コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.151 )
- 日時: 2024/07/28 18:36
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第135次元 時の止む都ⅩⅠ
同時、標的を捕捉した複腕の化け物──アイムの白い身体から、木の幹より二回りも三回りも太い十本の腕が一斉に飛びかかってくる。しかし巨大に膨らんだその触手をうねらせてしまえば、かえって幾本かが視界を遮って、ガネストという小さな標的を捉えきれない。一本だ。自身に届くと予測できたその一本にだけ的を絞って、"真弾"で迎え撃った。
真正面からの射撃の衝撃に怯んだか、一本の腕が大きくのけ反ったのと同時に、ガネストは走り出した。残りの九本が、続けざまに襲いかかってこようとする。アイムがあたり一帯を破壊し尽くしてくれたおかげで、文字通り山のように遮蔽物が積み重なっており、幸運にもそのほとんどから逃れられた。しかし、ほとんどから、だ。偶然にもガネストの背中に届いた一、二本は、背中に当たっただけでも強い衝撃を伴って、吹き飛ばされたガネストは遮蔽物の山に頭から突っ込んだ。額の薄皮が切れ、鼻の片穴から出血しても、足を止められなかった。
幸い、九本のうち多くは遮蔽物に自ら突っ込んで、動きを鈍らせている。ガネストはルイルとメッセルが隠れている場所からどんどんと離れていき、まだ無事な建物が多い場所へ、それもできるだけ背丈のある建物を目指した。アイムはまんまと誘導されて、遮蔽物の山を踏み越え、木々を踏み倒し、四肢を引きずりながら、とにかくガネストの背中を追いかけた。
アイムの全長を超えるほどの高い建物を見つけると、迷わずガネストは路地裏へ滑り込んだ。そこへアイムが、闇に紛れようとするガネストを目掛けて、十本の腕を束ね、それを薙ぎ払った。腰を折られた建物は、割れるような大きな衝撃音とともに、大破した。ぐらり、と建物が胴体を傾かせる。
瞬間、倒れこんできた建物が、束になったアイムの腕に乗りかかり、そのまま十本もの腕がすべて建物の下敷となった。
余波に巻き込まれたガネストは、宙に浮きながら銃を構えた。すると、次の瞬間、脳みそがかき混ぜられるような不快感と、わずかな浮遊感が一気に打ち寄せてきた。ばち、と目の前で光が爆ぜる。と、視界が一瞬にして切り替わった。
ガネストは背の高い建物の壁際で影と相成っていて、路地の奥へ足を向けている。アイムは腕をひっこめて建物と建物の隙間に顔を突っ込んだ。大きな赤い目が闇の中で光り、それと目が合うと、ガネストはどきりと心臓を跳ねらせた。ガネストは曲がり角へと滑り込んで、赤い視線から逃れようとした。
(また使い始めた)
時間の巻き戻しだ。戦闘が開始したあとしばらくは使っていたのに、そういえば、随分と長らく時間を巻き戻されていなかった気がする。単純に、使う必要がないから使わなかっただけなのか──いや。妙に、頭に引っかかる。ガネストは肩で息をしながら、思考を巡らせ始めた。
傾向を顧みると、アイムは自分が不利になったと判断した行動の直前の時間まで巻き戻しを行うようだ。もしかすると時間の巻き戻しには、恐ろしいことに時間の際限がないのかもしれない──その気になればどの時間にも、数億年と昔まで巻き戻せてしまう──が、その懸念はいまは、横に置いておくとする。
だとすれば、メッセルの"絶豪"に腕を切り落とされたときに時間の巻き戻しを行わなかったのは、不自然だ。
(負荷を伴う……?)
単に使わなかった、と考えるのではなく、使えなかった、とガネストは仮定することにした。
二本の腕を切断された直前の時間に戻ればよかったものを、戦闘を続行させたのも、『展陣』との戦闘時に一度も時間を巻き戻さなかったのも、それならば納得がいく。
(巻き戻しの回数に上限があった? いいや……いまの正気ではないアイムが、上限を気にして動いているようには到底見えない。なら……──疲労、や、消耗? 神族にもあるのだろうか……そんな、僕たち人間みたいなことが。人間が運動すれば体力を消耗していくように、)
次元師が、扉を開けば、元力を失っていくように。
そこまで思い至ったガネストは、このとき、神族の真理のひとつを掴みかけていた。しかし当の本人は知る由もなく、ただそれを、頭の隅にひっかけておいた。
メッセルがそう察しをつけていたのかどうか、いますぐに知りたくなった。しかし言葉を交わそうにも、作戦をすり合わせようにも、もう遅い。できない。ならば、ガネストにできるのは、戦場に残された彼の思考の痕跡を拾い集め、それを弾丸とともに『蒼銃』へと込めることだけだ。
ガネストの手によって持ち上げられた『蒼銃』は、空に向かってひときわ甲高く、咆えた。
口元ではなにかを口ずさんでいた。
