲間なんだろ、神族ノーラ。奴はどこにいる!」
「……──呪いを受けたか、人の子よ」

 ノーラは声色を低くして、そう告げた。レトは目を見開いた。3年前、母エアリスが亡くなった日に彼は神族デスニーから呪いを受けた。焼け爛れるような痛みを受けたその背中を、後日彼が確認してみるとそこには、禍々しい黒い紋様が刻まれていた。エアリスを埋没する際、偶然彼女の背中にも見えてしまった紋様とほとんどおなじものだ。
 しかし、"5年の月日ののちに衰弱死する"という呪いをレトが身に受けたことを知っているのは、ロクアンズただ1人だ。彼はだれにも明らかにしたことがなかった。無論彼女も口外などしていない。
 呪い、という言葉にコルドだけが困惑の表情を浮かべていた。

「成程。黒き"呪記"を身に受けし子よ。しかしかの異界の術でいくら我々神族の身を貫こうとも、破壊することは叶わない。決して」

 呪いの話を聞かれるわけにもいかなければ、次元師として挑発を受けたようにも感じたレトは奥歯を噛みしめた。神族と相反した彼が冷静でいられるはずもない。彼は即座に、顔の前で双剣を重ねた。

「四元解錠──ッ、交波斬まじわぎり!!」

 眼前の風を割るように、重ねた双剣がそれぞれ左右に薙ぎ払われる。すると『双斬』の刃から真空波が飛び出した。真っ向から飛んでくる風刃の切っ先。ノーラは間髪を入れず、折れ曲がった嘴を広げた。咽喉から放たれた甲高い叫喚が風刃に喰らいつく。
 叫喚は真空波をいともたやすく噛み砕き、またたく間に、レトの身体と噴水とを呑みこんだ。彼の身体と、衝撃とともに粉砕した噴水だったものの破片が同時に宙へと投げ出される。

「レトっ! ──この!」

 ロクの緑髪がぶわりと舞いあがる。電気にあてられた肌が粟立ち、彼女はその手を伸ばして叫んだ。

「──四元解錠、雷撃!!」

 独特の重低音とともに雷撃が放たれる。ロクの手元から枝分かれする電気の糸。そのわずかな隙間を巧みにすり抜け、ノーラは回避した。次いで、ノーラは二つの小さな翼で体勢を保ちながら、ほか二つの大きな翼を薙いだ。迫りくる突風にロクは左目を見開く間もなく、地面の上に薙ぎ倒され、身体を打ちながら後退した。
 地上にいるロクたちと空を支配するノーラとでは分が悪すぎる。しかしロクは根性で飛び起きると、間髪入れずに詠唱した。

「避……! けん、なあっ! ──五元解錠、雷柱!!」

 ノーラの影が落ちている地面の上に雷が走り、円を描いた。描かれた円から吐き出された雷光は文字通り太い柱となって空を突く。しかしノーラは器用に身体をひねり、旋回するようにして雷の柱から逃れた。
 刹那。

「六元解錠」

 雷柱の追撃を躱したノーラの周囲に、幾重にも重なった鎖の輪が降りかかった。

「──円郭!!」

 環状となった鎖が収束し、ノーラの身体を絞めつける。鉄の塊と化し、宙をふらふらと行き来するノーラにコルドは叫ぶようにして問いかけた。

「神族【NAURE】、おまえに訊ねたい。おまえはさきほど、"次元の力では神族を破壊することは決して叶わない"と言ったな。ではなぜおまえは宝物庫から逃げた? 俺たちに対し『御魂を奪いにきたか』と言ったのはなぜだ!」
 
 ノーラは応答する代わりに、藻掻くようにして宙を旋回した。鎖と鎖の隙間からはみだした白い羽毛が、その度にひらりひらりと地面の上に落ちた。

「おまえはなぜあの場所にいた! 200年前からいたのか、それとも14年前か! どちらにせよなぜ今日まで姿を現さなかった!? 答えろっ!」
 
 神族は人間に対し怒りを覚えたため、突然姿を現し、世界に粛清を与えた──そうこの国では伝えられきた。しかしノーラは、宝物庫の中でナダマンという次元師に接触したものの、彼との日々を愉快だったと言っていた。庫内に残っていた彼の隊服にも大きな汚れや傷などはなかった。なにより、神族と次元師が交戦すればすくなくとも大書物館の人間には気づかれるだろう。14年前にそのような事件が起こっていなかったことから、おそらくノーラとナダマンは交戦していなかったのだ。
 だが現在のノーラはコルドたちと遭遇した途端、宝物庫から飛び出し、ウーヴァンニーフの上空に君臨した。その行動の不可解さにコルドは疑念を抱いていた。
 
「知を望むなら剣を抜け」

 鎖によって閉じられた嘴をわずかに開き、ノーラはそのように返答した。

「そうか」

 コルドが短く息をする。ぐっ──と彼が、鎖を持つ手に力を入れた、次の瞬間。すでに雁字搦めに固められた鎖の繭がより一層きつくノーラの身体を絞めつけ、絞めあげ、金属が擦り合う嫌な音が鳴り続けた。
 そしてコルドが息を止め、もっとも強く鎖を引いたときだった。鉄繭の隙間から真っ黒い液体が四方に飛び出した。まるで花火を仰ぎ見ているようだがそれは美しい光景とはほど遠く、黒い液体が地面の上に点々と散らばった。ロクとレトの2人は息を呑んで一部始終を見守っていた。
 鎖の繭が、ごとん、と地面に落下する。重い音が響いてからすこしだけ鎖が緩んだ。直後。
 ──地面の下から、突きあげるような衝撃。地震。自然的な力であるはずのそれは、明白な殺意を持っているかのようにコルドたちの足元に襲いかかった。
 矢先、地面の上に伏していた白い羽が、ふわりと宙に浮いた。それらはまっすぐにコルドたちを見据えると、空中を一直線上に切り裂き、迫ってきた。

「うわ!」

 地震によって体勢が崩されていたロクは、膝を伸ばす間もなく白い羽に頬を切られ、転倒した。

「……くっ! 無事かっ、2人と」

 叫びながらコルドが後ろを振り返ったそのとき、そこには信じられない光景が広がっていた。
 ロクとレトの真後ろにある建物が地震の影響を受け、傾倒していたのだ。
 逃避するのは不可能だ。たとえ彼らがいまいる場所から動けたとしても、隣の建物も次の瞬間には傾いているかもしれない。建物の高さからいって崩落に巻きこまれるのは必然だろう。
 となれば、とるべき行動はひとつだ。
 鎖を握りしめて踵を返すと、コルドは鉄の繭を解放した。放たれた鎖を纏い、彼は力の限り詠唱した。

