コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/11/29 21:34
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜第175次元 >>176-193

■第2章「片鱗」

 ・第176次元~第178次元 >>194-196
 〇「或る記録の番人」編 >>197-


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.129 )
日時: 2023/04/16 12:15
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第117次元 純眼の悪女ⅩⅦ

 キールアが詠唱を口ずさめば、コルドの左腕を包むようにして水泡が現れる。薄青色の水泡が三角巾の縁をなぞって、柔らかく発光した。次元の力を目の当たりにする機会のない軍兵たちが、ほう、と物珍しいものを見る目をして、釘付けになっていた。
 薄青色の光は絶えず、コルドの左腕を包んで、じんわりと内側を癒していく。そのうちにキールアの額から、汗がつうと流れた。まだ。まだ解いてはいけない。手応えがない。だんだんとグナウドの顔色に苛立ちが滲んでくると、コルドがそれを横目にし、諦めたように左腕を動かそうとした。水泡がそのとき、ぱんっ、と弾けて散った。
 すぐにコルドは小さく呻いて、奥歯を噛み締めた。項垂れるコルドと、わなわなと震えるキールアの表情を舐めるように見やると、グナウドはおさえきれずに、は、と嘲笑の息を漏らして、口角を吊り上げた。

「……は。はは! いかがか、ルーカー殿。満足いきましたでしょう。その娘では力が及ばない。次元の力の等級くらいこちらとて弁えている。四元は、十ある階級の中では下級に分類される。いまこの場で、それ以上の力を示せぬなら、認められませぬなあ……!」
「なにがそこまで面白いのでしょう」
「何だと」
「次元師も普通の人間も変わりません。技を磨くために鍛錬を積みますよ。そうしなければ得られるものも得られませんから。まだ14、15才ほどの少女に、多大な期待を寄せすぎないであげてください。ああ、それともあなたの率いる軍部では、一切の鍛錬をせずとも、赤子の頃から剣が振るえて、弓が引けるのでしょうか」
「……き、貴様! いい加減その、人をおちょくったような喋り方をやめろっ!」
「ときに」

 間髪を入れずにセブンは、飄々とした声色はそのままに、あくまで穏やか口調で切り込んだ。

「キールアが、正当な『癒楽』の次元師ではないと、なぜ断言ができるのでしょう」
「……は……?」

 グナウドは、セブンがなにを言っているのかわからず、じっくりと眉を顰めた。虚をつかれたような声しか返せなかったのだ。セブンは切長の目をさらに細めて言い募った。

「『癒楽』を有するのはシーホリー以外の人間でもありうる。あなたの言う通り、正当な手段で後継される場合が存在する。あなた方国家の象徴は、"ただ『癒楽』の次元の力を持つ"という理由だけで、もしかしたらシーホリーの血筋でもなんでもない、いたいけな少女を手にかけるのやもしれない」
「抜かすな! だからその娘がシーホリーの血族であることは、報告されているのだ! 何度も言わせ──」

 セブンは、はっと嘲笑を浮かべて強気な目元をたたえると、「まさか」と鋭く突き返した。

「血眼になってその瞳を捜し歩いているあなた方の目に、彼女の瞳の色が紫に映っているとは、仰せにならないでしょうね」

 キールアの琥珀の双眸が大きく見開かれる。このとき、室内に満ちていた喧騒が、嘘のように静まり返った。壁に突き立っていた監視役や軍官らがキールアの顔と、セブンの顔を交互に見やっている。
 グナウドは反射的に黙ってしまったのを口惜しんだが、そうせざるを得なかった。当然、シーホリーの一族を探すには瞳の色を目印にしている。セブンの指摘の通り、キールアの瞳の色が、紫ではないのが最大の懸念点であった。しかし、アディダスの代から100年以上が経過している現代では純血の者はすでに存在しないだろう。血とは混ざり、変化するものだ。瞳の色だって異なった者が生まれてもおかしくはない。ないはずだが、しかし前例はない。机上の空論に過ぎない主張だけを頼りにこれ以上反論をしても不利な状況は覆らないだろう、とグナウドは判断した。背後に控える部下たちも閉口してはいるが、動揺しているような気配をひしひしと感じる。

「…………」
「キールアの身柄を此花隊こちらで預からせていただけますね、グナウド公安長官殿」

 グナウドはしばらく、口元をきつく引き結んで黙っていた。が、しまいにはセブン・ルーカーからの提案の受け入れを余儀なくされた。

 *

 
 外へ出れば日が落ちかかっており、庭園に咲く草花に、橙色の西日がやわく差し込んでいた。鉄格子の門の前まで戻ってくると、おや、とセブンは目を丸くした。レトヴェールが険しい顔をして石壁に寄りかかっていたのだ。

「レトヴェールくん、まさかそこでずっと待っていたのかい」
「……」

 レトは声をかけられると、きっ、とセブンを睨んだ。しかし勝手な行動は慎めと諫められた手前、出方を考えてから、静かな声で訊ねた。

「……あいつの処遇は。どうなったか教えてくれ」

 平静を装ってはいるが、目に不安の色が滲んでいた。差し迫ったレトの表情を見て、セブンはふっと微笑みかけると、後ろからついてきているキールアに「おいで」と声をかけた。小走りで近づいてきたキールアの背中をぽんと叩いて、セブンが言う。

「悪いようにはしないと言っただろう。安心したまえ。此花隊うちで預かることになったよ」
「……」

 レトは一瞬だけ目を見開いて、長い睫毛を伏せると、「そうか」と短く呟いた。レトが安心したのを悟ったセブンは満足げに笑みを浮かべる。
 はあと深く息を吐き、セブンは肩をぐるりと回した。

「さてと。しゃべりすぎて疲れてしまった。コルドくん、すこし付き合ってくれないか? 一服したくてね」
「食事は構わないのですが……我々だけで、ですか?」

 首を傾げ、頭上に疑問符を浮かべるコルドをよそに、セブンはレトとキールアの顔を順番に見た。

「すまないが、君たちは先に2人で宿に向かっていてくれないか。私は休憩がてらすこしコルドくんと仕事の話があるから、あとで向かうよ。地図はもう確認したかい?」
「……。見、たけど」
「それじゃあ問題ないね。……うっかり攫われてしまわないよう、見てあげるんだよ」

 セブンは含みのある笑みを浮かべて、レトに向かって微笑みかけた。ぽかんと突っ立っていたコルドは、満面の笑みをたたえるセブンに促され、あれよあれよという間に年長者たちがこの場から姿を消した。
 
