コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.78 )
日時: 2019/10/28 22:13
名前: (朱雀*@).゜. ◆Z7bFAH4/cw (ID: /FmWkVBR)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

 こんばんは^^ 更新お疲れ様です!
 私のこと知っていただいていたなんて光栄です…泣 実は前々からお知り合いになりたいなと思ってました(*^^*)
 今日は【君を待つ木花】を読み終えて、いてもたってもいられずコメント失礼します。多分長文になります、ごめんなさい。笑

 まず【海の向こうの王女と執事】の感想から。ガネストのみならず、ルイルちゃんも次元師だったんですね…! ルイルはまだ幼いのに、自国とお姉ちゃんから巣立って一人の次元師として此花隊へ赴くところが偉いです…。最後の帽子のプレゼントも素敵でした! ライラとルイルの姉妹愛に感動いたしました泣
 レトは王家の子だったんですね。何だかんだロクが心配になって手助けしてくれる彼が素敵です。朝が弱かったり可愛い一面を持ちつつ、次元の力で双剣を扱っちゃうギャップがたまりません。笑 ロクに引け目を感じているようですが、彼は彼のままでいいんだよと伝えたいです(´・ω・`)

 【君を待つ木花】は、タイトルの回収がもう、素晴らしかったです…! 読み終わった後、しばらく余韻に浸ってました。私このお話大好きです。笑
 まず、ロクちゃん六元解錠おめでとう! 物凄い速度で成長しますねロクは。笑 でもベルク村に行く途中、水が足りない場面で、レトに水筒を渡して自分の血を飲む場面は少しぞっとしました…他者を優先して無意識的に自分を犠牲にしてしまうロクが心配です。一人で突っ走らないように、レトはロクの手綱をしっかり握っていてほしいです。笑
 それとセブン班長、13年も待っててくれたんですか……? フィラの書いた報告書をマメに読んでいるところも……尊いです。ちょっと抜けてる印象が強かったセブン班長の一途な一面を知ってしまって最高の一言です。末永く幸せになってください。
 フィラのお爺ちゃん(総隊長)も貫禄があって素敵です…もしかして彼も次元師だったりするんでしょうか。そうだとしたら滅茶苦茶に強そうです。

 次元師が続々と集合してきて今後の展開がとても楽しみですー!
 早く最新話追いつきたいです(*´▽`*)
 また来ます! 長文失礼しました。笑

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.79 )
日時: 2019/11/02 13:08
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: LpTTulAV)

 
 >>78 朱雀さん

 コメライ板でよく活動されていたので……! いまになって(?)お話できる機会ができて、不思議な気持ちです(´`*)
 わたしもずっとお話してみたいなと思っていたのですがいかんせん消極的なもので汗
 朱雀さんのほうから話しかけていただけたのが嬉しかったです!

 そして長文のコメントをありがとうございます……!!
 すべて目を通させていただきました。この作品を読んでたくさんのことを思っていただけるのがこの上なく嬉しいです。
 群像劇なのでキャラクターも多い分、一人ひとりに目を向けるのが大変かと思うのですが、朱雀さんがたくさんのキャラクターについてお話してくださったことに感激しました。ありがとうございます……!ヽ(;▽;)ノ
 ロクはそうですね、その自分の腕をナイフで傷つけるところは今後に繋がる大事なシーンでもありました。自分の犠牲を厭わない子であるということを頭の片隅にでも覚えておいていただけると幸いです(*´ω`*)

 長編を予定しているのでまだまだ先の長い作品になりますが、朱雀さんに最後までお読みいただけるように今後もがんばります!
 コメント、本当にありがとうございました!!
 
 

 
 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.80 )
日時: 2020/04/16 14:56
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第071次元 日に融けて影差すは月20

 玄関の扉が、がたがたと音を鳴らしていまにも壊れそうだと訴えてくる。時折、ばんっと一際強く叩かれる。まるでだれかが外から扉を殴っているようだった。その正体はほかでもない、吹雪だ。

 一歩でも外へ出てみればたちまちひどい吹雪に攫われてしまうことだろう。今年は特に異様なほどの勢力だ。
 エポール一家も朝から自宅でなりを潜めていた。レトヴェールは例のごとく本を読み耽っているようだが、ロクアンズはこれといった趣味もないので時間を持て余していた。身の回りのこともあらかた済ませてしまったので、いまはただぼうっと暖炉の火に薪をくべている。
 しばらくしてから、ロクは立ち上がった。居間で壁を背に座りこみ読書をしているレトの足元に、ことん、とティーカップが置かれる。彼は紙面から視線を外した。

 「紅茶、いれたから飲んで。今日寒いし」
 「……ん。母さんには」
 「おばさんにはこれから持ってくよ」
 「なら煎じ茶にしろよ。母さんの部屋にあるだろ、薬」
 「ああ、たしかに! でもあたし、ちょうごう? とかよくわかんない……」
 「俺がやる」

