コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.101 )
- 日時: 2020/07/28 10:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第092次元 眠れる至才への最高解ⅩⅦ
だんだんと日が傾いてきて、行路に揺らめく影も伸びてきた。ロクアンズは肌寒さに身震いした。まだ吐く息が白くなるには早いが、だいぶ冬季に近づいてきている。
大書物館に到着したコルド、レトヴェール、ロクの3人はまず、古語の本棚を管理している使用人の女のもとを訪ね、ナトニが盗んだ赤い本を差し出した。依頼された本と、ナトニが盗んだ本が本当に一致するかどうかを確かめるためだ。彼女は目を瞬き、これです、と答えた。詳しい事情をバスランドにも話すため、彼女に部屋まで案内してもらった。
事の顛末を聞くと、バスランドは「そのナトニという少年に悪いことをしてしまった」と眉を下げた。ナダマンについて訊ねてみると、たしかにこの館には訪れたという。しかし退館したかどうかは、さすがにわかりかねるとのことだった。
部屋から出ると、コルドは赤い本について、使用人の女に詳しい話を訊ねてみた。大書物館の棚の管理者たちは、本の背表紙から標題、中身に至るまで、任されている棚のことはすべて把握している。ただ、古語関連の本を収容した棚に限っては例外である。その昔、古語で書かれた文献のほとんどが、言語が移り変わるとともに別の文献へと写生された。有名な童話『わたしの子エリーナ』もその1つである。古語の文献はいまや文化遺産に等しい。そのため、古語の棚の管理者は、本の中身以外の特徴を記憶するよう教育されている。
使用人の女はちょうど十数年前からこの棚の管理者になったとのことで、返答はなかなかに好触感だった。彼女は階段を下りながら説明してくれた。
「そちらの本についてですか? そうですね……たしか初めてその本を見たのは、ハスウェルが本棚の前でその本を咥えていたときでした」
「ハスウェルというのは、バスランド伯が飼っていらっしゃるあの犬ですか?」
「はい。そのときは棚の管理者として新参者だったこともあり、収納し損なっていたものなのだとなんの疑いもなく本棚に加えてしまいまして……。申し訳ありません」
「ああ、いえ、そんな。……あの、そのときの状況をもっと詳しくお伺いしても?」
「状況ですか……。そういえばあのときも……」
階段を下りきると、使用人の女は古語の棚の前まで足を運んだ。彼女は片腕をあげ、揃えた指先で棚の最下段を示した。
「このあたりの最下段の本を、随分散らかしていましたね」
「へ~」
「ご覧の通り、最下段から上二つまでの段は、それより上の段よりも多少幅を広めに作ってあります。幅の広い書物や大きな地図などを収納するためにこのような造りとなっています。ハスウェルはなぜか、このあたりの本を散らかすのが好きなようで、それを片付けるのも仕事のうちになってしまいました」
「最下段にある本、ちょっと見てみてもいいですか」
レトは棚の最下段を指差して、使用人の女に訊ねた。彼女は「どうぞご自由にご覧くださいませ」と許諾したのち、「あ」と小さく声をあげた。
「どうぞ本を抜いて、棚の奥にも触れてみてください。きっと面白いものが見られます」
悪戯っぽく微笑んでから、残っている仕事を片付けにいくと言って、使用人の女は一旦離脱した。
じっ、とレトは最下段に並ぶ本を舐めるようにして眺めた。
「面白いもの?」
「えー、見てみたい見てみたい! 本どかしてみよ!」
ロクとレトは手あたり次第に本を抜いてそのあたりに散らかすと、棚の奥とやらにぺたぺたと触れてみた。間もなくレトの手がぴたりと止まる。
「あ」
「なんかあった?」
「奥の板、微妙にずれてるところがあるな。動くのか?」
「えっ!」
どうやら棚の奥の板の一部が左右に動く仕組みになっているらしく、板を横に滑らせてみると、またしても本がぎっしりと収納されていた。
「へえ、すごいなこれは。棚が奥にもあるのか。二重で収納できるんだな」
「ええ!? 普通に前から見ただけでもすっごいたくさん本があるのに、ここの館にある本棚、ぜんぶこうなってるのかな? じゃあ思ったよりずっとたくさんの本があるんだ~……」
「さすが、物好きな建築家が設計した館なだけあるな」
「……」
大書物館において戦争の被害を受けたのは表のガレージなど、一部のみだった。大部分は200年前に建立されたままの姿であり、現在まで受け継がれている。
この館を設計した物好きな建築家とは、世界中のありとあらゆる本を集め、資産の限りをこの館に注ぎこんだ男、マグオランド・ツォーケンだ。風変わりな彼が建てたものなのだから、仕組みの一つや二つあっても驚きはしない。
「物好きな建築家、か……」
おそらく彼が発案したであろう二重の本棚をぼんやりと眺めながら、レトはぽつりと呟いた。
『そういえばあのときも……このあたりの最下段の本を、随分散らかしていましたね』
使用人の女がそう言っていたのを思い出すと、レトは即座に周囲を見渡した。自分とロクとで抜き取った本が辺り一帯に散らばっている。
レトはなにを血迷ったのか、二重棚の本にも手を伸ばし、さきほどとおなじようにぽいぽいと本を放り出しはじめた。
「ちょっえ、ちょっと! なにしてんのレト!?」
「再現。あの犬は、たしかこのあたりを散らかしてたって言ってただろ」
「それはそうだけど~……! ねえ、あとでこれぜんぶ元通りに戻さなきゃなんだよ? あたし場所なんてもう覚えてないよ、レト……」
「俺が覚えてるから大丈夫だろ」
「ぜんぶっ!?」
「うん」
「こわ……」
「ロクそういう顔もするんだな。本気で気持ち悪がってる顔だぞそれ」
奥の二重棚の本をすべて抜き終わると、レトは目を凝らして、真っ暗な棚奥をじいっと睨んだ。
「それにしてもときとして大胆だな、レト」
「ロクのがうつったかな」
「え、それは褒めてるって受け取ってもいいやつ? だめなやつ?」
二重棚を発見したときのような板のずれは見当たらない。さすがに三重にはなっていないらしい。引き返そうと身をよじったそのとき、レトは、はっとして金色の目を見開いた。
