コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/10/26 21:10
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜第175次元 >>176-193
■第2章「片鱗」
・第176次元~ >>194
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.183 )
- 日時: 2025/08/15 19:05
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第165次元 海の向こうより
「しっかしまあ、いろいろあったんだろ。あのあともよ。知らねえ家にいるみてえだし……。なにがあったか、かいつまんで教えてくれねえか」
そう訊ねられると、ガネストは、はっと表情を引き締めた。寝台の傍にあった丸椅子に腰を落ち着かせると、メッセルに事のあらましを伝えた。メッセルは東の都サオーリオでの【IME】との戦闘中に意識を落としたため、【CRETE】の存在や能力、エントリアへの進行と壊滅状況──そしてロクアンズの正体を聞くと、心底驚いていた。無理もない。たった数日の間に、あらゆる出来事が起こりすぎていた。
状況を伝えながら、ガネストはメッセルが目を覚ましたことをキールアに知らせなければと考える一方で、あることを思い返していた。
「メッセル副班長。ひとつ、お伺いしたいことが」
「なんだ?」
「ベルイヴ、という言葉に聞き覚えはございますか」
メッセルは片眉をあげて、さらに首を傾げた。その表情からも、とんと思い当たる節がない、と言いたげなのが伝わってくる。
「さあな……知らねえなあ。音の感じは、メルギースかドルギースの言葉か? なんだその、ベルイヴってのは。どこで聞いたもんだ」
「時間の神【IME】が、一時の間だけ、正気に戻ったんです。そのときに口にしていました」
『人間、様。どうか。どうか……』
『【信仰】……ベルイヴ様を……──』
「……【信仰】っていやあ、どこかで聞いたな」
「天地の神【NAURE】が、死に際に放った最後の言葉が、『【信仰】を殺せ』だったと、第一班が報告をあげていました。つまり……」
「新たな神族の名前か」
ガネストは、腿に両の拳を乗せて、神妙な面持ちで頷く。話していると、すうすうという寝息が聞こえだした。ルイルが、メッセルの毛布にしがみついたまま、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「お姫さんにも、心配かけちまったな」
赤く滲んだルイルの目元と、それから彼女を起こしてしまわないように、指先だけで桃色の髪を撫でるメッセルの横顔を見て、ガネストはおもむろに立ち上がった。そして深々と頭を垂れ、言った。
「メッセル・トーニオ副班長殿。お詫び申し上げます。僕は、誤って貴方の胸を撃った。貴方はそれゆえに重体となってしまった。これについて、上への報告は済んでおります。本当に、申し訳ございませんでした」
謝意の言葉を述べるだけで許される問題ではない。ガネストはそれを重々承知で、出兵経験がないものの重く受け止めていた。神族との会敵中に、故意でなくとも上官の胸を撃ち抜き、生死を彷徨わせてしまった責任はとるべきだ。いかような罰も受けるつもりだと、セブンには意思表明をしているが、ガネストの立場もあって処分を下しづらいのだろう。報告書をあげてくれとだけセブンは言っていた。しかし、責任感の強いガネストは、それだけでは到底、くすぶる胸の内を冷ますことができなかった。
だから当のメッセルの口からでもいい。苦言を呈してほしかった。
「じゃあもう外すんじゃねえぞ」
低く、威圧的なメッセルの声に、ガネストは、びくりと肩を震わせた。心臓がどくどくと脈打ちはじめる。とっくに構えてあったとしても、ガネストとてまだ齢十五ほどの少年である。どきどきしているのが悟られないように、表情を噛み殺して、ガネストは、次に放たれるであろう厳しい処断を待っていた。
「でもお前さんも姫さんも生きてる。すげえことじゃねえか。こんなありがてえことは、ねえ。なあガネスト、よくやった!」
打たれたように顔をあげると、ころりと明るい声色になっていて、心の底から嬉しそうに破顔するメッセルの顔が視界に飛びこんできた。
「俺あ、褒めてやりてえ。いいや、褒めるぜ。たいしたもんだなあ」
もう片方の空いた手で、ガネストの頭が左右に揺れるほどにがしがしと撫で回す。固く構えていた身体も、心も、無理やりにほぐれて、ガネストは自身の感情を理解するのに遅れてしまった。傷つけて申し訳がなかった。失敗して悔しかった。ルイルを守ったのは貴方だった。なのに、笑う。笑って、身に余るほど十分に褒めてくれる。正しくないとわかっていても、ガネストの心の底に、ほんの少しの嬉しさが湧いた。ガネストはまた悟られないように、表情を噛み殺して、緩みそうになる口元をぐっと結んだ。
「コルドのヤツだったらお前さん、もう何刻もかけて、説教垂れられてたぜ。あいつぁ、固いからよお。俺でよかったなあ」
「はい」
「はは! 素直か!」
ほっと肩の荷が下りると、メッセルの力強い撫で回しを甘んじて受け入れた。
ガネストは、メッセルの声でルイルが起きてしまうのではと心配した。寝台に突っ伏す彼女を見やると、深く眠ってしまったのか、起きてくる気配はない。ガネストには、もうひとつ、メッセルに話しておきたいことがあった。
