コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/10/26 21:10
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜第175次元 >>176-193
■第2章「片鱗」
・第176次元~ >>194
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.193 )
- 日時: 2025/10/19 22:01
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第175次元 太陽と月
ロクアンズは、若草色の左目を大きく見開いた。まるで、こともなげに吹きこんできた風みたいに現れた義兄のレトヴェールの頬を、角灯の明かりがほんのりと照らす。
彼の均整の取れた横顔と、ほのかな暗がりが、いっそうの物静けさを形作る。だからなのか、彼が腰から提げた小鞄の中をまさぐる物音がやけに響いた。
「どうして……」
食卓の端に置かれた角灯の火がゆらめく。
つい、そう口から出たときに、レトは、探していたものが見つかったらしかった。鞄の隅から引き抜いて、彼はロクの目の前にそれを差し出す。
「これを渡しに来た。キールアからお前に」
ロクの視線が吸い寄せられる。キールアがロクに宛てて書いた手紙だった。封の端に歪んだ跡があるが、皺は丁寧に伸ばされていた。ロクは呆然とそれを見下ろした。
「そういうことじゃない」
「知りたいなら教えてやる。お前がこいつを受け取ったらな」
ロクは、しばらく微動だにしなかったが、やがて手を伸ばして、封筒の端を掴んだ。彼女が受け取ったのを確認してから手を下ろしたレトが、机の端面に腰を預けると口を開いた。
「簡単なことだ」
玄関の扉の脇には、物入れ棚が据えられていて、その上には二人が作った編み物人形の力作やら、川辺で拾った綺麗な石やらが並べられている。棚の真上に視線を滑らせれば窓がついていて、外の景色がよく見えた。レトは窓の向こうを眺めて、いつもの、突き放すみたいな、それでいて諭すみたいでもある、冷たく聞こえる言い方で続ける。
「お前が、いまになってベルイヴの話をしだしたのは、切羽詰まったからじゃない。逆だ。最初から、話をしたら出て行くつもりだった。さっさと話をしなかったのは……それを班長たちが信用するに値する条件が揃わなかったから。そんなところだろ」
「……」
「お前の考えてることくらいわかる。いまから、どっか行こうとしてるってことも」
窓の外にはただ広い草原と、どこまでも深い夜の静けさがこんこんと広がっていて、吹いた風が吸いこまれていく。
レトは、ベルイヴという新たな神族の存在と脅威とを伝え聞いたときに、勘づいていた。いよいよロクは、重要な予言を渡すだけ渡して、すぐにでも行方をくらまそうとしているかもしれない、と。だからレトは、どうしても、今日この日に自由にならなければいけなかった。ただの直感だ。けれどロクは、いた。彼女はエントリアの調査を口実に外へ出て──エポールの家にやってきた。
とっくに瞳の奥を探られていた。もう隠しようもないのに、ロクはレトと目を合わせられなかった。
そして、ずっと訊きたかったことを吐いて出した。
「……いつから……私が神族だと、知っていたの?」
レトは、隠さずに語りはじめた。訊かれなくとも、自分から話すつもりでいた。それはキールアにも聞かせた、ロクが初めて次元の扉を開いた日に目にした、右目の赤さと恐ろしさの記憶だ。
このとき唐突に、ロクの脳裏に、レトと過ごした日々の一瞬一瞬の景色が、色濃く蘇る。
母を亡くした日の空の色を、神族デスニーを斃すという誓いを胸にはじめて隊服に袖を通した感覚を、ともに肩を並べて戦い作った傷の痛みを、旅先で目に焼きつけた景色と吸いこんだ匂いを、譲れなかった口喧嘩を、隊の鍛錬場で向けられた切っ先が恐れるに足らなかったことを、本物以上の兄妹になれると言ってくれたときも、レトはロクが神族だと知っていた。
知っていて言わなかった。
ロクは、だんだんと眉をきつく寄せていって、やがてレトの話がひと段落つくとともに、立て続けに問いかけた。
「ずっと黙っていたのはどうして」
「言っても言わなくても、どっちでもよかった。けど、きっと母さんは知っていて、わざとお前に言ってないんだと思ったから、俺も言わなかったし、どの道必要なかっただろ」
机の端を指先で撫でて、レトは家の中を振り返った。幻覚が目に浮かぶ。小さな二人の影が、あちこちと家の中を駆け回っていると、台所からまた一人の影が伸びて、柔らかく微笑むのだ。三人の幻影は、レトが小さく息を吐けば煙のように霧散して、すぐに深い静寂が帰ってくる。
「血が繋がってなくても、次元師でも、神族でも、この先もう何者になってもたいして変わんねえよ。お前は何年経っても母さんの娘で、俺の義妹だ」
ロクは表情を歪めると、数歩後ろに下がって、手紙を持っていないほうの手で胸を抑えて言った。
「違う。もう、違う。現実を見てよ、レト。私のことがわかっていたなら、目を逸らさないでいて。あなたと私はもう違う生き物なんだ。人間と、神族とじゃ、息の仕方も、血の色も、身体の形も、愛するものも、ひとつひとつ違っていく。その違いが、離れていくことはあっても、戻って合わさることはない」
ぶら下がった手元から、ぐしゃりと音が立つ。ロクは手紙を握り締めていることを自覚していなかった。そんなロクの手元を見やって、レトは怪訝な顔つきになると、ふたたび彼女の目元へと視線を返した。
「……つまんねえしゃべり方をするようになったな、お前」
レトは低い声で言って、さらに目の端を尖らせた。もうずっと、癪に障っていた。明朗快活な口調でもなければ声色も落ち着いて、ロクは話し方さえもまるで別人みたいに変わってしまったようだった。そうしてわざと周囲の人間を拒絶しているようにレトには聞こえていて、だから、思わず声を荒らげて畳みかけた。
「たかが目開いて、自覚したくらいで、突然神様気取りか? 違う違うって……ならなんでここに来た! とっくに踏ん切りつけたみてえな言い方しておいて、まだぐちゃぐちゃ引きずってるから、ここへ来たんだろ。捨てきれてないんだろ、お前は!」
静寂に包まれていた家の中に、レトの怒声が波紋のように響き渡る。ずかずかと、床を蹴りながらレトが歩きだせば、足元から軋む音がした。
ロクは、まだ俯いていた。
下を向いていれば、床板にいくつも小さく欠けたところがあるのが、見えた。
額がくっつくほどの距離になってもまだロクが目を逸らしているので、レトは、勢いを止められなかった。
「中途半端なことするくらいなら逃げるんじゃねえよ。ここで苦しんで、戦っていろ。お前は不必要に自分を責めて、大層な言い草で逃げ道を作って、それで楽なほうへ自分だけでけりつけようとしてるだけだ。お前が目を逸らすなよ、ロクアンズ!」
