コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/11/29 21:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜第175次元 >>176-193
■第2章「片鱗」
・第176次元~第178次元 >>194-196
〇「或る記録の番人」編 >>197-
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.200 )
- 日時: 2025/12/13 20:57
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第182次元 或る記録の番人Ⅳ
紙面上の師ルノスは、真面目な語り口で切り出した。
"ニカにも手伝ってもらいながらおおまかな内容を翻訳をした。だから、ほぼ間違いはないだろう。
結論から言うと、ナダマンはノーラに呪いをかけられていた。そして、呪いを解くことで、ノーラに心臓を与えた。"
ニカは生まれも育ちもノーラ村で、一度も村を出たことのない少女だが、彼女は現代のメルギースの言語にも理解があった。だから、ノーラ村の言語で書かれたナダマンの手記をより細かく読み解いて翻訳をするのなら、彼女の協力が必要だった。
レトヴェールはゆっくりと紙をめくりながら、前のめりになって読み進めた。
"まずナダマンは、ツォーケン家が所有する大図書館で偶然、秘密の通路を見つけて、奥へと進んだ。
それから最奥の部屋、巨大な金庫の中で神族【NAURE】と遭遇。"
"ナダマンは、ノーラ村出身の、ノーラ神の信仰者だった。戦闘はせず、対話がしたいと申し出たらしい。
驚くことに、ノーラはそれを許した。その代わりに、ある条件を出した。この金庫から出ないことだ。
ノーラは、ナダマンに"光を浴びれば命を落とす呪い"をかけたんだ。
そしてノーラは続けた。"我がかけた呪いを解いてみろ。さすれば、そなたに恩恵を授ける"──と。
信仰する神から恩恵を授けてもらえると喜んだナダマンは、彼の両腕に浮かんだ呪いの文様を快く受け入れた。そして一人と一神の、奇妙な地下生活が始まったわけだ。"
"呪いを解く方法を考える傍らで、ナダマンはノーラといくつも会話を交わした。たとえばナダマンは、二百年前にノーラ村が誕生した経緯を語った。ネゴコランの洞窟の先にあるあの村は、もとは痩せこけた土地にあった。高い山々が周囲にそびえ立ち、渇いた風ばかりが吹きこんでくるために、山を越えようとする若者が絶えなかった。憐れんだノーラが一夜にして山を切り拓いて、雨水を呼んだといわれている。食物は育ち、しだいに動物も棲み始めて、ノーラ村の祖先たちは涙を流して喜んだが、真実は謎のままだった。切り拓かれた山肌から、巨大な鳥の爪痕のようなものが発見されてようやく、神の御業だとわかった。村人たちは、この国で古くから伝わる天地の神の名を知っていたから、情けをかけてくれたノーラに感謝の気持ちを込めて、この土地を"ノーラ村"と呼ぶことにした。"
"村の誕生の話に対して、ノーラはこのように答えた。「そなたらを憐れんだつもりはない。その折、生命の神が山々に生きる命をいたずらに弄んでいた。生物は互いに影響し合って生きているのに、そこへ手を加えようとしていた。だから、ひとつの山にて、自然と命の均衡が崩れてしまった。結果、死に絶える生命が後を絶たなかったので、切って取り上げてやった。母なる神よりお叱りを受けたのか、生命の神はそのような遊びには興じなくなかった。山を切り拓き、川が通ずると、土地はみずみずしく若返る。我はそなたらになにかを施してやったのではない。もしこれを神からの施しだと受け取るのなら、そなたらが土地を愛し、離れず、そこで生きた喜びが、大地からの恩恵として姿を変えてそなたらに帰ってきたまでのこと」。ほかにもノーラは、大地の理や、神としての矜持など、さまざまな質問にすべて丁寧に答えていた。ただ、二百年前に、神族がどうして人間を襲いはじめたのか、その質問には明確な答えを返さなかった。気になるのは、ノーラが返した言葉の中でも、この一文だ。「歴史を知らぬだけならば、知ろうとすることだ。だが、もし歴史が目に見えないのなら、そなたらの目から隠そうとするのは誰か」──これは、どういう意味だと思う? ノーラが、人間に対して友好的な神族なのは、これまでの会話からも十分にわかる。はぐらかしたり、意地悪を言っているわけじゃないとしたら、ノーラは試そうとしているのかもしれない。俺たち人間を。まあ、俺の考えはひとまず置いておこう。"
"ナダマンとノーラの対話は、五日に亘った。ナダマンは隊から支給されるあの粉を固く練りこんだお世辞にもおいしくはない携帯食料で食いつないでいた。しかし、そろそろ外に出て、食料を調達しなければならなかった。六日目のことだ。ナダマンは、ついに呪いを解く方法を思いついた。"
"彼は影を操る、『影皇』という次元の力の持ち主だ。そして、影そのものになることもできた。次元技"影装"は、彼の身体に影をまとわりつかせる。暗闇に身を隠すことをもっとも得意とする次元技だ。それに鍛錬を積んでいた彼は、影と一体化し、影そのものにもなれたんだ。手持ちの角灯に近づけなかった彼だが、影となって床の上を泳ぎ、ついに角灯の光の前に躍り出た。影は、光を遮ることで生まれるものだ。しかし影──ナダマン──は、光の有無に関係なく存在できる、矛盾した現象だった。だから常に光を浴びていない状態でいられる。つまり彼は、光を浴びても消えなかった!"
"そのときだった。ノーラの呻き声がして、ナダマンは驚いて人間の姿に戻った。そのときには、ナダマンの両腕からは呪いの文様が消えていた。"光を浴びると命を落とす呪い"と、"光を浴びていないことにできる影"が、このとき矛盾を生んだんだと。矛盾があれば事象は成立しない。つまり、呪いが成立しなかったんだ。"
"ノーラは、真っ赤に濡れた十字の目をぎらぎらと煮えさせて、ナダマンに告げた。"
「我はいま、母なる神ヘデンエーラより心臓を与えられた。人間に下す絶対の啓示が、人間によって否定されることで、母より不信とみなされたのである。いますぐにでも人間の手で我を葬ることができる」
"そして、ナダマンに指示をした。この事実を手記に記すようにと。──人が神を葬る、その唯一の方法をだ。"
"ナダマンは、ノーラの指示に従い、この手記に事実を記した。だけど、信仰する神族の命を脅かしてしまった自責の念からか、これより以降は、ノーラと故郷に対する懺悔の言葉をひたすらに書き連ねている。もう陽の光を浴びられるようになったのだから、外に出て行けばいいのに、しなかった。祖先を救い、対話を許してくれた神に対し、なんたる不敬を働いてしまったのか。水の一滴さえ喉を通らないとか、生きる意味はないとか、お傍を離れることができないとか、もう気がおかしくなっていた。ノーラからは、金庫から出て行けと再三言い渡されていたようだが、拒否をし続けたんだろう。ナダマンは、敬愛すべき神の傍で命を絶つことを選んだ。餓死だった。"
レトは、いつの間にか紙の端を強く握っていた。そして、ナダマンの死因を知ったあたりで、顔を上げた。
(神族に心臓を与える方法。つまり呪いの解き方は──"呪いを成立させないこと"……!)