 街の一角で呆然と立ち尽くすレトとキールアからずいぶんと離れたところで、コルドはやっと我を取り戻し、のんきに隣を歩いているセブンに問い質した。

「……はっ。あの、班長。話というのはどちらで? 人気の少ない店を選びましょうか」
「あ、どこでも構わないよ。2人きりにしてあげたかっただけだから」
「はい?」
「水入らずで話したいこともあるだろう。それにほら、逃亡中は気が張っていただろうから、ろくに話ができていないんじゃないかなと思ってね」
「はあ……たしかにそれは、そうかもしれませんが」
「君は本当にこの手の話題に気が回らないね」
「……それは申し訳ありません。勉強不足で」
「はは。冗談だよ。そうへそを曲げないでくれ」

 ラジオスタンの大通りは活気に溢れていて、露店なんかからは美味しそうな揚げ物の匂いが漂ってくる。セブンは小腹が空いたと言って、ふらりと適当な露店に立ち寄った。コルドが慌てて後ろにつくと、焼き串を2本、セブンから手渡された。
 店から離れたあと、串に刺さった団子をひとつ喉に通してから、コルドはため息混じりに口を開いた。

「しかし、緊張しましたよ。さきほどの会議では。瞳のことがわかっていたなら、あれほどもったいぶらなくとも」
初端はなから瞳の色について言及していればもっと円滑に終わっただろうね。でもそれでは、せっかくの会談の席が勿体ない。向こうがどれほど手札を持っているのか知りたかったしね。……思っていた通り、彼らはシーホリー一族の情報を一部秘匿しているようだ。つつけばもうすこし落としたかもしれないけど、今日はこのくらいで限界かな」
「この戦が終わるまでは、向こうも下手な手出しはしてこないでしょう。お見事です」
「……しかしいずれ手出しをしてくるのは目に見えているからね。彼らへの対抗手段としてこちらも手札を得られた。こんな極北まで足を運んだ甲斐はあったかな」

 セブンは懐から、一枚の小さな紙きれをひょいと取り出すと、コルドに笑いかけた。それは会談が行われる前に、レトがコルドにこっそりと手渡した紙きれだった。紙には「目」「悪女の瞳」「宝石になる」──というような文言が雑に並べられていた。レトが、キールアから聞いた話を断片的に書き記したものだろう。
 紙きれを懐にしまいこむと、セブンはコルドが抱えている団子の1本を抜き取った。

「それまでは彼女にも、うちで働いてもらうとしよう。もし物騒なことが起こってもまあ、レトヴェールくんが守ってあげるだろうしね」
 
 幼馴染なんだろう、とセブンは楽しそうに言いながら団子を口に含む。すっかり普段通りの柔和な表情に戻っていて、それからは、適当にぶらぶらと街道を歩きながら2人で時間を浪費した。


  

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.130 )
日時: 2023/04/30 15:17
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第118次元 純眼の悪女ⅩⅧ

 街の一角に取り残されたレトとキールアは、どちらからともなく歩きだして、2人で宿を目指していた。
 大通りから一本通りを外れれば、中央よりかは静かな街道に出た。住居も多く立ち並んでいて、煉瓦造りの屋根に立った風見鶏や、花々が植えられた鉢植えが、夕日の下で慎ましやかな風に吹かれている。

 キールアは、まだ高鳴ったままの心臓のあたりに手を添えて、会議で起こった一連の流れを、頭の中で反芻していた。ぼんやりと歩いていたせいだろう、キールアはふいに足の先がなにかに突っかかる感覚がして、前に倒れそうになった。地面に敷き詰められた石畳の一部が、剥がれてしまっており、そこに彼女の爪先が引っかかったのだ。

「わっ!」
「!」

 キールアの小さな悲鳴が聞こえてきて、レトはすばやく振り返った。咄嗟に、前に倒れそうになったキールアの上半身を、支えるように抱き止める。レトの腕の中で、キールアはぱちぱちと大きな目を瞬かせた。

「大丈夫か、怪我は」
「……。ご、ごめん。大丈夫」
 
 申し訳なさそうにキールアが言うやいなや、彼女は顔を顰め、右足をさっと地面から浮かせた。
 
「捻ったのか。肩貸すから、噴水のとこまで歩けるか」

 キールアはこくりと頷いた。近くの広場では、街道に十字を切るように、水気を吹く噴水が中央に建てられていた。噴水の石段に腰をかけて、キールアは顔を伏せた。

「ごめんね。この程度なら、休めばすぐに歩けるようになるから。あ、でも、すぐに宿に行くなら、治したほうが、いいかな」
「いや、いいよ。時間使っても。……べつにそんなに焦る必要はない」

 レトも石段に腰をかける。背後では水の流れる心地良い音が立っていた。しばらくは会話もなく、手持ち無沙汰に街を行き交う人を眺めたり、噴水の縁に降り立った鳥たちが、ばさりと翼をはためかせる音に耳を傾けていた。
 キールアは視線を落として、捻った右足を動かさないように、気をつけていた。妙にいたたまれなくて、やはりはやく治したほうが良かったかもしれないだとか、適当な話題を探してみたりして、じっと静かにしていた。
 キールアが内心でのみ奮闘していると、ふいに隣から声がかかった。

「俺の言ったこと、覚えてる」

 打たれたようにキールアは額を上げて、レトが座っているほうに顔を向けた。

「お前に話があるって言った、あれ」
「……。うん。……覚えてる」
 
 キールアは頷いたが、唐突に、指の先から足元までこわばった。わざわざあらたまって話とは、いったい何の用だろうか。キールアにはまったく見当もついていなかった。次第に水の音も、鳥の声も遠のいて、聞こえてくるのは耳元についた心音だけになった。
 なおもレトは、キールアの顔を見ていなかったが、黙って待っていれば、彼は小さく呟くように言った。

「ごめん」
「……。え? そんな、レトヴェールくんが謝るようなことなんて、なにもないよ。ずっと助けてもらってるのはむしろ、わたしのほうで……」

 慌ててキールアは返そうとしたのだが、それを遮るように、レトが口を開いた。

「『お前なんて友だちじゃない』……って。言っただろ、お前に。3年前」
 
 心臓が跳ねる。
 まるで予想もしていなかった、記憶が思い起こされて、キールアは口を閉ざした。瞬間的に脳裏に蘇ってきたのは、3年前の、蒸し暑いある夏の日暮れだった。


 体調を崩しがちなエアリスの薬を受け取りにシーホリーの家に足を運んで、帰り道は、レトとキールアの2人きりだった。2人は両手にいっぱいの薬袋を抱えて、ともにレイチェル村の畦道を歩いていた。会話はほとんどなく、歩くのが早いレトに、キールアは何度か置いていかれそうになった。せめて並んで歩きたかったキールアは小走りになりながら、レトのすこし後ろについた。

