コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.143 )
- 日時: 2023/10/08 16:39
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第129次元 時の止む都Ⅴ
時間が、進んでは巻き戻っている──。半信半疑だったガネストは、メッセルから東の方角にある一軒家に行くように言い渡されて、そこで見た。床にぶちまけられた腐ったスープを、舌先で舐めている一匹の猫だ。体は痩せ細り、いまにも手足が折れそうなその野良猫はついぞ床の上に倒れると、事切れた。小さな命が果てるのを見ていれば彼の周囲を白い霧が包み込んで、ガネストは気がつけばまた、サオーリオ街の入り口で突っ立っていた。
街の景観に興味津々なルイルをメッセルに任せて、ガネストは脇目もふらず東の一軒家に足を運んだ。そこには、さきほど命を落としたはずの痩せた猫が短い舌を伸ばして、腐ったスープの水面を舐めとっていた。
一度時間を止めた生命が、ふたたび動き出すなんてのは夢物語だ。メッセルの言った通り、時間が巻き戻っていると納得するほうが早かった。
原因を探るため、警戒を解かずに街を歩き回ること、4回。ガネストが街の異変に気がついてから4回、時間の巻き戻りを経験したが、街にはなんの音沙汰も訪れず、一定の時間が経過すると霧に包まれてしまう。その繰り返しだ。5度目にして、ガネストはかなり参ってしまっていた。
ルイルはというと、一向に気がつく気配がなかった。次元師としての力量の違いだろうと、彼女に聞こえないように、メッセルはぼやいていた。
(次元師としての、力量の違い……)
ガネストが街道に立ち尽くして考えに耽っていると、厩舎だったであろう崩れかけた小屋からメッセルが顔を振りながら出てきた。
「だめだ、ここもハズレだ。……あぁ〜、見れるとこは、あらかた見て回ったぜ! けどよ、怪しいモンはねぇし、ただつまんねぇ街並みがあるだけだ。何回繰り返したって変化ひとつありゃしねぇ」
「変化……?」
「特異点、つぅやつだ。どんだけみてくれが完璧にできたもんでもよ、弱いとこはあんだよ。そこを突かれたら簡単に崩れちまう。俺の壺はそういう弱ぇとこが、若ぇ頃はよくあって……」
関係のない話題へと移り変わってから、ガネストはもう一度考え込んだ。周囲をぐるりと見渡してみても、変化はない。この街に変化がないのだとしたら、いったいどこに出口があるというのだろう。街から出ようと試みたこともあったが、すぐに白い霧に包まれてしまって、どう歩こうとも街の門前に辿り着くだけだった。
頭の片隅で、なにかがちかちかと明滅している。思いつきそうなのに、それを手に掴むことができない──もどかしさに苦しんでいれば景色はまた白一色に包まれて、それが晴れてくる頃には、3人はサオーリオの街門前に立っていた。
6回目、だ。ガネストはもう外壁を見上げる力もなく、街の中へと足を踏み入れた。
(……いけない。顔を上げなくては。視野が狭まっては本末転倒だ。もっと広い目で状況を見据えないと……)
自分を鼓舞するつもりで、空を見上げた。そのときだった。ガネストは、はっと、息を吐く。
街の空に浮かぶ太陽と月が赤く染まっていた。
太陽と月は空の上で臨場し、赤々と燃えているではないか。ありえない。それらは代わる代わる上空に現れるのであって、仲良く隣り合う天体ではない。そしてどちらも不気味な赤色をして瞬いているのだ。
どんどんと、突然胸の内側で心臓が暴れだす。ガネストは空を見上げたまま硬直し、自然と声をもらしていた。
「まさか……」
「どうしたぁ? なんか見つけたか」
『扉』はとっくに解錠してある。ガネストは震える手で革の拳銃嚢から二丁の『蒼銃』を引き抜くと、それの銃口を、まっすぐ空へと向けた。
「ガネスト?」
ルイルがこちらを振り向いて、不思議そうに小首を傾げた。それとほぼ同時だった。
