コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.43 )
- 日時: 2018/12/21 21:11
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: hgnE84jl)
第040次元 君を待つ木花ⅩⅦ
村に戻るとすでに村人たちは寝静まっていて、聞こえてくるのは夜虫の鳴き声だけだった。手元の暗い中でもフィラはさすがの身のこなしでロクアンズとレトヴェールに治療を施した。もとより疲労で眠り続けているレト同様に、ロクも施しを受けてすぐに眠りについた。
翌日。ロクは村人たちを連れて湖へと向かった。
広大な湖をその目にした村人たちは歓喜に身を震わせていた。お互いを抱きしめ合い、涙を流し、湖の水を飲んだり浴びたりし、「白蛇様」と唱えている者もいた。
はしゃぎ回る村人たちの姿をロクは嬉しそうに眺めていた。するとロクのもとに村人たちがどっと押し寄せてきて、各々が感謝の言葉を述べた。
「ありがとう! ありがとう!」
「あなたたちのおかげよ」
「本当にありがとう!」
「ありがとう、じげんしさま!」
ロクは照れ臭いように頬を掻いて、「どういたしまして!」と満面の笑みで返した。
レトはいうと、いまだ床の上で眠り続けていた。昨日の戦闘で負った傷が癒えないのと身体を酷使しすぎた結果だろうと、フィラがレトの様子を伺いながら言った。
「ロクアンズちゃんはもう元気そうね」
「うん! あたしは1日寝たら、元気になった!」
「ふふっ。それはよかったわ」
「お前はそこだけが取り柄みたいなところあるもんな」
「そ、そんなことないよコルド副班! だってあたし、昨日六元の扉を開くことができたんだよ! ね、すごいでしょ!」
「そうだったのか。みるみるうちに成長していくな、お前。置いていかれそうだ」
「へへ。コルド副班なんかこてんぱんにできるくらい強くなるんだもんね~」
「頼もしくてなによりだ」
果実の絞り汁を湯で溶かしたものを口にしながら、コルドが「そうだ」と話題を切り替えた。
「挨拶を済ませたら村をあとにするぞ、ロク。ローノに下るのにも時間がかかるし、そこから本部へ戻る道も長い。しばらく本部を空けたからな。さすがに説教だけじゃ済まされなくなってくる」
「そっか。さびしいけどしょうがないね」
「また来れる機会がきっと来るさ」
「うん。そうだよね!」
身支度を済ませたロク、フィラ、そして眠っているレトを背負ったコルドの4人は、ヴィースら3人を連れ、見送りに集まった村人たちと別れの挨拶を交わしていた。
「それでは皆さん、どうかお元気で」
「ありがとう! じげんしさま!」
「よかったらまたきてね」
「うん、また来るよ! みんなも元気でね!」
村人たちの群れの先頭にいたツヅが、小さな体躯を丁寧に折り曲げて言った。
「ほんとに、ありがとうございましたで、このごおんはいっしょう、わすれられません」
「こちらこそだよ。あたし、ここに来れて本当によかった。ありがとうツヅさん」
「そんな。とんでもありません」
「おばあちゃん。また会えなくなっちゃうけど、どうか元気でね」
「フィラ。げんきでやるんだよ。白蛇様もウメ様もきっとあんたをみまもっていてくださる。もちろんわたしたちベルクの民も、みんな」
「……ありがとう」
「おれいのしなとしてはとおくおよびませんけれど、わたしたちのせいいっぱいのきもちでして、どうかうけとってください」
ツヅがそう言うと、群がりの中にいた村人の2人が大きな樽を持ってロクたちの前までやってきた。
「このむらでつくっていたおさけです。ろくあんずさまがたにはまだおはやいしろものですが、どうぞみなさんでめしあがってください」
「え? いいんですか、こんな貴重なものを……。他所ではかなりの値を張る代物だとお聞きしましたが」
「いいんです。わたしたちは、おかねいじょうにかちのあるものをいただきました。これくらいのものしかおわたしできませんで、せめてものきもちです」
「そうですか。それではありがたく頂戴いたします、ツヅ村長殿」
コルドがそう言って頭を下げる。と、ツヅは一度だけ後ろを振り返り、村人たちの群れを一瞥した。そしてまたロクたちを見上げる。
ツヅは身を屈め、片方の膝だけを立てた。するとほぼ同時に村人たちも一斉に同じ体勢をとった。立てた膝の上で両手を重ねる。
「じげんしさまがたに、白蛇様のご加護があらんことを」
臙脂色の頭が一同に伏した。ロクは身が震えるのを感じ、この光景を忘れないようにと瞼の裏に熱く焼きつけた。
「うん! またねっ!」
そうして、ロクたち一行はベルク村をあとにした。
村からローノへ戻るのにその近道を知っているというフィラを筆頭に、ロクたち一行は順調に山を下っていた。
途中、フィラからこんな提案があった。
「巳梅に乗って下れば自分たちで歩くこともないし、すぐにローノに到着できると思うけどそうしましょうか?」
「ううん。あたしは歩きでいいや」
「どうして?」
「この山の感じを覚えておきたいんだ。土がどんなだったとか、草木の匂いとか、そういうの。忘れないように」
「……。そう。でもわかるわその気持ち。13年前、私もそう思いながらこの山を下ったもの」
フィラが懐かしむように言った。フィラの提案を断ったロクだったが、彼女はすぐに「あ」と声をあげた。ベルク村の住人たちから礼として賜った酒の大樽を持つ担当をしていたロクは、「じゃあこの樽をお願いしてもいい?」とちゃっかり前言撤回をしたのだ。フィラは笑って、「ええ」と快諾した。
翌日、正午に差しかかる頃。驚くべき早さでローノの町へと到着したロクたち一行は、支部の隊員たちを仰天させた。
理由はもちろん、その早さではない。数日前、ベルク村という辺鄙な土地に向かったロクとレトに対し「どうせ戻ってこられるわけがない」と支部の隊員たちは嘲笑していた。その発言にコルドは反感を抱き、「2人が無事に帰還できたら、ベルク村の事態を軽視していたことを認めるか」と提案していたのだった。
支部の門を叩くなり、コルドは挨拶をした。
「お久しぶりです、援助部班副班長殿。戦闘部班一同、無事に帰還致しました」
「……。これはこれは、ご無事でしたかコルド副班長殿。さぞ、大変でしたでしょうな。山の中で行き倒れでもしていたんでしょう? その2人は。それをこうして連れて戻ってくるなどと」
「なにを仰られているのかわかりませんが、この2人はベルク村におりましたよ。そしてそこで村の住人たちと触れ合い、問題を解消し、こうして無事に戻ってきたのです」
「問題だと? でたらめを申さないでいただきたい。次元師様としての尊厳を保ちたい気持ちもわかりますが」
