コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/11/29 21:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜第175次元 >>176-193
■第2章「片鱗」
・第176次元~第178次元 >>194-196
〇「或る記録の番人」編 >>197-
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.177 )
- 日時: 2025/06/29 17:55
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第159次元 思惑
「やっと真剣に話を聞いてくれる気になったかい。レトヴェール・エポールくん」
「なにが言いたい」
「ずっと言っているだろう。いまや君に所有権があるレイチェル庭園、その広大な敷地内に建てられている何棟もの屋敷、それらへの滞在許可を君からもらいたいとね」
「噂だ」
じっと探るような目で見られている、と気がついたセブンは、壁際に立っているレトヴェールに近づくように、緩慢に一歩を踏み出した。そして声を潜めて言った。
「"鍵"を、君が持っているんだろう。母君から受け取っているはずだよ」
「……」
レトは黙りこんだ。
そして、するりとセブンの横をすり抜けると、寝台に腰を下ろす。
諦めと、すこしの動揺を含んだため息をつき、レトは観念して独り言ちた。
「……そこまで知ってるとは思わなかったな」
笑みを崩さないままセブンも壁にもたれかかって、すぐに補足した。
「最近になるまで知らなかったよ。コルドくんから聞いた話がほとんどだ。彼の実家は根っからの、王政復刻派だからね。王政の廃止宣言が公布された当時はとくに、王家の動きに注目していたんだろう。随分と詳しいことを知っていたよ」
「あの家、エポールの家に相当関心があるな」
コルドの兄、シェイド・ギルクスいわく、ギルクス侯爵家の人間は幼い時分から王制時代のエポール王家の肖像画を目に焼きつけるのだという。シェイドの顔つきを見れば、たとえ王座から退いて二百年という月日が経とうとも、忠誠心を失わず時代を繋いできたのがわかる。彼らの徹底した教育には脱帽せざるを得ない。
レトは思い出すような目をして語った。
「あんたの言う通り、母さんから鍵を受け取った。亡くなるすこし前に。レイチェル村……いや、あのあたり一帯のレイチェル庭園に限り、領主はエポール家とされていることも教わった。ただ母さんも、たぶんいままでも、エポール家は表立った行動はしてない。表向きはイルバーナ侯爵家のもののように映り、村を取り仕切るのは村長の役目だからな」
村としての形を成したのは、メルドルギース王国最後の国王、エオトーナ女王がその座を退いたあと、ひっそりと暮らすようになってからだった。王城付きの使用人をはじめ、女王を支援していた主要な後見人たちが彼女を守るために庭園に家を拵え、いつしかそこは"レイチェル庭園"から"レイチェル村"へと名前を変えた。
レイチェルとは、メルドルギース王国を建国した初代国王、レイヴィエルフ・エポールの最初の息子の名前だという話も有名である。誕生した後継者に、祝いとして広大な庭園を与えたのだ。
レトは、母を失ってすぐにレイチェル村の村長のもとへ話をつけにいった。此花隊に入隊すると決めていた彼は、村を不在にする旨と、今後の村の管理をすべて委任すると伝えた。もともとエアリスも村の情勢にはほとんど手を出していなかったので、さして影響はない。村長は寂しそうな目をしていたが、深く礼をし、送り出してくれたのだった。
ぼんやりと思い出していると、レトははっとして、ふたたびセブンを睨んだ。
「ていうか、鍵のことを知ってるってことは……」
「ああ、うん、知っているよ。その鍵というのが、"レイヴィエルフ城"の謁見の間に続く扉の鍵なんだろう。その鍵を持っているということはすなわち……王城も、君らエポール家の人間に所有権があるとね」
「城まで貸せと言うんじゃないだろうな」
「まさか。そんな畏れ多いことは言わないよ。さすがにね」
セブンは、今度の発言は本音のようで、しっかりと否定した。
旧王都、エントリア領の一部であるレイチェル村およびレイヴィエルフ城は、いまもまだエポール家が所有している。エポール家の人間が代々受け継がれてきたものは、土地のほかにも古語の学習や乗馬術、王や妃が纏っていた衣服の類と数多くあるが、そのうちの一つに鍵があった。それは無人の王城、レイヴィエルフ城の謁見の間に続く扉の鍵であり、王城の所有権がエポール家に帰属していることを指す。王城がレイヴィエルフ城と呼ばれているのは、あえて言うまでもないのだが、初代国王の名を冠せられている。
だいたいの話が読めてきたレトは、本筋に戻した。
「それで、俺を解放する代わりにいくつかエポール家が持っている屋敷を貸せと」
「そうだ」
「吞んでもいい。ただし、それならロクのことも解放しろ。そしたら関係者に話を通す」
セブンの切れ長の瞳が、さらにすっと細められる。
空気がぴりついたのを感じ取って、レトが身構えると、セブンはいっとう低い声で返答した。
「それは譲歩できない」
壁から背を離し、セブンは寝台に座りこんでいるレトの目の前までやってきながら、続けた。
「彼女への不信は、今後も募る一方だろう。そのうえ彼女が、これまでの神族らでもあったように突然豹変する可能性も秘めている以上、厳重な監視をつけなければならない。君もわかっているはずだ。こちらの立場に立って考えてみれば、彼女の解放がいかに危険な行為であるかを」
セブンの目には強い警戒の色が宿っていた。援助部班班長のニダンタフの指示のもと、すぐにロクアンズへの厳戒態勢が敷かれた。彼女は地下室に追いやられ、監視役をつけられている。静かにしているが、周囲の目は一向に和らぐ気配がなく、昨日からずっと厳しい視線を受けている。彼女が神族であり、さらに心情を司る神であり、そこへ突然豹変して襲いかかってくるのではないかという懸念も乗りかかった。彼女を取り巻く不安要素が何重にもなっていながら、セブンらが"解放"を受け入れられるはずもなかった。
眉をきつく寄せながら、しばらく黙りこんだあと、レトはふっと視線を外した。
「交渉決裂だ」
拒絶を含んだ声色が、静かに、床に落ちる。
セブンは、たいして大きな反応を示さず、踵を返した。そして部屋を去ろうと扉に手をかけたところでふと立ち止まり、レトに問いかけた。
「我々の敵が何者であるかを理解しているのか」