『……ねえ、もうちょっと、ゆっくりがいいよ。薬袋、落としちゃうよ』
『……』
『おばさん、元気になるといいね。でもお母さんの薬はね、とっても効くから。きっと元気になるよ』
『……』

 夕焼けに染まった畦道には、蛙の鳴き声がかすかに響いていた。
 一向に黙ったままのレトの横顔をじっと見てから、なにかを決意すると、キールアが足を止めた。しかし彼は知らん顔をして、たった1人で歩いているみたいに変わらない速度で、どんどん道の先を歩いた。

『れ……レトヴェールくんっ。なんで先行っちゃうの? わたしとは、お話もしたくないの?』

 キールアはたまらなくなって、道の真ん中で、声を張り上げていた。
 怖くても話しかけたのに。勇気を出して、訊いてみたのに。先を歩くばかりのレトはちっとも返してくれなくて、いよいよキールアは感極まって、目尻に涙を滲ませた。

『……なんで、むし、するの? わたしと、レトヴェールくん、友だちじゃない……?』
『友だち?』

 ようやく口を利いた彼は、冷ややかな声でぼそりと呟いて、立ち止まった。次の瞬間に振り返ったレトの表情には、ひどくどす黒い感情がむき出しになっていた。

『お前なんて友だちじゃない。そんなの、頼んだ覚えもない』
『…………』

 きつく眉根を寄せて、突き放すようにレトが言う。キールアは絶句した。目を見開いたまま動けなくなって、二つに結いあげた髪の毛だけが、さあっと吹いた風に揺れた。
 レトは、キールアの目の前までつかつかと歩み寄ってくると、キールアの腕から薬袋を取り上げた。

『もう俺が2つとも持つから』

 キールアの返事も聞かずに、レトは2つの袋を両腕に抱えこんで、さっさと踵を返した。道の真ん中にキールアを置き去りにして畦道の先へと消えてしまったのだ。
 
 心に深く巣食ってしまったあの日の会話は、脳裏に掠めるだけでも、キールアの胸をひどく締めつけた。どうせ言った本人は忘れているだろう、と思い込んでいた。たとえ覚えていたと知っても、キールアの顔色は曇っていた。

「…………」
「……あれは、……あれを言ったのは、お前のことが……嫌いだったんじゃない」
「じゃあ、どうして」
 
 夜更けよりもうんと静かな、しかし底冷えするような低い声で、キールアは問いかける。
 会話は途切れ、長い沈黙が訪れた。

 彼女との距離は常に推し測ってきた。近くにいようといまいとも。近づいたように見えて、すぐに壁が築かれてしまうのは、自分の行いのせいだと自覚があった。
 レトは口元を強く結んで、じっとしていた。が、やがて薄く唇を開くと、決心したように告白した。

「……元気な母親がいて、帰ってくる父親がいて、血の繋がった姉弟がいるお前が……ただただ、羨ましかったんだ」

 噴水の高い飾りに止まっていた鳥たちが、ぱさぱさっと、翼をはためかせて飛び立つ。
 キールアは大きな瞳を丸くして、静止していた。

「……。……え?」

 すぐに言葉が出てこなくて、戸惑ったような声だけが口をついて出た。

「……だから、ずっと、ただお前に……、それを言えなくて、むしゃくしゃしてあんなこと言った。だから謝りたかった。でもお前に会えても、いざ、言おうとすると、なんて言ったらいいかわかんなくなって。……それもぜんぶ、ひっくるめて、ごめん」
「……」
「お前は悪くないのに、あたって、悪かった。忘れろとは言わねえよ」

 ──いつも、ふとした折にレトは、なんとキールアに告げたものかと繰り返し、繰り返し考えてきた。彼女が怯えない声色を、引け目に思わない言い方を、常に想像してみては頭の片隅に残してきた。相手の人間性を意識せず、言い訳という逃げ道を探りながら話すのでは、前進しない。それらがまったく得意でなかったレトはだから、非常に言いにくそうにしていたのだ。キールアを傷つけずに胸の内に抱いていた感情を伝えるのには、回りくどい外堀など取っ払って、ありのまま言葉に換える。何度考えてみても、それ以外には思いつかなかった。

 レトは顔を上げて、まっすぐにキールアの目と向き合っていた。彼の口ぶりはたどたどしかったし、瞳も不安げに揺れていた。
 黙ってキールアの反応を待っていたレトだったが、キールアの顔を見ていたら、ぎょっとした。
 彼女の頬に一筋の涙が伝ったのだ。

「っ、おい」
「ごめ、ごめん……なさ、っ。だって、」

 つう、ともう一筋、跡を滑り落ちた涙が、キールアの膝元にじんわりと染みた。涙はふたつ、みっつと、ぱたぱたとこぼれ落ちていく。ためこんでいた思いの数だけ、震えていた声の分まで、琥珀の瞳は艶やかに濡れた。
 
 母や、父や、弟──。シーホリーの因縁などなにも知らなかった琥珀の瞳の少女は、さぞ幸せに暮らしているように見えただろう。レトの視線に立ってみれば無理もなかった。それらを羨ましがられていたとは微塵も気がつかなかった。
 そして、一夜にして無惨にも奪われたからこそ、レトは、キールアを敬遠していた本当の理由を言えなくなったのだ。

 キールアはここにきてようやく理解した。レトが、ごめんの一言を告げるのにあれほど躊躇していたのは、キールアの傷を抉ってしまうことを恐れて、避けたからなのだ、と。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.131 )
日時: 2023/05/14 12:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第119次元 純眼の悪女ⅩⅨ(最終) 

 形容しがたい感情が次から次へと押し寄せてきて、キールアの胸につかえる。苦しくなって、彼女は胸元を強く抑えこんだ。大きくしゃくりあげると、キールアは呼吸を整えて、ぽつぽつと、声をもらした。

「わたし、ずっとレトヴェールくんに……きらわれてるって、おもってて、友だちじゃないんだ、もうなかよくなれないんだって、あの日から、おもってて」
「……」
「だから、……だから、ね」

 情けなく、汚い声になっても、レトは黙って、キールアの言葉に耳を傾けていた。

「教えてくれて、言ってくれて……、やっと、わかった。言いづらかった、でしょ、ごめんね。ありがとう」

 逸らさずに、レトヴェールの目を見つめ返せたのは、久しぶりだった。キールアは悪女になりきれなかった琥珀の瞳を細めた。言葉尻には笑っているつもりだったのに、彼女は涙をとどめきれずに、中途半端に頬を緩ませた。
 遠くからからん、からんと大鐘を鳴らす音が聴こえてきて、キールアははっとする。通りを挟んで立ち並ぶ家屋の屋根に夕日が沈みかけていた。目元をぐしぐしとこすってから、彼女は恥ずかしそうにはにかんだ。

