コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.93 )
- 日時: 2020/05/31 12:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第084次元 眠れる至才への最高解Ⅸ
興味本位で問い詰めてみただけだったのだが、予想の斜め上をいく返答だったためにレトヴェールは目をしばたいた。
昇ってきた階段をゆっくり下りがてらコルドは身の上話を聞かせてくれた。
「恥ずかしい話になるんだが、俺は俗に言う、箱入り息子としてかなり甘やかされて育ったんだ。家を継ぐのだって、一番上の兄貴か、はたまたその下の兄貴か……まかり間違ってもその下の兄貴だろうって当然のように思ってたしな」
「……? 兄が3人いるのか」
「ああ。俺は四男なんだ」
噂によれば一番上の兄貴が継ぐらしいが、とコルドは付け足した。揺りかごの中でぐずる自分を3人の兄たちが覗いていた。4人目の男児ともなると、母や家の使用人たちもなにか特別なことをさせようとはしなかった。兄たちが屋敷の廊下を慌しく駆けていくのを何度か見かけて、真似をしようと教本を抱いたまま急いで勉強部屋に駆けこんでみたことがあった。けれど、部屋で待っていた学問の先生に「そんなに焦らなくていいですよ」と微笑まれた。その言葉だけが妙に根強く記憶に残っている。
何不自由ない生活を与えられていたが、他者よりも突出した能力を得ることもまたなかった。ぼんやりと日々を送っていたら、多少文字が読めるだけの不器用な人間ができあがっていた。
ロクアンズに「俺はそれほど柔軟ではない」と告白したのも、謙遜の意は含まれていなかっただろう。
「それでちょうど、おまえたちくらいの歳の頃だったか? 長い仕事で留守にしてた親父が急に帰ってきてな。俺がとんだ体たらくだったものだから、『おまえみたいな軟弱者はこの家にいらん』って殴り飛ばされて、そのまま疎遠になった」
「殴……。ウーヴァンニーフとか、伯爵のことが詳しかったのはそういうわけか」
「それなりの知識だけな」
レトにとっては信じがたい話だった。入隊当時からの付き合いだが、コルドという男は大がつくほど真面目で、与えられた仕事は忠実に成果をあげる。ベルク村の一件では義兄妹の身勝手な行動をフォローする役目にも回ってくれた。軟弱な部分があろうとは皆目見当もつかない。
そんなことを考えていたら長い階段も残り一段となっていて、早くも1階に戻ってきた。
いくつかでいいから本が見たい、とレトが主張してきたのでコルドはそれに付き合うことにした。大広間の内壁ともいえる本棚にはびっしりと本が並べられており、レトは背表紙に書かれた表題をなんとなく目で追いながら館内を歩いていた。
なにかめぼしいものでもあったのか、レトがぴたりと留まった。彼の視線の先には、本を1冊抜き取られたような痕跡があった。
「お、ここか? たしかに1冊分、空いたとこがあるが……」
「たぶん合ってる。さっきバスランド伯が言ってた、古語の本が置いてある棚だ」
棚を仰ぎ見ながら、レトが淡々と言う。コルドにはさっぱり読めなかったが、古語を知っているらしいレトが言うのだから間違いないのだろう。
1冊の本が目につき、レトはそれを抜き取った。頁をめくると、淡い絵の具で描かれた人物やら景色やらが紙面にぼんやりと滲んでいた。字を覚えたての子どもでも読めそうな簡単な文章も添えてある。見たところ絵本だ。
「……? なんでこれだけ現代語なんだ」
「ああ、それ、『わたしの子エリーナ』だろ」
「知ってるのか、コルド副班」
「小さい頃、母親から聞かせられたりしなかったか? 有名な童話だぞ」
この国に住む大抵の母親は、家事を片手にでもそらんじられるという。コルドも幼い頃に母親から聞かせてもらった経験があるらしく、以下はその内容についてかいつまんだものだ。
ある母親が双子の赤ちゃんを授かったが、片方の子が奇病を患って生まれてきてしまう。周囲から向けられる奇異の目やいじめに立ち向かうが、ときにはつい子ども同士を比べてしまったりと、母親の葛藤が主軸に置かれた作品だ。母親、奇病の子、もう片方の子、3人の愛情が描かれている。
物語の顛末は、そんな3人の成長や苦労を褒め称えてのことなのか、周囲の目が変わりいつしか尊敬されるまでになるといった演出が用いられている。
コルドが端的にまとめてくれたのはいいが、レトはいまいちピンときていないらしく、眉根を寄せた。
「……覚えがないな」
「はは。でも懐かしいな。その本、もとは古語で書かれたお話だったらしいぞ。200年前に流行ったからなのか人から人へ語り継がれている。現代語へ移り変わってしばらくして、たまたま古語を知っていただれかが翻訳したっていう話だ」
「へえ」
古語を読めるとはいっても、所詮は幼少期に習った程度の知識だ。複雑な文法を読み解くにはまだ及ばない。解読とはまるで、未知の生物を相手にするようなものだ。改めて他言語の翻訳という分野の凄さを実感する。
(本を盗んだやつも、やっぱり古語が読めるってことでまちがいないか。研究部班ではさぞ重宝されていることだろうな。……いや、古語を読めるやつに宛てがあるだけで本人は読めないっていう場合も……)
レトは考えごとをしながら、手元の絵本をぱらぱらとめくっていた。ふと、彼は頁をめくる手を止めて、おもむろにこんなことを言い出した。
「……なんで、デーボンとオッカーに依頼する必要があったんだ」
通信具の試用人員として選ばれたのがデーボンとオッカーだったわけだが、レトにはそこがどうも腑に落ちないらしかった。適当な本を読んでいたコルドは顔を上げて、眉をひそめる。
「それはどういう意味だ? 研究棟に、その2人の親類の元力石があったからじゃないのか?」