 レトは言いながら立ちあがった。

 「えっ、レトできるの!? すごい!」
 「かんたんな方法のやつだけな。前にカウリアさんからむりやり」
 「そうだったんだ。いいな、レト」
 「おまえも覚えれば」
 「教えてくれるの、レト!」
 「……見せるだけなら。きかれても説明はできねえぞ」
 「わーい! せっんじちゃ、せっんじちゃあ~」
 「静かにしてろ」
 
 ただでさえ外は吹雪で騒々しいのに。レトはそう心の中で悪態をつきながらエアリスの部屋へと足を運んだ。
 こんこん、とレトは木の扉の表面を打ち鳴らしてから部屋に入った。
 
 「母さん、ちょっと薬さ」

 しかしドアを開け広げてすぐにレトは目を剥いた。

 「…………母さん」
 
 室内にはエアリスがいなかった。一瞬、動揺の色を見せるレトだったが、彼は落ち着いて部屋の中を見渡した。それでもなお彼女の姿はない。
 
 「母さん……? ──母さんっ!」

 レトは血相を変えて居間に戻ってきた。そこへ、

 「どうしたの、そんなに騒いで」

 炊事場で洗い物を拭きあげていたらしいロクが歩み寄ってきた。レトは興奮した状態のまま早口でまくし立てた。

 「いないんだ、母さんが、部屋に」
 「え? じゃあどっかにいったのかな」
 「この吹雪でか?」
 「ちがうよ、家の……」
 「……今日、見たか、家で。母さんを」
 「……」
 「母さんがいない」

 レトとロクの間に流れる空気が凍りつく。レトはかなり動揺しているようだった。対してロクは、俯きがちに視線を巡らして、小さく口を開いた。

 「……もしかして」
 「なんだよ」
 「明日、あたしの誕生日だからって……おばさんが、カフの実を採りにいってあげるって、昨日そんな話」
 「……」
 「あたし、いいよって言ったのに……っ」

 エアリスは自身の体調の良し悪しも判別がつかないほど間抜けではない。家の外が危険かそうでないかは火を見るよりも明らかだ。病人はおろか至って健康体の人間でさえ足踏みしてしまうような天候の下へ、なぜ。
 レトは走って玄関のほうへ向かった。低い木の棚から分厚い羊の毛がついた靴を引っ張り出してきゅっと紐を結わえる。太い毛で編まれた上着を重ねて羽織った。靴のつま先でとんと床を鳴らすと、ロクの声が後ろから飛んできた。

 「まってレト! あたしも行く!」
 
 ロクも分厚い生地で袖のない簡易な羽織りものを頭から被り、毛と綿で拵えた手袋をはめると、レトのあとを追う。義兄妹はそうして吹雪の中へ身を投じた。




 厚く降り積もった雪道はとても不安定で、レトはもつれそうになりながらもざくざくと突き進んだ。時折、バランスを崩して転びもした。雪にまみれた鼻や頬が痛いくらいに冷たくなる。手袋で顔を挟むことでレトは温度を取り戻そうとした。それから立ち上がるのも早く、雪道を勇敢に進んでいく。目指すのはカフの実が成る木の群生地だ。
 曇天が頭上で笑っている。
 
 「かあさん!!」

 レトの声は虚しくも闇の中に吸いこまれていった。ひゅう、ごう、と鳴り響く雪と風の音が邪魔をする。
 そのときだった。

 「……」

 林道の真ん中。倒れ伏せている人物が、降りしきる雪を背中に被っていた。
 真白の雪の絨毯の上できらきらと光を照り返すその黄金の髪は、恐ろしいほど美しかった。

 彼女がぴくりとも動いていないのは雪の重さのせいではない。

 「………………かあ、さ」

 行き倒れているエアリスをしっかりと視界で捉えた彼は、ぞくりと身を震わせた。

 「母さん──ッ!」

 深い足跡を残しながらレトはエアリスのもとへ駆け寄った。
 
 「母さん! しっかりしろ、母さんっ!」

 彼女の身体の上に降り積もった雪を払う。毛糸で編んだ手袋に染みこんできた雪水が肌を刺す。だがそんなことはどうでもよかった。レトは一心不乱に雪を取り除いた。
 ──そのとき、レトは"なにか"に手をぶつけて、ぴたと動きを止めた。
 背中だと思っていたところからはナイフの柄が伸び、その周りの雪が赤黒く変色している。

 「──え」

 刹那。
 不自然で強い突風が、突如レトに襲いかかった。彼はエアリスの傍から剥がされると来た道を戻るようにして吹き飛んだ。
 雪道を転がり回り、泥水の味が口いっぱいに広がる。寒さ、そして口内に張りつく気持ち悪さを吐きだそうと咳払いを繰り返した。息も絶え絶えな彼の耳に、だれかの声が聞こえてくる。