「そうですか。それでは残念ですが、こちらは差し上げられませんね。せっかく皆さんにも振る舞って差し上げようかと思っていたのですが」
「は? なにを」
コルドがちらっと目配せした先にはロクがいた。ロクはそれに凭れかかっていた身体を起こし、両手でその側面を挟み持ちあげると、支部の隊員たちの目の前にドンとその大樽を置いた。
「ひっ!」
「お酒だよっ。あなたたちが話してた、超おいしいっていうウワサのお酒!」
「……」
「あちらにはベルク村の領主、ヴィースを含める3名を拘束して待機させています。本人たちにはすでに政府までの同行の許可を得ています」
「あ、ああ……」
「認めてくださいますね? あなた方の過失も、この子たちの勇気ある行動も」
コルドの気迫に押されたのか、支部の責任者である男はがっくりと項垂れて「ああ」とだけ言った。
支部の隊員たちがヴィース、リリアン、リリエンの3人の保護に出るのと入れ替わるように、ロクたち4人の次元師が支部の施設内へと足を踏み入れた。
入ってすぐのところにある広い談話スペースの腰掛けにレトは寝かせられた。フィラはというと、持ち運び用の肩掛けバッグを下ろし、中に詰めこんでいた薬品類を丁寧に取り出していた。談話スペースの一角に大きな薬品棚が置かれていて、そこに1つ1つ戻していく。
「棚にあるの、ぜんぶフィラさんの?」
「そうよ。ここの支部は広くないから実験用のものも上のほうに置いてあるの。それに自分で調合したりもするから、私しか扱っていないわ。この支部では私が唯一の医療部班だしね」
「フィラさんはどうして医療部班に入ろうと思ったの?」
「もともと好きだったのよ。こういうことをするのがね。村にいたときから新しい薬草を見つけては、どういう効能があるのかとか自分なりに調べたりしていたわ。だれも解き明かしたことのない難病の治療法を見つけることが夢なの」
「へえ……。そっかあ」
ロクは残念だとでも言いたげに、すこしだけ口を尖らせた。
「ねえフィラさん」
「なあに?」
「あたし、フィラさんに戦闘部班に入ってほしい」
フィラが目をまるくする。ロクはそれを気には留めずに、早口で捲し立てた。
「だってフィラさん、これからも『巳梅』といっしょに戦いたいってそう思ったんでしょ? それならこっちに来ようよ! ……ここの支部で医療部班はフィラさんだけだし、夢もあるって言ってたから、そんなカンタンなことじゃないかもだけど……でも、でもきっと本部にいたらもっとたくさん研究できるよ! ここより大きいし、道具とかもいっぱいあるよ! だからフィラさん」
「……」
「戦闘部班で、本部でいっしょに戦おうよ!」
フィラは固く口を結んでいた。ロクは、フィラの様子がおかしいことにようやく気がついた。
「フィラさん?」
「……そう、ね。戦闘部班には入れるかもしれないわ。でもごめんなさい、本部には行けないの」
「どうして? ここで1人の医療部班だから? だったらほかのとこにいる人と交代したっていいんじゃないかな? だってフィラさんは次元師なんだよ? みんな納得してくれるよ」
「そうじゃないの、ロクちゃん。私がここに勤務することになったのは……上からの指示なのよ」
「う、上?」
フィラはロクの目を見つめ返し、告げた。
「──ラッドウール・ボキシス総隊長。此花隊という組織の中で、もっとも地位の高い御方。そして……私の祖父よ」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.44 )
- 日時: 2018/10/25 09:37
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 0aJKRWW2)
第041次元 君を待つ木花ⅩⅧ
「ラッドウール・ボキシス総隊長。此花隊という組織の中で、もっとも地位の高い御方。そして……私の祖父よ」
ロクアンズは言葉を失った。予想通りの反応が返ってきて、フィラは一呼吸置いた。
「私が13年前にベルク村を飛び出したって話はしたわよね?」
「え、ああ、うん」
「どうしてだか覚えてる?」
「えっと……ウメのことを逃がしたせいで、領主さんが怒って村の人たちにひどいことしたり、巳梅の力で村をめちゃくちゃにしちゃったり……したから?」
「そうね。それがほとんどの理由よ。でもたったの11歳だった私が、村を飛び出してあの山を下りて、どこかへ行くなんてあまりにも危険だとは思わない?」
「そう、だね……アテがあればべつだけど……」
「そのアテが、此花隊にあったのよ」
フィラが告げた『祖父』という言葉を、ロクは脳内で繰り返した。
「どうしても村を出て行きたかった私は、昔村からいなくなった祖父のことを思い出したの。祖父は有名な次元研究所の人で、そこで偉い立場にいて、だから孫の私の顔を見ればそこの組織で引き取ってくれるって、そう思った」
「それで此花隊に入隊したんだ」
「ええ。村をいっしょに飛びだしてくれたセブンって男の子もね」
「え」
ロクの口から小さく声がもれる。まただ。またフィラの口から『セブン』という名前を耳にしたロクは硬直した。
その疑問符の意味を知る由もないフィラはロクの顔に一瞥もくれることなく、棚に薬瓶を戻しながら続けた。
「いっしょに入隊試験も受けて、無事どっちも受かることができた。祖父は……ラッドウール隊長はもちろんセブン君を知っていたし、彼が18歳ながらにして頭脳明晰であることもわかってたから、セブン君はその歳で、しかも入隊早々に隊長補佐に就いたの」
「セブン班長がっ!?」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。……あの、フィラさん、1つ聞いてもいい?」
「ええ。いいわよ」
「そのセブン……君の、本名は?」
ロクがおずおずと聞いてくるので、フィラはすこしだけ訝しんだ。が、たいして気にする素振りも見せずに即答した。
「セブン・ルーカーよ。もしかして会ったことがあるのかしら? ロクちゃんも本部にいるんだものね。隊長のおそばにいるはずだけど」
ロクは黙っていた。まちがいない、とも思った。此花隊に入隊する際、初めて顔を合わせたそのときに一度だけ聞いたことのある名前そのものだった。
本当に自分の上司であるあのセブンだったのだ。だがしかし彼の髪色も目の色も鈍い黄色で、臙脂色ではなかったはずだ。ロクはますます困惑していた。
「……? まあ、それでね、私も本部に置かせてもらえるのかなって勝手に思っていたんだけど……。どうやら隊長は、私が村でしたことを知っていたみたいだった。だから私を医療部班の班員として真っ先にローノへ送り込んだんだわ」
