コメディ・ライト小説(新)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/10/26 21:10
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜第175次元 >>176-193

■第2章「片鱗」

 ・第176次元~ >>194


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.188 )
日時: 2025/09/15 13:45
名前: 瑚雲 (ID: wf9BiJaf)

 
 第170次元 戦いのあと

 鏃の先端が、警備班の一人の首筋に突き立ち、いまにも貫かれそうだった。
 ぴたりと動きを止めたロクアンズを嘲笑するかのように、赤髪の青年がはっと鼻を鳴らした。
 
「守る? ハハ! くだらねえ。だれも、てめえに守ってもらいたくなんか、ねえんだよ!」

 捕えられた男たちの表情を見やれば、彼らは、ロクのほうを見るでもなく、悔しそうに奥歯を噛んで、俯くばかりだった。
 青年たちはどちらも、立場は違えど、暗殺者だ。人の命を奪うことに抵抗のない人種である。それも、力を持たない一般の人間に次元の力を振りかざしてでも欲しいものを奪おうとする。ロクは慎重になって、最善の手を考えていた。頬に冷や汗が伝う間に、思考を嚥下して、静かに口を開いた。

「解放して」
「……なら、わかってるよな? その首を寄こすことが条件だ!」
 
 赤髪の青年が、警備班の男の腕を乱暴に放し、それをもう一人の青年が受け取ると、炎を纏った脚で素早く飛び出した。一直線に飛んできた火の粉がじり、とロクの皮膚に触れるや否や、頬を殴り飛ばされた。思わず地面に手をついてしまうが、立つ隙もなく、腹を蹴られ、背中に踵を落とされて、髪を掴まれては、振って払われる。ロクは手出しするわけにいかず、耐えた。ぐわぐわと揺れる視界の奥ではまだ、もう一人の深縹髪の青年が、警備班らの首に光の矢を向けているのだ。もしも反撃するような素振りを見せれば、こちらにだって矢を放たれるだろう。
 そのときだった。四枚の翼を失った元魔が、ぐにゃりと激しく脈動し、途端に、隆起と陥没を繰り返す。またさらに変化しようとしている──ロクは察した。見ていると、元魔の皮膚は漆黒の色から、徐々に薄らいで、灰色がかっていく。
 元魔の色が変色していくのは、ロクは、その目で初めて見た。まるで神族らの様相が途端に変化をするときのようだった。
 ロクは、伏した体勢からばっと起きあがって、つい元魔のいる方向へ駆け出しかけた。

「見捨てるのか?」

 赤髪の青年の声がして、後ろを振り返れば、そのとき三本に連なった矢が真向からやってきた。ロクの頬や肩、腿をさっと掠めて、それらは地面に突き立つ。
 ゆっくりと歩み寄ってくる赤髪の青年の肩越しに、警備班らの顔が覗いている。

「人を諦めるのかよ、カミサマ」

 ロクは頬につう、と伝う血を、雑に拭いとった。そして、すこし考えたあとに、両腕をあげた。
 
「……彼らのことは、諦められないよ。だから、首がほしいのなら、それで構わないし、どこへだって行く。代わりに、彼らを解放してほしい」
「へえ。じゃあ、後ろの化け物ももう、放っておくんだな。俺たちはてめえの命さえ奪えや、あとは知らないぜ?」
「警備班の人が、カナラに向かったはずだよ。夜が明けるまでには、此花隊の次元師たちがここへ来る」

 青年たちは、お互いに視線を投げ合った。赤髪の青年は、ロクに向き直って言い渡した。

「まだ信用しちゃいないぜ。次元の扉を閉じて、こっちに来い」

 ロクは言われた通りにした。ふっと、ロクの身体の周りから電気の糸が立ち消えた。
 ゆっくりと踏み出して、赤髪の青年のもとへ向かって歩く。
 若草色の左目で、じっと、青年の顔を見つめながら。

 そして赤髪の青年が前振りもなしに、思い切り拳を握りこんだとき、彼の横腹を掠めた光の矢が、ロクの胸に突き刺さった。

「俺が速かったな」
「──ああ!? てんめえ……!」

 赤髪の青年は矢が飛んできたほうを振り返って、歯を剥き出しにしてがなった。どちらが早く、ロクの心臓を止めるか──水面下で競い合っていた彼らだったが、手柄を急いた詰めの甘さが、一瞬の隙を生む。そこへ痺れにも似た闘気がねじこまれるとも知らずに。
 一瞬でもロクから目を逸らした赤髪の青年の首が、がくんと折れた。
 蹴りだった。鋭い蹴りが首筋に叩きこまれ、視界が回転する。ロクが彼の脇をすり抜けると、すでに一迅の雷電が、彼女の足元を走っていた。
 
「──」
「遅いよ!」

 地面の上を滑走した雷電が、深縹髪の青年の手元にまで一気に駆け上がり、矢軸を持った指がびんと折れ曲がった。ロクが、青年の懐に入る。拳の裏手を扇いで、彼の顎を突きあげた。

「七元解錠」

 元力を沸かせ、身体中が熱くなる。"したいこと"はもう定まっている──、一か八か、試すつもりでは意志は揺らいでしまうだろう。だからロクは、頭の中でより濃く想像を巡らせて、次元技を放った。

「──"雷円"!」

 二つ──だった。倒れ伏した青年たち二人、"それぞれ"を取り囲むように、半円状の雷の膜が二か所で盛り上がった。それだけではない。半円状の雷膜を、ロクは徐々に圧縮していく。わざと青年たちの身体にべったりと雷膜が貼りつくように変形させてみせた。雷の被膜に覆われると青年たちは、二人とも呻き声をあげた。
 コルドやフィラがいないのなら、雷の力だけで拘束を仕掛けるしかない。
 選択肢がないのなら、新しい選択肢を作るしかない。レトがこれまでに教えてくれたように──。ロクの中には、ロクの元力しか流れていないのに、なぜだかこれまでともに戦ってきた次元師たちの姿が、思考が、この身に深く刻まれているようだった。

「てめ、この、蹴」
「諦めるとは、言ってないでしょう」

 文句を言いたげな赤髪の青年の横を通りすぎて、ロクは、一直線に元魔へと向かっていった。すでに全身は、墨を水で薄めたような灰色となっており、変色が続いている。そして禍々しい気配が増していることに気がついた。

(あの変色を止めないと。──いや、完全に破壊する!)

