コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.126 )
- 日時: 2023/03/05 12:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第114次元 純眼の悪女ⅩⅣ
静かに夜は深まっていく。もうすっかり虫のさざめく声と、風の吹き抜ける音ばかりになったというのに、レトヴェールもキールアも、滝壺の水辺から立ち上がろうとはしなかった。
やがて、キールアの方向から鼻をすする音が聞こえなくなると、レトは落ち着いた声で訊ねた。
「"跡形もなく"、殺してくれって、どういう意味だ」
キールアの言い方がずっと引っかかっていた。政会の人間に連れられて処分されるくらいなら、その前に命を絶ちたい──と考えるのは納得がいくが、キールアは自害を選択しなかった。そもそも生きたかったのだから自害をしなかったという思惑は差し置くとして、追い詰められていたのなら、自傷痕の一つや二つあっても不思議ではない。
そのうえ彼女は「跡形もなく殺してくれ」と頼んできた。跡形もなく、というのが自身の身体そのものを指しているのだろうが、遺体が残っていてはまずい理由が、レトには皆目見当もつかなかった。
キールアはなかなか口を割ろうとしなかったのだが、しばらく逡巡したのちに目を伏せると、レトに問い返した。
「……政会が、シーホリーの一族を捕捉したあと、どうするか知ってる?」
「どうするって。処分するとは聞いてる」
処分、に命を奪う意味も含まれていることを強調しながら、レトは言った。返答を聞くとキールアはふたたび静かになった。
ややもすれば、彼女は重々しい口を開き、真意を語りだした。
「そう。シーホリー一族の身体を処分するの。……ある部位を除いて」
「ある部位?」
レトは顔をしかめた。するとキールアは、懐から小さな巾着を取り出した。彼女が後生大事に持ち歩いているものだ。レトは、あの荒波にもまれて中身は無事なのだろうかと危惧したが、杞憂に終わった。彼女は紐を引いて袋の口を開くと、中から塗装された小箱を取り出したのだ。
キールアが小箱の蓋を開けると、顔を出したのは、美しい紫色をした宝石だった。
「眼」
一見、"そう"だと勘違いしてしまったのだ。それは切り整えられていない、鉱石から削りだされたばかりの原石。まごうことなき石の形をしていた。しかしキールアはそれが人体の一部だとはっきりと告げて、水面に写った月の光に反射させた。
「政会はシーホリーの一族の体に棲まう寄生虫を処分するとともに、それを口実として、眼を抉り取る。これは……この眼は、家族が殺されたときに、家の近くに落ちてたものなの。誰のかはわからないけど」
「眼……? いや、眼球には見えないな。どこから見ても、ふつうに宝石にしか」
「だから眼を奪っているんだよ。シーホリー一族の眼球は、ふつうの人間のそれとは違って、血液が通わなくなると──眼球全体が結晶化しはじめる。寄生虫が、人体に問題が起こったと判断して、守る手段をとろうとするからじゃないかなとは思う……」
血液の通わなくなった眼球──つまり本人が死亡するか、眼窩から取り外されるかした眼球にのみ、その変化は訪れる。
眼球を構成しているほとんどの水分が、眼球の腐敗を止めるように、結晶化し始める。もともとシーホリー一族の瞳は妖しく艶めきだった、世にも美しい紫色をしている。虹彩を起点にして結晶化が進むので、全体的に紫色がかった石のような物体になってしまうのだという。
よくよく見せてもらえれば、本来、瞳孔にあたる部分がうっすらと宝石の中央に滲んでいるのが見てとれた。
「これを奴らは、"悪女の瞳"と呼ぶ。それから金に替える。ごく一部の貴族の間でだけ、この瞳の真実と金が回っているの」
レトは真剣みを帯びた表情をして、ただきつく眉を寄せた。
シーホリーの一族を捕らえ、瞳だけを抉り取って、処分する──そこで終わるとは、レトは思えなかった。捕らえたシーホリー一族に、適当な異性をあてがい、無理やり子を孕ませるという手段も用いているのかもしれない。政会がそこまで非道な行いに手を染めるかは定かでないが、目的が金であれば、話は変わってくるだろう。王政が廃止された当初といえば神族からの襲撃が相次いで、国内各地が混乱に陥っていた。各地の立て直しのため、財政に喘いでいた時期であろうから、その当時からシーホリー一族に目をつけていたのであれば、まったく可能性のない話ではない。
おそらくキールアも頭のどこかでは、そうではないかと疑っているだろう。でなければ、「跡形もなく殺してほしい」──などとは言わない。あえて言葉にする内容ではないから、お互いに口にしなかった。レトはその"眼"を見ながら嘆息した。
「悪女の瞳……。とんだ侮蔑だな」
「……。シーホリーの始祖が、女性だから、そうつけられたんだと思う……でも、悪女だなんて呼んでおいて、好き勝手に捕らえて、殺して、目だけくり抜いて利用して……わたし、悔しくて悔しくて、たまらないの」
キールアの声は怒りに打ち震えていて、柔和な性格からは想像もできないほど低い声だった。
「お前、どうやってこの内情を知った? 政会と、ごく一部の貴族の間でだけ出回ってる話なら、お前の耳にまで届くはずはないだろ」
指摘されるとキールアは顔を上げて、情けなさそうに視線を落とした。
「わたし……シーホリーの一族にまつわる話、ぜんぜん聞かせられなかったの。両親から。たぶん、そのしがらみに取り憑かれないようにしてくれたんだと思う。……でも、どうしても知りたくて。なんで殺されたのか、知りたくて。自分なりに考えて、いろいろ調べてた。それでもやっぱり限界があったから、政会の諜報員をやっている人のもとに転がりこんだ。そうすれば、もっと詳しい情報が掴めると思ったから」