二重棚の本はすべて抜きだすことができた。最初から十数冊しか収まっていなかった。正面は巨大な棚で横広の造りになっているのに、なぜこの場所の奥の二重棚は、たった十数冊しか収まらないほどスペースが狭いのだろう。
ロクやレトくらいの歳の子どもであれば十分に入ることできる。その基準でいえばハスウェルも同様だ。
だが、犬がわざわざ本棚の本をよけ、この狭い場所へ来るとは考えにくい。
(もしかして)
レトは靴を脱ぐと、あろうことか本棚の奥へと這い進んだ。
「えええ!? ちょ、ちょっとレト! なにしてんの!?」
ロクとコルドが驚いた顔をして本棚を覗きこんだ。奥から、きぃ、と木の扉でも開くような小さな音がした。それから、かん、かん、となにかが跳ねるような甲高い音が遠のいていったり、似たような音が比較的近くで響いたりもした。レトのくぐもった声が飛んできたのはそれからすぐのことだった。
「二重棚の奥に、通路っぽいものがある」
レトは四つん這いになったまま後ずさりをして、戻ってきた。
「つ、通路ぉ!?」
「奥になにが見えた、レト」
「奥の板に切れ目と小さなくぼみがあった。押しても開かなかったから、くぼみに指の先を引っかけて引いてみたら扉みたいに開いた。その先は暗くてよく見えなかったけど、適当なもん投げたら奥まで跳ねていったから、なにかを収納する空間とはまたちがう。上にも投げてみたら天井に当たってまっすぐ落ちてきた。たぶん子どもが立って通れるくらいの道がある」
棚板にぶつからないよう頭を引き抜くと、レトはそのまま足を崩した。
「子どもが通れる道? なんで?」
「これはただの想像だけど、建築家業が成功して一族も繁栄しただろうから、子どもの遊び場としてマグオランドが改築したとかじゃないか?」
「なるほどー!」
「俺としてはこの先に行ってみたい。おそらくハスウェルはここ以外のどこかから隠し通路に入って、道すがら本を見つけ、二重棚にある本をのけながら館内に入ったんだ。だから管理者のあの人がハスウェルを見かけたとき、このあたりに本が散らばってた」
「あたしも行く行く! なんかおもしろそう!」
立ち上がって腰を伸ばすと、レトは辺りに散乱している本を見下ろした。ロクも行きたそうにうずうずしていたが、コルドは難色を示した。
「しかしだな、この先は大人が入るには厳しいんだろ? ナダマン氏は成人の男だぞ。どうやって入ったんだ……?」
「……そこなんだよな。まさか俺やロクがしたみたいにそのへんに本を散らかして行ったとは思えない……」
この棚奥の隠し通路を偶然で見つけるには無理がある。義兄妹がしたようにすべての本を抜き取った上で、這いつくばって棚の奥を調べる必要があるからだ。
もしナダマンも、ハスウェルがよくこの棚の周りを散らかしてたことと、狭い二重棚が造られていること、そして棚奥の隠し扉が手前に引かなければ開かないことから、子どもが遊ぶ用の隠し通路があるのではと気づいていたとしても、大の男が通れるかどうかも怪しい入り口に頭を突っこむ姿は想像に易くない。
頭を抱えたまま固まってしまった男たちの背中を叩くように、ロクが元気な声を張りあげた。
「行ってみたらその秘密もきっと解けるよっ! せっかくレトが見つけたんだもん、可能性のあるとこへ行こうよ! ナトニとの約束もあるしさっ」
こういうとき、余計なことはなにも考えずにこにこと足を踏みだせる彼女の性格が羨ましくなる。研究棟での潜入調査の影響か、すっかり張りつめた空気に慣れつつあった脳が、途端に力を抜いた。
「そうだった。ナトニのためにも、いまはとにかく動きたい」
「まったくその通りだ」
「そうこなくっちゃ!」
「正直、俺とロクだったらすんなり入れるけど、コルド副班は覚悟したほうがいいかもな。入り口も狭いけど、あの通路をいくには身長が高すぎる」
「まず俺は入り口を通れるかどうかが心配だが」
「通るときだけ隊服ぜんぶ脱げば? それなかったらだいぶ楽だよ」
「伯爵家の建造物内で俺を変態にするつもりか?」
しばらくして、使用人の女が棚の前に戻ってきた。どうやら隠し通路の存在は知らなかったようで、彼女はかなり驚いていた。二重棚はとくに普段読まれないものを収納するスペースのため、ハスウェルが散らかさない限り目に触れることもほとんどないせいだろう。
コルドは使用人の女とともに、もう一度バスランドの部屋へと向かった。隠し扉の奥の通路について話をするのと、その探索の許可を得るためだ。
使用人の女と同様に、バスランドも隠し扉については初めて耳にしたらしかった。あまり驚く素振りを見せなかったのは、祖先のマグオランドが変わり者であることを彼が十分に理解しているからだ。バスランドは先祖代々受け継がれてきたものだからとこの館を管理してはいるが、邸宅はべつに構えている。彼の家族も館へはほとんど立ち入らず、一家ともどもこの屋敷への関心の薄さが伺える。
だが均等に区切られた立地に、寸分たがわず外郭を揃えた建物が並ぶ街の景観を見る限り、その変人さで言えばバスランドもマグオランドといい勝負だろうとコルドは心の中でひっそり独り言ちたのだった。
口では興味なさげな風を装いつつも、バスランドもコルドとともに古語の本棚の前へとやってきた。すでにロクとレトが準備万端といった様子でコルドの帰りを待っていた。
隠し通路にすっかり興味津々なバスランドと使用人の女に見送られながら、此花隊隊員の3人は、二重棚の奥に構える通路へと這い進んだ──。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.102 )
- 日時: 2020/08/09 09:15
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第093次元 眠れる至才への最高解ⅩⅧ
通路への狭い入り口をはたしてコルドが通れるかどうかがもっとも心配を要するところだったが、彼は副班長としての意地にかけて隊服を着用したまま通路に抜け出てみせた。レトヴェールは携帯用のランプと蝋燭を2つずつ取り出し、ロクアンズに『雷皇』の電熱で灯をともすよう頼むと、2つあるランプのうち1つをコルドに手渡した。狭くて暗い通路を、小さなランプの明かりがぼんやりと照らす。
