コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.33 )
- 日時: 2020/01/31 11:59
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: FFsMNg05)
第030次元 君を待つ木花Ⅶ
ばあ様、と呼ばれた老婆が人払いをしたおかげで、家の中には人っ子ひとりいなくなった。そのとき初めて気づいたことだが、ロクアンズのすぐ隣ではレトヴェールが静かに寝息を立てていた。寝顔は可愛いんだよな、なんてことを思っていたとき、ふいに声がした。
「どうぞ、めしあがってください。次元師様」
ロクの近くまでやってきた老婆は、しわがれた両手で木の板を掴んでいた。そこには汁物が入ったお椀と果実を乗せた小皿が置かれていて、彼女はそれらを零さないようにゆっくり腰を下ろした。
「えっ? そ、そんな、いいよ! だってそれは、この村の大事な」
必死に手を振りながら断ろうとしたロクだったが、彼女の下腹部は、ぐるるると正直に鳴いた。
「……あっ、や、これは……」
「ふふ。おきになさらないで」
開いているのか閉じているのかわからない細い目で微笑む老婆は、木の板をロクの寝床のそばに置いた。
「とおいところ、わざわざおいでくださいますとは、まさか、ゆめにもおもっておりませんでした。おみぐるしいものをおみせしてしまい、もうしわけありません。ごらんのとおり、この村はめぐまれておりませんで、つぎのはいきゅうの日もちかいので、いまおだしできそうなものは、このくらいがせいいっぱいで……」
「ううん、そんな! むしろごめんなさい……。村の大事な食べ物なのに」
「とんでもありません。めしあがってください」
「……ねえ、もしかしてあなたが、ここの村長さん?」
「はい。わたしが、村長のツヅでございます」
ツヅは、正座を崩し左膝を立てた。両肘を曲げ、床と水平になるように持ちあげると、膝にくっつくかつかないかの位置で右手の甲に左の手のひらを重ねた。この村での挨拶なのだろう。
「ねえツヅさん、あたしたち、この村でなにが起こってるのか知りたくてここまで来たんだ。だから村のことを教えてもらえないかな?」
「それは……おえらいかたが、そのようにと?」
「え?」
一瞬、蒼い海のさざめきがロクの鼓膜をよぎった。指示されてここへ来たのかと問われているのだ。ロクは、迷わず首を振った。
「ちがうよ。自分の意思で来たんだ。あたし、困ってる人をほっとけないんだ」
「……。そうでございましたか。次元師様、すこしだけ、むかしばなしをしても?」
「昔話……? うん、いいよ」
「では、おはなしします。……いまからたった13年まえのことです。このむらには──『白蛇様』とよばれる、むらのまもりがみがおりました」
「……しらへび様……?」
ツヅは語りだした。
ベルク村にはかつて、村の人間から『白蛇様』と崇められている白い蛇が棲みついていた。それは1匹ではなく何十という数にも及ぶ、白くて美しい小さな蛇だった。真白の鱗に紅色の花を押したような斑点があり、村の人間たちはその蛇とともに暮らしていたという。
「白蛇様は、われわれにきがいをくわえるようなことは、なさりませんでした。それにそのかじつをとてもこのんでおられたのです」
「これのこと?」
「はい」
ロクは、小皿に乗った果実をひと粒つまんで持ちあげた。赤紫色でやや楕円の形になっている果実だ。
「むらのだれもが、白蛇様と、しあわせにくらしていたのです……。あの日までは」
13年前──第二次メルドルギース戦争が停戦となった翌年のことだ。村の領主だった者が急逝し、国から新しい領主が寄越された。しかしその領主の男は「財政難」だと言って、ある日突然──村中に棲みついていた白蛇を狩り始めたのだ。
「なんで、そんなひどいこと!」
「白蛇様のかわは、たいへんうつくしく、おかねになるのだと……。それだけではございません。白蛇様のかわを、ずっとうっていくために、むりやりはんしょくをさせはじめたのです……」
「……」
「ああ。いいおくれましたが、白蛇様は、すべておすなのです」
「え? でも、いま繁殖って……」
「たったいっぴきだけ……。たったいっぴきだけいたのです。しろい白蛇様とは、"まぎゃくのうろこ"の……──べにいろのうろこをもった、女王蛇が」
「女王蛇……」
「その女王蛇は、この村では、ウメとよばれておりました。とおくのくにに、うめという名の木があって、あのべにいろによくにているとか。……わたしの夫が、あの子にそうおしえたと」
「あの子?」
「フィラといいます。わたしのまごですが、いまはこのむらにおりませんで……」
聞き覚えのある名前だった。瞬時にロクは、ローノの支部にいた医療部班の女の顔を思い出した。
そして、フィラがツヅの孫であるという事実は、意外にもすんなりと呑みこむことができた。
