コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/11/29 21:34
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜第175次元 >>176-193

■第2章「片鱗」

 ・第176次元~第178次元 >>194-196
 〇「或る記録の番人」編 >>197-


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.180 )
日時: 2025/07/20 21:03
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第162次元 炎熱と迅雷

 体格から、男だとロクアンズは推測した。背丈は、義兄のレトヴェールよりも頭ひとつほどは高く、肩幅もあり、筋肉質な小麦色の脚が黒い上衣の下からぐんと伸びた。黒ずくめの男らしき人物はロクの脇腹を目がけて、"炎を纏った脚"を振るった。ロクは身をねじって跳ね上がり、回避する。すると炎の熱がじり、と肌を炙る感覚がした。そうかと思えば、男は次の一手に移っていた。まだ着地していないロクとの距離を一気に縮めて、彼女の頬を殴り飛ばす。鈍い音とともにロクの視線はぶれて、かは、と咽喉を擦る。そして息を吸う間もなく、目前では猛火が湧き立っていた。

「──五元解錠、"炎撃えんげき"!」

 炎々と盛りあがった猛火の塊がロクの視界を焼き尽くす。
 真正面からその熱を受け止め、ロクは黒い影となる。その影が炎熱の中で揺らめいて、黒衣で覆われた男の口元が動いた。

「灰塵となれ、悪しき神族が……!」

 しかし、次に男は瞠目した。
 炎の幕をぷつりと破った一筋の電気の糸が、爆ぜる。男が身構えるやいなや、ロクは渦巻く炎の中から飛び出して、雷を従わせた手のひらを突き出した。

「六元解錠、"雷撃らいげき"!」

 雷の大塊が、バチバチッと激しい破裂音を立て、男のことを頭から飲みこんだ。
 男は後ろに仰け反ったが、伸ばした両腕で地面をついて、宙を回転しながら見事に受け身を取った。何度か跳ねたのちに着地する。どうやら身体能力が高いらしく、生半可な攻撃では致命傷にならないだろう。そのうえ一本道であっても、"雷砲らいほう"は先刻に躱されてしまったし、"雷柱らいちゅう"も範囲を絞らなければ周囲の建物を破壊してしまうし、かといって小さな柱を立てても簡単に回避されてしまうのは自明の理だ。

(そのうえ、相手は次元師だ。私とおなじ魔法型、かつ、"八元質はちげんしつ"とも呼称される、自然に由来する次元の力の持ち主)
 
 ロクの『雷皇』のほかにも、自然物に由来する次元の力は七つ存在し、それらはまとめて八元質と称される。
 八元質の次元の力は、基本の四元素の炎、水、風、地のほかに、氷、雷、光、影の四つを含む。影の『影皇えいこう』は、此花隊の元研究部班班員のナダマン・マリーンが所持していた次元の力だった。八元質は、魔法型の次元の力の中でもとりわけて性質の柔軟性が高く、扱いは難しいが、使い手次第では各段に威力を高められる力を秘めている。それゆえにナダマンも次元師としての評価が高かった。
 なにが飛び出してくるのか、そしてどれほどの技量の持ち主か計り知れない。それなら、とロクは腰を低くし、身構えた。格闘の態勢に入ると、男は嘲笑するような声をあげた。

「はん、格闘か! いい度胸だな。ただのちんちくりんな女の姿をしてるてめえに、男の俺と戦り合えるか!」

 男の足元から猛火が立つ。そして、男は手足の局所だけを炎で包みこんで、おなじように臨戦態勢をとった。

「六元解錠、──"炎装えんそう"!」

 詠唱するやいなや、男は脱兎のごとく飛びだして、すかさず脚技を打ってきた。ロクは身構えていただけあって、最初のときのようには食らわない。最小限に抑えた下半身の動きだけでそれを躱した。しかし、避けても肌の表面が焼ける。炎の残穢まで振り切れなかったのだ。
 続いて男は、一足飛びでロクの懐に入りこんできた。燃えたぎる拳を突き上げる。だが彼女の左目から見える視界は、澄みきっていた。彼女は拳にまといつく闘志までもを捉え、顔を逸らしながらわざと右手でそれを受け止め、勢いを殺す。左手を握りこむ。男がはっとしたのは、彼女の左の拳が、青筋を浮かせた鋭利な一打が肉薄していると勘づいたからだった。
 避けろ、と男の胸のうちで警鐘が鳴る。ただの華奢な少女が握るような拳なのに男は受けずに身をねじって避けた。雷は纏っていなかった。だのに打たれるところだった頬が妙に痺れて、男は奥歯を噛んだ。
 "炎装"という次元技によって猛火を灯した四肢は、ただ格闘するよりも格段に速く振るえて、力も増し、打つとともに相手を燃焼させられる。ただの打ち合いでは優勢なはずだった。暗い路地には燃ゆる赤い光だけが散った。目の前の女が、神族ハルエールが、素手ですべての技を受けるのだ。まるで洗練された人間の動きだ。地上で、肉体ひとつで人間を相手に訓練してきたような、気に食わない呼吸の仕方に男はだんだんと腹が立ってきた。
 業を煮やした男が勢い任せに蹴り技を放つと、ロクは片腕をとんとそれに添えるようにして、またいなした。かっときて、男は次いで怒号を放つ。
 
「どうした!? 雷を撃ってこいよ! ここじゃ人もいねえ……! なんでてめえみたいな存在が、人を気にすんのかも意味わかんねえが! 人みてえな動きをするんじゃねえよ……!!」

 男が大口を開けるとともに深い息を吐きだしたとき、なにかの機を待っていたのか、ロクの足先から頭の天辺へと電気が迸った。男は鋭い野生感を持っており、すぐに、しまったと目元を歪ませた。ロクは、男が深い息を吐く瞬間を、息を切らすときを待っていたのだ。そうして始めて、疲労を誘われていたのだと気づかされた男は、周りの空気が電気で振動したので、つられて視線をあちこちへ泳がせてしまった。