「コルド副班、さっき4人兄弟だって言ってたよな。コルド副班に兄弟がいることなんて調べればすぐにわかる。なんで此花隊の内部の人間じゃなくて、わざわざ外部の人間に依頼をしたのかが気になるんだ」
それを聞いてコルドも、顎のあたりに手を当て、逡巡する。
「……たしかにな。あの2人に依頼をすることが賢い判断だったかと言われると、俺はそうは思えない。あえて茨の道を選んだのは……どうしても、研究部班以外の人間とは関わりたくなかったら、か?」
悪徳商人たちか、それとも内部の仲間たちか。どちらが信用に足るかなど考えるまでもない。しかし研究部班の班員たちが手を結んだのは、前者の連中だった。この信用問題の裏側にいったいなにが潜んでいるというのだろうか。
「ここで悩んでても仕方ないか。俺たちも敵陣に参ずるとしよう、レト」
レトはこくりと頷いた。読んでいた本を元の場所に戻し、2人は大書物館をあとにした。
第一班が研究棟に到着すると、丁度廊下を歩いていたケイシィが声をかけてきた。すぐに研究室の見学に行くか、それとも先に第二班と落ち合うかと問いかけられたので、コルドはロクアンズに連絡した。彼女は先に施設内を回ってくるよう促し、ついでにレトに対して「制作班の副班長さんが待ってたみたいだよ」と告げた。
ケイシィが急用で案内できないのことで、2人は施設内の簡単な地図を手渡された。地図をもとに制作班の研究室を訪れると、案の定、副班長のホムがレトに飛びついてきた。レトに頼まれていた隊服をいそいそと取り出してきて着せたものの、どうやら縫合に問題があったらしい。再調整するため、コルドは先に調査班の研究室に向かうことにした。
調査班の研究室は依然として人っ子一人いなかった。コルドは室内の散らかり具合だけを覚えて、早々に部屋を出た。
レトがなかなか戻ってこないので、外の空気でも吸ってくるかとコルドは裏庭側の廊下を目指した。
そよぐ風が、ざあっとコルドの前髪を撫でる。そのとき、彼はふいに何者かの気配を察知した。
「初めましてですね。コルド・ヘイナー副班長殿」
声をかけてきたその男は、裏庭側の壁に凭れかかっていた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.94 )
- 日時: 2023/03/24 18:24
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第085次元 眠れる至才への最高解Ⅹ
男は墨色の前髪を乱雑にひっつめて後ろの方で縛っている。組まれた腕が黒い布地で覆われているところを鑑みるに、どこかの班の副班長だろうとコルドは判断した。男はやけに低い声色で告げた。
「あんたが研究棟の運搬班と秘密裏に連絡を取っているのは把握してます。挙句にぞろぞろと次元師様をお連れしたりして、いったいなにを企んでるんですか、お宅の班長さんは」
長閑な風が、吹き抜けの廊下を渡っていく。どうりで白昼堂々と物騒な話題をふっかけられたわけだ。周囲にはまるで人気がない。
コルドは極めて穏便な態度で否定した。
「企んでいるなどと。そのような意図は微塵もありません」
「この研究棟は、ケイシィ・テクトカータ副班長が厳重に預かってます。よそ者に荒らされるのは些か気持ちのいいものではなくてですね。申し訳ないんですが、これ以上は信用問題に少々罅を入れる行為です。時間を見てお立ち退きいただきたい」
「そこまで警戒なさらなくても。おなじ隊に所属する同志ではありませんか」
墨色の髪の男、タンバットはなにも答えなかった。彼が黙ったので、コルドも真剣な声で直截に告げた。
「……ここに、悪徳商人らと手を組んでいる輩が潜んでいます」
タンバットは眉一つ動かさなかった。しかし彼の口からついて出たような切り返しは怒気を孕んでいた。
「この研究部班を侮辱するおつもりか」
「もしもこの事態が公になったら、どなたが責任をお取りになるのでしょう。いまは不在の班長殿ですか? それとも……概念的にその席を譲り受けている、彼女ですか」
「どうやら本当に、田舎出の下賤な男の犬に成り下がったようですね。侯爵家のご子息ともあろう御方が」
「すでに勘当された身です。いまは此花隊戦闘部班の、一副班長にすぎません」
コルドは冷たく切り捨てるように返した。沈黙が訪れる。実験がどうのという以前に、研究部班の人間はほかの部班員たちを敵視する傾向がある。随分と冷たい物言いにコルドが呆れていると、やがてタンバットが言い放った。
「そのような不逞の輩が本当に存在するのであれば、お帰りの時分までにお連れください。ですがそれ以上の詮索はお見過ごしできかねます。あんた方の班長殿の顔に泥を塗りたいと仰られるのであれば、こちらは一向に構いませんが」
「……」
そのときだった。聞き慣れた陽気な声がどこからともなくコルドの名前を呼んだ。
「あれっ! コルドふっくはーん!」
中庭のベンチに腰かけているロクがぶんぶんと片手を振っていた。隣にはフィラとも目が合う。もう一度裏庭側を振り返ると、すでにタンバットは姿を消していた。
コルドは中庭に入り、敷石で造られた道を歩いて第二班の2人と合流した。
「だいぶ見て回りましたか? コルド副班長」
「制作班と調査班の研究室には行きましたよ」
「あれ? コルド副班、レトは?」
「制作班のホム副班長に捕まったっきり、帰ってこなくてな。だいぶ長話してるらしい」
「そうなんだ」
「……それで、なにか気になることはあったか」
コルドは木の幹に背中を預け、呟くような声で訊ねた。3人の頭上に降り注ぐ木漏れ日が緩やかに揺れる。
ロクとフィラはそれぞれの研究室の様子や印象、各副班長と会ってみての感想などを述べた。そして、遠征に出ているナトニという少年が次元師の息子であるとともに、その次元師が14年前から行方不明となっている事実を明かした。
「次元師の子ども?」
「これ見て、コルド副班」
