コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.163 )
- 日時: 2025/03/30 21:41
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第146次元 時の止む都22
眩い光が、花開くように芽吹き、キールアの細い両腕を包みこむ。腕の傷口から絶え間なく流れ出る新鮮な血液に、その光の粒子が降りかかった。すると血は、みるみるうちに凝固していき、やがて傷口も縮まって閉じていく。生々しい傷痕はあっという間に、跡形もなくなって、すぐ傍らで傷が癒えていくのを見ていた男が手に持った槍を取り落としそうになった。男の口から、感嘆の声がついて出た。
「き、傷が……!」
「私は大丈夫です。奇跡の子……いいえ。……次元師、なので」
キールアは控えめに笑って、視線を下げた。怪我や病気などがわざわいして身動きがとれなくなっている住民を一人でも多く、支援するのが、彼女に与えられた任務だ。診療所や、薬屋にも片っ端から向かっては、街中を駆け回り、避難の手助けをしていた。だがしかし、この民家に辿り着いたとき近くで元魔が発生し、足止めを食らってしまった。どうやら元魔の発生は、周辺各地で起こっているらしい。どこからともなく悲鳴する声が聞こえてきて、キールアは一層不安になった。
次元師だと言ってみせたものの、キールアは攻撃の手段を持たず、どちらかといえば戦場の後方で待機しているような次元師だ。
ロクアンズやレトヴェール、ほかの次元師たちのように元魔を撃退する力がないキールアは、あまり深く意識していなかった歯がゆさに直面していた。
(さっきみたいに、攻撃を庇って、自分で自分を治すことでしか……街の人たちを守れない)
傷口は閉じても、痛みはすこしの間、尾を引いた。無意識のうちに腕をさすったそのとき、前方から鳴き声が聞こえてきて、キールアは顔を上げた。
声は人間から発せられたものではなかった。寄り集まった四体の元魔がいびつな輪唱を空に捧げて、不協和音を奏でている。
「な……なんだ?」
キールアは本能的に、心臓をうるさく鳴らし、ひどい緊張を覚えた。
背後から、翼のはためく音が聞こえた。
咄嗟に振り返ったキールアは瞠目する。上空で一体の元魔が立派な両翼を扇ぎ、こちらに向かってきて降下していたのだ。
「……! あ、危ない! 気をつけてっ!」
翼竜の元魔が翼を広げ、猛烈な勢いで飛来する。警備班員たちは悲鳴をあげ狼狽えた。しかし翼竜の元魔は一目散に、元魔の群れに頭から突っ込むと、元魔らを貪り共食いを始めた。不快な咀嚼音が響くたびに、翼竜の元魔の身体がどんどん膨れあがっていく。
キールアは息を呑んだ。
食われた元魔らの残骸が、煙に巻かれて、消える。そして食事を──否、"一体化"を済ませた翼竜の元魔がゆっくりとこちらに振り返った。手足はよりたくましく発達し、鼻を膨らませて息を吹く。一つの大きな赤い核が広い額の上で輝いていた。翼竜の元魔は、大きな翼を扇いでひと風起こすと、空気を割らんばかりにけたたましく喚いた。
キールアはぞっとして、口の端を噛んだ。過去に、レイチェル村に翼竜の元魔が現れたときの恐ろしさと緊張感を思い出したのだ。ロクが次元の力を目覚めさせたきっかけにもなったあの日の出来事は、キールアにとっては恐ろしい経験として記憶に根づいている。
キールアが動けないでいると、警備班員たちが突撃しようと武器を構え直した。
「怯むな! キールア隊員を守り、この場を切り抜ける!」
班員たちは、副班長の男のかけ声に応じて、果敢に飛び出した。しかし、キールアはすぐにでも止めたかった。恐怖で震えあがっていた彼女は、一拍遅れて、声の限り叫んだ。
「だ……だめ! その元魔は……ほかの元魔とは違うの……!」
だが声はすぐにかき消されることとなった。翼竜の元魔がもう一度空に向かって咆哮する。すると長い首をしっかりと据えて、突進してくる班員たちを追い払うように、大きな翼で風を薙ぎ払った。ひとたび翼を扇げば、強風が巻き起こって、班員たちは厚い風の壁と衝突した。身体の大きい男たちが軽々と弾け飛んで、宙を舞う。落下し、地面に身体を打ちつけた者のうち、何人かは負けじと己を奮い立たせて、翼竜の元魔に突進していく。
当たりどころが悪く、地面の上で悶える男たちに向かって、キールアはすかさず、"治傷"を展開した。術を展開しながら彼女は、到底敵わない、と察していた。男たちの持つ槍の穂先では、あの元魔の硬い皮膚は貫けないだろうし、赤い核を砕けるのは強烈な意思を宿した次元の力だけだ。
(どうしたら……どうしたらいいの……!?)