「七元解錠、"雷装らいそう"」

 雷光が瞬く間に空気を縫う。一打が、迫る。丸い肘が残光を引いて、男の視界に突き刺さった瞬間に、男は顎を叩き割られた。ぶれて反転した世界に青天上が映る。透き通る青を、一本の電糸が両断する。男が下を向くと、雷鳴を伴った細脚が男の脇腹に突き刺さった。男は頭から建物の壁に突っこみ、勢い余ってがらんどうの屋内へと転がりこんだ。ともに押しやられた壁の一部の、瓦礫の下から這い出たところへ、やまず電光石火が、雷を従えた彼女が到来する。彼女が踏みしめる足元から電気が散ればたちまちに距離はたんと縮まり、構える余裕もなく、男は稲光いなびかりする拳の軌道がまま真横に弾け飛んだ。
 まるで動きが、追えない。息つく間はおろか、洞察するわずかな暇さえ与えられない素早さだ。まさしく迅雷を体で表す彼女の、若草色の左目を遠目にしながら、男は背中から壁に衝突し、またがらがらと壁の一部が崩れ落ちる音が立った。
 意識が飛びかける。すると、男は胸元の布をぐいと引っ張られ、無理やりに叩き起された。

「っ、く、そったれ……! 離せッ! 殺すなら、殺せよ!」
「……だれの命令? それにどうして、まだ此花隊隊員以外が知らないはずの、私のことを知ってるの? 教えてくれたら、もう手荒なことはしないよ」
「クソが……!」

 顔を覗きこんでくるロクに向かって、唾を吐きかける勢いで男が悪態をつくと、そのときだった。
 たたっ、と急ぎ足な靴音がして、ロクが振り返ると、穴の空いた壁をくぐって入ってきたフィラが、わっと臙脂色の目を丸くした。

「大きな音がしたと思ったら、こんなところにいたのね、ロクちゃん……! ……って、なにをしているの……?」

 謎の黒ずくめの人物の胸ぐらを捕まえているロクを見て、フィラが首を傾げる。ロクは、手負いの獣のように警戒心を剥き出しにしている男を一瞥してから、フィラに目配せをした。
 その後、ロクとフィラは街内の警備を担当している警備班班員らに、元魔を撃退した旨を伝えた。それから街の修復を彼らに任せると、間もなくして此花隊の拠点へと帰還した。

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.181 )
日時: 2025/08/17 12:33
名前: 瑚雲 (ID: 0otapX/G)


 第163次元 吠える刺客

 屋敷へと帰還したロクアンズとフィラを玄関で出迎えた隊員たちは、二人が謎の男を連れていたので吃驚した。黒ずくめのその男は、元魔との戦闘中にロクの命を狙って襲いかかってきた。ただ喧嘩を売ってきただけの浮浪者ならばまだよかった。男はロクが神族であることを知っていた。だからフィラの手──ひいては『巳梅』の胴体──ですぐさま拘束され、屋敷まで連行された。
 道中、離せだの、どこに連れていくだの、生かすくらいなら殺せだのと吠えていた男は、セブンの執務室の中で膝をつかされ、黒い頭巾を取り払われると、燃えるような赤髪に藍鼠あいねず色の瞳をした年若い青年だと暴かれた。
 執務室には、軟禁処分中のレトヴェールや、いまだに昏倒しているメッセルを除き、戦闘部班の面々が揃っていた。命を狙われた当人であるロクも、拘束を受けた状態ではあるが、状況の報告のために同席を許可された。
 セブンは、いまにも噛みついてきそうな青年の顔をじっくりと観察してから、口を開いた。

「話は聞いたよ。早速だけれど、君は、"ロクアンズ・エポールを神族だと知っている"らしいね。しかしそれはね、まだこの隊の人間しか知り得ないはずの最重要機密事項だ。どこで知った」

 語尾は強く、執務室内の空気が途端に張り詰めたものになる。眉間を射抜かれるような視線を受けていながら、青年はしごく落ち着いた声で突き返した。

「俺は口を割らねえぞ。たとえなにをされてもな」
「なるほど。周りが見えていないようだね。いま君を取り囲んでいるのは、全員が次元師だ。つまり君が次元師であってもこちらは臆さない。死なない程度に拘束をすることも、毒を与えることも、わけはない。君がどれほど耐えられるかは実物だね」

 青年は鼻を鳴らし、なおも強気な物言いで食ってかかった。

「はん、そいつは脅しか? そんなちゃちな脅しを受けて怖じ気づくと思われてるたあな……! ああ、やってみろよ! 拘束でも毒でも、なんでも受けてやる! 俺は死んでも口を割らねえぜ!」

 吠える青年が虚勢を張っているようには、セブンには見えなかった。怖気づいていないのはどうやら本当らしい。青年の目の奥を探っていると、コルドが傍までやってきて、恭しくセブンに耳打ちをした。

「班長。我々此花隊の隊員しか知り得ないはずの情報を、彼が知っているということは、つまり……」

 セブンは片手をあげ、コルドにそれ以上続けさせなかった。短く嘆息をすると、セブンはガネストに視線をやった。

「ガネストくん。悪いけれど、彼の上布を取り払ってくれないかい?」
「は、はい。ただちに」

 言われた通り、ガネストが青年の黒衣に手をかけると、青年はあからさまに嫌な顔をして、乱暴に身をよじった。

「なにすんだ、てめえ! 触るな!」

 しかし、青年は手足を縛られているから、抵抗も虚しく上半身が暴かれた。
 首から腰あたりまでを覆っていた布が取り払われると、どよめきが起こる。青年の左肩に黒い奴隷紋が刻まれていたのだ。
 わなわなと震えるフィラが驚きの声をこぼした。

「嘘……そんな、奴隷制は廃止されたはずよ。それに、元奴隷であっても、紋様は書き換えられたと噂では聞いたけど……どうしてまだ彼の腕に……」
 
 セブンは、執務机の上で指を組み直して、青年に言った。

「君は政会に飼われた、次元師の奴隷だ。そうだろう」
「……」
「君に、ハルエール暗殺の指示を下した人間の名を吐かせるのは難しそうだね。どうせ政会の上層部か、中層の人間、そして単独犯だろうけど……。さしづめ、たしかな情報筋から事実を知ったその人物が手柄を急いて刺客を寄越した、といったところかな。神族相手に単身乗り込ませるとは……信じられない詰めの甘さだけれどね。結果、鼠はいま我々の手のうちだ」