ロクの手首を捕まえて、引っ張ると、ロクは無理やり顔をあげさせられた。
二人の目が合う。
レトだってこんなことを言ってやりたくはなかった。ロクには、過度に己を責めるきらいがあるが、人の話を聞かない人間じゃない。大層な言い草をしているのは見ていればわかるが、丹念に逃げ道を作ることはしない。けりをつけようとはするけれど、楽な道も選ばない。頭ではわかっているのに、レトには、まるでここで初めて会った人物と会話をしているみたいな手ごたえのなさがずっとあった。義兄の自分にさえ壁を作ろうとする彼女の態度がもどかしくてたまらないのだ。だから、言う予定のなかった厳しい言葉が次から次へと口をついて出た。
ロクは唇を噛み締めていた。下瞼にぐっと皺を寄せた目つきで、突き返す。
「離して」
「じゃあ振りほどけよ」
「あなたは私には敵わないよ」
呟くように言ったロクの手首が、さらに強く掴まれる。レトは凄んだ声で、言い返した。
「ああ、やってみろ。受けて立ってやる。言っておくけど、行かせる気はない」
ばちり、と。緑の目と、金の目との間に、電気の糸が奔る。
──黄金の雷光が瞬く。掴まれたロクの手から猛烈に湧きあがった雷撃の余波が、二人の髪の毛を嬲って乱す。翻った前髪の下からは、右目に巻かれた包帯が解けて、赤い瞳が現れた。
電糸が飛散する。食卓の上の角灯、続いて花瓶が、ぱりん! と音を立てて割れた。棚の上の人形が、石が、弾け飛ぶ。扉には雷の爪痕が奔った。天井も床も壁もあらゆる家中の物が、がたがたとわなないて、悲鳴をあげるようだった。そうなってもレトは、決してロクの手を離さなかった。
やがて、飛散する雷光の強さは徐々に収まっていき、もとの暗がりが戻ってくる。
ロクの前髪がゆっくりと下りて、赤い瞳はその下に隠れた。
「……」
「なんだよ、生ぬるい覚悟だな。その程度なら引き返せ、ロク」
しばらくの沈黙だった。諦めたのだろうかと、レトはロクの顔を覗きこもうとした。しかし、その前に、ロクの口からふと、弱弱しい声がこぼれ落ちた。
「ごめん、ちがう、んだ。レト」
固く拳を握りしめていた。しかし、覇気のない声をもらすとともに、彼女は手のひらを開いた。思わず力を緩めたレトの手を、今度はロクのほうから掴んだ。
彼の手に縋るみたいに、握る。
顔をあげないまま、喉のずっとずっと奥から絞り出した声は震えていた。
「レトが……これ以上みんなに責められるところを見るのが、もう耐えられないんだよ……! どうしても、あたしの存在があなたの枷になる。この先何度も! 何度も何度も何度も、何度も、あなたが悪いって言われる! みんな、レトのこと、なんにも知らないくせに……っ!」
両目のどちらもひどく揺らして、ロクは堰を切ったように言った。
床の欠けたところも、食卓の椅子も、レトの足元も、ぼやけて、もうその色もわからなかった。
レトは、口を閉ざしていた。
──自分が神族だとわかって、忌避の目を向けられるのはまだよかった。心を読まれそうだと噂されてもよかった。でも、「レトヴェールを騙している」「洗脳している」「狂わされている」だなんて、嘘だ。そんなわけはない。ロクは、本当は、そんなことを言ってくる人間たちを一人ひとり捕まえて、言ってやりたかった。
「騙してなんかない」
「レトヴェールがロクアンズに優しいのは洗脳なんかじゃない」
でも、いくら言って回ったとしても、与えられるのは真実じゃないだろう。神族という敵の虚言を火種にして、さらに批判の声を盛りあげるだけだ。すでにロクを神族だと認識し、彼女が周囲を騙しているのではないかと疑いかかっている人たちには、かえって火に油を注ぐようなもの。それならば是も否も飲みこみ、沈黙を貫いて、間違っても火が燃え盛らないようにするしか、ロクには思いつかなかった。
「レトは、あたしにただ、優しいだけなのに。ずっと、優しいだけなのに。その声がどんどん大きくなる。それが、あたしはどうしようもなく嫌だ」
ロクは、声がつっかえていて、ときどき鼻をすすりあげて、涙声なのに、決して涙を落とさないようにしていた。いや、レトの手の甲を、震える指の腹でしきりに撫でていると、平静でいられた。
レトは、ロクの気持ちをはやく頭の中で処理しなくちゃいけなかったのに、追いつけなかった。だから微動だにできなくて、縋ってくる仕草にもうまく応えてやれなかった。できたのは、苦しそうにぐしゃぐしゃに歪めた彼女の表情を目に焼きつけながら、喉の奥の熱を放つことだけだった。
「お前はなにもしてないだろ」
「そうだよ。なにもしてない! あたしたちはなにもしてないんだよ」
「じゃあお前がいなくなって、俺がお前を逃がしたって報告したらどうする? お前がいようが、いなくなろうが、どっちにしたって神を擁護してるって言われる。変わんねえなら、行く必要はないだろ」
「レトは、あたしが苦しむことをするの?」
レトはついに、完全に口を閉じて、返す言葉を失ってしまった。たったいま選んで向けたものが、かえって自分を追い詰める刃物だったと、あとになって後悔するのだった。
ロクの呼吸の音だけがする。彼女はだんだんと落ち着いてきたのか、肩が震えなくなっていた。ようやく顔をあげて、まだ引き留める手段を探そうとするレトの目を見て、静かな声で続ける。
レトの視界に映った赤い瞳は、もう恐ろしい色をしていなくて、事実だけを訴えてくる。
「どれだけ本当のことを周りの人たちに言っても、あたしは神族で、あなたは人間だ。いまこの国じゃ、もう、そうとしか映らない。このままじゃ悪い方向にいくばっかりだ」
だから。ロクはそう挟んで、一度だけ瞬きをすると、ふたたび視線を下げた。手元を見れば、火傷を負った彼の手のひらが、力を失って、花弁のように閉じかけていた。そんな彼の片手に、そっと、もう片方の手を重ねて言った。
「だから、お願い。お別れをしよう。お義兄ちゃん」
冷たい川の水を頭からかぶったような、心地だった。
ロクは、月の光を宿した両目を揃えて、陰る彼の双眸を見つめ返し、そうして彼の手を離した。
「……私は、この道の先に行く。そして、あなたも辿り着いたときには……会って、話がしたい」
ロクはそう言って、呆然と立ち尽くすレトの脇をすり抜けていくとき、ゆっくりとした歩みで床を踏みしめた。
なにごとかを耳打ちする。
それが聞こえて、レトははっと我を取り戻し、急いで振り返った。しかしもう、ロクはいなかった。玄関の扉は閉ざされていた。まるで、いままで幻を見ていたかのように、彼女の気配さえもまっさらに立ち消えてしまう。
「ロク──」
閉ざされた扉の前にはただ、暗い影の中で、きらきらとするちりや埃の欠片が、白くたゆたうばかりだった。
玄関の扉を乱暴に開け放つと、レトは外へ飛び出した。