「俺の敵は神族だ。けどロクは味方だ。この先何度でも言う」
レトは顔を上げていて、きっぱりとした口調で告げた。しかし、やはりセブンは冷めたような「そうか」を返して、退室した。
しばらく寝台に座ったまま、じっとしていたレトは、ややあって立ち上がった。そして手荷物の中から、絹糸で織られた髪紐を丁寧に取り出した。それは、エアリスが長い髪をまとめるのによく使っていた、王政時代から縁のある髪紐で、もともと一つだったのを二つに切り分けて、義兄妹にそれぞれ渡したものだった。
レトがもらい受けた髪紐の先端には、ずっしりとした重さの細長い鍵が括りつけられていた。これが王城の謁見の間に続く扉の鍵だった。彼はこの髪紐を使って髪をまとめることはあまりないのだが、肌身離さず持ち歩くために髪紐と鍵を結ぶようにした。もしも髪紐で髪をまとめる日があれば、髪の結び目にかんざしを挿すように鍵を通し、決して失くすことのないように細心の注意を払う。
義妹の分と切り分けられた髪紐の端は丁寧に織り返されていて、切り目などないみたいに美しい縫合がなされている。
手のひらに架けたそれを、レトはしばらくの間、見つめていた。
寝台はいくつか確保し早々に運びこむことができたが、清潔な布地はもちろん、水、薬草、酒精などの十分な用意は、貴族の屋敷の応接室にはない。一刻も早く場を整える必要があった。施術を行う者と、外部へ調達に向かう者とで人員が分けられた中へ、特例としてキールアが頭数に加わっていた。彼女の所属は戦闘部班だが、次元師の治療を専門にするため、医療部班のミツナイ班長から応接室への配置を義務づけられたのだった。
開放されている戸口をくぐって、コルドが応接室に入ってくると、キールアがぴたりと手元を止めた。机の上で薬草を漉していた彼女は椅子から立ち上がり、コルドに近づいていった。
「お待ちしていました、コルド副班長。しばらくお休みになれそうですか……?」
「いいえ。すみませんが、治療を終えたら、持ち場に戻る予定です。急ぎお願いできますか」
「……そうですか。わかりました。メッセル副班長のお薬を作りましたら、すぐに」
キールアは、コルドの顔を見上げて心配そうに眉を下げていたが、こくりと頷いた。
コルドが室内に足を踏み入れると、すぐに、藪から棒に声がかかった。
「持ち場というのは、地下ですか」
視線を向ければ、メッセルの寝台の傍らに、治療を終えたらしいガネストとルイルが付き添っていた。丸椅子に腰をかけてメッセルの顔色をはらはらと見守っているルイルの横で、ガネストが青い目を振り向かせた。
コルドは答えた。
「……ああ、そうだ。班長から、ロクの監視役を命じられた。彼女の傍につく者は、次元師でなければならないと。班長の指示はもっともだ、と俺も思う……」
「様子は、聞いても」
「……。なにも。ロクはずっと、ぼうっとしている。声をかければ返事はくれる、が……いや、俺も悪い。言葉を選ぼうとして、結局、まだきちんと向き合えていない」
「では、あなたは少なからず、彼女を肯定しているのですね」
ガネストにそう指摘されたコルドは、下唇を噛み締めて、言った。
「ロクのことを……ただ、なにも考えず、信じていいものか、正直迷っている。こんな、中途半端な面持ちでいながら、あの子と向き合いたいなんて言ってしまえる自分が……もっとも不甲斐ない」
歯切れの悪い言い方をしたコルドも、戸惑っているようで、つい部屋の真ん中で、手持ち無沙汰に突っ立ってしまった。キールアに腕を叩かれて、はっとしたコルドは、空いている寝台のふちに腰を下ろした。
ふと訪れた沈黙が、場の空気をより重苦しくして、口を開くのも憚られた。
開け放った窓から、澄んだ風がふわりと舞いこんできて、ガネストはくんと鼻先を仰いだ。窓の外を見れば、空の色は乾いていた。代わりに、吹く風は雨と土の匂いを含んでいた。
「僕も、動揺しています。自分で思っているよりも、ずっと……。まだ、気持ちの整理が追いついていないのかと」
ルイルが、メッセルの額に汗が滲むたびに、それを丁寧に拭き取っていた。ガネストはルイルの手元に、清潔な布を差し出して、取り替えるように促した。
「神族が、この国にとって敵であることを教えていただきました。そして、それらと戦うために僕らは来た。でも、その敵の一柱が、海を飛び越えた理由であったとわかって……いったいなにと戦うべきなのかを、見失ってしまった」
ぽんぽん、とメッセルのこめかみにそっと触れていたルイルも、取り替えてもらった布をぎゅっと握りこんで言った。
「あの、ルイルは、よくわからないけど……。ロクちゃん、悪者なの? 一人ぼっちで、さみしくないのかな」
自分だけがいて、ほかにだれもいない部屋の中で、寂しさを募らせるのが、どれほど心細かったかをルイルは知っている。だから会いに行きたいのだと、話がしたいのだと、何の気もなしに進言してみたのだが、大人たちはみんな首を横に振った。
ロクは会いに来てくれたのに。毎日、毎日、話をしにきてくれたのに、ルイルは大人たちにたった一言諌められると、引き下がってしまった。
薬湯を木板に乗せて、近づいてきたキールアが、二人に会釈をしてからメッセルの傍についた。小さな匙で薬湯の上澄みを掬って、メッセルの口元まで持っていく。はじめは口の周りを湿らせて、徐々に、隙間からゆっくり流しこむ。
「キールアさん、ですよね。以前、ロクさんの口から、あなたが幼馴染で友人だとお聞きしました。あなたは……どのようにお考えですか?」
声をかけられると、キールアは手元を下ろして、ゆっくりと振り向いた。ロクが語った昔話に登場した、小麦色の髪の友人とは、彼女のことだ。ガネストとルイルが所属する第三班はしばらく遠征していたため、本部に常駐していたキールアと顔を合わせたのはごく最近で、このたびの騒動が収まってからようやくだった。
キールアは、ガネストに向かって、ただ微笑み返した。そしてなにも言わずにメッセルに向き直った。メッセルがひと匙ずつでも、嚥下するのを確認すると、口元を拭き取ってから立ち上がった。
そのとき、もう一人、戸口をくぐって入ってきた人物がいた。両手に、治療に使う用具を抱えていた。
「キールアちゃん、戻ったわ。カナラの施療院から、包帯と薬草を分けてもらったの。ここでは十分なくらい」
「フィラ副班長、おかえりなさい。ありがとうございます」
キールアは、フィラから荷物を受け取ると、作業机まで運んだ。
軽く部屋を見渡したフィラは、ぱちりと、コルドと目が合った。
彼女は軽傷ではないものの、傷はほとんど治っているようで、身動きをとるのに不都合がなさそうだった。しばらくぶりにフィラの姿を見かけたコルドは、彼女が元気そうでほっとしたが、同時にある疑問が頭を掠めていた。
