コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.91 )
- 日時: 2020/06/01 22:05
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第082次元 眠れる至才への最高解Ⅶ
ロクアンズは声のした方に向いて、左目をぱちくりさせた。
「へ? そうなの?」
「ああ。けど、3ヶ月くらい前だったかな。遠征に出て、まだ帰還してないんだよ」
「へえ~! 会いたいなあ!」
さっきまでの乾いた笑みとは打って変わって、ロクの表情がぱっと明るくなった。ここを訪れてからいままでも大人としか出会わなかったし、頭の中で勝手に「研究部班は頭のいい大人たちのいるところだと決定づけてしまっていたのだ。
研究部班、医療部班、援助部班にはそれぞれ、入隊に際して年齢制限が設けられている。12に満たない者には入隊の権利が与えられないのだ。しかしこの規約は裏を返せば、最低でも12歳を迎えていれば実力次第では門をくぐることが許される、ということになる。
入隊後しばらくは、訓練員や研修員と呼ばれる、いわゆる"見習い"として、現役班員たちの下につく。件の"同い年くらいのやつ"も、いまは見習いなのだろうなと、ロクは1人で頷いていた。
唯一、戦闘部班だけが年齢制限を設けていないのは、次元師の育成が目的の一つでもあるためだ。どちらかというと年齢の幼いうちから育成をしたいというのが現班長の意向だ。
そういえば、とロクはケイシィの顔を見上げた。
「班長さんいないの? あたし、班長さんにも会ってみたいな!」
戦闘部班の班長、セブン・ルーカーは本部に常駐しているので、てっきり研究部班の班長もこの施設内に腰を据えているとばかり思っていた。しかしながら、表玄関で出迎えてくれたのはケイシィだった。元力石を開発したというハルシオ・カーデンにはまだお目にかかれていない。
ケイシィは眉を下げて、申し訳なさそうに告げた。
「すまないね。我らが班長は長期に亘っての仕事に行かれてしまって、半年ほど前から席を外している。それゆえ私が責任者を代わっているのだ」
「ふーん……そっかあ。残念」
「ケイシィさんっ! すこし時間いいっすかー? 相談したいことがあって……」
遠くから、タンバットの声が飛んでくる。ケイシィは振り返って「わかった」と返した。
「ではフィラ副班長殿、ロクアンズ殿、申し訳ないが私はすこしばかり席を外す。この研究室の隣が食堂と談話室を兼ねているんだ。疲れているだろうから、そこで暫し休憩をとるといい」
ロクアンズとフィラにそう言い渡して、ケイシィは隊服の裾を翻らせた。残された2人がぽつんと突っ立っていると、ロクのお腹がきゅるる、と弱々しく鳴った。
「お腹、空いた」
「じゃあお言葉に甘えて、休憩してきましょうか」
ケイシィが言っていた通り、研究室を出て十数歩と進まないうちに食堂の大扉があった。室内は広々としていて、食事をとる班員たちの姿がちらほらと見受けられる。
研究棟には、研究部班のほかにも、援助部班の警備班と調理班も数名ずつ配置されている。この食堂を任されている調理班は、現時刻がちょうどお昼時に差しかかっているのもあって忙しそうだ。
食膳を両手に持ち、フィラは調理場に近いテーブルに先についた。ややもすれば、ロクも配膳台から戻ってくる。
「おまたせー、フィラさん!」
「あ、おかえりなさいロクちゃ……って、えっ!? ろ、ロクちゃんそんなに食べるの?」
フィラはぎょっとして、ロクの食膳を注視する。2枚のトレイを片手でそれぞれ掴んでいること自体にはまだ驚かないが、片方のトレイ上では肉の串焼きが針の筵にも似た山を形成し、もう片方にはさまざまな形をしたパンが見事が塔を築きあげている。二対の山は、どんとテーブルの上に腰を据える。
「へ? うん。ほらあたし、お腹ぺこぺこだからさ~。食堂来ちゃうとついつい頼んじゃ」
「……も、もももしかしてロクちゃん餓死寸前だった!? そんな私、全然……全然気づかなくて!」
「いや大丈夫だよ普段からこの量だからあたし!」
ロクが切迫した面持ちで弁明すると、ほっ、とフィラは胸を撫で下ろした。過食は身体によくないわ、などの注意をされるならまだわかるが、餓死寸前まで追い込まれていたのかと問われたのは初めてだ。出先ではお金を無駄にできないから食事量は控えろ、とコルドに出発前から散々言われていたので、道中は我慢していたにすぎない。本来ロクは大食らいだ。いまこの場に彼がいないのをいいことに大量摂取を図ろうとしたロクだったが、フィラの心配性がここまで激しいとは意外だった。
食事を口に運び始めてからすこしすると、フィラが声を抑えて切りだした。
「……とりあえず、主要な人たちとは会えたわね。班長さんを除いて」
ロクもフィラも単なる見学として研究棟にやってきたわけではない。デーボンら悪徳商人と繋がりを持っている関係者を探すことが本来の目的であり、今回の任務だ。
なにはともあれ、研究部班の各班の副班長を務める3名との接触は叶った。印象としては、3人とも少々個性的な人柄であった。学者然としたお堅い集団なのだろうと身構えていた分、肩透かしを食らう羽目にはなったが、情報が少ない現時点ではだれもが疑わしい。
開発班の研究室にあった、元力石が入った硝子瓶。瓶についていた紙には、その元力石の持ち主である次元師の名前が書かれていたが、ロクはそのすべての名前を確認していた。もちろん怪しまれないように細心の注意を払いながら、である。
「さすがにファウンダとカインの元力石は見当たらないね……。それがあれば、大きな手がかりになるのになあ」