ツヅは老婆さながらの白髪であるが、フィラの名前を口にしたときその細い目がすこしだけ開いた。フィラとおなじ、臙脂色をしていたのだ。それだけではない。この村へ訪れる前、崖の上で出会った少年の髪の色もたしかに赤黒かった。
この村の人間は、身体のどこか一部の色素が臙脂色になっているのだ。ロクは口を開いた。
「知ってるよ、あたし! 山の麓の町で、フィラって名前の、暗い赤色の髪をした女の人に会ったんだ!」
「そ、それはほんとうですか……?」
「うん」
「……ま、まさかあの子が、こんなにちかくにいたなんて……」
「でもどうして、フィラさんは村にいないの?」
「……」
「村でなにかあったの? もしかしてさっき言ってた、繁殖と関係が……?」
「……はい。そうでございます。フィラは、ウメ様といちばんなかがよかったのです。しかしたくさんの白蛇様がさくのなかにおいやられ、ウメ様もうばわれ、フィラはとてもかなしみました」
白蛇を繁殖させるように命じた領主は、その管理を村の人間に押しつけた。しかし白蛇の皮を含む村の作物の管理はすべて領主が行うこととなった。村人たちは自責の念に駆られ不運を嘆いてでも、生きるために、白蛇の繁殖を始めた。
村の作物も、守り神も誇りも、なにもかもを差し出し絶望に打ちひしがれた村人たちだったが、たった1人、
フィラだけはその深い憤りを隠せなかった。
「そして、ある夜フィラは──」
「連れ出したのよ。……柵の中にいたウメを、ね」
凛とした声が響いた。
声のしたほうへ2人が振り向くと、藁の家に入り口に、フィラが立っていた。
「ふぃ、フィラ……っ!」
「お久しぶりです……おばあ様」
「お、おまえ……なんだって、ここに」
「この子たちを追って、町を出てきたんです。……お元気そうでなによりです、おばあ様」
「なにをいうんだい。おまえが……おまえさえ、いきていれば……」
フィラのもとへ歩み寄ろうとしたツヅだったが、その短い足から力が抜け、身体が傾いた。足元を崩したツヅのもとへフィラが駆け寄ると、ツヅはそっとフィラの背中に手を回した。フィラも、やわらかくツヅを包みこむように抱き返した。
「ごめんなさい、おばあ様……。私、どうしても……村に帰ってこられなかった。みんなを傷つけたのは、私だから……」
「なにをいうんだい、ばかもの。ほんとにおまえは……ばかだね。なにもかわっていないよ」
フィラは、震えそうな唇を固く結んで、咽び泣く祖母の背中を撫でた。ふいに顔を上げたフィラの臙脂色の瞳と、ロクは目が合った。
「ここから先は私が話すわ」
「いいの?」
「……まさか、本当にこの村に辿りつけるとは夢にも思ってなかったの。だからかはわからないけど、なぜだか、話したくなったのよ。あなたたちに。……聞いてくれる?」
ロクは黙って頷いた。
「さっきの話の続きよ。私は、どうしてもウメやほかの白蛇様たちがかわいそうで……ウメを連れ出したの。そうしたら繁殖させられることはないと思った。なにより……私はウメのことが大好きだったから。ウメを傷つける領主たちの言いなりになるのが嫌だった。でも隠せるような場所が思いつかなかったら結局ウメを家に連れて帰って、そのとき家の中におばあ様と、村で仲が良かったハジって男の子と、もう1人セブンっていうちょっと年上の男の子がいたから、その3人には『このことはヒミツにして』って頼みこんだの」
「え?」
ロクは耳を疑った。危うく聞き流しそうになったその名前が、ある人物の顔を思い起こさせる。
「どうかしたの?」
「……」
しかしロクは、その名前を口にはせず飲みこんだ。ロクの知っているセブンという男は、髪の色も目の色も臙脂色ではない。同じ名前であるというだけの別人だろう。そう思ったロクは、「なんでもない」と首を振った。
フィラはふたたび話し始めた。
白蛇の管理は村人たちの役割だった。領主の使いでやってきた人間に、村人たち自らが蛇を差し出すことになっていた。つまり、領主側の人間が、白蛇とウメがどのようにして柵の中で過ごしているかなどの事情を知ることはないのだ。
まさかたった1匹しかいない雌蛇がいなくなり、どんどん白蛇が数を減らしているとも知らずに搾取を続けた領主側の人間は、当然のことながら驚愕した。気づいたときには、白蛇という種が、完全に絶ってしまったあとだった。
「それで領主さんはどうしたの?」
「……当然、すごく怒ったわ。怖かったけど、やってやった、っていう気持ちのほうがそのときは大きかった。……でも、甘かったのよ。私はヴィースのことを……領主っていう人間の怖さをなにもわかっていなかった」
その日を境に、領主ヴィースは付き人を従えて村に訪れては、村人たちに暴力をふるうようになった。性別も歳も見境なく、1人捕まえるたびに呪いのように唱えていたそうだ。──「なぜだ」「なぜだ」と。
そしてある日、怒り冷めやらぬヴィースによって身体中を痛めつけられたハジが、ついにフィラのことを話してしまったのだ。
じゃあ、とロクが相槌を打つと、フィラは苦しそうに表情を歪め、俯いて言った。
