コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.16 )
日時: 2020/01/31 10:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: FFsMNg05)

 
 第013次元 海の向こうの王女と執事Ⅶ
 
 雪の降る夜だった。
 暗闇の世界で唯一覚えたものは、途方もない虚無感だった。意識の糸をすこしずつ手繰り寄せ、だんだんと視界が確かなものになっていくと、同時に、思考の渦に呑みこまれそうになった。
 そこは知らない場所だった。知らない匂いだった。地面はひんやりと冷たくて、朦朧とした意識が無理やり冴えていったのを覚えている。
 しかし、自分がいったい何者で、どこから来たのかも──なにひとつ思いだせなかった。

 「メルギース国の、カナラ街っていう街の路地だったんだ。そこで眠ってたらしくて……。目を覚まして、すぐに、女の人の声がした」

 『……大丈夫? あなた、とても冷たいわ。お母さんやお父さんは?』

 首を振ることは愚か、答えることもできずにただその女性の顔を見上げた。金色の長い髪に、白くてふわふわした雪が触れてじわりと溶ける。同じ色の瞳でまっすぐ見つめ返されていた。

 『うちにおいで、お嬢ちゃん』

 果てのない暗夜に輝く、月の光に導かれて、その手をとった。

 「その人の名前はエアリスっていって、カナラ街からすぐ近くの『レイチェル村』に住んでる人だった。行く宛のないあたしはその人についていって、その人の家に上げてもらったの。そしたら、その家に一人だけ男の子がいたんだ」
 「……おとこの、こ?」
 「そう。その人の子どもで、レトヴェールっていう名前の男の子。あたしとおんなじくらいの年で、これが女の子みたいな顔してるんだっ。本人にこれ言ったら怒るけど。でね、家に上げてもらって、ご飯食べさせてもらって……。すごいお腹空いてたから、それがもうほんとに嬉しくて……おいしくて。レトには『なんだこいつ』みたいな目で見られてたんだけど……あ、レトっていうのはその男の子の略称ね。それで、ご飯食べながらあたし、『これからどうしたらいいんだろう』って思ってたんだけど……」

 家に着いてすぐに、暖炉の火で身体を温めさせてもらった。出された食事は美味しく、どこか懐かしく、促されるまま木皿の中のスープをすくっては流しこんだ。
 ロクが食事をするその様子を眺めていたエアリスは、出した皿がきれいになる頃合いを見計らって、お風呂に入ろうかと提案した。
 そこからというもの、あれよあれよという間にロクは身体を洗い終え、ほかほかになったら急に眠気を覚え、居間のソファに寝転んでいた。
 次に起きたときは朝になっていて、自分の身体には毛布をかけられていた。よく晴れた冬の空だった。

 「朝起きたら、おばさんはふつうに『おはよう』って言ってくれた。……不思議だった。なんでここまでしてくれるのか、なんでふつうのことのように、接してくれるのか」

 正直なところ怖い気持ちもあった。
 知らない場所に連れていかれ、食事も風呂も寝所も与えられたのに対して、なんの代償も支払わないなんてことはない。
 恐ろしい目に遭わされるかもしれない。
 そう思った矢先、ロクは思い切って口を開いていた。

 『どうして、こんなにしてくれるんですか?』
 『ん? ああ』
 『あたし……』
 『そうねえ。じゃあ逃げる?』
 『え?』
 『いいわ。あそこのドアは開けておいてあげる。どこへでもお行きなさい』
 『……』
 『ずっと、開けておいてあげる。いつでも帰ってこられるように』

 目尻に、じわりと涙が浮かんで、必死に堪えていたらエアリスはロクの視線に合わせてその場で屈んだ。
 エアリスはゆっくりとロクの手をとって、言った。

 『ねえお嬢ちゃん、今日からうちの子にならない?』

 その金色の瞳があまりにも綺麗で、新緑と滲んで、我慢ができずに涙がこぼれた。

 「……でもそれじゃあ、ほんとのおとうさんとおかあさんは……?」
 「……わかんない。でもそのときね、おばさんが小さな紙を出したの。あたしが着てた服にはさまってたんだって。『この子を引き取ってください』って、そう書いてあった」
 「……」

 『ごめんなさい。こんなもの、あなたに読ませるべきじゃないわ。でもね……だからこそ、あなたが、あなた自身のことを決めてほしいの』
 『……』
 『私は、あなたに娘になってほしい』

 「それで……どうしたの?」
 「その家に、いることにした。髪の色もちがうあたしが、娘なんてとんでもないと思ったよ。でもおばさんはあたしに、『ロクアンズ』って名前をくれて、居場所をくれて……あ、誕生日もくれた」

 『あ! でもここに来たのは昨日だから……昨日から、ね。うっかりうっかり』
 『……』
 『12月25日。あなたの誕生日にしましょう』

 「本当の娘みたいに愛情を注いでくれた。レトは義理の兄になるから仲良くしてねっていつも言われて、なんか本当に……家族、にしてもらったんだ」
 「……」
 「レトと仲良くなるのは大変だったよ! レトね、ほんっとぶっきらぼうで、いまもだけど昔はもっと冷たくてぜんぜん優しくなくてさ。最初の頃『おまえなんかいもうとじゃない!』ってすっごい言われたんだ。本当に大変だったけど……それでもいいとこあったんだ、レト。自分が正しいと思うことを見失わないの。だからあたしは、レトのそういうところが大好きになって……兄妹になりたいって、そう思った」