 淡々と言ってのけるので、フィラはすこしの間、あっけにとられていたが、すぐにはっと思いつくことがあった。ベルク村の元領主、ヴィースが連れ立っていた双子の次元師だって、思い返してみれば奴隷とそう立場は変わらない。それに彼らはドルギース国側についていた元奴隷だ。停戦後、奴隷制から解放された彼らは、ヴィースに拾われたのだと喜んで供を務めていたが、ヴィース本人にも政会の息がかかっていたし、遠目に見れば、実情は解放されていないかのようにも見える。いうなれば、"政会が元奴隷の次元師を買った"あるいは"拾って懐にしまいこんだ"、ともとれてしまう。
 フィラが難しい顔をして考えこんでいる横で、ガネストが思い切って口を挟んだ。 

「あの、つかぬことをお伺いするのですが……メルギースとドルギースには次元師の奴隷が存在したというのは、本当ですか?」
「よく勉強しているね。感心なことだ」
「この国……ひいてはこの大陸の歴史について、多少なりとも知っておく必要があると判断しましたので。……して、なぜ次元師なのに奴隷なのでしょう? 人間を屈服させる力を持った者たちが、みすみす奴隷になるだなんて、にわかには信じがたいのですが」

 赤髪の青年が、あからさまに怪訝な顔つきになる。上衣を取り払われた私怨も混じってか、青年はガネストに悪態をついた。

「なんだてめえ。よそ者かよ」
「そうだよ。わざわざ他国から、次元師として神族と戦うために力を貸してくれているんだ。では、よそ者の彼らに教えてあげてくれないかな、刺客くん。なぜ次元師の奴隷が存在しているのか」
「は? てめえで言えばいいだろ。なんで俺が言わなきゃならねえ」
「恥ずかしい話、私もよくは知らないんだ。なぜなら、奴隷制が廃止された十四年前というと、まだ私も無知な青年であったし、実情を知らない国民も多いんじゃないかな?」

 セブンをよく知っている者から見れば、彼が明らかに嘘をついていて、発言を唆しているのだと察せられたが、青年はこの日初めてあった男の懐など知る由もない。まんまと焚きつけられた青年は、ぐるりと周囲の視線を睨み返した。

「どいつもこいつもお花畑かよ。なにも知らねえでのうのうと生きてやがんのか? 次元師ならなおのこと腹立つぜ! てめえも、てめえも、みんなふざけた野郎だ!」

 だんだんと頭に血が昇ってきたか、青年の声もそれに応じて激しくなっていき、もはや触れればたちまちに熱を点火させられそうな剣幕で彼は続けた。

「いいぜ。バカなてめえらに教えてやるよ。人間の力をはるかに上回る次元師が、なんで大人しく国の奴隷なんかに成り下がったって? 国の頭どもがばかほどに強え次元師を飼ってたからに決まってんだろ! だから従うしかなかったんだよ。だから尊厳もなにも全部捨てた! 命が惜しかったからだ……! 自分より強え奴に制圧されたら、手も足も出ねえだろうがよ!」

 青年が吠えるように語ったのは、この場を乗り切るために練られた作り話ではなかった。奴隷として、国中から捕獲されたならず者の次元師たちは、抵抗しようにも叶わなかった。自らよりも強い存在が、政会の一駒として権力を握っていたからだった。奴隷の次元師たちは、本能的に力では適わないと悟り、従うよりほかになかった。ごく一部、反感の意を唱えた次元師もいたが、見せしめのためか殺害されている。政会の人間たちはことあるごとに、奴隷たちに言って聞かせた。「ここで死を選ぶならそれでもかまわない。力も満足に振るえず憐れで救いのない終わりを迎え、あとにはなにも残らない。そんなお前たちの尊厳と、存在意義を買ってやれるのは、国しかいない」──と。そう、奴隷の次元師たちは刷りこまれていたのである。
 現代を生きる赤髪の青年も例外ではなかった。血気盛んな彼は、政会に飼われた"実力のある次元師"という存在に歯向かったことだって当然のごとくあった。しかし、制圧された。命が惜しければその力を国のために捧げろと、雇い主は得意げに鼻を高くして言った。そうしているうちに、青年はふっきれたのか、公には存在しないことになっている奴隷という居場所に定着してしまった。

「腐ってんだよこの国は……。神との戦い? それを打ち倒す次元の力? 選ばれた英雄だ? 結局は、強い力を持つ次元師を国の頭どもが抱えこんで、北との戦争に備えてやがるんだ! 違えねえ! 都合のいいときだけ神と戦うための戦士で、俺たちは、どこまでいっても国の奴隷だ……!!」

 嫌悪か、自嘲か──どちらかといえば、後者に傾いた感情の吐露は、だれに放ったものでもなかった。しかし、戦闘部班の班員たち──とくにメルギースで生まれ育った者たちの顔つきは一層の真剣みを帯びていた。一時休戦を機に、奴隷制と次元師の軍団化の廃止を公布したのは、政会である。次元師を戦争の道具にしないための政策だと銘打っておきながら、水面下では着々と、次元師の力を一か所に集約しようとしているのではないか──そんな疑念が頭の中に沸いた。
 青年は肩を上下させ、まだ息が整わないうちに、ロクを視界の中心に据えた。

「なあおい、神族。てめえは知ってんだろ。教えろよ! 神族は国の頭どもの産物か!? 本物の敵はどいつなんだよ!? いったいどこの腐れ野郎が神族を、次元師をこの国にもたらして、いらねえ戦を生んだ!?」

 ロクが返す言葉を失っていると、青年はさほど待たずして、彼女の態度に辟易した。それから音を立てて舌打ちをする。

「言わねえのかよ。やっぱり人間の味方をする気がねえんだな。おい、俺だけだと思うなよ。てめえは、国の敵だ。すぐに国中から矛先が向く。てめえを殺そうと動きだす! すぐにだ! てめえや元魔に、家族や大事なもんを奪われた奴がこの国でまだ生きてる限り、いつかその報復を必ず受けるぜ。必ずだ……!」

