コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.26 )
日時: 2020/04/10 23:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 船舶へ乗りこむときのことだった。コルドたちが乗り場の橋をぞろぞろと渡っていく中、ルイルは、その橋の途中でふと立ち止まった。

 「……」

 振り返ると、ずいぶんと小さくなったライラが手を振っていた。

 このまま船に乗りこめば、まもなく船は港を離れ、故郷はどんどん小さくなる。いまでこそ姉のライラは、ルイルの見ている景色の中できちんと生きているが、しばらくしたらその姿は見えなくなる。また、離れ離れになってしまう。
 そんなことが頭によぎった。ルイルはぶんぶんと首を横に振る。小さくなったライラの姿を目に焼きつけて、ふっと視線を外した。俯きがちに橋を渡りきる。
 そのとき。
 ぽすりと、頭の上になにかが乗っかった。

 「……え?」

 顔を上げたルイルの正面には、ロクアンズがいた。

 「ちょっといびつだけど……受け取って、ルイルっ」

 ロクはそう言って、伸ばしていた腕を下ろす。おそるおそる自分の頭に手を泳がせていくと、
 やわらかくてふわふわしたものが、指先に触れた。

 「これ……」
 「店主のおじさんがね、これは『キッキカ』っていうアルタナ王国にしかない特別な綿花で作るから、とってもいい香りがするし人気なんだって言ってたんだ」
 「……」
 「ほらあたし、ルイルが王様になるんだと思ってたから、そのお祝いにもっと早くプレゼントするつもりだったんだけど……なかなか時間がなくてさ」
 「毎日毎日、ルイルに会いに来るわりにすぐに帰ってしまってたのは、これを作ってたからなんですね」
 「えへへ~」

 出航を告げる鐘の音が、港中に響き渡った。橋がゆっくりと閉じられ、港から離れていく。
 アルタナとメルギースを繋ぐ大海へ、船は漕ぎ出した。

 「ルイルのために?」
 「そうだよ。偶然になっちゃったけど、それがあればどこにいても……ルイル?」

 ルイルは、自分の頭の上からそれを下ろした。懐かしい香りがぶわりと鼻腔をくすぐってくる。白い帽子だった。ルイルはその帽子を握り、ぎゅっと抱きしめた。
 自国は遠ざかっていくのに、その匂いは、ルイルの一番そばにあるままだった。

 「……ありがとう、ろくちゃんっ」

 潮風とともに、キッキカの花の香りが海上を漂う。ふたつぶ、浮かべた涙が太陽の光できらめいて、ルイルはやわらかく笑みをこぼした。



 第023次元 船上にて

 アルタナ王国を出国してまもなくのこと。コルドたち一行は、海風を浴びながら甲板で朝食を摂っていた。今朝の城下町で買っておいたものを頬張っていたロクは、口にものを詰めながら「あ」と思い出したように話を切り出した。

 「そういえばルイル! ルイルも次元師って、ほんとっ!?」

 あーんと口を開け、いまにも大きなパンにかじりつくところだったルイルが、ぴたりと動きを止めた。

 「うん。そうなの。でも、あんまりじょうずにつかえないの……」
 「ええ~見せて見せてっ!」
 「ルイル、使ってましたよ? 次元の力」

 その隣で、ルイルが食べやすいように小さくパンをちぎっていたガネストが横槍を入れた。ロクはあんぐりと口を開ける。

 「……え!? いつ!?」
 「あなたが、騎士の方々から槍などを向けられたときです。彼らは国王陛下に、『なにをしている!!』って言われていたでしょう? あのとき、彼らが動揺していたのを覚えてますか?」
 「え? あれって、あたしの首を撥ねるのが怖くて動けなかったんじゃ……」
 「いえ、あれは、ルイルが意図的に止めたんです」
 「──『念律』……っていう、なまえみたい」
 「いわゆる、"念動力"に近いものです。まだ上手く力を扱えないようなので、いまは物の動きを止めたり、軽いものを浮かせることができる程度らしいです」
 「へええ……」

 よくよく思い出してみれば、たしかにあのときの騎士たちの表情にはどこか違和感があった。躊躇いゆえの動揺ではなく、「なにが起こっているかわからない」といったような、驚きの色を示していた。

 「じゃあこれからは、いっしょに戦えるんだねっ。楽しみだな~!」
 「……あの、ロクアンズさん。ちょっと聞いてもいいですか?」
 「ん? なに?」
 「その、僕たちはあまり次元の力に関しての知識がないというか……どうして次元師が存在するのか、なんのために戦うのか。根本的な部分を知らないんです」

 ガネストとルイルが、じっとロクを見つめた。

 「なので、教えていただいてもいいですか?」

 ロクは食べる手を止めた。手に持っていた大きなパンを膝の上に下ろすと、彼女は話し始めた。

 「うん、いいよ。あたしも知ってるのはおおまかだけど。……いまから200年前のことなんだけど、『元魔』っていう怪物がこの世界に現れるようになったのって、知ってるよね?」
 「はい。ですが、なぜ現れるようになったかまでは……」
 「200年前──メルギース歴でいうと、327年。この世界に、突然、『神族しんぞく』って名乗る神様たちが現れたの」
 「……神族?」
 「かみさま?」
 「神族は、当時のメルギースの国王様にこう言ったんだ」


 『罪を知れ。覚えぬ者は大罪と知れ。人である者たちよ、永劫の時を以て償え』


 「ってね」
 「罪……? 200年前に生きていた人たちは、その……神族と名乗る者たちに対してなにかをしたということですか?」
 「それが……詳しい理由まではわかってないんだ。突然姿を現して、そう言ったんだって言われてる」
 「──メルギースは太古の昔から、"神"の存在を信じる国だ。この世を造ったとされる"創造神"を信仰してきた」

