コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.146 )
- 日時: 2024/04/07 19:01
- 名前: りゅ (ID: vHHAQ2w4)
凄い文章力ですね!
ファンなので応援していますね!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.147 )
- 日時: 2024/05/05 20:55
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第132次元 時の止む都Ⅷ
"巌兜"を発動させる直前の時間まで巻き戻ったのだ。メッセルは怒りで震える拳を固く握りしめた。
「……クッソ! また時間が巻き戻りやがった!」
時間の巻き戻しが行われると、状況把握に一瞬気を取られる。よって、発動できていたはずの次元技の再発動に遅れを取る。いくら的確に盾を展開できたとしても、なかったことにされてしまうのだから厄介このうえなかった。自身の扱える次元技の中でも、"巌兜"は、一方向からの防御にもっとも優れているが、破られてしまった以上、再考しなければならない。メッセルには早急な対処が求められていた。
瓦礫の山に突き刺さったガネストの体はぴくりとも動かない。しかし彼はまだ意識を保っていた。
恐ろしかった。あの赤い目がまっすぐこちらを捉えている、と認識した途端、身動きが一切とれなくなった。ロクアンズやレトヴェールは、あんな化け物と二度も相まみえて、そのうえでまだ探し続け、戦おうとしている。神族どころか、元魔との戦闘経験すら両手の指で足りてしまうガネストは、圧倒的な力の存在を前に、圧倒的な経験値不足を嘆き、戦意を喪失しかけていた。
けれど、息をするのもやっとなその口で、呼吸以上の嘆きを吐けないのには理由がある。ガネストは一度首をたれて主人に誓った忠誠を覆せない。だから言えない。ここで果てられない。「恐い」も、「相手にならない」も、それから──「守れない」だなんて、一瞬考えてしまうだけで、口の中に広がる鉄のような罪の味が濃くなった。
「まだ、だ……。こっちを狙え、神族、僕がお前の……相手だ!」
思考する脳を置き去りにして、ガネストは感情任せに引き金を引く。
「──四元解錠、"挟弾雨"!!」
照準が合わないままに弾丸はたて続けに二つの銃口から吐き出されて空気中を駆け抜ける。アイムの顔面を穿つそれはさながら、大粒の雨が地面を叩くようにけたたましい音を降らせた。巨大な腕で顔を覆い隠し、縮こまっているが、弾丸の雨が止めばアイムはきっと意にも介さず、動きだすだろう。
ルイルは、困惑していた。彼女は神族【IME】の能力による時間の巻き戻しをいまだ感知していなかった。だんだんと焦りが深くなっていくメッセルの表情も、らしくない戦い方をしているガネストも、考えれば考えるほど奇妙で、幼いながらにルイルはぼんやりと察していた。寂しさ、そして難しい言葉をさらに並べるのなら、疎外感だ。
「じかんが、まきもどり……?」
「……せ、説明はあとだ、嬢ちゃん! おめぇさんは、俺にしっかり捕まっててなぁ」
さっきまで怖い顔をしていたメッセルが、目尻にしわを寄せて、にかっとルイルに笑いかける。ルイルにはまだ、人の表情の機微が読み取れなかった。母国で生き別れた姉のライラ子帝殿下ならば、上手に言葉を切りこめるだろうが、ルイルはまだ小さすぎて、なにが正しいのかもどう言えば正解なのかもわからない。ルイルは不安げな表情を隠しきれずに、ふいとメッセルから視線を外して、俯いた。
(めっせる副班もガネストも、たくさん動いてるのに……ルイルは、いま、なにをしたらいいか、わかんない)
元魔だって自分の背丈より遥かに大きくてまだ戦うのは怖いのに、神族はもっと恐ろしい存在だとメッセルやガネストが教えてくれた。だから下手に動いて二人の邪魔をしたくなかったり、"もっと恐ろしい存在"への得体のしれない恐怖心に襲われて、メッセルの袖元に匿われているのが精一杯だった。
側近のガネストには再三、危険だと思ったら身の安全を第一に考えろ、と口酸っぱく言いつけられている。
