コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.83 )
日時: 2020/05/31 11:58
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第074次元 それぞれの

 話し終えてからロクアンズは反省した。もとはレトヴェールと出会ったときにどのような目に遭ってどのように仲を深めたのか、のみに焦点を絞って語るつもりでいたのだ。エアリスの話まで持ち出したりして、重い気分にさせたにちがいない。幸いにも、神族【DESNY】と遭遇したと聞いてガネスト、ルイル、フィラの3人は目の色を変えた。神族への接触に成功した人間が限りなく少ないからだろう。

 脳裏を掠めはしたが、キールアの存在については一切触れなかった。シーホリーの一族が生き残っているのをむやみやたらと言いふらすわけにはいかないからだ。フィラたちを信用していないのではない。そうでなくとも口にするのは憚られた。
 そしてもう一つ、レトが背中に受けた【DESNY】の呪いの傷についてもロクは言及しなかった。
 ロクはわざとらしく声を張りながら若草色の頭を掻いた。

 「あはは。いろいろと脱線しちゃったけど、ようするにレトとは……どうやって仲直りしたかって訊かれると難しくって。ちょっとずつ歩み寄ったっていうかなんていうか」
 「ろくちゃんとれとちゃんは、つらいこといっぱい、ふたりでのりこえてきたんだね……」
 「え? ……そう、だね」
 「いまのお話から考えると、レトさんはいまも昔も相当気難しい性格をしていらっしゃるわけですね」
 「レトは優しいよ」

 ロクは長椅子の上で膝を抱き寄せた。

 「おばさんが亡くなって、そしたらあたしとレトはもうなにも関係ないのに、いっしょに此花隊に入ろうって……レトが言ってくれたんだよ。まだいっしょにいていいんだって、あたし、それがすごくすごく嬉しかったんだ……」

 行き場を失った自分の手をとって導いてくれたのはレトだ。同情や慰めが湧いたからか、それとも2人で神族を討ちたいだけでそれ以外に余計な感情はなかったのか。レトは直接的な言い方をほとんどしない。常に本心が見えにくいからこそ余計に、談話室で突きつけられた一言が胸の奥深くを刺した。

 「でも今日、レトに、『母さんの本当の子どもじゃないくせに』って言われて……あたし、勘違いしてただけなのかもしれないって思った。レトはあたしのことずっとそんな風に見てたのに、言わずにいてくれてただけだって」

 抱えた膝をさらに引き寄せて、ロクは頭をうずめた。
 フィラが重たい口を開いた。

 「じゃあ、どうしてレトくんはあなたといっしょにここへ来たのかしらね」
 「え……。……さ、さあ……それは……わかんない」
 「私はね、あなたのまっすぐなところが好きなの。かけてほしい言葉をくれる。大人になると言い訳が上手になっていってね、本当はどうしたいのかを、考えたくなくなっていっちゃう。だからその蓋を開けよう、開けようって何度も叫んでくれるのが、ロクちゃんの素敵なところだなあって」
 「……」
 「もしあなたに対して同情心があったり、悪い風に思ってたら、いっしょに神族を討とうなんて言わないんじゃないかしら? まあそれもレトくんに訊いてみなくちゃわからないけど」
 「レトに?」
 「でもちょっと勇気がいるわよね。さ、そろそろ帰りましょうか。任務も済んだことだしね」

 フィラが呼びかけると、ガネストとルイルは帰り支度を始めた。結局、屋敷から聞こえてくるという呻き声の正体はティリナサの操っていた幽霊たちの仕業だったので、元魔かもしれないと意気ごんでやってきたものの杞憂に終わった。
 屋敷を出る間際に、ロクはガネストに声をかけた。

 「ガネスト、さっきはその、ごめんね」
 「なんのことですか?」
 「あたし、気にしたことなかったんだ。ほかの人の事情にずけずけ踏みこんだりして、ガネストやルイルのときも嫌な思いさせてたのかなって……」
 「……」
 
 ロクは下のほうに視線を這わせて、申し訳なさそうに眉を下げた。ガネストは目をしばたいた。

 「……しおらしくしてると別人みたいですね、ロクさんって」
 「え!」
 「うだうだ言ってないではやく元通りになってください。こちらも気まずいので」
 「意外と言うよね、ガネスト」
 「あなたらしくないっていう意味です。だれだってぶつかれる力を持っているわけじゃありません。でもあなたにはある。僕はそれが羨ましい」

 ガネストは口角をあげて言った。「ほら行きますよ」と先を歩く。
 ルイルの荷物をさりげなく持ってあげているのが目に入る。主従であるとか、忠誠だとか、堅苦しい国の決まりは文字通り海の向こうに置いてきたのだ。軽い足取りの2人はすぐにフィラの後ろについた。
 ロクも慌ててあとを追った。



 一方、カナラ街にある小さな薬屋で治療を受けていたレトは、上半身に巻いた包帯に不備がないことを確かめると隊服を着直した。
 寝台から立ちあがって身支度を整えていたとき、キールアが部屋に入ってきた。

 「あ……もう、行くの? 身体は大丈夫?」
 「ああ」
 「そっか……」

 キールアは手元に持っていた包帯を後ろに隠しながら「じゃあこれ必要なかったね」と苦笑いをした。
 身支度を終えたレトは扉に向かってまっすぐ歩いた。俯いていたキールアは、自分の目の前でレトが立ち止まったことに気づくのが遅れた。
 
 「……あのさ」
 「……?」
 「その」

 レトが頬に汗を滲ませながら言い淀んでいると、キールアは息を吸った。だれにも聴こえないくらいのきわめて小さな声で呟く。

 「レトヴェールくん、は、知ってたの」
 「え?」
 「私が……ううん。私と、私の家族が……変な虫に、取りつかれてるっていう話」
 「──」

 まさかキールアが知っていたとは露知らず、レトは言葉を失った。キールアの家族が亡くなって初めてエアリスからシーホリー一族の奇病について聞かされた折には、『キールアはこの事実を知らないから言わないでくれ』と彼女から切に頼まれていたのだ。
 キールアは手に持っている包帯に視線を落としながら、ぽつりぽつりと語りだした。

 「ここでお世話になり始めて、そしたらいろんな病気のことが情報として入ってくるようになったの。中には遺伝性のある病気もあるって……。店主のコナッカさんが、ほかの患者さんと話してるのを偶然聞いちゃった。シーホリーの名を持つ一族たちの身体には古代の寄生虫が棲みついていて、ある日突然、獰猛な獣みたいに人を襲うようになるって……。だから政会の人たちも血眼になって探してるんだよね。……なんだかね、だめだってわかってるけど、やっと腑に落ちたの。なんの理由もないのに殺されるわけないってずっと思ってたから……」
 「……」
 「わざと、言わないでいてくれたの? あのとき」

 レトは顔を逸らした。両親と弟が山奥にあった家ごと焼き払われた日のことを指しているのだろう。

 「……ここにいるのは、危険じゃないのか」
 「うん。コナッカさんは、私がシーホリーの人間だって知らない。それにこの店に薬を届けにきてた頃からお世話になってるから」
 「そうか」
 「うん」
 「あらあらぁ! あなたたち、若いわねぇ~。お似合いだこと」