「フィラ副班長、ご無事でなによりです」
「……え、ええ。はい。コルド副班長も……」
「あの、巳梅は……」
訊かれるだろうと予想していたフィラは、激しく動揺しなかった。彼女が返事をするより先に、肩口から『巳梅』が顔を出した。ちろりと舌を出した『巳梅』は、しなやかな肢体に細い包帯を巻いていた。
フィラは俯いていたが、作業机の上で準備をしているキールアの近くまでやってくると、彼女の手元からそっと、酒精と布を取った。そして目配せをしてから、コルドの寝台まで自らが足を運んだ。
コルドはフィラを目で追っていた。彼女が近くまでやってくると、上着を脱ぐ。幾日と経たないうちにぼろぼろになってしまった包帯を解いていくフィラが、先に口を開いた。
「せっかくロクちゃんが送り出してくれたのに、私……最低なんです」
「なにがあったんですか? フィラ副班長。巳梅が、エントリアにやってきましたが、俺たちに気がつきませんでした。あなたを置いてひとりでに行動するなんて……」
フィラは下を向いたまま、ゆるりと首を横に振った。
サオーリオから神族らが移動して、あとを追いかけたフィラだったが、彼女はセースダースを包みこんだ戦火を目の当たりにして、足を留めたのだった。
神族らとはセースダースでふたたび相見えた。そして、進行を止めようとしたが、やはり『巳梅』はフィラの意思に従わなかった。街を通り過ぎようとする神族らを追いかけたかったけれど、フィラの意思はすでに希望を失っていた。だから、現地であえぐ人々の声に耳を傾け、戦い方を切り替えたのだ。クレッタが残していった置き土産──大量の元魔が街に跋扈しており、次元師も不在の中、絶望の淵に立たされた住民たちだったが、ある日を境に元魔の数が激減した。同時に、街中に雷鳴が轟き、フィラは理解した。あとから追いかける、と言ったロクが街に到着したのだ、と。しかし、元魔を一掃するとすぐに出ていってしまったらしく、ついにサオーリオで別れたきりになってしまった。
『巳梅』がフィラの意思に従わなくなった、と聞いて、コルドは絶句していた。とても信じがたいが、だれかれ構わず目に入った人間に牙を向く『巳梅』を目の当たりにしているコルドは、認めせざるを得なかった。いまはなんともないようだが、フィラの肩口で、そっと彼女の首元に寄り添っている『巳梅』の顔は、どこか申し訳なさそうにしているようにも見えた。
まだ痛々しい傷口を残しているコルドの肌に、酒精を染みこませた布をあてがうフィラは、手元こそしっかりとしていたが、言葉尻はずっと不安定に揺れていた。
「巳梅は、私ではなく、クレッタの命に従ってしまいました。私の弱さが招いたことです」
「……」
「悔しくて、悔しくて、たまりません。全部。なにもかも、上手くいかなくて。……ロクちゃんが何度も背中を押してくれたのに。ベルク村にいたときだって、ずっとほしかった言葉をくれた。だからいままであの子が私にくれたものが、全部計算のうえで、私たちを陥れるための策略だったなんて、私は思いたくありません。ぜったいに、そんなことないもの」
ぼろりと、フィラの目元から大粒の涙がこぼれて、彼女の腕の上に落ちた。それから嗚咽とともに、ひっきりなしに涙を流して、眦を真っ赤に染めた。次元師なのに神族を目の前にして、無力を叩きつけられた。背中を押してくれたのに報いるどころか諦めた。すでに自分を嫌いになりそうでたまらないのに、そこへロクの存在を責め立てる声が重なって、フィラは自分への怒りと、ロクを認めない声への怒りとで、とても整理が追いついていなかった。だから泣くつもりはなくても、説明のつけられない感情をこぼすために涙が溢れたのだった。コルドは、手拭いなど持っていなかったから、失礼だとわかっていながらも、腕の袖口をフィラの目元にあてがった。
そのときだった。なにやら廊下が騒がしくなってきて、キールアは作業台から離れた。
廊下に出ると、真剣な面持ちをした警備班の班員がちょうど、部屋に入ってくるところだったので、お互いにばっちりと目が合った。
「どうかされたんですか?」
「街の中に元魔が発生したと報告が入ったんです。動ける次元師様は……」
応接室内に緊張の糸が走った。キールアが室内を振り返ると、ガネストとコルドがこちらを向いていた。
「残党がいたのですか?」
「新たにクレッタが生み出したのかもしれない」
「私が出ます」
がたり、と丸椅子の足が滑る音がする。前のめりになっていた二人よりも先にフィラが立ち上がって、コルドは思わず、彼女の背中に声をかけた。
「フィラ副班長」
「皆は、休んでいてください」
フィラは扉近くに拵えられている長尺の上衣かけから、隊服の上着を取って、すぐに部屋を出ていった。もう涙声ではなくなっていたので、心配は無用かと思われたが、コルドはまだしっとりと濡れている袖口が気にかかっていた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.178 )
- 日時: 2025/07/06 19:02
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第160次元 扉の開け方
屋敷の門を抜けたあたりから、金切り声が聞こえていた。往来では、住民たちがみなおなじ方角を振り返っていて、たたら足を踏んでいる彼らの間をすり抜け、フィラはひた走った。
フィラの緊張は最高潮に達していた。『巳梅』は瞳の色も正気も取り戻してくれたが、まだフィラはクレッタとの戦闘を引きずっていて、居ずまいが悪かった。
(また、巳梅が言うことを聞かなかったら。私の意思が通じなかったら……)
数日前、エントリアに帰ってきたフィラは北の塀の近くで、小さく縮んだ『巳梅』に再会した。それから一度も次元の扉を閉じていない。次元の力も使おうとしていなかった。
疾走する足とは裏腹に、心は立ち止まってしまいそうで、フィラは苦しそうな面持ちで風を切っていた。
中空に浮かぶ黒い影をみとめて、フィラは足を止めた。出店が立ち並ぶ広い路上に強い風を送り、悠然と浮遊するそれは竜の翼を持つ巨大な元魔だった。
「! 危ない!」
足腰が崩れている老齢の女と、彼女を支えようと片膝をついているすこし若い男の真上で、元魔の翼がはためいていた。
走りだしても間に合わないと悟ったフィラは、次元の力を呼び出そうと口を開いた。
しかし、声が出なかった。
(どうして)
はくはくと、乾いた唇が開閉する。
唱えようとすると、喉元がひゅうと鳴った。もう喉元まで出かかっているのに肝心な音が痞えてしまった。愕然とする暇はなく、元魔の鋭い爪が老齢の女と男の頭に覆い被さろうとした。
