コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.31 )
日時: 2018/08/21 23:14
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: xJUVU4Zw)

 
 第028次元 君を待つ木花Ⅴ

 コルドがローノ支部へ到着したのは、ロクアンズとレトヴェールが本部を出発してから2日目の午前のことだった。
 先に行っておいてくれ、と2人には伝えていたため、任務が終わっても支部で待機しているだろうとコルドは踏んでいた。が、思わぬ事実を支部の隊員たちの口から聞き、彼は驚愕した。

 「べ……ベルク村に向かった!?」
 「え、ええ……危険だと思って、お止めしたんですけど……」

 フィラは、コルドに便箋を差し出して言った。彼は衝撃のあまり声が出せず、無言でその便箋を受け取った。封を解き、中から1枚の紙を取り出す。
 内容は、フィラが伝えた報告と同一だった。2人でベルク村へ向かったと記載されている。

 「……まったく、なにを考えてるんだあいつら……!」

 コルドは片方の手で、くしゃりと便箋を握りしめた。そのとき、便箋の口からべつの紙がはみ出ているのを彼は視認した。
 その紙を引き抜くと、それはまったく異なる質の紙だった。見る限り羊皮紙らしいとわかる。コルドが握ったときとはちがう折り目がついていて、まさしくぐしゃぐしゃと呼ぶに相応しかった。
 コルドはその紙を開いた。文字らしいものが書かれている。

 「……」

 しばらくの間、コルドは黙ってその紙面を眺めていたが、すべてを読み終えると、支部の隊員たちに目をやった。突然視線を向けられた隊員たちは、緊張の面持ちでコルドと向かい合った。

 「本部に届くローノからの報告書に、いつもベルク村の記載がありませんが、それはどうしてですか?」
 「そ、それは……」
 「ベルク村の所在が、辺境の地だということもわかっています。ですが、みなさんは援助部班の班員です。入隊時から厳しい訓練の期間を経てきたみなさんであれば、あの村に辿り着くことも不可能ではないはずです」
 「あのなあ……! あの山道は、険しいってもんじゃない! 登るのは無謀なんだ! あんたたち本部の人間にゃ、そいつはわからねえだろうよ」
 「わからないからこそ、各部署に報告という義務を課しているんです。……こういった声が、こちら側には届かないから」

 コルドは、羊皮紙を広げて見せた。隊員たちはぎょっとした。
 そこには、『たすけて』『たべものがない』『だれかおねがい』──などといった文言が、脈絡のない文字列で綴られていた。

 「これは立派な職務怠慢です。上に報告させていただきます」
 「……! じ、次元師だか、なんだか知らねえけど、あんたたちと俺たちじゃちがうんだよ! それくらいわかるだろ!」
 「……そうですか。なら、あの山道に入っていったロクアンズとレトヴェールが、無事にここへ帰還したら、職務怠慢を認めてくれますね?」
 「……は?」
 「あの子たちはたしかに次元師ですが、大の男ほど体力はない子どもです。フェアだと思うのですが、どうでしょうか」
 「……。いいだろう。本当にあの子らが戻ってこられたらな」

 責任者の男が、顔を顰めながら言った。コルドは腰元のポーチに便箋を収めると、入り口に向かった。おそらくロクとレトの2人を追いかけていったのだろうが、それを止める者は1人もいなかった。
 そのとき。じっと黙りこんでいたフィラが、急に立ち上がった。

 「フィラ? ……お、おい! どこへ行くんだ、フィラ!」

 銀のケースではなく、部屋の隅に置いてあった一回り小さめのバッグをフィラは引き掴んだ。その肩紐をすばやく両腕に通すと、彼女は有無を言わさず支部の外へ飛び出していった。
 
 
 
 崖を超えたロクアンズとレトヴェールは、新しい山道を辿っていた。確実に減っていく固形の携帯食料を、小さくちぎっては喉の奥に流しこみ、2人は空腹を凌いでいた。フィラが言った通り、食べられそうな果実や茸の類はほとんどなかった。あったとしても腹の虫を抑えるには不十分なほど小さな実であったり、極度に酸っぱいか苦いか、美味とはほど遠い味かのどれかだった。
 最大の問題は、水だった。山道に入ってから川や滝などといった水源を見かけることができずにいる2人は、自身らの水筒の中身を測りながら水分を摂っているおかげで、かろうじて喉の潤いを保てているのだ。