ナダマンは、呪いを解くためにあらゆる実験をしただろう。たとえば腕に刻まれた文様を消すために皮膚を削ったり、文様が言語になっていて読み解けるのではないかと模索したりしたはずだ。あるいはノーラとの対話の中で、手がかりを探そうとしたかもしれない。しかし上手くいかなかった。そしてついには、神族が人間に与える呪いに矛盾を与え、その呪いの内容が成立しないようにすればよいのではないかと、おそらく仮説を立てたのだ。この考えに至るまでが異様に早いのは、彼も研究者だったからに違いない。そして一度きりの実験の末に、解呪方法が実証された。神族の呪いの秘密が暴かれたのだ。
ともすれば、レトがデスニーから与えられた呪いも、同様の理屈で解くことができるかもしれない。上手くいけばデスニーに心臓を与えられる。デスニーはレトに、"五年の月日の果てに命を落とす呪い"をかけた。五年をかけて徐々に肉体が衰弱し、ついには心臓が止まる呪いだ。
レトは、椅子の背にもたれかかって、すばやく思考を巡らせた。
(呪いをかけられたのは四年前の十二月二十四日。つまりは、来年の二十四日に、命を落とす。──身体の衰弱を起点として進行する呪いなら……なんらかの方法で衰弱を遅らせて、一日でも長く心臓を動かせば俺の勝ちだ。だけど……)
とんとん、と紙面を叩いていたレトの指先が、このとき止まった。
(……──待てよ。呪いを解く方法は……成立させないこと?)
身体の奥深いところから、心臓の音が波打ちだす。しだいに大きくなっていき、レトの思考の世界を埋め尽くす。
エアリス・エポール──レトの母親である彼女は、デスニーの呪いにかかっていて、来たる日に死亡した。しかしデスニーがあの日、奇妙なことを言っていたのを、レトは唐突に思い出した。
もし、"あの言葉が嘘ではない"としたら──。
乱暴に立ち上がったレトの足元で椅子が倒れた。白い卓上でぐしゃりと手紙が握り潰し、彼は飛び出していた。
息を切らして屋敷の表に回ってきたレトは、そこで偶然にも、いまもっとも会いたかった人物と遭遇した。
「キールア……!」
屋敷の中へ入っていこうとするキールアはきょとんとして、裏庭から走ってくるレトを見た。そして、切羽詰まった表情をしている彼を不思議に思い、その場で立ち止まると、いきなり彼に両肩を掴まれてびっくりした。
「きゃっ」
「キールア、以前お前に渡した、黒い粉の正体はわかったか?」
肩を掴まれた拍子に、腕に抱えていた木の実の入った籠を落とす。赤くて丸い木の実がこぼれて、ごろごろと転がっていった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.201 )
- 日時: 2025/12/14 20:20
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第183次元 或る記録の番人Ⅴ
表門の前で荷馬車を停めた調査班班員は、屋敷の外壁の影の下でレトヴェールとキールアがなにやら話しこんでいるのを目にした。遠目に眺めていると、ちょうど門から出てきたほかの班の副班長に見つかって注意を受けた。班員はびくりと肩を震わせ、慌てて頭を下げた。
「す、すみません」
「第三班の班員か。ハルシオ・カーデン班長が帰還されているのだ。気を引き締めて行動をするように」
こくこくと利口に頷いてみせたが、調査班班員は、心の中ではやんわりと意義を唱えたくなっていた。研究部班の班長でありながらあまりにも表に出てこない──何年も遠征に出ていて支部に帰還すらしない。噂によると班長会議も欠席の常習犯だという──せいで、班の長としての存在感がまるでなかった。数日前に突然、カナラの仮拠点に訪れた彼に招集をかけられたので慌てて駆けつけたが、時間に遅れても苦言ひとつなかったのだ。存在感の大きさでいえば、開発班前副班長のケイシィのほうがよほどあっただろう。気を引き締めようにもどことなく締めきれなかった。
しかし、そんな畏れ多いことは口にせず、班員は荷物を下ろしながら話題を変えた。
「ところで……班長は、こんなにも長い間、どこへ遠征に行っていたんでしょうか?」
調査班副班長の男は、大きめのため息をついてから、黙って荷下ろしを手伝いはじめた。
「直近ではウーヴァンニーフ領の、ジンバルという町に滞在していたと定期連絡が来ていた。二十日ほどで移動されるので、どこへというよりかは、メルギース国の各地へ出向かれていたものと思われる。調査対象の一つには、元魔の発生の法則性が含まれていたと聞くが……神族クレッタが生み出していたとわかったいまとなっては、班長のご足労も無駄になってしまったな」
「各地へ? へえ……。それじゃあいまは、神族ベルイヴの居場所の特定に専念されているのでしょうか。頼まれたものは、その調査に使うのかな」
「頼まれたもの?」
班員の男が、荷物の包みを見下ろしたので、副班長の男もそれにつられた。顔を上げれば、荷馬車の中は似たような荷物で山積みになっていた。
「ずいぶんと多いな。なんだ、これは?」
「大図書館から拝借してきました。年代が、およそ二百年くらい前の、古い文献ばかりです。内容は問わず、とにかく集めてほしいと、班長に頼まれて……」
ウーヴァンニーフ領は遠くて大変でした、これで十分だと言ってくれるでしょうか、と大げさなため息にまじえて班員の男がぶつぶつと言っている横で、副班長の男は大量の積み荷を見上げていた。
此花隊の研究部班の班員を名乗る者が訪れてから数日後に、またその隊員がやってきたかと思えば顔なじみのレトだったので、ツォーケン伯爵家の使用人の女はバスランドの弟夫妻に話を通して、快く彼を大図書館へと迎え入れた。バスランドは、北のラジオスタンに召喚されているため不在だった。
聳え立つうず高い本棚の麓には、至るところに小さな卓と椅子がぽつぽつと置かれるようになっていて、小洒落た雰囲気があった。レトはできるだけ広い卓を見つけ、そこで何冊も本を広げながら頭を悩ませていた。
そこへ、使用人の女が紅茶を盆に乗せてやってきて、レトに声をかけた。
「いかがですか? レトヴェールさん。調べ物のためにいらしてくださったのですよね」
レトは、卓についていた肘を引いて、顔を上げた。それから首を横に振る。使用人は、眉を八の字にした。
「本当に、申し訳ありません。つい先日、此花隊の調査班さん? がいらっしゃって、古い文献を端から端まで、持って行かれてしまったのです。ですので、その調査班さんを尋ねていただければと……」