上着の内側に手を差し入れたガネストは、折りたたんだ一枚の紙を取り出した。街の果物屋が渡してきた紙切れだ。メッセルはまた片眉をあげて、それを見つめた。
「なんだ? 紙切れなんか出して」
「急遽、帰還命令が出されました」
すぐにはピンと来なかったメッセルだったが、紙切れとガネストを交互に見やると、合点がいったらしい。目をまん丸にして、ああ、と何度も頷いた。神族の調査でサンノを訪れると、ガネストは現地に滞在していたアルタナ王国からの使者と連絡を取っていた。ガネストがいま手に握っている紙切れも、カナラ街の使者から渡された王国からの通達状だった。しかし内容は、定期的に交わされる業務連絡ではなく、至急の帰還命令だったのである。
「……本当か? なんだ、どうしたって?」
「陛下の容態が悪化して、ご危篤の状態だと……」
ガネストは念のため小声で言った。それを聞くと、メッセルはまた何度も首を縦に振って、深刻な面持ちになる。
「そいつは大変だ。……って、お前さん、なんて顔してる?」
顎をさすっていたメッセルが、ふとガネストの顔を見て、手を離す。ガネストの表情は薄青くなっていてた。自国の王の身に危険が訪れていると聞けば動揺するのも無理はないが、それにしたって、ガネストの目には不安や恐れ以外の色が複雑に入り混じっていた。どこか納得がいっていないようにも見えたのだ。
(本当に、陛下が重篤なために呼びつけられたのだろうか)
ある予感が静かに寄せては返してを繰り返し、ガネストの頭の中に、小さなさざ波を起こしていた。
黄金でこしらえた玉座へと伸びる緋色の絨毯に膝をつき、深々と頭を垂れるのは、浅黒肌の青年だった。青年の身なりはしかしだれから見てもひどく小汚く、着のみ着のまま畑仕事にでもやってきたような気軽さで、絨毯の深い赤色にも、白亜の壁や床にも、まるで溶けこんでいない。青年は後ろ手に縛られ、彼を挟んで脇には二人の兵士が厳かな面持ちで立っている。
青年は、深縹色の長い前髪から、気力のなさそうに垂れた目を覗かせ、しかし目の前の玉座の脇に控えるやんごとなき人物の姿を見ないように注意して、口を開いた。
「……王女様、それで、俺だけをここに連れてきたのは……」
「無礼者。貴様の前におわしますのは、ライラ子帝殿下である。仲間の命が惜しければ口を改めろ、賊めが」
「子帝殿下。殿下のお望みは」
青年の脇に控えた兵士の一人が、強い口調で諌めたものの、青年の態度はあまり変わらなかった。緩やかに言って、目の前の人物の発言を待つ。
空の玉座の傍らに立つライラ・ショーストリア──アルタナ王国で次期国王となることが約束された第一王女が、愛らしい桃色の瞳をじつに鋭く光らせる。
「私から貴方への要求はただ一つです。この命に背けば、捕らえた仲間とともに、貴方の首も刎ねましょう。これを無事果たした暁には、貴方がたを解放すると約束いたします。ただし、盗賊団「銀の爪痕(ぎんのつめあと)」は、どちらにせよ解体を命じます」
青年は甘んじて受け入れるほかなかった。盗賊団の一味として、海沿いの町で幅を利かせていた貴族の男と手を組み、利益を求めすぎたばかりに町の住民から巨額の金品を騙し取ったその行為が運悪く国王直下の軍兵に見つかってしまった。貴族一家は資産を取り上げられ没落し、また協力した盗賊団「銀の爪痕」は総員が捕えられ、王城の地下牢で処罰のときを待っている。ただ一人、浅黒の肌に深縹色の髪をした"次元師の青年"を除いて。
ライラは小さく息を吸うと、間もなく、青年に命を下した。
「我が妹にして第二王女ルイル・ショーストリアの傍らにいる神族ロクアンズを討ち取り、その首を私の前に差し出しなさい」
かつて最愛の妹を、かの手に託したときの柔らかな面影はもうどこにもなかった。澄み切った冷徹な目をして王女は言い放つ。
やがて、次期国王からの直々の命を受けた盗賊あがりの青年は、──目的のために青い海を越える。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.184 )
- 日時: 2025/08/17 19:31
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第166次元 次から次へと
"大事なことを書く"と言っていた通り、ロクアンズは日がな筆を握って、与えた大量の紙束になにかを必死に書き綴っていた。それに、多めにほしいと要求された理由もわかった。何日経ってもロクの筆が止まらなかったのである。件の"大事なこと"は、どうやら紙の一枚や二枚に収まる話ではないらしい。そろそろ底を尽くのではないかと、コルドは追加の分の紙を探しておいたほどだ。
若草色の長い髪を床にべったりと貼りつけて、真剣そのものの目をして筆を走らせる彼女に、暇を持て余した赤髪の青年が茶々を入れる光景も見慣れてきた頃だった。
大量の紙の海に身を委ねるロクと、顰めっ面で座ったまま目を閉じている青年が、それぞれ眠りはじめてから幾刻かが経過する。
夜も深けてきてうっかり意識を落としそうになったコルドの首筋に、突然、ひやりとした殺気が突き立った。振り返る間もなく、コルドの意識は一瞬にして大きくぐらついて、その場に倒れこんだ。
彼の首筋には強力な麻酔針が打たれていた。
音もなく、何者かが牢の鍵をコルドの腰元から取り外す。それで中央の牢の錠をすばやく解くと、不要になった鍵を床に置いた。