次元師としてこの国のためにいる、と友人の前では言えたはずなのに、いざ戦場に立つと、足元がぐらついて仕方ない。
でも、言いつけの通り、素直に身の安全ばかりを考えてしまうのだから、まだ一国の王女としての自覚が勝っているのだろう。そのうえ王宮で暮らしていた頃とは違って、たった一人だけ側近を連れ立って、海を渡ってきてしまった。心だけでも何重と警戒していなければ、いまの身の上は無防備極まりない。
ルイルは気疲れからか、だんだんと頭が重くなってくるように感じた。視界がぐらり、ぐらり、と右へ左へ傾いて、不安定になる。
そんなときだった。俯くルイルの頭の上に、大きくて粗忽な手が乗りかかった。ぐわんと頭が持っていかれそうになり、ルイルは袖を掴む力を強めた。
メッセルが、すぼめた口先から細い息を、熱く吐いた。
瓦礫の山から身を乗り出して、横殴りの鉛の雨を降らすガネストは、いよいよ集中を切らしつつあった。"挟弾雨"は、術者の元力と意思の許す限り、半永久的に弾を射出する。絶え間なく撃ちだせばそれだけ元力は激しく消耗する。ガネストは撃ち続ける間にも、どうにか策を練ろうとしたが、かえって思考はまとまらず焦りだけが格段に募っていった。
『ガネスト、攻撃を止めろ!』
ふいに耳元でがなり声がした。元力を結晶化し、人工的に生み出された"元力石"を用いて発明されたこの研究物から聞こえてくる意思の声にまだ馴染みがなく、一瞬、ガネストは反応に遅れた。
「止めればあの腕が飛んできます! この距離じゃ、止めたあとに回避しようとしても間に合いません。……さすがにもう一度受けてしまえば、どうなるかわかりません。策を講じてからでないと止めるのは無理です!」
『その前に、おめぇさんがぶっ倒れるだろうが! だぁから止めろって言ってんだドぁアホ。しばらくこっちでなんとかする!』
焦りと苛立ち、そりの合わない口汚なな罵倒、身に降りかかるあらゆる嫌悪感に、沸騰しかけていた全身の血がついに臨界点を超えた。
「さきほどの黒い盾ではおなじことの繰り返しです! それに守るだけでは、この戦闘は終われません。神族の心臓の有無がわからない以上、優先するべきは無力化。そのために僅かでも攻撃を与え、消耗させなければなりません。我々の中で僕が攻撃の要だと言ったのはあなたでしょう、副班長! だから早く、攻撃の指示を!」
『……だぁ~~~~! 言うこと聞かねぇガキだなおめぇも! その攻撃を立て直せっつぅ話をだな……あぁクソ、子守りはしねぇっつったのに、まったくよ!』
その矢先だった。銃把を握る手の内に溜まってきた汗で、ガネストははっとした。握りが甘くなっている。残る力を振り絞り、持ち直そうとした、が、手の中でそれは変に滑ってしまった。
ガネストは、右手に携えていた『蒼銃』を取り落とした。
(しまった!)
一丁の『蒼銃』が瓦礫の上で跳ねながら、落ちる。白む景色がゆっくりと流れる。
もう一丁手元に残る銃を引き続ければよかったのに、ガネストは手を止めてしまった。
自身を取り巻く景色、風の音、耳元で名前を呼ぶ声、それらを遮断し孤独になった世界を叩き割ったのは、耳をつんざくように鳴った衝撃音だった。
しかしガネストの身に降りかかったのは、痛みでも衝撃でもなく、──巨大な影だった。
ガネストは閉じかけた瞼を持ち上げる。膨大な質量をしたその音が、目の前で弾け飛んでいた。
否、音だけではない。自身を目掛けて飛んできた神族の二本の腕が、"なにか"に切断されて空を舞ったのだ。
「六元解錠──、"絶豪"!」
巨腕を叩き割ったのは、相手と自身らを隔てるようにして発動する盾、"絶豪"。
アイムの腕の軌道上に生み出され、上腕と、肘から下を絶した。ガネストはただ目を見開いて、空を飛び、視界の端に消える巨腕を見送った。
"絶豪"の特性、完全に空間を分つその力を利用した、防御であり攻撃の一手。
メッセルは、余裕の消えた頬に汗を滲ませて、乾いた笑みをこぼした。
「……クソ、付け焼刃になっちまったが、運がいいぜ」
アイムの短くなった腕が、がくりと崩れ落ちる。神は四つん這いになり、ぴたりと静止した。銃声が止んでしんと静まり返った街の中に、三人の呼吸が落ちる。