「……ヴィースに、見つかって、ウメも……家から引きずりだされて……私の、目の前で、」
喉と、手脚とを震わせながら、フィラは必死に言葉を紡いだ。
「ウメが、火に焼かれて、もがきながら、死んでしまったの」
ロクは、自分の胸に息が閊えるのを感じた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.34 )
- 日時: 2018/09/24 12:27
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: zRrBF4EL)
第031次元 君を待つ木花Ⅷ
『……ぁ、いや……っ、やめて! やめてっ! ──ウメ……っ!!』
血のような赤髪を引っ張り上げられ身体中を押さえこまれ、見せつけられたのは、渦巻く獄炎に溶けてなくなくなっていく、最愛の紅色だった。
「そのときね」
ウメのいた場所には、ただ黒い炭だけが残り、やがて火は消えた。フィラや村人たちが絶望する顔を眺めていた領主は、憤るように、嘆くように、高らかに嘲笑った。その笑い声だけが響き渡っていた。
次の瞬間。
『次元の、扉、発動』
──フィラの中にある"扉"が、音を立てた。
炎を抱いた瞳が、蛇のように、領主の顔を睨んで離さなかった。
『"巳梅"──っ!』
フィラがそう叫ぶと、突然、空気が震動した。砕け散った大地の底から、
"紅色の大蛇"が、けたたましい産声をあげて君臨した。
滝のように流れ落ちる大地の破片を浴びながらフィラが見上げれば、そこには、なくしたはずの梅色が牙を剥いていた。
『──え……?』
大蛇が地面に噛みつき、村人たちは悲鳴をあげて、フィラのそばを離れていく。伸ばした手も虚しく、フィラは目を閉じ、耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。彼女の泣き声を掻き消すように、大蛇は甲高く啼き続けた。
悪夢のような一夜は、終わりを告げると同時に少女を攫っていった。
「フィラさん……次元師、だったんだ」
「……そうよ。でも私、それから村の人たちといっしょにいるのが怖くなって、逃げるように村を出たの。私のせいでみんなを傷つけたから……。だから、ここへもずっと戻ってこられなかった」
「じゃあ、いまこの村で起こってることは……」
「……。知って、いたの。でも……みんなが苦しんでいるのを知っていながら、みんなに拒絶されるのが怖くて、ずっと、そのまま……」
いまにも泣き出しそうなフィラを見かねてのことか、黙っていたツヅが口を開いた。
「りょうしゅ様は、その日のいかりをわすれられませんで、さっきのかじつをつかってさけをつくるよう、われわれにめいじました」
「! お酒……」
ロクはローノでの話を思い出した。ベルク村で造られている酒が美味と評判で、支部にいた男性隊員たちが盛り上がっていた。こんな山奥にある村の事情を知っていたのは、その酒がひっそりと取引され、世に出ているからだろう。
「つぐなえ、とおっしゃったのです。このさきもえられるはずだった、ざいさんを、うばったつみを……つぐなえと」
「償えって……! そんなの、悪いのはぜんぶ、領主さんじゃないの!?」
「……いまはそういうじょうきょうなのです……。われわれがさけをつくるかわりに、さくもつやみずなども、まえよりはおおくはいきゅうされるようになりました。……が、そのりょうはとても、たりていません。みな、やまいにたおれたり、やまをくだったりして……いなくなって、いっているのです」
ロクは、ぐっと拳を握りしめた。腹の底から湧いてくる感情は、この村に住まう人間たちが持つ──燃えるような赤色に似ていた。
我慢できず、ロクは立ち上がった。
「フィラさん! あたし、やっぱり行く!」
「い、行くって……どこへ」
「決まってるじゃん! ──領主の顔を、ぶん殴りにいくんだよ!」
ロクは隊服の袖から腕を伸ばし、強く拳を握ってそう告げた。決意を孕んだ新緑の瞳が、フィラに降り注ぐ。
「そんな……あなたには、なにも」
「……そうだね。関係ないかもしんない。でも、そういうんじゃなくて、いやなんだ。あたし、ほっとけないんだよ! この村の人たちも……フィラさんのことも! だからあたしが行ってくる。なにも返ってこないかもしれない。……失ったものは取り戻せない。でも……それでも! あたしが許せないんだ!」
フィラはなにかを言おうとしていたが、ロクが遮って続けた。
「だからフィラさんも、いっしょにいこ!」
「……だ、だめよ、私は……」
「次元師なんでしょ? 領主のこと、許せなくないの!? フィラさんの家族を……村の人たちを苦しめてきたんだ。ずっと! そんな人を、フィラさんなら……──」
「あの子なのよッ!」
思わず大きな声をあげたフィラに、ロクは一瞬肩を震わせた。
「……あの子なのよ、私の、次元の力は……。まちがいなく、──ウメなの……!」
「そ、そんな……ちがうよ! そんなはずない。次元の力と、ふつうの生き物はちがうよ、フィラさん!」
