コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.86 )
- 日時: 2020/03/26 21:59
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第077次元 眠れる至才への最高解Ⅱ
重ねられた資料をずらし、ロクアンズはその紙面に描かれた人物画を2人ずつ、それぞれ見比べてみる。たしかに目鼻立ちや骨格など、似通った部分は多いようだ。縁者と教えられれば疑う余地はない。
「ストンハックは父、ドネルのほうは叔父だそうだ」
「へえー……」
「ただの偶然にしては、できすぎているような……」
フィラは困惑したように言った。研究部班が開発したものと思われる通信具を使用していたデーボンとオッカーが、元研究部班の次元師たちと血縁者だったという事実は、そう易々とは受け入れられない。
「ということは、デーボンたちに渡っていた通信具に、そのファウンダ・ストンハックとカイン・ドネルの"元力石"が使われていたっていうことですか?」
「おそらくね」
通信具の動力源となっている"元力石"というのは、研究部班が開発した、いわば元力の塊だ。次元師の血液から採取した小さな元力粒子の物体化、と表現するのが正しいかもしれない。次元師本人の意思に呼応するという元力の特性を生かし、その呼応能力を通信手段に利用できないかと現研究部班の班長が開発を重ねた結果、通信具という画期的な道具が誕生した。
「でも班長、実験っていうのはどういう意味? デーボンたちに通信具を渡すことが、なにかの実験だったの?」
ロクは資料から目を離し、目の前にいるセブンになにげなくそう問いかけた。彼は「ふむ」と小さく唸り、また両手の指を組んだ。
「ここから先はあくまで私の推測だ。話半分で聴いてくれて構わない」
「え? う、うん」
突然語調が鋭くなり、ロクは思わず気圧された。机の上に並べられた4枚の資料に視線を落としながら、セブンは次のように述べた。
「本来は次元師ではないデーボンとオッカーは、しかし次元師と血縁者である。その次元師たちの血液中に含まれていた元力をおなじように扱えるかどうか……それを今回、通信具を使用させることによって試していたのではないかと思っている」
「? なんのために?」
「──次元師の増加。それが、俺と班長の見解だ」
コルドが言い放ったそれは、まるで夢のような話だ。世界でたった100人しか存在しない次元師がその枠を超える。ロクは驚いて、左目を大きくした。
「次元師を増やす!? そんなのムリだよ! 次元の力はこの世界に100個しかなくて、1人1つ……なんだよ! ね、レトっ!?」
「俺に振るのか。たしかに、1人の次元師が2つの次元の扉を開けた例もないし、1つの扉を……」
そこまで言ってレトは、はっと口を結んだ。逡巡するように彼が目を伏せると、セブンはそれに構わず口を開いた。
「現時点では、発見されている次元の力はちょうど100種。もしも今後新たな次元の力が発見される可能性があったとしても、それを悠長に待っている暇はない。既存の次元の力を扱える人間を増やすことに着目したほうが、よほど現実的だとは思わないかい? なにより……扉を開ける"鍵"を増やすことに成功した例なら、存在するんだよ」
「え?」
「アディダス・シーホリーの次元継承説か」
間髪を入れずにレトが回答すると、セブンはすかさず、ぱちんと指を鳴らした。
「ご名答」
「次元けいしょ……なに? その難しい感じの」
「カウリアさんが言ってただろ。俺、気になって詳しい話を聞いたことがあんだよ」
レトは数年前の記憶を呼び起こした。ティーカップに口をつけたセブンの細い瞳が、そのとき鈍く光った。
「200年前、アディダス・シーホリーっていう1人の次元師が、『癒楽』の扉の鍵を継承することに成功した」
アディダスが身籠った子から、力の継承は始まった。
彼女の子の血を引いた子も、また次に産まれた子も──アディダスの血を受け継いだ人間であればだれでも、血の濃淡に関わらず『癒楽』の扉を開けることを可能としてきた。それは、次元の力を有する人間が命を落としたとき次にもっとも早く生を受けた人間にその力が受け継がれるという不可思議な構造の輪から逸脱した、いわば革新だった。
カウリアも例外ではなかった。ロクは幼い頃、『癒楽』の力を使うカウリアに体調を診てもらったことがある。それは彼女がアディダスの子孫にあたることの証明でもあったのだ。
そうして200年もの間、次元の力『癒楽』は継承され続けている。しかしアディダスは、次元の力の継承について一切の情報を残さずしてこの世を発った。
「歴史上でいうと、次元の力の継承に成功したのは、そのアディダスただ1人だ」
「ええっ? それって……すごくない!?」
「すごいなんて域を超えてる。だから研究者たちは、アディダスがなにか文献を遺してないか、躍起になって探してんだよ。……まあ、いまのところなにも見つかってないけどな。もし『癒楽』以外にも次元の力の継承を成功させられたら……次元師は、とんでもない数になる」
「そうだね。それに、研究者として多大な功績を得ることにもなる」
セブンがそう付け足すと、こくりとレトは頷いた。ロクは緑色の左目をぱちくりさせて腕を組んだ。
「な、なるほど……。え、じゃあ、通信具を使ってた2人は、継承に成功する可能性があるってことか! ひえ~~……」
「可能性としては、ね。少なくとも通信具の使用は可能だった」
「すっごーい! もしほんとにその実験が成功して次元師が増えたら、もともと次元師のあたしたちも助かるし、神族を全員倒すのだって、遠くない未来になりそう!」
「ただし」