ガネストは揺れる体で立ち上がった。瓦礫の山に突き刺さっている一丁の拳銃を取り上げようとして、すぐに、滑り落とした。
(──……)
ぐっと奥歯を噛み締める。今度こそ拳銃を拾い上げ、通信具からメッセルの呼吸音が聞こえているのを確認すると、口を開いた。
「メッセル副班長。あの……」
ドシン。大地が、揺れた。
足元が踊った。視界がブレた。声が途切れた。息を、止めた。
それを凝視した。
巨躯が激しく震動している。残された短い腕ががたがたと小刻みに動き出して、次の瞬間だった。
「厳戒態勢だ!」
その声は通信具の奥からだったのか、街の中からだったのか。
直接脳みそを揺さぶられるほどに、深くガネストの意識に突き刺さった。
腕の切断口から、太い腕が"再生"した。末端までしかと伸び切った新しい手指はアイムの両端に聳え立っていた建物の上に降り立ち、平らな脳天を崩落させた。そして。脇の下。肋骨の横。腰の上。腿の端。それらの両端から二本ずつ新たな腕が芽吹く。アイムの周囲を取り囲んでいた建造物の天井が、十本もの手指の末端と衝突しただけでいとも容易く弾け飛んだ。周囲の建造物に、触れ、壊し、触れ、弾き、触れ、崩し、を悪夢のように繰り返す。
「ア゛ア゛アア ア゛アアア゛!!」
巨躯に十本の腕を携え、不愉快な哭き声を発信し続ける"それ"は、もはや神聖な生き物ではなく、醜悪極めた化け物だった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.148 )
- 日時: 2024/06/03 22:14
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第133次元 時の止む都Ⅸ
十本の巨腕を縦横無尽に振り乱し、アイムは、周囲の建造物を手当たり次第に破壊していく。その魔の手は、メッセル、ルイル、ガネストにも届こうとしていた。
『メッセル副班!』
「わぁってるよ! その場を動くな、ガネスト! ──クソ神野郎が、何遍でも防いでやる!!」
メッセルは固く握っていた手を広げる。分厚い手のひらから瞬く間に溢れだした光が、『異次元への扉』を開く。
「六元解錠──"展陣"!!」
宙に出現する、人の身の丈ほどの"盾"──それは数十にも連なって、複腕の化け物を完全包囲にした。化け物、アイムはゆうるりと首を回しただけで、意に介さず、巨腕を振り乱そうと動き出した。一本、太い腕が風を切るだけで重低音が響き、"展陣"に向かって墜落するとそれはたちまちに砕け散る。が、『展陣』は複数の盾を自在に生み出して操作する次元技だ。すかさずメッセルは、また新たに盾を、アイムの腕の軌道上に生み出して、文字通り"陣形"を整える。
アイムは十本の巨腕を、なんの脈絡も意図もなく、ただ激しいばかりに振り回し、盾と衝突すればそれを叩き割った。されど盾は延々と空中に湧いて出る。アイムの腕の軌道や、盾が破壊されればその余波を懸念し、数十に貼り巡らせた盾を見事に操作し続けるメッセルは、頭の隅で次の一手を講じていた。
「おいガネスト! 聞こえてっかぁ!」
『は、はい』
「このままじゃ埒が明かねぇ。おめぇさんよ、最初に俺がぶっ飛ばした腕、わかるよな!? そいつの根元を狙い撃て! 勘だが新しく生えやがった八本よりか強度は低いはずだぜ。一本二本飛ばしゃまたバランスを崩すだろ。そこを突く! 頼むぜ!」
ガネストは、すぐに返事ができなかった。初めの二本の狙い撃ちが、容易ではないと、頭で理解したのが先だったからだ。十本の腕はどれも休まず元気に動き続けている。それに根元から波打っており縦横無尽で、軌道も読みにくい。理由はもうひとつあって、メッセルの"展陣"もまた、盾であると同時に、弾の障壁になっているのだ。
特定の腕の、特定の部位を、正確に狙ったうえで、それを弾丸で切断する力も伴っていなければならないなんて、課題が多くて頭が痛くなりそうだった。
(千載一遇の機会を狙うような余裕のある戦況では、ない。ほかの腕に仕掛けてみてはだめなのか? ……いいや、やっぱり、よそう。それにしても、そこを突くと言っていたけども、メッセル副班長はなにか策を考えている……?)