「四元解錠──ッ、伸軌しんき!!」

 コルドの手元から、二本の鎖がロクとレトを目がけて放たれた。鎖は2人の身体に絡みつく。コルドがぐっと腕を引くとともに、2人は彼のもとへと強い力で引き寄せられた。
 真っ向から飛んでくるロクとレトの身体をコルドが抱きとめる。次の瞬間には建物は瓦解し、激しい音を轟かせながら地面の上に倒れ伏した。
 
「……けほっ、う、コルド、副は」

 建物が崩落する音を耳にしながら、ロクがうすらと左目を開ける。間一髪のところで助けてくれたコルドの顔を見上げると、同時に彼女の頬に赤い液体が飛び散った。

「……え、……こっ、コルド副班っ!」

 さっと青ざめた顔でロクは身を乗り出した。コルドの背中に手を回した彼女の指先に、なにか鋭いものがあたった。
 恐る恐る目をやる。するとそれは白い羽だった。無数のそれがコルドの広い背中に隙間なく突き刺さっていた。

 ロク、そしてレトが、コルドの背中越しにゆらりと蠢く白い影を見た。
 ノーラを取り囲むようにして宙に浮かぶ、白亜の羽。それは刃のごとく鋭い切っ先でこちらを睨んでいた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.105 )
日時: 2020/10/14 09:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第096次元 眠れる至才への最高解21

 建造物の倒壊を誘えば、たしかに人間は簡単に当惑し、逃げ切れなければ次の瞬間には命を落とす。たとえ次元の力を有していたとしてもおなじことだ。次元師とはいえ次の一手を考えあぐねる。そのうえ次元の力の如何によっては太刀打ちできない。事実、コルドが救出の手を伸ばしてくれなかったらロクアンズもレトヴェールも建物の下敷きになっていた。
 ひとたび鳴けばその声音は天を劈き、明確な意思のもとに大地をも揺さぶる。神族とはまさに人を、次元師までもを超越した力を有する存在だ。
 化け物じみたその存在らと相対するには、そして打ち破るには、相応の力をぶつけなければならない。

「──六元解錠ッ! 雷籠!」

 ロクはコルドの肩越しに腕を伸ばした。身体中で沸き立つ熱が左の掌に収束し、瞬間、雷電が唸りをあげて放たれた。電気の糸は絡み合い、コルド、ロク、レトの3人を取り囲うようにして半球形の壁を形成する。
 向かってくる白亜の刃は電気の壁に突き刺さった。それらは電熱にあてられてもなお焼け落ちることなく、それどころか、みるみるうちに雷の壁を突き破っていく。

(うそ……! 六元なのに──!)

 羽先はついに電気の壁を突き抜け、勢いを増して飛びかかってくる。

「──四元解錠! 交波斬り!」

 レトは向かってくる羽の刃たちにではなく、あらぬ方向の地面に真空波を撃ち放った。コルドの身体を支えるように抱きかかえる。真空波が地面と衝突した反動で、レトたち3人は右方へと逃れた。標的を逃した刃先たちは一寸前に彼らがいた場所に突き刺さった。
 衝撃波に背中を押してもらったとはいえ、そう距離は稼げなかった。間一髪といったところで危機を逃れたにすぎない。土埃が辺り一帯を包みこむ。
 ロクは右肩から落ちたせいか、肩を押さえながら上半身を起こした。

「逃げ……ろ」

 やっと声を絞り出したかと思えば、コルドはそんな背筋の凍るようなことを言い始めた。

「はやく」
「に……っ! 逃げるわけないじゃん! なに言ってるの副班!?」
「……俺たちは神族を追って戦ってきた。奴を逃すことも俺たちが逃げることもしねえ」
「あたしたちが隙を作る。だから副班はちょっとだけ休んでて。絶対なんとかす」

 コルドはロクが言い切らないうちに彼女の手を乱暴に振り払った。振り払った腕をそのまま空に掲げる。
 直後のことだった。
 振り上げた手を地面に叩きつけ、コルドは叫んだ。

「──、"額絡がくらく"ッ!!」

 超高音の叫喚が襲いかかってきたのはコルドの詠唱とほぼ同時だった。彼の背後、地面の下から無数の鎖が飛び出した。"雷籠"と同様に急速に絡み合うと、文字通り鉄壁を築き上げる。超高音はすんでのところで鉄壁と衝突した。
 ノーラが奇形の嘴を開くときにわずかに、きぃという耳障りな音がする。コルドはそれを聞き取っていた。予め集中していなければ当然対応には遅れていただろう。彼は一切の冷静さを欠かさず淡々と告げた。

「隙を作ってる時間はない。だから行け」
「コルド副班っ!」
「言われないとわからないか。おまえたちを守りながらでは戦えない」

 彼の口からは聞いたこともない冷たい声だった。それでいて説得力があった。

「退け。本当に命を落とすぞ」
「……」

 ロクは絶句した。大書物館でノーラと邂逅してここに至るまでの経緯を思い返してみても、コルドの後援あってこそいまの戦況が成り立っていることは火を見るよりも明らかだ。
 手持ちで最大の術である六元級の次元技でさえ打ち破られてしまった。頑張ればなんとかなる。なにかの奇跡が起こって七元の扉だって開く可能性があるかもしれない。などと、ロクには宣えなかった。
 それをレトも十分に理解しただろう。眉根を寄せてから、小さく呟いた。

「……──わかった。いくぞ」

 レトは、ロクの左腕を掴んでぐっと引き寄せた。それからコルドに背を向ける。ロクは腕を振りほどきたくてたまらなかったが、できなかった。右肩がそのときぴきりと嫌な音を立てた。鈍い痛みが走る。ついさっき地面の上に肩を打ちつけていた彼女が、起き上がるときに一瞬苦悶の表情を浮かべていたのを、レトもコルドも見ていた。

