コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.46 )
日時: 2022/08/31 21:48
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第043次元 君を待つ木花ⅡⅩ

 研究部班と医療部班は白。援助部班と戦闘部班が灰。各部班によって、その隊服は基調としている色やデザインが異なっている。加えて各部班の班長と副班長の位を任されている者だけは、黒の隊服の着用を義務付けられているのだ。
 そして。此花隊の総隊長として組織の統括を担う男、ラッドウールは、燃えるような真紅の隊服を身に纏うことが許されている。
 とはいっても彼はその広い肩に引っかけているだけで、袖に腕を通してはいなかった。

 「何用だ」

 鋭い針のようにも鈍器のようにも思える口調が、フィラの背筋を凍らせた。まぎれもなく祖父の声だった。
 何の用で班長室へ来たのか。何の用で声をかけたのか。
 何の用で、本部の門をくぐったのか。
 フィラは想像した。ラッドウールが放った言葉の裏にどんな思惑が込められているのか。そして悪い想像ばかりが脳裏を駆け抜け、フィラは怯えを隠しきれずにようやく口を開いた。

 「……。えっと、その、隊長。私……ご存知とは思いますが、私は次元師です。なので次元師としての役目を優先することに、考えを改めました。それで、あの……」

 フィラは床の至るところに視線を配っていた。顔を上げられなかった。自分でもなにを言っているのか定かでなかった。

 「医療部班から、戦闘部班への異動を、希望したいのです。もちろんローノに留まるつもりです。隊長から賜りました、そのご命令に背くつもりはございません。なので私を、どうか」

 フィラが顔を上げると、そこにラッドウールの姿はなかった。

 「湖とは何のことだ」

 フィラの真横から声がした。急いで振り向くと、ラッドウールが書類を片手に眉を顰めていた。

 「え……」
 「ベルク村は何を強いられていた」
 「あ、その」
 「なぜ領主を送還した。ヴィースという男が何をしたというのだ」

 矢継ぎ早に繰り出される高圧的な物言いが、フィラをしごく動揺させた。質問をされている。なにか答えなければと、フィラは一心不乱に口を動かした。

 「それは……その、ヴィースの敷いたしきたりに、村の人間が耐えかねて、山を下りて……でも十分な食べ物も水も、あ、与えられていなかった、ので……山の中にはベルク村の人間と思われる死体が転がっていることも、珍しくなくなっていて……酒も、造らされて」
 「領主を送還したのは何故だ」
 「村人を苦しめるような言動に、及んでいたからです」
 「早まったな」
 「え」
 「食料や水の配給が不十分であった、と記載があるがゼロではなかった。村で製造されていた酒は他国で評価が高く、唯一の金の出所だったはずだ。それを絶ち、"あたま"を自らの意思を以て咎めたとすれば、今度は村の人間たちに目が向くだろう。男は無差別な殺しをやっていたわけではない。ある意味では、村に金をつくった恩人ともとれる」

 フィラは絶句した。その通りだ、とも思った。ベルク村の住人たちは外との交流を持たない。そんな人間たちの言葉にはたして政府陣は耳を貸すだろうか。考えるだけでゾッとするような意見だ。
 しかしフィラの胸中には、なにかもやっとしたものが膨らんでいた。

 「……で、ですが隊長。ベルク村の民たちは苦しんでいました」
 「……」
 「同胞を亡くし、飢餓に苛まれ、枯渇した喉で必死に叫んでいたのです。ローノにいた援助部班の班員たちにはベルク村の調査を行う義務があったのに、それを放棄し続けていました。だからその嘆きはだれの耳にも届かなかった。それを、ある2人の子どもたちがしかと聞き入れたのです。村人たちは心から喜んでいました。村に活気が戻りました。笑いが溢れていました。私も、巳梅とふたたび会う決心がつきました。だから、あれでよかったのだと、私はそう思っています」
 「それがお前の見解か」
 「……はい」

 ラッドウールはそこで初めてフィラの顔を見て、それから手に持っていた書類を紙束の上に置いた。
 
 「『保護対象である町村の住人に対し過度な労働を課した』と、村の人間全員が証言すること。ローノ所属の隊員たちの過失を証明する書類を提出すること。以上で、この男には速やかに処罰が下される。山を下ろうとして絶命した村人の死体もあるとなお良いだろう」
 「……」

 「早まったな」と言われたとき、フィラの耳には「ヴィースを咎めることは不可能だ」とそう聞こえていた。ゆえに彼女は、さきのラッドウールの言葉をすぐには呑みこめなかった。
 ──ラッドウールは自分に脅しをかけていただけなのか。フィラはふとそんなことを思った。が、なぜ彼がそうするのかは皆目見当もつかなかった。試されているのか。暗くて抑揚のない声色が余計に彼の真意へ探りを入れるのを妨げる。
 じっとこちらを見るフィラに、ラッドウールは向き直った。

 「次元の力をものにしたのか」
 「え……」
 「質問に答えろ」

 臙脂色の瞳を細めて、ラッドウールは鋭く言い放った。

 「『巳梅』……巳梅とは、生涯共にあることを誓い合いました。そして共に戦うことも。だから、戦闘部班へ異動したいのです」

 ラッドウールはもう1度、報告書の山に目を向けた。しばらくそうして見つめていた時間が、フィラにはとてつもなく長く感じられた。唾を飲みこんだり、コートの裾を掴んだりした。
 ラッドウールは口を開いた。

 「13年前のことだ」

 突然、ラッドウールは語り始めた。

 「ある男が、次元師の組織を立ち上げたいと言ってきた」
 「え……?」
 「若造の考えることだ。『戦争に発展させるためではない』『神に立ち向かう組織』などと夢物語じみたことを発言していた。だから初めは当然のように許諾を下さなかった。しかし何年もそれを繰り返していた。奴は諦めの悪い男だった」
 「……」
 「何年かののち、奴がこう発言したことによって私は、奴の提案に"別の意図"があることを確信した」

 言いながら、ラッドウールはフィラの瞳を見やり、そして告げた。

 「『次元師に居場所をつくりたい』、と」

 「当然、そのような理由では承諾不可能だったがな」とラッドウールは冷たく一言を添えた。しかしフィラは、自然とその言葉を復唱していた。

 「……居場所……」
 「奴は13年前から、1人の女のことしか考えていなかった」

 ラッドウールは肩にかけた隊服を翻し、歩きだした。フィラは呆然としていた。まっすぐ扉に向かっていたが、ラッドウールは途中で足を止めた。

 「ミウメといったか」
 「え。あ、はい」
 「良い名だ」

 フィラは振り返ったままの姿勢で静止した。放心しているようにも見えるその無防備な表情をラッドウールが一瞥したのは、扉に手をかけたそのときだった。

 「奴に挨拶をしておけ。資料室にいる」

 ゆっくりと扉が閉まった。次いで、フィラが班長室を飛び出していくのには、そう時間がかからなかった。
 
 
 