 いつの間にやら扉から顔を覗かせていたコナッカが、ふくよかな頬に意地の悪い笑みを浮かべていた。
 キールアはさっと顔色を青くして、強い否定を示した。

 「えっ、ち、ちがいます。昔住んでた村がいっしょで……」
 「私にもいるんだけどねぇ幼なじみ。でもぜんぜん、金髪の坊やほど冴えなかったのよねぇ~……。憎いねぇっ、キールア」
 「……幼なじみ、っていうか……はい、まあ」

 キールアは煮え切らない返事をして、「あはは」とお茶を濁した。レトは、ふっと視線を逸らした。
 店の入り口の前まで見送りについてきたキールアは、塗り薬の入った小瓶と宛て布をレトに手渡した。

 「これ、傷口に塗ってね」
 「ん」
 「……あの、よかったらロクに伝えてくれると、嬉しいです。私は元気だって。それじゃあ……元気で」

 キールアが笑った。その拍子に、高い位置で二つに結びあげられた小麦色の髪が揺れる。寂しそうに眉を寄せているのがレトにはわかった。

 「わかった」

 淡泊にそうとだけ告げて、踵を返した。
 が、背中を向けただけでレトは、そこから一歩も動かなかった。キールアが不思議に思っていると、彼はふたたびキールアのほうを振り返って言った。

 「危なくなったら、言えよ。……またな」

 琥珀色の瞳が大きく見開く。キールアは呆然としたまま、町の喧騒の中に消えていくレトの背中を見送った。
 
 (『またな』……って……。レトヴェールくんにそう言われたの、初めて)

 まだ村にいた頃のレトとはちがうような。どこか冷たい物言いだったり、返事の声が短いのは2年前のままだけれど、目が鋭くなかった。この2年の間になにか、彼の中で心境の変化があったのだろうか。おなじ時間を共有してこなかったキールアには皆目見当もつかなかった。困惑ばかりが胸の内に広がった。

 「……上手くいかねえ」

 レトはというと、キールアと別れてすぐに髪をくしゃりと掻き乱していた。
 
 
 
 本部に帰還したロクは、真っ先にレトの姿を探し回った。このままでは嫌だ。訊きたいことも山ほどある。が、決意が鈍らないうちにと意気ごむあまり、焦って何度もおなじ場所を訪ねるなどしてしまった。
 レトの自室、談話室、班長室、資料室、裏庭、風呂場──。
 思いつく限りの彼が出没しそうな場所へと、片っ端から足を運んでみたロクだったが、レトとはいまだに出会えていない。
 
 (むしろあとどこに行ってないんだ……? レトが行きそうなとこ、もう思いつかない)

 廊下で、うろうろと行ったり戻ったりしながら、うーんとロクは唸った。

 「……あ」

 はた、とロクは突然足を止めた。しばらく考えたのちに、爪先の向きをくるりと変えて、歩き始めた。
 もしかしてあの部屋にいるだろうか。
 確信は薄い。どちらかというと半信半疑だったが、ロクはまっすぐその場所に向かった。心臓が逸るのに合わせて、歩く速度があがる。
 目的の部屋の扉の前までやってくると、ロクはポケットから黒くて細長い布織物を取り出した。エアリスが亡くなる前夜に彼女から貰ったものだ。布織物を首にかけると、彼女は若草色の長い髪をまとめあげた。細い髪紐を取り出してくるくると巻きつける。崩れないようにしっかりと縛った。そして、髪紐の上から布織物を結んだ。
 ロクは胸に手をあてて、深呼吸をした。
 ぎぃ、と重たい扉の押し広げて、ロクは室内に足を踏み入れた。

 「……──」

 ロクの思った通りだった。鍛錬場の中央で立っていたレトは、扉の音に気がついて振り返った。
 頬を流れていた汗が床に滴り落ちた。
 2人の視線が交わったのは、朝に別れて以来だ。

 「レト……」
 「……」
 
 
 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.84 )
日時: 2020/02/23 18:08
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: mUcohwxZ)

 
 第075次元 つながり

 襟元をぐいと引きあげて、レトヴェールは額から吹きだしている大粒の汗を拭いとる。金色の細い毛先からも一粒落ちた。彼は軽装だった。どのくらいの時間ここにいたのかはロクアンズには計り知れないが、彼は相当疲れているように見受けられた。
 ロクはレトのもとまで歩み寄ると、意を決して口を開いた。
 
 「レト、あの」
 「ちょっと相手してくれねえか」

 両手にはすでに『双斬』が握られていた。改めて柄に力を入れ直すと、レトはゆっくりロクとの距離を縮めていく。
 ロクは突然のことで返答に困り、え、と曖昧な声をもらした。

 「ちょ、ちょっと、レト」
 「ぼさっとしてると、本気で斬るぞ!」
 「──っ」

 真一文字に一太刀、薙ぐ。ロクは驚くと同時に屈んで、逃げるようにしてレトの背後に回った。
 太刀筋に躊躇がなかった。どうやら冗談ではないらしいことを悟ると、ロクも腹を決めた。

 「次元の扉、発動──」

 握った拳から電気が飛散する。

 「──『雷皇』!!」

 鋭い明るさが空気を焼き、床を這う。ロクが戦闘態勢に入ると、レトは間髪入れずに彼女の懐に踏みこんだ。

 「っ、わ!」

 今度は床から天井にかけて片方の短剣を振りあげた。軌跡が、縦一閃を描く。前髪の先端がほんのすこしだけ切り落とされて、ロクは顔をしかめた。速い。ロクは後方に退く。

 「先手必勝、ってこと? そっちがその気なら──っ、三元解錠! 雷撃!」

 ロクは片手を振りかぶって、"雷撃"を床に叩きつけた。電気が足の爪先をめがけて猛スピードでやってくる。レトはロクからかなり距離をとった。

 「もう近づけないよ?」
 「……」

 ロクが口角をあげてにやりと笑った。
 近接武器はこういうときに不利だ。『双斬』は基本的に、相手の身体に直接損傷を与える技が多い。対してロクの有する『雷皇』は遠距離からの攻撃および奇襲を可能とし、敵を近づけさせない壁をも築ける。隙があるとすれば、ロクが技を繰り出す動作に集中する、一瞬の間のほかにはない。

 (試してみるか)

 「四元解錠──、交波斬まじわぎりッ!」

 双剣が重なると甲高い金属音が鳴った。刹那。『双斬』は左右に薙ぎ払われ、突風が巻き起こった。遠距離からやってくる向かい風にロクは左目を瞑り、すぐに詠唱した。

 (この次元技、初めて見る……──っ!)
 
