コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.63 )
- 日時: 2020/04/16 14:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第058次元 日に融けて影差すは月Ⅶ
「あら、いらっしゃいカウリア。それにキールアちゃんも。どうぞ上がって」
数日後。カウリアはキールアを連れてふたたびエポール宅を訪れた。そんな2人を快く迎えたエアリスはすぐにお茶の準備を始めようと踵を返す。
「いいよエリ」
「どうして? 気にしないで、カラ。ゆっくりしていって」
「あーいや、じつはこれから仕事があってさ。すぐに戻らなきゃいけないんだよ」
「え? じゃあ……」
「夕時までキールアを預かってほしいんだ。この間みたいに、あんたんとこの子と遊ばせてやってくれないかな?」
「それはいいけれど……大変ね。お腹が大きいのに、仕事だなんて」
「しょうがないよ。うちにとっては仕事が優先。でもあんたがいてよかった。やっとキールアにも遊び相手ができてさ」
「キールア?」
階段から降りてきたらしいロクアンズが、はたと足を止めた。そのすぐ後ろにいたレトヴェールもキールアの姿を視認する。
「あら、ロクアンズ、レトヴェール。キールアちゃんが来てるわよ」
「わーい! キールア、きょうもあそぼ!」
「う、うん」
だだだっ、とものすごい勢いで階段を駆け下りて、ロクアンズはキールアの腕を引いた。
「そうだわカラ。この間はお薬をありがとう。レトヴェールったらすぐに良くなったの。あなたたちのおかげよ」
「大したことしてないよ。患者が元気になったってんならなによりだ」
「レトヴェール、あなたも元気になったのだからお外で遊んでらっしゃい。ロクアンズとキールアちゃんといっしょに」
「おれはいい」
「あら、どうして?」
「きょうみない」
「レトヴェール……」
「おい坊主」
怒気を孕んだ低い声がレトヴェールの耳に刺さった。おそるおそる頭上を仰ぐと、カウリアが物凄い形相でレトヴェールを睨んでいた。
「な、なんだよ」
「うちの可愛いキールアと遊べないってのはどういう了見だい? ええ?」
「おれそいつとしゃべったことねえし。しらないやつといっしょにいんの、やだから」
「……」
"そいつ"──名前を呼ばれずともきっと自分のことを指しているのだろうと感じたキールアは、困ったように眉を下げた。
「はあ~? "そいつ"だあ~? うちの子にはねえ、キールアっていう超可愛い名前があんだよクソガキ。それと……知らないワケねーだろう。何度もここ連れて来てんだから」
「しらねえもんはしらねえ」
「うそつけ。キールアが可愛いもんだから恥ずかしくてしゃべれなかっただけだろうが!」
「ちげえよ! ……っうわ!」
ふわっとレトヴェールの足元が浮いたかと思うと、カウリアが彼の襟元をがっしりと掴んで持ち上げていた。暴れる手足をカウリアはものともしない。
「なにすんだよ!」
「いいからずべこべ言わずに遊んでこい! クソガキ!」
「うわぁっ!」
開け広げた扉の先へ、カウリアは無造作にレトヴェールを放り投げる。ごろごろと芝生の上を転がっていく彼を追いかけるようにロクアンズとキールアも庭へ出た。
「レトー!? わー! まってまってー!」
「はー、スッキリした」
エアリスが「はは……」と苦笑をこぼす。
「あんのクソガキ、大人になってからあたしんとこ来て、『キールアをお嫁にください』ってわめき散らしても、ゼッタイ許してやんない」
「それは手強いわねえ」
「あの坊主にはまだ男としての自覚がないのよ。女の子を守る義務があるってのを、ちゃんと叩きこまないと」
「言ってるには言ってるんだけど」
「じゃあ足りないよ。耳がちぎれるまで言ってやんな。……おっと、そろそろ行くよ。裏庭から出てもいい?」
「あら、どうして?」
「いまはあの坊主のツラを見たくないの」
「あはは……」
カウリアは「そいじゃあね」と一言置いて、エポール宅をあとにした。エアリスは子どもたちにお菓子でも作っておいてあげようと思い立ち、まだ昼時に使った食器が積み重なっている台所に引き返した。
「えっと、カフの蜜漬け、どこに置いたかしら……。あ」
頭上の棚にずらりと並べられた瓶を見て、エアリスの頬が緩んだ。そのひとつを手に取った、まさにその瞬間。
「きゃっ!」
硝子の瓶は指先をかすかに撫で、真っ逆さまに床へと落下した。
──パリンッ! という甲高い音が居間中に鳴り響くとともに、エアリスはきつく目を瞑った。そっと目を開けると、床には潰れたカフの黄色い実と、鮮やかな緑色の蜜とを突き刺すように、硝子の破片が散らばっていた。
「……」
胸の奥がざわりと音を立てる。エアリスはふるふると首を横に振って、床に散乱する硝子の破片を丁寧に拾い集めた。
先日と変わらず、ロクアンズとキールアの2人は、土の山と木の枝と手ごろな大きさの石の準備に取りかかった。土の山を作成する担当のロクアンズが満足そうな顔で両手を払っていたとき、ちょうどキールアも木の枝と石を持って戻ってきた。