牢に入ると、紙の海に囲まれた標的が、あどけない顔で寝息を立てていた。懐から、静かに短刀の刃を覗かせる。逆手にして、柄をぐっと握りこむと、標的の細い首を目がけて勢いよく振り下ろした。
──が、手首を掴まれる。
寝転がったまま、迫ってきた浅黒肌の手首を制し、ロクは左目を開いた。
「誰?」
「……!」
浅黒肌の人物──アルタナ王国から遣わされた盗賊団一味の男は、すかさずもう片方の手を、腰元に下げた刀袋に伸ばした。そして目にも止まらぬ速さでもう一丁の短刀を抜く。しかしロクは下腹部に力を入れて、膝を跳ねさせた。すると短刀は膝に打たれて飛んで、カランカラン、と音を立てて部屋の隅に落ちた。ロクは男の空いたほうの手も捕まえて、ぐぐと押し除けながら上体を起こす。
ちらりと牢の外を見やれば、コルドが昏倒しているのがロクの目に入った。
「……コルド副班に、なにしたの?」
「眠ってもらった。用があるのは、アンタの首だけだ。……心当たり、あるだろ」
緊迫しているわりに悠長な言い方で、男はロクに迫った。
ふいに、先日の赤髪の青年の言葉が脳裏に蘇る。『すぐに国中から矛先が向く。てめえを殺そうと動きだす! すぐにだ!』──当然だ。ロクだって、此花隊の一員として神族を捜し出すために赤い目を追っていた。その標的が自分になるとはまさか思っていなかっただけだ。
ロクの両手両足に電気が走る。猛烈な電力が伝うと、鎖はたちまち音を立てて砕け散った。ロクは、男の土手っ腹を蹴りあげるとともに男の手を離し、そのまま開いた牢の扉をくぐり抜けていった。そのとき、床に落ちた牢の鍵束を蹴った。鍵束は隣の牢の前まですうっと滑っていった。
牢を出て、長い廊下を曲がり、地上への階段を駆け上がっていくロクの背中を追いかけて、男もその場を離れた。
「んん……ん?」
騒ぎが遠のいてすぐ、赤髪の青年が眉をぴくりと動かした。目を覚まし、きょろきょろとあたりを見回した彼の目に、倒れている見張りの姿が映る。そして、牢の前に落ちているものを見て、しっかり覚醒した。
「……! おい、鍵落ちてんじゃねえか! 見張りも寝てるぜ。よくわかんねえけど、しめた!」
鉄格子の隙間に手首を通して、なんとか鍵束を牢の中へと持ちこむ。歯で鍵を噛みながら一つ一つ試して、やっと鍵穴に合うものが見つかると、手枷が解けた。足枷の錠も解いて、青年はやっと身軽になり、機嫌よく鼻を鳴らした。倒れているコルドの身体を飛び越え、青年も地下牢から飛び出していった。
屋敷の外に出ると、すっかり真夜中で、橙に色づく街灯と酒屋の玄関にかかる提灯だけが街路に灯りを落としていた。また、屋敷周辺の見張り番の警備班班員たちは軒並み伸びていた。おそらく、いま後ろから追ってきている男の仕業だろう。ロクは建物の屋根の上を走りながら、ちらりと後ろを振り返った。
そのとき、びゅ、とロクの耳の横をなにかが通り過ぎた。あとすこし首を捻るのが遅かったら、頬が深く裂けていただろう。いまのは、まるで先端を尖らせた鏃のようなものだった。ロクは眉をしかめ、警戒を強めた。
「……まあ、あんなので、止まるわけないか」
男は淡泊な声色で独り言ちると、目深にかぶっていた外套の頭巾の端をつまんで、首の後ろへやった。夜闇とそう変わらない深縹色の髪の先が、首元のあたりで靡く。青年だが、赤髪の青年とはまた違って気力のない垂れた瞳が橙色で、風が吹いていなければ長い前髪に隠れてしまうだろう。
彼は遠のいていくロクの背中から目を離さず、ゆっくりと腕を持ちあげ、そこにまだなにもないうちに姿勢を作りあげた。
「次元の扉、発動」
そして詠唱さえ、ほとんど縦に開かない口の隙間からわずかに息を拾うだけだった。
「──礒弓」
虚空から突如現れた"弓"が、すでに整っていた青年の姿勢にぴったりとはまる。青年はそのまま、立て続けに詠唱した。
「六元解錠──"三閃矢"!」
唱えれば、青年の指と指の間に光の粒子が寄り集まり、それが"三本の矢"となり放たれた。鋭利で素早い殺気が迫ってきて、ロクは驚く間もなく、なんとか咄嗟に身をねじったが、躱せたのは一本だけだった。二本の矢が、ロクの脇腹を貫通する。ロクは体勢を崩して、ふらふらとたたらを踏んでしまい、ついには屋根の上から転落した。
しかし、街路に身体を叩きつけたロクは立ち上がる暇さえ与えられなかった。すぐさま、たたん、とまたロクの足元に矢が突き立つ。次から次へと放ってくるつもりだ。ロクはほんのすこしだけ、考えた。ここで次元技を使って応戦すれば、雷鳴が響き、騒ぎになりかねない。静かな夜更けだ、なおさら目立ってしまうだろう。
(それに……──)
ロクは、立て続けに放たれる矢の雨をかいくぐり、脇腹に刺さった二本の矢を引き抜くと、くるりと足の向きを変えた。そして東の方角に向かって逃げだした。
「……まだ逃げるのか。雷を使うなら、遠距離戦もできると思うけど……まあ、いいか。どうでも」
青年は視界が不自由そうなわりに目が良く、夜目も利く。盗賊団の団員に野生の獣の肉を食わせる役目だった彼は、どんなに小さな野兎の背中も見失わない。青年もまた、東に向かっていった。
「は~! 空気がうめえなあ! 地下は最悪だった。やっと自由だ!」
軽快な足取りで建物の屋根を跳び超えては、街路に着地し、軽やかに駆けていく。赤髪の青年は水を得た魚のように生き生きとした身のこなしで、自由になった身を謳歌していた。とはいえ、ロクを殺害するという目的は、まだ果たせていない。それがふと脳裏によぎると、またつまらなさそうに舌打ちをした。