フィラは奥歯を噛み締めて走りだした。すんでのところで、元魔と二人の間に滑りこみ、鋭い爪を身に受ける。すこし掠めただけでも、フィラの肩口からは血潮が噴きだして、鮮血を浴びた二人が声を揃えておののいた。
「ああ、ああ。どうして」
「……逃げて、早く!」
わなわなと震える二人の目に、此花隊の隊服がしっかりと映ったようで、彼女たちはすぐにその場をあとにした。付近で警戒していた警備班の班員たちが、声かけをしているのを遠くにする。しかし安心するのは早い。元魔はまだフィラを狙っていて、赤い目をぎらつかせていたのだ。
フィラは意識が飛ばないように耐える。どくどくと血が溢れ、止まらない。このままでは気絶してしまうとフィラが身構えたとき、小さな影が彼女の視界をよぎった。
『巳梅』がどこからか飛び出して、元魔の目元にびたりと身体を打ちつけた。元魔は視界に異物が貼りついて、すぐさま頭を振った。その拍子に、翼が大げさに風を薙いで、フィラは吹き飛ばされてしまった。
地面の上を転げ回ったのち、フィラは叫んだ。
「巳梅!」
激しく頭を揺らして、ついに『巳梅』は元魔の目元からはがれた。そして地面の上に落ちた『巳梅』を睨みつけて、元魔は地面ごと食らいかかろうとした。勢いが余ったのか、『巳梅』の身体が小さいせいか、幸いにも逃れた『巳梅』はしかし、ぐるぐるとのたうち回った。
『巳梅』が肢体をぴんと伸ばして、小さな口を縦に開く。しゃあと鳴いて、開いた口の中ではこれまた小さな牙が、戦いの意志を示そうとしていた。「巳梅」と、フィラの口から小さな声がこぼれ落ちた。『巳梅』は意思を失っていない。小さな姿が、フィラの視界の奥で滲んだ。
対抗する元魔は、裂けんばかりに口を開いて、咆哮した。びりびりと頭の奥にまで響いてくると、フィラは我に返った。見れば、元魔は興奮状態のようで、鼻息を荒くしていた。
(どうにかして、また次元の力が使えるようになる方法を探さなくちゃ……!)
フィラが立ち上がったとき、元魔は翼を広げて、高く飛びあがった。そして一刻の猶予もなく急降下する。『巳梅』に向かってくる足の爪がぎらついたのが見えてフィラが飛び出す。瞬間、元魔が降り立つと激しい土埃が舞いあがった。しかしフィラが『巳梅』を拾いあげていて、土埃の幕を破って抜けだした。
『巳梅』を腕に抱いたまま、フィラはやみくもに街の中を駆け抜けた。
「ごめんね、ごめんね、巳梅。私……」
視界の端が、光る。
そのときだった。重々しい雷鳴があたり一帯に轟いた。びっくりして、フィラは思わず足を止めた。そして振り返ると、元魔を見下ろすように家屋の屋根の上に立ったロクアンズが、手を翳していた。
「七元解錠」
猛烈な電気が、彼女の肌の上を撫でる。
「──雷撃!」
電気はおびただしい質量で噴出され、巨大な元魔を焼き尽くす。目に痛いような光が、フィラの視界に突き刺さって、ぎゅっと目を瞑った。しかし、元魔の雄々しい咆哮が聞こえてきた。目を開くと、全身をあますことなく焼かれたはずの元魔はまだ動けるようで、身体の節々から煙をあげながら、ロクを睨んでいた。
地下にいるはずなのに、どうして──脳裏に掠めた疑問は、飛んできた声によってかき消された。
「フィラ副班! 標的が大きすぎる……! 巳梅の毒で体力を削ろう!」
ロクは言ってから、殺気を感じ取って、牙を剥き出しにして襲いかかってきた元魔から距離を取った。腕を振り、翼を扇ぎ、次から次へと猛攻を繰り出してくる元魔と相対する。
その姿を、フィラは呆然としたような目で追いかけた。
返事をしないフィラを心配したのか、ロクがこちらを振り向いた。
「任せたよ!」
──はっとして、フィラは臙脂色の目を見開いた。
その一言が、じんわりと胸のうちに浸透して、どこか軽くなっていくような感覚を覚えた。ぼんやりとするフィラの腕の中では、『巳梅』が心配そうに、彼女の顔を見上げていた。
重たかった扉が、音を立てる。
「ええ、わかったわ」
そう返事をしたフィラの声には芯が通っていた。
フィラの腕の中から『巳梅』がぴょんと飛びだして、地面に着地する。途端、『巳梅』の身体が小刻みに震えだした。ぶくりと腹が膨らみ、目がぎょろりと剥いて、肢体がぐんぐん伸びていく。見る見るうちに『巳梅』のとぐろが太く巨大に膨らんで、ついにもとの大蛇の姿へと変容した。
『巳梅』は低く唸ると、とぐろを解きながら、おなじほどの身の丈をしている巨大な元魔を目がけて猛突進した。
「──六元解錠、"咬餓"!」
がぱり、と大口を開く。久しく獲物を捕らえていない、餓えた牙に唾液が絡みつき、糸を引く。飛び立とうとした元魔に覆いかぶさり、『巳梅』はその喉笛に食らいかかった。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.179 )
- 日時: 2025/07/20 20:47
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第161次元 不審な熱風
黒い血潮が飛散する。蛇歯で喉を食い破られた翼竜の元魔は、甲高い悲鳴をあげた。そして、周囲の建物を巨大な足で踏み潰したり蹴飛ばしたりして、もがきだした。首は半分ほど食われてなくなっていたが、内側からぶくぶくと肉が膨れあがってくると、顎の下にいびつなひだができて、頭を支えた。
元魔が『巳梅』を標的に据えて覆い被さる。二体の大型の生物たちが、互いに食いつき、威嚇し、もがいているうちに、フィラは手元を見つめて集中を極めていた。次元技をふたたび発動できた、その実感を肌から逃がさないようにした。
もうどうして、しばらく次元の力が使えなかったのかわからない。血とともに身体を巡る元力を慣れたように捕まえて、フィラは意思のままに、"新しく脳裏に浮かびあがった扉のふち"に触れた。
「五元解錠、──"渦局"!」
『巳梅』は柔らかい肢体をぐねらせて、元魔の猛攻を器用に回避する。身をねじって避けて、避けて、そうしてだんだんと元魔の身体にぴったりと貼りつき皮膚の上を滑っていく。しだいに、元魔の腹や脚、首筋にまで巻きついた『巳梅』がぐっと力を入れた。たちまちに元魔はいびつな体勢となって締めあげられる。
拘束に成功した。フィラが続けて"芯毒"を発動させて毒を仕掛けるだろうと思ったロクアンズは、それを見越して、次の攻撃の準備に身構えた。しかし、そのときだった。
ぐねぐねと揺れる元魔の大口が開いて、すぐに異様なものがロクの視線に突き刺さった。──赤く、鋭い一閃。それの正体がわかったのは、ロクの頬を掠めたあと、顔に妙な熱気が灯ったからであった。
(火?)