まるで、幽霊でも出そうな廃屋敷の中を歩いているようだ。ロクは幽霊の類が苦手なため、ずっとコルドの腕にしがみついていたのだが、彼も彼で身を屈めて進まなくてはならない。腕に負荷がかかり、腰に負荷がかかり、口を閉じるのも早かった。
通路は一本道で、途中で曲がったりなどもしたが、分かれ道はなかった。
途方もない暗闇がいったいどこへ続いているのかも知らず、出口も見えず、ただひたすらに歩き続けて四半刻が経った頃だった。
一本道の終わりは唐突に訪れた。コルドたち3人を待っていたのは、四方を石壁に囲まれた広い空間だった。ようやく背中を伸ばすことができたコルドは、頑丈そうな大きな鉄扉を前方に認めると、扉の前まで歩を進めた。仰々しい銀細工の把手が設けられているが、扉の片方が横に滑らせてあり、隙間が空いていた。隙間からはさらに深い闇色が漏れ出している。
「ひえ~! おっきな扉だね~!」
「……開いてるっぽいな、扉」
「そのようだな。この凝った造りの把手は飾りか。ともかく幸運だった。俺でも通れそうな隙間だ」
コルドは先陣を切って、扉の隙間に身体を滑らせ、中に入っていった。レトもそのあとに続く。
最後に隙間を通り抜けたロクは、早々にぎょっとした。視界が文字通り真っ暗で、室内がほとんどなにも見えないのだ。コルドとレトの手元で揺らめく灯かりのおかげで、かろうじて彼らの位置を把握できるものの、それも薄らぼんやりとしている。気のせいだろうか、まだ蝋燭の火が絶えるには早すぎるはずなのに、ランプの灯かりが小さくなったように見える。まるでこの暗闇が、光そのものを丸呑みしようとしているようだ。
レトやコルドの傍を離れたら一巻の終わりだ。危険を肌で察知したロクは、涙目になりながら片足を踏みだした。
「れ、レトお願いっ、あんま離れないで~……」
そのときだった。ロクの足の爪先に、かつん、となにかが当たった。
「ひえっ!? ……な、なに? なんか足に当たって……」
「どうした、ロク」
ロクの異変に気がついたレトが、手に持ったランプで彼女の足元を照らすとそこには、頭蓋骨が転がっていた。
「ひゃああっ!?」
甲高い叫び声をあげてロクはひっくり返った。暗闇にくり抜かれた大きな黒い眼が、しりもちをついた彼女をじっと見上げている。頭蓋骨のほかにもいくつか細長い人骨が寄り添い合っておりどことなく人の形を象っている。
「驚くのはまだ早いぞ2人とも」
ランプの灯かりでうっすらと顔を照らしながら、コルドが振り返った。彼はもう片方の腕に布の塊を引っかけていた。視界が悪いので、ロクは左目を細めた。
「な、なに? それ」
「隊服だ。此花隊のな。灯かりを近づければもっとわかりやすいが、白い。服の作りからして……研究部班のものだろう」
「……え、研究部班、って……え?」
「これを見てくれ」
コルドは隊服を持っているほうの肘を曲げ、握った拳を掲げた。その手には懐中時計の鎖が握られていた。隊服を調べた際に、懐から見つけたものらしい。
レトに受け取らせると、蓋を開けるようコルドは指示する。レトはロクにランプを預けてから、言われた通りに懐中時計の蓋を開いた。蓋の裏側には文字が刻まれていた。文字はメルギースの言語ではなく読むことができないが、いまここにいる3人は強い既視感を覚えた。
「レト、この懐中時計の文字、いまおまえが持っている本の文字と……似ていないか?」
「……似てるどころじゃねえ。まったくおなじだ」
レトは本を裏返して裏表紙を見せた。下部にはやはり馴染みのない文字が書き記されてある。その文字列の横に、懐中時計の蓋を並べてみると、文字の形は見事に一致していた。
「この文字、古語にすこしだけ似てる部分があって、人名とかほかに意味を持たない文字列ならだいたい予想がつく。この文字列の読み方を現代っぽく直すと……おそらく、"ナダマン・マリーン"。だからこれはナダマンの隊服と……遺骨だろう」
「……っ、そんな……! でも、それじゃあ」
ナトニは──そう言いかけて、ロクは口を閉じた。彼が次元の力の実験に執心していたのは、きっとこの世界のどこかで生きているであろう父親が帰ってきたときに、喜んでもらうためだったのだ。生まれてから一度も会ったことがない父の姿や声をどんな風に想像していただろう。想像に終わってしまうことがこの上なく虚しくて、ロクは奥歯を噛みしめ、その場にふたたびへたりこんだ。
「しかしそうなると、ナダマンはここで命を絶ったことになるが……なぜだ? だれかに閉じ込められたか?」
「ナダマンは次元師だった。それも実力者だったんだろ。次元の力で扉をこじ開けるくらい造作もないはずだけど……」
「まさか……ここで自ら命を絶ったのか?」
コルドが信じられないようにそう言った、次の瞬間。
「左様」
深い闇に覆われたこの空間の、遥か奥のほうからたしかに声が響いた。
「かの者は自ら望んで陽を拒んだ。己のことを語りたがらない男だった。幾つ月日を超えたか既に記憶は及ばぬが、あの男との日々は愉快であった」
その声は声と呼ぶにはあまりにも深い響きをしていて、絡まる闇の中を巧みにすり抜けてロクたちの鼓膜に触れた。
「ときに。我が御魂を奪いにきたのか、異界の術を身に宿す、人の子らよ」
刹那。途方もない暗闇に突然、ぽつりと明かりが浮きあがった。その火の玉のようなものの実態は両側の壁にかかった燭台で、まるで波が海に引いていくように奥へ奥へとひとりでに明かりを灯しながら、コルドたちが立ち尽くすこの空間全土に光を齎していく。
すると、部屋の奥に積み上げられていた金貨や宝の山が、光源にあてられ姿を現した。ここは宝物庫だったのだ。高い位を許された家系の生まれであっても、ひとたび見やれば瞬く間に目を奪われてしまいそうな金銀財宝が目と鼻の先にあるのに、コルドたちの意識を支配したのは、べつのものであった。
中央に鎮座する立派な宝箱の上に、白亜の大きな羽毛に身を包んだ、なにかが佇んでいた。
一見楕円型をした白い塊のような"それ"は、人語を解してはいる。がしかし、この地球上に現存するどの生物ともかけ離れた異様な雰囲気を纏っていた。