不安と焦りで、キールアは苦しい顔をしていた。翼竜の元魔は素知らぬような黒い目で人間を見下ろすと、鋭い爪を生やした腕をまっすぐ振り下ろした。
一人の男にその矛先が向くと、キールアは、思わず飛び出していて、虚をついて男の上半身を押し除ける。太い爪がキールアの肩から腰までを一直線に掻き裂く。赤い血が横っ飛びに噴き出した。
庇われた男が狼狽する傍らで、キールアは間を置かずに詠唱した。
「四元解錠、"治傷"……!」
光の球体がキールアの背中を包むように膨らんで、傷口を覆う。が、間髪入れずに、翼竜の元魔の腕がふたたびキールアたちに迫った。逃げられない、キールアは判断して、治ったばかりの腕をわざと頭上に掲げた。太い竜爪が腕を貫通する。頭を鈍器で殴られたみたいに、意識が飛びそうになる、それを無理やりに捕まえてキールアは叫んだ。
「──五元、解錠……!」
キールアの顔の前で光の球体がふわりと立ち昇って、彼女の表情を照らし出す。眉をきつく寄せて、瞳を鋭く尖らせた彼女を眼前にした翼竜の元魔は爪を引き抜いた。
両腕を覆う光が強くなるさなかに、キールアは続けて紡ぐ。
「"治傷"……っ!」
傷口から、血と混じった水泡が次から次へと立ち昇る。何度、傷ついても、その傷は恐ろしいほど"綺麗"に治っていく。奇跡の力、と称賛されたのは傷がすぐに治るからだけではない。痛み以外の痕跡をまったく残さず、まさしく"完治"させてしまう御業を、奇跡と呼ぶほかなかったのだ。
男は驚いていたが、すぐに切り替えて、キールアに下がるよう促した。
「キールア隊員、ここは、我々が……! ですから、どうかご無理は……!」
「無理じゃ、ないんです。怖くても、逃げだしたくても、飛び出さなきゃいけないときが、わたしたちには、あるから……っ」
かつて元魔から守ってくれた幼馴染二人の姿を、いまでもお守りのように記憶の隅に置いている。キールアはこのとき、戦いへの恐ろしさを隠しきれずに不安にまみれた表情をしていたに違いないが、男はさらにかけようとした言葉を飲みこんでしまった。
しかし、いくら自身らに降りかかる負傷を取り払っても、元魔本体には傷一つつけられていない。翼竜の元魔は、大きな翼を扇ぎ、飛び立つ。そしてキールアではなく、男たちを標的に据えると、翼を畳んで急降下した。
庇おうにも距離がありすぎる。間に合わない、とキールアはわかっていても前のめりになった。
「に、逃げてっ!」
翼竜の元魔は口を大きく開け拡げ、男たちに喰いかかろうとした。が、なにかと衝突して元魔の頭部が弾けた。中空に突然壁が現れたのではない。突然、現れたのは、一人の大柄の男だった。
男は赤い外套を靡かせて、まっすぐに突き出した手に"扇子"を掴んでいた。
「六元、解錠」
腹の底に直接響くような低い声色と、そして臙脂色に燃える鋭い眼光。男は、ぱちりと音を立てて扇子を閉じた。
「"打烙"」
翼竜の元魔が額を打たれてぐらついて、地面に倒れれば、激しい砂ぼこりが舞って、あたりを包みこんだ。此花隊隊員の男たちはいましがた目にした光景と、そして砂煙の中に紛れる男の広い背中姿と、赤い外套に唖然としていた。
「あ、た、隊……──」
竜が、吼える。ひとたび撃ち放たれた咆哮が、砂煙を払い飛ばして、家屋、看板、樹木、石畳──あらゆるものを震わせる。激しい咆哮に隊員たちがひっくり返っている中、赤い外套を身に纏った男だけが微動だにせず、翼竜の元魔から視線を外さなかった。
翼竜の元魔は爪を振り下ろした。が、赤い男が扇子の先でいなした。次いで足をあげて踏みつけにしようとする。赤い男は素早く身をねじり、扇子の尾で元魔の腹部を鋭く刺すと、元魔が悲鳴をあげて、顎を天に向けた。一歩。歩み出ただけで、翼竜の懐へと静かに踏みこんだ男の手元で、扇子が鮮やかに開く。
「六元解錠、"嵐舞"」
赤い男が口遊み、扇子を煽ればたちまち竜巻が巻き起こった。巨大な風の渦が男と翼竜の元魔を飲みこんで、瞬間、元魔は遥か上空へと突き上げられた。
竜巻は溶け、霧消する。すると、上空から、翼竜の元魔が真っ逆さまに落下してくる。だが男は顔色ひとつ変えずに、その真下で、緩慢に扇子を掲げた。
ぴったりと閉じられた扇子の先と、落ちてくる翼竜の元魔の額に輝く真っ赤な核とが、接触する。
「七元解錠──"打烙"!」
──、一触即発。扇子の先と衝突した真っ赤な核が、粉砕する。途端、元魔は口を開けたまま黒い靄と化して、中空で激しく霧散し、消えてしまった。
赤い外套を靡かせて立つ、臙脂色の瞳の男は、静かに扇子を閉じた。ぱちり、という音が鳴ると、それを皮切りに隊員の男たちが彼のもとへ駆け寄った。
此花隊の副隊長以下全隊員、全部班を統括するその男の名は、ラッドウール・ボキシス。
軍人なみの体格と、臙脂色の鋭い眼光を併せ持った彼に、気安く近づくことはそうそうないのだが、隊員の男たちは興奮を抑えきれず、次々に声をかけた。
「ら……ラッドウール隊長……!」
「た、隊長! お戻りで……!?」
副隊長のチェシアと顔を合わせることは何度かあったが、隊長のラッドウールにお目にかかったことのないキールアは、しばらくぼんやりとして、彼の姿を遠目に眺めていた。フィラの祖父という話だが、瞳の色がおなじなので、血縁だとわかるくらいにはほとんど似ていないように見えた。
ラッドウールは、赤い外套の中で両腕を組むと、隊員の男たちに告げた。
「指示だ。この場にいる住民を連れて退避しろ。残党は請け負う」
「……は、はっ!」
男たちは一斉に敬礼をし、持ち場へと戻っていく。
いまだ呆然と立ち尽くしているキールアだったが、突然ラッドウールがこちらに振り向いて、目を見開いた。
「キールア・シーホリー、会うのは初めてだな」
苗字まで呼ばれるとは思わず、キールアは変に委縮して、返事の声をひっこめてしまった。こめかみから一粒の汗が伝うのが、妙にゆっくり感じられた。
「……」
「俺は血筋のことなど毛ほども興味はない。恐れるな」
そう言うと、ラッドウールはゆっくりとキールアのほうへと歩み寄り、目の前で立ち止まった。そして臙脂色の瞳でまっすぐキールアを見下ろして続けた。
「お前の持つ、治癒の力が必要だ。休んでいる暇はない。早急にここを発ち、己の責務を完遂せよ」
「は……はい。承知しました」
キールアに言えたのは、そのたった一言だけだった。ラッドウールもまた、それだけを告げると、ほかにはほとんど指示もなく、隊員たちを鼓舞するような言葉もなかった。だが、短い言葉の中に、上に立つ者としての威厳や強さを感じ取れる。だから彼は、此花隊の隊長に就任した日から、隊員たちの憧れの的であり続けている。
──己の責務を完遂せよ。キールアは、かけられたその言葉を、重く受け止めた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.164 )
- 日時: 2025/04/10 07:16
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第147次元 時の止む都23
エントリアの街はどこを見渡してもひどい有り様で、人の声もなければ秩序もなく、理不尽と緊張感ばかりが街中から漂っている。最後に戻ったのは数月も前の話だが、この街は、王国時代から変わらず、活気に溢れたメルギース最大の都市であったはずだ。