「ど、どうして?」
「……さあ、私にも、その真意まではわからないわ。でもわざわざ私を、ベルク村の管轄をやっているローノに送るっていうことは、そういう意味よ。罪を償わずして逃げることは許さない。祖父だってベルク村の民なのよ。おなじ民として、そう言いたかったんじゃないかしら」
「そんな、家族なのに」
「でもこれが現実なのよ」
最後の1つの瓶を置いて、フィラはロクのほうを向いた。
「だから私は、本部には移れないの。ローノを離れられないから」
「……」
「でも私、戦闘部班への異動はしようと思うわ。私も次元師だもの。薬と睨めっこばかりしていられない。あなたたちがやってきたみたいに戦わなくちゃね。離れ離れになってしまうけど」
明るい語尾だったが、フィラの表情には翳りが差していた。無理をしているようにも見えてロクは慌てて言葉を投げかけた。
「でも、でもセブン……君って人がいるんだよ? 本部には。フィラさん、13年間一度も会ってないんじゃないの?」
13年もの間、一度も会わなかったからこそフィラはセブンがいまだに隊長補佐であると勘違いしている。そのことにロクは気がついていた。
「え? それはそうだけど……。でも、いまさら会ったって、どういう顔をしていいかわからないわ。13年よ? 入った時が、あの人18だったから、いまは31とかになっているんじゃないかしら。私のことなんか忘れてるわ。それに彼は隊長補佐だもの。私なんかよりずっと高い地位にいて、私みたいな一介の隊員とは会う暇もないでしょう」
寂しそうに笑みを落とすフィラに、ロクはそれ以上なにも返せなくなった。
ロクは特段、フィラにどうしても本部へ移ってほしいわけではなかった。ただ、いまの会話からロクは、なぜだかフィラが自分の望みを悉く諦めているように思えたのだ。自責の念か。もとより反省色の強い性格なのか。ロクはいまだ納得がいっていない様子で、ぼそっと吐いた。
「でもフィラさん、つらくないの? ここにいるの」
フィラは口を閉ざした。
つらいに決まっている、と心の中ではすぐに返事をした。
村にはいられないと思って山を下りた。当てにしていた祖父には故郷近くの町に行けと命令され、来た道を戻り、以来ずっとローノで過ごしてきた。ベルク村をこけにするような陰口が耳を刺しても、山から下りてくるベルク村の人間の死体を目にする度に心臓を刺されるような、そんな痛みを蓄えてでも、命令に従ってきた。生きた心地はしなかった。けれどそれ以外に生きていく方法が浮かばなかった。
──居場所がないのだ。13年経ったいまでも。
時折考えはする。夢を見たりもする。しかし何度考えてみても、ここでやっていくしかないのだという結論に落ち着いてしまう。だからフィラは口を開かなかった。
そこへ、コルドが顔を覗かせた。
「ロク。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだが」
「あ、はーい!」
コルドに手招きをされ、ロクはぱたぱたと彼のもとに駆け寄った。
「なあに?」
「報告書を書かなくちゃいけなくてな、お前にも協力してほしいんだ。なんせ俺が村に辿り着いたときには、すでに事が済んでいたみたいだったからな」
「うん、いいよ」
「向こうに資料室がある。そっちへ行こう。談話室は人が多いからな」
建物の扉をくぐってすぐに広い談話室が見えるため、それ以外の部屋はないものだとロクは勝手に思っていた。半信半疑でコルドのあとについていくと、たしかに建物の入り口から見て右手にはまっすぐ奥へと続く廊下があった。廊下を進んでいくとその突き当たりには、部屋の扉らしきものが備えつけられていた。
「ほんとだ! 部屋あったんだ」
「これまでの報告書の写しが置いてあるらしい。あとは町の資料とかもな」
「へ~」
資料室内は広くはなかった。だがその壁にはぎっしりと本棚が敷き詰められていた。中央に空いたスペースには小振りの机に椅子が2つだけと、必要最低限のものしか置かれていない。本棚と机との距離は人が1人通れるくらいだ。実に簡易な作業場だった。
椅子に腰かけるなりコルドは机の端に置かれている円筒に手を伸ばし、そこに差してある筆を手に取った。が、あろうことかその筆先は乾いていた。彼は眉を下げた。
「しまった。ロク、近くに墨の入った瓶とかないか?」
「ええ? 本棚しかないよ、コルド副班」
「困ったな」
首の裏を掻きながら立ち、コルドが軽く周囲を見渡した。そのとき。
本棚からはみ出ていたらしい本の背に肘がぶつかる。「いっ!」と声をあげたコルドがその本の表紙を見やると、
そこには『ローノ 報告書』と記されていた。コルドはその冊子を取り出し、中を開けた。
「コルド副班、どうしたの?」
報告書を書くのに参考にでもするのだろうかと思ったロクだったが、コルドの表情がどこか真剣みを帯びていて、疑問に思った。
「いや、班長がな。よくローノからの報告書を読んでらっしゃるものだから、ローノになにか思うところがあるんじゃないかと思ってな」
「……」
「でもどの頁を見ても、書いてあるのはほとんど無災の報告、市場の情勢、町の住人からの要望なんていう普遍的なものばかりだ」
ぱらぱらと捲られていく紙面をただ呆然と眺めていた。が、突然ロクはコルドの手をつかみ、その動きを止めさせた。
「ねえコルド副班、どうして頁のあちこちで、書いてる人がちがってるの?」
「ああ、この定期報告書は、1人だけが書くものじゃないからだよ。1枚の紙に何人もが記入できるんだ。日によってべつの人間が書いていたりもするし、報告の内容によって記入する人を分けているかもしれないしな。たとえば犯罪の報告はある人だけど、市場の報告はべつの人、とかな」
「……書く人がちがう……。これ、フィラさんも書いたりするかな」
「え?」
「見せて!」
ぴょこんと跳ねて、ロクはコルドの手元から報告書の冊子を奪い取った。紙面の左端から、日付欄、報告内容欄とあって、その一番右端には名前を書く欄があった。ロクはその部分を睨みつけるようにして見ている。
「フィラ……フィラ……あった! あ、でもここだけだ。ほかのとこには……あ、こっちにも! でも……たまにしかないなあ、フィラさんの名前」
「どうかしたのかロク」
「……。セブン班長、もしかして報告内容は読んでないんじゃないかな?」
「え? そんなわけないだろう」
「フィラさんだよ。フィラさんがここにいるから、読んでるんだ」
「? な、なんのために?」
「決まってるよ! セブン班長は、フィラさんのことを忘れてなんかない。むしろ逆だよ!」