 警備班らは解放されている。そして、二人の青年は動きを封じた。残るは、元魔の対処のみだ。巨大な元魔を葬るには、核を狙って破壊するのが最善なのだが、明確な位置がわからない以上は、肉体に損傷を与えて消滅させるよりほかに方法はないだろう。
 より強力な次元技を放たなければならない──と予想できていたロクは、ようやく集中を高めて、そこへ意識を沈めた。
 猛烈な電気が、ロクの身体中に纏いつく。

 神族らがエントリアに襲来した日のことを鮮明に思い返す。クレッタを消し炭にしてしまおうと、焼き殺してしまおうと高めた意思を、そうして撃ち放った電撃の質量を、きっともう一度呼び出せる。
 ロクは、しゃがみこみ、地面に手をつくと、薄布で覆われた右目を輝かせた。

「八元解錠──"雷柱らいちゅう"……!」

 唱えれば、途端。元魔の足元から煌々とした雷光が一気に噴きあがり、天を突いた。巨大な元魔を覆い隠すように聳え立った雷の柱が、秒を追うごとに電熱をあげ、元魔の皮膚を焼き尽くす。ロクは強く奥歯を噛んで、決して集中を切らさないように、電熱が落ちることのないように、瞬きひとつしなかった。そのうちに、元魔の皮膚は黒く焦げあがり、肉体の端からはらはらと散っていく。
 雷の柱の中の巨大な影が小さくすぼんでいって、やがて消し炭になると、ロクはようやく止めていた息をついた。

「……。どうにか、なった」

 ロクが振り返ると、"雷円"で拘束されていた青年たち二人が気絶していた。どうやら"雷柱"の電熱をあげるとともに、青年たちにしかけた次元技のほうにも影響が出てしまったらしい。慌てて近寄ったが、軽いやけどを負ってしまっただけで、かろうじて心臓は止まっていなかった。深縹髪の青年の傍らでは、警備班らもまた、電撃の余波を受けたか緊張がほどけたか、おなじように倒れこんでしまっていた。

「さて。……これは、二人とも、連れて行かないとかな」

 そう独り言ちたロクの頬に、一筋の光が差す。見上げれば、城壁の向こうからうっすらと、太陽が顔を出していた。 
 ロクは目を細めて、もっとも明るく白んでいる空を、ぼんやりと眺めた。

 降り注ぐ朝焼けを浴びて、ロクは一人、無人の街の中で立ち尽くした。
 それから、此花隊戦闘部班の全班員に話をしたいことがある、と言い出したのは数日後のことだった。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.189 )
日時: 2025/09/21 18:43
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第171次元 半心

「此度の襲撃の件、誠に申し訳ございません。任務中に気を絶し、……ハルエールと青年に、一時的に脱出を許してしまいました」
「利口にも帰ってきてくれたようで、なによりだよ。……して、またしてもハルエールが連れ帰ってきた新しい襲撃者というのは、いったい何者だったんだい?」

 昨晩の出来事は、ロクアンズから説明を受けたコルドが報告書にしたため、セブンのもとに提出された。屋敷の一角に据えられた手狭な書斎──現在は、セブンの執務室として機能している──にて、報告書の文面を眺めながら、セブンが息を吐く。
 コルドは顔をあげると、考えがあるのか、口を開いた。

「そちらの彼は、まったく口を開こうともしなかったのですが……青年らを隣接した牢に入れたところ、口喧嘩のような、小突き合いのような……ともかく、会話をしている様子を偶然耳にしました。その話口調から、アルタナ王国の国民ではないかと推測します」
「アルタナ王国?」

 コルドは頷く。ロクとともにアルタナ王国へ入国した経験から、コルドは、現地の人間同士の会話を何度も耳にしている。よくよく思い出してみると、発音の仕方やその癖が、似ているのだ。
 それを聞くと、さらに眉間の皺を深めたセブンが、今度は別の書類を手に取った。先日、ガネストから受け取った帰国の届け出だ。

「……これはまた、不思議なこともあるものだね? ちょうど、王女とその側近が急遽の呼び出しで帰国したかと思えば……まるで入れ替わるように、ハルエールの暗殺を目論んだ次元師がその国からやってきた、と?」
「はい。おそらく、ですが……」
「素性は? 調べはついたのかい」
「本人たちは、口を割ろうとしません。が……アルタナ王国からやってきた次元師については、メッセル・トーニオ副班長から言及が」
「ほう」
「アルタナ王国で壺の制作人をしていた折、職人の間では、ある噂が流れていたとのことです。『宮廷に納めるような一級品を手がけるのなら、「銀の爪痕」に気をつけろ』と。「銀の爪痕」とは、森林地域を根城にした盗賊団の呼称です。そして一味の中には弓を扱う次元師がおり、ヒグヤと呼ばれていた、と」

 ふむ、とセブンが相槌を打つ。コルドはそれから、申し訳なさそうに続けた。

「ですが、赤髪の青年については……変わりなく、まだ、調べがついておりません。申し訳ございません」
「構わない。また舌を嚙み切られたら大変だから、情報を引き出すのなら慎重にね。君は、引き続き彼らの監視を頼むよ」
「は」

 返事をしたコルドが、部屋から去るかと思えば、なかなか動こうとしないのでセブンは片眉をあげた。不思議に思って口を開きかけると、コルドのほうが先に切りこんだ。

「班長。ハルエールから言伝を」

 セブンは眉ひとつ動かさなかったが、一息分だけ間を置くと、続きを促した。

「聞こうか」
「はい。此花隊の今後の動きに関わる、重要な話があると。戦闘部班の全班員を集めて話をさせてほしいと言っています」

 執務室内に沈黙が訪れる。セブンは、目を伏せているコルドの顔をじっくりと見つめた。やがてセブンは、まるで世間話でもするかのような重みのない口調で言った。

「そうか。そこでレトヴェールと再結託し、隣人の次元師二人も抱きこんで、この拠点を内側から壊滅させる算段かな」
「は、班長」

 そう思わず口がついて出たが、コルドは続く言葉を持ち合わせていなかった。ただ、いまだロクを警戒しているセブンに、反射的に異を唱えそうになった。
 それに気がつくと、セブンは、コルドの黒い瞳の奥を探るような視線で、彼を突いた。