「あ、おかえりキールア」
「ただいま」
「よーし。あとはこの枝をこのまえみたいにふとくしよ。できあがったらレトもいっしょに、3人であそぼっ」
「……」
ロクアンズが数本の枝に細い葉を巻きつけようとしたときだった。キールアが気まずそうに目を伏せたので、ロクアンズの意識はすっかりキールアに向いた。
「ねえ、キールアってレトのこと、しってるんだよね?」
「うん。しってる……」
「でもさっきレト、キールアのことしらないってゆってた。もしかして、おしゃべりしたことないの?」
「……」
キールアは、こくんと頷いた。
「ええっ! レトがこわいとか?」
「こわい、っていうか……その……なにを、おはなししたらいいか……わからないの。レトヴェールくん、いつもほんよんでるから……」
「あたしがいおっか? キールアとちゃんとあそんでって」
「い、いいのっ。いわないで。わたしがどんくさいの、しってるの……。まえにね、レトヴェールくんのまえでこけたときに、レトヴェールくん、『どんくさい』って……」
「なにそれ! レトだってどんくさいのにっ」
「わるかったなどんくさくて」
玄関横の花壇に腰をかけていたレトヴェールが、ロクアンズの大きな声に反応した。その冷ややかな目はロクアンズにではなく、膝元に広げた大きな本の紙面に注がれている。
「レト! レトもこっちきて、いっしょにあそぼうよ」
「おれはいい。ここでおまえたちみはってるから」
「……ふーん。でもほんとは、どんくさいのをキールアにみられるのがいやなんでしょ」
「は? ちげえよっ」
「じゃあこっちきて、ぼうたおしいっしょにやってよ。どんくさくないならできるよね?」
「……ああわかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
半分ほどヤケになって本を閉じ、レトヴェールは小石の前に立った。そして一呼吸置き、いかにも投げやりな勢いで足を蹴り上げた。
案の定、レトヴェールが蹴った石はまったく見当違いの方向へ跳んでいった。
「もう~! レト、どんくさいっ!」
「うるせえ!」
ぶつぶつと文句を吐きながらも、ロクアンズがレトヴェールの蹴った石を取りに行く。
その場にはレトヴェールのキールアの2人だけが残った。
「……」
「……」
「……だ、だいじょうぶ、だよ」
「なにが?」
「……わ、わたしも……へただから……」
「だから?」
「……ご、ごめん」
「……」
明らかに尻すぼみになっていく声に、レトヴェールはどことなく居心地の悪さを感じた。難しい顔をしながら、がしがしと髪を掻く。
「ああもう、なんだよ」
「……」
「そういうかおはすんな。おれがなかしたってなったら、あとでかあさんにすげえおこられんだよ」
「……う、うん。ごめん……。なか……っなかなぃ……」
「っ!?」
キールアの目尻に、じわりと涙が浮かぶ。レトヴェールは真っ青になって、慌てて自分の服の袖を彼女の目元まで持っていき、乱暴に拭った。
「な、なくなっていっただろ、いま! ばか、ほら、ふけ」
「ぅん……」
「べつにおれ、おこってるわけじゃ」
「え?」
「……。だから、いいたかったのはもっとちがくて……」
「ああー! レトがキールアなかせてるーっ!」
「!?」
足音を騒がしくさせながらロクアンズが戻ってくる。彼女は、ぴんと伸ばした指先を振り回し、レトヴェールに注意を浴びせた。
「だめだよレト、おんなのこなかせちゃ! おばさんにいわれてるんでしょ」
「な……。なんでしってんだよそんなこと」
「へへーんだ! あたしはレトのいもうとだから、レトがいけないことしたら、ちゃあんとゆうのっ」
「よけいなことすんな」
「よけいじゃないもんっ」
「あ……あの、けんかは……」
と、そのとき。
「──キャアアア!!」
金切り声。そして悲鳴。そして足音。
村の中心から走ってきたらしい男、女、子ども、老人──複数にもなる村人たちが次々とロクアンズたち3人の視界の先に現れては、緩やかに足を止めていく。みな息を切らしていて、来た道を怪訝そうに振り返っている。
いつもとはなにか、様子が異なっている。
ただ傍観していただけの3人だったが、ついにロクアンズが動いた。
「おいっ、ばか! どこいくんだよ!」
レトヴェールの声に耳も傾けず、ロクアンズは村の人々が集まっている場所へ駆け寄った。
「……あの! なにか、あったんですかっ」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.64 )
- 日時: 2020/04/16 14:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第059次元 日に融けて影差すは月Ⅷ
「え? ……って」
突然輪の中に割って入ってきたロクアンズに、つい生返事を返した農夫らしい男は、ぴくりと眉を引きつらせた。