ロクは懐から、真っ赤な石を2つ取り出した。1つは彼女が裏庭に落ちたときに拾ったもので、もう片方は食堂に訪れた運搬班の男が持っていたものだ。ロクは適当な理由をつけて、彼からその石の片割れを譲り受けていた。
割れた石同士を組み合わせてみると、石は見事に合致し、1つの元力石となった。
ロクの手のひらできらきらと輝くそれを、コルドはまじまじと見つめる。
「この赤い石はいったい……?」
「色はすこしちがいますが、元力石だと思われます。開発班の研究室で見せてもらったものと形がよく似ています」
「そのナトニって子がこれを裏庭に落としたっぽいんだけど、二月以上前から研究棟にはいないんだって。裏庭のほうは宿泊棟もあるし、みんなが通る場所なのに今日までだれにも見つからなかったなんて、変だなって」
「たしかに、それだけの期間があればだれかが見つけていそうだな。目立つ色をしているし」
「コルド副班たちは、書物……館? だっけ? そこでなにかわかった? 本の題名とか」
ロクが小首を傾げて訊ねる。するとやや遠くから、靴底で敷石を踏む音と、レトの声が飛んできた。
「いや。書物館にいた人たちはみんな、盗まれた本の表題まではわからないんだと」
「あっ、レト!」
レトは右肩を回しながら、ロクたちが固まっている場所まで歩み寄った。
大書物館を出るとき、バスランドから「本の表題はわかりかねますが、どの本にもツォーケンの家印を押しているので見分けはつくと思います」と伝えられた。いまはその家印を頼りに探すしかない、とレトはつけ加えた。
ロクはベンチから立ちあがるや否や、レトの身なりに注目した。
「って、あれ、その隊服……」
「ああ、さっき直してもらった。着てみたらちょうどよかったから、そのままもらってきた」
レトは腰周りの生地をつまんで見せる。腰元には2本の鞘も装着されていた。制作班の研究室でホムに見せてもらった特注の隊服だ。フィラが胸の前で両手を合わせて言う。
「あら。すっごく似合ってるわ、レトくん」
「ん」
「ようやく全員揃ったな」
さきほどまでの会話の流れをレトにも共有する。彼は時折頷きながら自分の中で噛み砕いていった。
一通り再確認を終えると、コルドが第二班の2人にこう問いかけた。
「ファウンダとカインの元力石は見つかったか?」
「ううん…」
ロクもフィラも肩を竦める。もっとも証拠となりうるものが見つからず、2人とも行き詰まっていたところだ。コルドも残念そうに息を吐き、腕を組んだ。
「もうすでに処分されている可能性もあるか。デーボンとオッカーの件が落ち着いたら実験を再開すると睨んでたんだがな」
「そうですよね。もしあったとしたら、だれの目にもつかない場所に保管するんじゃないかしらとは思うんですけど……」
全員が揃って、うーん、と頭を捻った。
元調査班の班員かつ次元師だった男の息子であり、二月以上前から遠征に出ているナトニという少年の所在がロクにはもっとも気にかかっていた。しかし長期間この研究棟を留守にしている現研究部班班長の存在もまた謎めいていて、いよいよ頭がこんがらがってくる。
見て回れる場所にはすべて足を踏み入れたし、それなりに情報も獲得した。しかし肝心の元力石が見つかっていない。すでに処分されているとしたら打つ手もないだろう。訪れた沈黙が、行き止まりを告げたそのとき。
「──調査班の研究室、はどうだ」
静かに発言したレトの顔に、注目が集まった。
調査班の研究室は所狭しと並ぶ資料棚と机の上に、紙束や本などが乱雑に抛られていた。足の踏み場もなく、大事な資料をうっかりと踏みつけないかとひやひやしたほどだ。人の出入りが激しくないからこその惨状なのだろう。彼も中庭に来るまでに、一度調査班の研究室に寄ったらしかった。
「ロクとフィラ副班の話だと、あの研究室にはほとんど人が留まらないんだろ。たしかにあそこは、集めてきた情報の保管所って感じだった。班員たちはみんな外に出てて、普段から人気がない。そのうえ室内の散らかりようは異常だった。この施設内でなにかを隠すなら、あそこは適した環境だ」
「た……たしかに! それだあー!」
「レトくん、さすがねっ。行ってみる価値はありそうだわ」
きゃっきゃとはしゃぐ女子陣に悪いと思いつつ、レトは「けど」と水を差した。
「全員で確かめに行くのは不自然だ。俺とコルド副班はこの後も見学しながら本を探す。だから第二班に……」
「いや、せっかくだからおまえの目で確認してこい、レト。本だって、関係者が盗んでいたらおなじ場所に保管しているだろう」
「……。まあ、そうかもだけど」
「そうね。それに私たちみたいな大人より、無邪気な子どもたちが迷子になるほうが自然だわ」
「たち? ……ってことは、レトとあたしで行ってきていいのっ?」
ロクは目をぱちくりさせ、レトと自分の顔を順番に指差した。本来なら班行動をとるべきだが、ロクが嬉しそうに訊いてくるので、フィラは満足げに頷いた。
「ふふ。頼んだわよロクちゃん、レトくん」
「やったあ!」
「まじか……」
「2人とも、気をつけて行けよ」
一際強い風が吹いて、短い黒髪が靡く。呟くようにそう言ったコルドの表情は強張っていた。
廊下でタンバットと対面した折、これ以上詮索をするなと釘を刺された。あまり不審な動きを見せると、向こうもどう出てくるか。危険を承知で動かなければならない。
「俺たちがここでなにかを探っていることが割れてる。時間はない。今日を逃せば、いつ次の機会がやってくるともわからない。だから……」
ぐっ、とコルドは拳を握りしめる。太い眉をきつく寄せ合う彼は、なにかを堪えているようでもあった。
コルドは次の言葉を待っている義兄妹と視線を交えた。力強くも挑戦的な笑みを含んだ語調で、彼ははっきりと命じる。
「だからくれぐれも注意を怠らず……思う存分、迷子になってこい」
「はーい! お任せあれっ!」
「当然だ」
コルドにつられて2人も口角をつりあげる。副班長たちのもとを離れた義兄妹は、足並みを揃えて調査班の研究室へと赴いた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.95 )