「そうね。デーボンたちが持ってたものは、政会の人たちに押収されてしまったけど……もしおなじものがこの施設内にあれば、だれが取り扱ってたのかとか、わかるかもしれないものね」
「うんうん」
「でも関わってる人間が少人数なら、だれの目にもつかないところに保管しているのかも」
「ええ? そんなとこあるかなあ……。あ、そういえばねフィラさん」
ロクは裏庭に落っこちたときに拾った硝子玉を取り出そうとした。が、そのとき大扉のほうからガラガラ、と騒音が響いてきた。その大きな音がだんだん近づいてくるので、ロクもフィラもそちらに注意を持っていかれた。
「すみません、ここまで運んできてくださって」
「いいえ、時間がかかってしまってすみません。裏の森、道が入り組んでますね」
「そうなんです。助かりました」
灰色の隊服を着た男が荷車を引き、調理場の近くまでやってきた。援助部班の運搬班だろうか、運んできたものを調理班の班員に渡している。荷車に積まれていたのは果実や山草類だ。
「あとついでに……これ。あの男の子がいつもつけているペンダント、ですよね? 石は割れちゃってるみたいで、裏口に落ちていたんです」
「あら、本当だわ。でもどうして裏口のほうに……。もしかして遠征から帰ってきたのかしら」
なんとなく会話を耳に入れていたロクだったが、そのペンダントを視界の端で捉えると、勢いよく席から立ち上がった。
「ねえねえ! それってだれの?」
ぱたぱたとロクが駆け寄ると、運搬班の男が振り向いた。男の手には、細長い革の紐と、小さな石が握られている。落とした拍子に分解してしまったのだろうか。たしかに元はペンダントだったらしい。
その小さな石は、真っ赤で、割れたような尖った断面がある。
調理班の女が答えた。
「ナトニっていう、君くらいの歳の男の子がいてね、その子の持ち物なの。いまは調査で外に出てるからいないはずなんだけど……」
「え、じゃあその子、もしかして次元師なの!?」
「い、いえ、それはちがかったと思うけど……。でもナトニのお父さんは次元師様だったはずよ」
え、とロクは短く息をもらした。フィラも席を立って歩み寄ってくる。
「残していったものがこれしかないからって……。あの子、いつも肌身離さずつけていたのに。変ね」
「……残していった?」
声を低くしてフィラが問いかけると、女は不思議そうな顔をしてから首肯した。
「はい。元調査班の班員で、14年前の終戦直後に遠征に出たきり……行方不明になってしまったとか。ナトニはその後、この施設内で生まれた子なんですよ」
この瞬間、ロクとフィラは一層気が引き締まるのを感じた。
例の14年前に行方をくらませたという研究部班の男は、次元師だったのだ。そして彼と血縁関係にある者が、この研究部班に在籍している──。
心臓がざわつくのを抑えるように、ロクは上着の胸部をぎゅっと掴んだ。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.92 )
- 日時: 2020/06/23 21:57
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第083次元 眠れる至才への最高解Ⅷ
第二班と街中で別れたあと、コルドとレトヴェールの2人は大書物館に向かうため街の外れに出た。
大書物館とは、ウーヴァンニーフを"本の街"たらしめる所以であり、国内でも名所とされる館だ。もとはウーヴァンニーフの現領主の祖、マグオランド・ツォーケンの別宅にすぎなかったという。彼の家系がその当時、多少裕福な暮らしをしていたこと、そして本人が持つ異常な収集癖が由来してこの館は増設を繰り返し、現在に至る。
マグオランドの収集癖は本に留まったが、その膨大な数の本が館内を埋めつくしているため、大書物館と呼ばれるようになったのだ。
道すがら、2人は初めて訪れる大書物館の話題で盛りあがっていた。
「どんな本が置いてあるんだろうな、大書物館」
「そうだな。建てられたのが200年前で、すでにいくつか持っていた本も格納されているとしたら、古語で書かれた本はほかにもいくつかあるかもしれないな」
「それじゃあ国中の研究家が押し寄せてそうだな。いままでにもいくつか盗まれてるんじゃねえの」
「どちらかというと、研究家たちが書き残した論文や記録書のほうが多いんじゃないか? あとは童話や小説なんかもあると聞いたことがあるぞ」
「ふーん」
「そもそも古語を読める人間は少ないし、200年以上前の文献ともなると、綺麗な状態でもなさそうだ」
「たしかに……」
「楽しみなんだろ、レト。おまえ本好きだもんな」
「……」
無言を肯定と捉えたコルドが悪戯っぽく笑った。
そんなやりとりを交わしつつ、道中は和気あいあいとしていたのだが、いざ大書物館を眼前に据えたときには2人とも息を呑んだ。
創立200年を超え、代々受け継がれてきた由緒正しき伯爵家の館。14年前の戦時中に一部損壊し、修繕工事が行われたとのことだったが、館の纏う雰囲気はまったく現代のそれではなかった。
建物は全体的に象牙色の塗装がなされていた。飛びだした小さなバルコニーには可愛らしい花壇が並んでいて、その欄干を彩る鮮やかな緋色は一際目立っている。
入り口まで足を運び、大きな扉の前に並んで立つ。扉の金の把手一つとっても、きめ細かな装飾がふんだんに施されていて、コルドが触れるのを躊躇ったほどだ。
把手を引き、いざ2人は館の中へと足を踏み入れた。
目に飛びこんできたのは、それはもう絢爛豪華の限りを尽くした荘厳な内装だった。
「……」
「すごいな、これは……」