 資料室には本棚が所狭しと並んでいる。本棚と、それに向き合うように置かれている本棚との距離は近く、人が2人通れるか否かといったところだ。実際の室内は広めなのだが、本棚の数が多いため広いようには感じられない。
 その本棚の1つの前で立ち、セブンはある分厚い本に目を落としていた。本の表には『植物資料』と書かれている。
 普段とはまたちがう、真に迫る表情で紙上の字面を追っていたとき、資料室にだれかが入室してきた。
 セブンはふいにそちらのほうを向いた。

 「…………フィ、ラ」

 思いもよらない人物が目の前に現れて、セブンは驚くとともにその人物の名前を口にしていた。
 そんなセブンをよそに、フィラは彼のもとに近づいていった。

 「なぜ君が……」

 そしてフィラは、手を伸ばせばすぐに触れられるという位置で立ち止まった。
 フィラはセブンの顔を見上げた。

 「セブン班長」

 十数年越しに見た臙脂の瞳。そして懐かしい声音。すこし大人びていた。背丈もずっと高くなっていた。
 拙かった文字も大人しくなっていたのだから当然か。そんなことを考えながら、セブンは取り繕うように声をあげた。

 「ああ、そうだフィラ。君に聞かせたい話があるんだ」

 セブンはさきほどまで読んでいた本の、ある頁をフィラにも見えるように広げてみせた。

 「……13年前、隊長殿は君をローノへ送っただろう。そのとき私は、隊長殿に対して得も言われぬ怒りを感じていた。孫の君のことをなんとも思っていないのではないかとそう思っていたんだ。……ついさっきまではね」
 「……」
 「この頁を見てくれ。ここ。ここに……"うめ"という名の花の記述があるだろう。見えるかい?」

 フィラはなにも答えずじっとセブンの顔を見つめていた。が、セブンはそれを気に留めることなく続けた。

 「ベルク村にいた、紅い鱗の女王蛇。あの子に『ウメ』という名を授けたのはラッドウール隊長だった。遠方のある国には、あの紅さによく似た花を咲かせる、『うめ』という名の木があるんだってそう言っていただろう。私はそれを思い出したんだ。……去年までここは、ただの『次元研究所』と呼ばれていた。そして今年の初め、戦闘部班の立ち上げとともに、組織そのものの名前が変わった」

 セブンは、フィラによく見えるように差し出していた本を自分の手元に戻した。

 「それが『此花隊このはなたい』だ。この名前は、ほかでもない隊長が名づけられたものなんだ。ある国で『うめ』と呼ばれている紅い花……あれは、別名『コノハナ』とも呼ばれているのだと、私はいまさっき知ったんだ。本当に驚いたよ」

 紙面に注いでいた視線を持ちあげ、セブンはフィラの紅い瞳と目を合わせた。

 「実は最近、君のことを思い出してね。ああいや、君のことを忘れていたということじゃない。つまり……。いや、この話はいい。つまりだ、ラッドウール隊長は……君とウメのことを想っていらした。君をローノへ送ったのは、次元の力と向き合わせるためじゃないかと私は思うんだ。いや、きっとそうだろう。不器用な御方だよ。何年も君と連絡をとらずに、」
 「セブン君」

 懐かしい響きがして、セブンの動きがぴたりと止まった。

 「私のために、立ち上げてくれたの?」
 「……」
 「私に居場所をくれるために、何年も……13年も」

 声が震えていた。いまにも泣き出しそう顔をするフィラにセブンはぎょっとして、焦りを隠しきれず慌てて問い返した。

 「何の話だいフィラ。落ち着いて話を」

 セブンの胸になにか、とすんとぶつかった。その胸にフィラが飛びこんでいた。顔をうずめているフィラの真っ赤な髪が目線のすぐ下に現れる。セブンはしばらく黙っていた。息をついて、ようやく彼は言葉を発した。

 「……フィラ、とりあえず落ち着くんだ。君が困るような事態に」
 「セブン班長」

 涙交じりの力強い声だった。鼻を啜る音。えづき。背中に回された両手がどちらも震えていた。
 フィラが顔を上げた。

 「私を、戦闘部班に入れてください。入りたいです。あなたのつくった、その場所に、そこにいたい」

 紅い瞳が、涙で淡く濡れていた。ぽろぽろと、ぽろぽろと雫が落ちる。セブンはその目尻に浮いた涙の粒をそっと指先で拭って、柔らかく笑みを落とした。

 「……そうかい。歓迎するよ、フィラ」



 メルギース歴530年。この年の初め、エントリアに本部を構える大規模な次元研究所は、隊長のラッドウール・ボキシスの発案によって組織名を変更した。
 その名も『此花隊このはなたい
 白や灰や黒といった具合に、製作されている隊服は各部班によって基調とする色も異なっているが、
 どの部班の隊服にも必ず──差し色として鮮やかな紅があしらわれている。
 
 ある女性を待つために華々しい開花を遂げた、
 木花このはなの色が。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.47 )
日時: 2019/09/29 22:35
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fph0n3nQ)

 
 第044次元 不和

 「初めまして、今日づけで戦闘部班に異動になりました。フィラ・クリストンです。以前は医療部班に所属していたので、皆さんの体調管理も行っていきたいと思っています。副班長として皆さんと関わっていくことになりますが、気兼ねなく接してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
 「改めてよろしくねー! フィラ副班!」

 着用する隊服が白から黒へと変わった。フィラは正式に、戦闘部班の副班長としてロクアンズやレトヴェールたちとともに戦場に立つこととなり、その顔合わせが今日、東棟の談話室にて行われている。
 拍手を注がれるフィラの背中から、にゅるり、となにかが顔を出した。紅い鱗をした小さな蛇が細い舌を出す。よく見ればそれは、フィラの次元の力である『巳梅』だった。

 「えっ! フィラさん、その子って」
 「ええ、そうよ。巳梅なの。これは『幻化げんか』っていう次元技のひとつよ。もとは大蛇の姿なんだけど、こうして身体の大きさを自由に変えることができるみたい。それがわかってからは、なんだか扉の奥に閉じこめたままなのが可哀想で、だからずっとこうしているの」
 「へえ~! そうだったんだ。かわいいー!」
 「ふふ。そうでしょ?」