殻にこもるように、大きな両翼で覆われていた頭部が、ゆっくりと露になっていく。白い殻から覗いた真紅の十字。息が止まるようなその赤い眼光が、義兄妹の視界に突き刺さった。
「──っ!」
「赤い……目……」
血で染めたように真っ赤な眼球。
人間の形をした人間ではないもの。──神族、【運命】の愉快げで不愉快な姿が瞼の裏に蘇り、途端に視界が血塗られたような錯覚に襲われる。
四つの白い翼をはためかせ、それは宝箱の上から飛び立った。巻き起こった風がかまいたちとなって3人に襲いかかる。
「くっ──!」
「うわあっ!」
咄嗟に瞑った左目を、ロクがうすらと開けたそのときだった。霞んだ視界に一本の白い羽が舞い降りた。その白い羽が幾重にもなり、まるで花びらのように降りしきる中、この世のものとは思えない神聖な声音で白い生物は鳴いた。
「異術師らよ。男の仇討か、使い魔に怨恨を抱く者か。そなたらの素性はあずかり知らぬ。我が御魂を脅かさんとするならば、力の全てを以てそなたらに牙を向けよう」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.103 )
- 日時: 2020/08/13 11:38
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第094次元 眠れる至才への最高解ⅩⅨ
白く大きな片翼が一凪ぎ、闇を掻くと同時に宝物庫内に突風が吹き荒れた。竜巻に絡めとられた金貨、宝箱、宝石、ありとあらゆる宝物がちかちかと光を放つ。そのうちに竜巻は天井と激突し、轟音が鳴り響いた。
大破した天井が、鉄塊と化し頭上に影を落とす。座りこんでいたロクアンズは一瞬対応に遅れ、さっと顔を青くした。
「次元の扉発動──『鎖幕』!!」
叫び声がしたかと思われたとき。空を仰ぐロクと落ちてくる鉄塊との間にコルドが滑りこんだ。鉄塊は彼の両手に握られた鎖と衝突し、粉々に砕け散った。細かくなった石片がぱらぱらとロクに降りかかる。
「こ、コルド副は……!」
「ロク、立てるな!? 次元の力を発動しておけ! 奴は外へ行くつもりだ!」
コルドはぐっと鎖を握りしめた。武器型の次元の力『鎖幕』は異次元から取り出した鎖を自在に操ることができる。さらに、鎖本体の強度は次元師の意志によって変化させることができる。鍛錬を積んだ者の鎖ときに、この世界に現存する金属や鉱物のそれを遥かに上回るという。
天井に空いた大穴から覗く月。そしていままさに飛び立たんとする白い化け物を黒い目で捉えながら、コルドは詠唱した。
「五元解錠──伸軌!」
降り注ぐ月光を真っ向から突き抜け、鎖は白い化け物を目がけて一直線に伸びた。
しかし。化け物は酷く折れ曲がった嘴を上下に開け広げた。次の瞬間。月夜を貫くような超高音の叫喚が辺り一帯に打ち放たれた。耳を塞ごうが塞ぐまいが意味はない。甲高い不協和音が頭を直接鷲掴みにし、激しく揺さぶられるような、そんな不快感がコルドたちを襲った。
コルドの放った鎖も、化け物の口から放たれた咆哮によって粉々に分解した。
「な……っ! 鳴き声、ひとつで……!」
白い化け物は四つの翼で飛行し、宵闇の中へ姿を消した。飛び去ったのが街のある方面であることを確認したコルドはすぐさま振り返り、2人に向かって指示を飛ばした。
「ロク、レト! 俺は奴を追う。おまえたちはすぐに館内に戻って、バスランド伯に現状の説明をしてきてくれ! 緊急だから一方的に話をするだけでいい、あとはおまえたちも外に出て俺と合流だ。奴が街にでも出たら大変な騒ぎになる、そうなる前に俺が先に足止めをする。以上だ。質問は」
「ない!」
「ない」
「いい返事だ」
コルドはもう一度鎖を天井に向かって放ち、大穴の淵のあたりで出っ張っている瓦礫に引っかけた。伸軌、という名の術は鎖の長さを操作するものなのか、鎖を掴んだコルドの身体が一気に天井の外へ放り出されているのが、かろうじて見えた。
ロクとレトは駆け足で館内に戻った。衝撃音が聴こえていたのか、館内中で使用人たちがざわめいていた。中央階段と2階の廊下を風のように走り抜けた2人は、バスランドのいる執務室に転がりこむやいなや、宝物庫内で起こったことを告げた。そしてそこに、この世の生物とは思えない白い化け物が棲んでいたこと、その化け物が外へ飛び出していったことを続けて明らかにした。館からは離れていったとはいえ、また舞い戻ってこないとも限らない。可能であれば街とは逆方面に避難をするよう、ロクとレトはバスランドに促した。
早急に大書物館をあとにした2人は、街へ続く林道を駆けていた。白い化け物を追っていったコルドとはすぐに合流できなかった。合流できないどころか、白い化け物の姿もコルドの姿もどこにもない。緊張が高まっていく中、2人はついに街の輪郭を視界に捉えた。そのとき。街の方面から人の声が聴こえだした。2人が街へと踏み入ったそのときにはすでに、街中がざわめきだっていたのだ。窓から顔を出し、立ち話をしていたらしい数人の若者が首を傾げ、また、赤子の泣き声もあちこちから聴こえてくる。
「コルド副班っ!」
ロクは視界の先に、地面に膝をつく大きな背中を捉えるとそう叫んだ。よろめきながら立ち上がるコルドのもとまで駆け寄り、彼の顔を覗くと、ロクはぎょっとした。彼の額からは真っ赤な血が流れ落ちていた。
「副は……っ、だ、大丈夫!?」
「……! ロク、レト、来たか。すまない、完全に侮っていた」
「奴は」
レトがそう口にした、次の瞬間。大広場のある北の方角から、甲高い悲鳴が相次いで飛んできた。
それは大広場の上空で悠々と翼を扇いでいた。
大広場にある噴水やベンチから転げ落ちた住民たちの顔を赤い十字眼で見降ろしながら、白い化け物は鳴いた。
「我が名は【NAURE】──創造神ヘデンエーラより命と肉体を賜った、"天地"を司る神族なり」
白い化け物──否、神族ノーラの声音が、街の隅々まで響き渡った。それはウーヴァンニーフの空に突如現れた雨雲が如く、住民たちに暗影の到来を告げる。
「し……神族だって!?」
「え!? な、なに、しんぞく? ほ、ほんとに、本当にいたの!?」
「とにかく、とにかく逃げろ! 喰い殺されちまう!」
「きゃあああっ!」