 眉をひそめたロクの頬に、一筋の汗が伝う。青年は、神族を直接恨んでいるというよりは、神族の顕現とともに誕生した次元師たちが、耳に聞こえのいい言葉で国の駒となり、戦争の道具とされることに怒りを覚えている。だからきっと、神族の存在が許せないのだ。彼の言い分はもっともであるし、ロクだって、ベルク村でリリアンやリリエンと対峙したときには、彼女たちの身の上──元奴隷であり、当時齢六歳という幼子でありながら、十四年前の南北戦争で一時期前線に立たされていたこと──を思い、憂いた。リリアンからは憐れむなと突き離されたが、次元師たちが望まない形で力を利用されていいはずはない。それはずっとロクの頭の片隅にあって、いまもときおり、胸の奥を締めつける。
 
「それは……そうだろう、けど、一つ教えて。あなたは、国の味方? それとも、……国の奴隷? あなたの心は、どっちにあるの?」

 青年ははじめて、しばし目を見開いて、閉口した。目元だけは変わらずにロクを睨んでいたのだが、青年は突然にはっと瞬きをして、ゆっくりと唇を開いた。
 
「……てめえはそういや、心情の神……」

 それだけ呟くと、さっきまでの威勢が嘘のように、青年は黙って項垂れてしまった。
 執務室がやっと静寂を取り戻すと、その途端。事態に気がついたセブンが眉をしかめ、急いでガネストに指示をした。

「ガネストくん、彼の様子を確認してくれ。早く」

 焦ったような口調でセブンが言うので、ガネストはさっそく青年の傍まで近づいて、そして。
 項垂れた重たい頭を、両手で掴んで持ちあげたとき、青年の口の端からつうと赤い血が滴り落ちた。

「舌を、嚙み切っています……!」

 ごぽり、と吐き出された血の塊が、赤い絨毯の上を濃厚な色に染めあげる。ガネストは、驚いて立ち尽くす一同を見渡して青年の危険を知らせた。おそらく、心情の神に読心をされると恐れた、もしく胸中を悟らせまいとしたのだろう。すがすがしいほどに迅速な判断だ。
 慌てて駆け寄ったキールアが、すかさず術を展開する。青年の安否の確保が優先だ、とセブンの声が室内に響く。治癒を与えながらキールアは、青年を抱えてすぐに執務室を出て行った。フィラも連れ立って、三人は医務室へと急いだ。
 ロクが、三人が飛び出していった扉を見つめて、眉をしかめていると、コルドが口を開いた。

「彼のことはキールアたちに任せよう」

 ちゃり、と鉄鎖の擦れ合う音が立つ。ロクは小さく頷くと、コルドに連れられて執務室をあとにした。
 地下室への道筋を、ゆっくりと俯きがちに辿っていると、どこからともなく隊員たちのひそめた声が聞こえてきた。

「おい、あれ」
「ああ。ロクアンズだ。神族だって? まだ信じられない」
「地下で監視されているんじゃなかったのか?」

 ──ついに此花隊の全隊員に情報が公表されたのだろう。道すがら、すれ違う者たちはみな、ぎょっとするような、信じられないものを遠目にするような、忌避の目を向けてきた。いずれこうなることが予想できていたロクは、ほとんど動揺を見せなかった。

「どっちだと思う。信用していいのか、疑うべきか」

 揺らぎ、伝播し、膨らむ心情をあえて探ろうとしなくとも、ひしひしとそれを肌が感じ取った。ロクは変わらない速度で、コルドとともに屋敷の廊下を進んだ。

「神族って心臓がないと聞いたけど、本当だろうか。じゃあ、いったいどうやって……」
「待って、それ以上はやめよう。いま、こっちを見た。心の声を聞かれたかもしれない」

 目を背けられたように感じたが、ロクは言及も、追及もしなかった。悪い気がして、周囲の声を遮断しようとしても、鼓膜が勝手に声を拾いあげる。

「レトヴェール・エポールを騙していたらしい。彼はいまも、あの子に心酔し、狂乱しているそうだよ」

 ロクは足を止めた。
 しかし、一瞬だった。彼女が静止したために、手元の鎖がたゆんだ感覚を覚えたコルドだったが、すぐにまた彼女が歩きだしたので、黙って後ろについた。
 
 耳に入ってくる声が募る。後ろ向きな思惑がそこかしこで渦巻いている。自覚をしていないうちにロクの脳髄は熱く膨張していって、やがてぼうっとなりかけたとき、ちょうど地下へ続く階段に至った。
 ひやりとした空気は彼女を抱きこんで、そしてふたたび、暗闇の中へと閉じこめてしまった。

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.182 )
日時: 2025/08/03 17:46
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)


 第164次元 詰まる言葉

 地下の暗闇と静けさは、時間の感覚を鈍らせた。だからロクアンズは自身が思っている以上にこんこんと考えに耽っていた。
 地下室はほとんど倉庫の様相を呈している。格子状の廊下は壁に取りつけられた燭台の蝋燭の明かりで薄らぼんやりと照らされているだけで、人が歩くのなら手持ちの角灯が必要だ。物置部屋のような一角がいくつも並び、もう使われていない派手な硝子品や杯、飾り物、それから擦れた燭台に提灯のたぐいなどが押しこめられている。どれも貴族が好むような嗜好品だが、もうかなり劣化が目立つ代物ばかりで、市場価値はとっくに失われているだろう。
 それから、地下室の北側に鉄格子の嵌められた牢が五つ、物々しく並んでいる。元来は、悪さをした使用人、屋敷に侵入した不届き者、躾のなっていない愛玩動物らの仕置にでも使われていたのだろう。中央の部屋にロクは幽閉されている。そして昨夜からは、一命を取り留めた赤髪の青年が不貞腐れた顔をして隣の牢で寝転がっている。

 青年は、着ていた黒ずくめの衣服をとっくに剥がされていて、いまは病衣を被せられていた。
 健康的な小麦色の肌をした手首、足首には枷が嵌められ、枷から伸びる鎖が部屋の隅の留め具に繋がっている。次元の力を使っても破壊できないことは昨晩、実証済だ。どうやら、コルドとかいう長身の黒髪の男が、次元の力で細工をしたらしい。おかげで窮屈で仕方ない。鉄格子の奥に見えるコルドの背中をきっと睨みつけて、青年はわざとらしく声を大きくした。

