コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.21 )
日時: 2018/07/09 09:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Zxn9v51j)

  
 重々しい扉を、二度ほど叩いた大臣が「陛下、ギヴナークでございます」と一言かけると、「入れ」との声が返ってきた。
 薄暗い寝室に足を踏み入れ、ギヴナークは一礼した。

 「このような夜半に、申し訳ございません。ルイル第二王女殿下のことで、お話が」
 「申せ」
 「はっ。ただいま、城中で騒ぎが起こっております。『ルイル王女殿下が何者かに誘拐された』と……噂は、城下町にまで広がりつつあります」
 「……」

 ジースグランは、弱々しく首を回し、窓をほうを向いた。雨は止んでいたが、重々しい鉛色の雲が空を覆っていた。

 「式は2日後か」
 「はい」
 「ようやくだな」

 鉛色の雲は、小さく輝く星々を呑みこまんとするように、じっくりと、色濃く、天上を支配していく。
 
 
 第018次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅡ

 ガネストとロクアンズは言葉を失った。目の前には、表情を険しくするルイルの姿があった。駄々をこねて言っているのではないことは、すぐに理解できた。
 ルイルは続けた。

 「すうしゅうかんまえに、おしろのなかで、うわさをきいちゃったの。ライラおねえちゃんがガケからおちたとき、おつきのきしさんはいきてて、そのひとのよろいについてたはっぱが……ガケからすごくとおいとこにしかはえないはずのものなんだって。だから、ガケのちかくにいたのは、うそなんじゃないかって」

 ルイルはおずおずとしていた。信じてもらえるかわからない、といったように不安げに視線を落としている。
 すると、黙って聞いていたガネストが口を開いた。
 
 「……その葉っぱの名前は、なんていうかわかりますか?」
 「え、えっと……たしか……そ、そ……」
 「ソ?」
 「……ソラユラ草、ですか?」
 「そう! そんななまえ!」
 「ガネスト知ってるの?」
 「……ソラユラ草は、主に湿地帯で生息していて、葉の先端が木のように枝分かれしている珍しい植物です。水分をかなり多めに取り入れないと枯れてしまうので、周囲に草木が少なく、かつ大きな河川か湖の近くでしか生息できません。アルタナ王国とルーゲンブルム間の森で該当するのは……東方にある『マレマ湖』だけです。しかし、ライラ王女殿下が落ちたとされるその崖というのは北西にあり、湖とは真逆に位置しています。ルイルの聞いた話が本当なら、矛盾が生じます」
 「その、なんとかっていう草をつけて帰ってきたんなら、ほんとはその湖の近くにいたってこと?」
 「そうなりますね。帰ってきた騎士は1人で、その人物がすべての経緯を話し、た……と……」

 瞬間、空気が凍りついた。
 言いながらガネストは気づいてしまった。ライラ王女の死にまつわる経緯を述べられるのは、その人物たった1人だったということを。

 たとえそれが虚偽であっても、その人物の一言で──すべて"真実"になってしまうことを。

 「……ウソついたって、こと? その人が? ……王女様が生きてるのに? な、なんのために!?」
 「……もしも国王陛下に虚偽を申し立てれば、即刻打ち首です。しかし、国の王女が亡くなったなどという進言に対し……陛下は、その騎士を一旦牢へやり、その後たった1度の派兵で王女の捜索を終わらせました。そして数日と経たないうちに国葬を上げたのです。国の王女が、ましてや自分の娘がいなくなったというのに、陛下は別段動かれませんでした。なのに、『王女の死はルーゲンブルムの仕業』だと……今にも兵を動かす勢いです。それにその騎士はすぐに解放されていました。……陛下は、一介の騎士の発言を鵜呑みにし、実の娘の死を簡単に信じ、出兵のときを待ち焦がれている……よく考えてみれば、おかしな点だらけです」
 「……えっ、ま、待って? それじゃあ、まるで……──」

 ひと月前。ルーゲンブルム付近の北西の森でライラ王女が崖から落ちて亡くなった。
 しかし実際には、ほぼ真反対に位置する東のマレマ湖という場所にいたらしかった。
 たった1人だけで帰ってきたという騎士がこう進言した。
 『ライラ王女殿下が、ルーゲンブルム付近の崖から転落死されました』
 それを聞いた国王は、その進言の真偽を疑うことはおろか、娘であるライラ王女の生死をたいして確かめることもせず、
 『ルーゲンブルムの連中が、事故に見せかけて殺したのではないか』
 と言って、すぐに王女の葬儀を終え、出兵の準備を始めた。

 そして今回の、ルイルの誘拐事件。
 誘拐犯は全員ルーゲンブルム兵の服を纏い、その中には、アルタナ王国の騎士が紛れていた。
 ルーゲンブルム兵を装い、罪を着せるように。

 ────まるで、すべてがルーゲンブルムに攻め入る口実を得るための、策略のように思えた。

 「もしかして……ぜんぶ、王様が仕組んだことなんじゃ──!」
 「く、口を慎みなさい! そのようなこと……あってはならないことです!」
 「だって! ガネストだってそう思ってるから、さっきまでべらべら言ってたんでしょ!?」
 「……」
 「……。ルイルの言ったこと、無視するには、あまりにも事が大きすぎるよ」

