コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.106 )
- 日時: 2020/12/23 11:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第097次元 眠れる至才への最高解22
不定形の砲撃が漆色の大きな嘴の奥へと突き刺さる。ノーラは仰け反り、赤い眼で天井を仰いだ。
何者かが2階のギャラリーから身を乗り出しているのを視認したときには、彼は高らかに叫んでいた。
「四元開錠──"真斬"っ!」
彼は両手に握った双剣を天井へと向けて振るった。刀身から飛び出した目には見えない風が確実に天井と衝突すると、次の瞬間。十数本にも及ぶ鉄骨が天井から剥がれ落ち、ノーラの頭上に降り注いだ。ノーラは逃れようと、焼け焦げた喉も閉じられずに羽ばたいた。降り注ぐ鉄骨と鉄骨の間を縫うようにして上昇する。が、しかし。
そのうちの一本が、ノーラの黒い片翼を突き破った。まるで地上へ押し戻すようにして。
片翼を貫かれ、空中で傾いたノーラの身体が地上へ真っ逆さまに落ちる。
見るも鮮やかな若草色の長髪をぶわりと靡かせて、ロクアンズは振り返る。その片目は鬼気迫る色をしていた。
「コルド副班!」
「コルド副班!」
ほぼ同時にコルドの方を振り向き、2人は幼い声を合わせてそう叫んだ。2階から聞こえたもう一方の声はレトヴェールか。鉄骨を落としたのも彼だろう。
片方の手に掴んでいた鎖の破片を、強く握りしめてコルドは"解錠"する。
「──八元解錠!!」
血を伝わせろ。建物内部のありとあらゆるところに散乱したすべての鎖を、ひと欠片として余すことなく意識下に捉えた。──我が身が如く集え、従え。コルドは鎖の欠片を床に叩きつける。そして本能の赴くままに号哭した。
「"鸞業区"──!!」
彼が詠唱を口遊むと、周囲の鎖の欠片たちが集い、重なり、大きな一本の柱へと変貌を遂げていく。柱が形成されるのに要した時間は一瞬にも満たなかった。そしてさらに柱は一本ではなかった。太さの一定しない数十もの鉄柱の外装をロクとレトが視界に捉えたたそのとき、それらは墜落するノーラの身体を無数の方向から一直線に貫いた。
翼の付け根から胴の下部へ。頭部から足へ。横腹から反対側を。首の後ろから胸部を。
そして鎖の柱はノーラの身体を貫くだけに留まらなかった。柱の先端は天井を突き抜け、そして床の表面を穿った。すべての鎖の鉄柱がそのようにして、天井と床を、あるいは四方の壁と壁とを縫いつけるのと同時にノーラの身体を串刺しにした。
ノーラの急変により崩れるやもしれないと恐れていた建物の震動が、このとき、驚くほど静かに収束した。数十にも及ぶ鎖の鉄柱が建物を支えているのだろうか。ロクとレトは、現状を見てそのように解釈した。
動かなくなったノーラを視認して、ロクはさっそくコルドに声をかけようと思ったが、彼はどこか遠くの一点を見つめていた。
彼の視線を追ってロクが振り向いてみると、ノーラの胸部から伸びる細い鎖の柱が目についた。そこには、真っ赤な色をした結晶のようなものが串刺しになっていた。
ノーラの眼でないことはたしかだ。奴の眼の形は十字であり、鎖に突き刺さっているそれはところどころ尖っている。
ロクがそれに近づこうと、片足を踏み出したときだった。
「神は心臓を持たない」
無残な姿へと変わり果てたその黒い身体から、人のものとは程遠い神聖な声音が響いた。開いたままの嘴から語りかけているのか、それとも思念のようなものがロクたちの脳内で直接響いているのか、わからなかった。
「しかし一つだけ、神に心臓を与える術がある。それは神の"呪い"を人間が克服すること。神により下された絶対の享受が解かれるそのとき、神は母なる神ヘデンエーラより不信と見なされ、心臓を得る。心臓を得た神であればたとえ人間であってもその手で葬り去ることができる。そなたらがそうしたように」
細い鎖の鉄柱に突き刺さった赤い結晶体が、ぼろり、とそのとき崩れ落ちる。それは吹き抜ける風に撫でられ、砂を吹く岩のようにゆっくりと消えてなくなっていく。
「……え。どう……して。なんでっ、そんなこと……!」
ロクは身を乗り出し、問いかけた。羽の色がまだ白かったときの口調であり、ノーラは正気のように思えた。しかし人語を解するとはいえ神族と人とは相対しているはずだ。ノーラの告げたことが策略か否か、判断しかねているうちにノーラは最後にこう口遊んだ。
「【信仰】を殺せ」
そうとだけ告げると、ノーラの身体はぼろりぼろりと崩れ落ち、しまいには完全にその場から姿を消した。ロクが呆然と立ち尽くしていると、背後からコルドの声がした。
