コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/10/26 21:10
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜第175次元 >>176-193

■第2章「片鱗」

 ・第176次元~ >>194


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.52 )
日時: 2022/10/02 18:11
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

  
 第049次元 英雄のかたち
 
 光り輝く長剣の刃が、レトヴェールの『双斬』を打ち上げた。両腕を高く挙げるような体勢となった彼の脇腹を青年は逃さず、長剣で突いた。
 
 「ぐッ──!」

 勢いよく血が噴いてレトは身を畳んだ。が、そこへ、まるで息つく間も与える気のない一太刀が迫った。

 「っ!」

 レトは片方の剣を手離した。短剣は宙で旋回し、からんからんと音を立てて石道の上に落ちる。矢継ぎ早に繰り出される剣戟に、レトは完全に翻弄されていた。

 「まだまだこんなものじゃないぞ、少年」

 青年の足が地面を蹴った。考える暇もなくレトは左手に残った短剣で迎え撃った。が、刃の幅も長さも敵わなければ、本来2本であるはずのそれが片方だけとなってしまっている。力の入れ方もわからず、玩具の剣を振り翳しているようにも見える必死な姿を嘲笑うかのように、青年は口角を吊り上げて、短剣ごとレトの身体を払い飛ばした。
 
 「うあッ!」

 軽い肢体はまんまと石道の上で跳ね、転がった。もはや立ち上がる力も残っていないのか、レトは地面に突っ伏したまま呼吸を荒くしていた。

 「終わりか?」

 青年は、レトの左の手に覆われている短剣を蹴り飛ばした。

 「……」
 「残念だよ。もうすこしやれるかと思ってた。……言いすぎたようだけど、どうか気を悪くしないでくれ。俺は、神族と真っ向から勝負できる人間が増えればいいと願ってる。これは本当だ」

 青年は長剣に付着した血を払いながら、続けた。

 「君も次元師なら強さを求めてほしい。勝利を望んでほしい。俺はもっと上へいく。神を滅ぼすことが、次元師として生まれた俺の使命だと、本気でそう思ってるんだ」

 虚言や絵空事を述べているようには微塵も感じなかった。この青年は本意で、だれが掲げたかもわからないような"次元師としての使命"を全うするつもりなのだと、レトは思った。 
 強い正義感。それも執念にごく近い。熱の灯った青い瞳は、恐ろしいとさえ思わせた。

 「それじゃあ、またな。少年」

 そう言い残し、藍色の外套を翻した青年がふいに背中を見せた。そのとき。
 喉の奥からかき集めた息の結晶が、詠唱に替わった。

 「次元の扉発動」

 振り返ると、"扉"はすでに開け放たれていた。

 「──『双斬』!!」

 地面に伏した両手にそれぞれ短剣が携えられる。青年が臨戦態勢をとるより先に、双剣の片方が浮いた。
 
 「四元解錠──、一迅いちじん!」

 一陣の風が青年の右腕を掻っ切った。内側から噴き出した血が真横に飛んで、石道の上に点々と跡を残す。いくら力をこめて傷口を抑えても、どくどくと、赤い液体は漏れだす一方だった。
 一度は、レトの手元から弾き飛ばし遠ざけたはずの『双斬』だったが、甘かった。レトは次元の扉を閉じることによって『双斬』を異次元の世界へ返し、その上で再発動させ、『双斬』を手元に戻したのだ。
 
 (体に傷を負っていても、頭ん中は動く……なるほどな。この少年、次元師としての力量はまだまだだが、いいものを持ってる。次元師同士の戦いの最中にその扉を閉じるとは、想定外だ)

 自然に笑みがこぼれた。青年は、腕に負った傷口を抑えたままレトに向き直った。

 「君は面白い。馬鹿にしたことを詫びるよ」
 「……」
 「俺の名前はセグ。君は?」
 「レトヴェール」
 「……レトヴェール、か。次に会うそのときは本気でやろう、レトヴェール」

 その言葉を最後に、青年はレトの前から消え去った。入れ替わるような形で街の住人がばらばらと戻ってくる。並んで歩いていた2人の男が、地面に倒れているレトの姿を認めて、慌てて傍へ駆け寄った。

 「き、君! どうしたんだいその傷は!」
 「見てみろよ。この子の着てる服、此花隊のものじゃないか?」
 「本当だ。駆けつけてきてくれたんだな。こんな傷だらけになるまで戦って」
 「傷の手当てをしてくれるとこがあっただろう。そこへ案内しよう」
 「ちょっとその子、どうしたんだい?」