 押し黙るガネストに、ロクは決意をこめて続けた。

 「あたしはルイルのことを信じるよ」
 「ロクアンズさん」
 「そう約束したから。ねっ、ルイル」
 「……ほんとに、しんじてくれるの?」
 「もちろんっ」

 ロクは膝を折り、ルイルと視線の高さを合わせた。

 「改めてよろしくね、ルイル!」
 「……うんっ。……えっと……ろく、ちゃん」
 「あ、覚えててくれたんだ! うれしー!」
 「そりゃ来る日も来る日も部屋の前で叫ばれては、嫌でも覚えますよ」

 ガネストは小さく吐く息に、悪態を交えて言った。そして、ロクのほうに向き直る。

 「……下手をすれば、命はありませんよ」
 「うん。わかってる」
 「わかってる、って……」
 「次元師はいつだって命がけだよ」

 強気な笑みを浮かべて、ロクは言い切った。なにを言っても聞く耳を持たないだろう彼女に対して、ガネストは諦めの息を吐いたが、その表情に翳りは差していなかった。
 
 
 
 地平線から、太陽が覗くか覗かないかの明朝には、空はすっかり雨の"あ"の字も忘れていた。起きてすぐに、壊れた荷馬車の車輪をさっさと修理してしまったガネストは、荷台に男たちの身柄を放りこみ、自分の馬にルイルを乗せると、すぐに出発した。
 ロクはというと、ガネストが支度に取りかかっている頃すでに目を覚ましていたが、「行くところがある」と言ってガネストたちとは一度そこで別れた。

 ガネスト一行が王城に着くと、城内は嬉嬉として彼とルイルを迎えた。
 国王、ジースグランには今回の事件のことが知れてしまっているらしかったが、彼は「まずルイルを休ませてやってくれ。正午に王華の間に来るように」との言伝を大臣に頼み、それを受けたガネストも了承した。

 そして──時間は過ぎ、王城内は正午を迎えた。

 「此度の件、誠に手柄であった。ガネスト・クァピット並びにメルギースのロクアンズ。そなたらには褒美を授けよう」

 王華の間。大広間となっているここで、ジースグランは、真紅と黄金の装飾が施された玉座に腰を落ち着かせていた。その隣でルイルが同じような造形の腰掛けに座っている。
 2人の脇には、大臣と騎士団長と思しき人物が控えている。そして玉座から伸びる真紅のカーペットに沿って、重鎮と騎士たちがずらりと立ち並んでいる。コルドもその列の一員として最端に立っているが、彼は玉座から数十メートルは離れた、大扉の近くにいた。

 真紅のカーペットに跪き、ロクとガネストは顔を伏せていた。

 「身に余るお言葉です、ジースグラン国王陛下」
 「そう謙遜するでない。ルイルの無事はそなたらのおかげだ。これで心置きなく、明日の子帝授冠式を迎えられる。褒美はそなたらの欲しいものを与えよう。なんでも申せ」

 周囲の視線が、一斉にガネストとロクに集まる。刺さるような視線の数々を受けながら、先に名を挙げたのは、ロクだった。

 「それじゃあ、先にいいですか?」
 「ああ。申せ」

 大臣や騎士たちの目は、ギラギラと滾っていた。年端もいかない子どもが、国王の前で無礼な口を利かないかはらはらしているのだ。案の定ロクの口調は畏まったものではなく、みな手に汗を握りしめている。
 ロクは、へらりとした口調から一変して、鋭い瞳を向けた。

 「国王様に、進言したいことがあるんです」
 「……進言? 申してみよ」
 「ライラ王女のことです」

 大広間が、空間ごと凍りついた。従者の列一同が、例外なく瞠目している。
 ジースグランの細い瞳も、わずかに丸くなった。

 「ライラ王女は死んだと言われてましたが……──実は、王女はまだ生きています」
 「ッ無礼者!!」

 ロクの首筋に、2本の槍の穂先が向いた。近くで控えていた騎士のものだろう。ロクは一切動じることなく、ただまっすぐジースグランを見据えた。

 「下がれ」
 「し、しかし陛下……!」
 「下がれと申した。……さて、ロクアンズ。とても興味深い話だ。申してみよ」
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.22 )
日時: 2020/06/24 11:21
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 第019次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅢ

 「ひと月くらい前、ライラ王女はルーゲンブルムに近い北西の森で崖から落ち、亡くなったと聞きました。そしてそれが事故ではなく、ルーゲンブルムによって仕組まれた暗殺だったんじゃないかって、王様は疑ってるんですよね?」
 「そうだ」
 「でもそれはちがいます。王女様は、崖の近くには行ってません」
 「……なぜそうだと?」
 「なぜなら、王女様の護衛としてお供し、唯一この国に帰ってきたっていう騎士さんの鎧に……ソラユラ草の葉がついてたからです」

 ロクアンズが言い切ると、従者の列からどよめきが沸いた。ルイルが祈るように見守っている。

 「ソラユラ草は、森の東にあるマレマ湖にしか生息してません。おかしくないですか? 北西と東じゃ、ほぼ真反対の場所です」
 「そのような報告は受けていない」
 「そうですよね。彼はそれを見つけられないようにしようとしたんですから。……上手くいかなかったみたいですけど」

 言いながら、ロクは自分のコートのポケットから1本の細い草を取り出した。
 ロクの手元に注目が集まる。その草は、ところどころ錆が付着していて、くたくたになっていた。
 騎士の列に立つほとんどの男たちが首を傾げながらそれを見つめていた。その中で、たった1人の男だけが、血相を変えていた。

