コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/11/29 21:34
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜第175次元 >>176-193

■第2章「片鱗」

 ・第176次元~第178次元 >>194-196
 〇「或る記録の番人」編 >>197-


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.9 )
日時: 2020/03/26 17:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第008次元 海の向こうの王女と執事Ⅱ
 
 エントリアを発ってから、半日が経過した。すでに太陽はどこにも見えず荷馬車から降りる頃には、空はすっかり灰と紫とに覆われていた。

 港町、トンターバの市場は夜を迎えてもまだガヤガヤと人の足が溢れていた。店の提灯がずらりと飾られ、夕闇に明かりを灯すその様は壮観だ。近くの町村から買い物に訪れる人民が多く、ここの市場は毎晩、祭りが行われているかのように賑わっている。
 コルドとロクアンズは、トンターバでたった一件の大きな宿屋に訪れると二人分の部屋をとり、そこで一晩を過ごした。

 翌朝。
 コルドは町の中で食料の買い出しをしていた。彼が店を出るとき、アルタナ王国行きの大型船がまもなく出航するところだった。
 乗船員に声をかけ、手配を済ませると、コルドとロクアンズはそのまま船に乗った。

 甲板で、パンに牛乳をつけ合わせた簡単な朝食を摂りながら、コルドは話し出した。

 「今回の任務は、主に元魔の討伐だ。かなりの数が確認されているが、アルタナ王国にはあまり次元師がいないらしく、友好国であるメルギースに依頼を申し出たというところだろう」
 「へえ……。ん? 主に?」
 「ああ。もうひとつ、お前を連れてきたのにはわけがあるんだ」

 コルドは口元に持ってきていたパンのかけらごと、組んだ脚元にすっと手を下ろした。

 「この依頼自体、アルタナ王国の国王陛下から直々に送られてきたものでな。陛下の娘様……つまり、アルタナ王国の王女様について、お前に手伝ってほしいことがあるとのことなんだ」
 「王女様?」
 「王女様の、その……友だちに、というかなんというか……」
 「とっ、友だちぃ!?」
 「……というより、ご機嫌取りをしてほしいんだそうだ」

 コルドは、周囲を気にしてのことかロクの耳元で声を小さくして言った。

 「ご機嫌取り?」
 「ああ。その王女様はいま、部屋に籠りきりなんだそうだ。臣下たちの言うことにまったく耳を傾けず、食事も十分に摂られてない状態だとか……とにかくその王女様に手を焼いているらしくてな」
 「ふーん……」
 「それでお前を同行させたってわけだ。一国の王女様とお近づきになれるなんていい機会だし、お前ならすぐ仲良くなれるだろう」

 ふんふんと、ロクはただ耳を傾けていた。
 しかし、すこし考えこむような表情になると、ロクはおもむろに口を開いた。

 「……ねえ、コルド副班」
 「なんだ?」
 「この話、荷馬車の中でもできたんじゃない?」

 じっ、とコルドを見つめる。無垢な緑色の瞳が、彼にはやけに鋭い刃物のように感じられた。

 「……お前、意外と鋭いな」

 コルドの頬に冷や汗が伝った。甲板でうろついている人の雑踏に紛れて、彼は息を吸う。

 「お前に言うか言うまいか、いまのいままで悩んでたんだが……正直に話そう」
 「……」
 「王女様が機嫌を損ねている、その理由だが……実はいまアルタナ王国は、国葬を終えて間もないんだ」

 真剣に耳を傾けていたロクは、え、と驚きの声を上げた。

 「亡くなられたのはアルタナ王国第一王女殿下。旅路の道中で、事故に見舞われたらしい」
 「そんな……。どこで事故に遭ったの?」
 「極北西にある、ルーゲンブルム王国付近の森だ。古来より宿縁があって、アルタナ王国はその国を唯一敵視している。それで王女殿下の死をただの事故とは思ってなく、ルーゲンブルムの仕業なのではないかと国の上官位は躍起になっているんだ。……そしてなにより、国王陛下の御身が危険な状態らしい」
 「それって」
 「ああ。アルタナ王国の国王陛下はもとより身体の弱い御方で、ここ何年も床に臥せられていると……。いつお倒れになっても不思議じゃないその御身では国の未来が心配なんだろう。だから、まだ幼い第二王女殿下に、王位を継がせる準備をしている真っ最中なんだ。第二王女殿下はおそらく……その歳の幼さもあって不安に襲われているから、部屋に籠っているんじゃないかと思っている」