「──四元解錠、"真弾"!」
引き金は引かれ、同時に発砲された二つの弾筋が、瞬く間に空を突き抜けていった。発砲音が響くとともに街を覆っていた白い霧も一気にかき消される。晴れ渡った空を見上げ、弾丸の目指す先へと釘付けになった3人は、2つの赤い光が砕け散るのを目の当たりにした。
赤い光の粒子がはらり、はらりと、空から落ちてきて、3人の頭上に降り注ぐ。しばしの静寂があたりを包みこんだ。心臓の音が収まってくると、ガネストは結んでいた口元から小さく息を吐きだした。
「霧が……晴れた、ようです」
「な、なん、だったんだぁ……? あの赤い星はよ。どうなってんだ」
「わかりません。でもきっと、これで……」
「ガネスト」
背筋が凍るような感覚。ぞっと、それは足元から這い上がってきて、ガネストは即座に、ルイルの声がしたほうへと振り返った。すると彼女は棒きれのように立ち尽くしていて、彼女の体より何倍も大きな影に包み込まれていた。
「……この人、だあ、れ」
聳え立っていた。十尺はある長躯、全身が長い裾の布織物で覆われた、悍ましい何か、が。
ルイルの頭上から濃い影を落とし、息づいている。
人ではない。
目深に被った頭巾の下に、二つの赤い目玉が浮かんで見えた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.144 )
- 日時: 2024/12/04 23:12
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第130次元 時の止む都Ⅵ
神族。
全身の血に混じった次元師としての本質が、"そう"だと、内側で荒波を起こしている。
天地の神と謳われた【NAURE】を討伐したコルド、そこへ臨場したロクアンズとレトヴェールらの目を通して記された報告書の文字列をなぞるだけでは、まるで御伽噺を読み聞かされているかのように実感がなく、今日この日を迎えるまで、ガネストは神話を信じ崇める者の心情を知り得なかった。
首筋に電流が走り、血流が激しく波打つ。
強すぎる光に眼球が焼かれ、頭蓋に激音が響き渡る。
濁流のごとき激しさで感情の渦に呑まれて、呑まれて、正気でいる、などと──。
ガネストは無我夢中で引き金を引いた。目の前のそれを破壊したかったのか、魅入られるのではと恐れたのか、真実は弾丸の飛び出す破裂音に、掻き消された。
十尺はあるその化け物は、撃たれた衝撃で上半身を仰け反らせた。と同時──。
「──馬、鹿野郎がッ! 伏せろッ!」
「!」
「六元解錠──"絶豪"!!」
メッセルの鋭い声が脳みそに響き渡り、刹那。化け物を隔てるように『盾円』が地面の下から飛び出した。幅のある大きな盾は、両端のへりを伸ばし、瞬く間に、化け物の視界から三人の姿を覆い隠していく。
盾を半球形に婉曲させ、対象から自身らを隔絶する次元技、"絶豪"。次第に完全な半球形となると、あたりは闇に包みこまれた。呼吸音だけが静かにこだまする。
襲撃に備えて身構える。心臓が早鐘を打つ。汗が顎の先から落ちる。身構える。脚が震える。身構える。
そうして緊張が頂点に達したまま、闇の中で息を殺していると、頭上からふいに、声がした。
小さく啜り泣くような、声だ。わずかだが声が降ってくる。
「……え?」
ガネストは顔を見上げた。"絶豪"の天井の部分を越して声は聞こえてくる。男とも女とも、若人とも老人ともいえない奇妙な声色で、わずらわしく涙声を降らし続けているのは、神族だというのだろうか。
決して騙されてなるものか。
ガネストが固く決意し、じっと身を潜めている傍ら、忽然と姿を消している者がいた。彼は頭上にばかり注意していて主人の足音に気がつかなかった。
「ガネスト、めっせる副班」
だから"絶豪"の外側からルイルの声が飛んできて、二人は激しく肩を震わせた。想像したくない光景が物凄い速さで脳裏をよぎる。ガネストはがちがちと奥歯を鳴らし、返事さえままらなかった。