 ただしそれにも限界がある。現に、レトの水筒の水は底を尽きようとしていた。にも拘わらず、目的地のベルク村に辿り着けそうな気配はない。彼は、水筒の底のほうで小さく揺らめく水と、ただじっと睨み合いをしていた。

 「……」
 「レト、この先けっこう崖が続いてるみたいだよ。これを登りきったら、もしかしたら村に辿り着けるかも。ねえレト……レト?」

 レトははっとした。ロクが、不安そうな顔でレトの顔色を伺っていた。しばらくぼうっとしていたらしいとそこで初めて気づいた。
 喉の渇き。身体の疲労。そして目的を達成できるのかという、底知れぬ不安。そういったものに、思考が完全に支配されてしまっていた。しかしレトは、渇いた喉に唾を流しこみ、返事をした。

 「……ああ。悪い。行こう」
 「……」
 「ロク?」

 レトの顔を、じっと見つめていたロクが、腰元のポーチから水筒を取り出した。そしてすぐに、それをレトに差し出した。

 「はいっ、レト。飲んでいいよ。喉渇いてるでしょ?」
 「……は? い、いや……」
 「いいっていいって! 気にしないでよ、レトっ」

 へらっと、ロクは笑った。そんな彼女の顔から視線を落とす。水筒が差し出されていた。
 レトは当然のように迷った。これはロク自身が飲むためのものであり、自分はただ体力がないから水を消費しやすいだけだ。鍛錬をしていなかった自分が悪い。それなのに、どうぞと差し出されたそれから目を離せなかった。
 レトは、ようやく二の句を告いだ。

 「……でも、お前の分が……」
 「あたしは大丈夫! 秘策があるんだっ」
 「秘策?」

 見てて、とロクが言った。彼女はもう一度ポーチの口を開くと、中から小型のナイフを取り出した。
 すると彼女は、迷うことなく自分の腕に刃を向け、そのまま撫でるように肌を切った。ロクは一瞬だけ、ぴくっと眉をしかめた。

 「! ば、バカおまえっ! なにして……!」
 「喉を潤すくらいだったら、こうして血をなめることもできるなあって、思って」

 肌に伸びた細い傷跡から、鮮やかな赤色がつう、と滑り落ちる。ロクはそれをすかさず舌で舐めとり、こくんと小さく飲みこんだ。
 レトは言葉を失った。ロクは、なんてことのない顔で、レトに微笑みかけた。

 「こんなの、痛くもなんともないよレト。ベルク村の人たちはきっともっと苦しい思いをしてる。だからぜったい辿り着いて、直接会って、あたしがこの手で救いたいんだ。……レトがいなかったらあたし、たぶんここまで来れなかった。だからレトはこれ飲んでっ。あたしは大丈夫だから!」

 強気な緑色の瞳には、絶望も、疲労も、不安も──諦めの色も、浮かんではいなかった。彼女は、まっすぐ前だけを見つめていたのだった。

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.32 )
日時: 2018/09/12 13:50
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: f/YDIc1r)

 
 第029次元 君を待つ木花VI

 乾いた手のひらで岩の壁に食らいつく。不安定な足場に爪先をかける。息つく間もなく、ただ体力を奪っていくだけの動作の繰り返しに、身体はとうに疲弊しきり、限界を迎えていた。しかし2人は、そんな四肢を無理やり動かしてでも目的を達成しようとしている。
 そして、2人はようやく崖の縁に指先をひっかけた。余力を絞り出し、上半身を浮かせる。と、待ち望んだ平たい大地が、景色のすべてに広がった。
 土を引っ掻きながらよじ登ると、ロクアンズとレトヴェールの2人は、なりふり構わず地面の上に倒れこんだ。起き上がるよりも先にごろんと仰向けになる。抜けるような青空はとても近く、鮮やかで、眩しかった。

 「はあ、はあ……。やったねえ、レトっ。すごいよ、のぼったよーっ」
 「……ああ。でもまだ到着できたわけじゃ」
 「わかってるよ~……。あー……お腹空いちゃったね、レト」
 「……だな」

 腹の虫が低く鳴いた。空の青さに安心したのか、数日間に亘る食料の調達難を嘆いているのか、明確な自覚はないがたしかに2人は、深い呼吸ができていた。
 空に流れる雲を、ロクはぼんやりと眺めていた。が、そのとき。