空想上の生き物のようにぼんやりと認識していた神族。そのたしかな君臨を目の当たりにした街の住民たちは、混乱の渦へと巻きこまれた。ロク、そしてレトの心臓も早鐘を打っていた。運命を司る神族デスニーと並ぶ力を持つであろうその存在の名をしかと耳にしたのだ。
「し、神族……ノーラ──」
「……」
「……大広場のほうだな。いいか、決して気を抜くな。行くぞ!」
力任せに額を拭い、コルドは駆けだした。悲鳴、叫び声、怒号──それらは伝播し、徐々に大きな喧騒となって街全体を包みこんでいく。そんな中、呆然と立ち尽くす人影をコルドは見つけた。騒ぎを聞きつけてきたのか、研究棟所属の援助部班員が数名、大広場のほうを見つめながら動揺の色を露にしている。
「広場のほうから叫び声がしたぞ」
「神族だって? 本当にいたのか」
「様子を見に」
「待て!」
コルドは立ち尽くす3人を大声で呼び止めた。びくりと反応した男たちは、彼の顔を見るなり背筋を正した。元警備班で次元師であるコルドのことを知らない援助部班員は少ない。かつてコルドと先輩後輩関係にあった男がいたらしく、彼は目を丸くして敬礼した。
「こ、コルドせんぱ……じゃなくて、コルド副班長殿! あの、さっきの声はいったい」
「大書物館にて神族が現れた。奴は大広場にいる。俺たちが討伐に向かうから、おまえたちは住民に危険を呼びかけ、避難誘導をしてくれ」
「避難誘導!? って、え、どちらへ」
「南だ! 北の方面にはいまから俺たちが向かう、だからほか三方角をぞれぞれ頼む。援助部班班長に報告されたくなかったらさっさと行け! 人命がかかってる。緊張感を持って行動しろ!」
「はっ!」
援助部班員の3人はそれぞれ、コルドの指示通り三方角に散り散りになった。一刻も早く大広場に到着しなければならない。北の方面に家を構える住民たちに避難を呼びかけながら、コルドたちは大広場へと急いだ。
コルドたちは、南へ向かって一目散に逃げていく人々の波の中を縫って走り、そうしてようやく、大広場へと足を踏み入れた。
途端。立ちこめた空気がより一層張りつめたものへと一変する。
白亜の大翼を持ち、天地を司るとされる神族【NAURE】は大広場の噴水の上に降り立った。十字を象る赤い眼が3人の次元師と相対する。
──人類の力。それを超越した者たちによる戦いの火蓋がいま、切って落とされる。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.104 )
- 日時: 2020/08/23 21:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第095次元 眠れる至才への最高解20
鳥類、が形態としてもっとも近いといえる。しかし白亜の羽毛に包まれた大きな体躯も、大小四つの翼も、ひどく折れ曲がった嘴も、見たことはおろか聞いたこともない。そのうえ、かの鳴き声は天を劈く超高音だ。思い出すだけで鼓膜がぴりぴりと痛みだす。
噴水の上から飛び立とうとノーラが翼を開きかけた、その瞬間のことだった。
だれよりも早く飛び出したレトヴェールがノーラの身体をめがけ、『双斬』の片方を振りあげた。
「デスニーはどこだ!!」
レトは眉根をきつく寄せ、切迫詰まった表情でそう叫んだ。ノーラの白い翼を叩き切らんと振り下ろされた短剣だったが、その切っ先は羽の先にも触れず、宙を割いた。すんでのところで飛び立ったノーラの羽がひらりと降り落ちる。噴水の内側でレトが着地する。水しぶきがあがった。
空を舞うノーラがレトを見下ろすと、彼は濡れた金色の瞳を鋭くさせていた。
ノーラは依然として、揺れる森の葉のような落ち着き払った声音を以て、こう返す。
「【運命】の居所など我の与り知らぬことだ。200年という時が過ぎた」
「おまえたちは仲間なんだろ、神族ノーラ。奴はどこにいる!」
「……──呪いを受けたか、人の子よ」
ノーラは声色を低くして、そう告げた。レトは目を見開いた。3年前、母エアリスが亡くなった日に彼は神族デスニーから呪いを受けた。焼け爛れるような痛みを受けたその背中を、後日彼が確認してみるとそこには、禍々しい黒い紋様が刻まれていた。エアリスを埋没する際、偶然彼女の背中にも見えてしまった紋様とほとんどおなじものだ。
しかし、"5年の月日ののちに衰弱死する"という呪いをレトが身に受けたことを知っているのは、ロクアンズただ1人だ。彼はだれにも明らかにしたことがなかった。無論彼女も口外などしていない。
呪い、という言葉にコルドだけが困惑の表情を浮かべていた。
「成程。黒き"呪記"を身に受けし子よ。しかしかの異界の術でいくら我々神族の身を貫こうとも、破壊することは叶わない。決して」
呪いの話を聞かれるわけにもいかなければ、次元師として挑発を受けたようにも感じたレトは奥歯を噛みしめた。神族と相反した彼が冷静でいられるはずもない。彼は即座に、顔の前で双剣を重ねた。
「四元解錠──ッ、交波斬り!!」
眼前の風を割るように、重ねた双剣がそれぞれ左右に薙ぎ払われる。すると『双斬』の刃から真空波が飛び出した。真っ向から飛んでくる風刃の切っ先。ノーラは間髪を入れず、折れ曲がった嘴を広げた。咽喉から放たれた甲高い叫喚が風刃に喰らいつく。
叫喚は真空波をいともたやすく噛み砕き、またたく間に、レトの身体と噴水とを呑みこんだ。彼の身体と、衝撃とともに粉砕した噴水だったものの破片が同時に宙へと投げ出される。
「レトっ! ──この!」
ロクの緑髪がぶわりと舞いあがる。電気にあてられた肌が粟立ち、彼女はその手を伸ばして叫んだ。
「──四元解錠、雷撃!!」
独特の重低音とともに雷撃が放たれる。ロクの手元から枝分かれする電気の糸。そのわずかな隙間を巧みにすり抜け、ノーラは回避した。次いで、ノーラは二つの小さな翼で体勢を保ちながら、ほか二つの大きな翼を薙いだ。迫りくる突風にロクは左目を見開く間もなく、地面の上に薙ぎ倒され、身体を打ちながら後退した。
地上にいるロクたちと空を支配するノーラとでは分が悪すぎる。しかしロクは根性で飛び起きると、間髪入れずに詠唱した。
「避……! けん、なあっ! ──五元解錠、雷柱!!」