 そこへ、恰幅のいい婦人が狭い歩幅でばたばたと走り寄ってきて、2人の男は表情を明るくした。

 「ああよかった。この子、怪物とやりあったみたいで傷がひどいんだ。手当てしてやってくれないか」
 「それは大変だ。いますぐうちで診るよ。あんたたち、運ぶのを手伝ってくれる?」
 「ああ」

 意識が朦朧としているせいか特に抵抗する素振りも見せず、レトは男におぶられてその場をあとにした。
 

 目を覚ますとすぐに、つんとするような嫌な匂いが鼻腔を刺激した。天井板からは灯りがぶら下がっていて、どうやら室内にいるらしいということがわかった。
 身体を起こし、ぼうっとする頭を左右に振った。寝台のすぐ傍に窓が備えつけられていて、穏やかな風が吹くとその度に金の髪が揺れた。
 寝台から降りようと身体をよじらせたとき、脇腹に電熱のごとく鋭い痛みが走った。
 レトが寝台の上でうずくまっていると、さきほど見かけた婦人が部屋に入ってくるところだった。

 「ちょっとあんた! 動いちゃだめだよ。傷が深いんだ」
 「……」
 「待ってな。いま薬と包帯を持ってくるから」

 傷跡がじわじわと熱を取り戻していくとともに、青年セグとの一戦を思い出し、表情が険しくなる。

 (まるで歯が立たなかった)

 思えば、セグは元魔に対して放った一撃を除いて、レトとの戦闘では一度も次元技を繰り出さなかった。レトの技量を測った上での対応だったのだろう。悔しいが、純粋に剣術勝負をしても適わない相手だったということになる。
 これ以上傷口を開くまいとレトはゆっくり身体を動かして、元の体勢に戻ろうとした。こんこん、と木製の扉を外側から叩く音がして、レトは扉のほうに視線を向けた。
 だれかが扉を押し開く。

 「店主が急ぎの用で出てしまったので、代わりに薬と包帯を届けにきました」

 穏やかで可愛らしい声が室内にふわりと広がった。入室してきたのは、ちょうどレトとおなじ歳くらいのまだ若い少女だった。手に持っているのは縁のついた丸い木の板で、その上に包帯と塗り薬を盛った小鉢を乗せている。
 レトは、その人物を姿を認めると、驚いたように目を見開いた。
 
 「包帯を取り換えるついでに、新しく薬を……」

 高い位置で二つに結い上げた、鮮やかな小麦色の髪が肩の上でさらりと揺れる。
 少女はレトと顔を合わせるや否や、硬直した。

 「レト、ヴェールくん」

 琥珀色の大きな瞳に、2年前となにも変わらない自分の姿がはっきりと映りこんだ。そんな気がした。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.53 )
日時: 2018/12/13 08:26
名前: ひなた ◆NsLg9LxcnY (ID: E616B4Au)

瑚雲さま

はじめまして。ひなたと申します。
作品、>>26までですが、読ませていただきました!
ほんとは最後まで読んでからにしようかなと思ったのですが、
>>17のルイル王女がさらわれるところからの盛り上がりにすっかりハマって「(小説書く力的に)これは勝てない‼︎」と思ってテンションが上がってしまったのと、
事件が一段落した後、自然と次元師の仲間が増えたり、次元師に関する基本的な知識を新しい仲間に授けられたりするのは、唯一認められた次元師の組織ならではだなと気づいたら今度は伏線や設定に感動してしまって、
いったん今の時点での感想を書こうと思ってやって来ました。長い。ごめんなさい。
物語の展開のメリハリをつけるのが上手すぎて盗みたい気持ちです。うらやましい。

それと、ガネストが好きです。
事件解決のために次元の力を使うシーンとか、「ずるい」と思いました。かっこよすぎる!

また読みに来ます^^
執筆がんばってください!


(ちなみに『最強次元師!! 』旧版の方を以前読ませていただいたことがあります^^
ですが、カキコ自体しばらく来ていなくて読んだもかな~り前だったので、
今回初めて読む気持ちで読ませていただきました^^
あとこの名前だとはじめましてですが、別の名前だとはじめましてではないかも笑←)

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.54 )
日時: 2018/12/24 11:33
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: hgnE84jl)

 
 >>53 ひなたさん

 感想ありがとうございます! わざわざ本スレに足を運んでくださって嬉しいです(*'▽')
 ひなたさんにそんな風に言っていただけて、ああ書き続けてきてよかったなあという気持ちです。ひなたさんが昔のスレを読んでくださったことがあるとは思わず、びっくりしています。じつはこのアルタナ王国編は昔のスレでも似たような内容で書いていたものになるんですが、もしその部分を読んでくださったことがなかったとしても、当時と比べてすこしだけでもいいものが提供できていたら幸いです!