 ぽつり、ぽつりと──雨が降りだした。窓の外を見つめていたロクは、はっとして半身だけ振り返った。

 「あっ。だからどうのっていうわけじゃないんだけど……」
 「……」
 「……ルイルの気持ちがわかるって言ったのは……あたしも、そんな……大好きだったおばさんを、亡くしたから」
 「え?」

 ロクは、ぱちぱちと瞬きをすると、顔を上げた。

 「1年半くらい前に、亡くなったんだ。そのおばさん」
 「……びょうき?」
 「ううん。病気じゃなくて……」
 「……?」
 「────神様に、呪われてたんだって」

 ロクは、扉から背を離しゆっくりと膝を抱えた。雨の音が大きくなる。槍のような雨粒が、窓硝子を強く叩いていた。

 「……かみ……さま?」
 「──神族しんぞく、って知ってるかな? ルイル。この世界のどこかにいる……"神様の一族"。そのうちの一人に……『呪い』を受けてたんだって、おばさん。どうしてかは知らない。でも、身体に痣があった。……亡くなったあとに知った」

 どこへもやれない深い憤りと慕情を携えた、その両手をロクは強く握りしめた。
 
 「大好きだったおばさんが目の前にいたのに、あたしとレトはなにもできなかった。亡くしたんだ。…………あんなに愛してもらったのに」
 「……」

 消え入りそうな声が、赤暗いカーペットにこぼれ落ちる。
 しばしの沈黙が流れた。

 「……ああっ、ごめんね! またあたし、余計な話しちゃった。でもね、だからその気持ちわかるっていうかなんていうか……まあでもあたしの場合、血は繋がってないし、ルイルのほうがきっともっと寂しくて悲しかっただろうし、でも」

 そのときだった。
 ギィ、と。ゆっくり、扉が開く音がした。

 「……」

 中から出てきたのは、桃色の髪をした幼い女の子だった。肩まで伸びた髪の毛がそのまま横に跳ねている。彼女はまんまるの目を赤くして、じっとロクのことを見下ろした。

 「ルイル……」
 「……おなじ、なんだ」

 ぽろり、と大きな瞳でひとつこぼす。するとルイルはひっきりなしに、ぼろぼろと涙を落としはじめた。
 
 「ねえ、あなたなら、わかってくれる……?」
 「うん。わかるよ」
 「……たすけて……」
 「え?」

 次の瞬間。小さな身体がぐらりと傾いて、そのまま床に倒れこもうとした。ロクが咄嗟に腕を伸ばし、抱きかかえる。

 「ルイル! どうしたのルイル!」
 「ルイル!」

 後ろから声が飛んできて、ロクが振り返ると、ガネストが焦った顔で駆け寄ってきていた。

 「がっ、ガネスト! いたの?」
 「いまはそんなことを言っている場合じゃありません。すぐにでも王医様の診療が必要です」
 「あ、じゃああたし呼んでくるよ! どこにいるかな?」
 「時間がありません。僕が運びます」

 ロクの腕の中から、ガネストはルイルの身体を抱き上げた。そして急いで駆けだす。
 それに続くようにロクもガネストの背中を追いかけた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.17 )
日時: 2018/06/29 11:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: g47nDRMH)

  
 第014次元 海の向こうの王女と執事Ⅷ

 「栄養の不足が主な原因でしょう。それと、軽い脱水症状も見られます。だいぶ衰弱しておられますから、しばらくはお薬をお出しします。ですが、ルイル王女殿下は体力もございますし症状も軽度なので、すぐに目を覚まされると思います」
 「そうですか……。王医様、ありがとうございます」
 「とんでもありません」

 施療室へと運ばれたルイルは、すぐに王医の治療を受けることができた。王医が煎じた薬湯を飲み、いまは寝台で寝息を立てているという状態だ。
 ガネストは、ほっと息をついた。ロクアンズもルイルの幼い寝顔を見て、安心したように笑みを浮かべた。

 「よかったね、ルイル。大事に至らなくて」
 「……。すこしもよくありません。もし、気づくのがもっと遅かったら、ルイルは……」

 ガネストが弱々しく呟いた。
 ──『……たすけて……』部屋から出てきたルイルが、ロクにそう言っていたのを彼女はぼんやりと思い返した。

 「……立ち聞きするつもりはなかったんですが……。……すみません」
 「え?」
 「……」
 「……ああ、なんだ、やっぱり聞いてたんだ。べつにいいよっ。隠したいわけでもないしね」

 ロクは、あっけらかんとして言った。不意を突かれ、ガネストは一瞬呆けた顔になった。

 「ガネストのことね、なんだかレトみたいって思ってたんだ。冷たいし、優しくないし」
 「はい?」
 「でも、レトのほうが優しい。レトは案外素直だから」
 「……」

 ロクは、ぐぐっと伸びをして、ガネストの顔を覗きこんだ。

 「ねえガネスト! ルイルって、ココッシュ好きかな?」
 「え? ココッシュって……」
 「この国の伝統のお菓子なんでしょ? なんか、生地がふんわりしてて貝みたいな形で、中にクリームとかジャムをはさんでるやつ! 実は城下町で聞いたんだ~! ねえ、好きかなっ?」
 「ま、まあ……」
 「ほんとっ!? じゃあ作ってよガネスト~! ねっ、お願い!」
 「なんで僕が?」
 「だって、あたしじゃダメなんだもん。調理場の人が言ってたよ。『ガネスト様はお料理も巧みで、特に菓子は絶品なんです。ガネスト様の作ったものじゃないと、ルイル王女様は召し上がらない菓子もあるくらいで』ってね」
 「……」