「……なるほど。君はあくまで中立の立場でいたいか」
「……」
「どう考えようかは自由だ。最近は、フィラが私を見る目にも不安や反感が宿っている。メッセルに至っても、彼女に対する印象を変える気はさほどないらしい。しかし私は考えを改めるつもりはないよ。むしろ、此花隊の次元師たちが皆一様にして彼女を擁護しようとする姿勢に関心を寄せる一方だ」

 セブンは手元に広げていた報告書や、帰国の届け出などの書類をまとめて、とんとんと机の上で正すと、続けた。

「いいだろう、では召集をかけようか。どのような判断を下すにしても、まず聞いてみないことには情報にもなりえない。といっても、すぐに集められる次元師は、随分と頭数を減らしてしまったね。隊長と副隊長には、内容を検めたあとで報告をする。明日の朝、執務室に連れてきたまえ。ほかの班員にも伝えるように。ほかに用件がなければ、下がっていい」
「はい。承知しました」

 頭を下げたのち、コルドは退室した。執務室の扉がぱたんと閉まると、喉の奥でわだかまっていた息が、ようやく吐き出された。
 メッセルやキールアがいる医務室に向かって歩きながら、セブンの言葉を、頭の中で何度も反芻した。中立の立場でいたいか。そう言われればそうかもしれないし、かといってすぐに頷けない自分もいる。いったい、たしかな気持ちは、どこにあるのだろうと、コルドは考えていた。

 一夜明けて、朝を迎えると、コルドをはじめとした戦闘部班の次元師たちが執務室に集合した。
 相変わらずロクは手足を拘束され、その隣にはコルドが立ち並んでいたが、彼は片手に、大量の紙を紐で束ねたものを掴んでいた。

 ロクは、自身とコルドのほかに、セブン、フィラ、メッセル、キールアの姿しか見えないことに、驚いていた。ロクの視線が行ったり来たりしているのを見て、セブンが早々に口を開いた。

「ガネストとルイルだが、暇を出した。長らく不在にする」
「え?」
「それ以上のことを知る権利は、君にはない」

 左の瞳を伏せて、ロクは考えこんだあと、はっと思いついたようにまた顔をあげた。

「レトは」

 ロクは、言ってからすぐに、思い出した。エントリアでの戦闘からほどなくして開かれた緊急会議のあと、レトヴェールは個室にて軟禁処分と言い渡されていた。それがまだ解かれていないだけでは、ないだろう。ロクは薄々察していながらも、セブンの返事を待った。彼は、いっとう声を低くしてすぐに返答をやった。
 
「再三言うようだが、君と彼を会わせるわけにはいかない。彼がいなければ、成立しない話なのか?」

 ロクはゆっくりと首を横に振った。
 それからしばしの沈黙のあと、セブンは気を取り直して、班員たちに視線を配ると、ロクに向き直った。

「ハルエール。君の言う通り、次元師たちに集まってもらった。話があるというのなら、聞こう」

 ロク以外の戦闘部班の班員たちが、緊張した面持ちで、彼女の発言を待った。
 張り詰めた空気の中、ロクは口を開いた。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.190 )
日時: 2025/09/28 21:07
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第172次元 その神の名は

「私は、記憶を思い出した」

 かちりと、置時計が部屋の隅で針を鳴らす。
 落ち着いた声色でロクアンズはそのように口火を切った。彼女は続けた。
 
「それは生まれてから五年ほどの記憶だけじゃない。いまから話をするのは、私が神族として自覚をしたことで、この肉体にふたたび蘇った……"二百年前の戦いの歴史"」

 傍らに控えるコルドが目を丸くしてロクの顔を見た。

「でも、ここですべてを語ることは……できない。……歴史をそのまま語ろうとすると、視点や事象が複雑化して、きっとうまく伝えられないんだ。だから、文字におこした」

 ロクが、コルドに視線を投げると、驚いて固まっていた彼は我に返った。コルドは手元に握っていた紙束をはっと思い出したように持ちあげて、室内の視線を集める。
 自身を取り囲むようにして立つ、戦闘部班の班員らの視線に向き直って、ロクは「それと」と続けた。

「文書にした理由はほかにもあるんだ。二百年前の出来事を知るか、どうかは、あなたたちに委ねたい。そして……本題はここからだ。どうしても、私の口から語らなくてはいけないことがある」
「それは」

 厳しい視線をロクに向けて、セブンが切りこむ。さらに重くなった空気の中、班員たちは、息を呑んで、ひたすらにロクの言葉を待った。
 ロクの左の瞳は、いまから大切なことを語るのだという、緊張感を宿した色をしていた。そしてじっくりとセブンに視線を返したあとで、ついにそれを告げた。

 
「"幸厄さいやく"を司る神族であり、すべての神族の頂点に立つ統治者。────【BELEVE】(ベルイヴ)がもうじき復活する」

 
 時計の針が、また一つ、進む。
 まばたきも、吐く息もなく、あったのは沈黙、のみだった。
 ただ名前を耳にしただけで、本能的に、唇の隙間が締まる。キールアは、こめかみにじんわりと汗が噴き出していて、それがようやく滑りだしたときに、まばたきができて、口を開けた。
 
「ベ……ベルイヴ?」
「そう。ベルイヴは、二百年前の人と神との争いで、最たる中心人物となった神の名前だよ。……戦いの末に、封印されたんだ。ほかの神族たちと同様にね。でも、いま続々と神族が目を覚ましているでしょう? それは、神たちにかけられた封印が、二百年という時間が経過したことによって、解かれてしまっているんだ。デスニー、ノーラ、アイム、クレッタの四柱はすでに目を覚まして……そして、近いうちに必ず、ベルイヴという、五体めの神も目を覚ます」

 前のめりになりかけたロクの手元から鎖の擦れ合う音が鳴った。彼女が口にした、二百年前の人と神の争い──メルギース国において最大にして最悪の歴史であるにも関わらず、"その真相を知る者はだれひとりいない"とされている。多くの謎と秘密を孕んだその歴史のはじまりは、神族からメルギース国民への宣戦布告であった。

『罪を知れ。覚えぬ者は大罪と知れ。人である者たちよ、永劫の時を以て償え』
 
 キールアは、此花隊に入隊して間もなく、次元の力についての勉強を始めると、レトヴェールから神族について話を聞かされた。神族が放ったとされる、その有名な言葉を頭の中で反芻していた。
 そのとき、「うぅん」と濁った声で唸ったあとメッセルがいきなり、目をかっぴらいて、大声を出した。