 目には見えない神に救いを求め、祈りを捧げ、渇いた大地に雨が降れば神のおかげだと涙した。神の存在を信じてやまないメルギースとドルギースの国民たちは、突如自分たちの目の前に現れた、"神"だと名乗る者たちの存在に驚き、わなないた。
 ガネストは信じられないといったように目を丸くした。自分の生まれ育ったアルタナ王国では神などという、本当に存在するかどうかもわからない不透明な産物はいない。お伽話のようでどうにも信じがたいガネストは、少々面食らったように訊ねた。

 「ですが、その者たちは本当に、神だったというのですか」
 「さあな」
 「さあなって」
 「だけど、神族が現れて直後のことだ。メルギースとドルギース周辺の島が襲撃を受けて、──消滅した」
 「え?」

 ガネストとルイルが目を瞠る。今度はロクが続けた。

 「神族たちは、ふしぎな力を持っていたんだ。町とか、森とかが、どんどん攻撃されたんだって。メルギースとドルギースだけじゃなくって、ほかの大陸も。ずっと北のほうには全壊した国だってある。その最中のことだったの。……──『次元の力』が、人間たちの中に宿り始めた」

 神族たちは、人間を遥かに超越した『力』をもって、人間の所有物に攻撃を始めた。地盤は歪み、大地は割れ、森林は焼け野原へと姿を変えた。人間たちは成す術もなく、ただ自分たちの住む街や愛する人を目の前で失い続けた。

 しかし、そんな絶望の折、人間たちは突然──『不思議な力』に目覚めることとなる。
 それが次元の力だった。

 「歴史の研究者たちのほとんどが、『なんの前触れもなく不思議な力を手に入れた』『これは奇跡の力だ』……って、そんな風に考えてる。そうやって人間たちは神に対抗できる力を手にして、その力を使い始めた。国の兵士だった人、小さな子ども、王族とか貴族とか関係なく……次元の力に目覚めた人たちが、恐怖に立ち向かって懸命に戦った……。それが、5年も続いたんだって」
 「そんなに長い間……」
 「終戦したのは332年だ。神族たちはその年の暮れに突然姿を消したらしい。ようやくこの世界に平和が訪れたかと思ったら……1年と経たないうちに、のちに元魔って名づけられた、異形の化け物が世界中で出現するようになったんだ」
 「神族がいなくなってすぐのことだったし、謎の化け物から神族と同じなにかを感じた人々は、『元魔は神族たちが生み出した兵器なんじゃないか』って考えた。でも人々は土地の復興もしなきゃなんなかったし、元魔をやっつけられそうだったのは次元師だけだった」
 「たぶん、そこからなんじゃないか? 次元師が、元魔を討伐するっていう暗黙の使命ができたのは」

 レトヴェールは指でつまんだパンに視線を落としながら、ロクの説明に加わった。

 「な、なるほど……じゃあ、次元師は、その200年前の神族の襲来によって『不思議な力』を得た人たちのことをそう呼んで、元魔はその神族と呼ばれている存在たちによって生み出されている、と……」
 「……わからないのは、その神族たちの怒りがなんなのかっていうのと……あたしたち人間が、どうして神族たちの怒りに触れてしまったのかっていうこと」
 「──それと、次元の力を、どうやって得たのか……だな」
 「わからないこと、いっぱいなんだね……」

 ルイルははやくも困惑したように呟いた。本当にお伽話のようであるから、信じがたいのだろう。ロクもレトもその時代に生きていたわけではない。「そうだね」と、ルイルに寄り添うようにロクが言った。

 「200年前のことなんて、そんなに大昔でもないから、記録だって残ってそうなのに……」
 「しょうがないだろ。一番情報を持っていそうだったエポールの一族が、神族からの襲撃とそこからの衰退によって消滅したんだ。王城も跡形もなくなってるし」
 「ご実家には残っていなかったんですか?」
 「ああ。うちはただの末裔で、歴史の証明になるような文献は残ってない」
 「そうでしたか……」

 聞きたかった情報を手に入れることはできたが、ガネストはなんだか腑に落ちない様子だった。しかしそれは、レトもロクもおなじだった。次元師にまつわる大方の経緯はだれもが知ろうと思えば知れるものだが、その奥に、いったいどんな歴史や事情が潜んでいたのかを知ることができずにいる。
 考えてもしかたないか。ガネストはそういう風に思った。

 「それにしても、難しい問題ですね」
 「なにが?」
 「だって僕たち人間としては、どうして神族の怒りに触れてしまったのか、そのわけもわからずに報復を受け続けているわけですよね? すべての理由がはっきりしないまま、次元師として神族たちと戦わなければいけないなんて……腑に落ちない点が多すぎます」
 「たしかに、そういう次元師も多いかもしれないね。元魔に襲われて家族を殺された、とか……そういう直接的な恨みでもないかぎり……剣は振るえないよね」
 「……だから俺たちは調べてるんだ」
 「すべての謎を解くために、ね」

 ガネストの視界に、灰色のコートを身に纏う2人の姿が映りこむ。

 「研究機関に入って、そこの戦闘員として元魔と戦いながら……情報を集めていく。いまはまだなにもわからないかもしれないけど、きっといつか辿り着いてみせる。だから……2人とも、どうかよろしくねっ」

 ロクがにっこりと笑って言った。ガネストの耳に、さざなみが聞こえてくる。海を掻き分けて揺らぐ船は、着実に、あの巨大な島に向かって進んでいる。
 後戻りはできない。その気があったのなら、これほどの大船に乗りこんだりしなかっただろう。
 ガネストは頷いた。 