「ちがわないわ! あんな、紅色の鱗の、蛇……ウメじゃないなら、なんだっていうの!? ……私はもう、あの子を傷つけたくない……っ!」
「フィラさん……」
これ以上はなにを言っても聞く耳を持ちそうになかった。ロクは一度だけ目を閉じて、そっと瞼を持ちあげた。
「待ってるよ」
「……だから、行かないって……!」
「ちがうよ。次元の力が……『巳梅』が、きっとフィラさんのことを待ってるんだ」
「え?」
ロクはフィラの横を通りすぎて、入り口から外へ出ていった。
フィラはゆっくりと立ち上がり、歩きだした。無意識にロクのあとを追っていて、家の入り口からこぼれる、陽の光に誘われた。
入り口から外の景色を見た、そのとき。
「フィラ!?」
家のすぐ外にいた男と、目が合ってしまった。
「フィラ……いきてたのか!」
「ほんとうだ! フィラ!」
「え? フィラ?」
次から次へと、フィラの存在に気づいた村人たちが、彼女の周りに集まってくる。フィラの顔がみるみるうちに真っ青になっていく。
「……み、みん、な……」
「フィラか? ずいぶんせがのびたな」
「かえってきてたのか」
「どこいってたんだよ!」
有象無象の声たちが、フィラの鼓膜に突き刺さる。ほとんど聞き取れなかった。自分の内側にこもって、フィラは弱々しく声を出した。
「……。ごめん、なさい。私が、私があの日、ウメを連れ出さなかったら、みんなは……」
フィラの目が、逃げるように下を向いた。周りとはちがう色をしているようで恐ろしかった。
彼女が片足を退いたそのとき。
「なにをいってるんだ?」
視界が、はっと持ち上がった。13年前、村から出ていった日となにも変わらない臙脂色が、目の前に広がっていた。
「おまえのせいじゃないよ、フィラ!」
「ばかだなあっ、おまえは!」
「あんたは……この村の誇りを、白蛇様を守ろうとした。みんな死んでしまったけど、金のために、むりやり繁殖させられる白蛇様をたすけたんだ。ウメ様のことだって」
「みんなおまえに感謝してるさ」
「つらいことなんかなにもない!」
「おまえはよくやった……! おまえは、この村の誇りさ!」
1人の男が、フィラの頭に手のひらを乗せた。ぐしゃり、と髪色を掻き回される。目元の臙脂色が、涙で淡く滲んだ。
「……わ、たし……私……っ」
「もどってきたんだな……。つらかったな、フィラ」
「──……っ」
涙が止まらなかった。拭っても拭っても、それは決して枯れないものだと思っていた。見上げれば頬から落ちて、だれかが拾ってくれる。ばかだな、と笑ってくれる。そうしたら涙の跡は残らないだなんて知らなかった。──初めから、逃げる必要などなかったのだ。
フィラは喉を躍らせて、子どものように泣き声をあげた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.35 )
- 日時: 2018/09/07 20:40
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: pzCc2yto)
『……うっ、ウメ……ウメ、わたし……わたしのせいで』
まるで、自然災害にでも直面したかのような風景が村に広がっている。でもそれは間違いではなかった。家屋の多くは潰れ、村を囲う木々も根から折れ、子どもが遊ぶ玩具のように転がっている。異なる点があるとすれば、この惨状を呼んだのが自然ではなく──非科学的で未知なる力であるということ。
倒れた樹木のそばで、少女はずっと泣いていた。「ウメ」と「なんで」と、「わたしのせいで」という言葉を、夜が明けるまでしきりに繰り返していた。
朝の訪れを告げる仄かな橙色は、荒廃した大地にも温かく降り注いだ。目を覚ました少女は、真っ赤に腫らした目で村を見渡して、それから静かに背を向けた。
日の出の光を受けて、少年は立っていた。
『フィラ、行くのか』
『……だって。わたし、もうここには……いられない』
『じゃあ俺もついてく』
少年は手を差し伸べてそう言った。呆然とするフィラの手を、少年はそっと掴んだ。
『だから行こう。……フィラ』
──2人の少年少女は、そうして、故郷をあとにした。
「いっ!」
机の上に額をぶつけた衝撃で、セブンは目を覚ました。あいたた、と頭を擦りながら首を起こす。いつもとなにも変わらず班長室内は静まり返っていた。
「……。懐かしいものを見たな」
肘をすこし動かしたそのとき、机の上からはらりと紙が落ちた。身体をかがめて、椅子に腰をかけたまま紙に手を伸ばす。掴み上げたその書類は、ルイルとガネストの入隊申請書だった。希望配属先は『戦闘部班』と記述されている。
「……」
セブンは、薄黄色の目を細めた。
(──あれから、13年か……)
途端に熱を帯びた喉から、息ひとつ吐き出すのにも、痛みが通った。
第032次元 君を待つ木花Ⅸ