「ま……っ、待って! レト、あたし……!」

 だんだんと小さくなっていくコルドの顔を見た。険しい表情を浮かべていた彼は、ふと、笑みを返してきただけだった。

「……ま、って。おねがい、まだぜんぜん大丈夫だよ、レト! こ……コルド副班!」

 ロクは左目にじわりと涙を滲ませながら叫んだ。倒れた建物の瓦礫を踏み越えて街道へと向かっていく義兄の腕も振りほどけなければ、遠ざかっていく副班長のもとへ駆け寄ることもできなかった。
 

 辛うじて義兄妹を逃がすことには成功した。まだあの若い芽たちを踏み潰されるわけにはいかない。次元師が命を落とせばこの世界のどこかで芽吹く新しい命にその次元の力が引き継がれるため、戦力の減少という意味合いでも避けたい事態ではある。
 戦場において情けなど取るに足らないものだ。いま逃げ道を作ってやったところで、自分がノーラにやられてしまっては、次の標的はあの2人になる。しかし、彼らを可愛がってきたこの手がまだ動くうちは、鎖を握るよりも先に彼らを抱きかかえてしまうのだ。そんな生半可な姿勢では、超人的な存在と渡り合うなど不可能だろう。

(さて)

 背中に突き刺さった数本の羽を根本から抜き取っていく。血でぐっしょりと濡れた上着を脱ぎ、適当に捨て置いた。次元技『額絡』の巨壁に肩を預けながらコルドは思考した。

(本来なら可能な限り拘束し、対象から情報を搾り取るのが最良だ。だが相手は神族。本当のところはわからないが、驚異的な力を持っていることにちがいはない。討伐とまではいかないだろう。再起不能にできれば上々だ)

 果たしてどこまでやれるだろうか。そんな自問自答が胸中では何度も繰り返されていた。
 不意にノーラの鳴き声が止んだ。コルドはすかさず腰を落とした。地面に手をつき、間髪入れずに詠唱を繰り出す。

「──ッ、七元解錠! 浪咬なみかみ!!」

 コルドがそう高らかに詠唱するとともに、眼前を覆い尽くす鉄の絶壁は分解した。次の瞬間、数十数百に及ぶ鎖たちが、まるで飢えた多頭の大蛇が如く鉄の身体をうねらせながら猛進した。それらは広場を囲う建物の外郭に頭を打ちつけ、地を這い、一心不乱にノーラに向かっていく。建物が次から次へと崩れ落ちていく激しい騒音が立ちこめる。
 鎖を自由自在に操る力──とはいったものの、コルド自身、完全に『鎖幕』の自在性を操作できるかと問われたら、自信を持って頷けない。細かい操作までできるのはせいぜい十数本が限界だろう。数百ともなると、さすがの彼でも手に負えない瞬間が生まれてきてしまう。ロクとレトをこの広場から退却させたのはその可能性が捨てきれなかったからだ。

 数十の鉄頭の蛇が飛び掛かるがノーラはまたしてもひらり、ひらりと、蝶のように優雅に空を舞いながら回避する。
 両翼が大きく波打った。一陣、というには強い勢力を持った風の塊が広場上空に吹き荒れる。地上に蔓延る鎖のこうべは瞬間、叩き折られた。地面の下から抉り出された鉄の肢体たちはノーラを中心に旋回する風の中へと引きこまれる。
 風と混じり合い、鎖の蛇のその長い肢体が分解していく。小さなひと欠片になるまで細かく千切られたそれらが風の流れに乗って、ノーラの周りを廻る。竜巻がどす黒く、黒く染まっていく。

「元は過小な鉄屑よ」

 まるで、超自然的な力の前では塵も同然かと言うように、ノーラは口ずさんだ。
 短い黒髪が強風に煽られる。足が、ずるり、と風渦巻くほうへ引き寄せられた。眼前に聳え立つ風の柱に巻きこまれるのも時間の問題だ。コルドは地面に喰らいつくように腰を落とした。
 
「繋がった鎖だけが、俺の『鎖幕ぶき』じゃない」

 身体中がかっと熱を帯びる。ここへくるまでに多くの元力を消費した。残るわずかな元力粒子をひと欠片として取りこぼさないよう、コルドは全身の至るところに意識を張り巡らせた。
 
「六元解錠──ッ浪咬!!」

 熱を孕んだ浅い息でコルドは喉の許す限り号哭した。竜巻に飲みこまれた無数の鉄片が主の声に呼応し、徐々に、収束していく。ただひとつの輪状の鎖でしかなかったものたちが連結し、連結し、瞬く間に、巨大な黒い影が誕生した。ゆらり、と"それ"が竜巻の中を遊泳する。巨大な肢体をうねらせ、ぐるりと一周したそれ──黒い大蛇は、ノーラを真正面に据えた。直後。縦に拡げた大口が神の身体に喰らいかかった。
 ノーラをひと呑みした大蛇の腹が、地面を抉り、そのまま前方へと這いずり直進する。めくれあがっていく地面の敷石が四方八方に弾き飛んだ。勢いが止んだのは、その進路にあった建造物に大蛇が頭から突っこんでまもなくだった。建物自体は倉庫であったが、規模は大きく、鎖の大蛇が正面の外郭を破壊したものの倒壊の気配はない。
 コルドが建物に到着した頃には、大蛇だったものはすでに瓦解し、建物の内部に鎖の山ができあがっていた。取り壊し予定であったのだろうか。中はがらんどうで、ただ広い空間の隅に廃材などが積まれていた。
 鎖の山から、白い羽が飛び出しているのが彼の目に映った。

「……おまえにもう一度問いたい」

 コルドは気を抜かずにそう白い羽に声をかけた。
 
「おまえはなぜ、あの宝物庫に隠れ潜んでいた?」

 白い羽は答えなかったが、コルドは立て続けに問い質した。

「もしかするとおまえは、人間を襲う気がないんじゃないのか? 答えてくれ、神族【NAURE】」

 大地を動かすほどの力があるのなら、街に現れた段階で住民たちが逃げる前に皆殺しにすることができただろう。だがノーラはそうしなかった。コルドがロクとレトを逃がしたときも、ただ黙って見逃した。ただの気まぐれというには不自然すぎる。神族との交渉の機会を逃すまいとコルドは勇んでいた。
 そして長い沈黙ののち、ノーラはようやく、このように返答をした。