「こんなところで、泣いちゃってごめんね。そろそろ宿に行かないとだよね。もう足も平気になったから」

 キールアが立ち上がろうと身じろぐと、すっくとレトは腰を浮かせて、彼女の目の前に立った。なにも言わずに彼は手を差し出す。キールアは差し出された手をしばらく見つめて、それからおずおずと手を取ると、石段から立ち上がった。
 しかし、レトがその手をなかなか離さなかった。歩きだすような素振りも見せない。困惑したキールアが口を開きかけると同時に、声がした。

「俺と友人になってくれないか」
 
 まだ濡れていた琥珀の瞳に、橙の、か細い光が差す。やわく繋がれた手元が震えているように感じた。それが彼なのか、自分のせいなのかも曖昧だった。
 ぱさぱさっ、と、石畳をつついていた鳥の群れが、翼をはためかせて飛び去っていく。

「……」
「……」
「……いいの……?」

 呟くような声でキールアは言って、空いていたもう片方の手を出すと、両手に包みながら彼の手を握り返した。

「……わたし……、……友だち、になりたかったの。……レトヴェールくんと。だから、だから……嬉しい。──わたしも……なりたい」

 上手く伝わった、だろうか。しんとした、穏やかな静寂が訪れたけれども、悪い心地にならなかった。返事を待つほんのすこしの間も手を重ねていた。とくとくと、早まっていく心音が、耳の奥から聴こえてくる。
 「うん」と小さな声が降ってきたときには、飴色に焼け昏れていく家々の屋根に、薄い紫光が落ちていた。

 夜を迎えようとしている静かな街並みに沿って通りを歩いていけば、洒落た提灯で表の戸が照らされた宿屋に到着した。キールアが湯を済ませて廊下に出たら、隊服を羽織ったままのレトが壁際で待機していた。2人は窓口前の長椅子に腰かけながら、ゆったりとまどろんでいた。しばらく過ごしていれば、セブンとコルドも宿の戸をくぐって入店してきたのだが、外で飲んできたのかぐったりとしているコルドにセブンが肩を貸していた。項垂れているコルドとは打って変わって、セブンは機嫌が良さそうだった。
 
 ラジオスタンで夜を明かした4人は翌日、エントリアに向けて馬を走らせた。

 *

 到着したばかりで馴染みのない此花隊本部の廊下を、キールアはこつこつと靴底を鳴らしながら歩いていた。客人用の宿泊棟から東棟までの道のりは、一度聞いてから、何度も頭の中で辿ったから、覚えているはずだ。
 廊下をまばらに行き交う人たちが皆一様に、白や灰色の隊服に身を包んでいて、キールアは俯きがちになっていた。履き潰したぺたんこの靴が視界に入った。
 指示された部屋の前までやってくると、キールアは深呼吸をした。扉の表面についた金板に『班長室』と掘られているのを何度も確認してから、扉を二度叩いた。間もなく「どうぞ」という男性の声がして、キールアは入室した。

「遅くに呼びつけて申し訳ないね。明日は朝から予定があって、しばらく立て込むんだ。ああ、突っ立っていないで、こっちに来てくれて構わないよ。あまり片付けもしていなくて、いや、恥ずかしいな」
「いいえ、そんな」
「楽にしてくれていい。すこし待っていてくれ」

 そう言ってキールアを迎え入れると、セブンは執務机の上に雑多に積まれた書類の中を漁り始める。
 緊張した面持ちで、キールアは部屋の中央まで歩み進める。組織全体で四つに分割された部班のうちの一つの責務を任されている班長の執務室。それにしては雑然としており、壁際にはずらりと本棚が並べられているし、心なしか狭いように感じた。
 手持ち無沙汰にきょろきょろと見回していると、セブンが手招きをした。

「こっちにおいで」
「あ、はい」

 反射的に背筋がぴんと伸びて、キールアはおずおずと執務机の前まで近づいた。セブンは手元の書面を見ながら言った。

「君を入隊させるにあたり、いくつか話をと思って呼んだ次第なんだけれど」
「はい」
「まず私はね、君が本物だと思っているよ。キールア・シーホリー」

 書面から視線を上げ、セブンはキールアの顔を見ると、そう告げた。キールアの喉元がこくりと小さく鳴る。
 困惑の色に染まった琥珀色の両目をじっくりと眺めたまま、セブンは続けた。

「ただ君の瞳がなぜ紫でないのかなど、いろいろ疑問は残っているのだけれど、私にとってはさして重要ではない。欲しかったのは君の力だ。あの場で言ったことは嘘じゃないよ。私は、神族との争いが激化していくと予想している。小さな力ひとつでも取り逃したくないんだ。それが勝機に繋がるならね」
「……。はい」
「さて」
 
 セブンは仕切り直して、手に持っていた1枚の書類をキールアの前に差し出した。

「先日の会談後に、政会から書簡が届いていた。君に対していくつか誓約を立てさせてほしいそうだ。懲りない連中でね。まるで脅迫文のようだが、大した内容は含まれていない。大事なのはいま政会との間に余計な火種を生まないことだ。目を通して、問題なければ判を押してくれ」

 差し出された書類を受け取って、キールアはその書面に視線を落とした。小難しい言葉で記載されている、誓約に係る文面を確認する。しばらく黙っていたのだが、やがて筆を借りて、誓約書の下の方に名前だけを記した。最後に指で判を押し、セブンに返却する。
 セブンは署名と判とを一瞥してから改めて言った。

「再三言うようで悪いが、君の身を預かる以上、こちらはリスクを背負う。忘れないでくれたまえ。下手をすれば政会の信用を落とし、かろうじて保っているいまの信頼関係が崩れるだろう」

 間を置かずにキールアが頷いた。すでに承知の上だろう。脅しかけられても彼女の目は動揺していなかった。
 セブンはふっと微笑んで、受け取った書類を机の上に置くと、キールアの目の前で指を2本立てた。

