コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.136 )
- 日時: 2023/07/23 12:00
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第124次元 強き剣士
剣を持ち主に返すと、ムジナドは砂埃が立つ訓練場も一瞥してから、踵を返してどこかへと去ってしまった。こめかみの下に冷や汗をかいたシェイドが、レトヴェールの傍まで寄ってきて、静かな声でこう耳打ちした。
ムジナド・ギルクスが、歴代のギルクス一族の人間の中でも最高峰と謳われる剣の使い手である、と。
「ムジナド祖父様は、これまでに現れたどのような剣士よりもはるかに秀でた、"天才の剣士"だと言われています。……惜しいのは、彼の代で起こった大きな戦争が一度きりでございました。その腕は間違いなく群を抜いており、他者の追随を許さぬほどに優秀であったのに、その力が活きたのは15年前の戦争ただ一度だけなのです。弟子もとっておりません。父上でさえ、剣を習ったことはないのだそうです。……祖父様は、昔、仰せになっていました。「人殺しの術を教える気はない」と。間違いはございませぬ。しかし、しかし……。祖父様の剣術は、いくら金があろうとも買えぬ財産だった。私は惜しんでしまうのです。せめて父上一人にでも、業を継承されればよかったのに……」
次元の力を真っ向から斬って解してしまった、その御業。シェイドや、その周囲の人間たちが惜しむのも無理はない。
例に漏れずレトも、しばらくは手の震えが収まらなかった。
午後になると、訓練場には、まばらに人の気配が集まってきた。もうしばらくすれば午後の訓練が始まるのだろう。レトは、コルドが炊事場からもらってきた麦飯をご馳走になった。シェイドに頼みこめば、また訓練場の隅に立たせてもらうどころか、一緒にどうかと提案もされた。
お言葉に甘えて、レトも場内に入っていった。シェイドや訓練生たちに混ざって、走り込みや体術、打ち合い、模擬試合などの訓練に励む時間が、あっという間に過ぎ去っていった。
夕餉の時間になって、コルドのもとにリランテスからの使いがやってきたが、頑としてコルドは首を横に振った。リランテスの目に涙が滲む様子が手に取るようにわかったが、彼の意思は固かった。日はすっかり暮れて、紺色の空が頭上に広がってくる。コルドとレトはしかたなく、ムジナドが住むという離れを訪ねた。
事情を説明すればムジナドは嫌な顔ひとつせず、寝床も貸してくれると言った。もしかしたら、事情を説明しなくとも、すんなり入れてくれたのかもしれない。レトはそんな風に思った。ムジナドは良い意味でも、悪い意味でも、他人への関心が薄いのだ。離れの外も中も、使用人の姿をまったく見かけなかった。聞けば、完全に人払いをしているそうだ。
ムジナドの酒の相手をしたコルドが床の上で陥落しているのを横目にしながら、夕餉を口に運ぶレトもまた、考え事に耽っていた。
しばらく、そうしてゆったりと夜を過ごしていたのだが、ムジナドが急に席を立った。「夜風にあたりにいく」と言うので、レトもついていくことにした。
ムジナドはまた断らなかった。
離れの周辺には、建物は一つとしてなく、寂びしい風の吹く草原が広がっていた。ムジナドは星がよく見えそうな岩場によじ登って、腰をかけた。レトは岩場の根元に腰を下ろして、岩を背もたれに、星を見上げた。
「近いうちに帰るのか、あの森に」
「そうじゃな」
「あんたがあんな森の中で暮らしてるのは、ただ身分が似合わないからか? それとも……感覚を失わないためか」
初めてムジナドは、なにも返してこなかった。次元師の術でさえ剣一つで断ち切ってしまった彼のことだ。鍛錬を積み、極限まで鍛え上げたに違いない。しかし戦がなければ感覚は失われていくし、動かなければ肉体は腐っていく。そうでなくとも、人間は老いればどちらも勝手に衰えていくのに、ムジナドはそれを許したくなかったように思えた。彼には、値の良い装いよりも、麻で拵えた衣のほうがよほど似合っていた。
「シェイドさんが言ってた。あんたが昔、『人殺しの術を教える気はない』と言ったって。それはあんたの信念か?」