どうしたものかとぼんやり思考しながら、屋根の上に跳びあがったそのときだった。すぐ目の前に、しゅたっと人影が降り立って、それがロクだとわかると青年は背中を仰け反らせた。
「うわあっ、てめえ! 急になんだよ! 追いかけてきたのか!?」
「しーっ。あまり大きな声を出しちゃだめだよ。ここはまだ、住宅地だから」
「んなもん気にしてなんになんだよ」
赤髪の青年は、不機嫌そうに眉をしかめる。真面目な顔をして言うロクから目を逸らして、さらに大きなため息をついた。
「なんだ? わざわざ俺の前に出向いてきて、戦おうってのか。上等じゃねえか。どの道、てめえを殺さなきゃなんねえからな!」
「お願い、協力してほしいんだ」
「……はあ?」
思わぬ発言が飛び出したので、青年も思わず素っ頓狂な声をあげた。しかしすぐに、ロクが抑えている脇腹から流血しているのに目がいって、それから後ろを振り返った。暗いせいもあって見えづらかったが、遠くで不審な人影が動いていた。こちらの動向を伺っているようだ。赤髪の青年は口の端をあげた。
「はーん。なるほどね。俺の言った通りだろ? あんなのが、これからうじゃうじゃ湧くぜ。はは、いい気味だな! そうだな、お得意の電撃でどうにかしたらどうだ? 第一、てめえの言うことを俺が素直に聞くと……」
ふらりと手を振っておどけて見せた赤髪の青年は、そのときぴたりと動きを止めた。
底知れない殺気が、胸に刃を突き立てるかのように、肉薄する。ロクの目を見ればさらにぞっとして、途端に肌が粟立った。
赤髪の青年はこれをよく知っている。集団の中でもっとも強い力を持った動物が、ほかのものを従えようとするときに発する威厳と圧力だ。政会で飼っている、かの力のある次元師もこうして奴隷たちを威圧するのだ。
「……は、やっぱり、てめえも"そっち側"じゃねえか。力で相手を威圧して、言うことを聞かせる。大人しいフリをしちゃいるが神族は神族だ。腹の底では、自分より弱い人間を見てほくそえんでるんだろ? 性格が悪いな」
強がりからか、文句を言うのが止まらない赤髪の青年の頬に、つうと汗が伝う。いよいよ逃げ場を失ってきた彼は、観念したのか、悪態をつきながらもロクに訊ねた。
「チッ。で、協力ってなんだよ。あんなの、てめえ一人で追っ払えやいいだろうが」
「違うよ」
静かに返したロクは、東の方角へと視線を促し、それから、エントリアの街を指さした。
「──エントリアに元魔がいる。しかも、早くしないと、大変なことになる」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.185 )
- 日時: 2025/08/24 20:25
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第167次元 徒党
赤髪の青年は、ロクアンズの指の先につられて、東の方角を眺めた。深い森を超えると、その先にはいまや無人と噂の旧王都、エントリアに続く。青年の感覚ではしかし、静かな夜風が通りすぎていくばかりで、気配もなければ生き物の鳴き声も聞こえてこない。
「いるか? 俺は、元魔退治なんかしてねえから、気配とかよくわかんねえんだけど」
「いる。いたんだ、クレッタたちが来てから、去ったあともずっと。おそらく次元師でも感知できないほど小さい個体だった元魔たちが、ここ数日で共食いを繰り返していたんだよ。このまま野放しにしてしまうと、個体は徐々に大きくなって、また飛竜に……それ以上の、もっと危険な存在に成長してしまうかもしれない」
エントリアの街に残された元魔の残党たちは、ラッドウールが対処に回っていた。クレッタが姿を消してからもしばらくはそうだったのだが、感知と視認ができた範囲には限界があった。ラッドウール自身も気づかなかった、ごく矮小な元魔たちが、荒廃した街の影に隠れて蔓延っているのだ。それらが互いに吸収し合って、気配が肥大してきたのが今夜だったらしい。外へ出たロクは、夜風に乗って流れてくるその徐々に大きくなる元魔の匂いに気がつくことができた。
たくさんの小さいもの同士が融合するのには時間がかかるが、だいたい人間とおなじくらいの大きさになったいくつかの個体がさらにまた互いを喰い合えば、そこからの成長速度は各段に跳ねあがる。
「だからその前になんとしても食い止めないと」
「じゃあ、この前みてえに、ぱっぱとやっちまえよ。一人でも問題ねえだろ」
「そのときは蛇を扱う次元師の人がいたでしょう? それに、近くに一般の人間がいる場合、一人で対処するのは難しいよ。いまエントリアには、警備班が配置されているだろうからね。私たちは互いに魔法型だし、コルド副班やフィラ副班みたいに攻撃と捕縛のどちらにも特化しているような次元師じゃない。だからここは協力して、警備班の人たちを守りながら元魔の討伐をする」
「……。は?」
「とにかく、ついてきて!」
ロクはそう言うと、エントリアの方角に足を向けて、颯爽と駆けていった。赤髪の青年はほんのしばしの間だけ放心していた。力を持った神族の女が、なぜ協力をしたがるのか、青年は不思議でならなかった。一人で戦えばいいものを。次元師には力があるのだから。それをしないのは、ほかの人間と徒党を組んで戦おうとする此花隊の意思なのかもしれない──そこまで考えたのだが、青年には致命的に欠けている感覚があって、途中でぷつりと思考が途切れてしまった。
(人を守りながら……戦う?)