ノーラの影が落ちている地面の上に雷が走り、円を描いた。描かれた円から吐き出された雷光は文字通り太い柱となって空を突く。しかしノーラは器用に身体をひねり、旋回するようにして雷の柱から逃れた。
刹那。
「六元解錠」
雷柱の追撃を躱したノーラの周囲に、幾重にも重なった鎖の輪が降りかかった。
「──円郭!!」
環状となった鎖が収束し、ノーラの身体を絞めつける。鉄の塊と化し、宙をふらふらと行き来するノーラにコルドは叫ぶようにして問いかけた。
「神族【NAURE】、おまえに訊ねたい。おまえはさきほど、"次元の力では神族を破壊することは決して叶わない"と言ったな。ではなぜおまえは宝物庫から逃げた? 俺たちに対し『御魂を奪いにきたか』と言ったのはなぜだ!」
ノーラは応答する代わりに、藻掻くようにして宙を旋回した。鎖と鎖の隙間からはみだした白い羽毛が、その度にひらりひらりと地面の上に落ちた。
「おまえはなぜあの場所にいた! 200年前からいたのか、それとも14年前か! どちらにせよなぜ今日まで姿を現さなかった!? 答えろっ!」
神族は人間に対し怒りを覚えたため、突然姿を現し、世界に粛清を与えた──そうこの国では伝えられきた。しかしノーラは、宝物庫の中でナダマンという次元師に接触したものの、彼との日々を愉快だったと言っていた。庫内に残っていた彼の隊服にも大きな汚れや傷などはなかった。なにより、神族と次元師が交戦すればすくなくとも大書物館の人間には気づかれるだろう。14年前にそのような事件が起こっていなかったことから、おそらくノーラとナダマンは交戦していなかったのだ。
だが現在のノーラはコルドたちと遭遇した途端、宝物庫から飛び出し、ウーヴァンニーフの上空に君臨した。その行動の不可解さにコルドは疑念を抱いていた。
「知を望むなら剣を抜け」
鎖によって閉じられた嘴をわずかに開き、ノーラはそのように返答した。
「そうか」
コルドが短く息をする。ぐっ──と彼が、鎖を持つ手に力を入れた、次の瞬間。すでに雁字搦めに固められた鎖の繭がより一層きつくノーラの身体を絞めつけ、絞めあげ、金属が擦り合う嫌な音が鳴り続けた。
そしてコルドが息を止め、もっとも強く鎖を引いたときだった。鉄繭の隙間から真っ黒い液体が四方に飛び出した。まるで花火を仰ぎ見ているようだがそれは美しい光景とはほど遠く、黒い液体が地面の上に点々と散らばった。ロクとレトの2人は息を呑んで一部始終を見守っていた。
鎖の繭が、ごとん、と地面に落下する。重い音が響いてからすこしだけ鎖が緩んだ。直後。
──地面の下から、突きあげるような衝撃。地震。自然的な力であるはずのそれは、明白な殺意を持っているかのようにコルドたちの足元に襲いかかった。
矢先、地面の上に伏していた白い羽が、ふわりと宙に浮いた。それらはまっすぐにコルドたちを見据えると、空中を一直線上に切り裂き、迫ってきた。
「うわ!」
地震によって体勢が崩されていたロクは、膝を伸ばす間もなく白い羽に頬を切られ、転倒した。
「……くっ! 無事かっ、2人と」
叫びながらコルドが後ろを振り返ったそのとき、そこには信じられない光景が広がっていた。
ロクとレトの真後ろにある建物が地震の影響を受け、傾倒していたのだ。
逃避するのは不可能だ。たとえ彼らがいまいる場所から動けたとしても、隣の建物も次の瞬間には傾いているかもしれない。建物の高さからいって崩落に巻きこまれるのは必然だろう。
となれば、とるべき行動はひとつだ。
鎖を握りしめて踵を返すと、コルドは鉄の繭を解放した。放たれた鎖を纏い、彼は力の限り詠唱した。
「四元解錠──ッ、伸軌!!」
コルドの手元から、二本の鎖がロクとレトを目がけて放たれた。鎖は2人の身体に絡みつく。コルドがぐっと腕を引くとともに、2人は彼のもとへと強い力で引き寄せられた。
真っ向から飛んでくるロクとレトの身体をコルドが抱きとめる。次の瞬間には建物は瓦解し、激しい音を轟かせながら地面の上に倒れ伏した。
「……けほっ、う、コルド、副は」
建物が崩落する音を耳にしながら、ロクがうすらと左目を開ける。間一髪のところで助けてくれたコルドの顔を見上げると、同時に彼女の頬に赤い液体が飛び散った。
「……え、……こっ、コルド副班っ!」
さっと青ざめた顔でロクは身を乗り出した。コルドの背中に手を回した彼女の指先に、なにか鋭いものがあたった。
恐る恐る目をやる。するとそれは白い羽だった。無数のそれがコルドの広い背中に隙間なく突き刺さっていた。
ロク、そしてレトが、コルドの背中越しにゆらりと蠢く白い影を見た。
ノーラを取り囲むようにして宙に浮かぶ、白亜の羽。それは刃のごとく鋭い切っ先でこちらを睨んでいた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.105 )
- 日時: 2020/10/14 09:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第096次元 眠れる至才への最高解21
建造物の倒壊を誘えば、たしかに人間は簡単に当惑し、逃げ切れなければ次の瞬間には命を落とす。たとえ次元の力を有していたとしてもおなじことだ。次元師とはいえ次の一手を考えあぐねる。そのうえ次元の力の如何によっては太刀打ちできない。事実、コルドが救出の手を伸ばしてくれなかったらロクアンズもレトヴェールも建物の下敷きになっていた。
ひとたび鳴けばその声音は天を劈き、明確な意思のもとに大地をも揺さぶる。神族とはまさに人を、次元師までもを超越した力を有する存在だ。
化け物じみたその存在らと相対するには、そして打ち破るには、相応の力をぶつけなければならない。
「──六元解錠ッ! 雷籠!」
ロクはコルドの肩越しに腕を伸ばした。身体中で沸き立つ熱が左の掌に収束し、瞬間、雷電が唸りをあげて放たれた。電気の糸は絡み合い、コルド、ロク、レトの3人を取り囲うようにして半球形の壁を形成する。
向かってくる白亜の刃は電気の壁に突き刺さった。それらは電熱にあてられてもなお焼け落ちることなく、それどころか、みるみるうちに雷の壁を突き破っていく。
(うそ……! 六元なのに──!)