「出るぞ」
振り返るとコルドは背中を向けていて、左肩に突き刺さった大きな黒い羽をそのとき引き抜いた。ノーラの身体の一部だったものはすべて砂のように風に溶けてなくなったしまったと思っていたが、唯一、彼の身体に突き刺さったその羽だけが形として残ったらしい。彼は呻きもせず、右手で黒い羽を掴みながら立ち去ろうとした。
ロクもレトもそれに続いた。
倉庫場から退却し、しばらくは3人とも黙ったまま瓦礫の積みあがった中央広場を歩いていた。
しかし、突然背後から轟音が鳴り響き、ロクとレトは同時に振り返った。倉庫だったあの建物がついに瓦解し始めたのだ。その一部始終をぼんやりと遠目に眺めていると、どさり、と衣擦れの音がした。
音のしたほうを向くと目の前でコルドが地面に倒れ伏していた。
「コルド副班っ!」
ロクとレトは、倒れているコルドに駆け寄った。左肩部から血を流し、浅い呼吸を繰り返す彼からの応答はない。2人が彼の周りで狼狽えていると、遠くから人影が近づいてきた。警備班の1人である男は、街の住民たちの誘導が終わったため様子を見に来たらしかった。
男はコルドの姿を認めると青ざめ、そしてすぐにコルドの身体を自分の背中に預け、「俺が運びます」とロクとレトに告げる。大の男を運んで歩く力のない2人は安堵して、男に続いた。
ロクたちはこの日、研究棟で夜を明かした。出戻りになってしまったがコルドの治療が先決だった。代わりに、棟内の援助部班員数名に近隣の町村へ向かってもらい、「神族は討伐した」との言伝を頼んだ。ウーヴァンニーフの街の住民たちにもう街から神族が去ったことを早急に伝える必要があったからだ。夜分で心苦しくはあったが、援助部班員たちはすぐに馬を走らせてくれた。
翌日。此花隊から神族討伐の報せを聞いたのだろう。街の住民たちが徐々に街へと戻ってくる様子が伺えた。凄惨な街の光景を見て嘆く者もいただろうが、実際の死者数は0であり、喜ばしい現実であることに間違いはなかった。
日が昇ると、コルドとロクとレトの3人は研究棟をあとにした。一晩休んだおかげかコルドも口を利けるくらいには快復し、3人はともにキナンの町へと直行した。
正午を過ぎた頃に町に到着し、3人はフィラと合流を果たした。彼女も神族の出現については耳に入れていたらしく、開口一番その件について訊ねられた。詳しい話は、フィラと研究部班の副班長3名、加えてナトニが泊っている宿屋で話すこととなった。
一通り事の顛末を話し終えると、「ちょっと聞いてほしいことがある」とレトが話題を切り替えた。その手にはナダマンが記したとされる赤い本を携えていた。
「昨晩、研究棟でまた一から読み返してみた。ナダマンっていう名前と同様に、固有名詞だったら現代のメルギース語でも解読できる箇所があるかと思って。そしたら、"ノーラ"とも読める単語が何度か出てきた。ナダマンがあの宝物庫でノーラとなんらかの接触を図ってたことは間違いないだろう。ノーラもナダマンのことを認識してたみたいだし。……そこで、ロク。おまえ昨日の昼間、研究棟の中庭で失踪した調査班員が神族を信仰してたらしいって話をしたよな」
「あ、うん」
「それについても昨日、研究棟の班員たちに聞いて回ってみた。興味深いのは、失踪してた調査班員……つまりナダマン・マリーンが信仰していた神族の名前が、ノーラだったらしいってことだ」
ナダマンと交流関係の深かったとある班員の話によると、彼の故郷は北東の山奥にあるのだという。神族に対する信仰心がその故郷の外ではまるで理解されないことを悟ると、以降はおくびにも出さなくなったが、ノーラひいては神族を信仰している集落が北東の山奥のどこかに実在している。この事実についてレトは言及した。
黙って話を聞いていたコルドがそのとき、おもむろに呟いた。
「……洞窟……」
「え? なあに、コルド副班」
ロクに促されると、コルドは身を乗り出して語り始めた。それは彼がまだ年端もいかない頃に住んでいた実家で聞いた話だという。
「200年前のエポール王朝時代、当時王国騎士団の団長を務めていたギルクス一族の当主は騎士志願者たちを試すために『ネゴコランの洞窟』という巨大な洞窟に志願者たちを挑ませていたらしい。その洞窟は別名……"大地への挑みの洞窟"と呼ばれていて、足を踏み入れた人間はどれほど屈強な肉体、精神を持とうとも必ず引き返す、と言われている」
事実、志願者たちのうちのだれも洞窟の向こう側に到達することは叶わなかったという。単なる肝試しだったのだろうとコルドは付け足した。それから彼は続ける。