ロクは目を輝かせてそう言った。コルドはそれに気圧され、目をぱちくりさせた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.45 )
- 日時: 2018/10/29 09:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: QVI32lTr)
第042次元 君を待つ木花ⅩⅨ
ローノから送られてくる定期報告書を入念に読みこんでいたというセブンだが、彼が確認したかったのはローノの現状ではないと、ロクアンズは断言した。
幼なじみのセブンとフィラは13年前、ともにベルク村を飛び出し此花隊に入隊した。しかしセブンは本部、フィラはローノ支部に配属となり、以来2人は疎遠になっていた。セブンはローノにいるフィラのことが気になっているからこそ報告書を読んでいるのだ。ロクはこくこくと、1人で何度も頷いた。
当然、セブンとフィラの関係を知らないコルドは首を傾げた。
「逆というのはなんのことだ。ロク、1人で盛り上がらないで俺にもわかるように説明してくれ」
「えっとね、うーん……つまり~……」
セブンとフィラのことを説明するのには、一言や二言では足りない。コルドはベルク村で起こったことをフィラの口から聞いてはいたが、あくまでも断片的にだ。そこにセブンの名前は出されていなかった。
一から説明したい気持ちもやまやまだがその手のことが大の苦手であるロクは案の定すべての過程をかなぐり捨て、極論を述べた。
「コルド副班、フィラさんが戦闘部班に入ってくれたらうれしいよね!?」
「な、なんだ急に。まあ、それはもちろん願ってもないことだが。班長も言っていたよ。各支部にいる次元師たちに声をかけているところだ、ってな。だがそもそも世界に100人しかいない次元師がどれくらいの数此花隊にいるのかと聞かれれば、難しい問題だ。あの人が異動してくれたら班長もお喜びになるだろう」
「だよね! よ~しっ。コルド副班、2人でフィラさんを説得しよう!」
「よし。そういうことなら俺も協力しよう」
ロクアンズとコルドは結託し、まっさらな報告書を置き去りにして資料室を出た。談話スペースにいるフィラのもとへと急ぐ。
フィラは、腰掛けで横になって寝ているレトヴェールのそばについていた。
「フィラさんっ」
「あら。おかえりなさい。どうかした?」
「あのねフィラさん、あたしどうしてもフィラさんに戦闘部班に入ってほしいんだ」
「え? ええ……。それは考えて……」
「戦闘部班は立ち上がったばかりで、班員も少ないんです。各支部にいる次元師に声をかけているところですが結果は芳しくありません」
「立ち上がったばかり……そういえば、今年の初め頃から活動されているんでしたよね」
噂を耳にした程度だったフィラは何の気なしに聞き返した。
「ええ、そうなんです。戦闘部班の班長と総隊長様の類まれなるご尽力のおかげで、今年から。特に、十何年という時間の中寝る間も惜しんで政府にかけ合ってきたセブ」
「わあああっ!」
握りこぶしをたたえ熱をこめて語り出したコルドを制するように、ロクは彼のコートの裾を引っ張った。伸びる衣服につられてコルドはたたらを踏んだ。
ロクはできるだけ声をひそめて、コルドに耳打ちした。
「だめだよコルド副班! セブン班長の名前出しちゃ」
「え、そうなのか? お前がさっきしきりにセブン班長セブン班長って言ってたから、てっきり2人に関係があるのかと思って俺は……」
「だからだよっ! まったく、これだからコルド副班は。わかってないなあっ」
「な、なんだと?」
コルドは眉をぴくりとしかめた。まだ年端もいかないロクに、男女のことがわかっていないと言われたような気がしたコルドは、ロクの襟元にある分厚いフードを掴んで持ち上げた。足がわずかに浮き、ロクは慌ててつま先で宙を掻いた。
「うっわわ! こ、コルド副班!?」
「報告書を書くのを忘れていたな。手伝え」
「ええ~! 急!」
「いいから行くぞ!」
フードを引っ張られ連行されていく姿を呆然と見送っていたフィラに向かって、ロクは叫んだ。
「ふ、フィラさん、またあとでね! 戦闘部班の班長さんに、いっしょにあいさつ行こうねー!」
ロクの姿が視界から消えてなくなると、フィラはぽつりと呟いた。
「……本部、か……」
もう二度と訪れることはないと思っていた。ともに故郷を飛び出してくれた幼なじみと離れ離れになってしまった場所でもある。そしていま、彼は、どういう顔になっていてどう毎日を過ごしているのだろうか。
フィラはすぐに顔を横に振った。13年という時間の厚さを感じ取ってしまっただけで、虚しく思えてきたからだ。
ローノを出発して、半日が経過した。エントリアの街並みにはほんのりと橙が差している。もうすぐ夕刻を迎えるという頃に、ロクたち4人は此花隊本部の門をくぐった。ヴィース、リリアン、リリエンの3人はローノ支部に引き渡したため、4人で戻ってくるという形になった。
レトヴェールはというと、いまだ目を覚まさないという状態が続いていて、コルドの背中で大人しくしていた。到着してすぐ医務室で休ませることになった。
医務室の扉を閉め、3人は長廊下へと出る。いまいる場所は中央棟の2階だ。3人は、戦闘部班の班長室がある東棟へ向けて歩きだしていた。
「ねえロクちゃん、戦闘部班の班長ってどんなお方?」
「えっ」
フィラは純粋に知りたがっているようだったが、ロクにとってそれは核心を突く質問だった。ロクは目を泳がせ、しどろもどろになりながら答えた。
「え、えっとね~……うーんと……や、やさしい、人!」
「そう。優しいお方なのね」
「う、うん……。たま~に抜けてるけど」
「そうなの?」
「うん。あとね、班長室入ったら、居眠りしてることもあるんだ~」
「まあ」
「でもほんとにいい人だよ。あたしやレトのこと、子どもだってバカにしたりしないし、すっごい面倒見てくれる。次元師を戦争の道具にしないためだからって国の上の人たちは次元師の集団をつくるのをだめにしたでしょ? でも班長は、次元師をちゃんと育てるんだって、仲間をつくるんだって、そう思って立ち上げたんだって。ここに入るときに班長がそう言ってたんだ」
「そう……素敵な人ね」
「……。班長はいい人だよ。フィラさんも、会えばきっとすぐにわかるよっ」
「ええ。お会いするのが楽しみだわ」
中央棟と東棟を繋いでいる長い通路を渡り、3人は東棟に足を踏み入れた。階段を昇り、『班長室』と明記されている部屋の前までやってくる。すると、ロクはそわそわしながらコルドのほうを見やった。が、彼がいつもの真面目顔を据えて突っ立っていたので、見かねたロクはわざとらしく「あ!」と大きく声をあげた。