 「五元解錠──!」

 電気の糸と糸とが絡み合い、ロクの周囲を囲うように雷の球体が編みあげられていく。"雷撃"から派生した新次元技、"雷籠らいろう"だ。ローノ支部に出現した元魔や、ベルク村でリリエンら兄妹と相まみえたときに活躍していた。
 雷の壁が完全な球体を築く、その直前。

 「隙だらけだぜ、ロク」
 
 背中越しにレトの声がした。いつの間にかロクより後ろに回っていた彼は、すでに、双剣を振りかぶっていた。
 しまった、とロクは直感した。
 "雷籠"が完成したところで簡単に打ち破られる。それに新しい壁を作ろうものならその隙に斬撃を打ちこまれるだろう。形状が散漫とする"雷撃"もだめだ。難なく斬り抜かれてしまう。
 ロクは咄嗟に、右の指先に電熱を這わせた。
 
 「六元解錠」

 猛熱をこめた細い指先を、レトの身体に向けてまっすぐ伸ばす。
 
 「──雷砲!!」

 強い光を帯びた熱線がロクの指先から飛び出し、空気を焼き切るとともにレトの左肩を撃ち抜いた。手離した双剣が遠くまで飛んでいくと、からんからん、と音を立てて床に落ちた。
 はっ、と気づいたときには遅かった。壁際まで弾き飛ばされたレトが、肩を抑えながら項垂れている。レトの後ろの壁も大きく抉れていた。

 「ご、ごご、ごめんレト……っ! あたしつい、そんなつもりじゃ」

 ロクはさっと青ざめて、レトの傍まで駆け寄った。肩から大量に出血しているのをどうにかしなきゃとおろおろしていると、レトは深く嘆息した。

 「あー、くそ。やっぱ強いな」

 空いているほうの手でがしがしと頭を掻き、レトは悔しそうに眉を顰める。ロクは呆然とした。

 「どういう感じ、五元とか、六元解錠って」
 「え……」
 「四元とかとやっぱちがう?」

 ロクは戸惑いながら答えた。

 「……う、うん。五元とか六元って、だんだんと扉が重たくなってるっていうのかな。だから重たい扉を開けるときみたいに……呼吸を整えるのと、一気に全身に力を入れるイメージ、っていうか……」
 「ふーん……。そうか」
 「……」
 「……」
 「レト、ごめ」
 「謝んな」

 レトは壁を頼りに立ちあがって、扉のあるほうに向けて歩きだした。まだ彼の語気は荒い。遠ざかっていく背中を呼び止めるように、ロクは声を絞り出した。

 「で、でも」
 「謝るのは、俺のほうだ。だからおまえは謝らなくていい」

 扉のすぐ近くに、小ぶりのポーチと手拭いが無造作に置かれていた。レトはポーチから消毒液と包帯、当て布を取り出すと、上に着ていた練習着を脱いだ。患部にぐっと当て布を押しつけ、止血をする。
 彼は背中越しに告げた。

 「おまえがものすごい早さで強くなってくのが……嫌、だった」

 怒っているわけでも毅然としているわけでもない。レトの声はか細かった。頭の中で整理ができていないうちに喋っているのが伝わってきて、ロクは目を丸くした。

 「もちろんそんなの、自業自得だ。……おまえみたいに成長するには、どうしたらいいかわかんなくて、わかんないまま時間が過ぎた。いまの俺に母さんの仇は討てない。でもおまえならわからない。……それがすげえ悔しいのに、どうしても次元の力が俺には重い。おまえが言った通りだ。おまえみたいに努力してこなかった、その報いだ」

 レトは、遠くのほうの床の上に落ちている『双斬』にちらと目をやった。戦闘中、満足に剣を振るえない瞬間がある。筋力がないせいだ。体力が足りないせいだ。まだ自分の武器ものになっていないのだと、彼は十二分に自覚していた。

 「……俺は母さんの子どもなのに、って。おまえとの差に勝手に絶望して、勝手に嫉妬してたんだ。……ごめん」
 「……」
 「だからおまえはなにも気にするな。悪いのは俺だ」

 普段より一回りも二回りも小さく見える背中に消毒液を垂らし、それから不慣れな手つきで包帯を巻き始めた。キールアに治療してもらったばかりなのにと申し訳ない気持ちになりながら、レトは練習着をふたたび被った。
 ポーチを腰に装着し片手で手拭いを拾いあげると、レトは壁伝いに鍛錬場の大扉に向かった。
 ──なにか言わなきゃ、とロクは口を開いた。けれど声が出なかった。

 『でもちょっと勇気がいるわよね』

 ぎゅっと下唇を噛みしめる。遠のいていく背中にどうしても聞いてほしくて、大きな声を出した。

 「──っ、ちがう!」
 「え?」

 レトは後ろから投げられたその声に反応して、すぐに振り返った。すると、ロクが左目に大粒の涙を浮かべていた。
 驚くとともに、レトは動揺した。縋るような目をしたロクが、まっすぐ彼の顔を見つめながら、繰り返した。

 「ちがうよ、レト」
 「ち……。ちがわねえよ、俺はおまえに」
 「あたしもレトにひどいことたくさん言った……。考えなしとか、弱いって思ってるとか……。……あたしは……レトに助けてもらったのに、なにも言わないでそばにいてくれたのに、なのになんでレトが謝るの? レトだけが謝らないで、あたしが悪くないみたいに言わないで!」
 「……。お、おいロク落ちつ」
 「どうしたらレトの妹になれる」

 ぽろ、っと。薄く開いた唇から、勝手にそうこぼれた。
 レトは口を閉じた。服の袖を強く握りしめているロクは、そうしていないと立っていられなかった。項垂れたまま、床に吐き捨てるように吐露する。
 
 「──血が繋がってないとか、いまさらそんなのわかってるよ。2人の優しさにずっと甘えて、縋って……。なのにあたしは、2人のためにしてきたことがなにもない」
 「……」
 「本当の兄妹だったら……なにもなくてもいっしょにいられるのになって……ばかみたいにいっつも考えてる。ずっといっしょにいてもいい理由を探してる。だってじゃないと、あたしとレトは……なんの繋がりもないから。だから怖くてしょうがないの。いますぐにでも離れていっちゃうんじゃないかって、そればっかり……っ。ねえ、どうしたらあたし、レトと──ほんとの兄妹に、なれるのかな」

 拾われた自分。拾ってくれた女性の本当の子ども。
 レトと自分とを隔てる扉は途方もなく重くて厚い。片方が頑張って押し開けようとしたって、もう片方がいるところへは行けない。片方の力だけでは狭い隙間しかできない。だからその先へ踏み入ることができない。「あけて」と泣いて頼むことしか、ロクにはできなかった。
 レトは、極めて落ち着いた低い声を絞り出し、端的に答えた。

 「本物の兄妹にはなれねえよ」

 重い響きが、ロクの心臓の真ん中のあたりを突く。現実だ。また幼子のように喚いてしまった。"血の繋がり"と冠された扉は、ロク一人の力ではとても開けられなくて、手を離してしまいそうになる。
 
 「けど、本物以上にはなれる」

 レトはそう言い切ってから、数歩、石のように動かなくなっているロクの近くまで歩いた。

 「血をどうこうすることができないんだったら、べつのなにかで勝るしかない。……って、世の中の実の兄妹たちになにを張り合ってんだって感じだけど」
 「……べつの、なにかって……」
 「血の繋がり、以外に、勝れるもんがあるとしたら、絆くらいじゃねえの」
 
 レトは手に持っていた手拭いを腰元の隙間に引っかけると、ズボンの内懐から黒い布織物を取り出した。ロクはそれを見て、はっとする。エアリスはロクにこの黒い髪紐を渡すとき、二つに切り分けたのだと教えてくれた。片方はレトに渡した、とも。
 髪の結び目に合わせて、レトはその髪紐を結んだ。深い黒色の髪紐は、きらきらと美しく輝く金色の髪によく映えた。
 