元魔が、口から火を吹いたのだろうか。咄嗟のことで、ロクはすぐにわからなかった。
ロクが気を取られているうちに、フィラは二体の大型生物たちを見上げて、立て続けに詠唱した。
「六元解除、"芯毒"!」
『巳梅』と元魔の顔は、ごく至近距離で肉薄しており、もはや逃れる術はない。尖った牙が元魔の太い首に穴を開ける。深く深く食いこむと、元魔はより激しく鳴き喚いた。元魔は今度こそ力強く翼を仰いで、『巳梅』を振り落とす勢いで飛び立った。
「巳梅」とフィラが名前を叫んだ。元魔から落ちるまいとがっしり捕まっていた『巳梅』は、その一声で身を離した。
元魔は左右に大きく揺れ動いて、いまにも墜落しそうなほどにふらふらしていた。
「ロクちゃん!」
呼ばれたロクはすでに全身に雷を纏わせていた。崩れかけた屋根のうえに立つ彼女は、しゃがみこんで、屋根の瓦に触れた。
指先から、雷光が飛散する。
「──七元解錠、"雷柱"!」
ふらつく元魔の影が落ちる、その地面の上に雷の円陣がほとばしった。刹那、円陣のふちから猛烈な雷光が立ちのぼり、巨大な翼竜の元魔を輪郭ごと、丸ごと貫いた。
巨雷の柱の中で、元魔が黒煙をあげて、炭となっていく。やがてぼろぼろと崩れ落ち、完全に消え去ると、"雷柱"も立ち消えた。
フィラは、何者もいなくなった空を見上げて、ほっと息をつく。そして真っ先に『巳梅』の傍へと駆け寄った。
「巳梅、怪我はない?」
フィラを見下ろした『巳梅』が、機嫌がよさそうにキュルルと鳴いた。フィラは、揺れそうになった目尻をぐっと支えて、言った。
「また、待たせたわ。ごめんなさい。ありがとう、……もう大丈夫よ」
そう胸を撫で下ろしたフィラは、思い出したようにあたりを振り返った。
たしか屋根の上にいたはずだが、いくら視界の中を探してみても、ロクの姿が見当たらない。
「ど、どこ行っちゃったのかしら。ロクちゃん……」
通信具も取り上げられてしまったから、ロクとはすぐに連絡をとることができない。地下から逃走したとはいえ、乱暴にとっ捕まえたりはしないのに、とフィラは思いながらも、周辺を探し回った。
路地裏に貼りつく濃い影が、疾走するロクの顔に落ちる。彼女は人目のつかない道を選んでひたすらに駆け回っていた。そして、住宅地でもない、閑散とした街の端にまで辿りつくと突然に振り返った。
薄暗い路地に光が満ちる。
「五元解錠、"雷砲"」
一筋の雷光が、細い路地の間を掻き切った。すると、黒い人影が高く跳びあがった。おおよそ人間技ではない高さまで軽々と跳躍し、着地すると、その人物はようやくロクと対峙した。
「あなただよね。元魔との戦闘中に、どこからか仕掛けてきたのは」
全身を黒い布地の服で覆ったその人物は答えなかった。しかし、腰を低くし、臨戦態勢をとると、ただ一言だけロクに言い放った。
「お前には死んでもらう。神族【HAREAR】」
──暗い光が、燃え立つ。そのとき、目の前の人物の足元から、煌々とした炎が燃え盛った。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.180 )
- 日時: 2025/07/20 21:03
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第162次元 炎熱と迅雷
体格から、男だとロクアンズは推測した。背丈は、義兄のレトヴェールよりも頭ひとつほどは高く、肩幅もあり、筋肉質な小麦色の脚が黒い上衣の下からぐんと伸びた。黒ずくめの男らしき人物はロクの脇腹を目がけて、"炎を纏った脚"を振るった。ロクは身をねじって跳ね上がり、回避する。すると炎の熱がじり、と肌を炙る感覚がした。そうかと思えば、男は次の一手に移っていた。まだ着地していないロクとの距離を一気に縮めて、彼女の頬を殴り飛ばす。鈍い音とともにロクの視線はぶれて、かは、と咽喉を擦る。そして息を吸う間もなく、目前では猛火が湧き立っていた。
「──五元解錠、"炎撃"!」
炎々と盛りあがった猛火の塊がロクの視界を焼き尽くす。
真正面からその熱を受け止め、ロクは黒い影となる。その影が炎熱の中で揺らめいて、黒衣で覆われた男の口元が動いた。
「灰塵となれ、悪しき神族が……!」
しかし、次に男は瞠目した。
炎の幕をぷつりと破った一筋の電気の糸が、爆ぜる。男が身構えるやいなや、ロクは渦巻く炎の中から飛び出して、雷を従わせた手のひらを突き出した。
「六元解錠、"雷撃"!」
雷の大塊が、バチバチッと激しい破裂音を立て、男のことを頭から飲みこんだ。
男は後ろに仰け反ったが、伸ばした両腕で地面をついて、宙を回転しながら見事に受け身を取った。何度か跳ねたのちに着地する。どうやら身体能力が高いらしく、生半可な攻撃では致命傷にならないだろう。そのうえ一本道であっても、"雷砲"は先刻に躱されてしまったし、"雷柱"も範囲を絞らなければ周囲の建物を破壊してしまうし、かといって小さな柱を立てても簡単に回避されてしまうのは自明の理だ。
(そのうえ、相手は次元師だ。私とおなじ魔法型、かつ、"八元質"とも呼称される、自然に由来する次元の力の持ち主)
ロクの『雷皇』のほかにも、自然物に由来する次元の力は七つ存在し、それらはまとめて八元質と称される。
八元質の次元の力は、基本の四元素の炎、水、風、地のほかに、氷、雷、光、影の四つを含む。影の『影皇』は、此花隊の元研究部班班員のナダマン・マリーンが所持していた次元の力だった。八元質は、魔法型の次元の力の中でもとりわけて性質の柔軟性が高く、扱いは難しいが、使い手次第では各段に威力を高められる力を秘めている。それゆえにナダマンも次元師としての評価が高かった。
なにが飛び出してくるのか、そしてどれほどの技量の持ち主か計り知れない。それなら、とロクは腰を低くし、身構えた。格闘の態勢に入ると、男は嘲笑するような声をあげた。
「はん、格闘か! いい度胸だな。ただのちんちくりんな女の姿をしてるてめえに、男の俺と戦り合えるか!」
男の足元から猛火が立つ。そして、男は手足の局所だけを炎で包みこんで、おなじように臨戦態勢をとった。