遥か高い天井にまで届く巨大な棚が、ただ広い空間の壁一面を飾っている。上品な赤色の絨毯で彩られた中央の階段の脇にはおなじく巨大な棚の側面が聳え立ち、まるで二対の大木を従えているようだ。視界の限りを本棚と、そこに収納されている数えきれないほどの本の背表紙で埋め尽くされたその光景はじつに壮観だった。棚の一番上にある本を取るのには身の丈がいくらあっても足りないだろう。1つの棚に大きな梯子が寄りかかっているが、あれを伝って登るにしても人並みの勇気では諦めてしまいそうだ。
絨毯に足をつくとすぐに、清楚な身なりをした1人の女が玄関のほうに振り向いた。コルドたちの到着を待っていたのだろう。
コルドは一段と丁寧な声色を作って、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。此花隊から参りました、戦闘部班第一班副班長のコルド・ヘイナーという者です」
「お待ちしておりました、コルド・ヘイナー様。旦那様が奥でお待ちです」
女は恭しく礼をすると、先に歩きだした。コルドとレトは彼女の案内についていく。
巨大な本棚と本棚に挟まれた、幅広の階段を上がっていく。階段と本棚との間には一定の間隔があるが、1階にいたときはうんと高い位置にあった本の題名が、階段を昇ると視線上にやってくる。レトはしばらく、本棚に目が釘付けだった。
2階の廊下を突き進み、もっとも奥の大扉の前までやってくると、女が「旦那様。此花隊の次元師様が参られました」と声をかけた。扉の奥にいる人物も「お通ししてくれ」と返事をしたので、女は扉を開けた。
「ようこそおいでくださいました、次元師様。私はこの大書物館の館主をしております、バスランド・ツォーケンと申します」
バスランドと名乗った男が腰かけから立ち上がった。物腰の柔らかさが目元にも滲んでおり、黒い顎鬚が綺麗に整えられている。彼が握手を求めてきたので、コルドはそれに応じた。
「お会いできて光栄です、バスランド・ツォーケン伯爵様。此度はセブン・ルーカーよりお話をお伺いし、馳せ参じました。私は此花隊戦闘部班第一班副班長、コルド・ヘイナーと申します」
「ヘイナー?」
バスランドが小さな黒髭を捻って、首を傾げた。ややあって、彼はなにかを思い出したように表情を明るくした。
「ああ、もしかしてあなた様は、コルド・ギルクス坊っちゃまではございませんか?」
「え」
コルドは一瞬言葉を失った。しかしすぐに、しまった、とでも言いたげな困り眉になった。バスランドはそれに構わず、コルドが差し出した手を両手で握りしめた。
「いやあ、これほどご立派になられましたとは。覚えておいでですか? お小さいときに一度、こちらの館においでくださったことがあるのですよ」
「え、ええ。はっきりとはいたしませんが、覚えております」
「じつは先日、ギルクス侯と食事をご一緒させていただきましてね。そのときにはあなたのお名前が上がりませんものでしたから」
「はは。申し訳ありません、私も父とは長らく会っておりませんので」
「左様でございましたか。ああ、そうだ。これからお茶の用意をさせようと思っていたのです。どうぞ、コルド様もご一緒にいかがですか」
「お誘いは大変嬉しいのですが、仕事の都合上、こちらに立ち寄った次第なのです。この後、此花隊の研究棟に向かわねばなりません。御容赦ください」
「そうでしたな。誠に残念です。ときに……なぜ奥様の姓を名乗られているのです?」
「え。と……そ、それは……」
コルドが引き腰になりかけたそのとき。こんこん、と扉を叩く音がした。コルドの肩越しにバスランドが扉のほうを見やると、さきほどの使用人が扉を開けた拍子に、美しい小麦色の毛並みをした犬が駆けこんできた。ぱたぱたと尻尾を振るうその犬が口に本を咥えていたので、バスランドはバツが悪そうにその本を取りあげた。
「またおまえは、いったいどこから取ってきたんだ。頼むからじっとしていてくれ」
「大変申し訳ございません、旦那様。1階で見かけましたので追いかけてきたら……」
「いいんだよ、気にしないでくれ。私の躾が悪いようだ。小屋には私が繋いでこよう。君は持ち場に戻ってくれ」
「はい」
「申し訳ありませんが、この子を小屋に戻してくるので、私は少々席を外します」
「どうかお構いなく。……あ。あの、盗まれた本の特徴などをお聞かせ願えますか?」
コルドは退室しようとするバスランドを引き留め、問いかけた。するとバスランドは使用人の女に視線をやった。
「それでしたら、彼女が詳しいでしょう。たしか君には、古語の本を置いている棚の管理を任せていたね? 代わりに答えてくれないか」
「はい、旦那様。棚からなくなっていた本は、くすんだ赤色の表紙で、本というよりは紙束を紐で縛ってあるものでした。誠に申し訳ございませんが、私は古語を解読する技術を持ち合わせておりませんので、どういった内容の書物であったかまではお答えすることができません。ただ、標題と、中に書かれている文字は古語と見て間違いないかと思われます。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
「いいえ、そんな。助かります。教えていただきありがとうございます」
「それではコルド様、どうぞご自由に見学なさっていってくださいね」
そう言うとバスランドは犬の首輪から伸びているリードを引いて、使用人とともに退室した。閉まった扉を見つめ、レトはここにきてようやく口を開いた。
「あの犬が持っていったんじゃ」
「どうだろうな。だったらさっきみたいに、主人に本を届けそうだ」
「……ギルクスって、侯爵家の家名じゃなかったか?」
「……おまえの記憶力がいまは恨めしいな」
「なんでいままで黙ってたんだ。初耳だけど」
