コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.156 )
日時: 2025/02/02 19:42
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第139次元 時の止む都ⅩⅤ
 
 目の前に広がる光景に気を取られていると、クレッタがロクアンズを指し示して叫んだ。

「オイ、食事だ! ヤツを食らい尽くせ!」
 
 有象無象の黒い塊──元魔らが、クレッタの声に応じる。それらは束になって地面から跳ね上がり、ロクを目がけて落下してくる。
 しかしそのとき、視界の端から飛んできた大蛇の頭が、数体の元魔に食らいかかった。
 紅色の鱗をした大蛇、『巳梅』は頭を大きく振り乱して、食らった元魔を嚙み砕く。取り逃がした元魔は、太く長い肢体で鞭打って、跳ね返した。
 ロクの傍らまでフィラが駆け寄ってくると、彼女もまた驚きを隠せないといったように、強張った表情をしていた。

「フィラ副班! ガネストたちは?」
「もう平気よ。治療をして、全員の無事を確認したわ。それよりも、ロクちゃん、これって……! 元魔よね!? 私にはなんだか、いま、神族の傍から湧いてきたように見えるのだけど……!」
「……"生命を司る神"、【CRETE】(クレッタ)って名乗ってたよ。予感はきっと当たってる! あいつが、元魔を生み出してる張本人なんだ……!」
「そんな……」

 二人で息を呑んでいると、『巳梅』がらしくもなく唸った。ロクとフィラが同時に振り返り、眼前まで元魔が距離を詰めていることに遅れて気がついた。地面から跳ね上がった元魔の数体を、ロクが"雷撃"で焼き払う。反対に地面を這って突進してきた元魔らを、『巳梅』が肢体で鞭打ち、撃破した。
 両翼を持つ、竜の姿に似た小型の元魔の背に乗って高見から見物をしていたクレッタが、ハッと鼻を鳴らした。

「べらべらしゃべる余裕があるんだな! それになんだよ、さっきから。そのゲンマっつーのは。名前なんか与えてねえよ、勝手につけやがって」
「あなたがこれを生み出して、この世界に放ってたの? いったいどこから、どうやって……!」

 ロクは声を張り上げて、問いかける。クレッタはしごく面倒くさそうな顔をして、それには答えず、緩慢な動きであたりを見渡した。視界の先に、猫の死骸を見つけたクレッタが、それに向かって手を伸ばした。するど死骸は、まるで粘土のごとくぐにゃりといびつに変形し、見る見るうちに姿かたちを変えていく。そして腐った皮膚がより黒く変色して、やがて完全に真っ黒の塊となってしまうと、塊から奇怪な手足を生やす。こうして、元魔は造り出されていく。
 盤面に駒を並べるみたいに、ロクとフィラにやられてしまった数をあっという間に取り戻すと、クレッタは口を開いた。
 
「力の感覚を取り戻すための練習で造ってたんだ、これは。つーか、それしかやることなかったんだよな。ぼこぼこ、ぼこぼこ造って。でも、造ったら消えるんだよな。まあどうでもいいんだけど。それで、やっと目ェ覚めた! 最高の気分だ!」

 かっと頭にきて、ロクはたったいま生み出されたばかりの元魔に激しい"雷撃"を振るった。元魔の身が粉砕し、黒い破片が飛散するのをクレッタはたいして感情のこもっていない目で見過ごした。
 ロクはきつく眉を吊り上げて言い募った。

「練習……? 元魔のせいで何人もの人が、大切な人を失って、傷ついて、いままで生きてきたんだ! それをわかってるの!?」

 ロクの身体から高圧の電気が飛散する。宙を飛んでいるクレッタのちょうど真下にあたる地面に、円を描くように眩い光が走った。クレッタを目がけて"雷柱"が立つと、しかし、クレッタは小型の竜の元魔を踏み台にして跳躍し、回避した。クレッタの眼下では、踏み台にされた元魔が炭と化して、はらはらと消滅しだした。

「うるせえな」

 怪訝そうにクレッタが眉をひそめたとき、殺気を嗅ぎつけた鼻がぴくりと動いた。人間のそれよりも長く尖った耳が立つとクレッタは真横を向いた。大口を開けた『巳梅』が、獲物を丸呑みにせんと飛んでくるが、クレッタは両腕をぶらぶらさせながら身を反らして、それを躱した。
 『巳梅』の傍でクレッタを睨んでいるフィラも、憤った声で続いた。

「『うるさい』で、済まされる話じゃないのよ」
「ハハ。怒った、怒った」

 悪童のようにわざと神経を逆撫でするような物言いで、ころころと笑い、クレッタはまた気分次第で元魔を創造する。
 そうはさせるかと意気込んで、ロクとフィラは互いに連携をとりながらクレッタに攻撃を仕掛け続けるも、動きに変化が訪れていることにロクは気がついた。一対一で相対していたときとは、元魔が戦場にいることや、またフィラが参戦していることなど違いはあるが、そうではない。時間を追うごとに、クレッタ自身の動きが洗練されたものになっていく。
 雷を振るい、撃ち、落とし。蛇身がしなり、噛みつき、咆哮を浴びせても、クレッタは見事な軽快さで踊るようにくるくると立ち回り、難なくそれらをいなす。ときおり元魔を盾にして棄て置けば、次元師たちの攻撃を回避する片手間に、いくらでもあたりに転がっている木片や死骸を使って元魔の創造を繰り返す。
 これでは分が悪い。ロクたちの体力が消耗する一方だ。

「……」

 ロクは思考を巡らせて、すかさずフィラのもとへと向かった。合流してすぐ、「フィラ副班、耳貸して!」と彼女は言うと、相手の返事も聞かずに"雷円"を発動した。ロクとフィラを覆い隠すように、半円状の雷の幕が張られると、その幕に触れた元魔の身体が電気にあてられ跳ねかえった。しゅうしゅうと煙をあげながら転げ回っていった元魔を、呆然と見つめていたフィラが我に返ったのは、ロクが息を潜めて声をかけてきたからだった。

「このままじゃ埒が明かないよ。だから、作戦を聞いてほしいんだけど……」

 ロクは、頭の中で考えた策をフィラに耳打ちした。フィラはそれを静かに聞き終えると、笑って一言返したあと、すぐに頷いた。
 それから間もなく、"雷円"に大きな負荷がかかり、あたりが震動した。はっとして、二人が頭上を見上げると、クレッタが大股を開いて幕の上に座り込んでいた。

「なにをコソコソしてる。出てこいよ、なあ!」

 クレッタが拳を振り下ろしたと同時に、強い衝撃で"雷円"が破られると、ロクとフィラは左右に散って回避した。
 そして至近距離からクレッタに仕掛ける、かと思えば──否、二人ともクレッタの真横をすばやく通り抜けて、周囲に集っていた元魔に襲いかかった。