「六元解錠、──"炎装"!」
詠唱するやいなや、男は脱兎のごとく飛びだして、すかさず脚技を打ってきた。ロクは身構えていただけあって、最初のときのようには食らわない。最小限に抑えた下半身の動きだけでそれを躱した。しかし、避けても肌の表面が焼ける。炎の残穢まで振り切れなかったのだ。
続いて男は、一足飛びでロクの懐に入りこんできた。燃えたぎる拳を突き上げる。だが彼女の左目から見える視界は、澄みきっていた。彼女は拳にまといつく闘志までもを捉え、顔を逸らしながらわざと右手でそれを受け止め、勢いを殺す。左手を握りこむ。男がはっとしたのは、彼女の左の拳が、青筋を浮かせた鋭利な一打が肉薄していると勘づいたからだった。
避けろ、と男の胸のうちで警鐘が鳴る。ただの華奢な少女が握るような拳なのに男は受けずに身をねじって避けた。雷は纏っていなかった。だのに打たれるところだった頬が妙に痺れて、男は奥歯を噛んだ。
"炎装"という次元技によって猛火を灯した四肢は、ただ格闘するよりも格段に速く振るえて、力も増し、打つとともに相手を燃焼させられる。ただの打ち合いでは優勢なはずだった。暗い路地には燃ゆる赤い光だけが散った。目の前の女が、神族ハルエールが、素手ですべての技を受けるのだ。まるで洗練された人間の動きだ。地上で、肉体ひとつで人間を相手に訓練してきたような、気に食わない呼吸の仕方に男はだんだんと腹が立ってきた。
業を煮やした男が勢い任せに蹴り技を放つと、ロクは片腕をとんとそれに添えるようにして、またいなした。かっときて、男は次いで怒号を放つ。
「どうした!? 雷を撃ってこいよ! ここじゃ人もいねえ……! なんでてめえみたいな存在が、人を気にすんのかも意味わかんねえが! 人みてえな動きをするんじゃねえよ……!!」
男が大口を開けるとともに深い息を吐きだしたとき、なにかの機を待っていたのか、ロクの足先から頭の天辺へと電気が迸った。男は鋭い野生感を持っており、すぐに、しまったと目元を歪ませた。ロクは、男が深い息を吐く瞬間を、息を切らすときを待っていたのだ。そうして始めて、疲労を誘われていたのだと気づかされた男は、周りの空気が電気で振動したので、つられて視線をあちこちへ泳がせてしまった。
「七元解錠、"雷装"」
雷光が瞬く間に空気を縫う。一打が、迫る。丸い肘が残光を引いて、男の視界に突き刺さった瞬間に、男は顎を叩き割られた。ぶれて反転した世界に青天上が映る。透き通る青を、一本の電糸が両断する。男が下を向くと、雷鳴を伴った細脚が男の脇腹に突き刺さった。男は頭から建物の壁に突っこみ、勢い余ってがらんどうの屋内へと転がりこんだ。ともに押しやられた壁の一部の、瓦礫の下から這い出たところへ、やまず電光石火が、雷を従えた彼女が到来する。彼女が踏みしめる足元から電気が散ればたちまちに距離はたんと縮まり、構える余裕もなく、男は稲光りする拳の軌道がまま真横に弾け飛んだ。
まるで動きが、追えない。息つく間はおろか、洞察するわずかな暇さえ与えられない素早さだ。まさしく迅雷を体で表す彼女の、若草色の左目を遠目にしながら、男は背中から壁に衝突し、またがらがらと壁の一部が崩れ落ちる音が立った。
意識が飛びかける。すると、男は胸元の布をぐいと引っ張られ、無理やりに叩き起された。
「っ、く、そったれ……! 離せッ! 殺すなら、殺せよ!」
「……だれの命令? それにどうして、まだ此花隊隊員以外が知らないはずの、私のことを知ってるの? 教えてくれたら、もう手荒なことはしないよ」
「クソが……!」
顔を覗きこんでくるロクに向かって、唾を吐きかける勢いで男が悪態をつくと、そのときだった。
たたっ、と急ぎ足な靴音がして、ロクが振り返ると、穴の空いた壁をくぐって入ってきたフィラが、わっと臙脂色の目を丸くした。
「大きな音がしたと思ったら、こんなところにいたのね、ロクちゃん……! ……って、なにをしているの……?」
謎の黒ずくめの人物の胸ぐらを捕まえているロクを見て、フィラが首を傾げる。ロクは、手負いの獣のように警戒心を剥き出しにしている男を一瞥してから、フィラに目配せをした。
その後、ロクとフィラは街内の警備を担当している警備班班員らに、元魔を撃退した旨を伝えた。それから街の修復を彼らに任せると、間もなくして此花隊の拠点へと帰還した。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.181 )
- 日時: 2025/08/17 12:33
- 名前: 瑚雲 (ID: 0otapX/G)
第163次元 吠える刺客
屋敷へと帰還したロクアンズとフィラを玄関で出迎えた隊員たちは、二人が謎の男を連れていたので吃驚した。黒ずくめのその男は、元魔との戦闘中にロクの命を狙って襲いかかってきた。ただ喧嘩を売ってきただけの浮浪者ならばまだよかった。男はロクが神族であることを知っていた。だからフィラの手──ひいては『巳梅』の胴体──ですぐさま拘束され、屋敷まで連行された。
道中、離せだの、どこに連れていくだの、生かすくらいなら殺せだのと吠えていた男は、セブンの執務室の中で膝をつかされ、黒い頭巾を取り払われると、燃えるような赤髪に藍鼠色の瞳をした年若い青年だと暴かれた。
執務室には、軟禁処分中のレトヴェールや、いまだに昏倒しているメッセルを除き、戦闘部班の面々が揃っていた。命を狙われた当人であるロクも、拘束を受けた状態ではあるが、状況の報告のために同席を許可された。
セブンは、いまにも噛みついてきそうな青年の顔をじっくりと観察してから、口を開いた。
「話は聞いたよ。早速だけれど、君は、"ロクアンズ・エポールを神族だと知っている"らしいね。しかしそれはね、まだこの隊の人間しか知り得ないはずの最重要機密事項だ。どこで知った」
語尾は強く、執務室内の空気が途端に張り詰めたものになる。眉間を射抜かれるような視線を受けていながら、青年はしごく落ち着いた声で突き返した。
「俺は口を割らねえぞ。たとえなにをされてもな」