「は? ……待て、お前、知ってたのか、あの薬屋の店主が、政会の人間だって。知らなかったから、それが割れて、あの店を出たんだってお前、言ってただろ」
キールアは、はっとすると、ばつの悪い顔をして、わかりやすくレトから視線を逸らした。
どうやら嘘を言っていたらしい。レトは呆れて物も言えなかった。無茶をしないでと他人には指摘していたが、敵の懐に潜り込むような真似をするのは無茶に値しないのだろうか。レトが言葉を失っている間も、言い訳はせず、キールアは黙って視線を逃れていた。
さらに問い詰めれば、身の上がバレたから逃げたのではなく、これ以上はレトに被害が及ぶと判断したから、薬屋から出ていったのだと真意を語った。
「お前な」
「ごめんなさい、嘘ついて。だって……本当のことを言ったら、呆れられると、思ったから」
「……」
呆れないと言えば嘘になるのだが、まだキールアがこわごわと身構えているので、レトは閉口した。
だがそれ以上にレトは驚いていた。部屋の隅で縮こまっているような少女だったキールアが、親姉弟の仇である政会の人間と接触を図ろうとした事実に。大胆かつ危険な行動に出てまで彼女は、真相が知りたかったのだ。
愛する家族が血のためだけに理不尽に殺害されれば、人格のひとつやふたつ変化するだろう。レトはすこし考え込んだだけで、これ以上キールアに言及したりしなかった。
いっとう冷たい夜風が吹いて、キールアが身を震わせた。初夏とはいっても薄着で夜に出歩くものではない。だのにずいぶんと軽装で話しこんでしまった。
「悪い、話しこんだな。そろそろ戻るぞ」
「そうだね」
キールアはこくりと頷いて、先に立ち上がったレトに続いた。
静かな夜道では靴底の音がやけに響いていた。2人は小屋まで続いている緩やかな坂を登っていく。とくに会話もなく黙々と帰路についていたのだが、途中でふと、レトが足を止めた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.127 )
- 日時: 2023/03/19 13:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第115次元 純眼の悪女ⅩⅤ
不思議に思ってキールアも足を止めて、数歩先で立ち止まっているレトヴェールの背中を眺めた。
彼は振り返らず、一段と静かな声色で言った。
「……あのさ」
「な……なに?」
「…………」
レトはなかなか答えず、しばらく立ち尽くしていた。いよいよ心配になってきて、キールアが困ったように、おずおずとその背中に声をかけた。
「レトヴェールくん……?」
なにかを言おうとしては、口を閉じ、をレトは繰り返している。こめかみには正体のわからない汗が滲んでいた。
そのうち「なんでもない」と切り上げてしまうのだろう、とキールアはそう思って待っていたが、違った。
レトは後ろを振り返って、キールアの目をまっすぐに見ながらこう告げた。
「この件が落ち着いたら、お前に話したいことがある」
キールアは、大きな目を瞬いた。レトが目を逸らさずにキールアの顔を見つめていた。
動揺を隠しきれず、キールアは、なんとなく指の先が宙を泳いでしまって、風に煽られた小麦色の髪のひと束を耳をかけた。
「……え。……話……?」
「そのときになったら、言う」
はっきりとそう、しかしぶっきらぼうに告げてから、レトはまた前を歩きだした。キールアの胸の内にわだかまりのようなものがぼんやり滲んで残ったが、これも、悪い心地はしなかった。話したいことがある、と言ったレトの声色が、存外穏やかで、まったく冷たいものではなかったからだろうか。
夜更かしをしていたというのにレトは、日が昇る前にすでに目を覚まして、身体を動かしていた。無茶をしないでと頼まれた手前、朝の稽古をしようかすまいか迷ったのだが、レトは焦りを拭いきれなかった。
力が足りない。動きが想定できていない。まだ剣が手に馴染んでいない。次元の力に頼りすぎなのだ──と、思いつく限りの反省の色が、黒々と刀身に滲んでいけばいくほど、柄を握る手に、得体の知れない重さがのしかかった。
(どうしたらいい。どうすれば)
「朝から物騒なものを振って、獣でも狩りにいくのかい」
「!」
突然、背後から声をかけられてレトは振り返った。剣を振るのに夢中になっていて、老人が起きてきた物音にも気がつかなかった。老人はレトの握っている双剣をじろじろと見ると、顎を引いた。
「獣を狩るにゃ、大仰じゃのう。弓を出してやろうかえ。ちょうど作ったのがある」
「いや……違う。獣じゃない。人を……人に敵う術を探していて」
言ってから、なにを真面目に相談しているのだ、とレトは我に返った。気恥ずかしくなって首の裏を掻くと、老人は口を開いた。
「人を斬るには、音が軽すぎる」
老人はこともなげに口ずさむと、レトの真横を通り過ぎて、洗濯物をかけてある物干し竿の下まで歩いていった。
「え……」
「体重を増やしなさい。肉をつけなんだ、人は斬れんよ。お前さんからは男の匂いがせん。隆々しろとまでは言わんがね。わしもこの通りの小爺じゃ」
「……」
老人は小さい背中をうんと伸ばして、竿にかかっている洗濯物を引っ張り下ろした。いまにも洗濯物に押し潰されそうな華奢な体躯なのに、彼は細い両腕でそれらを抱えてなお、まったく重心がぐらついていなかった。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、しばらく呆然としていたレトだったが、ふいに何者かの気配を察知して双剣を構えた。