「おい、ロク! ロクアンズ……! 違うんだ、言いたかったのは、そんなことじゃ……! 行くな──お前は……!」
慟哭は、虚しくも夜空の深さに吸いこまれて、消える。のどかな田園風景と、宵闇との隙間を縫う地平線が、当たり前の顔をして二つを分かつ。
一夜では欠けても満ちない。
帰りを待っても「ただいま」の声はない。
レトヴェールは一人冷たい夜風にさらされて、萌える草原のさなかに突っ立って、そこでいつの間にか思考も、意識も、手放していた。
そうしていると深かった夜空は白み、薄色の朝が、やってくる。
日は昇ってきたが、他人事みたいな顔をしていた。
川底に取り残された一匹の小魚の鱗を、真新しい日の光が照らした。
──第一章 「兄妹」 完
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.194 )
- 日時: 2025/11/06 20:32
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第二章 「片鱗」
第176次元 波立つあと
青い海に浮かぶ大きな船体が、へつほつとして波に漂う。エントリアの最西にある港町、トンターバから出港して半月もすれば、海霧をかぶった大陸が顔を出す。
甲板で潮風を顔に浴びながら、ガネストは小さな自国を遠望した。
国花のキッキカの香りが、いよいよ潮に乗って運ばれてくると、二人を乗せた船は港に停泊した。停泊場の兵士に身分を明かすとすぐに、ちょうど港に滞在していた領主の息子に連絡が渡り、ややもすれば大仰に豪華な馬車が手配された。ガネストとルイルは、馬車に揺られながら王都を目指した。
第二王女ルイル・ショーストリアが城に帰還すると、待ちかねたように騎士や使用人たちが一堂に会し、城門からずらりと立ち並んでいた。そんな花道を抜けた先では、騎士団長が恭しく首を垂れており、早速と言わんばかりに二人を案内する。ガネストは、場内の動きに細かく注目してみたが、どこを切り取っても拍子抜けするほどに、一年前と変化がない。とうてい、陛下が倒れたようには思えなかった。訝しみながらも、ライラ第一王女の私室を訪ねれば、彼女は柔和に微笑んで、二人を招き入れた。
「お入りなさい。ちょうど公務を終えたばかりで、暇ができたから、お茶の時間にしようと思っていたところよ」
赤の鮮やかな茶に刻んだキッキカの花弁を浮かべた茶器が、屋外の露台へと運ばれてくる。円形の白い茶卓にそれと焼き菓子が並べられると、ライラは、侍女に下がるよう命じた。
侍女が室内に戻っていくのを見送るライラの横顔に向かって、ガネストは恭しく挨拶をした。
「あらためてご挨拶申し上げます。ライラ子弟殿下、貴方様の命の下、ルイル第二王女とともに帰還いたしました」
「無事の帰還、心より喜ばしいわ。道中、ルイルを守ってくれてありがとう、ガネスト」
顔を上げたガネストの姿を見て、ライラは彼が怪我を負っていることに気がついた。衣服の裾から垣間見える傷跡や手当の形跡はしかし、医師の腕がいいのか、適切な処置がされている。続けてルイルへと視線を流せば、彼女は"次元師"というものの使命のために危険な場所へ飛びこんでいったにしては、不思議なくらいに傷ひとつ負っていなかった。
此花隊の戦闘部班には身分が周知されているだろうから、きっと──ガネストや、現地にいるほかの次元師から優先的に守られただろう。ライラは紅茶に口をつけて、ことり、と茶器を受け皿に戻すと言った。
「あなたは優秀な側近ね」
「……恐れながら、ライラ子弟殿下、此度の帰国の命は……」
「ええ、賢いあなたにならば、隠し立てをしても仕方がないでしょう。陛下の体調がお悪いというのは、嘘ではないのだけれど、重症には至っていないわ。そのように王医からも伝え聞いている。利用するような真似をして、陛下に不敬なのは重々承知の上で、あなたたちには帰国してもらわなければなりませんでした。理由は、わかってくれるでしょう?」
「どうしても……メルギースの此花隊と距離を置かせたかったのでは」
ガネストは、なんとなく理由を察していたが、慎重に言葉を選択した。自らの口から、"神族"ともらすことが、此花隊への裏切りに思えたからだ。かまをかけるようで心苦しかったが、ガネストの心は自国とメルギースとの間で揺れていて、いまはどちらかといえば後者に傾いていた。
ライラはそれを察してか、一段と凄みを帯びた第一王女の目をして、はっきりと告げた。
「ええ。そうです。メルギース国には、二百年ほど前から神族という恐ろしい存在があるのだそうですね。そして、かつて我が国に訪れた次元師の少女、ロクアンズがその存在に当てはまると知ったの。危険を齎すかもしれない存在が、アルタナ王国の第二王女の傍にあってはなりません。たとえ彼女が、我が国とルーゲンブルムとの確執を解くのに一役買ってくれた人物だとしてもよ」
「……」
「なぜ、私がロクアンズについて知っているのか、疑問に思うでしょう。それは、此花隊にもう一人、使者を送ってあるからです。あなたたちには教えていません」
ガネストはわずかに眉を動かした。ライラとガネストの横顔を交互に見上げるのにルイルは忙しくて、二人の間に静かな火花が散っていることには気づかなかった。
自分さえ知らない使者がだれだったのか、ガネストは此花隊の隊員たちの顔を思い出そうとしてみたが、すぐに諦めた。膨大な数に上ってしまうし、そもそもどの班の所属なのかも絞れない。おそらく、融通の利く援助部班だろうが、あそこは人の入れ替わりも激しい。
そして顔が知れたところで、第一王女の言葉の前では、なんの意味もなさない。
「どうか許して。あなたを信用していなかったのではないの。ただ、あなたが第一に姫を守護する使命を違えないよう、信用のおける監視役をつけさせてもらったの。悪く思わないで」
「理解しました。その者から、ロクさんに関する情報の提供があったというわけですね」
「ええ」
ライラは頷くと、一呼吸を置いてから、釘を刺すように言った。
「此度の帰国の令は、一時的なものではありません。今後あなたたちには、メルギースおよびドルギースへの渡国を禁じます」
「……」
「後日、此花隊には正式に書状を送りますから、まずは陛下にご挨拶を。それから各所に顔を出すように」
「はい。承知致しました。ライラ子弟殿下」
ガネストが首を垂れて、それを見つめてからライラは立ち上がろうとした。そのとき、ずっと利口に座っていたルイルが、声を張った。
「ライラおねえちゃん、あの」
「ルイル、いまは子帝殿下と呼びなさい」
咎めるような声色ではなく、あくまでも当たり前のことを教え諭すようにライラは返した。ルイルは、はっとしてから、もじもじと手元をいじりながら言う。
「し……子帝でん、か。ロクちゃんは、悪い神様じゃ……」
