コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.111 )
- 日時: 2022/03/12 23:18
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第100次元 神を信仰する村
ルノスは、鳥面の突起部分──嘴の形になっている──の前で人差し指を立てた。
彼が言うことには、ノーラ村の人間は非常に排他的で、人影を目にするや否や話も聞かずに槍や矢などを投げては威嚇をするのだという。ただの威嚇に済めばいいのだが、こんな話もあったそうだ。森の中で迷子になった村の青年が数日後、村の近くまで戻ってくると、その姿を見かけた警備役の村人が槍を投擲し青年を殺害した。警備役の村人は咎められなかったらしい。それほどまでに異常な警戒態勢と徹底した隔絶を望んでいる。
しかしそこまでは想像に難くない。
ルノス、ロクアンズ、レトヴェールの3人は連携して一旦解散した。ルノスが村の正面から入っていくのを確認してから、2人は村の周囲を大回りをして、ルノスが事前に教えてくれた抜け道を利用して村の中へと踏み入った。視界の悪い中ではあったが、村の中にぽつぽつと、鳥の彫像が置かれているのが目に入った。神族ノーラを模して建てられているのだろう。
よそ者であるのにルノスに居住が与えられている理由を、レトが訊ねてみた。彼は次元師であることを笠に着て、警備として雇ってくれと身振り手振りで懇願したらしい。村人たちがそれを承諾したのはおそらく、投擲された槍を持ち前の身のこなしでいなしてみせたからだろう、とほかでもなくルノスが自身の鼻を高くした。
居住、といっても都市部より贅沢な施設は、この村にはなかった。木材でそれとなく家宅の形を成しているだけの倉庫に近い。奥まった空間はないし、一間だけに生活に必要なものが揃っている。見れば天井からハンモックが釣り下がっている。床の上がほとんど家具や本、武器類などで占められているのだから寝床が宙になるのは頷けた。
物音立てないようにロクとレトが静かにしていると、人数分のお茶を淹れ終えたルノスが2人に向き直る。
「んで、なんの用だっけ? 本がどうとか?」
ここに訪れるまでの山中でルノスには、2人がノーラ村を目指していた理由を話した。ノーラ村の言語が読める人間を探している、と。
しかしルノスと出会えたことは、これ以上なく好都合だった。ここで住まう彼なら村の言語の理解はもちろん、メルギースの言葉に翻訳もしてくれるだろうと期待していた。
だが、本をめくり始めたルノスの顔色が明るくなることなかった。それどころかだんだんと難色を示していく。
「……ン~~。こいつは研究者ね。いや、難しいよ。読めるところがないこたないけど……。専門用語はさすがにサッパリだし、独特なんだよね、ここのヤツらの文字って。人によって癖があるのよ。ちっと、時間くれない?」
淹れたお茶に手をつけることなく、ルノスは2人に苦笑いをした。ロクはかぶりを振って応えた。
「いーよ。難しいもんね。協力してくれてありがとう」
「悪いな。ちょっと資料庫のような場所があってさ、そっちに向かってみる。おまえたちはここでくつろぐなり自由に過ごしといて」
そう言うとルノスは立ち上がって、「くれぐれも物音立てるなよ」と最後に一言釘を刺してから、義兄妹を残して家を出ていく。
ロクはそろりと湯呑に手を伸ばし、できるだけズズと吸い上げないように気をつけて飲みながら、レトに訊ねた。
「どうする? レト」
「どうするもなにも、いまはルノスだけが頼りだ。なにひとつ成果をもって帰らないとなると、またコルド副班になにを言われるかわからない」
「だよねえ……。あーあ、ここまで来るの大変だったのにな」
かたん、とそのとき音が鳴った。見れば扉のほうからだ。素早く振り向いたのと同時、扉の奥に人影が立っているのが見えた。
ルノスではなかった。細い輪郭をした、少女だ。ロクもレトも驚愕のあまり目を見開いたまま硬直した。
扉の奥から現れた少女は乳白色の長髪をしており、陶器の照り返しのような薄い光を放つ瞳でじっと義兄妹を見つめた。
「ごめんっ。ええっと」
「ばか」
「あ」
ロクが慌てて口元を両手で覆った。緊張が走る。少女の出方を伺いながら、警戒していると、彼女は薄い唇を開いた。
「言わない。この村。人には」
驚くことに、少女の口から発せられたのはメルギース語であった。発音も怪しく、かなり片言ではあるものの、単語を前後させれば、意味は通る。
"この村の人には言わない"。
「あたしたちの言葉、わかるの……? 君は?」
ロクは普段よりもゆっくりとした口調で言葉を投げた。レトは固唾を飲んで見守る。
「メルギース。わかる。わたし。教えた人、いる」
「……ルノス?」
「ハルシオ」
ハルシオ。正しく聞き取れたそれから2人が連想したのは、ハルシオ・カーデンだ。研究部班の班長に就く男で、たびたび研究棟を空けているという、謎の多い研究者。
なぜこの村に──?