 その第二王女の不安を、どうにかして取り払ってほしい──きっとそういうことなんだろうとロクは理解した。

 「国王陛下の病状については、国民のほとんどが知らされていないんだと。まあ当然だな。王女殿下の死に続いて、これ以上民を惑わせたくないんだろう」

 この船に乗っている人の中には、アルタナ王国の民もいるだろう。機密情報にもなるアルタナ王国の上層部の事情を話すには、開放的で雑多な音が聞こえてくる空間が望ましいとコルドは判断したに違いない。 
 船は、波に揺られながらアルタナ王国を目指して前進する。



 「滞在期間は?」
 「10日です」

 波止場の青い空を泳ぐ海鳥たちに迎えられ、コルドとロクはアルタナ王国の地に降り立った。
 ロクはぐっと腕を伸ばした。

 「んー! やっと着いたあ!」
 「のんびりしてる暇はないぞ、ロク。これから仕事だ」
 「はーいっ」
 「……──ロク。ここでは姓は伏せたほうがいい。わかるよな」
 「……。うん」

 そのとき。コルドとロクの近くで、ザッと足を揃える音がした。二人が振り向くとそこには、鎧を身に纏った二人の男が立っていた。

 「アルタナ王国へようこそお出で下さいました、メルギースの次元師様」
 「我々は国王陛下より、あなたがたの護衛を仰せつかまつりました。我々が責任を持って、王城までご案内いたします、コルド・ヘイナー様……と、そちらは……」

 ロクの名前は聞いていなかったのか、一人の男がそう尋ねてきた。

 「あたしの名前は、ロクアンズ。よろしくねっ!」
 「え、ああ、はい。ロクアンズ様ですね」
 「それじゃあ、王城までお願いいたします」
 「はい」

 港から続く大きな通りを上っていくと、賑やかな城下町へ出た。町の様子それ自体は、メルギースのエントリアの通りと変わらず、人と物資に溢れている。
 路上で芸を披露する者とその人だかりを見かけると、ロクは思わず足を止めた。

 「あれ、なにやってるの?」
 「奇芸です。ああやって、棒や布、玉などの何の変哲もない品を使って、珍しい踊りなどを披露することをこの国ではそう呼びます。奇芸を行うのは主に旅芸人で、芸が素晴らしいと思われれば、ああやってみなが銅貨を投げ、そこで得たお金で暮らしを凌いでいるのです」
 「へえ。すごいすごい!」
 「ほかにも、ありとあらゆる芸がございますよ。ご覧下さい」

 騎士の一人が指差した方向には、路上に布を広げ、硝子の品をずらりと並べる商人の姿があった。
 それもただの品物ではない。まるで王城に寄贈するような、繊細かつ色合いも美しい硝子細工にロクは目を瞠った。

 「えっ、あれ、ガラスなの? すっごい形!」
 「そうです。なかなか見事でしょう? あの者は一般の民ですが、王宮に認められた硝子職人もいます。というのも、我が国の芸術品はみな、他国の王族貴族から高い評価をいただいており重宝がられているのです。アルタナ王国はいわば、世界一の芸術大国なのです!」
 「ほえ~……」

 辺りを見渡せばたしかに、野菜や果物などの鮮物よりも、珍しい形の菓子や煌びやかな装飾品を並べている商人のほうが多いことに気がつく。ロクはその物珍しさに首をあっちへこっちへ振っていたが、あるものを見かけると、その売り場に駆け寄っていった。