 (……かみさまと、たたかうりゆう……)

 1人、ルイルは顔色を曇らせて、無邪気に笑うロクの顔をちらりと見やった。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.27 )
日時: 2020/06/24 10:45
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第024次元 君を待つ木花Ⅰ

 次元研究所此花隊本部の東棟は、中央棟や西棟に比べて新設さながらの整然さを感じさせる内装になっている。というのも、近年立ち上がったばかりの『戦闘部班』が、その東棟に身を置くことになったからである。かの班員たちのために施設の改造及び工事をなされたばかりの東棟だが、当然のことながらほかの棟と比べて人気が圧倒的に少ないため、そんな新鮮な空気を吸える者はごく一部に限られる。
 
 そんな中、ただ広い廊下を忙しない様子で渡る人影があった。黒い隊服をきっちりと着こなし、足早に目的地へと向かうコルドは、数十分前に戦闘部班の班長であるセブンに呼ばれていた。
 班長室の扉の前に立ち、彼は扉を叩いた。そして入室する。

 「お呼びですか班ちょ……は、班長?」

 コルドは、長机に突っ伏していびきを立てているセブンの後頭部を認めると、やや眉をひくつかせた。コルドは長机に近寄る。

 「あの、班長……セブン班長!」
 「うわぉっ!? ……えっ!?」
 「いまは勤務時間内です。なに寝てるんですか」
 「あ、あはは……いや? 背徳感という名の昼食を味わっていたところさ」
 「食べすぎには気をつけてくださいね」
 「……もちろん、だとも……」
 「はあ……。ああ、ところで班長。ご用件は」

 「ああ、そうだった」と言いながら、セブンが長机の引き出しからを取り出したのは小型の器具だった。
 似たような形のものを2つ、机の上に並べる。

 「! これ……」
 「君に頼まれていた件を調べてみたよ。この間、離島の競売場で君が回収したこの通信具だが……たしかにうちの研究部班が開発したものと、構造が酷似していた。ただ、製造者独自の改造がされていて、多少は全体の構造にちがいがある。だが部品や細部のこだわり方が、うちのものとまったく同じだ」
 「そ、そんな……」

 コルドは驚きのあまり、長机に両手をついて身を乗り出した。

 「この通信具は、あの研究部班班長が──『元力』を応用して開発したものです……! それをいったいどうやって」
 「……知っての通り、この研究所での研究内容は、他所に漏らさないよう厳重に管理させている。全隊員に共通していることだ」
 「──……情報漏洩ですか」
 「その可能性が高いだろうね」

 固唾を飲みながら、コルドはゆっくりと机から手を離した。
 
 「……。競売会の主催者は、人身と贋作の売買を主とする、裏では名の通った商人でした。そんな輩が、我々が開発した物を所持していたとなれば……」
 「実はその件で、つい先日政会に呼ばれてね。厳重注意ということで事なきを得たが……今後また問題が起きれば、処罰は免れないだろう。向こうにはしばらく頭が上がらないな」
 「……」
 「まだ内部の人間の仕業だと決まったわけじゃない。ただ可能性が高いというだけだ。もしかしたら外部の人間による策略かもしれないしね。……ただ、今後はすこし、研究部班のことも見るようにしてくれないかい」
 「は」
 「頼りにしてるよ」

 通信具を机の端によけたセブンは、反対側の端に重ねて置いてあった紙束を手に取った。

 「報告書を読んだよ。改めて、アルタナ王国での任務、ご苦労だったね。……まあ、すこし、大事があったみたいだけど」
 「……はい。その……面目ありません……」

 セブンは報告書を束をぱらぱらとめくりながら、苦笑をこぼした。

 「いやあ……だけど、すごいな。国の王女と親交を深めて帰ってきただけでも十分な成果だと言えるんだけど……まさかその王女の誘拐事件を解決して、亡くなったとされていたライラ第一王女殿下の生存も明らかにし、さらには国王陛下の怒りを買ってもなおエポールの名で脅しかけ……すべてを丸く収めてしまったとはね。はは。だめだ、感心を通り越して笑ってしまう」
 「私はいつ首を刎ねられるかとひやひやしていましたよ、班長。……正直、いまだに信じられていません。あの国で見たものがぜんぶ夢だったかのような気分です」
 「しかし、夢ではないらしい。ルイル王女とその付き人のガネスト君が、この研究所に来たんだから」

 報告書の束の中から、『新規入隊の申請書』と書かれた2枚の紙を引き抜いた。そこにはルイル・ショーストリアとガネスト・クァピットの名前と、アルタナ王国の国章が記されている。
 
 「2人は、本当に入隊するんですか?」
 「いま政府に申請を出してるところでね。アルタナ王国はメルギースと親交の深い国だし、なにより2人は次元師だ。許可は下りると思うよ。ただ、それまでは『アルタナ王国から留学してきた』という体で、丁重に扱わせていただくけどね」
 「ということは、いまは宿泊棟に?」
 「ああ。たまにロク君を見かけるよ」
 「……本当に、班長の言う通りでした。あの2人には驚かされましたよ」
 「私もだよ」

 眉を下げ肩をすくめながら、セブンはその申請書を紙束の上に重ねた。それを、コルドは目で追っていた。

 「それにしても、班員が増えてなによりですね」
 「本当にね。嬉しい限りだよ」
 「……あの、セブン班長。この戦闘部班という組織の立ち上げを思い至ったのは、班長ご自身でしたよね?」
 「そうだよ」
 「このようなことを聞くのは失礼かと存じますが……どうして、戦闘部班という組織の立ち上げを?」