「クソ。あーあー、息が詰まるぜ。犬じゃねえんだからよ、こんなもんジャラジャラつけんじゃねえっての。やってるこたあ、政会のクソジジイどもと変わんねえなあ。てめえもそう思うだろ? なあ、おい神族。てめえの電撃で壊せよ、このくらい。なに大人しくしてんだ? この期に及んで人間に従ってるふりか?」
「……」
「おい、無視してんじゃねえよ! てめえコラクソ神族!」

 青年が思わず前のめって、じゃらりと擦れた鎖の音も、吠えた声も、ロクの耳には届いていなかった。彼女の思考は深みに潜っていた。そして、ふと考えがまとまると、集中力は紐解かれて、ふわりと意識を浮上させる。同時にロクは顔をあげた。

「コルド副班」
「俺の話聞けよ! 聞こえてんだろ!」
「紙を多めにくれないかな? あと、筆もほしいんだけど」
「なにに使うんだ?」

 コルドが探るような目でロクに問いかける。

「大事なことを書きたくて。検分してもいいよ。メルギースの現代語で書くから」
「……大事なこと?」
「うん。みんなに伝えなくちゃいけないことがある」

 "そのために私は、きっと記憶を思い出したんだ。"
 ロクが、聞いたこともないような真剣な声で言うので、コルドはしばし外した。地下の倉庫には、もう使われなくなった物品が数多く眠っている。中には紙類や筆もあるだろう。牢があるということは、監視役も常駐する。監視は交代で行われるだろうから、記録をつけるために手近な場所に備品を置いておくのが自然だ。コルドの思惑通り、紙類と筆、それから墨も倉庫の中からすぐに見つかった。
 コルドは、言われた通り、それらをロクに渡した。大事なこととはなんだろうか。どうして口頭で伝えるのではなく、わざわざ紙に記す必要があるのか──そう訊いてしまいたかったが、コルドはまた口を噤んでしまった。


 カナラ近辺の巡回警備を終え、ガネストはどっと疲れた身体を引きずるようにして、仮拠点への帰路についていた。帰路とはいっても、キールアに頼まれた必要物資を街で買いつけて、彼女のもとに届けたら、またすぐに警備の配置につかなければならない。まともに動ける次元師はいまガネストとフィラだけで、二人きりで広範囲の警備を任されているのだ。ルイルはというと、目を覚まさないメッセルの傍らで待機をしていて、彼の容態に変化があればキールアに伝えるよう言いつけられている。
 街道は昼夜問わず、人の行き交いが激しい。忙しなく働く人々の邪魔にならないよう、気をつけて歩きながら、ガネストは市場を巡った。あれこれと買って回って、最後に果物の卸屋で足を止めて、調薬に使うのだという果実の種を注文する。店番をしている帽子を被った青年は、ガネストに言われた数だけ種を入れた袋を手渡そうとしたとき、彼の手のひらの上に紙片を滑らせ、袋の底でそれを隠した。そして自然な態度でガネストを送り出す。ガネストも、なんてことのないような顔で踵を返し、拠点までの道すがら、人目が少なくなってきた頃合いを見計らって紙片を暴いた。それの中に書かれていた文字に目を通すと、ガネストは道の途中で立ち止まった。突っ立っていると、人とぶつかりかねないので、ガネストはすぐに紙片をたたんで、懐にしまいこんだ。

 屋敷の裏庭で薬草の世話をしていたキールアを見つけて、ガネストは声をかけた。頼んだものは医務室まで運んでほしいと彼女が言うので、ガネストは首を縦に振った。ついでにメッセルとルイルの様子も見ていこうと、そう思った矢先、医務室までの廊下を歩いている途中で、ガネストの耳に甲高い泣き声が聞こえてきた。
 ルイルの声だ。医務室に近づくにつれ、泣き声は大きくなっていく。
 逸る鼓動を抑え、ガネストは駆け足になって部屋に向かった。つい、扉を強く開け広げて、ガネストは部屋の中に入った。

「ルイル、どうかしましたか。なにが」

 ガネストは、はっとして、言葉を切った。
 目の前には、メッセルの大きな手のひらで頭をぐしぐしと撫でられながら、彼の毛布にしがみついてわんわんと泣き続けるルイルの姿があった。

「メッセル……副班長……」
「ようっ。生きてたか。元気そうじゃねーか」

 軽く片手をあげて、メッセルはガネストと視線を合わせた。それから、一層激しくわめきだしてしまったルイルのことを困った顔で「泣くな、泣くな」とあやしている。
 ガネストはしばし呆然として、ようやく事態を呑みこむと、糸で引っ張られるているかのようにふらふらと寝台まで歩み寄った。それから、ずいぶんと久しく見ていなかったメッセルの薄い目元を見て、下唇をぐっと噛み締める。

「目を覚まされたのですね。本当に、よかった」
「なあにしけた面してる。お前さんが素直に俺を心配するたあな。ははは! 寝るのも悪かねえなあ」

 茶化さないでくださいと切り返したかったが、ガネストはすぐに言葉が出てこなかった。メッセルの笑い声があまりにもいつも通りで、ほっと心が落ち着いてしまうのが先だったのだ。

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.183 )
日時: 2025/08/15 19:05
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)


第165次元 海の向こうより

「しっかしまあ、いろいろあったんだろ。あのあともよ。知らねえ家にいるみてえだし……。なにがあったか、かいつまんで教えてくれねえか」

 そう訊ねられると、ガネストは、はっと表情を引き締めた。寝台の傍にあった丸椅子に腰を落ち着かせると、メッセルに事のあらましを伝えた。メッセルは東の都サオーリオでの【IME】との戦闘中に意識を落としたため、【CRETE】の存在や能力、エントリアへの進行と壊滅状況──そしてロクアンズの正体を聞くと、心底驚いていた。無理もない。たった数日の間に、あらゆる出来事が起こりすぎていた。
 状況を伝えながら、ガネストはメッセルが目を覚ましたことをキールアに知らせなければと考える一方で、あることを思い返していた。