「そういえば~、今日のこの時間って、班長は部屋にいないとかなんとか言ってなかったっけ~? ねえ、コルド副班?」
「え? ……あ、ああ! そうだそうだ~。忘れてたよ。いまは会議の時間で、班長はいないんだったー」
「そうなんですか? じゃあ、また改めて」
「や! すぐ戻るよ班長! もうすぐ終わるはずだから! ねっ、コルド副班!」
「そ、そそ、そうだなロク! ということでフィラさん、どうぞ部屋の中でお待ちください。俺たちが行って、班長にお伝えしてきますので」
「え? そ、そうですか?」
「ええ。なのでどうぞ、中へ。あ、ついでに今回のことを書いたこの報告書を、班長の机の上に置いておいてくれませんか」
「はあ……」
なかば無理やり書類を持たされ、フィラは班長室の中へと押しこまれた。扉を閉めてから、はあ、と一息つくコルドに対してロクは小さな声で叱責を浴びせた。
「コルド副班! ローノを出る前にちゃんと話し合いしたのに! もー!」
「ちゃ、ちゃんとできたんだからいいだろう。それに班長が会議のときを狙おうって提案したのは俺だぞ」
「……うん。たしかにそうだ。あとは班長がちゃんと戻ってくるかどうか、どこかから見守っとかないと」
「本当に、2人きりにできるだろうか」
「できるよ! あたしたちがここまでやったんだもん。ぜったい成功するって!」
廊下の突き当たりにある階段から2人は身を乗り出して、様子を伺っていた。逸る心を抑えながら、セブンの登場を今か今かと待ち構えていた2人の真横を、
人影が過ぎった。
「……え?」
その人物は、班長室に向かって歩いていた。
室内で1人、フィラは棒のように立ったまま辺りをきょろきょろと見渡していた。壁沿いには本棚がずらりと並べられている。部屋の扉と向かい合うように、班長の仕事場であろう長机が奥の窓際に置かれていた。フィラは、手に持っていた報告書を机の上に置こうと動きだした。
机の上には筆やら書類やらが散漫していた。整理する時間がないのだろうか。それとも整理する能力が欠けているのだろうか。フィラは、ロクから聞いた「たまに抜けている」という言葉を思い出し、後者かなと小さく笑った。
机の左側には紙束が山のように積まれている。フィラはふいに、その山に目をやった。その山の一番上にあった書面は、ローノの報告文だった。
「ローノの報告書だわ。ひと月前のものね。……あら? 下にあるのは半年前のものね。こっちは……1年以上前のだわ。なんでこんなにバラつきがあるのかしら」
定期報告書はひと月ごとに作成される。ローノの情勢を確認したいのであれば少なくとも直近の数か月のものに目を通すはずだが、ここにある書類のまとめ方、およびその内容はまちまちで、なんの目的で搔い摘まれたものだかフィラにはさっぱりわからなかった。
しかし、そのどれもに、自分が書いた報告文が載っていることに気がついた。
「これ、ぜんぶ、私が書いた文章が載ってる……?」
そのときだった。
ギィ、と扉を開く音がした。
フィラは振り返った。班長室の扉を押し開け、中へ入ってきたその人物は──
「……え……」
入り口の上部にぶつかってしまうのを避けるためか、高い位置にある白頭をすこし下げていた。いままでに出会った男性の中では群を抜いて背丈が高い。その上、体格は暴れ馬を悠に手懐けられそうなほどがっしりしていた。隊服の袖に腕を通さずただ両肩に引っかけているだけの彼は、毅然とした態度で班長室へと足を踏み入れた。
彼はフィラを視認した。
「おじい、……総隊長」
ラッドウール・ボキシス。此花隊の総隊長という責務を背負うその男の視線から、フィラは一瞬で逃れられなくなった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.46 )
- 日時: 2022/08/31 21:48
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第043次元 君を待つ木花ⅡⅩ
研究部班と医療部班は白。援助部班と戦闘部班が灰。各部班によって、その隊服は基調としている色やデザインが異なっている。加えて各部班の班長と副班長の位を任されている者だけは、黒の隊服の着用を義務付けられているのだ。
そして。此花隊の総隊長として組織の統括を担う男、ラッドウールは、燃えるような真紅の隊服を身に纏うことが許されている。
とはいっても彼はその広い肩に引っかけているだけで、袖に腕を通してはいなかった。
「何用だ」
鋭い針のようにも鈍器のようにも思える口調が、フィラの背筋を凍らせた。まぎれもなく祖父の声だった。
何の用で班長室へ来たのか。何の用で声をかけたのか。
何の用で、本部の門をくぐったのか。
フィラは想像した。ラッドウールが放った言葉の裏にどんな思惑が込められているのか。そして悪い想像ばかりが脳裏を駆け抜け、フィラは怯えを隠しきれずにようやく口を開いた。
「……。えっと、その、隊長。私……ご存知とは思いますが、私は次元師です。なので次元師としての役目を優先することに、考えを改めました。それで、あの……」
フィラは床の至るところに視線を配っていた。顔を上げられなかった。自分でもなにを言っているのか定かでなかった。
「医療部班から、戦闘部班への異動を、希望したいのです。もちろんローノに留まるつもりです。隊長から賜りました、そのご命令に背くつもりはございません。なので私を、どうか」
フィラが顔を上げると、そこにラッドウールの姿はなかった。
「湖とは何のことだ」
フィラの真横から声がした。急いで振り向くと、ラッドウールが書類を片手に眉を顰めていた。
「え……」
「ベルク村は何を強いられていた」
「あ、その」
「なぜ領主を送還した。ヴィースという男が何をしたというのだ」
矢継ぎ早に繰り出される高圧的な物言いが、フィラをしごく動揺させた。質問をされている。なにか答えなければと、フィラは一心不乱に口を動かした。
「それは……その、ヴィースの敷いたしきたりに、村の人間が耐えかねて、山を下りて……でも十分な食べ物も水も、あ、与えられていなかった、ので……山の中にはベルク村の人間と思われる死体が転がっていることも、珍しくなくなっていて……酒も、造らされて」
「領主を送還したのは何故だ」
「村人を苦しめるような言動に、及んでいたからです」
「早まったな」
「え」
「食料や水の配給が不十分であった、と記載があるがゼロではなかった。村で製造されていた酒は他国で評価が高く、唯一の金の出所だったはずだ。それを絶ち、"頭"を自らの意思を以て咎めたとすれば、今度は村の人間たちに目が向くだろう。男は無差別な殺しをやっていたわけではない。ある意味では、村に金をつくった恩人ともとれる」