 じつは初めましてでない、というお言葉を聞いてたいへん困惑しています……もし差し支えなければ、ぜ、ぜひお名前を教えていただきたいのですがどうでしょうか……!

 君を待つ木花編のほうも、ぜひ読んでいただけると嬉しいです!
 感想ありがとうございました!*

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.55 )
日時: 2020/04/16 23:20
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第050次元 再会

 「……」
 「……」

 ほんの一瞬、レトヴェールと小麦色の髪をした少女の間を吹き抜ける風に冷気が交じった。少女ははっと我に返って、手元の薬と包帯とに視線を落とした。ギィ、と床を軋ませながら歩いてくる。
 呆然としているレトの傍までやってくると、少女はその場にしゃがみこんで、ぎこちなく笑みを落とした。

 「久しぶりだね」
 「……」
 「……。あ、えと……元気、だった?」
 「ああ、まあ」

 なんとなく少女の顔から視線を外したレトは、やや俯きがちになることでなんとか返事をした。
 それが少女には、レトの顔が沈んだように見えた。覗きこむことを躊躇われた彼女はおなじように視線の置きどころを見失い、唾を飲んだりしていた。

 「そうだ。ロクは? 元気にしてる?」
 「……」
 「……ロクと、なにかあったの?」
 「おまえが気にすることじゃない」

 思った以上に冷たく低い声が出てしまい、レトはすぐに後悔した。ロクアンズとの喧嘩は決してこの少女のせいではないし、むしろ「気にしなくていい」という意味合いをこめたつもりだったのが、失敗した。突き放すような言い方に聞こえたのか、思った通り少女は動揺していた。
 
 「……そ、そうだよね。ごめんね、手当てをしにきたのに」

 消え入りそうな声で呟いてから、少女は手元に視線を戻した。包帯の取り換えを行わなくてはならない。ふたたびレトの顔を見上げるも、彼とは相変わらず視線が合わない。

 「包帯、取り換えてもいい?」
 「……ん」

 肯定か否定かよくわからない返事だった。少女はすこし悩んでから、緊張した面持ちでレトの腰元に両手を伸ばした。

 「あのさ」

 急に声をかけられ、びっくりして少女は手を引っこめそうになった。

 「な、なに?」
 「こんなところにいたんだな」
 「……え?」
 「いや、どこ行ったのかと思ってたから」
 「……ああ、そうだね。2年くらい前だっけ? レトヴェールくんたちにはなんにも言わないで、出ていっちゃってたから。でもあてもなくて、あんまり遠くへ行く勇気もなくて、だからずっとここにいたの。お店もたくさんあって便利だしね」
 「そうか」
 「……」
 「……手、止めさせて悪かった」

 レトがそれ以上なにも言わなかったので、少女は恐る恐る手を伸ばしなおした。彼の上半身に巻きついた包帯を音もなく剥がす。
 どことなく空気は張りつめていて、一般でいうところの若い男女が2人きりでいる雰囲気とはかけ離れていた。少女の動きには無駄がなく、こういった傷の手当てに慣れているようだった。
 店で取り扱っている薬を傷口に塗布し、真白の新しい包帯を巻きなおす。
 留め具で包帯の端を処理し終えると少女は満足そうに一息ついた。

 「……」
 「これで大丈夫。あの、ごめんね、時間かかっちゃって」
 「……あの、さ」
 「ん? あっ、ど、どこか痛む?」
 「……そうじゃなくて──その、」

 レトがなにかを言おうと口を動かしたとき、豪快に扉を開け放つ音とともに女店主が入ってきた。

 「キールア! もうその子の手当ては済んだかい?」
 「あ、はい」
 「ちょっと手伝っておくれ。重体の客なんだ」
 「わかりました。いま行きます」

 少女はすっくと立ち上がり、扉の近くに立っている女店主にそう声を投げ返した。それからレトのほうを振り返った。

 「ごめんね、レトヴェールくん。……あの、さっき、なにか言いかけてた?」

 レトは口を結んだ。それから、いや、と小さくかぶりを振った。

 「……なんでもない」
 
 少女は、そっか、と寂しそうに笑みを返してから、くるりと背を向けた。遠くから扉の閉まる音が聞こえてきた。室内はふたたび静寂に包まれる。
 窓から入ってきた風が冷たくて、レトはぶるっと身を震わせた。