シェイドはどこからかムジナドの噂を聞きつけ、積極的に教えを乞おうとしたことだろう。当の本人からは上の一言で一蹴されてしまったらしいが、レトはそんなムジナドの言葉が気になっていた。
「そんなことを、言ったかのう。覚えとらんな」
「……。はあ、覚えてないなら、大した意味はないのか」
「ないじゃろうな。しかし、わざわざ己の命を脅かすかもしれん術を、他人に教える気はない。敵を増やすだけじゃ」
血の繋がった家族さえも"他人"と切り捨てられてしまうのは、極端に他人への興味が薄いからというのもあるだろうが、言葉の通り、命を狙われた経験が少なくないせいだろう。レトは、ムジナドの言葉の説得力に、納得することしかできなかった。
ムジナドは、手元にぶら下げていた酒入りの瓢箪をぐいと煽って、言った。
「お前さんはなんで戦う。なぜ、あんなことができる」
レトの持っている次元の力を指して言っているのだろう。レトは、空の鞘に指先で触れ、こう答えた。
「次元の力を得たのは……たまたまだ。これは、努力で手に入るものじゃない。生まれながらに持ってる人間と、持ってない人間がいる」
「ほう。どうりで、いくら剣を振っても、それが手に入らぬわけじゃ」
「剣を振るだけじゃ手に入らない代物でもある」
「なぜ」
ムジナドが、前のめりに訊ねてくるので、レトは説明した。次元の力は、どういうわけか、持ち主の意思に呼応する。激しく感情が昂ったときに初めて、発現するのだ。もしもその経験がなければ、たとえ生まれながら次元の力を持っていても、出会うことがない。
持つ者、持たざる者。それらを分かつのは、すべて運だ。レトからは見えなかったが、ムジナドは納得したのかしていないのか、わかりづらく、浅く頷いていた。
「欲しかったのか?」
「ああ。欲しかった」
「……そうか」
次元の力が、どんな人間の手に渡るかは、だれも知り得ない。善人の手か、悪人の手か。次元の力は持ち主を選ばない。
また、適任な人間──たとえば、猛き力を持つ戦士の手に渡るとも限らない。レトは、あんたの手に渡ればよかったとは、口が裂けても言えなかった。言っても仕様がない。
頭上に広がる濃紺の夜空に視線を移せば、そこへ散らしたかのような爛々と輝く星々があった。
ムジナドはまた、瓢箪を口につけて喉を鳴らした。持ち手を下ろすと、手首からぶら下がった瓢箪が、からからと水音を立てた。
「コルドの奴が羨ましかったのう。神は、強いのか。どれほど。どのような業を用いる?」
「一緒にコルド副班と戦ったけど、それはもう、手強かった。一つの街が、いまじゃ見る影もない。壊滅状態だ。【天地】の神だと名乗ったそいつは、風も自然も、思いのままのようだった」
「よいな! それは! 相見えてみたかったのう。コルドの奴はぁ、強いのか」
はは、とムジナドは高らかに声をあげて笑った。星を嗤うような大きな声は、静かな野原にうんと気持ちよく響き渡った。
「剣か、異界の術か、違いはない。高みにゆけるのなら、悪魔に魂を売ろうともよかった。神を退けたというのだ、なにが悪いのか! わしは、コルドが神を下したと耳にし、心地が良かった。力のある者が生きて残る。それは、明らかじゃ」
ムジナドは瓢箪のくびれを掴んで、豪快に煽った。しかし、瓢箪の口から垂れてきた酒はかなりの少量で、彼は自身の口を開けたまま瓢箪を上下に揺らしたりなどした。諦めて、瓢箪を下ろすと、愉しそうな声色とは打って変わって、夜闇のようにしんとした声で言った。
「その力がお前さんにあるのなら、思うまま、振るってしまいなさい。お前さんは、持っているのじゃから」
見抜かれたような気がして、レトは目を丸くし、体をねじりながらムジナドの顔を仰いだ。膨らんだ瞼から覗いた小さな目は、まっすぐ前方を向いていた。
彼の視線の先にはなにが映っているのだろう──それをレトは、無性に知りたくなった。同じ方角を眺めたって、暗闇に包まれた野原が続いているだけだった。
酒が底を尽いたので、ほどなくしてムジナドが大岩から腰を下ろした。レトもそれに続いて腰を上げた。ムジナドは背中を向けて、屋敷に帰ろうと歩き始めた。
声をかけるならいましかない。レトは腰元の鞘に震えた手で触れながら、ムジナドを引き止めるように声を上げた。