 「これ、訓練場のすぐそばで拾ったんです。武器庫が見えるところの。……錆がついてますし、鎧か剣にでもくっついてたんですかね。ほかにもいくつか落ちていました」
 「そんなはずは!」
 
 ない、と叫び損ねた男は、直後、しまったと後悔した。広間にいる十数人の視線が一斉に彼に突き刺さる。
 広間中がざわめきだつ。全身が氷のように硬直し、わなわなと震えるその騎士のもとへ近づくと、ロクは彼の顔を下から覗きこんだ。

 「へえ。あなたなんだ」
 「…………」
 「国王様、この人はウソをついたんです。ライラ王女は崖から落ちていません。だからまだ、最愛の娘は生きています」
 「だ……黙れ! この無礼者! そんなハッタリをだれが信じるというのだ! わざと俺が自白する、かのように仕向けるなど! こんな子ども騙しで! ……陛下! 他国の人間の言葉に耳を傾けてはなりません! これは、陛下と亡きライラ王女殿下、そして我らがアルタナ王国に対する侮辱にほかありません!」
 「……残念だが、ロクアンズ。興とするには、ここまでのようだよ。大変面白い与太話だった」

 ジースグランは、至って落ち着いた口調でそう告げた。
 しかし、

 「そっか、こうやって口封じするんだ。ねえ国王様、前のときは……この騎士さんにいくらあげたの?」
 「……き、貴様!」
 「──国王陛下!! 改めて進言します!」

 斬りかかろうとしてきた男を一瞬のうちに睨み返し、ロクは、真紅の玉座に向かって叫んだ。

 「あなたはルーゲンブルムとの長い因縁を断ち切るために、ライラ王女を利用した! 彼女を死んだことにして、それをルーゲンブルムのせいにし、穏便なこの国の人たちに火をつけようとした! 徴兵のために! ちがいますか!?」
 「ここまで、と言ったはずだ」
 「それだけじゃない! 自分の兵にルーゲンブルムの兵服を着せてルイルを誘拐させた。民心を乱すような隠さなきゃいけない噂が、なんですぐに広まったの!? ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムのせいだと広まれば、国民の戦意を煽る大きな後押しになると考えたからじゃないの!」
 「口を閉じろ!」
 「身体が弱いあなたにとって、ルイルが一刻も早く子帝になることは重要だった……! そしてルイルが揺るぎない地位を手に入れると同時にあなたは、ルーゲンブルムへ攻め入るつもりだったんだ! 因縁を断ち切るためだけに、血の繋がった家族を、娘二人を……犠牲にした!」
 「憶測だけで物を申すな、娘! それ以上続けるようなら──」

 ジースグランが玉座から立ちあがり、騎士たちが腰元に携えた剣に手をかけ、立てた槍の柄を強く握る。しかしロクの猛然たる口上は留まることを知らない。感情的になり、怒りのままに吠え続ける彼女の口を止められる者はいなかった。

 「この国の人たちは! ライラ王女が亡くなっても、笑顔でいようとしてた! 悲しまないでいようとしてた! ……国のために必死だった……! それなのにあなたは、そんな国民たちの思いを踏み躙ったんだ! ライラ王女への思いを利用しようとしたんだ! 侮辱だがなんだか知らないけど──そっくりそのまま返してやる!! あなたに……国の長を名乗る資格なんてない!!」
 「──打首にせよ! いますぐ、この娘の首を斬り落とせ!!」

 十数にも及ぶ穂先、切っ先が、ロクの首筋に向かって伸びた。
 ジースグランは立ち尽くし、真赤く血走った目でロクを睨みつける。尖鋭たるその眼差しにロクは新緑の片瞳で正面から迎え撃つ。
 ──しかし、ロクを取り囲んだ騎士たちは驚愕と困惑の色を示し、指一本動かせずにいた。

 「なにをしている! 王命だ! その首を斬り落とせ!! いますぐにだ!!」
 「……」
 「振り下ろせ──!!」
 「──陛下あっ!」

 そのときだった。
 王華の間の大扉が物凄い勢いで開け放たれた。廊下から、門衛の騎士が汗だくになって駆けこんでくる。
 
 「へ、陛下! お許しください! いましがた、その、陛下に……っ!」 
 「何者だ! 許可もなく王華の扉を潜るとは! 下がれ!」
 「し、しかし……! 陛下に、え、謁見のお申立てが……!」
 「謁見だと? この大事が見えぬのか!? それほどの客人か!」
 「……そっ、そそ、その……!」

 靴音が、軽やかに響く。
 品のある足取りで、その人物は、大扉の向こう側から姿を現した。

 ロクは、片目を大きく見開いた。

 「──え……!?」

 彼は、青を基調とした絹衣を装って、小さく笑みを浮かべた。

 「お初にお目にかかります、アルタナ王国第十一代国王、ジースグラン陛下」
 「何者だ! 名次第では」
 「私は、メルギース国より参上いたしました。名を、」


 ──月のように輝く黄金の瞳が、この国の太陽を捉えて離さなかった。
 

 「レトヴェール・エポールと申します」


 その名を聞いた途端、ジースグランは驚愕のあまり玉座に崩れ落ちた。
 
 「陛下!!」
 「……なっ、え……エポール……だとッ!?」

 ジースグランだけに留まらず、広間中の従者が表情を一変させた。驚きでおなじく腰を抜かす者。怯えるように後ろへ下がる者。ロクに向けていた剣を、ぼとりと落とす者。
 反応は様々であったが、レトヴェールを認識したとき、抱いたものに差異はなかった。

 「突然のお申し出にも関わらず許可をいただき、感謝いたします国王陛下」
 「……そなたは、本当に……」

 そこまで言って、ジースグランは口を噤んだ。
 透き通った玉のような金色の瞳。おなじく、きめ細かで、光り輝く金色の髪。そして、代々受け継がれているのであろうその整った目鼻立ち。
 見間違えるはずもなかった。

 (────メルギース国の廃王家、エポール一族の末裔か……!)