- 日時: 2020/06/21 12:07
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第086次元 眠れる至才への最高解ⅩⅠ
義兄妹の後ろ姿を見送ると、コルドは腰に手をあて、嘆息した。くすりと笑う声が聴こえて、彼はフィラのほうを振り返った。
「なんだか私、ついあの2人にはいっしょにいてほしくなっちゃうんです。班行動が基本なのに、無責任ですよね」
「いいえ、わかりますよ。俺も初めこそあの義兄妹が心配で仕方がなかったのですが、最近は逆になってきました。なにかをやらかすのを期待しています」
「コルド副班長、セブンくんみたいなこと言うんですね」
「……。班長のこと、そう呼ばれてるんですか?」
コルドが何の気なしに問う。するとフィラは固まって、一瞬のうちに顔を伏せた。臙脂色の前髪の隙間から見え隠れしている頬もほんのすこし赤らんでいる。彼女は自ら弁明した。
「……すみません、昔の癖で、つい。報告はしないでいただけると助かります……」
「普段から呼んで差しあげたらきっとお喜びになりますよ」
「やっぱり似てます。意地悪ですね」
「まさか。俺は優しいですよ」
お手をどうぞ、と言わんばかりにコルドが手を差し出した。からかわれた悔しさをぐっと抑えながら、フィラは彼の手を取って立ちあがる。
「さて。あの2人にばかり任せるわけにもいきません。元力石は別の部屋にあるかもわかりませんし、我々も探しにいきましょう」
「そうですね。私も蛇みたく、鋭い目つきで周囲を観察しないと」
「はは。じゃあ俺は犬ですね」
「犬?」
「……下賤な男の犬らしいので。嗅ぎまわってやりますよ、地獄の果てまでも」
穏やかな声色なのに、言い方はどこか鋭さを帯びていた。触れたら本当に噛みつかれそうで一瞬フィラは息を呑んだ。おそらく彼になにかあったのだろう。が、それを訊くのは任務が終わってからでも遅くない。
フィラは、コルドよりも一歩後ろをついていきながら、自身の黒い袖をぎゅっと掴んだ。
調査班の研究室へと忍びこんだロクとレトは早速、室内の捜索を開始した。
レトは物音を立てないよう慎重にあちこちを見て回る。ロクは腰を落として、板目の床に散らばった資料を適当にめくっていたのだが、急にくるりとレトのほうを向いた。
「にしても、またレトと行動できてうれしいな~。久々じゃんっ、こういうの!」
「そうか? べつに、あんまり変わってないだろ」
「もう~変わるよ~! この浮気者っ! コルド副班のほうが好きなんだ」
「おまえこそフィラ副班と逢引してるだろうが」
「…………た、たしかに……」
「おまえのそんな険しい顔、戦場でも見かけねえな」
「なにおうっ!」
ロクが声を張ろうとすると、すかさずレトは彼女の口を塞いだ。
「騒ぐな、バカっ。気づかれたらどうすんだ」
「ふごふご!」
お尻だけを浮かせて座りこんでいたロクが、その姿勢のまま後ずさりをしたときだった。彼女は床に落ちている紙に足を滑らせ転倒した。脳天が勢いよく床と衝突した拍子に、ごんっ、と激しい音が鳴り響いた。
資料がふわりと宙を巻い、丸まった体に降りかかる。その背中は痛みを訴えているのか、小刻みに震えていた。悪気のない顔をしてレトは謝罪した。
「あ、わり」
「くぉっ、ぅ……!」
「ほら、手貸してやるから起きろ」
伸ばされた手に既視感を覚えたのは、研究棟に来てから転ぶのが二度目だからだろう。ロクは涙目で起きあがり、レトの手をとった。
が、いくら待っても引き上げらず、ただやんわりと手を握られている。不思議に思ってレトの顔を見上げると、彼は丸くした目で宙を見つめていた。
「……レト? どうし」
「音」
「へ?」
「いま、音が変じゃなかったか」
レトはしゃがみこみ、適当な場所に拳を振り落とした。音はくぐもっていて響きはしない。明らかに音の質が異なっていると確信を得た彼は、早口でロクに訊ねた。
「ロク、さっきどのへんに頭打った」
「ええっと……このあたり、かな」
ロクは、頭を打ちつけたあたりに散らばる本や紙束をせっせとよける。そして日頃扉を叩くみたいに、握った拳の骨ばったところでこんこんと床を叩いた。高くて乾いた音がした。
「……ほんとだっ、レト、音がちがう……!」
「近くにあるはずだ。なにか、指をひっかけられそうなとことか……」
「あっ見て、ここ! 小さいけど穴が開いてる」
ロクは、床板と床板の間にできた僅かな隙間に指をひっかけて、動かそうと力を入れた。顔を真っ赤にして奮闘した甲斐あってか、突然、1枚の床板が浮いた。宝箱の蓋でも開けるように持ち上げてみると、大人が1人入れそうなほどの穴と、階段が現れた。階段はずっと下まで続いている。
息を切らしながらロクは興奮の声をあげた。
「……っ、はあ~! すごいよレトっ、階段だ!」
「……地下がある、ってことか……」
ロクとレトは顔を見合わせ、ごくりと息を呑む。吸いこまれそうなほどの真っ暗闇が、まるで2人を誘っているようだ。
レトは研究室を照らす燭台を1つだけ拝借した。早速階段を下りようとするロクのあとを追い、彼女に燭台を手渡してから、音を立てないように床板を閉じた。
不気味な暗さと静けさが2人に襲いかかる。灯かりで足場を照らさなければ、階段を踏み外して転落してしまいそうだ。
石で造られた階段を慎重に下りていく。静かなせいもあってか靴音がやけに響く。壁に手を伝わせながら黙々と先を進んでいたロクが、ふと口を開いた。
「ねえレト、この階段長くない? けっこう下りたと思うんだけど、ぜんぜんなんにも見えてこないよ」
「すくなくとも、調査班の資料庫とかじゃねえだろうな」
「へ、そうなの? 調査班の研究室の地下なのに?」