「メッセル副班長。ひとつ、お伺いしたいことが」
「なんだ?」
「ベルイヴ、という言葉に聞き覚えはございますか」 

 メッセルは片眉をあげて、さらに首を傾げた。その表情からも、とんと思い当たる節がない、と言いたげなのが伝わってくる。

「さあな……知らねえなあ。音の感じは、メルギースかドルギースの言葉か? なんだその、ベルイヴってのは。どこで聞いたもんだ」
「時間の神【IME】が、一時ひとときの間だけ、正気に戻ったんです。そのときに口にしていました」

『人間、様。どうか。どうか……』
『【信仰】……ベルイヴ様を……──』

「……【信仰】っていやあ、どこかで聞いたな」
「天地の神【NAURE】が、死に際に放った最後の言葉が、『【信仰】を殺せ』だったと、第一班が報告をあげていました。つまり……」
「新たな神族の名前か」

 ガネストは、腿に両の拳を乗せて、神妙な面持ちで頷く。話していると、すうすうという寝息が聞こえだした。ルイルが、メッセルの毛布にしがみついたまま、泣き疲れて眠ってしまったらしい。

「お姫さんにも、心配かけちまったな」

 赤く滲んだルイルの目元と、それから彼女を起こしてしまわないように、指先だけで桃色の髪を撫でるメッセルの横顔を見て、ガネストはおもむろに立ち上がった。そして深々と頭を垂れ、言った。

「メッセル・トーニオ副班長殿。お詫び申し上げます。僕は、誤って貴方の胸を撃った。貴方はそれゆえに重体となってしまった。これについて、上への報告は済んでおります。本当に、申し訳ございませんでした」

 謝意の言葉を述べるだけで許される問題ではない。ガネストはそれを重々承知で、出兵経験がないものの重く受け止めていた。神族との会敵中に、故意でなくとも上官の胸を撃ち抜き、生死を彷徨わせてしまった責任はとるべきだ。いかような罰も受けるつもりだと、セブンには意思表明をしているが、ガネストの立場もあって処分を下しづらいのだろう。報告書をあげてくれとだけセブンは言っていた。しかし、責任感の強いガネストは、それだけでは到底、くすぶる胸の内を冷ますことができなかった。
 だから当のメッセルの口からでもいい。苦言を呈してほしかった。

「じゃあもう外すんじゃねえぞ」

 低く、威圧的なメッセルの声に、ガネストは、びくりと肩を震わせた。心臓がどくどくと脈打ちはじめる。とっくに構えてあったとしても、ガネストとてまだ齢十五ほどの少年である。どきどきしているのが悟られないように、表情を噛み殺して、ガネストは、次に放たれるであろう厳しい処断を待っていた。

「でもお前さんも姫さんも生きてる。すげえことじゃねえか。こんなありがてえことは、ねえ。なあガネスト、よくやった!」

 打たれたように顔をあげると、ころりと明るい声色になっていて、心の底から嬉しそうに破顔するメッセルの顔が視界に飛びこんできた。
 
「俺あ、褒めてやりてえ。いいや、褒めるぜ。たいしたもんだなあ」

 もう片方の空いた手で、ガネストの頭が左右に揺れるほどにがしがしと撫で回す。固く構えていた身体も、心も、無理やりにほぐれて、ガネストは自身の感情を理解するのに遅れてしまった。傷つけて申し訳がなかった。失敗して悔しかった。ルイルを守ったのは貴方だった。なのに、笑う。笑って、身に余るほど十分に褒めてくれる。正しくないとわかっていても、ガネストの心の底に、ほんの少しの嬉しさが湧いた。ガネストはまた悟られないように、表情を噛み殺して、緩みそうになる口元をぐっと結んだ。

「コルドのヤツだったらお前さん、もう何刻もかけて、説教垂れられてたぜ。あいつぁ、固いからよお。俺でよかったなあ」
「はい」
「はは! 素直か!」

 ほっと肩の荷が下りると、メッセルの力強い撫で回しを甘んじて受け入れた。
 ガネストは、メッセルの声でルイルが起きてしまうのではと心配した。寝台に突っ伏す彼女を見やると、深く眠ってしまったのか、起きてくる気配はない。ガネストには、もうひとつ、メッセルに話しておきたいことがあった。
 上着の内側に手を差し入れたガネストは、折りたたんだ一枚の紙を取り出した。街の果物屋が渡してきた紙切れだ。メッセルはまた片眉をあげて、それを見つめた。

「なんだ? 紙切れなんか出して」
「急遽、帰還命令が出されました」

 すぐにはピンと来なかったメッセルだったが、紙切れとガネストを交互に見やると、合点がいったらしい。目をまん丸にして、ああ、と何度も頷いた。神族の調査でサンノを訪れると、ガネストは現地に滞在していたアルタナ王国からの使者と連絡を取っていた。ガネストがいま手に握っている紙切れも、カナラ街の使者から渡された王国からの通達状だった。しかし内容は、定期的に交わされる業務連絡ではなく、至急の帰還命令だったのである。

「……本当か? なんだ、どうしたって?」
「陛下の容態が悪化して、ご危篤の状態だと……」

 ガネストは念のため小声で言った。それを聞くと、メッセルはまた何度も首を縦に振って、深刻な面持ちになる。

「そいつは大変だ。……って、お前さん、なんて顔してる?」

 顎をさすっていたメッセルが、ふとガネストの顔を見て、手を離す。ガネストの表情は薄青くなっていてた。自国の王の身に危険が訪れていると聞けば動揺するのも無理はないが、それにしたって、ガネストの目には不安や恐れ以外の色が複雑に入り混じっていた。どこか納得がいっていないようにも見えたのだ。

(本当に、陛下が重篤なために呼びつけられたのだろうか)
 
 ある予感が静かに寄せては返してを繰り返し、ガネストの頭の中に、小さなさざ波を起こしていた。


 黄金でこしらえた玉座へと伸びる緋色の絨毯に膝をつき、深々と頭を垂れるのは、浅黒肌の青年だった。青年の身なりはしかしだれから見てもひどく小汚く、着のみ着のまま畑仕事にでもやってきたような気軽さで、絨毯の深い赤色にも、白亜の壁や床にも、まるで溶けこんでいない。青年は後ろ手に縛られ、彼を挟んで脇には二人の兵士が厳かな面持ちで立っている。
 青年は、深縹色の長い前髪から、気力のなさそうに垂れた目を覗かせ、しかし目の前の玉座の脇に控えるやんごとなき人物の姿を見ないように注意して、口を開いた。