「ルイル。よくお聞きなさい。あなたはこの国の王家の血筋であり、将来重要な器となることが、約束されている。あなたを守るためには、足元の小石ほどの小さな危険でも、遠ざけなくてはならないの。メルギース国でも、そうして周りの人々に守っていただいたでしょう。いまはわからなくとも、いずれ私の言った意味がわかる日がくる。だから我慢をしてほしいの。できるわね? ルイル」
「……う、うん」
甘く優しく、くるむようにライラが言い聞かせれば、ルイルの中の妹の部分が、それに身を委ねてしまう。
姉の言うことやすることはいつだって正しい。彼女が「おいで」と呼ぶほうへついていけば、正しい「王女様」になれる。
そのはずなのに、ルイルの中の「妹ではないほかの部分」はまだ、あの海の向こうの騒がしい組織の中に取り残されていた。
失踪したロクアンズ・エポールの行方を追って、何十人もの捜索員が派遣されたが、いまだにわずかな足取りも掴めず捜索は難航を極めていた。
まるで彼女の存在は風のようで、姿も見えなければ行く先にも宛がないような手ごたえのなさが捜索員らを苦しめ、セブンはそろそろ捜索から手を引くべきかと考えはじめていた。
報告書を眺めていれば、書斎の扉が開かれ、フィラが部屋に入ってくる。
「失礼します。班長、ご報告をします。警備班の捜索員とともにエントリア周辺を警備、巡回しましたが……依然として、ロクちゃんの姿は、見かけられませんでした。引き続き、捜索を続けます」
「いいや、君たちはいいよ。そろそろ、引き上げようかと思っていたんだ」
「え? ロクちゃんの捜索を……ですか?」
「ああ。彼女は本格的に我々とは意志を違えて、脱隊をしたかったのだろうからね」
セブンは報告書を机の上に置いて、冷めはじめた紅茶を口に含んだ。
フィラは、狼狽えた様子で、申し訳なさそうに切り出した。
「……すみません、あの日、私が目を離さなければ……」
「謝る必要はないよ。いずれにせよ、彼女と我々の関係は、瓦解し始めていた。交わることは難しい。無論、完全に捜査を打ち切るわけにはいかないから、人員は割くよ。見つかる可能性はかなり低いだろうけどね」
言いながら、セブンは飲み終えて空になった茶器に、それとはべつの陶器からおかわりを注ぐと、独り言のように続けた。
「念のためにレトくんにも確認したのだけれどね。彼は私の言いつけ通り、カナラへ向かい、それからレイチェル村に行ってくれただけだった」
とぷとぷと、透き通った紅茶が注がれて、湯気が立つ。セブンは、レイチェル村でレトとロクと落ち合っていた可能性も疑ってみたが、証明できる材料がなかった。
それにもっと重要な問題が、いまもなお報告書の山の下で下敷きになっているので、セブンはしぶしぶそれを引き抜いた。
机の引き出しから出してはしまい、出しては机の上に置き去りにしていたそれを、どう扱っていいものか、判断に困っていたのだ。
「……それよりも、これを、どうしたものかな」
「それって……」
フィラが目で追ったそれ──ロクが手がけた歴史の書の表紙を、セブンが指の腹で撫でる。
彼はまだ表紙だけを見つめていて、中身を読んでいなかった。ロクが失踪してしまってセブンはことさらにこの書物の信憑性を疑っているが、まだ、開く気になれていなかった。
信じていないのなら、ざっと目を通して、こんなものかと捨ててしまってもよいはずなのに、まだできなかった。
書物と睨み合っているセブンの横顔に、フィラがなにかを思い出したように声をかけた。
「そういえば、班長。先日、ここへ戻る道中、研究部班開発班のユーリ副班長と街中で会ったのですが、班長宛にある報告を受けて……」
「私に?」
開発班のユーリといえば、研究部班の班長ハルシオに代わって班をまとめているという班長代理の女研究員だ。緊急会議にも出席しており、声をかけたので顔もよく覚えている。
目をしばたいたセブンに、フィラはユーリから預かった言伝を告げた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.195 )
- 日時: 2025/11/06 21:15
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第177次元 燻り
元魔の襲撃があった区域は、順調に復元を進め、もうじき営みを取り戻せるところまできていた。作業場の警備班班員の男たちはあいかわらず、手伝いにやってくるレトヴェールを歓迎しておらず、事あるごとにちょっかいをかけては無視を返されていた。レトは依然として、男たちと口を聞かなかった。
しかし、ロクアンズが失踪したと知るやいなや、彼らはなぜか得意げな顔をし、やっかみや陰口を加速させた。
聞こえていてもレトは無反応を貫いていたのだが、あるとき、男たちとのすれ違いざまに放たれた一言には、我慢ができなかった。
「最初から見るからに人を騙しそうだった。あの神族は。結局、逃げたんだ」
レトは運んでいた資材を地面に放り捨て、拳を握ると、そう言った男の肩を掴んで寄越し、頬を殴った。まったく警戒していなかったところへ拳が飛んできたので男はひっくり返って、路上に積んであった荷物や資材ごと弾け飛んだ。ほかの班員たちは面食らってどよめいたが、それから加勢に入ってくるまで、間はなかった。
あらゆる暴力や罵詈雑言が雨のごとく降ってきたが、レトは、男の襟元を掴んで離さなかった。
騒ぎを聞きつけて現場の支配人がやってくるとようやく事態は収束した。レトに殴られ、怪我をした男たちは作業場の天幕に引きずられ、レトのほうは町の施療院に放りこまれた。
施療院の薬師たちは、レトがやってくると驚き、困惑した。怪我の加減に、ではない。男たちから剥がされてしばらくしてもレトの憤りが一向に鎮まらず、傍に寄っただけで冷気が漂ってくるような、見えない圧力を肌で感じ取ったからだ。薬師たちは彼を遠目にし、困り果てていた。
「すみません、次元師が運ばれてきたと聞いたんですが……」
そこへ、知らせを聞いて飛んできたキールアが入口の戸をくぐり、中へ入ってきた。歩き回っていると、大部屋の隅で憮然と座りこんでいるレトの姿を彼女は見つけた。
傍まで近づいていったが、レトはキールアに気がつかなかった。彼はぼんやりと虚空を見つめていた。
「レトくん……」
声をかけてようやく、レトはキールアの存在に気がついて、反応を示した。顔を上げた彼の目の色はくすんでいて、下の瞼も重たく、見るからにうまく眠れていなさそうだった。返事をしなかったり、ほとんど微動だにしないところを見ると、すっかり気力がないように見える。
彼がいつもの機嫌でないことは、キールアは一目でわかった。肌がひりついて仕方ないこの感覚がするときは、「近づくな」とでも言われているようだった。だから慎重になって、彼の様子を確かめていると、片方の手のひらが異様に赤くなっていた。
(……火傷?)