「信仰しろ」

 途端。
 鎖の山から飛び出していたその白い羽が──瞬きひとつする間もなく、灰色へと変色した。
 次いで灰色の羽を中心に強風が巻き起こった。渦に巻かれた鎖の破片はしかし、風の流れに乗ることさえできずに四方へと弾かれる。コルドは棍棒のように一本の鎖を携え、勢いよく飛んでくる鎖を弾き返した。そうしてなんとか体勢を保つ。
 吹きすさぶ風の壁。その分厚い風がときおり薄く口を開き、風の中心にいる者が目に入ってくる。垣間見えたかの鳥獣の毛並みは、白亜ではなかった。濃灰。ぞっと背筋が震えあがるほどの威圧を放つ深淵が、ゆらりと、コルドのほうを向いた。
 赤い十字目でまっすぐこちらを見据えた濃灰の化け物は、次の瞬間、けたたましい鳴き声をあげた。

「信仰しろ信仰しろ信仰しろ信仰しろ信仰しろ!」

 壁、床、天井、コルドとノーラを取り巻く空間のどこからともなく軋む音が聞こえてくる。突然知性を失ってしまったかのようなノーラの急変にコルドは戸惑いを隠せなかった。

「なん、だ──っ!? 様子が」

 ここが倒壊するのも時間の問題だ。しかしコルドとて無尽蔵の元力を有しているわけではない。六元級を超える次元技を猛発している。残り少ない元力でどう切り抜ける。どう片をつける──。

(迷うな!)

 コルドは、そのとき飛んできた灰羽の矢を避けるようにして腰を落とした。

(まずはあの鳴き声をどうにか──)

 いまもなお響き渡る甲高い絶叫が、鼓膜を突き破らんと襲いかかってくる。その鳴き声に、気を取られた。刹那。一際大きな羽がコルドの左肩を貫き、そのまま背後の壁へと彼の身体を縫いつける。

「がはっ!」
 
 ぐぎり、と左肩に嫌な音が走った。ぶらさがった左腕を伝って、赤い血が無造作に揺れる指先から滴り落ちる。
 まだ動く右腕を浮かせた。床の上に散らばっている無数の鎖の破片のうちのひとつをその手で掴んだ。

 ひと呼吸さえできない。
 しない。
 このとき周りの景色が、急に白んで、薄ぼんやりとした。

 まるで雲間から陽が射すように。風の壁が、一間置いて、晴れた。深い濃灰に覆われたノーラの全貌を視界がはっきりと認知する。折れ曲がった真黒いその嘴が、わずかな音を立て、開いた。
 次の瞬間。

「六元解錠」
 
 幼い少女の叫び声がした。

「────雷砲ッ!!」

 大きく開けたノーラの咽喉に、一閃。眩く、痺れるような熱線が突き刺さった。
 
 
 
 * * *

 2020年夏大会銀賞ありがとうございました!
 当作に投票してくださった皆様へ、この場をお借りしてお礼申し上げます……!(*'▽')
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.106 )
日時: 2020/12/23 11:52
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 第097次元 眠れる至才への最高解22

 不定形の砲撃が漆色の大きな嘴の奥へと突き刺さる。ノーラは仰け反り、赤い眼で天井を仰いだ。
 何者かが2階のギャラリーから身を乗り出しているのを視認したときには、彼は高らかに叫んでいた。

「四元開錠──"真斬しんざん"っ!」

 彼は両手に握った双剣を天井へと向けて振るった。刀身から飛び出した目には見えない風が確実に天井と衝突すると、次の瞬間。十数本にも及ぶ鉄骨が天井から剥がれ落ち、ノーラの頭上に降り注いだ。ノーラは逃れようと、焼け焦げた喉も閉じられずに羽ばたいた。降り注ぐ鉄骨と鉄骨の間を縫うようにして上昇する。が、しかし。
 そのうちの一本が、ノーラの黒い片翼を突き破った。まるで地上へ押し戻すようにして。
 片翼を貫かれ、空中で傾いたノーラの身体が地上へ真っ逆さまに落ちる。

 見るも鮮やかな若草色の長髪をぶわりと靡かせて、ロクアンズは振り返る。その片目は鬼気迫る色をしていた。

「コルド副班!」
「コルド副班!」

 ほぼ同時にコルドの方を振り向き、2人は幼い声を合わせてそう叫んだ。2階から聞こえたもう一方の声はレトヴェールか。鉄骨を落としたのも彼だろう。
 片方の手に掴んでいた鎖の破片を、強く握りしめてコルドは"解錠"する。

「──八元解錠!!」

 血を伝わせろ。建物内部のありとあらゆるところに散乱したすべての鎖を、ひと欠片として余すことなく意識下に捉えた。──我が身が如く集え、従え。コルドは鎖の欠片を床に叩きつける。そして本能の赴くままに号哭した。

「"鸞業区らんごく"──!!」

 彼が詠唱を口遊むと、周囲の鎖の欠片たちが集い、重なり、大きな一本の柱へと変貌を遂げていく。柱が形成されるのに要した時間は一瞬にも満たなかった。そしてさらに柱は一本ではなかった。太さの一定しない数十もの鉄柱の外装をロクとレトが視界に捉えたたそのとき、それらは墜落するノーラの身体を無数の方向から一直線に貫いた。
 翼の付け根から胴の下部へ。頭部から足へ。横腹から反対側を。首の後ろから胸部を。
 そして鎖の柱はノーラの身体を貫くだけに留まらなかった。柱の先端は天井を突き抜け、そして床の表面を穿った。すべての鎖の鉄柱がそのようにして、天井と床を、あるいは四方の壁と壁とを縫いつけるのと同時にノーラの身体を串刺しにした。
 ノーラの急変により崩れるやもしれないと恐れていた建物の震動が、このとき、驚くほど静かに収束した。数十にも及ぶ鎖の鉄柱が建物を支えているのだろうか。ロクとレトは、現状を見てそのように解釈した。
 動かなくなったノーラを視認して、ロクはさっそくコルドに声をかけようと思ったが、彼はどこか遠くの一点を見つめていた。
 彼の視線を追ってロクが振り向いてみると、ノーラの胸部から伸びる細い鎖の柱が目についた。そこには、真っ赤な色をした結晶のようなものが串刺しになっていた。
 ノーラの眼でないことはたしかだ。奴の眼の形は十字であり、鎖に突き刺さっているそれはところどころ尖っている。
 ロクがそれに近づこうと、片足を踏み出したときだった。