立ち尽くしているうちにも、ロクの背中はどんどん、夜闇の向こうへと遠のいていく。青年はかぶりを振って、見失う前にその背中を追いかけた。
「……クソ! おい待て、神族女!」
ロクが、見知らぬ赤髪の青年と合流したかと思えば、東へ向かっていくのを、盗賊の青年は瓦屋根の上から静かに見下ろしていた。
"雷装"──八元質の次元技の一つ、"魔装"は、不定形の次元の力をその身に纏う。元力が底をつくか、解除を行うまで効果は継続される。ロクは"雷装"を発動し、電気によって全身の筋肉を刺激することで、目にもとまらぬような速度でエントリアまでの道のりを──深い森の中を疾走した。しかし、ロクが森を抜けて、エントリアに到着したときには、すでに事態は悪い方向へと駒を進めていた。
秒を過ぎるごとに、元魔の匂いは色濃く鼻をつき、門の外にいてもだいたいの居場所が推測できた。街の西側から、夥しい気配が漂っていた。
エントリアはいま、東西南北すべての門が封鎖されている。街の中へ入るには、警備班に申告して開けてもらうか、見つからないように城壁を超えるか、もしくはいま城壁の再建中で忍びこみやすい東門から入るしかない。
警備班に申告するのが正攻法なのはわかっているが、ロクの素性は、すでに全隊員に知れ渡っている。地下に幽閉されているはずのロクが外を出歩いている時点で、警備班の班員たちはロクを訝しむかもしれない。すんなりと通してもらえるとはすこし考えにくく、説得するのにかえって手間取る可能性がある。高い城壁を超えるのも、現実的とはいえない。残る東門からの侵入がもっとも時間がかからないのではないか、とロクは踏んでいた。西から東へ回りこむのだって、"雷装"を使っていれば時間はかからないのだから。
ロクが思った通り、再建中の東門は綺麗に積み重なった瓦礫の山が点々と鎮座しており、作業用具や、それを載せた台車、天幕なども張られていて物々しい。身を隠す物影はいくらでもあった。何人かの見張り番が起きていて、薪に火をくべながら談笑しているのみで、人の動きはほとんどないに等しい。見張り番たちの視界に入らないように、慎重に門をくぐり抜けた。
膨れあがっていく元魔の気配をまっすぐに目指して、無人の街の中を駆け抜ける。まだ姿は見えていないのに嫌な予感がしていた。ようやく西側に辿り着いて、大きな街道を抜けると、その先の広間にそれがいた。
それは、"それら"だったものが、一つになろうとしているところだった。周辺の建物よりも身の高さがある、二体の飛竜の元魔。片方の飛竜が尾から食われたのだろう。捕食側の飛竜の口からぴんと太い首を伸ばし、いびつな顎を突きあげてあえいでいる。不快な音を立てて混ざり合うそれは、突然、腹を二倍に膨らませて、さらに背中には、二枚だった翼の裏側にもう二枚の翼がたくわえられていた。被食側の飛竜の首元がじんわりと溶け、捕食側の飛竜の皮膚と繋がろうとする。ロクは絶句していた。
(まずい、このままじゃ……これまでの飛竜よりも厄介な個体が生まれる!)