フィラは絶句した。その通りだ、とも思った。ベルク村の住人たちは外との交流を持たない。そんな人間たちの言葉にはたして政府陣は耳を貸すだろうか。考えるだけでゾッとするような意見だ。
しかしフィラの胸中には、なにかもやっとしたものが膨らんでいた。
「……で、ですが隊長。ベルク村の民たちは苦しんでいました」
「……」
「同胞を亡くし、飢餓に苛まれ、枯渇した喉で必死に叫んでいたのです。ローノにいた援助部班の班員たちにはベルク村の調査を行う義務があったのに、それを放棄し続けていました。だからその嘆きはだれの耳にも届かなかった。それを、ある2人の子どもたちがしかと聞き入れたのです。村人たちは心から喜んでいました。村に活気が戻りました。笑いが溢れていました。私も、巳梅とふたたび会う決心がつきました。だから、あれでよかったのだと、私はそう思っています」
「それがお前の見解か」
「……はい」
ラッドウールはそこで初めてフィラの顔を見て、それから手に持っていた書類を紙束の上に置いた。
「『保護対象である町村の住人に対し過度な労働を課した』と、村の人間全員が証言すること。ローノ所属の隊員たちの過失を証明する書類を提出すること。以上で、この男には速やかに処罰が下される。山を下ろうとして絶命した村人の死体もあるとなお良いだろう」
「……」
「早まったな」と言われたとき、フィラの耳には「ヴィースを咎めることは不可能だ」とそう聞こえていた。ゆえに彼女は、さきのラッドウールの言葉をすぐには呑みこめなかった。
──ラッドウールは自分に脅しをかけていただけなのか。フィラはふとそんなことを思った。が、なぜ彼がそうするのかは皆目見当もつかなかった。試されているのか。暗くて抑揚のない声色が余計に彼の真意へ探りを入れるのを妨げる。
じっとこちらを見るフィラに、ラッドウールは向き直った。
「次元の力をものにしたのか」
「え……」
「質問に答えろ」
臙脂色の瞳を細めて、ラッドウールは鋭く言い放った。
「『巳梅』……巳梅とは、生涯共にあることを誓い合いました。そして共に戦うことも。だから、戦闘部班へ異動したいのです」
ラッドウールはもう1度、報告書の山に目を向けた。しばらくそうして見つめていた時間が、フィラにはとてつもなく長く感じられた。唾を飲みこんだり、コートの裾を掴んだりした。
ラッドウールは口を開いた。
「13年前のことだ」
突然、ラッドウールは語り始めた。
「ある男が、次元師の組織を立ち上げたいと言ってきた」
「え……?」
「若造の考えることだ。『戦争に発展させるためではない』『神に立ち向かう組織』などと夢物語じみたことを発言していた。だから初めは当然のように許諾を下さなかった。しかし何年もそれを繰り返していた。奴は諦めの悪い男だった」
「……」
「何年かののち、奴がこう発言したことによって私は、奴の提案に"別の意図"があることを確信した」
言いながら、ラッドウールはフィラの瞳を見やり、そして告げた。
「『次元師に居場所をつくりたい』、と」
「当然、そのような理由では承諾不可能だったがな」とラッドウールは冷たく一言を添えた。しかしフィラは、自然とその言葉を復唱していた。
「……居場所……」
「奴は13年前から、1人の女のことしか考えていなかった」
ラッドウールは肩にかけた隊服を翻し、歩きだした。フィラは呆然としていた。まっすぐ扉に向かっていたが、ラッドウールは途中で足を止めた。
「ミウメといったか」
「え。あ、はい」
「良い名だ」
フィラは振り返ったままの姿勢で静止した。放心しているようにも見えるその無防備な表情をラッドウールが一瞥したのは、扉に手をかけたそのときだった。
「奴に挨拶をしておけ。資料室にいる」
ゆっくりと扉が閉まった。次いで、フィラが班長室を飛び出していくのには、そう時間がかからなかった。
資料室には本棚が所狭しと並んでいる。本棚と、それに向き合うように置かれている本棚との距離は近く、人が2人通れるか否かといったところだ。実際の室内は広めなのだが、本棚の数が多いため広いようには感じられない。
その本棚の1つの前で立ち、セブンはある分厚い本に目を落としていた。本の表には『植物資料』と書かれている。
普段とはまたちがう、真に迫る表情で紙上の字面を追っていたとき、資料室にだれかが入室してきた。
セブンはふいにそちらのほうを向いた。
「…………フィ、ラ」
思いもよらない人物が目の前に現れて、セブンは驚くとともにその人物の名前を口にしていた。
そんなセブンをよそに、フィラは彼のもとに近づいていった。
「なぜ君が……」
そしてフィラは、手を伸ばせばすぐに触れられるという位置で立ち止まった。
フィラはセブンの顔を見上げた。
「セブン班長」
十数年越しに見た臙脂の瞳。そして懐かしい声音。すこし大人びていた。背丈もずっと高くなっていた。
拙かった文字も大人しくなっていたのだから当然か。そんなことを考えながら、セブンは取り繕うように声をあげた。
「ああ、そうだフィラ。君に聞かせたい話があるんだ」
セブンはさきほどまで読んでいた本の、ある頁をフィラにも見えるように広げてみせた。
「……13年前、隊長殿は君をローノへ送っただろう。そのとき私は、隊長殿に対して得も言われぬ怒りを感じていた。孫の君のことをなんとも思っていないのではないかとそう思っていたんだ。……ついさっきまではね」
「……」
「この頁を見てくれ。ここ。ここに……"うめ"という名の花の記述があるだろう。見えるかい?」
フィラはなにも答えずじっとセブンの顔を見つめていた。が、セブンはそれを気に留めることなく続けた。
「ベルク村にいた、紅い鱗の女王蛇。あの子に『ウメ』という名を授けたのはラッドウール隊長だった。遠方のある国には、あの紅さによく似た花を咲かせる、『うめ』という名の木があるんだってそう言っていただろう。私はそれを思い出したんだ。……去年までここは、ただの『次元研究所』と呼ばれていた。そして今年の初め、戦闘部班の立ち上げとともに、組織そのものの名前が変わった」
セブンは、フィラによく見えるように差し出していた本を自分の手元に戻した。
「それが『此花隊』だ。この名前は、ほかでもない隊長が名づけられたものなんだ。ある国で『うめ』と呼ばれている紅い花……あれは、別名『コノハナ』とも呼ばれているのだと、私はいまさっき知ったんだ。本当に驚いたよ」
紙面に注いでいた視線を持ちあげ、セブンはフィラの紅い瞳と目を合わせた。