 「俺たちの母さんは……おなじだ」
 「……」
 「本物とか本物じゃないとか、ほんとは関係ない。おなじくらい大事に想ってて、想われてた。それはまちがいないんだ。ほかのだれかが変えることはできない。だから……」
 「……兄妹、みたいに……なれてるってこと?」

 ロクは弱々しい声でそう訊ねた。新緑の瞳が涙で濡れると、室内の灯かりと反射して煌めいた。レトは答えづらそうに目を逸らしたが、やがて呟くように言った。

 「……まあ、そうだと思う、俺は」
 「……うそじゃない……?」
 「うそじゃねえよ」
 「じゃあ、そばにいてもいい?」
 「いなきゃデスニーを倒せねえ」
 「いっしょに戦ってもいいの……?」
 「ああ」
 「ほ……ほんと?」
 「……。あのなあ、そんな訊くなよ。もう答え」
 「あたし、レトの」
 「……」
 「……」

 口を閉ざしたロクの左側の頬には、涙の跡が残っていた。目尻からもう一滴ひとしずく落ちそうになった、そのとき。
 レトが、服の袖でぐいっと彼女の涙を拭いとった。その拍子にロクは顔をあげた。

 「破天荒で、なにかと手出したがりで、一人で突っ走って。いちいち危なっかしいのに、いつも一人だけへらへら笑ってやがる。でも……目の前にあるものを見捨てたことはただの一度だってない。もしもが起きないようにいつも全力で戦う。俺の義妹だ」
 「……レ、」
 「そうだろ、ロクアンズ・エポール」

 柔らかく笑いかけるとともに、レトが言った。
 すると、ロクはまた、ぽろぽろと涙をこぼした。レトはぎょっとして、すぐさま彼女の顔に腕を伸ばす。ごしごしと目尻を拭ってやりながら、ため息交じりに彼は言った。

 「だいたい、なんでおまえのほうが落ちこんでんだよ……。いや、まあ、俺が言いすぎたせいだろうけどさ……」

 レトは「だから、その」と口ごもった。素直に口にするのが苦手なくせに、何度も謝ろうとしてくれているのが伝わってくる。
 ロクは嬉しくなって、思わず口元を緩ませた。

 「へへ」
 「な、なんだよ。急に笑って」
 「だってうれしいんだもん。よかった。レトが優しくて」
 「は? 優しくはねえだろ」
 「優しいよ。レトはいつも、まちがったって思ったら、まちがったってちゃんと言う」
 「……言うか?」
 「……ちゃんとは、あんまり言わないか。でもなんかそういうの、見えるんだよ。だから大好きなんだっ」

 ロクは満面の笑みをたたえてそう言った。レトは一瞬言葉に詰まって、腰元から手拭いを引き抜くと首にかけた。

 「もう余計なこと、考えるなよ」
 「うん。わかった」
 「それより今日のは本当に俺が悪いから。おまえはなにも気にすんな」
 「わかったってば。もー、マジメだなあ」

 ロクが返すと、突然レトがくるりとロクのほうを振り返った。そして、ぽすっ、と若草色の頭の上に手の重みが乗りかかる。ロクはそのままぐしゃぐしゃと頭を撫で回された。

 「本当にわかってんだろうな」
 「うわっ、わ、わかってるよ! わかってます!」
 「今回おまえは?」
 「わ……わるくない!」
 「……」

 ふっ、とレトがわずかに笑った。

 「ん。わかればよろしい」

 最後にぽんぽんと頭を撫でられると、レトの手が離れた。
 ロクはふと、お兄ちゃんみたいだなと、そんな風に感じた。きっと兄とはこういうもので、妹とは兄に頭を撫でられるものなのだ、なんて。幼すぎる発想だろうか。
 2人は鍛錬場から外の長廊下へと出た。ひんやりとした冷たい空気が肌を撫でる。

 「ねえレト」
 「なんだよ」
 「レト、どうしてあたしまで此花隊に誘ってくれたの?」

 ロクはレトと並んで廊下を歩きがてら訊ねた。レトは言い渋る様子もなく率直に答えた。

 「……母さんを埋葬したとき」
 「え?」
 「あのとき、おまえ……俺とおなじくらいずっと泣いてただろ。なんていうか、世界で一番自分が不幸だって、そういう顔してた。だから俺たちはいっしょなんだって思ったんだ。母さんを想う気持ちがさ。あのときにちゃんと、おまえが……妹になった、っていうか」

 エアリスが亡くなったと聞きつけて、悼んでくれる村の住人は少なからずいた。「可哀想に」と、「お気の毒に」と、嫌というほど聞かされた当時は、正直なところうんざりしていた。いま思い返せば、子ども心に余裕のなかったせいだったのだろうが、それでも墓標の前で「ごめんなさい」と謝り続けた、血の繋がらない義妹の涙が色濃く目に焼きついたのだった。
 
 「でもなんでいまさら」
 「あ、えっと……じつはね、ずっと気になってたんだ。でもなんか訊くに訊けなくて……」
 「なんだよそれ。変なやつ」
 「あはは」
 「おまえと別々になるって発想もなかったしな」

 ──本当に聞きたかったことが聞けてよかったと、ロクはしみじみとそう思った。勇気を出すのは簡単なことではなかった。もしかしたら自分が傷つくような答えが明確な音ととなって返ってくるかもしれない、そう思うと声が出なくなった。
 けれど、相手の気持ちをただ知るだけではだめなのだ。自分の心の声を聞いてもらわなければ、心が通い合うことはない。嬉しい言葉が返ってくることもなかった。ロクはいつもの調子で、「へへ」と無邪気に笑った。

 「じゃあ、いまからでもやっぱ戻してもらう? 班分け!」
 「それはいい」
 「えー! なんでなんで!? 別々になっちゃうよ!」
 「おまえなあ。だいたいおまえが別々でもいいって言ったんだろ」
 「ええ~うそだよ~。ねえレト、すねないでいっしょにいようよぅ~」
 「すねてねえよ」
 
 がっしりと腕を掴み、泣きついてくるロクの手をレトは無理やり引き剥がした。廊下を歩く間中ずっと「ねえねえ」「いっしょにいようよ」と縋りつかれたが、レトは頑として首を縦に振らなかった。
 
 途中、資料室の前で立ち話をしていたセブンとフィラが、廊下を並んで歩く2人の姿を見かけた。声をかけようかとも思ったが、2人がおなじ髪紐を頭に結っていたので、彼らは黙って義兄妹の後ろ姿を見送った。セブンとフィラは互いに笑い合った。
 
 
 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.85 )
日時: 2020/05/12 23:07
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第076次元 眠れる至才への最高解Ⅰ 

「あらぁ、いらっしゃい、レトくん。朝早くから珍しいわネ」
「ども」

 集会所の番を担当しているモッカが、カウンターから身を乗り出してひらひらと手を振った。その袖の色は灰色でレトヴェールたち戦闘部班のものとおなじであるが、彼女は戦闘部班の班員ではない。援助部班特有の紅色の腕章が、二の腕のあたりに留められている。
 モッカはカウンター横に貼られているコルクの掲示板に顔を向けた。その拍子に、栗色の巻き髪と赤い耳飾りが揺れる。