いかようにして──?
さまざまな疑問が2人の脳内を駆け巡った。本当か、とロクが問うよりも先に、扉の奥から靴擦れの音がした。
「……! ニカ」
慌てて入ってきたルノスが目を見開いて、乳白の少女の名を呼んだ。それからよく聞き取れない言語で一言二言、2人が交わし合うと、ニカは義兄妹には目もくれずに立ち去った。
扉を後ろ手で閉めながら、ルノスは長いため息をついた。
「悪い悪い。すぐ戻るつもりだったし、俺の家になんてだれもこないから、油断してた。ニカのやつ、妙に鋭いのよ。なにか気配でも感じて来たのかもな」
「そうだったんだ。でもど、どうしよう、バレちゃったよ、ルノス」
「大丈夫だ。おそらくニカはなにも言わないよ」
「そうなの?」
「勘」
「勘~?」
「何事もなけりゃ、べつにいいけど……」
一息ついたルノスが、思い出したように「そんなことより」と切り出した。ナダマンの本を片手に提げ、彼は義兄妹の目の前に腰を下ろす。
「一部だけだけど、読めた。この本はどうやら日誌らしい」
「日誌?」
「研究日誌、いや観察日誌に近い。日数と、会話のような内容と、登場人物が2人。1人はこの本の持ち主だったナダマン・マリーンだな。もう1人は…………。や、もう1体は、──ノーラ。信じられないけど。鳥のようだと描写がたまに出てきて、どうやらそのノーラの観察記録みたいだ」
「観察……? ノーラを?」
ロクが首を傾げる。これにはレトも顔をしかめた。大書物館の奥のあの金庫で、ノーラの観察が行われていたとは不思議だ。ノーラがそれを許したのか、なにかやり取りがあったに違いないが、具体的な内容は読み取れない、とルノスは断りを入れた。
「ホントかウソかはさておき、解読していくうちに気になる文脈を見つけた。正しい翻訳かもわからないけど、そう読めたんだ。落ち着いて聞いてくれ」
「なに? なんでも聞くよ」
「"神族は呪いを解かれると、心臓を得る"……って」
言いながらも驚いているルノスの目の前では、義兄妹が静かに、確信を得ていた。
なにを隠そうノーラ自身が、死に際に放った言葉がそれだった。ノーラはナダマンにも教授していたのだ。
2人が口を挟む間を見計っていると、そんなことをつゆも知らないルノスは続けた。
「非常に気になったのはこの一文だ。神族は呪いのようなものを扱うと噂があるが、本当なのか? そのかけた呪いを解かれたとき、つまりは"成立しなかった"とき……神は心臓を得るとされる、と記述がある。本当であれば大きな進展だ。神に心臓を獲得させればいい」
「その話だけど」
ようやくレトが会話に切り口を入れた。間髪を入れまいと、彼は言葉を続ける。
「ノーラがウーヴァンニーフの地で顕現した。つい先日のことだ。それから、破壊した。」
はたと、ルノスの動きが止まった。信じられないものを見る目でレトの顔を見、そしてロクの顔を見た。
沈黙がしばらく続くと、ルノスは小さく口を開き、それから矢継ぎ早に言った。
「破壊した……? ノーラを、神族を、どうやって。どうしたら殺したことになる」
「……あったんだ、心臓が。さながら結晶みたいだった。赤いそれが砕けて落ちたときに、元魔を破壊したときとおなじ黒い砂になって、跡形もなく消えた」
唖然とした表情で、ただし思考を巡らせながら、ルノスは顎に手をやった。
「おまえたちがやったのか、まさか?」
「いいや。その場にはいたけど、実際にはコルド・ヘイナーっていう戦闘部班の副班長が……」
「コルド?」
ルノスが眉をしかめて繰り返した。反応からして知り合いなのだろう。しばらく視線を適当に巡らせたあと、「ああ」とルノスは声を上げた。
「あいつか。なっつかしい名前。警備班んとき、ちょくちょく現場被ってさ。……そういえば、新しい部班ができたとかどうとか、あいつが引き抜かれたとか、そんな話があったっけ。どこのボンボンなんだかすうごいお堅いよなあいつ。とにかく不器用だしおもしろみもゼロの男だったけど、たしかに、実力は俺と張ってた」
心做しか"ゼロ"を強調をしていたような。仲が悪かったのだろうか。しかしルノスの表情からしてそうでもないらしい。言葉尻には真剣な目をして、感嘆の息を漏らしていた。