倒壊した家の石柱に運悪く捕まった一人の女が、意識を取り落とすまいと、息を荒げていた。しかし呼吸がしづらく、まともに声が出ない。
女は息も絶え絶えになりながら、必死に周囲に呼びかけていた。
「だ……れか! だれか……」
身動きひとつとれず、泣くことしかできない女がなかば諦めかけたとき、突然、背中がふわりと浮いた気がした。浮いたのは、背中を押し潰していた石柱のほうで、女は見開いた目に光を浴びる。
女は仏頂面の大男に見下ろされていた。
「息は」
男、ラッドウールが臙脂色の瞳を鋭くさせて問いかけると、女ははくはくと、乾いた口を動かした。そして目にためた涙をぼろぼろとこぼしながら伝えた。
「わた、私はもう、死にます。この子を、この子を……」
「……」
見ると、女は下腹部から足の先まで潰れており、血の海がいまも広がり続けていた。間もなく死に絶えるだろうと、ラッドウールにも予測できた。
女の腕に抱かれた赤子が、突然、わあわあと泣きだす。赤子は頬に擦り傷があるのみで、ほかに目立った外傷はない。
ラッドウールは女の上に乗りかかっているいくつかの石柱をひとつひとつ持ちあげてはどかしていく。やがて、女の身が自由になると、血の赤にべったりと染まった布に包まれたその赤子を手渡された。
「おねがい、します。お優しい方……」
女は言うと静かに目を閉じた。
ラッドウールの腕の中で、赤子はより激しく泣きわめきだした。たしか、近くに見える機織りの店を左折してしばらく行くと、警備班が配置されている待機所を見かけたはずだ。班員に赤子を引き渡し、あとを任せようとラッドウールが振り返ると、視線の先に刀を握ったチェシアが立っていた。
「隊長、お戻りになられていたのですね」
「つい先刻だ。もとより近々戻る予定だった」
「左様でございますか。……して、そちらの赤子は?」
ラッドウールが答えるより先に、チェシアは視線を動かして倒れている女の姿を認めると、事の顛末をすぐに理解した。
このラッドウール・ボキシスという男は、滅多にエントリアへは戻ってこない。此花隊の隊長であるわりには、本部に滞在している時間が極端に短く、本部の管理はほとんどチェシアが行なっているといっても過言ではない。彼は各地へ視察のために飛び回っているのがほとんどだが、政会の上層部と頻繁に会合の席をともに、情報を集めている。ウーヴァンニーフに向かっていたのは、現地の此花隊隊員の様子を見に行ったのもあるだろうが、おそらく体制立て直しに口出ししているのだろうと、チェシアは推測していた。ラッドウールは山奥の辺鄙な村の出身と聞くから、食糧問題には鼻が利くだろうし、口を挟むなんてしていたのだろう。
彼は、意見介入の機会を逃さず奪い取り、政会の上層部に価値と権威を示すことで、「政会と此花隊はあくまで対等な協力関係である」という意識づけを常に実行する。口数が極端に少ないせいで隊内での交流はまったく上手くいっていないが、その手腕を買っているから、チェシアは文句をたれつつも本部の門を従順に守っているのだ。
チェシアは女のほうに歩み寄って、腰を落とすと、すでに息絶えている女の身体を起こして、石柱にもたれさせる。そのうちにもラッドウールに報告をしようと口を開いたが、まだ赤子が割れんばかりに泣いているので、チェシアはいつもより声を張った。
「ご存じかもしれませんが、念のためご報告を。二体の神族、ならびに街の各地に元魔が出現しております。神族らが到着する前に情報を得ておりましたので、市民はおおむね、西門よりカナラ街へ退避が完了しております。元魔は、神族が生み出しているものと判断しております。戦闘部班第一班のコルド・ヘイナー、レトヴェール・エポールの二名が現在神族と交戦中です。現状は上手く持ちこたえているようで、街の中へ進行してくる様子はございません。よって警備班ならびに第一班以外の次元師は、街内に残る市民の退避の支援、そして出現し続けている元魔の対処に動員しております」
「では、引き続き元魔の掃討にあたる。南へ向かえ。北半分は俺が受け持つ」
「は」
続けてチェシアは、援助部班と医療部班の詳しい配置を、時間をかけずに報告した。ラッドウールはその間、一度も相槌を打たなかった。聞いているのかいないのかもわからない、態度の悪い男の横顔を見てもチェシアは、気にとめずに一方的に報告を終える。その何の変哲もない横顔からわずかな憤りを感じ取れるくらいには、付き合いが短くないのだ。
チェシアは、視線を女に戻し、女の閉じた瞼を見つめると、左手で『希刀』の鍔に触れた。
「この老体で、また戦線に立つことになろうとは。まったく隠居の隙がございませんね」
ラッドウールは、チェシアの右腕を一瞥して、それから口を開いた。
「エントリアを守るのは死ぬまで貴様の責務だろう」
「……」
チェシアは一瞬黙ったが、すぐに、凛とした表情が崩れて代わりに苦い悪態が口をついて出た。
「女を捕まえて"貴様"とは。相も変わらず、口の悪いガキが」
「口の悪さは互い様だ。それに枯れた枝を女とは言わん」
「……」
チェシアはまた、眉の上がぴくりと動くのを感じたが、嘆息しただけで言い返さなかった。この男は、引退したとはいえ侯爵家一族の人間に向かってまるで口の利き方がなっていない。それも、出会った当初から一片も態度が変わっていないのだ。チェシアはそのたびに、口うるさく苦言を呈してきたつもりだが、どうやら改める気はさらさらないらしい。
チェシアは、ラッドウールの顔をひと睨みすると、すっくと立ち上がった。まだなにか言いたげな顔をしているが口喧嘩を長引かせるだけだ。チェシアは口調を整えて言った。
「そのようなこと、言われずとも……」
そこまでチェシアが言って、二人は、同時に元魔の気配を感じ取った。
チェシアが気配の出所を探るつもりで素早く振り返ると、一体の元魔が死んだ女のもたれかかった石柱にしがみついていた。元魔は丸く大きな口を開けて、黒い汚泥をこぼし、女を頭から喰らおうと前のめりになった。
真一文字に一太刀が走る。
元魔は顎の下の赤い核ごと身体を一瞬で真っ二つに斬り裂かれた。
チェシアは藍色の眼光を鋭くさせた。たとえ腰下ろす席が変わろうと、歳をいくらくったとしても、彼女の為すべきは変わらずこの街を守護し続けることだ。
「塵も残らず排除致します」
間を置かず、地面の下から新たな元魔が飛び出した。しかしすでにラッドウールが扇を片手に構えていた。チェシアが振り返ったときには、扇の要が元魔の核を突いていて、要から伸びる美しい房が揺れていた。
屋根の上から、柱の裏から、街路を這いながら、数多の元魔らが二人を取り囲んだ。二人の顔がまったく動揺の色を見せず、平常を伴っているのとは裏腹に、ラッドウールの腕の中ではまだ赤子が泣いていた。
「向こうからやってくるとは、願ってもいない」
「盛況なことだ」
「そちらの赤子を、私が預かりたいところでございましたが」
「いい。貴様は片腕で剣を握るので一杯だろう」
ラッドウールは、赤子をあやす素ぶりはなかったのに、片腕でしっかりと抱きかかえるのは慣れたようだった。