 セブンは、顎をさすりながらすこしだけ目線をずらした。

 「いまが好機だと思ってね」
 「好機?」
 「元魔が活発化してきているとはいえ、いまはまだ想定の範囲内に留まっている。依然として神族は姿を見せず、まだその勢力に怯えるときじゃない。彼らがすぐに攻めてこないのは、なにかの時期を待っているんじゃないかと私は推測しているんだ。この機に、次元師たちを育成し、きたる時に備える……。そのようにお伝えしたら、隊長が自ら政会に赴いてくださってね。もちろん時間はかかったけれど、結果的に了承を得られた。政会の監視つき、だけどね」
 「隊長自ら……ですか。あまりお会いしたことがないので、どんな御方なのかもいまだに……」
 「お忙しい方だからね」
 「ですが、新しい組織の立ち上げに尽力してくださったわけですよね。噂では鬼のように恐ろしく、気難しいから感情も見えづらいと……」
 「……本当に、なにを考えているんだか」
 「え?」
 「ああいや、君の言う通りだよ。話すときはいつも緊張してる」

 はあ、とよくわからないままコルドが返事をすると、セブンは丸めていた背中を起こした。

 「さて、と。最後にもう1件」
 「はい」
 「ついさきほど、元魔の出没連絡が入った。南方のローノ支部だ。2人を連れて行ってくれ」
 「……ローノ?」
 「場所がわからなければ地図を渡すよ」
 「ああ、いえ。班長、よくローノの調査報告を読んでいらっしゃいますよね」
 「え? あ、ああ。向こうにいる隊員たちにもよろしく伝えてくれ」
 「はい」

 コルドはしっかりと頷いて、班長室をあとにした。



 「──ということで、出動要請だ。南方の支部だから距離がある。準備は怠るなよ」
 「おっけー!」

 集会所の隣に構えている談話室で、コルドはロクアンズとレトヴェールを捕まえた。さっそく元魔の件を伝えると、2人は頷いた。
 椅子から立ち上がる2人を見ながら、コルドは、すこしだけ顔を苦くした。

 「悪いが、俺はちょっと用事を済ませてから行く。先に向かってくれるか?」
 「え? それはいいけど……あたしたちで行っていいの?」
 「ああ。頼んだぞ」
 「やったー! まかせてっ、コルド副班!」
 「あんまり無茶はするなよ」
 「わかってるって~!」
 「……本当にわかってるのか? ったく……。レト」
 「ん」
 「ロクのこと、ちゃんと見といてくれな」
 「……」

 コルドは、片手にファイルや紙束やらを抱えて、談話室から出ていった。

 「……めずらしいな」
 「? なにが?」
 「元魔討伐に、俺たちだけでなんて。ちょっと前までぜったいに許さなかったことだろ」
 「ん~? まあそうだったような気もするけど……いいじゃんいいじゃん! 次元師として、あたしたちの力を認めてるってことだよ!」
 「……」

 (……──"あたしたち"っていうより……)

 レトは、ちらっとロクを横目に見る。嬉しそうにはしゃぐロクの顔は、新しいおもちゃを与えられた無邪気な子どもそのものだった。しかしその顔つきは、アルタナ王国へ向かう前といまとですこしちがうような、そんな気がしていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.28 )
日時: 2018/08/16 08:25
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: zjy96Vq7)

 
 第025次元 君を待つ木花Ⅱ
 
 目的地である『ローノ』という町は、エントリアよりも南に位置している。規模は国内最大都市のエントリアに遠く及ばず、ややこじんまりとした町ではあるが、周辺が村や集落で囲まれているため最南の地方では唯一の都会という扱いになっている。町中に漂う空気も長閑のどかそのものだった。

 エントリアを出発してから数刻が経過している。いまにも落ちそうな陽の残り火で、森は橙色に焼けていた。
 ロクアンズとレトヴェールは二手に分かれ、元魔の捜索を開始した。
 やる気満々な様子で山道を駆けていったロクとは裏腹に、レトは嫌々といった顔で草木を掻き分けていた。整備されていない獣道を歩き続けるには根気が必要だった。すこしつらくなってきたのか、レトは早々に息をついた。
 そのとき。遠くのほうで、雷鳴が轟いた。

 「! ロクか?」

 轟音は止まなかった。夕焼けを散らす雷光が、レトのいる場所からよく見えた。レトは進行方向を変え、その光を目印に林の中を突き進んだ。
 ロクがいるであろうその場所にレトが辿り着くと、すでに彼女の周囲には、炭のような黒い残骸が散らばっていた。
 
 「──雷柱!!」

 雷撃は円柱を象り、地面から一直線に伸びて空を横断する。ロクの目の前にいた元魔は、立ちこめる土埃の中から飛び出した。元魔は従来通り、黒や灰、茶が混じった泥色の肌をしていた。その体長はロクの体躯を悠に超え、相変わらずどの動物とも似つかない外観をしている。頭部は大きく腕はなかった。代わりに、奇怪に伸びた3本の足が宙を泳いだ。

 「逃がすか!」

 土を蹴り上げたロクが、樹木から伸びる太い枝に飛びつく。そのまま勢いに乗ってぐるりと全身を回し、華麗な動きで枝の上に着地した。
 前方の木の葉にしがみついている元魔を、その目で捉える。

 「──落ちろ! 雷撃!!」

 伸ばした掌を起点に、雷が飛散した。反動ですこし仰け反る。雷光は横殴りの雨を思わせる鋭さで元魔の全身に突き刺さり、叫喚を促す。ふらりと身体を傾かせた元魔が、地面に向かって落下する。
 ロクも飛び降りた。落ちていく黒い肢体に掌を向ける。