「何度避けてもおなじだ!」

 細い脚で飛びあがり、クレッタはフィラの頭上から踵を振り下ろした。だが間一髪のところで、『巳梅』が間に割って入り、甲高く啼き喚く。真向から咆哮を浴びたクレッタは眉根を寄せ、空中で一回転すると、宙に浮いている元魔を足場に着地した。
 間を置かずにクレッタは、次に目に入ったロクを標的に据える。飛び跳ねる。長く尖ったかぎ爪は鋭い光を降らして、ロクは頭上を仰いだ。しかしクレッタの姿を視認するとすぐに目を逸らして、脱兎のごとく駆けだした先で、元魔の一体に電撃を見舞った。
 クレッタは、だん、と地面を鳴らして、獲物が逃げたばかりの地点に着地する。苦々しい表情で一瞬、黙ったあと、不機嫌そうな声色で喚いた。

「……なんだ? オマエたちも、ノーラみたいなことするんだな。あいつも、阿呆だと思ってコケにしやがってよ! 無視すりゃイキり立つとでも思ったか!? バーカ! なんべんでも生み出せるんだよ、こっちは!」

 叫んでから、クレッタは手のうちに捕まえた腐った魚鱗を、乱暴に握りこんだ。
 そのとき。
 クレッタは、ロクが視界から消えていることに気がついた。

「──隙、見つけた!」

 あたり一帯に蔓延る元魔の影に隠れたロクが、指をまっすぐにクレッタへ向けた。
 指の先一点に、激しい電気が纏いつく。
 瞬間。六元級の"雷砲"が──クレッタ目がけて一直線に奔走した。

 クレッタの短絡的な性質を利用する、と見せかけて元魔を生み出すその隙を狙う作戦を実行してみたい、とロクは提案した。元魔の相手を続けたところで、クレッタはどうやら無尽蔵にそれを生み出せてしまうらしいし、それに反してロクとフィラは技を行使した分だけ元力を消費し続けてしまう。それならばやはり標的にするべきはクレッタであり、元魔を生み出す、という作業をさせることでより多く隙をつける戦況に持ち込んだ。そこに加えて、あえてクレッタを相手にしないでいれば、きっとクレッタは短絡的な思考で「わざと相手にしないのは神経を逆撫でしたいからではないか」と誤った思考をしてくれるはずだ。それは、元魔を生み出す隙を作らせる、という真の目的を意識させないための布石の役目を果たしたのだ。
 フィラはこれを聞いて真っ先に、「レトくんが考える作戦みたいね」と笑みをこぼしたのだった。

 雷の砲撃が空間を真一文字に焼き切って、刹那のうちに、クレッタの赤い眼前に差し迫った。
 電気の糸が眼球に触れる。
 ──はずだった。

 後頭部をがつんと強い力で殴られたような感覚がロクとフィラを襲う。
 脳の裏側から意識が引っ張られる。一瞬、不快な浮遊感で胃の中がぐるりと回って、そして──。

 ぱちりと瞬きをして、次に目を開いたとき、ロクは電気を纏っただけの指先を見つめ、呆然としていた。その隙に、いつの間にか眼前に現れたいびつな鱗を貼りつけた黒い奇形が大口を開けて、鋭い歯でロクの肩口に食らいついた。

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.157 )
日時: 2025/02/09 21:27
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第140次元 時の止む都ⅩⅥ

「──ッ!」
「ロクちゃんっ!」

 ロクアンズの首筋から血潮が噴き出した。表情を歪めると、彼女はすぐに身体中から電熱を放った。

「五元解錠──雷撃!!」

 猛烈な電撃を間近で浴びせられた元魔は奇声をあげながら天を仰いだ。黒い皮膚がはらはらと剥がれ落ち、元魔がゆっくり倒れゆく間に、ロクの胸は激しく脈打っていた。首元を噛まれたことではない。"雷砲"を撃ち放ったはずがまるで跡形もなくなっているし、六元級の力を放ったあとの手ごたえも一切手元に残っていない。意気込んだのにそれがぱっと消えてしまったようななんとも言えない徒労感や、肩透かしを食らったような気分とでもいうべきか──。
 フィラのほうを見やれば、彼女もまた不思議そうな顔をしていた。ロクは自身の手を見下ろした。
 
(いまのは──)

 地面がゆったりと震動し始めて、ロクははっと顔を上げる。
 するといままで地面の上でぐったりとしていたアイムの身体が小刻みに揺れだしていた。
 アイムの赤い瞳が、痛いほどぎらぎらと輝いている。
 アイムの全身に絡まり、纏わりついていた木々の根もふっと力を失って、アイムを解放する。肩を鳴らしながらクレッタは、起き上がったアイムに向かって声を飛ばした。
 
 「もう十分休んだだろ。こいつらをまとめて始末するぞ」

 ロクとフィラは固唾を吞みながら、この十尺はある灰肌の化け物を、否、時間の神を凝視した。
 アイムはうわごとのように、ただ「信仰しろ」「信仰しろ」と繰り返して、巨躯をゆったりと揺らしていた。
 
 これがガネストの言っていた、"時間を司る神【IME】(アイム)"だ、とフィラは心の中で呟いた。
 
 ガネストが力を振り絞って話してくれたことには、アイムは致命傷となりうる襲撃を受けた際に、それを受ける直前まで"時間"を巻き戻し、相手が戸惑ってまごついている隙に反撃を仕掛けてくるのだという。だが、どうやら時間の巻き戻しは体力を消耗するようで、疲労すると時間の巻き戻しをしなくなる。また、アイムは肌が灰色に変色している間は、決して理性的ではない。「信仰しろ」という言葉を一辺倒に呟いていて、なりふり構わずに攻撃的な姿勢をとる。
 通信具を介して、フィラは、アイムについてガネストから聞いたことをロクに端的に説明した。
 
 ロクは話を聞きながら、コルドから聞いた話を思い出していた。「信仰しろ」という言葉はたしかノーラも口ずさんでいたらしいのだ。それに、その攻撃的な姿勢になる直前に、全身の皮膚が灰色に変色してしまうことなども、ノーラの状況と一致していた。
 少しの間それを思い出しただけで、ロクは改まってアイムの様相を見据え直した。
 
 フィラは、ロクへの共有を済ませたあと、思案した。
 
(時間を巻き戻す能力はとても厄介だわ。強い攻撃を当てようとしても、巻き戻されて、その隙を狙われる。ガネストくんもなんとか対応したという話だったし、きっととても大変だっただろうけど……もう一度気絶させて、戦闘不能にするしかないわね)

 ロクがちょうどこちらを振り返って、互いに頷き合う。ロクは飛び跳ねて、次から次へと立ちはだかる元魔を退けながらまっすぐアイムを目指して直進した。その導線を観察しながらフィラも『巳梅』を放つ。ロクが轟音を鳴らし、雷光を散らし、派手に立ち回る影に潜んで、『巳梅』は頭部から勢いよく飛んだ。
 フィラは声を張り上げて詠唱する。