言及され、コルドは諦めたように息を吐いた。部屋から出るとバスランドの姿が見えなくなっていたので、彼は口を割った。
「とうの昔に勘当されたんだよ」
ため息交じりにそう答えると、コルドは短い黒髪をぽりぽりと掻いた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.93 )
- 日時: 2020/05/31 12:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第084次元 眠れる至才への最高解Ⅸ
興味本位で問い詰めてみただけだったのだが、予想の斜め上をいく返答だったためにレトヴェールは目をしばたいた。
昇ってきた階段をゆっくり下りがてらコルドは身の上話を聞かせてくれた。
「恥ずかしい話になるんだが、俺は俗に言う、箱入り息子としてかなり甘やかされて育ったんだ。家を継ぐのだって、一番上の兄貴か、はたまたその下の兄貴か……まかり間違ってもその下の兄貴だろうって当然のように思ってたしな」
「……? 兄が3人いるのか」
「ああ。俺は四男なんだ」
噂によれば一番上の兄貴が継ぐらしいが、とコルドは付け足した。揺りかごの中でぐずる自分を3人の兄たちが覗いていた。4人目の男児ともなると、母や家の使用人たちもなにか特別なことをさせようとはしなかった。兄たちが屋敷の廊下を慌しく駆けていくのを何度か見かけて、真似をしようと教本を抱いたまま急いで勉強部屋に駆けこんでみたことがあった。けれど、部屋で待っていた学問の先生に「そんなに焦らなくていいですよ」と微笑まれた。その言葉だけが妙に根強く記憶に残っている。
何不自由ない生活を与えられていたが、他者よりも突出した能力を得ることもまたなかった。ぼんやりと日々を送っていたら、多少文字が読めるだけの不器用な人間ができあがっていた。
ロクアンズに「俺はそれほど柔軟ではない」と告白したのも、謙遜の意は含まれていなかっただろう。
「それでちょうど、おまえたちくらいの歳の頃だったか? 長い仕事で留守にしてた親父が急に帰ってきてな。俺がとんだ体たらくだったものだから、『おまえみたいな軟弱者はこの家にいらん』って殴り飛ばされて、そのまま疎遠になった」
「殴……。ウーヴァンニーフとか、伯爵のことが詳しかったのはそういうわけか」
「それなりの知識だけな」
レトにとっては信じがたい話だった。入隊当時からの付き合いだが、コルドという男は大がつくほど真面目で、与えられた仕事は忠実に成果をあげる。ベルク村の一件では義兄妹の身勝手な行動をフォローする役目にも回ってくれた。軟弱な部分があろうとは皆目見当もつかない。
そんなことを考えていたら長い階段も残り一段となっていて、早くも1階に戻ってきた。
いくつかでいいから本が見たい、とレトが主張してきたのでコルドはそれに付き合うことにした。大広間の内壁ともいえる本棚にはびっしりと本が並べられており、レトは背表紙に書かれた表題をなんとなく目で追いながら館内を歩いていた。
なにかめぼしいものでもあったのか、レトがぴたりと留まった。彼の視線の先には、本を1冊抜き取られたような痕跡があった。
「お、ここか? たしかに1冊分、空いたとこがあるが……」
「たぶん合ってる。さっきバスランド伯が言ってた、古語の本が置いてある棚だ」
棚を仰ぎ見ながら、レトが淡々と言う。コルドにはさっぱり読めなかったが、古語を知っているらしいレトが言うのだから間違いないのだろう。
1冊の本が目につき、レトはそれを抜き取った。頁をめくると、淡い絵の具で描かれた人物やら景色やらが紙面にぼんやりと滲んでいた。字を覚えたての子どもでも読めそうな簡単な文章も添えてある。見たところ絵本だ。
「……? なんでこれだけ現代語なんだ」
「ああ、それ、『わたしの子エリーナ』だろ」
「知ってるのか、コルド副班」
「小さい頃、母親から聞かせられたりしなかったか? 有名な童話だぞ」
この国に住む大抵の母親は、家事を片手にでもそらんじられるという。コルドも幼い頃に母親から聞かせてもらった経験があるらしく、以下はその内容についてかいつまんだものだ。
ある母親が双子の赤ちゃんを授かったが、片方の子が奇病を患って生まれてきてしまう。周囲から向けられる奇異の目やいじめに立ち向かうが、ときにはつい子ども同士を比べてしまったりと、母親の葛藤が主軸に置かれた作品だ。母親、奇病の子、もう片方の子、3人の愛情が描かれている。
物語の顛末は、そんな3人の成長や苦労を褒め称えてのことなのか、周囲の目が変わりいつしか尊敬されるまでになるといった演出が用いられている。
コルドが端的にまとめてくれたのはいいが、レトはいまいちピンときていないらしく、眉根を寄せた。
「……覚えがないな」
「はは。でも懐かしいな。その本、もとは古語で書かれたお話だったらしいぞ。200年前に流行ったからなのか人から人へ語り継がれている。現代語へ移り変わってしばらくして、たまたま古語を知っていただれかが翻訳したっていう話だ」
「へえ」
古語を読めるとはいっても、所詮は幼少期に習った程度の知識だ。複雑な文法を読み解くにはまだ及ばない。解読とはまるで、未知の生物を相手にするようなものだ。改めて他言語の翻訳という分野の凄さを実感する。
(本を盗んだやつも、やっぱり古語が読めるってことでまちがいないか。研究部班ではさぞ重宝されていることだろうな。……いや、古語を読めるやつに宛てがあるだけで本人は読めないっていう場合も……)
レトは考えごとをしながら、手元の絵本をぱらぱらとめくっていた。ふと、彼は頁をめくる手を止めて、おもむろにこんなことを言い出した。
「……なんで、デーボンとオッカーに依頼する必要があったんだ」