そのとき、ガネストは巨大な敵意が塊となって差し迫っていることに早く感づいた。灰色の巨腕が路地の隙間に無理やりにねじこまれ轟音が響く。颯爽と、銃を構えて曲がり角から飛び出した。
飛び出した、と同時に、ガネストは銃を構えた片腕をぴんと伸ばし、銃口を、腕の先端と接触させた。
「四元解錠、"真弾"」
接射。
音が響く。うずもれた銃撃音が神の腕の中を駆け抜けて瞬く間に、銃口との接触部から肘にかけてすばやく亀裂が走り灰色の皮膚がぶくりと膨れる。しかしこれでも、浅い。アイムが怯んだのは一瞬だった。すぐに切り替えて、ガネストは狭い路地のさらに奥へ駆け入った。
だが灰色の巨腕がごうと鋭い音を立て、物凄い速さで追跡してきた。
気がつけば、ガネストの背中にあともう少しで触れるところまで、その悪魔のような巨塊は迫っていた。
激しい衝撃音がガネストの耳をつんざいた。否、もしかしたら鼓膜は耳もろとも、"そのとき"に潰されていて、無音だったのかもしれない。
背中に喰らいつくように灰色の手で少年の身体を乱暴に捕まえて、ところかまわず、狭い路地にもかかわらずアイムはためらいなく腕を上下に振り乱してついには、建物の壁に少年の身体を叩きつけた。周囲一帯を震わせるような、空も割れそうなほどの激しい衝撃音が響き渡って、巨大な瓦礫片が宙を舞った。
ガネストの半身が潰れていた。人の形はもう保てなかった。否応なしに変形した彼の輪郭は一瞬にして破裂した。
「五元、かいじょ」
真上の夜闇に、白いなにかが、瞬いた。
静かに彼は口ずさんでいた。
心のまま、意志の赴くままに、打ち寄せられた詠唱が──"星"のように降り落ちる。
「降らせ──ッ! "挟弾雨"!!」
それは流星だった。
深い夜闇の中で数多の白い光が瞬く。まさに流れ星。刹那。白い光──不定形の光の弾丸たちは目にも止まらぬ速さで地上を目掛けて夜の中を滑り落ち、やがてアイムの頭上から激しく降り注いだ。
「──巻き戻せっ、アイム!!」
ガネストは残った口の端を大きくかっ開いて、唾と血の混じった液体を吐き散らしながら、決死の怒号を響かせた。アイムは、篠を束ねた弾丸の雨から逃れることができずに激しく頭を揺らし、そして、赤い瞳が一層強く瞬いた。
視界が歪む。現在と過去が綯い交ぜになる。頭の後ろのほうを強い力で引っ張られているのにふわりと浮くような不快感が襲い掛かった。
瞬きをすると、そこは影が落ちる路地裏で、ガネストは両肩を上下させていた。胸に手を当てるまでもなく肺が呼吸で膨らんでいた。
間髪入れずに、巨大な敵意が塊となってガネストの頭上に影を落としていた。
ガネストは振り仰ぐと、思わず笑みをこぼした。
「狙い通り、"ここ"に戻ったな」
巨腕が風を切って振り下ろされる。ガネストの手によって持ち上げられた『蒼銃』は、空に向かってひときわ甲高く、咆えた。
「五元解錠──"真弾"!!」
一つ前の過去をなぞろうと腕が、銃口が、寸分違わない動きで素早く弾丸を放つ。しかしガネストが唱えたのは、ひとつ前の過去とは違う。雨のような弾丸を放つ"挟弾雨"ではなく、"真弾"。同時に放たれる二発に力を集約させた単純強化系の次元技だ。弾丸はアイムの腕に二つの風穴を開け、夜空の向こうへと突き抜けた。
アイムが胸を反らして、ゆっくり街道の上に倒れようとする。そのときぶちり、と嫌な音が響いた。二つの風穴が開いている腕が、根元からぱっくりと割れたのだ。どしん、と一際大きな音をさせて倒れたアイムのすぐ隣に、その太い腕が寝転がった。根元に歪な線が走っている二本の腕のうち一本だった。
ガネストの脳内は緊張と恐怖とでいっぱいに満たされていたが、ゆっくりと、足先だけは路地裏から街道へと出た。まだ胸の内側では激しく心臓が運動している。それでもじっとしていられなかった。
アイムは荷馬車などが通る車道を挟んで、向こう岸に見える街道に頭部を倒して、足元はガネストのすぐ傍で横になっていた。身体から伸びている九本の太い腕もまばらに伸びている。
(……静かになった……。やはり、時間の巻き戻しを過剰に行ったからこその、疲労……?)
まだ気を抜いてはいけない。ガネストは固く銃身を捕まえていた。一定の距離を保ちながら、静かに倒れ伏しているアイムをまじまじと観察する。まったく動く気配がないように見えたが、眉間に開いた小さな穴のような口が、わずかに動いた。
「……ああ、ど……して」
ガネストはすばやく銃を構えて、アイムの顔面を射程内に捉えた。だがアイムは起き上がるような素振りはなく、ただ小さな口をぱくぱくと開いたり閉じたりしている。
「人間、様。どうか。どうか……」
泣いているのだろうか。
ガネストは緊張した面持ちで、けっして銃身は下げずに身構えていた。だけど、アイムの声があまりにもか細く、弱々しく、気が抜けそうになった。
「【信仰】……ベルイヴ様を……──」
──"ベルイヴ"…………?