「いや、大丈夫だ。残っている本もあるし、ここへ来たのは……半分は、静かな場所で思考を整理するためだ」
レトはふたたび、広げた本の紙面に視線を落とした。読んでいるのは図録だったり、手書きの教本であったり、はたまた創世神話の複写本だったりした。
まず、"ロクアンズ"と読めそうな言葉や用例をひたすらに探している。しかしこれといって見つからない。ロクアンズ、という文字でひとまとまりになっていないのではないかと思い、ロクとアンズに分けてみたり、バラバラにして組み替えたりしてみたその形跡が、真っ白だった紙面に書き殴られているが、どれもピンとこない。
レトは机に広げた本をどかして、その下敷きになっていたルノスの手紙を持ちあげた。目に入ってきたのは、ナダマンの手記の解読を終えたルノスが最後に書き綴った締めくくりの言葉だった。
"俺には、ここまでが限界だ。細かい会話も拾いたかったけど諦める。これ以上は時間がかかりすぎるからな。"
"すごいだろ? レトヴェールのおかげだ。そういえば、ノーラ村の言葉は、古語と共通するところもあったよ。たとえば自分を指す言葉は【E】で、これは古語とおなじだ。手記にも何度も出てきた。この村に来たあの日の夜に、簡単な言葉をレトがいくつか教えてくれたよな。まさかと思ってニカに訊いてみたら、予想は当たってた。発音は"エィ"だった。すこし使い方が変わると音が短くなったりもするらしいぞ。このへんは、現代語もおなじか。"
古語で書かれた文章の意味がわかっても、音の響きを知らないレトは、自分を指す【E】が"エィ"と発音することすら知らなかった。母が教えてくれたのは日常的に使いそうな単語の意味と、文法の解き方ばかりだったのだ。そもそも古語に目をつけているのには理由が二つあって、一つは、母が古語の読み書きが巧みで、交際する前から父と文通をしているほどそれが好きだからだ。二つ目は、自分の名前の由来も、古語だからだ。といっても単語ではなく、人名だ。"レトヴェール"は、母が昔に語ってくれた建国史に出てくる、初代国王の"レイヴィエルフ"と音の響きが似ているのだ。おそらく偉大な王の名前を拝借したのだろう。
だからこれをきっかけに、もう一度、一から学習してみようとした。しかし本では限界があった。紙は音の記録まではしないからだ。音を記録して保存しておく便利な道具はないし、それが作れるならとっくに作っている。レトはまた手紙に意識を吸いこまれてしまった。ルノスの手紙の最後の一文だけは、二度も読みたくなかったのに、つい視線がそれをなぞってしまった。
"さて、そろそろ筆を置くよ。二人とも仲良くな。いや、俺が心配しなくてもお前たちは勝手に仲が良いか。それじゃあ、無茶はほどほどに。また会おう。"
"ルノス・レヴィン"
ルノスが住んでいるノーラ村というところは、俗世の情報がまったく入ってこないような辺境の土地だった。だから言語も暮らしも発達しておらず、建築様式は二百年前のままだった。彼には、ノーラの死亡は伝えたが、そのあとにクレッタやアイムが現れたことも、エントリアが崩壊したことも、そしてロクアンズがハルエールという名前の神族だったこともなにも知らないはずだ。返事の手紙を書くついでに、こっそり伝えるつもりだった。
レトは手紙を重ねて折りたたんで、茶封筒の中にしまい直した。
(古語の音の響きを、探す方法は……)
ノーラ村の言語も古語に似ているそうなので、念のため"ロクアンズ"に似ている言葉があるかどうかも、ルノスに訊いてみるといいかもしれない。そう考えていると、盆を胸に抱えた使用人が、卓上に転がった筆の先を眺めていた。
「どうしてそんなに、ロクアンズさんのお名前を?」
「ああ、これは。ちょっと」
調べ物に関わりがありそうで、と返したときには、彼女は考え事をしているかのように視線を宙に置いていた。それから首を傾げて言った。
「……そういえば、ロクアンズってお名前、この間見たあれに似ているなあ……」
「え? なにに」
レトは目をぱちぱちと瞬いて、彼女の顔を仰いだ。彼女は、首をこてんと左右に揺らし、指先でおでこをつつきながら続けた。
「たしか……村の名前? あれ、遊牧民族の呼び名だったのかな……。ともかく、ログアースって名で呼ばれている農村が、北西にあるそうですよ。先日貸し出しをした本の中の一冊が、ある旅行好きの貴族の旅行記で、ふと内容を思い出しました。その本は、翻訳版なのですが。なかなか面白いので、レトヴェールさんもぜひ……あ、申し訳ありません。貸し出し中なので、返ってきたあとにでも」
使用人は恥ずかしそうにはにかんだ。レトは、あらかた調べたつもりでいたが、"ログアース"なんて農村は聞いたことがなかった。おもむろに椅子から立ち上がって、レトは卓上の本を重ねては隅によける。そして分厚い図録に挟まっていた一枚の大判の古紙を両手で広げた。メルギース国の古い地図だった。
(ない。北西にそんな名前の村や町は……)
「どこだ、その農村があるのは。場所は覚えてるか?」
地図を使用人に見せれば、彼女が指先で示した。そこは、トンターバとウーヴァンニーフに挟まれたちょうど中央の地点をまっすぐ北へ向かった先。高い山々に囲まれた、国で一番の降雪地帯だった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.202 )
- 日時: 2025/12/31 22:00
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第184次元 或る記録の番人Ⅵ
故郷で降る雪は、こんなにも容赦のないものじゃなかった。横殴りの吹雪が耳の横でばたばたと鳴っていて、目は常に半分しか開けられなかった。制作班に急いであつらえてもらった厚い帽子と外套はとくに重さがあって、足取りも悪かったが、この重さのおかげで極寒に耐えられているのでかえって立ち止まらずに済んでいた。
地図でいうとどのあたりを歩いているのかも、もう定かではない。空もずっと曇天で方角があいまいだ。ひとまずレトヴェールは、まだ体力のあるうちに、吹雪をしのげそうな屋根のある場所を探していた。足首をきつめに縛った厚底の靴であちこちを歩き回って、彼はようやく、崖下に洞窟を見つけた。
なだれこむようにして洞窟の中へと避難する。もうへとへとで、お腹が空いているのにしばらくじっと座りこんでいた。