「神は心臓を持たない」

 無残な姿へと変わり果てたその黒い身体から、人のものとは程遠い神聖な声音が響いた。開いたままの嘴から語りかけているのか、それとも思念のようなものがロクたちの脳内で直接響いているのか、わからなかった。

「しかし一つだけ、神に心臓を与える術がある。それは神の"呪い"を人間が克服すること。神により下された絶対の享受が解かれるそのとき、神は母なる神ヘデンエーラより不信と見なされ、心臓を得る。心臓を得た神であればたとえ人間であってもその手で葬り去ることができる。そなたらがそうしたように」

 細い鎖の鉄柱に突き刺さった赤い結晶体が、ぼろり、とそのとき崩れ落ちる。それは吹き抜ける風に撫でられ、砂を吹く岩のようにゆっくりと消えてなくなっていく。

「……え。どう……して。なんでっ、そんなこと……!」

 ロクは身を乗り出し、問いかけた。羽の色がまだ白かったときの口調であり、ノーラは正気のように思えた。しかし人語を解するとはいえ神族と人とは相対しているはずだ。ノーラの告げたことが策略か否か、判断しかねているうちにノーラは最後にこう口遊んだ。

「【信仰】を殺せ」

 そうとだけ告げると、ノーラの身体はぼろりぼろりと崩れ落ち、しまいには完全にその場から姿を消した。ロクが呆然と立ち尽くしていると、背後からコルドの声がした。

「出るぞ」

 振り返るとコルドは背中を向けていて、左肩に突き刺さった大きな黒い羽をそのとき引き抜いた。ノーラの身体の一部だったものはすべて砂のように風に溶けてなくなったしまったと思っていたが、唯一、彼の身体に突き刺さったその羽だけが形として残ったらしい。彼は呻きもせず、右手で黒い羽を掴みながら立ち去ろうとした。
 ロクもレトもそれに続いた。



 倉庫場から退却し、しばらくは3人とも黙ったまま瓦礫の積みあがった中央広場を歩いていた。
 しかし、突然背後から轟音が鳴り響き、ロクとレトは同時に振り返った。倉庫だったあの建物がついに瓦解し始めたのだ。その一部始終をぼんやりと遠目に眺めていると、どさり、と衣擦れの音がした。
 音のしたほうを向くと目の前でコルドが地面に倒れ伏していた。

「コルド副班っ!」

 ロクとレトは、倒れているコルドに駆け寄った。左肩部から血を流し、浅い呼吸を繰り返す彼からの応答はない。2人が彼の周りで狼狽えていると、遠くから人影が近づいてきた。警備班の1人である男は、街の住民たちの誘導が終わったため様子を見に来たらしかった。
 男はコルドの姿を認めると青ざめ、そしてすぐにコルドの身体を自分の背中に預け、「俺が運びます」とロクとレトに告げる。大の男を運んで歩く力のない2人は安堵して、男に続いた。
 
 ロクたちはこの日、研究棟で夜を明かした。出戻りになってしまったがコルドの治療が先決だった。代わりに、棟内の援助部班員数名に近隣の町村へ向かってもらい、「神族は討伐した」との言伝を頼んだ。ウーヴァンニーフの街の住民たちにもう街から神族が去ったことを早急に伝える必要があったからだ。夜分で心苦しくはあったが、援助部班員たちはすぐに馬を走らせてくれた。
 
 翌日。此花隊から神族討伐の報せを聞いたのだろう。街の住民たちが徐々に街へと戻ってくる様子が伺えた。凄惨な街の光景を見て嘆く者もいただろうが、実際の死者数は0であり、喜ばしい現実であることに間違いはなかった。
 日が昇ると、コルドとロクとレトの3人は研究棟をあとにした。一晩休んだおかげかコルドも口を利けるくらいには快復し、3人はともにキナンの町へと直行した。
 正午を過ぎた頃に町に到着し、3人はフィラと合流を果たした。彼女も神族の出現については耳に入れていたらしく、開口一番その件について訊ねられた。詳しい話は、フィラと研究部班の副班長3名、加えてナトニが泊っている宿屋で話すこととなった。
 一通り事の顛末を話し終えると、「ちょっと聞いてほしいことがある」とレトが話題を切り替えた。その手にはナダマンが記したとされる赤い本を携えていた。

「昨晩、研究棟でまた一から読み返してみた。ナダマンっていう名前と同様に、固有名詞だったら現代のメルギース語でも解読できる箇所があるかと思って。そしたら、"ノーラ"とも読める単語が何度か出てきた。ナダマンがあの宝物庫でノーラとなんらかの接触を図ってたことは間違いないだろう。ノーラもナダマンのことを認識してたみたいだし。……そこで、ロク。おまえ昨日の昼間、研究棟の中庭で失踪した調査班員が神族を信仰してたらしいって話をしたよな」
「あ、うん」
「それについても昨日、研究棟の班員たちに聞いて回ってみた。興味深いのは、失踪してた調査班員……つまりナダマン・マリーンが信仰していた神族の名前が、ノーラだったらしいってことだ」
 
 ナダマンと交流関係の深かったとある班員の話によると、彼の故郷は北東の山奥にあるのだという。神族に対する信仰心がその故郷の外ではまるで理解されないことを悟ると、以降はおくびにも出さなくなったが、ノーラひいては神族を信仰している集落が北東の山奥のどこかに実在している。この事実についてレトは言及した。
 黙って話を聞いていたコルドがそのとき、おもむろに呟いた。

「……洞窟……」
「え? なあに、コルド副班」

 ロクに促されると、コルドは身を乗り出して語り始めた。それは彼がまだ年端もいかない頃に住んでいた実家で聞いた話だという。

「200年前のエポール王朝時代、当時王国騎士団の団長を務めていたギルクス一族の当主は騎士志願者たちを試すために『ネゴコランの洞窟』という巨大な洞窟に志願者たちを挑ませていたらしい。その洞窟は別名……"大地への挑みの洞窟"と呼ばれていて、足を踏み入れた人間はどれほど屈強な肉体、精神を持とうとも必ず引き返す、と言われている」