「ああ、ベルイヴって! そういや、ガネストのヤツが、言ってたなあ!」
「ガネストくんが? 彼、なんて言っていたんですか?」
「なんでも、時間の神アイムが、一瞬正気に戻ったときによお。ベルイヴって名前を口にしたってんだ。なんつったかなあ……。ああそうだ! 『人間様』『どうか』『【信仰】』『ベルイヴ様を』……とか、なんとかって、言ってたんだとよ」
 
 メッセルが首を上下に振って、うんうんと頷いていると、残りの班員たちにも実感が湧いてきたのか、互いに目を見合わせていた。メッセルは、ロクと目線の高さが合うようにすこし屈んで、彼女に返した。
 
「そいつで合ってるかあ? 嬢ちゃん」
「……うん。ガネストが知っていたとは、驚いたけど、間違いないよ」
「じゃあ、神族は、その……ロクちゃんも含めて、全部で六体なの?」
「そうだよ。ヘデンエーラは、神族を生んだ神様だから、厳密には、神族とは異なる存在になる。だから、彼女が造った"神族"とされる存在は、すべてで六体で合ってる」

 ロクは頷いた。そのとき、ロクが動いていないのに、手枷から伸びる鎖が、しゃり、と音を立てた。鎖を掴んでいる手を口元にあてて、コルドが思い出したように呟く。

「そういえば……。ノーラと相対して、レトヴェールがデスニーの居場所を訊こうとしたとき、奴は言っていた。『【運命】の居所は知らない』、『二百年という時が過ぎた』……と。奴が言っていたのは、そういう意味だったのか。二百年間、身動きがとれなかったことで、ほかの神族の所在を知らなかった」
「それなら、ノーラが言っていた、【信仰】は……? その、幸厄を司る神族を指していたのでしょうか?」
「おそらくは」

 言いながら、次はコルドが、ロクに視線をやった。ロクはまたこくりと頷いて返した。室内にはいまだ緊張の糸が張り巡らされているが、副班長たちは思い思いの見解を口にし、徐々に空気は和らいでいくものと思われた。
 しかし、執務机の上に肘をつき、静かに話を聞いていたセブンが鋭い声を発したので、雑音ごとさあっと消え去った。

「話は理解した。要は、ベルイヴという神族の復活が迫っており、対処しなければならないと君は思っているということだろう。一応訊こう。復活する前に斃す術は」
「それは……できないと思う。そもそも、封印されている場所まで、行けないんだ。場所がどこかは……説明がしづらくて。とにかく簡単に足を踏み入れられるところじゃない」
「そうか」
「……信じてくれるの?」

 若草色の瞳だけで、ロクはセブンを見つめた。セブンは、それによって表情を一片も変えることはなかったが、机の上で置き去りにされていた甘みのない紅茶にようやく手をつけた。

「いま、私はおそらく君に感情操作をされていない」
「……」
「君の発言の一つ一つに思考を巡らせているところだ。どう判断したものか、と。が、此度の件に関しては、ただ君を信用できないの一言で突き離してしまえないと判断した。真実であっても虚偽であっても、我々は脅威の可能性を捨ててはならない。事実、神族は近年になって初めて我々の目の前に姿を現し、そして幾度と襲撃を受けてきた。まだ未知の脅威がどこかで隠れ潜んでいると仮定して動きをかけておけば、不測の事態に見舞われたときに被害を最小限に抑えられる」

 紅茶の入った陶器を、そっと受け皿の上に帰してやって、セブンは言った。彼の立場からいっても、神族の情報をより多く集めることが急務となっている。もしも神族の目覚めを予測できていたのなら、いくらでも対策の取りようがあったし、エントリアが壊滅する事態に陥ることはまずなかっただろう。不自然なほどに、現代を生きるメルギース人たちは、神族について無知なのだ。セブンはそれを大きな懸念とし、弱点だと自覚していた。
 だからたとえその情報源が神族の口からとなっても、一度は喉元を通し、呑みこむ。エントリアのような悲劇を繰り返さないためにも。
 セブンはふたたび顔の前で指を組むと、続けてロクに質問を投げかける。

「いくつか質問をする。"幸厄"とはどのような意味を持つ? 幸厄が、ベルイヴの能力にも直結しているのか?」
「"幸厄"というのは、人の身に降りかかる幸福と厄災を指すんだ。ベルイヴはこれらを人間に与え、生きる幸せを覚えさせ、乗り越えるべき試練をもって人の成長を促す存在とされるのだけど……ベルイヴの能力はそれとは異なり、【信仰】と定義づけられている。その力の実態には、おそらく無限の可能性があって……。言えるのは、ベルイヴは"信仰心を強制的に向けさせる力を持っている"、ということだけ。みんなも、それについては、目の当たりにしたことがあると思う」

 ロクに指摘されると、副班長たちの目元が揃って、あることに思い至ったようにはっきりした。これまでの神族との戦いの最中に、幾度となく、神族が突然に変容する様を彼らは見てきた。神族らは変容する直前、共通して、「信仰しろ」──と口にする。まるで呪いの言葉のようだった。それを発すれば、たちまちに神族らは狂暴化し、さらに手のつけられない存在へと進化する。その実態はベルイヴの能力【信仰】によって強制的に力を発揮させられたものだったのだと、腑に落ちたのだった。
 
「強制性を持った求心力、か……。事実であれば、じつに厄介だな。それについて、対抗手段はあるか? 君はどのように考える」

 ロクは、記憶を取り戻してからずっと、ベルイヴについて考えていた。牢の中で焚き続けていた、繰り返し想像した──それをようやく、吐露する。
 
「来る日に備えて力を蓄えることだ。できるだけ多くの次元師を一か所に集め、結託し、意志を通わせ、力をつけるんだ。神族に対抗できるものは、次元の力しかない。そして信仰に立ち向かえるのは、強い意思だけだ。ベルイブは、必ず復活する。不屈の意思と高い戦闘力を持った次元師を一人でも多く育てあげること、これがこの先、神族にこの大地を、尊い命を、未来を蹂躙されないために私たちがしなければならないことだ……!」

 背中に隠れている手が、ぐっと強く握りこめられる。かすかに鎖の擦れ合う音が立ったのを、コルドは聞いていた。
 眉間をきつく寄せ、厳しい顔つきをしているロクを、セブンは見つめた。見つめたセブンもまた、目元に一層の険しさを宿しており、一段と低くなった声でまた一つ問う。