 ガネストは、ロクが度々調理場に行っていたことを思い出して、バツが悪そうに視線を外した。

 「ルイルが起きたとき、ルイルの好きなものを一番に食べてもらって……そしたらきっと元気出るよ、ルイル! だからお願いガネスト! いっしょにルイルのこと元気づけよ? ねっ」

 太陽のような笑みだった。捨て子だったとか、拾ってくれた義母を亡くしただとか、そんなことを一切匂わせることのない底抜けの明るさが眩しかった。ガネストは目を閉じて言った。

 「わかりました」
 「ほんと!? やったー!」
 「……いっしょに、と言ってましたがあなたは手伝わないんですよね?」
 「うっ。あ、い、いや! お……応援するっ、やっぱり! フレーフレー、って! 後ろは任せて!」
 「邪魔ですね」
 「ひどい!」

 ロクを置いて、ガネストはさっさと医療室から退出した。最後に見たロクの絶望したような顔を思い出して、思わず笑いそうになる。
 ふとガネストは立ち止まって、考えた。笑うのなんて、いったいいつ以来だろうと。
 
 
 
 
 
 ──事件が起こったのは、その日の夕方だった。
 
 
 ルイルは、4時をすぎたころに目を覚ました。ガネストはココッシュ作りのためにと材料調達をしている最中にその報せを聞き、ルイルのもとへは寄らずに調理場へ向かった。さながら職人のような手さばきであっという間にココッシュを作り終えると、それを持って施療室に戻ってきた。

 「王医様、ガネスト・クァピットです。入ります」

 菓子の入った籠を片手に、ガネストは扉を押し開いた。彼のあとについてきたロクも遠目からその隙間を見やり、室内を覗く。
 ガネストは脈が早くなるのを感じながら、ルイルの寝台へと目をやった。
 しかし、
 ──室内は、何者かに侵入されたかのように荒れ果てていた。

 「……! ルイル……王医様! 王医様!」

 ルイルはいなかった。それを認識してすぐ、ガネストは王医の姿を探した。しかし室内は不気味なくらい静まり返っていて、人ひとりいなかった。
 そんなとき。

 「がっ、ガネスト様! 大変です!」

 廊下のほうから声がして、ガネストとロクはすぐさま振り返った。
 すると、顔中に汗を滲ませた王医が、焦りと困惑に満ちた表情で駆け寄ってくるのが見えた。

 「王医様! これはいったい」
 「わ、私が薬室へ行っている、その数刻の間に、ルイル王女殿下が……殿下がいなくなってしまいました!」
 「なんだって!?」

 ガネストは、血相を変えて王医の分厚い肩に掴みかかった。

 「も、申し訳ありませんっ! 私が人を置いていれば……どうか罰を! 罰をお与えください!」
 「……。このことを、知っているのは」
 「医官に留まらず、城中が、パニックに陥っています……! も、もももし国王陛下のお耳に入ってしまったら……」
 「……」
 「──ねえ! 見て、ガネスト! 窓が……!」
 「!」

 ロクが室内を指差した。寝台に近い壁の窓硝子が割られていて、辺り一面にその破片が散らばっていた。
 荒らされた室内をただ呆然と眺める。ガネストは、全身から力が抜けていくのを実感した。

 「……」
 「行かなきゃ。あたしがルイルを助けに行く!」

 室内へと駆けこんだロクが、割れた窓へ向けて前進した。ガネストが我に返ったのは、彼女が硝子の破片を踏みつけ、躊躇うことなく窓から飛び降りたのを見たときだった。

 「! ロクアンズさんッ!」

 ガネストも室内へ入った。こぼれた薬品、無造作に放られた道具や大量の本、そして辺り一帯に散らばっている硝子の破片を踏み抜いて、窓の縁に食いついた。するとその真下から、ロクの叫び声が聞こえてきた。

 「心配しないでガネスト! ルイルのこと、必ず連れ戻すから!!」
 「……」

 決して飛び降りられない距離ではない。が、一瞬の躊躇もなく窓から外へ飛び出していけるかと問われれば、否と答えてしまうだろう。それほど、すぐ目下の地面との距離が恐怖心を煽ってくる。
 しかし、ガネストは窓の縁に足をかけると、茂みに向かって勢いよく飛び降りた。

 「ガネスト!?」
 「……僕も行きます」

 ロクが驚きの声をあげると、ガネストは着地の衝撃を負った両脚で、負けじと立ち上がった。

 「ルイルを守るのは僕の務めだ」

 淡い海色の双眸が、太陽の光を照り返し、強く言い放った。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.18 )
日時: 2018/06/29 11:19
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: g47nDRMH)