 フィラは『巳梅』の顎のあたりを指先でくすぐった。彼女の隣に立っていたセブンが、拍手が治まる頃に「続けて、」と言った。

 「遠方の国、アルタナ王国から海を渡って来てくれた2人の新しい仲間も紹介しよう。挨拶を頼むよ」

 セブンから目配せをされ、ガネストとルイルは立ち上がった。

 「ご紹介に預かりました。ガネスト・クァピットと申します。まだこちらの文化に馴染めずにいますので、ご迷惑をおかけすることがあるかと思います。ですが、おなじ志を持つ者として仲間に加えていただけたらと思います。どうかよろしくお願いします」

 ガネストは胸に片手をあて、礼とした。すぐ隣でかちんこちんになってしまっているルイルの背中にその手を添えると、「ルイル」と小さい声で挨拶を促した。

 「う、うん。えっと、ルイル・ショーストリアっていいます。アルタナ王国では、くにのおうじょとしてすごしてきまし、まいりましたが……ここでは、そういうことを、えっと……なしで、なかよくしてくれるとうれしいです。よろしくおねがいしますっ」
 「よろしくね! ガネスト、ルイル!」
 「はい」
 「うんっ、ろくちゃん」
 「そして最後に、もう1人」
 「え? まだいたっけ?」
 「実はもう1人、南西の支部にいた次元師が本部へ来てくれたんだ。私がもっとも当てにしていた人物でね、同期でもある。入ってくれ」

 セブンは談話室の扉の向こう側に声をかけた。扉が開かれると、大柄な男が足を投げ出しながら入室してきた。

 「おうおうおう。外でずっと立たされて疲れちまったぜ俺ぁ。もっと早く呼んでくれよセブン」
 「それは悪かったな。君たちに紹介しよう。彼はメッセル・トーニオ。私やフィラと同時期に入隊して、以来ずっと援助部班に所属していた次元師だ」

 セブンに紹介された男は、セブンよりもすこし背が高くどこか圧力を感じさせる容姿だった。開いているのか閉じているのかわからない細目で、極度に短い髪がツンと立っている。歯で、細い草のようなものを噛んでいた。無論食べているわけではない。ただ咥えているだけといった具合だ。

 「まぁひとつ頼むわ。ガキんちょたちよ」
 「が、ガキんちょぅ!?」
 「そらおめぇ、俺らと比べりゃまだまだガキんちょだろうが。最近ちょこっと名を聞いたりするが、ずいぶんやんちゃな野郎どもじゃねぇの。あんまセブンに気苦労かけてやんなよ」
 「う」
 「これでも彼は褒めてるんだよロク君。さて、メッセルも加わってくれたことだし……これから、班編成を行いたいと思う」
 「班編成?」

 ロクはきょとんとして、聞き返した。セブンが小さく頷く。

 「戦闘部班が立ち上がり、いまに至るまでは、ここにいるコルド副班長、そしてロクアンズとレトヴェールという3名で組ませて行動させてきた。偶然にも、この"3名で連携をとる"という体制がどの局面においても効果的だった。ついては、次元師3名で1つの班を構成し活動していくという提案をしたいんだ。どうかな?」

 ロクが先んじて「いいよ!」と声をあげると、それに続くようにほかの班員たちも承諾の意を唱えた。
 1人、やや俯きがちになって拍手の中をやり過ごしているレトヴェールを除いて。

 「そうか。ありがとう。……そして、真っ先に前言撤回してしまって悪いんだが、もう1つ新しいことに挑戦したいと考えているんだ」
 「新しいことって?」
 「ああ。それは、2人1組での班編成だ。ロク君、レト君」
 「ん?」
 「……」
 「君たち2人を、離そうと思っている」
 
 え、とロクが小さく声をもらした。セブンの目つきが、すこし険しいものへと変わった。

 「君たちのことを、私は入隊当初からずっと見てきた。初めは、性格が真反対な君たち2人を組ませることでバランスがとれて、ちょうどいいと思っていたんだが……近頃は変わってきた。君たちはもう2人揃っていなくてもいい。別々に行動させても問題ないと、そう思い始めている。君たちにはそれぞれ1人ずつ、副班長をつけるつもりだ」
 「あたしたちが……べつべつに?」
 「嫌なら断ってくれ。これまでいっしょにやってきたのだから、困惑しても当然だ。君たちの意見を尊重するよ」

 ロクはちらりと、レトの顔を見やった。しかしレトはじっと下を向いていて、まるでロクのことを視界に入れようとしていなかった。
 片目を細め、一瞬だけ考えを巡らせたロクが、意を決したように口を開いた。

 「あたしはいいよ。レトと班が離れても」
 「ロク君。ほんとにいいのかい?」
 「うん。いつまでも仲良しこよししてらんないよ。1人でだって、ちゃんと戦えるようになりたい」
 「そうかい。まあ実際には副班長もついて、2人1組だけどね」
 「あ、そうだった」
 「レト君はどうする。君も、ロク君と同意見かい?」
 「……」

 顔を上げ、レトはセブンと視線を合わせた。が、その目つきは、いつになく冷ややかだった。

 「俺は、先日の戦いで人質になって味方の身動きを封じた。しかも戦いの最中に気力を切らして数日間気を失ってた。目を覚ましたのはついさっきだ。それでも俺を、ロクとおなじ扱いにするっていうのか」
 「そうだよ」
 「……」
 「大丈夫だよレト! あたしたちだったらバラバラになったって戦えるよ!」

 花咲くような笑みでロクはレトの顔を覗きこんだ。ようやくロクのほうを向いたかと思えば、レトは小さく嘆息した。

 「よっぽど自信があるんだな、ロク」
 「え?」
 「あの双子の次元師に負かされそうだったお前が。フィラ副班が助っ人に入らなきゃ、今頃どうなってたかわからない」
 「そ、れはレトもいっしょでしょ! それに勝てたんだから関係ないよ!」
 「……。関係ない?」

 レトは低い声で聞き返した。そして、ロクを睨みつけるようにして眉を顰めた。

 「お前、なんで負けとか考えないの」
 「え?」
 「勝って当然みたいな顔するよな。いつも。負けたらどうするかとかちゃんと想定してないだろ」
 「な……なんで負けることを考えなきゃいけないの? どんなときだって考えないよ、そんなこと」
 「もしもが起こったらどうするつもりだって聞いてんだよ」
 「もしもを起こさないように、全力でやるんだよ! その場でできることはぜんぶやる。ひとつだって可能性は捨てない。それがあたしのやり方だから」