「今日一晩でいい。夜が明けるまで、俺と手合わせしてくれないか」
ムジナドは立ち止まってゆっくりと振り返った。
「老人を寝かせないつもりか」
「できるのか、できないのか。どっちだ」
「良いだろう。言った通り、一晩だ」
言うと、ムジナドは足の向きをそのままに、屋敷に向かった。レトは自分で言っておきながら目を丸くして、しばらく待っていたら、ムジナドが片手から鞘を提げて戻ってきた。
たいした会話はないままに、どちらからともなく仕掛けた。2人が静かに剣を振るう音が、閑静な真夜の中を縫う。忙しなく移動をすれば草の絨毯が擦れて、ざわと揺れる。この夜の星ははっきりと明るかったのだが、それにしてもムジナドはまるで明かりさえ必要ないといったような見事な剣捌きを見せてくれた。
夜明けが訪れるまで永遠のように思えたのに、ひとたび日が顔を出してしまえば、なんと早いものだろうか。薄青い空が連れてきた透明な空気は、すうと澄みきっていた。
このときはまだ、翌年にムジナドが病に罹って没するなどと、だれも知り得なかった。
そして稀代の剣豪ムジナド・ギルクスの最後の一太刀を受けた人物が──廃王家の末裔、レトヴェール・エポールとなることもまた、予想できなかったのである。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.137 )
- 日時: 2023/08/06 12:10
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第125次元 時の止む都Ⅰ
戦闘部班第二班班員、ロクアンズ・エポールは窮地に立たされていた。東方のセースダースへの遠征を言い渡されて早十数日と経つのだが、重大な任務のために足腰に厳しい荷馬車での長旅を経て、ようやく足を踏み入れたかの地で、さらなる試練が彼女を待ち受けていたのである。
石壁に囲まれた食堂内では客たちの歓談の声がこだましている。そんな中、大きな左目を鋭くさせて、料理名がずらりと書き連ねられた木板をぎゅうと両手で掴んでいるロクは、絞り出すような声で独りごちた。
「二つに一つ。どちらを選ぶべきか……」
「ろくちゃん……」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜んこれいかに」
「早く注文を済ませてください、ロクさん」
「だって! 大鶏の丸焼き串も、あんかけ海老の大包みも、どっちも捨てがたいんだもん──!」
ロクは渾身の叫び声をあげながら、だあんと机を叩いた。
同席している第三班はそれぞれ、ルイルがくりくりとした目を瞬かせていたり、ガネストがその横で静観を決め込んでいたり、我関せずといった様子で熱いお茶を啜っていたメッセルがロクの癇癪に咽せていたりしていた。
隣接した席の客たちが、なんだなんだとざわめき立てば、それを収めるのはフィラの役目だった。周囲が落ち着いてくると、細い葉のついた茎を噛みながら、メッセルがため息混じりに口を開いた。
「どっちにしたってデケエのが食いたそうだなぁ」
「もしかしたら、どちらが大きいのかを真剣に考えていたのかもしれませんね」
「そんな悩むなら、どっちも食っちまったらいい」
「だ、だめですよ、メッセル副班長。ただでさえ、今回の遠征では、遠征費がかつかつなんです。ロクちゃんには食費を抑えてもらわないと……!」
「ハア。大変だねぇ、アンタも」
メッセルの一言に、フィラは苦笑いで応えた。遠征費が厳しいのにはれっきとしたわけがある。
ノーラの討伐戦でウーヴァンニーフが大打撃を受けた事実は、国をあげて受け止めなければならなかった。政会はウーヴァンニーフへの支援として復興費や人手を大幅に回している。月例の代表会議に出席したラッドウールは、来年度、此花隊に下ろす支援金を削るとの打診に頷いた。
そう繰り返し説明しようとも、腹を空かせたロクはもはや別の生き物である。物分かりはいいはずだが、食事が絡むとまるで飢餓寸前の獣のような執着心を見せてくるから困りものだ。たまに手作りのおやつなどを口に含ませて、フィラはたびたび窮地を凌いでいるのである。