羽先はついに電気の壁を突き抜け、勢いを増して飛びかかってくる。
「──四元解錠! 交波斬り!」
レトは向かってくる羽の刃たちにではなく、あらぬ方向の地面に真空波を撃ち放った。コルドの身体を支えるように抱きかかえる。真空波が地面と衝突した反動で、レトたち3人は右方へと逃れた。標的を逃した刃先たちは一寸前に彼らがいた場所に突き刺さった。
衝撃波に背中を押してもらったとはいえ、そう距離は稼げなかった。間一髪といったところで危機を逃れたにすぎない。土埃が辺り一帯を包みこむ。
ロクは右肩から落ちたせいか、肩を押さえながら上半身を起こした。
「逃げ……ろ」
やっと声を絞り出したかと思えば、コルドはそんな背筋の凍るようなことを言い始めた。
「はやく」
「に……っ! 逃げるわけないじゃん! なに言ってるの副班!?」
「……俺たちは神族を追って戦ってきた。奴を逃すことも俺たちが逃げることもしねえ」
「あたしたちが隙を作る。だから副班はちょっとだけ休んでて。絶対なんとかす」
コルドはロクが言い切らないうちに彼女の手を乱暴に振り払った。振り払った腕をそのまま空に掲げる。
直後のことだった。
振り上げた手を地面に叩きつけ、コルドは叫んだ。
「──、"額絡"ッ!!」
超高音の叫喚が襲いかかってきたのはコルドの詠唱とほぼ同時だった。彼の背後、地面の下から無数の鎖が飛び出した。"雷籠"と同様に急速に絡み合うと、文字通り鉄壁を築き上げる。超高音はすんでのところで鉄壁と衝突した。
ノーラが奇形の嘴を開くときにわずかに、きぃという耳障りな音がする。コルドはそれを聞き取っていた。予め集中していなければ当然対応には遅れていただろう。彼は一切の冷静さを欠かさず淡々と告げた。
「隙を作ってる時間はない。だから行け」
「コルド副班っ!」
「言われないとわからないか。おまえたちを守りながらでは戦えない」
彼の口からは聞いたこともない冷たい声だった。それでいて説得力があった。
「退け。本当に命を落とすぞ」
「……」
ロクは絶句した。大書物館でノーラと邂逅してここに至るまでの経緯を思い返してみても、コルドの後援あってこそいまの戦況が成り立っていることは火を見るよりも明らかだ。
手持ちで最大の術である六元級の次元技でさえ打ち破られてしまった。頑張ればなんとかなる。なにかの奇跡が起こって七元の扉だって開く可能性があるかもしれない。などと、ロクには宣えなかった。
それをレトも十分に理解しただろう。眉根を寄せてから、小さく呟いた。
「……──わかった。いくぞ」
レトは、ロクの左腕を掴んでぐっと引き寄せた。それからコルドに背を向ける。ロクは腕を振りほどきたくてたまらなかったが、できなかった。右肩がそのときぴきりと嫌な音を立てた。鈍い痛みが走る。ついさっき地面の上に肩を打ちつけていた彼女が、起き上がるときに一瞬苦悶の表情を浮かべていたのを、レトもコルドも見ていた。
「ま……っ、待って! レト、あたし……!」
だんだんと小さくなっていくコルドの顔を見た。険しい表情を浮かべていた彼は、ふと、笑みを返してきただけだった。
「……ま、って。おねがい、まだぜんぜん大丈夫だよ、レト! こ……コルド副班!」
ロクは左目にじわりと涙を滲ませながら叫んだ。倒れた建物の瓦礫を踏み越えて街道へと向かっていく義兄の腕も振りほどけなければ、遠ざかっていく副班長のもとへ駆け寄ることもできなかった。
辛うじて義兄妹を逃がすことには成功した。まだあの若い芽たちを踏み潰されるわけにはいかない。次元師が命を落とせばこの世界のどこかで芽吹く新しい命にその次元の力が引き継がれるため、戦力の減少という意味合いでも避けたい事態ではある。
戦場において情けなど取るに足らないものだ。いま逃げ道を作ってやったところで、自分がノーラにやられてしまっては、次の標的はあの2人になる。しかし、彼らを可愛がってきたこの手がまだ動くうちは、鎖を握るよりも先に彼らを抱きかかえてしまうのだ。そんな生半可な姿勢では、超人的な存在と渡り合うなど不可能だろう。
(さて)
背中に突き刺さった数本の羽を根本から抜き取っていく。血でぐっしょりと濡れた上着を脱ぎ、適当に捨て置いた。次元技『額絡』の巨壁に肩を預けながらコルドは思考した。
(本来なら可能な限り拘束し、対象から情報を搾り取るのが最良だ。だが相手は神族。本当のところはわからないが、驚異的な力を持っていることにちがいはない。討伐とまではいかないだろう。再起不能にできれば上々だ)
果たしてどこまでやれるだろうか。そんな自問自答が胸中では何度も繰り返されていた。
不意にノーラの鳴き声が止んだ。コルドはすかさず腰を落とした。地面に手をつき、間髪入れずに詠唱を繰り出す。
「──ッ、七元解錠! 浪咬!!」
コルドがそう高らかに詠唱するとともに、眼前を覆い尽くす鉄の絶壁は分解した。次の瞬間、数十数百に及ぶ鎖たちが、まるで飢えた多頭の大蛇が如く鉄の身体をうねらせながら猛進した。それらは広場を囲う建物の外郭に頭を打ちつけ、地を這い、一心不乱にノーラに向かっていく。建物が次から次へと崩れ落ちていく激しい騒音が立ちこめる。
鎖を自由自在に操る力──とはいったものの、コルド自身、完全に『鎖幕』の自在性を操作できるかと問われたら、自信を持って頷けない。細かい操作までできるのはせいぜい十数本が限界だろう。数百ともなると、さすがの彼でも手に負えない瞬間が生まれてきてしまう。ロクとレトをこの広場から退却させたのはその可能性が捨てきれなかったからだ。
数十の鉄頭の蛇が飛び掛かるがノーラはまたしてもひらり、ひらりと、蝶のように優雅に空を舞いながら回避する。