元魔らが固まっている地点へとチェシアは視線を定める。ラッドウールは逆方向に顔を向けた。特別な合図はなかった。二人はそれぞれに動き出して、"扉の鍵"を開ける。
「六元解錠」
詠唱が重なる──瞬く、間もなく。刀身が輝けば、扇子が開けば彼らは意思のままに扉の向こうから、異界の術を解き放つ。
「"囲駄斬り"」
「"嵐舞"」
格子状の斬撃が中空を乱暴に掻き切って、細切れになった元魔たちは風の縁に捕まる。刹那、風は肥大化して数多の元魔らを一体も、いや一欠片も残さずに天上へと突き上げた。
風の渦の中で、元魔らが次から次へと黒く霧散していく。
だが、次の瞬間、二人が見ていたはずの景色が一変した。
二人は街道の真ん中に並んで立ち、数多の元魔らから、一斉に、赤い視線を浴びせられていた。
既視感。そして、後頭部を引っ張られるような奇妙な感覚が身体中にまとわりついた。
つい、たったの数瞬前、縦横無尽に跳ねるクレッタの太い足首にレトヴェールが"二対の斬撃"を食らわせてやった隙をついて、コルドは"鎖"で手足を捉えた。そして空高く投げ飛ばした。だが、はっと気がついたときには、クレッタは鎖に繋がれていなかった。それどころか、足首に斬り傷もなく、二人が驚いている間にも太い腕を振り上げ、クレッタは握り拳を下した。
「──……!?」
「ウラアアアッ!」
崩れた城壁──いまや瓦礫の積み上がる山となったそれをさらに殴り飛ばした衝撃で、レトとコルドはまとめて宙へ投げ出された。理解が追いつかないうちに、クレッタは激しく腕を振り回して、がむしゃらに殴打を、踏みつけを、雄叫びを、繰り返した。
アイムが能力を使って、時間が巻き戻したのだが、まだ知らない二人は事態が飲みこめていなかった。
しかしレトが、崩れかけの城壁の影から飛び出すと、彼は迷いのない目をしていた。
巨獣のクレッタの影に隠れて呆然と聳えている、アイムの赤い目を目がけてレトは、『双斬』を構え、その刀身から鋭く斬撃を飛ばした。
「五元解錠──"真斬"!」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.165 )
- 日時: 2025/04/13 20:28
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第148次元 時の止む都24
斬撃は一直線に飛んで、アイムの赤い目に突き刺さった。するとアイムはクレッタの雄叫びとも違う、甲高くて奇妙な声で苦悶した。
短く丸い脚が、九本の触手の下から見えた。アイムはまわりを囲う元魔を踏みつけにして、右往左往と蠢いた。
ついにあの、灰色の皮膚をした十尺の化け物──もう一体の神族が動きだした。
クレッタはいまだに城壁付近で暴れており、降り注ぐ瓦礫の雨に打たれながらもレトヴェールはコルドのもとへと急いだ。通信具はとうに壊れてしまっているから、話をするなら近くまで寄らなければならない。
クレッタを挟んで反対側の城壁付近でコルドを見つけると、彼の表情は固く、困惑を拭いきれていないようだった。
二人は死角になっている瓦礫の山の隅に隠れて、声をかけ合った。
「いまのは、なんだ? たしかにおまえが『双斬』で獣の神族の足を叩いて、俺が投げ飛ばした、はず……。あのいままで動かなかったほうの神族がなにかしたのか? レト、おまえいま、奴を真っ先に狙ったな」
「違和感を覚える直前、奴の赤い目が光るのを見た。一瞬だけだったけど……。だから、あっちの仕業な気がした」
二人が顔を出して、あらためて十尺の神族を見やると、ぼろぼろになった頭巾のようなものが向かい風に煽られて、ひらひらとはためいていた。口の位置も鼻の形もおかしいなんとも珍妙な顔をした、まさに化け物と呼ぶに相応しい相貌に、鮮やかな赤色の瞳がぎらぎらと光っている。二つの瞳の光彩は白く、美しい丸の図形が描かれていた。
レトは思案をする顔で、考えていたことを口にした。
「俺たちの攻撃は、なかったことになった。幻覚を見せられていたのか、あるいは……攻撃をする前の時間に戻されたか、だと思う」
「時間……」
二人は殺気を察知して、すかさず、その場から退避した。瞬間、瓦礫の山は激しい殴打を受けて、宙に咲くように飛散する。やがて硬い石の雨が、地面に向かって次々に降り注いだ。曇り空の下に出た二人が、大きな瓦礫を中心にその雨を凌いでいると、今度は、アイムの腕が一本、ぐんと伸びてきて二人を追い詰めた。コルドが、鎖を束ねて盾のようなものを築くと、アイムの腕はその鎖の盾にぶつかって、軌道を逸らした。
獣の目をしたクレッタの顔の周りの毛が、ぐんぐんと伸びて、豊かなたてがみが広がった。クレッタはたてがみの毛先を逆立てながら野太い声で吠えた。
「人間は、コソコソするのが好きだな! なあ、コルド! 戦おう! どっちが強いか証明だ!」
「信仰しろ、信仰しろ」
アイムはうわごとのようにそう、何度も繰り返していた。
コルドは、眉間に皺を寄せ、アイムを注視した。
「レト。獣の神族は【レータ】、そしていま動きだした能力がよくわからない神族は【イム】と仮に呼ぶ。おまえは【イム】の観察をしろ。攻撃が向かってきたら回避に専念していい」
「了解。……副班、耳貸して」
コルドは言われると、前屈みになって、レトのほうへと頭を傾かせた。レトは、コルドに何事かを耳打ちした。
そのあと、すぐに二人は二手に別れた。ぐるぐると動き回る、小さな人間の影をクレッタは目で追った。そしてふと、コルドを見失ったとき、金属の擦れる音を耳で捉えた。しかし背後を振り返ればたちまち、津波のごとく立ち上がった鎖の巨壁がクレッタに覆いかぶさった。
瓦礫の山の頂上に足をかけたコルドが、力強く鎖の根元を引いて、クレッタの巨躯をまるごときつく縛りあげた。コルドはクレッタを見上げて言った。
「力比べなんてものに興味はないが……いいだろう。最後まで立っていられたほうが強者だ」
「ああ、イイな! そうだ、強いヤツっていうのは、そういうものだ!」
クレッタは肩をいからせて、むくむくと筋肉を膨らませる。鎖が一本、弾け飛んだのを皮切りに、まだまだ膨らんでいくクレッタの筋肉に圧されて、立て続けに鎖が弾ける。クレッタは我慢できず、すべての鎖を解ききるまえにコルドに襲いかかった。だがコルドは冷静に構えていて、跳んで引き下がった。
アイムは人間二人の動きがてんで見えていないようで、九本の巨腕を鞭のようにしならせて、がむしゃらに暴れだした。不規則な動きを捉えきれず、レトは激しい殴打を頬にくらった。が、しかし、運良く直撃は免れた。レトは軽く横転しただけで、すぐに起き上がった。
灰色の皮膚に覆われており、全長はおよそ十尺ほどある。首と思われる部位から下には柱のように太い腕、あるいは脚が九本伸びている。一本はどこかで失ってきたか、その根元が不自然な傷跡だけを残していた。顔の造形は、珍妙と呼ぶほかはなく、目鼻口はおかしな位置に並んでいた。そして血濡れたような赤い瞳と白い虹彩が、もっとも存在感を放っていて、じっくりと見る者には不安と恐怖を与えてくる。
レトは、頭のてっぺんから足元までアイムを観察し、分析に入っていた。
(さっきの幻覚、あるいは時間の巻き戻しを、なんでいままで使わなかった? どうしていま動きだした?)