 「五元解錠──!」

 しかしそのとき。元魔の頭部が歪んだ。ぐちゅぐちゅと不快な音が響くと、刹那、顔らしき球体の一点から液体のようなものを細く噴き出した。
 ロクは上半身を大きく反らした。が、着地の体勢になるには間に合わず、真っ向から地面と衝突するとその勢いで砂の上を転げ回った。頬に付着したどろりとしたなにかが砂を掬いとっていく。それの正体はおそらく、さきほど元魔が噴き出した体液かなにかだろう。
 元魔は、地面の上で寝そべるロクに対して、ふたたび不快な音を聞かせた。顔らしき部位がぐぐっと持ち上がる。蜘蛛が糸を吐くように、細い体液が放出された。

 「ロク!」

 レトが叫んだ、その瞬間。ロクは寝転んだ姿勢のまま拳を振り上げ、思いきり地面を叩きつけた。するとロクの身体に覆い被さるように雷が半円状の膜を張った。吐き出された体液は、その防壁と化した電気の膜に接触した途端、跡形もなく掻き消えた。
 ロクは、ゆっくりと首だけを動かし、元魔を睨みつけた。

 「──五元解錠! 雷撃ィ!!」

 勢いよく放出された電光が、元魔の肢体に丸ごと喰らいついた。甲高い断末魔が辺り一帯に広がると、黒い頭の上部に埋めこまれていた赤い核も、砕け散った。
 次第に、黒い皮膚だったものが風にさらわれていく。それを見る限り、化け物は絶命したとわかる。

 「へへっ……どんなもんだい!」
 「……」

 ロクは、よっと言いながら跳ね起きた。灰色のコートにまとわりつく砂粒を払って落とす。
 呆然と眺めていたレトだったが、ふいに、ロクとばっちり目が合った。

 「あれっ、レト! いたの?」
 「……ああ。まあ」
 「もしかしていま来た? ざ~んねんでした! 元魔はぜーんぶ、あたしがやっつけちゃったよ! ……あれ、でもさっきレトの声がしたような……気のせいかな?」
 「おまえ、1人でやったのか。これぜんぶ」
 「そうだよ! えへへ~、すごいでしょ! これであたしももう、一人前の次元師になれたかなっ」
 「……」

 ──おまえはすごいよ。そう言ってやりたかったが、喉はそうさせてくれなかった。なんとなく口を噤んで、ただ元魔の残骸のような黒い粒をじっと見つめている。

 「あーあ。でも、はやく"六元の扉"とか、使えるようになりたいなあ……」
 「六元の扉って……」
 「だって、まだ"五元の扉"までしか開けないんだもん。もっと強い『次元技』を出せるようになるには、その階位を上げるのがいちばん早いんだけど……」

  次元の力は、『次元技じげんぎ』と呼ばれる数多の"技"を秘めている。それはロクの持つ次元の力『雷皇』でいうところの、『雷撃』や『雷柱』といった"雷を利用する上での応用術"を意味する。
 そこで大事なのが、『扉の階位』だ。
 次元師は原則的に、『四元解錠』や『五元解錠』などといった──"次元技そのものの威力を決めるための詠唱"を、次元技を唱える前に置いておく。そうすることで、発動する次元技の威力を調節し、次元の力が暴走しないよう働きかけているのだ。特に、次元師としての活動を始めて間もない者はその前述を必ず行い、上手く調節できるようになるまでは継続しているらしい。

 「うわさによるとさ、"十元の扉"まであるっていうでしょ? あたし、ぜんぶ使えるようになりたいんだ! レトもそうでしょ?」
 「俺はべつに……それに高位の扉を開くのは、次元師の中でも限られた人間しか成功してない」
 「だーかーら! その限られた一部の人間になるんだよ!」
 「……どっからわいてくんだよ、その自信は」
 「え?」
 「なんでもない。元魔の気配はしないし、たぶんこの辺りにはもういないだろ。戻るぞ」
 「あ、待ってよレトー!」

 赤く燃えるようだった空は、鈍色の夜に覆われつつあった。ただでさえ成長しすぎた草木が鬱陶しいのに、あたりの暗がりに呑まれ、それは不確かな影となって視界にちらついた。
 
         *
 
 ローノ支部の施設も、町の規模に合わせて建立されたのか少々控えめな建物だった。2階建ての構造で、入り口の扉をくぐるとすぐ目の前に受付のテーブルが構えている。その奥はすべて談話スペース兼資料室となっている。1階にあるのはそれだけで、あとは端の階段からから2階へ行けるようになっている。2階は隊員たちの休憩室といったところだろう。
 夜も深まらないうちに元魔討伐の報告へやってきたロクアンズとレトヴェールの2人に、支部の隊員たちは感嘆の声を浴びせた。

 「いやあさすがです、次元師様!」
 「この短時間でやっつけちまったのか。こりゃたまげたなあ!」
 「あんたたち、ウワサになってた義兄妹だろ! アルタナ王国でどえらいことしたっていう!」

 2人を囲んでいる複数人の男性隊員のうちの1人が言うと、ロクは驚いて目を見開いた。

 「えっ!? 知ってるの!?」
 「知ってるもなにも、いまじゃ国中に広まってるよ。此花隊の次元師が、よその国の歴史を動かしちまったってな!」
 「しかもこんなガキだもんなあ~」
 「ガキじゃないよっ。これでも一人前の次元師なんだから!」
 「これは失礼しました~!」

 1階の談話スペースが、どっという笑い声で満たされる。この支部に配置される隊員のほとんどが援助部班の班員だった。援助部班として訓練を受けているだけあって、だれもが屈強な体つきをしていた。

 「おいロク、おまえケガはないのか?」
 「え? ああ、そういえばさっき木の上から落ちたときに、擦りむいたっけ……。でも大丈夫だよ、このくらい!」
 「だ、だめよっ」