 事実、志願者たちのうちのだれも洞窟の向こう側に到達することは叶わなかったという。単なる肝試しだったのだろうとコルドは付け足した。それから彼は続ける。

「すなわち世間とは隔絶されたなにかが、洞窟の向こうにあるのかもしれない。洞窟のある場所も北東付近だと聞いた覚えがある」
「大地への挑みの洞窟、かあ……。ノーラ、たしか自分のことを"天地の神"だって言ってたよね? もしかしたらその洞窟、ノーラとなにか関係があるのかも」
「……ノーラのこともそうだけど、この手記に使われてる文字、微妙に古語とちがうからな……そこがもしナダマンの故郷なら、読み解ける人物に会えるかもしれない」

 ナダマンの手記、赤い本は分厚く、中は余白も残らないほどびっしりと文字や記号で埋め尽くされていた。ノーラと接触を図っていた期間が一日や二日程度ではないことは明らかだ。
 レトは本の表紙に視線を落とした。

「ノーラが死に際に言った、"神を殺す方法"。それについてもっと明確な記述がここにある可能性に俺は賭けたい」

 神族に関することの多くはいまだ謎に包まれている。その一端を崩す手がかりがこの一冊の手記にあるのだとしたら。居ても立ってもいられなくなる。
 コルドはロクとレトの目を見据えながら告げた。

「レトヴェール、ロクアンズ。おまえたちに緊急の遠征を命じる。2人でネゴコランの洞窟に向かい、その洞窟の向こう側を調査してこい。セブン班長には俺から話を通しておく。おそらく普通の人間では通れない場所だ。……あいにく俺はこの様だから同行できない。だからおまえたちで行ってこい」

 フィラもすこし考えたあと、周囲を見渡し、短く息を吐いた。

「……私もついていきたいのはやまやまだけれど、2人に任せるほかないわね。この状態のコルド副班長を1人にはできないし、研究部班の人たちと、そしてナトニを無事に本部へ連れていかなくちゃならないもの」

 コルドはロクとレトを寝台まで近づくように手招いた。2人がコルドの傍まで寄ると、突然、2人の頭の上に順番に手刀が下った。ロクが「いだっ!」と呻き声をあげると、一段と低くなった声が降り注いだ。

「命を落とすと言ったはずだ。いまその命があるのも運がよかったと思え」
「……」
「これは上司命令だ。必ず成果をあげて帰還しろ。でなければおまえたちに厳重な処罰が下るよう班長に上訴する。わかったら行け」

 行け、と鋭い声で告げるコルドが小さく顎を振って、部屋の扉を示した。2人は返す言葉もなかった。扉から2人が出て行くのを見送ると、フィラは緊張の糸が解けたように安堵し、それからおずおずと切り出した。

「コルド副班長。なにも、あそこまで……」
「あの2人を甘やかしてはいけません」
「ですが」
「事が起こってしまえば関係ない。歳も、女子どもも。そこにあるのはただの人間であるか次元師であるかの違いだけ。俺は彼らに、次元師として言い渡したにすぎません」

 言い切った直後のこと、コルドは左肩を抑え、低い声で唸った。ノーラとの交戦時に受けた黒羽の傷だ。処置を施したとはいえ一時を凌ぐためのものでしかなかった。
 フィラはすぐに出発の準備を整え、本部への帰路を急いだ。


 研究部班員4名とフィラ、そしてコルドの6名が本部の門をくぐったのは数日後のことだった。左肩部の損傷が激しくコルドの快復は難航した。元医療部班員のフィラも時間の合間を縫って医務室に足を運んでは、コルドの容態を伺っている。
 コルドは現在第三医務室で療養している。医務室は第一から第八まで存在し、それぞれ8人収容できる広さがある。第三医務室は彼以外に使用している者がおらず、彼は1人、窓際の寝台の上でぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。どうにも暇を持て余してしまっていた。
 からり、と医務室の扉の開く音がして、コルドはそちらに目をやった。フィラだろうと予測していたのだが、ちがった。腕に花束を抱えたその人物はコルドと目が合うと、笑みをこぼした。

「起きていたのかい。まだ動かしづらいと聞いたのだが……」
「セブン班長」

 上体を起こしていたコルドは、さらに背筋をぴんと伸ばした。病人であろうと部下である意識を忘れないのが彼らしい。楽にしてくれと言ったところできっぱり断られるのをわかっているからか、セブンはただ眉を下げた。
 セブンは、コルドの寝台に寄り添うように置かれている花瓶台に近づいた。そして殻の花瓶に、持ってきた花を一本ずつ活けていく。

「私は花や植物に明るくないから、見舞いにはどの花を選んだらよいのか随分悩んでしまってね。花屋の店主にだいぶ手間をとらせた」
「フリシアですか。香りが療養に良いと聞くものですね。一般的には、ハノイも好まれますね。花びらが小さく慎ましやかで。早い時間に開花することから、早い回復をお祈りする、という意味も含まれるのだそうです」
「へえ。それは知らなかったな。……そういえばフリシアは遅い時間に咲くと聞いたな。夜に眺めてくれればよいと思って選んだが……失敗したかな」
「いいえ、そんな」
「君が勉強熱心だと私も助かるよ」

 セブンは背もたれのない小さな椅子に腰かけ、膝の上で指を組む。それから一間置いて話を切り出した。

「此度の件、報告を受けたよ。ウーヴァンニーフに神族と思われる個体が出現。街の住民たちの避難誘導を行うと同時に交戦を開始。結果、神族は討伐した、と。……これらはフィラ・クリストン副班長から口頭で伝えられた話になるのだが、内容に相違ないか」
「はい」
「そうか。神族ノーラの討伐に最尽力したのも君だと聞いて、私はこれまでになく胸が高鳴るのを感じた。君に力があるのは元より把握していることだが、結果として返ってきたものが神族の討伐だ。私は君を誇りに思うよ」
「……身に余るお言葉です」

 そう言いつつもコルドの表情は険しいものだった。神族ノーラの心臓をその手で貫いた彼はしかし素直に首を縦に振ることができなかったのだ。
 そもそも神族は何体存在しているのだろうか。一体討伐するのにも相当骨を折る事態となった。ウーヴァンニーフはエントリアと並ぶ大都市であるが、現在は大半が壊滅状態だ。コルドは、ぐっと拳を握ったが、左手に力が入ることはなかった。左肩から指先にかけてまったく動かないのである。仕方ない、で片づけたくはなかった。口惜しさが口内に拡がっていくのを、吐き出すとも飲みこむともできずにいた。
 コルドが眉根を寄せている理由をセブンは察していた。