興奮のあまり身振り手振りを大きくしていたロクだったが、斬り捨てるようなセブンの一言でびくっと肩を震わせた。彼は表情を険しくして、続けた。
「デーボンらと関わりを持っていたのは事実だ。事件当時は単なる情報漏洩として処理されてしまったが……研究部班の一部の班員たちが、意図的に研究物を横流ししていたとなれば、話は変わってくる。たとえ本当に偉大な大実験が行われていたとしても、その一点は見逃されていいものではない」
「汚名も晴らさないとなりませんしね」
デーボンらの手に研究部班の通信具が渡っていたということが政府陣の耳に届いたとき、わざわざ呼び出されて、セブンは直接注意を受けた。そのときのことを思い出すと胸のあたりがむかむかとしてくる。
セブンは肩を竦めながら、冷たくなりつつあるティーカップの取っ手に指を伸ばした。
「まったくだよ。そもそも私の管轄は戦闘部班だっていうのに……」
「んじゃあとりあえず、デーボンたちと関わってたっぽい人たちを探してくればいいんだよね!」
「そういうことだ。私の汚名返上のためにもひとつ、よろしく頼むよ」
「らじゃ~! レト、ちゃっちゃと準備しに行こ!」
「ああ」
「あ、レトくんちょっと」
セブンはレトに向かってちょいちょいと手招きをした。呼び止められたレトはぴたと足を止めて、振り返った。
「じつは君とコルドくんの第一班には、もうひとつ、別の仕事を頼まれてほしいんだ」
「……? なんだよ、別の仕事って」
不思議そうな顔をしてレトが言うと、セブンは「えーと」と呟きながら机の上で山積みになっている本や資料を漁りはじめた。その様子を見ていたコルドとフィラは、普段からきちんと片付けをすればいいのに、と心の中で呟いた。セブンは身の回りの整理整頓がどうにも苦手な男なのであった。
目当てのものが見つけられなかったのか、セブンはくしゃくしゃと黄土色の髪を掻くと、「はは」と苦笑をこぼしながらレトのほうに向き直った。
「ついこの間、ウーヴァンニーフにある"大書物館"から一冊の書物が盗まれた、と館の主から依頼を受けてね。その本を探してほしいんだ」
「へっ? だいしょもつ……かん? ってなにそれ」
「なんでそれを俺たちが」
新しい情報が持ち出されると、ロク、レト、フィラの3人は困惑の色を示した。しかしセブンは、あくまで地続きの話であることを明らかにした。
「その本はね、古語で書かれていたものだったらしいんだよ」
「! 古語……」
「現代の我々にその本を読み解くことは不可能だ。だが、古語ということは……200年前にアディダスが書き残した資料、かもしれないよね」
「……研究部班の班員が、その書物を盗み出した可能性がある、ってことか?」
「もしかしたら、ね。目星をつけているにすぎない。それに君なら、もし見つかったときに内容が読めるだろう。だから君に頼みたいんだ」
「え、じゃあレトたちはその本を探して、あたしとフィラさんは……ってあれ? ……別行動?」
ロクが頭上に疑問符を浮かべて首を傾げる。にやり、と口角をあげ、セブンは二の句を告いだ。
「言っただろう、特例だって。今回の任務は二手に分かれて調査をしてくれ。コルド副班率いる第一班は盗まれた書物の在処を。フィラ副班率いる第二班は実験の関係者を洗い出せ。情報はこまめに共有することを徹底してくれ。……これは戦闘部班班長、セブン・ルーカーから君たちへ下す、直々の依頼だ」
第一班のコルドとレト、第二班のフィラとロクはそれぞれ承知の声をあげた。
- Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.87 )
- 日時: 2023/03/24 19:06
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第078次元 眠れる至才への最高解Ⅲ
ウーヴァンニーフはメルギース国の最北西に位置しているため、長旅になることが予想される。今回の任務に赴く4人は各々、準備のために一旦解散した。
身支度が整い次第、門の前で落ち合うことになっている。準備にあまり時間をかけないロクアンズが一番乗りだった。外門に寄りかかり暇つぶしに砂利を蹴っていると、門の石造の柱から、コルドの黒髪が覗いた。
「お。相変わらず早いな、ロク。準備に抜かりはないか?」
「大丈夫大丈夫! なんか準備するものってそんなに思いつかなくってさ。みんないつも、なにを持ってってるの?」
「そうだな。俺は携帯食料、水筒、地図、簡単な薬品類。あと多少の路銀か。まあふつうだよ」
「レトもそんな感じだった気がする~っ」
「あとそれらの予備分も入ってる」
「よ、予備!? えっいま言った全部? それは……多いね、コルド副班……」
「準備は入念に行うべきだ」
ほかはともかく地図の予備まで持ち歩くのか、とロクは少々引きながらも適当に相槌を返した。コルドにはまちがっても、携帯食料を多めに持ち歩いてますなどとは口にできないなと、さっと足元に視線を戻した。
砂利を見つめていると、ふとロクは半刻ほど前の班長室でのことを思い出した。
「ねえコルド副班、セブン班長さ、ちょっとだけ怖いときない? あっ、もちろんいつもはすっごく優しいんだけど、でも……うぅーん、なんていうか」
話半分で聴いてくれ、と切りだしてからのセブンは、いつもとはどこか雰囲気が異なっていた。だれが相手であっても物怖じすることのないロクが彼を目の前にして自然と背筋が伸びてしまったのも、単なる気のせいではない。
コルドは答えた。
「あの方は聡明なんだよ。なにより、あらゆることを同時進行で考えている。自信、というのかな。先々のことを見据える力も、起こりうる事態の予測数も、きっと俺なんかでは遠く及ばない。だからこそ今回の任務のように、内部で行われていることにすこしでも事件性を感じると、人一倍危機感を覚えるのではないかと俺は思う」