 そのとき。華やかな声音がした。男たちの波を掻き分け、ロクとレトの前に現れた女は、心配そうに言った。女性にしてはやや身長が高く、体型もすらりとしている。美人の部類に入るだろう。男だらけでむさくるしい中では一際その存在が目立った。彼女は肩のあたりで綺麗に切り揃えられた臙脂えんじ色の髪をすくって、耳にかける。

 「小さな傷口からでも、ばい菌は入ってしまうの。だからきちんと消毒しましょう」
 「あなたは……」
 「あ、ごめんなさい。挨拶をしていなかったわね。私は、医療部班所属のフィラ・クリストンよ。さあ、腕を出してもらってもいい?」

 フィラと名乗った女は、灰色ではなく、白い隊服の袖をまくりながら言った。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.29 )
日時: 2020/03/18 21:32
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第026次元 君を待つ木花Ⅲ
 
 ロクアンズは、此花隊の本部内でその白い隊服を見かけたことがあった。というのも、本部の中央棟は主に"医療部班"の仕事場となっていて、医療部班の班員とすれ違うことも珍しくないためである。

 此花隊の隊服は、部班によって基調としている色や作り、デザインが異なっている。戦闘部班と援助部班は灰色、研究部班と医療部班は白を基調とした隊服だ。各部班の班長と副班長に任命されている者は、所属の班に関係なく、全員が黒を基調とした隊服を着用している。
 フィラと名乗った女性が着ている隊服は上下がひとつなぎになっていて、膝のあたりで裾がひらひらとしていた。全体的な色は真白。ところどころ紅色のラインが入っているのがわかる。汚れのないまっさらな白色が視界に飛びこんできて、ロクはびっくりした。

 「地面の上で転んだのね……大きな擦り傷だわ。ちょっと染みるけど、我慢してね」
 「いっ!」
 「よく効く薬だから、すぐよくなるわ。包帯も巻いてあげる」
 「ありがとう、フィラさん」
 「あら。も、もう覚えてくれたの? 嬉しいわ」

 笑顔の似合う女性だった。濃い臙脂色の髪も艶やかだ。手入れを怠っていないのだろう。ロクは思わず見とれていた。

 「ケガっていやあ、この前森に入ったときさあ、ケガしてぶっ倒れてるやつを見かけたんだよ」
 「ああ、元魔を見つけて急いでここに帰ってきたときだろ? たしかお前、ちょっと遅れて帰ってきたよな?」
 「その倒れてたやつがさあ、死んでたんだよ。そのままにしとくのも、なんか嫌だし……だから近くに埋葬してたんだ」
 「なるほどな。……あ! それってあれじゃないか? ベルク村の」

 ぴくりと、包帯を巻くフィラの手が一瞬だけ震えた。

 「あ~! 言われてみればたしかに」
 「村から逃げてきたんだろうけど、あそこの山道は人間が歩けるようなとこじゃないからな。ほとんど急斜面だし、下ろうなんて考えるもんじゃないよ。いくら命があったって足りやしねえ」
 「村の場所も、いまいちよくわかんねえんだよなあ。ほんとにあるのか?」
 「あるだろうよ。そいや、村の向こう側は整備してあるんじゃなかったか? そっちから降りたらすぐ海岸に着く。そこで貿易商どもと、どうやら酒の取引をしてるらしい。これがまた絶品なんだと」
 「本当か!? くぅ~! 姑息だねえ、ベルクの領主も」
 「ねえ、その森で倒れてたっていう男の人、ベルク村から逃げてきたんじゃないかって言ってたよね?」

 包帯を巻き終えたらしいロクは、体の向きを変えて話に加わった。

 「ああ」
 「それって、ベルク村でお酒を造るのがいやになったってこと? その領主さんが、村の人たちに重労働をさせてるとかじゃ……」
 「あ~。その線が濃いだろうな」
 「それなら調べたほうがいいよ! このままほっとくなんて、村の人たちがかわいそうだよ」
 「冗談言っちゃいけねえ。さっきも言ったけど、ベルク村への道は険しいなんてもんじゃないんだ。いくら鍛えてたって、あの山道を登る勇気は湧いてこないさ」
 「それに、ベルク村は小さい村だし、旨い酒を造ってるっつったってこの国のライフラインにはならねえよ。なくなったって困りゃしねえし、いずれあの村は自然消滅するだろうよ。人口の減少でな」
 「……」
 「ならあたしが行く!」

 決して良質とはいえない長い腰掛から立ち上がって、ロクが言った。

 「その村に行って、ほんとに領主さんがひどいことしてたら、おじさんたちが政府に報告してくれる?」
 「ちょっ、おいおい嬢ちゃん! 冗談だろ? さっきの話聞いてなかったのかい」
 「聞いてたよ。村の人たちが苦しんでるかもしれないのに、おじさんたちが見て見ぬふりしてるってことくらい……!」

 援助部班の男たちは黙りこんだ。この支部での指揮を任されているらしい黒い隊服を着た副班長位の男が、ふたたび口を挟んだ。

 「あのなあ、ちがうんだ。あそこの村は行ったってどうせ──」

 そのときだった。
 建物の入り口の扉が勢いよく放たれ、1人の男が慌てた様子で談話スペースに駆けこんできた。

 「副班長! いま、森のほうから子どもを抱えた女性が現れて、そのまま倒れて……!」
 「なに!? すぐに運んでこい! フィラ、治療の準備を」
 「はい!」

 部屋から、数人の男が出ていく。フィラはまた袖をまくると、テーブルの上に置いてあった陶器類をどかし、代わりに大きな銀のケースをそこへ乗せた。ケースを開くと、医療器具らしきものがごちゃりと入っているのが見えた。薬品の詰まった小瓶もある。
 間もなくして、1人の女が室内に運ばれてきた。女は担架に乗せられ、2人がかりでそれを運ぶ隊員の男とそれ以外もぞろぞろと戻ってくる。
 その中には、腕に布のようなものを抱える姿もあった。