「ねえ、この子……エポールさんとこの……」
「あ、ああ。身寄りがないっていう」
ロクアンズという異端の子どもを訝しむのは決して村の子どもたちだけではない。その親たちもまた珍しいものを見る目で彼女を見下ろすのだ。
キッ、と片方の瞳を鋭くさせてロクアンズは負けじと言った。
「ねえっ! なにがあったのってばっ!」
「怪物じゃよ」
「……え?」
「恐ろしい、神の使いがこの村にも来た」
「かみの……つかい?」
農夫の背後から、老いて腰の曲がった男が出てくる。彼は深くを知らないロクアンズの問いに静かに答えた。
「その名も"元魔"。生命を襲い、喰らう、恐ろしい化け物じゃ」
「それがきたら、どうなるの?」
「最悪、命を落としかねん」
「……」
「とにかく、もし近くに元魔が現れたらその場所から離れたほうがいいってことだ。次元師様が来るまでは安心できねえ」
「じげんしさま?」
「おい! なにやってんだおまえっ」
ロクアンズのあとを追って走ってきたレトヴェールが、息も切れ切れにそう叫んだ。すこし遅れて、キールアも彼の後ろで立ち止まる。
「あ、レト。あのね……」
「あのっ! どなたか、どなたかうちの子を見かけませんでしたか!?」
この場所からも離れようと動きだした人々の背中を捕まえて、1人の女性がそう投げかける。顔は真っ青で、髪が乱れているのにも気づかず一心不乱に自分の子どもを探している。
「そんな……」
女性の様子が気になったロクアンズは、ととっと彼女のもとへ駆け寄った。
「ねえねえ、だれさがしてるの?」
「! うちの子よ。テマク、見たことあるでしょう? 前にあなたたちと遊んであげたって……」
そこまで言って、女性はハッと口を噤んだ。レトヴェールはそのテマクという名前に聞き覚えがあった。村のこどもたちがよく口にしている名前だ。子どもたちの間では人気者で、いつもリーダー役を買って出ている、周りよりもすこし大きな身体をしている少年。
以前、レトヴェールとロクアンズの前に現れ、「エポールは呪われてる」などと宣っていた彼にちがいないと、レトヴェールは思った。
「てまく……?」
「まえに、おれたちんとこに来たやつだ。あのでかい体のやつ」
「あ……」
「お、おねがい。あなたたち、テマクがどこにいるか知らない? 知ってたら、いじわるしないで教えてほしいの。テマクもきっと悪いと思ってるわ。あなたたちに、その、つい悪いことを言ってしまったって」
『かあちゃんが『かかわんな』って言ってたぞ』
『えぽーるはのろわれてんだ。かみさまにきらわれてんだってな!』
レトヴェールは、テマクに言われたことを一言一句たがえることなく覚えていた。「エポールと関わるな」「エポールは神様に嫌われている」などと彼に教え諭したのはこの女性だったのかと、レトヴェールは一際冷めた目で彼女を見上げた。
しかし、
「わかった! ねえレト、あたしさがしてくる!」
「……は?」
やけに決意を固めた目をして、ロクアンズはレトヴェールのほうを振り返った。
「おまえなにいってんだよ。あいつは、おれたちのこと」
「だって、ひとりぼっちでないてるかもしんないんだよ? それにさっき、なんか"げんま"っていうへんなのがいるっていってたし……。だから、はやくさがしたげなきゃっ」
「……げんま、って……お、おまえ」
「おばさんだったら、……おばさんだったら、ぜったい、ほっとかないっ!」
ロクアンズは村の中心部に向かって駆けだした。そこには"恐ろしい神の使い"がいるとまで聞かされたはずだったが、それももう彼女の中では遠い記憶と化していた。
出会った当初からおかしい奴だとは思っていたが、ここまでバカだとは。レトヴェールは困惑した。追いかけるべきか、否か、自宅に戻るか──
それとも、
「あんの……ばかっ!」
連れ戻そう。あとで「バカだ」といくらでも罵ってやる。困るのは、ロクアンズから目を離したと怒られる自分であり、母を心配させたと後悔するロクアンズ自身だ。
ロクアンズもレトヴェールも遠ざかっていって、1人、その場に立ったままのキールアが、だれにも聞こえないであろう小さな声で2人の背中に声をかけた。
「ゃ……あ、い、いかないで……ふたりともっ」
とうとうキールアまでもがレトヴェールの背中を追っていってしまった。幼い子どもたちが村の中心部へ向かっていくのを目の当たりにして、大人たちはどよめいた。
「お、おい、君たち!」
「連れ戻します?」
「でも……」
3人の子どもたちと入れ違うように、ほかの村人たちが早足気味に駆けこんでくる。中心部から逃げてきたのがわかって、元いた大人たちは後ずさりした。
「と……とにかく逃げよう!」
「ええ? あの子たちは?」
「すぐこわくなって引き返すだろう」
だれも3人を追うことはなく、まったく逆の方向に踵を返す。テマクの母親だけがその場に立ち止まっていた。
「はあ、はあ……っ、テマクー! テマク! きこえたら、へんじして、テマク!」