「……。へ、へえ……」
「ああ、悪い悪い。すこし小難しい言い方をしたな。つまりなんというか、班長はとても頭のいい人だから、楽観的ではいられないときもあるってことだ。それに、すこし前まで隊長補佐であられたお方だからな。無意識のうちに、戦闘部班以外の部署にも目を光らせてしまうんだろう。……あ、っと、それは知ってたか? ロク」
「ああ、うん。フィラさんからちょっとだけ」
ベルク村からローノの町に戻ってきたときに、たしかそんな話を聞いた。あのときは、セブンとフィラが知り合いであったことに驚くばかりですっかり頭からは抜け落ちていたが、そもそもロクは隊長補佐という役職に聞き覚えがなかった。
「でも隊長補佐ってなにする人なの? いまはそういう人いないよね?」
「隊長補佐は、文字通り隊長のお付き役で、隊長とともに国中を回るのが主な仕事だと班長が仰っていたな。行く先々での面会の段取りとか、宿屋の手配とか馬の用意とか、とにかく隊長のサポートをしていたとか」
セブンが戦闘部班を立ち上げて以来、隊長補佐という役職は空席のままだ。彼は此花隊に入隊してまもなく隊長補佐に配属となったが、隊長のラッドウールは後にも先にも、セブン以外の人間を自分の隣に控えさせたことはなかった。セブンいわく、「幼いときから息子同然に面倒を見てきたから、単純に使いっ走りとして便利だったんだろう」とのことだった。
コルドは左手の指を三本立てると、自慢げに言った。
「隊長補佐は、じつは此花隊の中で3番目に偉い役職なんだぞ」
「え! 3番目!? すごいっ、セブン班長!」
「だよな。だけど班長は、そのすごい役職をいとも簡単に投げ捨てて、次元師の組織化という、政会の人間たちに白い目で見られるような計画を成し遂げた。初めこそ俺も、班長のことを変わったお人だと思っていたし、なにか企みがあるんじゃないかと警戒もしていた。だが……『次元師に居場所をつくるためだ』と言われたとき、俺は図らずも、心が救われてしまったんだ」
「救われた、って?」
ふいに視線を外し、コルドはべつの方向を見つめた。彼がうなじを向けてきたのでロクは不思議がって、彼の視線の先を追ってみた。そこには荷馬車に不具合がないかと調べている、援助部班の班員の姿があった。
「戦闘部班に入る前、俺は援助部班の警備班にいたんだ。ローノの支部にもいただろう? 町や村で事件が起こったときには対処するし、俺は次元師だから、元魔が出没したら討伐に向かう。だけど次元師っていうだけで、同僚からは一線を引かれていた。『なんの努力もしないで力を持ってる』『どうせ普通の人間を下に見てる』って……いま思い出しても、散々な言われようだったな。だから俺は、次元師として役目は果たすが、警備班として、一隊員として、周りの人間と打ち解けようとはしていなかった。打ち解けたいと思えなかった。どうせ相容れないと……どこかで冷めていたんだろうな」
次元の力を持たない人間たちの、次元師に対する態度は主に、二分される。「次元師様」と英雄視をしてくるか、「次元師だからって」と、妬みによる嫌味の目を向けてくるか。
コルドが警備班に所属していた頃は、後者側の人間が多くいた。というのも、警備班は腕に自信のある男たちが志願する部署だからだ。いくら日々鍛錬を積んで強靭な腕力を得ようとも、普通の人間の力が次元師を上回ることはない。妬まれ、蔑まれ、ときにはくだらない苛めにも遭った。
隊長補佐だったセブン・ルーカーから「次元師の組織を立ち上げるのでついてきてくれ」と持ちかけられたとき、コルドは二つ返事で承諾した。が、それは快諾ではなかった。
「班長は次元師じゃない。次元師の気持ちがわかるはずもない人にそう言われたところで心は動かなかった。それに俺なんかより遥かに上の立場にいた人だ。いいように使われるだけだと、そう思ったよ。けど俺はあのとき……嘘でも綺麗事でも、なんでもいいから、あの場所から逃がしてくれる言葉がほしかったんだ。だから班長についていった。意外だろ」
にっと白い歯を見せてコルドが笑うので、ロクは思わず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「そ、そう……だったんだ。うん、意外……」
「いま思えば、戦闘部班を立ち上げたのはフィラ副班のことがきっかけだったんだよな。それでもべつに構わないが。結果的に俺は本当の意味で救われたし、班長は……」
コルドは言いかけて、一度口を閉じた。そのとき、凛とした顔から笑みが消えた。彼は、落ち着き払った口調で独りごちた。
「班長は、とても聡明なお方だ。だが戦闘部班を立ち上げてから、あの方は苦しい立場にいらっしゃる」
「……」
通信具のようなものがデーボンたちの手に渡り、情報漏洩ではないかと上から注意を促されたのも、セブンだった。本来なら研究部班の落ち度ではないかと疑うところだが、通信具を所有しているのは研究部班だけではない。戦闘部班もおなじなのだ。研究部班の班長の代わりに副班長が同席していたが、あろうことか責任を問われたのはセブンのほうだ。勘違いも甚だしいが、政会にとっては真偽などどうでもよいのだろう。ただ、傘下にある此花隊の内部で造られているものに関して、情報漏洩や横流しが行われていたとあれば黙ってはいられないのだ。それに、国をあげて次元師の組織化を禁じているにも関わらず、セブンという男は巧みにも、次元師のみで構成される組織を立ち上げてしまった。それが面白くなかったのも、ないとは言い切れない。
セブンは不必要に呼び出され、むりやり頭を下げさせられたといっても過言ではなかった。