なかば身のないような声で、承知しました、と、ガネストがようやくメッセルに返事をしかけたときだった。
通信具越しに、ルイルの甲高い悲鳴が聞こえてきた。
『! ルイル!!』
ほんの数瞬、前。メッセルとルイルの目の前に展開していた『展陣』に巨腕が衝突した。すぐさま新しい盾を生み出そうとしたメッセルだったが、それよりも早く、死角からもう一本の腕が迫っていた。盾を貼るのは間に合わないと察したメッセルはルイルを抱きかかえ、身をよじって力任せに飛びのいた。
目の前まで接近した腕の、平べったい手の先に、爪のような鋭利なものが伸びていた。メッセルはそれによって衣服ごと背中を裂かれた。傷はまだ浅い。態勢を立て直し、次の襲撃に備えるまで余裕があった。盾を空中に展開。した途端、心配そうな表情で、ルイルがメッセルの服の裾にしがみついた。
「安心しな、嬢ちゃん」
ルイルの頭の上をまたメッセルが撫でた。彼の顔は汗まみれで、背中の切り傷からはどくどくと赤い血があふれ出ているのに、声はつとめて明るかった。
「俺ぁ……優秀な術師じゃねぇからよ。カッケー感じで敵さん倒せねぇんだわ。さっきの"絶豪"は運がよかっただけだしな! けどよ、姫さんだけは守らなくちゃあな」
守る、と言ってくれるメッセルもガネストも、苦しそうだ。傍で血を流されて、遠くで鳴っている銃声を耳にしていれば、幼いルイルにもそのくらいはわかる。まるで安心ができない。ずっと心臓がうるさいままだ。そのせいか、メッセルの声がいっとう静かに感じられた。大人の声だ、と当たり前のことを思った。
「守護は、俺の専売特許だぜ」
メッセルはルイルの目線の高さに合わせてしゃがみこむ。それから彼の手元が明るく瞬いた。詠唱が聞こえてきたのだが、ルイルにはその強い瞬きのほうに意識を捕えられていて、メッセルがなんと唱えたかまではわからなかった。しかし、手のひらに収まった鶏の卵ほどの大きさの球体を見せながら、メッセルは答えてくれた。
「こいつは"封蛹"。携帯型の盾でな、持ってるやつが望みゃ発動して、そいつを守ってくれるもんだ。強度はあるがあいにくと小さいもんでよ、一人を覆うので精一杯だが、ほれ、持っときな」
「な、なんで……?」
「お守りだ」
聞きたかったのは、「なんでそんなものをいま渡すのか?」だった。このままメッセルや、彼の盾が守ってくれるのではないのか。ルイルは突然不安に感じたが、口にしたらことさら心が縮まりそうで、言えなかった。だからそのお守りを、なかば押しつけられる形でメッセルから受け取った。
アイムの複腕は休止の二文字を知らず、極限の激しさを保ったまま周囲の建物を、木々を、『盾』を片っ端から薙ぎ倒していくが、よくよく観察していると、腕の何本かに傷跡が刻まれているのが見えた。防御に徹しているメッセルにも、その足元にひっついているルイルにも、機会を伺い続けているガネストにも、あのような細い切り傷や、ぶつけたようなへこみはつけられない。アイム自身が、傷つけているのだ。建物の一角や、木枝の切っ先、盾の破片に爪痕を残されて。しかしアイムに自覚はないだろう。なぜならばとっくに自我はなく、自身を省みるなんて意識もない。ガネストは、まじまじと腕の動きを観察していたためか、アイムの腕の傷にいち早く気がついた。
(いまならば、僕の次元の力でもアイムの腕を二本……いや、一本だけでも、なんとか破壊できるか?)