アイムは、全身の至るところに傷を負っている。しかしそのほとんどの傷口は塞ぎかかっている。傷は、つけられた箇所も、形状もばらばらだが、レトはしっかりと見極めていた。
(複数の弾痕。火傷、焼き切れた肉体の断面。これらはおそらく、『蒼銃』と『雷皇』による負傷だ。つまりガネストとロク、どちらの班とも戦闘した。五人の次元師と戦闘しておきながら、まだ動けてる理由はなんだ。決定打を受けてないからか? 攻撃を受けたそばから回復するのか? ……それなら合点がいくな。断続的に戦闘が続いたとしてもそのひとつひとつの攻撃が浅く、すぐに回復しちまうなら、むしろそれによる負傷はたいして蓄積されない)
傷は治りかけているだけで、完治はしていない。時間が経過したので回復したと見るのが自然だろう。しかし時間の経過に任せているということは、たとえばキールアの『癒楽』のような治癒を施せる術は、おそらく持っていないのだ。
(それなら……)
そのとき、レトの瞼がぴくりと跳ねた。アイムの赤い目がじんわりと光を帯びはじめたのだ。急いで周囲を見渡すと、コルドの放った"浪咬"が、クレッタの喉笛に食らいつこうとしていた。
──が、頭蓋骨の後ろを、強い力で引っ張られるような心地悪い感覚を覚えて、すぐに、見えていた景色が変転した。
時間が巻き戻る。直後。クレッタがけたたましい咆哮を空に放ちながら、太い両腕を地面に叩きつけた。弾け飛ぶ瓦礫に混じってコルドの身体が宙に放り出される。
逃げ遅れた彼は、受け身をとって着地したが、瓦礫がぶつかったのか額からは塊のような血液をとぷりとこぼしていた。
「は……厄介な、力だな」
"浪咬"となるはずだった鎖の一片を握りしめながら、コルドは立ち上がって独りごちた。
「悪いな、レト。次は上手くやってみせる」
コルドは息つく間もなく駆けだした。地面に無数に落ちている鎖の破片が踏みつけられて、音が立つ。クレッタの腕から繰り出される殴打を身をねじって回避して、ぐんぐん走っていくコルドは、クレッタの背後に回った。
そしてクレッタがコルドの走る姿を目で追いかけて、振り向くときには、手の中に収まった鎖の一片をコルドは強く握りこんでいた。
「五元解錠──円郭!」
何百何千もの鎖の破片が、コルドの一声でどこからともなく一斉に浮上する。それらはクレッタをめがけて槍のように降り注いだ。
しかしクレッタは、向かってくる鎖の雨を強引に殴り返した。一度ならず、幾度となく向かってくるそれを片っ端から弾いては飛ばし、飛ばしては弾き、腕を存分に振り回す。
「ガアッ!! わずらわしい鉄屑だ!!」
弾け飛んだ鎖の一片を刃で受けて、レトはいなした。土を踏み締めて颯爽と駆けてきた彼は、半身振り返って、小さく言った。
「ドンピシャ」
クレッタの顔面に、太い柱のような灰色の巨腕が突き刺さったのは、すぐのことだった。
獣の目の端で捉えなくとも、アイムの匂いが強烈に鼻を刺した。クレッタは目の端まで赤くしたが、それも潰れて、宙で一回転をした。その刹那のうちに、クレッタは獰猛な獣のような鋭い目をして、宙の上から、アイムをきつく睨みつけた。
赤い二つの瞳が、瞬く。
しっかりしていた自意識がないまぜになる。なにかの力に強引に引っ張られる。そうしてまた、時間が巻き戻る。
ときは数刻前、鎖の海の真ん中で、クレッタが聳え立っていた。
クレッタは躊躇なく、コルドがいるであろう方向に向かって拳を振り薙いだ。しかし、瓦礫や木々が豪快に弾き飛ばされたそこに、コルドだけがいなかった。
くん、とクレッタの鼻先が立つ。コルドの匂いが遠のいていくのと入れ替わって、レトの匂いが近づいてきていた。
コルドは、まるで初めからわかっていたかのようにとっくにその場を脱していて、走り寄ってくるレトとすれ違うと、二人はほとんど同時に詠唱をした。
「六元解錠──"浪咬"!」
「五元解錠──"烈星閃"!」
鎖が寄り集まって形成された"鉄の大蛇"が、縦に口を開けて、アイムを顔面から飲みこんだ。そして双剣から放たれた無数の斬撃は中空を奔り、交差する。昼の空を駆ける星々はクレッタを目がけて一直線に降り注いだ。
コルドが、レトに背中を預けながら、思わず笑みをこぼした。
「はは、おまえの言った通りにしたら、上手くいったな。しかしこれは、けっこう気を張るぞ」
「しょうがないだろ。頭を使わないからまだましだ」
"後頭部が引っ張られる感覚がしたら、なにも考えずにすぐにその場所から離れろ"。
幻覚あるいは時間の巻き戻りに対してなにか策を練ることも、思考をすることも無意味だと、レトはそうばっさりと切り捨てた。"いつの時点から幻覚なのか"あるいは"いつの時点に戻る"のか、がわからない以上、無駄な対策は捨てるべきだ。だから、確実に実感として残る「後頭部を引っ張られる感覚」があれば次の行動は「ひとまず退避を行う」と決め打ちしてしまうのがいい、とレトはコルドに提案していた。
だからといって、アイムの力を放っておくのは危険だ、とレトも例にもれずそう思っていた。第二班と第三班もそう判断したから、アイムの負傷が目立つのだ。
クレッタとアイムが再起するまえにと、レトは話を続けた。
「コルド副班、【イム】を狙ってくれ。奴を完全に行動不能にしたい」
「捕縛か」
「いいや、もっと単純。いま副班が出せる最大限の力を【イム】にぶつける、それでいい。たぶん、これはあんたじゃなきゃダメだ。完封できる強力な一手を奴に食らわせない限り、何度やっても起きてくる。だから」