此花隊、もといこの次元研究所が政会から金銭的支援を受けるようになったのはそれこそ、100年以上も昔の話になる。王政が廃止となり、一部の人間たちによって新たに創立された"オークス政会"が、次元の力の解明をしようと集まった研究者たちに手を貸そうとしたのがきっかけだった。次元の力や神族の解明が進み、やがて神族を打ち滅ぼすことができれば、メルギース国はふたたび王を迎えることができる──。この国の民は例にもれず、心の内で密かに願っているのだ。政会の人間たちも、神族を滅ぼすために尽力を惜しまない心づもりでいる。
が、政会は、純粋に王の再誕を待ち焦がれているのではない。もしもこの国の王を決める機会が訪れたら、国の代表として地位を確立しつつある政会の人間が王位に就けるやもしれない。そう目論んでいるであろうことは火を見るよりも明らかだった。
利害の一致によって、次元研究所の研究者たちは政会と手を組んだ。
金銭的支援を受けているということもあり、此花隊は政会に対して強くは出られない。ましてセブンは次元師のためにと懸命に画策し、結果的に政会から睨まれるようになってしまった。
にも拘らず、日々喰らう苦労をおくびにも出さず、己の目的を成し遂げてしまうセブンの強さに、コルドはだんだんと惹かれるようになっていったのだ。
言い切ってから、コルドはふっと頬を緩めた。見上げると空は青々として美しく、どこまでも高かった。
「だから俺は、あの人が望むなら喜んでその手足となって働くし、常に最善を尽くしたい。俺はそれほど柔軟ではないから、この次元の力であの人の役に立てるのなら、いくらでも身体を張る所存だ」
「すごいねっ! 最初は変な人だって思ってたのに、いまでは大好きなんだ」
「尊敬、という言葉のほうが近いだろうな」
好意、というだけではどうも軽薄だ。それにセブンという男を1人の人間として慕っているかと訊かれるとちがう気がした。よく居眠りはするし、自分の身の回りの片付けもまともにできない。どちらかというと、誠実で真面目な自分とは正反対で、苦手な人間に分類される。
しかし、その圧倒的な存在感に目がくらむ。跳んでくる野次も、囁かれる陰口も、外部からの攻撃をものともしない究極の頑固さに心が痺れる。悔しいくらいに格好いいのだ。好意を遥かに通り越した、尊敬だった。
ちょうどそのとき。準備を終えたらしいフィラとレトヴェールが、門の前に到着した。
「わ、すみませんコルド副班、お待たせしてしまって。それにロクちゃんも」
2人は来る途中で合流したのだろう。フィラが申し訳なさそうに頭を下げると、コルドは穏やかに笑った。
「とんでもないです。それに女性を待つのは男の本分ですよ」
「へっ、そ、それは……面目ないです」
「はは。なんですか、面目ないって」
「だってそんなこと言われ慣れてないですから……」
「……レト、女性だって」
「俺のことではないだろ」
援助部班の班員が早くから荷馬車を控えていてくれたので、コルドを筆頭に4人は荷馬車に乗りこみ、本部を発った。
コルド一行は立ち寄った町々の宿に泊まり、夜が明けたら荷馬車を走らせた。そうして十五日ほど経てようやく、目的地であるウーヴァンニーフに辿り着いた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.88 )
- 日時: 2020/04/26 21:49
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第079次元 眠れる至才への最高解Ⅳ
エポール王朝時代に爵位を賜った伯爵家の現当主がウーヴァンニーフ領の領主を務めている。ドルギース王国との国境付近に位置しているのが災いして、14年前の戦時中に次元師からの攻撃を受け、停戦以降は復興作業に投身したとの話だ。コルドもフィラも実際にウーヴァンニーフに赴いたことがなかったため、今回が初の訪問となる。
細やかな銀の彫刻台を抜けると、異様な街並みが目に飛びこんできた。
等間隔に立ち並ぶ家屋はみな、外観、構造、規模がほとんど統一されている。財に余裕のある家庭は二階、三階と増築しているが、そうではない一般の町民の屋根は軒並み低い。商店や宿屋も、一見すると町民の家屋と見間違えてしまう。ただ各商店や宿屋は、町の中心に集められているようだった。建物の壁から伸びている棒状の金具にぶら下がった小さな旗を注視してみると、その店の象徴となる絵や文字が旗に描かれていた。
東西南北問わず均等な幅で設けられた街道も、さまざまな色の敷石によって規則的かつ鮮やかに彩られている。この街の領主はよほどの変わり者なのだろう。
ロクアンズは前方に見える景色と来た道を交互に振り返った。
「な、なんか似たような景色ばっかで、迷子になりそう~! あれっ、このへんさっきも通ったよね!?」
「通ってないぞ。まあ無理もないか。こんなにきっちりとすべての建物が並んでいるとはな……まるで盤上の駒だ」
「これぜんぶ、ここの領主さんが建てたんですかね……」
「設計はそうみたいですよ。資産も相当お持ちのお方ですし、政会からも援助金が出たそうです。このあたりは戦争の被害を受けて、ほぼ壊滅状態だったらしいので」
「14年でこんなことができるのか」
「元々、ここの領主のツォーケン家は炭鉱業や土地開発に尽力したとかで、伯爵位を授かったんだ。土地や建築のことに関してはこの国随一の一家だろう」
コルドが詰まることなく受け答えすると、きょろきょろしていたロクが不思議そうに訊ねた。
「詳しいんだねっ、コルド副班」
「俺だって、遠征前は調べ物をしていくさ」
商店が立ち並ぶ街道を抜けて、ふたたび町民の住宅が見え始めると、コルドはおもむろに立ち止まった。
「大書物館はこっちの方向だから、ここで一旦お別れだな。ロク、くれぐれも大騒ぎするなよ。フィラ副班の言うことに従うように」
「わかってるよ~」
「なんだか親子みたいね」
「頑固オヤジ!」