 
 「コンニチハ~、かな? 次元師サマ」


 少年──のようにも少女のようにも聞こえる幼い声。語尾が伸びるような特徴的なしゃべり方をしたその人物は体躯もレトとそう変わらず、エアリスの身体に突き刺さったナイフの柄の上に片足だけを乗せて、ぶらりぶらりと揺れていた。レトは顔だけを起こして声のしたほうを向くと、硬直した。

 「ハジめまして~、ボクは【DESNY】。気軽にデスニーって呼んでよ」

 少年のようなだれかは垂れた目を細めて笑った。足場が不安定にも拘わらず悠々とレトに話しかける。


 「本で読んだことあるかな、少年クン? 神族っていうんだけど」
 
 
 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.81 )
日時: 2023/11/26 11:54
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第072次元 日に融けて影差すは月21
 
 吹き荒れる雨雪。森の奥深く、道すがら倒れ伏せている母。母の身体には一本のナイフが深く突き刺さっている。そのナイフの柄に片足だけを乗せて、ゆらゆらと細い体躯を揺らしている──少年、しかしながら極めて中性的な顔立ちの、知らないだれか。
 その人物は気味の悪い灰色の肌をしていた。血のように鮮やかな赤で塗り潰された眼球とその血だまりの上に浮かぶ白い虹彩が生物としての異質さを訴えてくる。髪は深い漆黒の剛毛で、吹雪に弄ばれているせいもあってか自由な毛先だ。どこをとっても、日常出会う人間の雰囲気とはかけ離れていた。

 少年のようなだれかは云った。名は【DESNY】
 "神族"である──と。
 
 「あれ、もしかして知らないのかな? まあいっか。ボクらってあんまりヒトの前に現れたりしないからさ、驚いちゃうよね。キミは運がイイよ~、少年クン。せっかくだから拝んでいきなよ、ボクはね」
 「……ねえよ」
 「え?」
 「だれとか知らねえよ。そこどけ」

 吐き捨てるように言うと、レトヴェールは膝を浮かせた。腰を伸ばし、顔をあげた彼の金色の瞳は怒りで鋭くなっている。デスニーと名乗るその神族を睨みつける。
 デスニーが黙っていると、いよいよレトは我慢ができず、

 「どけっつってんだろ!」

 叫びながら、怒り心頭に猛進した。飢えた子獣のようになりふり構わずに向かってくるのに対して、デスニーの赤い瞳は無感情だった。

 「よ」

 ナイフの柄から、たんっと翔び立ったデスニーはまるで胡蝶のように宙を舞い、レトの突進を悠々と躱した。行き場を失ったレトの身体は、厚く積もった雪に受け止められる。

 「っ!」
 「抱きつく相手をまちがえてるよ。ほら、大好きなお母さんはあっちだ」

 デスニーはレトの頭を鷲掴みにし、乱暴に放り投げた。柔らかい雪はレトを受け入れた途端、冷徹な刃となって彼の体温を奪おうとしてくる。レトが目をうっすらと開けると、すぐ傍にはエアリスの寝顔があった。閉じたままの瞳と、雪とおなじくらい透き通った白い肌がレトに不安を与える。
 レトは上体を起こし、エアリスの背中に乗っている雪を取り払おうとした。
 しかし、
 
 「……」

 エアリスはうつ伏せではなく、仰向けの状態で寝ていることに気がついた。

 「ザンネンだね、少年クン。お母さん死んじゃって」
 「──っ、おまえ! おまえが、おまえが母さんを!」
 「そんな怒んないでよ~。この女はべつにボクが殺したワケじゃない」
 「…………は?」

 レトは瞳をさらに大きくする。突然湧いて達した反感と嫌悪感とが、どす黒く汚い音となって口の端からこぼれた。

 「死んだきっかけはたしかにボクだよ。でも選んだのは」
 「ふざけんな! おまえが、おまえが殺したんだろ! じゃなかったらなんで顔が上向いてんだよ。母さんは病気だった、ただ倒れただけならうつ伏せになんだろ、おまえが病気の母さんをむりやり連れ出してこの、このナイフで殺したんだ! そうだろ!」
 「落ち着いて。だからボクはなにも」
 「なんだよ"神族"って。神がなんで俺たちの前に出てきたりすんだよ。200年前のことがなんだってんだ。関係ねえだろ俺たちは、──母さんは! なにも、なんもしてない、のに……なんで!」

 一枚の大きな布で全身を包んだような格好をしたデスニーの首元をぐっと掴んで寄せる。レトは両手に力を入れ、溢れんばかりの怒号を浴びせた。その瞳には涙が溜まっていた。

 「なんで、母さんを殺したんだ!!」

 放り投げられたデスニーは太い樹木の幹と衝突した。その拍子に木の葉が揺れ、積もった雪がぼとぼとと彼の頭上に降り落ちた。
 雪の欠片が控えめに降ってくる。デスニーは閉口していた。人形のように生気のない目や眉、口はただそこにあるだけでなんの役割もない。そんな彼の喉元に、
 一本の刃が伸びた。