 「国王陛下にお目通りをと思いましたのは、あなた様にぜひともお会いいただきたい人物がいらっしゃるためです」
 「会わせたい、人物だと……? それはいったい」
 「ではお呼びいたします。さあ、──姫、こちらへ」

 静寂に包まれる。
 レトは右手を広げ、数歩下がった。それに誘われるように王華の赤いカーペットを踏んだのは、

 「……──ッ!!?」

 ルイルによく似た美しい桃色の髪を持つ、若い女性だった。

 「お久しぶりです、父上様」
 「……、ぁ…………」
 「ライラ・ショーストリア。ただいま帰城いたしました」
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.23 )
日時: 2020/06/24 11:31
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 第020次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅣ

 腰まで伸びた桃色の髪が、緩やかに靡いている。肌も白く、気品のある若い女だった。
 彼女は上品な淡色のドレスの裾を揺らし、美しい振る舞いで玉座に近づいていった。

 声を発せる人間はもういなかった。死んだとされ、葬儀まで行ったその張本人が、たくさんの視界の中で息をしている。地に足をつけ立っている。そして、幻のような麗しい声音を響かせ、悠然と空間を支配した。

 もう見ることは叶わない──そう思っていた、実の姉の懐かしい姿に、ルイルは目尻を熱くした。

 「おねっ、え……ちゃ……!」

 聞き慣れた幼い妹の消え入りそうな呼び声に気づいたライラは、遠くにいる妹に向かってかすかに微笑み返した。
 大扉の傍で、役目を終えたかのように息をついたレトヴェールの服の袖を、ぐいっと引っ張ったのはコルドだった。彼は声をひそめてレトに話しかける。

 「お、おいレトっ、どうなってるんだ……!? なんでお前がここにいる! それにその、いかにも格式高そうな服はどうした」
 「あとで説明するから、いまはとにかく見学してようぜ。……おもしろいもんが見れそうだ」

 ライラは、視線をジースグランへ戻すと、顔つきを変えた。

 「父上。お会いできて誠に嬉しゅうございます。二度と再び、そのお姿を見ることは叶わないと思っておりました。お身体、お変わりはございませんか?」
 「……あ、ああ」
 「あなたたちにも、苦労と心配をかけました。でももう安心なさい。……私は、死んでなどおりません。こうして生きて、戻ってまいりました」
 「……なぜ……なぜ、ここに」
 「陛下。私は大変悲しゅうございます。国交の件でルーゲンブルムへ向かう途中、突然護衛の騎士たちが私に剣を向け、私を薬で眠らせたのです。目を覚ましたときにはすでにルーゲンブルム付近の小屋の中にいて、その近辺を数人の騎士が徘徊していたので、身動きひとつとれませんでした……。そして、小屋の近くを通りかかったルーゲンブルムの民が、こう噂していたのを耳にしてしまったのです。『アルタナ王国の第一王女が亡くなって、国葬が行われたそうだ』……と」
 「……」

 玉座に腰かけているジースグランは、袖の置き場に肘をつき、頭を抱えるように手を添えた。

 「陛下、どうしてですか? なぜ私にこのような仕打ちをなさったのですか?」
 「……わからないのか」
 「いいえ、わかります。私も、ルーゲンブルムとの因縁を断ち切らねばと思い、馬を走らせたのですから」
 「ならばなぜ、国交など!」
 「ですが、私は国家間の戦争によってこの長きに渡る因縁が終結するなど間違いだと思っておりました。それに……父上も知っておいでかと思います。私とルーゲンブルム国のレインハルト王子は……」
 「黙れ! 虫唾が走る! 敵国の王子と……通じ合っているなどと!」
 「心の底から愛し合っているのです! 私も王子も、国家間の戦争など、露ほども望んでおりませぬ」
 「お前はそうだろう! しかし心の優しいお前につけこんで、其奴はアルタナ王国を支配下に置く算段なのだ! ルーゲンブルムの女になるということを、お前は理解していない!」
 「いえ。お言葉ですがそれはちがいます、ジースグラン国王陛下」