「五元解錠──"咬餓こうが"!」
 
 鋭い牙の根元まで剥き出しにし、『巳梅』は大口を縦に開けた。狙った獲物を確実に仕留めんとする獰猛な蛇がごとく敵意を孕んだ襲撃は、しかし、ぱちりと瞬きをした瞬間に"まだ起きていない"ことにされた。時間の巻き戻しをされた、とフィラが気がついたときには、『巳梅』の頬に巨大な灰色の腕が叩き込まれていた。

「巳梅!」

 巨腕から繰り出された殴打が、いともたやすく大蛇たる『巳梅』を弾き飛ばした。宙を跳んで、『巳梅』は肢体をうねらせながら崩れた建物の一角に真っ逆さまに落下した。
 より重量のある轟音があたりに鳴り響く。フィラはすかさず耳を塞いで、すぐに、薄目を開きながら『巳梅』の落下地点に視線をやった。
 しかしすぐに、背筋がぞくりと震え上がる。
 背後に獰猛な生き物の気配を感じ取って、フィラは目を見開いたが、振り返る暇はなかった。

「ヘビの心配をしてるのか?」

 見た目から想像するよりもずっと人間の男じみた低い声で、口を薄く開いて笑ったクレッタが、フィラの臙脂色の髪を乱暴に掴みあげた。小さく呻き声をあげたフィラの足先が、ふっと地面から離れ、宙に浮く。足はどんどん地面から離れて、高く高く吊り上がっていく。驚くのと、頭部が痛いのとで思考が支配されていると、いつの間にかクレッタの様相が変貌していた。それはまた熊にも虎にも見える、筋肉の発達した巨大な二足歩行の生き物だった。
 クレッタは掴みあげたフィラの頭を、身体ごと地面に叩きつけた。フィラは、あばら骨がぐきりと歪み、さらに臓器が圧し潰される嫌な音を聞いた。そして咽喉が圧迫されたせいか、呻き声よりも先に唾液が吐き出されて、必死に頭を上げようとすると、それが地面の上から細く糸を引いた。

(なんて……強い力なの)

 『巳梅』のもとに駆けつけてあげたいのに、全身が硬直してしまったように動かない。絶えず頭上から降り注ぐ獰猛な生物の威圧感を受けて、生物としての本能から「抗いたくない」と身体が叫んでいるかのようだった。それならば意識を手放したほうがまだ人間的であるのに、次元師としての「抗いたい」本能が、それを許可せず、二つの意志が拮抗している。
 遠くでロクが叫んでいる、その声が聞こえてくる気がした。
 
「フィラ副班!」

 ロクは焦った表情で叫ぶと、フィラもとへ向かおうと駆けだした。しかしそのとき、ロクは視界の端で灰色の残像を捉えた。アイムの全身から奇妙に伸びている複腕のうちの一本が、ロクを目がけて猛威を振るった。

「邪魔だっ!! ──五元解錠、"雷撃"!」

 激しい電撃が放たれて、巨腕はのけぞり天を仰いだ。急いで、ふたたび駆けだした、途端。眼前に灰色の影が迫る。ロクが瞠目するのもつかの間、小さな身体とそれが正面から衝突した。
 灰色の巨腕だった。べつの一本がすでに放たれていたことに気づかず、ロクは対処が間に合わなかった。
 頭の前のほうが激しく揺れて、視界もはっきりしないうちに、ロクは宙を飛んでいた。それから朽ちた街路樹の幹に背中からぶつかって、ぐしゃりと崩れ落ちた。
 ──はやく助けに行かないと。そう思うばかりで身体が思うように動かない。
 どく……どくと、心臓が、全身に流れる血潮が、高揚している。

(……──なに? なんだか、おかしい)

 クレッタに痛めつけられた頬が、アイムに痛めつけられた腹が、痛みを通り越して、熱を帯びていく。皮膚が悲鳴をあげているような熱じゃなかった。もっと、違う──いうなれば、昂ぶりだった。戦場だからこその感覚なのか、追い詰められているからなのか、ロクにはわからなかった。ただ身体は、激しく心臓を鳴らし、酸素を回し、内側からロクの意思を渇望している。

 動け、と。体内に蔓延する元力粒子が、ロクの意識を鮮明にせんと活性化する。
 ロクは木の根にぐったりと凭れかかり、ひどい姿勢のまま、なにかに突き動かされるように手のひらを地面につけた。

「六元解錠」

 霞む視界の奥で、クレッタがフィラの頭部を掴みあげて、ぶらりと彼女の身体を揺らした。
 新緑の瞳に、雷光が宿る。

 クレッタ、そしてアイム──"両方"の足元に、雷が円となって迸った。間髪入れずに、二本の轟雷の柱が立つ。噴出する雷の渦に飲み込まれたクレッタとアイムは、激しく輪郭をぶれさせながら、天を仰いだ。
 途端に手を離されて、フィラは地面の上に落ちた。激しく咳きこんだのち、電気の糸を浴びてフィラはぎゅっと目を瞑った。ぱっと顔を逸らし、おそるおそる見上げると、電撃に焼かれ続けるクレッタの姿が目に入った。
 ロクが雷柱を放ってくれたのだ、とわかってすぐに、フィラはクレッタから離れた。そして身体を引きずるように駆けだすと、一心不乱に『巳梅』のもとへ向かった。

「巳梅っ!」
 
 『巳梅』は、建物を下敷きにして、とぐろを巻きながらぐったりと横たわっていた。だが、フィラが近づいてきて、何度も声をかけると、目を覚ました。次元の力は頑丈だ。それに本物の生き物ではないから、『巳梅』が死ぬことはないのだが、それでもフィラは『巳梅』が無事に起きあがったことに深く安堵した。

「巳梅……ごめんなさい」

『巳梅』は、頭を持ち上げて、フィラのほうへもたげると、「キュルル」と元気そうに聞こえる声で鳴いた。

 二体の神族を目の前にして、フィラは、底知れない不安を抱えていた。
 とにかくアイムを戦闘不能にしなければ。そればかり考えていて、肝心の戦闘は詰めが甘かったし、なによりもまずクレッタの存在を無視できないのだ。どんな戦況に持ちこむにせよアイムの能力と、クレッタの動きをどちらも最優先で考えなければならなかった。
 
 強い意思があればどれほど困難でも立ち向かえると思っていた。過去を振り払い、『巳梅』と向き合うことを決意できた自分と、それを導いてくれたロクが力を貸してくれるなら、きっとどこまでも意思を高められる。しかし、生命の神クレッタに組み敷かれ、意識を投げ出したい自分が顔を出して、次元師としての自分と鎬を削ってしまった。
 フィラは恥ずかしくて『巳梅』に顔向けができず、俯いた。
 そして下唇を噛みながら、心の中で自分を叱責して、すぐに顔を上げる。
 