キールアは、気になってレトの顔色を伺ってみたが、彼は口を開く気力もないのか、だんまりとしていた。
おそるおそる手を伸ばし、キールアはやんわりと彼の手を取った。
院内は、もうだれも、レトのことを気に留めていない。ほかの患者を診るのに忙しくて歩き回る足音が、治療具を手に取る雑音が、大丈夫かと問う声が、耳につくほどにひしめいていた。
結局、二人は一言も交わさないまま、あらかた彼の治療が済むと施療院をあとにした。外はもうすっかり夜になっていた。街灯に照らしだされた歩幅は、ほんのすこしずれていて、キールアは、包帯が巻かれた彼の手が振り子のようにただ前後に揺れているその半歩後ろについていた。
キールアは、レトがどのような任務を渡されているのか詳しくは知らないのだが、此花隊の仮拠点に向かって歩いているところを見ると、彼もまたちょうど帰還するところだったのかもしれない。訊いてもよかったが、訊かなくたって歩いている道筋を考えればわかることだったし、なによりキールアにはほかに訊かなくちゃならないことがあった。
「ロクを……探しに、行ったの?」
──なにかあった、と。そう、レトの顔に書いてあるから、キールアは恐れずに切りこんだのだった。
返答はない。沈黙は肯定かもしれない。けれども、引き下がれず、キールアは歩調をあげて、レトの目の前につかつかとやってくると、足を止めさせた。
「ねえ、レトくん。教えて……! ロクは、ロクは本当に……どこかに行っちゃったの? 嘘、だよね……? 班長たちはきっと、探すふりをして、ロクをどこかに隠して、わたしたちから離そうとしているとかじゃ、ないの? わたし……」
すぐにでも探しに行きたい──キールアは、「ロクアンズが失踪した」と報告されたつい先日のことを思い出して、ふたたび胸が締めつけられるような心地になった。
その日はずっと汗が止まらなくて、ふとしたときに胃の中から内容物がせり上がってきてしまいそうだった。どんな仕事をしたかも、だれと話をしたかも、自分がどんな顔をしていたかももう覚えていない。キールアにとって救いでもあった唯一無二の友人、それがロクだ。せっかく再会をしたのに、隊に歓迎をしてくれたのに、友人としての時間はまともに送れないままに、今度は彼女が姿を消してしまった。
声がだんだんと切羽詰まってきて、彼女が一度言葉を切ると、石のようだったレトの身体が、ようやく動きだした。緩慢に首を回して、包帯を巻いた手を見下ろす。そして、重い口を開いた。
「……いない。たぶん、俺たちは見つけられない」
「どうして……」
「知らねえよ」
木の葉が渦を巻き、そよ風に解かれて、静かに二人の足元を吹き抜ける。木の葉たちはたちまちに、ばらばらになって、夜よりも遠くへ運ばれていく。
ロクとさんざん言葉を交わしてもまだ、レトは、納得がいっていなかった。なにをすれば引き止められたのか。なにを言えば悲しませずに済んだのか。もう遅いのに、繰り返し考えてやまない。彼女と意見が食い違ったときにどうやって話をつけてきたのか、彼女が離れずに飲みこんできてくれたのか、わからなくなってしまった。
「わかった」と、ロクが頷いてくれる夢を毎日のように見る。目が覚めてそのたびに、ただの夢だったと知るのをもうやめたいのに、できない。
頭に浮かんできた彼女の顔を振りほどくみたいに、レトはかぶりを振った。それから、あらためてキールアの目を見て言った。
「お前に言わないといけないことを忘れてた」
「え? なに……?」
「ベルイヴの復活のときにはおそろく、デスニーも俺たちの前に姿を現す」
ロクのことで頭がいっぱいだったキールアは、ベルイヴ、という名前を飲み下すのに時間を使ってしまった。はっと目を瞬き、言葉を返す。
「ロクが言ってた、ベルイヴっていう神族の話……? どうして、デスニーも一緒だって……」
キールアから視線を外して、レトは、周囲を見回した。閉じた店の看板であったり、吹く風に踊る木の葉だったり、静かに佇む街灯だけが目に入ると、静かに告げた。
「キールア。お前にはもう話したから言っておく。──デスニーの呪いが進行してる。いまはまだ、なんとか動けるけど、そのうち俺は動けなくなる」
大きく目を見開いて、キールアは息を止める。彼女の二つに結わえた髪は、風にさらわれてさらさらと泳ぐのに、彼女の重心は重りのように固まってしまう。
「……」
「あと一年だ。来年の年の暮れまでにデスニーを殺せなかったら、俺は呪いで命を落とす」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.196 )
- 日時: 2025/11/15 10:49
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第178次元 刻一刻
頭ではわかったつもりでいた。けれど、呪いが進行しているとはっきり言われてしまえば、キールアは言葉にならない焦燥感を覚えた。
呪い、とは──たしか、レトヴェールの母も患っていたという命の期限を決めてしまう呪いだった。神族デスニーがレトにかけたその呪いは、期限が近づけば近づくほど、身体が衰弱していき、ついには命を落とす。キールアは、レトの母であるエアリス・エポールの様子を必死に思い出そうとしていた。記憶の中の彼女はいつも朗らかに笑っていたが、年を追うごとに瘦せ細っていった。キールアの母、カウリアは、エアリスがよくなるようにと薬を処方していたが、結局呪いの力には及ばなかったのか、彼女は亡くなったという。
ちかちかと目を瞬かせたあと、キールアは、声を震わせて言った。
「……それは……わたしが、どれだけ次元の力を使っても、遅らせたりすることが、できないんだよね」
「ああ。おそらくは」
『癒楽』の次元の力でも、治すことや進行を遅らせることはできない──そのはずだ。それができるなら、カウリアがとっくにやっているのだ。次元の力でも治せなかったから、カウリアはひたすらに調薬を続け、あらゆる知識を尽くして、友人を救おうとしたはずだ。
でも、救えなかった。力になれそうな手立ても思いつかない。そのもどかしさに胸を痛めたキールアは、しかし、自分よりもレトのほうがずっと苦しんでいく事実に直面して、つい本心を口走ってしまった。
「それじゃあ……レトくんがこの先、戦いを続けても、続けなくても、日を追うごとに苦しくなるなら、わたし……。た、戦ってほしく、ないよ」
エントリアでの戦いを終えて、首の皮が一枚繋がったような状態で帰ってきたレトはそして、謹慎の処分から解放されたと思えばさっそく隊服を着ていて、腰元には空の鞘をぶら下げている。キールアはそんな彼を見ていて、心配でたまらなかった。この先も彼が戦いを続けていくのなら、きっと心配と安堵を繰り返す。そして呪いが進んでいくにつれて心配のほうが嵩んでいくだろう。ならいっそのこと、彼が自ら危険な場所に身を置こうとするのを、もう止めてしまいたかった。
「キールア、それは」