 「死んでんか?」

 ひょっこりと、子どもの顔のようなものがロクの視界に飛びこんできた。

 「おぅい、おい」
 「……え。う、うわあ!?」

 ロクはがばっと飛び起きた。彼女の顔を覗きこんでいたその人物も、かわすように頭を起こした。

 「いきてた」
 「び、びっくりしたあ……。君は?」
 「おれはベルクのもんだけど」
 「え?」

 擦り切れた布で髪を乱雑に上げているせいか、その布の隙間から暗い赤色の髪がぴょこぴょこはみ出ている。見る限るロクやレトよりも歳は幼く、男や女かわかりづらいような見た目をしているが、「おれ」と発言していたので少年らしいと判断した。

 「ベルクって……」
 「ばあ様に言わなきゃ! ばあ様ー! 人がいたあー!」
 「えっ、ちょ、ちょっと待ってよ!」
 
 ロクの呼び声も空しく、その少年は土まみれの細い両脚で、ごつごつした地面の上を走っていった。それほど速く走って痛みはないのだろうかと呆気に取られているうちに、どんどん少年の後ろ姿が遠ざかっていく。

 「レト、行こう! あの子、さっきベルクって……──、っ! わわっ」

 追いかけようと踏み出した足に思ったほど力が入らず、ロクは数歩よろめいた。

 「どうした、ロク」
 「……。ううん、なんでもない! 急ご!」
 「ああ」

 ふたたび山道へと駆けこんだロクとレトは、少年の後ろ姿を追い続けた。この山道はいままでとはちがって整備されている。村の人間が使用しているのだろうか。そんな風に推測した。
 一本道を駆け抜けていく。しばらくして、2人は開けた場所へ出た。
 
 「……はあ、はっ……。こ、ここが……」
 「……ベルク村……」

 周囲は鬱蒼と生い茂る木々で囲まれている。よく目を凝らせば、木の麓などに花が咲いているらしいとわかった。藁を組んだだけのような稚拙な家宅が、ぽつりぽつりと並んでいる。
 その辺りをうろついているのは村人だろうか。だれもが、生気のない目をしている。籠を運ぶ男がいたり、木の実の殻を剥いている幼い子どもがいたり、薪にするのであろう細長い枝を集めている少女の姿もある。

 ロクは太い樹木の幹に手をつき、静かに村の様子を眺めていた。が、その呼吸は荒く、浅かった。

 「やっと……やっと、着い──」

 そのとき。ロクの全身から、途端に力が失われた。視界が落ちる。カラになった胃と意識とが浮遊する感覚を覚えてすぐに、彼女はその場で倒れこんだ。
 すぐ近くで、どさっという鈍い音を耳にしたレトは、驚愕した。

 「ロク! おい、ロク!」

 必死に呼びかけるレトだったが、ロクは地面の上でうつ伏せになったまま動かなかった。そしてレトもまた、視界がぐらりと傾き、急激な眠気に襲われると、足元から崩れ落ちた。



 「……ん……。あれ、ここ……」

 ロクは、ゆっくりと瞼を開いた。その隙間はぼんやりとしていて、知らない匂いがして、自分がどういう場所にいるのか判断がつかなかった。ぼうっとする頭を起こし、ごしごしと目元をこする。
 そのとき。

 「こ……子どもだ! しらない子どもがいる!」
 
 見慣れない男が、声を張り上げながらロクに飛びついてきた。
 
 「うぇっ!?」
 「見たことない! きれいな服着た、子どもがいる!」
 「え、ちょ、まっ、うわわ!」

 男はいきなりロクの両腕を掴むと、その小さな身体を乱暴に揺すった。目を回しそうになるのを必死に耐えるロクだったが、そうしているうちに、男の叫び声につられたのか次々と人が集まってきた。間もなく、ロクは完全に包囲された。
 物珍しいものを見るかのような、好奇に満ちた視線が、一斉にロクに降り注ぐ。
 
 「どこから来たんだ」
 「え、えっと、エントリアから……」
 「えんとり……なんだ?」
 「ばかだな。大きな町だよ。国でいちばんの」
 「ああ。えんとりあ」

 ごちゃ、とざわめきが湧いた。突然のことに驚きこそしたが、ロクはそのおかげもあって完全に目を覚ました。
 そこは室内だった。決して広くはなく、鼻につくような独特の匂いがする。壁はすべて黄土に近い色をしていた。おそらく村へ入ってきたときに見かけた藁の家の1つだろう。
 大きな石を削って造ったような机と、薪の束と、木の実や芋などをぶら下げた枝の骨組みなんかが無造作に置かれている。
 ロクは複数の目と視線を合わせた。