 
 第015次元 海の向こうの王女と執事Ⅸ
 
 「うん! じゃあ行こう、ガネスト!」

 ロクアンズは、にっと眉と口角を吊り上げた。

 「あなたの、躊躇の欠けた行動には度々驚かされます」
 「え?」
 「いえ、忘れてください」
 「……あ! ああ、ごめん! 勝手に飛び降りちゃって。窓割れてたし、てっきりこっから連れ去られたのかと思って……冷静に考えてみれば、窓を割ったのは罠かもしれなかったよね!?」
 「……。いや、おそらく本当にここから連れ去ったのだと思います。王城の外も中も惜しむことなく人員を配置していますが、唯一、ここからの一本道だけ警備が手薄なんです。城内へ物資を運ぶための運搬経路になっていますし、ちょうどこの時間はその運び出しに番役の人間も使っているはずですから」

 ロクは前方を見やった。城壁と同じ質の石で造られた壁がある程度の幅を置いて向き合い、それに沿って草木の鉢が一直線にずらりと並べられている。そうして作られた一本道が、ずっと先まで続いている。

 「なるほどね……。それに、よく見たら車輪と蹄の跡があるよ。ここを通っていったってことで、まちがいないみたい」
 「……」
 「ねえガネスト、この近くで馬を借りられるところない? 走ってちゃ追いつかない」
 「こっちの道を行くと、すぐに保管庫があります。そこに何頭か、馬を置いているはずです」
 「よし!」

 ガネストは右手のほうへ、指先を向けた。彼が指し示した方向に従ってロクは走りだす。
 ガネストの言う通り、通路を進むとすぐに保管庫へ辿り着いた。王城の外から運ばせた物資を通す関所のような場所だった。文字通り保存の利くもの、たとえば米や土などといった大量の物資を一時的に置くのにも適応している。
 小さな厩舎が見えて、ガネストとロクはそこへ駆けこんだ。保管庫で仕事をしていた人間の中には、ルイルの失踪を知らない者もいたために、庫内は騒然とした。
 ガネストが事情を話すと、保管庫を取り締まっている代表の役人が快く馬を貸し出してくれた。お礼を言い、彼は一頭の馬を引いてロクのもとに戻ってくる。

 「あっごめん、もう一頭貸して!」
 「え? あなた、馬を扱えるんですか?」
 「一応ね! ……レトほど上手じゃないんだけど」
 「?」

 不思議そうな顔をしつつも、ガネストは役人に頼みこんで馬をもう一頭借りることに成功した。
 ガネストとロクは慣れたように馬に跨った。まだ年端もいかない二人が悠然と手綱を引き、勢いよく馬を発進させたその背中を見て、役人たちは呆気にとられていた。

 「さっ、急ごうガネスト!」
 「はい」

 よく馴らされた地面を、蹄が強く蹴り飛ばす。一本道を颯爽と奔り抜けていく。すると、だんだんと壁の端が見えてきた。その先は森になっていて、林道が続いている。

 「車輪の跡が続いてる! まっすぐだ!」
 「……目が良いんですね」
 「まあね! 田舎育ちだし……それにほら、片目しか開いてないし!」
 「……」

 ガネストには気になっていることがあった。きっと、彼女に初めて出会う人間ならだれしもが、一瞬は意識する。
 傷で塞がれた右目のことを。
 彼女はぱっちりした大きな目をしている。しかしそれは左目だけで、もう片方の右目は、瞼を真っ二つに分断するような傷跡が走っていて、固く閉じているのだ。
 
 「これね、拾われたときからあったんだ」
 「!」
 「気がついたらこうだった。だからどういうわけで、こんな傷があるのかもわかんない。でもあたしにとっては物心ついたときからこうだから、ぜんぜん気にしてないんだけどね。……ほとんどの人は驚くだけで触れてこないんだけど、たまに聞かれるんだ、『その目どうしたの?』って。そのときはいっつも、『事故でまちがって切っちゃって』って答えちゃってるよっ」

 へへっ、とロクが笑う。まるで心の内をそっくり覗かれたようだった。それほど、欲しかった答えが明確に返ってきた。
 口にこそしないが、初めて見たとき、それを気味悪いと感じた。しかし、彼女の容姿や第一印象であったり、数々の行動であったり、他国からやってきた研究機関の次元師というレッテルは、いつの間にか取り剥がされていた。ここ数日を経て彼女の内側にあるものに触れたために、ガネストは、その右目を気味が悪いなどとは思わなくなった。
 ガネストは顔の向きを前方に戻し、緩やかに視線を下げる。と、そのとき。
 ロクが、あ、と声を上げた。

 「ガネスト、見て! 荷馬車だ!」
 「……!」

 くっと顔を起こした。前方に揺れているのは、たしかに荷馬車だった。荷台のスペースに骨組みを立て、布をかけている。その四角い空間の中までは覗けないが、車輪の具合や薄汚れた布から察するに、──盗賊の部類だろうと思えた。

 「次元の扉、発動!」

 バチッ──と、空間に電気が奔る。はっとしてガネストが横を向くと、

 「──雷皇!!」

 ロクがその名を叫んだ。瞬間、彼女の全身から雷光が弾け飛ぶ。非科学的で、超次元的な力──次元の力を、目の当たりにする。

 「……!」
 「雷を操る次元の力だよ。お菓子作りも楽器も苦手だけど、あたしはこっちでなら戦える!」

 ロクが、手綱を打ち鳴らす。馬は加速し、荷馬車との距離をぐんぐん詰めていく。
 天上を覆う雨雲に、絶好の天気だ、とロクは呟いた。
 その灰色の背中が遠ざかると、ガネストは真っ青な顔で声を荒げた。