「ほかの人に任せるじゃ、だめなの……? デスニーを見つけて、だれかに倒してもらって、それを待つじゃいけない? どうしても戦わなくちゃだめかな? ロクもいなくて、レトくんまでいなくなったら、わたし……生きていける自信がないよ……っ」
堰を切ったようにキールアは言って、すぐに、はっと顔をあげた。それから、レトがなにかを言う前に、慌てて続けた。
「あ……ご、ごめんなさい。わたしの、ことじゃなくて……。レトくんのことが……」
「わかってる。だから、そうならないようにもっと真剣にデスニーを探すよ。できるなら俺が奴とけりをつけたいからな。あのままで終わってやる気はない」
「レトくん……」
「あと、いなくなるつもりでもいない。そもそも……」
言いかけて、ふとキールアの目をまっすぐ見てしまったレトは、目を逸らした。そのまま踵を返し、歩き出す。
「いや、なんでもない。はやく帰るぞ。……いや、俺がお前を、呼びつけたようなものだったか」
「ううん」
キールアはふるふると、首を横に振った。もう背中しか見えなかったが、彼の纏う空気は冷たいばかりではなくなっていた。
作業場で援助部班員らともめたことがセブンの耳に届いて、レトの仕事は北の警備一本に絞られた。もとより現場の復興作業はほとんど終わりが見えていて、昨日で任が解かれる予定だったのでちょうど引き上げと重なったとも言える。が、各地の避難所での手伝いまで取り上げられたのは、どこにでも此花隊の隊員が配置されているためだ。セブンは、レトがまた騒ぎを起こさないとは信用しきれなかった。
「行動にはくれぐれも注意をするように」と再三釘を刺したが、レトはうんともすんとも返さず、横柄にも黙ってセブンの執務室をあとにした。
そうして執務室を出たあと、レトがつかつかと廊下を歩いていると、曲がり角からぬっと影が飛び出してきた。咄嗟が利かず、レトはその人影とぶつかってしまった。
自分よりも随分と背が高い影とぶつかったので、男だろうと思い顔をあげたレトは、目の前でおろおろしているその人物を見て目を丸くした。
背中を丸めて、心配そうにこちらを覗きこんでいたのは、真新しいめの黒い隊服を身に纏った女だった。
「す、す、すみません……! あのあの、ええと、どどどこかお怪我などは……!」
「してない」
きっぱりとレトが応えると、女は胸を撫でおろし、大げさに安堵をした。
レトは彼女の姿をまじまじと観察した。黒い隊服の着用を義務づけられているのは、副班長、班長、そして隊長補佐のうちいずれかの任を与えられている隊員である。隊長補佐はセブンが下りてから席を空けたままだ。つまり、戦闘部班以外の部班の副班長か班長だろうが、ハルシオ・カーデンを除く全員の班長の顔をレトは知っている。そしてハルシオは男という噂だから、つまりは副班長の者だろう。さらに言えば、援助部班も医療部班も絶賛大忙しでカナラを駆け回っている。こんなときに呑気な足取りで廊下を歩けるのは、実情をよく知らず動きの鈍い研究部班か──、とレトはそこまで考えて、あることに思い至った。
「あんた……研究部班の副班長か?」
「えっえっ、なぜお分かりに?」
「あそこの副班長の顔は全員知ってるが、だいぶ前にまとめて処分されたはずだから、新しい黒の隊服を着ているのは、そこで代替わりがあったからだと思って」
「…………ああっ!」
女はなにかにぴんときたらしく、大きな声をあげた。レトはその声に驚いてびくっと肩を震わせた。
「なんだよ」
「ああ、もしかして、あなたがレトヴェール・エポール様ですか!?」
さらに背中を丸めて、女は興奮した様子で、ずいと顔を寄せた。レトが反射的に身を引いて、ついでに気のほうも引いているのをまるで意に介さず、女は続けて謝罪の言葉を述べた。
「その説は、我々の部班が、ご迷惑をおかけして……」
「俺はべつになにも被ってないけど……」
以前、研究部班の旧副班長らが、次元師増加実験などという怪しい計画を進行し、そのうえさらに闇商人と手を組んだことが、戦闘部班の班員たちの調査によって明らかになった。隊には内密にしてそれを断行した三名の隊員は、責任を問われ政会へと送検された。最たる被害者は、実験によって身体の不自由を余儀なくされた元隊員らと、最後の被験者として手に入るはずもない帰らぬ父の力を渇望し、利用されていた少年ナトニ・マリーンだ。レトはどちらかというと、鼻につく物言いをしていたあの開発班の副班長を義妹が殴り飛ばしたので、それでむしろすかっとしたほうだ。
班長不在のまま副班長らも全員が席を空けてしまい、研究部班の内側は当時、それはもう大変に荒れていたらしい。そして急いで副班長の階位を任命された者のうちの一人が、この背が高く、頬にそばかすを散らした女、ユーリ・ファンオットだった。
ユーリは、暗い印象を受ける顔立ちに得意げな笑みを浮かべて言った。
「ですが、もうご心配には及びませんよ。もうじき、ハルシオ班長が長期の任務から帰ってこられるんです。きっと、我々、新たな副班長一同に、厳しく指導をしてくださるに違いありません」
(ハルシオ……)
優秀な研究者で、実力一つで班長の階位にまで登り詰めたと人づてに聞いているが、本人に放浪癖があるのか、はたまた人付き合いが極端に苦手なのか、なかなか表舞台に出てこない人物としてレトの中では印象づけられている。なぜか、東の森の奥深く、辺境の地にあるノーラ村にまで足を運んだこともあるらしいが──。
レトが黙々と考えはじめたところへ、ユーリが次に言葉を放つ。そのとき、彼の眉がぴくりと動いた。
「神族ハルエールは失踪してしまって、会えなくなってしまったので、彼は残念がりそうですが……」
「……会いたがってたのか?」
「あ……お、おそらく? ですが。ハルエールのことは、伝えなければいけなかったので、ひとまずお手紙でお知らせをしたんです。ああ、もちろん、ハルエールのことは最重要機密ですから、手紙には細工をしましたよ。特別な手法でしか読めないように……。そしたら、珍しく、半月も経たずにお返事がかえってきまして……! すぐにカナラへ向かうと。これはさすがの班長も、神族にはお目にかかりたかっただろうなと、勝手ながら推測を」
ユーリが早口でまくし立てているのを意識半分で聞きながら、レトは、心の内でかぶりを振っていた。反射的に反応してしまったがそもそも次元の力の研究者であれば、それと対成す神族に興味があってもおかしくはないし、研究者という生き物は興味関心で命を動かしているといっても過言ではない。
だから、ロクアンズに関心があるとは言い切れない──。そのはずなのに、どうにもレトは、胸中が落ち着かなかった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.197 )
- 日時: 2025/11/16 23:53
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第179次元 研究部班班長