「すなわち世間とは隔絶されたなにかが、洞窟の向こうにあるのかもしれない。洞窟のある場所も北東付近だと聞いた覚えがある」
「大地への挑みの洞窟、かあ……。ノーラ、たしか自分のことを"天地の神"だって言ってたよね? もしかしたらその洞窟、ノーラとなにか関係があるのかも」
「……ノーラのこともそうだけど、この手記に使われてる文字、微妙に古語とちがうからな……そこがもしナダマンの故郷なら、読み解ける人物に会えるかもしれない」
ナダマンの手記、赤い本は分厚く、中は余白も残らないほどびっしりと文字や記号で埋め尽くされていた。ノーラと接触を図っていた期間が一日や二日程度ではないことは明らかだ。
レトは本の表紙に視線を落とした。
「ノーラが死に際に言った、"神を殺す方法"。それについてもっと明確な記述がここにある可能性に俺は賭けたい」
神族に関することの多くはいまだ謎に包まれている。その一端を崩す手がかりがこの一冊の手記にあるのだとしたら。居ても立ってもいられなくなる。
コルドはロクとレトの目を見据えながら告げた。
「レトヴェール、ロクアンズ。おまえたちに緊急の遠征を命じる。2人でネゴコランの洞窟に向かい、その洞窟の向こう側を調査してこい。セブン班長には俺から話を通しておく。おそらく普通の人間では通れない場所だ。……あいにく俺はこの様だから同行できない。だからおまえたちで行ってこい」
フィラもすこし考えたあと、周囲を見渡し、短く息を吐いた。
「……私もついていきたいのはやまやまだけれど、2人に任せるほかないわね。この状態のコルド副班長を1人にはできないし、研究部班の人たちと、そしてナトニを無事に本部へ連れていかなくちゃならないもの」
コルドはロクとレトを寝台まで近づくように手招いた。2人がコルドの傍まで寄ると、突然、2人の頭の上に順番に手刀が下った。ロクが「いだっ!」と呻き声をあげると、一段と低くなった声が降り注いだ。
「命を落とすと言ったはずだ。いまその命があるのも運がよかったと思え」
「……」
「これは上司命令だ。必ず成果をあげて帰還しろ。でなければおまえたちに厳重な処罰が下るよう班長に上訴する。わかったら行け」
行け、と鋭い声で告げるコルドが小さく顎を振って、部屋の扉を示した。2人は返す言葉もなかった。扉から2人が出て行くのを見送ると、フィラは緊張の糸が解けたように安堵し、それからおずおずと切り出した。
「コルド副班長。なにも、あそこまで……」
「あの2人を甘やかしてはいけません」
「ですが」
「事が起こってしまえば関係ない。歳も、女子どもも。そこにあるのはただの人間であるか次元師であるかの違いだけ。俺は彼らに、次元師として言い渡したにすぎません」
言い切った直後のこと、コルドは左肩を抑え、低い声で唸った。ノーラとの交戦時に受けた黒羽の傷だ。処置を施したとはいえ一時を凌ぐためのものでしかなかった。
フィラはすぐに出発の準備を整え、本部への帰路を急いだ。
研究部班員4名とフィラ、そしてコルドの6名が本部の門をくぐったのは数日後のことだった。左肩部の損傷が激しくコルドの快復は難航した。元医療部班員のフィラも時間の合間を縫って医務室に足を運んでは、コルドの容態を伺っている。
コルドは現在第三医務室で療養している。医務室は第一から第八まで存在し、それぞれ8人収容できる広さがある。第三医務室は彼以外に使用している者がおらず、彼は1人、窓際の寝台の上でぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。どうにも暇を持て余してしまっていた。
からり、と医務室の扉の開く音がして、コルドはそちらに目をやった。フィラだろうと予測していたのだが、ちがった。腕に花束を抱えたその人物はコルドと目が合うと、笑みをこぼした。
「起きていたのかい。まだ動かしづらいと聞いたのだが……」
「セブン班長」
上体を起こしていたコルドは、さらに背筋をぴんと伸ばした。病人であろうと部下である意識を忘れないのが彼らしい。楽にしてくれと言ったところできっぱり断られるのをわかっているからか、セブンはただ眉を下げた。
セブンは、コルドの寝台に寄り添うように置かれている花瓶台に近づいた。そして殻の花瓶に、持ってきた花を一本ずつ活けていく。
「私は花や植物に明るくないから、見舞いにはどの花を選んだらよいのか随分悩んでしまってね。花屋の店主にだいぶ手間をとらせた」
「フリシアですか。香りが療養に良いと聞くものですね。一般的には、ハノイも好まれますね。花びらが小さく慎ましやかで。早い時間に開花することから、早い回復をお祈りする、という意味も含まれるのだそうです」