 (……──なにも変わってない。俺は、昔のままだ)
 
 
           *
 
 埃を被った腰かけに鎮座し、灰の髪の少女はただただじっとしていた。白い肌や長いまつ毛、纏う雰囲気もさながら人形のようだった。それほど歳も変わらないはずなのに、なぜかロクアンズは少女に対して委縮していた。「ヒマだから遊ぼっか」とか「どうしてそういう色の服を着てるの?」とか「お腹空かない?」とか、いろいろと反応を窺ってみたがどれも無反応に終わっている。ルイルを姉と親しんでいるくらいだし似ているところがあるのかもしれない、なんて思いながらロクは手持ち無沙汰に腰かけから足を投げ出しぶらぶらと揺らしたりして、暇を持て余していた。
 何の気なしにコートのポケットに手をつっこんだそのとき。ロクははっとした。手を入れたり出したりを繰り返すも、ポケットの中には両方ともなにも入っていないことに気づく。
 ロクが焦って立ち上がったとき。玄関の扉が開いたような気がして、ロクはぱっと視線を上げた。

 「ロクちゃん、ルイルちゃんたちを連れてきたわ」
 「あっ、フィラさん、おかえりなさい」

 ロクは笑みだかよくわからない複雑な顔をして言った。不思議がるフィラの後ろからルイルとガネスト、そして新規班員のメッセルが顔を覗かせる。

 「あれ、メッセル副班も?」
 「このガキどもの担当っつことで、同行してんだよ。だけど話に聞きゃぁ、ガキのお守りだっつぅじゃねぇか。これ以上ガキ抱えんのはごめんなんでな、俺ぁ事が終わるまで外にいる」
 
 屋内に片足も踏み入れずに、メッセルは玄関口から伸ばしていた首を引っこめた。
 そのとき。メッセルが履いているズボンのポケットからなにか黒い布切れがひらひらと揺れているのを見えて、ロクはメッセルの衣服に飛びついた。

 「待っ、ねえ! ちょっと待ってメッセル副班っ」
 「うわぉ! んだよ」
 「それ、その黒い布みたいなの、見せて!」
 「おい、勝手にとんな!」

 ロクはメッセルのズボンから布切れを引き抜いて、それをまじまじと見つめた。
 それから驚いたように、しかし安心したように息を吐いた。

 「よかったあ、あった! いつの間に落としてたんだろ」
 「んだよ、これおめぇのだったのか。隊の玄関前に落ちてたぜ。ふつうだったらこんな布切れ、捨てちまうとこなんだが……。なぁおめぇ、こいつをどこで?」

 ロクは表情を一変させた。それから布切れに目を落として、言った。

 「もらったの。昔、大事な人から」
 「大事な人、ねぇ」

 その布切れを見つめるロクの目は優しかった。それは黒一色で、平たく細長い織物だった。片方の端は綺麗に糸などで装飾されているが、もう片方は鋏かなにかで切られたように不格好だ。

 「メッセル副班長、その織物がどうかしたんですか?」
 「あーそれがよぅ、大層な上物なんだよ、それ」
 「え?」
 「おめぇも城使いが長ぇっつぅんならわかんだろ。ゆうに数百万は飛ぶような代物しろもんだ」
 「す……。本当ですか、ロクさん」
 「さ、さあ。あたしはよく知らないけど」
 「その大事な人ってのは貴族か? それとも王族か?」
 「……エアリス・エポールっていう、あたしの、恩人」

 メッセルは驚き、それから「なるほどな」と何度も首を縦に振った。

 「エポールっつぅことは元王族の末裔か。そら金持ちのはずだ」
 「……」
 「どうかしたの、ロクちゃん?」
 「……ああ、ごめんごめん! へへ、なんでもない」

 おどけたようにロクが笑うのをただじっと見つめていたルイルがふいに視線を外すと、その視線の先には、灰色の髪をした少女がいた。

 「ティリ」

 ルイルが驚いたようにその名前を口にすると、少女は腰かけから静かに立ち上がった。ルイルとガネストは慌てて少女の傍まで近寄った。

 「ティリ……な、なんでここにいるの?」
 「あいにきたの。ルイルねえねに」

 ルイルとガネストは呆気に取られていた。アルタナ王国の言葉らしいものが交わされていることはなんとなく理解できるも、どこか取り残されたような気分になりロクはそわそわと3人の様子を伺っていた。