「だったらここまで階段を長くする必要がない。なんの目的かはまだわからねえけど……あの研究室からはもう随分離れた。そんなに人の出入りが激しい場所じゃないんだろうな」
「ふ~ん……。そういうもんか。それにしても、ほんっとになにかあるのかな~?」
いつもの調子でロクが声を張る。ついに堪忍袋の緒が切れ、レトは口元に指をあてて「しっ」と制した。
「あんまり大声でしゃべるなって。下にだれかいるかもしれねえだろ」
「あっ!」
「おまえは期待を裏切る天才だな。わざとか?」
「レト、壁だ、壁が見える。えっ、もしかして行き止まり!?」
ロクは駆け足で階段を下りていった。彼女は自分が燭台係であることをすっかり忘れていて、遠のいていく灯かりを捕まえるように、レトも駆け下りた。
ついに最後の一段から足を下ろす。目の前にはたしかに石の壁が迫っているが、行き止まり、ではなかった。壁にはいくつか燭台がかかっていて、辺りをぼんやりと照らしている。
廊下が横長に広がっている。廊下の端と端に扉が1つずつ備えつけられていた。
「あっちと、こっちにも扉がある。なんでこんなに離れてるんだろ?」
「……さあな。大部屋になってたら、扉が2つあるのもわかるけど」
「じゃああたし、こっちの扉開けてくる!」
ロクは右奥の扉を指差し、走って近づいた。
見たところ何の変哲もない普通の扉だ。鍵がかかっているかどうかを確認したが、鍵穴らしきものはどこにも見当たらない。勢いよく開けたいのも山々だがそれをすると遠くから拳骨が飛んできそうなので、ロクはゆっくりと把手をひねった。
室内は本棚と机、椅子があるだけで、これといって目立つものもなく殺風景だ。本棚と机の上には本や資料が置かれている。息を殺してみたが人気もない。
ロクはとりあえず机の上に放置されている本を手に取った。
標題を視認してすぐ、ロクは瞠目する。
「次元師……増加実験の……経過記録……」
思いがけず読みあげてしまった文面に、ロクは鼓動が速くなるのを感じた。途端に、胸のあたりに息が閊えたような錯覚を覚える。
セブンが打ち明けた"次元師を増やす実験"──。それは推察の域を超え、現実の光景としてロクの目に焼きついた。
震える指先で、おそるおそるロクは本の頁をめくった。
「本実験の目的は、現存している次元の力の源である元力および元力石を用いて対象の次元の力が非次元師においても使用可能であるか否かを検証することである」
考えるよりも先に、ロクは頁をめくった。専門的な難しい用語、理解不能な数値の羅列。どんどん頭が追いつかなくなる。我慢できず、ぱらぱらっと紙を弾いた彼女は、覚えのある名前を見かけると手を止めた。
「被検体002、デーボン・ストンハック。参照する次元師、ファウンダ・ストンハック……。これ、デーボンだ……! あ、こっちにオッカーの頁もある。どっちも、通信具の使用が可能、って書いてある」
本実験の第一検証。それが通信具の使用だと明記されていた。デーボンもオッカーもいまは政会の施設にて拘束されている身だ。実験の経過欄にはほとんど情報がない。
気になるのは、通信具の使用を"第一検証"とした場合の、次の検証内容だ。この書き方では第二、さらには第三検証の存在を想起させる。次なる過程ではいったいなにが行われるというのだろうか。
「あれ? でもデーボンが2番目ってことは、その前にもだれか……。あ、いた!」
ロクは雑な手つきでいくつか頁を戻り、『被検体001』の経過記録に目を通した。
「被検体001、シアン・クルール。第一検証、通信具の使用、可能。第二検証……」
──『元力の投与』
記録書にはそのように記述されていた。
シアン・クルールという男の経過記録は異様だった。第二検証結果の欄には『吐き戻し』『吐血』『皮膚の過剰痙攣』──といった不穏な症状が多数書き連ねてあったのだ。それも記述は連日に亘っている。結果の記録は複数枚に及ぶにも拘わらず、欄末には『身体過剰負荷に至り実験中止』という一言が、冷然と書き殴られていた。
「な、にこれ……次元師を増やすって、なんで、こんな……っ!」
水でも浴びたかのように背中がぞっとする。ほかにも同様の目に遭っている被検体がいるかもしれない。気が急くばかり、いくつか頁を飛ばしてしまった彼女の視線を引いたのは、"530年8月"という日付だった。つい2ヶ月前の記録だ。
頁の冒頭に明記されたその被検体の名前を目にしたとき、食堂で感じた嫌な予感が的中した。
「被検体004、ナトニ・マリーン」
──次の瞬間。壁の向こうから、耳を劈くような叫喚が殴りこんできた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.96 )
- 日時: 2020/06/21 12:26
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第087次元 眠れる至才への最高解ⅩⅡ
喉もはち切れんばかりの痛々しい叫びが、ロクアンズの鼓膜に突き刺さる。彼女は血相を変えて入り口の扉の把手に掴みかかった。
部屋から飛び出していこうとする──が、しかし扉には鍵がかかっていて、開けることは叶わなかった。
「うそ……! なんで!?」
入室するとき、扉に鍵穴がないことは確認した。なればさほど重要なものは置いていないのだろう、とすこしも疑わなかった自分の詰めの甘さを思い知る。内側に鍵穴があったのだ。だれでも部屋に入れる代わりに、鍵を持った人間しか出ることができない。関係者以外の人間がもし侵入した場合に、この部屋に閉じこめておける仕組みになっている。
無理やり壊すほかはない。扉の表面に蹴りかかろうとしたそのとき、レトヴェールの意思が声となって耳元でがなった。
『ロク!』
「レト!? レト、なにがあったの! こっちの部屋、鍵かかってて、でもすぐ行……」
『え、いまの、おまえじゃないのかロク。おまえの部屋のほうから声がしたから、てっきり……』
「……え? あたしは、レトのほうから声が……」