「では、ハルエール。いまだからこそ、訊こうか。そうした先に、ベルイヴを斃すことができると……そう考えるのなら、いや、君自身が神族なのであればわかっているだろう。神を斃す方法。心臓を与えそれを破壊する以外の、決定的な術を」

 心臓を与える以外に、神を斃す方法があるのなら。
 此花隊の次元師たちは、たった二回の戦いの中で、数えきれないほどそれを願っていた。心臓など持っていないと、クレッタから聞かされたときの絶望感がまだ舌の上を転がっている。それがわかるのなら、喉から手を出したって掴みたかった。
 ロクは一呼吸分、考えたあと、告白した。

「ある。神族にしか使えない、確実な方法が一つだけ。私はそれでアイムを斃したんだ」
「……!」
「神族が、各々持っている能力とは別の特殊な力……"呪記じゅき"。そう、呪いの力だ。これの"零条れいじょう"……ヘデンエーラが、六体の神族全員に与えた、同士討ちの権利。だけどもとは、同士討ちをさせないようにしようという、ヘデンエーラの計らいがあった。この呪いの力を神族全員が握っていることで、神族は互いの命を脅かし合える。神同士の争いが起きないように、あえてヘデンエーラが与えた力だけど……結果的に、そうも言っていられなくなった。心臓を持たない神族を斃すには、この呪いを行使するしかない」

 次元師の班員たちは、口にこそしなかったが、愕然とした。次元の力だけでは、神族を完全に葬ることはできないのだと、突きつけられてしまったからだ。それを察したか、ロクが続けて言った。

「それを使うにしても、呪いを唱えただけで斃せるなら、二百年前に戦争は終わっている。重要なのは、神族と戦いを続け、消耗させることなんだ。彼らは桁違いの力を持っているけれど、力は使えば消耗する。だから、彼らと相対し続けられるほどの実力が必要不可欠だ」
「……つまり、やはり君にしか、君以外の神族を斃すことは不可能であり、かつ我々人間側に協力を望むわけだな」

 ロクは、口を噤んだ。その口から確実な方法を聞かされたわけだが、どうにも、セブンの顔色は晴れたようにならなかった。彼女の発言の是非は、慎重に判断しなければならない──。
 一度話題の隅に置いておくとして、セブンは一つ瞬きをすると、いよいよ真に迫った表情に変わった。
 
 ぴり、と、電気をまとっているわけでもないのに、肌が粟立つ。彼の視線ひとつに、ロクは息を呑んだ。

「最後の質問だ。ベルイヴの復活の時期を、想定できるか」
「……──おそらく、年を越して、三月みつきほど」

 ロクが言いにくそうに、ゆっくりと答えると、間髪入れずに、メッセルが口にくわえていた飴玉の棒を掴んで、むせた。息を呑むと同時に飴を吸いこんで、喉奥に閊えてしまったのだ。動揺したのはメッセルだけではなく、ロク以外の班員たちは揃って目を丸くしていた。

「はア!? お前さんそれ……ほとんど半年しかねぇってことか……!? その神族が復活するまでによお」
「う、嘘……そんな……」

 フィラはつい手元に視線を落とし、指折って、月日を数えた。しかし何度数えても、ほとんど年の半分ほどの日数にしかならなかった。
 ただ一人、セブンは厳しい目でロクを睨んで、机を叩く勢いとともに椅子から立ち上がった。それかららしくもなく語気を荒げる。
 
「なぜもっと早く言わなかった」
「……」
「いや、違う。愚問だ。私が君を信用していないからだ。このままでは埒が明かないと思い、告白に踏み切った。そうなのだろう」

 がっくりと首をもたげて、セブンは自己だけで話を終わらせてしまうと、すぐに座り直した。そして机の上を、とんとん、としきりに指先で叩きながら、仕切り直す。

「数えで約半年。来年の三月だな。わかった。早急に動きを取る」
「は……はっ。班員一同、心して備えます」
「ハルエール。ほかに、我々に伝えることは」
「もう、大丈夫」

 セブンはそれを聞くと、前のめりになっていたのを正して、椅子の背にもたれかかる。それからロクと、コルドを順番に見やって告げた。
 
「では下がりたまえ。コルド副班長、ハルエールが書いたというその文書は私が預かる。彼女を地下へ」
「は。……レトヴェールにも、いまの話を」
「私から話をする。この件に関しては、班長の私の口から伝えなければならないだろう。話は以上だ。各自、持ち場へ戻るように」

 四人は、隊礼をして執務室から退出した。扉の締まる音がしてから、セブンは手元でとっていた調書をじっくり見下ろし、筆の先で、また何度か紙面を突く。
 筆を調書の傍らに置くと、コルドから受け取った文書を手に取った。紙束は随分と分厚かった。
 二百年前の神と人との戦の原点、その背景はいったいなんだったのか──セブンは当然のように知りたがった。だのに、一向に、表紙をめくる気持ちになれなかった。読むかどうかの判断は委ねる、と言ったロクの顔が、このときふっと脳裏に蘇った。

(──なぜ、彼女は、まだ完全に信用されていないとわかっていて、これを書いた?)

 いくら大層な歴史が綴られていようとも、媒体はただの紙にすぎない。
 セブンの一言があれば、簡単に燃えてなくなってしまうような代物を使って情報を差し出してきた意味を、彼は探ろうとした。

(もしもこの文書の存在自体に……別の意図があるのなら。まだ、そのときではないのだろう)

 セブンは胸の内袋から小さな鍵を取り出すと、錠のついた引き出しに差しこむ。そして引き出しを開けて、そこへ文書をしまいこんだ。

 二日後の朝、セブンは整えた調書を携えて、レトがいる部屋へと向かった。
 
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.191 )
日時: 2025/10/11 15:03
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

  
 第173次元 復帰

 変わり映えのしない狭い部屋の中で、神族ベルイヴの復活の話を粛々と伝えられたレトヴェールは、最後まで静かに耳を傾けていた。復活の時期はもう目前に迫っており、話を聞いたばかりのレトにも、事態の緊急性を飲みこめた。セブンは息をついてから、脚を組んだ。