「へえ。それは知らなかったな。……そういえばフリシアは遅い時間に咲くと聞いたな。夜に眺めてくれればよいと思って選んだが……失敗したかな」
「いいえ、そんな」
「君が勉強熱心だと私も助かるよ」
セブンは背もたれのない小さな椅子に腰かけ、膝の上で指を組む。それから一間置いて話を切り出した。
「此度の件、報告を受けたよ。ウーヴァンニーフに神族と思われる個体が出現。街の住民たちの避難誘導を行うと同時に交戦を開始。結果、神族は討伐した、と。……これらはフィラ・クリストン副班長から口頭で伝えられた話になるのだが、内容に相違ないか」
「はい」
「そうか。神族ノーラの討伐に最尽力したのも君だと聞いて、私はこれまでになく胸が高鳴るのを感じた。君に力があるのは元より把握していることだが、結果として返ってきたものが神族の討伐だ。私は君を誇りに思うよ」
「……身に余るお言葉です」
そう言いつつもコルドの表情は険しいものだった。神族ノーラの心臓をその手で貫いた彼はしかし素直に首を縦に振ることができなかったのだ。
そもそも神族は何体存在しているのだろうか。一体討伐するのにも相当骨を折る事態となった。ウーヴァンニーフはエントリアと並ぶ大都市であるが、現在は大半が壊滅状態だ。コルドは、ぐっと拳を握ったが、左手に力が入ることはなかった。左肩から指先にかけてまったく動かないのである。仕方ない、で片づけたくはなかった。口惜しさが口内に拡がっていくのを、吐き出すとも飲みこむともできずにいた。
コルドが眉根を寄せている理由をセブンは察していた。
「その腕、君は治らないと思っているかい」
「すくなくとも、動く気配はありません」
「諦めるのは早計だと思うけれどね。次元の力が神族に匹敵するのであれば、神族から受けた傷に次元の力が匹敵するやもしれないよ」
コルドは顔をあげ、目をしばたいた。目が合うとセブンはにこりと微笑み、それからこのように告げた。
「君をその位置に留めているのは少々気が引けてきたな」
「え?」
「いやね、いつかだれかに私の席を明け渡すことがあれば君に頼みたいと思っているんだけど、近いうちでもいいかもしれないな。それくらい君の成し遂げたことは大きい。人類の悲願である要素の一つを取り除いたのだから。それを自覚させるにも良い提案だろう、コルド・ヘイナー副班長」
冗談を言っているようには聞こえなかった。セブンは、さすれば私は別の班にでも異動するか、なんて飄々と口にしてみせる。
──警備班の一員だった頃の彼を誘い出したときから気に入ってはいた。とにかく固さの目立つ男で、視野も狭いためか不器用だった。だが真面目だった。初めは手を焼いていた書類仕事も板につくようになった。なによりも時間が空けば、いつも鍛錬場で身体を動かしていた。次元の力と真面目に向き合う男だった。
左腕はまるで動かないのに、胸のうちを覆っていた不安の影がほんの少しだけ薄れるのをコルドは感じた。ただの慰めの言葉ではないことはわかっていた。なぜなら、「私と手を組んでくれないか」と差し出してきた手が、警備班から逃がすための言葉ではなかったと薄々感じ取っていたからだ。
しばらくして、コルドはかぶりを振り、しっかりと答えた。
「いえ、それは」
「おや。気に入らないかい」
というより、とコルドはひとつ挟んだ。骨ばった右手がそのとき、強くシーツを握りしめていた。
「あなたにもっとも近いところでお仕えできるこの立場が、俺にとっては最高位です」
呟くような声だった。しかしコルドは固くなった頬をわずかに緩ませ、断言した。
花瓶に挿し込まれたフリシアが、窓から吹きこむ風によってゆらゆらと揺れる。それは花びらを閉じてじっと夜を待っている。
「困ったな。回答が満点だ」
セブンはくしゃりと破顔して、高めに笑い声をあげた。ひとしきり笑うと、彼はすっくと立ちあがった。それから、「では次はハノイを手土産に口説くとしよう」とだけ言って、彼は病室を去った。
医務室の扉が閉まる。静寂が訪れる。風が薫る。左腕の重たさを再認識した。
毎秒身体を圧迫してくるそれは、しかしまだ右腕が動くことを、同時に自覚させたのだった。
翌日。昼をすぎた頃に第三医務室に訪れたフィラは驚いて目を丸くした。夜更かしでもしていたのだろうか、寝台に腰かけているコルドが手元に本を開きながら船を漕いでいたのだ。彼女はくすくすと小さく笑みをこぼしながらこう独り言ちた。「まるでセブンくんみたい」、と。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.107 )
- 日時: 2021/11/05 08:53
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 6Nc9ZRhz)