腰を低くして身構えていると、木陰から濃灰の上衣をまとった1人の男が姿を現した。
「……こんなところにいたのか」
「コルド副班」
コルドは、疲れの滲んだ顔に安堵の色を浮かべて、軽く項垂れると、黒い前髪の下に影を落とした。森中を散々歩き回ったのだろう、足元には泥が跳ねているし、着ている上衣や、首から下げている三角巾にも蒼い葉がくっついていた。
「まったく、探したぞ。俺たち此花隊も、おそらく向こうもな。──あのお嬢ちゃんと一緒なんだろう。彼女はどうした」
気配の正体がコルドと知れても、レトは警戒を解かなかった。
なかば睨むようにしてコルドの様子を伺うレトだったが、そんな彼の胸中を察しているのか否か、コルドは強めの口調で言い放った。
「悪いが、同行してもらうぞレトヴェール。戦闘部班班長ならびに副隊長命令だ」
*
直々に出迎えられたともなればレトヴェールもキールアも、静かに従うほかはなかった。キールアはいない、としらを切ることもできたのだが、睨めっこをしていればコルドが嘆息して、「悪いようにはしないと誓う」と、両腕を上げたのだ。同行を促したコルドの口調には強い威圧が含まれていたが、レトの目には、身柄の確認ができて安心したようにも映っていた。
向かう先が政会本部だと聞くと、キールアは拒否反応を示すかのように、ひどく汗をかいていた。無理もない。まるで処刑台への登り階段をゆっくりと登っているような感覚なのだろう。発狂して逃走、なんてことにならなかったのは、コルドが再三、悪いようにしない、と彼女に言い聞かせたからであった。政会本部まで赴く理由が、会議への出席だと知ると、キールアはいくらか落ち着いて話を聞くようになった。
道中は、コルドもほとんど口を開かなかった。「班長はなんて言ってる」「悪いようにしないとはどういう意味だ」「副隊長からの要求は同行することだけか」など、レトは鋭く投げかけてみたのだが、どれにも煮え切らない返事をした。上から指示されてやってきたにしては、彼の顔にも動揺の色が浮かんでいたのだ。
一宿一飯の世話になった老人とはろく礼も返せないまま別れてしまった。コルドが現れたとき、驚くような素振りは見せていたが、やや首を傾げただけで、とくに言及もされずに見送られた。
(あの爺さん……ぼけてんのかな)
森を抜けて、エントリア街の南東にある関所を通過してからは荷馬車に揺られながら北に進行する。コルドとの会話が成り立たないので、レトの脳裏にはふと老人の顔がちらついて、荷馬車の中で息をついていた。
キールアは老人宅をあとにしてから一言も発していなかった。不安に満ちた瞳は床に落としたままで、車内が揺れれば、彼女の肩もまた揺らいだ。
政会本部は、ドルギース国との国境線の間際に聳え立っている。エントリア街の北口の関所を通過してからもさらに北上しなければならず、一行は長旅を強いられることとなった。幾夜と過ごす間も、キールアはほとんど口を聞かなかった。コルドもぼんやりとしているし、この旅には、常に重々しい空気が付き纏っていた。
政会本部が位置しているラジオスタン通りは、エポール王朝時代には、常に殺伐とした雰囲気に覆われていた地域であった。ドルギースとの国境線の傍だったのが原因だろう。この街に配属された兵団らは、線を越えた先の国の兵団らと常に睨み合いをしていた。だがしかし、王政が廃止となり、政会が発足するとここに国政の要である政会が建設された。現在では当時のような重苦しい空気はだいぶ払拭され、ラジオスタン通りには武装した人間だけではなく、行商人も多く行き交うようになった。生活水準の高いウーヴァンニーフと隣接している影響か、金の回りも良く、都市部であるエントリアと遜色ない賑わいを見せている。
ラジオスタンの中央に広い幅をとっている大通りをまっすぐ突っ切って、一行はようやく、政会本部へと到着した。
メルギース国の国政を担う組織──なだけあって、敷地内を広々と惜しみなく占領している巨大な建物が、眼前に聳え立っていた。白亜の外郭や高い鉄城門に圧倒されながらも建物の屋上を見上げれば、メルギースの国旗が数本、並んでおり、ばたばたと強風に煽られていた。
鉄城門の前には、時期を見計らってやってきたのか、セブン・ルーカーが壁に寄りかかってコルドたちの到着を待っていた。
「来たね。そろそろかなと思って、宿を出てきたんだ。全員いるね」
「班長、詳しい話を聞かせてくれ。それとも、中で奴らから何か指示があるのか? どちらにせよ、おいそれと引き渡す気はない」
レトが険しい表情で言い募りながら、門兵のいるところまでへ向かおうとすると、セブンがそれを制した。
「ああ、君はここまで」
「……は?」
「君は招待されていないからね。この先に行くのは私と、コルド君、それからキールアの3人だけだ」
「ふざけるな。俺も同行しろと指示してきたのはあんただろ。俺も会談に同席させろ」
さらに眉根を深めて睨みつけると、反してセブンは、気に留めていない様子で穏やかに告げた。
「同行しろとは言ったが、同席させるとは言っていない」
「……」
セブンは外壁にもたれていた背を離し、意地の悪い笑みを浮かべた。
心からの笑みというには些か冷やついていた。傍らで、コルドが重いため息をつく。レトに意地悪を仕掛けるために呼びつけたのは、想像していたのだろう。
納得のいっていない視線を訴えかけてくるレトに対して、セブンは折りたたんである地図を手渡した。
「まあ、そう怖い顔をしないでくれ。近くに宿をとってある。会談が終わるまで、君は休むなり、街を散策するなり自由に過ごしてくれて構わない。ああ、鳥料理が美味しかったよ」
「班長!」
「好き勝手に行動をしたのは、誰だ。レトヴェール・エポール。頭を冷やしなさい」