荷物になっても山の麓で食料を買い足しておいて正解だった。隊から支給される携帯食料はもう底を尽いてしまって、このときばかりは、義妹のロクアンズとあちこち旅をした経験が生きた。あたしと一緒にいたおかげだね、なんてにやついた声が聞こえてきそうだったが、聞こえてくるのは暗闇の中でぱちぱちと爆ぜる火の粉の音だけだった。
腹を満たしてすぐに、気絶するように眠りについた。
目を覚ますと、あんなに吹き荒れていた吹雪はすっかり止んでいて、透明な雪風の冷たさに揺り起こされる。
洞窟の外には、昨夜はなかった美しい銀世界が広がっていた。こんもりと積もる雪の小山や、枯れ枝にのしかかった厚い雪雲から、小動物が顔を出してはひっこめている。
はー、と長めに吐いた白い息が、目の前で立ち消える。レトは荷物をまとめて、洞窟を出た。
「"ログアース"……」
人が削ったような木の看板が、雪を被って埋もれていたので引き上げてみれば、濡れた表面には"ログアース"と現代語で書かれていた。顔をあげてみると、ただ白い平野が視界に飛びこんできて、蔵みたいな木造の家と家畜小屋、雪の覆い被さった畑が見えていた。
そのとき、遠くから小走りでやってくる人影があった。人影は、大きく弧を描くように手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる。
「おーい。看板はそっちにあったか? 昨夜の雪はまったく、酷かったなあ。……ん?」
背が高く肩ががっしりとしていたので大の大人かと思えば、声からして年若い青年だった。彼は、ぼろぼろだが立派な防寒具をしっかりとまとっていた。レトの顔をはっきりと認識すると、ぴんと伸ばしていた肘を曲げていって、足を止める。それからわかりやすく首を傾げた。
「ありゃあ、あんた、キレイな顔した旅人さんだな。東の都から来たのか? って、ああ! その手に持ってるのは……看板! あんたが見つけてくれたんだな、ありがとう」
青年は目深に被った帽子をとる。茶系でぼさぼさの前髪の下で、細い目をいっぱいに輝かせて、彼はにこにこと笑った。拍子抜けするほどに朗らかで人懐こく、ついでに言葉の訛りが強かった。格式高い居住区と貴族の別荘が余るほどあると名高いウーヴァンニーフ領にはまだこれほど田舎じみた生活が残っていたのだ。しかしベルク村やノーラ村を見てきたレトは特別に驚いたりしなかった。
青年が看板を探していたとわかったので、レトはそれを返した。すると彼は、ついでにかレトの顔を物珍しそうにじろじろと見つめて訊ねてきた。
「ここへは観光? なわけは、ないか。あはは。学者さん?」
「まあ、そんなところだ」
「大変だなあ。都から来たんなら、ここへ来るまですごく寒かったろう。村の看板を見つけてくれた礼もあるし、なにか温まるものをご馳走するよ」
青年は看板を柵の近くに立たせ直して、雪かきを終えたばかりでぬかるんだ地面の上を大股で歩いていった。とんとん拍子に事が運んで、レトは、青年の案内のもと村に迎え入れられた。
青年の家に向かいがてら話を聞けば──正確には青年が勝手に話しはじめたのだが──青年は、トグウクといって、村の自警団に入っている若者の一人だった。あたりを見渡せば雪かきをしている男たちが何人もいて、昨夜の猛吹雪の成れの果てに手を焼いていた。
朝早くから取りかかっているのに一向に終わりが見えてこないので、ぶつくさ文句をたれはじめた二人組の男が、トグウクを見かけて振り返った。一人は腰の曲がった老人で、一人はそれよりは若い大柄な男だった。彼らはトグウクが見知らぬ人物を連れているので、驚いて作業の手を止め、声をかけてきた。
「ようトグウク。なんだなんだ、えらいべっぴんさん連れて、どうした?」
「まさか都で捕まえてきたんか! そろそろ嫁さん迎えねえといけないもんなあ。やるじゃねえの!」
「よせよ、ちがう。この人は、さっき初めて会った、学者さんだ」
トグウクは赤い鼻からさらに頬まで赤くして、手をぶんぶんと振り乱した。
行く先々で性別を間違えられるレトは、いよいよ否定するのも疲れてきており、トグウクの影に隠れてため息をこぼした。
到着するまでの短い間に、レトは何人の村人がここで暮らしているだとか、どんな果物が成っていて生で齧るならどれがおすすめだかとか、ついには番犬や牧羊犬の名前と性格にまで詳しくなってしまった。
村人たちの暮らしは想像していたよりも立派だ。建てられた家はどこも木造で、少なくとも外観の作りはどこも変わらなかった。壁の一箇所に四角い穴が開いていて、細い木材を円柱の形に丁寧に削ったものが等間隔で挟まっている。外壁側では木の板が上下に動くので、あれは窓だろうとレトは思った。
家に招き入れられたまま玄関で突っ立っているレトに、トグウクは詫びを入れた。彼は分厚い外套の大きな留め具を外して脱ぐと、椅子の背もたれに被せた。
「悪いな、旅人さん。ぼろっちいもんでさ。それに、女の子なのに……」
「心配しなくていい。俺は男だから」
「ええっ!」
反応が予想できていたレトは、トグウクのわかりやすい大声を浴びてもすんとして、自身も外套を脱ぐ。トグウクは目を白黒させ、口をあんぐりと開けたままにして、レトの頭のてっぺんから足先まで観察した。
「わ、悪いこと言ったなあ。ごめんよ!」
「慣れてるから問題ない」
「いや〜、こんなにキレイな男がいるんだなあ……」
しげしげと眺めるのも悪いと思って、トグウクはわざとらしくレトをまっすぐに見つめ、室内にある食卓を指した。
「ああ、そんなことより、食卓の向かいの椅子にでも座っていてくれ。温かいものを作るから。……そうだ、聞いてなかった。あんた、名前はなんていうんだ?」
「……レト」
「レトかあ。都人って感じだ。うんうん。かっこいい名前だなあ」
一通り感心したあとで、トグウクは炊事場に入っていった。一刻も早く話を聞きたかったが、料理の支度の最中に長話をするのは気が引けたので、レトは大人しく待つことにした。
炊事場の戸口からは、台所の隅にある籠の中で一生懸命に野菜を吟味しているトグウクの姿が垣間見えていた。
独特な香辛料の匂いがしてきてややもすれば、トグウクが野菜の吸い物から食事を運んでくる。塩味のきいていそうな色とりどりの漬物の小鉢に、小麦を炊いてから焼いて焦げ目をつけた焼き物の山、近場で採れる山菜の揚げ物もあって、見た目は簡素だが手がこんでいそうだった。
「汁もんだけのつもりだったんだけど、作っていたらお腹が空いてきて。けっこう待たせたろう」
「構わない。腹が空いていたから、助かるよ。それにしても手がこんでるな」
「そうか? この村じゃあ、ふつうのことだよ。都に出たって帰ってくるやつもいないからさ、目新しいものなんか入ってきやしないし」