「その腕、君は治らないと思っているかい」
「すくなくとも、動く気配はありません」
「諦めるのは早計だと思うけれどね。次元の力が神族に匹敵するのであれば、神族から受けた傷に次元の力が匹敵するやもしれないよ」

 コルドは顔をあげ、目をしばたいた。目が合うとセブンはにこりと微笑み、それからこのように告げた。

「君をその位置に留めているのは少々気が引けてきたな」
「え?」
「いやね、いつかだれかに私の席を明け渡すことがあれば君に頼みたいと思っているんだけど、近いうちでもいいかもしれないな。それくらい君の成し遂げたことは大きい。人類の悲願である要素の一つを取り除いたのだから。それを自覚させるにも良い提案だろう、コルド・ヘイナー副班長」

 冗談を言っているようには聞こえなかった。セブンは、さすれば私は別の班にでも異動するか、なんて飄々と口にしてみせる。
 ──警備班の一員だった頃の彼を誘い出したときから気に入ってはいた。とにかく固さの目立つ男で、視野も狭いためか不器用だった。だが真面目だった。初めは手を焼いていた書類仕事も板につくようになった。なによりも時間が空けば、いつも鍛錬場で身体を動かしていた。次元の力と真面目に向き合う男だった。
 左腕はまるで動かないのに、胸のうちを覆っていた不安の影がほんの少しだけ薄れるのをコルドは感じた。ただの慰めの言葉ではないことはわかっていた。なぜなら、「私と手を組んでくれないか」と差し出してきた手が、警備班から逃がすための言葉ではなかったと薄々感じ取っていたからだ。
 しばらくして、コルドはかぶりを振り、しっかりと答えた。

「いえ、それは」
「おや。気に入らないかい」

 というより、とコルドはひとつ挟んだ。骨ばった右手がそのとき、強くシーツを握りしめていた。

「あなたにもっとも近いところでお仕えできるこの立場が、俺にとっては最高位です」

 呟くような声だった。しかしコルドは固くなった頬をわずかに緩ませ、断言した。
 花瓶に挿し込まれたフリシアが、窓から吹きこむ風によってゆらゆらと揺れる。それは花びらを閉じてじっと夜を待っている。

「困ったな。回答が満点だ」

 セブンはくしゃりと破顔して、高めに笑い声をあげた。ひとしきり笑うと、彼はすっくと立ちあがった。それから、「では次はハノイを手土産に口説くとしよう」とだけ言って、彼は病室を去った。

 医務室の扉が閉まる。静寂が訪れる。風が薫る。左腕の重たさを再認識した。
 毎秒身体を圧迫してくるそれは、しかしまだ右腕が動くことを、同時に自覚させたのだった。
 

 翌日。昼をすぎた頃に第三医務室に訪れたフィラは驚いて目を丸くした。夜更かしでもしていたのだろうか、寝台に腰かけているコルドが手元に本を開きながら船を漕いでいたのだ。彼女はくすくすと小さく笑みをこぼしながらこう独り言ちた。「まるでセブンくんみたい」、と。
  
 
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.107 )
日時: 2021/11/05 08:53
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 6Nc9ZRhz)

 
 第098次元 大地への挑みの洞窟

 ウーヴァンニーフより北東への遠征を命じられたロクアンズとレトヴェールは、鬱蒼と生い茂る森の中をひたすらに歩み進めていた。手がかりといえば方角のみだ。ネゴコランの洞窟と呼ばれている巨大な洞窟を目指している。
 道中のことだった。レトが小走りになってなにかに近づく。ロクがその背中を追うと、彼はしゃがみこんで地面の土を手のひらでぱっぱと払っていた。
 覗きこんで見ているうちにレトは地面の盛り上がった部分から一枚の厚い板を抱え上げた。
 土を被った板の表面には、薄く文字が浮かんで見えた。

「……ネゴコラン。おそらくそう示された標識だ」
「えっ! じゃあ、もうすぐ近くまで来れたのかな?」

 レトは看板を捨て置き、土まみれになった両手をはたいて立ち上がった。

「とはいえ頼りになるのは方角だけだ。……今夜中にはたどり着けないだろうな」

 空を見上げれば、ねずみ色の青にうっすらと橙が混じってた。
 二人はこの夜、草木を敷いてその上で休んだ。時折羽虫が鼻を掠めて起き上がったりなどもした。朝日が顔を出すのは早かった。
 柔軟な身体を生かして、ロクが木のてっぺんまで登る。そうして高いところから洞窟の在り処を捜していた。このあたりではない。あっちのほうに山肌がある。歩いては登り、捜し、を繰り返し、彼女の口からようやく「あ!」という期待の声があがった。

「あそこ! 見える、見える! 洞窟っぽいの見つけたよレト!」

 ロクがまっすぐ指を指した方向へと、2人は道なき道を突き進みながら向かっていった。
 
 ついに発見したその洞窟は、崖下に大口を開けて2人のことを待ち構えていた。洞窟の入り口の端で朽ちかけた木の看板がかろうじて立っていた。ほとんど掠れてしまっていたが、レトにはその標識に記された文字が「ネゴコラン」と読めた。かつて王族騎士団長を務めていたギルクス家の当主が、入団志願者の度量を試すためにその洞窟に挑ませていたという。件の洞窟はここで間違いないのだろう。

「ひや~……。おっきいね。これがネゴコランの洞窟かあ。入ってった人たちがみんな引き返したっていうの、なんなんだろうね?」

 入り口付近から洞窟の奥を眺めてみても、真っ暗でなにも見えない。レトは携帯用の簡易な造りのランプに小さな蝋燭を差し入れて火を灯した。

「入りゃわかる。行くぞ」
「うん!」

 ロクとレトは足並みを揃えて、暗い洞窟の中へと踏み入った。
 洞窟内に入ると、ひんやりとした空気が2人を包み込んだ。
 時折、ぴちゃりと地面を叩く水の音がした。耳のすぐ横を通り抜ける虫の羽音もあった。
 しんと静まり返る洞窟内にはあと、2人の足音だけが響く。

「不気味なくらいに静かだ」
「ねー。にしても寒いなあ」

 袖の上から腕のあたりを擦りながらロクがぼやく。肌に触れる空気が冷たい。
 そよ風が首元を撫でるたびに、ぶるりと身を震わせたくなった。手先もかじかみ、痛みだす。衣服をすり抜けて皮膚が著しく凍っていく。
 寒い。
 ロクは白い息を吐いた。
 