元魔の中では、飛竜の姿をした個体が、筋肉も知力も発達しており、もっとも厄介だ。なのに、まさか飛竜型同士で共食いが起こるとは、ロクも観測したのは初めてになる。ロクは警戒を強めて、すかさず、周辺に人の気配がないことを確認した。
(人はいない。けど、そうするとまだ、来てないか。私が"雷装"で先に来ちゃったから……)
そのときだった。ちょうど、かぎ慣れた人の気配がして、ロクは視線を滑らせる。近くの建物の影から、赤髪の青年が文句をたれながら、顔を出した。
「速いんだよ、てめえ」
「ごめん! 文句はあとで聞くよ。まずは、この元魔が完全に共食いを終えるのを食い止めるのが──」
言いかけた瞬間、ロクの言葉を遮るように、それは降ってきた。矢だ。無数の矢が雨のように降り注ぎ、ロクは驚いて、後ろに下がった。それらを躱したかと思えば、目の前。炎を纏った脚が迫っていた。熱い残光は鋭くロクの頬に突き刺さる。ロクは横薙ぎに蹴り飛ばされた。
広間の石畳の上を跳ねて、転がっていく。四つん這いに倒れこんだロクは、咳きこみながら立ち上がった。ロクが、赤髪の青年をじっと見つめると、物陰から、盗賊の青年が姿を現した。彼は『礒弓』を片手に構えて、赤髪の青年の傍までゆっくりと歩み寄り、隣に並んだ。
「……神様とか、よく知らないけど。あんた、人間と手と組むつもりだったの?」
「まあ、てめえに協力するとは、俺は言ってねえけどな」
三つの視線がかち合って、見えない小さな火花が、散る。じわじわと痛みだすロクの背中越しに、元魔たちの共食いが進行しているであろう、不快な接合音が聞こえていた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.186 )
- 日時: 2025/08/31 21:09
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第168次元 廃都での混戦
力の見せつけによる圧制は、あの赤髪の青年には有効だと算段していた。だが効き目は、ロクアンズが思ったほどではなかったらしい。その証拠に、カナラからエントリアまでの道中で深縹髪の青年と遭遇し、すんなりと結託している。彼らの目的は、ロクの殺害という点で合致している。
後ろを振り返れば、飛竜型の二体の元魔が、着々と融合を進めている。前に向き直れば二人の次元師がロクの出方を伺っている。ロクはごくりと固唾を飲みくだすと、身を乗り出して言った。
「元魔を討伐するのが先でしょう! 共食いを終えたら、どんな凶悪な存在になるかわからない! 三人でかかっても敵わないかもしれない! 手を打つならいましかないんだ!」
「関係ない」
「俺たちの目的は、てめえだけだ。【HAREAR】」
ロクは、ぐっと口を閉じた。元魔をまず退けなければならない、というロクの思惑は彼らには響かず、煙のように霧散してしまった。ロクを殺すために遣わされた者たちの目には、変化を遂げようとする元魔など眼中にないのだろう。
だれもが正義感で次元の力を振りかざすわけではないことを頭ではわかっていても、ロクは歯がゆかった。次元師が元魔を討伐するのは、法律でもなければ、誓約もないのだ。
雄々しい元魔の咆哮がしているのに青年たち二人は呑気に会話を始めた。長い前髪から橙の瞳を覗かせて、青年が先に告げる。
「奴の首はもらうから……」
「はあ!? こっちだって持って帰んなきゃなんねえんだよ。協力してやんだから、そこは譲れや」
「協力してやってるのは、こっちもおなじ。……それなら、あいつの心臓を先に止めたほうが、首を持ち帰る。……これでいい?」
「乗った!」
赤髪の青年が、八重歯を見せて声高らかに返事をすると、そのとき雷鳴が轟いた。青年たちに背を向けたロクが、元魔に向かって"雷撃"を放ち、動きを鈍らせようとする。
「背中がガラ空きだぜ、神族女!」
三本の矢が撃たれ、その軌跡の隙間を炎熱が縫う。
ロクは次元技が迫ってくると、その気の流れのようなものを肌で感じとった。振り返りながら屈み、横っ飛びに転がり、躱した。そして間髪入れず、石畳に指先を添えて"雷柱"を焚く。青年たちの足元からばちりと電気が沸き立つ、と、雷でできた大きな柱が二人の姿を飲みこんだ。
"雷柱"が青年たちの身動きを封じているうちに、ロクはまた、元魔のほうへ視線を戻して、"雷撃"で追い打ちをかける。元魔は不完全体なのと、体が重いためか、動きは大振りでのんびりとしている。取り乱して手足をばたつかせるが、ロクには当たらなかった。
仕方がない。まずは青年たちの攻撃をかいくぐりながら、元魔の討伐を優先にして動く。
ロクが意気込んで、まだ電気の糸に絡まってまごついている元魔に飛びかかろうとした、そのときだった。複数の足音と、人の声が聞こえてきた。
「副班長! あれは!」
「! 激しい鳴き声が聞こえてきたので来てみれば……元魔だ! それも、かなり大きい!」
黒色の隊服を着た者が一名、灰色の隊服を着た者が二名、手持ち用の角灯を提げて近づいてきた。ここから一番近い西門の警備をしている此花隊の警備班だろう。彼ら三人は元魔の鳴き声を訝しみ、様子を見にここへ駆けつけたのだ。
「それに、さきほどまで雷の柱も見えていた。まさか……」
警備班たちがまさに、"雷柱"が見えていた地点に視線を移すと、その方向から鋭い矢と炎熱が飛んできた。彼らの叫び声と、雷鳴が轟いたのはほぼ同時だった。