ガネストがその名前をたしかに聞き取った、そのときだった。
突然、アイムの胸元が激しく脈動した。まるで地面に弾かれたかのように、灰色の大きな背中が仰け反ったのだ。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.152 )
- 日時: 2024/11/20 20:47
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第136次元 時の止む都ⅩII
いや、"地面の下から無数の木の根が槍のように鋭く飛び出して"、その力に弾かれて巨体が浮いたのだ。地面からまっすぐ伸びて、アイムの身体を貫通している無数の木の根は、それだけでアイムの上体を起こしてしまった。まるで操り人形のようにぐらぐらと頭部を揺らすアイムよりももっと高い場所から声がする。声の主は、崩れかけた建物の屋上に腰をかけていた。
「なに寝そべってんだ? オイ、困るぜ。オマエも付き合ってくんねーと。ノーラを殺したヤツ探すんだよ」
声の主はそう言うと、建物の屋上から軽やかに跳躍した。次の瞬間には、たっ、とアイムの広い肩の上に到着する。そこでガネストの存在に気がつき、目が合った。
「あ?」
ガネストはだらしなく口を開け、刮目していた。灰色に染まり上がった筋肉質な細い四肢。はためく外套から覗く、人間ではありえない極端に細い腰。膝まである白い髪が風に嬲られ、激しく靡いてる様は、それだけで粗暴な性質を助長する。長い髪の波間から血濡れた赤い瞳が見えた。
見た目よりもずっと人間の男に近い声で、それはガネストに言った。
「オイ、オマエ。コルド・ヘイナーってヤツはどこにいる」
ガネストの背後から絶望が足音を立てて駆けてきた。
心臓が激しく暴れ回って、すぐにでも止まってしまいだった。神族だ。また新しい神族が現れたのだ。当然、見たことも聞いたこともない風貌をしている。銃口はとっくに地面を向いていて、腕は力なく垂れ下がってしまっている。指一本も動すことができない。そうすればたちまちに命を奪われてしまうのではないかと恐怖していた。身をこわばらせてしまうのは、あの神族が現れた瞬間から、周囲の空気をまるごと支配されているような気がしてならないからだ。
ガネストが黙りこみ、氷のように固まっていると、長髪の人型の神族は片眉を上げた。
「聞いてンの? 言えよ。コルド・ヘイナーはどこだよ。なあ。オイ。言えって」
「…………」
「名前違ったか? まあいいや。ほかの人間(やつ)に訊く」
長髪の神族はゆらりと立ち上がって、長いかぎ爪を持った指先を宙に置いた。すると、アイムの身体を貫いているのとおなじような木の枝が地面の下から飛び出した。枝の矛先はなんの初動も見せず、静かに、ガネストの左胸に到達した。
(あ。死──)
予感した、瞬間。
雷光。
視界を焼き尽くす、白く眩しい光がかっと瞬いた。同時に重低音が耳を劈き、大地を激しく殴打する。
吹き荒れる風を全身に浴び、ガネストは、額のあたりがくらくらとして、意識ごと吹き飛ばされそうだったがなんとか、小刻みに揺れる足元を視界に映した。
舞い上がった土埃が晴れる。
頭の芯を貫いていくような、よくよく響く少女の怒号が聞こえた。
「あたしの仲間になにしようとしてんだ、──お前っ!!」
若草色の長髪が風に嬲られ、踊る。少女が一人、電気を纏った手を突き出して、道の上に立っていた。
ロクアンズ・エポールは左目を鋭く光らせて、風の壁の向こう、雷を落としたあたりの一点を睨んでいた。
聞き覚えのある声を捉えてようやくガネストは、そちらに目を向けた。ふと顔を振った拍子に、ガネストと目が合ったロクは、表情を崩した。
急いで駆け寄ってくる彼女の顔を見て初めて、ガネストはずっと歯を食いしばっていたのだと気づいた。
「ガネストっ! 大丈夫!?」
ガネストの姿は、一目見ただけでも、虚勢を張れるような状態ではなかった。身体のあちこちに打撲痕があり、頭部からは出血の痕が残っていた。衣類はただのぼろ布を被っているのとそう変わらない。それに、近くにはルイルもメッセルも見当たらない。心配そうな表情をして顔を覗き込んでくるロクの問いかけには、ガネストはぎこちなく答えた。
「は、はい」
「……ルイルとメッセル副班は?」
「この近くにはいません。街道を一つ挟んで、向こう側の建物の近くに、います」
ガネストが視線を投げかけて、それをロクは追いかける。緊迫した状況下で、ルイルを安全な場所に避難させていたのは流石だ。だが、メッセルがガネストの傍にいない。
ロクはぐっと奥歯を噛み締める。そうしていると、ロクの隣にたっと降り立つ人影があった。
「ロクちゃん……いまのって」
「……」
フィラが険しい表情でロクに訊ねた。ロクは、ほとんど確信したような顔で、雷を落としたその地点へと視線を注いだ。
ガネストと相対しているように見えたのは、灰色の肌をした何者かだった。それに、姿が見えた途端に、正体不明のおぞましさが襲いかかってきて、全身の肌が粟立った。気がつけば"雷撃"を放っていたロクだったが、結果的に彼女の直感は当たっていたらしい。