 「あっ、おいロク! ウロチョロするなって!」
 「ねえねえおじさん! この、白くてふわふわしてるのはなに? 食べ物?」

 ぴょこっと屋台の下から顔を出したロクに、店主らしき男はすこし身を乗り出して言った。

 「おお、嬢ちゃん。見ない顔をしてるねえ。ほかの国から来たのかい?」
 「うん。メルギースから、ちょっと用事で!」
 「そうかいそうかい。そんなら、うちの店のを土産にするといい! これは綿と糸とを編んで作った帽子で、男にも女にも大人気の品さ。嬢ちゃんくらいの年の子もみんな被ってるよ」
 「帽子? なーんだ、食べ物じゃないんだ……」
 「ははは! 食べ物じゃなくてがっかりしたかい? でもこれは、自分で編んで作ることもできるんだよ。自分好みの、世界でたった一つの帽子を作れるんだ。こんなのとかね」
 「わっ!」

 ロクの頭に、ぽすっとなにかが覆いかぶさる。頭にじんわりと温かさ伝わると、それが平たく分厚い帽子のせいなのだと実感する。

 「あったかーい! それになんだか……いい香りがするね!」
 「この綿は、キッキカっていうアルタナ王国にしか生息してない花の花弁でね。大きくてしっかりとした綿から、その花の蜜が仄かに香るんだ。だから、どこへ持ち帰ってもアルタナ王国の香りを忘れずに、ずっと覚えていられるんだよ」
 「へえ……ロマンチックだね」

 頭に被った帽子を取り外しながら、ロクはその花の香りを吸いこんだ。仄かに甘く優しい、独特の香りがした。

 「ああ。ライラ王女様も大変気に入られ……」
 「……」
 「あ、ああ、すまない……。他国からのお客さんの手前、沈んだこと言っちゃあいけないな。さあ嬢ちゃん、気に入ったんなら一つどうだい? 安くするよ!」

 ロクは、コルドたちとともに来た道を振り返る。すると、奇芸というものを披露していた旅芸人の姿がほんのすこしだけ見えた。
 自国の王女が亡くなって間もないというのに、この国の民は皆笑顔だ。
 だが、その悲しみをだれもが必死に芸というもので埋めようとしているからかもしれないと思うと、ロクはなんだかやりきれない気持ちになった。
 そんな憂いを帯びたロクの表情を、拳骨ひとつで歪めてしまったのは、コルドだった。

 「あだッ」
 「だから、これから仕事だって言ってるだろう……! 観光はぜんぶ終わってから! それまでお預けだからな!」
 「……あい……」

 ロクはぶたれた頭をさすりながら、騎士たちとコルドのもとへ戻っていった。
 顔を上げると、遠くの景色の中に、アルタナ王国の王城が見えた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.10 )
日時: 2018/05/29 17:22
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: LA9pwbHI)

いつもお世話になっております、日向です。
たまにはレスという形でさいじげへの思いをお伝えしたいなと考え、お邪魔した次第です。

瑚雲さんはご存じないかもしれませんが【最強次元師!!】は私がカキコに来た当初、そうですね……右も左も知らない時分に衝撃を受けた作品であり、憧れの作品でした。
およそ七年前でしょうか、私が丁度コメディライトで執筆に手を出した頃だと記憶しております。
たくさんの人に愛されるロングランのバトルファンタジー、それが最初に触れたイメージでした。2レスに渡る物語を完結させる、そこまでには長い長い努力と苦悩があったと思います。
本当におめでとうございます。いや……今更過ぎますね苦笑
コメライ以外で執筆されている作品にも完結作品が多数存在することに私はとても驚きました。直近の完結作品である【灰被れのペナルティ】だけではなく、【スペサンを殺せ】【コンプレックスヒーロー】など。物語への責任感が一層お強い方なんだなと、とても尊敬しています。
しかし完結だけを褒められても複雑だ。もっと精進せねば、と瑚雲さんご自身仰っていたことを記憶しております。
記憶違いで失礼な事を言うわけにはいかないので(七年も前ですからね^^;)普段はあまり口には出しませんが、さいじげは間違いなく私の執筆黎明期に関わった作品であり、今でも大好きな小説です。
創作を始めたばかりの頃、最初に出会えたのがさいじげで本当によかったなあと思うのです。
むかしの絵師さんのこと、こちらのスレでは未更新分のキャラクタのことを言及するのはそれが理由だったりします、私は古狸です笑