ありったけの大きさで、ロクアンズは叫ぶ。もはやだれもいない村の中を行ったり来たりする。茂みの中を掻き分けたり、家や店の扉を開け広げたりして、手あたり次第にテマクを探していく。
「おいっ!」
「! レト……きてくれたんだ! ねえレトもいっしょにさがして! このへんにはいないみたいだから、もっとあっちの、おくのほうだとおも……」
「あのなあ!」
「っ、え、な、なに?」
レトヴェールは眉をしかめて、叱りつけるようにロクアンズに言った。びっくりして彼女はらしくもなく口ごもった。
「……れ、レト?」
「はやくさがしだすぞ、テマクってやつ。ここにずっといたらあぶねえんだろ。あのな、みつけたらすぐもどるんだからな。だから」
「……! いっしょにさがしてくれるんだっ、ありがとう、レト!」
「……っ。そ、んなことより、」
「たすけてくれ!」
背中に幼い声がかかった。テマクにちがいないと確信した2人は振り返って、目にした。
漆黒の巨体。
──ドシン。
足の裏が震動を感じ取る。
「た……たすけて、たすけて、くれっ! たすけてぇっ!」
視界が翳り、大きなものが頭の上に被さると、
小さく、ぁ、と呻き声がもれる。
「ぐ、グル、ル、ルル……ッ!!」
血の滴るような赤の眼球。黒い甲殻に覆われた皮膚。剥き出しの鋭い牙、爪がゆらり、と動きだした。
こちらに近づいてくる。
ロクアンズ、レトヴェール、そして遅れてやってきたキールアを含めた3人は──巨悪な化け物を前に、息ひとつできなかった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.65 )
- 日時: 2020/04/16 15:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第060次元 日に融けて影差すは月Ⅸ
レイチェル村に元魔が出現するのは、じつに数年ぶりのことであった。出現する場所も時期も不特定で、まるで自然災害のように"奴ら"は突然やってくる。
10にも満たない幼い子どもたちは耳にたこができるほど聞かされるその実態を想像でしか描いたことがなかった。炭を溶かした黒い液体に、小くて赤い果実の汁をたらしてできあがる"かいぶつ"は、想像よりもずっと大きくて、生きている。呻く。四肢を動かして確実に。迫ってきている。
いまにもその大きな手の中で潰れてしまいそうなテマクが、ぱんぱんに膨れた顔を涙と鼻水とで濡らしていた。ぐちゃぐちゃになった声で泣き叫ぶ。
「おねっ、おねが、い、たすけて、たすけ」
ロクアンズはすぐさま、老人の顔を思い出した。
「げんま……」
『怪物』『恐ろしい神の使い』『生命を襲い、喰らう』──ロクアンズは混乱していた。そして妙に胸が痛かった。どん、どん、と鈍い力で心臓が脈打っている。胸元をぐっと抑えこんで、必死に呼吸だけをしていた。
気持ち悪そうに身体を丸めるロクアンズに、レトヴェールはがなり声を浴びせた。
「おい、おいばか! はやくにげるぞ! はやくしねえと、おれもおまえも死んじまう!」
「……」
「おいって!」
「……ぃ」
震える身体を抱きかかえるのに精いっぱいだった。胃の中からなにかが上がってきて、口を塞ぐ。幼い身体が限界を訴える。動けなくなる。しかし、鼓膜は正常に働いている。
ロクアンズの耳には聞こえていた。「たすけて」の声が。
「い、やだ」
「……は……? ばかか! おまえいいかげんにしろよ! 死ぬっていってんだろっ!」
「じゃあテマクは!? しなないのっ!?」
「! そ……」
「そんなのだめ。おかあさんが、かなしんじゃうよ。むらのみんなだって」
「じゃあどうすんだよ! あんなのとたたかうなんてむりだ」
「たすけるの! あのかいぶつのてからはなして、はしってにげる!」
「できるわけないだろそんなの!」
「できなくない!」
「おまえなあっ!」
近頃は穏やかであった2人の会話がまた険悪なものに逆戻りする。鋭く言い咎められるロクアンズだったが、なにをどう言われても彼女の頭の中に、逃げるという選択肢が生まれることはなかった。
「じゃあいいよ、レトはにげても! あたしいく!」
「お、おい! まて、ロクアンズっ!」
がむしゃらに地面を蹴って、進む。前へ前へと、どんどん胸が前のめりになる。あと数秒ののち、ロクアンズが元魔の足元まで辿り着くといったところで、テマクが元魔の手の中で暴れだした。
「はなっ、はなせよ! この!」
元魔はぴたと歩みを止め、煮詰めたような濃い赤の眼でテマクを見下ろした。テマクが「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。すると、元魔は大木の幹ほどはある豪腕を高々と陽に翳した。
「やだあああッ!」
ロクアンズはびっくりして急停止した。すぐに足元を見渡し、彼女はある物を見つける。手に取ることはしない。ただ、遊ぶよりも強い力でそれを蹴りあげた。
打ち上げられた小石は緩やかな弧を描き、元魔の皮膚を掻いた。
「ウ"」