しばらく談笑して待っていれば、ロクたちの食卓に、注文した料理が運ばれてくる。といた卵で蓋をされたスープ、分厚い生地で包まれた蒸し料理がたんと積まれて、くたくたになった色鮮やかな野菜の和え物も添えられている。
ガネスト真っ先に、スープに口をつけた。しばらく舌の上でたしかめて、嚥下してから、ルイルに「熱いのでお気をつけて」と促す。お行儀よく待っていたルイルは、いざ匙を手にとると、そわそわとそれを彷徨わせる。匙で掬ったスープはごく薄い肌色をしていた。透明なのをじっくりと見て、ふうふうと息を吹きかけ、ルイルも口に運んだ。
「あーん。……んふぅ、あふ、あつっ」
「! だから言いましたのに。火傷はされてませんか?」
ルイルは首をぶんぶんと横に振って、おそるおそる飲み下してから、目を輝かせて言った。
「これおいしいね、ガネスト! 口にしたことない味がする」
「お気に召したのでございましたら、帰国した折には、宮廷料理人に作らせましょうか。香辛料は、買って帰らねばなりませんが」
「うんっ」
膳が用意されてから、毒味役を挟んだりすると、ルイルの口に運ばれる頃には食事が冷め切っていることがほとんどだった。だから熱さには不慣れで、すこしばかり舌を火傷したような感触がしたが、ルイルはガネストには言わなかった。痛みがじわじわと引いてくると、このまま隠してしまいたくなった。
ロクは、2人の様子を微笑ましく見ており、やがて身を乗り出して、口を挟んだ。
「ルイル、もうメルギースには慣れた?」
「うん、すこしずつね、なれてきたの。ろくちゃんたちのおかげだよ」
「そっか〜。でも、"帰国"なんて言葉聞いちゃうと、寂しいなあ」
「だいじょうぶだよ! るいる、次元師として、ろくちゃんたちのお手伝いがちゃんとできるまで、この国にいるの!」
ルイルは誇らしげに笑って、匙に乗せたスープにふうふうと息を吹きかけてから、そっと口に含んだ。しかし見れば、ガネストは静かに匙を下ろしていて、彼の顔には一瞬影が差していた。
ロクは気づいたか気づいていないか、どちらともつかない変わらない調子で笑みを向けた。
「ありがとね! そいえばさ、そっちはどこ行くんだっけ? セースダースより〜、ちょっと北?」
「そうです。こちらは、ホークガン街の周辺に出現していると聞く……"宙に蠢く赤い光"を追います」
ガネストが答えると、フィラは和え物を嚥下してから続けた。
「私とロクちゃんが追うのは、ここセースダースで目撃されている……おなじく"赤い光"、ね。近辺で目撃証言が多かったから、調査に乗り出すことになったみたい。ただの心霊現象とかなら専門家に引き継けばよし。町民の見間違いならそれまで。でもその赤い影の正体がもし……"神族の瞳"だったなら、私たち此花隊の戦闘部班が早急に対処しなくちゃいけないわ。ウーヴァンニーフでのコルド副班たちみたいにね」
フィラはロクに向けて視線を送り、ロクはこくんと頷いた。
神族の特徴として、いま共通して言えることは、"瞳が赤いこと"である。
神族【DESNY】と邂逅したレトヴェールとロクは、此花隊への入隊時に、デスニーの外見的特徴を──瞳が血に濡れたように赤かった、と証言している。また、神族【NAURE】にしても赤い瞳を持っていたのを、コルドと義兄妹は確認している。これらの報告を受けてセブンは、「赤い瞳」またはそれに近しいものの目撃がされた暁には、此花隊の次元師たちをすみやかに調査に向かわせるよう手配する方針を取った。
第三班が向かうのは、ホークガン街より南で、山々の連なる山岳地帯だ。東に向けて流れている河川に沿ってひとつ山を越える。街で商いをしている隊商や、現地の隊員からの証言によれば、最近、山中に奇妙な赤い光を見かけるようになったというのだ。
第二班が目指す赤い光は、温泉街セースダースで日夜問わずたびたび出没している。第一班が療養で訪れていた時期には赤い光の報告はなく、ごく最近の現象と見られる。
匙を指先でぶらぶらと揺らし、メッセルはため息まじりに告げた。
「なぁんでここんとこ、神族のヤツらが出てくるようになったのかねぇ。おかげで上の連中がピリピリしちまってよ。緊張が抜けやしねぇ」
「謎……ですよね。班長も言っていました。研究部班に情報収集を急がせているようで。調査班総員、誠意調査中と聞きました」