私の一番好きなシーンは最新話のロクちゃんが市場ではしゃぐところです。
彼女の天真爛漫さに癒やされるのは勿論なのですが、お店に並ぶ造形物や街の描写がとてもハイファンタジーらしくて好きです。皆が芸事に親しみ笑顔の絶えない国、その舞台もさいじげの魅力的な世界観を創り上げている一因なのだと思います。
王女様を失っても尚、笑顔でいようとする、そんな背景もとてもいじらしく物語に引き込まれました。
スピード感あるバトルシーンもさいじげの好きなところです。
は~~~二人の窮地に飛び込むコルド副班本当にかっこよかったな……(過呼吸)

完全リメイク版ということで、原作と少しずつ違う展開に加え、毎度の更新が非常に楽しみになっています。
私の大好きな青髪の彼にもあと少しで会えるのでしょうか^^
さいじげがまた息づいて、物語が動いていく。その事実がとても嬉しいです。
乱文ではありましたがここまで読んで下さりありがとうございました、また何処かでお会いしましょう。

愛を込めて、日向

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.11 )
日時: 2018/05/29 22:44
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: .pwG6i3H)


 >>日向さん

 こちらでは初めまして! 某青い鳥ではお世話になっております、瑚雲です!
 スレッドへのコメントありがとうございますー! 嬉しいです!

 日向さんからのお言葉に、いまとても嬉しい気持ちでいっぱいです。7年前というと、私はきっとまだカキコで1年過ごした程度で、中学1年生のときだったと思います。文章力もないしコミュニケーション能力もないし、そんな私の作品のことを見つけてくださった日向さんには、感謝してもしきれません。

 完結よりも内容だ! みたく発言していたことには、実はいまさらながら後悔しています;
 「完結おめでとうございます」って、たくさんの方が言ってくださったのに、なんでそれを否定していたんだろうって……私自身嬉しかったはずなのに、内容や評価に囚われてずいぶん醜態をさらしました。
 私もいまさらですが、心から嬉しいです。日向さん、ありがとうございます!

 7年前ともなると、だいぶ恥ずかしい気持ちが勝ってきますね笑
 でもこんなに嬉しいお言葉をいただけて大丈夫か……今日死ぬのかな……なんて思いつつ、日向さんにそう思っていただけていたことが恐縮でなりません。
 この完全版も、旧版を読んでくださったその事実に恥じない作品にしたいなと思えました。それにすこしだけ自信を持ってもいいのかな、とも。ほかでもない日向さんのおかげです。


 最新話のロクですか! いやあ見事に、「すごいすごーい!」しか言ってないですね笑
 曲がりなりにも戦闘ものを謳っているので、ドンパチしてないところが果たしてどう映っているのは本当はめちゃくちゃ不安だったのですが……よかったです、ひとつほっとしました……。
 更新中のエピソードは、「王女と執事」がキーワードなので……もしかしたらもしかするかもしれません!笑
 こうして、旧版では普通に登場していたけど、完全版ではまだ出てないキャラクターについて語るのも新鮮で楽しいです。知ってくださっている方がいるというのは、とても書きがいがあります……!
 
 最後になりましたが、
 前の作品を見つけてくださったこと、読んでくださったこと、そしてまた新たに書き始めたこの作品を読んでいただけていること。本当に嬉しいですということを全力でお伝えしたいです。
 改めて、日向さんコメントありがとうございます!!
 ぜひまた、どこかでお話をさせてくださいー! ではでは!
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.12 )
日時: 2020/01/19 11:17
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: ObYAgmLo)

 
 第009次元 海の向こうの王女と執事Ⅲ

 「遠路はるばる、ようこそおいで下さいました、メルギースの次元師様。心から歓迎します」
 「ジースグラン国王陛下、お会いできて光栄です。コルド・ヘイナーと申します」

