コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.153 )
- 日時: 2024/10/05 21:55
- 名前: りゅ (ID: 6HmQD9.i)
閲覧17000突破!!おめでとうございます!
更新頑張って下さい❣
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.154 )
- 日時: 2025/01/19 19:33
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第137次元 時の止む都ⅩⅢ
地面を踏みしめ、いざ踵が弾ける。と、電気が迸った。ロクアンズの爪先が、白髪の神族の喉笛を捉える、が神族は羽虫にするように手の甲でそれを払った、そして反対の腕を鋭くさせて、ロクアンズの脇腹を貫きにかかった。間一髪のところでロクは神族の腕を踏み台にし、身軽くさっと頭上に跳びあがると、空中で回転する。
手のひらを突き出せば、指の隙間に神族の姿を捕まえる。神族の足元に猛烈な電気が奔るやいなや、神族を中心に、雷光が眩く沸き立った。
轟音とともに、雷の柱が噴出された。
"雷柱"は煌々とした光の塊となって天上を貫く。だが、見れば、神族は星空の中を高く舞っていて、すたっ、と瓦礫の山に降り立っていた。
「フィラ副班!」
「ええ、わかっているわ!」
ロクも地面の上に着地して、神族から目を離すまいと、フィラの姿も見ずに叫んだ。フィラは頷いて、ガネストの腕を自身の肩に回すと、早々に戦場から離れようと走り出した。
神族は、去っていく二人の背中を視界に据えていた。口の端を上げて、灰色の腕を颯爽と持ち上げる。
広い街道を走り続けるフィラのすぐ背後で、地面が小刻みに揺れ始めた。またあの木の槍を隆起させるつもりなのか──予想は当たり、地面の下から木の根の軍勢が乱暴に出現した。すると、間髪入れずに、雷鳴が轟く。電気の塊が降り落ちて、先鋒が焼き切られた木の槍たちは、煙を上げながらばたばたと地面に伏していく。
白髪の神族は、わざとらしく舌打ちを鳴らした。
「ツマンネーことすんなよ」
「あたしが相手だ! 邪魔されて悔しいなら……あたしを止めてみなよ!」
神族とロクの会話を背にして、フィラは一度も足を止めずに走り続けた。一刻も早くガネストを安全な場所に連れていって、怪我の治療をしなければならなかった。ガネストから、ルイルとメッセルが潜んでいる場所を案内してもらったフィラは、その建物の路地に滑りこんだ。
建物に辿り着いてすぐに、止血から取りかかろうとガネストに触れようとしたフィラだったが、しかしガネストは、治療を受けて安心しきってしまう前にと、伸ばされた腕を力強く掴んで止めた。
「なりません、いくらロクさんでも、神族を一人で相手するだなんて。無茶です。早く戻らないと……」
出血は止まらず、呼吸もままならないなかで、ガネストは言い切った。彼の言い分は正しい。ガネストのいまにも落ちそうな瞼と、傷だらけの顔をフィラはきちんと見つめていた。それから、壁に寄りかかって動かないメッセルの姿を見やった。彼は戦闘不能だろう。おそらくメッセルの次元の力の中で守られているのだろう、ルイルも気絶しているようだった。
フィラはすぐにガネストに視線を戻すと、掴まれた手を上からさらに強い力で掴んで、なかば無理やりに引きはがした。そして、今度は優しくその手を握りしめた。反対の手で、ガネストの額の傷跡に布をあてがってからフィラは言った。
「大丈夫。ロクちゃんのことをどうか信じて。それにあなたたちの治療を終えたら、すぐに私もロクちゃんのもとへ向かうわ」
「……」
ガネストには、すごんで言い返すまでの気力はもうなかった。そうして五体を投げ出して、なされるがまま治療を受ける。働かない頭をゆったりと動かした彼は、瞼の隙間からかろうじて見える街路を眺めた。
電光が走る。地面が抉れる音がする。神族が挑発的ながなり声で叫んで、ロクも負けじと詠唱を突き返して、またあたりが眩い光に満ちる。
白髪をざっくばらんに靡かせる神族の四肢はまるでそれ自体が生き物であるみたいに縦横無尽、変幻自在で、地上を跳び回る様は水を得た魚のように自由だった。そして野生的な鋭い眼をして、獲物の心臓をしつこく狙おうとする。ロクは、まさしく人に似た形をしているだけの獰猛な獣を相手にしている気分だった。
気分、だけで済めばよかった。
神族が地上高く跳び上がるのを逃さず、ロクは暗雲から雷を呼ぶ。
「五元解錠──雷撃!」
雷の鉄槌が降り落ちたのは、神族の頭上。だったが、神族の影が空中で身をひるがえす。ひらり、と雷の鉄槌を紙一重で躱したその影は、瞬きをした次の瞬間、形を変えていた。
(……っ、つ、翼──!?)
神族の背にたくわえられた立派な翼は鳥類のそれらしく見えた。灰色の翼を左右に広げ、余裕たっぷりに空中浮遊を楽しんだあと、神族は地面に向かって急降下した。
ぶわりと土煙が立って、ロクは顔を覆った。慎重に腕を下ろしていくと、砂で覆われた視界の先で、神族の影が揺らめいていた。しかしあれほど立派に生えていた翼の影がどこにもないではないか。さきほど見た光景は、幻覚だったのだろうか?