村の一端から、整備された一本道が伸びていた。手入れが行き届いていることから、この道が領主の住処へと続いているだろうとロクアンズは思った。睡眠も食事も摂り、充分に回復した身体は軽く、ぐんぐんと林道を走り抜けていく。
「道は合ってるんだろうな」
「! え、レト!?」
聞き慣れた声が降ってきた。同時に、木の上から飛び降りたレトヴェールが、道の真ん中に着地した。ロクはゆっくりと速度を落とし、レトに近づいた。
「レト、起きてたの?」
「まあ」
「体は? もうだいじょぶなの?」
「うっせーな。心配すんな」
レトは、腕をぐるりと回した。相変わらずの憎まれ口と、顔色の調子もよくなっている。
「よかった~」
「それよりロク、おまえ領主のとこに行ってどうする気だ?」
「どうするって……ぶん殴ってやるんだよ! そんで山の麓まで引きずってく!」
「……。俺、気になってることがあるんだけどさ」
「なに?」
「どうしてこの山に、水源がないのかってこと」
思いもよらない方向から話が飛んできて、ロクはきょとんとした。
「水源?」
「ここへ来るまでに、俺たちは1度も川や湖を見かけなかった」
「そりゃあ、たしかに不思議だったけど……でも領主さんのこととは関係なくない?」
「──その領主が、水源を独り占めしているとしてもか?」
「!」
「おかしいと思わないか? こんな水源も少なくて、大した利益もあげられそうにない。あるのは生い茂る森と、人が過ごしにくい地形、そして人口の少ない村……。ここを治めたいなんて、ふつうだれも思わない」
「……たし、かに」
「でもベルク村の領主はこの土地を選んだ。それは、水源が確保できたってことの裏付けにもなる。まあこの森にある植物たちが土地の乾燥に強いっていうのもあるかもしれないけど、水がないんじゃふつうここまで広がらないだろ。だから水源は、どこかにぜったいあるんだ。それも大きなやつが。村に最低限の水を配給してるらしいしな」
「海の水じゃない? 近くにあるんでしょ?」
「元はそうだろうけど、ちがうな。水を運んで歩けるほどやさしい山じゃないし、一度に運べる量だってたぶんそんなに多くない」
「じゃあっ、どこから?」
「……領主の、家の下じゃないかと、俺は思ってる」
「え!?」
レトは、辺りを見回してふいに歩きだした。木の麓に落ちていた枝を拾うと、ロクのもとに戻ってくる。
枝の先で地面を引っかいたと思えば、がりがりと砂を削り、なにやら図のようなものを描いていく。
「これを仮に家とする。そんで、水源は……家からちょっとずれたとこの、ずっと真下」
「え、なんでそんなとこに?」
「森の中に動物らしい動物がいなかっただろ。でも、川も湖もないこの山ん中でたしかに植物は生きてる。だから地面の下に水が流れてて、そこをあえて掘り起こしてないんじゃないかって思ったんだ。村の人たちにバレたら、その水をとられちまう可能性もある。もちろん海も近いし」
「でも、なんで領主さんが住んでるとこの真下に、それも大きなやつがってわかるの?」
「……それは……まあ、まだただの予想だけど。でも、この山に目星をつけた時点で水のことはしっかり調べただろうし、そしたら一番太い水源の近くに自分家を建てるのは当然っていうか……」
「なるほど」
「……。でも、なんで、村の人たちは領主の家に殴りこんだりしないんだろうな」
(数で押しかければ、なんとかなるんじゃないのか? いや、領主側にどれくらい人間がついてるかにもよるか……──)
レトは眉をひそめ、手に持っていた木の枝をぽいっと投げ捨てた。手のひらにくっついた砂粒を払う。
「仕返しとかされちゃうんじゃないかって、怖がってるんじゃないかな? ……だって昔も、領主さんを怒らせたとき、村の人たちは暴力を振るわれたって言ってたし……」
「……水がほしいなんて言ったところで追い返されるのがわかってるから、あの手紙を持って山を下ったんだ。その線が濃いだろうな」
「? あれ、でもレト、なんでさっき水源の話したの?」
レトはすこしだけ黙ったのち、小さく口を開いた。
「領主の家に行くんだろ。地下に水源がある。……領主ぶん殴って、ついでにそこなんとかすりゃ、村の人たちにもっと水を渡してやれるんじゃないかって、思っただけ」
いつも通り無表情でそう告げたレトだったが、その口調は淡々としていなかった。答えを小出しするみたいに、しどろもどろになりながら口にした提案によって、ロクの表情が途端に明るくなる。
「いいじゃんそれ! すごいよレト! そうしよう!」
「大声を出すな、うるせ」
「やろう、レト! 2人で、村の人たちを助けるんだ!」
ロクが力強く意気込むと、レトはそれに応えるようにこくりと頷いた。2人の瞳におなじ色の光が灯る。地面に描いた、ただの線で繋げただけの絵を蹴飛ばして、2人は山道を駆け上がっていった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.36 )
- 日時: 2020/04/13 00:02