 思考を止めてはいけない。考えがないのなら、生み出さなければならない。クレッタを凌ぎながら、アイムの能力を封じる方法を。

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.158 )
日時: 2025/02/16 21:49
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)


 第141次元 時の止む都ⅩⅦ

 フィラはきつく眉根を寄せ、真剣な表情で戦場を振り返った。ロクアンズが生み出した二本の雷の柱はふっと立ち消えて、二体の神族──クレッタとアイムが、ぐらりと身体を揺らしていた。
  
(山奥でのどかに生活していた私は、もともと頭を使うことはそんなに得意じゃないのよね。それなら……)
 
 またロクに策を講じてもらって──いや。フィラはかぶりを振った。戦闘部班第二班の副班長を任された以上、自分は現場で指示を出す立場でなければならない。
 それにどうしても、クレッタを許せない気持ちが大きかった。
 
 しかし、ガネストが行ったように、アイムが致命的だと感じた攻撃に対して巻き戻しを行う地点を逆算しわざと巻き戻させて消耗させる──という作戦は、聞くだけでもフィラには向いていなさそうだった。

(私とロクちゃんにならできること……──)
 
 フィラは握りこんだ拳を見つめて、顔を上げた。『巳梅』を"幻化"によって小さくさせたあと、手のひらに抱えて走り出す。
 戦場に戻っていきながら、フィラは片耳に指を添えて、ロクと通信を図った。

「ロクちゃん、意識はある!? 聞いてほしいことがあるの。あんまり自信はないんだけど……。耳を貸してくれるかしら……!」

 耳元からフィラの声が聞こえてきて、ロクは意識を取り戻した。どうやら、半分気を失っていたようで、変わり映えのしない荒れたサオーリオの街並みが視界にうっすらと浮かび上がってくる。
 そのとき、突然、頭が痛くなって、ロクは咄嗟に左目を細めた。

(っ、なんだ……?)
 
 傷の痛みとも違う、覚えのない頭痛が、寄せては返す波のように断続的に、ロクの頭を締めつける。
 ずきずきと増していく痛みに耐えていると、耳元から「ロクちゃん?」と、返事をしないロクを案ずる声が聞こえてきた。
 痛みが引く気配はなく、「うん」と小さく返したロクは、フィラの作戦を頭に流しこむと、よろけた身体で立ち上がった。

 かっ、と赤い目を開く──すると、眼前に、臙脂色の短髪を靡かせる人間の女がいた。フィラは、唐突に目を開いたアイムの視界に入って息を呑む。
 フィラを視界に捉えたアイムは反射的に太い腕を薙いだ。そのとき。アイムは遠くから鋭い気配を察知した。しかし気がついたときには遅く、瞬間、太い腕の中腹に風穴が開いた。
 稲妻だ。高い枯れ木の枝に腰を下ろしているロクが、アイムに向かって雷砲を放っていた。しかしロクは直後、何者かが背後に立つのを感じ取った。獣の気配。どこからともなく接近していたクレッタの鋭い爪が容赦なく脇腹を貫通した。

「──っ!」
「さっきのは熱かったな。なあ」
 
 ロクは苦悶の表情を浮かべ、クレッタを睨み返す。そして、全身から猛烈な電気を放出した。"雷撃"が、ロクごとクレッタを黄金の光に包み込む。電撃の放出は止まらない。もっと、もっとだ。フィラが危険に陥ったときにやってみせたように、もっと強く、自在に、雷の力を使うことができれば──!
 がんがんと頭に響く痛みが、秒を追うごとに増しているのさえ焼き切ろうとするように、ロクはさらに電熱を上げ続けた。
 歯を食いしばっていると、はた、とロクは唐突な浮遊感に襲われた。我に返ったときには、ロクの近くにクレッタの姿がなかった。その代わりに、フィラと対峙しているアイムが太い腕をフィラに振るおうとしているのが見えた。時間の巻き戻りが起こった。ふたたび"雷砲"を放とうとすごんだが──後ろから、その背中を強い力で蹴り飛ばされて、ロクは木の上から飛び出した。ロクがさっきまで立っていた場所には、片足をあげたクレッタが立っていた。
 
「イライラすんなぁ! オマエ!」
「そ……れは! こっちの台詞だ!」

 落下していきながら、ロクは電撃を身に纏った。両腕を広げて準備を始めたロクを見下ろして、クレッタの縦に伸びた耳がぴんと動いた。あの雷の柱をまた二つ生み出そうとしている。そう本能的に察知したクレッタは、奥歯まで剥き出しにして「アイム!」と乱暴にがなった。

「時間を戻せ!!」
 
 ──アイムの赤い両の瞳が、強く瞬いた。後頭部を引っ張られる感覚とともに、ロクとフィラは、たった数刻前の時間軸にまた連れ戻された。アイムの巨腕が、クレッタの猛攻が、二人に襲いかかる。しかしロクもフィラも、必死でそれらに食らいついた。
 次元師としての元力を、人間としての体力を、どんどん奪われていく。それらがもはや底を尽きつつある二人だったが、ロクはしきりにあたりを見渡し、着実に"確認"を進めていた。
 ロクは、何度目かの時間の巻き戻しを経て、クレッタの蹴りを回避し、街中に蔓延る元魔の群れの中へ飛びこんだ。無数の元魔から襲撃を受けるがそれも躱していく。疲労しているはずなのに、ついてきてくれる限り身体を酷使した。ロクは息を切らして走りながら、視界の先に見えたアイムとフィラの姿を観察する。それから、片耳に指を添えて言った。

「フィラ副班! こっちはもう大丈夫! あとは運次第だけど……できるだけ、やってみる!」

 加えてロクは、なにかをフィラに指示した。
 途端、アイムの大振りな殴打が、フィラに襲いかかろうとした。しかしフィラは慣れてきたといわんばかりの素早さで、身を屈んで回避した。フィラが退場するのと入れ替わって、ロクがアイムの背中に向かって手を翳す。
 ロクの右腕に、猛烈な電気が迸る。

「背中がガラ空きだ。とびきりの穴を開けてやる──!」
 
 身に纏う電気が、一層強く光を放つ。かっ、と眩い光があたり一帯を焼き尽くしたとき、その光に負けじとアイムの赤い瞳がぎらついた。
 が、しかし。瞬いたのはほんの一瞬で、アイムの瞳の光はゆっくりと勢いをなくしていった。
 雷光が明滅して、街中を照らしだすさなか、煩わしそうに表情を歪めているクレッタが、アイムの様子がおかしいことに気がついた。時間が巻き戻らない。クレッタは、口の端を吊りあげて叫んだ。