ロクはかぶりを振って、すぐに考えを改めた。幻覚なんかじゃない。それでは、空中で雷撃を避けたことに説明がつかない。おそらくこの白髪で痩身の神族は、あらゆる野生生物の姿かたちを自由に再現する能力を持っているのだ。
(それに、野生生物だけじゃなくて、植物なんかも操れる。この神が司るものは、たぶん──!)
分析をしていると、土煙の向こう側で、神族が大きく吠えた。はっと我に返って、ロクは警戒した。
土煙はだんだんと薄らいで、晴れていく。すると、華奢な神族の身体の影が、むくむくと膨らみ上がるのが見えた。腕や脚の筋肉が、隆々と盛り上がり、背丈も見る見るうちに高くなっていく。
「オイオイ、オマエの芸はカユい電気だけかよ! ツマンネーな!」
一段と低くなった声で神族がまたひとつ吠える。次の瞬間、土煙の幕を破って、白く厚い毛に覆われた太い腕が突き出された。一瞬のうちにロクの眼前にまで拳が迫り、彼女が息を詰めるのと、その豪腕に首を掴まれたのはほぼ同時だった。
がっしりとした大きな体躯で悠々とロクの身体を持ち上げ、彼女は宙ぶらりんになった。変貌を遂げた神族の姿は、熊にも虎にも見える獰猛な獣になっていた。
「ぅ、ぐ──っ」
太い腕にしがみついて、ロクはそれを剥がそうと奥歯を噛み締めた。しかし、神族はまったく意に介さず、じたばたと暴れるロクの姿を愉しんだあと、瓦礫の山に向かって乱暴に放り投げた。ロクは長い距離を水平に飛んで、頭から瓦礫の山に突っ込んでしまった。重く激しい音が、あたりに響き渡る。
余韻もないうちに、神族は瓦礫の山に突進した。しかしそのとき、瓦礫の山の底から、雷の塊が噴き出した。
電子の糸を纏いながら飛び出したロクに、かまわず獰猛な前肢が伸びる。神族は太いそれでロクをわし掴みにかかった。
すんでのところでロクは身体をねじり、躱した。
だが、猛攻は止まらなかった。二本だけだとは信じられないほど次から次へと前肢が伸ばされて、そのうちに、獣の手先の爪がより鋭利に尖った。
鋭い一点、二点の切っ先がロクの首元を狙う。狙う。狙い続ける。
ロクはぶつぶつとなにごとかを呟きながら、頭部を揺らし、身体をねじり、肩を引き、脚を畳み、避ける。鋭利で断続的なそれらの猛攻から必死に逃れていた。
「逃げてばっかかよ、オイ! 撃ってこいよオマエの芸をさあ!」
真っ先に勢いが死んでいく手先からいなす。脇腹に迫るもう片方の前肢が爪の先を鋭くさせても、その"一点"の到達する地点を読んで、避ける。ロクはそれから、神族の呼吸を捉えようとしていた。この神族は、人の形であったときには、呼吸の音がしなかった。しかしいまは獣の姿をとっている。ロクは精神を研ぎ澄まして、獣としての神族の呼吸を聴こうとしていた。しばらく格闘していると、独特だったが、呼吸音が聞こえ始めた。そうして掴んだ神族の呼吸音がロクの鼓膜から脳に送られる頃には、彼女は体勢を整えていた。猛烈な攻撃を躱し、反撃の機会を探るための体勢を、だ。
「……右、突き。左、横薙ぎ。次に殴打。足払い。振り上げ。左、突き。右……」
ロクはずっと、ぶつぶつと呟きながら、矢継ぎ早に繰り出される乱暴な戯れと相対していた。
ガネストは、息をするのも忘れて、ロクの動きを目で追いかけていた。遠くて細かな動作までは見えなくとも、変貌した神族相手に防戦一方ながら、一撃もまともに食らっていないのがわかった。彼女は上手に"受けている"。遠距離での戦法の印象が強い彼女が、長い時間、肉弾戦で敵と格闘しているのを初めて見たのだった。
「クッソおまえ……ムっカつくな! ちょこまかしやがって、ウザッテエ野郎!!」
一方的で手ごたえのない攻防に、苛立ちが隠せなくなったか、神族は表情をぐわりと歪ませて勢いよく飛びかかった。両腕を振り上げたので、正面から掴みかかってくるのだろうと予測していたロクだったが、二秒と経たないうちに予測が外れた。がくり、とロクの膝が折れた。体勢を崩したのは、途端に地面が隆起したからだった。
地面の下から、無数の腐った木の根たちが一斉に産声をあげた。そしてロクの左足を掴まえると、それをかわきりに彼女の右足、胴、右腕、左腕、そして細い首に絡みつき一気に締めあげた。
目の前に立ちはだかる神族が、堅く握りこんだ手先を振り上げる。
「ほらよ、避けてみな──!」
丸太ほどある太い前肢から繰り出される渾身の一撃が、ロクの頬に叩き込まれた。何度も。何度も、何度も叩き込まれた。嫌な鈍い音があたり一帯に響き渡って止まない。殴打を繰り返した神族は、より一層力をこめると、大きく身を振るった。無数の木の根に締めあげられていたにもかかわらず、ロクの身体はいともたやすく吹き飛んで、宙を舞った。軽い身体はよく打ち上がって、空に弧を描いたのち、右肩から雑に落下した。何度か地面の上を跳ねた彼女は、しまいにはくったりと静止した。
重力に逆らえず地面にべったり貼りついていたそのとき、どん、どんと身体が跳ね始めた。
跳ねていたのは、地面だ。さらに一回りも二回りも大きく成長した神族が一歩ずつ、地面を踏みしめるたびに、小刻みに震動した。