「依頼をお探しかしら?」
「ああ、いや。今日はちがうんだ」
「あらそーなの。じゃ、飲み物でも淹れよっか。ちょ~っと待っててネ」

 レトは適当なテーブルについて、脇に抱えていた資料を広げた。しばらくすると、カウンターのほうからコーヒーの香りがふわりと漂ってきた。

「……すいません、仕事でもないのに来て」
「いーのよぅ、べつにっ。ところでどーかしたの? それ……なにか調べモノ?」
「研究部班の、昨年分の報告書。資料室からとってきた」
「ふふ。バレたらまた怒られるわよ~? それで、なんで研究部班?」
「研究部班って次元の力とか、神族に関する研究をしてるところだろ。そういえばどんな研究してるか、具体的に知らないなって思って。にしても大した報告がないけど」
「言うわねぇ~」

 しばらくすると、モッカがコーヒーを木製のトレイに乗せて運んできた。

「はぁい、ドーゾっ」
「……どうも」
「うわぁ、この紙の束、持ってくるのしんどくなかった? 資料室で読んじゃえばよかったのに」
「ここ、なんか居心地がいいっていうか。茶屋みたいで落ち着くから」
「あらそーお? もともとやってたのよぅ、お茶屋さん」
「そうなんすか」

 レトは資料に向けていた視線をあげた。モッカは向かいの椅子に腰をかけながら答えた。

「家族でネ。地元でこじんまりやってたんだケド、毎日来てくれるお客さんとかいて。あの頃は楽しかったわぁ~」
「なんで、やめて此花隊に?」
「姉がここの援助部班の班員だったの。でもトツゼン、次元の力に目覚めちゃって、14年前の戦争で殉職した。アタシそのとき、お姉ちゃんの傍にいてあげたかったなぁってずっと後悔しててね。だから入隊したの。アナタたち次元師の支えになりたくって」
「……」
「ごめんネ。でもめずらしいコトじゃないわ。だからいまは、頑張って戦い続けてるアナタたちに全力で尽くすの」

 実際に、援助部班への編入を志願する者というのは、親しい人間を元魔に殺害されたなどの過去を持つ者が多い。しかしながら次元師ではない人間が大多数であるのも事実である。喉から手が出るほど、その超人的で希望に満ち溢れた力を欲している者もいるだろう。力を持たない自分たちには元魔や神族に対抗する術がない。だからこそ援助部班の班員たちは、世界の希望ともいえる次元師たちを日々サポートしながら、募る想いを密やかに託しているのだ。

「でもアタシ、ホントは手配班ってとこの配属なんだケド、まさかここの受付に配置されるとは~ってカンジなの。レトくんたち、最近は元魔の出現連絡が入ったらすぐ出ちゃうからもうここ寄ってないじゃない? 1人で長いことここにいるって意外とさみしいのよぅ~」
「はあ」

 レトが曖昧に返事をしたそのときだった。耳元に装着していた通信具が振動した。元力を通して伝わってきた意思の持ち主は、コルドだった。

『レト、いまどこにいる?』
「集会所だけど」
『至急、班長室前に集合だ』
「ん。わかった」

 通信具から手を離すと、モッカが感嘆の息をもらした。

「それ、便利よネぇ。離れたところにいる人と会話できちゃうんでしょ?」
「距離に制限があるけどな。それに次元師しか使えない」
「じゃ、この先アタシみたいなふつうの人でも、使えるようになったりするのかしらっ」
「さあな……研究部班の腕次第だと思うけど」

 レトは報告書の束をまとめて脇に抱えた。モッカに別れを告げ、彼は集会所をあとにする。
 勝手に持ち出した報告書を元あった場所に戻すため、レトは資料室に寄ってから、まっすぐ班長室を目指した。

 上着の内袋に両手をつっこみながら歩いていくと、班長室の前にはすでにコルドと、そしてフィラ、ロクの2人も到着していた。

「おはよう、レトくん」
「おっそいよ~! レト!」
「……なんで第二班の2人まで」

 つい先日班の再編成が行われたはずだ。戦闘部班が立ちあがって以来の初の試みとはいえ、班が別々となったいまになって、ロクとおなじタイミングで招集がかかるなんておかしい。
 レトが不思議そうに眉をひそめると、事情を把握しているらしいコルドがさらっと答えた。

「詳しい話は中に入ってからだ」

 班長室の扉をこんこんと二度ほど叩き、コルドは入室した。彼に続いてフィラ、ロク、レトが室内に敷かれた赤い絨毯を順に踏む。
 頭を抱えながら得意ではない雑務に投身していたセブンが、ぱっと顔をあげる。彼は黄土を薄めたような色の瞳を細めると、見慣れた顔ぶれを鷹揚に出迎えた。
 
「やあ。よく来てくれたね」
「セブン班長、連れてまいりました」
「ありがとうコルドくん。さっそくで悪いんだけど……君たち、此花隊の第一支部、研究棟へ見学に行かないかい?」

 机の上で指を組みながらセブンが言う。聞き慣れない言葉に、ロクはこてんと首をひねった。

「研究棟?」
「そう。ここ、本部には研究部班の班員がいないだろう? じつは彼らは専門の施設で研究をしていてね。北方のウーヴァンニーフという街に門を構えている、第一支部というところなんだ」

 セブンは木製の長いテーブルから立ちあがって、本棚にかかっている大きな地図の一部分に指先をあてた。

「君たちは普段、研究部班の人間と接する機会がないし、それに彼らは次元の力の研究をしているからね。いろいろと勉強にもなるだろう」
「わあっ、行きたい行きたい!」
「ロクくんならそう言ってくれると思ってたよ」
「それは構わないんですが……セブン班長、なぜこの4人なのでしょうか? いまとなっては班も別々ですし、片方ずつとかでも……」
「あ~……特に意味はないよ」
「は、はい?」

 フィラが素っ頓狂な声をあげると、その反応を楽しむかのようにセブンが「はは」と高らかに笑った。

「冗談だよ、冗談。フィラ副班はこちらに異動してきて、団体行動の経験があまりないだろう? それに、レトくんとロクくんの2人を研究棟に行かせたことないな~と、ふと思ってね」
「……本当、昔から変わってないですね、そういう適当なところ……。班分けすることになって、この2人がどれほど」
「まあまあフィラ。今回は特例ということで、ね。特例」

 飄々と躱そうとするセブンとは昔からの間柄であるフィラは、これ以上なにを言っても無駄だと早々に判断して口を結んだ。
 そのとき、黙って立っていたコルドがごほん、と咳をした。

「はは。さて。雑談はこの辺にしておこうか」

 セブンの声色が急に低くなる。空気が一変したのを察した一同は、彼の次の言葉を待った。

「見学、というのはあくまで建前上の理由。今回君たちを研究棟に向かわせる、その本当の目的は──"ある実験"の調査だ」
「ある実験の調査……?」

 すでに卓上に並べていた2枚の資料を、セブンは指先でとんとんと示した。4人は長机に近づくと、紙面に注目した。
 ロクは資料の左上に描かれた人物画を見て、左目を細めた。そのいかにも悪そうな人相には見覚えがあった。