「そこで、私から君に望むことが2つある」

 キールアは目を見開く。固唾を飲んで、セブンの次の言葉を待った。彼は、さきほど机の上に置いた書類の裏面をとんと指で弾いた。

「1つはシーホリーの姓を名乗らないこと。いついかなる場合であっても、必ずだ。できるね」
「……はい」
「もう1つは」

 机上に肘をついて指を組むと、セブンは前のめりになる。
 切長の瞳をさらに細めて彼は言い放った。

「真価を示してくれ。君がただの次元師でも、シーホリーの血族でもない。君が背負っているすべての負荷要素を覆す、君自身の価値を我々に示せ」

 語気はきわめて穏便であったが、鋭い寒気が背筋に走るのを感じて、キールアは目を瞠った。
 しかしそれも一瞬だった。

 彼女は静かに睫毛を揺らし、ゆっくりと瞼を閉じると、丁寧に礼をした。

「──はい、必ず。このご恩は、決して忘れません」

 愛らしい声色の奥。わずかに混じった、幼くも凛とした響き。
 未だ何ものにも侵されていない、純な双眸が、持ち上がる瞼の下から覗く。部屋の窓の向こう、小さな月が雲間から顔を出すと、ひと匙の月光が琥珀色に差しこんだ。

 
 行き先はもう決めた。友が歩く道の上なら、隣に立ち、彼の見る景色をこのに映したいのだ。


  
 *「純眼の悪女」編 終
 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.132 )
日時: 2023/05/28 14:06
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第120次元 前進

 施設の案内役を任されていたコルドが急な呼び出しで外してしまったので、キールアは言い渡された通り、資料室の中で彼の帰りを待っていた。資料室には本棚が所狭しと並んでおり、棚と棚の間は1人の人がやっと通れるほどの狭さである。キールアは長机の上に、次元の力に関する資料を広げてそれらを読み耽っていた。
 紙面に集中していたためか、扉が開いた音に気がつかなかった。ふらりと人影が長机に寄ってきて、キールアの正面の椅子に腰をかけると、彼女が必死に読み込んでいる本を覗き込んだ。

「なに読んでんの」
「ひゃあっ!」

 突然、声をかけられてキールアが顔を上げると、目の前には金色の睫毛を伏せているレトヴェールの姿があった。彼はキールアの声にぎょっとして目を瞬いた。

「……。悪い、そんな驚かせるつもりはなかった」
「ううん、ご、ごめん大きな声出して。なにか用事?」
「コルド副班が廊下を急いでったのが見えたから、お前が1人なんじゃないかと思って。近くを通りかかったついで。……それ、基本資料じゃん」

 机上に置かれている本の表紙や紙面に目をやってからレトがそう指摘する。本の題目には「次元の力」やら「元力」やらの文字が並んでいた。
 驚くついでに両手で掲げてしまった1冊の本をゆっくりと下ろしながら、キールアは「うん」と答えた。

「わたしは、次元の力を持ってはいるけど、詳しくはなかったんだよね……。『癒楽』のことしか知らないから、ほかにはどんな力があるんだろうとか、そもそも元力の扱い方って定義があるのかな、とか。知っておく必要があるかなって」
「熱心だな」
「……だって、そういう班なんでしょう? この戦闘部班って」
「まあ。組織の説明受けたならもう教わっただろうけど、この部班の立ち上げには政会が絡んでる。「次元師の育成および次元の力の正しい知識を与えるのが目的」ってことで成り立ってるからな。勉強しとけば、政会から妙な絡み方されることもない。まだ詳しく明かされてない部分のほうが多いから、大した資料はないけどな」
「そうなんだ……。言われてみればたしかに、本棚をいろいろ探したけど、資料は少なかったな。レトヴェールくんは、いろいろ知ってる? たとえば元力って詳しくいうと、どういうものなの? 精神力……? でも体内にある感覚はするんだよね……。どう思うかな」

 キールアは本を胸に抱えて、ずいっと身を乗り出した。
 しかしレトはそれには応えず、急に黙りこんで、キールアの目をじいっと見つめていた。

「……」
「レトヴェールくん?」
「長いだろ。ロクみたいに呼んでいい」
「え?」
「名前」

 キールアは指摘されて、目をぱちくりさせた。一瞬、なんの話だかわからなかったのだが、レトの言葉の意図に気がつくと、冷や汗を飛ばしながら返答した。

「でもずっと、「レトヴェールくん」って呼んできたから……急に、ロクみたいに呼んだら、変じゃないかな」
「ここの連中はほとんどそう呼ぶし、慣れた。面倒じゃないならいいけど」
「……」

 キールアは黙りこむ。真剣に葛藤をしていた。友人になりたいと返事をした以上は歩み寄りの精神が必要不可欠なのではないだろうかとか、しかしいきなり愛称で呼び捨てるなんて気安すぎるのではないだろうかとか、だがわかりやすく呼び名から変えてみるというのは仲を深める一つの手段として……と云々考えているうちに、思考の沼にはまりかけて、慌てて彼女は口を開いていた。

「……れ、レト、くん」
「……」
「……」
「ん。それでいい」

 そう言ったレトの口元は、ほんのわずかに笑っているように見えた。さすがに「レト」と愛称で呼び捨てる勇気はなく、キールアは視線を逸らしてしまう。どちらからともなく黙りこんで、しばらくして、ふとした折に「なんの話だっけ」とレトが本を覗きこんできた。
 そんなときだった。資料室の扉のほうからどたどたと慌ただしい足音が近づいてきた。同時に、頭にきんと響くような甲高い声が飛んでくる。

「ああ〜〜!! こんなところにっ、え!? レトいるじゃん! あたし抜きで2人でいたの! ひどい! 呼んでよーっ!」
「……うるせえのが来たな……」

 レトとキールアの前に現れるなり、ロクアンズは机をばんばんっと激しく叩いて、若草色の長髪を揺らした。不満げに頬を膨らませるロクは、キールアの入隊の報せを耳にして左目が飛び出るほどに驚いていた。また、もっとも喜んだのも彼女だった。
 興奮しきっているロクを、キールアが「まあまあ」と嗜める。

「ロク、もしかして探してくれたの?」
「そうだよー! あたしだって、あたしだって、キールアにここの案内したかったのに……コルド副班に横から取られたんだもんっ」
「いやお前、たしか任務で東方に発つんじゃなかったか? こんなところで道草食ってないでさっさと行けよ。フィラ副班に怒られるぞ」
「ひど! ひっさしぶりにキールアに会えたんだよ!? 冷たすぎない!?」
「俺はしばらく本部に滞在するから」
「薄情〜〜者〜〜!」

 ロクはレトの胸ぐらに掴みかかる勢いで彼に迫った。義兄妹のやりとりを目の当たりにして、キールアが苦笑をこぼす。
 第一班はしばらくエントリアに滞在するようにと、セブンより言い渡されている。大きな理由はコルドの療養のためだ。セブンの意向により、キールアはまだどの班にも属しておらず、コルドの左肩が完治するまで彼女は本部に滞在する見込みだ。レトがキールアを連れて独断で逃走した件については、こっぴどく叱られたものの、十数日間の自室謹慎後に解放された。