「なるほど。周りが見えていないようだね。いま君を取り囲んでいるのは、全員が次元師だ。つまり君が次元師であってもこちらは臆さない。死なない程度に拘束をすることも、毒を与えることも、わけはない。君がどれほど耐えられるかは実物だね」
青年は鼻を鳴らし、なおも強気な物言いで食ってかかった。
「はん、そいつは脅しか? そんなちゃちな脅しを受けて怖じ気づくと思われてるたあな……! ああ、やってみろよ! 拘束でも毒でも、なんでも受けてやる! 俺は死んでも口を割らねえぜ!」
吠える青年が虚勢を張っているようには、セブンには見えなかった。怖気づいていないのはどうやら本当らしい。青年の目の奥を探っていると、コルドが傍までやってきて、恭しくセブンに耳打ちをした。
「班長。我々此花隊の隊員しか知り得ないはずの情報を、彼が知っているということは、つまり……」
セブンは片手をあげ、コルドにそれ以上続けさせなかった。短く嘆息をすると、セブンはガネストに視線をやった。
「ガネストくん。悪いけれど、彼の上布を取り払ってくれないかい?」
「は、はい。ただちに」
言われた通り、ガネストが青年の黒衣に手をかけると、青年はあからさまに嫌な顔をして、乱暴に身をよじった。
「なにすんだ、てめえ! 触るな!」
しかし、青年は手足を縛られているから、抵抗も虚しく上半身が暴かれた。
首から腰あたりまでを覆っていた布が取り払われると、どよめきが起こる。青年の左肩に黒い奴隷紋が刻まれていたのだ。
わなわなと震えるフィラが驚きの声をこぼした。
「嘘……そんな、奴隷制は廃止されたはずよ。それに、元奴隷であっても、紋様は書き換えられたと噂では聞いたけど……どうしてまだ彼の腕に……」
セブンは、執務机の上で指を組み直して、青年に言った。
「君は政会に飼われた、次元師の奴隷だ。そうだろう」
「……」
「君に、ハルエール暗殺の指示を下した人間の名を吐かせるのは難しそうだね。どうせ政会の上層部か、中層の人間、そして単独犯だろうけど……。さしづめ、たしかな情報筋から事実を知ったその人物が手柄を急いて刺客を寄越した、といったところかな。神族相手に単身乗り込ませるとは……信じられない詰めの甘さだけれどね。結果、鼠はいま我々の手のうちだ」
淡々と言ってのけるので、フィラはすこしの間、あっけにとられていたが、すぐにはっと思いつくことがあった。ベルク村の元領主、ヴィースが連れ立っていた双子の次元師だって、思い返してみれば奴隷とそう立場は変わらない。それに彼らはドルギース国側についていた元奴隷だ。停戦後、奴隷制から解放された彼らは、ヴィースに拾われたのだと喜んで供を務めていたが、ヴィース本人にも政会の息がかかっていたし、遠目に見れば、実情は解放されていないかのようにも見える。いうなれば、"政会が元奴隷の次元師を買った"あるいは"拾って懐にしまいこんだ"、ともとれてしまう。
フィラが難しい顔をして考えこんでいる横で、ガネストが思い切って口を挟んだ。
「あの、つかぬことをお伺いするのですが……メルギースとドルギースには次元師の奴隷が存在したというのは、本当ですか?」
「よく勉強しているね。感心なことだ」
「この国……ひいてはこの大陸の歴史について、多少なりとも知っておく必要があると判断しましたので。……して、なぜ次元師なのに奴隷なのでしょう? 人間を屈服させる力を持った者たちが、みすみす奴隷になるだなんて、にわかには信じがたいのですが」
赤髪の青年が、あからさまに怪訝な顔つきになる。上衣を取り払われた私怨も混じってか、青年はガネストに悪態をついた。
「なんだてめえ。よそ者かよ」
「そうだよ。わざわざ他国から、次元師として神族と戦うために力を貸してくれているんだ。では、よそ者の彼らに教えてあげてくれないかな、刺客くん。なぜ次元師の奴隷が存在しているのか」
「は? てめえで言えばいいだろ。なんで俺が言わなきゃならねえ」
「恥ずかしい話、私もよくは知らないんだ。なぜなら、奴隷制が廃止された十四年前というと、まだ私も無知な青年であったし、実情を知らない国民も多いんじゃないかな?」
セブンをよく知っている者から見れば、彼が明らかに嘘をついていて、発言を唆しているのだと察せられたが、青年はこの日初めてあった男の懐など知る由もない。まんまと焚きつけられた青年は、ぐるりと周囲の視線を睨み返した。
「どいつもこいつもお花畑かよ。なにも知らねえでのうのうと生きてやがんのか? 次元師ならなおのこと腹立つぜ! てめえも、てめえも、みんなふざけた野郎だ!」
だんだんと頭に血が昇ってきたか、青年の声もそれに応じて激しくなっていき、もはや触れればたちまちに熱を点火させられそうな剣幕で彼は続けた。
「いいぜ。バカなてめえらに教えてやるよ。人間の力をはるかに上回る次元師が、なんで大人しく国の奴隷なんかに成り下がったって? 国の頭どもがばかほどに強え次元師を飼ってたからに決まってんだろ! だから従うしかなかったんだよ。だから尊厳もなにも全部捨てた! 命が惜しかったからだ……! 自分より強え奴に制圧されたら、手も足も出ねえだろうがよ!」
青年が吠えるように語ったのは、この場を乗り切るために練られた作り話ではなかった。奴隷として、国中から捕獲されたならず者の次元師たちは、抵抗しようにも叶わなかった。自らよりも強い存在が、政会の一駒として権力を握っていたからだった。奴隷の次元師たちは、本能的に力では適わないと悟り、従うよりほかになかった。ごく一部、反感の意を唱えた次元師もいたが、見せしめのためか殺害されている。政会の人間たちはことあるごとに、奴隷たちに言って聞かせた。「ここで死を選ぶならそれでもかまわない。力も満足に振るえず憐れで救いのない終わりを迎え、あとにはなにも残らない。そんなお前たちの尊厳と、存在意義を買ってやれるのは、国しかいない」──と。そう、奴隷の次元師たちは刷りこまれていたのである。
現代を生きる赤髪の青年も例外ではなかった。血気盛んな彼は、政会に飼われた"実力のある次元師"という存在に歯向かったことだって当然のごとくあった。しかし、制圧された。命が惜しければその力を国のために捧げろと、雇い主は得意げに鼻を高くして言った。そうしているうちに、青年はふっきれたのか、公には存在しないことになっている奴隷という居場所に定着してしまった。