「あれっ、この人たち……」
「そう。じつはあの事件があって以来、コルド副班の協力のもと、秘密裏に調査を進めていたんだ。右の資料は、デーボン・ストンハック。バンサ島で人身や贋作などの売買を働いていた商人だ。そして左がオッカー・ドネル。同事件でデーボンの助手を務めていた。覚えているかな」
「もちろんだよ! この悪人面、いま見てもイライラする~……!」
「あはは」
「たしかこの2人って……研究部班が開発した、次元師しか扱えない通信具をなぜか使用していた者たちだって、仰っていましたよね?」

 セブンが首を縦に振ると、代わりにコルドが口を開いた。

「その件に関して進展があったんです。この2人の身元を調査しているうちに……ある事実に辿り着きました」
「ある事実?」
「では、こちらも見てもらおうか」
「……これは……」

 セブンは机の引き出しから、新たに2枚の紙を取り出した。それぞれ、デーボンの資料とオッカーの資料の上に重ねて置く。その2枚の紙の左上に描かれている人物画に見覚えはなかったが、どちらも、白色の隊服のようなものを羽織っていた。

「ファウンダ・ストンハック。そしてこっちが、カイン・ドネル。見てくれればわかると思うが、この2人は此花隊の隊員で、研究部班に所属していた経歴がある。そしてどちらも……14年前のメルドルギース戦争で殉職した──次元師」

 セブンが静かに告げると、コルド以外の3人は驚いて息を呑んだ。

「……この、殉職された2人の次元師隊員と、デーボンら2人が……血縁関係者だったということですか」

 おそるおそる訊ねてきたフィラに対し、セブンは首肯した。


Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.86 )
日時: 2020/03/26 21:59
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第077次元 眠れる至才への最高解Ⅱ

 重ねられた資料をずらし、ロクアンズはその紙面に描かれた人物画を2人ずつ、それぞれ見比べてみる。たしかに目鼻立ちや骨格など、似通った部分は多いようだ。縁者と教えられれば疑う余地はない。

「ストンハックは父、ドネルのほうは叔父だそうだ」
「へえー……」
「ただの偶然にしては、できすぎているような……」

 フィラは困惑したように言った。研究部班が開発したものと思われる通信具を使用していたデーボンとオッカーが、元研究部班の次元師たちと血縁者だったという事実は、そう易々とは受け入れられない。

「ということは、デーボンたちに渡っていた通信具に、そのファウンダ・ストンハックとカイン・ドネルの"元力石"が使われていたっていうことですか?」
「おそらくね」

 通信具の動力源となっている"元力石"というのは、研究部班が開発した、いわば元力の塊だ。次元師の血液から採取した小さな元力粒子の物体化、と表現するのが正しいかもしれない。次元師本人の意思に呼応するという元力の特性を生かし、その呼応能力を通信手段に利用できないかと現研究部班の班長が開発を重ねた結果、通信具という画期的な道具が誕生した。

「でも班長、実験っていうのはどういう意味? デーボンたちに通信具を渡すことが、なにかの実験だったの?」

 ロクは資料から目を離し、目の前にいるセブンになにげなくそう問いかけた。彼は「ふむ」と小さく唸り、また両手の指を組んだ。

「ここから先はあくまで私の推測だ。話半分で聴いてくれて構わない」
「え? う、うん」

 突然語調が鋭くなり、ロクは思わず気圧された。机の上に並べられた4枚の資料に視線を落としながら、セブンは次のように述べた。

「本来は次元師ではないデーボンとオッカーは、しかし次元師と血縁者である。その次元師たちの血液中に含まれていた元力をおなじように扱えるかどうか……それを今回、通信具を使用させることによって試していたのではないかと思っている」
「? なんのために?」
「──次元師の増加。それが、俺と班長の見解だ」

 コルドが言い放ったそれは、まるで夢のような話だ。世界でたった100人しか存在しない次元師がその枠を超える。ロクは驚いて、左目を大きくした。

「次元師を増やす!? そんなのムリだよ! 次元の力はこの世界に100個しかなくて、1人1つ……なんだよ! ね、レトっ!?」
「俺に振るのか。たしかに、1人の次元師が2つの次元の扉を開けた例もないし、1つの扉を……」

 そこまで言ってレトは、はっと口を結んだ。逡巡するように彼が目を伏せると、セブンはそれに構わず口を開いた。

「現時点では、発見されている次元の力はちょうど100種。もしも今後新たな次元の力が発見される可能性があったとしても、それを悠長に待っている暇はない。既存の次元の力を扱える人間を増やすことに着目したほうが、よほど現実的だとは思わないかい? なにより……扉を開ける"鍵"を増やすことに成功した例なら、存在するんだよ」
「え?」
「アディダス・シーホリーの次元継承説か」

 間髪を入れずにレトが回答すると、セブンはすかさず、ぱちんと指を鳴らした。
 
「ご名答」
「次元けいしょ……なに? その難しい感じの」
「カウリアさんが言ってただろ。俺、気になって詳しい話を聞いたことがあんだよ」

 レトは数年前の記憶を呼び起こした。ティーカップに口をつけたセブンの細い瞳が、そのとき鈍く光った。

「200年前、アディダス・シーホリーっていう1人の次元師が、『癒楽ゆらく』の扉の鍵を継承することに成功した」

 アディダスが身籠った子から、力の継承は始まった。
 彼女の子の血を引いた子も、また次に産まれた子も──アディダスの血を受け継いだ人間であればだれでも、血の濃淡に関わらず『癒楽』の扉を開けることを可能としてきた。それは、次元の力を有する人間が命を落としたとき次にもっとも早く生を受けた人間にその力が受け継がれるという不可思議な構造の輪から逸脱した、いわば革新だった。
 カウリアも例外ではなかった。ロクは幼い頃、『癒楽』の力を使うカウリアに体調を診てもらったことがある。それは彼女がアディダスの子孫にあたることの証明でもあったのだ。
 そうして200年もの間、次元の力『癒楽』は継承され続けている。しかしアディダスは、次元の力の継承について一切の情報を残さずしてこの世を発った。

「歴史上でいうと、次元の力の継承に成功したのは、そのアディダスただ1人だ」
「ええっ? それって……すごくない!?」
「すごいなんて域を超えてる。だから研究者たちは、アディダスがなにか文献を遺してないか、躍起になって探してんだよ。……まあ、いまのところなにも見つかってないけどな。もし『癒楽』以外にも次元の力の継承を成功させられたら……次元師は、とんでもない数になる」
「そうだね。それに、研究者として多大な功績を得ることにもなる」

 セブンがそう付け足すと、こくりとレトは頷いた。ロクは緑色の左目をぱちくりさせて腕を組んだ。

「な、なるほど……。え、じゃあ、通信具を使ってた2人は、継承に成功する可能性があるってことか! ひえ~~……」
「可能性としては、ね。少なくとも通信具の使用は可能だった」
「すっごーい! もしほんとにその実験が成功して次元師が増えたら、もともと次元師のあたしたちも助かるし、神族を全員倒すのだって、遠くない未来になりそう!」
「ただし」

 興奮のあまり身振り手振りを大きくしていたロクだったが、斬り捨てるようなセブンの一言でびくっと肩を震わせた。彼は表情を険しくして、続けた。

「デーボンらと関わりを持っていたのは事実だ。事件当時は単なる情報漏洩として処理されてしまったが……研究部班の一部の班員たちが、意図的に研究物を横流ししていたとなれば、話は変わってくる。たとえ本当に偉大な大実験が行われていたとしても、その一点は見逃されていいものではない」
「汚名も晴らさないとなりませんしね」