「オイ! もうへばったのかよ! 使えねえな!」

 雷光が、晴れる。
 クレッタは、次に目に飛び込んできた街の風景に、違和感を覚えた。

「あ?」

 光に充てられた、大小さまざまな元魔たちが、ぐわんぐわんと身体を左右に揺らしていて、行動不能だ。
 くん、とクレッタの鼻先が疼く。
 なにかの匂いが、足りない。
 クレッタが勢いよく振り返ると背後から、ロクに指をさされていた。
 ロクはなにも声に出さず、ただ口をはくと動かして、「残念」とでも告げたようだった。

 がぱ、と開いたのは、巨大な蛇顎だった。
 
 途端に視界が暗くなってクレッタは首を真上に向ける。次の瞬間、猛烈に剥き出しになった"生物の殺意"が、生命の神を頭から丸ごと吞み込んだ。

(こいつ、の殺意、さっきの光に紛れ──)

 数多に蔓延る元魔たちを全身で圧し潰した『巳梅』の頭と顎が勢いよく嚙み合った。その口内では、上顎に立つ牙が生み出す聞くもおぞましい不快な咀嚼音と、"液体"とが溢れて、外に漏れ出していた。

「──六元解錠、"芯毒しんどく"……!」

 伸ばした腕が震えていたが、フィラは、クレッタを確実に嚙み潰したと確信を得るまでは、気が抜けなかった。しかし、心音をうるさくさせていると、風とともに時間も刻一刻と経過する。指先からふっと力を抜いて、フィラはようやく、深く息を吸った。
 
 ロクはフィラから作戦を聞いて真っ先に、「途中でへばらないようにしないと」と思った。これは真に、体力が結果に繋がる──なんとも単純で誤魔化しが利かない作戦だった。
 
 "雷柱"を食らったアイムが意識を取り戻す直前、フィラは小さくしておいた『巳梅』でアイムに"芯毒"──つまり、毒を注入した。
 アイムはその後すぐに目を覚ましたが、作戦の一段階はこのときすでに達成していた。あとはアイムにあらゆる次元技を仕掛け続け、何度も時間を巻き戻させることで、アイムの体力を削っていくだけだ。毒で神経を狂わせ、早めに体力が尽きるように操作したのが、この作戦の肝だ。
 ではクレッタはどうするかというと、フィラは、あえてクレッタの攻撃は受けても避けてもどちらでもいいとロクに告げた。時間の巻き戻しをさせてしまえば受けた傷はその時間軸の状態に戻る。早めに攻撃の種を撒いておいて、できるだけ多くの時間を巻き戻しさせる──これさえ守れば、最終的には、怪我も少なく、アイムも気絶させられるからだ。
 もちろんクレッタの存在を完全に放置していても意味はない。だからフィラは、作戦の終盤でクレッタにも"芯毒"を与えられるよう、ロクに協力を頼んだ。ロクは、派手な動きと次元技で戦場を掻き乱しながら、フィラと『巳梅』の姿がクレッタの視界から外れるような位置を探し回っていたのだ。大小さまざまな元魔が大量に蔓延ってくれたおかげで、隠れ蓑候補が多く、助かった。
 雷光に紛れ、牙を光らせた蛇が素早く獲物をしとめる瞬間を、ロクはその目にしたのだった。

 フィラは瓦礫の山の上に立ち、風に吹かれる。眼下では大蛇の下敷きとなった無数の元魔たちが黒い粒子状になり、さらさらと砂に還ったり、息も絶え絶えなのか無様な歩き方をしたりしていた。
 いまや『巳梅』の口内で咀嚼され、姿の見えないクレッタに向けて、フィラは燻っていた感情を吐露した。
 
 「生命の神だとあなたは言っていたけれど……草木を傷つけ、生物の命を愚弄するあなたには相応しくないわ」

 震える手で拳を作って、握りこむ。ロクの無事を確認しに行こうと足を踏み出した、そのときだった。
 『巳梅』の口ががぱりと縦に大きく開いた。低い唸り声をあげたのも、すぐに掻き消える。灰色の両腕を伸ばしたクレッタが、無理やりに口を開かせて姿を現したのだ。その姿は巨大化した『巳梅』の大きな顎を開かせられるほどに大きく膨れ上がっていて、またしても筋肉の発達した野生の獣だった。『巳梅』は顎を震わせ、なおも噛み潰そうと抵抗していたが、びくともしなかった。
 毒の影響なのか、震えだした灰色の太い腕でしかしがっちりと『巳梅』を制し、クレッタは、奇妙な笑い声をあげた。

 「ああ、戻ってきた」

 それから、破裂音のような笑い声が空気一帯を振るわせて、どこまでも高らかに響き渡った。

「力が、だんだん戻ってきて……これだ。アハハ! ハハ! 気持ちがイイ! 最高だ!」
 
 クレッタの四肢がさらに太く膨らんだ。そしてついに『巳梅』は力尽きて、拮抗していた力がふいに、緩み始める。瞬間。クレッタは巳梅の毒牙を掴んでへし折った。『巳梅』がぐらりと後方にのけぞるのがわかって、フィラはさあっと顔を青くさせた。

「巳梅!」

 フィラの悲痛の叫びも虚しく、『巳梅』が地面の上に首を倒した。大きな音が鳴り響いて、激しく舞い上がった土埃がフィラの視界を覆った。フィラは咄嗟に『巳梅』の身体を小さくさせようと手を伸ばした。
 が。フィラは思うように術が発動できず、ぴくと指先を弾いただけだった。

「え?」

 『巳梅』の身体に、異変が訪れる。地面にべったりと突っ伏す巳梅が、薄く両目を開いていた。その目は血濡れたように真っ赤だった。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.159 )
日時: 2025/02/23 19:08
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第142次元 時の止む都ⅩⅧ

 『巳梅』は、倒れたばかりだというのに、ゆっくりと首を持ち上げて、けたたましい雄叫びをあげた。するとどうしたことか、『巳梅』は突然、四肢を乱暴に振り回し、我が身も顧みずに建物や木々に衝突しだした。
 クレッタが喉を鳴らして、愉しそうにまた高い笑い声をあげた。

「そうだ! そうだ! 暴れろ! 壊せ! 全部壊していい! 壊せ!」

 神の声に呼応するかの如く、次元の力の大蛇──『巳梅』は、我を失ったように慟哭し、巨大な肢体を振り乱し、赤い血の雨を降らせた。
 フィラは肩を震わせて、開いた口が塞がらないまま、必死に声を絞り出した。

「う、嘘……どうして!? 巳梅! やめなさい! どうしたの!? ねえ……どうして、どうして……私の声を聴いてよ、巳梅ッ!」

 声が枯れるまで呼びかけても、『巳梅』はフィラに一切の反応を示さない。ただ身体の動く限り、街の建造物を瓦礫の山に変えていく。空を掻くような鳴き声と、頭上に障る高笑いの声と、鼓膜を叩く崩壊音とか混ざり合って、目の前に繰り広げられる光景は混沌を極めた。
 ロクアンズも大きく左目を開け、動揺を隠せずにいた。飛んでくる瓦礫を身体が勝手に避けてくれるだけで、頭ではまったく状況が呑み込めていなかった。
 まず二人にわかるのは、いますぐに『巳梅』を止めなければならない、ということだった。
 フィラは開いた口が塞がらなかったが、はっと思い立つことがあり、唇を噛み締めた。次元の扉を閉じるしかない。そうと決めればフィラは片手を固く握りしめ、『巳梅』に向かってそれを翳した。
 意思のままに閉じるだけだ。次元の力は主の意志に呼応する。それだけのはずだった。

「──っ……!?」

 フィラは、意思を固め、強く念じたにも関わらず、まるで手ごたえのない片手を震わせた。

(私の、"意思"が──通じない!?)