 「細い切り傷が多く、脚や肘のあたりには打撲痕もあります」
 「……ひどい怪我……。出血が多いわ」

 担架から下ろした女を、長い腰掛に寝かせた。フィラは膝立ちになって女の顔を覗きこむ。テーブルの上に並べた薬瓶と女の身体とを交互に見ていたが、ふと、女の呼吸が浅くなっていることに気づく。

 「……」
 「フィラ、どうなんだ? 助かりそうか?」

 それだけではなかった。手足は折れそうなほど細く、肌がカサカサに乾いてしまっている。太陽の光を浴び続けた結果だろう。ということは、女はまともに水分を取っていない。食事を摂っていたのかも怪しい。フィラに限らず、ここの隊員には見慣れている姿だった。あの酷い山道を下ってきたのだとしたら、いま息をしているのも奇跡だと称賛に値するほどだ。フィラの喉に息が詰まる。

 「……ぁ……」

 か細い声が、フィラの耳に届いた。フィラは耳にかかった髪の毛を掻き上げ、そっと顔を近づける。

 「……こ……こど……もは……」
 「お子さんですか?」
 「……あの子、だけは……」

 女は、うっすらと目を開けた。その濁った赤色と目が合う。
 フィラが彼女の右手を取ったそのとき。握り返してきた女の手が、ゆっくりと力を失い、細い指先がフィラの手から離れていく。閉じた瞳から一筋、涙が流れ落ちた。
 
 フィラは、後ろで立っている副班長の男に向かってふるふると首を振った。
 この女がベルク村から出てきたのであろうことは、この場にいるほとんどの人間が推測したことだった。皆、これが日常茶飯事であるといったような諦めの表情を浮かべている。
 そのとき。1人の男が抱えていた布の塊から、耳に障るような泣き声が湧いた。赤子の声だ。母の死ではなく、空腹を嘆いているのだろう。

 「あたし、行ってくる」

 泣き止まないその声に紛れて、ロクが言った。

 「行くって……。嬢ちゃんも見ただろう。この女性はいま、」
 「『行ったってどうせ』……そう言ってたよね、さっき」
 「……」
 「あたしは行くよ。ぜったい辿り着いてみせる。──苦しんでる人を、あたしはぜったいにほっとかない!」
 「待ってっ!」

 ロクは、フィラの叫び声を無視して、部屋から外へ出ていった。
 レトヴェールはというと、そんなロクのあとをすぐに追うことはせず、自身のポーチから小さな紙を束ねただけのメモ帳とペンを取り出した。
 テーブルを借りて、紙面にペンを走らせると、すぐに書き終えレトは立ち上がった。そのとき。

 「……?」

 腰掛に横たわったまま動かなくなった女が、左手になにかを握っていた。
 周囲に気づかれないようにそっとその紙を引き抜く。くしゃくしゃになったその紙を開くことはせずに、レトはさきほど自分が書いたメモとその紙とを、おなじ便箋に入れた。

 「悪いけど、ここにコルド・ヘイナーっていう名前の戦闘部班の副班長が来たら、この手紙を渡してくれないか」
 「え? ええ……」

 手紙を差し出されたフィラは、落ち着かない様子でその便箋を受け取った。
 入り口の扉に向かおうとしたレトがロクについていくつもりなのだと直感したフィラは、そんなレトの背中を、切羽詰まったような声で呼び止める。

 「ま、待って! お願い、あの子を止めて……! 大人でも登れないほど険しい山なの。体力のない子どもが、そんなの……絶対に無理よ。それにまともに水も食料も確保できないのよ!? どう考えたって無謀だわ!」
 「あいつはなに言っても聞かないから」
 「あなたは、あの子の知り合いなんでしょう!」
 「……やるって言ったらほんとにやるよ。そういう義妹いもうとなんだ」

 レトはそう言い捨てて、建物から外へ飛び出していった。どうせすぐに音を上げて帰ってくるだろう、とだれもが肩を竦める。そんな中、フィラの真紅の瞳だけが、たしかに揺れていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.30 )
日時: 2020/05/08 12:45
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YnzV67hS)

 
 第027次元 君を待つ木花Ⅳ
 
 『ロク、聞こえるか?』
 「あ、レト!」

 通信具が使用できる範囲には限りがあり、その範囲は極めて狭い。もしかしたら交信の届かない、どこか遠くの場所まで行ってしまったのではないかと不安を覚えたレトヴェールだったが、ロクアンズからの返答を受けると安堵の息をついた。

 此花隊で製造されているこの通信具というのは、『元力』と呼ばれるものを利用している。それは、次元師である人間だけが体内に保持している"次元の力の源"だ。体内にあるうちはただの小さな粒子でしかないが、本人の意思に呼応して活性化し、次元の扉を開く力へと変貌を遂げる。
 その、"本人の意思に呼応する"という特性を生かし、開発されたのが、現在戦闘部班が使用している通信具だ。次元師の持つ元力がもととなっているため、コルド、ロク、レトの3人以外の人間とは連絡を取ることができない。そのうえお互いの居場所が遠く離れすぎている場合でも、元力の感知能力が薄れて交信を不可能とする。