 「ッ! ロクアンズさん!!」
 「──五元解錠!」

 しかし、ガネストの声はロクの耳に届かなかった。

 「雷撃ィ!!」

 翳した右の掌から、膨大な量の雷が放たれた。荷馬車へ向けて一直線に駆け抜けていく閃光だったが、わずかに導線が逸れ、転がる車輪の表面を撫でるに終わった。ぽろりと、車体から小さいなにかがこぼれ落ちるのが見えた。
 
 「あれ? 失敗しちゃった……。車輪外すつもりだったのに」
 「──なにを考えてるんですか、あなたは!!」
 「!」

 突然、ガネストが馬に乗ったままロクの目の前に飛びだしてきた。ロクはびっくりして、自分も強く手綱を引いて馬を急停止させる。
 ロクは、物凄い形相で睨んでくるガネストにぽかんとした。

 「が、ガネスト?」
 「すこしは考えて行動しなさい!! あんなことをして、もしもルイル王女殿下の身になにかあったら、どう責任を取るおつもりですか!? 賊から取り返すことができれば、彼女の身体はどうなっても構わないというんですか!!」
 「え? いや、そんなつもりじゃ」

 そのときだった。
 狼狽えるロクの額に、──カチャッと、銃口が向けられた。

 「たとえあなたでも、ルイルを傷つけることは絶対に許さない」

 真黒の装甲。彼の髪や瞳と同じ海の色で、細い線のようなデザインが走っている。ガネストはこれまでになく冷酷極まりない目つきで、いまにもロクの額を撃ち抜かんとしている。

 しかしロクは、恐れを上回る"ある予感"に、支配されていた。
 ──それが、超次元的な匂いを漂わせている、と。

 「……ガネスト、あなたもしかして……」
 「……」

 ガネストは、そっと銃を下ろした。そして自分の腰元から提げたホルダーに収める。

 「急ぎましょう。ここで言い争うのも時間の無駄ですから」
 「みんなには言ってないの?」
 「……僕の務めは、ルイル王女殿下をお守りすることです。それ以外に役目はありませんし、それ以外の能力を、ひけらかしたいわけではありません」

 ガネストは手綱を操り馬を前に向かせると、荷馬車が消えていった道の奥に視線を戻した。

 「ともかく、夜が更ける前に急いで馬を走らせましょう。これ以上暗くなると見失ってしまいます」
 「たぶん遠くまで行ってないと思うけどね」
 「は? どういうことです?」
 「車輪の一部っぽいものが外れるのを見たんだ。一瞬、ガタッてなって、そこから運転が不安定になったのを確認した」
 「……ということは」
 「案外近くで、ウロウロしてるかもね」

 ガネストは口元に手を持っていき、すこし考えるような仕草をした。そして、あることに気がつくと真っ直ぐにロクを捉えた。

 「この近くに、いまはもうだれも住んでいない古い屋敷があります。大きな屋敷で目立ちますし、あなたの推測が正しければ、おそらく……そこで往生しているかと」
 「! じゃあ!」

 ガネストは頷いた。二人は前を向くと同時に、手綱を唸らせる。
 先に駆け出したガネストの後ろ姿と一定の距離を保つロクは、その背中を見つめながらつい先刻のことを思い出していた。

 『すこしは考えて行動しなさい!!』

 声の主や文字並びにちがいはあるが、かけられた言葉は、彼が自分に対してよく言っているものそれ自体だった。

 (……──同じようなこと、レトにも言われてるな)

 流れても流れても濃灰の空が晴れることはなく、月明かりのない道の上を探るように駆け抜け、ロクの脳裏ではその言葉が繰り返し再生されていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.19 )
日時: 2018/12/12 23:57
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Kkmeb7CW)

 
 第016次元 海の向こうの王女と執事Ⅹ

 森の匂いがした。そんな中を、ガタガタと不安定な足取りで突き進んでいく。どこへ向かっているのかは知らなかった。なぜ連れ出されたのかも、わからなかった。
 ルイルは真っ暗闇の中、ただひたすら震えていた。1時間ほど前、施療室で目を覚ましたばかりのルイルにはほとんど意識がなかった。視界がはっきりしてきたその途端、布のようなものに目と口を覆われ、抗いがたい強い力に四肢を押さえつけられ、すぐに気を失った。
 
 ゆっくりと意識を取り戻したとき、全身がぎしぎしと痛みだした。ときおり身体が上下に揺れて、そのたびに近くから男の声がした。1人じゃない。数人だった。
 あまり記憶にはないが、おそらく馬車のようななにかの中にいるのだろうと思った。

 「くっそ……さっきのはなんだったんだよ? 一瞬攻撃を受けたよな? テント張ってるせいでよくわかんなかった」
 「おそらく追手だろうが、銃撃か?」
 「おいおい、俺たちはともかくこの国のやつらは銃なんか持ってねぇだろ」
 「……よく考えたら、なんか、バチッて音がしなかったか?」
 「は?」
 「電気だよ。雷みたいな、低い音もした!」

 運転手と、目の前で会話をしている2人を合わせて最低3人はこの場にいる。低くて荒々しいので男だということはわかるが、声が似通っていてそれ以上のことはわからない。
 ルイルは、底知れぬ恐怖を感じていた。声も出せず、涙を堪えて、ただ小さな身体を震わせていた。

 (……──ガネスト……)