ロクは扉ではなく、声がした方向の壁へと視線を移した。レトが向かったであろう左の扉と、彼女が開けた右の扉にはだいぶ間隔があった。2つの部屋が繋がっていないとすれば、距離が置いてあるのはなんのためだというのか。
『ロク、そっちの壁になにかないか』
「なにかって……あ!」
視界一面の石の壁に一か所だけ小さな硝子窓がついていた。ロクが食い入るように覗くと、なにかが蠢いているのが視認できた。外見ははっきりとしないが、いまもまだ叫び続けるその声の主にちがいない。
「あった! ちっちゃいけど、硝子の窓、奥にだれかいる!」
『よし。その窓を起点に壁を壊せ。くれぐれも力加減には注意しろ。できるな』
「当然! ──次元の扉発動、『雷皇』!」
主の声に応え、辺り一帯に電気の糸が散る。ロクは硝子の小窓から顔を離した。右の人差し指を伸ばし、右半身に、腕の中を這う血流、指の先、爪の一点。電熱が波のように押し寄せる。
「三元解錠──」
硝子の小窓を睨みつける。視界の先にいる人物を傷つけず、壁も必要以上に破壊しない。力の限り次元技を放つのではなく、目の前の弊害を切り崩すためだけの力と、なれ。
ロクの意思が呪文に換わる。
「──雷砲!!」
放たれた細い雷光が、小窓もろとも壁を撃ち抜く。壁の向こうに広がっていた空間が顕となり、室内を一直線に駆け抜けた電気の糸は奥側の壁を撫ぜ、霧散した。
がらり、と石の破片が崩れ落ちる。穴は予定よりもずっと小さく収まった。ロクは空いた穴を潜り抜け、壁の向こうに広がっていた空間に出た。
硝子越しに見た人物が、部屋の端で蹲っていた。急いで駆け寄り身体を起こしたが、気を失っているらしい。寝顔のあどけなさも背格好も、自分とさして変わらない。
「この子が、ナトニ……」
濃い紫色の髪が元気よく、悪く言えば粗放に跳ねている。薄汚れた衣服の裾から、どこかに打ちつけたような痕が見え隠れしている。
(これが第二検証の傷……!? ……いや、待って、この子……)
シアンという被検体が第二検証を行った結果、彼は『吐き戻し』『吐血』『皮膚の過剰痙攣』といったような症状に苛まれていた。しかしこの部屋にナトニが嘔吐したような跡もなければ、皮膚が痙攣している様子もない。どうもシアンとは症状が異なる。もしかすると第二検証はすでに終わっていて、いまは第三検証の最中だったのかもしれない。
加えて、ナトニの身体はひどく熱を持っていた。シアンの検証結果にはなかった発熱を起こしているようだ。
ロクの居場所の確認をとると、彼女たちが近くにいないであろう場所の壁を切り崩して、レトも入室した。見慣れない少年が彼女の腕の中で気を失っていた。レトは、青く濁った痕のあるその細い腕を持ちあげ、すぐに眉を顰めた。
「……っ、つ。なんだこいつ、熱があるのか? 皮膚も痣だらけだ」
「レト、たぶんこれが、次元師増加実験っていうやつだよ」
「……そっちの部屋になにがあった」
ロクは先刻までいた部屋から実験の経過記録書を持ちだした。手渡された記録書にレトも目を通す。だんだんと顔色を曇らせていった彼だったが、仕舞いには感嘆の息をもらした。
「セブン班長が言ってたこと、本当だったんだな。次元師を増やす実験をしてるかもしれないって」
「うん……あたしもびっくりした。この地下室がきっとその実験場なんだ」
「それで、いま進行してる実験の被検体がこいつってわけか……」
身体中痣だらけのナトニを一瞥し、レトは記録書に視線を戻した。
ロクは、膝元で大人しくしているナトニの寝顔を眺めていた。応急処置をしようと腰元のポーチを漁り始めたそのとき、彼が身じろぎをした。ぎゅっと瞑った目がうっすらと開く。ロクの左目と目が合うと、彼は素早く起きあがった。
「わっ! な、なに? 起きた?」
「……」
ナトニは起き抜けにいきなり走りだして、床の上に転がっていた1つの小瓶に飛びついた。中に残っていた少量の赤い液体を彼は一気に煽ろうとする。しかしすんでのところでロクに組みつかれ、小瓶を取り上げられた。
「なにすんだっ! 離せ!」
「だめだよナトニ! これ、元力なんでしょ!? それ以上飲んだら身体が壊れて本当に死んじゃうよ!」
液体の赤さからいって、元力が含まれている液体だということはすぐに目星がつく。第二検証である『元力の投与』を経てシアン・クルールがどのような目に遭ったのかを考えると、ナトニの手を止めなければならない。
「うるせえ、離せっ、離せよ! 指図すんな!」
「いーやーだ!」
「次元師が作れるかもしんねー実験なんだよ、これは! 成功させて、父さん帰ってきたら、ぜったい喜んでくれんだ。だから余計なことすんな!」
「……」
抵抗を続けたせいか、意外にもすんなりと手が離れた。急に解放されて、ナトニはたたらを踏んだ。
「じゃあ、これいらないの?」
懐からバラバラになっているペンダントの部品を取り出し、ロクはそれをナトニの目の前に突きつけた。一つだった石は割れ、紐もほどけているが、紛れもなく父の形見のペンダントだ。彼は激しく動揺した。
「なっ、アンタ、なんで、それ……! 返せっ!」
奪い返すつもりで素早く手を伸ばした。が、ロクに難なく躱されてしまう。足に力が入らず、傾いた体勢から立て直すことができなかったナトニは床の上に倒れこんだ。傷ついている膝をさらに擦り、苦悶する彼の顔を、ロクはキッと睨んだ。
「ナトニがまだ無茶するつもりなら、あたしだって黙ってらんない」
「なんだよそれ、アンタに関係ねーだろ!」
「そんな傷だらけの身体見せられて、ほっとくと思ったら大まちがいだっつってんの!」
「ほっとけよ! 部外者だろ!」
「あたしはそういう性分です無理!」
「ムリってなんだっ!」
ナトニはロクに噛みつくように、一心不乱にペンダントを取り返そうとする。ほとんど背丈が変わらないにも拘わらず、ロクの柔軟な動きにまったくついていけないどころかまるで遊ばれているようだ。いよいよ頭にきて、飛びかかる勢いで猛攻を繰り出したがあっさり避けられ、彼は顔面で床を殴打した。