 アルタナ王国、王城。城内へと足を踏み入れたコルドとロクアンズは、国王が待っているという寝室へと通された。

 大きな寝台から上体を起こす白髪の男――ジースグランが差し出した手に、コルドは自分の手を優しく重ねた。
 ロクアンズは、なんとなくつまらなさそうな顔で、そんな二人の様子を眺めていた。

 「こんな姿で、申し訳ない……。本来ならば、王華の間で挨拶をしたいところを……」
 「いえ、とんでもございません。どうかご自愛なさってください、国王陛下」
 「……ところで、そちらのお嬢さんはもしや……」
 「ああ、こちらはロクアンズという者です。ロク、挨拶を」
 「あ、うん」

 突然名前を呼ばれ、ロクは間の抜けた返事をした。
 ジースグランの白い髪がゆっくりと動いた。視線を向けられたロクはどきっとするも、ごく自然に彼の前へやってきて、手を差し出した。

 「初めまして、ロクアンズっていいます! ええっと……王女様の、友人になるよう頼まれて……あれ?」
 「こらっロク! 国王陛下の前でなんてことを……!」
 「ははは。これはこれは、元気なお嬢さんだ。ロクアンズ、というんだね。どうかあの子のこと……元気づけてあげてほしい」
 「うん。まかせてっ……くだ、さいませ?」
 「……ったく……」

 アルタナ王国の国王、ジースグランとの挨拶も済ませ、二人は彼の寝室から退出した。

 「さてと……それじゃあ、俺はさっそく元魔の討伐に向かう。また後でな」
 「えっ? あたしも行く!」
 「お前には重大な任務があるだろ」
 「だってだって……! そ、それにすごい数なんでしょ!?」
 「そうだな。数はいまのところ、7体確認されているそうだが……俺はこれでも、戦闘部班の立ち上げで呼ばれた次元師だぞ? 一人で十分だ」
 「そんなあ……。この前は、ピンチだったくせにぃ」
 「あ、あれはたまたまだ! とにかくそっちは任せたからな、ロク」
 「……むー……」

 いかにも不服です、といった表情で頬を膨らませるロクに、コルドは背を向けて歩きだした。

 ロクは、すぐ傍で待機していたメイドたちに促され、その場から移動した。
 メルギースにある此花隊の本部もだいぶ大きな施設に分類されると思っていたが、さすが王家の人間が住まう王城というところは広さも内装もスケールがちがう。
 まず天井が高い。そこから吊り下げられた数多のシャンデリアは煌々と輝き、真っ赤なカーペットが足元を呑みこんで延々と伸びていく広い廊下を余すことなく照らしている。壁には名画、廊下の曲がり角には花瓶台が設けられているので、城内はどこも侘しさを感じさせない。
 目に映るものすべてが、王族のいないメルギース在住のロクにとっては珍しいものだった。



 「こちらが第二王女殿下、ルイル・ショーストリア様のお部屋でございます。ロクアンズ様」
 「……ふーん……」

 ロクが連れてこられたのは、一際大きな扉の前だった。煌びやかで繊細な装飾が施されたその扉の迫力たるや、首を上下左右に傾けてやっと全貌が把握できるほどのものだった。
 王女の部屋。それをロクは理解してかせずか、腕を持ち上げ、そのまま扉の表面をガンガンと叩きだした。

 「もしもーしっ!」
 「!? ロクアンズ様!?」

 メイドたちがどよめくのも気にせずに、ロクは扉を叩き続ける。王族のいる部屋に訪れる者がすることとはとても思えず、メイドたちは騒然とした。
 ロクは扉を叩きながら、声を張った。

 「もしもーしってば! ねえルイル! いないのー?」
 「ルイ……!? ロクアンズ様! その、ルイル王女殿下のお部屋です……! このようなことをなされては……」
 「え? でもあたし、ルイルの友だちになれって言われたしなあ……。おーい、ルイルー!」
 「──かえってッ!」