通信具の試用人員として選ばれたのがデーボンとオッカーだったわけだが、レトにはそこがどうも腑に落ちないらしかった。適当な本を読んでいたコルドは顔を上げて、眉をひそめる。
「それはどういう意味だ? 研究棟に、その2人の親類の元力石があったからじゃないのか?」
「コルド副班、さっき4人兄弟だって言ってたよな。コルド副班に兄弟がいることなんて調べればすぐにわかる。なんで此花隊の内部の人間じゃなくて、わざわざ外部の人間に依頼をしたのかが気になるんだ」
それを聞いてコルドも、顎のあたりに手を当て、逡巡する。
「……たしかにな。あの2人に依頼をすることが賢い判断だったかと言われると、俺はそうは思えない。あえて茨の道を選んだのは……どうしても、研究部班以外の人間とは関わりたくなかったら、か?」
悪徳商人たちか、それとも内部の仲間たちか。どちらが信用に足るかなど考えるまでもない。しかし研究部班の班員たちが手を結んだのは、前者の連中だった。この信用問題の裏側にいったいなにが潜んでいるというのだろうか。
「ここで悩んでても仕方ないか。俺たちも敵陣に参ずるとしよう、レト」
レトはこくりと頷いた。読んでいた本を元の場所に戻し、2人は大書物館をあとにした。
第一班が研究棟に到着すると、丁度廊下を歩いていたケイシィが声をかけてきた。すぐに研究室の見学に行くか、それとも先に第二班と落ち合うかと問いかけられたので、コルドはロクアンズに連絡した。彼女は先に施設内を回ってくるよう促し、ついでにレトに対して「制作班の副班長さんが待ってたみたいだよ」と告げた。
ケイシィが急用で案内できないのことで、2人は施設内の簡単な地図を手渡された。地図をもとに制作班の研究室を訪れると、案の定、副班長のホムがレトに飛びついてきた。レトに頼まれていた隊服をいそいそと取り出してきて着せたものの、どうやら縫合に問題があったらしい。再調整するため、コルドは先に調査班の研究室に向かうことにした。
調査班の研究室は依然として人っ子一人いなかった。コルドは室内の散らかり具合だけを覚えて、早々に部屋を出た。
レトがなかなか戻ってこないので、外の空気でも吸ってくるかとコルドは裏庭側の廊下を目指した。
そよぐ風が、ざあっとコルドの前髪を撫でる。そのとき、彼はふいに何者かの気配を察知した。
「初めましてですね。コルド・ヘイナー副班長殿」
声をかけてきたその男は、裏庭側の壁に凭れかかっていた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.94 )
- 日時: 2023/03/24 18:24
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第085次元 眠れる至才への最高解Ⅹ
男は墨色の前髪を乱雑にひっつめて後ろの方で縛っている。組まれた腕が黒い布地で覆われているところを鑑みるに、どこかの班の副班長だろうとコルドは判断した。男はやけに低い声色で告げた。
「あんたが研究棟の運搬班と秘密裏に連絡を取っているのは把握してます。挙句にぞろぞろと次元師様をお連れしたりして、いったいなにを企んでるんですか、お宅の班長さんは」
長閑な風が、吹き抜けの廊下を渡っていく。どうりで白昼堂々と物騒な話題をふっかけられたわけだ。周囲にはまるで人気がない。
コルドは極めて穏便な態度で否定した。
「企んでいるなどと。そのような意図は微塵もありません」
「この研究棟は、ケイシィ・テクトカータ副班長が厳重に預かってます。よそ者に荒らされるのは些か気持ちのいいものではなくてですね。申し訳ないんですが、これ以上は信用問題に少々罅を入れる行為です。時間を見てお立ち退きいただきたい」
「そこまで警戒なさらなくても。おなじ隊に所属する同志ではありませんか」
墨色の髪の男、タンバットはなにも答えなかった。彼が黙ったので、コルドも真剣な声で直截に告げた。
「……ここに、悪徳商人らと手を組んでいる輩が潜んでいます」
タンバットは眉一つ動かさなかった。しかし彼の口からついて出たような切り返しは怒気を孕んでいた。
「この研究部班を侮辱するおつもりか」
「もしもこの事態が公になったら、どなたが責任をお取りになるのでしょう。いまは不在の班長殿ですか? それとも……概念的にその席を譲り受けている、彼女ですか」
「どうやら本当に、田舎出の下賤な男の犬に成り下がったようですね。侯爵家のご子息ともあろう御方が」
「すでに勘当された身です。いまは此花隊戦闘部班の、一副班長にすぎません」
コルドは冷たく切り捨てるように返した。沈黙が訪れる。実験がどうのという以前に、研究部班の人間はほかの部班員たちを敵視する傾向がある。随分と冷たい物言いにコルドが呆れていると、やがてタンバットが言い放った。
「そのような不逞の輩が本当に存在するのであれば、お帰りの時分までにお連れください。ですがそれ以上の詮索はお見過ごしできかねます。あんた方の班長殿の顔に泥を塗りたいと仰られるのであれば、こちらは一向に構いませんが」
「……」
そのときだった。聞き慣れた陽気な声がどこからともなくコルドの名前を呼んだ。
「あれっ! コルドふっくはーん!」
中庭のベンチに腰かけているロクがぶんぶんと片手を振っていた。隣にはフィラとも目が合う。もう一度裏庭側を振り返ると、すでにタンバットは姿を消していた。
コルドは中庭に入り、敷石で造られた道を歩いて第二班の2人と合流した。
「だいぶ見て回りましたか? コルド副班長」
「制作班と調査班の研究室には行きましたよ」
「あれ? コルド副班、レトは?」