 大扉の向こうから、もうひとり、精悍な顔つきをした若い男が入ってくる。肌の色に近い薄黄色の髪は跳ねつつも整えられていて、物腰も落ち着いている好青年だった。

 「……おま、えは……」
 「お初にお目にかかります。ルーゲンブルムより参上いたしました、ルーゲンブルム国第一王子、レインハルト・ウェンスターです。お言葉ですが国王陛下、私は、アルタナ王国を支配下に置くなどということは一切考えておりません」
 「嘘を吐くな!」
 「本当です、父上! 彼は……私との婚約のために、王位継承権を放棄されました」
 「なっ……なんだと!?」
 「私はライラ王女と婚約をすることで、アルタナ王国との永劫の和平のための架け橋になりたいと思っています。しかし私とライラ王女が婚約をしたところで良い顔をしない民はいるでしょう。反乱が起こるやもしれません。それでも、ゆっくりでもいいのです。信頼を得たい。そのためなら、王位だろうが名誉だろうが、すべてを捨てる覚悟です、ジースグラン国王陛下」
 「……」
 「父上。レインハルト王子は、ルーゲンブルムの現国王様に何年もの間繰り返しこう進言し、ついひと月前にやっと……『やってみせよ』とのお言葉を賜りました。……みな、胸の内では切に願っているのです。戦争のために剣を取るのではなく、互いの手を取り合えたら……と」

 ジースグランはなにも言わなかった。
 しばしの沈黙ののち、弱りきった声色で、彼は独り言のように言った。

 「……。……好きにせよ」
 「……ありがたきお言葉に、感謝いたします。国王陛下」

 ライラとレインハルトが、並んで礼をした。ライラが丁寧に首を起こすと、そのとき槍や剣を向けられているロクの姿が目に飛び込んできた。

 「武器を下ろしなさい。その御方はメルギース国より参られた御客人です」
 「は、はい!」

 ライラの一声で数十もの刃先から逃れたロクは、小さく安堵の息を吐いた。
 そのとき、ジースグランは我に返って顔を上げた。
 ロクと目が合い、そして、その視線をレトに向けた。

 「……」

 メルギース国の廃王家、エポール一族の末裔レトヴェール・エポール。
 無礼者と騒ぎ立て、ロクの首を斬り落とさんとした。当然その光景は、レトの目にも入っただろう。
 ──メルギース国の民に対する蛮行。そう諭されてしまえば、言い逃れは叶わない。今度は世界上位の先進国メルギースとの戦争の火花が、ジースグランの目にちらついた。

 王華の間から退出しようと足を踏みだしたレトは、くるりと身体の向きを変えて、ジースグランを見た。

 「ジースグラン国王陛下」

 名前を呼ばれたジースグランは、とっさのことで動揺を隠しきれず、びくりと肩を震わせた。その様子に、レトは柔らかい笑みとともにこう返した。

 「メルギース国は、王制を復活させる気はないようです」

 ライラに続き、レインハルトも礼をし王華の間をあとにした。レトとコルドが2人に続いて退出する。憔悴しきったように項垂れるジースグランの隣にいたルイルは、腰掛けから飛び降り、そのまま大扉に向かって駆けていった。ロクとガネストも、ゆっくり歩みだした。そしてルイルのあとを追うように退出した。



 「レトヴェールさん。本当にありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
 「お褒めに預かり光栄です、ライラ王女殿下」
 「まあ。さきほども思ったことだけれど、あなたって丁寧な振る舞いもできるのね。出会ったときはちょっとあれだったのに」
 「……あれって……」
 「僕からもお礼を言わせてくれ。……さすがはメルギース王家の血を引いた御方だ。どうか末永く頼むよ、レトヴェール君」
 「俺にはなにもないよ。いまのメルギースに王族はいない」

 レトとレインハルトが握手を交わしたそのとき。王華の間から忙しなく走ってくる音が聞こえだした。その矢先に、無防備に立ち尽くしていたライラの身体になにかが飛びついた。
 ライラはその場でしりもちをつく。あいたた、と腰を擦っていると、すぐ真下からだれかのすすり泣くような声が聞こえてきた。

 「……ぅ、っ……ら、ライ……」
 「……」
 「ライラ、おね、ちゃぁ……!」

 ライラの身体にしがみつき、ルイルは顔はうずめて泣いていた。いろいろなものが、ぐちゃぐちゃに混ざり合った声ではなにを言っているのかも聞き取れなかった。それでもライラには、自分の名前が呼ばれているのだと、痛いほどわかった。

 「……ルイル」
 「うっ、ら……ライラ、おねえちゃ、」
 「私のこと、信じて待っててくれたのね」

 ライラは、涙ぐみながら、ルイルのことを強く抱きしめた。

 「……おがえりなざい、おねえぢゃん……!」
 「──ただいま、ルイル……っ」

 永遠にも思えたひと月の別れを埋めるように、姉妹はずっと涙を交わし合っていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.24 )
日時: 2018/07/19 06:13
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: WqZH6bso)

 
 第021次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅤ

 「ロク! お前ってやつはほんっとに……俺の寿命を縮めたいのかっ!」

 王女姉妹とルーゲンブルムの王子レインハルト、そしてガネストの4人と別れるなり、コルドは間髪入れずにロクアンズを叱りつけた。

 「ずっとひやひやしてたんだぞ、俺は! お前が国王に向かってあんなこと口走って、本当に首を撥ねられるんじゃないかって思ってたんだぞ! それに一歩間違えれば国家間の戦争に発展していた! お前は、自分のしたことがわかってるのか!?」
 「わわわ、わかってるよ! でもほら、助かったじゃん」
 「そういう問題じゃない!」

 強い語尾が、まるで拳骨のようにロクの頭に降り注ぐと、ロクはびくっと肩を震わせ、頬を掻いた。
 間近でその様子を伺っていたレトヴェールが、まったくこいつは、とでも言いたげに息をついた。