 扉を叩く手が、ぴたりと止まった。
 扉の向こう側から声がした。可愛らしい、幼い子どもの声だ。

 「……ルイル?」
 「かえって! かえってってば!」
 「……って言われてもなあ……」

 ロクが困ったように髪を掻いた、そのとき。

 「なにを言ってもムダですよ」

 藪から棒に声が飛んでくる。
 ロクの注意が向かった先で、その声の主は銀のワゴンを連れて立っていた。白と紺のコントラストが目を引く召使用の制服に身を包むその人物は、少年だった。

 「ガネスト様!」
 「……あなた様が、メルギースよりいらっしゃったという、次元師様ですか?」

 ガネストと呼ばれた少年と、目が合う。
 ロクは、ガネストの姿をまじまじと見つめた。背丈は自分よりすこしだけ高い。レトヴェールと同じくらいだろうか。男児にしては大きな青の瞳をしていた。すこし長めでやわらかそうな髪は、淡い海を思わせる色だった。
 黒を基調とした召使服をきっちりと着こなしている姿や落ち着き払った声色に、ロクはすこしばかり委縮した。

 (この子、あたしやレトと同じくらいの歳……だよね)

 「あ、うん。ロクアンズだよ。よろしくね、ガネスト」
 「気安く呼ばないでもらえますか」
 「へ?」

 ガネストは冷めた口調でそう返すとロクの横を素通りし、ルイルの部屋の前までワゴンを転がせた。

 「ルイル王女殿下。昼食のご用意ができました」
 「……ガネスト?」

 探るようにルイルが言った。しかし彼女はすぐに調子を取り戻して、

 「いらない! かえって!」
 「ルイル王女殿下。ここ数日、ろくに食事をとられておりません。体調を崩されてしまいます。どうか召し上がってください」
 「いらないってばっ!」

 一層強く返してきた。ガネストはここへ来たときとなにひとつ変わらない表情で、嘆息した。

 「……ルイル王女殿下。お言葉ですが、あなた様は次期国王となる御方です。9日後には子帝授冠式が行われます。あなた様が子帝となられるのは、もう決まったことなのです。ご理解ください」

 そのとき。扉の内側で、バンッ! と鈍い音がした。扉になにかをぶつけたのだろうか。ルイルは矢継ぎ早に投げ返した。

 「ガネストのばか! 国王になんかならないって、ずっといってるでしょ! なんでわかってくれないの!? ……ルイルじゃないもん……国王になるのは、──おねえちゃんだもん……っ!」

 言葉尻が、涙を交えて震えていた。周りのメイドたちは心配そうにオロオロとし始めたが、
 一人、ガネストだけが冷淡に言い放った。

 「あなたは、次期国王としての自覚がなさすぎです」

 小さなうめきが、体を叩かれて喚くような泣き声に変わった。

 「ちょっと言いすぎだよ、ガネスト」
 「だから気安く呼ぶなと言ったでしょう」
 「……なんでそこまでルイルに冷たくあたるの?」
 「あなたこそ、理解ができないんですか?」
 「な、なんだって?」
 「ここは、アルタナ王国の王城です。ルイル王女殿下は次期国王となる御方で、あなたが気安くその名前を呼んでいい御方ではありません」

 ガネストは鋭くロクを睨んだ。
 なんて冷たい海の色なんだとロクは感じた。

 「……このように、ルイル王女殿下はだれとも取り合おうとしません。部外者のあなたがなにを言ったところで、聞く耳を持ちませんよ。では、僕はこれで」

 そう言うとガネストは、銀のワゴンをぐるりと回転させ、来た道をそのまま辿って行ってしまった。
 周りのメイドたちはそんなガネストの後ろ姿を、ただ黙って見送った。

 「いまの男の子、ガネストっていうんだよね?」
 「え、ええ。ガネスト・クァピット様。アルタナ王国の王族は代々、生まれてしばらくするとクァピット家の人間から1人、側近を迎えるしきたりになっているんです。ガネスト様は幼少の頃よりルイル王女殿下に仕えてきたのです。王女殿下の指示のもとで執務の代行するのが主な役割ですので、執事という役職が近いかもしれません」
 「執事? じゃあルイルの執事が、いまのガネストってこと?」
 「ええ……。ですが、ルイル王女殿下の臣下として正式な任が下されたときから……ガネスト様はまるで別人のようにお変わりになって……」
 「前はどんなだったの?」