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第033次元 君を待つ木花Ⅹ
木製の酒器になみなみと注いだ血のような赤紫色を、顎髭を生やした中年の男が一気に煽った。バンッ、と大きな音を立て、カラになった酒器の底で机の上を叩く。顎髭の男は、1人で座るにはやや大きめの腰掛の背もたれに片腕を跨がせた。もう片方の手には紙が握られていて、それを彼はじろじろと舐め回すように睨む。
「最近、少なくなってんような気ィするんだよなあ……。手抜いてんじゃねえだろうな、あいつら!」
ぐしゃりと紙を握り潰した男は、目の前にあるテーブルを荒々しく蹴り飛ばした。カラになった酒器が床の上で跳ね、ごろりと転がる。男は1度舌打ちをしてから、どこへ向けるでもなく大声を出した。
「おい! 酒持ってこい! いますぐにだ!」
「はいはい」
青年らしき声が、どこからともなく聞こえてきた。広い室内はあまり統一性のない陶芸品などでごった返ししていて、ほかにも部屋があるらしいが扉ではなく暖簾で隔てられている。ゆえに、酒を注いでいるような物音が暖簾の向こう側からしっかりと聞こえてくる。さらりとそれをのけて、その青年は姿を現した。
前髪は両端だけがすっと長く伸びていて、額のあたりはとても短い。いくつもの小さな銀の装飾品が耳たぶを噛んでいる。青碧色の髪をしているが、先端はところどころ白く、独特だ。瞳の色も、髪の碧さと同様だった。
青年はひっくり返ったテーブルを、酒器を持っていない方の手で正位置に戻すと、その上に酒器を置いた。
「あいよ、ヴィースさん」
青年はけだるげに声をかけ、そのまま流れるように暖簾の向こう側へと帰っていった。顎鬚の男、ヴィースは返事をせず、酒器の取っ手に左手を伸ばしてその縁に口をつけた。
「……こりゃ村のやつらに、いっぺん灸を据えてやらねえとだな」
口元から酒器を離した、そのとき。
──突然、耳を劈くような低い轟音が響き渡り、左手に持っていた酒器が激しく飛散した。
「…………あ?」
ヴィースの背後。入り口である木製の門が打ち破られ、強風が殴りこんでくる。室内では棚に置いてあった硝子器が落ちて破損し、数多の陶芸品が床の上を転げ回った。ヴィースの黒い巻き毛も煽られ、視界が不確かになる。
左手が、わずかに痺れ、動かせなかった。
ヴィースは首だけを回し、振り返る。その途端、彼は瞠目した。
木の門をぶち破った挙句、当然のように室内へ侵入してきたその犯人は、若草色の髪をした少女だった。
「ヴィースって領主は、どこだあっ!」
電気が絡まった右腕をまっすぐ突き出しながら、ロクアンズは叫んだ。
顎鬚の男──ヴィースは鋭く吊り上がった目を、すっと細めた。
「……あ? オレだよ」
ロクはヴィースの姿を視認する。茶褐色の肌。深い黒色の髪の毛は天然なのだろうか、ひどくうねっている巻き毛を前髪ごと巻きこんで、乱雑に一つに束ねている。いかにも遊んで暮らしていそうな服装が、ロクの目に障った。黒光りする眼光と睨み合う。
「村の人たちを苦しめるのはもうやめて!」
「……。はあ。ここは、幼いガキが来るとこじゃないぜ、嬢ちゃん」
「聞こえなかったの? あなたが、村の人たちを苦しめてる張本人なんでしょ! ……守り神もウメって子も、みんなみんな傷つけて……村の人たちがどれほど悲しかったか、あなたは考えたことあるの!?」
「……」
「食べ物がなくて水も足りなくて、ずっと苦しんでるんだ……! あなたのせいで! 痛い目見たくなかったら、いますぐ村の人たちに食べ物や水を渡してっ!」
怒気を孕んだロクの一喝を受け、ヴィースは、ハッと鼻を鳴らした。
「そいつはギゼンってやつだぜ、嬢ちゃん」
「……ぎぜん?」
「"カワイソウだから"……"ほっとくと胸糞悪いから"……そんなクソみたいな理由でここまで来たってんなら、うちに帰ってネンネしな」
苦虫を嚙み潰したような目で、ヴィースがロクを睨みつける。正義感を振りかざすことを悦に感じているのだろうが、所詮は子どもの考える夢希望にすぎない。怯んで逃げ帰る様子を想像しながら、ヴィースは薄く笑った。
しかし。
ロクはただ一言、小さくも力強い声で、「ちがう」と返した。
「あたしは、目の前で苦しんでる人を、ぜったいに放っておかない」
──視界に、一瞬、淡い雪が舞った。ロクは知っている。あてのない、凍えた世界に、手を差し伸べてくれることの奇跡を。その温度がどれほどあたたかかったのかも。
「だからぜったい、助けてみせる! あたしはそのために──あなたを殴り飛ばしにきたんだッ!」
ロクはぐっと右の拳を引く。彼女の全身を覆うように、拳から電熱が奔った。
そのとき。
「……っ!?」
"太い縄"が、ロクに向かって一直線に伸びてきたかと思うと、その右腕に素早く巻きついた。
無理やりにでも動かそうとするが、右腕はびくともしない。ロクは表情を歪める。
「な、にこれ……!」
「おーっと。雷を使うなんて、おっかないお嬢さんだなー。それにかわいい顔が台無しだ」
「……あなたは」