一段と低い声色で告げられると、レトの背筋がぞくりと粟立った。眼球の奥まで射抜くような厳しい視線。レトは黙らざるを得なくなった。
セブンは踵を返し、門兵に一言二言告げる。すると門兵は招待状を確認して、高い鉄柵の門を開いた。重々しい音に導かれながら、セブンがその奥に消えていった。コルド、そしてまごついているキールアもあとに続こうとする。
「副班」
「……なんだ」
レトは落ち着き払った声で、コルドを呼び止めた。コルドは一度足を止めて振り返る。
不思議に思ってキールアが眺めていれば、レトはつかつかとコルドの傍まで歩み寄ってくる。コルドに何事かを耳打ちするとレトは、小さな紙のようなものをコルドに渡していた。
コルドはそれを受け取ると、ぼんやりしているキールアを一瞥して「行こうか」と声をかけた。
レトはただ、不安そうな面持ちをしたまま門の先へと消えていくキールアの背中を、静かに見送った。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.128 )
- 日時: 2023/04/02 13:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第116次元 純眼の悪女ⅩⅥ
政会本部、第二会議室。定例会の"代表会議"に使用される第一会議室よりは、ひと回り狭い造りの部屋であるものの、十数人程度の人間を納めるのには十分な広さだ。壁際に複数人の監視役が突き立っていることや、記録を取る人間の険しい表情を除けば、室内はさながら王城の一角の応接間のような、豪奢な内装をしている。
"代表会議"には、有事でなければセブンは出席しないので、どちらかといえば第二会議室のほうが馴染みがあった。なにを隠そう代表会議は、メルギース国内の五大領地の領主たち──すなわち、エポール王朝時代より爵位を預かったままの一族の当主、そこに此花隊の長を加えた6名と彼らの側近のみが集められる。厳密にいえば、イルバーナ家、ギルクス家、ツォーケン家、ビスネオニ家、そしてベルク村の一件でヴィースから領地を奪還した、ルーカー家を含めた五大家だ。もとはセブンの父、もといルーカー家の領地であったが、当主の死後、政会の手によってヴィースに統治権が渡っていた。そんなローノ領の統治権をルーカー家が奪還した経緯には、セブン・ルーカーが一枚噛んでいた。ベルク村の人間に対し不当な扱いを強いたとして、ヴィースを直々に送検したのはセブン率いる此花隊の戦闘部班だった。交渉の末、領地の奪還に成功したのだが、当の本人はルーカー家当主の座を断っている。
王政廃止のお触れが出て以降、国の権利が政会一手に集まるのを危惧した各領地の主たちが、それぞれの領地内に関する問題についてのみ政治的介入を認めるように申請した。それが形を成して、現在の代表会議が成り立っている。
今日、執り行われるのはその代表会議ではなく、キールア・シーホリーに係る審問会だ。本件の責任者を任されている公安長官の男、グナウドは、堀の深い顔に一層暗い影を落として、じっとセブンを見据えていた。軍部上がりなのだろう、幾度となく死線をくぐり抜けてきたような厳格な顔つきと、欠損している左腕に恐れ慄く部下は多いに違いない。彼の席の背後には軍官らが整然と付き従っている。
ほか国務大臣らとは違って、公安相は軍部を率いる特殊な組織だ。それゆえか、着ている制服は見慣れない意匠をしていた。
「こちらからの要求はすでにお伝えさせていただいている通り。貴殿らが匿っているシーホリーの娘をお引き渡しいただきたい」
グナウドは開口一番、厳しい口調ではっきりと告げると、キールアを一瞥した。
しかしすぐに視線を外して、差し向かいの席に腰かけているセブンを睨んだ。
「……と、話を進める前に、我々はチェシア・イルバーナ副隊長殿にご出席の申し出を送らせていただいたのですが。手違いですかな、セブン・ルーカー殿」
「これは説明もなく失敬。副隊長殿はお忙しいようでしたので私が代理として参りました。書状には、代表者一名と付き添い人、そして件の娘の同席を命ずるとありましたから、私めでも問題はないと判断しまして」
「勝手な行動は慎んでいただきたい。貴殿はいま現在、隊長補佐官の任からは退いたと聞く。一部班の班長位でしかない貴殿が相手では話になりませぬ」
「私の地位では役不足というわけですね。……それでは、読み違いだったようだ」
「何と?」
「あなた方は、私に頭を下げさせるのがご趣味かと思っていたのですが。うちの隊員が、そちらの軍部の一員と交戦したと耳に入れましたのでね。まずはそのお詫びを」
まったく悪びれていない口調でセブンはさらりと言ってのける。昨年の通信具の情報漏洩事件では、指摘を受け、セブンが直々に頭を下げさせられたものだ。いつまで引きずるつもりか、とでも言いたげに、グナウドは眉間の皺を深めた。
セブンは口元にふっと笑みを浮かべると、こともなげに続けた。
「さて、件の娘の処遇ですが……このような席までご用意いただいた手前で申し訳ないのですが、こちらで身柄を預からせていただきたいのです」
セブンの口から思わぬ発言がなされると、室内にどよめきが起こった。キールアも目を丸くして、セブンの後頭部を見つめた。
唯一、グナウドだけが動揺の色を見せなかった。想定の範囲内といったところだろうか。彼はあくまで淡々と静かな声色で返した。
「……シーホリー一族の身柄の回収は、我々政会の管轄です。始祖アディダス・シーホリーが遺した悪魔である彼女たちは、その身に危険な寄生虫を宿し、現代までに数々の蛮行が報告されてきている。メルギース国民の不安要素としてこの地に根づいている、それを我々が国務の一環として対処しているのです」
「その蛮行というのは?」