「実は最近、君のことを思い出してね。ああいや、君のことを忘れていたということじゃない。つまり……。いや、この話はいい。つまりだ、ラッドウール隊長は……君とウメのことを想っていらした。君をローノへ送ったのは、次元の力と向き合わせるためじゃないかと私は思うんだ。いや、きっとそうだろう。不器用な御方だよ。何年も君と連絡をとらずに、」
「セブン君」
懐かしい響きがして、セブンの動きがぴたりと止まった。
「私のために、立ち上げてくれたの?」
「……」
「私に居場所をくれるために、何年も……13年も」
声が震えていた。いまにも泣き出しそう顔をするフィラにセブンはぎょっとして、焦りを隠しきれず慌てて問い返した。
「何の話だいフィラ。落ち着いて話を」
セブンの胸になにか、とすんとぶつかった。その胸にフィラが飛びこんでいた。顔をうずめているフィラの真っ赤な髪が目線のすぐ下に現れる。セブンはしばらく黙っていた。息をついて、ようやく彼は言葉を発した。
「……フィラ、とりあえず落ち着くんだ。君が困るような事態に」
「セブン班長」
涙交じりの力強い声だった。鼻を啜る音。えづき。背中に回された両手がどちらも震えていた。
フィラが顔を上げた。
「私を、戦闘部班に入れてください。入りたいです。あなたのつくった、その場所に、そこにいたい」
紅い瞳が、涙で淡く濡れていた。ぽろぽろと、ぽろぽろと雫が落ちる。セブンはその目尻に浮いた涙の粒をそっと指先で拭って、柔らかく笑みを落とした。
「……そうかい。歓迎するよ、フィラ」
メルギース歴530年。この年の初め、エントリアに本部を構える大規模な次元研究所は、隊長のラッドウール・ボキシスの発案によって組織名を変更した。
その名も『此花隊』
白や灰や黒といった具合に、製作されている隊服は各部班によって基調とする色も異なっているが、
どの部班の隊服にも必ず──差し色として鮮やかな紅があしらわれている。
ある女性を待つために華々しい開花を遂げた、
木花の色が。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.47 )
- 日時: 2019/09/29 22:35
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fph0n3nQ)
第044次元 不和
「初めまして、今日づけで戦闘部班に異動になりました。フィラ・クリストンです。以前は医療部班に所属していたので、皆さんの体調管理も行っていきたいと思っています。副班長として皆さんと関わっていくことになりますが、気兼ねなく接してくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
「改めてよろしくねー! フィラ副班!」
着用する隊服が白から黒へと変わった。フィラは正式に、戦闘部班の副班長としてロクアンズやレトヴェールたちとともに戦場に立つこととなり、その顔合わせが今日、東棟の談話室にて行われている。
拍手を注がれるフィラの背中から、にゅるり、となにかが顔を出した。紅い鱗をした小さな蛇が細い舌を出す。よく見ればそれは、フィラの次元の力である『巳梅』だった。
「えっ! フィラさん、その子って」
「ええ、そうよ。巳梅なの。これは『幻化』っていう次元技のひとつよ。もとは大蛇の姿なんだけど、こうして身体の大きさを自由に変えることができるみたい。それがわかってからは、なんだか扉の奥に閉じこめたままなのが可哀想で、だからずっとこうしているの」
「へえ~! そうだったんだ。かわいいー!」
「ふふ。そうでしょ?」
フィラは『巳梅』の顎のあたりを指先でくすぐった。彼女の隣に立っていたセブンが、拍手が治まる頃に「続けて、」と言った。
「遠方の国、アルタナ王国から海を渡って来てくれた2人の新しい仲間も紹介しよう。挨拶を頼むよ」
セブンから目配せをされ、ガネストとルイルは立ち上がった。
「ご紹介に預かりました。ガネスト・クァピットと申します。まだこちらの文化に馴染めずにいますので、ご迷惑をおかけすることがあるかと思います。ですが、おなじ志を持つ者として仲間に加えていただけたらと思います。どうかよろしくお願いします」
ガネストは胸に片手をあて、礼とした。すぐ隣でかちんこちんになってしまっているルイルの背中にその手を添えると、「ルイル」と小さい声で挨拶を促した。
「う、うん。えっと、ルイル・ショーストリアっていいます。アルタナ王国では、くにのおうじょとしてすごしてきまし、まいりましたが……ここでは、そういうことを、えっと……なしで、なかよくしてくれるとうれしいです。よろしくおねがいしますっ」
「よろしくね! ガネスト、ルイル!」
「はい」
「うんっ、ろくちゃん」
「そして最後に、もう1人」
「え? まだいたっけ?」
「実はもう1人、南西の支部にいた次元師が本部へ来てくれたんだ。私がもっとも当てにしていた人物でね、同期でもある。入ってくれ」
セブンは談話室の扉の向こう側に声をかけた。扉が開かれると、大柄な男が足を投げ出しながら入室してきた。
「おうおうおう。外でずっと立たされて疲れちまったぜ俺ぁ。もっと早く呼んでくれよセブン」
「それは悪かったな。君たちに紹介しよう。彼はメッセル・トーニオ。私やフィラと同時期に入隊して、以来ずっと援助部班に所属していた次元師だ」
セブンに紹介された男は、セブンよりもすこし背が高くどこか圧力を感じさせる容姿だった。開いているのか閉じているのかわからない細目で、極度に短い髪がツンと立っている。歯で、細い草のようなものを噛んでいた。無論食べているわけではない。ただ咥えているだけといった具合だ。
「まぁひとつ頼むわ。ガキんちょたちよ」
「が、ガキんちょぅ!?」
「そらおめぇ、俺らと比べりゃまだまだガキんちょだろうが。最近ちょこっと名を聞いたりするが、ずいぶんやんちゃな野郎どもじゃねぇの。あんまセブンに気苦労かけてやんなよ」
「う」
「これでも彼は褒めてるんだよロク君。さて、メッセルも加わってくれたことだし……これから、班編成を行いたいと思う」
「班編成?」
ロクはきょとんとして、聞き返した。セブンが小さく頷く。
「戦闘部班が立ち上がり、いまに至るまでは、ここにいるコルド副班長、そしてロクアンズとレトヴェールという3名で組ませて行動させてきた。偶然にも、この"3名で連携をとる"という体制がどの局面においても効果的だった。ついては、次元師3名で1つの班を構成し活動していくという提案をしたいんだ。どうかな?」
ロクが先んじて「いいよ!」と声をあげると、それに続くようにほかの班員たちも承諾の意を唱えた。
1人、やや俯きがちになって拍手の中をやり過ごしているレトヴェールを除いて。