見慣れない顔がカナラの仮拠点の門を叩いた。身分証を検めた警備班の班員は、珍しい人物を目の当たりにして思わず、身分証とその男の隊服とを往復して眺めてしまった。ぼんやりしていると、戦闘部班の班長室の場所を訊かれて、警備班員は慌てて答えた。そうして中へ促したあとも、建物の中に入っていって見えなくなるまで、鈍い銀の髪と細く高い上背を目で追いかけた。
物珍しげにしていたのは門番だけではなく、廊下ですれ違えば隊員たちはだれもが振り返った。
無理もない。隊服に金の胸飾りを提げているのは隊長と副隊長を除き、四部班の長を務める四人の班長のみで、そのうちの一人だけ顔を知らないという隊員の数は圧倒的に多い。
ほとんど足音を立てず、さながら幽霊のように静かに書斎を目指していると、階段の踊り場で二人の人間が話をしているのをちょうど見かけた。
「エントリアにやってきた二人に挨拶をしたあとですが、こちらも注意深く観察をしていました。ニダンタフ班長から厳しく監視せよと言いつけられておりましたから。しかし、にわかには信じがたいのですが……目撃した班員によれば、「さきほどまでフィラ副班長と会話をしていたのに、忽然と姿を消してしまった」と。まるで煙に巻かれたかのような、不可思議な光景をたしかに見たと強く発言しております」
「フィラ副班長から直接聞いた内容と相違がないということだね。彼女が逃亡を手伝ったかと思ったけれど、君たちが見ていてくれたのなら、違うだろう。もっとも、心情を操る能力が君たちのあずかり知らぬところで行使されていれば、だれも真相は掴めないが……これについての言及はよしておこうか。君たちは引き続き、エントリアの警備と巡回を。まだ元魔がいる気配はあるかな」
「いいえ。半融合した飛竜の元魔を見たのが、最後です。それからは、まったくありません」
「わかった。報告ご苦労様」
「は。持ち場に戻ります」
胸飾りのない黒色の隊服を着ている副班長らしき男が、一度礼をして下がる。階段を下りてばっちりと目が合えば、その目をまん丸にして、副班長の男は階段の途中で足を止めた。その脇をすり抜けて昇っていくと、足音に気がついたセブンが顔をこちらに向けた。
「……これは。本日ご到着でしたか。お久しぶりです、ハルシオ・カーデン班長」
「はい」
「立ち話もなんですから、私の執務室までご一緒願えますか。この屋敷の書斎の一つを借りていましてね。あくまでも仮の拠点ですので、片づけはあまり……まあ、私は、もともと片づけが苦手なものでして。エントリアの本部にいたときから執務机周りの様相は変わっていなくて、逆に落ち着いていたりして」
セブンは手帳をぱたりと閉じ、ハルシオとともに一階へと下った。当たり障りのない話をしながら書斎へと向かっていくセブンの半歩後ろを、ハルシオは静かについていく。
拠点内では隊員が小走りになって歩いていて、多くの隊員と何度もすれ違う。見ていればだれもが、早口で用件を伝えてはすぐ姿が見えなくなる。のんびりと静かにしているハルシオは場違いなようで、つい口を開いてしまった。
「お忙しいところに立ち入ってしまい、申し訳ありません。監督者として私が不出来ですので、ファンオットには大分不便をかけています。彼女にはどうか、ご容赦を」
「ああ、ユーリ副班長ですか。彼女はよく働いてくれていて、こちらも助かっていますよ。カナラとエントリアを一日に何度も往復しているそうで、大変研究熱心な部下だとお見受けしました」
「それは、喜ばしいことですね。本人にも、伝えておきます」
「はは。ええ、ぜひ」
書斎に案内したあと、お茶の用意のために外したセブンが部屋に戻ってくると、ハルシオが腰もかけずにまだ入り口の近くでぼうっと立っていた。部屋の中央には長机とそれを挟む革製の腰掛けとがあるので、セブンはそこへ座るよう促し、机の上に茶器を並べた。
まずは固い空気を砕くべきかと、セブンは世間話をするかのような柔らかい物腰で話題を振った。
「近頃、研究のほうはいかがですか。たしか……五年前に本部でお会いしたときには、次元の力とその扉の実態について調査中だとお話されていましたよね。それと、半年ほど前だったかな。定例会で提出された報告書に目を通しましたが、随分と興味深かった。次元の扉は、それぞれが互いに繋がりを持っているとか」
「ええ」
「差し支えなければ、現在の詳しい研究状況をお聞きしても?」
セブンも向かいの腰掛けにもたれて、淹れたての紅茶を口に含んだ。目の前のハルシオが、茶器のふちで唇を濡らすくらいに小さな一口を嚥下する。
「構いません。わかっているのは、次元の力同士が、共鳴性を持っている可能性があるということです。次元の力というのは当人以外には扱えません。個人が持つ元力の質と、次元の力とが一本の糸のように結びついているためです。しかし、元力の質、というのは……その本質は、物質であるのか概念であるのか、どちらとも言えません。開発した通信具に使う元力石……つまり高濃度な元力質は、次元師当人と血の繋がりを持つ者でも、扱える。これについて私は、血縁の結びつきが条件だと考えていましたが、最近の調査で、それだけではない可能性が新たに浮上しました」
「というと?」
「訪れたある農村で、血の繋がりのない二人の次元師に出会ったのです。一人は村の生まれで、もう一人は外部からやってきた旅人の息子でした。彼らは、幼いときから次元の力を磨き、互いに高め合ってきた。一人は八元質の一つ、風を自在に操る『風皇』を持ち、もう一人は『凪槌』と呼ばれる槌を扱います。ある日、村の畑を狙ってやってきた大猪を退治しようと二人が畑に出てきました。しかし、風を操る次元師は、体調が優れなかったのか、後ろに控えていました。そうして、槌を持った次元師が技を振るいかけたとき。『凪槌』に奇妙な風が巻きついたのを見ました。風の次元師は技を発動していないのに……まるで、二つの次元の力が、合わさったかのような光景だった」
「……他者の次元の力に、自らの次元の力が影響したと?」
次元の力が、ほかに干渉する──とは、セブンも聞いたことがなかった。もたれていた背が自然と伸びて、彼は気づかないうちに前のめりになっ真摯に耳を傾けていた。
ハルシオは頷くとも、首を振るともせず、淡々と続ける。
「私は、他者の意思が、自らの意思と重ね合わさり、それにより"各々が持つ次元の扉が互いに向けて開かれたのではないか"、と考えています。次元の力は、意思ひとつで生まれて、意思ひとつでいかようにも変化する。しかし、意思にも質がある。すこし逸れればすれ違う。元力石の話に戻りますが、この意思は、血縁者であればあるほど、生活環境、社会の見え方、思考の持ちようが似てくるがゆえに、合わさりやすく、元力石にも意思が通りやすい。ただそれだけではなく、纏う雰囲気や胸に持つ意思が似た者たちが揃うことでも、元力は互いに共鳴する」
「それによって、次元の力の強化は期待できそうですか」
「まだ、そこまでは。しかし、村にいたその二人の次元師にはもちろん師たる人間もなく、まだ十二ほどの幼い少年でしたが、繰り出された技の質は少なくとも、五元の階級を満たすほどだったかと」