 いまはただ祈るしかない。ルイルは、胸の中で何度も何度も彼の名前を呼んだ。

 「とにかく、もうこんな時間だし今夜は留まったほうがいい。近くに使われていない屋敷がある。そこで夜を明かそう」

           *

 ガネストの想定通り、荷馬車を走らせていた一行は屋敷に着くなり歩を止めた。
 ガネストとロクアンズが遅れて到着すると、ちょうど荷馬車の中から人が出てくるところだった。
 見た限り全員男だった。その男たちのうちの一人が、目と口を塞がれたルイルを引き連れて屋敷の中に入っていくのが見えた。

 「ルイル……!」

 小さな身体はすぐに消えてしまった。ガネストが眉を寄せ、拳を震わせているのを見たロクは、息をひそめた。
 
 (──いったい、どうすればいいんだろ……)

 考えて行動をしろ。
 もうすこし作戦を練ってから。
 ──おまえはいつもいつも……!
 ──もしもルイル王女殿下の身になにかあったら、どう責任を取るおつもりですか!?

 頭よりも先に身体が動く気性だということは自覚している。多少の自己犠牲は考慮の上で行動をしているし、実を言うといつも被害者は出さないように計算だって踏まえている。だから器物や自然物が多少損害を被ることはあっても、大きな災害にまで至ることはなその場が収まっているのだ。
 しかし、目的のルイルが目と鼻の先にいるというのに、身体が鉛のように動かなかった。

 (……どうすればいい? ルイルに被害が及ばないように『雷皇』で攻撃をしかける? いや、屋敷の中なんてどこにだれがいるか把握できないし、空間が狭い。今夜はとくに湿気が多いから電気の通りも良すぎる。なにが起こるかあたしでも想定できない。ルイルのことは傷つけないように……やむを得ない場合、賊たちには傷を負わせることも考えるけど……でも、)

 ロクは懸命に考えた。思いつく限りの作戦をぶつぶつと述べてみる。こういう作業はいつもレトヴェールの仕事だったために、彼の指示に従って動いてきただけのロクは難色を示した。

 (こういうとき……レトなら、どうする?)
 
 迅速に指示を飛ばしてくれる義兄はいない。自分がやらなければならない。そう理解した。
 しかし、いくら思考を張り巡らせても妙案は浮かんでこなかった。そればかりか焦りが着々とこみ上げてきている。

 眉をひそめ、唇を噛み、思案に耽っていたロクの肩に、ぽんっと手が置かれた。

 「大丈夫ですか?」

 ロクは我に返った。心配しているのか、訝しげにこちらの顔色を窺っているガネストと目が合う。
 なにかがしぼんでいくような気がした。

 「……」
 「ロクアンズさん?」
 「……ごめん。そうだ。あなたもいるんだった」
 「?」

 ガネストは小首を傾げた。ロクがなにを言っているのかよくわからなかったため、彼はとくに返事をせずに小声で話しはじめた。

 「今回の誘拐がなんらかの目的によって行われたのだとしたら、考えられる理由は2つです。1つは、身代金の要求です。王族の人間をさらえば、それだけ交換条件で高値を提示することができます。賊であるならばなおのこと。そしてもう1つは、ルイル王女殿下が子帝になられることを、望まない分子による犯行か」
 「ルイルが王様になることを、嫌がってるってこと?」
 「そうです。ライラ王女殿下の支持派、つまり生前に王女殿下と親交のあった者による反乱である可能性もあるということです」
 「その場合……ルイルの身は、かなり危険だよね?」
 「……そうですね。向こうの怒りを買ってしまえば、なおのこと危険性が高まります」
 「……」

 悠長にはしていられない。ロクはふたたび頭を捻った。
 ルイルを傷つけてはいけない。犯罪者といえど、被害は最小に抑えるに越したことはない。さきほどの一撃で、もしかしたらロクの手の内はバレてしまっているかもしれない。
 ──が、
 ガネストのことは、その存在すらも、認識されていない可能性が大いにあった。

 「……!」
 「なにか浮かんだんですか?」

 ロクは返事をせずに虚空を見つめていた。
 そして、ようやく、彼女はふっと笑みをこぼした。

 「……よし。これでいこう!」
 「どのような作戦ですか?」
 「ガネスト、銃を扱うのは上手いの?」
 「ご命令とあらば、狙うも外すも」
 「暗闇の中でも?」
 「……もちろん」
 「そうこなくっちゃ!」

 ロクは口の端を吊り上げた。そしてガネストに耳打ちをすると、彼はすんなりと頷いた。

 「1分ね。屋敷に入ったところで、1分したら作戦開始。いいかな?」
 「異論はありません」
 「……じゃあ、いくよ」

 2人は頷き合うと、体勢を低めに、同時に屋敷へ向かって走りだした。
 屋敷の門の前には、1人の男が見張りとして立っていた。
 崩れかけた塀の影に隠れ、様子を伺う。きょろきょろと辺りを見回していた男が、ふいに後頭部を見せた。
 ロクが駆けだす。
 男は緩慢に首を回して、こちらを向いた。すると男はロクに気づき、目を剥き、声を上げるよりも先にロクの右手が──バチバチッと雷を携えていた。

 「うっ!」

 雷を纏った手で、ロクは男の首を鋭く叩いた。電流のショックと手刀の効果が及んで、男はその場に倒れこむ。
 ロクがこくりと頷くと、ガネストが音も立てずにゆっくりと扉を押し開けた。ガネストは中を一瞥し、だれもいないことを確認すると吸いこまれるように屋敷の中へと消えていった。
 さあ、作戦開始だ。
 ロクは気合を入れ直し、その場から移動した。入口からすこし離れた位置に足を落ち着かせると、屋敷の大きな窓の奥に潜む、数人の男の影を見上げた。