「制作班のホム副班長に捕まったっきり、帰ってこなくてな。だいぶ長話してるらしい」
「そうなんだ」
「……それで、なにか気になることはあったか」
コルドは木の幹に背中を預け、呟くような声で訊ねた。3人の頭上に降り注ぐ木漏れ日が緩やかに揺れる。
ロクとフィラはそれぞれの研究室の様子や印象、各副班長と会ってみての感想などを述べた。そして、遠征に出ているナトニという少年が次元師の息子であるとともに、その次元師が14年前から行方不明となっている事実を明かした。
「次元師の子ども?」
「これ見て、コルド副班」
ロクは懐から、真っ赤な石を2つ取り出した。1つは彼女が裏庭に落ちたときに拾ったもので、もう片方は食堂に訪れた運搬班の男が持っていたものだ。ロクは適当な理由をつけて、彼からその石の片割れを譲り受けていた。
割れた石同士を組み合わせてみると、石は見事に合致し、1つの元力石となった。
ロクの手のひらできらきらと輝くそれを、コルドはまじまじと見つめる。
「この赤い石はいったい……?」
「色はすこしちがいますが、元力石だと思われます。開発班の研究室で見せてもらったものと形がよく似ています」
「そのナトニって子がこれを裏庭に落としたっぽいんだけど、二月以上前から研究棟にはいないんだって。裏庭のほうは宿泊棟もあるし、みんなが通る場所なのに今日までだれにも見つからなかったなんて、変だなって」
「たしかに、それだけの期間があればだれかが見つけていそうだな。目立つ色をしているし」
「コルド副班たちは、書物……館? だっけ? そこでなにかわかった? 本の題名とか」
ロクが小首を傾げて訊ねる。するとやや遠くから、靴底で敷石を踏む音と、レトの声が飛んできた。
「いや。書物館にいた人たちはみんな、盗まれた本の表題まではわからないんだと」
「あっ、レト!」
レトは右肩を回しながら、ロクたちが固まっている場所まで歩み寄った。
大書物館を出るとき、バスランドから「本の表題はわかりかねますが、どの本にもツォーケンの家印を押しているので見分けはつくと思います」と伝えられた。いまはその家印を頼りに探すしかない、とレトはつけ加えた。
ロクはベンチから立ちあがるや否や、レトの身なりに注目した。
「って、あれ、その隊服……」
「ああ、さっき直してもらった。着てみたらちょうどよかったから、そのままもらってきた」
レトは腰周りの生地をつまんで見せる。腰元には2本の鞘も装着されていた。制作班の研究室でホムに見せてもらった特注の隊服だ。フィラが胸の前で両手を合わせて言う。
「あら。すっごく似合ってるわ、レトくん」
「ん」
「ようやく全員揃ったな」
さきほどまでの会話の流れをレトにも共有する。彼は時折頷きながら自分の中で噛み砕いていった。
一通り再確認を終えると、コルドが第二班の2人にこう問いかけた。
「ファウンダとカインの元力石は見つかったか?」
「ううん…」
ロクもフィラも肩を竦める。もっとも証拠となりうるものが見つからず、2人とも行き詰まっていたところだ。コルドも残念そうに息を吐き、腕を組んだ。
「もうすでに処分されている可能性もあるか。デーボンとオッカーの件が落ち着いたら実験を再開すると睨んでたんだがな」
「そうですよね。もしあったとしたら、だれの目にもつかない場所に保管するんじゃないかしらとは思うんですけど……」
全員が揃って、うーん、と頭を捻った。
元調査班の班員かつ次元師だった男の息子であり、二月以上前から遠征に出ているナトニという少年の所在がロクにはもっとも気にかかっていた。しかし長期間この研究棟を留守にしている現研究部班班長の存在もまた謎めいていて、いよいよ頭がこんがらがってくる。
見て回れる場所にはすべて足を踏み入れたし、それなりに情報も獲得した。しかし肝心の元力石が見つかっていない。すでに処分されているとしたら打つ手もないだろう。訪れた沈黙が、行き止まりを告げたそのとき。
「──調査班の研究室、はどうだ」
静かに発言したレトの顔に、注目が集まった。
調査班の研究室は所狭しと並ぶ資料棚と机の上に、紙束や本などが乱雑に抛られていた。足の踏み場もなく、大事な資料をうっかりと踏みつけないかとひやひやしたほどだ。人の出入りが激しくないからこその惨状なのだろう。彼も中庭に来るまでに、一度調査班の研究室に寄ったらしかった。
「ロクとフィラ副班の話だと、あの研究室にはほとんど人が留まらないんだろ。たしかにあそこは、集めてきた情報の保管所って感じだった。班員たちはみんな外に出てて、普段から人気がない。そのうえ室内の散らかりようは異常だった。この施設内でなにかを隠すなら、あそこは適した環境だ」
「た……たしかに! それだあー!」
「レトくん、さすがねっ。行ってみる価値はありそうだわ」
きゃっきゃとはしゃぐ女子陣に悪いと思いつつ、レトは「けど」と水を差した。
「全員で確かめに行くのは不自然だ。俺とコルド副班はこの後も見学しながら本を探す。だから第二班に……」
「いや、せっかくだからおまえの目で確認してこい、レト。本だって、関係者が盗んでいたらおなじ場所に保管しているだろう」
「……。まあ、そうかもだけど」
「そうね。それに私たちみたいな大人より、無邪気な子どもたちが迷子になるほうが自然だわ」
「たち? ……ってことは、レトとあたしで行ってきていいのっ?」
ロクは目をぱちくりさせ、レトと自分の顔を順番に指差した。本来なら班行動をとるべきだが、ロクが嬉しそうに訊いてくるので、フィラは満足げに頷いた。
「ふふ。頼んだわよロクちゃん、レトくん」
「やったあ!」
「まじか……」
「2人とも、気をつけて行けよ」
一際強い風が吹いて、短い黒髪が靡く。呟くようにそう言ったコルドの表情は強張っていた。