 談話室に集まっている戦闘部班の面々は、ロクとレトの2人を除き、感づき始めていた。2人を取り巻く空気が悪い方向へ流れている、と。

 「レトのほうこそ、考えなしじゃん!」
 「は?」
 「あたし、すっごい気にしてるんだよ。ベルク村で戦ってたとき、レト……空の上から飛び降りたよね。どうして言ってくれなかったの? そういう作戦だって! あのときあたし、ほんとに心臓が止まるかと思ったんだよ!?」
 「余計な心配すんなって言ってんだろ」
 「なんで? 心配するに決まってるじゃん! だってレトはあたしのお義兄ちゃんなんだよ!? なんで心配しちゃいけないのさ!」
 「はっきり言えよ俺が弱いからだって」
 「……え……」
 「そう思ってっから心配するんだろ。みんなはお前に、「こいつならなんとかしてくれる」って期待するかもしんないけど、俺に対してはちがう。俺とお前とじゃ、期待と心配の度合いがちがうんだよ」

 しん、と室内が静まり返った。だれもが声を出すことを躊躇った。
 ロクは小さく口を開いた。

 「じゃあ、そうだよって、言えばいいの」
 「……」
 「だってレト、ぜんぜん鍛えようとかしないじゃん! 強くなろうってしてないじゃん! いっつもいっつも、あたしが鍛錬場に誘ったって来ないし、任務先でだって、「お前がいけ」っていっつも言うじゃん! なんで次元の力から逃げようとするの!? 使おうとしないの!?」
 「ろ、ロクちゃん落ち着い──」
 「レトだって次元師だよ。神様をやっつけられる力を持ってる。それはあたしといっしょだよ! なのになんでいつも……あたしみたいに次元の力で戦おうとしないのさっ!」
 「俺とお前はちげえよ」

 レト以外の班員たちはぎょっとした。彼の口から発せられた声がいつもよりもずっと大きかった。これほどの憤りを感じ取ったことはいままでになかった。

 「俺は、お前みたいにはなれねえんだよ!」

 獰猛な獣が他種族を威嚇するかのような、激しい剣幕だった。この表情を久しく見ていなかったロクは、レトと出会ってすぐのことを思い出し、一瞬言葉に詰まった。
 しかしロクは、一切の怯みも見せずに噛みつき返した。

 「そうやって、なんでもかんでもあきらめて……! レトはどうしたいの!? 神族に対抗できる力があって、だからやっつけようって約束したじゃん! 2人でいっしょにお義母さんの仇をとろうって──」
 「だれがお前の母さんだよ」

 レトは呟いた。腹の底から沸き立つような、重い響きだった。

 「母さんのほんとの子どもでもねえくせに、偉そうに言うな!!」

 まるで、頭に向かって鈍器を振り落とされたみたいだった。ロクはそんな衝撃を覚えた。
 部屋は恐ろしいほどの重たい空気に支配されている。だれも口を割れなかった。
 ロクは顔を伏せた。そして、レトがはっと我に返ったそのとき。ロクは手足を、唇を、小刻みに震わせて、
 目に溢れんばかりの涙を溜めていた。

 「あ、ロクちゃん!」

 ロクはレトの横を走り抜けていった。勢いよく扉を開ける音だけが鳴り響き、ロクは、そのまま談話室から飛び出していってしまった。
 扉が閉まる。重苦しい空気が室内に立ち込めている。この長い沈黙を破ったのは、セブンだった。

 「いまのは言いすぎだよ、レト君」

 本人も気がつかないうちに、レトは強く拳を握っていた。言ってやったという爽快感でも、ざまあみろといった貶めの感情でもない。
 ただただ、とてつもないやるせなさがその拳の中を彷徨っている。
 レトは唇を噛みしめていた。そして、クソッ、となにもない空間にそう吐き捨てた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.48 )
日時: 2019/09/29 22:39
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fph0n3nQ)

 
 第045次元 セブンとレトヴェール

 談話室からロクアンズの姿がなくなり、室内に流れる空気はさらに重たく張りつめた。吐き捨てる息をわざと音にしてから、セブンは普段と変わりない声色でフィラの名前を呼んだ。

 「フィラ、ロク君の様子を見て行ってくれるかい」
 「は、はい。わかりました」
 「ちょうど君たち2人を調査の依頼に行かせようと思っていたんだ。頼んだよ」
 「はい」

 セブンはフィラに依頼書を手渡した。それを受け取ってすぐに、フィラは談話室から出て行った。

 「コルド君。悪いんだけど、メッセルとガネスト君、それとルイル君の3人に本部内にある施設を案内してあげてほしいんだ」
 「はい。承知いたしました」
 「ありがとう」

 コルドが3人を連れて談話室から退室するのを確認してから、セブンはテーブルに肘をついた。そして立ったまま微動だにしていないレトヴェールを見上げた。

 「さてと。レト君」
 「……」
 「君にひとつ、聞いてもいいかな」

 レトは相変わらず俯いたままだった。セブンは構わずに続けた。

 「君はロク君のことをどう思っているんだい?」
 「……」
 「家族か? それとも仲間かい? 自分とおなじ次元師か、女性という観点もあるね」
 「……」
 「もしくは、妹か」

 たしかに眉を顰めたのがセブンにはわかった。ただそうするだけでなにも答えようとしないレトを、特別咎めるようなことはしなかった。

 「どれだっていいさ。でもなんだか私には、君がなにかに迷っているように見えるんだ。ロクアンズに対して抱いている感情が定まっていないように思える。ちがうかな」

 レトはすこしだけ、自分の身体をセブンのほうへ向けた。すると、

 「……どうしたらいいか、わかんないだよ」

 重たい口を開いて、淡々と語りだした。

 「あいつのことはすごいと思ってる。昔から。俺にはできないことを、あいつは簡単にやってのける。なにも怖いと思ってなくて、その先には必ず光が待ってて、つかみとっちまう。英雄みたいなやつなんだ。だれからも愛されて、だれからも期待される……うらやましく思うのもばかばかしいくらいの、すごいやつなんだよ」

 ロクは相手の年齢や性別がどうであろうと物怖じしない性格をしているがために、他人と関係を築きやすい。その善し悪しはもちろんあるが、明るくて人懐っこいので好印象を与えることのほうが多く、瞬く間に虜にしてしまう。組織の中心に立って、人々を光あるほうへ導いていくような人材なのだ。
 それを義兄のレトはよく理解していた。悔しく思うことも、羨ましく思うこともある。それでもレトはロクのことを、すごいやつだ、とはっきり言葉にした。

 「そうか。君はロク君のことをよく見ているんだね」
 「……。見てるんじゃなくて、見えるんだよ。近くにいるから。だから余計に……比べる。あんたたちだってそうだろ」
 「そうかもしれないね。だから私は君のほうが好きなのかな」

 レトは目を丸くしてセブンの顔を見た。そのあどけない表情が気に入ってしまったらしいセブンは、くくと小さく笑った。
 
 「ああ、変な意味じゃないよ。誤解しないでくれたまえ」
 「それはわかってる。あんたにはフィラさんがいるだろ」
 「……何の話かはわからないけど。そうだね、すこし私の話をしよう」