「私の提案に応じるまで、君をこの部屋から出さないつもりだったが……状況が変わった。今日から処分を解くよ。だがしばらく監視はつけるし、行動も制限する。悪く思わないでくれたまえ」
 
 ただでさえ人手は足りていないし、近頃では、クレッタの影響か、カナラ近辺でたびたび元魔の目撃もされている。次元師が二人も席を空けてしまったうえに、さらにレトをこの部屋に縛り続けておくのは得策ではない。
 すぐに頷くかと思われたレトが、視線を床のほうにやって、黙ったままなので、セブンはまた口を開かざるを得なかった。
 
「信用していないのかい? まだここにいたいというのなら構わない、と言いたいところだけれど……いまは一人でも多く、次元師の手が借りたいところだ。指示に従ってもらうよ、レトヴェール。君はカナラの、北側の警備を担当すること。あと、先日街中に元魔が出現してね。被害を受けた区域で復元作業が行われているから、現地の援助部班員に声をかけて加わってくれ。手が空いたら、エントリアからの避難民が滞在している施設を回るように。まだまともに動けない避難民も大勢いるんだ。現地の医師や、医療部班員たちは夜通し看病をしていると聞く。すこしでも負担を吸い上げてくれ」

 レトはまだ、セブンと焦点が合わずにいた。しかし、わざと返事をしないでいるというよりは、長らく考えごとをしていたのだった。セブンが肩を竦めかけたところへ、レトは顔を上げて、言った。
 
「そうじゃない。あんたの言う条件で、提案に応じようかと考えてた」

 セブンは瞬きをした。エポール一族が所有している屋敷一帯──ひいては、レイチェル村の土地の一部を此花隊に貸与する代わりに、レトの身柄を解放する。これが、セブンが最初に差し出した提案だった。望み薄だろうとなかば諦めていただけに、もう引き出しにでもしまいこんでしまったそれをレト自身によって取り上げられると、やや拍子抜けをした。

「こちらとしては、願ってもいないが。いいのかい、私からの提案には、ハルエールの解放は含まれていないよ」
「ああ、いい。それなら、俺に監視も行動の制限もないんだろ」
「いいだろう。交渉成立だ」
 
 満足げに笑って頷いたセブンの顔を、レトは訝しむように見つめた。監視も制限もなしにレトを解放すれば、ロクアンズと接触する危険性は高まるのに、その点についてはセブンはさほど懸念していなさそうだ。ロクの監視役をしているコルドを信用しているのか、はたまた、危険性と天秤にかけてでも拠点の確保は急務だったのだろう。考えてみれば、先にセブンが告げたように、エントリアの避難民の中でも身動きのとれない者はまだ多くいて、場所が足りていないのだ。イルバーナ侯爵家から借り入れているこの屋敷も近いうちには返還したいのだろう。
 寝台に腰かけるレトの目の前で、足を組んで椅子に座っていたセブンが「さて」と息をついて、足を正した。

「隊服はね、一階の、裏口に近い部屋で預かってもらっているよ。君の血と土の汚れもそうだし、損壊がひどくてね、援助部班の清掃班が直してくれたはずだから、回収してくれ。ほかに質問がなければお暇するよ」
「じゃあ、一つ。ロクはほかになにか言ってたか」

 訊ねられると、セブンは、先日コルドから手渡された報告書の文面を思い出すように、視線を宙にやった。

「……元魔について、すこし奇妙な報告を受けたよ。先日エントリアに元魔が出現し、飛竜の元魔が二体、共食いを始めたそうだ。これまでに前例がないことだね。そして完全な共食いは阻止できたものの、体色が、黒から灰色へ変容していく様子を観測した。これについては、その場に居合わせた警備班の班員たちからも話を聞いたけれど、間違いなさそうだ」
「元魔も変色をしたのか?」
「ああ、まるで。神族みたいだね。もう一度エントリアを見て回りたいというから、今日はフィラと二人で向かってもらっているよ」

 レトの指先がぴくりと跳ねた。
 部屋の時計を見やったセブンが、もうレトの口からも質問が出てこないことを悟ると、椅子から腰をあげて、言った。

「長居してしまったね。私はこれで失礼するよ。指示は話した通りだ、準備を整えたら持ち場につくように。あとは、村の件を頼んだよ」
「ああ」

 セブンが部屋をあとにして、扉が閉まると、レトは立ち上がった。隊服は一階の裏口近くの部屋に預けてあると言っていたから、準備を終えたら向かい、その場で着替えてしまって、外に出るのが早いだろう。
 このあとの動きを頭の中で整えていると、そのうちにも、病衣を軽装に取り替え、黒の髪紐で結った結び目に、隠すように鍵を差した。
 
(……おそらく、今夜だ)

 部屋の扉を開いて、外へ出て行くレトの顔つきは、鋭く引き締まっていた。


 さきほどまで着ていた病衣を片手に抱えて、レトは応接室へと向かった。いまは次元師専用の医務室だから、キールアが常駐しているはずだ。向かえば、室内にいたのはキールアの一人だけだった。しばらく休養していたメッセルも、動けるようになると任務につき始めたので、キールアは応接室の清掃に取り掛かっていた。いまだ別室で溢れ返っている負傷隊員たちに部屋を明け渡すためだ。彼女は窓硝子を拭いていて、部屋に入ってきたレトと目が合うと、驚いていた。

「レトくん。一人、なの?」
「ああ。処分は解かれた。このあと出るから、声かけに。ついでに、着てたもんは、お前に預けていいのか?」

 キールアは窓際に布巾を置いておくと、レトの目の前まで歩み寄った。そして前掛けで手元を拭うと、彼に向かって両手を差し出す。

「うん。預かるよ。洗濯をするから」
「ん」

 病衣を手渡すと、レトはぐるりと肩を回した。その様子を見て、キールアは訊ねる。

「調子はどう? もう平気?」
「平気。つうか、俺があの部屋にいた間も、お前が診てたんだから、わかるだろ」
「そうだけど。痛みはもうないのかなって」
「ないよ。動きづらいだけ」
「え? でも、傷は……」

 おおむね、傷の処置は終えたつもりだったけれど、まだ皮膚が張るような傷跡が残っていただろうかと、キールアがレトの頭のてっぺんから足の爪先まで視線を滑らせていると、頭上からレトの声が降った。