「腐ってんだよこの国は……。神との戦い? それを打ち倒す次元の力? 選ばれた英雄だ? 結局は、強い力を持つ次元師を国の頭どもが抱えこんで、北との戦争に備えてやがるんだ! 違えねえ! 都合のいいときだけ神と戦うための戦士で、俺たちは、どこまでいっても国の奴隷だ……!!」
嫌悪か、自嘲か──どちらかといえば、後者に傾いた感情の吐露は、だれに放ったものでもなかった。しかし、戦闘部班の班員たち──とくにメルギースで生まれ育った者たちの顔つきは一層の真剣みを帯びていた。一時休戦を機に、奴隷制と次元師の軍団化の廃止を公布したのは、政会である。次元師を戦争の道具にしないための政策だと銘打っておきながら、水面下では着々と、次元師の力を一か所に集約しようとしているのではないか──そんな疑念が頭の中に沸いた。
青年は肩を上下させ、まだ息が整わないうちに、ロクを視界の中心に据えた。
「なあおい、神族。てめえは知ってんだろ。教えろよ! 神族は国の頭どもの産物か!? 本物の敵はどいつなんだよ!? いったいどこの腐れ野郎が神族を、次元師をこの国にもたらして、いらねえ戦を生んだ!?」
ロクが返す言葉を失っていると、青年はさほど待たずして、彼女の態度に辟易した。それから音を立てて舌打ちをする。
「言わねえのかよ。やっぱり人間の味方をする気がねえんだな。おい、俺だけだと思うなよ。てめえは、国の敵だ。すぐに国中から矛先が向く。てめえを殺そうと動きだす! すぐにだ! てめえや元魔に、家族や大事なもんを奪われた奴がこの国でまだ生きてる限り、いつかその報復を必ず受けるぜ。必ずだ……!」
眉をひそめたロクの頬に、一筋の汗が伝う。青年は、神族を直接恨んでいるというよりは、神族の顕現とともに誕生した次元師たちが、耳に聞こえのいい言葉で国の駒となり、戦争の道具とされることに怒りを覚えている。だからきっと、神族の存在が許せないのだ。彼の言い分はもっともであるし、ロクだって、ベルク村でリリアンやリリエンと対峙したときには、彼女たちの身の上──元奴隷であり、当時齢六歳という幼子でありながら、十四年前の南北戦争で一時期前線に立たされていたこと──を思い、憂いた。リリアンからは憐れむなと突き離されたが、次元師たちが望まない形で力を利用されていいはずはない。それはずっとロクの頭の片隅にあって、いまもときおり、胸の奥を締めつける。
「それは……そうだろう、けど、一つ教えて。あなたは、国の味方? それとも、……国の奴隷? あなたの心は、どっちにあるの?」
青年ははじめて、しばし目を見開いて、閉口した。目元だけは変わらずにロクを睨んでいたのだが、青年は突然にはっと瞬きをして、ゆっくりと唇を開いた。
「……てめえはそういや、心情の神……」
それだけ呟くと、さっきまでの威勢が嘘のように、青年は黙って項垂れてしまった。
執務室がやっと静寂を取り戻すと、その途端。事態に気がついたセブンが眉をしかめ、急いでガネストに指示をした。
「ガネストくん、彼の様子を確認してくれ。早く」
焦ったような口調でセブンが言うので、ガネストはさっそく青年の傍まで近づいて、そして。
項垂れた重たい頭を、両手で掴んで持ちあげたとき、青年の口の端からつうと赤い血が滴り落ちた。
「舌を、嚙み切っています……!」
ごぽり、と吐き出された血の塊が、赤い絨毯の上を濃厚な色に染めあげる。ガネストは、驚いて立ち尽くす一同を見渡して青年の危険を知らせた。おそらく、心情の神に読心をされると恐れた、もしく胸中を悟らせまいとしたのだろう。すがすがしいほどに迅速な判断だ。
慌てて駆け寄ったキールアが、すかさず術を展開する。青年の安否の確保が優先だ、とセブンの声が室内に響く。治癒を与えながらキールアは、青年を抱えてすぐに執務室を出て行った。フィラも連れ立って、三人は医務室へと急いだ。
ロクが、三人が飛び出していった扉を見つめて、眉をしかめていると、コルドが口を開いた。
「彼のことはキールアたちに任せよう」
ちゃり、と鉄鎖の擦れ合う音が立つ。ロクは小さく頷くと、コルドに連れられて執務室をあとにした。
地下室への道筋を、ゆっくりと俯きがちに辿っていると、どこからともなく隊員たちのひそめた声が聞こえてきた。
「おい、あれ」
「ああ。ロクアンズだ。神族だって? まだ信じられない」
「地下で監視されているんじゃなかったのか?」
──ついに此花隊の全隊員に情報が公表されたのだろう。道すがら、すれ違う者たちはみな、ぎょっとするような、信じられないものを遠目にするような、忌避の目を向けてきた。いずれこうなることが予想できていたロクは、ほとんど動揺を見せなかった。
「どっちだと思う。信用していいのか、疑うべきか」
揺らぎ、伝播し、膨らむ心情をあえて探ろうとしなくとも、ひしひしとそれを肌が感じ取った。ロクは変わらない速度で、コルドとともに屋敷の廊下を進んだ。
「神族って心臓がないと聞いたけど、本当だろうか。じゃあ、いったいどうやって……」
「待って、それ以上はやめよう。いま、こっちを見た。心の声を聞かれたかもしれない」
目を背けられたように感じたが、ロクは言及も、追及もしなかった。悪い気がして、周囲の声を遮断しようとしても、鼓膜が勝手に声を拾いあげる。
「レトヴェール・エポールを騙していたらしい。彼はいまも、あの子に心酔し、狂乱しているそうだよ」
ロクは足を止めた。
しかし、一瞬だった。彼女が静止したために、手元の鎖がたゆんだ感覚を覚えたコルドだったが、すぐにまた彼女が歩きだしたので、黙って後ろについた。
耳に入ってくる声が募る。後ろ向きな思惑がそこかしこで渦巻いている。自覚をしていないうちにロクの脳髄は熱く膨張していって、やがてぼうっとなりかけたとき、ちょうど地下へ続く階段に至った。
ひやりとした空気は彼女を抱きこんで、そしてふたたび、暗闇の中へと閉じこめてしまった。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42