「出てきて、ねえ」
心臓の音が大きくてうまく聞き取れなかったガネストは、壁越しのくぐもったルイルの声がわずかに困惑しているのにも気づかなかった。
「泣いてるの……この、おっきなひとね、ずっと、泣いてる。……おそってこないよ」
ガネストの頬の上を、一筋の汗がつう、と滑り落ちた。そのとき、だれかに肩を叩かれてびくりと身を震わせた。暗がりに慣れてきた目がメッセルの表情を映し出して、彼が黙って頷いたのが見えた。ガネストもゆっくりと頷き返して、二人は緊張の中、息を顰めた。
"絶豪"を解除し、溶け出した盾の壁の向こうに現れたのは空を見上げているルイルと、彼女の目の前で首を垂れて、さめざめと泣き続けている十尺の化け物の姿だった。
ガネストとメッセルの姿を認めると、ルイルはくるりと顔をこちらへと向け、ほっと安堵の息をついた。
目深に被った頭巾の下から漏れ出ている小さな泣き声にうんざりとしながらメッセルがいっとう低い声で告げた。
「……何のつもりだ、なぁ、お前さん神族だろう。騙そうったってそうはいかねぇ。俺の血がそう言ってんだよ。悪ぃが警戒は解かねぇぜ。その嬢ちゃんからいますぐ離れろ」
腹の底から響く低音が、あたりにぴんと緊張の糸を張る。十尺の化け物は緩慢な動きでルイルを見下ろして、じっくりと間を置いてから、ようやく言葉のようなものをこぼした。
「ああ、その……妾は……嬉しいのです……なにぶん……二百年ぶりに、こうしてお外に……人間様にも……お会いできたのでございますから……」
「あなたは……だあれ?」
ルイルはこわごわとしながらも、はっきりとした口調で目の前の存在に問いかけた。
化け物の顔にかかっている頭巾の陰の下から吐き出された声は想像よりもずっと美しく、声色だけで絆されてしまいそうだった。
「我が名は【IME】(アイム)……創造神ヘデンエーラより命と肉体を賜った、"時間"を司る神にございます」
ガネストは、はっと目を見開いて、声にしていた。
「時間……──」
「ははあ。お前さんがやってたっつうわけだな。この街の、時間の繰り返しをよ。……なんだって、んなことをした」
緊張の糸はまだぴんと張っている。つゆ知らずアイムと名乗った神族はゆったりとした動作で、霧の晴れた夜空を見上げて、長い腕をまっすぐ空へ向けて伸ばした。長らく眠っていた動物が、目覚めて体を起こすように、無防備な動きだった。
「失っていた力が……戻って参りました……二百年ぶりですから……どうにも制御がきかなかったのです……」
冷たい風が吹いて、アイムの顔を覆っていた頭巾が首の後ろへとなだれ落ちた。アイムはそれから、三人を見下ろした。白い肌に、広い額、極端に低い鼻、それに口のような穴が眉間のあたりに開いていた。人間とはまったく異なる、まさに化け物と呼ぶに相応しい相貌だ。そして二つの赤い瞳に、白い虹彩がぎらぎらと輝いていたのだった。ふいにガネストは、その魅惑的な白い虹彩に釘付けになった。
ノーラの瞳は十字の形で、虹彩もまたおなじ形をしていたと報告書には上がっていた。しかしアイムの瞳には、"白い円"が描かれている。ちょうど真ん中を、さらに小さな丸でくり抜いたような模様だ。
(おなじ神族でも、姿形はだいぶ異なる……。ノーラは襲いかかってきたがこの神は……)
ガネストは問いかけながら、指の先で引き金に触れていた。
「二百年前に……貴方がた神族が現れ、この国の民と戦争を始めたとお聞きしています。間違っていませんか?」
アイムはそれを聞くと、十尺ある体を屈めてガネストに顔を近づけ、穏やかな声色で答えた。
「はい」
「……と、当時のことを覚えているのですか? なぜこの国の人々は、貴方がた神族に憎まれなければならなかったのです? そしてなぜ、戦時中に忽然と姿を消してしまったのですか」
果たしてどこまで答えるのか──。ガネストはもはや、茨の道を素手素足で突き進んでいるかの如く心地だった。メッセルは黙って警戒していた。