 「あいにきたって……」
 「おとうさんとおかあさんにはないしょ。それでふねにのって。でもどこにルイルねえねがいるかわからなくって。ここにいたの」
 「だめだよティリ。おばさまもおじさまも、すごくすごくしんぱいしてるよ」
 「……いい。べつに。ルイルねえね、いなくなっちゃったから。こわくて」
 「ルイルに会いたがっている人物とは、ティリナサお嬢様のことだったんですね」
 「ガネストたちの知り合い?」
 「はい。ティリナサお嬢様は、ルイル王女の血縁者なんです。ルイルの母君様、亡くなられた王妃様の妹君様が、ティリナサお嬢様の母君様にあたりまして……──」

 この頃。屋敷の扉に凭れかかって見張りなどしていたメッセルだったが、ただ少女を説得するだけのことにどれほど時間を費やしているのかと早くも苛立ち始めていた。実際にはさほど時間は経過していないが、メッセルはすでに耐え切れなくなっていて、蹴破るかのように荒々しく扉を開けた。

 「おぅいおめぇら! どんだけ時間かけ──」
 「──それが、ヴィヴィオの一族です。つまり亡き王妃様のご実家で……」
 「……。ぶ、ヴィヴィオ、だぁ?」

 メッセル以外の全員が一斉に玄関のほうを向く。彼は奇妙に眉を曲げ、訝しげにそう言った。驚く一同を代表してガネストが答える。

 「は、はい……。ここにいるティリナサお嬢様が、ヴィヴィオ家のご息女様でいらっしゃいますが……」
 「おい、おめぇか、ヴィヴィオのガキってなぁ」
 「……」

 体格の大きいメッセルはかなり腰を曲げて、ティリナサの顔を覗きこむ。彼女は睨むようにして彼の顔を見上げた。

 「なるほどな。ヴィヴィオのおやっさん、ガキなんて産みゃあがったのか! そら何年も経てばガキの1人や2人できるか」
 「メッセル副班長は、ヴィヴィオ家となにか繋がりが?」
 「なんかもなんもねぇや。昔、アルタナに渡ったときに作品を買ってもらったんだよ」
 「……へ? さ、作品?」
 「俺ぁちょいと前までは壺造ってたからな。いやぁあんときは儲かってた儲かってた」
 「うえぇ!?」

 一同はどよめいた。中でもひっくり返る勢いで声を荒げたロクを、メッセルはキッ、と睨み返した。

 「んだよその反応はよぉ」
 「ああごめん、つい……。ちなみに壺ってどんな? 果実とかを漬けとくあの壺?」
 「ちげぇよ。芸術品だ。おやっさんに売ったときのは、アメリオンって名前をつけたけどな」
 「……アメリオン?」

 ロクはその名前をどこかで聞いたことがあった。むむっと眉をしかめて両腕を組む。直近の記憶から順に遡っていくと、ロクは「あ」となにかを思い出したように口を開けた。

 「そうだ! 競売場!」
 「きょ、 競売だぁ?」
 「うん。数ヶ月前にね、近くの島で競売してるとこがあって、そこでアメリオンの壺っていうのが出てたんだ」
 「おいおい、アメリオンはヴィヴィオのおやっさんに売ったんだぜ。向こうにあるもんがなんでこっちにある?」
 「それが全部偽物で、競売場で責任者やってた……でー、でーなんとかって人がほかの人に作らせてたって」
 「デーボン・ストンハックだな。芸術家の間で噂になってた。あんの野郎……!」
 「ああでももう大丈夫! そのデーボンさんはあたしたちが政会に連れていったし!」
 「……は? おめぇが?」
 「そ! でも驚いたなあ。偽物っていったって、本物そっくりに作るんでしょ? すごく大きくて、装飾とかもすごいなんか、キレイだった! あの壺の本物を、メッセル副班が作ったなんて」

 ロクは大きな片目を輝かせながら、身振り手振りでその壺がいかに凄かったのかを体現した。彼女の笑顔があまりにも無邪気なもので、メッセルは、ぶはっと豪快に吹き出した。

 「ぶぁははは! おんもしれぇなぁ、おめぇ。そうかそうか。知らねぇ間に、俺ぁおめぇらのやんちゃに助けられてたってわけだ。……しゃぁねぇ。礼は返すもんだよな。おい、緑のガキんちょ」
 「なあに?」
 「このヴィヴィオの嬢ちゃんをアルタナ王国に送り届けりゃ、万事解決か?」
 「……えっ、いいの!? メッセル副班」
 「おぅよ。ヴィヴィオのおやっさんにいい土産話ができたから、そのついでにな」
 「やったー! ……じゃあ、あとは……」