「班長から話を聞いた。ベルイヴって神族が、半年もしないうちに、復活するとかって」
「……うん。そうなんだってね。驚いたよ」
「ロクから直接聞いたんだろ。あいつの様子はどうだった」
「ロク? 何度か、元魔を討伐しに出てたり、襲われたりしてたみたいだけど、その日は元気そうだったよ」
「そっちじゃなくて……」
「あ。ああ、ごめんね、そうだよね」

 ロクに怪我や体調がないか、いつも気にかけていたからか、つい「元気そうだった」なんて返事をしてしまったが、レトはベルイブの話を聞かせにやってきたときのロクの様子を知りたいのだろう。すぐに気がついたキールアは、気恥ずかしそうにすこし笑って、作業台の脇に置かれた竹籠の中に、病衣を入れた。

「やっぱり、大事なお話をしていたからかな。顔つきはすごく真剣で、どこか大人っぽく見えて……でも、なんだか……」
「……」
「……なんていったらいいのかな。ふっきれたような、そんな顔してた」

 キールアは作業台の上に手をついて、頭をもたげていた。耳の下で結んだ二束の髪が、物寂し気に垂れ下がっている。彼女は作業台の上にぽつりと置かれた封筒に触れて、指先で撫でていた。

「それは?」
「ひゃあっ」

 キールアの肩越しに顔を覗かせたレトが、そう彼女の顔の傍で囁くと、キールアは髪先を跳ねさせてびっくりした。その拍子に、封筒の端を思わず握ってしまい、くしゃりと紙のひしゃげる音が立つ。キールアは慌てたように、封筒について説明した。

「あ、こ、これはね、本当は、ロクに渡したかったの。でも、コルド副班長に受け取ってもらえなかったんだ。会えないなら、せめて、お手紙で気持ちを伝えられたらと思ったんだけど……。上手くいかないね。どうせ渡せないのに、捨てることもできなくて、このまま」
「俺が捨てといてやろうか」

 そう言うと、レトはキールアの手元から封筒を取り上げる。キールアは封筒の行方を目で追って、ぽかんと口を開けたものの、言葉を詰まらせた。

「え? で、でも」
「嫌なら返すけど。捨てられないんだろ」
「……ごめんね、なんだか、いつも変な頼みごとをしてるみたいになっちゃって」
「言われてみればそうだな。次はもうちょっと、ましな頼みごとにしてくれ。どうせまともに寝てないんだろうしな」

 レトは、キールアの顔に片手を伸ばすと、指の背で彼女の前髪をよけながら、目元の隈をなぞった。触れたのか、触れなかったのか、一瞬だったのでキールアはわからなかった。呆然としていると、レトは手紙を片手に、扉に向かって歩き出していた。

「も、もう行くの?」
「ああ。仕事の邪魔して悪いな。また来る」

 こともなげにレトはそう言って、作業台の前で棒立ちしているキールアを残し、応接室をあとにした。
 隊服と『双斬』専用の空の鞘とを、裏口付近の部屋──物置部屋を清掃し、解放した場所──で回収して身支度を整えていると、随分と長いこと、任務から離れていたのだと思い知らされた。敵にも味方にも会えない、孤独な部屋の中では、考えごとばかりしていた。いまもしている。

(まずは街の北側。あらかた見て回って、状況が把握できたら、街の作業現場に。日が暮れるより二刻ほど前に出発をして、レイチェル村の村長に話をつけにいく。そう遅くはならないはずだ)

 それから。腰に装着する鞄に、短刀や薬、清潔な布、携帯食料、手紙を詰める。最後に靴を履いて、つま先をとんとんと鳴らしてから、きつく紐を結んだ。部屋にぽつんと置かれた丸椅子から立ち上がると、部屋を出て、さらに裏口の扉から外へ出る。
 
 何十日ぶりに対面した太陽は、雲ひとつない青い空の真ん中で燦燦と輝いていた。

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.192 )
日時: 2025/10/12 20:57
名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)

 
 第174次元 帰郷

 カナラ街の北側を回っていると、レトヴェールは、どこを歩いていても厭な視線をやられた。そのほとんどは、街中で往来している此花隊隊員だった。副班長以上の隊員しかいなかったはずの緊急会議のときに貼りつけられた「神族ロクアンズに心酔している最たる狂信者」なんていうくだらない肩書きは、いまや、隊全体に広まってしまったらしい。どうせ、会議に参加した隊員のだれかが吹聴したのだろう。
 だから巡回を終えた正午過ぎに、復旧現場に向かうと、作業人の警備班班員たちからもやっかまれた。現場を取り仕切っているひときわ大きな身体をした男が、にやにやした顔つきで、小柄なレトを見下ろして言ったのだ。

「ああ、あんた、エポールの。部屋で神にお祈りを捧げて、そのまま出てこないもんだと思ったな」
「悪いがここで布教活動でもされちゃあ、困るんだよ。それに、そんなひょろっこくて、まともに仕事ができるかよ」

 男たちは、どっとはしたなく笑った。作業の手を止めてまで他人に文句を言いたいくらいには鬱憤がたまっているのか、とでも切り返してやりたかったが、レトは浅く息をつくだけでなにも言い返さなかった。
 重労働は任せてもらえず、仕方なくレトは、男たちとの会話もほどほどに必要物資の調達に回った。現場を観察し、足りないものを把握して、さらに余計な反感を買わないように注意して動くのは、ふつうに働くよりもずっと疲れてしまった。
 この日に使う分の、十分な資材を集めておくと、レトは次の仕事があると男たちに告げて、さっさと現場を立ち去った。彼らは厄介者がいなくなるとわかってせいせいした顔をしていたが、作業は今日この日に終わるわけじゃない。明日もまた来る予定だが、レトは意地が悪いので、あえて言わなかった。

 カナラを出発して、久方ぶりになる故郷への道を歩いた。といっても、カナラとレイチェル村の距離はほど近い。村人が街へ買い出しに行くとなったら、真っ先に向かうのがカナラだ。幼い頃は、レトもよく母から買い物を頼まれて、カナラへ足を運んだものだ。
 