「それが……妾は……覚えて……おりません……【信仰】様より、命が下ったのです……そのあとはどうしたのか……目を覚ましたかと思えば……このような土地におりました……」
「【信仰】様……とは?」
聞き覚えがある。ガネストの脳裏ではまた、報告書の紙面が捲られていき、行き着いたのはノーラが消滅する寸前の発言の記録だった。「【信仰】を殺せ」とは、どんな思惑があって、コルドらに伝えられたのだろう。その真意を掴めるやもと、ガネストは前のめりになった。
「教えてください、神族アイム」
「その……我々を統べるのは……はい……【信仰】様でございます……秩序を持ちこの世を統治する人間様を守護するため……我々六柱の神族は……母なる創造神ヘデンエーラ様より……生み出されました……ですが【信仰】様が……ひどく……お怒りになられて……それから……記憶しているものがないのです……人間様と戦を起こしたことは……ええ……存じ上げて」
微細に話の筋が逸れている、とガネストは奥歯を噛み締めた。【信仰】の正体とはいったい何なのか。かの神族の怒りの原因はどこからやってきたのか。なぜノーラは、神族を統べるその【信仰】とやらを殺せと言ったのか。ガネストはさらに問い詰めたい気持ちが逸っているのに、アイムはまるでそれには気がついておらず、何気なく話を続けた。
「六柱……ああ、いいえ……七……」
そう思いついたように口にした、次の瞬間だった。
「ぁ、ぁ、あ、ぁ」
アイムの様子が急変する。体を小刻みに震わせ始めたかと思えば、嗚咽のような醜い声を短くもらし、頭を振りながら不安定な足取りで揺れ動いた。
白い肌膚の一部が変色する。
次第に、日向が影に飲み込まれていくみたいに、真白の肌を灰色の闇が覆い尽くした。
「信仰しろ」
まるで、呪いの言葉。
機械的でしかなかった報告書の文字列が現実に映し出される。ガネスト、ルイル、メッセルは悟った。逃れられない高波が眼前に、唐突に、聳え立ったのだ。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.145 )
- 日時: 2024/04/07 12:57
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第131次元 時の止む都Ⅶ
激しい警鐘が頭の中に鳴り響いた。動きだしたのは、メッセルがだれよりも早かった。いの一番に、五元級の巨大な盾を惜しみなく展開し、アイムが振り下ろした大腕の襲撃に受けて立つ。直後、鋼のごとく硬い盾の表面に、激しい衝突音が叩きつけられた。
「備えろガキども! ガネスト、常に構えてろ! おめぇが攻撃の要だ! 時間を操ってくるってんだ一秒も気抜くんじゃねぇ! 一瞬で持ってかれるぜ!!」
「は、はい!」
「チ……! 俺ぁよ、コルドほどやれる自信ねぇってんだ……!」
衝撃の余波で、噛み潰していた葉茎がちぎれて舞い上がった。
『盾円』。たとえ槍が降ろうとも、鉄の塊が降ろうとも、何人たりとも侵入を許さない、防護に絶対特化した"盾"。それがメッセルの有する次元の力だった。守護に長けている反面、攻撃手段をほとんど持たず、だからこの班で主力に置くべきは銃撃を得意とするガネスト・クァピットだとメッセルは班編成を言い渡された日からわかってはいたものの、深慮していなかった。メッセルもコルドとほぼ同時期に声をかけられ戦闘部班へ異動してきたとはいえ、先述の通り防御に特化し、戦闘能力の劣る次元師だ。次元師だからという理由ひとつで、同期のよしみで、セブンが買い被っているだけだ。
だというのに、まさか天下の神族──その一柱に遭遇してしまうとは。メッセルの頭の中はとっくに冷え切っていた。
(こいつぁ、心臓ぁあんのか……!? なけりゃマトモに闘っても適わねぇぜ。──だがやらねぇわけにもいかねぇ。無力化、が最善手だ!)