微動だにしなくなった背中を、ロクがつんつんとつつく。
「……」
「ナ……ナトニ?」
「……が、かっ……がえぜよぉ……っ! なん、なんだよっ、がえぜっていってんじゃんかあ……っ!」
ロクは絶句した。敵意むき出しで攻撃してきたかと思えば今度は情けなくわんわんと泣きだしたのだ。両目から溢れでている涙が、みるみるうちに床に水たまりを作っていく。彼女は冷や汗を飛ばしながらナトニの周りをうろついた。
「えっ……ごっご、ごごごめん!? あたし!? あたしが悪かったから!」
「あーあ。泣かせた」
「レト~~!」
小さな嗚咽と、鼻を啜るのを繰り返すナトニに、ロクは問いかける。
「ね、ねえナトニ、なんでそこまで……」
ナトニは両手を胸のあたりまで寄せ、痣だらけの腕で上体を起こそうとした。しかし発熱を患っているせいもあってか力が思うように入らず、上半身が震えている。彼は顔もあげずに、懸命に言葉を紡いだ。
「父さんの……それが、唯一父さんのものなんだよ。母さん死んじゃったから、ずっとオレ、父さんに会いたくて。ここには父さんの元力石しか残ってない、それしかないんだよ。オレは父さんのためにがんばってんだ。帰ってきたとき、父さんの次元の力を、オレが使えるようになってたら、父さん……絶対喜んでくれるって……だからぁ……っ!」
ロクはだんだん申し訳なくなってきて、ナトニにペンダントを返そうと手を差し出した。が、レトが鋭い声でそれを制する。
「ロク、ちょっとそれ貸せ」
「え? で、でも……」
「いっとき借りるだけだ。あとおまえの通信具も」
「つ、通信具も? ……え、なにするの、レト?」
「いいから」
ロクは言われた通りに、ナトニのペンダントと通信具をレトに手渡した。力を振り絞って起きあがったナトニが、膝立ちのままレトの脚に縋りついた。
「か、返せっつうの!」
「あとで返す。その代わり、ちょっと調べたいことがある。協力してくれ」
「……へ? だっ、だれがアンタなんかに──、っ!」
そのとき。両手から急に力が抜け落ちて、倒れる。と思われたが、レトは持っていた記録書を手離し、間一髪のところでナトニの腕を引き寄せた。本は床に落ちるとばさりと音を立てた。
怪我人を立たせるのも悪いと思ったレトは、ナトニとともにその場で座りこんだ。床の上にある記録書を拾いあげ、見せつけると、レトは言った。
「おまえ、通信具の実験やってないんだな?」
金色の前髪がわずかにかかるその耳に、白い器具のようなものが装着されている。ナトニは困惑の色を示していた。確信を得たレトは、自分の通信具をも取り外した。
「いまからやるぞ。第一検証」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.97 )
- 日時: 2022/08/29 13:08
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第088次元 眠れる至才への最高解ⅩⅢ
『いまからやるぞ。第一検証』──そうレトヴェールが言い出したときに動揺を隠せなかったのはナトニだけではない。ロクアンズもまた頭が真っ白になった。レトはナトニの傷の手当を先に済ませると、持ち運び用の工具を取り出し、あろうことか通信具を解体し始めた。
恐ろしいほどの手際が良さで事を進めていく。が、見とれている場合ではない。ロクはすでに念頭にあった疑問をそのまま口にする。
「ま、まま待ってレト! 第一検証って……え、なんで? てかどうやってやるの!?」
「ナダマンの元力石を使う。ちょうど2つに割れてるし、俺たちの通信具に片方ずつ組み込んでナトニに使わせる」
「……ナダマン? って、なに?」
「おまえ読んだんじゃなかったのか、実験の経過記録書。こいつの頁に書いてあった父親の名前だ。ナダマン・マリーン。行方不明になったっていう調査班の次元師だ。そんでこいつの頁に第一検証の経過が載ってなかったから、やるってだけ」
「……たしかに、やってねーっちゃ、やってねーけど……でも、なんでアンタが」
「興味本位」
会話の片手間に躊躇なく支給品を改造していくその姿は一周回って清々しかったが、称賛の言葉を送るよりも先になぜ通信具の改造ができるのかが気になって仕方なかった。黙々と作業を続ける彼におそるおそる訊いてみると、「支給された日に1回解体した」と彼は事も無げに答えた。ロクは心の中で、レトは編入する部班を間違えたのでは、とひそかに呟いたのだった。
レトとナトニが第一検証を行っている間、手持ち無沙汰になってしまったロクはとりあえず、ナトニが実験をしていた大部屋と廊下とを隔てている壁に穴を空けた。ロクとレトが最初に入った部屋はどちらも内側から鍵がかかってしまい、出られなくなったからだ。
空けた穴の先は廊下で、自分たちが下りてきた階段が上に伸びている。穴をくぐり、仁王立ちしながらなんとなく階段を見上げていると、やがて実験室の中から2人の話し声が聴こえてきた。どうやら検証が終わったらしい。
ようやく終わったかとロクが実験室を振り返った、直後。
「──っ!」
銃声、と金弾がロクの左耳を掠め去った。
ロクは素早く耳を抑えた。奥で立ち尽くしている2人に向かって力一杯叫ぶ。
「伏せてッ!」
続けてもう一発放たれる。今度の弾はロクの左足を切った。彼女は膝から崩れ落ちるも、身体を捻って階段のほうを向いた。細い手足に稲妻が奔る。レトも実験室に面している壁に肩を押しつけ、息を潜めた。2人は臨戦態勢をとった。
不気味なほどの静けさが蔓延する。階段のほうからはまるで足音も聞こえてこない。耳から、脚から、止めどなく流れる血に目もくれず、階段を鋭く睨みつける。緊張がついに、頂点に達した矢先。
からん、からん、となにかが弾みをつけて階段から落ちてきた。
(……! た、球……?)