最後に温かい茶を淹れて、それを食卓に添えるとようやくトグウクが向かいの椅子に腰を下ろした。
互いに匙を手に取り、早めの夕餉をつつきだしたところで、レトは本題を切り出した。
「トグウク、この村について知ってることを教えてほしいんだ」
「ん? ああ、そうだな。あんた、調べもんにきたんだったなあ」
トグウクが大口で山菜の揚げ物にかぶりついたところだった。口の中でさくさくといい音をさせて、彼は舌の上で味わいながら言った。
「この村は、ログアース村ってんだ。じいさんばあさんがうるさいから、よく聞かされたんだけど、なんていったかなあ。ああそうだ、たぶん二百年くらい前の……まだこの国に王様がいたとき、エインドラっていう女王様がいた。エインドラ女王は、お小さいときに政争? に巻きこまれて、ここで育ったんだと」
(……ここが、エインドラ女王の故郷……)
エインドラといえば、メルギース王国最後の女王として有名なエオトーナの祖父の、姉にあたる人物だ。エインドラはちょうど二百年前の神族襲来の時期に女王として君臨している。メルギース国は、南北分断よりも以前から女の主権を認めていた国として、世界から見ても珍しかった。たとえ幼い娘子だったとしても、王族なら命を狙われる可能性は十分にある。レトは一人で納得しながら、トグウクの話の続きに耳を傾けていた。
「有名な話は、それくらいかな。女王が大きくなって城に呼ばれて帰っちゃって、それから、この村はずっとこのまんまだ。暖かくなりゃあ作物を植えて、動物たちを陽の下に出してやって、のどかに暮らして、そんで寒い空気がやってくる前に冬支度をする。タイクツだって言って、都に出ていくやつもいるけど、オレはこの村にいる友人たちも、動物たちもみんな好きでな」
「女王が暮らしていた村なのに、地図にこの村が載ってなかった。よほど来訪者がいないのか?」
「そうなのか! ははっ。ここ、田舎だもんよ。載ってなくたって、おかしくねえや」
トグウクは、どっと大きめに口を開けて笑った。
山積みになっていた焼き物がもう半分くらいの量になっているが、トグウクの手が止まることはなく、ばくばくと気持ちいいくらいの食べっぷりを披露している。逆に、レトはすっかり手元がおろそかで、もうそろそろ匙が卓とくっつきそうなのにまた口のほうを動かした。
「じゃあ、"ログアース"ってのは、どういう意味の言葉なんだ?」
「さあ? 聞いたことないなあ」
「古語なのか?」
「さ、さあ……。オレが生まれる前から、ログアース村だ。そんなに名前が気になるのか? 変わった学者さんもいるもんだな」
やっと焼き物を食べすぎたことに気がついて、トグウクは心底まずったという顔をして、必死に謝っていた。しかしレトは、情報の収穫のなさを顧みていて、心ここにあらずだった。そのあともいろいろな質問を投げかけてみたが、ログアースという村の名前に関して手ごたえはなかった。せっかく温かいものを作ってくれたのに、ちゃんと手をつけはじめた頃には冷めかけてしまっていて、レトはすこし申し訳ない気持ちになった。
ご馳走になった礼を告げてから、レトはまた外套を羽織り直した。陽が落ちるにはまだ時間があったので、村の中を見て回ったり、ほかの村人たちとも話がしてみたかった。そう言えば、トグウクは案内を買って出てくれた。
しかし、村人を見かけては捕まえて、村の名前の由来について訊ねて回ったが、若者はもちろん老人たちからも首を傾げられるばかりだった。経緯は知らない。遠い遠い昔から呼ばれている。昔この土地に住み着いた遊牧民族がつけたのかもしれない。旅の途中の吟遊詩人が語った歌だった。でたらめにそれらしく歌いだして、周囲にいた村人たちはどっと笑った。下手なもんだとトグウクに指を差されている歌い手の影に隠れて、レトは一人、難しい顔をしていた。
("ロクアンズ"と"ログアース"は、ただ似ているだけだったのか……。別の可能性も並行して考えておかないと。ただ、決めつけるのはまだ早い。明日は村の近辺を探索する)
最後に、薪を腕に抱えて足りなくなった家に回っている男を引き留めた。その傍らで、トグウクが空を仰いでいた。
収穫なしとわかって男を解放すると、レトは首を横に振って合図を送った。
トグウクは笑って言った。
「一段と冷えてきたな。もう暮れてきたし、帰って寝支度をしよう。おつかれさん!」
「付き合わせて悪かったな」
「いいよ! あんまり力になれそうになくて、ごめんなあ。そうだ、寝るところだけど、うちじゃあ狭いしくさいだろう。客人用の小屋があるから、そっちに案内するよ」
トグウクのあとについていけば、そのうちに完全に陽が落ちてしまって、あたりはしっとりとした暗闇に包みこまれた。街灯などは立っていないので、もしもトグウクのように手持ちの燭台と蝋燭を持ち歩いていなければ、道がわからなくなってしまうだろう。
案内された客人用の小屋は、ほかの家々とほぼ変わらない広さで、室内には簡易的だが食卓や棚、寝台まであつらえてあった。食卓の上にはいくつかの果物が入った籠まで用意されていて、早めに夕餉をとってしまったレトの夜食にするにはちょうどよかった。
「果物は喉が渇いたときにでも食べてくれ。それじゃあ、レト。ゆっくり休んでくれよ」
トグウクが扉の隙間から小さく手を振って、やがてぱたんと扉が閉じる。昼間の賑やかさとは打って変わって、途端に静寂が押し寄せてきた。
客人用の部屋なので当然ともいえるが生活の匂いはしなかった。最近建てられたと言われたら納得するだろう。
レトは、すんすんと鼻を立てた。
重い外套を脱いで、それと荷物を部屋の隅に固めて置いた。疲れがたまっているレトは寝台に吸い寄せられて、そのまま倒れこむようにして毛布の海に沈んだ。
顔を上げれば、壁の一部を真四角に切り取ってはめられた小窓が、隙間風を遮るために閉じていた。
──異変が起きたのは、夜も更けて、いっそう厳しい冷風が吹いてきた頃だった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.203 )
- 日時: 2025/12/28 20:58
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第185次元 或る記録の番人Ⅶ
違和感が鼻について、レトヴェールは素早く上体を起こした。起き抜けの眠気に弱い彼がはっきりと覚醒できたのは、違和感のもとである異臭が、危険を孕んでいるとわかったからだった。異臭はすでに、部屋の隅々にまで行き渡ろうとしている。視界は白く煙りはじめていた。