ドン──と、さらに足元が激震する。ただもう一発腕を叩きつけられただけだ。だのに、地面が、空気が、震え立つ。何度も何度も繰り返し大腕が振り下ろされ、次第に、頭上に展開した『盾円』から嫌な音が降り落ちた。
「クッソ、重いな……チクショウ! 能力なしでこの威力かよ! さすがに図体でけぇだけあんなぁ!」
口の中に残った茎の根を雑に吐き捨てて、メッセルは額に汗を滲ませながら、叫んだ。
「ガネスト! こいつぁもうもたねぇ、一旦解くぜ! イイ感じに奴のドタマぶち抜いて、隙を作れ!!」
「……わ、かりました! メッセル副班長、解いてください!」
照準。合わせて一瞬の、後。視界を埋め尽くす盾の裏面が火をあてられた鉄のようにどろりと溶け出して、いびつな穴が開く。その穴は敵にとっても絶好の急所になるだろう。そこを穿てば盾は一瞬にして粉砕できてしまう。大腕は即座に空へ向かって掲げられ、そして、急速落下した。
引き金を引く音が立つ。
「──四元解錠! "真弾"!!」
刹那。細い穴を通り抜けた二発の弾丸が、アイムの頭部を穿つ。頭部が後ろへのけぞり、巨大な体がわずかに傾いた。
瞬きをした。
次の瞬間だった。
「え?」
ガネストの視界が翳る。視界は開けたはずだったのに。傾いたと見えた巨大な腕が、ガネストの眼前を黒に染めあげて、その向こう。わずかに見えた。いいや、見えなかった。アイムの頭部に撃ち込んだはずのその二つの弾痕がなくなっていたのだ。
「──っ!」
(時間を……巻き戻された──!?)
声を出すことさえ阻まれて、ガネストは神の大腕に薙ぎ飛ばされる。小さなごみを払うような緩慢な動きだったそれで、しかし彼の身体は横跳びし、崩れかけた家屋の壁に突き刺さった。石造の壁は脆くも、彼とともに崩れ落ちた。
「ガネストっ!」
ルイルが悲痛な叫び声をあげ、大きな音が立ったほうへと顔を向ける。すぐに、ガネストは瓦礫をのけて顔を出し、額から流れ落ちた血の一筋を拭うよりも先に、メッセルに向かって声を張った。
「ぼ、くに……構わず! それよりも、ルイル王女を……!」
「わあってるよっ!」
手早くルイルのことを抱き上げて、雑に脇元に抱え込むと、メッセルは彼女の顔を見下ろして言った。
「いまだけ許してくれや、お姫さん。ちゃぁ〜んと捕まってろよ!」
「う、うん」
メッセルは、次に十尺の体から生える巨腕の大振りが投下されるだろうと、予感していた。そして予感は命中し、神の巨腕はすぐにメッセルとルイルに襲いかかった。間一髪。出力大の打撃が降り注ぐより前に、メッセルはルイルの頭部を腕で覆いながら横跳びして、撤退した。
爆風のような余波がメッセルの背中を押し出して、地面の上を勢いよく転がっていく。アイムは手応えのなかったのをすぐに感じ取ったのか、体の方向をゆったりと正して、立ち上がろうとするメッセルとルイルの頭上を目がけてふたたび巨腕を振り上げた。
「こっちだ、アイム! 四元解錠──、"真弾"!!」
二発、弾丸が放たれる。アイムの背後から飛んできたそれは肩を撃ち抜いた。だが浅い。ぐるり、と頭部をひねって、アイムは頭巾の下で輝く赤い眼でガネストを凝視した。巨腕は簡単に持ち上がって、また、ガネストの頭上に濃い影を落とした。ごう、と風を叩き切る音がしたかと思うと、強烈な一打が石畳の地面に突き刺さった。
土埃を纏いながらガネストは危機を脱し、訓練で身につけた通りに受け身を取った。すかさず『蒼銃』を構える。しかし息つく間もなく巨大な影が迫ってきた。撃つが早いか、打たれるが早いか、一瞬の迷いのあと、ガネストは銃身を下げて後方に飛び退いた。巨腕はまたも標的のいない地面を殴打した。しかし、よほど頑丈な体なのだろう、まるで動きが鈍くなる気配がない。
神族の体の頑丈さは、人間はもちろん、元魔をも凌ぐ。この神族【IME】も例外ではないが、しかし、アイムの一挙一動は操り人形がごとく単調だ。注意すべきは時間の巻き戻しだけといっていい。
その過剰な警戒が仇となる。ガネストは、アイムの動きを注視するあまり周囲が見えていなかった。荒れ果て、立派な道のない街中は、折り重なって横たわる木々や、無造作に転がる瓦礫の山で溢れており、戦闘を妨げるのに十分だった。回避の傍らで射撃を続けるガネストは、地面を這う蔦に足を取られ、がくりと視界が急降下した。頭上に濃い影が落ちる。神の巨腕がいままさに振りかかろうとする。そうした、矢先。
ガネストの眼前に巨大な黒い"盾"が展開された。