 舗装された林道を抜けると、開けた空間に出た。澄んだ風の匂いが、レトの鼻腔をくすぐった。視界いっぱいに、懐かしい田園風景が飛びこんできて、レトは腕をぐっと伸ばした。
 小高い丘を下っていって、川沿いの道につくと、足がぬかるんだ地面を踏みしめる。
 夕焼けの色と、すいすい泳ぐ小魚の鱗できらきらと輝く川面を眺めていると、なにがきっかけだったか──ロクアンズと喧嘩をして、それで洗濯物が汚れてしまって、母のエアリスから一緒に洗濯をしてきなさいと怒られた日のことをふと思い出す。しぶしぶ二人で川辺に足を運んで、そこでまた口喧嘩に発展したが、家に帰ってきたときにはなんとなく和解していた。いいや、記憶の引き出しをあれこれ引っ張ってみる。一緒に洗濯をしたから仲直りしたんじゃなかった。村の悪ガキたちがやってきて、ロクが一方的に悪口を言われたのに腹が立って、柄にもなく対抗したのだ。そしたら悪ガキたちの矛先は自分に向かって、また悪口や暴力のやられっぱなしが続いた。
 ロクはあのとき、赤い実の果汁を頭から被ったかと思うくらいに顔を真っ赤にして、言ったのだ。

『あたしの、おにいちゃんだから、わらったりしたら、ゆるさないから!』

 よくもまあ、冷たくあしらってくる義兄を庇えるものだと、そのときは半分呆れたが──お互い様だった。
 突然現れたへんてこな生き物に母を奪われたようで、だから嫌いで、つっけんどんな態度が得意だったのに、このときからもうどんな文句を言っても、ロクはけたけたと楽しそうに笑うばかりになった。
 川底で寄り添い合っていた二匹の小魚たちの、一匹が、ふいに早泳ぎになって下っていく。

 
 村の端に構える、古い木造建ての家を訪ねると、その老齢の男は、目尻にしわをたたえて笑顔で出迎えてくれた。村を出立してから二年ほどしか経っていないのに、立派になったなどと言われてもぴんとこなかった。出されたお茶に手をつけず、さっそく此花隊への土地の貸与の話を願い出ると、村長は恭しく頭を垂れた。

「かしこまりました。イルバーナ侯爵様へご連絡の折には、私サガシムの名を連ねおきください」
「助かる。あなたの口添えがないと、たぶん動きが悪いだろうからな。最悪無視される可能性もある。そうさせてもらう」
「私どもは、大切な土地をお守りさせていただいているだけにございますから。貴方様のお決めになられたことに、全霊をもってお応えするのみです」
「そうか」

 話がまとまると、レトは丸い湯呑みに手を伸ばした。口元に近づけていけば、湯気とともに立ち昇る香りでなんの茶であるかを察して、あやうく渋い表情になるところだった。この苦い果樹の葉を煎じたお茶は、風邪をひくと食前に出されたものだ。すぐにかっと身体が温まる利点がある反面、とにかく香りと苦みが強いので、レトは少々苦手な口だった。

「申し訳ありません、そちらのお茶しかお出しできず。苦手でいらっしゃいましたよね」
「……顔に出てたか?」
「ああ、いいえ。昔、こちらに遊びにいらっしゃったときに、ご兄妹揃って、おなじ顔をなされたのを思い出したのです」

 サガシムは朗らかに笑った。母に連れられて、ロクとともにこの家に遊びに来た日の記憶がほんのりと蘇る。彼の妻に出されたこの茶があんまり苦かったので、その記憶が強烈すぎて、ほかになにをして遊んだだとか、どんな話をしたかとかは正直覚えていなかった。
 湯呑に浮かぶ細やかな茶葉を眺めてみると、そのときのロクの表情が鮮明に思い出される。まるで目元をばってんにするみたいに顔をくしゃっと縮めて、淹れてくれた人がいる手前なのに大声で、ニガイニガイと騒ぎ立てたのだ。声を発さなかっただけで、レトだって思い切り顔に出ていただろう。
 
「本日は、妹様とご一緒ではないのですね」
「悪いな。連れてこられたらよかったけど」
「いいえ。またあの元気なお声が聞きたかっただけにございますから」

 サガシムはそう言ったが、寂しそうに目尻を下げていた。レトは、黙って湯呑に口をつけた。
 だんだんと日が傾いてきて、夕餉の支度の音が聞こえだすと、レトは湯呑に残った茶を最後の一口にして、ぐっと煽った。椅子から立ち上がって礼を告げたレトに、サガシムは言った。

「つい先日、お家のお掃除をさせていただいたばかりでございます。お忙しくなければ、立ち寄っていかれてください。きっと、エアリス様もお喜びになられるでしょう」
「……ああ、そうする」

 サガシムは、玄関の外でレトを送り出して、影も見えなくなるまで低く頭を下げていた。
 外はもう、すっかりと、夜を迎える準備を始めていた。

 

 庭の雑草の丈は大人しく、家を出たあとも、サガシムや彼の奥さんによって手入れされていたのだろう。玄関の扉に向かって点々と敷かれている、石の敷板には土の汚れのひとつもなくて、石と石の間の距離を跨いでいきやすそうだったが、さすがにもうしない。石の敷板は高さがないし、そもそも石から足が外れたって底なしの沼に落ちるのでもなく、土を踏むだけだ。わざわざ跨ぐ必要はもうなくなったので、気にせずに玄関まで歩いた。
 
 家の中も、薄暗いが、埃は舞っていなくて、綺麗に片づけられていた。巣立った日とおなじ木の匂いが鼻先に降る。女物の靴と、二回りほども小さな靴が二人分、玄関にある。居間の広い食卓の上に、主人のない花瓶が立っている。四人分の椅子が整列する。奥の調理場に、底の焦げた鍋と、空っぽの小瓶が並んでいる。
 物はすこし減っていた。自分たちが出て行くときに、もたないものは捨てたのだから、当然だ。

 食卓の机にはなにも並べられていない。けれども手が伸びて、意味もなく、指先で触れてみた。
 ふいに夜風が、背中を冷たく押した。
 
「玄関を開けたままにするなよ」

 声にはっとして、振り返る。玄関の扉の奥から、月の光が漏れ出していた。

「そんなに日は経ってないはずだけど、随分と長いこと、会ってないような気がするな」
「……」

 彼は手提げの角灯に火を点してから、玄関の扉を閉めた。窓硝子をすり抜ける光も差しこんでくるので、明かりは十分だった。彼の顔ははっきり見えた。
 食卓の机まで近づいてきて、角灯を置き据える。彼はいつもと変わらない仏頂面を向けた。

「久しぶりだな。ロク」

 静かな声が、エポールの家の中に落ちた。

 


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40