 「……」
 「ころしてやる」

 それは一瞬前まで、姿かたちもなかった、短剣だった。もう一本の短剣がレトの左手に握られている。デスニーは、その二本の短剣が次元の力であることを、予め知っていた。
 次元の扉を開く"鍵"──。選ばれた者にしか与えられないそれは、レトがこの世に生を受けた日からずっと彼の中に存在していた。鍵を見つけた者だけが開けることを許された次元の扉は、一度開けば瞬く間に、鍵の主を次元師とする。以後、次元師となった人間はその身に異質の力を宿す。
 真っ赤な眼球に浮かぶ光彩は正常な白さを保ったまま、淡々と応えた。

 「ムリだよ。いくら人間がそんなモノ持ってたって。ボクらはヒトを恐ろしく思ったことはないよ」
 「だまれ!」
 「ヒトって小さくてうじゃうじゃいるからさ、騒ぐのが好きだよね。そしてボクらに祈るんだ。神様どうか助けてくださいって。ばかだよね。なんの代償もなしに救いが降りてくると思っているんだよ。キミだって願っちゃったんじゃない? ウソであってくれ。夢であってくれ。それってだれにかけたのかな? 神様以外にいるなら教えてよ」
 「……」
 「ヒトはすぐに神を頼るくせに、悪いことが起きると神様の悪戯なんて言い始める。本当に鬱陶しいよね。……ああ、ごめんごめん。キミに愚痴を言ってもしょうがないよね。忘れてよ。あ、そうそう少年クン、彼女がなにもしてないかと訊かれるとちょっとちがくて……」
 
 ──そのとき。

 独特の重低音が空気を劈き、デスニーの寄りかかっていた樹木を破壊した。それが雷の砲撃だと理解するまでに時間はかからなかった。デスニーは驚いたように目を見開いたが、ざくざくと雪を踏んでやってくる足音の主を認めると、口角を上げた。

 「あれ、またまた次元師サマのお出ましだね? キミ、すっごく目がイイんだね。えっと、お名前は?」
 「あなたはだれ? なんでここにいるの? おばさんに、なにしたのっ!」

 ロクアンズの片目は既に状況を捉えているようだった。視力のいい彼女は遠目から、レトが少年に飛びついて投げ飛ばされたその一部始終を追っていた。

 「はあ。チョット待ってよ。キミたちなにかカンチガイして……」
 「──答えて!!」

 若草色の髪が逆立ち、ロクの全身から雷光が飛び散った。次の瞬間、雷鳴が轟くのとほぼ同時に発散した眩い光がデスニーに襲いかかった。

 「二元解錠──"雷撃"ィ!!」

 真正面から電撃を浴びせられ、デスニーは「うわ!」と声をあげながら吹き飛んだ。ナイフの上からつま先が離れる。
 雷の力の扱いが格段に上達している。いつの間に腕を磨いたのかと、しばしの間、レトは面食らった。

 「レトっ! おばさんは!? おばさんは大丈夫!?」
 「……」
 「レ……なんで……ねえレト、生きてるよね、おばさん、まだ生きて」

 レトは俯いたまま応答しなかった。ロクの片目がだんだんと見開いていく。細い喉が小刻みに震える。

 「うそ。そんな。まだ、大丈夫だよ、レト、急いで帰ろ。おばさん、このままじゃ、死ん……」
 
 ロクはエアリスの顔を覗いた。整った顔は淡雪みたいに透き通っていた。頬に手を伸ばすと、とても冷たくなっていた。
 こんな寒空の下で、瞼ひとつ、動く気配がしない。

 「うそ……だよ……うそだよ、おばさん……起きて! 起きておばさん! うそだよ、ねえ、ねえレトぉ……!」
 「ウソじゃないよ」

 肩に被った雪を振り払いながら、代わりにデスニーが答えた。彼はざくざくと雪を踏み、歩み寄ってくる。

 「やあ、こんにちは。改めまして、ボクは【DESNY】。キミは神族って知ってるかな?」
 「……しん……ぞく」
 「ボクは、"運命"を司る神様なんだよ。だからキミたち一人ひとりにまつわる運命がぜんぶわかっちゃうんだ。もちろんそれはこれまで辿ってきた運命と、これから先に起こる運命のどちらも。ああでも、カンチガイはしないでほしいな。ボクには細かい道筋は視えない。運命っていうのはただの点でしかなくて、未来という漠然としていて広大な時間の中で小さく瞬く、いわば星みたいなモノ。ね、すごくロマンチックでしょ?」

 神族。神様。黒い怪物。次元師。──運命。真っ黒に塗り潰された情報がまるで洪水のように脳裏に流れこんでくる。澄み渡らせたのはほかでもない。目の前で血まみれになって倒れている、エアリスの姿だった。
 