両翼が大きく波打った。一陣、というには強い勢力を持った風の塊が広場上空に吹き荒れる。地上に蔓延る鎖の頭は瞬間、叩き折られた。地面の下から抉り出された鉄の肢体たちはノーラを中心に旋回する風の中へと引きこまれる。
風と混じり合い、鎖の蛇のその長い肢体が分解していく。小さなひと欠片になるまで細かく千切られたそれらが風の流れに乗って、ノーラの周りを廻る。竜巻がどす黒く、黒く染まっていく。
「元は過小な鉄屑よ」
まるで、超自然的な力の前では塵も同然かと言うように、ノーラは口ずさんだ。
短い黒髪が強風に煽られる。足が、ずるり、と風渦巻くほうへ引き寄せられた。眼前に聳え立つ風の柱に巻きこまれるのも時間の問題だ。コルドは地面に喰らいつくように腰を落とした。
「繋がった鎖だけが、俺の『鎖幕』じゃない」
身体中がかっと熱を帯びる。ここへくるまでに多くの元力を消費した。残るわずかな元力粒子をひと欠片として取りこぼさないよう、コルドは全身の至るところに意識を張り巡らせた。
「六元解錠──ッ浪咬!!」
熱を孕んだ浅い息でコルドは喉の許す限り号哭した。竜巻に飲みこまれた無数の鉄片が主の声に呼応し、徐々に、収束していく。ただひとつの輪状の鎖でしかなかったものたちが連結し、連結し、瞬く間に、巨大な黒い影が誕生した。ゆらり、と"それ"が竜巻の中を遊泳する。巨大な肢体をうねらせ、ぐるりと一周したそれ──黒い大蛇は、ノーラを真正面に据えた。直後。縦に拡げた大口が神の身体に喰らいかかった。
ノーラをひと呑みした大蛇の腹が、地面を抉り、そのまま前方へと這いずり直進する。めくれあがっていく地面の敷石が四方八方に弾き飛んだ。勢いが止んだのは、その進路にあった建造物に大蛇が頭から突っこんでまもなくだった。建物自体は倉庫であったが、規模は大きく、鎖の大蛇が正面の外郭を破壊したものの倒壊の気配はない。
コルドが建物に到着した頃には、大蛇だったものはすでに瓦解し、建物の内部に鎖の山ができあがっていた。取り壊し予定であったのだろうか。中はがらんどうで、ただ広い空間の隅に廃材などが積まれていた。
鎖の山から、白い羽が飛び出しているのが彼の目に映った。
「……おまえにもう一度問いたい」
コルドは気を抜かずにそう白い羽に声をかけた。
「おまえはなぜ、あの宝物庫に隠れ潜んでいた?」
白い羽は答えなかったが、コルドは立て続けに問い質した。
「もしかするとおまえは、人間を襲う気がないんじゃないのか? 答えてくれ、神族【NAURE】」
大地を動かすほどの力があるのなら、街に現れた段階で住民たちが逃げる前に皆殺しにすることができただろう。だがノーラはそうしなかった。コルドがロクとレトを逃がしたときも、ただ黙って見逃した。ただの気まぐれというには不自然すぎる。神族との交渉の機会を逃すまいとコルドは勇んでいた。
そして長い沈黙ののち、ノーラはようやく、このように返答をした。
「信仰しろ」
途端。
鎖の山から飛び出していたその白い羽が──瞬きひとつする間もなく、灰色へと変色した。
次いで灰色の羽を中心に強風が巻き起こった。渦に巻かれた鎖の破片はしかし、風の流れに乗ることさえできずに四方へと弾かれる。コルドは棍棒のように一本の鎖を携え、勢いよく飛んでくる鎖を弾き返した。そうしてなんとか体勢を保つ。
吹きすさぶ風の壁。その分厚い風がときおり薄く口を開き、風の中心にいる者が目に入ってくる。垣間見えたかの鳥獣の毛並みは、白亜ではなかった。濃灰。ぞっと背筋が震えあがるほどの威圧を放つ深淵が、ゆらりと、コルドのほうを向いた。
赤い十字目でまっすぐこちらを見据えた濃灰の化け物は、次の瞬間、けたたましい鳴き声をあげた。
「信仰しろ信仰しろ信仰しろ信仰しろ信仰しろ!」
壁、床、天井、コルドとノーラを取り巻く空間のどこからともなく軋む音が聞こえてくる。突然知性を失ってしまったかのようなノーラの急変にコルドは戸惑いを隠せなかった。
「なん、だ──っ!? 様子が」
ここが倒壊するのも時間の問題だ。しかしコルドとて無尽蔵の元力を有しているわけではない。六元級を超える次元技を猛発している。残り少ない元力でどう切り抜ける。どう片をつける──。
(迷うな!)
コルドは、そのとき飛んできた灰羽の矢を避けるようにして腰を落とした。
(まずはあの鳴き声をどうにか──)
いまもなお響き渡る甲高い絶叫が、鼓膜を突き破らんと襲いかかってくる。その鳴き声に、気を取られた。刹那。一際大きな羽がコルドの左肩を貫き、そのまま背後の壁へと彼の身体を縫いつける。
「がはっ!」
ぐぎり、と左肩に嫌な音が走った。ぶらさがった左腕を伝って、赤い血が無造作に揺れる指先から滴り落ちる。
まだ動く右腕を浮かせた。床の上に散らばっている無数の鎖の破片のうちのひとつをその手で掴んだ。
ひと呼吸さえできない。
しない。
このとき周りの景色が、急に白んで、薄ぼんやりとした。
まるで雲間から陽が射すように。風の壁が、一間置いて、晴れた。深い濃灰に覆われたノーラの全貌を視界がはっきりと認知する。折れ曲がった真黒いその嘴が、わずかな音を立て、開いた。
次の瞬間。
「六元解錠」
幼い少女の叫び声がした。
「────雷砲ッ!!」
大きく開けたノーラの咽喉に、一閃。眩く、痺れるような熱線が突き刺さった。
* * *
2020年夏大会銀賞ありがとうございました!
当作に投票してくださった皆様へ、この場をお借りしてお礼申し上げます……!(*'▽')
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