「始祖アディダスが、城下のエントリアに住まう40近い人間を素手で嬲り殺したという異常事件が、事の始まりです。以降もシーホリーの一族は、数十年に一度、どこからともなく現れては無作為に町民や村民に暴行を加え、その殺戮の現場を我々が抑えてきた。……そちらに立っているキールアという名の少女が、シーホリーの血族であることは判明しています。危険な血統である彼女たちはこれまでも例外なく、我々で処分してきた。同じ人間と思わないほうが良いのです。芽が花開き、毒を撒く前に、根絶やしにしなければならない」
「処遇の決定権すらそちらに帰するところであれば、会談の席など設けずに、さっさとレトヴェールの手から攫ってしまえばよかったでしょう。そうしなかったのは……こちらの主張をある程度、予測しているからでは」
セブンは指を組んで、机上に肘を載せると、身を乗り出して続けた。
「事情は理解しました。ですが彼女は、次元の力『癒楽』を有している。この事実は揺るがない。『癒楽』はあらゆる次元の力の中で唯一、他者を癒す力。神族との交戦が始まっている以上、彼女の力は必要不可欠です。現に、そこで立たせているコルド・ヘイナーは、神族ノーラとの交戦時に肩を負傷し、ノーラの術の影響を受け、片腕がまったく動かない状態が続いておりました。が、彼女が施した『癒楽』の術で、手先が動くようになっています。……この先、神族らとの戦は激化していく。奴らと渡り合うために彼女の力が必要なのです。その偉大な能力を踏み潰そうとは、まるで神族の恐ろしさをわかっていない」
笑みを浮かべたままだったが、セブンの目元には薄暗い影がかかっていた。グナウドはしばし黙って、セブンと睨み合っていたが、やがてため息混じりに切り捨てた。
「なりませんな。『癒楽』が必要と仰られるなら、正当な『癒楽』の次元師をお探しください」
「……正当な?」
「シーホリーの一族が持つ『癒楽』とは、アディダスのからくりによって引き継がれてきた生半可な力のことを指しているのでしょう。どのような手段を用いたかなど知りませぬが、そのような紛い物ではどの道、太刀打ちできなくなりましょう。正当な『癒楽』の次元の力であれば、肩の傷などたやすく治癒してしまえるが、紛い物ではちんたらと時間をかけなければならない。それでは普通の医術師となんら変わらない」
はっと鼻を鳴らしたグナウドは、セブンの頭越しに、キールアへと厭らしい視線を投げた。紛い物、と罵られ、キールアは思わず目を伏せた。たしかに正当な次元師かと問われればかなり怪しい。アディダスが遺した産物を、シーホリーの一族らで分割して所持しているに過ぎない。指摘されると返す言葉もなかった。
セブンは、ふむ、と片手で顎のあたりを撫でた。
「正当な『癒楽』の次元の力であれば、ねえ……。いや、それにしても、初めて耳に入れましたね。あなた方は随分と、シーホリー一族の持つ『癒楽』にお詳しい。次元研究所に勤める我々にもぜひご提供いただきたい内容です」
「御託はいい。話をすり替えようとしないでいただきたい」
「……失礼。そんなつもりは微塵も。そう、かっかなさらないでください」
「! いまここで見せていただいても構わないのですぞ。娘の能力が正当な『癒楽』に匹敵するかどうかを。この場で男の腕を治癒できなければ、娘の力は劣等品だ。正真正銘、シーホリーの一族だと知れるでしょう。さあ、ルーカー殿。いかがなさるか!」
グナウドは激しい音を立てながら席から立ち上がると、そう怒鳴りつけた。場内の空気は一気に張り詰めたものになる。セブンに注目が集まる。彼はゆっくり息をつくと、提案に乗った。
「いいでしょう。やってみせても構いませんよ」
言われるやいなや、キールアはひゅっと息を詰めた。
いますぐにコルドの腕を治せだなんて、無理だ。ヤヤハル島で療養させていたときだって、幾晩もかけて術を行使して、やっと手先の自由が利くようになった程度だったのだ。
キールアは額に嫌な汗が滲むのを感じた。心の中で何度も首を横に振っていたが、知る由もないセブンはくるりと後ろを振り返って、柔和に微笑んだ。
「君の力を見せてご覧、キールア。大丈夫。そんなに緊張しなくてもいい」
ただならぬ緊張感がどっとキールアに襲いかかる。耳元で心臓の音がして、鳴り止まない。場内の視線が急に集まるとなおのこと心音が高まった。
だけども「できません」と頭を下げるくらいなら。なにもせずに逃げるよりは──。
キールアは口元をきゅっと引き結んでから、コルドのほうへ体を向けると、どこかへと祈りを捧げるように胸の前で指を組んだ。
「次元の扉、発動──『癒楽』。四元解錠、"仇解"」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.129 )
- 日時: 2023/04/16 12:15
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第117次元 純眼の悪女ⅩⅦ
キールアが詠唱を口ずさめば、コルドの左腕を包むようにして水泡が現れる。薄青色の水泡が三角巾の縁をなぞって、柔らかく発光した。次元の力を目の当たりにする機会のない軍兵たちが、ほう、と物珍しいものを見る目をして、釘付けになっていた。
薄青色の光は絶えず、コルドの左腕を包んで、じんわりと内側を癒していく。そのうちにキールアの額から、汗がつうと流れた。まだ。まだ解いてはいけない。手応えがない。だんだんとグナウドの顔色に苛立ちが滲んでくると、コルドがそれを横目にし、諦めたように左腕を動かそうとした。水泡がそのとき、ぱんっ、と弾けて散った。