 デーボンらの手に研究部班の通信具が渡っていたということが政府陣の耳に届いたとき、わざわざ呼び出されて、セブンは直接注意を受けた。そのときのことを思い出すと胸のあたりがむかむかとしてくる。
 セブンは肩を竦めながら、冷たくなりつつあるティーカップの取っ手に指を伸ばした。

「まったくだよ。そもそも私の管轄は戦闘部班だっていうのに……」
「んじゃあとりあえず、デーボンたちと関わってたっぽい人たちを探してくればいいんだよね!」
「そういうことだ。私の汚名返上のためにもひとつ、よろしく頼むよ」
「らじゃ~! レト、ちゃっちゃと準備しに行こ!」
「ああ」
「あ、レトくんちょっと」

 セブンはレトに向かってちょいちょいと手招きをした。呼び止められたレトはぴたと足を止めて、振り返った。

「じつは君とコルドくんの第一班には、もうひとつ、別の仕事を頼まれてほしいんだ」
「……? なんだよ、別の仕事って」

 不思議そうな顔をしてレトが言うと、セブンは「えーと」と呟きながら机の上で山積みになっている本や資料を漁りはじめた。その様子を見ていたコルドとフィラは、普段からきちんと片付けをすればいいのに、と心の中で呟いた。セブンは身の回りの整理整頓がどうにも苦手な男なのであった。
 目当てのものが見つけられなかったのか、セブンはくしゃくしゃと黄土色の髪を掻くと、「はは」と苦笑をこぼしながらレトのほうに向き直った。

「ついこの間、ウーヴァンニーフにある"大書物館"から一冊の書物が盗まれた、と館の主から依頼を受けてね。その本を探してほしいんだ」
「へっ? だいしょもつ……かん? ってなにそれ」
「なんでそれを俺たちが」

 新しい情報が持ち出されると、ロク、レト、フィラの3人は困惑の色を示した。しかしセブンは、あくまで地続きの話であることを明らかにした。

「その本はね、古語で書かれていたものだったらしいんだよ」
「! 古語……」
「現代の我々にその本を読み解くことは不可能だ。だが、古語ということは……200年前にアディダスが書き残した資料、かもしれないよね」
「……研究部班の班員が、その書物を盗み出した可能性がある、ってことか?」
「もしかしたら、ね。目星をつけているにすぎない。それに君なら、もし見つかったときに内容が読めるだろう。だから君に頼みたいんだ」
「え、じゃあレトたちはその本を探して、あたしとフィラさんは……ってあれ? ……別行動?」

 ロクが頭上に疑問符を浮かべて首を傾げる。にやり、と口角をあげ、セブンは二の句を告いだ。

「言っただろう、特例だって。今回の任務は二手に分かれて調査をしてくれ。コルド副班率いる第一班は盗まれた書物の在処を。フィラ副班率いる第二班は実験の関係者を洗い出せ。情報はこまめに共有することを徹底してくれ。……これは戦闘部班班長、セブン・ルーカーから君たちへ下す、直々の依頼だ」
 
 第一班のコルドとレト、第二班のフィラとロクはそれぞれ承知の声をあげた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.87 )
日時: 2023/03/24 19:06
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第078次元 眠れる至才への最高解Ⅲ

 ウーヴァンニーフはメルギース国の最北西に位置しているため、長旅になることが予想される。今回の任務に赴く4人は各々、準備のために一旦解散した。
 身支度が整い次第、門の前で落ち合うことになっている。準備にあまり時間をかけないロクアンズが一番乗りだった。外門に寄りかかり暇つぶしに砂利を蹴っていると、門の石造の柱から、コルドの黒髪が覗いた。
 
「お。相変わらず早いな、ロク。準備に抜かりはないか?」
「大丈夫大丈夫! なんか準備するものってそんなに思いつかなくってさ。みんないつも、なにを持ってってるの?」
「そうだな。俺は携帯食料、水筒、地図、簡単な薬品類。あと多少の路銀か。まあふつうだよ」
「レトもそんな感じだった気がする~っ」
「あとそれらの予備分も入ってる」
「よ、予備!? えっいま言った全部? それは……多いね、コルド副班……」
「準備は入念に行うべきだ」

 ほかはともかく地図の予備まで持ち歩くのか、とロクは少々引きながらも適当に相槌を返した。コルドにはまちがっても、携帯食料を多めに持ち歩いてますなどとは口にできないなと、さっと足元に視線を戻した。
 砂利を見つめていると、ふとロクは半刻ほど前の班長室でのことを思い出した。

「ねえコルド副班、セブン班長さ、ちょっとだけ怖いときない? あっ、もちろんいつもはすっごく優しいんだけど、でも……うぅーん、なんていうか」

 話半分で聴いてくれ、と切りだしてからのセブンは、いつもとはどこか雰囲気が異なっていた。だれが相手であっても物怖じすることのないロクが彼を目の前にして自然と背筋が伸びてしまったのも、単なる気のせいではない。
 コルドは答えた。

「あの方は聡明なんだよ。なにより、あらゆることを同時進行で考えている。自信、というのかな。先々のことを見据える力も、起こりうる事態の予測数も、きっと俺なんかでは遠く及ばない。だからこそ今回の任務のように、内部で行われていることにすこしでも事件性を感じると、人一倍危機感を覚えるのではないかと俺は思う」
「……。へ、へえ……」
「ああ、悪い悪い。すこし小難しい言い方をしたな。つまりなんというか、班長はとても頭のいい人だから、楽観的ではいられないときもあるってことだ。それに、すこし前まで隊長補佐であられたお方だからな。無意識のうちに、戦闘部班以外の部署にも目を光らせてしまうんだろう。……あ、っと、それは知ってたか? ロク」
「ああ、うん。フィラさんからちょっとだけ」

 ベルク村からローノの町に戻ってきたときに、たしかそんな話を聞いた。あのときは、セブンとフィラが知り合いであったことに驚くばかりですっかり頭からは抜け落ちていたが、そもそもロクは隊長補佐という役職に聞き覚えがなかった。

「でも隊長補佐ってなにする人なの? いまはそういう人いないよね?」
「隊長補佐は、文字通り隊長のお付き役で、隊長とともに国中を回るのが主な仕事だと班長が仰っていたな。行く先々での面会の段取りとか、宿屋の手配とか馬の用意とか、とにかく隊長のサポートをしていたとか」

 セブンが戦闘部班を立ち上げて以来、隊長補佐という役職は空席のままだ。彼は此花隊に入隊してまもなく隊長補佐に配属となったが、隊長のラッドウールは後にも先にも、セブン以外の人間を自分の隣に控えさせたことはなかった。セブンいわく、「幼いときから息子同然に面倒を見てきたから、単純に使いっ走りとして便利だったんだろう」とのことだった。
 コルドは左手の指を三本立てると、自慢げに言った。