「なんとでも言え。それじゃあフィラ副班、頼みます。我々もしばらくしたらそちらと合流します」
「はい」
第一班は道を逸れて、大書物館のある方角へと進路を変更した。
第二班は先に研究棟へと向かう。街道をどんどん辿っていくと、住宅区域も終わりが近づいてきた。すると、街道に用いられていた色とりどりの石が惜しみなく敷かれた広い空間に出た。此花隊第一支部、研究棟の輪郭も露になる。
本部の構造と同様、正面は吹き抜けの廊下になっていて、左右にそれぞれ大きな建物が一棟ずつ聳えている。特段、派手な装飾を施しているわけでもない堅苦しい外観が、じつに研究者たちの仕事場兼住処らしかった。
正面の廊下の中央には階段が三段ほど構えられている。階段の脇には警備班と思われる男が2人、そして階段の上には長身の人物が1人立っていた。
長身の人物は平らな肩をくるりと回してこちらを向いた。鼠色の髪は極端に短く切られていて、長さでいったらコルドとほぼ遜色ない。鼻筋も通っていたので、一見すると男のようだった。
胸元が丸みを帯びていることにロクが気づく頃には、フィラが彼女に声をかけていた。
「あの……」
「よく来てくれたね! 話は聞いているよ! お初にお目にかかる、次元師殿。私は研究部班開発班の副班長、ケイシィ・テクトカータ。班長が不在のため、いまは私がこの部班全体を預かっている。困ったことがあればなんでも相談してくれたまえ!」
きつく吊りあがった猫目がぎらぎらと光る。張りのある声とハキハキとした口調が特徴的なこの女性は、ケイシィと名乗った。さすが研究部班という部署でその黒い隊服に袖を通しているだけのことはある。自信に溢れているのがひしひしと伝わってきた。
もとは次元の力を解明せんと研究者たちが集まり、結成されたのがこの次元研究所だ。現在でこそ組織名を『此花隊』に変更し、研究には関与しないが支援をしたいと名乗り出る一般の市民や、次元師当人たちも数多く所属するようになってきたが、原点は研究者たちの意志にある。この組織の創成期に携わった研究者たちの志を受け継いでいるのだという誇りがあるのだろう。
思いがけない迫力に内心どぎまぎしながらも、フィラはなんとか体裁を整えた。
「初めまして。戦闘部班第二班副班長、フィラ・クリストンです。この度はお招きいただきありがとうございます。この子は班員の……」
「ロクアンズ・エポールだよ! よろしくね!」
「お。君が噂のロクアンズか! 破天荒で小さな次元師が各所で大暴れしていると、研究棟の内部では時折話題の種になってもらっているよ。まあ私としては、旧王室エポール家の血を引いているという事実のほうがじつに興味深いけれどね」
すらりとした曲線を描く顎に手をあて、ケイシィはロクの顔を覗きこんだ。ロクはぱたぱたと両手を振って弁解する。
「あっ、えっとあたし、エポールの人の血は引いてないんだよね。あはは」
「おや? そうだったのかい? たしかに髪も、目も、輝くような金ではないからね。それは残念」
「でもねでもねっ、あたしの義理のお兄ちゃんはちゃんとしたエポールの人の末裔なんだよ!」
「義理のお兄ちゃん?」
ロクが満面の笑みで自慢げにそう教えると、ケイシィは額に手をかざしてあたりを見渡した。
「そういえば小さいのが2人来る、と聞いていたんだが……」
「ああ、えっと。のちほど来ます。いまは大書物館のほうの見学に……」
「あそこはいいぞ! 国中の頭が活字となり、我々に問いかけているのだ。しかし記録媒体が紙のみに留まっているのはやはり惜しいな。頭脳明晰、知識と経験に富んだ人材はしかし必ずしも財に余裕のある身分とは限らない。……ふむ。今後の研究課題として手を広げる価値は十二分にあるだろう」
「は、はあ……」
「それでは行こうか! 手始めに、制作班の研究室から案内しよう」
フィラが額に汗を滲ませ、曖昧な返事をしているうちにケイシィは足早に廊下を突き進んだ。走っているのではないかとフィラとロクは一瞬目を疑った。ぽけっとしていたら見失ってしまう。そう直感した2人は、いつもよりも歩幅を広くして、彼女の背中を追いかけた。
「なんだか独特な人ね」
「そ? たしかに足は速いけど」
「私たち、完全に置いていかれてるわ……」
初めにケイシィに案内されたのは、研究部班を構成している三つの班のうちの一つ、"制作班"の研究室だった。中央の廊下の両脇に聳える二対の棟のうち、南側に位置している建物へと足を踏み入れる。
制作班の仕事は主に、各班の隊服をデザインし、制作することだ。とくに戦闘部班や援助部班は外で行動するので、頻繁に服が破れたり汚れたりする。再縫合や、また新しく作り直すといった作業を現在では担当している。そのほかにも隊内で日常的に使用する布織物類の制作も行う。
「わ~っ! こんにちはー!」
入室して早々、ロクは元気よく声をあげて挨拶した。白い隊服を着た数名の班員たちがみな一様にびくりと肩を震わせて、控えめに礼を返した。
「ロクちゃんっ、みなさんお仕事中なのよ?」
「あっそっか! ごめんごめんっ」
ロクは慌てて、両手を口元に持っていった。くれぐれも騒ぐなと釘を差されていたのだが、目に映るものが珍しいのだから仕方ない。ロクは開き直った様子で、視線をあっちへこっちへやった。
「ねえねえフィラ副班、研究部班の班員さんって隊服白だったんだ。医療部班といっしょ?」
「そうそう。私もちょっと前までは白いのを着てたわ。研究部班と医療部班の班員が白、援助部班と戦闘部班の班員が灰色って決まってるのよ」
「へえ~、ちゃんと決まってたんだ。あたし、そのへんあんまりわかってなかったなあ……。好きな色着てるわけじゃないんだ。あ、でもたしかに入隊したとき、勝手にこれが支給された気がする……」
「あはは。好きな色って、ロクちゃん」