コルドは考えるように目を伏せた。より強力な次元技を放とうとすると、元力の消耗も激しい。クレッタが控えている手前、ひとつでも判断を誤るのは命取りになる。けれどコルドは、レトの判断を信頼していた。
顔を上げると、コルドは頷いた。そして、ゆっくりと、鎖の海から顔を出したアイムに視線を定めた。
「わかった」
鎖の一片を右手で握りしめて、コルドは集中を高めた。彼は見たことのない顔をしていて、レトは一瞬、視線を動かせなかった。
そしてさらに拳を握る力を強めると、彼は詠唱した。
「六元解錠」
あたりに広がる鎖の海が、破片が、次から次へと浮き上がる。
「"嵩重・特"」
それは、感覚、だった。空気が変わったような、否、"重くなったような感覚"がして、レトは無意識に、周囲を確認してしまった。
すると、崩れた城壁にもたれかかったクレッタが余裕そうな動きで起き上がった。そして前足を地面につけるとこちらに向かって猛烈な勢いで駆けてきた。
「ガアア! 弱いんだよ、なんだいまのは!? 弱い!! コルドと戦わせろ!!」
コルドはレトの肩を掴んで、自分の後ろへ下がらせると、すかさず詠唱を繰り出した。
「五元解錠、"伸軌"!」
無数の鎖が集まって一本の鉄の槍となり、それが、跳び上がったクレッタの胸元を目がけて跳ぶ。"伸軌"は、真正面からクレッタの胸を貫通した。
五元級の次元技だ、クレッタならばすぐに引き抜いてしまい、たいした足どめには──そう思われたが、レトは驚いた。胸を貫かれたクレッタが、不自然なほど垂直に地面に叩きつけられたのだ。ただ一本に伸びた鎖が刺さっただけなのに、想像以上に重苦しい音を伴って、クレッタが地面に倒れ伏す。
レトが唖然としていると、一心不乱に向かってくるアイムの奇声があたりに響き渡った。急いで振り返ったレトの目には、コルドが間髪入れずに詠唱を繰り出す姿が映った。
「八元解錠──"浪咬"!」
鎖が広がり、海のようになったその鉛色の海面から、どぷんと大蛇が顔を出す。一つではなかった。頭部は八又に枝分かれし、瞬く間に顕現する。すると"浪咬"はたちまちに、巨躯のアイムがまるで子どもに見えてしまうほど、それを凌ぐ巨大な肢体をうねらせて、アイムの頭、胴、九肢を余すことなく喰らいかかった。耳を塞いだのが無意味なくらいに凄まじい轟音があたり一帯に響き渡る。身体を食い散らかされたアイムは、ぐったりと地面に倒れこんだ。
コルドの目はまだ鋭かった。
鎖が、浮く。
アイムを取り囲んで、無数の鎖の破片が舞いあがる。コルドは、腕の筋肉がびきりと音を立てても、一切気を緩めず、体内に残る元力を極限まで練り上げ──そして力の限り叫んだ。
「──八元解錠、"円郭"!!」
無数の鎖が、アイムを取り囲み、寄り集まって、球状を形成する。それらは内側にいる標的に向かって一斉に撃ち放たれた。甲高い絶叫がアイムの口から飛び出して、鎖の球体の隙間から真っ黒い液体が飛散する。瞬く間に、鎖の球体はアイムを完全に閉じ込めてしまった。
息を呑んで見ていたレトが、やっと呼吸をすると、見上げたコルドの表情はまだ張り詰めていた。
腕が動かないと、いままでのようには戦えないと、悔しそうな顔をしていた彼は、もう過去の存在だ。
キールアの次元の力は、神の術を取り払っただけでなく、どうやら彼の心を巣食っていた不の感情さえどこかへやってくれたらしい。
コルドが彼らしい、気を緩めない固い顔をしてアイムを観察していると、巨大な鎖の球体の一部が、ばらりと剥がれ落ちた。それから徐々に球体の外郭が崩れていく。
ようやく現れたアイムの皮膚の色が、灰色から白へと変化していた。そして鮮やかだった瞳の赤色が、ゆっくりと彩度を失って、しだいに濁っていった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.167 )
- 日時: 2025/04/20 18:40
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第149次元 時の止む都25
アイムはもう動きだすことはないだろうと、レトヴェールとコルドは、そう肌で感じ取った。鎖の海面に浸った、ぼこぼこと歪んだ白い巨体は微動だにせず、起きあがってくる気配はない。
『鎖縛』の"円郭"は、標的を鎖の玉の中に閉じ込め圧迫する。コルドはこれを捕縛の目的で発動することがほとんどだが、圧力をかければかけるほど、細かな鎖は肉体に食いこんで、しまいには破裂させるほどの力を発揮する。
コルドがこれを発動したのは、アイムが"心臓"を持っているかどうか、確かめるためでもあった。
肉体には、無数の鎖が突き刺さり、強く圧迫して破裂をさせたにもかかわらず、アイムは、ノーラのときのように消滅しない。コルドは、なかばわかっていたような顔をしていた。
(アイムの体内に、"心臓"はない……。薄々わかっていたが、ノーラのときのようにはいかないわけだな)
ふと、コルドの脳裏にある疑問がよぎった。"心臓"を持たない神族を斃すことは不可能なのだろうか──と。
周囲の空気が重くなったように錯覚した原因を、レトはすぐに理解した。
アイムの顔面に、まばらにかかっている鎖の破片が、ぼとぼとと音を立てて雪崩落ちる。見ると、アイムの顔面は歪んでいて、元に戻りそうになかった。
(……鎖の重さを変える次元技か……?)