「目撃証言ってヤツも、調査班からの報告が含まれてるだの、なんだの、言ってたような気ぃすんなぁ」
ガネストはスープに口をつけながら、アルタナ王国からメルギースに渡ってきたときに聞いた話を思い返した。
「ロクさんたちのお話ではたしか、200年前に現れたときに……『罪を知れ』だとか『永劫の時を以て償え』などと伝えたそうですね。その数年後には忽然と姿を消した……。初めて姿を現したときと、おなじような状況が起こってしまった、と考えるべきでしょうか? 我々の与かり知らぬところで」
「う〜ん。案外、どこかから、戻ってきたとかなんじゃない?」
「もどってきた?」
「急にいなくなってさ、それからずっと現れなかったんだから、きっとどこかで隠れてたんだよ。そこから戻ってきたんだって!」
ロクの言葉を最後に、一同は腕を組み、うんうんと首をひねった。それからは任務での動きの確認や、たわいもない世間話など、あちこちと話題が飛びながら、昼餉の時間を過ごした。
第三班はホークガン領に入るために、北へと進路を変える。それぞれの班は飯屋を出たところで解散した。
第二班のロクとフィラは腹ごなしも兼ねて街の中を散策した。目撃者は、セースダースの住民それから調査班の班員であり、どちらの証言も目撃した時間はばらばらで、見かけたのも街の一角だとか、散歩中に視界の端に映った、だとか、かなり曖昧だった。調査班の班員に、どのあたりで見かけたかを聞き出してみれば団子屋の傍だというので、周辺を小一時間ほど徘徊してみた。が、赤い光らしきものは見つかる気配もない。
団子屋の店主をしている老夫婦から団子を買うと、店の横につけてある長椅子に2人して腰をかけた。ロクはあっと口を広げて、串に刺さった団子のひとつを食んだ。
「こないだ、この街の温泉入ったんだって? コルド副班とレト! 本部に戻ったときに聞いたんだけどっ。いいな〜! あたしたちも温泉行こうよフィラ副班!」
「そういえばコルド副班が言っていたわね……。でも私たち、支部でお湯いただくことになってるし、その……費用がね」
「ええー! だめかあ〜……ガッカリ」
ロクはわかりやすくがっくりと肩を落とした。温泉なんてめったに入る機会がないし、若い女性隊員たちの間でも温泉の湯は肌に良いと噂になっているのを聞くので、フィラも声には出さずとも静かに同情していた。セースダースは地盤のあちこちから質のいい湯が沸いていて、富裕層でなくても温泉を楽しめるという売り文句が出回っている。温泉の湯面に、はらりと落ちてきた葉が浮かび、ゆったりと極楽へ浸かる自分の姿を一瞬想像しかけて、フィラはかぶりを振った。暇を出されて慰安にやってきたのではないのだ。目的は、謎の赤い光の解明だ。
しかし、調査は順調とはほど遠く、日中歩き続けてみてもたいして手掛かりを掴みきれないもどかしい日々が続いた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.138 )
- 日時: 2023/08/06 14:46
- 名前: りゅ (ID: miRX51tZ)
ストーリー性がとても抜群で尊敬します(⋈◍>◡<◍)。✧♡
更新頑張って下さい♪
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.139 )
- 日時: 2023/08/20 12:46
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
>>りゅさん
コメントありがとうございます。
今後も細々と更新して参りますので、宜しくお願いいたします(*´`)
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.140 )
- 日時: 2024/03/24 23:27
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
第126次元 時の止む都Ⅱ
調査が本格化してから、数日が経過した、ある日の晩。