 扉から入ってすぐの広間には、人の気配がなかった。屋敷の中は蝋燭で明かりを保っているのだろう。全体的に薄暗く、古い建物なだけあって空間自体が寂れている。
 左手にうっすらと半螺旋状の階段が見えた。2階は、すこしだけ明かりが強い。置いている蝋燭の数が多いのだろう。ガネストは足音を完全に殺し、階段に近づいた。

 「ちっ。また降りだしたな。小雨程度だが、明日には晴れといてほしいもんだ」
 「そうだな」
 「ところで今回の……ほんとにこのガキを連れ去るだけでよかったのか?」
 「ああ。金は弾む」
 「素性も明かさねえし、変な服は着せるし、謎だらけだよなあんた」
 「どっかのお偉いさんだったりして!」
 「なるほどな! いや~あんた、バレたら首跳ね飛ぶんじゃねえの?」
 「お前たちは余計な心配をせず、ただ従っていればいい」

 数は、気配からしても3人。ルイルを除いた数だ。彼女はというと、おそらく左手側にいる男に捕まっている。隙間風のような浅い息が聞こえてくるのはその方向からだけだ。それに左手側にいる男だけが喋り口調に負荷がかかっているように思えた。ほかの男は屋敷に着いて安堵の息が混じっているので、その差は歴然だ。
 ガネストは息を殺す。そのときをじっと待つ。胸元のベストの内から一丁の銃を取り出し、構えたその瞬間。

 ──轟音を連れた落雷が、眩い光を放ち、窓硝子を叩き割った。

 「な、なんだ!?」
 「雷だ! すぐ近くで! が、硝子が……!」
 「うッ、うそだろ……!? さっきまで小雨」

 雷光が失せ、もとの暗闇に戻った、その瞬間。

 「──ッうああ!?」
 「!? ど、どうした!?」

 銃声が響いた。
 外界からの風の暴力によって蝋燭の火が一気に消え失せ、間髪を入れずにもう一度、乾いた音が空間を駆け抜ける。

 「ぐあッ!!」
 「お、おい! ……な、なんだ……!? だれだッ!! いったい、何者だッ!?」

 またしても、窓が力強い光に包まれる。雷独特の重低音が響く。一瞬だけ、身の回りの景色が明るくなる。
 骨張った腕でルイルを抱えていた男は、ガネストの蒼い双眸と、目が合った。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.20 )
日時: 2018/07/05 07:33
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: AxfLwmKD)

 
 第017次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅠ
 
 「っ、な……! お前か!!」

 男は、ルイルを抱えていないほうの右手で素早く銃を抜き、そのまま発砲した。
 驚くよりも先に、ガネストの手から一丁の銃が弾け飛ぶ。刹那、ガシャン、と音を立てて銃は闇の中へ落下した。

 「はっ……。悪あがきはここまでだ」

 カチャリ。装填音とともに、銃口を向ける音がしたと認識した。
 男は、ガネストがいたほうへじっくりと歩み寄る。引き金に指をかけた、まさにその瞬間。

 「どこを向いているんですか?」

 男の背後から、声がした。

 「次元の扉、発動────『蒼銃そうじゅう』!!」

 詠唱と──"二発"の銃弾が、容赦なく向かってくる。
 右肩が撃ち破られた。

 「ぐあッ! な……っ、なん……!?」

 抱えていたルイルを咄嗟に放し、穴の開いた右肩を左手で掴んだ。その隙にもう一発。太腿に撃ちこまれた男は、ぐしゃりと膝を崩し、呻くとともに気絶した。
 ガネストは二丁の銃をくるりと回し、ホルダーに収める。

 へたり、と。腰を抜かしたルイルが、その目に当てられた布越しにガネストを見上げていた。

 「……ガネスト?」

 彼女はすこしも躊躇うことなく、彼の名前を呼んだ。

 「が、がね……ガネスト……っ!」

 ガネストはルイルの傍に近づくと、跪いた。
 ルイルの目元を覆っていた布を丁寧にほどく。

 「はい。……ルイル」

 布の内側から現れたまんまるの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれていく。

 「ガネスト……! るい、う、ルイル……こわ、ったよ……こわかったよ……っ!」
 「……遅れて申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」
 
 ガネストは、そっとルイルを抱き寄せた。赤子のように泣き、ひくりと震える彼女の背中をぽんぽん叩く。彼女も小さな手を伸ばし、彼の服をにぎり返した。



 気絶した男たちを捕縛し、1階の広間にごろりと転がす。せっせと動くロクアンズとガネストの姿を、ルイルはぼんやりと眺めていた。

 「これで全員ですか?」
 「うん。外には1人だけだった。あとは全員中にいて、あなたが片付けたでしょ?」
 「そうでしたか……」
 「……守る力だよ。次元の力は」
 「え?」