「そうか。ありがとう。……そして、真っ先に前言撤回してしまって悪いんだが、もう1つ新しいことに挑戦したいと考えているんだ」
「新しいことって?」
「ああ。それは、2人1組での班編成だ。ロク君、レト君」
「ん?」
「……」
「君たち2人を、離そうと思っている」
え、とロクが小さく声をもらした。セブンの目つきが、すこし険しいものへと変わった。
「君たちのことを、私は入隊当初からずっと見てきた。初めは、性格が真反対な君たち2人を組ませることでバランスがとれて、ちょうどいいと思っていたんだが……近頃は変わってきた。君たちはもう2人揃っていなくてもいい。別々に行動させても問題ないと、そう思い始めている。君たちにはそれぞれ1人ずつ、副班長をつけるつもりだ」
「あたしたちが……べつべつに?」
「嫌なら断ってくれ。これまでいっしょにやってきたのだから、困惑しても当然だ。君たちの意見を尊重するよ」
ロクはちらりと、レトの顔を見やった。しかしレトはじっと下を向いていて、まるでロクのことを視界に入れようとしていなかった。
片目を細め、一瞬だけ考えを巡らせたロクが、意を決したように口を開いた。
「あたしはいいよ。レトと班が離れても」
「ロク君。ほんとにいいのかい?」
「うん。いつまでも仲良しこよししてらんないよ。1人でだって、ちゃんと戦えるようになりたい」
「そうかい。まあ実際には副班長もついて、2人1組だけどね」
「あ、そうだった」
「レト君はどうする。君も、ロク君と同意見かい?」
「……」
顔を上げ、レトはセブンと視線を合わせた。が、その目つきは、いつになく冷ややかだった。
「俺は、先日の戦いで人質になって味方の身動きを封じた。しかも戦いの最中に気力を切らして数日間気を失ってた。目を覚ましたのはついさっきだ。それでも俺を、ロクとおなじ扱いにするっていうのか」
「そうだよ」
「……」
「大丈夫だよレト! あたしたちだったらバラバラになったって戦えるよ!」
花咲くような笑みでロクはレトの顔を覗きこんだ。ようやくロクのほうを向いたかと思えば、レトは小さく嘆息した。
「よっぽど自信があるんだな、ロク」
「え?」
「あの双子の次元師に負かされそうだったお前が。フィラ副班が助っ人に入らなきゃ、今頃どうなってたかわからない」
「そ、れはレトもいっしょでしょ! それに勝てたんだから関係ないよ!」
「……。関係ない?」
レトは低い声で聞き返した。そして、ロクを睨みつけるようにして眉を顰めた。
「お前、なんで負けとか考えないの」
「え?」
「勝って当然みたいな顔するよな。いつも。負けたらどうするかとかちゃんと想定してないだろ」
「な……なんで負けることを考えなきゃいけないの? どんなときだって考えないよ、そんなこと」
「もしもが起こったらどうするつもりだって聞いてんだよ」
「もしもを起こさないように、全力でやるんだよ! その場でできることはぜんぶやる。ひとつだって可能性は捨てない。それがあたしのやり方だから」
談話室に集まっている戦闘部班の面々は、ロクとレトの2人を除き、感づき始めていた。2人を取り巻く空気が悪い方向へ流れている、と。
「レトのほうこそ、考えなしじゃん!」
「は?」
「あたし、すっごい気にしてるんだよ。ベルク村で戦ってたとき、レト……空の上から飛び降りたよね。どうして言ってくれなかったの? そういう作戦だって! あのときあたし、ほんとに心臓が止まるかと思ったんだよ!?」
「余計な心配すんなって言ってんだろ」
「なんで? 心配するに決まってるじゃん! だってレトはあたしのお義兄ちゃんなんだよ!? なんで心配しちゃいけないのさ!」
「はっきり言えよ俺が弱いからだって」
「……え……」
「そう思ってっから心配するんだろ。みんなはお前に、「こいつならなんとかしてくれる」って期待するかもしんないけど、俺に対してはちがう。俺とお前とじゃ、期待と心配の度合いがちがうんだよ」
しん、と室内が静まり返った。だれもが声を出すことを躊躇った。
ロクは小さく口を開いた。
「じゃあ、そうだよって、言えばいいの」
「……」
「だってレト、ぜんぜん鍛えようとかしないじゃん! 強くなろうってしてないじゃん! いっつもいっつも、あたしが鍛錬場に誘ったって来ないし、任務先でだって、「お前がいけ」っていっつも言うじゃん! なんで次元の力から逃げようとするの!? 使おうとしないの!?」
「ろ、ロクちゃん落ち着い──」
「レトだって次元師だよ。神様をやっつけられる力を持ってる。それはあたしといっしょだよ! なのになんでいつも……あたしみたいに次元の力で戦おうとしないのさっ!」
「俺とお前はちげえよ」
レト以外の班員たちはぎょっとした。彼の口から発せられた声がいつもよりもずっと大きかった。これほどの憤りを感じ取ったことはいままでになかった。
「俺は、お前みたいにはなれねえんだよ!」
獰猛な獣が他種族を威嚇するかのような、激しい剣幕だった。この表情を久しく見ていなかったロクは、レトと出会ってすぐのことを思い出し、一瞬言葉に詰まった。
しかしロクは、一切の怯みも見せずに噛みつき返した。
「そうやって、なんでもかんでもあきらめて……! レトはどうしたいの!? 神族に対抗できる力があって、だからやっつけようって約束したじゃん! 2人でいっしょにお義母さんの仇をとろうって──」
「だれがお前の母さんだよ」
レトは呟いた。腹の底から沸き立つような、重い響きだった。
「母さんのほんとの子どもでもねえくせに、偉そうに言うな!!」
まるで、頭に向かって鈍器を振り落とされたみたいだった。ロクはそんな衝撃を覚えた。
部屋は恐ろしいほどの重たい空気に支配されている。だれも口を割れなかった。
ロクは顔を伏せた。そして、レトがはっと我に返ったそのとき。ロクは手足を、唇を、小刻みに震わせて、
目に溢れんばかりの涙を溜めていた。
「あ、ロクちゃん!」
ロクはレトの横を走り抜けていった。勢いよく扉を開ける音だけが鳴り響き、ロクは、そのまま談話室から飛び出していってしまった。
扉が閉まる。重苦しい空気が室内に立ち込めている。この長い沈黙を破ったのは、セブンだった。
「いまのは言いすぎだよ、レト君」
本人も気がつかないうちに、レトは強く拳を握っていた。言ってやったという爽快感でも、ざまあみろといった貶めの感情でもない。
ただただ、とてつもないやるせなさがその拳の中を彷徨っている。
レトは唇を噛みしめていた。そして、クソッ、となにもない空間にそう吐き捨てた。
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