 ──『巳梅』は、いまもなお鋭利な毒牙を剥き出しにして、激しく咆哮する。
 
 次元の扉を閉じることが、できない。
 
 『巳梅』がフィラの声を無視するだけでなく、次元の扉さえフィラの意思の外へ追いやられてしまったかのようだった。衝撃のあまり、フィラは完全に言葉を失ってしまった。
 ロクは、フィラの様子がおかしいと気がついたが、気を取られているうちに『巳梅』の肢体が飛んできていて、衝撃の余波で耳たぶを裂いてしまった。その拍子に後退したロクの目に、耳元から離脱した通信具が、路上に転がっているのが見えた。だがそれは、飛んできた瓦礫によって木っ端みじんに砕け散ってしまった。
 ロクは、ぐっと奥歯を噛み締めて、走り出すと、息を切らしながら叫び続けた。

「フィラ副班ッ! ……フィラさんッ! 聞こえる!? ねえ! あたし、いまそっちに行くから!!」 

 瓦礫が倒れ合ってできた隙間をくぐり抜け、折り重なる木々の幹を踏み越えて、手足がちぎれそうになってもロクは走り続けた。視界の先に見えるフィラは、放心していた。すぐに彼女のもとへ向かわなければ──逸る心を無理やりに気力に替えて、ロクはフィラのもとまで急いだ。

「フィラさんっ!」

 フィラの真っ青な顔色がはっきりと見えてくるようになると、ロクはもう一度彼女の名前を呼んだ。声に気がついたフィラが、不安げに揺れる瞳を歪めて、口を開こうとしたときだった。
 フィラが瞠目する。彼女の視線がロクの背後に釘付けになったとわかるや否や、ロクは咄嗟に振り返った。
 大蛇の毒牙が視界を刺す。暗い影が落ちる。
 赤い咽喉に視線が吸い込まれそうになってロクは、はっと身構えた。

(──いや、違う!)

 途端。『巳梅』の背後から"違う殺気"が猛烈に枝葉を伸ばした。まるで『巳梅』の背中から歪な翼が生えるように、枯れた木々の根の群れが顔を出す。
 息を呑む間もなかった。『巳梅』の身体を太い木々が幾本と貫通する。立て続けに、ロクとフィラの身体にもそれらの先端が突き刺さった。二人の頬には赤い血の雨が、ぼつぼつ降って、二人と一匹は串刺しにされたまま後方へと押し返された。
 大蛇の身体、無数の木々の根、そして周囲の瓦礫とにもみくちゃに巻き込まれて、ロクとフィラは厚い土埃の中で倒れこんだ。
 紅色の鱗の上を軽快に跳んでやってきたクレッタが、素知らぬ顔で『巳梅』の頭を見下ろして、言った。

「オマエさ、コルド・ヘイナー知ってるか。そいつのところまで連れていけ」

 『巳梅』はもたげていた頭をゆっくりと起こす。鱗に引っ掛かり、絡まっていた、木々の枝や根たちがぶつり、ぶつりとちぎれる。
 クレッタは『巳梅』の鱗の上に立ち、疲労のためか静止しているアイムのほうを向いた。くるりと宙で指を回すと、またしても、息絶えた無数の生き物の破片が地面の上から、下から、どこからともなく浮上する。"元魔"になった生き物たちは、アイムの周りに集結すると、太い腕や脚の下に潜り込んで、十尺はある巨体をゆっくりと持ち上げた。
 クレッタと、ぐったりと身体を揺らすアイムと、そして無数の元魔たちとともに立ち去ろうとする『巳梅』の姿が、薄く開いた視界の先にぼんやりと映って、フィラはか細い声を出した。

「まって……行かないで」

 フィラは力を振り絞って、身体を起こし、歩きだす。身体は不安定によろめいて、すぐに彼女は膝から崩れた。それでも、がたがた震える脚を立てて、立ち上がる。視界が定まらない。頭痛が鳴りやまない。もはや紅色の鱗もぼんやりと景色に滲んでしまって、すぐに消えそうなのに、近くにいるみたいに独りよがりな声で、フィラは喉を締めた。

「いかないで、巳梅……!」
 
 頭に血が昇ってきて、耐えきれずフィラはまた倒れこんだ。なにが起こってしまったのか、どうして『巳梅』が言うことを聞いてくれなかったのか、その恐怖と悔しさと、そして次元の力と離れ離れになってしまった虚無感に、頭だけでなく身体も戸惑っていた。
 だからフィラは、ロクの安否を確認するのが遅れた。我に返ったフィラは心臓を逸らせ、急いでロクのもとへと駆け寄った。
 大きな瓦礫の下から細い腕と、若草色の髪の毛が伸びているのが見える。フィラはぎょっとして、ロクの身体に覆い被さった大きな瓦礫をどけようと、手をかけた。
 
「フィラ副班、行って!」

 ばちり、と電子の糸がフィラの足元を這う。ぐぐと瓦礫が浮いて、その下からロクの声が聞こえた。ロクは、びっしょりと汗に濡れた頬を引き攣らせ、声を力ませた。
 
「早く追いつかなくちゃ、多くの人やものが犠牲になる……! あいつを絶対に止めるんだ!」
「わかっているわ! でも私、次元の力を扱えなくなっちゃったの……! どうしてかはわからない。これじゃあ巳梅も、神族も止められないのよ。だから、私が行くよりも、あなたのほうが、」
「それならなおのこと、『巳梅』が望まない破壊を続けるのを、だれより、フィラさんが許しちゃだめだ……っ!」

 フィラは押し黙った。口を閉じたのは、追いつきたいのも、『巳梅』を止めたいのも、ロクが思う以上にフィラは望んでいて、本当はすぐにでも駆け出したかったからだ。
 胸が苦しくなって、フィラは自身の胸元のあたりを強く握った。
 ロクの背中が浮いてくると、大きな瓦礫も同時に押し上げられて、やがて重い音を立てて崩れ落ちた。ロクは膝と手をついたまま、数回咳き込んだあと、申し訳なさそうに言った。
 