 ロクとレトの応酬は一向に止まず、むしろ加速していき、いよいよレトが分厚い本を手に取ってロクの頭に下してやろうかと掲げたところで、フィラが資料室に入ってきた。ロクが「げ」と眉をひくつかせたが抵抗も虚しく、出発の準備のためにと回収されるまでは速かった。
 フィラに首根っこを掴まれて資料室から引きずり出されようとしたとき、ロクはキールアに向かってぶんぶんと両手を振って、声をかけた。

「キールア〜! 任務から戻ってきたら遊びに出かけようねっ! ぜったいだよ〜!」
「うん、またね」

 キールアもひらひらとロクに手を振って、笑顔で見送った。
 3年前。家族を亡くし、エポール宅で一晩を過ごしたあと、突然出て行ったものだから心配をかけただろう。キールアは引け目に感じていたのだが、ロクは深く追求してくることはなく、変わらずに接してくれた。もしロクが本部に帰還したら、エントリアの街をいっしょに散策するのを提案してみようか、なんてキールアはふと考えついて、想像して、口元を緩ませた。

「相変わらず元気だね、ロク。ぜんぜん変わってない」
「ああ。悪い方向でな。いつもどこでもあの調子」
「悪い、って。あれがロクの良いところだよ」

 レトは嘆息した。それからふいに、周囲を見渡した。
 完全に人の気配がしないのを確認してからレトは、上着の懐から小さな布袋を取り出した。

「……あのさ、お前に頼み事があって」
「え?」

 キールアは目を瞬いて、取り出されたその布袋に視線をやった。外見はただの布袋で、なんの変哲もない。キールアがまじまじと見つめていると、レトはその布袋の紐を解いて、中を開いてみせた。
 布袋の内側には細い葉が何枚か重ねて敷かれていて、それらがまたさらに、黒い粉末状のものを包んでいた。

「……な、なに……? この黒い粉は……?」
「俺もわからない。だからお前に調べてほしいんだ。……これが、いったいなんなのか。ただし周囲には言わないでくれ。あくまでも、俺とお前の秘密で」
「どうして?」

 レトは、眉を顰めた。この話をすると決めていたのに、言葉に詰まって、間を置いてしまう。話しにくそうに、彼は重い口を開いた。

「……母さんが亡くなった。お前が俺たちの家から出ていって、そのあと。カウリアさんが薬を処方してくれてたけど、そもそも、病じゃなかったことがあとからわかった。神族と関わりがあったらしくて、神族にかけられた"呪い"で死んだんだ。遺体から呪いを受けた痕跡も見つかってる。……けど、神族のやつは、『自害』だと言っていた。俺は信じてない。だけど母さんの部屋の、鍵のかかった机の引き出しからこの黒い粉末が出てきた。俺はどうしても、これがなんなのかを知りたい。なんで神族と関わりがあったのか、呪いをかけられたのか、その答えが、ここにある気がする。俺は、この手のことはまったく詳しくないから……お前に頼みたいんだ」
「……」

 キールアはおそるおそる手を出して、布袋の縁を指先でなぞった。
 エアリスには随分よくしてもらっていたし、家族を喪った日からあとも、優しく励ましてくれた。美しく、貞淑で、女の憧れのような人だった。キールアは、結局、母の薬でも助けられなかった事実を受けて悲しんだが、目尻に力を入れて我慢をした。

「病気じゃなくて、その……呪いでずっと体調が悪かったの……?」
「ああ」
「……そう、亡くなっちゃったんだね、エアリスさん……。すごく良くしてもらったのに、なにもできなかった……」
「お前が気にすることはない。死期は、決まってたんだ。……じつをいうと、言いにくいんだけど、お前に言っておきたいことがもう一つあって……」
「なに? もう一つ調べ事?」
「いや。その呪いの話だ。母さんが亡くなったときに俺も、その神族から……呪いを受けた」
「えっ? うそ、そんな! それも……死んじゃう呪いなの!?」

 キールアは椅子の音を立てて、思わず立ち上がった。レトは彼女の顔を見上げながら、宥めるように言った。

「すぐにじゃない。──『5年で命を落とす』と奴は言ってた。……あれからもう3年半くらい経つが、5年が経過する前になんとかしたいと思ってるところだ。あとこの話を知ってるのは、ロクと、お前だけ。隊の人間に話せば、最悪班から外されるから話してない。だから俺の身になんかあったときは、できるだけお前に任せたいんだ。極力、隊の人間にバレたくないからな」
「……」

 衝撃の告白にキールアが目を白黒させて、返答しかねていると、そのとき部屋の扉が開かれる音がした。だれか入ってきたのかもしれない、と2人は身を強張らせる。室内に足音が響きだして、レトは声をひそめてキールアに念押しした。

「とにかく、任せてもいいか?」
「わ、わかった」

 キールアが懐に布袋をしまいこむとすぐに、足音の主が顔を出した。本棚の間を縫うようにして現れたのはコルドだった。彼は、静かに椅子に腰かけているキールアを目にすると、眉を八の字に曲げた。

「待たせてしまってすまない。……なんだレト、お前もいたのか」
「……暇潰し」
「とんでもないです、コルド副班長さん」

 レトは椅子を引くと、立っているコルドのほうに身体を向けた。

「副班、今日の案内ってどのくらいで終わんの」
「このあと鍛錬場を案内して、あとは西棟がまだだったか。一度にすべて回っても頭に入らないだろうからな。今日はそのくらいだ」
「……ふーん。そのあとでもいいから、頼みたいことがあるんだけど」
「頼み? もし急ぎなら、言ってくれればすぐに対応するが」

 レトは緩く首を横に振って「いや」と断ると、真剣味を帯びた表情をして、コルドに言った。

「手が空いたときでいい。ギルクス邸に紹介状を送ってくれないか。数日……いや、1日でいい。剣術の指南を受けたい」

 コルドは目を瞬いた。
 ギルクス侯爵家は現代では、政会お抱えの軍部に在籍している者が大半で、また当主は剣術の指南役に就任している。もとはエポール王家に仕える王国騎士団を台頭していたのだが、王政廃止後、騎士団は政会に帰属するようになったのだ。
 たしかにギルクス邸には武術や馬術の訓練場が備わっている。とくに現当主の息子で次男にあたるシェイドは幼い頃から武術に秀でていた。コルドはぼんやりと思い出しながら、頷いた。

「……それは、構わないが。以前にも言った通りだ。期待はしないでくれ」
「ああ。勘当されてるんだったな」
「もうすこし言葉を選んでほしかったな。俺の柔らかいところに刺さる……。しかしまあ、その件は母上に相談してみよう」