 「しん、ぞく……──がっ! なんで、おばさんを!」
 
 血で染色したような深紅の瞳にぎろりと睨み返され、ロクはぞっとした。足の爪先から脳天へと電気が走り抜ける。外気の寒さとは関係のないところで、身体が震えていた。

 「そんなことよりキミさ、」
 「……」
 「もしかして」

 デスニーはそう低い声で呟いてから、雪道をゆっくりと踏みしめて歩いた。そしてロクの目の前で立ち止まる。至近距離にまで迫ってきた彼に恐怖を覚えたロクはすぐさま、距離をとろうと一歩退いた。
 だが、そんなロクの頭を強く掴んでデスニーは持ちあげた。幼い両足は地面と離れ、ばたばたと宙を掻く。

 「うああっ! ああ!」
 「──やっぱりそうだ、キミの運命が、視えない」
 「……え?」
 「ねえキミ、どこから来たの? なんでボクの"能力"が……運命が視えないのかな? ねえ? ねえ? ねえ?」
 「っ、わか、んない……家族、も、記、憶も、なんにもない」
 「そうなんだ。じゃあ名前は? ボク、キミの名前が知りたいな」
 「ロ、ロク……アンズ」
 「……ロクアンズ……」

 デスニーが小さな声で口ずさむ。灰色の五本指を立てると、ロクが「うあ」と呻き声をあげた。少年らしい見た目に似つかわしくない重い力が彼女の頭蓋骨を痛めつける。彼女は、頭の中にあるその骨が砕け散ってしまうんじゃないかとひどく怯えた。

 「ロクアンズ。どうやらキミにはトクベツななにかがあるみたい。ボクらはキミを決して見逃さない。だからキミも目を逸らすな」

 ゴミを抛るように乱暴にロクの頭は投げ出された。打ちどころが悪いわけでもないのにまだ頭の内側がガンガンと響いている。早く痛みから逃れたい一心でいたロクは、レトの呻き声を聞いてから我に返った。

 「レト!」
 「エアリス・エポール。彼女は大罪を犯した。けど、まだ罪を払いきらないうちに死んだ。だから彼に代償を支払ってもらうんだよ。よく見ておいてよ、ロクアンズ」

 地面に頭を抑えつけられ、デスニーの手から逃れようと必死に藻掻くレトの姿があった。しかし完全に組み敷かれてしまっている。彼の抵抗も虚しく、デスニーは余裕の笑みを浮かべながらじつに緩慢とした動きで、空いている右手をレトの背中の上に翳した。

 「やめて! レトに……レトになにもしないで! おねがいッ!」
 「──"呪記じゅき二条にじょう"」

 見たことも聞いたこともない奇怪な呪文。
 のちにそれが、"神の呪い"と呼ばれるものだということを知るのだった──。

 詠唱が結ばれるとレトの背中が、突然、かっと猛熱を帯びた。背にあたる布地が一瞬のうちに焼け落ち、彼は間髪入れずに絶叫した。

 「レト!!」

 肉を貫通し骨の髄に殴りかかってくる猛烈な熱さ。痛みを越えた圧倒的な息苦しさ。それらが拍車をかけて幼い身体をいたぶろうとしてくる。デスニーが手のひらを翳している背肌には、みるみるうちに黒い文様が刻まれていった。

 「5年。5年のうちにこの呪記……"神の呪い"を解くことができなければ彼は死に至る。これはエアリス・エポールにかけたものとほぼ同様だよ。時が経つにつれ衰弱していく。呪いを解く方法は1つだけ。このボク、【DESNY】を殺すこと」
 「……」
 「ひとつイイことを教えてあげる。ボクはたしかにエアリスをこの呪いで殺そうとした。だけど……呪いは"果たせなかった"。失敗した」

 ロクは瞠目した。デスニーはロクのほうに振り返ると、人形のように生気のない瞳を細めて、

 「彼女は自害したんだよ」

 と言った。
 
 「抗えよ、少年少女。ボクにじゃない。運命にだ」

 静かに告げてから、運命の神は忽然と姿を消した。森の中にはまだ轟々と吹雪が降り注いでいて、現実に帰ってこられそうもない膨大な虚無と悲壮感が立ちこめていた。

 レトはこのときすでに意識を失っていた。母、エアリスが目覚める様子もない。ただひとり、世界に取り残されたロクは2人の姿を見つめた。それから震えている自分の両手を見下ろした。「う」と呻いて、それから、涙がぼろぼろ落ちた。
 雪なんかじゃない、あれは非常に冷たく鋭利な剣であり、槍であり、矢だった。
 突然空から降り注いできたそれは、残酷にも義母の胸を貫き、義兄の背に深い傷を残した。
 ロクは堪らなく悔しかった。情けない声でわめいた。