すぐにコルドは小さく呻いて、奥歯を噛み締めた。項垂れるコルドと、わなわなと震えるキールアの表情を舐めるように見やると、グナウドはおさえきれずに、は、と嘲笑の息を漏らして、口角を吊り上げた。
「……は。はは! いかがか、ルーカー殿。満足いきましたでしょう。その娘では力が及ばない。次元の力の等級くらいこちらとて弁えている。四元は、十ある階級の中では下級に分類される。いまこの場で、それ以上の力を示せぬなら、認められませぬなあ……!」
「なにがそこまで面白いのでしょう」
「何だと」
「次元師も普通の人間も変わりません。技を磨くために鍛錬を積みますよ。そうしなければ得られるものも得られませんから。まだ14、15才ほどの少女に、多大な期待を寄せすぎないであげてください。ああ、それともあなたの率いる軍部では、一切の鍛錬をせずとも、赤子の頃から剣が振るえて、弓が引けるのでしょうか」
「……き、貴様! いい加減その、人をおちょくったような喋り方をやめろっ!」
「ときに」
間髪を入れずにセブンは、飄々とした声色はそのままに、あくまで穏やか口調で切り込んだ。
「キールアが、正当な『癒楽』の次元師ではないと、なぜ断言ができるのでしょう」
「……は……?」
グナウドは、セブンがなにを言っているのかわからず、じっくりと眉を顰めた。虚をつかれたような声しか返せなかったのだ。セブンは切長の目をさらに細めて言い募った。
「『癒楽』を有するのはシーホリー以外の人間でもありうる。あなたの言う通り、正当な手段で後継される場合が存在する。あなた方国家の象徴は、"ただ『癒楽』の次元の力を持つ"という理由だけで、もしかしたらシーホリーの血筋でもなんでもない、いたいけな少女を手にかけるのやもしれない」
「抜かすな! だからその娘がシーホリーの血族であることは、報告されているのだ! 何度も言わせ──」
セブンは、はっと嘲笑を浮かべて強気な目元をたたえると、「まさか」と鋭く突き返した。
「血眼になってその瞳を捜し歩いているあなた方の目に、彼女の瞳の色が紫に映っているとは、仰せにならないでしょうね」
キールアの琥珀の双眸が大きく見開かれる。このとき、室内に満ちていた喧騒が、嘘のように静まり返った。壁に突き立っていた監視役や軍官らがキールアの顔と、セブンの顔を交互に見やっている。
グナウドは反射的に黙ってしまったのを口惜しんだが、そうせざるを得なかった。当然、シーホリーの一族を探すには瞳の色を目印にしている。セブンの指摘の通り、キールアの瞳の色が、紫ではないのが最大の懸念点であった。しかし、アディダスの代から100年以上が経過している現代では純血の者はすでに存在しないだろう。血とは混ざり、変化するものだ。瞳の色だって異なった者が生まれてもおかしくはない。ないはずだが、しかし前例はない。机上の空論に過ぎない主張だけを頼りにこれ以上反論をしても不利な状況は覆らないだろう、とグナウドは判断した。背後に控える部下たちも閉口してはいるが、動揺しているような気配をひしひしと感じる。
「…………」
「キールアの身柄を此花隊で預からせていただけますね、グナウド公安長官殿」
グナウドはしばらく、口元をきつく引き結んで黙っていた。が、しまいにはセブン・ルーカーからの提案の受け入れを余儀なくされた。
*
外へ出れば日が落ちかかっており、庭園に咲く草花に、橙色の西日がやわく差し込んでいた。鉄格子の門の前まで戻ってくると、おや、とセブンは目を丸くした。レトヴェールが険しい顔をして石壁に寄りかかっていたのだ。
「レトヴェールくん、まさかそこでずっと待っていたのかい」
「……」
レトは声をかけられると、きっ、とセブンを睨んだ。しかし勝手な行動は慎めと諫められた手前、出方を考えてから、静かな声で訊ねた。
「……あいつの処遇は。どうなったか教えてくれ」
平静を装ってはいるが、目に不安の色が滲んでいた。差し迫ったレトの表情を見て、セブンはふっと微笑みかけると、後ろからついてきているキールアに「おいで」と声をかけた。小走りで近づいてきたキールアの背中をぽんと叩いて、セブンが言う。
「悪いようにはしないと言っただろう。安心したまえ。此花隊で預かることになったよ」
「……」
レトは一瞬だけ目を見開いて、長い睫毛を伏せると、「そうか」と短く呟いた。レトが安心したのを悟ったセブンは満足げに笑みを浮かべる。
はあと深く息を吐き、セブンは肩をぐるりと回した。
「さてと。しゃべりすぎて疲れてしまった。コルドくん、すこし付き合ってくれないか? 一服したくてね」
「食事は構わないのですが……我々だけで、ですか?」
首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべるコルドをよそに、セブンはレトとキールアの顔を順番に見た。
「すまないが、君たちは先に2人で宿に向かっていてくれないか。私は休憩がてらすこしコルドくんと仕事の話があるから、あとで向かうよ。地図はもう確認したかい?」
「……。見、たけど」
「それじゃあ問題ないね。……うっかり攫われてしまわないよう、見てあげるんだよ」
セブンは含みのある笑みを浮かべて、レトに向かって微笑みかけた。ぽかんと突っ立っていたコルドは、満面の笑みをたたえるセブンに促され、あれよあれよという間に年長者たちがこの場から姿を消した。
街の一角で呆然と立ち尽くすレトとキールアからずいぶんと離れたところで、コルドはやっと我を取り戻し、のんきに隣を歩いているセブンに問い質した。
「……はっ。あの、班長。話というのはどちらで? 人気の少ない店を選びましょうか」
「あ、どこでも構わないよ。2人きりにしてあげたかっただけだから」
「はい?」
「水入らずで話したいこともあるだろう。それにほら、逃亡中は気が張っていただろうから、ろくに話ができていないんじゃないかなと思ってね」