第098次元 大地への挑みの洞窟
ウーヴァンニーフより北東への遠征を命じられたロクアンズとレトヴェールは、鬱蒼と生い茂る森の中をひたすらに歩み進めていた。手がかりといえば方角のみだ。ネゴコランの洞窟と呼ばれている巨大な洞窟を目指している。
道中のことだった。レトが小走りになってなにかに近づく。ロクがその背中を追うと、彼はしゃがみこんで地面の土を手のひらでぱっぱと払っていた。
覗きこんで見ているうちにレトは地面の盛り上がった部分から一枚の厚い板を抱え上げた。
土を被った板の表面には、薄く文字が浮かんで見えた。
「……ネゴコラン。おそらくそう示された標識だ」
「えっ! じゃあ、もうすぐ近くまで来れたのかな?」
レトは看板を捨て置き、土まみれになった両手をはたいて立ち上がった。
「とはいえ頼りになるのは方角だけだ。……今夜中にはたどり着けないだろうな」
空を見上げれば、ねずみ色の青にうっすらと橙が混じってた。
二人はこの夜、草木を敷いてその上で休んだ。時折羽虫が鼻を掠めて起き上がったりなどもした。朝日が顔を出すのは早かった。
柔軟な身体を生かして、ロクが木のてっぺんまで登る。そうして高いところから洞窟の在り処を捜していた。このあたりではない。あっちのほうに山肌がある。歩いては登り、捜し、を繰り返し、彼女の口からようやく「あ!」という期待の声があがった。
「あそこ! 見える、見える! 洞窟っぽいの見つけたよレト!」
ロクがまっすぐ指を指した方向へと、2人は道なき道を突き進みながら向かっていった。
ついに発見したその洞窟は、崖下に大口を開けて2人のことを待ち構えていた。洞窟の入り口の端で朽ちかけた木の看板がかろうじて立っていた。ほとんど掠れてしまっていたが、レトにはその標識に記された文字が「ネゴコラン」と読めた。かつて王族騎士団長を務めていたギルクス家の当主が、入団志願者の度量を試すためにその洞窟に挑ませていたという。件の洞窟はここで間違いないのだろう。
「ひや~……。おっきいね。これがネゴコランの洞窟かあ。入ってった人たちがみんな引き返したっていうの、なんなんだろうね?」
入り口付近から洞窟の奥を眺めてみても、真っ暗でなにも見えない。レトは携帯用の簡易な造りのランプに小さな蝋燭を差し入れて火を灯した。
「入りゃわかる。行くぞ」
「うん!」
ロクとレトは足並みを揃えて、暗い洞窟の中へと踏み入った。
洞窟内に入ると、ひんやりとした空気が2人を包み込んだ。
時折、ぴちゃりと地面を叩く水の音がした。耳のすぐ横を通り抜ける虫の羽音もあった。
しんと静まり返る洞窟内にはあと、2人の足音だけが響く。
「不気味なくらいに静かだ」
「ねー。にしても寒いなあ」
袖の上から腕のあたりを擦りながらロクがぼやく。肌に触れる空気が冷たい。
そよ風が首元を撫でるたびに、ぶるりと身を震わせたくなった。手先もかじかみ、痛みだす。衣服をすり抜けて皮膚が著しく凍っていく。
寒い。
ロクは白い息を吐いた。
「あれ。急に。なんでこんな」
ふと、くるぶしのあたりに痛いほど鋭いそよ風が触れて、ロクは思わず足を止める。
次の瞬間、彼女は叫んでいた。
「なにか来るよっ、レト!」
間髪入れずに真っ向から吹き荒んできたのは、風だった。ゴオ、と低く唸る吹雪のようなそれに殴打される。
ロクは左目を細め、のけぞりそうになるのを必死で堪えた。すかさず次元の扉を解錠すると、彼女の身体に纏わりつくようにして電気の糸が熱を帯びる。
ついでた右腕に高圧の電気が走る。
「レト下がってて! 六元解錠──、雷砲!」
撃ち放たれた雷塊は、巨大な冷風と衝突する。熱と力で切り裂ける。そう確信していたのはほんの束の間だった。
風が止まない。ロクとレトの身体の真横を凄まじい勢いですり抜けていく。だのに風の勢いは留まることを知らず、まるで絶壁のように2人の前に立ちはだかる。
ぐ、とロクが奥歯を噛みしめたときだった。
彼女の右腕がぴきりと悲鳴を上げた。"雷皇"によるものではない。次元の力は、主の身体にはほぼ影響を及ぼさない。にも関わらず右腕が激痛に襲われる。
ノーラとの対戦時に負った傷であることを思い起こさせられる。
「うっ──!」
腕を引っ込めたなら、2人とも大風にやられ、激しく吹き飛ばされてしまう。だめだ、だめだと言い聞かせた右腕を、そのときだれかが掴む。
彼女の右側に立っていたのはレトだった。彼は、腰元に提げた鞘から短剣──『双斬』を引き抜いた。
「左で応対しろ!」
ロクの左腕に電気の糸が這う。右腕を圧迫していた電圧が下がる。彼女は頷く間も惜しんで、左右の出力を切り替えた。