「……王女様、それで、俺だけをここに連れてきたのは……」
「無礼者。貴様の前におわしますのは、ライラ子帝殿下である。仲間の命が惜しければ口を改めろ、賊めが」
「子帝殿下。殿下のお望みは」

 青年の脇に控えた兵士の一人が、強い口調で諌めたものの、青年の態度はあまり変わらなかった。緩やかに言って、目の前の人物の発言を待つ。
 からの玉座の傍らに立つライラ・ショーストリア──アルタナ王国で次期国王となることが約束された第一王女が、愛らしい桃色の瞳をじつに鋭く光らせる。

「私から貴方への要求はただ一つです。このめいに背けば、捕らえた仲間とともに、貴方の首も刎ねましょう。これを無事果たした暁には、貴方がたを解放すると約束いたします。ただし、盗賊団「銀の爪痕(ぎんのつめあと)」は、どちらにせよ解体を命じます」

 青年は甘んじて受け入れるほかなかった。盗賊団の一味として、海沿いの町で幅を利かせていた貴族の男と手を組み、利益を求めすぎたばかりに町の住民から巨額の金品を騙し取ったその行為が運悪く国王直下の軍兵に見つかってしまった。貴族一家は資産を取り上げられ没落し、また協力した盗賊団「銀の爪痕」は総員が捕えられ、王城の地下牢で処罰のときを待っている。ただ一人、浅黒の肌に深縹色の髪をした"次元師の青年"を除いて。
 ライラは小さく息を吸うと、間もなく、青年に命を下した。

「我が妹にして第二王女ルイル・ショーストリアの傍らにいる神族ロクアンズを討ち取り、その首を私の前に差し出しなさい」

 かつて最愛の妹を、かの手に託したときの柔らかな面影はもうどこにもなかった。澄み切った冷徹な目をして王女は言い放つ。
 やがて、次期国王からの直々の命を受けた盗賊あがりの青年は、──目的のために青い海を越える。

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.184 )
日時: 2025/08/17 19:31
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)


 第166次元 次から次へと

 "大事なことを書く"と言っていた通り、ロクアンズは日がな筆を握って、与えた大量の紙束になにかを必死に書き綴っていた。それに、多めにほしいと要求された理由もわかった。何日経ってもロクの筆が止まらなかったのである。くだんの"大事なこと"は、どうやら紙の一枚や二枚に収まる話ではないらしい。そろそろ底を尽くのではないかと、コルドは追加の分の紙を探しておいたほどだ。

 若草色の長い髪を床にべったりと貼りつけて、真剣そのものの目をして筆を走らせる彼女に、暇を持て余した赤髪の青年が茶々を入れる光景も見慣れてきた頃だった。
 大量の紙の海に身を委ねるロクと、顰めっ面で座ったまま目を閉じている青年が、それぞれ眠りはじめてから幾刻かが経過する。
 夜も深けてきてうっかり意識を落としそうになったコルドの首筋に、突然、ひやりとした殺気が突き立った。振り返る間もなく、コルドの意識は一瞬にして大きくぐらついて、その場に倒れこんだ。
 彼の首筋には強力な麻酔針が打たれていた。
 音もなく、何者かが牢の鍵をコルドの腰元から取り外す。それで中央の牢の錠をすばやく解くと、不要になった鍵を床に置いた。
 
 牢に入ると、紙の海に囲まれた標的が、あどけない顔で寝息を立てていた。懐から、静かに短刀の刃を覗かせる。逆手にして、柄をぐっと握りこむと、標的の細い首を目がけて勢いよく振り下ろした。
 ──が、手首を掴まれる。
 寝転がったまま、迫ってきた浅黒肌の手首を制し、ロクは左目を開いた。
 
「誰?」
「……!」

 浅黒肌の人物──アルタナ王国から遣わされた盗賊団一味の男は、すかさずもう片方の手を、腰元に下げた刀袋に伸ばした。そして目にも止まらぬ速さでもう一丁の短刀を抜く。しかしロクは下腹部に力を入れて、膝を跳ねさせた。すると短刀は膝に打たれて飛んで、カランカラン、と音を立てて部屋の隅に落ちた。ロクは男の空いたほうの手も捕まえて、ぐぐと押し除けながら上体を起こす。
 ちらりと牢の外を見やれば、コルドが昏倒しているのがロクの目に入った。

「……コルド副班に、なにしたの?」
「眠ってもらった。用があるのは、アンタの首だけだ。……心当たり、あるだろ」

 緊迫しているわりに悠長な言い方で、男はロクに迫った。
 ふいに、先日の赤髪の青年の言葉が脳裏に蘇る。『すぐに国中から矛先が向く。てめえを殺そうと動きだす! すぐにだ!』──当然だ。ロクだって、此花隊の一員として神族を捜し出すために赤い目を追っていた。その標的が自分になるとはまさか思っていなかっただけだ。
 ロクの両手両足に電気が走る。猛烈な電力が伝うと、鎖はたちまち音を立てて砕け散った。ロクは、男の土手っ腹を蹴りあげるとともに男の手を離し、そのまま開いた牢の扉をくぐり抜けていった。そのとき、床に落ちた牢の鍵束を蹴った。鍵束は隣の牢の前まですうっと滑っていった。
 牢を出て、長い廊下を曲がり、地上への階段を駆け上がっていくロクの背中を追いかけて、男もその場を離れた。

「んん……ん?」

 騒ぎが遠のいてすぐ、赤髪の青年が眉をぴくりと動かした。目を覚まし、きょろきょろとあたりを見回した彼の目に、倒れている見張りの姿が映る。そして、牢の前に落ちているものを見て、しっかり覚醒した。

「……! おい、鍵落ちてんじゃねえか! 見張りも寝てるぜ。よくわかんねえけど、しめた!」

 鉄格子の隙間に手首を通して、なんとか鍵束を牢の中へと持ちこむ。歯で鍵を噛みながら一つ一つ試して、やっと鍵穴に合うものが見つかると、手枷が解けた。足枷の錠も解いて、青年はやっと身軽になり、機嫌よく鼻を鳴らした。倒れているコルドの身体を飛び越え、青年も地下牢から飛び出していった。