「赤い光の正体……。こっちがビンゴだったんだ」
「はい。それも、二体います」
「に、二体!? もしかして、あの倒れている大きいのも神族なの?」
ロクは視線を動かして、地面の上に座り込んでいる巨大な灰色の塊を見た。ガネストは頷く。まだ震えている自身の手を見下ろし、固く握りこんでから言った。
「メッセル副班長が善戦し、ついさっき……ようやく気絶しました。また動き出す可能性があります。注意してください」
神族が一体以上臨戦する現場を、ロクは初めて見た。あの長髪の神族はほんのさっき、突然現れたのだとガネストは付け足して説明した。ロクはそれを静かに聞き入れながら、臨戦態勢をとり直した。
「ガネストが教えてくれたんだよね。セースダースでの調査が終わって、ガネストたちと合流しようってフィラさんと相談して、それで向かう途中だったかな。数日前に、空に光が見えたんだ。赤い星が砕けるみたいな……。なんか胸騒ぎがしてさ、超特急で来たんだよ」
それで来てくれたのか、とガネストは納得した。サオーリオの街に足を踏み入れてから、何十回と、時間の繰り返しが行われたとき、ガネストは『蒼銃』で空に浮かぶ赤い太陽と月に向けて発砲した。そのときの光をロクたちが目撃していたらしい。
運がよかった。しかし幸運というのは長くは続かない。
土埃の中から、生き物の動く気配がする。細い影がぼんやりと浮かび上がってきて、やがてその薄膜の帳を押しのけて神族は顔を出した。
「随分なアイサツだぜ。せっかく目ぇ覚ませたと思ったら、途端にコレだ。なんだよ、オマエ? だれ?」
ロクはすでに射程を捉えていた。
ぴんと張った指先から金色の火花が散り、ロクは暇もなく口ずさんだ。
「六元解錠」
主人の意思に呼応して、次元の力は、惜しみなく扉を開け拡げる。
「──"雷砲"!」
指先一点。集約された電気の塊が最高速度で放射される。雷の砲弾を真正面から受けた神族が、太い声を上げながら転げていった。
ガネストは、眩しい雷光に一瞬目を瞑るも、煙を上げながら転がっていった神族の姿を、息を呑んで見ていた。
「あなたは神族でしょ? 名前は? 答えて!」
一歩、片足を踏み出して、ロクは問い詰めるように叫んだ。指先には雷光の糸が絡まっている。
ガネストは喉を鳴らした。つい数刻前まで、どれほど願っていただろう、"力"の象徴がいま目の前で煌めいているのだ。
街を覆う曇り空から、一筋、稲妻が降り落ちる。鋭い光は、起き上がりかけた神族の頭に向かい走るが、神族はそれを軽い跳躍で回避した。神族は鳥のような軽さで瓦礫の山を飛び越えて、倒壊した建物の上に降り立つ。
「何度も食らうかよ、バ~カ」
「さっきの質問に答えて! あなたの名前はなに? なんでここに来たの!」
「コルドってヤツはどこだ?」
ぴく、とロクの眉が動く。
なぜコルドの名前があの神族の口から出てくるのか、なぜ探しているのか、すぐには思いつかなかったロクは、声に動揺の色を混ぜたまま返答した。
「……ど、どうしてその人を探しているの?」
「知ってるな、その顔」
神族は、白い髪が風で暴れ回るのを意に介さず、ロクの顔を捉えて離さないような鋭い視線をしていた。
「オマエたちが思ってるほど、薄情じゃあねえんだぜ、神様はよ! 仲間が殺されたんだ、悲しむだろ? 怒るだろ? 仇討ちってやつだよ! オマエたちも好きだろ、それだよ!」
「そんなふうには、見えない!」
「へえ、どう見えるワケ?」
神族は顎を煽って、長いかぎ爪の根元を鳴らしている。
ロクはふと、視線を外して、地面の上で鎮座している巨大な灰色の怪物を見やった。ガネストは、あれも神族だという。盛り上がった地面の下から無数の植物が伸びて、怪物の身体を無理矢理に座らせていた。貫通口からはわずかに真っ黒い液体が滴り落ちているのを、ロクは凝視していた。
瀕死の身体に無数の穴を開け、無理矢理起こさせておいて、同族の死を悼む心があるようにロクは見えなかった。
「仲間のことなんて考えてないんだ。だから、自分のことばかり考えてる。あなたからは、自尊、嗜虐、闘志、そんな心だけがばかみたいに伝わってくるよ」
腰を落としたロクの全身から金色の火花が散った。電気の糸が彼女の周囲を包み込む。
白髪の神族が口角を上げた。
はっとロクは左目を見開いた。地面の下から鋭い気配がせり上がってきたのだ。間髪入れずにロクは、足元の地面を蹴って後方に跳ねた。しかし次の瞬間、地面を割って出現した木の根の矛先がロクの視界を、脇腹を貫いた。
赤い鮮血が咲き乱れる。一瞬でも動き出すのが遅かったら左胸に穴が空いていただろう。ロクは、空中でわずかに体勢を崩しながら、白髪の神族を睨みつけた。
「アハハ。鈍くてしょうがねえや」
地面に着地する。雷光が足元から激しく発散し、若草色の髪が明るく照らしだされた。
ロクの頭の天辺、指の先、腹の底、足の先へ、余すことなく電熱が迸った。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.153 )
- 日時: 2024/10/05 21:55
- 名前: りゅ (ID: 6HmQD9.i)
閲覧17000突破!!おめでとうございます!