片手に構えた短剣をレトが大きく振るった。
「四元解錠──十字斬り!!」
瞬間の出来事だった。
立ちはだかる風の巨壁に向かって伸びていった砲電と衝撃波の軌道が重なる。
かちり、とどこからともなく音がした。
それが2人の頭の中なのか、心の奥なのか、指の先なのか、居所を掴むことはできなかった。
そして。
「え?」
レトの振るった双斬の刀身に、電気の糸が宿る。
それも束の間。発出された電撃と風刃は互いの勢いを喰らい合うことはなく、絡み、膨張した力の塊となって、眼前の障壁を打ち破った。
狭い洞窟に余波が吹き荒れ、2人は顔を覆った。
次に顔を上げ、視界を見渡したときには、自然風ではなく激しかったそれが、はたと止んでいた。
「……」
「な……んだ」
舞った土埃が収まる頃には、2人に襲いかかっていた風の猛威などまるで最初からなかったように、洞窟内は鬱々と、しかし整然と静まり返っていた。
ロクはゆっくりとした動きで自分の左手を見下ろすと、「ねえ」とレトに声をかけた。
「いまの、なに? なんかこう、……変な言い方だけど、すごくいま、なにかと"繋がった"気がしたんだ」
「……」
「変だよね。それも、レトのことをすごく身近に感じた」
「俺も思った」
「レトも!?」
「最初に次元の扉を開くときに、俺は自分の中でなにかが開く感覚がする。たぶんおまえもそうだと思う。それが、もう"双斬"は開いてるのに……新しくなにかを開く音がした。次元の扉は、ひとつじゃないのか」
「あたしもおんなじ! うーん、なんだったんだろ」
「ともかく。これで道が開けたな」
ロクは、うん、と返した。
妙だったのは2人の次元の力に関することだけではない。洞窟を進むごとに増した寒気。それも異常な速度で気温が下がっていた。かと思えば真向から突風が吹き荒び、2人はあえなく吹き飛ばされてしまうところだった。
次元師でなければ、文字通り返り討ちにあっていただろう。
「あの寒さといい、いまの風といい。自然なものじゃなかったな。次元的な力を感じる」
「ね。"踏み入った者は必ず引き返す"って……。つまりあの風でムリやり洞窟の外まで引き戻されるってことだったのかな」
「ああ。かもな。あれを次元師じゃない普通の人間がどうこうするのは難しい」
風の開けた洞窟の向こうには小さな光がぼんやりと差している。おそらく出口だろう。そう遠くはない距離だった。2人は光の先を目指して、静まり返った洞窟の中を歩み進めた。
暖かい陽の光が、さんさんと、木々の隙間から降り注ぐ。
ようやく空の下へ出た2人は息を飲んだ。出口の周囲を囲う木々は枝の先も見えないほどに高く、また、ほかの草木も花もみなみずみずしく生い茂り、風に揺られてのどかに踊っている。
わあ、と感嘆の息をもらしたロクが、空高い木々を仰いだ。
「すごい! すっごく高いよ、レト! 空気もなんか、めちゃくちゃおいしい。まるでちがう国に来たみたい」
レトは、近くの茂みに成っていた一本の木の幹に触れた。それから上を仰いで、あたりを見渡す。
人の手が入った痕跡がない。また、舗装された道が見当たらない。ここには人の気配を感じないのだ。
「たしかに……見たことのない植物だ。かなり頑丈そうだな。それに、道が舗装されてない」
「う〜ん、完全に未知の領域って感じ! どこに向かえばいいかなあ? 木も高すぎて登れないよ」
「なんでもいい。人や動物が残した痕跡を探すぞ。辿ればいつかどこかには着く」
「いつかどこかには〜!?」
金色の髪をふわりと揺らして、レトが歩き始めたそのときだった。
──たん、と軽い音がした。レトが足を止める。彼の足元に、矢が一本射られていたのだ。
つられて足を止めたロクが、え、と顔を上げれば。
高い木の枝の上に、慣れたように腰をかけてこちらに矢じりを向ける──奇妙な鳥面をした何者かがいた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.108 )
- 日時: 2022/01/11 18:05
- 名前: りゅ (ID: B7nGYbP1)
金賞受賞おめでとうございます!!(=^・^=)
とても素晴らしいですね!応援しているので
執筆頑張って下さい!( *´艸`)
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.109 )
- 日時: 2022/01/31 20:20
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
≫りゅさん
初めまして!作者の瑚雲です。
お返事遅くなってしまってすみません、、!