巨腕の一撃を巨大な盾が受ける。打撃音が轟き、響き、重なり、続き、連続して、神は、盾の壁を殴打する。
「六元解錠、"巌兜"。ちっとやそっとで壊れる盾じゃぁねぇぞ」
築かれた鉄壁巨郭の盾。形容しがたい異国風の模様が掘られたその真っ黒な盾の表面をアイムが幾度となく叩く。しかし、"巌兜"は傷もつけられなければ、微動だにもしない。
ガネストは目を丸くして、巨大な黒い盾の内側で息をして、地面にべたついていた腰を持ち上げた。メッセルはとうに立て直していて、傍らのルイルを庇い、術を展開してくれている。
(これが『盾円』──)
守護に特化した次元の力。見上げればその盾の背はうんと高く、十尺はあるアイムがすっかり隠れてしまっている。事実、アイムの攻撃はまったく貫通せず、だだをこねて腕を振り回す子どもの姿そのものだった。
そのとき、アイムの攻撃が、ふっと止む。単純な殴打をやめて、アイムは長い腕を伸ばし、盾の両端を掴んだ。"巌兜"をどかすつもりなのだろう。
ガネストは、はっとして、走り出していた。
アイムから遠ざかっていくガネストは、かろうじて根を張っている太い木の幹にしがみついた。太さのある枝の根元まで登りきると彼はそこへ腰かけ、すかさず『蒼銃』を構える。
(顔を出したら、その瞬間に射撃する。集中するんだ!)
が。
黒い盾の端を掴んでいる、長く歪な、灰色の指。そしてついに顔を覗かせた。ぞわりとガネストの背中が震え上がる。赤い目が、深い真紅の眼が、遠くにいるガネストの視線をたしかに貫いた。
ガネストは引き金に指をかけたまま静止した。
ぎらぎらと瞬く赤い、目元から皺が走る。
途端景色が一変した。ガネストのすぐ目の前にアイムが迫っていた。そして無意識に一歩引き下がる。と、蔦に足元をとられた。瞬間、巨大な腕が風を薙ぐ轟音がして、ガネストはその横薙ぎの手刀に弾き飛ばされた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.146 )
- 日時: 2024/04/07 19:01
- 名前: りゅ (ID: vHHAQ2w4)
凄い文章力ですね!
ファンなので応援していますね!(⋈◍>◡<◍)。✧♡
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.147 )
- 日時: 2024/05/05 20:55
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第132次元 時の止む都Ⅷ
"巌兜"を発動させる直前の時間まで巻き戻ったのだ。メッセルは怒りで震える拳を固く握りしめた。
「……クッソ! また時間が巻き戻りやがった!」
時間の巻き戻しが行われると、状況把握に一瞬気を取られる。よって、発動できていたはずの次元技の再発動に遅れを取る。いくら的確に盾を展開できたとしても、なかったことにされてしまうのだから厄介このうえなかった。自身の扱える次元技の中でも、"巌兜"は、一方向からの防御にもっとも優れているが、破られてしまった以上、再考しなければならない。メッセルには早急な対処が求められていた。
瓦礫の山に突き刺さったガネストの体はぴくりとも動かない。しかし彼はまだ意識を保っていた。
恐ろしかった。あの赤い目がまっすぐこちらを捉えている、と認識した途端、身動きが一切とれなくなった。ロクアンズやレトヴェールは、あんな化け物と二度も相まみえて、そのうえでまだ探し続け、戦おうとしている。神族どころか、元魔との戦闘経験すら両手の指で足りてしまうガネストは、圧倒的な力の存在を前に、圧倒的な経験値不足を嘆き、戦意を喪失しかけていた。
けれど、息をするのもやっとなその口で、呼吸以上の嘆きを吐けないのには理由がある。ガネストは一度首をたれて主人に誓った忠誠を覆せない。だから言えない。ここで果てられない。「恐い」も、「相手にならない」も、それから──「守れない」だなんて、一瞬考えてしまうだけで、口の中に広がる鉄のような罪の味が濃くなった。
「まだ、だ……。こっちを狙え、神族、僕がお前の……相手だ!」
思考する脳を置き去りにして、ガネストは感情任せに引き金を引く。
「──四元解錠、"挟弾雨"!!」
照準が合わないままに弾丸はたて続けに二つの銃口から吐き出されて空気中を駆け抜ける。アイムの顔面を穿つそれはさながら、大粒の雨が地面を叩くようにけたたましい音を降らせた。巨大な腕で顔を覆い隠し、縮こまっているが、弾丸の雨が止めばアイムはきっと意にも介さず、動きだすだろう。