「ところでさ、フィラ副班っ! ここ、布とかいっぱいあるね~!」
部屋の壁際に所狭しと並んでいる木棚の中には、それこそ様々な色の生地や糸、綿、皮などの資材がびっしりと収納されていた。
「君が着ているその隊服はここの班員たちが作ったのさ。戦闘部班は元魔という怪物と日々戦うわけだからね。破りにくい素材を選んだり、防寒性に優れた加工を施すなどしているのだよ」
「へえ~! そんなことできちゃうんだ! すっごーい!」
「フフン。そうだろうそうだろう」
「うん! ……んん?」
ロクが遠くを見やると、部屋の奥のほうに折り重なってできた布の山がもぞもぞと動きだした。すると山頂部分が弾け、中からまんまるの頭が飛び出してきた。まんまる頭の男は両手でなにかの素材を掴み、天井に向かって掲げていた。
「ぷはっ! は~! やっと、やっと見つかりましたです! ギュンオの皮~! やったやった~!」
「ひ、人が出てきたあ!?」
「む?」
ロクがびっくりして身を縮こませると、男が彼女の声に反応した。石粒ほどの小さな目をぎゅっと細めて凝らしたのち、「やや!」と声を張りあげ、急いでロクのもとに駆け寄る。
「あなた様はもしかして、次元師様では! ということはということは、レトヴェール様はお越しにっ!?」
「へ? れ……レト? レトなら、あとで来るけど……」
ロクはどぎまぎしながら、ちらりとフィラの顔を窺った。フィラもなにがなんだか、と言いたげに肩を竦める。
顔が丸いだけでなく、男は背丈も随分と低かった。目線の高さが自分と大して変わらないので、ロクは物珍しさからまじまじと観察してしまった。男は丸まった肩を大袈裟に落として言った。
「……左様でございますですか……お頼みいただいたものがもうじき完成するので、ぜひ拝見していただきたかったのですが……とほほ」
「頼まれてたもの? レトに?」
「はいです。つい先日、レトヴェール様から隊服の再調整と、鞘の作成を依頼されましたものですから」
木棚の付近に立っているラックには隊服の上衣が一着だけ引っかかっていた。男は言いながら、ラックから上衣を取り外した。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.89 )
- 日時: 2020/06/23 21:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第080次元 眠れる至才への最高解Ⅴ
丸顔に背丈も低いその珍妙な見た目の男は、手近なところにあったテーブルの上に隊服を広げた。ロクアンズはその隊服を食い入るように見る。
ロクが着ているものよりも丈が短い。彼女の隊服は入隊してすぐ支給されたもので、腿のあたりまで裾が作ってある。ガネストやルイルが着用しているのもまったくおなじ代物だ。しかしレトヴェールが依頼したというこの隊服は、腰よりも上のあたりで断裁してあった。
それに加えて、男は隊服の隣に、革で拵えた2本の鞘を並べた。
(! ……鞘?)
わざわざ鞘のみを作らせたのは、発動した『双斬』をそのまま収納できるようにするためだろう。戦闘中に身動きがとりやすくなるのは確実だ。
ロクは驚きと感心の混ざったような曖昧な息をもらした。
「これ、レトが……」
「ええ! 次元師様から直々に賜ったご依頼ですから、わたくしも気合が入ってしまって、いやはや、雑になっていないか何度も、それはもう何度も丁寧に見直しておりますでして……」
「……」
つい先日、ということはあまり日は経っていない。もしかしてあの日──本部の鍛錬場で一戦交えた後に依頼したものだとしたら、随分と行動が早い。ロクはこくり、と生唾を飲みこんだ。
「うわー、焦るなあ」
「ホム、挨拶はしなくてよいのかな?」
「やや! これはこれは、申し遅れましたです。わたくし、研究部班制作班の副班長を務めております、ホム・サンパンと申しますです。以後お見知りおきを、何卒、何卒……」
ホムは小さな体躯をさらに丸めて、過剰なほど腰を低くした。決して馬鹿にするわけではないのだが、班の責任者としての位置を任されているにしては、少々威厳さに欠ける風貌だ。しかし、彼は身体も気迫も小さいながらたしかに黒の隊服の着用を許されている。レトに頼まれたという隊服や鞘を制作するのにもさほど時間をかけなかった点を鑑みると、分不相応ではなさそうだ。
ロクとフィラもいつも通りの調子で挨拶を返す。それを見届けてから、ケイシィは「さて」と踵を返した。
「時間も限りあるのでね、次の研究室を案内しよう! それではホム副班長、引き続き頼む」
「は、はいです! ケイシィ副班長!」
「ついてきたまえ」
黒色の上衣を大仰に翻し、ケイシィは靴音も高らかに歩きだした。ロクとフィラはふたたびその後についていく。
次に案内されたのは調査班の研究室だった。室内には、数多の紙束を詰めこんだ吹き抜けの棚と長机が交互かつ等間隔に設置されている。長机の上や床、至るところに報告書の束や地図といった資料が散乱しているが、物音はまったくしない。
調査班の班員たちは、ほとんどこの研究棟を留守にしている。彼らの仕事は国内外問わず各所を渡り歩き、次元の力や神族の情報をその足で集めてくることにほかならない。長い遠征から帰ってきた者でも十日と経たずに次の旅に出るため、研究班の班員は、家族を持たない独り身の者が多い。
ケイシィは惨状に呆れつつ、口早に説明した。
「現在調査班は、副班長を除き、全班員が出払っている状態でね。班員との顔合わせはまたの機会にしていただきたい」
「あ、はい。それにしても……」
「部屋の中、ごっちゃごちゃだね!」
「……誠に恥ずかしい限りだよ。常日頃より、整理整頓も仕事の一つだと口酸っぱく指導しているのだが……なにしろ、自由奔放な気質を持った人間が多いものでね。お見苦しいものを見せた」