「あたし、ごめん、すぐに動けそうにないから、だから……」

 ロクがそう言いかけて、フィラの顔を仰ぐと、彼女は考えるようにぎゅっと目を瞑り、下唇を噛んでいた。
 それからゆっくりと口元を解いた。
 
「……わかった。私、先に行くわ。ロクちゃん、必ず安全第一で、あの三人を道中の支部に預けるの。神族たちはコルド副班長を狙っていたから、きっとエントリアへ向かうはず。それまでに本部と連絡をとれるといいけれど……。どの道、セースダースで落ち合うことになりそうね。あとからでいいから、そこで合流よ」

 臙脂色の瞳を開く。フィラは決意を新たにすると、ロクにそう指示をした。
 ロクは強きな笑みを口元にたたえて、了承した。
 
「うん。わかった、任せてよ。副班長」
 
 フィラは、後ろ髪を引かれる思いだったが、ロクに背を向けて、街の外へと駆けていった。
 臙脂色の髪が見えなくなると、ロクは全身に力を入れた。ばちばち、と猛烈に、ロクを包み込むように電気の波が立って、彼女は力の入らない四肢を無理やりに焚きつけた。
 身体が左右に揺れて、ロクは立ち上がる。電気の糸が小麦色の肌を這う。息が整う前に彼女も動きだした。
 
 嵐が去ったあとのような、道という道が塞がれた街の中を、ロクは二回半往復した。第三班の三人を一人ずつ街の外に運びだすためだった。しかしサオーリオ街の外で待機させていた馬は、フィラが跨っていたのを除いても三頭はいたはずだが、激しい戦闘音で驚かせてしまったらしい。外壁の付近には動物の気配がまったくと言っていいほどに感じられなかった。
 さすがに三人を背負って山を下りられるほど体格に恵まれていない。行き詰っていたロクだったが、そこへ運よく、ラジオスタンの狩猟人が通りかかった。大きな音に驚いた動物たちが一斉に下山してきたので様子を見にきたとその人物が言ったので、ロクは、事情を説明して下山を手伝ってもらえないか頼みこんだ。
 大量の元魔が出現し、山を下りたので急いでほしい、と念を押したためか、四人を乗せた荷馬車は思ったよりも早く麓の町に辿り着いた。
 ロクは狩猟人に礼を言うとすぐに、町の中で改めて荷馬車を調達し、セースダースへと急いだ。セースダースに辿り着きさえすれば、あとは此花隊の支部に駆けこんで、メッセルとガネストとルイルの身柄を預けるだけだ。
 しかしロクは、セースダースが近づくにつれて、全身から血の気が引いていくのがわかった。
 ──神族らの軍団は、セースダースを通過したのだ。その光景を遠目に、馬に跨りながらロクは、大きな左の瞳をさらに見開いた。
 
 街を包むように燃え盛る戦火が、重なり合って響く人々の阿鼻叫喚が、あたり一帯の空気を震撼させていた。

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.160 )
日時: 2025/04/05 14:03
名前: 瑚雲 (ID: 57S6xAsa)

 
 第143次元 時の止む都ⅩⅨ

 一頭の早馬が高らかに蹄を鳴らし、野畑を駆け、エントリアの城門へと急いでいた。馬に跨っている灰色の隊服に身を包んだ男は、手綱とともに大量の汗を握りこみ、早々に門を抜けると街の中心部──此花隊本部へと脇目もふらず向かっていった。街の住民や、警備中の此花隊隊員らが、ただならぬ表情をしたその男を一目見て、ざわめき立つ。

「隊長ッ! ラッドウール隊長! お戻りですか! 緊急事態にございます! どうかお返事を!」

 その男の隊員は、本部の門を抜けるや否や、額から滝のような汗を流しながら、人目も憚らず叫んだ。廊下を突っ切っていく彼を見て、なにごとかと注目が集まった頃、廊下の曲がり角から怪訝な顔をした老齢の女性が顔を覗かせた。
 チェシアは、副隊長らしく赤い外套を身に纏い、しゃんと背筋を伸ばした立ち姿で、慌てふためく男を制止するように彼の前に立ちはだかった。

「何です、騒々しい。あなたは……本部の隊員ではありませんね。隊長は現在、ウーヴァンニーフに滞在中です。急用ならば私に言いなさい」

 男はチェシアの姿を見ると、慌てつつも、恭しく首を垂れて、矢継ぎ早に告げた。
 
「大蛇が、紅い大蛇がセースダースに現れたのです、副隊長!」
「大蛇? それはたしか……フィラ・クリストンの次元の力では」
「それが、見たこともない数の元魔と、謎の異形らとともに街で暴動を起こし、セースダースはいま、壊滅の危機に瀕しています!」

 隊員が、唾を散らすほどの勢いでチェシアに告げると、彼女の目の色が変わった。

「とにかく一刻も早く住民の避難と、東門の封鎖を! 赤い大蛇が一体、謎の異形二体、元魔複数体──それらが群れを成し、この街に向かってきております!」

 間もなく、緊急事態を知らせる大鐘の音が何度も、何度も、エントリア上空に鳴り響いた。

 
 本部の廊下では灰色や白色の隊服が忙しなく行き交って、その一部の隊員たちは門の外へと飛び出していく。隊員たちの怒号が飛び交う中、チェシアは鍛錬場で汗を流していたレトヴェールと医務室で養生をしていたコルドを引き連れて、だれよりも機敏な足取りで正門を目指していた。
 その表情はいつにも増して固く強張っている。チェシアは颯爽と廊下を歩きながら、後ろをついてくる二人に告げた。

「端的に説明をいたします。おそらく神族と思われる個体が二体、元魔複数体、それから原因は不明ですがフィラ・クリストンの次元の力『巳梅』のような大蛇が、ともに北東の方角よりこのエントリアに向かっています。東門の警備班員にはすでに事実確認も取らせています。フィリチア付近で謎の軍勢が確認できていると。事は一刻を争います。お二人は急ぎ東門へ向かい、彼らを迎え討ちなさい」
「了解」

 レトとコルドは声を揃えて返事をした。此花隊本部の正門前でチェシアと別れると、二人は指示通り東門へ向けて出動した。

 
 援助部班班長、医療部班班長らとともに、人員の配置指示を含む各所への伝令を早々に終え、セブンは一度班長室に戻ってきた。それまでは平静を保っていたが、ふと一人になると、耳の奥から心音が聞こえだして、何度も息を吐いた。本部中に、そして街中に緊張の糸が張り巡らされていて、部屋の中は静かなのに、頭の奥がずっと騒がしいままだった。
 資料や紙束の山で散らかった長机の端をとんとんと指で叩きながら、セブンは思考をまとめていた。

(神族が二体出現……。その事実だけで卒倒しそうだったが、隊員たちが思うよりも動揺していないのが救いだ。先の神族ノーラの出現が大きいだろう。私も調整を終えたらただちに、避難誘導を行っている西門へ向かわなければ)
 
 東方へと戦闘部班の二班を向かわせたが、二つあった宛のうちどちらかの見当が当たったらしい。それも『己梅』の姿が確認されている以上、フィラの身になにかあったのは間違いない。しかしセースダースからやってきた支部の隊員は、戦闘部班の班員については「姿を見かけていない」と報告してきた。
 セブンはさらに眉間を深めた。
 
(……『巳梅』が神族と行動をともにしているのは、なぜだ?)