「リリエン・テール。あんたとおなじ、次元師だよ」
青碧色の髪の青年、リリエンは悠然と告げた。驚くロクをよそに、彼女の腕から伸びる縄のもとをぐっと引っ張る。
「痛い目、見たくなかったら、とか言ってたな?」
リリエンの口角が吊り上がった、
次の瞬間。
「次元の扉、発動」
少女、のようで冷然とした声が聞こえて、刹那。ロクとリリエンとを繋ぐ縄が鮮やかに断ち斬られた。
「──『双斬』」
両手に"双剣"を携えたレトヴェールが、颯爽とロクとリリエンとの間に滑りこんだ。
「レト!」
「なんだなんだ? こちらさんはずいぶんと、キレイなお嬢さんだな?」
「俺、男だけど」
「……マジかよ」
ロクとレト、そしてリリエンは対峙する。ロクはふたたび右腕に雷を纏った。
「あなたに用はない! こっちは2で、そっちは1。……おとなしく降参したほうが、いいと思うけど?」
「へぇ。そーかい」
リリエンは、床の上で無残に寝ている縄を拾い上げた。それを腕にくるくると引っかけると、腕を持ちあげ、両手で耳を塞いだ。
2人がそれを訝しむ間もなく、
「──なら、2対2ならどーだ?」
空間を叩き割らんばかりの、刃物を思わせる鋭利な"音"が突如、2人の鼓膜に突き刺さった。
「うわああッ!」
激しく空気が波立つと、突風が巻き起こった。2人の身体はしなやかに後方へ弾け跳ぶ。強制的に室内から外へと追い出された2人は、勢いよく地面の上を転がっていく。
カツン、と音がする。ロクとレトはふいに視線を上げた。
黒いもやのような人影が、立ちこめる土埃の中から、その姿を露にした。
「ウソは嫌いよぉ、リリエン。アタシちゃん、かわいくない子は専門外なんだけどな~ぁ?」
耳に障るような高い声。クスッ、と乾いた笑みがこぼれる。
わざとらしく小首を傾げると同時に、その女の、青碧色の短い髪が揺れた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.37 )
- 日時: 2018/09/17 00:24
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: gZ42Xhpr)
第034次元 君を待つ木花ⅩⅠ
ロクアンズとレトヴェールの前に現れた女は、リリエンとおなじ青碧の髪色をしていた。ところどころ白くなっている髪の先端が、わずかに肩にかかっている。頭に響くような甘ったるい声色をしているが、顔つきや体格は大人びている。そのギャップが、余計にロクとレトの2人の思考を混乱させた。
リリエンとおなじ顔のつくりをしたその女は、フッと厭らしく口角を上げた。
「お、おんなじ顔っ!?」
「双子なんだろ。それにさっきの、変な音もおそらく、次元の力だ」
女の背後から、リリエンがだらだらと歩いてやってくる。2人が並ぶとまるで鏡のようだった。しかしどちらも虚像ではなく、極めて似たような雰囲気を身に纏いながら話し始める。
「リリアン、あんま虐めてやんなよ。特に女の子のほうは」
「やっだぁ~リリエン、あーんな子が好みなのぉ? 顔に傷もあるしぃ、ブスじゃないのよぉ~。むしろあっちの金髪の子のほうがカワイっ」
「ばぁか。女の子は、女の子ってだけでかわいいの」
「なにそれぇ! それってつまりぃ、女の子ならだれでもイイってことじゃなぁいっ」
「そうともゆ~」
けたけたと笑い声が重なる。と、リリエンとリリアンの間を割くように、並んだ足元に鋭い電撃が落ちた。
「おわっ!」
「ちょっとぉ! なにすんのよっ!」
まっすぐ右手を伸ばしたロクは、その額にぴきっと青筋を浮かばせた。
「あなたたちに用はないってば! そこをどいて!」
「なぁにぃ? もしかしてぇ、ブスってゆわれたこと気にしちゃってるのぉ? やっだーぁっ! どうせ直せないんだからぁ、気にしなくてもいいのにぃ」
「う、うぅ~! よくわかんないけどムカつく!」
「カワイくないから、ムカつくんでしょっ?」
言いながら、リリアンは薄肌色の"長笛"の吹口をそっと厚い唇に添えた。笛尾には真っ赤な紐がくくりつけられており、長いそれは地面に向かってまっすぐ垂れている。
「五元解錠、"思穿"!」
リリアンは叫び、吹口を食んだ。彼女の持つ長笛の穴から金切り声のような鋭い旋律が放たれる。
咄嗟に、ロクとレトは両手で耳を塞いだ。
「う──ッ! な、にこ……れ!」
頭蓋の内側に、ガンガンと響くような不協和音。一瞬にして思考のすべてが奪われ、代わりに酷い痛覚が単身殴りこんでくる。長笛から発せられている音のせいだということは理解していたが、その音から逃れようと強く耳を塞いでも、まるで効果がなかった。
激しい痛みに全神経を持っていかれた2人は、その場で岩のように動かなくなった。
「キャッハハハ! おもしろぉーい! ぜぇんぜん動かなくなっちゃったぁっ。思穿は、アタシちゃんの次元の力、『爛笛』の技のヒトツ。強烈な音波で、相手の脳ミソをトコトン痛めつけちゃう、つっよぉい次元技な・のっ。キャッハハぁ!」