「あれ。急に。なんでこんな」

 ふと、くるぶしのあたりに痛いほど鋭いそよ風が触れて、ロクは思わず足を止める。
 次の瞬間、彼女は叫んでいた。

「なにか来るよっ、レト!」

 間髪入れずに真っ向から吹き荒んできたのは、風だった。ゴオ、と低く唸る吹雪のようなそれに殴打される。
 ロクは左目を細め、のけぞりそうになるのを必死で堪えた。すかさず次元の扉を解錠すると、彼女の身体に纏わりつくようにして電気の糸が熱を帯びる。
 ついでた右腕に高圧の電気が走る。

「レト下がってて! 六元解錠──、雷砲!」

 撃ち放たれた雷塊は、巨大な冷風と衝突する。熱と力で切り裂ける。そう確信していたのはほんの束の間だった。
 風が止まない。ロクとレトの身体の真横を凄まじい勢いですり抜けていく。だのに風の勢いは留まることを知らず、まるで絶壁のように2人の前に立ちはだかる。
 ぐ、とロクが奥歯を噛みしめたときだった。
 彼女の右腕がぴきりと悲鳴を上げた。"雷皇"によるものではない。次元の力は、主の身体にはほぼ影響を及ぼさない。にも関わらず右腕が激痛に襲われる。
 ノーラとの対戦時に負った傷であることを思い起こさせられる。

「うっ──!」

 腕を引っ込めたなら、2人とも大風にやられ、激しく吹き飛ばされてしまう。だめだ、だめだと言い聞かせた右腕を、そのときだれかが掴む。
 彼女の右側に立っていたのはレトだった。彼は、腰元に提げた鞘から短剣──『双斬』を引き抜いた。

「左で応対しろ!」

 ロクの左腕に電気の糸が這う。右腕を圧迫していた電圧が下がる。彼女は頷く間も惜しんで、左右の出力を切り替えた。
 片手に構えた短剣をレトが大きく振るった。

「四元解錠──十字斬り!!」

 瞬間の出来事だった。

 立ちはだかる風の巨壁に向かって伸びていった砲電と衝撃波の軌道が重なる。
 かちり、とどこからともなく音がした。
 それが2人の頭の中なのか、心の奥なのか、指の先なのか、居所を掴むことはできなかった。
 そして。

「え?」

 レトの振るった双斬の刀身に、電気の糸が宿る。
 それも束の間。発出された電撃と風刃は互いの勢いを喰らい合うことはなく、絡み、膨張した力の塊となって、眼前の障壁を打ち破った。
 狭い洞窟に余波が吹き荒れ、2人は顔を覆った。
 次に顔を上げ、視界を見渡したときには、自然風ではなく激しかったそれが、はたと止んでいた。

「……」
「な……んだ」

 舞った土埃が収まる頃には、2人に襲いかかっていた風の猛威などまるで最初からなかったように、洞窟内は鬱々と、しかし整然と静まり返っていた。
 ロクはゆっくりとした動きで自分の左手を見下ろすと、「ねえ」とレトに声をかけた。

「いまの、なに? なんかこう、……変な言い方だけど、すごくいま、なにかと"繋がった"気がしたんだ」
「……」
「変だよね。それも、レトのことをすごく身近に感じた」
「俺も思った」
「レトも!?」
「最初に次元の扉を開くときに、俺は自分の中でなにかが開く感覚がする。たぶんおまえもそうだと思う。それが、もう"双斬"は開いてるのに……新しくなにかを開く音がした。次元の扉は、ひとつじゃないのか」
「あたしもおんなじ! うーん、なんだったんだろ」
「ともかく。これで道が開けたな」

 ロクは、うん、と返した。
 妙だったのは2人の次元の力に関することだけではない。洞窟を進むごとに増した寒気。それも異常な速度で気温が下がっていた。かと思えば真向から突風が吹き荒び、2人はあえなく吹き飛ばされてしまうところだった。
 次元師でなければ、文字通り返り討ちにあっていただろう。

「あの寒さといい、いまの風といい。自然なものじゃなかったな。次元的な力を感じる」
「ね。"踏み入った者は必ず引き返す"って……。つまりあの風でムリやり洞窟の外まで引き戻されるってことだったのかな」
「ああ。かもな。あれを次元師じゃない普通の人間がどうこうするのは難しい」

 風の開けた洞窟の向こうには小さな光がぼんやりと差している。おそらく出口だろう。そう遠くはない距離だった。2人は光の先を目指して、静まり返った洞窟の中を歩み進めた。

 暖かい陽の光が、さんさんと、木々の隙間から降り注ぐ。
 ようやく空の下へ出た2人は息を飲んだ。出口の周囲を囲う木々は枝の先も見えないほどに高く、また、ほかの草木も花もみなみずみずしく生い茂り、風に揺られてのどかに踊っている。
 わあ、と感嘆の息をもらしたロクが、空高い木々を仰いだ。

「すごい! すっごく高いよ、レト! 空気もなんか、めちゃくちゃおいしい。まるでちがう国に来たみたい」

 レトは、近くの茂みに成っていた一本の木の幹に触れた。それから上を仰いで、あたりを見渡す。
 人の手が入った痕跡がない。また、舗装された道が見当たらない。ここには人の気配を感じないのだ。

「たしかに……見たことのない植物だ。かなり頑丈そうだな。それに、道が舗装されてない」
「う〜ん、完全に未知の領域って感じ! どこに向かえばいいかなあ? 木も高すぎて登れないよ」
「なんでもいい。人や動物が残した痕跡を探すぞ。辿ればいつかどこかには着く」
「いつかどこかには〜!?」

 金色の髪をふわりと揺らして、レトが歩き始めたそのときだった。
 ──たん、と軽い音がした。レトが足を止める。彼の足元に、矢が一本射られていたのだ。
 つられて足を止めたロクが、え、と顔を上げれば。

 高い木の枝の上に、慣れたように腰をかけてこちらに矢じりを向ける──奇妙な鳥面をした何者かがいた。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.108 )
日時: 2022/01/11 18:05
名前: りゅ (ID: B7nGYbP1)

金賞受賞おめでとうございます!!(=^・^=)
とても素晴らしいですね!応援しているので
執筆頑張って下さい!( *´艸`)


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。