「あのコルドがねえ……。……しかし、そうか、ノーラ……。……いなくなったんだな……この世から」
「うん……たぶん。この村の人たち、大丈夫かな?」
「いまは、問題ないだろ。あいにくと俗世の情報はここには一切届かない。俺が話すか、外部から不用意に持ち込まれない限り明かされない。とはいえ時間の問題かもしれないけど……」
夜の冷たい風が義兄妹の頬を撫でた。家の中とはいえ、ここも充分な素材で設計されていない。刺すような痛みに肌が粟立って、ロクは身震いした。
「おまえたち、ここで休んでいっていいけど、日が昇るまでには適当に出ろ。長居はしないほうがいい。出るときに声もかけなくていい。わかったな」
「うん」
「わかった」
2人が並んで頷いたのを見て、ルノスはふっと笑みをこぼした。
それから簡単な、とても豪勢とは言い難い、味の薄いスープのようなものと硬い干し肉を振る舞って、一年越しの晩餐と洒落こんだ。会話の間際にルノスは、気分の良さそうな調子でこのように言っていた。
「コルドによろしく言っといてくれ。流浪の天才次元師は絶賛自分磨き中だってな」
帰還するまでにはたして覚えていられるだろうか。持ち帰ったとしても、推察にすぎないが、コルドが眉を顰めてため息をつくまでが目に浮かんだ。
約束した通りロクとレトは、日が昇る前に目を覚ました。それから一宿一飯の恩人にはなにも告げずに、村をあとにした。
薄い霧のような、靄のような、視界がうんと悪い中、来た道を正しく戻っていく。
ネゴコランの洞窟を抜けるとき、風は一迅とも吹かなかった。抜けた先の麓の匂いがなんとなくこもっているように感じた。メルギースの匂いだ、とロクは独りごちたあと、すこし笑った。あの村もメルギースの一部であるのに、そのはずなのにだ。
「まだ行ったことないとこ、たくさんあるね。ぜんぶ行ってみたいよ」
メルギースの匂いが2人の鼻腔を抜けて、身体に満ちれば、それからエントリアに下るまでの足取りは、軽くなっていた。
本部に帰還する道中でのこと。レトは思い出したように、「そういえばキールアがカナル街にいる」とロクに教えた。長らく会っていなかった友人の行方──それも生きている──が知れて、ロクは跳ぶように喜んだ。何も告げずにエポール宅から出ていき、探すことも叶わなかったキールア・シーホリーの身をだれよりも案じていたのはロクだ。路線を変更して、カナル街に寄ってから帰還するとした。
しかし2人は、キールアが世話になっていた薬屋の前で愕然とすることになる。
──キールアはある日突然、従業員用の部屋から姿を消したらしい。理由はまったくわからない、と店主は断っていた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.112 )
- 日時: 2022/03/07 10:58
- 名前: りゅ (ID: B7nGYbP1)
閲覧10000突破!!おめでとうございます!!( *´艸`)
応援していますので執筆頑張って下さい!
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.113 )
- 日時: 2022/03/31 21:39
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第101次元 純眼の悪女Ⅰ
巡回警備と、療養とをかねて、第二部班の2人は温泉街として名高い北東のセースダースに訪れていた。街のどこかしこから柔らかな笛の音色が漂うこの街には、コルドとレトヴェールのほかにも数多の来訪客が行き交っていた。
まだ日が昇りきらないうちに、コルドは起床し一番の湯に浸かろうと廊下を歩いていた。肌寒い早暁の時分に暖かい湯に浸かるのは、格別の気持ち良さがある。それとどうも最近、動かない左腕への不安からか、早くに目が覚めてしまうのだ。
ただ、目覚めていたのはコルドだけではなかったらしい。
湯治場までの長い廊下を歩いていたコルドだったが、途中でふと、足を止めた。裏庭に人影が見えたのだった。朝早くから見回りか、炊事の務めだろうかとぼんやり目をやった彼はそこで覚醒した。
(レト?)