リリアンの高笑いが、余計にロクとレトの耳に障った。この思穿という次元技は、リリアンの手によって音の方向や範囲をある程度調整できる。その範囲内にいる人間すべてが対象となり、また広範囲での襲撃を可能とするため非常に性能が高い。いくら耳を塞いでも効果が薄まらないのは、そもそもこの次元技が鼓膜ではなく脳を標的としているという事実に起因する。
そのため、依然として痛みは弱まらず、一定の攻撃力を保ちながらロクとレトの脳に襲いかかっている。2人は意識が飛びそうになるのを堪えるのに必死だった。
だがレトは、それに抵抗するように視界にうっすらとだけリリアンの姿を取り入れ、決死の思いで喉を開いた。
「ロク! 下がるぞ!」
「え!?」
「距離を離すんだ! 相手の、次元技が音なら、離れれば痛みはなくなる!」
「そっか!」
ロクとレトは、耳元に手を押しつけたまま踵を返し、後方へと走りだした。ただの野原のような広い庭を横断し、リリアンのいる場所から遠く離れていく。リリアンはとくに追いかけるという動作も見せず、その場でクスッと笑った。
立ち並ぶ双子の間から顔を覗かせたヴィースが、2人の肩に両腕をかけ、愉快そうに言い放った。
「イイぞ、2人とも。正義の味方気取りのガキどもを、完膚なきまでに叩き潰せ」
レトの発言通り、リリアンから離れていくと徐々にその強烈な音が弱まっていくのを実感した。庭を抜け、草木の茂みに駆けこむと、ほとんど痛みは感じなくなった。自然と耳元から手を離す。
「はあ、はあ……。ここまでくれば、音はもうぜんぜん聴こえないね」
「ああ。だけどこれはあくまで一時的な対処だ。攻撃をしかけようと近づけば、すぐにあの音で邪魔してくるだろう。とりあえず思考が正常なうちに、作戦を練らないと」
「うん」
追いかけてこないということは、まだ余裕があるということなのだろう。小さくなった双子をじっと眺めながら、レトはそう思った。
「ロク、おまえの次元技、長距離では出せないのか?」
「雷撃とか雷柱のこと? ……たぶん、届かないと思う。雨が降ってればべつだけど……」
ロクは、ローノを出発してから一番初めに見かけた崖でのことを思い出した。高い崖の頂上を狙った雷撃は、思うようにその岩肌を崩せなかった。届きはしたが、あのとき出したものが現段階で出せる最高距離だと考えると、とてもじゃないが双子のいる場所まで雷は届かないだろうと冷静に判断した。それほどまでにいま、双子との距離は離れている。試し打ちをしたいところだが、それは『元力』を無駄に減らすことにもなってしまう。
(もっと、距離を出すことができたら……──)
ロクは悔しい気持ちに駆られながらも、小さくかぶりを振った。
「……そうなると、極力近づいてあのリリアンっていう女の手から笛を離すしかないな。あの音はやっかいだ。おそらく、脳への直接攻撃だろうからな。あの音波をどうにかできれば……」
「音波……」
「避ける以外に、なにか……」
「……」
レトはなんとかいい作戦はないかと逡巡していた。そしてロクも、静かに考えていた。
音波。広範囲での攻撃。避ける以外の道──。
はっ、と先にひらめいたのは、ロクだった。
「レト、あたしさいしょにローノの森で元魔を倒したとき、自分の周りに電気の膜を張ったんだ。あのときはただの思いつきでやったことだけど、それを生かせたりしないかな?」
「ああ、あれか」
「……? あれか、って……レト、あのときいたっけ?」
「え?」
レトは、すぐにしまったという表情になった。まさか、ロクと元魔が対峙しているところへ早々に到着していたがその戦闘にわざと介入しなかったなどとは言えずに、適当にお茶を濁す。
「あ、いや、いたよ。ちょうどあれやったときに、到着したんだ。そのあとすぐに核を壊してただろ」
「ああ、そっか」
「……。で、それを生かせないかってことだよな」
「うん。あの音波に、電気で直接ぶつかってみる。そうしたら、なんか、音の流れを邪魔できないかなって……」
レトは、ロクの提案に驚いた。意外だったのはその作戦の内容だけではなく、ロク自身がそれを考えついたということだ。いつもなら「どうしようレト」などと言って、問題が起きた際どう対処すべきかの発案を彼に一任していたロクが、自ら考えて打ち出した作戦。それもレトが思いつかなかった見方だ。避けることができないのなら、わざと衝突させて音波を打ち消す。相殺、という形をとると明言したのだ。
こんなことをロクが思いつくなんて、と。半ば見下したような感情がふっと湧いて出たが、レトは目を瞑り、重い頭を振った。
「それでいこう。男のほうが攻撃をしかけてきたら俺が対処する。おまえは、あの音波に負けないように電気の膜を張り続けて、そのまま直進するんだ。隙ができたら、あの笛を狙う」
「うん!」
ロクが力強く頷く。レトは、広大な庭にぽつりと佇む領主の家に視線を向けた。
作戦開始だ。
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