そのときだった。左側の上腕が真上に弾けて、脇が開く。続けてその下の腕もくねりと舞い上がったので、左側は狙うのが厳しいが、その向こう。右側の上腕が無防備に持ち上がった。くっきりと腕の根元が視界に映った。
(いまだ!)
引き金にかける指に力を込めた。次の瞬間。
「あ」
ほぼ同時だった。ガネストは見てしまった。手元から、なにかを滑り落としたらしいルイルが、小さく悲鳴をあげて、それを追いかける。まるで手元で遊んでいた毬を落としてしまったかのように、けつまずきそうな足取りで走り出していた。
アイムの腕の一本、低い位置から生えている左腕がぐんと急に曲がった。その軌道上に、ルイルは飛び出していた。
ばかやろうの声に、迫りくる巨腕に、気がついたときには、目前にまで脅威は迫っていた。
ガネストは迷わず引き金を引いた。激しい銃声が響いた。
──が、誤算だった、とあとになって理解した。ガネストもまた、頭が真っ白で、視野が狭まっていて、見えていなかったのである。
『蒼銃』が撃ち抜いたのはアイムの巨腕ではなくメッセルの胸元だった。そのはずだ。ガネストが狙いを変更して発砲するよりも先に、メッセルが動いていたのだ。彼はばかやろうと叫ぶ間にも大きく一歩を踏み出していて、二歩ほどでルイルに追いついた。彼女の腕を手早く引き寄せながら『展陣』を貼り、巨腕と衝突させた。その瞬間だったのだ。メッセルの肩口と胸のちょうど間を、一発の弾丸が貫いていったのは。
視界の奥で、メッセルの体から赤い血液が飛び出して、ガネストは息を詰めた。
途端に心臓が暴れだす。全身の血が忙しなく巡っている。引き金を引いた指先にすべての意識と熱が集まっているんじゃないかと疑うほどに、その指は痛く軋んで、動かすことができなかった。代わりに、大きく見開いた瞳を、瞬かせた。
「メ……メッセル副班長!!」
頼むから無事だと返事をしてほしい。だぁいじょうぶだといつもの調子で声を返してほしい。その一心で叫んでいた。また手元から銃が落ちそうになるのを気にも留めずに、ガネストはメッセルの名前を呼び続けた。
「信じてるぜ」
意思の声がガネストの耳元で反響し、そう聞こえてきた。口元は笑っているのだろうが、息も絶え絶えで、いまにも掠れて消えそうで、まったく取り繕えていなかった。
「俺ぁ、おめぇさんをよ」
途切れた。苦しそうに掠れた語尾が、その後訪れた静寂に尾を引いた。
だらりと落ちた腕の重みで、そのまま崩れ落ちてしまいそうになるのを、意志だけで引き上げたのは、ルイルのもとへ向かうためだった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.149 )
- 日時: 2024/06/30 19:19
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第134次元 時の止む都Ⅹ
ガネストは瓦礫の山のてっぺんから飛び出して、巨大なアイムの脇を駆け抜けた。暴れ回る腕の波間を縫い、遮蔽物を越えて、一心不乱にルイルとメッセルの居場所を目指した。鮮やかな桃色の頭が見えてくると、それは小刻みに揺れていた。血だまりの中で倒れているメッセルに縋りついて、ルイルが声をあげて泣いているのだ。
「めっせ、る、ふくはん。ねえ、ねっ、おきて、めっせ」
彼を血だまりに沈めたのが、その胸元を撃ち抜いたのが、自分の射出した弾であると、ルイルは気づいてしまっただろうか──。その懸念はすぐに霧散することとなる。
ルイルは瞳にいっぱいの涙を溜めて、近づいてきたガネストの顔を、その潤んだ双眸で見上げた。
「……! ぁ、ガネスト! ガネスト、めっせる副班がね、おきないの。どうしよう、どうしよう……! ルイルが、お守り、落としちゃって、ひろいにいったからぁ……!」
ガネストはぐっと拳を作った。爪先で手のひらを裂いて出血してしまうのじゃないかというほどに、固く、握りこんでいた。ルイルは気が動転しているのもあって、メッセルが倒れた本当の理由を知らずに、ただひたすらガネストに助けを求めた。
「ガネスト……!」
「ルイル、一度離れましょう」