 ロクはちらりとティリナサを見やる。数多の視線を浴びてもなお、ティリナサはじっと無表情を湛えていた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.56 )
日時: 2018/12/24 11:28
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: hgnE84jl)

 
 第051次元 会いたい人

 「あのね、ティリ。きいてくれる?」
 「……」

 ルイルに話しかけられてもティリナサの面持ちは変わらなかった。普段からティリナサが何事に対しても反応が薄いことを知っているルイルは、とくに気にすることもなく続けた。

 「ルイルはここにのこる。ろくちゃんたちといっしょにたたかうんだって、そうきめたの。だからくににはかえらない。……わかってくれる?」
 「どうして。ルイルねえねが、じげんしだから?」
 「それもだけど……いっしょにいたかったの。ろくちゃんや、みんなと」

 冷たい寝台の上で抱えこんだ身体。姉のこと。扉を閉めて塞ぎこんだ。連れ出してくれたのはロクアンズで、傍にいてくれたのはガネストで、その道の先にあったのは、此花隊だった。姉の生存を信じてやまなかったルイルはようやくその姉、ライラとの再会を果たすも、ロクたちとともにあることを望んだ。そこにロクへの敬愛や信頼が大きく働いているのだとルイル自身が気づくのはもうすこし先の話で、ただ「一緒にいたい」という漠然とした感情に任せて、アルタナの地を離れたのだった。
 ティリナサは幼いながらも、ルイルが纏っているそのきらきらした雰囲気に勘づいていた。2つの白いもやがティリナサの周りをくるくると回る。

 「じゃあ、わたしも。わたしもいる。わたしもじげんしだって、おかあさんとおとうさんがいってた。だからいる」
 「ティリ……」
 「そいつぁダメだな」

 メッセルは言いながらルイルの隣までやってくると、大股を開いて腰を下ろした。

 「此花隊に入るんなら、メルギースの言葉が話せなけりゃダメだ。それにあの温厚なおやっさんのことだ。いまごろ死ぬほど心配してんぜ、おめぇのことをよ」
 「……べつに。いい」
 「いいこたあるかバカたれ。いいかよく聞け。おやっさんたちがおめぇを笑顔で送り出せるようになるまでは我慢しろ。そんでいつかそういう日がきたら、そんときは面倒見てやるからよ」

 (……メッセル副班長、これ以上抱えるのはどうこうって言ってたのに)

 子ども好きなのかなと、ガネストは小さく吹きだした。メルギース語が理解できないロクとフィラはさておき、口元を抑えて笑っているガネストに向かってメッセルは悪態をついた。

 「おいなに笑ってんだおめぇ」
 「すみません。メッセル副班長はお優しい方だなと思いまして」
 「ああっ!?」
 「え、メッセル副班なんて言ってたの?」
 「それがですね」
 「大したことじゃねぇよ! 親を心配させてるうちはガキだっつぅんだ! 自立できるようになってから来いってな。ったくよぉ」
 「……」

 ぶつぶつと文句をこぼすメッセルの傍ら、まだ納得がいっていない様子でティリナサは顔を逸らしていた。
 ルイルが「ティリ」と声をかける。身体は正直で、ティリナサはびくっと反応を示した。

 「あいにきてくれてありがとう、ティリ。いまはいっしょにいられないけど、でも、でもぜったい、またあおうね。こんどはルイルが、ティリにあいにいくよ」
 「……」

 ルイルがぎゅっとティリナサの手を握った。そうして、ティリナサはようやくその重たい頭を縦に振った。表情でいえばさきほどからなにも変わっていないが、ルイルだけはわかっていた。寂しそうだけれど、諦めてくれたんだな、と。
 ルイルがほっと息をついたとき、2つの白いもやも満足したように、ぽふん、と姿を消した。

 「それにしても驚きましたね」
 「え? なにが?」
 「ティリナサお嬢様が次元師だったということです。さっきまで見えていた白い煙のようなものがそうなんでしょうか。いつか一緒に戦うことにもなりそうですね、ロクさん」
 「……」