「訓練をしていても五元の階級に辿り着くには時間がかかる。二つが合わさったことでより大きな力へと変化をしたのなら……我が戦闘部班の次元師たちも、まだまだ力をつけられるわけだ」
セブンは笑って、小さく頷いた。
「ありがとうございます。あなたの研究が、ひいては彼らの成長にも繋がっています」
「最前線で戦い、日々次元の力の可能性を開いていく次元師たちに比べれば、私のしていることなど、微々たるものです。先日の、エントリアでの戦いについては、話を伺いました。犠牲者は多く……しかしながら、神族に立ち向かってくれた次元師たちが、一人として欠けていないこと、大変喜ばしく思うとともに、彼らの強さに敬服するばかりです」
ハルシオはいっぺんも表情を変えることはなく静かな声色でそう言った。細身で背が高く、物静かな彼は、見た目から受ける印象でいうと人を寄せつけない雰囲気を持っているが、言葉の端々から上品な丁寧さが伺える。セブンは、以前彼に会ったときには、貴族の生まれかと勘違いしそうになった。鈍い銀の髪やその色の瞳自体はそれほど珍しくないので、見た目からでは出身地が推測できなかった。挨拶のついでに生まれはどこなのかと訊ねてみたら、聞いたこともないような山の奥地の、傾いた家の軒下にうじゃうじゃと蛇が湧くような小さな集落──とも呼べるか怪しいほどの過疎地──の生まれだと答えられた。セブンは、ベルク村もたいして変わらなかったような記憶を思い出して、勝手に親近感のようなものを覚えていた。
話をすればするほど、貴族を相手にしているかのような気品があるのに、まるで天然の植物かのような素朴な男でもあるとわかって、セブンは大分彼に興味を持っていた。それに、此花隊でもっとも華がある研究部班の長でありながら、滅多に人前には姿を現さず、知識をひけらかす素振りもない。そういった透明度の高さにも惹かれていた。
──この男にならば、もしかしたら。
セブンは紅茶に口をつける間にあることを考えて、茶器を受け皿に戻すと、立ち上がった。執務机まで歩いていった彼は、振り返らないまますこしだけ声を落として、ふいに切り出した。
「ハルシオ班長。お伺いしたいことが」
「なんでしょうか」
「"空白の歴史"について研究されたことは」
二百年前の、神族の顕現と襲来──その真相について"不自然なほどに手がかりがない"ことから、神族に関する歴史の研究者たちはそれを「空白の歴史」や「開かずの真相」などと呼んで、それを解き明かそうと今日もメルギース各地を歩き回っている。
ハルシオも研究者だ。次元の力だけではなく、神族の歴史に手を出したこともあるかもしれない。思った通り、彼は小さく頷いた。
「多少は。研究者ならば、だれもが一度は手を出す分野かと思います」
「であれば……この本の内容の信憑性を検めていただきたいのです」
セブンは執務机の引き出しから、紐で留められた分厚い紙束を取り出すと、それをハルシオから見えるように持ちあげた。
「それは?」
「神族ハルエールが書き記した、二百年の歴史についての文書です。彼女は、ここにすべてを書いたと言っていた。しかしながら、我々は空白の歴史についてまったく見識を持っていません。安易にこの文書に目を通せば、内容に引っ張られる可能性があり、正誤の判断がつかない。だから、この次元研究所の研究部班の班長であるあなたに、これを任せたいと考えています」
「……」
紙束を片手に持ち、セブンはハルシオの向かいの腰掛けに戻ってくる。そして紙束を長机の中央に置いた。
「ただし、二度目になりますが、くれぐれも内容の取扱いにはご注意ください。引き受けていただけますか」
「わかりました。少々、宛がありますので、またご報告をいたします」
ハルシオは承諾して、紙束を受け取った。彼が手に取って、それの表紙を眺めているのを見つめながら、セブンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「ハルエールについては、申し訳ありません。あなたと会話の機会を、と思っていたのですが、つい先日任務中に失踪してしまい。捜索を続けていますが、足取りが掴めていません。お恥ずかしい限りです」
「……左様ですか。それは、残念です。ならば、彼女が残したという、この文書と対話をすることにします」
そう言って、ハルシオが腰掛けから立ち上がったので、セブンも合わせた。部屋の扉の前まで向かいながらセブンは訊ねた。
「しばらくはカナラに滞在を? ご要望があれば私に言ってください。すぐに用意を」
「ああ、では……。レトヴェール・エポールという少年はどちらに」
セブンは足を止めかけたが、目をしばたくだけに留まった。そして部屋の扉を開けてから答えた。
「レトヴェールなら北部の巡回を任せています」
「巡回?」
「ええ、近頃は元魔の発生が相次いでいましてね。神族クレッタの影響かと思いますが。そのためいま、街の各地に次元師を配置しています。いろいろあって人員不足なので、畏れ多くも、副隊長まで現地にいらっしゃいますよ。各地で宿の一室を借りていて、そこで休息をとらせていますので、その宿でお待ちいただければ早く会えるかと」
「そうですか」
「ただ、いまは……。少々、彼の気が立っていましてね。あなたに対して失礼な態度をとるようなら、ご報告ください。しかるべき処分を下します」
言ってから、退室を促したつもりだったが、ハルシオは開けられた扉の前で立ち止まってしまった。
不思議に思っていれば、ハルシオが口を開いた。
「セブン・ルーカー班長、街の巡回はおそらくもう、必要ありません」
「? それは……」
「正確には、人員を減らしても問題ありません。近頃、街に発生していたという元魔は、エントリアでの戦闘の際に生み出された産物。その生き残りでしょう。新たに元魔を生み出す余力があるのなら、すぐにでも我々に向かってくる。クレッタは、そういう性質を持っている。そうしてこないのは、クレッタがすこしも力のない状態だからです。生き残りの元魔を探しだし、駆除できる次元師が二人ほどいれば十分です。では」
ハルシオはそれだけ告げると、扉をくぐって出て行った。セブンは考えを巡らせていたのと、呆気に取られたのとで、見送りの言葉を失ってしまっていた。
──彼の言う通り、カナラで飛竜の元魔が一体、エントリアで二体、大きな個体が発見されて以降は、まったく発生していない。さらには、脅威になり得ない小さな個体であれば何件か報告があがっているが、それも日を追うごとに減ってきている。ここ十日ほどは、ぱったりと目撃が途絶えている。
(ハルシオ・カーデン……。次元の力だけでなく、──本人が会ったこともないであろう神族の性質まで断言するとは……)
託した文書にどのような見解を添えて返してくるのか、セブンは珍しく、読み切ることはおろか想像することもできず、かえって期待の念が膨らんでいた。
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