目を細め、冷静になってあたりを観察し、そして頭上を仰いでみれば、小窓にぴったりはまっている縦格子の根元に紐が括りつけられ、見覚えのない角灯がいくつも吊り下がっていた。どれも、蝋燭を立てておくべきところに木片を収めている。さらに角灯の硝子にはわざと開けたような隙間があり、そこから煙が泳ぎ出ていた。
寝る前には、あんなものは吊り下がっていなかった。
(有毒木)
それもかなり毒性が強い種だ──レトは息を止めた。そして、すっくと立ちあがって小窓に手をかけた。木の縦格子はびくともしない。窓は外壁側についていて、部屋の中からは開けられない造りをしていた。諦めて寝台から飛び降りると今度は、出入口の扉に肩からぶつかった。その拍子に掴んだ扉の取っ手は、ひねれなかった。外から鍵がかけられている。隙間風を凌ぐためか扉は分厚く、力任せには破れなさそうだった。
窓の戸は外壁側にある。扉は鍵がかかっている。悠長に考えていれば息のほうがもたなくなってくるだろう。
レトは外套をまず羽織った。そして、村の大工が建てただろう立派な家屋だったのに忍びないが、命の危機と天秤にかけてレトは、"意思"を固めた。
虚空の扉を開く音が、レトにだけ聞こえる。
「次元の扉発動。『双斬』──四元解錠、"交輪斬り"!」
なにもない空間から飛び出した双剣の柄をすかさずに逆手で捕まえる。と、ほぼ同時に刀身を重ね、切っ先で円を描くように空を斬り払った。すると強い突風が室内で起こった。充満する煙、机や棚や寝台、毒を吐く角灯、手をつけていない夜食の果実──それらをいっしょくたに巻きあげた風が、天井を衝いた。
天井の木板が風に殴打されて剥がれる。それはまんまと弾けて、夜空に跳んだ。小屋はぐらぐらと横に揺れだす。やがて支えの柱が風の勢いに負けて折れてしまうと、壁が外に向かって押し出され、弾けた。
飛び散る木板の幕間から白い雪景色が見えたのは、家の外で、口を縦に開けて棒立ちをしていたトグウクや村人たちが、手に角灯を持っていたからだった。
雪風がいっそう強く吹き荒れる。
トグウクは、レトと目が合って、そして彼が見知らぬ双剣を握っているのと、ついいましがた目の当たりにした強い突風を思い返して言った。
「び、びっくりだ。あんた、あの……奇跡の術を使う人間、だったのか……!」
「そんな学者がいるんじゃ、もうかないっこない」
トグウクの横で震えている小柄な老人が、呟くように言った。
レトは、真っ白な息を吐ききらないうちに、まだ目を大きくしているトグウクを見つめて、訊ねた。
「説明してくれるんだろうな。これは、どういうことだ」
「……。なんでわかった? 警戒していなけりゃ、ぐっすり寝ていたはずだろう。オレたちは、あんたがちゃんと寝ただろうと思って来て、仕掛けて、窓や戸を締めたばかりだった。それなのに、終えたら、扉からどんと音がして、そいでいきなり、大きな風が吹いた!」
訊きたいのはこちらだとでも言いたげだった。彼の目は、不安と驚きの間をとったような色をして、ちかちか揺れていた。
レトが目を覚ましたのが、想定していたよりもかなり早かったので動揺しているのだろう。仕掛けられたあの有毒木──名前はツギイという──は、毒性は強いが臭気が強くないやっかいな植物なので、あの小屋でいえば室内に充満する頃にようやく気がつく。だから、寝入っている人間がそれに気がついて目を覚ましたときには、すでに身体に毒が回り始めているはずだった。しかし、警戒していれば別だ。たしかにレトは、トグウクが言ったように、村に入る前からずっと警戒を解いていなかった。
レトは外套の襟をぐっと押し上げ、冷えた首元を覆う。そして、トグウクの目を見ながら指を四本立てて、彼の質問に答えた。
「警戒していたよ。その理由は四つある。まず窓の造りがおかしかった。ふつうは家の中からも開け閉めできるようにするだろう。おそらく設計の時点で間違えたのをわざと直さず、利用しているんだ。おなじ造りで建てたこの客人用の小屋を使って、殺しをするために。二つめは果物の話。ピーニという名前で知られてるあの果物は、短い時間、わずかに体温をあげる効能がある。寝る前に食すと、深い睡眠を誘いやすい。お前は自宅へ俺を案内するまでの間に、わざわざ「生でかじるとおいしい」という話をして、俺と小屋で別れるときにも食べるように促した」
いくつかは雪の上で潰れてしまっているが、まだ形をなしているピーニを拾って、ついた泥を払う。
トグウクが、暑くもないのに、こめかみから冷や汗を垂らした。何度も瞬きをして、言葉を失っていた。
次いで、レトは三本めの指を立てた。
「三つめ。小屋の中でマナカンサスの匂いがした。燃やしたあとのな」
「し、知ってるのか」
「ああ。あれは大量に咲いた場所なら、そこがたとえ山奥でも、燃やせば麓にまで匂いが辿り着くほどの激臭を放つ花だ。小屋の中でかすかにあの匂いがした。だから、たぶん前に小屋を使っただれかが、今回とおなじように謀られて、そのときに本人が持ちこんだか村の周辺に咲いているのか、室内にあったマナカンサスがなんかの拍子にあの有毒木を入れた角灯と接触して、燃えたんだ。小屋の造りが新しかったのも、匂いがきつくて何枚か木を張り替えたからなんだろ。ぜんぶ張り替えてれば気づかなかった」
マナカンサスといえばまず、花弁が大きく色鮮やかなので、花瓶に差したり押し花にして楽しむのが一般的だ。それが薬にもなったり、燃やせば激臭を放つことをシーホリー一家の過去の一件で知っていたレトはそして花の匂いを覚えていたから、ここで火事に近い出来事が起こったとわかった。
ついに四本めの指を立て、腕を下ろしてから、レトは言った。
「あとは、トグウク。お前が、最初から俺を学者だと決めつけたことだ」
「……」
「こんな山奥にある村に訪れる人間のことを、まず学者とは思わないだろう。ほかの村や集落からの流れ者か、詩人のような旅人だと思うのがふつうだ。なのにこの村はそうじゃないらしいな。訪れる人間の多くが学者だから、俺のこともそうだと思いこんで、つい口走った。あのときに、この村はどこかおかしいと思った」
「……最初から……オレは疑われてて、あんたは自分が殺されるかもしれないって、わかってたのか?」
「わかってたわけじゃない。半信半疑だった。だから、意識の半分しか起きてなかったよ」