 セブンはいまだ突っ立ったままでいるレトを、自分と差し向かいに座るよう促した。

 「もう気づいているとは思うけど、私はベルク村の生粋の民じゃない。父がベルク村の領主で、その子どもだったというだけさ」
 「……え」
 「ああ、ヴィースではないよ。そう。亡くなったんだ。私がまだベルク村にいた頃にね。父の跡を継いで領主となったのがヴィースだよ。私はまだ15、6そこらだったからね。とてもひとつの村を治められる年齢じゃなかった。それに父の死は突然だった。土砂崩れに巻きこまれてとは言っていたけど、私は気づいていたよ。父がヴィースに殺されたんだとね」

 レトは絶句した。にも拘わらず、セブンの口調は存外穏やかなものだった。その証拠に、彼は紅茶のはいったティーカップに口をつけていた。

 「その死が不自然なものでね。崩れた土砂を見たけど、自然ではなく作為的なものだったんだ。次元の力によるものではないかと私はそう思った。事実、ヴィースは2人の幼い次元師を連れていたしね」
 「……」
 「いつかヴィースに復讐してやるとも思っていたけど、それよりも、フィラのことが可哀想でね。村を出るとき奴のことは忘れようと心に決めたんだ。でもまさかこんな形で叶うとは思いもしなかった。報告書を読んだとき、正直なところスカッとしたよ。君たちは私に驚きを提供する天才だ」
 「……ロクが、だろ」
 「君もだよ。さて本題に戻るけど、そうだね、私も当時は自分のことを天才だと思っていた。おなじ歳かすこし上の連中にも頭で劣らなかった。だからだろうね。理想を実現させるのにものすごく時間がかかってしまったんだ。私はね、君を見てると当時の自分を思い出すんだよ」
 「なんで」
 「とても頭がよくて、それでいてひとつのことしか考えられない、不器用なやつってことさ」

 セブンがティーカップをくるくると回すと、底に沈んだ細かな茶葉はなされるがままに紅い水の中を泳いだ。しかしすぐにまた底に落ちて、動かなくなった。

 「ロクアンズのことを羨ましく思っているのなら、それを恥じる必要はない。大切なことだ。人はだれしも完璧にはなりきれない。だからその欠陥が美しく見えたりもする。私は、君がなにかに思い悩み、試行錯誤して、結局失敗してしまっても、いいと思っている。そういう姿を見てると、言い方は悪いが嬉しくなるんだ。君はいつか強くなるだろうなって」
 「……いつかじゃ、遅い」
 「遅くはないさ。君はまだ13だろう? 先は長いんだ。いまはたくさん失敗していい時期だよ。それにロク君と君はちがう。君には君の強さの形がある。君だって、だれかにとっての英雄かもしれないだろう」
 「英雄──」

 セブンはティーカップを煽り、中身を飲み干した。真白い陶器の内側には点々と、細かな茶葉が残った。

 「つい長話をしてしまった。悪かったね」
 「いや」
 「レト君。急で悪いんだけど、これから出られるかい? 君とコルド君という組み合わせで行かせるつもりだったけど、生憎彼はいま新入班員たちを案内していてね。君1人で巡回に出てほしいんだ」
 「ああ」
 「行先はカナラ街だ。よろしく頼むよ」
 「……」

 (カナラ街……──)

 このとき、レトはべつのことに意識をとられていた。セブンは空になったティーカップを手に取り、水場のあるカウンターへ運んだ。そして何の気なしに、ふたたびレトに話しかけた。

 「ああそうだ。報告書には書かれていなかったんだが、ロク君が君のことを言っていたよ」
 「え?」
 「湖をつくるなんていう発想をしたのはレト君だったって」
 「……」
 「それを実行したのはロク君だったね。いつだって英雄視されるのは実行した本人だ。でも君は、"それがロクアンズにならできる"と完全に信用して、自分の考えを託したはずだ。私はね、存外君も無鉄砲で、熱い奴なんじゃないかと思うんだ」

 セブンは言いながらまっすぐ談話室の扉へ向かおうとした。レトの横をすり抜けるときに、まだ細くて頼りないその肩に手を置いてから、振り向いて言った。

 「ありがとう」

 手が離れ、そのまま扉の奥へ吸いこまれるようにセブンはいなくなった。彼は細身だが高身長だ。ラッドウールには及ばないが、その広い背に乗せてきたものは多いように思えた。
 レトはその背が消えてなくなるのを見送った。そうして自分の手を見つめてみると、まだ小さくて幼いことを改めて思い知らされる。
 傷だらけになっても、多くのものを掴めなくても、まだいいとセブンは言った。
 レトは談話室から退室した。だれもいなくなった室内は徐々に、もとの整然とした空気を取り戻していった。
 
 
 
 フィラは東棟内を彷徨っていた。まだ赴任したばかりで場所に馴染みがなく迷っているのだ。しかも此花隊の本拠地ともあるこの施設の規模は一般の公共施設とは段違いだ。とはいえ、おなじ此花隊といえど設置されている部屋の数も人員も、そして階数も、ローノの支部とは比べものにならない。
 小規模な支部出身のフィラは早い段階からこの事態を懸念していた。ロクを追って自分も談話室を飛び出したはいいものの、彼女の行きそうな場所など見当もつかないし、建物内の構造もいまいちよくわかっていない。ただ広い廊下を行ったり来たりしていた。

 (めげちゃだめよフィラ。ロクちゃんにはお世話になったんだもの。いっしょに組むことにもなるし、ここは私が……──)

 「フィラ副班長?」

 そこへ、戦闘部班の新入班員たちを引き連れたコルドが現れた。フィラは目の色を変え、彼らのもとへ走り寄った。

 「コルド副班長。よかった、知ってる人に出会えて」
 「どうかしたんですか?」
 「実は迷ってしまって……。はやくロクちゃんのところに行ってあげたいんですけど……」
 「ああ……。でもあの子なら、案外その辺でうろうろしているかもしれません」
 「え?」
 「前にも似たようなことがあって。考えごとしてたみたいで、下向いて廊下を歩いているのを見たことがあるんです」
 「そうなんですか」
 「フィラ副班長。あの子のこと、よろしく頼みますね」
 「はい」

 それだけ言って、コルドはフィラの横を過ぎていった。後ろについていた3人も彼に続く。
 フィラが前を向いたそのとき、廊下の先にある曲がり角から、ロクがふらりと姿を現した。

 「ロクちゃん!」

 ロクは、ぱっと顔を上げて立ち止まった。
 
 
 
 * * *

 本日『最強次元師!!【完全版】』は執筆開始日から1周年を迎えました!
 ちなみに旧版から数えると9周年となりました(*'▽')
 昨日が更新予定の月曜日でしたのに今日にずらしたのはそのためです笑
 いつも本作をお読み下さり、ありがとうございます!