その球状のものは最後の一段からも滑り落ちた。そして廊下の床面とぶつかるや否やカチッと音を立て、まるで風船から空気が抜けるような音を発しながら辺り一面に白いもやを撒き散らす。
「ごほっごほっ! な、なに……これ!?」
「煙幕だ──、ッうぁ!」
「レト!」
レトの呻き声がしたかと思えば、ロクも後ろからだれかに首根っこを掴まれた。壁の内側に隠れていた2人が階段から見える位置に放り出される。と、
かちゃりと耳元で装填音がした。
身体が硬直する。煙幕が目に染みてすぐにでも拭いたい。が、一切の動作を本能が辞めたのは、こめかみに銃口を突きつけられていることを瞬時に理解したからだ。
白いもやがだんだんと晴れていく。視界が開けてくるとともに、ロクは左目の端で、自分に銃口を向けている人物を認識した。
「ほ……ホム副班──」
制作班の副班長、ホムが石粒のような小さな目でロクを見下ろしていた。
「じっとしててくだされば、我々はなにもいたしませんです、はい」
「……」
「すいませんね、次元師様。これも目的のためなんすよ」
レトと肉薄しているのはタンバットだった。彼もまた引き金に指をかけ、レトを脅かしている。目の前で繰り広げられる悪夢のような光景に怯えきったナトニは後ずさりし、その場で尻もちをついた。
「ご苦労」
階段の上から聴こえてきた声が、薄暗い地下室内を静かに制圧する。
ロクは声の主の容姿を認めると彼女の名前を口にした。
「ケイシィ副班」
彼女は右手で銃を一丁提げ、もう片方の手で靴をつまんでいた。階段から足音がしなかったのは靴を脱いで下りたためだろう。彼女は左手に提げた靴を適当に抛り捨て、銃も懐にしまいこんだ。
「随分と迷子になっていたようだね、諸君。まあ無理もない。この研究棟には本日初めて来訪されたのだからな」
「……」
「そう、初めてな。初めて訪れ、そしてこの場所を嗅ぎつけた。君たちは余程鍛え抜かれた間者らしい」
数段上から義兄妹を見下ろし、乾いた笑みを浮かべてケイシィは言う。
「ケイシィ副班、どうして……どうしてこんなことしてるの? 次元師を増やす実験って」
「余計な穿鑿はお勧めしない。いまだれが君の命を握っていると?」
「……」
「ほう。噂に聞いていたよりも随分と利口じゃないか、ロクアンズ殿。次元師といえどもその力が使えなければ常人とさして変わらないな。今度論文の題材にでもしよう」
「……。ナトニは、」
ロクが小さく口を開く。ケイシィは黙ったまま、俯く彼女の次の言葉を待った。
「ナトニの身体は、もう限界だよ。まともに立ちあがれないくらい怪我をしてる。でもお父さんのためにって、その一心で、まだできあがってない身体を、意地を張ってるんだ。ナトニは生まれたときからここにいるんでしょ。そんなナトニに対して、情のひとつも湧かないっていうの」
ケイシィの口から放たれた返答には、情けなど一欠片も含まれていなかった。
「これは至って清廉潔白な取引だ、次元師殿」
腕組みをし、一段と落ち着き払った声で彼女は続ける。
「彼は父上の偉大な力を受け継ぎ、我々は次元師の増加に成功した研究者として絶対的な栄誉を手に入れる。双方納得した上でこの取引は成立している。にも拘わらず、立場も弁えず早計にも口を挟むとは些か滑稽な行為だとお思いになれないか?」
「あんなことを続けてたらナトニの身体は取り返しのつかないことになる。シアン・クルールって人だってそうだ。身体が使いものにならなくなってから実験中止だなんて、そんなのあまりにも非情すぎる」
「そんな被検体もいたな。あれはよくもった」
幼子の戯言だと切り捨てんばかりの冷めきった目をしてケイシィは一蹴した。
ロクは口を閉じた。反論しないかと思われた彼女だったが、その細い両肩は打ち震えていた。
「……るか」
「は?」
「納得がなんだ。ナダマンさんがどこかで元気にしてればいいだって? 帰ってきたら困るからあんなこと言ってたんだろ! ナトニに、父親が喜ぶからとすりこんだのだってあなたのはずだ。そんな人の気持ちを利用して得られる栄誉なんかに──価値があるかって言ってんだッ!」
ついに怒りが沸点に達し、ロクの手足から鋭い稲妻が迸ると、間もなく。
彼女の腿に一発の銃弾が撃ちこまれた。
「うあっ! ……っ」
血飛沫が鮮やかに飛散する。ロクはふたたび項垂れ、急速に熱を帯びた腿を押さえつけた。かちゃり、とホムが手持ちの銃を装填させる。
ケイシィは強い語調で警告する。
「よくお聞きになることだ、次元師殿。ここで見聞きしたすべての事象を口外しないと誓え。逆らえば次こそその矮小な脳天に風穴を空け、元魔の餌に換えよう」
若草色の頭を床にこすりつけ、浅く息をするロクを見下ろしながら、ケイシィは呟いた。
「下等な種が。我々研究者に物を言うなど高慢も甚だしい」
まるで苦虫を噛み潰すようにケイシィが表情を歪めた。
次の瞬間。
──タンバットの背後から伸びてきた鎖が、彼の身体に影を落とした。
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