更新頑張って下さい❣
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.154 )
- 日時: 2025/01/19 19:33
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第137次元 時の止む都ⅩⅢ
地面を踏みしめ、いざ踵が弾ける。と、電気が迸った。ロクアンズの爪先が、白髪の神族の喉笛を捉える、が神族は羽虫にするように手の甲でそれを払った、そして反対の腕を鋭くさせて、ロクアンズの脇腹を貫きにかかった。間一髪のところでロクは神族の腕を踏み台にし、身軽くさっと頭上に跳びあがると、空中で回転する。
手のひらを突き出せば、指の隙間に神族の姿を捕まえる。神族の足元に猛烈な電気が奔るやいなや、神族を中心に、雷光が眩く沸き立った。
轟音とともに、雷の柱が噴出された。
"雷柱"は煌々とした光の塊となって天上を貫く。だが、見れば、神族は星空の中を高く舞っていて、すたっ、と瓦礫の山に降り立っていた。
「フィラ副班!」
「ええ、わかっているわ!」
ロクも地面の上に着地して、神族から目を離すまいと、フィラの姿も見ずに叫んだ。フィラは頷いて、ガネストの腕を自身の肩に回すと、早々に戦場から離れようと走り出した。
神族は、去っていく二人の背中を視界に据えていた。口の端を上げて、灰色の腕を颯爽と持ち上げる。
広い街道を走り続けるフィラのすぐ背後で、地面が小刻みに揺れ始めた。またあの木の槍を隆起させるつもりなのか──予想は当たり、地面の下から木の根の軍勢が乱暴に出現した。すると、間髪入れずに、雷鳴が轟く。電気の塊が降り落ちて、先鋒が焼き切られた木の槍たちは、煙を上げながらばたばたと地面に伏していく。
白髪の神族は、わざとらしく舌打ちを鳴らした。
「ツマンネーことすんなよ」
「あたしが相手だ! 邪魔されて悔しいなら……あたしを止めてみなよ!」
神族とロクの会話を背にして、フィラは一度も足を止めずに走り続けた。一刻も早くガネストを安全な場所に連れていって、怪我の治療をしなければならなかった。ガネストから、ルイルとメッセルが潜んでいる場所を案内してもらったフィラは、その建物の路地に滑りこんだ。
建物に辿り着いてすぐに、止血から取りかかろうとガネストに触れようとしたフィラだったが、しかしガネストは、治療を受けて安心しきってしまう前にと、伸ばされた腕を力強く掴んで止めた。
「なりません、いくらロクさんでも、神族を一人で相手するだなんて。無茶です。早く戻らないと……」
出血は止まらず、呼吸もままならないなかで、ガネストは言い切った。彼の言い分は正しい。ガネストのいまにも落ちそうな瞼と、傷だらけの顔をフィラはきちんと見つめていた。それから、壁に寄りかかって動かないメッセルの姿を見やった。彼は戦闘不能だろう。おそらくメッセルの次元の力の中で守られているのだろう、ルイルも気絶しているようだった。
フィラはすぐにガネストに視線を戻すと、掴まれた手を上からさらに強い力で掴んで、なかば無理やりに引きはがした。そして、今度は優しくその手を握りしめた。反対の手で、ガネストの額の傷跡に布をあてがってからフィラは言った。
「大丈夫。ロクちゃんのことをどうか信じて。それにあなたたちの治療を終えたら、すぐに私もロクちゃんのもとへ向かうわ」
「……」
ガネストには、すごんで言い返すまでの気力はもうなかった。そうして五体を投げ出して、なされるがまま治療を受ける。働かない頭をゆったりと動かした彼は、瞼の隙間からかろうじて見える街路を眺めた。
電光が走る。地面が抉れる音がする。神族が挑発的ながなり声で叫んで、ロクも負けじと詠唱を突き返して、またあたりが眩い光に満ちる。
白髪をざっくばらんに靡かせる神族の四肢はまるでそれ自体が生き物であるみたいに縦横無尽、変幻自在で、地上を跳び回る様は水を得た魚のように自由だった。そして野生的な鋭い眼をして、獲物の心臓をしつこく狙おうとする。ロクは、まさしく人に似た形をしているだけの獰猛な獣を相手にしている気分だった。
気分、だけで済めばよかった。
神族が地上高く跳び上がるのを逃さず、ロクは暗雲から雷を呼ぶ。
「五元解錠──雷撃!」
雷の鉄槌が降り落ちたのは、神族の頭上。だったが、神族の影が空中で身をひるがえす。ひらり、と雷の鉄槌を紙一重で躱したその影は、瞬きをした次の瞬間、形を変えていた。
(……っ、つ、翼──!?)
神族の背にたくわえられた立派な翼は鳥類のそれらしく見えた。灰色の翼を左右に広げ、余裕たっぷりに空中浮遊を楽しんだあと、神族は地面に向かって急降下した。
ぶわりと土煙が立って、ロクは顔を覆った。慎重に腕を下ろしていくと、砂で覆われた視界の先で、神族の影が揺らめいていた。しかしあれほど立派に生えていた翼の影がどこにもないではないか。さきほど見た光景は、幻覚だったのだろうか?
ロクはかぶりを振って、すぐに考えを改めた。幻覚なんかじゃない。それでは、空中で雷撃を避けたことに説明がつかない。おそらくこの白髪で痩身の神族は、あらゆる野生生物の姿かたちを自由に再現する能力を持っているのだ。
(それに、野生生物だけじゃなくて、植物なんかも操れる。この神が司るものは、たぶん──!)