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.49 )
日時: 2018/11/19 20:16
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: OWyP99te)

  
 第046次元 昇らずの廃屋

 曲がり角からふらりとロクアンズが姿を現した。フィラはぱっと表情を明るくして、ロクのもとに駆け寄った。
 フィラの呼び声に気づいたロクは、はたと立ち止まった。

 「フィラ副班」
 「探したのよ。よかったわ、見つかって」
 「あ、そっか。勝手にいなくなってごめんね」

 ロクは曖昧な笑みを浮かべた。話題を引きずりまいと、フィラはつとめて明るい声で言った。

 「セブン班長から指令があったの。調査依頼で、私たち2人でこれから向かってほしいんですって」
 「え、これから!? すぐ準備しなくちゃ!」
 「そうね。早く仕事が片付いたら、おいしいものでも食べて帰りましょ」
 「わーい! そうしよ! じゃああたし、準備してくるね!」
 「中央玄関でね」
 「うん!」

 若草色の長い髪を快活に揺らしながらロクは走り去っていった。いつもとなにひとつ変わらない姿だった。
「ロクちゃん」と声をかける前はたしかに、その髪も表情も沈んでいたのに。

 (……2人が義理の兄妹だっていうことは知っているけれど、それ以外のことはまだ……。ロクちゃん、ふつうに笑っているように見えたわ……あれは、無理しているのかしら)

 まだ知り合って間もないロクについてフィラが知っていることは、極一部にすぎない。もっと幼い頃はどんな風だったとか、どういう経緯でレトヴェールと義兄妹になったのかとか、そういった彼女の背景にあるものはまだ視えていない。
 フィラは首を振った。自分が悩んでも仕方のないことだ。パートナーとして関わっていくのだから、もしかしたら話を聞く機会も来るかもしれない。いまは焦らずに見守ろう──フィラはそう決めた。
 
 
 
 ロクとフィラが向かった先は、エントリアから西の方角に歩くとすぐのところにある廃屋だった。調査依頼書には、"夜に家宅のあるほうから呻き声のようなものが聞こえてくることがある"、"元魔が生息しているのではないかと推測している"という記述があった。依頼元はエントリアの最西の家宅に住む婦人だった。林道を抜けた先にある実母の家からエントリアへと戻る途中でのことだったらしい。だれの物ともわからない廃屋が建っていること自体は知っていたが、最近になってそこから呻き声のようなものが聞こえてくるようになり、安心して道を通ることができないので調査してほしいのだという。

 エントリアという都市を図で表すとしたら、円形だ。此花隊の本部はその円の中心地点からやや南へずれたところに位置し、まっすぐ北の方角を向いている。
 本部を出てから目的地に辿り着くまでほとんど時間はかからなかった。エントリアには東西南北それぞれの地点に関所が設置されていて、その1つである西門をロクとフィラはくぐり出た。
 林道をすこしいったところにその廃屋は構えていた。周囲の草木は伸び放題で整理されている様子もなく、まるで人気を感じない。鬱々とした雰囲気を漂わせるその廃屋を2人はまじまじと見渡した。

 「うわ~……たぶんここだね。いかにもって感じだし」
 「そうね。人が住んでいるようには見えないし……。やっぱり元魔が潜んでいるのかしら?」
 「とにかく入ってみよ!」

 ロクは表玄関の扉に備えつけられた取っ手を引いた。さほど重たくはないが、耳に障るような甲高い音が響いた。長い間油が差されていないのだろう。
 中へ入ると、案の定明かりのようなものは灯されていなかった。まだ陽が高い時間帯だというのに、この廃屋の中だけは夜のように薄暗く埃っぽくもあった。歩くたびに床の軋む音がした。
 ロクとフィラは二手に分かれて捜査を開始した。

 この建物に2階はなく、1階にいくつも部屋が展開されている。フィラは奥の部屋から回ると言って幅のある廊下を渡っていった。ロクはというと、玄関からすぐのところのやや広めの居間のあちこちに目を配っていた。食事処らしく、台所や食器棚らしいものが伺える。らしい、というのはその家具のいずれにも埃が積もっていて判断がつかないからだった。ロクは勇んで、背の低い棚の上に手を伸ばし分厚い埃の層を払い落としたが、すぐに咳き込んだ。

 「げほっげほっ。うう~ん……ここはちがうっぽい」
 
 涙目になりながら、ロクが次の部屋へと進もうとしたそのとき。

 《誰ダ》

 突然、何者ともわからない奇妙な声がした。びくっと背中が硬直し、驚くとともにロクが後ろを振り返ると──
 棚の中に納まっていた陶器の数々が目の前に迫ってきていた。

 「うっわあ!」

 綿がはみ出している腰掛の背を掴み、ロクはすかさずしゃがみこんだ。飛んできた平皿が頭上を過ぎ、床と接触すると、ガシャンと割れるような大きな音が響いた。

 「えっ、な、なに!? どゆことっ!?」

 かたかた、かたかた、と。ひとりでに、陶器が擦れ合う。棚底が動く。風も吹いていないのにカーテンが不自然に揺れていた。
 ロクは、キッ、と細めた目で辺りを見回した。

 「そっちがその気なら、受けて立ってやる! ──次元の扉発動、『雷皇』!」

 ロクの全身から雷光が散とした。その鋭い明るみが、蔓延する陰鬱さをいたく照らした。
 
 「雷撃──ッ!」

 伸ばした手から槍のような雷が飛びだして、棚の1つに直撃する。傾き、焦げ臭さを撒きながら棚は倒れた。
 ──くすくす、くすくすと、かすかな笑い声がロクの耳に届いた。

 《ドコヲ狙ッテイル》
 《馬鹿ナ子》

 「ば……っ! バカじゃないやい! それより姿を現したらどうなのさ! 出てこないなんてヒキョウだ!」

 《ヒキョウ、トハ、コウイウコトカ?》

 そのとき。ロクは突然、全身にとてつもないけだるさがのしかかるのを感じた。身体が鉛のように重たく、手足も思うように動かない。
 得体のしれないなにかに身体を乗っ取られているようだった。ロクは必死になって、自分の手足を取り戻そうとした。しかし、だんだんと表情も苦しくなってくる。

 「う、うぐ……!」

 《無駄ダ》
 《止メタホウガ身ノタメヨ》
 
 いくら踏ん張ろうとも身体は頑なに動こうとしない。汗が噴き出して、衣服が濡れてくる感触に気持ち悪くなってくる。そんなときだった。
 指先から、小さく電気が散った。ロクはその一瞬の隙を逃さなかった。

 「だれが……やめるか! ──雷撃ィ!!」

 ロクの全身を眩い光が包みこむ。力強い雷光を浴びて、辺りにあった棚や机などの家具と雑貨とが吹き飛んだ。

 《ギャッ!》
 《ギャッ!》

 甲高い悲鳴が2度ほどして、ロクは全身からふっと力が抜けるのを感じた。身体が途端に軽くなる。
 ロクはすこしだけよろけた。体勢を持ち直すと、ゆっくり、掌を握ったり閉じたりした。

 《クッソ!》
 《コノ子、タダモノジャナイ》

 ロクはふたたび居間を見渡す。たしかに声はするのに、その主の姿はどこにも見当たらなかった。

 (なんか、元魔じゃないような気がする。この感じ、もしかして……──幽霊?)