「はあ……たしかにそれは、そうかもしれませんが」
「君は本当にこの手の話題に気が回らないね」
「……それは申し訳ありません。勉強不足で」
「はは。冗談だよ。そうへそを曲げないでくれ」
ラジオスタンの大通りは活気に溢れていて、露店なんかからは美味しそうな揚げ物の匂いが漂ってくる。セブンは小腹が空いたと言って、ふらりと適当な露店に立ち寄った。コルドが慌てて後ろにつくと、焼き串を2本、セブンから手渡された。
店から離れたあと、串に刺さった団子をひとつ喉に通してから、コルドはため息混じりに口を開いた。
「しかし、緊張しましたよ。さきほどの会議では。瞳のことがわかっていたなら、あれほどもったいぶらなくとも」
「初端から瞳の色について言及していればもっと円滑に終わっただろうね。でもそれでは、せっかくの会談の席が勿体ない。向こうがどれほど手札を持っているのか知りたかったしね。……思っていた通り、彼らはシーホリー一族の情報を一部秘匿しているようだ。つつけばもうすこし落としたかもしれないけど、今日はこのくらいで限界かな」
「この戦が終わるまでは、向こうも下手な手出しはしてこないでしょう。お見事です」
「……しかしいずれ手出しをしてくるのは目に見えているからね。彼らへの対抗手段としてこちらも手札を得られた。こんな極北まで足を運んだ甲斐はあったかな」
セブンは懐から、一枚の小さな紙きれをひょいと取り出すと、コルドに笑いかけた。それは会談が行われる前に、レトがコルドにこっそりと手渡した紙きれだった。紙には「目」「悪女の瞳」「宝石になる」──というような文言が雑に並べられていた。レトが、キールアから聞いた話を断片的に書き記したものだろう。
紙きれを懐にしまいこむと、セブンはコルドが抱えている団子の1本を抜き取った。
「それまでは彼女にも、うちで働いてもらうとしよう。もし物騒なことが起こってもまあ、レトヴェールくんが守ってあげるだろうしね」
幼馴染なんだろう、とセブンは楽しそうに言いながら団子を口に含む。すっかり普段通りの柔和な表情に戻っていて、それからは、適当にぶらぶらと街道を歩きながら2人で時間を浪費した。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.130 )
- 日時: 2023/04/30 15:17
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第118次元 純眼の悪女ⅩⅧ
街の一角に取り残されたレトとキールアは、どちらからともなく歩きだして、2人で宿を目指していた。
大通りから一本通りを外れれば、中央よりかは静かな街道に出た。住居も多く立ち並んでいて、煉瓦造りの屋根に立った風見鶏や、花々が植えられた鉢植えが、夕日の下で慎ましやかな風に吹かれている。
キールアは、まだ高鳴ったままの心臓のあたりに手を添えて、会議で起こった一連の流れを、頭の中で反芻していた。ぼんやりと歩いていたせいだろう、キールアはふいに足の先がなにかに突っかかる感覚がして、前に倒れそうになった。地面に敷き詰められた石畳の一部が、剥がれてしまっており、そこに彼女の爪先が引っかかったのだ。
「わっ!」
「!」
キールアの小さな悲鳴が聞こえてきて、レトはすばやく振り返った。咄嗟に、前に倒れそうになったキールアの上半身を、支えるように抱き止める。レトの腕の中で、キールアはぱちぱちと大きな目を瞬かせた。
「大丈夫か、怪我は」
「……。ご、ごめん。大丈夫」
申し訳なさそうにキールアが言うやいなや、彼女は顔を顰め、右足をさっと地面から浮かせた。
「捻ったのか。肩貸すから、噴水のとこまで歩けるか」
キールアはこくりと頷いた。近くの広場では、街道に十字を切るように、水気を吹く噴水が中央に建てられていた。噴水の石段に腰をかけて、キールアは顔を伏せた。
「ごめんね。この程度なら、休めばすぐに歩けるようになるから。あ、でも、すぐに宿に行くなら、治したほうが、いいかな」
「いや、いいよ。時間使っても。……べつにそんなに焦る必要はない」
レトも石段に腰をかける。背後では水の流れる心地良い音が立っていた。しばらくは会話もなく、手持ち無沙汰に街を行き交う人を眺めたり、噴水の縁に降り立った鳥たちが、ばさりと翼をはためかせる音に耳を傾けていた。
キールアは視線を落として、捻った右足を動かさないように、気をつけていた。妙にいたたまれなくて、やはりはやく治したほうが良かったかもしれないだとか、適当な話題を探してみたりして、じっと静かにしていた。
キールアが内心でのみ奮闘していると、ふいに隣から声がかかった。
「俺の言ったこと、覚えてる」
打たれたようにキールアは額を上げて、レトが座っているほうに顔を向けた。
「お前に話があるって言った、あれ」
「……。うん。……覚えてる」
キールアは頷いたが、唐突に、指の先から足元までこわばった。わざわざあらたまって話とは、いったい何の用だろうか。キールアにはまったく見当もついていなかった。次第に水の音も、鳥の声も遠のいて、聞こえてくるのは耳元についた心音だけになった。
なおもレトは、キールアの顔を見ていなかったが、黙って待っていれば、彼は小さく呟くように言った。
「ごめん」
「……。え? そんな、レトヴェールくんが謝るようなことなんて、なにもないよ。ずっと助けてもらってるのはむしろ、わたしのほうで……」
慌ててキールアは返そうとしたのだが、それを遮るように、レトが口を開いた。
「『お前なんて友だちじゃない』……って。言っただろ、お前に。3年前」
心臓が跳ねる。