ルイルは、困惑していた。彼女は神族【IME】の能力による時間の巻き戻しをいまだ感知していなかった。だんだんと焦りが深くなっていくメッセルの表情も、らしくない戦い方をしているガネストも、考えれば考えるほど奇妙で、幼いながらにルイルはぼんやりと察していた。寂しさ、そして難しい言葉をさらに並べるのなら、疎外感だ。
「じかんが、まきもどり……?」
「……せ、説明はあとだ、嬢ちゃん! おめぇさんは、俺にしっかり捕まっててなぁ」
さっきまで怖い顔をしていたメッセルが、目尻にしわを寄せて、にかっとルイルに笑いかける。ルイルにはまだ、人の表情の機微が読み取れなかった。母国で生き別れた姉のライラ子帝殿下ならば、上手に言葉を切りこめるだろうが、ルイルはまだ小さすぎて、なにが正しいのかもどう言えば正解なのかもわからない。ルイルは不安げな表情を隠しきれずに、ふいとメッセルから視線を外して、俯いた。
(めっせる副班もガネストも、たくさん動いてるのに……ルイルは、いま、なにをしたらいいか、わかんない)
元魔だって自分の背丈より遥かに大きくてまだ戦うのは怖いのに、神族はもっと恐ろしい存在だとメッセルやガネストが教えてくれた。だから下手に動いて二人の邪魔をしたくなかったり、"もっと恐ろしい存在"への得体のしれない恐怖心に襲われて、メッセルの袖元に匿われているのが精一杯だった。
側近のガネストには再三、危険だと思ったら身の安全を第一に考えろ、と口酸っぱく言いつけられている。
次元師としてこの国のためにいる、と友人の前では言えたはずなのに、いざ戦場に立つと、足元がぐらついて仕方ない。
でも、言いつけの通り、素直に身の安全ばかりを考えてしまうのだから、まだ一国の王女としての自覚が勝っているのだろう。そのうえ王宮で暮らしていた頃とは違って、たった一人だけ側近を連れ立って、海を渡ってきてしまった。心だけでも何重と警戒していなければ、いまの身の上は無防備極まりない。
ルイルは気疲れからか、だんだんと頭が重くなってくるように感じた。視界がぐらり、ぐらり、と右へ左へ傾いて、不安定になる。
そんなときだった。俯くルイルの頭の上に、大きくて粗忽な手が乗りかかった。ぐわんと頭が持っていかれそうになり、ルイルは袖を掴む力を強めた。
メッセルが、すぼめた口先から細い息を、熱く吐いた。
瓦礫の山から身を乗り出して、横殴りの鉛の雨を降らすガネストは、いよいよ集中を切らしつつあった。"挟弾雨"は、術者の元力と意思の許す限り、半永久的に弾を射出する。絶え間なく撃ちだせばそれだけ元力は激しく消耗する。ガネストは撃ち続ける間にも、どうにか策を練ろうとしたが、かえって思考はまとまらず焦りだけが格段に募っていった。
『ガネスト、攻撃を止めろ!』
ふいに耳元でがなり声がした。元力を結晶化し、人工的に生み出された"元力石"を用いて発明されたこの研究物から聞こえてくる意思の声にまだ馴染みがなく、一瞬、ガネストは反応に遅れた。
「止めればあの腕が飛んできます! この距離じゃ、止めたあとに回避しようとしても間に合いません。……さすがにもう一度受けてしまえば、どうなるかわかりません。策を講じてからでないと止めるのは無理です!」
『その前に、おめぇさんがぶっ倒れるだろうが! だぁから止めろって言ってんだドぁアホ。しばらくこっちでなんとかする!』
焦りと苛立ち、そりの合わない口汚なな罵倒、身に降りかかるあらゆる嫌悪感に、沸騰しかけていた全身の血がついに臨界点を超えた。
「さきほどの黒い盾ではおなじことの繰り返しです! それに守るだけでは、この戦闘は終われません。神族の心臓の有無がわからない以上、優先するべきは無力化。そのために僅かでも攻撃を与え、消耗させなければなりません。我々の中で僕が攻撃の要だと言ったのはあなたでしょう、副班長! だから早く、攻撃の指示を!」
『……だぁ~~~~! 言うこと聞かねぇガキだなおめぇも! その攻撃を立て直せっつぅ話をだな……あぁクソ、子守りはしねぇっつったのに、まったくよ!』
その矢先だった。銃把を握る手の内に溜まってきた汗で、ガネストははっとした。握りが甘くなっている。残る力を振り絞り、持ち直そうとした、が、手の中でそれは変に滑ってしまった。
ガネストは、右手に携えていた『蒼銃』を取り落とした。
(しまった!)