 ロクは何の気なしに質問したつもりだったが、メイドらしき女性は突然、パッと表情を明るくした。

 「それはもう! いつもルイル王女殿下のお傍にいらっしゃって……片時も離れることなく! それにとてもお優しくて、ルイル王女殿下といっしょにいらっしゃったときは仲睦まじい、本物の兄妹のようで……」
 「へええ……っ?」

 予想だにしていなかった返答に、ロクは驚いた。

 すでに後ろ姿もなくなった廊下の先と、固く閉ざされた部屋の扉とが、昔は兄妹のようだったという二人の現在を物語っていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.13 )
日時: 2018/06/10 01:18
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: NAPnyItZ)

 
 第010次元 海の向こうの王女と執事Ⅳ

 「……あ、そうだ。ねえ、子帝ってなに?」
 「子帝、というのは次期国王様のことを意味します。この国では、現国王様の身になにかあってから次の国王様を選ぶのではなく、前もって次期国王様を決めておくのです。政治的混乱や民心の乱れを最小限に抑えるためにこの国で定められていることです。子帝に選ばれた王族の方は、必ず、次の国王様になります」
 「……なるほどねえ」

 『国王になるのは、──おねえちゃんだもん……っ!』──ついさきほどのことを思い出す。
 本来ならば、第一王女であるライラ・ショーストリアがその子帝と呼ばれる地位に就くはずだったのが、不慮の事故によって彼女は亡くなってしまった。代わりに第二王女であるルイルがその役目を担うというのはごく自然な流れである。しかし心の内は単純ではないだろう。
 ロクアンズはしばらく扉の表面を見つめていたが、ふっと踵を返した。

 「また明日来るね!」

 メイドたちに手を振りながら、ロクは長い廊下の奥へ消えていった。

          *

 
 「ルイル王女様のお嫌いなものはお出ししていませんよ。最近は特に、お出ししたものがそのまま調理場に戻ってきますから……。お嫌いな野菜も飲み物も、なおのことお出ししていません」
 「じゃあ、好きなものを出してるのに食べないってこと?」
 「ええ。もはやおやつとしか言えないようなものでも、召し上がらなくなってしまって……。すこし前までは、菓子は大好物でしたので、そればかり口にされていたのですが……」
 「お菓子? どんな?」
 「ケーキや焼き菓子がほとんどです。ルイル王女様は、焼き菓子を大変好んでおられます」
 「焼き菓子……」

 翌日のことだった。城内の調理場へと訪れたロクは、そこで調理師を見つけるなり声をかけた。話の内容は、ルイルの食べるものに関することだった。
 ロクはしばらく唸ったのち、話題を変えた。

 「ねえ、ルイルが籠りきりになった理由って、やっぱり第一王女のことで?」
 「そうでしょうな……。ルイル王女様は、ライラ王女様のことを実の母上様のように慕っておられました。それが、突然ご逝去なさるとは……ルイル王女様も、困惑なさっていると思います。ライラ王女様が亡くなられてから、ひと月も経っておりませんし」
 「そっか……。ねえ」
 「あ、はい」
 「ここ、ちょっと借りてもいい?」
 「え?」

 コートの袖をまくりながら、ロクは厨房を見渡して言った。



 「ルイルー! おーい!」

 広い廊下に、ガンガンと扉を叩く音が響き渡る。
 ロクは昨日と変わらずルイルの部屋に訪れていた。

 「いないのー? ルイルー! おーい!」
 「……」

 ロクの若草色の後ろ髪を見るように、ガネストが壁に凭れかかっていた。彼は特になにをする様子もなく、ただそこにいるだけだった。

 「おーい、ってば! ……もー。じゃあさっそく、こいつの出番かな!」

 ロクは、床に置いていた籠を持ち上げると、それを扉の前で翳してみせた。
 
 「ルイル! いっしょにお菓子食べよっ! 作ってきたんだ~!」

 ガネストはぎょっとした。「ジャーン!」というかけ声をとともに籠から布が取り払われると、そこには、奇妙な形をしたこげ茶色のなにかが山のように積まれていた。

 「ね、食べよ!」
 「ちょっとあなた、ルイル様になにをお出しするつもりですか!」
 「うわっガネスト! なにさっ、さっきまで知らんぷりしてたのに!」
 「こんなもの見せられて知らないふりはできません! それと呼び捨てはやめてください」
 「なにおう!?」