「いいえ、そんな」
資料が乱雑に散らばっている机に近づくと、ケイシィは目についたものから順に片付け始めた。
「なんか手伝おっか?」
「いいや。資料によって収納する場所も決めているだろうし、君の手を借りるまでもない。すこしばかり綺麗な状態に整えるだけだ」
「次に帰ってこられた方が片付けてくださるといいですね」
「そうだな。しかしこの部屋を片付けようなどという思考に至る変わり者が、彼以外にいるとは思えないが」
独り言のように控えめな声でケイシィが呟く。なんとなく気になったロクは、「彼って?」と彼女の言葉を拾った。ケイシィは一度手の動きを止めたが、つとめて明るく返答した。
「14年前までは比較的、正常な状態が保たれていたのだ。至極几帳面な男が、この調査班に在籍していたのが理由だろう。一端の班員だったが、入隊当時から大層頭がキレることで将来を有望視されていた。そやつは整理整頓に煩いだけに留まらず、やはり、少々思考の読めない奴だった。聞いて驚いてくれるなよ。神族を信仰していたのだ」
神族、と聞いてロクは耳を傾けた。ケイシィは束ねた紙束の底を、とんとんと机の上で整える。
「し、神族を……信仰、ですか?」
フィラが信じられないといったように返すと、至って冷静な態度のままケイシィは続けた。
「ああ。こちらが訝しげな態度をとると以降は、そのような発言はしなくなったが。なんという名の神族だったか……。まあともかく、ある一体の神族に対し、深い信仰心を抱いていた」
「……へえ……」
日々、元魔によって日常を脅かされている者たちの中に、まさか神族を信仰している者がいるとは。興味深く聞き入っていたロクだったが、さきほどの"14年前までは"という言葉に彼女は引っかかりを覚えた。
「14年前までは、ってことは、いまはその人いないの?」
「……その男は、メルドルギース戦争終息後まもなく遠征に出て以降、一度も帰還していない」
「え……」
「行方不明になってしまったんですか?」
「そういうことだ。無論、この世界のどこかで元気にしているのであれば、それ以上望むことはない」
行方不明の班員──ロクもフィラも固唾を飲んだ。ロクは、フィラの隊服の袖をくいくいと引っ張った。2人は声を潜める。
「……なあんか気になるね、その男の人」
「そうね。14年前から実験が行われていたかどうかはわからないけど、突然いなくなったっていうのが怪しいわ」
「うんうん」
「なにをしているんだい? 次の研究室を案内するよ」
「ああ、いえ! すみません、いま行きます」
調査班の研究室をあとにし、一本の廊下の奥へと突き進んでいく。突き当たりにも大きな扉が備えつけられていた。扉より左側の壁に硝子製の窓がついていたのでロクはそちらに視線を引かれた。ところがそのとき、彼女の視界に信じられないものが映った。ロクは大袈裟に左目を見開くとすぐさま走りだし、窓にべたっと張りついた。ケイシィが扉の前で立ち止まる。
「えっ、え!? なんで元魔がここにいるの!?」
ロクが声をあげたので、フィラも驚いて小走りになる。見ると、窓の奥にはたしかに元魔と思しき黒い物体が蠢いていた。丸いだけの胴体から細い四肢が伸びている。身体の釣り合いがとれていない個体だ。
四肢にはそれぞれ鉄枷が装着されている。鉄枷から伸びている鎖は、床に備えつけられている金具とも繋がっているようだ。
「本当ね……。でもどうして」
「ここには捕縛したさまざまな形状の元魔を収監し、研究対象としている。当然、危険性が高まってくれば次元師殿に足労いただき、処分の運びとなるけれどね。おっと、本能が疼くであろうが討伐は勘弁してくれたまえよ」
「う、うん」
「すまないが君たち次元師を見ると興奮するやもわからない。最後に、我々開発班の研究室をご覧いただこう」
ロクは窓に張りつけていた手のひらを離した。すると、収監室を正面に据えているロクの右の頬を、そよ風がふいに撫ぜた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.90 )
- 日時: 2020/07/19 15:28
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7Q5WEjlr)
第081次元 眠れる至才への最高解Ⅵ
どうやら、一方通行しかできない廊下ではなかったらしい。風が舞いこんできた方を見やると、そこから外に出られることがわかった。
「わあ……!」
吹き抜けの廊下が北棟と繋がっている。ロクアンズが首を左側に向けると、研究棟からすこし離れたところに宿泊棟が見えた。周囲は森に囲まれていて、温かい日差しが大きな池の水面に降り注いでいる。
ふわり、と廊下を吹き抜けようとする木の葉を目で追うと、今度は右側に顔が向く。廊下と棟の四辺に囲まれてできた空間は中庭となっているようで、こちらにも豊かな植物が広がり、舗装された道の上には木製の長椅子が点々としていた。
ロクが中庭に行こうとしたときだった。彼女はその場でうっかりと足を踏み外し、素っ頓狂な声をあげた。
「おわっ!」
「え! ロクちゃん?」
フィラがさっと振り向くと、中庭ではなく裏庭側の茂みにロクが落っこちていた。ロクはぶつけた頭を擦りながら勢いよく起きあがった。
「いっ……たあ! ……ん?」
ロクは左手に違和感を感じて、ぱっと手をあげた。小さくて赤い硝子玉──が、砕けて、断面が角張っているものだ。青い空に浮かぶ雲のように、赤い硝子の中に透明なもやが滲んでいる。彼女はそれを拾いあげた。
「なにこれ?」
どこにでもありそうな小石とは明らかにちがう。宝石のようにも見えた。だれかの落とし物かな、なんて思いながら指先でいじっていると、頭上からフィラの手が伸びてきた。