元魔は緩慢な動きで首を回す。真っ赤な双眸に睨まれ、ロクアンズはぞっとした。テマクからロクアンズへと標的を変えた元魔は、巨大な胴体に不釣り合いな細い脚をぶらりと泳がせ、ロクアンズの頭上に足を翳した。
細い脚首からぶらさがったその足もまた巨大で、落ちた影がロクアンズを飲みこむ。
「ロクアンズ!」
レトヴェールの叫び声を掻き消すように投下された、爆音。それは砲玉の類などではなく巨大な足が地を穿ち、齎したものだった。土煙が大仰に舞いあがり、辺り一帯を強い風が吹き抜ける。
土埃の中から転がるようにして脱出したロクアンズの姿。が、見えた、そのとき。レトヴェールの安堵を待たずにある人影が叢から飛び出してきた。
「ロクアンズちゃん……っ!」
レトヴェールはぎょっとして目を丸くした。二つに結んだ小麦色の髪で、その人物がキールアだと判ってしまう。なぜここにいるのか、なぜだかついてきた彼女に憤りや呆れを感じたのもたった一瞬のことで、レトヴェールは元魔とキールアとを交互に見やった。
「ばか! なんできたんだよ! はやくはなれろッ!」
「……! レトヴェールくん……で、でも……っ」
のっそり。胴体を回転させる速度はもの凄くのろまだった。標的の変遷が行われていくのがはっきりと見えたレトヴェールは、まったく気づかないキールアの頭上に影が落ちる直前に、走りだした。
「くそ、キールアっ!」
枝のように細いキールアの身体を抱きこんでレトヴェールは頭から地面に突っこんだ。巻き起こる土煙と突風とに背中を後押しされて、まるでだるまのようにごろごろと転がっていく。すると平坦な道から急に、がくんと重力が傾いた。斜面に流れ落ちたのだ。崖というほどではなく、芝生に覆われた緩やかな斜面を下った2人の身体は、また平坦な面に行き着いてやっと静止した。なにが起こったかわからなかったキールアは、視界を取り戻すと同時に、たくさん転がったはずの身体がまったく痛みを感じていないことに気がついた。
「れ、トヴェールくん……」
「げほっ、ごほ」
口の中に侵入してきた砂が気持ち悪くて、レトヴェールは痛いくらいの咳をする。まだ口内に砂が張りついたままだったが、なによりも先に彼はキールアを背中に隠す仕草をした。彼の片手が肩に触れて、キールアは不覚にもどきりとする。
「おれのうしろからぜったいでるな。げんまもみうしなったみたいだ。いいか、ぜったいだぞ、キールア」
「う……うん」
小高い丘にはまだロクアンズとテマクが残っている。元魔にしかと認識されている2人が心配でならなかった。レトヴェールは草萌える斜面をよじ登り、亀のように首を伸ばした。元魔の手中に捕らえられているテマクと、それを口惜しそうに仰ぐロクアンズの姿がかろうじて見えるところで留まり、息を潜めた。
(はやく、はやくなんとかしねえと、ほんとに……なのに)
はやくなにかしないと。この危険な状況から脱しないと。レトヴェールの脳裏には、そんな無益な葛藤ばかりが繰り広げられていた。考えようとしたところでそもそもどうすればいいのかがわからない。方法がわからない。語学の書物にも、虫の図鑑にも、ただの人間が元魔を打ち倒す方法など署されていない。
だからレトヴェールはただ焦るだけ焦った。このときの彼には焦るくらいしかできなかったのだ。
元魔の手の中では、テマクが「うっ、う」と嗚咽をもらしてじっとしている。恐怖と不安に苛まれ続けた彼は、もうこれ以上駄々をこねても助からないと憔悴しきっていた。
しかし。
「テマクをはなして! ねーえっ、はなしてってば!」
諦めの悪い少女がひとり、元魔の足の皮膚を一心不乱に蹴りつけていた。黒くて巨大な塊を臆することもなく、どんなに足が疲れても彼女は反抗を止めなかった。
蹴るたびに足の力は弱まっていった。綿の花びらで鉄の扉を押すように、手応えがなくなってくる。それでも。それでも。望みのすべてを幼い足先に託した。
元魔は、ぐぐ、とぎこちない動きで喉を開けた。口の端からはしたなく唾液がこぼれ落ちる。次の瞬間。どす黒い喉の奥に熱が篭もり、決して人間のものではない阿鼻叫喚が空気を焼き切って放たれた。
「うあっ!」
甲高い咆哮が少年少女たちの鼓膜を鋭く劈いた。突風に見舞われた地表からは土草が剥がれて舞い、また、元魔の足元に張りついていたロクアンズもいとも簡単に宙へと放り出された。地面の上を跳ねるようにしてどこまでも遠ざかっていく彼女を、立派に葉を広げた樹木の幹が受け止める。
腕、脚、肩、背中──。激痛は一秒ごとに拡がっていく。耐えるにはあまりにも器が小さすぎた。
すぐにでも瞼は閉じてしまいそうで、意識はどこかへ行ってしまいそうだ。けれどもロクアンズはそれらをまだ捕まえていたかった。まだ目を閉じたくなかった。
まだ、
(だれも、たすけてないのに)
体内に、熱線のようなものが迸った。
「──ッ!」
痺れるような刺激にあてられ目が覚める。ぼやけていた視界が途端に澄みきった。
深い闇色の皮膚。
見る者すべてを恐怖させる巨なる全長。
その手の中にまだ、いる。
ロクアンズは迷わず駆けだした。
(! あいつ、また……!)