一丁の『蒼銃』が瓦礫の上で跳ねながら、落ちる。白む景色がゆっくりと流れる。
もう一丁手元に残る銃を引き続ければよかったのに、ガネストは手を止めてしまった。
自身を取り巻く景色、風の音、耳元で名前を呼ぶ声、それらを遮断し孤独になった世界を叩き割ったのは、耳をつんざくように鳴った衝撃音だった。
しかしガネストの身に降りかかったのは、痛みでも衝撃でもなく、──巨大な影だった。
ガネストは閉じかけた瞼を持ち上げる。膨大な質量をしたその音が、目の前で弾け飛んでいた。
否、音だけではない。自身を目掛けて飛んできた神族の二本の腕が、"なにか"に切断されて空を舞ったのだ。
「六元解錠──、"絶豪"!」
巨腕を叩き割ったのは、相手と自身らを隔てるようにして発動する盾、"絶豪"。
アイムの腕の軌道上に生み出され、上腕と、肘から下を絶した。ガネストはただ目を見開いて、空を飛び、視界の端に消える巨腕を見送った。
"絶豪"の特性、完全に空間を分つその力を利用した、防御であり攻撃の一手。
メッセルは、余裕の消えた頬に汗を滲ませて、乾いた笑みをこぼした。
「……クソ、付け焼刃になっちまったが、運がいいぜ」
アイムの短くなった腕が、がくりと崩れ落ちる。神は四つん這いになり、ぴたりと静止した。銃声が止んでしんと静まり返った街の中に、三人の呼吸が落ちる。
ガネストは揺れる体で立ち上がった。瓦礫の山に突き刺さっている一丁の拳銃を取り上げようとして、すぐに、滑り落とした。
(──……)
ぐっと奥歯を噛み締める。今度こそ拳銃を拾い上げ、通信具からメッセルの呼吸音が聞こえているのを確認すると、口を開いた。
「メッセル副班長。あの……」
ドシン。大地が、揺れた。
足元が踊った。視界がブレた。声が途切れた。息を、止めた。
それを凝視した。
巨躯が激しく震動している。残された短い腕ががたがたと小刻みに動き出して、次の瞬間だった。
「厳戒態勢だ!」
その声は通信具の奥からだったのか、街の中からだったのか。
直接脳みそを揺さぶられるほどに、深くガネストの意識に突き刺さった。
腕の切断口から、太い腕が"再生"した。末端までしかと伸び切った新しい手指はアイムの両端に聳え立っていた建物の上に降り立ち、平らな脳天を崩落させた。そして。脇の下。肋骨の横。腰の上。腿の端。それらの両端から二本ずつ新たな腕が芽吹く。アイムの周囲を取り囲んでいた建造物の天井が、十本もの手指の末端と衝突しただけでいとも容易く弾け飛んだ。周囲の建造物に、触れ、壊し、触れ、弾き、触れ、崩し、を悪夢のように繰り返す。
「ア゛ア゛アア ア゛アアア゛!!」
巨躯に十本の腕を携え、不愉快な哭き声を発信し続ける"それ"は、もはや神聖な生き物ではなく、醜悪極めた化け物だった。
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