この日の調査を終えたロクアンズとフィラは、日が沈むと、セースダースの此花隊支部に向かう。支部といっても作りは宿屋に似ていて、扉から入ってすぐのところには食事をとるための円状の卓が転々と並んでおり、奥の階段から上へと視線を移すと、二階は班員用の休憩室や、資料室、会議室などの扉が構えていた。
この支部には研究部班の班員と警備部班の班員が十数名ずつ常駐しているが、夜間に見回りをする警備班員が出払っていたり、研究部班の班員らも日夜会議で離席していたりと人の気配は少なく、初日の挨拶回りもほどほどに済ませられた。
手配されている空き部屋は2人用だった。室内には、左右の壁にぴったりと寄り添っている2台の寝台と、机や棚などの最低限の家具が揃っている。ロクは部屋に入るなり、ため息をもらしながら片方の寝台に沈んだ。
「うはあ、今日も情報ゼロだよ〜……! 何日目!? こんなに捕まんないんじゃ、見間違いだったのかなあ〜……?」
「そうよねえ……街の中は一通り回ったし、大きい施設にも聞き込みが済んじゃったのよね。でもこれといって有益な情報はなし。かといって街の外れにも、怪しい物質はなかったみたい。……ごめんね、巳梅。疲れちゃったでしょう」
フィラの肩で遊んでいた『巳梅』が、彼女の耳の下からにゅるりと紅色の頭を出した。セースダースの街の近辺には『巳梅』を放っておき、怪しい生命体を感知するか観察させてみたがそれも失敗に終わった。硬質な下顎を指の腹で撫でて、フィラは『巳梅』を労った。
「あーあ。コルド副班とレトはこんな夜に毎日、温泉入って、ゴクラクしてたのかなあ〜〜いいな〜〜」
「まだ諦めていなかったのね……」
苦笑をこぼしてフィラも寝台に腰を下ろした。腰の装具を外しながらそういえば、とフィラが口を開く。
「幼馴染のキールアちゃん? あの子のおかげもあって、コルド副班、腕がだんだん治ってきてるって言っていたわ。すごいのね、キールアちゃんって」
キールアの名前が出ると、ロクはぱっと上半身を起こして、表情を明るくした。
「そっか! よかったね〜、コルド副班! キールアは、シーホリー一族ならぜったいに使える『癒楽』の次元の力の持ち主だから、神族から受けた傷にも効いちゃうんだって。あたしね、それでキールアのお母さんに治療してもらったこともあって……あっ! キールアがシーホリー一族っていうのは、ええっと、えっとっ、秘密なんだけど……!」
「ふふ。大丈夫よ、聞いているわ。セブン班長も、キールアちゃんを本物の生き残りだと思っているって。戦闘部班の班員だけの内緒になるんだけど」
「ならよかった!」
「幼馴染思いなのね」
「幼馴染、って、それだけじゃないんだよ。友だち!」
「友達?」
「そ! あたしにとって、初めてできた友だち。任務が終わったら、エントリアに戻って、遊びに行こうって、約束してるんだ」
ロクは寝台から立ち上がると、備え付けの窓まで跳ねるように近づいた。窓硝子は四角く夜の街を切り取っていて、黒と紺に染まっている。表面にはほんのりと橙の灯が滲んでいた。無邪気な横顔をするロクは、まだまだ遊び盛りの年頃だ。故郷を離れているロクにとって、旧友との再会はさぞ喜ばしい出来事だっただろう。次元師としての責務に駆られていなければ、任務などについていなければ、こんな夜にはきっと朝まで友人と語り明かしていたのだ。
フィラも腰を上げてロクに歩み寄ると、窓の奥を一瞥して、またロクの横顔を見た。
「さて、と。ロクちゃん、すこし休憩したら、また外へ出てみない? 今度は、夜に探しに出てみましょう。もしかしたら夜のほうが捕まりやすいのかも」
「おーっ、いいね! 昼間はいっくら探しても、ぜんぜん見つからないもんね。らーじゃっ!」
びしっと此花隊の敬礼をしてみせて、ロクは口角を吊り上げた。
軽く湯を浴びたあと、ロクとフィラは寝室でしばし仮眠をとった。目を覚ませばせっせと支度をして部屋を出る。門の番をしている警備班に声をかけ、真っ暗な夜闇に包まれている街道に足を踏み入れた。
日中の往来の人の多さ、騒がしさに比べて、随分と寝静まった街中には、ひやりとする風がしきりに吹き抜けていた。目の端では、野鼠やらも通り過ぎていく。