遠くから"雷撃"を飛ばすには間に合わない、最悪警備班たちにも"雷撃"の余波が当たってしまうのではと懸念したロクは、"雷装"を使って加速した。そして電光石火のごとく速さで駆けつけると、警備班たちの目の前に滑りこんだ。すると右肩には一本の矢が貫通したものの、降りかかった炎熱は、"雷装"によって全身に纏っている電気の鎧で相殺した。
警備班たちは、突然現れたロクの姿を視認すると、目を丸くした。
「ひい! ろ、ロクア……【HAREAR】だ!」
「なぜここに」
「早く、三人ともここを離れて!」
ロクは振り返ってそう叫ぶ。しかし、立て続けに、何本もの矢が放たれて、そのうえ拳に炎を纏わせた青年が飛びかかってきた。一般の人間を巻きこんでもあの二人には関係がないのだ。ロクはふつふつと湧きそうになる怒りを抑えこんで、"雷円"を発動する。ロクと警備班を半円型の雷の膜の中に閉じこめるとともに、赤髪の青年はすぐ目の前にそれが張られたので、目を細めて忌々しげに睨みつけ、雷の膜に触れると弾き飛ばされた。あとからやってきた何本もの矢も膜を破れずに、あちこちの方向へ弾き返る。
赤髪の青年は、空中で見事に体勢を丸めると、もう一人の青年の傍らへと鮮やかに着地した。
「クソ! コロコロといろんな技を使いやがって!」
「そっちにも、お返しするよ」
ロクは脱兎のごとく飛び出して、雷の膜を通り抜けると、青年たちに向けて手を翳した。
「六元解錠──、"雷円"!」
青年たちを取り囲むようにして、地面の上に電気の糸が奔る。刹那、描かれた円形の軌跡から薄膜のような雷が湧き立って、あっという間に、半円状の雷の膜の中へと二人を閉じこめてしまう。
そうこうしているうちにも元魔が動きだしそうだ。ロクは、三人の警備班を置き去りにして、また踵を翻し、元魔を振り返った。"雷撃"を見舞っていたおかげで共食いの進み具合は牛歩だ。まだ咀嚼音にも似た不快な結合音がしていた。
(まずは頭)
元魔の核は頭部にあるものだが、融合しかかった元魔の身体が大きすぎて、顎のあたりと、微妙に盛り上がった鼻先を仰ぎ見るので限界だ。小さな核はともかく、脳が二つあっては厄介だ。ロクは息を整え、いざ集中を高めると、指先の一点に猛烈な雷を蓄える。
「──七元解錠! "雷砲"!」
目に痛いほどの雷光が瞬き、放射される。雷の砲撃は宙空を裂き、二つある元魔の片方の頭を撃ち抜いた。黒い皮膚と液体が勢いよく飛散したが、その中に、元魔の赤い核は混じっていない。核はすでに、もう片方の元魔に取りこまれてしまったのかもしれない。片方の頭を破壊すると、元魔は残った頭を激しく揺らして、暴れだしたが、どの角度から見ても核が見当たらなかった。
(まさか、体内にある……?)
考えていると、だんだんとこちらに近づいてくる足音に気がついて、ロクはすぐに振り返った。走り寄ってきたのは青年たちではなく、警備班だ。しかし三人ではなく、二人だった。一人の姿が見当たらない。
「もう一人の班員は? その人を連れて、ここから逃げて! 早く!」
「カナラへ次元師様を呼びに向かわせた。退避するわけにはいかない! 【HAREAR】、あなたの監視は戦闘部班のコルド・ヘイナー副班長ならびに、我々警備班にもその命が下されている。万が一逃走した際には、必ず逃がすなと! ニダンタフ援助部班班長からの命令である!」
「……!
黒い隊服を着た副班長の男の目は真剣だった。援助部班を統括するニダンタフの影響か、班員たちはロクへの反感の念が強い。本来なら、此花隊の次元師が到着すれば警備班は周囲に一般の市民が残っていないかを確認し、安全な場所へ退避するのが仕事だ。しかしいくらロクがまだ此花隊に属している次元師であっても、戦闘部班の班員としては認められないのだ。
彼らの意思は固く、ロクを置いて退避する様子はない。彼らを説得している余裕もない。しだいに、"雷円"の効果も薄れて二人の次元師が仕掛けてくるだろうし、元魔の咆哮はたえず街中に響き渡っている。
ロクは新たに決意を固めることとした。
(ここへ来る前、あの赤髪の人に言った通りに、やるしかない。私一人でも)
戦場にいる一般の人間を守りながら、次元師の青年たちをいなし、元魔を屠る。──それ以外に、この窮地を切り抜ける選択肢はない。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.187 )
- 日時: 2025/09/07 20:20
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第169次元 三つ巴
ロクアンズは細く浅い息を吸った。
視線の先から、細長い殺気と、揺らめく闘気が飛んでくる。"雷円"──電気の膜をとうとう突き破り、三本の弓矢と鮮やかな赤髪の青年がロクを目がけて仕掛けてきた。
足の爪先から、髪の先にまで、一気に雷が駆けあがる。
"雷装"を発動したロクはすぐさま、近くにいた警備班二人の腕を掴んで、渾身の力で遠く──青年たちからも、元魔からも距離がある広場の隅──へと、宙を架けるようにして放り投げた。
「ごめん! 受け身をとって!」
叫んで、刹那。ロクにできたのは、向かってくる三本の矢を、咄嗟に構えた左腕で受け止めるので最善だった。
赤髪の青年の、肘にまで炎を宿した真っ赤な拳が、ロクの頬に吸い寄せられる。