彼は、薄明の空の下、金の髪を靡かせて踊っている──否、踊るようにしなやかに四肢を動かして、刀剣を振るっていた。
レトは一秒より長く静止はしなかった。腕を振るい、次には足を躍らせ、合間に呼吸をし、早朝の冷たい空気を刀身で裂く。日の代わりに月が昇ったのか、とさえ錯覚しかけた。
息をするのを忘れていた。
コルドはレトに声をかけなかった。足音を立たせないよう、慎重に立ち去った。
足を運んでみれば湯治場は無人で、ひとまず身体を洗い流すと、コルドは広く張られている湯に足先から丁寧に浸かった。
肩まで浸かれば、足の爪先から鈍い温かみが這い上がってきて、じっくりと心地良さが全身を包む。左肩を除いて。左肩から下にかけては、まったく感覚がなかった。重い物体がだらりと下がっているだけだ。いっそ切り落としたいという思いが日々募るが、先日セブンが病室でそれを制止した。コルドとしては彼の言う「神族から受けた傷に次元の力が匹敵するやもしれない」を、いまいち実感できていなかった。
からり、と入口の引き戸が開く音がして、コルドの意識はそこで逸れた。
音の主が淡々と背中を洗い流す物音が止んで、ひたひたとした音がこちらに向かってきた。湯けむりに遮られ、ぶれた輪郭がはっきりとすれば、音の主であったレトがはっとして金の目を見開いた。
視線が合えば、コルドも「お前だったのか」と頬を緩ませて、彼に入浴を促した。
レトが一瞬、ばつが悪そうに眉を顰めた。が、すぐにもとの涼しい顔をすると、二の腕のあたりまで湯に浸からせた。濡れた髪を浸からせないよう首の後ろでまとめながら口を開く。
「副班、調子は」
「変わらないよ。肩が重くて上がらない。不便だな」
首を横に振って、コルドは左肩に湯をかけた。療養に良いと聞く、ほんのりと濁った湯が、黒ずんだ肌の上を滑り落ちた。
コルドはふと思い立ったようにこんなことを口ずさんだ。
「そういえば、おまえたち義兄妹が入隊してから、ちょうど1年くらいか」
水面に浮かんだ青や赤の葉が、ゆらりゆらりと、遊ぶように揺れた。
レトも指摘されなければ、年の巡りは早いものだ、などと馳せもしなかっただろう。
「早いな」
「そうだな。しかしここ1年、妙に元魔のやつらが活性化しているように思うな。以前はこれほどではなかった。それに神族ノーラまで出現した……神族側でなにか動きがあったのか……?」
コルドは湯に浸かりながらそう眉根を寄せる。せめてここにいる間は思考を休めたらどうかと、レトは口を開きかけてやめた。ルノスの脱隊の話を聞いてから、それとまではいかなくとも、異動か休養の可能性をほんのわずかに疑っていた。しかしそれは杞憂に終わったのだった。おそらくセブンも、ひいてはコルドも互いに望んでいないのだろう。年端もいかないような自分が心配することでもないから、いつもの調子で同意を返した。
「あったとして、原因に検討がつかない。ノーラはなにか知ってたかもしれないけど……。──そういえば、ノーラのやつ、『信仰を殺せ』って」
「……信仰……か」
──神族の内の1人だろうか。しかしどうして。
順路の見直しをするからと、コルドは先に上がっていった。生暖かい湯けむりで、彼の後ろ姿が見えなくなると、レトは脱力した。
岩を背に隠していた、黒ずみの背肌に、ひやりとしたものが伝う。呪記について進言すべきか、否か、いまだに図りあぐねていた。
しばらくしてレトも浴場から出ていけば、出たところの廊下でコルドが壁に寄りかかっていた。彼は寝着物ではなく隊服に身を包んでいた。
何事かと問う前に、コルドが告げた。
「ヤヤハル島で元魔が出た」
「ヤヤハル島? いま、第三班が滞在してたはずじゃ……」
「厄介なやつが出たらしい。応援要請だ。早急に向かうぞ」
コルドは手に持っていた伝書を片手で折りながら、壁から背を離した。厄介なやつ──。近年、度々目撃されては次元の力を持つ次元師たちをも脅かす、飛竜型の個体。だろうか。レトの表情にも警戒の色が灯った。
レトは1人で客室に帰り、早々に寝着物を脱いだ。ぱさり、とした衣擦れの音が落ちる。金の髪を一つに縛れば肩が自由になって、流れるように隊服を身に纏った。
玄関で待機していたコルドはレトが出てくるのを確認すると、「いくぞ」と合図をした。頷いて、レトはそれに続いていく。
船着き場で暇をしていた若い船乗りの青年に無理を押し通して、船を出してもらった。此花隊の次元師であることを告げ、隊章を見せれば、青年は調子の良いように引き受けてくれた。水上でも彼は目を輝かせて、「珍しいね。でもあの島はあんまり次元師様とか、馴染みないから。気いつけてね」と捲し立てるように言った。
本土とはかなり距離を空けた地点に浮かぶ小島らしい。島の輪郭が見え始めれば、潮の香りが一層強くなっていた。
「! あれは……」