廊下でタンバットと対面した折、これ以上詮索をするなと釘を刺された。あまり不審な動きを見せると、向こうもどう出てくるか。危険を承知で動かなければならない。
「俺たちがここでなにかを探っていることが割れてる。時間はない。今日を逃せば、いつ次の機会がやってくるともわからない。だから……」
ぐっ、とコルドは拳を握りしめる。太い眉をきつく寄せ合う彼は、なにかを堪えているようでもあった。
コルドは次の言葉を待っている義兄妹と視線を交えた。力強くも挑戦的な笑みを含んだ語調で、彼ははっきりと命じる。
「だからくれぐれも注意を怠らず……思う存分、迷子になってこい」
「はーい! お任せあれっ!」
「当然だ」
コルドにつられて2人も口角をつりあげる。副班長たちのもとを離れた義兄妹は、足並みを揃えて調査班の研究室へと赴いた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.95 )
- 日時: 2020/06/21 12:07
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第086次元 眠れる至才への最高解ⅩⅠ
義兄妹の後ろ姿を見送ると、コルドは腰に手をあて、嘆息した。くすりと笑う声が聴こえて、彼はフィラのほうを振り返った。
「なんだか私、ついあの2人にはいっしょにいてほしくなっちゃうんです。班行動が基本なのに、無責任ですよね」
「いいえ、わかりますよ。俺も初めこそあの義兄妹が心配で仕方がなかったのですが、最近は逆になってきました。なにかをやらかすのを期待しています」
「コルド副班長、セブンくんみたいなこと言うんですね」
「……。班長のこと、そう呼ばれてるんですか?」
コルドが何の気なしに問う。するとフィラは固まって、一瞬のうちに顔を伏せた。臙脂色の前髪の隙間から見え隠れしている頬もほんのすこし赤らんでいる。彼女は自ら弁明した。
「……すみません、昔の癖で、つい。報告はしないでいただけると助かります……」
「普段から呼んで差しあげたらきっとお喜びになりますよ」
「やっぱり似てます。意地悪ですね」
「まさか。俺は優しいですよ」
お手をどうぞ、と言わんばかりにコルドが手を差し出した。からかわれた悔しさをぐっと抑えながら、フィラは彼の手を取って立ちあがる。
「さて。あの2人にばかり任せるわけにもいきません。元力石は別の部屋にあるかもわかりませんし、我々も探しにいきましょう」
「そうですね。私も蛇みたく、鋭い目つきで周囲を観察しないと」
「はは。じゃあ俺は犬ですね」
「犬?」
「……下賤な男の犬らしいので。嗅ぎまわってやりますよ、地獄の果てまでも」
穏やかな声色なのに、言い方はどこか鋭さを帯びていた。触れたら本当に噛みつかれそうで一瞬フィラは息を呑んだ。おそらく彼になにかあったのだろう。が、それを訊くのは任務が終わってからでも遅くない。
フィラは、コルドよりも一歩後ろをついていきながら、自身の黒い袖をぎゅっと掴んだ。
調査班の研究室へと忍びこんだロクとレトは早速、室内の捜索を開始した。
レトは物音を立てないよう慎重にあちこちを見て回る。ロクは腰を落として、板目の床に散らばった資料を適当にめくっていたのだが、急にくるりとレトのほうを向いた。
「にしても、またレトと行動できてうれしいな~。久々じゃんっ、こういうの!」
「そうか? べつに、あんまり変わってないだろ」
「もう~変わるよ~! この浮気者っ! コルド副班のほうが好きなんだ」
「おまえこそフィラ副班と逢引してるだろうが」
「…………た、たしかに……」
「おまえのそんな険しい顔、戦場でも見かけねえな」
「なにおうっ!」
ロクが声を張ろうとすると、すかさずレトは彼女の口を塞いだ。
「騒ぐな、バカっ。気づかれたらどうすんだ」
「ふごふご!」
お尻だけを浮かせて座りこんでいたロクが、その姿勢のまま後ずさりをしたときだった。彼女は床に落ちている紙に足を滑らせ転倒した。脳天が勢いよく床と衝突した拍子に、ごんっ、と激しい音が鳴り響いた。
資料がふわりと宙を巻い、丸まった体に降りかかる。その背中は痛みを訴えているのか、小刻みに震えていた。悪気のない顔をしてレトは謝罪した。
「あ、わり」
「くぉっ、ぅ……!」
「ほら、手貸してやるから起きろ」
伸ばされた手に既視感を覚えたのは、研究棟に来てから転ぶのが二度目だからだろう。ロクは涙目で起きあがり、レトの手をとった。
が、いくら待っても引き上げらず、ただやんわりと手を握られている。不思議に思ってレトの顔を見上げると、彼は丸くした目で宙を見つめていた。
「……レト? どうし」
「音」
「へ?」
「いま、音が変じゃなかったか」
レトはしゃがみこみ、適当な場所に拳を振り落とした。音はくぐもっていて響きはしない。明らかに音の質が異なっていると確信を得た彼は、早口でロクに訊ねた。
「ロク、さっきどのへんに頭打った」
「ええっと……このあたり、かな」
ロクは、頭を打ちつけたあたりに散らばる本や紙束をせっせとよける。そして日頃扉を叩くみたいに、握った拳の骨ばったところでこんこんと床を叩いた。高くて乾いた音がした。
「……ほんとだっ、レト、音がちがう……!」
「近くにあるはずだ。なにか、指をひっかけられそうなとことか……」
「あっ見て、ここ! 小さいけど穴が開いてる」
ロクは、床板と床板の間にできた僅かな隙間に指をひっかけて、動かそうと力を入れた。顔を真っ赤にして奮闘した甲斐あってか、突然、1枚の床板が浮いた。宝箱の蓋でも開けるように持ち上げてみると、大人が1人入れそうなほどの穴と、階段が現れた。階段はずっと下まで続いている。