 『この世界の怖いものたちをやっつけられる力があなたにはある』

 降ってくる雪を掴もうと手をいくら伸ばしても決して掴めないように、

 『そうしたら、力を持ってなくておびえてる人たちを笑顔にできるわ。もちろんわたしも、レトヴェールも、みんな。みんなを助けられる』

 広げて受け止めても必ず溶けてしまうように、
 無情で非情で不条理で理不尽で凄惨で残酷な、現実には


 『あなたはとても強い子だから、それができるって私は信じているわ」


 敵わなかった。敗北した。無力だった。


 「あ……あたし……おばさん、みたいに……こまったひと、たす、け…………たかった……っ!」


 ──あたしがこの力でやっつけてやるんだ、なんて。
 なんて子どもじみた願いなんだ。途方もなく幼稚で力のない自分が大嫌いになった。


 
 
 

Re: 最強次元師!! -完全版- ( No.82 )
日時: 2020/04/16 14:57
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第073次元 日に融けて影差すは月22(終)


 くすんだ濃灰の肌。

 血で染めたように真っ赤な眼球。

 宵闇に溶けていた黒い剛毛。

 ──それとおなじくらい、立ち振る舞いも喋り方もどこかゆらゆらしていて、掴みどころがまるでなかった。雷を司る次元の力で威嚇をしても、傷つけようとしても、神族【DESNY】の表情は一寸も崩れなかった。愉快そうに笑う顔が脳裏に焼きついている。

 レトヴェールがデスニーに抑えつけられたとき、ロクアンズは咄嗟に「やめて」と懇願した。
 どうしてあのとき、たとえ無謀だと、敵わないと、心の底から感じていたとしても次元の力を使って対抗しなかったのかと、ロクは翌日目を覚ましてから延々と自問自答を繰り返していた。
 が、答えは案外早く浮上してきた。戦いを挑んで勝利することよりも、恐怖ひとつに全神経を支配されていたからだ。



 一足早い暖かな風が吹くと、ロクの長い髪がふわりと浮いた。昨日の悪天候が嘘みたいで、照りつける太陽はじわじわと雪を溶かしつつある。随分と歩きやすくなった雪の道をさくさくと進むレトとロクの間にはしかし、まだ凍てついた空気が流れている。
 
 ロクは昨日、レトの身体を引きずって命からがら帰宅したのだが、彼女自身あまりよく覚えてはいなかった。翌日の朝には日の出を待っていた太陽がやってきて、悪夢のようだった夜は吹雪とともにどこかへ去っていった。
 エアリスの埋葬に出よう、とレトが言った。
 
 
 先に足を止めたレトに追いつく形で、ロクが彼の隣に並ぶ。レトが見下ろしていたのは仰向けになって倒れているエアリスだった。動きだす気配がないのを再認識させられる。雪解けが始まっていたせいで、胸元に刺さったナイフが妙に生々しかった。
 レトはエアリスの胸元からナイフを引き抜いた。引き抜く前に、う、と小さく呻いたのをロクは聞き逃さなかった。

 「……レ……」

 ロクはレトに手を伸ばしかけたが、ぴたと動きを止めた。目尻にたまった涙を落とすまいと眉をきつく寄せ、唇を強く結び、決して泣き声をあげようとしないレトを見て、なにもできなくなった。
 ロクの頬にも涙が流れた。2人は鼻を啜るばかりで一言も会話を交わすことなく、一生懸命に母の遺体を埋葬した。
 木の枝を組んで作ったちんけな墓標を土の表面に挿した。枝の断面には"エアリス・エポール"と文字も入れてある。
 その場から動けない呪いにでもかけられているのだろうか。
 しばらくの間、2人の足は地面に張りついたまま、かすかにも動かせなかった。しかし、
 
 「……おばさん」

 ロクがエアリスのことを呼んだ。次の瞬間、ロクは抑えることができずに大粒の涙をこぼした。

 「おばさん、ごめんなさい。まも、れなくて、ごめんなさい。おばさんは……まもってくれたのに。たすけてくれたのに。あたし……あたし、おばさんみたいになれなかった。ごめん。ごめんなさい」
 「……」
 「だいすきだった、のに……──っ」

 吠えるようにロクは泣き声をあげた。勝手に溢れてきて、勝手に頬を伝ってこぼれ落ちていく。枯れてしまうんじゃないかと思うほど彼女は泣いた。ずっと泣いていた。「ごめんなさい」と何度も謝った。「大好きだった」と何度も伝えた。返事はかえってこない。どんどん口から言葉が溢れ出るのに、行き場はなくて、溶けかけた雪の上に滴り落ちた。
 レトはそんなロクの隣で口を閉じていた。唇を噛みしめていた。そしてぼろぼろと涙をこぼしていた。おなじだった。2人は母をうしなった。

 (……あいつも、こんな気持ちだったのかな)