しかし到着する手前のこと。船着き場に数体の黒い影が蠢いていた。不定形をした、下級の元魔だ。それでも普通の人間からしたら脅威にほかならない。船着き場から逃げそびれたのだろう数人の塊が、悲鳴を上げながら腰を抜かしている。
目に入れるや否や、レトは甲板に出た。コルドが「レト」と声をかけるのを彼は無視した。
なにもない腰元に手を持っていくと、レトは船上から叫んだ。
「次元の扉、発動──、『双斬』!」
地表まで数メートル。レトは腰を低くして、船頭から弾くように跳びあがった。金の髪が、軌跡が一太刀伸びる。彼は波打ち際にいた黒い塊を、脳天から鮮やかに両断した。
唐突に現れた金髪の少年、レトの姿に、しりもちをついていた男がひどく驚いたような顔で彼を見た。
「あ」
刹那。背後に伸びかかっていた影を、レトはくるりと身を翻して真一文字に斬り払った。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.114 )
- 日時: 2022/04/30 22:19
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第102次元 純眼の悪女Ⅱ
次元師、と呼ばれる者たちをその目にしたのが初めてだとでもいうように、大袈裟に目を丸くして島民たちはレトヴェールの背中を見た。彼は両手にそれぞれ携えた短剣のどちらも暇させず、振るえば絶ち、回れば微風を起こした。単なる双剣でないことは素人目にも明らかだった。
祈るように少年の後ろ姿を見守っていれば、次第にそれが杞憂だと知れる。あの不可思議な形をした墨色の化け物がたち、斬って落とされた断面からさらさらと身体を崩れさせ、順に消滅していく。
コルドと若い船主とを残した船が停泊する。
「怪我人は」
「軽傷者2人。それ以外は問題ない」
レトは納刀しながら早口で答えた。見れば、腕や足を抑えるようにしてうずくまってる男が2人、それ以外の女子供は木陰に隠れていていてよく確認できなかったが、概ね異常はないだろう。コルドは周囲にもう元魔が存在しないことを視認すると、頷いた。
「おそらくこれだけじゃないだろう。奥に──」
そのときだった。どん、と重い地響きがした。次いで遠くから、甲高い動物の鳴き声のようなものがして、鼓膜をキンとつんざいた。レトとコルドは互いに顔を見合わせる。先に走り出したのはレトだった。
コルドは、船から慌てたように降りてきた青年に声を浴びせた。
「怪我人が2人がいるんだ、手当してやってくれ。くれぐれも島の中へは近づけさせるな!」
コルドは懐から治療具の入った小袋を取り出すと青年に向かって投げた。それを受け取った青年の困惑の声も聞かず、コルドも島の内部へと駆け入っていく。
舗装された道を突き進んでいけばやがて、外壁の近くまでたどり着く。甲高い声の主が姿を現した。黒い竜鱗が太陽の光を浴びてギラギラと輝き、街中を焼くように眩い光を照り返す。背中にたくわえた両翼を大きくはためかせれば街の木々が揺れ、大地が揺れた。しかしその動きに若干の鈍さが乗っていた。また左側の翼にはいくつか大きな穴が開いていて、右の翼と比べるとほとんど機能していない。
飛竜型の元魔と相まみえるのが二度目になるレトは、かの化け物を仰ぎ見ながら、睨むようにして目を細めた。
「レトさんっ!」
名前を呼ばれて振り向いた先には、ガネストが安心したように肩をすくめていた。順に視線を移していけば、ルイルが顔を真っ赤にしながら元魔に向かってぐっと両腕を伸ばしている。彼女が気張れば気張るほど、元魔の翼の動きにぎこちなさが伴った。そんな彼女のすぐ傍にメッセルがいた。彼は片腕で身を覆うほどの大きな"盾"を携え、元魔から彼女を守るようにその場で膝をついている。かの武器の名は『盾円』。武器型の次元の力の一つだ。
「いまのうちに拘束する! ──第六解錠、円郭ッ!」
コルドが右腕を前へ伸ばせば、その声に呼応して出現した鎖の破片が収束する。それらは何本もの鎖の束となって元魔の巨体に襲い掛かり、食らいついた。雁字搦めに拘束された巨体はまるで鉄球を宙から落とすように地面の上に叩きつけられる。
すかさずレトが跳躍した。狙うのは負傷している左の翼だ。翼の根元を捉え、剣を振り下ろそうとしたときだった。
「ギィィイッ、アアア゛!」
元魔が地面の上で激しくのたうち回った。縛りつけていた鎖の一端が弾け飛ぶ。それを皮切りに、全身を拘束していた鎖が弾けたのだ。
拘束力が甘かった。コルドは奥歯を噛んだ。
元魔はがむしゃらに両翼を大きく振り回した。巻き起こった風の余波を受け、ガネストやルイルが後退する。
「わあっ!」
「うっ──……!」
「! ルイル、ガネスト!」
レトが2人に気を取られていた一瞬の隙でのことだった。元魔は鉤爪を伸ばしてレトのもとまで迫っていた。鋭利な猛攻に息を呑むと、そのとき、なにか盾のようなものがレトの眼前に展開された。