 屋敷の外に出ると、すっかり真夜中で、橙に色づく街灯と酒屋の玄関にかかる提灯だけが街路に灯りを落としていた。また、屋敷周辺の見張り番の警備班班員たちは軒並み伸びていた。おそらく、いま後ろから追ってきている男の仕業だろう。ロクは建物の屋根の上を走りながら、ちらりと後ろを振り返った。
 そのとき、びゅ、とロクの耳の横をなにかが通り過ぎた。あとすこし首を捻るのが遅かったら、頬が深く裂けていただろう。いまのは、まるで先端を尖らせたやじりのようなものだった。ロクは眉をしかめ、警戒を強めた。

「……まあ、あんなので、止まるわけないか」

 男は淡泊な声色で独り言ちると、目深にかぶっていた外套の頭巾の端をつまんで、首の後ろへやった。夜闇とそう変わらない深縹こきはなだ色の髪の先が、首元のあたりで靡く。青年だが、赤髪の青年とはまた違って気力のない垂れた瞳が橙色で、風が吹いていなければ長い前髪に隠れてしまうだろう。
 彼は遠のいていくロクの背中から目を離さず、ゆっくりと腕を持ちあげ、そこにまだなにもないうちに姿勢を作りあげた。

「次元の扉、発動」

 そして詠唱さえ、ほとんど縦に開かない口の隙間からわずかに息を拾うだけだった。

「──礒弓ぎきゅう

 虚空から突如現れた"弓"が、すでに整っていた青年の姿勢にぴったりとはまる。青年はそのまま、立て続けに詠唱した。

「六元解錠──"三閃矢さんぜんのや"!」

 唱えれば、青年の指と指の間に光の粒子が寄り集まり、それが"三本の矢"となり放たれた。鋭利で素早い殺気が迫ってきて、ロクは驚く間もなく、なんとか咄嗟に身をねじったが、躱せたのは一本だけだった。二本の矢が、ロクの脇腹を貫通する。ロクは体勢を崩して、ふらふらとたたらを踏んでしまい、ついには屋根の上から転落した。
 しかし、街路に身体を叩きつけたロクは立ち上がる暇さえ与えられなかった。すぐさま、たたん、とまたロクの足元に矢が突き立つ。次から次へと放ってくるつもりだ。ロクはほんのすこしだけ、考えた。ここで次元技を使って応戦すれば、雷鳴が響き、騒ぎになりかねない。静かな夜更けだ、なおさら目立ってしまうだろう。

(それに……──)

 ロクは、立て続けに放たれる矢の雨をかいくぐり、脇腹に刺さった二本の矢を引き抜くと、くるりと足の向きを変えた。そして東の方角に向かって逃げだした。

「……まだ逃げるのか。雷を使うなら、遠距離戦もできると思うけど……まあ、いいか。どうでも」

 青年は視界が不自由そうなわりに目が良く、夜目も利く。盗賊団の団員に野生の獣の肉を食わせる役目だった彼は、どんなに小さな野兎の背中も見失わない。青年もまた、東に向かっていった。

 
「は~! 空気がうめえなあ! 地下は最悪だった。やっと自由だ!」

 軽快な足取りで建物の屋根を跳び超えては、街路に着地し、軽やかに駆けていく。赤髪の青年は水を得た魚のように生き生きとした身のこなしで、自由になった身を謳歌していた。とはいえ、ロクを殺害するという目的は、まだ果たせていない。それがふと脳裏によぎると、またつまらなさそうに舌打ちをした。
 どうしたものかとぼんやり思考しながら、屋根の上に跳びあがったそのときだった。すぐ目の前に、しゅたっと人影が降り立って、それがロクだとわかると青年は背中を仰け反らせた。

「うわあっ、てめえ! 急になんだよ! 追いかけてきたのか!?」
「しーっ。あまり大きな声を出しちゃだめだよ。ここはまだ、住宅地だから」
「んなもん気にしてなんになんだよ」

 赤髪の青年は、不機嫌そうに眉をしかめる。真面目な顔をして言うロクから目を逸らして、さらに大きなため息をついた。

「なんだ? わざわざ俺の前に出向いてきて、戦おうってのか。上等じゃねえか。どの道、てめえを殺さなきゃなんねえからな!」
「お願い、協力してほしいんだ」
「……はあ?」
 
 思わぬ発言が飛び出したので、青年も思わず素っ頓狂な声をあげた。しかしすぐに、ロクが抑えている脇腹から流血しているのに目がいって、それから後ろを振り返った。暗いせいもあって見えづらかったが、遠くで不審な人影が動いていた。こちらの動向を伺っているようだ。赤髪の青年は口の端をあげた。

「はーん。なるほどね。俺の言った通りだろ? あんなのが、これからうじゃうじゃ湧くぜ。はは、いい気味だな! そうだな、お得意の電撃でどうにかしたらどうだ? 第一、てめえの言うことを俺が素直に聞くと……」

 ふらりと手を振っておどけて見せた赤髪の青年は、そのときぴたりと動きを止めた。
 底知れない殺気が、胸に刃を突き立てるかのように、肉薄する。ロクの目を見ればさらにぞっとして、途端に肌が粟立った。
 赤髪の青年はこれをよく知っている。集団の中でもっとも強い力を持った動物が、ほかのものを従えようとするときに発する威厳と圧力だ。政会で飼っている、かの力のある次元師もこうして奴隷たちを威圧するのだ。

「……は、やっぱり、てめえも"そっち側"じゃねえか。力で相手を威圧して、言うことを聞かせる。大人しいフリをしちゃいるが神族は神族だ。腹の底では、自分より弱い人間を見てほくそえんでるんだろ? 性格が悪いな」

 強がりからか、文句を言うのが止まらない赤髪の青年の頬に、つうと汗が伝う。いよいよ逃げ場を失ってきた彼は、観念したのか、悪態をつきながらもロクに訊ねた。
 
「チッ。で、協力ってなんだよ。あんなの、てめえ一人で追っ払えやいいだろうが」
「違うよ」

 静かに返したロクは、東の方角へと視線を促し、それから、エントリアの街を指さした。

「──エントリアに元魔がいる。しかも、早くしないと、大変なことになる」


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