 この日のうちにコルドはギルクス邸に向けて紹介状を送った。数日後、コルドの母親らしき人物から色の良い返事が返ってきたので、第一班の2人はセブンに十数日間の外出許可を申請した。
 此花隊では、ある程度の期間、勤務をすると隊員それぞれに休暇日を与えられ、各班長に申請する形で取得する。だがレトもコルドも、どちらかといえば休暇日を持て余す部類の人間だったので、これまでろくに休暇日を取得したことがなかったのである。それも加味して、鍛錬のためならとセブンから了承が下りた翌日に、2人はエントリアを発った。

 道中、レトとコルドを乗せた荷馬車の中で、コルドがため息をつきながらこんなことを吐いた。

「しかし……少々不安だな。母上からすぐに返事がきたのもそうだが、まさかあっさり受け入れられるとは思わなかった」
「母親には敬遠されてないんだろ。姓をもらったくらいだし」
「……母上にはな。これは悪い予感というやつなんだが……母上、俺が送った紹介状を、父上には見せたんだろうか……」
「……」

 一抹の不安を残しながら、2人を乗せた荷馬車は、北東に位置するホークガン領──その領地を治めるギルクス邸を目指して北上していったのだった。


 

Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.133 )
日時: 2023/06/11 12:26
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第121次元 門前

 メルギース国において五大領地と呼ばれている各領地の名称は、領内でもっとも発展している街町の名から取られている。北東を占めるホークガン領も、喧騒の街ホークガンが中心街とされている。
 喧騒の街、というのは読んで字の如く、ホークガンは古代に建設された闘技場をはじめとして多くの賭場や武器屋、そのほか娯楽施設が立ち並んでおり、日夜ともに賑わいが絶えない。
 人の行き交いが激しいので、はぐれないようにとコルドはレトヴェールに言って聞かせた。そんなコルドも、到着して早々に闘技場の観戦客に絡まれ、厄介を被っていた。

「おぅいそこの黒髪のニイちゃん! いいガタイしてんじゃあねえか。どうだい、腕に自信があるんなら会場に上がんな! ちょうどいまどこぞの若い農夫が連勝中でさあ。アンタに賭けてやるから、な。悪い気はしねえだろう」
「申し訳ありませんが、ガタイばかりで、腕には自信がないもので」
「チッ。性根のねえ男だなあ」

 絡んできた男はわざとらしく舌打ちを鳴らして、足を放り出しながら離れていった。どうせ勝てれば花でも吹雪かせて胴上げ、負ければ好き勝手に罵詈雑言を浴びせれるのだろう。コルドは生まれ育った街をよく理解しているからか特別困った顔はしなかった。レトはというと、どこからともなく聞こえてくる罵声や歓声に気圧され、人ごみにも揉まれ、住民の男とのすれ違いざまに大振りな武器に背中を打たれなどし、ホークガンの洗礼を受けていた。
 
 街の中央から離れた土地にギルクス邸は建っていた。背の高い鉄城門の前に、屈強な男が2人、門番として立っている。門番の目の前にコルドが歩み寄ると、門番は持っている鉄槍をお互いに交差させて、鋭い声で訊ねてきた。

「何用でございますでしょうか。名を」
「コルド・ヘイナーと申します。数日前に、リランテス夫人に書状を送っております。用事がありまして、一時帰宅いたしました」
「は? ……ああっ、も、申し訳ありません、コルド様。本日ご帰宅されるとは伺っておりましたが、何分、本日は人の出入りが多いもので」
「いいえ。お気になさらないでください」
「ど、どうぞ、中にお入りください」

 門番は慌てて鉄槍を退いて、門の錠を解くと、レトとコルドを庭園の中へと促した。
 ギルクス邸の庭園は、広いながらも庭師の手入れが申し分なく行き届いており、足を踏み入れた瞬間からため息が漏れそうだった。植えられた草花は、色も形もさまざまに咲き乱れ、花弁に乗った朝露が太陽の光を受け、宝石のようにきらめいている。来客があれば、さぞ喜ばれる景観だろう。ギルクス家といえば元を辿れば王国騎士団団長の血統であるため、武術に秀いで、国のために命を惜しまないという厳格な印象が色濃い。だからこの庭園の美しい景観はそれこそ、夫人の好みなのだろう。

 レトとコルドは、門番に付き添われながら屋敷の門前まで辿り着く。ウーヴァンニーフのツォーケン家の屋敷とは違い、上の階層はなく、惜しみなく敷地面積を利用した幅のある平屋の造りになっていた。訓練場は屋敷よりもさらに奥に建てられているらしく、庭からちらりと塀の高い建物が見えた。

 門番が屋敷の扉から奥へと消えて、しばらく待機していると、ぎぃと重い扉の開く音が立った。
 扉の奥から、壮年の男が1人、現れる。男はコルドの顔を見つけるなりつかつかと足早に近づいてくると、問答無用で鞘ごと剣を引き抜いた。次の瞬間には、柄頭でコルドの脳天を強打し、その拍子に彼は地面に倒れ伏した。
 引き抜いた鞘を腰元に納めると、身の毛がよだつような深い低音があたりに響いた。

「どの面を下げて帰ってきた、木偶の坊め。いまさら一族の姓が惜しくなったか」
「……」

 ギルクス侯爵家の現当主、ディオッドレイ・ギルクスは、武道家の長に恥じない高い背丈といかった肩、鋭い眼光を併せ持っていた。なによりも、肌色を曝け出した丸い頭部には大きな傷跡が刻まれており、余計に威圧さを感じさせた。
 左腕を庇ったために、コルドは変な姿勢で転がってしまったが、起き上がるのは素早かった。さっと地面に膝を立てると、彼は首を垂れた。

「滅相もございません、ギルクス侯爵様。本日は、リランテス夫人にご協力賜りまして、ある部下の剣術指南……いえ、訓練場の見学でも構いません。どうかお引き受けいただけないかと申し……」
「俺に隠れてこそこそと、なにをあいつに泣きついた。身体ばかりで中身は大して変わらぬようだ。一族の主は誰だ。この家に用があるのなら俺を通せ。軟弱なお前のことだ、どうせ俺には物一つとして言えぬのだろう」

 話の途中で切り込んでくる悪癖は健在だ。声色も物言いもかなり高圧的ゆえに、屋敷に出入りする従者や訓練兵たちの悲鳴も絶えない。ディオッドレイを前に怯まずにいられるのは息子の中でも長男と、それから妻であるリランテスだけだ。
 例に漏れず、コルドも口を結んでいた。

「神の一柱を崩しただなんだと、それで鼻高に褒賞でも受けにきたつもりか。自惚れるな。口惜しくもお前にも一族の血が流れている。ならば、そのような布を下げてくるな。だから軟弱だと言っているのが、まだ理解わからないか」
 