 ふとレトの脳裏を掠めたのは、数か月前に村から姿を消したキールアのことだった。レトは今日にでも腹を切って母の後を追いたいほどの失意にあるのに、彼女は母ばかりではなく父や弟までも同時に失っている。いまだったら、あのときの彼女の泣き顔に寄り添える。それなのに、彼女ももういない。
 もし次に会えたらなんと言葉をかけようか。この日からレトは、キールアのことをふと思い出したときに考えるようになった。




 弔いからの帰り道はすでに日が傾いていて、森林の葉が、泥と交じった雪が、橙色に染まっていた。レトのすこし後ろを歩いているロクは、すんすんと鼻を啜りながらこれから先のことを憂いていた。

 (これから……どうしよう)

 もともとはエアリスという人物に拾われただけの身なのである。エアリスを失ったいまとなっては、レトやあの家との繋がりはもはや皆無といっても過言ではない。
 レトと別々の道を歩むとなれば、ロクには行く宛てなどない。
 足元に視線を落としながら、このままレトについていってもよいのだろうかとロクは不安に思った。申し訳なさからか、だんだん歩き方もぎこちなくなっていく。
 そんなとき、急にレトが道の途中で立ち止まった。ロクも慌てて足を止める。滑りやすくなっている雪道で転びそうになるのを堪えてから、ロクは顔をあげた。
 
 「レト?」
 「此花隊に入らないか」

 唐突に持ち出された言葉には馴染みがなく、ロクは最初、レトがなにを言っているのかまったく理解できなかった。動揺と驚きが混じったような曖昧な声で、「このはなたい?」とロクは訊き返した。

 「次元の力のことを扱ってる専門の組織らしい。おまえとか……俺、みたいな次元師もいる」
 「! え、レト……」

 くるりと振り返ると、レトは静かに瞼を閉じた。胸のあたりに意識を集中させ、ふと、頭に浮上してきた呪文を彼は口にした。

 「次元の扉、発動──"双斬そうざん"」

 短い詠唱がなにもない空間から"双剣"を出現させる。ロクは大きな目でぱちぱちと瞬きをした。
 彼の両手に握られた二本の短剣を交互に見つめる。幻覚などではなく、本物の剣だった。

 「うそ……」
 「……昨日、なんでか俺にも次元の力っていうのが使えるようになった。たぶんこれがそう」
 「じゃあ」
 「戦える。【DESNY】とかいうふざけたヤツも、ほかの神族も全員。俺たちの手で殺せる」

 此花隊という組織は神族に関する情報も集めているらしい、とレトは加えて説明した。断る理由のないロクは大きく頷き、その提案を受け入れた。

 「うん。……強くなりたい、あたし。あきらめたりもしない。この力がある限り、全力で全部を守る!」

 ──あなたならきっとできる。エアリスがくれた大切な言葉が、胸の内側から響いた。
 神族たちとの因果。次元師としての宿命。戦い。この扉の先には恐ろしく長い道が続いていて、一度踏みこめば後戻りはできない。自分はその暗澹たる巨大な穴の中へ身を投じようとしている。強がりも多少はある。だけど強がってでもいないとすぐに足が竦んでしまう。あの家の中で小さく縮こまっているしかできなくなってしまう。
 叶えたい目標。願望。未来。それらを大きな声で叫ぶには、両足で立ち、前を向かなくちゃいけない。

 「ああ」

 レトはまっすぐ前を見ながら言った。エアリスが遺していった金の瞳は一雫の涙で陽を照り返し、一片の淀みもなかった。美しくて眩しい。背中に傷を負っていても彼はしゃんと立っている。
 冬の冷たい風が木の葉を揺らし、雪を撫で、2人の間を吹き抜ける。

 運命に抗うべくして、血の繋がっていない義兄妹は手を取り合った。


 
 家に帰り着いた2人は、薄暗い家の中を明かりを灯してまわった。「おかえりなさい」の声が聴こえてこないだけで、別の誰かの家に帰ってきたわけでもないのにそんな心地悪さがつきまとった。
 
 (そういえば……)

 『彼女は自害したんだよ』

 デスニーが去り際に残した台詞が、ロクは妙に引っかかっていた。もちろんエアリスが自ら命を投げ出すなどとは露ほども信じていない。なぜデスニーがあんな突拍子もない発言をしたのかが疑問だった。

 (あたしたちのことをおもしろがるため? うーん……なんかちがうような気がする。それに、おばさんに呪いをかけてたってことは、おばさんはデスニーに会ったことがあるのかな?)