手元から提げた角灯で、足元と周囲を、注意深く照らした。大通りはまだ、表で橙色の灯りを灯している店が多く、街道はそれなりに明るかった。だが道を外れて路地裏に忍びこんでしまえば、もう華やかな街灯も届かない。2人はそんな、どんよりと暗く湿った、街の裏側のような道をくまなく歩いていた。
それは、突然だった。街の端にある街道に出たところで、フィラの肩の上で『巳梅』が身じろぎをした。
『巳梅』は鱗で覆われた身体を立て、暗闇の中のある一点を、じっと睨んだ。
フィラは眉をひそめて、ロクに合図を送る。ロクははっとしたように左目を見開き、闇の奥の、そのまた奥を注視した。
暗闇の先にぼんやりと光る、赤いなにかを見た。
足音を殺しながら2人はゆっくりと暗闇に近づいた。その光も気がついたのか、真っ向から向かってくる気配がした。そして赤い光の輪郭が浮かび上がった、刹那。間髪入れずロクの右腕に──電気が迸る。
「次元の扉、発動──ッ!!」
飛び出してきた輪郭に向かってロクは大きく右腕を振りかぶった。まさに放電しかけたその寸前、ロクは、輪郭の正体を知って目をぱちくりと瞬かせた。
「へっ? と、鳥っ!?」
「き、気をつけて、ロクちゃん!」
慌てて腕を上げて、大きく開いたロクの胸元に、一羽の大きな鳥が突進してくる。わっ、とびっくりしながらもその鳥を抱え込んでしまえば、鳥はあっけなく捕まって、ばさばさと腕の中で翼を仰いだ
その鳥は、ロクの胴ほどはある大きさで、鮮やかな赤や青色で彩られた綺麗な翼を持っていた。嘴は先端でぐにゃりと曲がっている。メルギースでは見かけない種類の鳥だった。もっとも目立つのは、充血したように赤い2つの目だった。
ロクの腕の中から逃れようと、きーっ、と高く鳴いたり、必死に暴れているのだが、それだけだった。ロクが困ったように眉を下げていると、遠くから男の声がした。
「あ〜! すみません、すみません! その子を逃がさないように、捕まえててくれませんか?」
現れたのは若い商人で、頭には端の切れた真っ青な布を巻いた、変わった格好をしていた。ロクとフィラの傍までやってくると足を止めて、息を整えている。フィラは男を警戒して、ロクの前に立ち塞がった。
「こんな夜中に、いったいなにを?」
「ああっ! 怪しい者ではないんです。ええと、その、最近来るようになったんです、この街には。前来たときよりもすこし到着が遅れましたが、そう。異国の商品を仕入れていて。ここより遥か南東の、シンカンバーク大陸から、はるばると」
シンカンバークといえば、メルドルギース大陸よりも南東に位置している巨大な大陸だ。古来からメルギースとの外交は薄く、移民族もほとんどいないため、情報の出入りが乏しい。とりわけて技術進歩がめざましい土地でもない。一部の商会や、個人商売主の中には、そんな遠方からわざわざ商品を仕入れる物好きがいるのだ。
フィラは眉根を寄せたまま、警戒を解かずに、さらに言及した。
「事情はわかりました。ですが、このような夜中に移動するなんて」
「ですから、別の街で商売を終えて、それから出立が遅れてしまったのです」
「はあ」
遅れてしまったのなら、なにもすぐに飛び立たずともよいのに、とフィラは心の中で独りごちた。ロクは両腕で鳥を抱きかかえたまま、男のほうに向き直った。
「ねえねえ、この鳥、お兄さんの?」
「ああ、そうだ、そうだ! 返してくれませんか? 大事な商品なんです」
「商品?」
「そうですとも。ほら、ご覧ください。瞳がとても赤くて、綺麗でしょう? ランガーという鳥でね、あっちの大陸で生息しているんですが、とても珍しいことに赤い瞳をしてたのですよ。ほかの子たちはそんなことはない。この子は特別。ほら、言うではないですか、まれに生物の中では遺伝子の問題で赤い瞳の個体が生まれることがあるんだとか! そういう特別性には値がつくものなんでさ」
フィラは男の話を聞いて、すぐにあることに気がついた。それからわなわなと彼女の肩が震えだした。
「……あのですね、ひとつ言わせていただけるのでしたら、その子は白皮症ではありませんよ」
「白皮? いいえ、ご覧の通りでさ、身体は鮮やかなものでしょう」
ぎろりと鋭い視線を男に送ったあと、フィラはため息をつく。そして意識していないのに低くなった声で告げた。