 新しく用意した蝋燭の一本一本に、ロクは火を灯しながらそう言った。

 「人類を超越する力だとか、戦争の兵器だとか……そういうのでもなければ、だれかにひけらかすためのものでもない。次元の力は、大切な人を守れる力なんだ」

 ガネストは、ふいにルイルに目をやった。急にガネストと目が合い、ルイルはどきっとして肩をこわばらせた。

 「……そうですね」

 ガネストは柔らかい笑みを浮かべた。いままでにない彼の表情が垣間見えて、ロクはにやっとした。

 「ほんとはそういう顔なんだ~」
 「! い、いえ、べつに」
 「いいと思うよ、あたし! そっちのほうが、鬼みたいな顔よりぜーんぜんっ」
 「お、鬼?」
 「……王女様とかってさ、あたしたちとは身分がぜんぜんちがうじゃん。でもだからこそ、突き放したりしたくないんだ。……一番そばで、味方になってほしい」
 「……」
 「そりゃ難しいかもしんないよ? どうしたって対等じゃないし、周囲の目もあるし。でもそういう、いろんな壁を越えて笑い合えたらさ、だれにも邪魔できない、無敵の関係になれると思わない?」

 ガネストは、しばらくロクの顔を見つめ返したのち、目を伏せた。
 幼いからといって甘やかしてはいけない。正式な任が下されたとき、そう心に決めて、それ以前の自分は捨てた。
 それが、王族であるルイルのためだと思った。
 しかしそうではなかった。思い返してみると、ルイルが部屋に閉じこもってしまったのも、城の中に味方がだれ一人としていなくなってしまったからなのではないかと思える。
 ガネストは長く息を吐いた。

 (僕はルイルの居場所を……自分から無くしてたんだな。ルイルのためと言いながら、ルイルのことを一番見ていなかったのは……僕だ)
 
 ガネストの青い瞳が、蝋燭の火が灯ったように赤く煌めいた。
 ロクはそれ以上なにも言わず、蝋燭台を手に取って拘束された男たちに近寄った。火の明かりによって照らされた男たちの姿を、ロクはまじまじと見つめる。

 「ん~……。ねえ、ガネスト。この人たち、本当に賊なのかな?」
 「え? どうしてで──」

 急に声をかけられ、なんとなく男たちの傍に歩み寄ったガネストだったが、その途端、彼は大きく目を見開いた。

 「……これは……」
 
 ガネストの頬に、冷たい汗が伝った。背筋にひやりとしたものが走る。足元に置いてあった灯篭の一つを持ち上げ、男たちの着ている服を明らかにすると、青い瞳が訝しげに細められた。

 「……ルーゲンブルムの、兵服です」
 「えっ!?」

 ロクは、数日前の船上での話を思い返した。

 コルドが言うことには、アルタナ王国と相反する『ルーゲンブルム』という国が森の先にあり、その国の人間が、アルタナ王国のライラ第一王女を事故に見せかけて殺害したのではないかと推測されている。
 今回ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムの仕業とわかれば──まちがいなく、アルタナ王国は兵を動かし、ルーゲンブルムに攻め入るだろう。

 「待ってガネスト! ちがう!」

 ロクは、1人の男の服を乱暴に引っ張り、自分のほうに向かせた。目を瞑り眉をひそめていた男は、その衝撃によって徐々に意識を取り戻し、目を開けた。

 「……やっぱり! この人、あたしたちを船着き場から城に案内してくれた、騎士の人だ!」
 「っ!?」

 ガネストは驚いて、その男の顔を覗きこんだ。男は、サッと血の気が引いた顔で、わなわなと震えながらロクを凝視した。

 「あっ、ああ……」
 「なんで、アルタナ王国の騎士さんが、敵国の兵服なんか……!」
 「……だれの指示ですか」
 「……な、なんのことでしょう」
 「いったい、だれの指示でこんなことをしたんだと聞いてるんです!!」

 ガネストは男の胸倉を掴み上げ、怒鳴りつけた。男は震えながらなお、顔を背けた。

 「言えないのですか?」
 「……」
 「ルイル王女殿下を目の前にして、真実が申せないというのですか!」
 「……罰してください」

 男は小声でそう呟いた。なにかに怯えるように、俯き、震え、喚いた。

 「いっそ殺してください! 私にはなにも申し上げられません……! ……どうか……どうか、不忠なこの私を、罰してください、ルイル王女殿下!」

 嗚咽が、弱々しく床に叩きつけられる。男はずっと泣いていた。これ以上なにを聞いても、答えなど返ってこないだろうと推測した。
 ロクはとてつもなく困惑していた。
 目の前でなにが起こっているのか、まったく理解が追いつかなかった。
 ルーゲンブルムという敵国の服を、なぜアルタナ王国の人間が身に着けているのか。追い詰められてなお、なぜこの男は事に至る経緯を白状しないのか。

 一人、ガネストだけが、切迫した表情を浮かべていた。

 「……ロクアンズさん」
 「な、なに?」
 「……もしかしたら、僕たちは、とんでもない事態の片鱗を見てしまったかもしれません」
 「え?」

 呆然とロクは立ち尽くした。ガネストも黙りこむ。
 そこへ、遠巻きにしていたルイルが、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 「……あの」
 「どうしたの? ルイル」
 「えっと……その……。ルイルのはなし……きいてくれる?」
 「え? ああ、うん。いいよ」
 「……──しんじて、くれる?」
 「? う、うん。信じるよ、ルイル」
 「……あのね、」

 伏し目がちにぎゅっと手を握り、言い淀むルイルだったが、意を決して言った。
 
 
 「ライラおねえちゃんは、いきてるの」
 
 
 


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