 エアリスは、デスニーを殺せば呪いが解けることを知っていたのだろうか。もし知っていたとしたらなぜ、次元師に助けを求めなかったのか。ロクでは頼りないとしても、大人の次元師にかけあうことだって可能だったはずだ。それこそ此花隊という次元師や神族の研究をしている機関が存在しているにも拘わらず、だ。
 ロクはこっそりとエアリスの部屋に入った。室内は整理整頓されていて、寝台も整えられている。外へ出る前に直していったのだろう。律儀な彼女のことだから頷けはするが、そもそも衰弱した身体で外出するというのもおかしな点のひとつだ。
 彼女はなにかを隠していたのだろうか。
 ロクは室内に踏み入るとすぐに、寝台横の小棚に目をやった。引き出しのひとつになにかの切れ端のようなものが挟まっていたからである。下から二番目の引き出しを引くと、挟まっていたのは平たい包み紙の端だった。調合薬だ。

 「あ、これ……カウリアさんの」

 エアリスの病気がまさか呪いによるものだとも知らずに、カウリアは彼女のためにと調薬に勤しんでいた。それをエアリスはいつも嬉しそうに受け取っていた。呪いのことはつまり、カウリアにも伏せていたのだ。
 ロクは薬の入った包み紙をそっと引き出しに戻して閉めた。すると、

 「……?」

 一番下の引き出しにだけ、鍵穴があった。
 引き出しを引こうとしても当然のように固く、開くことができない。鍵穴がついているのはこの引き出しだけだ。ロクの心拍数が急にあがった。

 (まさか……ここになにか)

 ロクはきょろきょろと辺りを見渡した。鍵穴が小さいため、おそらく解錠する鍵そのものも小さいのだろう。見つけるのは困難を極める。加えて、もしエアリス本人が昨日、いっしょに外へ持ち出していたらもはや地面の下だ。鍵のために墓を荒らすなど到底できない。
 残る方法はひとつ。鍵穴を壊すしかない。

 「……」

 「次元の扉、発動」──とロクは小さな声で詠唱した。ロクの内側にある扉は簡単に解錠を許し、雷の力を彼女に与える。
 ロクは深く息を吸って、吐いた。彼女は手のひらを鍵穴へ向けた。

 「一元解錠、雷撃!」

 ばちっ、と電撃が散る。最小の力で放たれたそれは鍵穴へ命中し、棚ががたんと上下に揺れた。一番下の引き出しは心なしか歪んだ。が、どうやら解錠には成功しているようだ。
 ロクはそっと引き出しを開けた。中に入っていたのは、巾着袋一つと、小型の秤だった。彼女は一つひとつ手に取った。

 「なにこれ……こっちは秤? なんで……」

 巾着袋のほうは両手に乗せられるくらいの大きさだ。秤のほうは金属製で古めかしい。ところどころメッキも剥がれている。
 ロクは巾着袋を凝視した。秤を一旦元の場所に戻そうとしたそのとき、彼女は手を滑らせて秤を落としてしまった。

 「しまっ!」

 がっしゃん、と大きな音が響き渡った。金属で造られているせいもあって音はかなり大きく、下の階にいたレトの耳にも入ったようだった。
 大きな金属音を聞きつけたレトはすぐさま、ロクのいるエアリスの部屋に駆けこんできた。

 「おまえ……! こんなところでなにしてんだよ、ったく」
 「え、あ、こ、これはその……! ごご、ごめん! べつにおばさんのこと信じてないとかじゃ、なくって……!」
 「は? ……おいロク、おまえその左手に持ってるの、なんだ」
 「へ? ああ、これはその……おばさんの棚から出てきて……見覚えないし、カウリアさんからの薬ともちがうし、なにかなって……」
 「母さんの棚から?」
 「うん……。この一番下の引き出しだけ、鍵がかかってて、それで」
 「勝手に開けたな」
 「うっ。ご、ごめん……」
 「……。貸せ、俺も見たい」

 レトはロクの左手にあった巾着袋をひょいと取りあげた。怒っているわけではないようだった。デスニーは彼と対峙した際、「ボクが殺したわけじゃない」「彼女が選んだ」「罪を払いきらないうちに死んだ」などの発言をしていた。嘘だ、と一言で片づけてしまうこともできる。デスニーの言ったことが本当か嘘かなど、エアリスが死んだいまとなっては知る由もない。
 せめて彼女の遺したものがデスニーや神族を倒す手がかりになれば。レトはそんな風に考えていた。それにエアリスが自分たちに隠しごとをしていたとあれば、知りたいと思うのは彼女の子として当然の摂理だ。

 レトは巾着袋の紐を緩めた。その様子を、ロクが固唾を飲んで見守る。
 巾着袋の中には長い葉が幾重にもなって敷かれていた。そして、

 濃厚な黒が視界に飛びこんでくる。粉末らしいそれはぎっしりと詰まっていた。

 「な……んだ、これ」
 「……」

 色で判断をするには早すぎる。もしかしたら砂鉄のようなものかもしれない。しかし2人の心臓は正直で、どくどくどく、と速く脈打った。
 なにかの粉だ。
 この粉の正体。彼女がこれを飲用していたのか否か。鍵穴をつけた理由。「自害」の一言──。すべてにおいて不明だった。得られたのは、砂利を噛んだような後味の悪さ、それだけだった。
 
 
 


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