「ほら、つかまってロクちゃん」
「あ、うん。ありがとうフィラ副班っ」
ロクは咄嗟に、その割れた硝子玉をコートのポケットに突っこんだ。
吹き抜けの廊下を渡り、北棟へと足を踏み入れた3人が最後に向かった先は、開発班の研究室だった。
「ここが我が城、開発班の研究室さ! そして私、ケイシィ・テクトカータが開発班の副班長を務めている。改めてよろしく頼むよ!」
研究室の大扉を開けてすぐ、ケイシィは大仰に腕を広げ、ロクとフィラを快く招き入れた。
"開発班"は、次元師の血管内に流れる元力粒子の固体化、つまり"元力石"の生成を可能とし、それにともない通信具を開発した。また調査班と協力して、次元の力と次元師についての解明も急いでいる。ケイシィもどちらかといえば、解明に尽力している側の人員だ。
内装は制作班の研究室とほとんど変わらない。部屋全体を使って長机が配列されていて、壁際にはずらりと書類棚が並んでいる。調査班よりかは片付いている印象だ。
「フィラ副班殿。あなたの元力石がもうすぐ目標の質量に達するよ。いまは最終段階で、調整中なんだ」
「え? そうなんですか」
「来たまえ」
まるで親鳥についていく雛鳥のようにその背中を追いかけていると、ケイシィがおもむろに足を止めた。ロクもフィラもそれに倣って立ち止まる。
「タンバット、ここにいたのか。探したぞ」
椅子に座っていた黒い隊服の男が、名前を呼ばれてこちらを向いた。墨色の前髪をすべて巻きこんでひっつめているが、取り逃がした二本の細い束が、顎のあたりまで伸びている。がたんっ、と椅子を鳴らして彼は立ち上がった。
「ああ、ご、ごめんなさい! ケイシィさん!」
「調査班の副班長ともあろう者が、なぜ研究室を留守にしていた。遠路はるばるおいでになられた折角の御客人が、無人の研究室を訪ねる羽目になってしまったではないか!」
「急ぎで調査資料がほしいとかで呼ばれてたんすよ~、ははは」
「む。左様であったか」
「あれ? じゃあ、その人たちが」
男は、ここでようやくロクとフィラに視線をやった。やれやれ、とわざとらしくケイシィは肩を竦めた。
「先に到着された、2名の次元師殿だ。まったく」
「そ、それは、すいませんっした! えっとー、調査班の副班長やってます、タンバット・ロインっす!」
タンバットは、大の男に似つかわしくない溌溂な笑顔を浮かべて名乗った。まるで物心がついたばかりの幼い子どもと子どもが初めて出会ったときに交わすような底抜けの明るさだ。制作班のホム副班長とはまたちがった威厳の欠落を感じ取ってしまったフィラが内心で詫びを入れている間に、ロクも元気よく挨拶を返していた。
「戦闘部班の第二班所属、ロクアンズだよ! よろしくねっ、タンバット副班!」
「初めまして、おなじく戦闘部班第二班、副班長のフィラ・クリストンです。タンバット副班長、よろしくお願いしますね」
「わ~! 本当の本当に次元師様なんすね! 俺、いますごい感動してるっす!」
きらきらと目を輝かせて、タンバットがフィラの手をがばりと掴み取った。フィラが驚いて身じろぎをするのもつかの間、ケイシィの厳しい手刀がタンバットの手のほうに下った。
「いだっ! なにするんすかぁ、ケイシィさん!」
「むやみやたらと女性の手を取るものではないよ、タンバットくん。多少なりとも相手の迷惑を考慮できるようになれと何度言ったら理解する? 迷惑をかけてすまないね、フィラ殿」
「い、いえ……」
「うぅ、はいっす……」
「さて、タンバットくんとの邂逅も果たせたところで、こちらにおいでいただこうか」
立ち並ぶ作業机の間をすり抜けていくと、一つだけ、硝子瓶がいくつも並べられている机があった。近くの棚にもごちゃりと置かれている。
硝子瓶の蓋にはどれも、小さな貼り紙がついていた。そのうちの一つをひょいと持ちあげて、ケイシィはフィラの目の前に差し出す。瓶の貼り紙には、"フィラ・クリストン"と明記されていた。
「これが貴殿の血液から採取し、結晶化させた元力……人呼んで、元力石さ!」
ケイシィが瓶を揺らすと、元力石がカラリ、と音を立てた。石はところどころがトゲのように角張っていて、そのまま触れると痛そうだ。元力石はどれも似たような形状をしている。
「わあ、私、元力石って初めて見ました。これが元は私の体内にあったなんて、感動です」
「思う存分目に焼きつけて帰るといい」
「はい。ねえ、見て見てロクちゃん。元力石ってこんな色してるのね。想像していたよりもずっと綺麗。これがいま、ロクちゃんの通信具の中に入ってるのね」
「……」
ロクはフィラに返事をしなかった。無意識のうちにコートのポケットに手を差しこみ、さっき茂みの中で拾った硝子玉に、そっと触れる。
──フィラの元力石は、透明な中に、不規則な赤いもやが滲んでいる。そのほかの瓶に入っている元力石も多少の濃淡の差はあれど、ほとんどおなじ色だ。
(全部、薄い赤色だ。さっき裏庭で拾ったこれは真っ赤だけど……)
どことなく元力石に似ている。そうロクは直感した。
「おや。ロクアンズ殿がつまらなそうな顔をしているね?」
「え? ……ああ~! あたし、難しいことよくわかんないし」
まったくべつのことを考えていました、とは言えずロクは適当にお茶を濁した。
「ハハ! 当然といえば当然か。この研究棟は、メルギースという一国中に点在している謎や難問を解き明かすために形を成している。君のように無邪気な幼子の興味を引けそうなものは、あいにくと用意が間に合っていなくてね」
「ここ、頭よさそうな人たちでいっぱいだもんねっ」
ロクがそれとなくケイシィに合わせると、1人の男性班員が通りがけに横槍を入れた。
「君と同い年くらいのやつもいるよ」
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