 ロクとガネストは菓子の入った籠を引っ張り合っていたが、ふと、彼のほうが手を離すとその中身ともども彼女はひっくり返った。

 「いっ、たぁ~……」
 「これでわかりましたか? 興味本位でルイル様に近づくのはやめてください」
 「ちがうよ! あたしは真剣に……!」
 「真剣に? なら、もうすこし真剣に菓子作りをしてください。さっきのあれは、とても人が食べる物とは思えない」
 「な、なんでそんなことわかるのさ!」
 「それくらいわかります」

 ガネストは、眉をしかめて強く言い放った。

 「掃除は僕がやっておくので、あなたはもうお帰りください」
 「え、でも!」
 「お帰りください」

 重ねて言うと、ガネストは背を向けて歩きだした。掃除用具を取りに行くのだろう。
 尻もちをついた状態からロクは立ち上がり、自分の手にくっついた菓子のかけらを払う。
 ふいに、自分の足元で無惨に散らばっている菓子の山に目をやると、ロクはその中のひとかけらを手に取り、口に運んだ。

 「まっず!」

 遠くで歩いていたガネストがその大きな声に足を止めた。
 思わず半身振り返ったが、一体なにがしたいんだと嘆息して、さっさと目を逸らした。
 

 
 
 その翌日。ロクはふたたび、籠を持ってルイルの部屋の前に訪れた。

 「ねえルイル! いっしょに食べよ! またお菓子作ってきたんだ、クッキーだよ! 今日は失敗してないからさ~!」

 昨日とおなじように壁に寄りかかるガネストが、またかといった表情でロクを一瞥した。

 「おーい、ルイルってばー!」
 「……いらない」

 かすかながら声が返ってきた。昨日とはちがって反応がある。このチャンスを逃すまいと、ロクはいくらか上ずった声で畳みかけた。

 「でもルイル、最近あんまり食べてないんでしょ? あたしもいっしょに食べるから、ねっ! 食べようクッキー!」
 「いらない! 好きじゃないもん!」
 「……ええ? ウソ!」
 「うそじゃないもん!」

 ロクはその場で呆然と立ち尽くした。自分が持ってきた菓子の籠を見つめてから、

 「……じゃあお花がいい? 一応摘んできたんだけど」

 と、床に置いていた数本の花を掴んで持ち上げた。

 「勝手に摘まないでくださいよ……」
 「だって、ルイルの好きそうなものわからないんだもん。ねえガネスト、ルイルってなにが好きなの?」
 「わからないなら諦めたらどうですか」
 「やだ!」

 間髪入れずにロクが答える。
 清々しいほど元気のいい返事に、

 「……どうしてですか?」

 ガネストは眉をひそめて問い返した。

 「え?」
 「……」

 ガネストは、ふっと視線を外す。彼がそれ以上なにかを聞いてくることはなかった。
 沈黙が訪れる。
 ロクは左手に籠、右手に花を握った自分の姿を見下ろした。

 「……また明日、来るからっ」

 赤いカーペットの表面をドタバタと蹴りながら、若草色の髪は遠のいていった。
 ガネストは顔を上げた。おなじことの繰り返しだ。いつか「飽きた」と投げ出すだろう。そう心の内で唱える彼は知っているのだ。目の前の扉がいかに重く、厚い壁なのかということを。


 そして。
 その翌日も、そのまた翌日も、ロクはルイルの部屋に通い続けるが、その扉を開かせることがただの一度も叶わないまま──刻一刻と、『子帝授冠式』の日が迫ってきていた。
 
 
 


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