分析をしていると、土煙の向こう側で、神族が大きく吠えた。はっと我に返って、ロクは警戒した。
土煙はだんだんと薄らいで、晴れていく。すると、華奢な神族の身体の影が、むくむくと膨らみ上がるのが見えた。腕や脚の筋肉が、隆々と盛り上がり、背丈も見る見るうちに高くなっていく。
「オイオイ、オマエの芸はカユい電気だけかよ! ツマンネーな!」
一段と低くなった声で神族がまたひとつ吠える。次の瞬間、土煙の幕を破って、白く厚い毛に覆われた太い腕が突き出された。一瞬のうちにロクの眼前にまで拳が迫り、彼女が息を詰めるのと、その豪腕に首を掴まれたのはほぼ同時だった。
がっしりとした大きな体躯で悠々とロクの身体を持ち上げ、彼女は宙ぶらりんになった。変貌を遂げた神族の姿は、熊にも虎にも見える獰猛な獣になっていた。
「ぅ、ぐ──っ」
太い腕にしがみついて、ロクはそれを剥がそうと奥歯を噛み締めた。しかし、神族はまったく意に介さず、じたばたと暴れるロクの姿を愉しんだあと、瓦礫の山に向かって乱暴に放り投げた。ロクは長い距離を水平に飛んで、頭から瓦礫の山に突っ込んでしまった。重く激しい音が、あたりに響き渡る。
余韻もないうちに、神族は瓦礫の山に突進した。しかしそのとき、瓦礫の山の底から、雷の塊が噴き出した。
電子の糸を纏いながら飛び出したロクに、かまわず獰猛な前肢が伸びる。神族は太いそれでロクをわし掴みにかかった。
すんでのところでロクは身体をねじり、躱した。
だが、猛攻は止まらなかった。二本だけだとは信じられないほど次から次へと前肢が伸ばされて、そのうちに、獣の手先の爪がより鋭利に尖った。
鋭い一点、二点の切っ先がロクの首元を狙う。狙う。狙い続ける。
ロクはぶつぶつとなにごとかを呟きながら、頭部を揺らし、身体をねじり、肩を引き、脚を畳み、避ける。鋭利で断続的なそれらの猛攻から必死に逃れていた。
「逃げてばっかかよ、オイ! 撃ってこいよオマエの芸をさあ!」
真っ先に勢いが死んでいく手先からいなす。脇腹に迫るもう片方の前肢が爪の先を鋭くさせても、その"一点"の到達する地点を読んで、避ける。ロクはそれから、神族の呼吸を捉えようとしていた。この神族は、人の形であったときには、呼吸の音がしなかった。しかしいまは獣の姿をとっている。ロクは精神を研ぎ澄まして、獣としての神族の呼吸を聴こうとしていた。しばらく格闘していると、独特だったが、呼吸音が聞こえ始めた。そうして掴んだ神族の呼吸音がロクの鼓膜から脳に送られる頃には、彼女は体勢を整えていた。猛烈な攻撃を躱し、反撃の機会を探るための体勢を、だ。
「……右、突き。左、横薙ぎ。次に殴打。足払い。振り上げ。左、突き。右……」
ロクはずっと、ぶつぶつと呟きながら、矢継ぎ早に繰り出される乱暴な戯れと相対していた。
ガネストは、息をするのも忘れて、ロクの動きを目で追いかけていた。遠くて細かな動作までは見えなくとも、変貌した神族相手に防戦一方ながら、一撃もまともに食らっていないのがわかった。彼女は上手に"受けている"。遠距離での戦法の印象が強い彼女が、長い時間、肉弾戦で敵と格闘しているのを初めて見たのだった。
「クッソおまえ……ムっカつくな! ちょこまかしやがって、ウザッテエ野郎!!」
一方的で手ごたえのない攻防に、苛立ちが隠せなくなったか、神族は表情をぐわりと歪ませて勢いよく飛びかかった。両腕を振り上げたので、正面から掴みかかってくるのだろうと予測していたロクだったが、二秒と経たないうちに予測が外れた。がくり、とロクの膝が折れた。体勢を崩したのは、途端に地面が隆起したからだった。
地面の下から、無数の腐った木の根たちが一斉に産声をあげた。そしてロクの左足を掴まえると、それをかわきりに彼女の右足、胴、右腕、左腕、そして細い首に絡みつき一気に締めあげた。
目の前に立ちはだかる神族が、堅く握りこんだ手先を振り上げる。
「ほらよ、避けてみな──!」
丸太ほどある太い前肢から繰り出される渾身の一撃が、ロクの頬に叩き込まれた。何度も。何度も、何度も叩き込まれた。嫌な鈍い音があたり一帯に響き渡って止まない。殴打を繰り返した神族は、より一層力をこめると、大きく身を振るった。無数の木の根に締めあげられていたにもかかわらず、ロクの身体はいともたやすく吹き飛んで、宙を舞った。軽い身体はよく打ち上がって、空に弧を描いたのち、右肩から雑に落下した。何度か地面の上を跳ねた彼女は、しまいにはくったりと静止した。
重力に逆らえず地面にべったり貼りついていたそのとき、どん、どんと身体が跳ね始めた。
跳ねていたのは、地面だ。さらに一回りも二回りも大きく成長した神族が一歩ずつ、地面を踏みしめるたびに、小刻みに震動した。
「ノーラにトドメ刺したヤツにしかキョーミねえんだよ、ザコ! とっととコルド・ヘイナーの居場所を言え!!」
獰猛な獣は、歯茎を剥き出しにしてけたたましく咆哮する。一歩、また一歩、無防備に伸びているロクに近付いた。