鉤爪と盾とが嫌な音を発して衝突する。元魔は飛びのき、不格好な翼で上空に退避した。
メッセルの持つ『盾円』の次元技、"展陣"。どうやら同時に展開できる盾は一つに留まらないらしい。見渡せば、フゥと息をついているメッセルの姿があった。
「──借りるぞ!」
レトは高らかに叫んで、盾の上部を手で掴んだ。
ぐんと伸びよく跳びあがり、盾を踏み台にしてさらに跳躍する。瞬間、盾はパキリと音を立て、割れた鏡のように崩れ落ちた。
「四元解錠──っ、真斬!」
刀身が燃えるように赤みを帯びたかと思えば、その矛先は狂いなく元魔の左肩に突き刺さった。次の瞬間。左翼の根元を一閃の太刀筋が駆け抜ける。鈍い音とともに、翼は完全に斬り落とされた。
悲痛を訴えるような奇怪な鳴き声があたりに響き渡る。レトは不安定な体制から飛び上がったためか受け身が取れずに地面の上に転がり落ちた。上半身を起こしたとき、慟哭を発散し続ける嘴の先が目に入った。元魔は鉤爪で地面を抉りながら上体を傾かせ、彼の視界に影を落とすと、食いかかろうと嘴を上下に開いた。
「こっちだ!」
元魔の背後からだった。声がしたのは。後方から伸びてきた"なにか"が広げた嘴の口内に食い込む。それは鎖だった。ちょうど猿轡のように嘴の内部を圧迫し、次第に元魔の巨体が後ろへ傾いていく。
コルドは右腕だけで鎖を引き寄せる。ついには元魔の脚が地面から引きはがされ、ふっと宙に浮いた。どん、という重い響きで巨体が地面に倒れ伏せば、土煙が立った。
静寂が流れる。隊員たちは緊張の面持ちで動向を見守った。次第に元魔は、緩慢な動きで、上体を起こした。
次の瞬間のことだった。片翼を失った身体が跳ね上がったかと思えば、鋭い鉤爪でコルドの身体に襲いかかった。
「──ッ!」
コルドは痛みに顔を歪めた。いまや機能していない左肩に、鋭い爪のうちの一本が突き刺さり、地面と肩とが縫いつけられたのだ。眼前では飢えたような顔つきをした元魔が奇声を上げて大口を開けている。
コルド副班、と遠くからレトがこちらを呼ぶ声がする。コルドは頬に汗を滲ませながら、にっ、と笑みを作った。
「好都合だ」
そう呟いた刹那。コルドは空いた右腕を地面の上に添えて叫んだ。
「六元解錠──、円郭!!」
地面の上に添えた指の隙間から光が零れる。呼応するようにどこからともなく出現した鎖の屑たちが、風を纏うように元魔の周囲を旋回し、収束し、正しく鎖の形を成すと同時に元魔の肢体を締めつけた。やがて竜鱗のひと欠片さえ見えなくなるほど鎖の鉄に覆われると──コルドが右の拳を、勢いよく握った。途端、それを合図に、元魔の肉体が鎖と鎖のわずかな隙間から弾け飛されるように四散した。ぱきりと、石の砕けるような音も混じっていた。
周囲に飛び散った飛竜の元魔の肉が、無気力に地面の上を転がった。それから、さらさらと、黒い肉片たちが風に流れて消滅していくのに、時間はかからなかった。
「……。コルド副班!」
は、と小さく息を吐いて、慌てたようにレトは走り出した。
地面の上で寝転がったまま左肩を抑えているコルドの傍までやってくると、しゃがみこんで声をかけた。
「げほっ、げほ……」
「肩が、コルド副班」
「大丈夫だ」
そのうちにメッセルや、すこし遅れてルイルを引き連れたガネストも、コルドの周りに集まってくる。メッセルは怪訝そうな顔つきになると、息をつきながら膝をついた。
「さすがだねえ。神族ノーラを討伐した英雄サマだ。……っと、しっかしこりゃあ、マズいんじゃあねぇか?」
「駐屯所はどこだ。医療部班に診せる」
「それがよぉ。数日前からこの島ぁ、流行り病が広がってんだ。うちの医療部班もみんなそいつにやられちまって、島の施療院で寝かせられてんよ」
「……」
流行り病が蔓延しているとは聞いていなかった。小さな島の事態であるし、第三班もここへ配置されてから日が浅いはずだ。単純に情報が流れてくるのが遅かったのだろう。
医療部班も機能していない、施療院には罹患者が多いときたら、どこに頼るべきか──そう考えてあぐねていると、どこからか男の声がかかった。
「あの……。すみません」
声の方向を振り向けば、そこには腰の低そうなふくよかな体格をした男が立っていた。腰には布を巻いているあたり職人だろうか。彼は冷や汗を流しながらこちらにぱたぱたと近づいてくる。
「お怪我をされているようで……。さきほどの化け物を、退けてくださったんですよね」
「……あなたは」
「ああ。この島で飯屋を営んでいます。ここでは施療院はあそこしかありません。よかったらご案内いたします」
「病が流行っているって。行ってかかったりしないのか」
レトが警戒の色を見せると、飯屋を営んでいるというその男は垂れた目尻をさらに細めて、口元にも笑みを浮かべた。それから「いまはもう終息しつつあります。薬と治療法が見つかったので」と答えた。