息を切らしながらロクは興奮の声をあげた。
「……っ、はあ~! すごいよレトっ、階段だ!」
「……地下がある、ってことか……」
ロクとレトは顔を見合わせ、ごくりと息を呑む。吸いこまれそうなほどの真っ暗闇が、まるで2人を誘っているようだ。
レトは研究室を照らす燭台を1つだけ拝借した。早速階段を下りようとするロクのあとを追い、彼女に燭台を手渡してから、音を立てないように床板を閉じた。
不気味な暗さと静けさが2人に襲いかかる。灯かりで足場を照らさなければ、階段を踏み外して転落してしまいそうだ。
石で造られた階段を慎重に下りていく。静かなせいもあってか靴音がやけに響く。壁に手を伝わせながら黙々と先を進んでいたロクが、ふと口を開いた。
「ねえレト、この階段長くない? けっこう下りたと思うんだけど、ぜんぜんなんにも見えてこないよ」
「すくなくとも、調査班の資料庫とかじゃねえだろうな」
「へ、そうなの? 調査班の研究室の地下なのに?」
「だったらここまで階段を長くする必要がない。なんの目的かはまだわからねえけど……あの研究室からはもう随分離れた。そんなに人の出入りが激しい場所じゃないんだろうな」
「ふ~ん……。そういうもんか。それにしても、ほんっとになにかあるのかな~?」
いつもの調子でロクが声を張る。ついに堪忍袋の緒が切れ、レトは口元に指をあてて「しっ」と制した。
「あんまり大声でしゃべるなって。下にだれかいるかもしれねえだろ」
「あっ!」
「おまえは期待を裏切る天才だな。わざとか?」
「レト、壁だ、壁が見える。えっ、もしかして行き止まり!?」
ロクは駆け足で階段を下りていった。彼女は自分が燭台係であることをすっかり忘れていて、遠のいていく灯かりを捕まえるように、レトも駆け下りた。
ついに最後の一段から足を下ろす。目の前にはたしかに石の壁が迫っているが、行き止まり、ではなかった。壁にはいくつか燭台がかかっていて、辺りをぼんやりと照らしている。
廊下が横長に広がっている。廊下の端と端に扉が1つずつ備えつけられていた。
「あっちと、こっちにも扉がある。なんでこんなに離れてるんだろ?」
「……さあな。大部屋になってたら、扉が2つあるのもわかるけど」
「じゃああたし、こっちの扉開けてくる!」
ロクは右奥の扉を指差し、走って近づいた。
見たところ何の変哲もない普通の扉だ。鍵がかかっているかどうかを確認したが、鍵穴らしきものはどこにも見当たらない。勢いよく開けたいのも山々だがそれをすると遠くから拳骨が飛んできそうなので、ロクはゆっくりと把手をひねった。
室内は本棚と机、椅子があるだけで、これといって目立つものもなく殺風景だ。本棚と机の上には本や資料が置かれている。息を殺してみたが人気もない。
ロクはとりあえず机の上に放置されている本を手に取った。
標題を視認してすぐ、ロクは瞠目する。
「次元師……増加実験の……経過記録……」
思いがけず読みあげてしまった文面に、ロクは鼓動が速くなるのを感じた。途端に、胸のあたりに息が閊えたような錯覚を覚える。
セブンが打ち明けた"次元師を増やす実験"──。それは推察の域を超え、現実の光景としてロクの目に焼きついた。
震える指先で、おそるおそるロクは本の頁をめくった。
「本実験の目的は、現存している次元の力の源である元力および元力石を用いて対象の次元の力が非次元師においても使用可能であるか否かを検証することである」
考えるよりも先に、ロクは頁をめくった。専門的な難しい用語、理解不能な数値の羅列。どんどん頭が追いつかなくなる。我慢できず、ぱらぱらっと紙を弾いた彼女は、覚えのある名前を見かけると手を止めた。
「被検体002、デーボン・ストンハック。参照する次元師、ファウンダ・ストンハック……。これ、デーボンだ……! あ、こっちにオッカーの頁もある。どっちも、通信具の使用が可能、って書いてある」
本実験の第一検証。それが通信具の使用だと明記されていた。デーボンもオッカーもいまは政会の施設にて拘束されている身だ。実験の経過欄にはほとんど情報がない。
気になるのは、通信具の使用を"第一検証"とした場合の、次の検証内容だ。この書き方では第二、さらには第三検証の存在を想起させる。次なる過程ではいったいなにが行われるというのだろうか。
「あれ? でもデーボンが2番目ってことは、その前にもだれか……。あ、いた!」
ロクは雑な手つきでいくつか頁を戻り、『被検体001』の経過記録に目を通した。
「被検体001、シアン・クルール。第一検証、通信具の使用、可能。第二検証……」
──『元力の投与』
記録書にはそのように記述されていた。
シアン・クルールという男の経過記録は異様だった。第二検証結果の欄には『吐き戻し』『吐血』『皮膚の過剰痙攣』──といった不穏な症状が多数書き連ねてあったのだ。それも記述は連日に亘っている。結果の記録は複数枚に及ぶにも拘わらず、欄末には『身体過剰負荷に至り実験中止』という一言が、冷然と書き殴られていた。
「な、にこれ……次元師を増やすって、なんで、こんな……っ!」
水でも浴びたかのように背中がぞっとする。ほかにも同様の目に遭っている被検体がいるかもしれない。気が急くばかり、いくつか頁を飛ばしてしまった彼女の視線を引いたのは、"530年8月"という日付だった。つい2ヶ月前の記録だ。
頁の冒頭に明記されたその被検体の名前を目にしたとき、食堂で感じた嫌な予感が的中した。
「被検体004、ナトニ・マリーン」
──次の瞬間。壁の向こうから、耳を劈くような叫喚が殴りこんできた。
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