お祝いのお言葉、とってもうれしいです! ありがとうございますー!
いま更新が遅くて恐縮ですが、どうかお暇なときにでも覗いていただけるとうれしいです*
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.110 )
- 日時: 2022/08/29 11:55
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第099次元 不可侵域
たん、たんたん、と続けざまに、何者かは発矢する。レトヴェールが一歩後退すれば、足のあった位置に矢が突き立った。
それより先に踏み込んでくるな。そうでも言いたげな、威嚇だ。
レトは腰元に差してある双斬の柄に手をかけた。
「迎え討つぞ」
「うん!」
「──三元解錠、十字斬り」
彼が叫び、同時に刀身で宙を払えば、周囲の草木が風に大きく煽られた。
男はすかさず、強く弓を引き絞った。ぱん、と弾き出せばそれは素直に風の渦に飲み込まれた。が、驚くことに、渦巻く風が易々と霧散した。何者かのもとへ届くまえにするりと解かれてしまったのだ。
え、とレトが目を見開いていると、何者かは弓の持ち手から手を離した。背負っていた矢籠からも腕を抜く。
がしゃん。弓が、籠が地面に叩きつけられると、身軽にもその場からわざと飛び降りて、足場にしていた太い枝を片手で掴んでぶら下がる。
「次元の扉、発動」
面の内側からくぐもった声がした。
ぶら下がったほうの手元に長物が出現した。それは身の丈以上もある棍棒だった。何者かは不自由なその場所からしかけてこようと、肩から腕を引いた。
(棍棒──……っ!?)
──レトは、はっと目を見開く。それからすぐ、身を乗り出していたロクを制するように、彼女の身体の前に腕を伸ばした。
「ロク、一旦止まれ!」
「ええっどっち!?」
ロクがこけそうな素振りを見せている横で、レトは棍棒の主に向かって叫んだ。
「ルノス! 俺たちはエポールだ! わかるか!」
そのとき。男の動きがぴたりと止まった。臨戦態勢が、ゆっくりと解かれていく。彼はなんてことない風に片腕だけで身体をさらに浮かせると、元の足場に腰を下ろした。
男はつけていた鳥面を外す。その内側から覗いたのは、若い男の銀髪と、浮かべられた苦笑いだった。
「……ありゃ?」
*
かろうじて道として機能している道をゆっくりと進んでいく。流れる空気はどこまでものどかで、しかしどこか排他的だった。いくら進んだところでいつまでたっても道らしい道はなく、人を拒むようにさえ感じる。
かしゃん、かしゃんと、わずかに金属の擦れる音がしていた。ロクはルノス、と呼ばれた男の足元を見てから、顔を上げた。
「ルノス、ありがとう。案内してくれて」
「んー? いいって、いいって。にしてもおまえたちとは思わなかったなあ。この仮面見えづらいんだわ。でもこれが伝統だってうるさくてさあ」
「……なんでこんなところにいる?」
ルノスはそうレトから指摘されると、笑みを返した。
すこし休むか、とルノスは進路を変えた。彼のあとについていくと大きな切り株のある、広い場所に出た。切り株や、短く揃えられた草木はどうやら彼が整えたものらしい。
切り株に腰を掛けたルノスの足元の裾がほんのすこしだけたくし上げられる。そうすれば、木製の肌が垣間見えた。
「おまえたちと別れてからは、ちょうど1年くらいかな」
ルノス・レヴィンが2年半前、エポール義兄妹の家に訪れたときすでに彼は両脚を失っていた。
彼が開口一番「此花隊って知ってるか?」と2人に問いかけてきたのが、まだ記憶に新しい。
飛竜の翼を持った巨大元魔がレイチェル村に出現したと、此花隊の本部から指令を受けて村に駆けつけた青年その人が、ルノスだった。しかし到着したときには元魔は跡形もなく破壊され、そのとき周辺にいたのは、たった3人の少年少女だった。
彼は確信していた。この中に次元師がいると。そして、それはおそらく一人昏倒していた緑髪の少女である、と。
そんな緑髪の少女のことを次に思い出したのは、彼が別個体の翼竜の元魔と相対し、激闘の果てに両脚を失ったときだった。元魔を退けたものの歩行不能となった彼は、病床に伏しながら緑髪の少女──ロクアンズのことを想起した。