"嵩重・特"と聞こえた次元技には聞き覚えがなかった。レトは興味をそそられたが、後方で、重い鎖を引きずるような音が聞こえてきて、注意がそちらに向いた。
「ガアア、なんだ、これは……? 重てエな、なア! クソ!」
胸に刺さった鎖の槍──鎖を一本の束にする次元技"伸軌"──を、クレッタは無理やりに引き抜いた。そして肩を膨らませ、それを振りかぶり、二人に向かって投擲した。
しかしコルドが"伸軌"を解除して、鎖の槍は空中でばらばらに解体された。クレッタは、低く唸りながら頭を振ったあと、猛突進してきた。
コルドからの合図を受けて、レトが走りだしたとき、城壁付近の惨状が目に入って、レトははっと気がついた。
(巳梅がいない? どこに行った)
──城壁付近でぐったりとしていたはずの『巳梅』の姿がない。
チェシアと別れたあと、道すがら警備班員たちの拠点に寄って赤子を預けたラッドウールは、北門の城壁塔の最上階に登った。鋭い目元をたたえて、街を一望している。住民の避難はおおむね済んでいると、チェシアから報告を受けた通り、街の中からは、人の気配はほとんど薄れていた。
(だが、煩わしい元魔の匂いは、まだ鼻につく)
ラッドウールは懐から、一本の扇子──さしあたって、次元の力『仙扇』を取り出し、面を開いた。
そして美しい所作で、街並みをなぞるように頭の先をゆっくり泳がせると、口ずさんだ。
「四元解錠、"鳴手"」
どこからも、だれからも、楽器を奏でるような音はしていないのに、空気が震えて風は鳴いた。
扇子はひらりと宙を滑る。房が揺れ、美しい玉の光が、軌跡を残す。ラッドウールの手元は厳かながらにつつましやかで、足音もせず、翻える外套の赤さは、いまは舞を彩る飾りのひとつみたいだった。
だれも観ていない、静かな舞台の中で、ラッドウールは扇子を主役にして舞い踊る。
だが彼が、"鳴手"という次元技が惹きつけたいのは、人ではない。
眼下では、黒い影が数体、数十体、北門の塔に吸い寄せられるようにして集まっていた。気配が強くなってくると、ラッドウールは舞をやめて、塔の下を見下ろした。
そのとき、塔の外壁を猛烈な勢いで登ってくる元魔が一体、ラッドウールの前に飛び出してきた。
ラッドウールは扇子の面を閉じる。そして、すばやく持ち手を変えて、要で元魔の目玉を突き刺した。元魔は丸い身体を傾かせ、空中からまっさかさまに落下する。
扇子の面をふたたび広げて、ラッドウールはそれで空を切るように薙いだ。
「七元解錠──、"嵐舞"」
塔の下から、凄まじい強風が立ちのぼり、渦巻き状になって空を突き抜けた。寄り集まった数十体の元魔らは風に嬲られ、巻きあげられ、空高く跳んだ。
次から次へと、元魔らの赤い核が砕け散る。風の渦はどんどん肥大化していき、撹拌された元魔らからなる黒い砂状のものと、赤い核の破片とが混ざり合って、濁っていく。やがて周囲の家屋が音を立てて、渦の端に捕まりそうになったとき、ラッドウールは扇子の面を閉じた。
それを合図に風の渦は立ち消え、あとには、元魔は一体も残っていなかった。
しかしラッドウールの表情はまだ厳しいままだった。
(元魔らの発生は際限なく、時間稼ぎにしかならん。次元師以外の撤退が完了し、合流するが先か。若いのが、神族らを退けるが先か)
ラッドウールは、ゆっくりと思考をしたのち、ふいに視線を移動させた。
やがて近づいてきたのは、家々の屋根に乗りかかっては崩して、街路樹を踏んで倒し、太くて長い肢体をしならせる紅色の鱗を持った大蛇だった。
塔の上からとっくに観測していたラッドウールには察しがついていた。書面上で報告を受けたその次元の力は、『巳梅』という名をしていた。
『巳梅』は頭部から尾の先に至るまで、さまざまな傷を負っていた。いまにも倒れそうだったが、なにかに無理やり動かされているのか、またはなにかから逃れようとしているのか、苦しみにもがくような動きで、ぐねぐねと身体をしならせてとぐろを巻いていた。
「主人はどうした」
答えるはずもなく、『巳梅』は真っ赤に染まった眼球の端から、涙のような液体を流していた。
「とうに覚悟はしてきたのだろう、ミウメ」
ラッドウールは、塔の上から飛び降りた。そして、落下のさなかに『仙扇』の面を閉じる。
『巳梅』が頭上を見上げた。ラッドウールは『巳梅』の目と目の間、目がけたその一点を扇子の天で突いた。
「──五元解錠、"打烙"」
天と眉間が触れると、『巳梅』は大きくしなって、肢体を逸らした。口を大きく縦に開いて一度だけ悲痛そうな鳴き声もあげたが、『巳梅』は気を失っていくようにゆっくりと倒れこんだ。
『巳梅』の鱗の上に着地して、ラッドウールはしばらく観察していた。しかし、『巳梅』の次元の扉は開いたままなのか、消える様子はなかった。
見ていると、また肌の上をなぞる厭な気配が、一つ、二つと、現れる。いくら破壊しても、元魔の気配は際限なく、どこからともなく湧いてきて、街の中を跋扈する。観察を切り上げ、ラッドウールは『巳梅』から離れると、ふたたび塔に登った。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.168 )
- 日時: 2025/04/27 21:08
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第150次元 時の止む都26
拍車をかけて興奮しているクレッタは、とにかく手あたり次第に、城壁だったものの瓦礫や大木を掴んでは乱暴に投げる。不満を募らせているのか、クレッタは鼻の皺を寄せて、低く唸っていた。
「グ、ルアア。また寝やがった。根性のねえヤツだ! ノーラもそうだ。もういい! いらねエ!」
口を開けば牙が見えて、隙間から荒い息を吐きだした。
回避はたやすいが、それが続けばもちろんレトヴェールとコルドの体力は奪われていく一方だ。とくにコルドは、強力な次元技を立て続けに発動したせいでまだ息があがっていた。
しかしクレッタはまったく疲れていないのか、動きが鈍る様子がない。むしろ、興奮状態に入っていて、さきの"伸軌"による胸の貫通もものともせず、元気に動き回っているのだ。観察してみればクレッタにも噛み痕や、焦げ痕が見受けられたから、第二班と戦闘をしたのは間違いないのだが、それも嘘のように思えてきてしまう。
「ヴヴゥグ」
クレッタの前足が下りて、どしんと地面が揺れた。すると、四足歩行になったクレッタの様相が変化し始めた。
四足の筋肉が、ぶくぶくと収縮を繰り返し、足の付け根は太く、足先にかけて鋭くなる。後ろ脚で地面の砂を掻くと、光沢を帯びた蹄が光った。下顎には豊かなたてがみはそのままに、加えて、肉垂がぶら下がった。そして頭部から立派な"赤い角"が二本、先に向かって枝分かれに伸びて、思わず見とれてしまうほど巨大に成長する。
それは、灰色の体毛に覆われ、大きな赤い角と、赤い瞳を輝かせた。
獅子や熊に似た獣の姿から、"鹿"のような姿へと変化すると、クレッタは頭を低くしながら猛突進してきた。
(また姿を変えたのか……!)