 姿を持たない声だけの存在。そして人の身体に乗り移り、身動きを封じる。あれは金縛りだったにちがいない。そうロクは直感した。
 元魔ではないとすれば話はべつだ。今調査の目的が幽霊退治、という名目に変わる。どうやら幽霊にも次元の力が及ぶらしいとわかったロクに怖いものはない。はずだったのだが。

 「み、見えないやつはやだああ!」

 そう、怖いものはない。ロクは何度も自分の心に言い聞かせていたが、身体だけは正直だった。
 ロクは走りだしていた。フィラのもとへ向かおうと廊下へ飛びだしたのだ。ロクは目に見えるものにこそ恐れを知らないが、心霊や占いなど目に見えない類の恐怖はからきしだめなのだ。
 息を切らし走るロクの背中に、ぞわりと、悪寒が走った。

 《モット遊ンデ》

 「ぎゃああッ! ふぃ、フィラ副はーん!」

 長廊下の右側にある扉の1つが、がちゃっと音を立てて開いた。名前を呼ばれて急いで飛びだしてきたフィラは、涙目になりながら物凄い速さで走り寄ってくるロクと目が合った。

 「なにがあったのロクちゃん! 大丈夫!?」
 「助けてーっ! ゆ、幽霊があ!」
 「へ? 幽霊?」

 突然のことにフィラは戸惑い、動くことができなかった。が、彼女の肩に乗っていた『巳梅』が床に飛び降り、ロクと向かい合うと、口を縦に大きく開いた。

 「キァアア!」

 『巳梅』の甲高い鳴き声が廊下の端から端まで響き渡る。ロクは慌てて立ち止まり、両手で耳を塞いだ。フィラもこめかみのあたりを手で押さえつけ、半分だけ目を開いた。

 「み、巳梅」
 
 《ウギャ!》
 《ウワァ!》

 不可思議な声色が呻きをあげた。廊下には、ロクとフィラ、そして『巳梅』以外にはだれもいない。2人と1匹は身を寄せ合い、なんとなく声がしたところを凝視した。
 そのとき。

 「"失境しっきょう"」

 居間のほうから、足音を鳴らしてだれかが呟いた。それとほぼ同時に、ロクとフィラは驚くべき光景に目を瞠った。
 何の変哲もない床の上に、なにかが倒れているのが、ぼんやりと視えるようになったのだ。そのなにかは輪郭の薄い、白いもやのようなものだった。2つ転がっている。
 ロクとフィラが呆然とそれらを見つめる中、白いもやたちは、がばっと起き上がって声を荒げた。

 《オ嬢!》《オ嬢!》

 白いもやたちの背後から、灰色の髪をした幼い少女が、霊のごとく静けさを連れて現れた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.50 )
日時: 2018/11/26 13:51
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: GqvoTCxQ)

 
 第047次元 パートナー
 
 2つの白いもやのようなものが、幼い少女の周りをゆらゆらとと旋回しているその光景はじつに奇妙だった。

 (いま、呪文みたいなのを唱えてた? もしかしてこの子……──次元師?)

 ロクアンズはまじまじとその少女の姿を見つめた。
 墨を薄めたような灰色の髪はまっすぐ腰まで下ろされていて、長かった。といっても少女の年齢はおそらく10にも達していない。背丈の低さはもちろん、頬や手先がふっくらとしていて、膝丈のワンピースから伸びている脚も細く頼りない。
 身に纏っている黒のワンピースは、この廃屋の陰湿な雰囲気によく溶けこんでいた。こういう場所を好む性格なのか、少女本人の表情も暗いように感じた。それに自分からロクやフィラの前に現れたというのに、喋りだす気配がまるでない。

 「えっと……君は?」
 「……」
 「ねえ、君の名前はなんていうの?」
 「……」

 ロクは、この少女くらいの年齢であるルイルのことを思い浮かべた。比べるというわけではないが、ルイルはこの少女よりも口数は多く、表情も明るい印象がある。

 「うーん……どうしたことか」
 「きっと迷子ね。エントリアの東門の近くにお家があるんじゃないかしら。親御さんのところへ連れていってあげないと」
 「あれ?」

 ロクは少女の頭に注目した。髪の毛の色が灰色というのも珍しいが、ロクが着目したのはそこではなく、その頭の上に乗っている黒い帽子だ。少女は、小さな頭から落ちてしまいそうな大きな帽子を被っていた。
 ロクはその帽子に見覚えがあった。ロクが作ったものは白だったため色は異なっているが、形状はとてもよく似ている。
 現在、アルタナ王国で若い層に人気を博しているという、キッキカの帽子に間違いなかった。

 「この子が被ってるの、アルタナ王国で作ってる帽子だよフィラさん!」
 「え? 本当に?」
 「うん。あたし、作ったことあるからわかるよ。ちょっと四角くて、ふわふわしてるの。キッキカって名前の花を使って作ってるんだよ」
 「じゃあ、この子は」
 「アルタナ王国から来たか、そこに関係してるか。どっちかだと思う!」

 ロクはくるりと少女に向き直り、すこし屈んで話しかけた。

 「ねえお願い、教えて? 君はどこからきたの?」

 なおも押し黙る少女の周りでぐるぐると回っていたひとつの白いもやが、ぴたと動きを止めた。

 《オ嬢ハメルギースノ言葉、アンマシャベレネエンダヨ! 子ドモナンダカラ察シロヨ!》

 「え?」

 いかにも躾の行き届いていなさそうな投げやりな口調で、白いもやの片方がロクに叱責を浴びせた。

 《テメエノ言ウ通リダヨ! オ嬢ハアルタナ王国カラ来タンダヨ!》
 《アル御方ヲ探シテネ》

 おなじように奇妙な声質をしたもう片方のもやは、粛々と丁寧な口調で告げた。

 「ある御方って?」
 「ルイル」

 息交じりで、消え入りそうな声を絞り出したのは、灰色の髪をした少女だった。
 ロクの質問を聞いてか聞かずか、間髪入れずに答えた少女は呟くようにもう一度言った。

 「ルイルあねどこいるの」

 どんよりと重たい灰色の瞳は、すこしだけ桃色がかっていた。その幼い声音の抑揚のなさは性格なのか、もしくは先ほど白いもやが告げたようにメルギースの言葉を上手く扱えないせいなのか。ロクはよく知っている人物の名前を耳にして、目を大きくしていた。