そんなとき。警備班班長より呼び出しを受けたルノスは、班員に付き添われながら、此花隊本部へと訪れた。
呼び出された内容は脱退の辞令だった。
ルノスは車椅子に腰かけたまま素直に頭を垂れた。両脚を失った戦士に居場所などなかったのだった。
そうして軽くなった身の上で義足を手にし、真っ先にエポール義兄妹の家門を叩いたルノスだったが、エアリスを喪って途方に暮れていた2人にとってそれは願ってもいない提案だった。
そもそもレトとロクは、此花隊に入隊することを志願していた。
が、とはいえ突然訪問してきた謎の男の言葉においそれと首肯するほど子どもでもない。真っ先にレトが怪訝の目を向けた。
『なんだ、おまえ。いきなり。名前を名乗れ』
『まあそんな威嚇しないでよ。な? 俺はルノス・レヴィン。次元研究機関の此花隊で警備班をしてた』
『してた?』
『脱退したんだ。脚がなくなっちまったもんで』
ルノスが片方の足の裾をたくし上げると、レトもロクも驚いて黙り込んだ。
『俺も次元師だ。だから会いにきたんだよ、お嬢ちゃん。俺の代わりとか言うつもりはぜんぜんないんだけど、興味あったらど?』
レトヴェールもじつは次元師であったことを彼が知ったときにはたまげてひっくり返りそうになっていたものだが、とにもかくにも、エポール義兄妹と元此花隊隊員の次元師ルノス・レヴィンはこうして再会を果たした。
ルノスが、エポール義兄妹を此花隊に送り出すまでの1年半ほどの時間になにをしていたかというと、彼の自宅で次元の力の扱い方を2人に教唆していた。次元の力の質が異なるとはいえ扱っている大元のものは、元力にほかならない。それはどの次元師にも共通している。ゆえにルノスは、基礎知識に習得に重きを置きつつ、たまの実践まで幅広く2人に指南していたのだ。
つまるところ次元師としてのエポール義兄妹の基礎はルノスが叩き上げたものだったのだ。
「しっかし驚いたな~。まさかネゴコランを抜けてくるとはな。成長が見れてカンシンカンシン」
「さっきの質問に答えてくれ。ふらっと俺たちの前に現れたかと思えばふらっといなくなって。挙句こんなところにいるにも理由があるんだろ」
「あ~ね。観光?」
「は?」
「悪かったって。そんな睨むなよ」
変わんないねえ、とルノスはレトの眉間のしわを指さしてけたけたと笑った。
「なあレト、俺がお前たちの面倒を見るようになって、いちばん驚いたことはなんだと思う?」
「俺が次元師だったことか」
「あー、それもそうだったなあ。たまげた。でもそれ以上に衝撃だったのは、レト、お前が古語を読めると知ったときだよ」
ルノスは手に持っていた鳥面を上下に揺らし、その内側をこつこつと、骨ばった拳で叩いた。奇妙な鳥の貌をしたその面を見下ろした。
「だから俺はあの村を目指した。この国で唯一、他部族との交わりの一切を絶ち、200年の時を経たかの村は幻だとも囃されたが、実在していた。ノーラ村。あの場所に現代の言語は通用していない。だがお前が幼少の時分に古語を学び習得を果たしたのなら、戦士として死に爆ぜた俺にも、まだ呼吸をする意味があるとみた」
ルノスは腰を持ち上げた。鳥面を頭に軽く被って、ふうと息を吐いた。レトとロクの顔を見やると、彼はさて、と矢籠を肩に担いだ。
「もうひと踏ん張りだ」
鳥の鳴き声も、水の流れる音も、この山を取り巻く環境そのものが澄んでいるのだと実感するのは遅くなかった。麓とは一切の交わりを絶った土地。その全貌に触れたのは、森がだんだんと深まり、日の傾きがわからなるほどあたりが木々に覆われ、暗くなり始めてからだった。
前を歩いていたルノスが足を止めた。続くようにしてロクもレトもその場で立ち止まった。木で作られた細いアーチ状の門が構えているのが見える。しかしまだそれはすこし遠くにある。近づかないのかと、ロクが訝しむように首を傾げると、ルノスは鳥面をつけた。
「さあて。あんまりはしゃぐなよ、お前ら。ここが天地を司る神族【NAURE】を信仰する村。それから大事なことがもうひとつ。絶対に村人には見つかるなよ」
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