怪物の咆哮が止み、ようやく耳から手を離したレトヴェールは、まっすぐ元魔に向かっていくロクアンズを見て驚愕した。
彼女はもはやなにかに憑りつかれているようだった。腕が満足に振るえなくても、脚がもつれていても、肩が壊れそうでも、背中がどんなに「後ろを向け」と叫んでも、なにかに身体を突き動かされていた。
「て、てま……、を」
──腕を振るえとなにかがいう。
「テマクを、はなしてっ!」
──脚を動かせとなにかに刺激される。
そのとき。元魔が腕をたたみだした。単純に肘を曲げようというのではない。縦横に惜しみなく口を広げて上を向いたのだ。
そこへ巨大な手が迫る。手の先に握られているテマクはだらりと頭を垂れ、無抵抗のまま、ゆっくりと、運ばれて──
「テマク!!」
──肩に力を入れろ。背中に流れたなにかにそう諭される。
全身に、
電熱を奔らせろと
「やめて──ッ!!」
────《扉を開けろ》と、雷の皇帝が、鍵を投げた。
瞬間。少女の指先から弾けるようにして飛びだした"雷"が──大気を切り裂き、怒号を響かせながら元魔の巨体に喰らいついた。
電気の塊は広大な腹部を一撃で貫いた。高々と聳え立つその全長が、いまにも上下で真っ二つに別離しそうになる。元魔はこのとき初めて完全に静止した。
「──……え……?」
ロクアンズの指の先に、バチッ、と電気の糸が絡まった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.66 )
- 日時: 2020/04/16 14:53
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第061次元 日に融けて影差すは月Ⅹ
ロクアンズの指先から糸状の光のようなものが漏れた。それはとても微弱な、電気だった。彼女は幽霊でも見るかのように指先を見つめ、それからゆっくりと前を向いた。
「ヴ…………グ、ゥ…………」
鳴き声ともつかない奇怪な音声をもらす怪物の胴部には、まるで臓器のすべてを搔き出されたかと疑うほどの大きな風穴が空いていた。周辺の森や家宅が玩具のようにも錯覚させるその巨体に大穴を空けたのはほかでもない、
たった1人の幼い少女だ。
「……」
ロクアンズはかつてないほど混乱していた。指先からなにかが出た。足の爪先から頭の天辺にかけて一気に駆け抜けた電撃。骨身が発熱し、肌が粟立ち──瞬間、"雷鳴"が轟いていた。
聳え立つ元魔が、一切の動きも示さずにいる。見開かれた赤い双眸から目を逸らせずにいたロクアンズは「ぁ」と、目を見開いた。
かろうじて上半身を留めていた黒い脇腹が、穴の拡がりに耐えきれずぷつんと弾け飛んだ。バランスを崩した元魔は覚束ない足取りで地面をゆらり、ゆらりと震わせ、ついに上半身を前方へ傾かせた。真黒いそれが大地を打ったそのとき、生まれた余波がロクアンズやレトヴェールたちに襲いかかった。
上半身と下半身とは完全に切り離されている。死んだ2本の脚の断面から、火の粉のようなものがぱらぱらと立ち上った。それは砂粒にも近い。黒い皮膚はすこしずつ空へ還っていく。
残る、上半身。
右の巨腕が跳ねあがった。
「──っ!」
(だめ……ころされる!)
「もういっかい電気をだせ、ロク!」
カン、と頭に響くレトヴェールの声。ロクアンズは左目を大きくして、茂みから飛び出してきた彼を見た。
「赤いのをねらえ! 目じゃなくて、目の上の、赤いやつをこわせ!!」
血液、そして血液とともに体内中に蔓延している"べつの粒子"が一斉に沸き立つ。レトヴェールの言っていることを頭が理解するよりも迅速に、身体に電気が溜まっていく。
この力があれば倒せる。
漆黒の巨腕がロクアンズに影を落とすのと、彼女の脳裏に未知の詠唱が掠めたのは同時だった。
「──"三元解錠"!」
壊せ、壊せ。
当たれ、倒せ、倒せ、
扉を
(──開け!)
「"雷撃"ィ──ッ!!」
独特の重低音が辺り一帯に鳴り響き、空を搔っ切る。ロクアンズの手のひらから飛び出した雷の塊は芝生の舞う中を一直線に猛進し、──元魔の額を打ち上げた。その拍子に、赤い両目の上にはめこまれていた宝石のようなものが砕け散った。
元魔の上体は緩やかに反り返る。脚と同様、指先や身体の断面から粒と化して散っていく。元魔の腕も紐解くようになくなっていくと、その手の中に捕まっていたテマクがするりと抜け落ちて、さほど高くない位置から地面の上に落ちた。
空の彼方へ舞いあがる黒い粒を見送りながら、ロクアンズ、そしてレトヴェールの2人は肩で大きく息をしていた。巨大な怪物が視界の中から消えてもまだ、心臓はばくばくと高鳴ったままだった。
「…………。て……テマ…………」
ふと。緊張の糸が切れたようにロクアンズがその場で倒れこんだ。レトヴェールはあわてて彼女のもとへ駆け寄り、キールアも彼に続いた。
「ロクアンズ! おい、おきろ! どうしたんだよ!」
「ど、どうしよう、ロクアンズちゃん……!」
「……」
「おいガキども! そこでなにやってんだ!」
どこからともなく怒声が飛んできて、レトヴェールとキールアはびくりと肩を震わせた。2人のもとに人影が駆け寄ってくる。銀にすこし青が混じったような髪色をした、男だった。男は濃い灰色の上着を羽織っていて、それにはところどころ赤を薄めたような曖昧な色のラインが着色されている。レトヴェールは物珍しげに彼の服装を見つめた。