 その一瞬、ある考えがロクの脳裏を過ぎった。彼女は一歩、足を踏み出して、「ねえティリ」とティリナサに話を切り出した。

 「ティリの次元の力は、幽霊を扱うことができるの?」
 「……?」
 「こっちの言葉は通じねぇって」
 「あ」
 「僕が訊いてみます」
 
 ロクの発言をそのままアルタナ語に訳し、ガネストはティリナサに訊ねた。すると、彼女は小さくこくりと頷いてみせた。

 「ティリ、なんて?」
 「『そう』だそうです。もしかしたらさっきの白い煙は、守護霊かなにかかもしれませんね」
 「……」
 「ロクさん?」
 「ねえガネスト。お願いがあるの。ティリの次元の力で、あたし、会いたい人がいるんだ」
 「……もしかしてロクさん」
 「ティリ」

 ティリナサの視界にロクの姿が入りこんでくる。新緑に輝く左瞳は、真剣そのものだった。

 「死んだ人間の霊なら、だれでも呼んだりできる?」

 ふたたびガネストが代弁を務める。おなじようにティリナサは小さく頷いた。「できるそうです」と、ガネストがその旨を伝えると、ロクは思い切ったように言った。

 「エアリス・エポールって名前の、女の人を呼んでほしい」

 ガネストの通訳を介したため、まちがいなくティリナサにはその言葉が伝わったはずだったが、今度は即答をしなかった。ティリナサが目を伏せ、これは時間を要することなのかもしれないと判断したガネストは立ち上がった。が、いつの間にか彼女がじっと見つめてきていて、彼は素早く傍耳を立てた。

 「ティリナサお嬢様が、『その人を特定できる手がかりのような物がほしい』……と」
 「手がかり?」
 「なんでもいいそうです。……血縁者であれば、髪の毛などが望ましいとのことですが、遺品でも代用はできるそうです」
 「遺品……」

 下を向きつつ思考を巡らせていると、若草色の髪の毛が、視界の端にちらりと映りこんだ。
 
 「おい。さっきおめぇが持ってった黒い布切れの持ち主、元はそのエアリスって奴なんじゃなかったのか?」
 「え? あ……」
 「そいつで代用すりゃいいだろうが」

 慌ててコートのポケットに手を突っこみ、織物の感触を得ると、それを抜き出した。

 「これ……これで、できる?」
 「……」

 ロクの手のひらにふわりと架けられた織物が、ティリナサの手に渡る。ティリナサはそれを丁寧に折りたたむと、小さな両手で優しく包みこみ、──詠唱した。

 「"索砂さくさ"」

 ティリナサの手や腕、全身から透明な糸のようなものが幾千幾万と芽吹く。それらは天井や壁を悠々とすり抜けていった。
 空高く距離を伸ばす糸、地面の上を走っていく糸、森や建物の中を縫うように通り過ぎる糸。驚くことに、目には見えない糸の大軍が様々な場所まで辿り着くのには、数刻も要さなかった。
 じつにその範囲は、メルギース国全土のうちの半分──西側の地域全体にまで行き渡っていた。そこには当然レイチェル村も含まれている。

 「……どう? ティリ」
 「……」

 ティリナサは閉じていた目をぱちっと開いた。ガネストのほうへ顔を向けると、また彼にしゃがむように目で促す。ガネストがただこくこくと頷いているだけにしては、これまででもっとも時間がかかっていた。ガネストの耳元からティリナサが離れると、彼はロクに対して弱々しく首を振った。

 「いないそうです。どこにも」
 「……そ、っか。ありがとうティリ、ガネスト」

 「じゃあもう行くぞ」と言って、メッセルはティリナサを玄関の外へ連れ出した。見送りのためにほか全員も外へ出る。建物からすこし歩いたところで、ティリナサだけがくるりと振り返った。するとルイルではなく、ロクのほうを見つめて呟くように言った。

 「ありがとう」

 ロクが目をぱちくりさせているうちに、ティリナサはさっさと背を向けて歩きだしていた。ティリナサが最後に口にした「ありがとう」は、まちがいなくメルギースの言葉だった。さきほどロクがティリナサに対して「ありがとう」と言ったのをその場で覚えたのだろう。ロクは深く感心していた。

 「てぃ、ティリすごい……。さっき覚えたんだ。あれ、でもなんで『ありがとう』?」
 「ルイルと会わせてくれたから、という意味だと思いますよ。ティリナサお嬢様ははっきり言っておられませんでしたが、お別れの際には、お顔は綻んでいらっしゃるようでした」
 「そうなんだ」
 「……ところでなんですが、ロクさん。ティリナサお嬢様からもう1つ、伝言を預かりました」
 「なに?」