掠れた声で静かに言い放って、ガネストはルイルから視線をそらし、メッセルの傍でしゃがみこんだ。そして自身より一回りも二回りも大きいメッセルの体を背負うと、足をぐらつかせながら歩き出した。ばらばらと、背後で数多のなにかが一斉に崩れ落ちる、大きな音がした。振り返れば、メッセルの『展陣』が主人の声をなくし、次々と死に絶えていた。アイムの十本の腕がもし、"周囲にあるものを破壊しようとしていた"なら、『展陣』を失ったこの戦況に留まるのは自殺行為に等しい。盾なきいま、真っ先にガネストとルイルが標的にされる。だからこそガネストは、一刻も早くこの場を離れようと急いだのだ。
縦横無尽に荒れ狂っているアイムの複腕にはまだ捉えていない。この隙にと、二人はなんとか形を保っている建物の影の下に入りこんだ。
(勝機はない)
応急処置を施したメッセルを建物の壁に寄りかからせながら、ガネストは冷静に状況を理解をしていた。
まだメッセルが動けているうちでも、戦況は防戦一方だった。その"防戦"すら封じられてしまったガネストとルイルの二人に打つ手はない。一時撤退を図り、応援を呼ぶのが最善手だろうが、忘れてはならない事実がある。アイムの最大の能力は、時間の巻き戻しだ。下手に動いて、認知をされれば、時間は後退し、かえって相手に隙を与えてしまう。考えるのと武器を取るのとを同時にしなければならない。こうしている間にも、アイムは標的を探して、巨体を引きずりながら動き回っているのだ。
そうしていると、ふいにガネストは、ルイルが両手で大事そうに抱えている白い球体に視線を吸い寄せられた。
「ルイル……それは?」
ルイルは、蕾を膨らませるように、ゆったりとした動作で両手を開いた。その手のひらには複雑な金細工が施された白い球体──"封蛹"が収まっており、それをガネストにもよく見えるようにすこし持ち上げた。
「これ……メッセルふくはんから、もらったの。ルイルのこと、守ってくれるんだって。ひとり分なんだって……。さなぎ? みたいな……名前だったよ」
「……」
ガネストはしばし考え込んだ。口ではガキのお守りは面倒だのと、大声で文句をたれるような男だが、甘やかし方も一丁前で、なんだかんだと異国からきた二人の子供の面倒を見てくれていた。ルイルに飴を与える傍らで、ガネストの任務を応援するように背中を押してくれたのだってつい最近の出来事だ。正確には叩いた、なのだが。
──信じてる、とは、僕のなにを信じているのだろう?
一つの球体をじっくりと眺めていたガネストの脳裏に、ある答えがよぎった。メッセルは、これをルイル一人の分だけ作って彼女に渡した。まさかガネストの性格が気に食わないから、なんて意地悪はしないだろう。考えられる理由としては、一つ、この次元技は同時に複数作ることができない。もしくは複数作ってしまうと一つ分の効力が落ちていく代物である。そしてもう一つある。意地悪ではなく、意図して、"わざとガネストの分を作らなかった"としたら。
『信じてるぜ』
『俺ぁ、おめぇさんをよ』
(まったく、自分勝手で、いい加減で、一方的な……無茶ぶりだ)
絡まっていた思考の糸が、驚くほど単純な一本の線になった。その糸は、メッセルと自身の魂の部分を繋いでくれているような、急にそんな心地がしてきた。ぐったりと壁に背中を預けるメッセルと、その傍らで立ち尽くす自分との間にはもちろん、糸なんてものは張られていなくて、ただメッセルの胸元に巻かれた包帯をじんわりと濡らしている赤色だけが鮮明だった。
──次元の力は、大切な人を守る力なんだ。
ロクアンズの口癖が身に鋭く染み入ってくる。ガネストは、メッセルの隣で小さくなっているルイルに向かうと、意を決して、口を開いた。
「ルイル、その次元技を発動させてください。そして、ここでじっとして、絶対に動かないでください。声もあげないで。奴に標的にされてしまいますから」
「ガネスト……? どこか行くの?」
ルイルの声色は不安そうで、本人の意志とは関係なく、核心的だった。彼女からすれば「そうなってほしくない」とでも言いたいのだろう、また大きな桃色の瞳に涙の膜が張って、ガネストを見つめている。
ガネストは『蒼銃』を銃嚢から取り出し、滑りがないかを確認し、返答した。