「ノーラにトドメ刺したヤツにしかキョーミねえんだよ、ザコ! とっととコルド・ヘイナーの居場所を言え!!」
獰猛な獣は、歯茎を剥き出しにしてけたたましく咆哮する。一歩、また一歩、無防備に伸びているロクに近付いた。
そのときだった。神族の足元から、金色の光がわっと湧きあがった。
黄金の魔法陣が地面の上に広がった。外円の淵から、ばちりと、電気の糸が飛散する。
ロクは、右側の拳を高く振り上げていた。
「──ご、元解錠っ! "雷柱"!!」
"雷柱"が生み出される瞬間、神族は、もう一度翼をたくわえて飛翔する体勢をとった。しかし、地面から湧きあがった、猛烈な雷撃の塊が、飛び立った瞬間の鳥の片翼を焼き切った。
片翼を失い、一瞬、がくりと肩から落ちた神族だったが、激しい舌打ちをしながらもすかさず翼を再生させる。この間にも神族は、空を飛ぶために余計な肉を取り払って、機能的な細身へと変化していた。
「だァ! オイ! どうしたどうした! もっとちゃんと当ててこい! いまのが全力」
左手の指先をぴんと張り、ロクは息を止めていた。
"雷柱"を繰り出すために地面に振り下ろした右の拳はそのままに、彼女はとっくに、次なる攻撃の姿勢に入っていた。しっかりと地面に片膝をついて、自身の軸を揺らがないものにしていた。
神族の挑発の声が聞こえていなかった。
ただ、緩やかな風にまつ毛が揺れたのも、額から流れ落ちるぬるい血液が歪んだ頬を伝ったのも、わからなくなっただけだ。
「ちゃんと当てるよ」
まるで、一本の糸のように細い息を吐く。殺気に似たたしかな攻撃性を孕んでいた。彼女はそして、しごく冷静な声色で言うと、極限まで指先にこめた黄金の電熱を撃ち放った。
「────"雷砲"!!」
開いたのは、六元の扉だった。
彼女の深層心理だけがそれをわかっていて、本人は、"前唱"──次元技を発動する前に行う、強度の段階の定義──を唱えなくとも次元技が発動した事実にさえ気がつかなかった。
雷の光線は落星のように空を駆け、次の瞬間、神族の身体の真ん中を撃ち抜いた。
くの字に折れ曲がった細い肢体が空中で回転しながら、急速に落下する。ロクはまだ、電気の絡まった腕を下ろさず、ずっと神族の姿を睨んでいた。
「言わないよ……絶対に! たとえなにをされても、教えてなんかやるか!!」
ぶたれた頬が歪んで、目を閉じそうになっても、そうするわけにはいかず視線を外さなかった。
ロクはぐらつきながらも立ち上がり、重い右腕のほうに力を入れると、拳を握りこんだ。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.155 )
- 日時: 2025/01/26 21:29
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第138次元 時の止む都ⅩⅣ
──『逃げろ』、と言い渡されてしまったときの底知れない無力感が、ずっとロクアンズの記憶の最前列に並んでいて、いつでも鮮明に思い出せた。
右腕は完治していたのに、また負傷してしまったようだった。肩がかっと熱を持ち始め、どうにも腕が重たく感じる。しかしロクはそれを忘れてしまおうと、一層集中力を高めた。
二枚の翼を背に生やした神族が、雷の光線に射抜かれて急速落下した。どごん、と、神族が地面と衝突する激しい音がしても、ロクは警戒を解かずにいた。
衝撃の余波の風を受け、若草色の長髪が靡く。
フィラが、メッセルの胸元の銃痕のまわりに慎重に治療薬を塗布していたのだが、音につられて視線を上げた。
ロクの横顔を遠くに眺めて、彼女はふいに口を開いた。
「ロクちゃん、とても悔しがっているように見えたわ。コルド副班長から諫められたときのこと……。私は、当時の戦場がどうだったのかを知らないけれど……いつもだったら、嫌なことは『イヤ!』ってはっきり言って、したいことはどんなに難しくても挑戦して、食べたいものは『食べたい』って本能のままに言っちゃうあの子が、あのときのことは、なにも言わないの」
フィラはすこし笑みを交えながら、ガネストにそう言った。
義母が亡くなったときのことでさえ話してくれたロクだったが、ノーラとの戦場から一時撤退を強いられたときの話は、フィラは一度も聞いたことがなかった。あれから何日も経過している。すっかり気持ちを切り替えていて、もう落ち込んでいないのであればよいのだが、なんとなくフィラは気楽な心地になれなかった。
ロクがその話題には触れず、日々ひたすらに研鑽を積み重ねている。たったそれだけのことに、妙な焦燥を抱くまであった。
──もっと、もっと自分に力があったなら、コルドが重症を負うことはなかった。
また、上流階級の貴人たちの居住区だったウーヴァンニーフもいまや機能不全だ。死者が出ていないのは奇跡でも功労でもなく、ノーラが"そう"巧みに操作をしたからにほかならない。もし、ノーラが、人間に対して敵意のある神だったなら被害の規模はこの程度では収まっていないだろう。コルドとて命を落としていたかもしれない。