そのときだった。神族の足元から、金色の光がわっと湧きあがった。
黄金の魔法陣が地面の上に広がった。外円の淵から、ばちりと、電気の糸が飛散する。
ロクは、右側の拳を高く振り上げていた。
「──ご、元解錠っ! "雷柱"!!」
"雷柱"が生み出される瞬間、神族は、もう一度翼をたくわえて飛翔する体勢をとった。しかし、地面から湧きあがった、猛烈な雷撃の塊が、飛び立った瞬間の鳥の片翼を焼き切った。
片翼を失い、一瞬、がくりと肩から落ちた神族だったが、激しい舌打ちをしながらもすかさず翼を再生させる。この間にも神族は、空を飛ぶために余計な肉を取り払って、機能的な細身へと変化していた。
「だァ! オイ! どうしたどうした! もっとちゃんと当ててこい! いまのが全力」
左手の指先をぴんと張り、ロクは息を止めていた。
"雷柱"を繰り出すために地面に振り下ろした右の拳はそのままに、彼女はとっくに、次なる攻撃の姿勢に入っていた。しっかりと地面に片膝をついて、自身の軸を揺らがないものにしていた。
神族の挑発の声が聞こえていなかった。
ただ、緩やかな風にまつ毛が揺れたのも、額から流れ落ちるぬるい血液が歪んだ頬を伝ったのも、わからなくなっただけだ。
「ちゃんと当てるよ」
まるで、一本の糸のように細い息を吐く。殺気に似たたしかな攻撃性を孕んでいた。彼女はそして、しごく冷静な声色で言うと、極限まで指先にこめた黄金の電熱を撃ち放った。
「────"雷砲"!!」
開いたのは、六元の扉だった。
彼女の深層心理だけがそれをわかっていて、本人は、"前唱"──次元技を発動する前に行う、強度の段階の定義──を唱えなくとも次元技が発動した事実にさえ気がつかなかった。
雷の光線は落星のように空を駆け、次の瞬間、神族の身体の真ん中を撃ち抜いた。
くの字に折れ曲がった細い肢体が空中で回転しながら、急速に落下する。ロクはまだ、電気の絡まった腕を下ろさず、ずっと神族の姿を睨んでいた。
「言わないよ……絶対に! たとえなにをされても、教えてなんかやるか!!」
ぶたれた頬が歪んで、目を閉じそうになっても、そうするわけにはいかず視線を外さなかった。
ロクはぐらつきながらも立ち上がり、重い右腕のほうに力を入れると、拳を握りこんだ。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.155 )
- 日時: 2025/01/26 21:29
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第138次元 時の止む都ⅩⅣ
──『逃げろ』、と言い渡されてしまったときの底知れない無力感が、ずっとロクアンズの記憶の最前列に並んでいて、いつでも鮮明に思い出せた。
右腕は完治していたのに、また負傷してしまったようだった。肩がかっと熱を持ち始め、どうにも腕が重たく感じる。しかしロクはそれを忘れてしまおうと、一層集中力を高めた。
二枚の翼を背に生やした神族が、雷の光線に射抜かれて急速落下した。どごん、と、神族が地面と衝突する激しい音がしても、ロクは警戒を解かずにいた。
衝撃の余波の風を受け、若草色の長髪が靡く。
フィラが、メッセルの胸元の銃痕のまわりに慎重に治療薬を塗布していたのだが、音につられて視線を上げた。
ロクの横顔を遠くに眺めて、彼女はふいに口を開いた。
「ロクちゃん、とても悔しがっているように見えたわ。コルド副班長から諫められたときのこと……。私は、当時の戦場がどうだったのかを知らないけれど……いつもだったら、嫌なことは『イヤ!』ってはっきり言って、したいことはどんなに難しくても挑戦して、食べたいものは『食べたい』って本能のままに言っちゃうあの子が、あのときのことは、なにも言わないの」
フィラはすこし笑みを交えながら、ガネストにそう言った。
義母が亡くなったときのことでさえ話してくれたロクだったが、ノーラとの戦場から一時撤退を強いられたときの話は、フィラは一度も聞いたことがなかった。あれから何日も経過している。すっかり気持ちを切り替えていて、もう落ち込んでいないのであればよいのだが、なんとなくフィラは気楽な心地になれなかった。
ロクがその話題には触れず、日々ひたすらに研鑽を積み重ねている。たったそれだけのことに、妙な焦燥を抱くまであった。
──もっと、もっと自分に力があったなら、コルドが重症を負うことはなかった。
また、上流階級の貴人たちの居住区だったウーヴァンニーフもいまや機能不全だ。死者が出ていないのは奇跡でも功労でもなく、ノーラが"そう"巧みに操作をしたからにほかならない。もし、ノーラが、人間に対して敵意のある神だったなら被害の規模はこの程度では収まっていないだろう。コルドとて命を落としていたかもしれない。
思い出して、最悪の事態を妄想して、あたかもそれが起きてしまったかのように苦い心地になった日が、何日も何日もあって、ロクはいわれようもなく苦しかった。