 『おまえ、いまどこにいる?』
 「えっとね~……あ、レト見っけ!」

 高い樹木の枝に留まっていたロクが先にレトの姿を見つけ、そこから飛び降りた。きょろきょろしているレトの背中に声をかける。

 「ねえレト! ベルク村ってどこにあるか知ってる?」
 「……あのな、これからどんどん夜が更けてくってのに、飛び出していくやつがあるか」
 「あ……」

 ロクは、しまったという顔で空を見上げる。夜空に浮かぶ星の輝きを頼りにと思ったが、無慈悲にも高い樹木の影に塗り潰され、あたりは真っ暗闇に包まれている。

 「ごめんレト……。どうしよう?」

 レトは自分の腰元のポーチをまさぐるとすぐに、硝子で作られた筒のような器具を2本取り出した。
 「ん」
 「な、なにこれ?」
 「携帯用ランプ。油もある。何日かかるかはわからないけど、限りがあるから一晩中は使えない」
 「……すごいレト! こんなもの持ち歩いてるの!? 天才だよー!」
 「おまえがどこ行くかわからないからな」
 「すごいすごい! やっぱり、レトは頼りになるねっ!」

 レトは一瞬だけ目を丸くした。小さなランプ1つではしゃぎ回るロクを見ると、今朝コルドとロクのやり取りで感じたことが気のせいだったのかもしれないと思えてくる。

 「……地図でしか確認したことないけど、方角的にはローノから見て北東だ。だから、こっち」
 「なるほど! よーし!」

 レトが指先で示した方角に、ロクはくるりと顔を向けた。ランプを片手に、2人は深い森の中へ踏みこんでいく。



 木の葉を集めて作った簡易な寝床から、むくりとロクは起き上がった。灰色のコートにくっついた葉が落ちる。強い陽の光が、森に明るさを取り戻していく。
 ロクにゆさゆさと身体を揺らされ、レトも起床した。2人は、任務の際には常に持ち歩くようにしている固形の携帯食料で朝食を済ませ、まだ日が昇りきらないうちに行動を開始した。
 森の中はどこも人が通れるようには整備されていないため、道らしい道はない。ロクは器用に草木を掻き分け山道をどんどん進んでいくが、レトはすこし足をとられながら、ロクの背中についていく。
 そんな状態が小一時間続いたが、前を歩いていたロクが急に速度を落としたので、レトも足を止めた。

 「どうした、ロク」
 「ねえレト、見て。これ、崖かな?」
 「崖?」

 ロクが顔を上げていたので、レトも空を仰いだ。樹木の葉と葉が重なり合って視界のほとんどが遮られていたが、目の前にはたしかに、断崖絶壁と呼ぶに相応しい土の壁が聳え立っていた。首を左右のどちらに振ってもその端が見えないほど、その壁は際限なく広がっていた。
 
 「すごい崖だな……高さもかなりある。遠回りしすぎると道がわからなくなるからな。これを登りたいところだけど……岩肌に凹凸がない。これじゃ無理だな」
 「北東ってこの先だよね。ねえレト、足場があればいいんだよね?」
 「は? だから、足場は……」
 「レト、ちょっとこっち来て!」

 ロクはレトの腕を掴んで、崖とは反対方向に走りだした。崖との距離が遠くなる。すこし離れたところで、ロクは足を止めた。
 レトが息を整える間もなく、ロクの手元から、火花のような雷が散った。

 「おいロク、なにを……」
 「いいから、ちょっと見てて! 足場がないなら作るまでだよ!」
 「……は? どうやって、」
 「──届け! 五元解錠、雷撃ィ!」

 突き出した右の掌から、雷光が飛び出した。崖に向かって放たれた雷は空中を縫い、崖の天辺に襲いかかる。
 しかし放った雷撃はさほど距離が伸びず、電気の端のほうが崖上に引っかかり、土くれがぼろっと崩れただけに終わった。

 「ありゃ、失敗した……。もっと近づいてみようかな。万が一降ってきたときはすぐに避ければいいし……よしっ、もっかい!」
 「待てロク! いまのおまえの力だと、もっと近づかないとだめだ。だけどそれだとあまりにも危険すぎる。ほかに道がないか探したほうがいい」
 「大丈夫、次はやってみせるからっ。あたしに任せて、レト!」
 「だけど」
 「1回失敗したくらい、どうってことないよ。何回でもぶつかっていかなきゃ。じゃないときっと、ずっと負けっぱなしで終わっちゃう!」

 ロクの全身に雷が絡みつく。レトはそれ以上口を挟むことを諦めた。彼女の意識はもう崖の上にある。

 「五元解錠──雷撃ィ!!」

 両手をぐんと前に突き出す。と、電熱が腕に絡みつくように、手先から肩へと駆け上がった。放出された雷電はふたたび、崖の上を目掛けて空を切る。
 反動で仰け反りそうになるのをロクは両足で踏ん張りながら必死に堪えた。すると、電撃は見事に崖の上に直撃し、そこから崩れた岩の断片がごろごろと大きな音を立てながら、崖下に向かって転げ落ちていく。
 一瞬、その光景に気を取られていたロクの腕を、レトがすかさず引き寄せ、飛散した岩の欠片からロクを遠ざける。
 岩雪崩の勢いがどうやら収まったらしいということがわかると、ロクとレトは走って崖下に近づいていった。すると、まっ平だったはずの崖の上のほうの岩肌が削がれ、その岩の断片が真下の地面に積み上がっていた。

 「やった! もうちょっと、もうちょっと崩せばできるよ、足場!」
 「……」

 嬉々とするロクは、間髪を入れずに全身に雷を纏った。さきほどよりかは弱い威力で雷撃を繰り出し、どんどん崖を崩していく。
 レトは言葉を失い、ただ目の前で起こっている光景を眺めていた。彼女が言った『大丈夫』が、意図せず頭の中で反芻する。
 
 
 


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