 「だいたいお前はいっつも感情論で突っ走りすぎなんだよ」
 「えっ!? 聞こえてたの!?」
 「声がでかいんだよばーか」
 「……レト、言っておくがお前もだぞ」
 「え」
 「第一お前なんでアルタナ王国にいるんだ! いつ来た!? 経費はどうした!? しかも、亡くなったと言われてたあのライラ王女殿下といっしょに現れて……正直お前が一番わけわからん!」
 「話すと長い」
 「いいから話せ!」
 「……簡単に言うと、まあ俺もこの国に来ることになって、そんで船に乗ったはいいけど、大嵐に見舞われて、途中で船が航路を変えたんだ。アルタナ王国行きだったのを変更して、ルーゲンブルムとの間にある海岸に停泊した。俺、船の上でたまたまアルタナ王国のことを聞いてさ。ちょっと興味湧いて。せっかくルーゲンブルムの近くに来たことだし、ちょっくら見に行ってみるかーと思って森に入ったら……あの王女様と出会った」
 「……お前の運と行動力が恐ろしいよ……」
 「そんなに動けるなら早起きもしてよレトっ」
 「それはやだ。まあそんな感じで王女様と会って、事情聞いて、見張りの騎士たちとかやっつけましょうかって聞いたら目の色変えて喜んだんだ。そこから、道中の護衛を任されることになって、小屋から出ようってときに偶然通りかかったレインハルト王子も同行するって言いだしてさ。そんで3人で森を抜けて、こっそり入国して……。とまあ、だいたいこんな感じ」

 あっけらかんと話し終えたレトだったが、その話を聞いていたコルドとロクは呆気にとられていた。その実、彼がメルギースを出発したのはいまからたった2日前のことだ。そのうちの1日分は船の上で過ごしたとして、彼が陸に着いてからその日のうちに大事は行われていた。彼は興味のあることに関しては時間と労力を惜しまない性分なのだろう。コルドは、レトの新しい一面を見たなと、もはや感心の域に達していた。

 「ねえレト、その服はどうしたの? ずっと気になってたんだ。なんか、王子様が着てる服みたい」
 「ああ、これはアルタナ王国に来たときに、俺から王女様に頼んで選んでもらった。いかにもって服着てたほうが説得力あるかなと思って」
 「説得力、って……」
 「ああいうときには、自分の姓を生かさないとな」

 ──『エポール』の姓。それは、メルギース国において、『廃王家』の人間を意味する。

 いまからおよそ150年ほど前、メルギース国は王政を廃止した。それ以前は、『エポール』の姓を持つ一族が王家の人間として国政を執っていたのだ。
 現在では、エポールの姓を持つ人間は限りなく少なくなってきている。メルギース国が王政に幕を下ろしたのも、エポール一族が衰退の一途を辿ったからではないかと言われているほどだ。

 「……お前たちは、ほんとに……」

 眉を惑わせ、大きな瞳をぱちくりさせるロク。
 いつも通り可愛げのない仏頂面を湛えるレト。

 コルドは困ったように、薄く笑みを浮かべた。

 「……すごいよ。驚かされてばっかりだ」

 ロクとレトは順番にくしゃりと頭を撫でられる。そして、行くぞ、と後ろに声をかけながらコルドが歩きだすと2人は互いに顔を見合わせ、笑った。
 
 
 
 翌日を予定していたルイルの子帝授冠式は1日延期となり、ルイルに代わってライラが子帝となることが発表された。と同時に、ライラの生還が国中に広まったことで、国民たちは歓喜の声を上げた。
 そのため、急遽ライラの生還祭が今夜、執り行われることとなった。

 暇つぶしに城内を歩き回っていたコルド、レト、そしてロクの3人はガネストに呼ばれ、大きな窓から城下町が見える広い廊下に案内された。するとそこでは、ライラとルイルが3人のことを待っていた。

 「明日国を挙げて式の準備をする代わりに、今夜祭りが行われることになったの。レトヴェールさんもロクアンズさんもコルドさんも、明日国に帰ってしまうのよね? だったら今夜は、ぜひ我が国の祭りを楽しんでいって」
 「お心遣いいただき、感謝いたしますライラ王女殿下。……本当に、生きておいでだったことを心からお喜び申し上げます。お会いできて光栄です」
 「こちらこそ。我が国には次元師様が少ないから、……魔物、退治? に、とても助かったと聞いたわ。本当にありがとう、コルドさん。……そして、ロクアンズさんも」
 「へっ? あたしは元魔は……」
 「ルイルのことよ。引きこもっちゃって、なかなか部屋から出てこなかったルイルのこと、引っ張り出してくれたって聞いたわ」
 「うわあっ、そ、それは……! ガネストでしょっ、おねえちゃんにいったの!」
 「虚偽の報告はできませんからね」
 「むぅ~~」

 悪戯っぽくそう告げるガネストに反抗してルイルが頬を膨らませる。2人のやりとりに、つられてロクも笑った。

 「あたしはなにもしてないよ」
 「でも、お父様がルイルを誘拐させて……それで助けに行ってくださったりもしたって」
 「ああ。それなら気にすることないよ。だってあたし……」

 そこまで言って、ロクはあわてて口を噤んだ。視線を泳がせ、その先を言い淀んでいる。

 「あー……ええっと、だから~……」
 「……ともだちだから、たすけてくれたんだよね?」
 「え?」
 「ろくちゃんは、ルイルのともだちだから……。そうだよね、ろくちゃんっ」