「大人たちに言われなかったのか、このへんにでけえ怪物が出て、危ねえから離れろって! へたしたら死んじまうんだ。わかってんのか!? いいからはや……」
男は緊迫した面持ちで周囲に視線を巡らせた。しかし、のどかな風の流れる田園風景をゆったりと眺めるだけに終わった。空を渡る雲といっしょになって、時間の流れさえも遅く感じさせる独特な雰囲気に彼は呑まれそうになった。
「……い、ねえ。どういうことだ……?」
不思議そうに辺りを見渡す男は、はっとなって、おもむろに駆けだした。芝生の上に降りかかっている黒い粒を認めた彼は、息を飲む。
(元魔の残骸だと? じゃあ……)
レトヴェールとキールアのもとに戻ってきた男の顔は相変わらず強張っていた。2人はびくびくしながら男を仰ぎ見る。鈍い銀の髪をした男は、がしがしと頭を掻きながら「いくぞ」と呟いた。
「いくって……どこに」
「あーほ。おまえたちのおふくろや親父さんのいるところだよ。……この嬢ちゃんは、まだ息があるな。目立つような傷もほとんどねえ、か。よし」
倒れるロクアンズの前でしゃがみこんだ男にレトヴェールが言った。
「もうひとり」
「あ?」
「もうひとりいる。あっちに」
レトヴェールが指差す方へ男が顔を向けると、そこに幼い子どもが1人倒れ伏せているのが見えた。男はさらに大きなため息をこぼし、たたんだ膝を伸ばしてテマクのもとへ歩み寄った。
「! 戻ってきた! 戻ってきたぞ!」
「次元師様!」
「やった!」
レイチェル村の住人たちが身を寄せ合う場所に、ロクアンズとテマクとを脇に抱えた男が現れる。彼の姿を見つけるなり、村の年長者たちの表情が安堵と喜びに満ちた。
「テマク……テマク!」
「気を失っているだけみたいです。ケガをしてなかったのは幸いです」
「よかった、ああ、よかった」
テマクの母親と思われる女性が、息子の身体を強く抱きしめ、足元を崩した。彼女はそこが地面の上であることも忘れてわんわんと声をあげて泣いた。そこへ、
「レトヴェール、ロクアンズ!」
群衆を掻き分けて男の前に現れたエアリスが、よろめく足を止めた。乱れて束からはずれた髪を耳にかけ、彼女は、レトヴェールとロクアンズを交互に見つめた。ロクアンズの顔がぐったりしていることにはすぐに気がついた。男は、ロクアンズの身柄をエアリスの腕の中に渡した。
「ろ、ロクアンズ……。あの、なにが、なにがあったんですか? この子は大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。この子もさっきの子とおなじで、気を失っているだけみたいですから」
「気を失って……」
ふとエアリスはレトヴェールにも視線をやった。頬や腕、足などの至るところに土が貼りついている。肘などの関節部には擦り傷も見えた。
レトヴェールの顔に細い指先を伸ばす。頬についた土を丁寧に拭うと、エアリスは、レトヴェールとロクアンズの2人を抱き寄せた。左腕ではロクアンズを、右腕ではレトヴェールを優しく包む。
「よかった。よかった、本当に。……無事で、よかったぁ……っ」
金髪の男の子と、緑色の髪をした女の子が怪物のいるほうへ向かっていったと話を聞いたときエアリスは「悪い予感が当たってしまった」と、頭の中が真っ白になった。カウリアには申し訳なくて口にできないが、キールアも2人の後を追いかけたと知っておきながらエアリスはなによりも2人のことが心配でならなかった。しかしきっとカウリアも心境はおなじだっただろう。
「よかった」「よかった」と泣いてやまないエアリスの腕の中はなんだってこんなにも安心できるのだろう。目尻に小さく涙を浮かべたレトヴェールはそんなことを思いながら、ちらっとロクアンズの寝顔を見やった。
「……」
(じげんし──)
ロクアンズが出した雷。いや電気だったか。はたまたべつの魔法か。彼女が戦場で見せたあの異質の力が、"じげんのちから"と呼ばれるものであることを知識として蓄えているレトヴェールは困惑を隠せなかった。エアリスの服をぎゅっと彼が握り返した、そのとき。
「おい、坊主」
頭の上から、眉を顰めたカウリアが、そう鋭い声を降らした。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.67 )
- 日時: 2020/06/01 09:32
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第062次元 日に融けて影差すは月ⅩⅠ
声につられてレトヴェールが顔をあげる。すると小麦色の髪を一つに結いあげたカウリアが紫色の目に角を立てていた。彼の肩がびくっと震えたので、エアリスは首だけで振り返る。その拍子にレトヴェールが腕から離れた。
「あんた……よくもうちのキールアを危険をさらしてくれたね! ええ!? この子に傷でもつけた日にゃどうなるかわかってんだろう!」
「カラ、お願い落ち着いて。私が代わりに謝るわ」
「エリは黙ってて。いい? この子が元魔がいるようなとこに行くわけないだろう。なんで連れ出した。ほら、言ってみな!」
「ち、ちがうの……おかあさんっ」
レトヴェールの背中のあたりにいたキールアが、彼を庇うようにととっとカウリアの前に出てくる。カウリアは眉をひそめて、自分の娘に問い質した。