 ディオッドレイは、コルドが首から下げている三角巾を睨みつけて言った。白い三角巾はいまだ動かないコルドの左腕を支えている。手指は自在に動くようになったとはいえ、ここで握り拳を作ってみても、めざとい父には「情けない」と一蹴されてしまうだろう。コルドは頭をもたげたまま、静かにしていた。
 そのとき。玄関の扉の奥からもう1人、幾重にも衣を纏った女が現れた。女は数歩、歩み出てくると、目を丸くして口元で両手を重ねた。慌てたように薄桜色の豊かな髪を揺らしながら、女はディオッドレイの服の袖にしがみついた。

「あらっ。いやですわ、あなた。愛しい我が子が、せっかくお顔を見せに帰ってきてくれたのに、そんなひどいことを仰らなくたって。コルド、着いていたのね。帰ってきてくれて母は嬉しいですわ。お顔を上げて頂戴」
「お前がそのように甘やかすから、こやつは逃げ道ばかり覚えたのだ。なぜ門を通した。敷居は跨がせないと、お前の前でも誓わせただろう」
「まあ、そんな。いったいいつのお話? また追い出しちゃ、コルドがかわいそうですわ。それに今日はわたくしの客人ですのよ。あなたが相手をして、コルドに嫌味ばかり言うなら、わたくし黙っていられませんわ。我が子の顔も見たくないのなら、お仕事でもなさっていて」

 袖を掴まれた手をのけないのは、彼女がディオッドレイの妻、リランテスだからにほかならない。リランテスは愛くるしく垂れた目元で、じっ、とディオッドレイを睨んでみせた。もちろん怖さの欠片もないのだが、ディオッドレイは妻にまで怒号を浴びせたりはしなかった。
 ディオッドレイは妻をひと睨みし、それからコルドにまた視線をやったときに初めて、レトの姿を認識した。
 尖っていた目が、ふと丸みを帯びる。
 ディオッドレイは一拍黙ったのち、レトに訊ねた。

「……。そなたは」
「お初にお目にかかります。さきほど、ご紹介に預かりました。此花隊ではコルド・ヘイナー副班長の下についております」

 傍から呆然と親子喧嘩を見守っていたレトは、声をかけられると、姿勢を正して礼をした。一つに結んだ金色の髪が肩口からさらりと垂れる。コルドに倣って膝をつこうとしたレトに、ディオッドレイが手を挙げた。レトは膝をつかずに、たたみかけた背筋を伸ばした。
 ディオッドレイはレトから視線を外すと、踵を返した。

「また俺の目に入ってみろ。お前が何と喚こうと叩き出すぞ」

 そう言葉を吐きながらディオッドレイは屋敷の中に入ってしまった。
 リランテスは、コルドの傍らまでぱたぱたとやってくると、ゆったりとした幅のある袖の中から、白くて細い手指を伸ばした。コルドが差し出した手を、彼女は真綿にでも包むかのようにやわらかく握り、そうして彼を立ち上がらせる。

「大丈夫? かわいそうに。お顔をもっとよく見せて、コルド」
「ご心配には及びません。それよりも、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。コルド・ヘイナー、ただいま帰宅いたしました」
「そんなにかしこまらないで。親子でしょう? それよりも……コルドったら、上背もあの人みたいにとっても立派になって。うんと男前になったみたい。あっ、そうだわ、コルド」

 リランテスはコルドの手を握ったまま、少女のように目を輝かせながら、続けた。

「あなたが神族の一柱を討ったというのは、本当なの? その話題でもう、しばらくは持ちきりでしたのよ。我が一族から神族を討つ子が現れるだなんて、なんと名誉なことかしら。ねえ、コルド、数日泊まってゆくのでしょう。豪華な食事を用意させますから、あなたも出席して頂戴。皆、話を聞きたいでしょうし、兄たちもきっとあなたに会いたがっているはずよ」
「それは……本当でしたら、身に余る光栄ですが」

 そう返しながらもコルドは、やんわりと母の手から逃れた。しかしリランテスはまったく気にしていない風で、べったりとコルドに寄り添ったまま、屋敷の中へ入るようにと急かした。
 親子のあとについていけば、ふんわりとあたりを漂う甘い花の香りがレトの鼻についた。夫人が香水をつけているのだろう。厭らしくはないのだが、女気の強さに眩暈がしそうだった。

 リランテスは身に纏う香水のみならず、とにかく話し方も性分も、あらゆる面で甘すぎるきらいがある。じつのところ、実母でありながらリランテスの相手をするのがコルドはやや苦手だった。嫌っているのではない。むしろ、幼い頃からコルドを過剰に甘やかしてきた主な人物が、リランテス夫人なのである。それを真っ向から享受してきたコルドはついぞ、父から堕落者の烙印を押されるに至ったのだが、母のせいにするのは気が引けた。だから彼女を否定こそしないが、距離も考えなければならないのだ。

 コルドは、屋敷内の広い廊下に敷かれたカーペットの上を歩きながら、いたって穏便に断った。

「しかし、さきほど父上からも言われてしまった通り、夕餉にご一緒するわけには参りません。あの方はそうと決めたら実行される御方です。食事の席に俺がいたら、たとえ夜更けであろうと叩き出されるでしょう。……ご提案は大変嬉しゅうございますが、どうぞ俺にはお構いなく。夕食は適当な場所でとります。母上が、父上から睨まれてしまうのは、本意とするところではございません」
「まあ、コルド……あなたって子は。こんなに良い子に育っているのに、どうしてあの人はコルドを除け者にしてしまうのかしら。わたくし、とっても悲しいわ……。やっぱりあの人がわかってくれるまで、わたくしからきつく言うべきなのだわ。そうよね。そうなのだわ」
「い、いいえ、母上。本当に、構わないのです。それに今日は、休息のための里帰りではなく、部下に稽古をつけていただきたくて参った次第です。ええと……指南役はどなたか、引き受けてくださりましたでしょうか」
 
 コルドは慌てて、それとなく話題を逸らす。すると廊下の奥から、かつかつと小気味のいい音がして、コルドもレトもそちらを向いた。
 つられてリランテスも顔を向ければ、「まあ」と花が綻ぶように破顔した。

「シェイド。ちょうど良かったわ。もうじき、朝の鍛錬が終わる時間でしょう? コルドの頼みを聞いてあげてほしいのだけれど」
「……シェイド兄様」

 コルドも思わず、慣れたように名前を口にした。シェイドと呼ばれた黒髪の男は、わかりやすく不機嫌そうに眉を顰めて、コルドを睨みつけた。

「……なんだ、破門にされた恥晒しが。いったいどういうつもりでここへ来た」


 


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