思い出して、最悪の事態を妄想して、あたかもそれが起きてしまったかのように苦い心地になった日が、何日も何日もあって、ロクはいわれようもなく苦しかった。
神族を目の前にして、仲間を置いて逃げた事実に耐えられなかったロクはあのとき、レトヴェールを必死に説得したのだ。
『やっぱりだめだ、レト、止まって! あたしこのまま逃げたくないよ。戻りたい! コルド副班が死んじゃうよ……! あたし、そうなったら、悔しくて悔しくて、やりきれない……!』
ロクは、真に迫った表情で何度も叫んだ。レトは深く悩んだ末に、二つの条件を出した。一つは決して無茶をしないこと。二つめは、コルドの邪魔をしないことだった。それから、戻るなら自分も一緒に、とレトは付け加えた。それらの条件を守ると約束して、ロクとレトはともに踵を返したのだった。
夜空の上から降ってきた神族の、その落下地点の付近では、緊張が走っていた。ロクはまだ息を止めていた。そのうちに、神族の影が、ゆらりと身を起こした。両肩にあった翼は、どちらも雷撃に触れて焼き切れて、灰になった羽や骨がぼろぼろと、風にさらわれていく。
ざっくばらんに伸びた白い長髪が、ゆらりと動いてから、神族は身体を左右に揺らしながら、しかしたしかな足取りでロクに近づいてきた。
やはり、致命傷は与えられなかったみたいだ。
神族は、あー、と汚い声で発声してから、面倒くさそうに外套の内側に手を差し入れて、懐をがりがりと掻いた。
「……だから言ってンだろ、カユいだけだ。オマエの電気なんてさ。いくらそいつをぶっ放そうが、足掻こうが、なにもかも無意味だ!」
風にはためく外套をばさりと開いて、神族は上半身を露わにした。首のすぐ下から腰の上までの胴部が"なくなっている"。正確には、胸を中心に大きな空洞がぽっかりと開いていて、暖簾のように黒い血がたえず空洞に幕を張っている。ロクにそれを見せつけるだけでは満足できず、神族は畳みかけた。
「見てみろ! オマエが必死になって、どてっ腹に穴を空けたって死にゃしねーんだよ、"神"は! オマエたち人間と違って……心臓がねえんだからさァ!」
神は心臓を持たない──ノーラが死に際に放った言葉が、脳裏に蘇る。またノーラは、「神に心臓を与える術がある」とも言っていたが、いま目の前にいる神族の態度は余裕に満ちている。おそらくまだ心臓を与えられておらず、斃す手段のない状態なのだ、というのがロクにもなんとなく察せられた。
ロクはこのとき、気落ちしそうになるのをなんとか保とうとした。
──なにを隠そう、神族に心臓を与える方法が、いまだわかっていない。
それを判明させるにしろ、ほかの方法を探るにしろ、いまは目の前に立ちはだかる神族との終わりの見えない戦闘を続行しなければならなかった。
「ノーラの阿呆、わざわざ心臓をもらってやっておっ死んだらしいな。とんだ阿呆だ! なにが面白くてそんなクソほど意味のねえことをしたんだ? あいつは昔から意味わかんねえんだよな。サッパリだ」
大きな声で、満足がいくまでべらべらと独り言をしていた神族が、突然赤い瞳をぎらつかせて、ロクに向かって舐めるような視線をくれた。
「まあいいや。オイ、ザコ! ようやく、身体ぁ、あったまってきたんだ! 準備運動の礼に名乗ってやってもいいぜ。なあ、知りてえんだろ!?」
神族は、大仰に片腕を天に突き上げた。
途端のことだった。あたり一帯、無造作に倒れ、折り重なっている木々の幹や枝葉、それら断片や、虫の死骸、獣の骨片が、風も吹いていないのに蠢き始める。
ロクが目を見開いて、警戒を身に纏っていると、視界の端に映ったある虫の死骸が、一瞬にして炭と化したように黒ずんだ。それは地面の上をのたうち回ると、縮小を繰り返しながらどんどん膨らんでいく。歪な形状をしたその黒い塊は、見る見るうちにロクの背丈よりも大きくなり──。
顔、と思われる外郭の一部に、血濡れたように赤い目を、宿した。
ロクは、信じられないものを見る目で"それら"の相貌に釘付けとなり、一瞬の間完全に静止した。
「我が名は【CRETE】(クレッタ)。創造神ヘデンエーラより命と肉体を賜った、"生命"を司る神だ!」
──それらが"元魔"であると、感情よりも先に頭が理解してしまったからだった。
「……げ、元魔────」
謎に包まれた存在といわれてきた、"元魔"。
それは神の使者とも、悪魔ともされて、世界中の人々を苦しめてきた悪しき存在を指す。
二百年前、神族がこの国から消え去った当初から、まるで入れ替わるように世界各地で出現するようになった謎の生命体がこの元魔だ。元魔という呼び名も人間が定めた。神族となんらかの関わりがあると判断されて研究も進められてきたが、生態も出生もいまだ解明されていない。次元の力でのみ排除できるがゆえに、政会も次元研究所も次元師を雇っているのだ。
(元魔は、神族が……クレッタが、生み出していたものだったんだ!)