まるで予想もしていなかった、記憶が思い起こされて、キールアは口を閉ざした。瞬間的に脳裏に蘇ってきたのは、3年前の、蒸し暑いある夏の日暮れだった。
体調を崩しがちなエアリスの薬を受け取りにシーホリーの家に足を運んで、帰り道は、レトとキールアの2人きりだった。2人は両手にいっぱいの薬袋を抱えて、ともにレイチェル村の畦道を歩いていた。会話はほとんどなく、歩くのが早いレトに、キールアは何度か置いていかれそうになった。せめて並んで歩きたかったキールアは小走りになりながら、レトのすこし後ろについた。
『……ねえ、もうちょっと、ゆっくりがいいよ。薬袋、落としちゃうよ』
『……』
『おばさん、元気になるといいね。でもお母さんの薬はね、とっても効くから。きっと元気になるよ』
『……』
夕焼けに染まった畦道には、蛙の鳴き声がかすかに響いていた。
一向に黙ったままのレトの横顔をじっと見てから、なにかを決意すると、キールアが足を止めた。しかし彼は知らん顔をして、たった1人で歩いているみたいに変わらない速度で、どんどん道の先を歩いた。
『れ……レトヴェールくんっ。なんで先行っちゃうの? わたしとは、お話もしたくないの?』
キールアはたまらなくなって、道の真ん中で、声を張り上げていた。
怖くても話しかけたのに。勇気を出して、訊いてみたのに。先を歩くばかりのレトはちっとも返してくれなくて、いよいよキールアは感極まって、目尻に涙を滲ませた。
『……なんで、むし、するの? わたしと、レトヴェールくん、友だちじゃない……?』
『友だち?』
ようやく口を利いた彼は、冷ややかな声でぼそりと呟いて、立ち止まった。次の瞬間に振り返ったレトの表情には、ひどくどす黒い感情がむき出しになっていた。
『お前なんて友だちじゃない。そんなの、頼んだ覚えもない』
『…………』
きつく眉根を寄せて、突き放すようにレトが言う。キールアは絶句した。目を見開いたまま動けなくなって、二つに結いあげた髪の毛だけが、さあっと吹いた風に揺れた。
レトは、キールアの目の前までつかつかと歩み寄ってくると、キールアの腕から薬袋を取り上げた。
『もう俺が2つとも持つから』
キールアの返事も聞かずに、レトは2つの袋を両腕に抱えこんで、さっさと踵を返した。道の真ん中にキールアを置き去りにして畦道の先へと消えてしまったのだ。
心に深く巣食ってしまったあの日の会話は、脳裏に掠めるだけでも、キールアの胸をひどく締めつけた。どうせ言った本人は忘れているだろう、と思い込んでいた。たとえ覚えていたと知っても、キールアの顔色は曇っていた。
「…………」
「……あれは、……あれを言ったのは、お前のことが……嫌いだったんじゃない」
「じゃあ、どうして」
夜更けよりもうんと静かな、しかし底冷えするような低い声で、キールアは問いかける。
会話は途切れ、長い沈黙が訪れた。
彼女との距離は常に推し測ってきた。近くにいようといまいとも。近づいたように見えて、すぐに壁が築かれてしまうのは、自分の行いのせいだと自覚があった。
レトは口元を強く結んで、じっとしていた。が、やがて薄く唇を開くと、決心したように告白した。
「……元気な母親がいて、帰ってくる父親がいて、血の繋がった姉弟がいるお前が……ただただ、羨ましかったんだ」
噴水の高い飾りに止まっていた鳥たちが、ぱさぱさっと、翼をはためかせて飛び立つ。
キールアは大きな瞳を丸くして、静止していた。
「……。……え?」
すぐに言葉が出てこなくて、戸惑ったような声だけが口をついて出た。
「……だから、ずっと、ただお前に……、それを言えなくて、むしゃくしゃしてあんなこと言った。だから謝りたかった。でもお前に会えても、いざ、言おうとすると、なんて言ったらいいかわかんなくなって。……それもぜんぶ、ひっくるめて、ごめん」
「……」
「お前は悪くないのに、あたって、悪かった。忘れろとは言わねえよ」
──いつも、ふとした折にレトは、なんとキールアに告げたものかと繰り返し、繰り返し考えてきた。彼女が怯えない声色を、引け目に思わない言い方を、常に想像してみては頭の片隅に残してきた。相手の人間性を意識せず、言い訳という逃げ道を探りながら話すのでは、前進しない。それらがまったく得意でなかったレトはだから、非常に言いにくそうにしていたのだ。キールアを傷つけずに胸の内に抱いていた感情を伝えるのには、回りくどい外堀など取っ払って、ありのまま言葉に換える。何度考えてみても、それ以外には思いつかなかった。
レトは顔を上げて、まっすぐにキールアの目と向き合っていた。彼の口ぶりはたどたどしかったし、瞳も不安げに揺れていた。
黙ってキールアの反応を待っていたレトだったが、キールアの顔を見ていたら、ぎょっとした。
彼女の頬に一筋の涙が伝ったのだ。
「っ、おい」
「ごめ、ごめん……なさ、っ。だって、」
つう、ともう一筋、跡を滑り落ちた涙が、キールアの膝元にじんわりと染みた。涙はふたつ、みっつと、ぱたぱたとこぼれ落ちていく。ためこんでいた思いの数だけ、震えていた声の分まで、琥珀の瞳は艶やかに濡れた。
母や、父や、弟──。シーホリーの因縁などなにも知らなかった琥珀の瞳の少女は、さぞ幸せに暮らしているように見えただろう。レトの視線に立ってみれば無理もなかった。それらを羨ましがられていたとは微塵も気がつかなかった。
そして、一夜にして無惨にも奪われたからこそ、レトは、キールアを敬遠していた本当の理由を言えなくなったのだ。
キールアはここにきてようやく理解した。レトが、ごめんの一言を告げるのにあれほど躊躇していたのは、キールアの傷を抉ってしまうことを恐れて、避けたからなのだ、と。
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