「ですから、あなたの言う"遺伝子の問題で赤い瞳の個体が生まれる"という事象は病気のことを指し、白皮症と呼ばれます。そういった個体には特徴があって、全身の色素が欠落しているので白い皮膚や羽毛を持っているんです。でもご覧ください、その子は、瞳の色以外は普通の個体と変わらずに鮮やかでしょう? だからその瞳が赤いのは別の要因によるもので、決して特殊な個体ではありません」
「ええっ!? そんな! では、ではなぜ赤いのですか!? それこそ、あなたも知らないような、特殊な個体なのでは!?」
「……あの……それくらい、ちょっとこの子を見たらわかるでしょうがっ!!」
フィラの口からは聞いたこともないような怒号が降ってきて、ロクと男の肩はびくびくと震え上がった。興奮冷めやらぬまま、フィラはランガーの目の当たりを指さして、言い募った。
「おおむね、シンカンバークで暮らしていたときに、ほかの個体と喧嘩をしてしまったのでは? ほら、目の周囲に傷ついた痕が見えるでしょう。眼球が傷ついているもしくは目の周囲の傷から菌が入り込んでしまっていると考えられます。つまり、特殊な個体でもなんでもなくて、この子は傷ついていて、いますぐにでも治療をしてあげないと最悪目が見えなくなるんです! おわかりですかっ!?」
「ひーっ!! すみません、すみません……っ!」
「これだから生き物のことをよく知りもせずに売り物にしようとする人が私は、私はー……!」
「お、落ち着いてっ、フィラ副班〜〜!!」
ロクは、暴れかけたフィラの服の裾を掴んで、どうどう、と制した。ベルク村で白蛇の皮が売買されていた当初、村でもっとも憤っていたのがフィラだったと話には聞いていたが、なるほど合点がいった。村民たちがフィラを止められなかった理由のひとつだろう。
フィラは、言いたいことを言ってすっきりすると、肩をいからせたまま、2人に断りもせずに街の外へと消えていってしまった。それから帰ってきたと思えば、その手には見たこともないような果実と薬草を握っており、街灯の下で腰を下ろすやいなや、人間用にと持ち歩いていた油と混ぜて調薬を始めてしまった。それからあとは、慣れたようにロクからランガーを預かって、できあがった薬を新品の布の先に浸し、眼球に触れないようランガーの目の周りにだけ塗布していく。
ロクと男はもはや感激する以外になにも触れられず、ただただフィラのことを感心の眼差しで見つめていた。
「それにしても詳しいねえ、フィラ副班。動物の病気も知ってるんだ」
「ベルク村はいろんな動物と暮らしていたから。昔はいまよりたくさんいたのよ。いちばんはもちろん、蛇だけど。それに白皮症は人間にも起こりうるの。実際に見かけたことはないんだけどね」
「へえ〜」
ロクは訊ねなかったが、ベルク村の周辺に生息していた白蛇の真白の皮は、それとは異なる。あの地域は昔から自然が豊かで、あまり日光が当たらなかったせいもあるだろうが、白蛇たちはもとより白い鱗を持っていた。それに鱗には、紅色の斑点があった点から、一般的な白皮ではないのだ。
フィラから薬とランガーを受け渡された男は、毎日薬を塗布してあげるようにと口すっぱく言いつけられ、それを彼女に固く誓った。もう売り物にしようとも考えません、と男が意気消沈をして背中を丸めていたのが、なんだかロクにはおかしかった。
男からさらに詳しい話を聞きだせば、この街へ足を運んでいた時期と、赤い光が目撃された時期とが見事に一致した。それから、男に団子が好きかどうかフィラが訊ねれば、彼は頷き、以前団子屋に立ち寄っていただいていた、と話してくれた。
ランガーの首周りを優しく撫でてやりながら、フィラは深く嘆息する。
「これでこっちの噂の正体は、突き止められたわね」
「うん。向こうは大丈夫かなあ?」
ロクは夜空を見上げて、ぐるりと首を倒し、ホークガン領の方角を見つめた。セースダースに出没していた赤い光の正体は商人の連れていたランガーだったと知れたが、さらに東へと向かった第三班も赤い光とは遭遇できているのだろうか。
夜が明けて、ロクとフィラが商人の男と別れを告げるその一方で、ホークガン領の山麓にて第三班が動き出していた。
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