"生命を司る神"、と自称した神族──クレッタの周囲に、黒き魔物"元魔"が出現する。十体や二十体では収まらないほど数多く、ひしめき合い、不快な叫び声で彼らは輪唱した。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.156 )
- 日時: 2025/02/02 19:42
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第139次元 時の止む都ⅩⅤ
目の前に広がる光景に気を取られていると、クレッタがロクアンズを指し示して叫んだ。
「オイ、食事だ! ヤツを食らい尽くせ!」
有象無象の黒い塊──元魔らが、クレッタの声に応じる。それらは束になって地面から跳ね上がり、ロクを目がけて落下してくる。
しかしそのとき、視界の端から飛んできた大蛇の頭が、数体の元魔に食らいかかった。
紅色の鱗をした大蛇、『巳梅』は頭を大きく振り乱して、食らった元魔を嚙み砕く。取り逃がした元魔は、太く長い肢体で鞭打って、跳ね返した。
ロクの傍らまでフィラが駆け寄ってくると、彼女もまた驚きを隠せないといったように、強張った表情をしていた。
「フィラ副班! ガネストたちは?」
「もう平気よ。治療をして、全員の無事を確認したわ。それよりも、ロクちゃん、これって……! 元魔よね!? 私にはなんだか、いま、神族の傍から湧いてきたように見えるのだけど……!」
「……"生命を司る神"、【CRETE】(クレッタ)って名乗ってたよ。予感はきっと当たってる! あいつが、元魔を生み出してる張本人なんだ……!」
「そんな……」
二人で息を呑んでいると、『巳梅』がらしくもなく唸った。ロクとフィラが同時に振り返り、眼前まで元魔が距離を詰めていることに遅れて気がついた。地面から跳ね上がった元魔の数体を、ロクが"雷撃"で焼き払う。反対に地面を這って突進してきた元魔らを、『巳梅』が肢体で鞭打ち、撃破した。
両翼を持つ、竜の姿に似た小型の元魔の背に乗って高見から見物をしていたクレッタが、ハッと鼻を鳴らした。
「べらべらしゃべる余裕があるんだな! それになんだよ、さっきから。そのゲンマっつーのは。名前なんか与えてねえよ、勝手につけやがって」
「あなたがこれを生み出して、この世界に放ってたの? いったいどこから、どうやって……!」
ロクは声を張り上げて、問いかける。クレッタはしごく面倒くさそうな顔をして、それには答えず、緩慢な動きであたりを見渡した。視界の先に、猫の死骸を見つけたクレッタが、それに向かって手を伸ばした。するど死骸は、まるで粘土のごとくぐにゃりといびつに変形し、見る見るうちに姿かたちを変えていく。そして腐った皮膚がより黒く変色して、やがて完全に真っ黒の塊となってしまうと、塊から奇怪な手足を生やす。こうして、元魔は造り出されていく。
盤面に駒を並べるみたいに、ロクとフィラにやられてしまった数をあっという間に取り戻すと、クレッタは口を開いた。
「力の感覚を取り戻すための練習で造ってたんだ、これは。つーか、それしかやることなかったんだよな。ぼこぼこ、ぼこぼこ造って。でも、造ったら消えるんだよな。まあどうでもいいんだけど。それで、やっと目ェ覚めた! 最高の気分だ!」
かっと頭にきて、ロクはたったいま生み出されたばかりの元魔に激しい"雷撃"を振るった。元魔の身が粉砕し、黒い破片が飛散するのをクレッタはたいして感情のこもっていない目で見過ごした。
ロクはきつく眉を吊り上げて言い募った。
「練習……? 元魔のせいで何人もの人が、大切な人を失って、傷ついて、いままで生きてきたんだ! それをわかってるの!?」
ロクの身体から高圧の電気が飛散する。宙を飛んでいるクレッタのちょうど真下にあたる地面に、円を描くように眩い光が走った。クレッタを目がけて"雷柱"が立つと、しかし、クレッタは小型の竜の元魔を踏み台にして跳躍し、回避した。クレッタの眼下では、踏み台にされた元魔が炭と化して、はらはらと消滅しだした。
「うるせえな」
怪訝そうにクレッタが眉をひそめたとき、殺気を嗅ぎつけた鼻がぴくりと動いた。人間のそれよりも長く尖った耳が立つとクレッタは真横を向いた。大口を開けた『巳梅』が、獲物を丸呑みにせんと飛んでくるが、クレッタは両腕をぶらぶらさせながら身を反らして、それを躱した。
『巳梅』の傍でクレッタを睨んでいるフィラも、憤った声で続いた。
「『うるさい』で、済まされる話じゃないのよ」
「ハハ。怒った、怒った」
悪童のようにわざと神経を逆撫でするような物言いで、ころころと笑い、クレッタはまた気分次第で元魔を創造する。
そうはさせるかと意気込んで、ロクとフィラは互いに連携をとりながらクレッタに攻撃を仕掛け続けるも、動きに変化が訪れていることにロクは気がついた。一対一で相対していたときとは、元魔が戦場にいることや、またフィラが参戦していることなど違いはあるが、そうではない。時間を追うごとに、クレッタ自身の動きが洗練されたものになっていく。