 ガネストはロクに向き直り、ティリナサの言ったことを思い出しながら告げた。
 
 「死んだ人間は思念体、つまり魂だけの存在となってしばらくこの世界に居続けますが、未練がなくなると魂が浄化されて、この世を去るのだそうです」
 「未練がなくなる?」
 「はい。どうしても憎い相手がいるとか、愛しい人を残してしまっただとか、そういう生きた人間に対する執着がなくなるってことです。もう思い残すことはなにもない、そういう意味だと思います」
 「思い残すことは……なにもない。か」
 「なにを訊きたかったんですか」
 「え?」
 「……あなたを拾ったエアリスさんが、もしもまだこの世界にいらっしゃっていたら、あなたはなにを訊きたかったんですか」
 「それは……」

 ロクはうまく舌が回らないみたいに口ごもり、なんとなく頬を掻いた。それから突然笑顔になっていつもの調子良さに戻る。

 「べつに、なんでもないよ! ちょっと会いたくなっただけ。もう二度と会えないって思ってたのが、もしかしたら会えるかもしれないーなんてなったら、ふつう会いたいでしょ?」
 「ロクさん、はぐらかさないでください」
 「え?」
 「あなたは笑ってごまかそうとするときがあります。他人に対しては事情もお構いなしにずけずけと入りこんでくるというのに、自分が踏みこまれるのは嫌だと言うおつもりですか」
 「ガネストくん、言いすぎだわ」

 慌てて止めに入ったフィラのことがガネストにはまるで見えていなかった。彼は一度もロクの顔から目を逸らさずに、声を低くして告げた。

 「……ロクさん、覚えてますか。まだ僕たちがアルタナ王国にいたとき、あなたが僕とルイルに言ったこと」
 「え?」
 「『無敵の関係になれるとは思わないか』、と」
 「──」

 『でもそういう、いろんな壁を越えて笑い合えたらさ、だれにも邪魔できない、無敵の関係になれると思わない?』

 「あれは、あなた自身がレトさんとの間で望んでいることでもあるんじゃないですか。あのときは僕も、自分たちのことで頭がいっぱいだったので、そうは思っていませんでしたが。でもいまならわかります」

 ガネストの脳裏には、此花隊本部の談話室でのことが浮かんでいた。ロクとレトの言い争いを目にしたガネストは2人が義兄妹となった経緯をすこしだけ知っている。そしてロクが「家族にしてもらったんだ」と告げていたことから、彼女がレトや義母に対して引け目のようなものを感じているのではないかと疑ってもいる。それはまるで、お互い踏みこみ合わず、距離をとっていた頃のガネストとルイルの関係に酷似していた。

 「あなたは、あなたたちは、ちがうんですか」

 ロクは黙ったまま下を向いていた。それからすこしだけ顔をあげて、重い口を開いた。

 「さっきね、メッセル副班が言ってたのを聞いて、ちょっと思ったんだ。心配をかけているうちは子どもだって。おばさんは……どう思ってるかな。あたし、レトとケンカしちゃって、どうしたらいいかわかんなくって。あたしはレトと、まだ一緒にいたいけど、おばさんには……いまのあたしたちが、どう見えてるのかな──って」

 義兄妹となった2人を抱きかかえていた腕は、もうない。残された2人は、ただおなじ女性からもらった愛だけを知っていて、ただおなじ次元師だったというだけで現在まで道をおなじくしている。ロクは悩んでいた。エアリスという"母"を失った義兄妹の、これからの関係の在り方を探している。普段身に着けることのないエアリスからもらった織物を持ち出したのも、レトヴェールとの唯一の繋がりがそれだったからだ。

 「ねえ、ろくちゃん。ろくちゃん、れとちゃんとなかなおりしたい?」
 「う……うん。仲直りしたい」
 「ろくちゃん、まえにいってたよね。さいしょはいもうとだってみとめてくれなかったけど、って。じゃあどうして、なかよくなったの?」
 「え……」
 「僕もまだそこまでは聞いてません。もしかしたら昔のことがヒントになるかもしれませんよ」
 「こんどはるいる、ろくちゃんのためにおはなし、ききたい」

 ロクは、ルイルとガネスト、そしてフィラの顔を見渡した。それぞれ事情はちがうけれど、自分が勝手に心の奥まで踏みこんで、そして心を開いてくれた人たちだ。
 廃屋の正面玄関の傍には白い長椅子が置かれていて、ひしゃげたパラソルがすぐ隣で立っている。ロクはその白い長椅子に腰をかけた。傘に空いた穴から木漏れ日がちらほらと降り注ぐ。
 
 ──現在から遡って、5年前のことをロクは話し始めた。
 
 
 


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