 ライラの背中にひっついていたルイルが、ぴょこっと前へ出て、無邪気な瞳で笑いかけた。
 ロクは、嬉しそうに唇を緩ませた。

 「……そうだよ! 友だちだよ、ルイル!」

 ルイルの両手をとって、ぎゅっと握りしめた。と思いきや、ロクはその場でしゃがみこみ、ルイルの腰元をこちょこちょとくすぐり始めた。ガネストに怒られたところで手を離したロクだったが、今度はルイルがロクをくすぐろうと襲いかかる。周囲をぐるぐる走りながら、二人は声を上げて笑っていた。
 まるでふつうの子ども同士のじゃれ合いのようだった。
 ライラは、楽しそうに大声で笑うルイルを、優しげな目で見つめていた。



 町中を、幾千もの灯篭の火が照らしていた。音楽が鳴り響き、踊り子が回り、紙吹雪が舞い、──笑い声があふれている。
 ライラは、城下町に降りて町の中を歩き回っていた。ルイルとガネストもそれに付き添っている。出会う人と手を取り合い、平民たちとおなじ場所でおなじものを口にし、おなじ音楽を聴いては、数多くの人々と語り合っていた。
 人と物があふれ返り、足場の周りも隙間なく人影に呑まれている。足元を気にしながら歩いていたルイルがふと顔を上げたとき、ロクたち一行が楽しげに歩いているのがちょうど目に入った。
 ルイルはその方向に目をやりながら、無意識に立ち止まった。数歩先を歩いていたライラが、ルイルがついてきていないことに気づき後ろを振り向く。
 ライラは、ルイルの視線の先にロクたちの姿を認めた。棒のように立ち尽くすルイルのもとへ、ゆっくりと近づいていく。

 「ルイル、あっちに行く?」
 「! おねえちゃん」
 「……行っておいで、ルイル」

 ルイルは、ぱっと花咲くような笑顔になると、人ごみの中へ駆け入った。小さな背中を向け、ライラの視界からルイルの姿が消えてなくなる。
 ガネストは、その一部始終を眺めていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.25 )
日時: 2018/07/23 13:20
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: PyqyMePO)

 
 第022次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅥ

 祭囃子がひしめき合い、どこを向いても人々の笑い声が聞こえてくる。
 ロクアンズは片手に串ものを何本も抱え、もう片方の手でときおりアメを舐めつつ、焼きものが入っている紙箱を頭の上に乗せて歩くという器用さを振りまきながら、人ごみの中を満足げに歩いていた。

 「んん~! どれもおいひぃ~~」
 「あんま食いすぎんなよ」
 「らいよぉぶだよ~あたし、いぶくろおおひぃもぉん」
 「俺が心配してるのはお前の胃袋じゃなくて、ほかの客の分がなくなることな」
 「むむっ! らいよぶだよ! こぉんなにおおひなおまふりだもん!」
 「そーですね」
 「いやお前たち、俺の懐を気にしてくれよ……」

 メルギースから持ってきた通貨を、入国の際にいくらか換金したはいいものの、すでにコルドの懐事情は危険信号を示しつつある。
 そんなことを露ほども気にせずに、うっとりとしながら食べ物を頬張るロクの耳に、甘くて愛らしい声が届いた。

 「おーい! ろくちゃんっ!」
 「あ! うぃう!」

 ゴクン、とロクは口の中にあったものをまるごと飲みこんだ。
 ルイルが遠くからぱたぱたと走り寄ってくる。

 「どう? ろくちゃん、たのし?」
 「うん! 食べ物はおいしいし、人はあったかいし、笑い声が聞こえるし……すごく楽しいよ、ルイル!」
 「よかったっ」
 「なるほど。あなたは食べるほうに特化してるんですね」

 海のさざめきを思わせる、緩やかな声色がロクの耳に届く。
 ルイルは自分の後ろから声がして、空を仰ぐように顔を上げる。すると、ガネストがルイルの顔を見下ろしていた。

 「ガネスト! おねえちゃんは?」
 「1人で回ってくると仰ってました。なので僕は、ルイル王女の護衛を」
 「……そう」
 「まったく失礼だなーガネストは! 人には、えてふえて、というものがあってだね」
 「あなたは不得手のものが多すぎでは……」
 「そんなことなあい!」

 レトヴェールとコルドは、すこし離れたところで立っていた。知らぬ間にロクは、王女とその執事の2人と打ち解けていたのだろう。詳しい経緯まではわからないが、だいたいどういう風にロクが立ち回ったのか、レトにはなんとなく想像できた。

 「あっれえ、お嬢ちゃん?」
 「あっ、おじさん!」

 ロクは足の向きを変えて、ある屋台の傍へ駆け寄った。コルドはその場所に見覚えがあった。初めて城下町へ訪れた際、うろちょろしていたロクの目に留まった、帽子売りの店だ。

 「ここ2日くらい見なかったけど、なんかあったのかい?」
 「えっ? ああいや! なんでもないよ」
 「最後の飾りつけ、まだだったよね? いまやってくかい?」
 「いやっ、いまはちょっと~……」
 「どーしたの? ろくちゃん」
 「うっわあ! な、なななんでもないよ、ルイル!」

 帽子売りの店主を背に隠すように、ロクは急いで振り向いた。ルイルに向かって、へらっとぎこちない笑みを返す。
 頭に疑問符を浮かべるルイルをよそに、ロクは店主にこそっと耳打ちした。