雷を振るい、撃ち、落とし。蛇身がしなり、噛みつき、咆哮を浴びせても、クレッタは見事な軽快さで踊るようにくるくると立ち回り、難なくそれらをいなす。ときおり元魔を盾にして棄て置けば、次元師たちの攻撃を回避する片手間に、いくらでもあたりに転がっている木片や死骸を使って元魔の創造を繰り返す。
これでは分が悪い。ロクたちの体力が消耗する一方だ。
「……」
ロクは思考を巡らせて、すかさずフィラのもとへと向かった。合流してすぐ、「フィラ副班、耳貸して!」と彼女は言うと、相手の返事も聞かずに"雷円"を発動した。ロクとフィラを覆い隠すように、半円状の雷の幕が張られると、その幕に触れた元魔の身体が電気にあてられ跳ねかえった。しゅうしゅうと煙をあげながら転げ回っていった元魔を、呆然と見つめていたフィラが我に返ったのは、ロクが息を潜めて声をかけてきたからだった。
「このままじゃ埒が明かないよ。だから、作戦を聞いてほしいんだけど……」
ロクは、頭の中で考えた策をフィラに耳打ちした。フィラはそれを静かに聞き終えると、笑って一言返したあと、すぐに頷いた。
それから間もなく、"雷円"に大きな負荷がかかり、あたりが震動した。はっとして、二人が頭上を見上げると、クレッタが大股を開いて幕の上に座り込んでいた。
「なにをコソコソしてる。出てこいよ、なあ!」
クレッタが拳を振り下ろしたと同時に、強い衝撃で"雷円"が破られると、ロクとフィラは左右に散って回避した。
そして至近距離からクレッタに仕掛ける、かと思えば──否、二人ともクレッタの真横をすばやく通り抜けて、周囲に集っていた元魔に襲いかかった。
「何度避けてもおなじだ!」
細い脚で飛びあがり、クレッタはフィラの頭上から踵を振り下ろした。だが間一髪のところで、『巳梅』が間に割って入り、甲高く啼き喚く。真向から咆哮を浴びたクレッタは眉根を寄せ、空中で一回転すると、宙に浮いている元魔を足場に着地した。
間を置かずにクレッタは、次に目に入ったロクを標的に据える。飛び跳ねる。長く尖ったかぎ爪は鋭い光を降らして、ロクは頭上を仰いだ。しかしクレッタの姿を視認するとすぐに目を逸らして、脱兎のごとく駆けだした先で、元魔の一体に電撃を見舞った。
クレッタは、だん、と地面を鳴らして、獲物が逃げたばかりの地点に着地する。苦々しい表情で一瞬、黙ったあと、不機嫌そうな声色で喚いた。
「……なんだ? オマエたちも、ノーラみたいなことするんだな。あいつも、阿呆だと思ってコケにしやがってよ! 無視すりゃイキり立つとでも思ったか!? バーカ! なんべんでも生み出せるんだよ、こっちは!」
叫んでから、クレッタは手のうちに捕まえた腐った魚鱗を、乱暴に握りこんだ。
そのとき。
クレッタは、ロクが視界から消えていることに気がついた。
「──隙、見つけた!」
あたり一帯に蔓延る元魔の影に隠れたロクが、指をまっすぐにクレッタへ向けた。
指の先一点に、激しい電気が纏いつく。
瞬間。六元級の"雷砲"が──クレッタ目がけて一直線に奔走した。
クレッタの短絡的な性質を利用する、と見せかけて元魔を生み出すその隙を狙う作戦を実行してみたい、とロクは提案した。元魔の相手を続けたところで、クレッタはどうやら無尽蔵にそれを生み出せてしまうらしいし、それに反してロクとフィラは技を行使した分だけ元力を消費し続けてしまう。それならばやはり標的にするべきはクレッタであり、元魔を生み出す、という作業をさせることでより多く隙をつける戦況に持ち込んだ。そこに加えて、あえてクレッタを相手にしないでいれば、きっとクレッタは短絡的な思考で「わざと相手にしないのは神経を逆撫でしたいからではないか」と誤った思考をしてくれるはずだ。それは、元魔を生み出す隙を作らせる、という真の目的を意識させないための布石の役目を果たしたのだ。
フィラはこれを聞いて真っ先に、「レトくんが考える作戦みたいね」と笑みをこぼしたのだった。
雷の砲撃が空間を真一文字に焼き切って、刹那のうちに、クレッタの赤い眼前に差し迫った。
電気の糸が眼球に触れる。
──はずだった。
後頭部をがつんと強い力で殴られたような感覚がロクとフィラを襲う。
脳の裏側から意識が引っ張られる。一瞬、不快な浮遊感で胃の中がぐるりと回って、そして──。
ぱちりと瞬きをして、次に目を開いたとき、ロクは電気を纏っただけの指先を見つめ、呆然としていた。その隙に、いつの間にか眼前に現れたいびつな鱗を貼りつけた黒い奇形が大口を開けて、鋭い歯でロクの肩口に食らいついた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.157 )
- 日時: 2025/02/09 21:27