 セブンはすぐにかぶりを振った。考えても仕方がない。研究者でもなければ、次元師でもない自分には、想像もできない力の働きがきっとあるのだ。
 そのとき。班長室前の廊下がなにやら騒がしく、セブンは顔を上げた。扉に近づくにつれて、声は大きくなり聞き取れるようになった。

「だから、お、俺だって、戦いに行きたいんだよ……! 止めないでよ!」
「だめよナトニくんっ。キミが次元師かもしれないっていうのはコッソリ聞いたけど……でもまだ使えないんでしょ? エントリアに残ってたら危険だわ……。私たちと一緒にカナラへ向かって、現地の態勢を整えましょ? ね?」
「そんなこと言って、エントリアでカミサマとかを食い止められなかったらどうすんだよ! 二体もいるって! こないだなんか一体だったのにあの戦闘部班の……マジメそうな男の人! 強そうだったのに、腕怪我して休んでるじゃんか! じゃあ一人でも多く次元師がいたほうがいいだろ!」

 ウーヴァンニーフの此花隊第一支部からナトニ・マリーンを引き取り、本部の援助部班手配班へと所属させた。当班のモッカに面倒を見させているが、ナトニの旺盛さに手を焼いているらしいのがこの会話からも伺える。扉越しでも、モッカが眉を下げている表情が目に浮かぶようだった。

「安心したまえ。コルド副班長は回復しつつあるし、さきほど神族らが到着すると思われる東門に向かわせた。同じ方角からは別班の副班長と、君の友だちのロクアンズも向かっているよ」

 セブンは班長室の扉を開けて、廊下で立ち往生をしている二人の前に姿を現した。ナトニを安心させるために、フィラやロクが問題なく向かっているような嘘までついてしまったが、これでナトニが諦めて従ってくれるのなら、嘘も真実も大差ない。
 ナトニは、首をぐるりと回して、セブンの顔を見上げた。

「あ! アンタ……班長の人!」
「君には君の仕事があるだろう? 急ぎカナラへ向かい、先に現地へ向かったほかの援助部班の班員と連携をとってくれ。カナラの街も混乱しているはずだからね」
「なあ! 俺も、俺も戦地に出動させてくれよ! 次元師なんだったら、きっと役に立つから!」
「だめだ。次元の力を発現していない以上、危険な場所に送ることはできないよ」
「じゃあ力がねえ俺たちは、次元師のみんなが勝つのを遠くから祈って、じっさいなにもできないっていうのかよ……!」

 セブンは間を置いたが、表情を崩さずに鋭い声を降らせた。

「なにもできないわけがないだろう。だから指示をしたんだよ。カナラに向かって、君は君ができることをやってほしいんだ」
「で、でもそれじゃあ……みんな戦ってるのに!」
「戦う場所が違うだけだよ、ナトニくん。僕たちは僕たちの戦いをしよう。一人でも多くの人の命を守り、そして一秒でも早く安全を確保する。これが、かっこ悪い仕事だと思うかい?」
「……」

 セブンが片膝を折って、ナトニにそう言葉をかける。まっすぐに視線が重なって、ナトニはなにも言えなくなった。
 しばらく二人の様子を見てはらはらしていたモッカだったが、セブンの言葉を聞くとふいに口元を緩めて、ナトニの背中を優しく撫でた。

「行きましょ、ナトニくん。私たちだって力になれるわよ。……そして、いざってときは、私たちを守ってね。未来の次元師サマ」

 ナトニは、悔しそうに下唇を噛み、ぐっと眉を寄せていたが、すぐに「うん」と頷いた。モッカがもう一度背中を押したので、自然と歩き出していて、二人は正門へと向かった。彼らを見送ったセブンにもまだ本部内の調整、各所への指令、西門の確認──やるべき仕事は多く残っている。

 東の城門塔に配属された警備班の班員たちは、目尻までかっ開いて、城壁の外の景色を睨んでいた。揺らめく影がだんだんと輪郭を大きくして確実に近づいてきているのがわかっていた。それらの軍勢を警戒して、東門を閉じる準備を進めている。城壁の外を出歩いていた街人たちは一人と残さず中へと誘導し、人気がなくなったことを確認した。塔内の班員たちを取りまとめている副班長の男の声に合わせて、鉄製の落とし扉がゆっくりと下ろされていく。

「よーし! そのまま! ゆっくりと下ろせ! 焦らずとも間に合う!」

 副班長の男が、そのときふいに目を見開いた。

「ま、待て! 一時中断! 城門の外に子どもを確認! 一時中断!」

 男が焦ったように叫ぶと、落とし扉がびたりと動きを止める。男たちの視線の先には、草陰から飛び出してきた一人の少年がいた。少年は注目されると、びくりと肩を震わせて、きょろきょろとあたりを見渡したあと、閉じかけた門を見て、焦ったように走り出した。
 ぱたぱたと細い足を振って、少年が門をくぐり抜けようとした、そのときだった。
 少年の背後の空間が不自然に歪んだのだ。

「げ、元魔……っ!!」

 歪みの中心から、黒い塊のようななにかがまろび出てくる。それは赤い粒ような両目を持ち、口らしい部分をがぱりと縦に大きく開いた。奇声が聞こえてきて、やっと振り返った少年だったが、目前にまで元魔の口が迫り、驚きで息を呑んだ。
 動かなくなった手をだれかが引いた。
 そのまま抱き寄せられた少年は、その何者かの腕に抱かれながら宙を跳んで、ガチンと虚空を噛み潰す元魔の姿を見る。
 少年は、頭上から凛とした冷静な声が降ってくるのを聞いた。

「──四元解錠、"真斬"!」

 レトヴェールは『双斬』を持つ片腕を横向きに大きく振って、鋭い真空波を放った。それは空中を跳んで、元魔の身体を真っ二つに切り裂いた。
 ぽかんと口を開ける少年を抱えて走り、レトは東門の前まですばやくやってくると、警備班の班員たちに向けて力強く叫んだ。

「こいつを入れて早く門を閉じろ!」

 しかし、次の瞬間だった。背筋が、ぞっと粟立ち、レトは数多の生き物の息遣いを感じ取った。
 振り返ると、空中にいくつもいくつも歪みが生じていた。それらの歪みの中心から黒い頭が、黒い四肢が、黒い胴が飛び出し、そうして数えきれないほどの元魔がレトを取り囲んだ。
 
 


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