「はい」
「……や、やだ! やだよ、ガネスト、るいるのちかくにいてよ! そうしてくれるって、はなれないって、ガネスト言ったのに!」
ルイルは勢いのまま立ち上がる。そして、ガネストの外套にしがみついた。その拍子に、"封蛹"がルイルの手元から落ちて、からんと地面の上を跳ねた。ガネストは『蒼銃』を銃嚢にしまい直すと、失礼のない仕草でルイルの手をやんわりのけて、彼女の瞳を見つめ返した。
「お聞き入れください。貴方の御命は、僕よりもずっと重く、尊い。だからなにがあっても守り抜かなければなりません。そのために僕は、貴方の命にも背きましょう」
「…………」
「どうか、守らせてください、ルイル王女殿下。ご安心を。貴方のことは、この僕が……。"僕たち"が、必ず無事に、アルタナ王国に帰します」
ガネストは静かにそう告げると、地面の上にぽつりと転がる"封蛹"を拾いあげて、ルイルに向き直った。ルイルはなされるがまま小さな両手を引き寄せられて、その手にまた、ガネストは球体を包ませた。
ルイルの両手ごと包み込み、ガネストは祈るように目を閉じていた。
それからすぐに手を離した。『蒼銃』を構えて路地に飛び出す。思わずルイルは、その背中に呼びかけていた。
「ガネス……っ!」
しかし。すぐにはっとして、ルイルは小さな手で口元を覆った。ここでじっとして。動かないでいて。声もあげないで。言いつけが、もうなにも考えたくなくなっている自分の足の先までも締めつけた。わがままの振り方を忘れてしまった王女殿下は、ただくしゃくしゃに顔をゆがませて、とめどなく涙をこぼした。
月明りの下、一人で街道に飛び出したガネストは、ふたたび十尺の化け物を視界に据えた。
(彼が……わざと、僕に"さなぎ"を作らなかった理由を汲むとしたら、まずルイルのことだろう。彼女の蛹を守らせようとしたんだ、きっと。二人とも隠れてしまったら、万が一見つかってしまったときに対処できる者がいなくなる。だから)
ガネストは視線を落とし、手元に携えてある『蒼銃』をじっと見つめた。次に顔を上げて、アイムの腕のうち、ある二本の腕を見据えた。腕の根元にいびつな線が走っており、腕の外周をぐるりと回っている。一度切断された二本の古株だ。
交戦中だというのに余計な感情に左右された。異国にやってきてからずっと、周囲のすべてを警戒をしていたのが、あだとなった。上官の性行にいちいち角を立て、命じられた動きを躊躇し、ついには判断が出遅れた。いまさら後悔に及んだところで遅いのだが、たった一人で戦場に立つのは、いささか──あるいは大分だろうが、自覚のないうちに心の隅で押し潰し──緊張して、この先に起こりうる絶望を頭の中で想像しては、無理やりにそれを払いのけた。メッセル・トーニオが抜けた穴は大きく、一歩誤れば、そこへ真っ逆さまに落ちるだろう。彼が、ガネストの胸中に置いていってしまった、いまやもう透明になった安心感を、ひしと感じてしまう。
出てきたからには腹を括らなければならない。ガネストは片手を持ち上げ、黒い空に向かって一発の"真弾"を放った。
ぱん、と乾いた発砲音が、薄い宵闇あたり一帯に、響く。
アイムの頭部がゆらりとひねられて、血のように赤い両目がガネストを認識した。
(いつまで生きていられるかはわからない。だけど、彼女には指一本でも触れさせるわけにいかない)
「そのための次元の力だ」
ゆっくりと銃口が下りる。ガネストはアイムを標的に据え、構え直した。
大切な者を守る力は、この扉の先にしかない。
「来るなら来い、神族。もう守り方は教わった! 僕は、死んでも彼女を守るために、"ここ"にきたんだ!」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.150 )
- 日時: 2024/07/13 12:58
- 名前: りゅ (ID: 07JeHVNw)
とても面白いので更新頑張って下さい!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
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