──数日前に流行りだした病が、終息しつつあるとはどういうことか。レトは少々驚いた。失礼な考えではあるが、ほとんど本土との交流が少ないこのヤヤハル島の医療技術が発展しているとは到底思えない。おそらく此花隊の医療部班も、流行り病の終息に尽力しただろうが、ある程度の対策を講じられる彼らでさえ病に陥ってしまったのだ。自然か。偶然か。なににしても、この現状では、遺憾が残る。
レトが返答をせず口を濁していると、男は、得意げにこう続けたのだった。
「奇跡の力を使う女の子がいるんです。彼女に診てもらうのがいいでしょう」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.115 )
- 日時: 2022/05/15 12:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第103次元 純眼の悪女Ⅲ
ヤヤハル島は島の大半が森に覆われている。また、地形の高低差がほとんどなく、かつ安定した気候が農作物を育てるのに適しているとの話だ。この島で採れた作物はエントリアやウーヴァンニーフといった大都市の市場でも出回っている。ただ、住宅街と呼ばれる地域は高い塀に囲われた区域内にしかなく、文明の進度はいかほどかと疑われたが、そもそもエントリアなどの大都市に出荷しているのだから相応の文明物を取り入れる機会はあるだろう。本土の発展都市と相違ない景観が街中には広がっていた。
レトヴェールたち一行は島で一箇所にしか存在しないといわれる施療院に案内されてやってきた。表の扉を開いて中へ足を踏み入れれば、初めに薬品の匂いがつんと鼻をつく。広々とした平面の床に、病衣を着た何十人もの患者たちが仰向けになって寝ていた。大半の者がそのようにして時折呻き声を上げているが、よく見れば上半身を起こし、付き添い人と多少の会話を交わしている者もいる。病人に付き添っているのはここの施療院の人員だろう。ふくらみのある白衣を身に纏い、顔の鼻から下部分を三角巾で覆っていた。
院内を一通り見渡していると、レトヴェールたちを連れてきた飯屋の男が声を上げた。
「ああ、ほら、彼女です。十数日前にここへやってきたんですが、すぐに奇跡のような力でこの流行り病を鎮めてくれた。ちょうどさきほどまであの怪物と戦ってくれたあなたたちみたいに」
男がそう言って、指で指し示した方向には厨房があった。耳をすませばそこからわずかに少女の声が聞こえてきた。
「温度は高めで問題ありません。カンパスを潰したものを入れるので、ゆっくり混ぜて。そうです。時間をかけないと実が溶けずに残って、成分の高いものは最悪の場合毒が抜け落ちないので、丁寧に。……ああ、すみません、もう時間ですね。あの方々が外出から戻ってきたらそこのミルク粥を飲むように言って渡してくださいませんか? まだあと、数日は油断できませんから」
男は、「きっとそちらの方の傷も診てくれますよ」とコルドに一瞥をくれてそうも言った。そして厨房へと入っていくと、柱から顔を覗かせて少女に声をかけた。
「嬢ちゃん、怪我人だ。診てやってくれないか」
それを聞くと、「はい、ただいま」と前掛けで手についた水分を拭きながら、厨房から少女が顔を出した。その少女は、キールア・シーホリーだった。髪こそ二つではなく一つに縛っており、顔に三角巾をかけてもいるが、レトヴェールには判別がついた。
カナラ街の薬屋から突然いなくなってしまったのだと話には聞いていた。それがこんなところで鉢合わせるとは。
はたと、彼と目が合うと、彼女はしごく驚いたように目を丸くした。
「……」
「頼んだよ」
ぽんとキールアの肩に手を置いて男は立ち去った。
キールアはぶんぶんと首を横に振った。それから真剣な眼差しになり、コルドと一行を別室へと案内した。
案内された別室はよくいえば片付けられた、悪くいえばてんで物の置いていない静かな空き部屋だった。物置だったこの部屋を、流行風邪の蔓延で急遽片付けたといったところだろう。なにせ島内にある医療施設はここだけだ。流行病以外の症状を訴えてやってくる一般の患者もいるだろう。ちょうどコルドがそうであるように。
コルドを寝台に寝かせると、骨組みの軋む音がした。彼の顔色を伺いながらキールアが訊ねる。
「事情を聞いてもいい?」
「……街中に現れた元魔との戦闘中に負傷した。左肩を抉られてる」
レトの返答を聞くと、キールアは慣れたようにコルドの上衣を脱がした。負傷したという左の肩口の黒ずみを見たとき、彼女は訝しむように眉をひそめた。
「これは……?」
「すこし前に、ノーラっていう……神族と交戦した。そのときに受けた傷だとは聞いた。変色してるだけじゃなくて、動かすことができない」