- 名前: 瑚雲 (ID: 82jPDi/1)
第140次元 時の止む都ⅩⅥ
「──ッ!」
「ロクちゃんっ!」
ロクアンズの首筋から血潮が噴き出した。表情を歪めると、彼女はすぐに身体中から電熱を放った。
「五元解錠──雷撃!!」
猛烈な電撃を間近で浴びせられた元魔は奇声をあげながら天を仰いだ。黒い皮膚がはらはらと剥がれ落ち、元魔がゆっくり倒れゆく間に、ロクの胸は激しく脈打っていた。首元を噛まれたことではない。"雷砲"を撃ち放ったはずがまるで跡形もなくなっているし、六元級の力を放ったあとの手ごたえも一切手元に残っていない。意気込んだのにそれがぱっと消えてしまったようななんとも言えない徒労感や、肩透かしを食らったような気分とでもいうべきか──。
フィラのほうを見やれば、彼女もまた不思議そうな顔をしていた。ロクは自身の手を見下ろした。
(いまのは──)
地面がゆったりと震動し始めて、ロクははっと顔を上げる。
するといままで地面の上でぐったりとしていたアイムの身体が小刻みに揺れだしていた。
アイムの赤い瞳が、痛いほどぎらぎらと輝いている。
アイムの全身に絡まり、纏わりついていた木々の根もふっと力を失って、アイムを解放する。肩を鳴らしながらクレッタは、起き上がったアイムに向かって声を飛ばした。
「もう十分休んだだろ。こいつらをまとめて始末するぞ」
ロクとフィラは固唾を吞みながら、この十尺はある灰肌の化け物を、否、時間の神を凝視した。
アイムはうわごとのように、ただ「信仰しろ」「信仰しろ」と繰り返して、巨躯をゆったりと揺らしていた。
これがガネストの言っていた、"時間を司る神【IME】(アイム)"だ、とフィラは心の中で呟いた。
ガネストが力を振り絞って話してくれたことには、アイムは致命傷となりうる襲撃を受けた際に、それを受ける直前まで"時間"を巻き戻し、相手が戸惑ってまごついている隙に反撃を仕掛けてくるのだという。だが、どうやら時間の巻き戻しは体力を消耗するようで、疲労すると時間の巻き戻しをしなくなる。また、アイムは肌が灰色に変色している間は、決して理性的ではない。「信仰しろ」という言葉を一辺倒に呟いていて、なりふり構わずに攻撃的な姿勢をとる。
通信具を介して、フィラは、アイムについてガネストから聞いたことをロクに端的に説明した。
ロクは話を聞きながら、コルドから聞いた話を思い出していた。「信仰しろ」という言葉はたしかノーラも口ずさんでいたらしいのだ。それに、その攻撃的な姿勢になる直前に、全身の皮膚が灰色に変色してしまうことなども、ノーラの状況と一致していた。
少しの間それを思い出しただけで、ロクは改まってアイムの様相を見据え直した。
フィラは、ロクへの共有を済ませたあと、思案した。
(時間を巻き戻す能力はとても厄介だわ。強い攻撃を当てようとしても、巻き戻されて、その隙を狙われる。ガネストくんもなんとか対応したという話だったし、きっととても大変だっただろうけど……もう一度気絶させて、戦闘不能にするしかないわね)
ロクがちょうどこちらを振り返って、互いに頷き合う。ロクは飛び跳ねて、次から次へと立ちはだかる元魔を退けながらまっすぐアイムを目指して直進した。その導線を観察しながらフィラも『巳梅』を放つ。ロクが轟音を鳴らし、雷光を散らし、派手に立ち回る影に潜んで、『巳梅』は頭部から勢いよく飛んだ。
フィラは声を張り上げて詠唱する。
「五元解錠──"咬餓"!」
鋭い牙の根元まで剥き出しにし、『巳梅』は大口を縦に開けた。狙った獲物を確実に仕留めんとする獰猛な蛇がごとく敵意を孕んだ襲撃は、しかし、ぱちりと瞬きをした瞬間に"まだ起きていない"ことにされた。時間の巻き戻しをされた、とフィラが気がついたときには、『巳梅』の頬に巨大な灰色の腕が叩き込まれていた。
「巳梅!」
巨腕から繰り出された殴打が、いともたやすく大蛇たる『巳梅』を弾き飛ばした。宙を跳んで、『巳梅』は肢体をうねらせながら崩れた建物の一角に真っ逆さまに落下した。
より重量のある轟音があたりに鳴り響く。フィラはすかさず耳を塞いで、すぐに、薄目を開きながら『巳梅』の落下地点に視線をやった。
しかしすぐに、背筋がぞくりと震え上がる。
背後に獰猛な生き物の気配を感じ取って、フィラは目を見開いたが、振り返る暇はなかった。
「ヘビの心配をしてるのか?」
見た目から想像するよりもずっと人間の男じみた低い声で、口を薄く開いて笑ったクレッタが、フィラの臙脂色の髪を乱暴に掴みあげた。小さく呻き声をあげたフィラの足先が、ふっと地面から離れ、宙に浮く。足はどんどん地面から離れて、高く高く吊り上がっていく。驚くのと、頭部が痛いのとで思考が支配されていると、いつの間にかクレッタの様相が変貌していた。それはまた熊にも虎にも見える、筋肉の発達した巨大な二足歩行の生き物だった。