ロクは、矢を突き刺したままの左腕の拳を固く握りしめて、その骨ばった指の付け根で青年の脇腹を穿った。
青年が腰をくの字に曲げて、真横に弾け飛ぶ。すると今度は、背後で翼のはためく音が立った。
三本の矢を、まとめて腕から引き抜くと、敵は次元師から化け物へと替わる。四枚の立派な翼をぴんと広げた元魔がけたたましく鳴きわめき、竜足を伸ばしてロクに覆いかぶさった。しかしロクは細い二本の脚に、二本の腕に、激しい雷光を這わせていた。四本の竜足のうち、妙に長い二本だけをロクは素手で捕まえる。
──殺気。
背中にひやとしたそれが伝ったかと思うと、立て続けに、何本もの矢が突き刺さった。まだ、来る。予感がしてロクは、歯を食いしばっていたのをほどいて、詠唱した。
「六元解錠、"雷柱"!」
自身と、そして元魔を中心にして、雷光が地面の上を滑り、円を描いた。たちまち、縁取った円の内側に、雷の柱が立つ。すでに寄越されていた第二陣の矢束が柱に弾かれて宙を舞った。
元魔は天を仰いで、雷電の渦の中、金切声をあげた。ぐねぐねと身体をねじり、ロクが反動の重さに耐えかねて竜足から手を離すと、元魔はじたばたともがきながら柱の外に向かって後退した。
四枚の竜翼をぎこちなく仰ぎ、元魔が夜空の下へ飛び出す。
「──七元解錠! "雷砲"!!」
詠唱。ロクの声が響くと、雷の柱が渦を巻いてさあっと霧散し、その中心を一本の細い砲撃が突き抜けた。"雷砲"が瞬きひとつする間に、元魔の翼を二枚焼き切った。
二枚とも右半身の翼だ。片側の翼を失った元魔は途端に、体勢をがくりと崩し、せっかく飛び立ったものの地面の上に落下した。
地響きにまぎれた足音を聞き分けて、ロクはすぐに振り返った。赤髪の青年が振りあげた脚と、ロクが構えた腕がかち合うと、炎と雷が燦燦と光を散らした。
「神族、大変だなあ。人を守って、元魔の相手をして、そんで俺たちとも闘り合う。どれかは諦めちまえよ」
赤髪の青年はふっと力を抜いて、脚を浮かすと、流れるような所作で脚を下ろし、もう片側の脚でロクの顎を素早く蹴りあげた。後退するロクの視界に、鏃が突き刺さる。首をひねって躱す。しかし矢継ぎ早にそれは迫った。目を凝らし、躱し、手の甲で叩き落とし、加速して。赤髪の青年のもとまでぐんと、距離を詰めた。
「……ない」
たん、と、青年の目前で足を踏みしめると、金色の雷電が燃え盛った。
青年の懐に入りこんだロクは、彼の胸ぐらを乱暴に掴んで、ぐるりと身をねじる。いまももがいている元魔を目がけて力づくで青年を放り投げた。次いで矢が、束のごとく迫り来るのがわかった。振り向かずに矢軸を掴んだロクは、またその場でぐるんと回りながら振りかぶって、矢の主のもとへと間髪入れずに投げ返した。
電気を纏った矢束が、凄まじい速さで帰ってくると、深縹髪の青年はぎょっとして身動きをとれなかった。身体の節々にそれらが突き刺さる。背や腕、腿の裏から血潮が噴く。
ロクは息を整えるよりも先に、叫んだ。
「諦めない! ──次元の力は、守りたいものを守るための力だ……! あたしはずっとそう信じてるから!」
次元技の矢に意思を通せば、深縹髪の青年の身体に突き刺さった矢が煙のように消える。彼はまだ痺れを残した腕を持ちあげて、弓に指を添える。
青年の額にぴきりと青筋を浮かんだ。ふうふうと荒い息遣いをして、青年は手元に集まった光の矢を、引く。
「俺にだって守らなくちゃならないものはあるんだよ……! ──六元解錠、"真閃"!」
怒りを孕んだ一矢が青年の手元から放たれる。中空を掻き切るその音は重かった。回避をしている時間は、ない。ロクは真向から受けることに決めて、飛んできた矢の先端を、両腕で抱えこむようにして受け止めた。踏ん張っても、矢の勢いはとどまらず、足を滑らせて後退した。
ロクは、息を止め、ぐっと腕に力をこめる。雷光が飛散し、膨張した筋肉が電気にあてられて震える。矢がまとう光を、さらに雷光が覆う。気を抜けば、一瞬にしてどてっ腹を貫かれるだろう。集中力を手元に注ぎ、ついに、ロクの手の中で光の矢が砕け散った。
けたたましい元魔の咆哮が、鼓膜をつんざく。
「──」
固く握りこんだ指の隙間から電撃が飛散する。ロクは、まだのたうち回っている元魔のもう二枚の翼に向かってぴんと指先を伸ばす。
「六元解錠──、"雷砲"!」
指先に集中した電撃が、一気に撃ち放たれる。それが元魔の翼に風穴を開けると、大きく仰け反り、どんと地響きを鳴らしながら、崩壊しかけた建物にもたれるようにして倒れこんだ。
ロクは、突然頭がくらりときて、思わず体勢を崩しかけた。元力も、身体も、酷使しすぎているのだ。もうずいぶん長いこと息を止めていたのにもいまさら気がついた。はあ、と塊のような息を吐いたとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
焦って振り向くと、警備班の男たちが地面に膝をついている姿が視界に入った。否、膝をつかされていたのだ。一人は、その首元に鋭い鏃を向けられ、もう一人は後ろに回された手首を、熱のこもった手で掴まれている。
完全に注意が逸れていた──赤髪の青年が、口角をあげて、ロクに語りかける。
「こうすりゃ早かったんだ。さっさとケリをつけようぜ、なあ」
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