神族との交戦と聞けば、キールアは目を丸くした。彼女も次元の力はもちろんのこと、神族の存在についても幼い頃から両親に聞かされてきたのだ。
「神族と……? その、まったく動かないの? 神経が損傷しちゃったのかな……」
「一般でいうところの、物理的な損傷とは……似ているようで違うと思う。……その黒ずみは、神族が使う特有の力に影響を受けたもので、広く一般の医術が適うかはわからない」
「特有の力?」
「神族は"呪記"と呼ばれる呪いの術を有してる。その力の一端じゃないかと……俺は思うけど」
「……」
キールアは、きつく目を閉じているコルドの顔と、それから左肩の黒ずみに順番に目をやってから、逡巡した。
「わかった。とりあえず、目に見えるところから治療するね」
キールアは、ぼんやりとコルドの容態を眺めていた第三班の3人に声をかけた。まだほかにも作ったという空き部屋に3人を案内し、看護婦をつけた。
コルドとレトのいる部屋に戻ってくると、キールアは早速治療に取りかかった。見ていれば、容態を観察し、傷口を消毒し、薬を塗布し──と、すべて手作業で賄っていることがわかった。
彼女が、次元の力『癒楽』を保持していることをレトは知っている。実際に使用しているところを見たわけではないが、彼女の母カウリアが語っていた。シーホリーの血族は、一人として例外なく、『癒楽』の力をその身に宿して産まれてくるのだと。
黙ってキールアの横顔を眺めていたレトが口を開いた。
「使わないのか」
「……」
ぬるめにした薬湯をコルドの口にゆっくりと流し込み、傍にある台上に置いた。キールアはそれに応えなかった。
そもそも、ここへは「奇跡の力を使う少女がいる」、と聞いて足を運んだのだ。彼女は島民たちに次元の力の所持を明らかにしている。にも関わらず彼女が避けるのには訳があった。
「『癒楽』に頼れば、診療も、治療も、自分の手でやるよりもずっと早いよ。それはわかってるの。ここにきて、すぐ、原因不明の風邪が流行りだして……。早めにどうにかしてあげたかった、けど、ここの土地のことをまだわかっていなかったから、原因を突き止めてから治療にあたるんじゃ……遅くて。だから『癒楽』に頼ったの。最悪の場合、たくさんの人が亡くなってしまうと思ったから……。でもそれきり。わたしには、両親からもらった知識があるから。それを蔑ろにして、医師のような存在を名乗るなんて、わたしには」
言葉少ななキールアにしては珍しく舌が乗っていて、意志の固さが垣間見えた。しかし端切れの悪いようでもあった。レトの前ではどうにも遠慮の色が見え隠れする。その延長線上か、次に口からつい出た声も小さかった。
「でも……」
「なんだよ」
「……。ううん。なんでもない」
コルドの上半身に包帯を巻き終えると、キールアは一息ついた。
「ここには、長く留まらないんだよね」
「ああ。コルド副班……この人が動けるようになれば、早いうちに引き上げる」
「……このくらいの怪我なら、今日一日療養すれば、大丈夫だと思う」
「そうか」
「あの……レトヴェールくんは、大丈夫?」
「俺は問題ない。から、気にするな」
それを聞くと小さく返事をして、キールアは余った包帯と医療器具をまとめてから、レトの横をすり抜けて退室しようとした。そのときだった。レトがおもむろに、「なあ」と声をかけた。
「……な……なに?」
「……」
手伝えることはあるか。大変そうであれば手を貸す──と、言い募りたかった。振り返ってこちらを見たキールアの顔が目に入ると、変に眉をひそめてしまった。
「……いや。もし……力仕事が必要だったら、言え」
実際に口から出た言葉のなんてぶっきらぼうなことだろう。
キールアは一瞬驚いたような表情をしたが、ふっと下を向くと、弱弱しく首を振った。
「だ……大丈夫」
それだけ小さくこぼし、キールアは逃げるようにその場から立ち去る。ぱたん、と扉の閉まる音が寂しく室内に響いた。レトは、寝台横の丸椅子に腰をかけると、はあとため息をついた。
今夜は施療院で休むこととした。それぞれが空き部屋の中で夜を過ごす。静かな夜の風が、窓の隙間から入ってくると、レトの前髪を掬うようになぜた。
気のせいだったのかもしれないが、深夜、かすかに物音がしたのでレトは目を覚ました。しかしあたりを見渡してみても人影はなく、殺風景な室内の様相があるばかりだ。じっと、扉のほうを見やってから、レトはふたたび眠りについた。
日が昇り、鳥の鳴き声がしてくると、レトはぼんやりと瞼を起こした。身体がどことなく痛いと感じるのは椅子に腰をかけたまま眠ったせいだろう。瞼を擦りながらコルドのほうへ視線を向ければ、違和感を覚えた。
コルドが彼の指先に視線を落としながら、驚いたように固まっていたのだ。
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