クレッタは掴みあげたフィラの頭を、身体ごと地面に叩きつけた。フィラは、あばら骨がぐきりと歪み、さらに臓器が圧し潰される嫌な音を聞いた。そして咽喉が圧迫されたせいか、呻き声よりも先に唾液が吐き出されて、必死に頭を上げようとすると、それが地面の上から細く糸を引いた。
(なんて……強い力なの)
『巳梅』のもとに駆けつけてあげたいのに、全身が硬直してしまったように動かない。絶えず頭上から降り注ぐ獰猛な生物の威圧感を受けて、生物としての本能から「抗いたくない」と身体が叫んでいるかのようだった。それならば意識を手放したほうがまだ人間的であるのに、次元師としての「抗いたい」本能が、それを許可せず、二つの意志が拮抗している。
遠くでロクが叫んでいる、その声が聞こえてくる気がした。
「フィラ副班!」
ロクは焦った表情で叫ぶと、フィラもとへ向かおうと駆けだした。しかしそのとき、ロクは視界の端で灰色の残像を捉えた。アイムの全身から奇妙に伸びている複腕のうちの一本が、ロクを目がけて猛威を振るった。
「邪魔だっ!! ──五元解錠、"雷撃"!」
激しい電撃が放たれて、巨腕はのけぞり天を仰いだ。急いで、ふたたび駆けだした、途端。眼前に灰色の影が迫る。ロクが瞠目するのもつかの間、小さな身体とそれが正面から衝突した。
灰色の巨腕だった。べつの一本がすでに放たれていたことに気づかず、ロクは対処が間に合わなかった。
頭の前のほうが激しく揺れて、視界もはっきりしないうちに、ロクは宙を飛んでいた。それから朽ちた街路樹の幹に背中からぶつかって、ぐしゃりと崩れ落ちた。
──はやく助けに行かないと。そう思うばかりで身体が思うように動かない。
どく……どくと、心臓が、全身に流れる血潮が、高揚している。
(……──なに? なんだか、おかしい)
クレッタに痛めつけられた頬が、アイムに痛めつけられた腹が、痛みを通り越して、熱を帯びていく。皮膚が悲鳴をあげているような熱じゃなかった。もっと、違う──いうなれば、昂ぶりだった。戦場だからこその感覚なのか、追い詰められているからなのか、ロクにはわからなかった。ただ身体は、激しく心臓を鳴らし、酸素を回し、内側からロクの意思を渇望している。
動け、と。体内に蔓延する元力粒子が、ロクの意識を鮮明にせんと活性化する。
ロクは木の根にぐったりと凭れかかり、ひどい姿勢のまま、なにかに突き動かされるように手のひらを地面につけた。
「六元解錠」
霞む視界の奥で、クレッタがフィラの頭部を掴みあげて、ぶらりと彼女の身体を揺らした。
新緑の瞳に、雷光が宿る。
クレッタ、そしてアイム──"両方"の足元に、雷が円となって迸った。間髪入れずに、二本の轟雷の柱が立つ。噴出する雷の渦に飲み込まれたクレッタとアイムは、激しく輪郭をぶれさせながら、天を仰いだ。
途端に手を離されて、フィラは地面の上に落ちた。激しく咳きこんだのち、電気の糸を浴びてフィラはぎゅっと目を瞑った。ぱっと顔を逸らし、おそるおそる見上げると、電撃に焼かれ続けるクレッタの姿が目に入った。
ロクが雷柱を放ってくれたのだ、とわかってすぐに、フィラはクレッタから離れた。そして身体を引きずるように駆けだすと、一心不乱に『巳梅』のもとへ向かった。
「巳梅っ!」
『巳梅』は、建物を下敷きにして、とぐろを巻きながらぐったりと横たわっていた。だが、フィラが近づいてきて、何度も声をかけると、目を覚ました。次元の力は頑丈だ。それに本物の生き物ではないから、『巳梅』が死ぬことはないのだが、それでもフィラは『巳梅』が無事に起きあがったことに深く安堵した。
「巳梅……ごめんなさい」
『巳梅』は、頭を持ち上げて、フィラのほうへもたげると、「キュルル」と元気そうに聞こえる声で鳴いた。
二体の神族を目の前にして、フィラは、底知れない不安を抱えていた。
とにかくアイムを戦闘不能にしなければ。そればかり考えていて、肝心の戦闘は詰めが甘かったし、なによりもまずクレッタの存在を無視できないのだ。どんな戦況に持ちこむにせよアイムの能力と、クレッタの動きをどちらも最優先で考えなければならなかった。
強い意思があればどれほど困難でも立ち向かえると思っていた。過去を振り払い、『巳梅』と向き合うことを決意できた自分と、それを導いてくれたロクが力を貸してくれるなら、きっとどこまでも意思を高められる。しかし、生命の神クレッタに組み敷かれ、意識を投げ出したい自分が顔を出して、次元師としての自分と鎬を削ってしまった。
フィラは恥ずかしくて『巳梅』に顔向けができず、俯いた。
そして下唇を噛みながら、心の中で自分を叱責して、すぐに顔を上げる。
思考を止めてはいけない。考えがないのなら、生み出さなければならない。クレッタを凌ぎながら、アイムの能力を封じる方法を。
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