「なにがちがうんだい」
「レトヴェールくんね……ま、まもってくれたの。わたしがついてっちゃったのに……レトヴェールくん、ケガ、しちゃって。だからレトヴェールくんをおこらないで。おねがい」
「ま……守ったあ?」
カウリアは片眉を下げながら、まじまじとレトヴェールの身体を観察した。ところどころ、肌が擦り傷によって黒ずんでいる。対してキールアは傷ひとつ負っていないようだった。
ついかっとなって叱りつけた手前、なんとなく謝りづらいカウリアは「あー」とまず口元を濁した。が、すぐにレトヴェールに向き直り、真剣な声で言った。
「そうかい。怒鳴りつけて悪かったね、坊主。キールアのこと、守ってくれてありがとうな」
「……べつに。まもったとかそんなんじゃ」
レトヴェールは斜めに視線を下げて、小さな声で言った。
「そういうときゃ素直に『はいそうです』って言うんだよ!」
「いでっ!」
ぐわっと頭を鷲掴みにされ、レトヴェールは無理やりカウリアのほうを向かせられる。それから、くしゃっと軽く頭を撫でられる。
「ちょっとは認めてやってもいいかな。でも、もっといい男になんだよ」
カウリアは表情を柔らかくして、笑った。エアリスが彼女のことを「美人」と言う理由が、レトヴェールにもわかったような気がした。
濃灰のコートのポケットに手を突っこんだまま、灰青色の髪をした男はじっくりと3人の子どもたちを見比べていた。金髪の少年、小麦色の髪を二つ結びにした少女、──そしていまもまだ、気を失っている若草色の髪の少女。
元魔出現の報せを聞いてエントリアの本部から飛び出してきたのが数十分前になる。対象は大型で、しかも角、四肢、翼、体格とどれをとっても上級に分類される出来のものだった。元魔は神族によって生み出されていると聞くが、その個体差は激しい。形の整った個体のほうが肉体のバランスがいいため動きも良く、討伐は困難だ。しかしやたらと頭部だけが出っ張っていたり腕と脚の本数が噛み合っていないなどの"粗悪品"はその限りではない。
だからこそ不可解なのだ。一体、どうしたらただの子どもたちに元魔を屠ることが可能になるのか。
(……いや、ただの、じゃねえのか)
男が注意深く観察していたのはロクアンズだった。次元師に年齢は関係ないのだが、体内にある元力を一気に消費してしまうと気絶もしくは身体が思うように動かないなどの副作用が生じてくる。それは未熟な身体であればなおのことだ。テマクはいましがた意識を取り戻し、母親に連れられて帰路についたため、注目すべきはロクアンズただ1人となった。彼女はいまもなお夢の中だ。
男は濃灰のコートを翻す。
(また来りゃあいいか。どの道、"同志"だっつんなら嫌でも顔を突き合わすことになるだろ)
薄い鈍色の髪をした男は、レイチェル村から颯爽と姿を消した。
目を覚ましたとき、彼女は真っ先に手が痺れていないかどうかを意識した。寝台に横たわりながら彼女は無理のない程度に首を回して、シーツの中から手を出した。握ったり開いたりする。どこにも異常は見当たらなかった。
ロクアンズは丸一日という時間をかけてようやく意識を取り戻した。いま、陽の高さは一日の間でもっとも高い。にもかかわらず部屋の中はひんやりと冷たい空気に包まれていた。
木製の扉が、ギィ、と音を立てて内側に開く。廊下から顔を覗かせたのはエアリスだった。彼女は、上体を起こしているロクアンズを見て驚いた。
「……! ロクアンズ、目を覚ましたのね。よかった。すこし待ってて、いまカウリアを呼んでくるわ」
エアリスが扉の表側から奥に姿を消すと、開けっ放しの戸口からレトヴェールが入ってきた。彼は両手で木の丸板を持っていた。
「かあさんに持てっていわれて、きた」
聞かれてもいないのにそう答えて、レトヴェールは寝台のすぐそばにある台の上まで木の板を運んだ。板の上には、乳白色の薬湯と、匙とが並べて置かれている。
「ぐーすかねてっからいっしょう起きねえとおもった」
「……」
「……うそだよ。げんきねえな」
「ねえ、レト、みた? あたしのてから、なんか、ばああってでんきがでたの……」
「……」
「あれなんだったのかな? レト、なんでレトは、あのかいぶつの……おでこのあかいのにあてたら、やっつけられるってわかったの?」
「いっぺんにきくなよ。おれがわかんなくなる」
「あ……ごめん……」
「本でよんだ」
レトヴェールは匙でくるくると薬湯を混ぜながら答えた。
「本……?」
「とうさんのへやにあった本。げんまには、"かく"っていうしんぞうがあって、それをこわせばげんまはしぬんだ。でもそれはすげえがんじょうだから、じげんしにしかこわせない」
「え、……じげんし、って、なに?」
「……」
「ああ、ほんとに起きたんだねー、ロクアンズ。よかったよかったよ」
溌溂な声を撒きながらカウリアがロクアンズの部屋に入ってくる。ちょうどロクアンズの様子を見に玄関口までやってきたところをエアリスが捕まえたらしい。
カウリアは肩にかけていた布製のバッグをどすんと床に下ろして、ロクアンズの顔色やら傷やらを丹念に診た。
「肌の色よし。傷よし。じゃ……」
カウリアは静かに目を閉じて、言った。
「次元の扉、発動。──『"癒楽"』」
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