「隊長補佐は、じつは此花隊の中で3番目に偉い役職なんだぞ」
「え! 3番目!? すごいっ、セブン班長!」
「だよな。だけど班長は、そのすごい役職をいとも簡単に投げ捨てて、次元師の組織化という、政会の人間たちに白い目で見られるような計画を成し遂げた。初めこそ俺も、班長のことを変わったお人だと思っていたし、なにか企みがあるんじゃないかと警戒もしていた。だが……『次元師に居場所をつくるためだ』と言われたとき、俺は図らずも、心が救われてしまったんだ」
「救われた、って?」

 ふいに視線を外し、コルドはべつの方向を見つめた。彼がうなじを向けてきたのでロクは不思議がって、彼の視線の先を追ってみた。そこには荷馬車に不具合がないかと調べている、援助部班の班員の姿があった。

「戦闘部班に入る前、俺は援助部班の警備班にいたんだ。ローノの支部にもいただろう? 町や村で事件が起こったときには対処するし、俺は次元師だから、元魔が出没したら討伐に向かう。だけど次元師っていうだけで、同僚からは一線を引かれていた。『なんの努力もしないで力を持ってる』『どうせ普通の人間を下に見てる』って……いま思い出しても、散々な言われようだったな。だから俺は、次元師として役目は果たすが、警備班として、一隊員として、周りの人間と打ち解けようとはしていなかった。打ち解けたいと思えなかった。どうせ相容れないと……どこかで冷めていたんだろうな」

 次元の力を持たない人間たちの、次元師に対する態度は主に、二分される。「次元師様」と英雄視をしてくるか、「次元師だからって」と、妬みによる嫌味の目を向けてくるか。
 コルドが警備班に所属していた頃は、後者側の人間が多くいた。というのも、警備班は腕に自信のある男たちが志願する部署だからだ。いくら日々鍛錬を積んで強靭な腕力を得ようとも、普通の人間の力が次元師を上回ることはない。妬まれ、蔑まれ、ときにはくだらない苛めにも遭った。
 隊長補佐だったセブン・ルーカーから「次元師の組織を立ち上げるのでついてきてくれ」と持ちかけられたとき、コルドは二つ返事で承諾した。が、それは快諾ではなかった。

「班長は次元師じゃない。次元師の気持ちがわかるはずもない人にそう言われたところで心は動かなかった。それに俺なんかより遥かに上の立場にいた人だ。いいように使われるだけだと、そう思ったよ。けど俺はあのとき……嘘でも綺麗事でも、なんでもいいから、あの場所から逃がしてくれる言葉がほしかったんだ。だから班長についていった。意外だろ」

 にっと白い歯を見せてコルドが笑うので、ロクは思わず、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「そ、そう……だったんだ。うん、意外……」
「いま思えば、戦闘部班を立ち上げたのはフィラ副班のことがきっかけだったんだよな。それでもべつに構わないが。結果的に俺は本当の意味で救われたし、班長は……」

 コルドは言いかけて、一度口を閉じた。そのとき、凛とした顔から笑みが消えた。彼は、落ち着き払った口調で独りごちた。

「班長は、とても聡明なお方だ。だが戦闘部班を立ち上げてから、あの方は苦しい立場にいらっしゃる」
「……」

 通信具のようなものがデーボンたちの手に渡り、情報漏洩ではないかと上から注意を促されたのも、セブンだった。本来なら研究部班の落ち度ではないかと疑うところだが、通信具を所有しているのは研究部班だけではない。戦闘部班もおなじなのだ。研究部班の班長の代わりに副班長が同席していたが、あろうことか責任を問われたのはセブンのほうだ。勘違いも甚だしいが、政会にとっては真偽などどうでもよいのだろう。ただ、傘下にある此花隊の内部で造られているものに関して、情報漏洩や横流しが行われていたとあれば黙ってはいられないのだ。それに、国をあげて次元師の組織化を禁じているにも関わらず、セブンという男は巧みにも、次元師のみで構成される組織を立ち上げてしまった。それが面白くなかったのも、ないとは言い切れない。
 セブンは不必要に呼び出され、むりやり頭を下げさせられたといっても過言ではなかった。

 此花隊、もといこの次元研究所が政会から金銭的支援を受けるようになったのはそれこそ、100年以上も昔の話になる。王政が廃止となり、一部の人間たちによって新たに創立された"オークス政会"が、次元の力の解明をしようと集まった研究者たちに手を貸そうとしたのがきっかけだった。次元の力や神族の解明が進み、やがて神族を打ち滅ぼすことができれば、メルギース国はふたたび王を迎えることができる──。この国の民は例にもれず、心の内で密かに願っているのだ。政会の人間たちも、神族を滅ぼすために尽力を惜しまない心づもりでいる。
 が、政会は、純粋に王の再誕を待ち焦がれているのではない。もしもこの国の王を決める機会が訪れたら、国の代表として地位を確立しつつある政会の人間が王位に就けるやもしれない。そう目論んでいるであろうことは火を見るよりも明らかだった。
 利害の一致によって、次元研究所の研究者たちは政会と手を組んだ。

 金銭的支援を受けているということもあり、此花隊は政会に対して強くは出られない。ましてセブンは次元師のためにと懸命に画策し、結果的に政会から睨まれるようになってしまった。
 にも拘らず、日々喰らう苦労をおくびにも出さず、己の目的を成し遂げてしまうセブンの強さに、コルドはだんだんと惹かれるようになっていったのだ。

 言い切ってから、コルドはふっと頬を緩めた。見上げると空は青々として美しく、どこまでも高かった。

「だから俺は、あの人が望むなら喜んでその手足となって働くし、常に最善を尽くしたい。俺はそれほど柔軟ではないから、この次元の力であの人の役に立てるのなら、いくらでも身体を張る所存だ」
「すごいねっ! 最初は変な人だって思ってたのに、いまでは大好きなんだ」
「尊敬、という言葉のほうが近いだろうな」

 好意、というだけではどうも軽薄だ。それにセブンという男を1人の人間として慕っているかと訊かれるとちがう気がした。よく居眠りはするし、自分の身の回りの片付けもまともにできない。どちらかというと、誠実で真面目な自分とは正反対で、苦手な人間に分類される。
 しかし、その圧倒的な存在感に目がくらむ。跳んでくる野次も、囁かれる陰口も、外部からの攻撃をものともしない究極の頑固さに心が痺れる。悔しいくらいに格好いいのだ。好意を遥かに通り越した、尊敬だった。
 ちょうどそのとき。準備を終えたらしいフィラとレトヴェールが、門の前に到着した。

「わ、すみませんコルド副班、お待たせしてしまって。それにロクちゃんも」

 2人は来る途中で合流したのだろう。フィラが申し訳なさそうに頭を下げると、コルドは穏やかに笑った。

「とんでもないです。それに女性を待つのは男の本分ですよ」
「へっ、そ、それは……面目ないです」
「はは。なんですか、面目ないって」
「だってそんなこと言われ慣れてないですから……」
「……レト、女性だって」
「俺のことではないだろ」

 援助部班の班員が早くから荷馬車を控えていてくれたので、コルドを筆頭に4人は荷馬車に乗りこみ、本部を発った。
 コルド一行は立ち寄った町々の宿に泊まり、夜が明けたら荷馬車を走らせた。そうして十五日ほど経てようやく、目的地であるウーヴァンニーフに辿り着いた。
 
 
 


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