 「……明日、朝早くでもいい?」
 「お、おうよ」

 店主の男とのやりとりを終えたロクは、「じゃあまた!」と別れを告げて、軽やかな足取りでその場をあとにした。ロクを除く4人も、まあいいか、とふたたび祭囃子の一員として雑踏に呑まれていく。

 「あっ! ねえ見て見て、レト!」

 夜空に向かって、さまざまな形をした無数の天灯が昇っていく。その圧巻の景色が歓声を呼ぶ。星の大海に向かって漕ぎ出した天灯に、人々は願いを託し、胸を熱くした。灯は絶えることなく、永遠のような一夜となってアルタナの空に輝き続けた。

 今日この日を忘れることはないだろうと、この国のだれもがそう胸の中で唱えたにちがいない。


         *


 「明日の準備でご多忙のところ、見送りにまで来ていただけるとは……」
 「いいの、気になさらないで。あなたたちは恩人だもの」

 翌日。アルタナ王国の空は心地のいい天気に恵まれ、航海日和となった。海鳥たちが港の空を泳ぎ回り、コルド、レト、ロクの3人の出発を祝っているようだった。
 見送りにきたライラとルイル、そしてガネストのおなじく3人は、丁重に礼をした。

 「本当にありがとう。心の底から感謝しているわ。どうかお元気で」
 「……」
 「ルイル、あなたもお礼を言いなさい」

 ライラはすこし屈んで、ルイルの背中をぽんと押した。港に着いてからずっと俯いているルイルは、いまにも泣きだしそうな表情で、3人の顔を見上げた。

 「……ありがとう……」

 小さな声だった。ロクは一歩だけ前に踏み出して、前屈みになった。

 「こちらこそありがとう、ルイル!」
 「……っ」

 ルイルは、固く口を結んだ。泣かないようにと堪えているのが手に取るようにわかった。

 「さあルイル、きちんとお別れを言うのよ」
 「……」
 「ルイル?」

 そのとき。出航を知らせる鐘の音が、港一帯に響き渡った。
 音につられて、ロクが腰を伸ばす。

 「……──ルイル、」

 ライラは膝を折り、ルイルと視線の高さをおなじくした。
 そして、

 「いっしょに行きたい?」

 ルイルは、ぱっと顔を上げた。その視界に、優しく微笑むライラの顔が映りこんだ。

 「この人たちに、ついていきたいのね?」
 「……」
 「行きなさい」

 ルイルの瞳に浮かぶ大粒の涙を、ライラはすくいとった。

 「この国のことは私に任せて。ハルトさんもいるし、お父様だっていらっしゃる。なによりこの国には、たくさんの優しい国民がいる。だから私は大丈夫」
 「……おね、ちゃ……」
 「ガネスト、あなたも行きなさい。ルイルのことは頼んだわよ」
 「……かしこまりました。ライラ王女殿下」
 「おねえちゃんっ! あのね、ちがうのルイルは……!」
 「わかってる。この国のことはルイルも大好きよね? ルイルには、大好きなこの国のために、もっともっと大きくなってほしいの」
 「……」
 「いろんなものを見てほしい。いろんな経験もしてほしい。国の王女でいるばっかりじゃなくて……」

 ライラはルイルの桃色の髪を撫でていた。その手を、さらりと解く。

 「……──あなたにもいろんなものと戦ってほしいの。だって、次元師だものね」

 今度は大きく鐘の音が響いた。出航の時間が迫る。
 ロクは驚いて目を瞠った。

 「え……じ、次元師?」
 「……しってたの……?」
 「あたり前じゃない。妹のことはなんでもわかるわ。……さあはやく、行きなさい」

 港で船を待っていた人々が、ぞろぞろと船に乗りこんでいく。
 ルイルは黙りこんでいた。しばらくして顔を上げたルイルの目には、涙ではないものが滲んでいた。

 「おねえちゃん、あのね」
 「うん」
 「ルイル、おねえちゃんのこと……だいすきだよ」
 「……私もだいすきよ、ルイル」

 どちらからともなく腕を伸ばす。
 桃色の髪が触れる。この香りを、温かさを、いつでも思いだせるように──強く、抱きしめた。


 「……行ってらっしゃい、ルイル」
 「──いってきます、おねえちゃん……っ」


 コルドとレトが、ゆっくりと背を向ける。ガネストは、ライラに長く礼をした。
 腕を解いて、歩きだすも、しばらくは離れがたくてライラのほうを見ていた。そんなルイルを励ますように、ライラは大きく手を振った。
 ルイルの顔が綻ぶ。ふと、前を向いたそのとき。

 「行こう! ルイルっ!」

 ロクが、満面の笑みを湛えて、手を差し出した。
 ルイルは瞬く間に笑顔になって、その手を取った。

 「……うんっ!」

 急げ急げと、大きな船に向かって走っていく。間もなく、船は出航した。その姿がどれほど小さくなっても、見えなくなっても、船が自分の視界からいなくなるまで。ライラはずっと、海の向こうの二人を見つめていた。

 「がんばれ、ルイル」

 海鳥が、空高く鳴いた。
 遠く離れた場所にいても、どうかこの言葉が届きますように。蒼い海に願いを託しながら、ライラはもう一度──がんばれ、と言った。
 
 
 


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