 「え、ルイル? あねってことは……ルイルの妹?」

 瞳にうっすらと浮かんでいる桃色がその証なのかとロクは疑った。しかしルイルの口から、ライラ以外にも姉妹がいるというような言葉を聞いたことがない。それにルイルもライラも美しい桃色の髪だった。この少女の髪は灰色だし、どこか顔立ちも似つかない。

 「あねどこいる。かえって」
 「えっと~……」

 ぽりぽりと髪を掻き、ロクが返事に困っていると、物腰が柔らかいほうの白いもやが通訳をした。

 《オ嬢ハ、「ルイル姉さんを返して」ト言ッテイルノ》

 「か、返して? でもルイルは自分からこっちに来たんだよ? ねえ、この子に伝えて。ルイルはね、自分からこの国に来たんだって」

 《ワカッタワ》

 白いもやが少女の耳元に寄り添った。アルタナ王国の言葉らしきものがつらつらと発せられているのがロクにはわかった。
 アルタナ王国は芸術という分野においては世界最高峰といっても過言ではなく、あらゆる国と頻繁に物の売り買いが行われている。中でもメルギース国との親交は厚く、両国における上級階層の人間や商売人が互いの国の言葉を覚えることを慣習としているほどだ。アルタナ王国に渡ったとき、ロクやほかのメルギース人に対してアルタナ王国の住人がメルギースの言葉を操っていたのはそのためである。この少女と変わらない年頃のルイルがメルギースの言葉を話せるのは、ルイルが王族だからという理由に基づく。
 不思議なのは、ルイルのことを「姉」と呼んでいるこの少女がメルギースの言葉をまだよくわかっていないという点だ。そんな風に呼ぶのは親しい間柄であるという裏付けでもあるのだが、王族に近しい人間だとすれば上級階層であることは間違いない。ルイルと年齢が近いということも踏まえると、謎はさらに深まった。
 
 《オ嬢ハコウ言ッテイルワ。「そんなのは変だ」ッテ。「すぐに会わせて」ッテ》

 「ルイルをここに連れてくればいいの?」

 白いもやはロクの言葉をそのままアルタナ王国の言葉に置き換えて、少女に耳打ちした。
 少女はこくりとも頷かなかったか、白いもやが返してきたのは肯定の意だった。

 《「そう」ッテ、言ッテイルワ》

 「なるほど……じゃあ本部に戻ってルイルを連れてこないといけないね」
 「私が行ってくるわ。ロクちゃんはここで、この子を見ていてくれる?」
 「うんっ、わかった。ありがとうフィラさん」
 「パートナーなんだから、当然のことよ」

 フィラは黒いコートを翻して、そのまま玄関の扉から外へと出ていった。ロクは無意識に、フィラが放った「パートナー」という言葉を頭の中で反芻していた。
 いま、自分の隣に立っているのはレトヴェールではない。そのことを改めて諭されるようだった。バラバラになっても大丈夫だと豪語したのはロクのほうだったのに、なぜだか心にはぽっかりと穴が空いてしまって、落ち着かなかった。ロクは、すっと鼻から息を吸いこんで肺を満たそうと試みた。しかしすぐに、空気の悪さを思い出して後悔した。案の定胸が苦しくなった。
 
          *
 
 カナラ街は、エントリアからはそう遠くない場所に位置している。東門を通過し、やや南の方角に歩先を変え、細い川に沿って緩やかな傾斜を下っていく。
 此花隊に入隊してから一度も訪れることがなかったカナラ街の全景を、小高い丘の上からレトヴェールは眺めていた。街並みはよく覚えていても、建物の屋根がずらりと横並びになっているのを見下ろすのは初めてのことだった。
 レトは、ちらりと左のほうに首を回した。遠くに見ゆるのがレイチェル村だということを視認する。

 レトとロクの故郷であるレイチェル村の人間は、買い物や仕事などで村とカナラ街とを往復することも少なくなかった。エントリアほどの広大都市とはいわないまでもカナラ街は十分に人や物資に溢れていた。いまよりももっと幼い頃、よくロクとともにおつかいで来させられたことがあったな、といった記憶がレトの脳裏を掠めた。
 レトはすぐに土を蹴って、街を目指して降りていった。

 記憶にある景色と変わり映えのしない街並みの中を、レトは目的もなく徘徊していた。巡回警備の命を忘れているのかやや俯きがちだった。昨年の今頃はまだこのカナラ街に頻繁に訪れていて、場所に馴染みがあるせいでもあるだろう。他人の肩にぶつかりそうになっても器用に躱していた。
 だが、レトがそれを後悔したのは、鼓膜を刺すような女の悲鳴が聞こえてきてからのことだった。

 「ば、化物だあ!」

 男の必死な叫び声に、街の人たちが一斉に息を、動きを止めた。空気が一変する。蜘蛛の子を散らすように街の人たちは駆けだした。
 愕然と立ち尽くすレトの真横を、無数の人影がもの凄い速さですり抜けていく。レトは時折肩をぶつけてよろめいた。

 「おいあんた! ぼけっとしてねえで、はやく逃げねえと殺されちまうぞ!」
 「ばけもんが出たぞーッ!」
 「いやああっ」
 「次元師様! 次元師様はいねえのか!」

 まるで猪の群れが目標に向かって猛突進していくかのように、足音が威勢よく遠ざかっていく。化物に対抗できるような超人的な力を持たない者たちによる迅速な判断だ。ついに周囲から人気がなくなり、レトは街中に取り残された。次元師はいないのか、その声が聞こえていたのかどうかはわからない。
 彼の頭上に、ゆらりと影がのしかかった。
 
 「──!」

 これまでとは容貌が異なっていた。レトは無意識に身震いした。
 ──細長い2本の角が空に突き刺さっているようだ。首から下はどっぷりとした体格をしていて、その丸い背中からは翼と思しきものを広げている。なんの動物とも例えがたい潰れた顔面だけは従来通りだといえるが、心臓のように赤い双眸が、ぎょろりと蠢くのには息を呑んだ。

 (……元魔)

 逆光を浴び、漆黒に染まる元魔の全貌は見つめれば見つめるほど、まるで覗く深淵に吸いこまれていくような、そんな錯覚を覚えた。
 太陽は完全に遮られていた。
 頼りになるものは、その胸の内に秘める異次元の力のみであると、レトは理解せざるを得なかった。
 
 
 


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