なにもされないだろうと信じていたかった心が半分あるのは、トグウクの人懐こさや雰囲気が、どこかロクアンズに似ていたからだった。けれど天秤が黒いほうに傾いていくから、レトは意識の半分だけを寝かせることにした。ただ、角灯を仕込まれたときに窓は開いただろうし物音も立ったはずなのに、寝入ってしまっていたのは失敗だった。
(修行が足りないな……)
自己反省に気を取られたそのときだった。トグウクが、きらりと光るなにかを背中から引き抜いて突然レトに襲いかかってきた。雪風を絶って振り下ろされたそれは斧の刃だった。『双斬』の刃とかち合い、いやな金属音が響く。レトが力任せに斧を弾くと、トグウクはその隙にレトの足元に自身の足をかけて、ひっくり返した。斧を握り直して、眼下にあるレトの顔を目がけて、力一杯に刃を叩きつける。しかしレトは、頭だけを横向きに転がして直撃を回避した。そしてトグウクが、地面に刺さった斧を抜くより先に、レトは『双斬』の切っ先をトグウクの喉仏に突き立てた。
トグウクは、顎を浮かせながら顔をぐしゃぐしゃに歪め、必死の表情でわめいた。
「村にやってくる学者どもが、あとをたたないんだよ……! エインドラがここに真実を隠したんじゃないかとか、王家の血縁がいるんじゃないかとか、もううんざりだ。この村にはなにもないよ! なのにずかずか入りこんできて、村を好き勝手に踏み荒らして……オレたちは、静かに暮らしたいだけなんだ!」
吹き抜けていく冷風が、ごうごうと唸る。
そうだ、そうだ、村から出ていけ、学者は出ていけ──村人たちの怒声が重なって、徐々に膨らんでいくのを耳にするレトの脳裏には、ある考えがよぎっていた。
(学者ってのは……おそらく、政会か、諸領主らの差し金)
神族ベルイヴの居場所を突き止めることが、政会と此花隊と諸領主らからなる対策本部の急務だ。アノヴァフにだけその任務が下っているわけはないだろう。此花隊以外の組織も研究者を雇い、血眼になって調査にあたっているに違いない。かつて神族の襲来の時代にこの国で女王をしていたエインドラの育った村に目をつけるのは当然といえた。ログアース村の人たちは、最近になって急に増えだした学者の来訪に困惑したはずだ。そして政会や諸領主らに雇われておそらく鼻を高くしているであろう彼らの態度に、不満を募らせてきたのだ。だからその怒りを凍夜にしたためては、毒煙に代える。
学者かと問われてつい頷いてしまったのは失敗だった。しかし、調べ物をしに村へやってきたのは間違いではない。どう名乗っていても、あれやこれやと訊ねていれば彼らの中では学者と紐づけられて、どの道にしても襲われていただろう。
レトの目を睨みつけているトグウクの喉が、ふるふると震えだしていた。体勢を変える機を伺っていると、膨らむ怒声の中から、トグウクを呼ぶ声が飛び出した。
「と、トグウク! チイヤが吠えてないか!? ほら、声が!」
トグウクがはっと顔をあげて、レトのことはもう構わずに羊舎のあるほうへと視線を向けた。たしかにその方角から犬の鳴き声が聞こえてくる。金切声のような動物の鳴き声がたえずこちらまで響いてくる。ただごとではない。村人たちの顔がさあっと真っ青に冷めていく。トグウクは、さらに目を大きく開いて、がくがくと唇を震わせた。
「間違いない、学者どもがまた来たんだ……! そうか、あんたはあの学者どもの仲間だったんだな! このあいだ、追い払ったのを根に持ってんのか!?」
「違う!」
鬼のような形相で襟元を掴んでこようとするトグウクの手を払って、その隙に、レトはさっと立ち上がった。そして羊舎のほうに視線を向けたまま、両手をついて呆然とするトグウクを見ずに言った。
「俺は学者じゃない。嘘をついて悪かった。あとでぜんぶ説明する」
トグウクの傍に落ちている角灯をすばやく拾いあげ、レトは踵を返して、駆けだす。動物たちの鳴き声だけを頼りにして雪の上を走った。そして息を切らしながら、なんとか羊舎に辿り着いた。羊舎の傍に建っている小屋の入り口で、チイヤと呼ばれた牧羊犬が、飼い主の男の足元でたえず吠えていた。ぐるりと建屋の外を回れば、裏口が破壊されていた。厳しい冷風が舎内へと吸いこまれている。
裏口から舎内に入ると、羊たちはもう興奮状態で、仕切られた柵の中でうごうごと蠢いていた。レトは一部の柵が乱暴に開け放たれていることに気がついて足を止めた。見れば、柵の中から無理やり引きずりだされ、腹や背から血を噴いて倒れている羊たちがいた。鋭い刃物のようなもので切りつけられたのだ。駆け寄って、傷口を観察していたとき、裏口から入ってきたのか、息を切らしたトグウクのかすれた声が飛んできた。
「レト! なにが起こってる! どうしたんだ!」
「中に入って、こいつらの手当をしてやってくれ。腹や背を切られている羊が五体はいる。足元には気をつけて入ってこい。飼槽も倒れて床が荒れてる。俺はいまから出て行くから、そうしたらまずその裏口の戸を直して、風が入ってこないように締めきれ」
「き、切られ……!? じゃあ、待てよ、あんたはどこに……!」
言い切ったあとは、困惑するトグウクのかけ声を無視して、彼の脇をすり抜け羊舎から出て行った。そして裏口から伸びている、だれかがこの場所を往復したようないくつもの足跡を追いかけて、レトは山道に駆け入った。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.204 )
- 日時: 2026/01/04 19:17
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第186次元 或る記録の番人Ⅷ
「騒ぎが起こせればそれでいいってよ。いい仕事だ。あんな村になにがあるんだかな」
「いいんだよ、どうだって。あのケンキュウシャが金は弾むって言ったんだ。俺らみたいなのは、だまあってやることをやって、金さえ降ってくりゃいいんだ」
夜も更けてきたのに、暗い山中で下卑た笑い声を高らかにあげているのは、岩場で焚き木を囲み、一仕事終えたあとの酒を愉しんでいる山賊たちだった。雇い主から金が入ってくるからと貴重な酒を浴びるほどに飲んでいる。酔っぱらって、気持ちが悪くなってもまだ飲んで、だれがなにをしても次から次へと笑い声が湧き出している。
小さい樽を模した盃になみなみと注がれた酒が踊って、ふちからこぼれた一滴が、焚き木の火の粉に降りかかった、そのときだった。
突然、どこからか激しい突風が吹きこんできた。男たちはみなおなじ方向に倒れこんで、一人二人は転げてしまった。燃え盛っていた焚き木の火も、さっと掻き消える。男たちは、目をぱちぱちとしばたいて、すっかり酔いが醒めた目で仲間の顔を探した。