神族を目の前にして、仲間を置いて逃げた事実に耐えられなかったロクはあのとき、レトヴェールを必死に説得したのだ。
『やっぱりだめだ、レト、止まって! あたしこのまま逃げたくないよ。戻りたい! コルド副班が死んじゃうよ……! あたし、そうなったら、悔しくて悔しくて、やりきれない……!』
ロクは、真に迫った表情で何度も叫んだ。レトは深く悩んだ末に、二つの条件を出した。一つは決して無茶をしないこと。二つめは、コルドの邪魔をしないことだった。それから、戻るなら自分も一緒に、とレトは付け加えた。それらの条件を守ると約束して、ロクとレトはともに踵を返したのだった。
夜空の上から降ってきた神族の、その落下地点の付近では、緊張が走っていた。ロクはまだ息を止めていた。そのうちに、神族の影が、ゆらりと身を起こした。両肩にあった翼は、どちらも雷撃に触れて焼き切れて、灰になった羽や骨がぼろぼろと、風にさらわれていく。
ざっくばらんに伸びた白い長髪が、ゆらりと動いてから、神族は身体を左右に揺らしながら、しかしたしかな足取りでロクに近づいてきた。
やはり、致命傷は与えられなかったみたいだ。
神族は、あー、と汚い声で発声してから、面倒くさそうに外套の内側に手を差し入れて、懐をがりがりと掻いた。
「……だから言ってンだろ、カユいだけだ。オマエの電気なんてさ。いくらそいつをぶっ放そうが、足掻こうが、なにもかも無意味だ!」
風にはためく外套をばさりと開いて、神族は上半身を露わにした。首のすぐ下から腰の上までの胴部が"なくなっている"。正確には、胸を中心に大きな空洞がぽっかりと開いていて、暖簾のように黒い血がたえず空洞に幕を張っている。ロクにそれを見せつけるだけでは満足できず、神族は畳みかけた。
「見てみろ! オマエが必死になって、どてっ腹に穴を空けたって死にゃしねーんだよ、"神"は! オマエたち人間と違って……心臓がねえんだからさァ!」
神は心臓を持たない──ノーラが死に際に放った言葉が、脳裏に蘇る。またノーラは、「神に心臓を与える術がある」とも言っていたが、いま目の前にいる神族の態度は余裕に満ちている。おそらくまだ心臓を与えられておらず、斃す手段のない状態なのだ、というのがロクにもなんとなく察せられた。
ロクはこのとき、気落ちしそうになるのをなんとか保とうとした。
──なにを隠そう、神族に心臓を与える方法が、いまだわかっていない。
それを判明させるにしろ、ほかの方法を探るにしろ、いまは目の前に立ちはだかる神族との終わりの見えない戦闘を続行しなければならなかった。
「ノーラの阿呆、わざわざ心臓をもらってやっておっ死んだらしいな。とんだ阿呆だ! なにが面白くてそんなクソほど意味のねえことをしたんだ? あいつは昔から意味わかんねえんだよな。サッパリだ」
大きな声で、満足がいくまでべらべらと独り言をしていた神族が、突然赤い瞳をぎらつかせて、ロクに向かって舐めるような視線をくれた。
「まあいいや。オイ、ザコ! ようやく、身体ぁ、あったまってきたんだ! 準備運動の礼に名乗ってやってもいいぜ。なあ、知りてえんだろ!?」
神族は、大仰に片腕を天に突き上げた。
途端のことだった。あたり一帯、無造作に倒れ、折り重なっている木々の幹や枝葉、それら断片や、虫の死骸、獣の骨片が、風も吹いていないのに蠢き始める。
ロクが目を見開いて、警戒を身に纏っていると、視界の端に映ったある虫の死骸が、一瞬にして炭と化したように黒ずんだ。それは地面の上をのたうち回ると、縮小を繰り返しながらどんどん膨らんでいく。歪な形状をしたその黒い塊は、見る見るうちにロクの背丈よりも大きくなり──。
顔、と思われる外郭の一部に、血濡れたように赤い目を、宿した。
ロクは、信じられないものを見る目で"それら"の相貌に釘付けとなり、一瞬の間完全に静止した。
「我が名は【CRETE】(クレッタ)。創造神ヘデンエーラより命と肉体を賜った、"生命"を司る神だ!」
──それらが"元魔"であると、感情よりも先に頭が理解してしまったからだった。
「……げ、元魔────」
謎に包まれた存在といわれてきた、"元魔"。
それは神の使者とも、悪魔ともされて、世界中の人々を苦しめてきた悪しき存在を指す。
二百年前、神族がこの国から消え去った当初から、まるで入れ替わるように世界各地で出現するようになった謎の生命体がこの元魔だ。元魔という呼び名も人間が定めた。神族となんらかの関わりがあると判断されて研究も進められてきたが、生態も出生もいまだ解明されていない。次元の力でのみ排除できるがゆえに、政会も次元研究所も次元師を雇っているのだ。
(元魔は、神族が……クレッタが、生み出していたものだったんだ!)
"生命を司る神"、と自称した神族──クレッタの周囲に、黒き魔物"元魔"が出現する。十体や二十体では収まらないほど数多く、ひしめき合い、不快な叫び声で彼らは輪唱した。
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