巨大な鹿角の接近を目前にして、コルドは元力をかき集め、詠唱した。
「五元解錠、"伸軌"!」
一本に連なった鎖、"伸軌"がクレッタの前足の爪先を目がけて飛びだした。危険を察知したクレッタはすかさずにそれを飛び越え、コルドの頭上に、自身の大きな影を落とした。コルドは回避の暇を与えられず、やむなく、傍らに佇んでいた石柱の街灯とともに薙ぎ倒される。
クレッタは石柱の街灯をいともたやすく折ってしまうと、その上に前足を乗り上げて、コルドもろとも踏みつけにした。
「五元解錠、"交輪斬り"!」
レトは、『双斬』を交差させ、十字を切るように刀身を薙いだ。十字形の斬撃が飛び、クレッタの前足の関節部へと突き刺さったが、しかしクレッタは体勢を崩すどころか膝も曲げずに悠々と胸を張った。傷ひとつつかない。やがて石柱が盛り上がり、下敷きとなったコルドが再起した。間髪入れずに、一本の連鎖を鞭のようにしならせてクレッタを捕まえようとするが、クレッタは助走もなしに高く跳びあがってをそれを躱した。
「ヴヴゥル、ウラララ!」
クレッタは、凛とした響きの奥から雑な唸り声をひねり出すように鳴いて、巨体を大きく反らして勢いをつけ、突進する。巨大な角がコルドに迫った。今度は避けてみせたが、クレッタはすぐに前足を振り上げて、そして、蹄で地面を殴打した。どしん──と地響きがした。レトとコルドは体勢が傾いた。巨大な角は荒々しく振り乱され、太い脚がいまにも二人を蹴り上げようと迫る。避ける。その繰り返しだった。
あの角と、脚から繰り出される蹴りを一度でも食らってしまえば、ひとたまりもないだろう。二人は慎重になって、防戦一方を余儀なくされ、なかなか手が出せずにいた。
「オイオイ、どうした? さっきあいつをやったみたいに、デカイのを撃ってこいよ。なあ。なア、コルド!」
コルドはまだ顔がびっしょりと濡れていて、たえず胸を収縮させていた。彼の表情からは明らかな疲労が見てとれる。まともに動けるのは自分のほうだと頭ではわかっていても、このときレトの身体はひどく強張っていた。もし『双斬』を握り直そうとしても、それも叶わない。
(──緊張か? 畏怖か? ……身体が思うように動かない)
それとも、不安なのか。レトは奥歯を強く噛み締めた。次の瞬間だった。
なかなか動きださないコルドに、クレッタは業を煮やして、わざと蹄の音を大きくしながら猛突進した。舗装された道の端に建っている石柱は、次から次へと薙ぎ倒され、弾き飛ばされていく。まだ距離があるうちに、回避をするか迎え撃つかで考えあぐねた、そのたった一瞬の間だった。
コルドの足元から、地面の下から、"無数の木の根"が飛び出した。
「なに!?」
先端の尖った木の根たちが、コルドの身体を貫いた。血潮が噴き出し地面を濡らす。レトが、声を出すよりも先に、二人を目がけて突進してきたクレッタの前足が視界に突き刺さった。強い衝撃とともにレトは弾き飛ばされて、宙を舞った。
コルドは、木の根から離れたが、クレッタの前足を受けて吹き飛んでいた。コルドが、すかさず立ち上がろうとしたとき、遠目にうっすらと見えるレトの後ろ髪が、クレッタが振り下ろした巨大な角によって圧し潰された。
「レト!」
コルドが血と汗にまみれた顔で叫ぶ。
至近距離だったが小回りが利くレトは、角の鉄槌から逃れられたつもりでいた。しかし、咄嗟が利かなかった。全身を圧迫され、臓器が破裂しそうなほどの痛みに、声も出せない。だが『双斬』は固く握ったままだ。なんとか声を絞り出して、レトは握りこんだ『双斬』の片割れに、意思を通す。
「──四、元解錠……! 裂星閃!」
一太刀。たったそれだけの軌跡が、無数の星が瞬くほどの光を放った。否、それは刀身が一瞬のうちに何十回と振るわれたからこそ、太陽の光を何度も照り返した結晶だった。クレッタは目を焼かれると、前足を大きく振り上げて、レトの上から退いた。
クレッタは不満そうに頭を振って、低く唸っていた。レトは立ち上がり、けほけほと、数回咳をする。しかし咳をするたびに、砕けたあばら骨が痛みだすので、呼吸もほどほどに、頭だけを回そうとした。
頭は冷え切っていた。一夜だけ、剣術を見せてくれたムジナド・ギルクスは、日が昇るまで、いや出会った瞬間からずっと冷静だった。彼は、どれだけ自由な剣の振り方をしようが、次元技を放とうが、動揺しなかった。目の前にあるものを捌く。ただそれだけだった。
レトは『双斬』を握り直して、手元に一層集中をした。
「すこしの間、俺が相手をする」
クレッタは視界が元通りになったのか、しきりに瞬きをしていたのがようやく落ち着いて、ゆっくりとした動作でレトを見下ろした。
きっと頭に血が昇っていて、すぐにでも襲いかかってくるかと思えたが、それに反してクレッタはレトの顔をじっくりと眺めたあと、首を傾げた。
「オマエ、見覚えあるな」
「は?」
不意を突かれ、レトは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
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