「な、なんだ!」
「おい、火、消えたぞ! 火つけろ、火!」
狼狽える男たちの耳に、知らない足音が聞こえてきた。男たちは急いで松明をこしらえ、その足音を警戒した。
真っ先に、松明の火に照らされたのはレトヴェールの高い鼻先だった。それから白くて張りのある頬がぼんやりと浮かぶ。はん、とだれかが鼻を鳴らしたのを皮切りに、山賊の男たちはにやにやと互いを見合って、それから舐めるようないやな視線をレトに浴びせた。
「なんだ、ガキか。びびらせるなよ」
「オイ、身なりは、それなりだぜ。金目のもんを持ってるんじゃねえか。殺って、剥いじまったらいい」
「待てよ、こいつはキレイな顔をしてやがる。売ったほうが……」
無遠慮に顔を覗きこもうとしてきた男の言葉が続かなかったのは──レトがいきなり拳を頬に叩きこみ、無理やりに口を閉ざしてやったからだった。
警戒を緩めたところへ鋭い殴打をお見舞いされた男は首を真横に捩じ切って、身体を回転させながら地に伏せた。山賊たちは大振りの大刀を握りしめ、いきり立った。レトは大刀の切っ先を睨んで、冷静に詠唱した。
「四元解錠──、"裂星閃!」
唱えれば、刹那。星降るがごとき剣筋が、鋭い軌跡を引いて何重にも振るわれる。レトが、男たちの間を縫って駆け抜ければ、途端に、斬りつけられた彼らの口から悲鳴があがった。彼らのうちの一人が尻餅をついたまま、わなわなと震わせた腕を持ちあげ、レトを指さした。
「こ、こいつ……次元師だ! にに、逃げろ! ここからすぐに!」
「逃がすかよ」
退路に立ったレトは、間髪入れずに詠唱を告ぐ。繰り出された『交輪斬り』が突風を生み、彼らの身体をまるごと風の中へと抱きこんで、宙に突きあげる。どさどさ、と落下してくる男たちの中でも、ほかと比べてたふな者は、怒り任せに拳を打ってこようとした。しかし筋ががむしゃらだ。レトは、双剣を握った手の甲で拳をいなして、もう片方の剣の柄頭で男の項を穿った。男は、がくんと膝から落ちた。息つく間もなくべつの殺気が迫ってきた。レトは、近づく殺気を捉えては斬り払って、素手で打った。
ひっきりなしに拳や蹴りや大刀の切っ先が飛んでくるのを、『双斬』で斬り捌いていく。
(そういや、こんな風に振るうのは、久しぶりだ)
一太刀、『双斬』を颯爽と薙げば、レトの心の中にふつふつと湧き立っていたなにかが、発散したような心地がした。斬りきれなかった神族の肉体や、凍るように鈍っていく自分の手足を、嫌でも思い出してしまう。そうしてついにはこの手から、大事なものが取り上げられてしまった。他人のような顔をした父もいまさらになって姿を見せにきて、もうとっくに感情の整理がついていなかった。
悔しさ、歯がゆさ、憤り、不満が、沸騰した胸の中でぼこぼこと無限に泡を噴く。ログアース村でやられた羊たちのことや村人たちの悲痛の声はいっとき忘れてしまった。振るえば振るうほどに、心地よかった。だから、ただひたすらに己の胸に巣食う鬱憤を晴らすために、二つの剣筋が夜風を斬った。
声が止む。最後まで立っていた頭の男に頭突きを見舞って、男の首がかくんと後ろに折れた。
気を絶したその男の襟首を捕まえたまま、レトはぼんやりとしていたが、あることに気がついてはっと我に帰った。
(……待てよ。さっき、『騒ぎを起こせればそれでいい』とかって聞こえて……)
「──! そうか。目的は、村への憂さ晴らしじゃない」
レトは、男からぱっと手を離し、急いでその場から立ち去った。白目を剥いた男が力なく膝から崩れた音を最後にして、あたりはやっと静かになった。
雪の上にうっすらと残っていた足跡を辿って、ログアース村まで戻ってくると、村人たちは混乱のさなかにいた。どうやらやられたのは牧羊たちだけではなく、薪の置き場や備蓄庫も荒らされていて、事態に慌てふためいた者が怪我を負ったり、村に漂う空気が怖くなって泣いてしまった子どものわめき声も聴こえていた。
そんな村人たちの死角に身を隠しながら、村の奥──もっとも大きな家屋へ向かって走っていく怪しげな人影があった。レトは、その人影を見失わないように距離を保ち、あとを追った。
思った通り、人影はひときわ立派な家屋へと忍び入った。いまは住人が出払っているのか、まるで人気がない。わずかに開いた玄関の扉の隙間に、レトも細い身体を滑りこませた。
黒ずくめの人影は、居間のあちこちの家具に手をつけて、手当たり次第に棚の戸を開け、引き出しを暴き、ぎょろぎょろと目を滑らせる。しばらく無言で物色していたのに、やがて独り言をこぼしはじめた。
「ない! ない……! それらしいものが、どこにも。くそ、どこにあるのだ」
置き物にまで手を伸ばしひっくり返したりして、棚の上に飾られている小箱の蓋も開けてなにも入っていないとわかれば放り捨てた。黒い外套の頭巾の下の、厚い瞼で潰れかかった目は血走っていた。
「あるはずだろう……二百年前の秘密の遺物がここに!」
ひゅっと、一筋、細い冷気のようなものが背中を撫でる。振り返る間もなく、黒ずくめの人物は双剣のひとつで背中を斬られていた。う、とうめき声をあげて、人影はその場に倒れた。
ほかに人気がないことを探ってから、レトは『双斬』を鞘に納めた。
(こいつが今回の騒ぎの首謀者か)
泡を吹いて寝ている人物の外套を剥いて、身なりを検めてみれば、男で、防寒着なのにいかにも学者風情といった清潔かつ高価な身に纏っていた。適当な紐で手足を縛ってから、研究者の男を引きずってレトは家の外に出た。
村人たちの前に気絶した研究者を出せば、たしかに数日前に村へやってきた男だと口を揃えた。それも横柄な態度であれこれ指示をしてきて、遺物が眠っているはずだとか、村の事情に詳しそうな老人を連れてこいとか、一方的にそんなことを言ってくるばかりでとにかく村人たちはこの研究者を良く思っていなかった。あげく、村人たちが協力を渋っていると、使えない田舎者どもだ、などと散々罵って、勝手に村中を嗅ぎ回りはじめたらしい。
無理やりに村から追い出されたので、おそらくその腹いせもあるだろうが、遺物とやらを諦めきれなかったのだろう。わざわざ山賊を金で雇って襲ってきて、騒ぎに乗じて遺物探しをするつもりだったのだ。
憶測は横に置いておいて、レトが山賊や研究者の話をすれば、村人たちは耳を傾けてくれる姿勢になった。そのあと、まだ混乱のさなかにいる村人たちから状況を聞き出し、整理した。
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