 「あの、あたしちょっと、あなたたちに聞きたいことがあっ──」
 「めぐみか?」
 「え?」
 「あれをよんだのか?」
 「……あれ、って……?」
 「めぐみをあたえてくれるのか!」
 「くれ!」
 「ああ、たのむ!」
 「めぐみを!」
 「たべものを!」

 ロクよりもずっと高いところにあった視線の数々が、波打つように伏せっていく。ぽかんとするロクをよそに、村人たちは藁の床にぴったりと額をくっつけ、「めぐみを!」「めぐみを!」とひっきりなしに叫んでいる。
 突然のことに、またしてもロクが困惑を隠しきれずにいた、そのとき。

 「しずまりなさい。こまっておられるでしょう」
 「……! ば、ばあ様!」

 伏せっていた村人たちは次々と顔を起こし、立ち上がった。"ばあ様"と呼ばれたその人物は、異様に背丈の低い老婆だった。彼女の後ろに、見覚えのある赤毛の少年が立っていた。人だかりが、黙って道を開けていく。
 ロクの胸あたりまでしかない小さな背をさらに丸め、地面の上に片膝をつくと、老婆は口を開いた。

 「此花の使者様ですね……。ようこそ、ベルクの村へ」


Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.33 )
日時: 2020/01/31 11:59
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: FFsMNg05)

 
 第030次元 君を待つ木花Ⅶ

 ばあ様、と呼ばれた老婆が人払いをしたおかげで、家の中には人っ子ひとりいなくなった。そのとき初めて気づいたことだが、ロクアンズのすぐ隣ではレトヴェールが静かに寝息を立てていた。寝顔は可愛いんだよな、なんてことを思っていたとき、ふいに声がした。

 「どうぞ、めしあがってください。次元師様」

 ロクの近くまでやってきた老婆は、しわがれた両手で木の板を掴んでいた。そこには汁物が入ったお椀と果実を乗せた小皿が置かれていて、彼女はそれらを零さないようにゆっくり腰を下ろした。
 
 「えっ? そ、そんな、いいよ! だってそれは、この村の大事な」

 必死に手を振りながら断ろうとしたロクだったが、彼女の下腹部は、ぐるるると正直に鳴いた。

 「……あっ、や、これは……」
 「ふふ。おきになさらないで」

 開いているのか閉じているのかわからない細い目で微笑む老婆は、木の板をロクの寝床のそばに置いた。

 「とおいところ、わざわざおいでくださいますとは、まさか、ゆめにもおもっておりませんでした。おみぐるしいものをおみせしてしまい、もうしわけありません。ごらんのとおり、この村はめぐまれておりませんで、つぎのはいきゅうの日もちかいので、いまおだしできそうなものは、このくらいがせいいっぱいで……」
 「ううん、そんな! むしろごめんなさい……。村の大事な食べ物なのに」
 「とんでもありません。めしあがってください」
 「……ねえ、もしかしてあなたが、ここの村長さん?」
 「はい。わたしが、村長のツヅでございます」

 ツヅは、正座を崩し左膝を立てた。両肘を曲げ、床と水平になるように持ちあげると、膝にくっつくかつかないかの位置で右手の甲に左の手のひらを重ねた。この村での挨拶なのだろう。

 「ねえツヅさん、あたしたち、この村でなにが起こってるのか知りたくてここまで来たんだ。だから村のことを教えてもらえないかな?」
 「それは……おえらいかたが、そのようにと?」
 「え?」

 一瞬、蒼い海のさざめきがロクの鼓膜をよぎった。指示されてここへ来たのかと問われているのだ。ロクは、迷わず首を振った。

 「ちがうよ。自分の意思で来たんだ。あたし、困ってる人をほっとけないんだ」
 「……。そうでございましたか。次元師様、すこしだけ、むかしばなしをしても?」
 「昔話……? うん、いいよ」
 「では、おはなしします。……いまからたった13年まえのことです。このむらには──『白蛇しらへび様』とよばれる、むらのまもりがみがおりました」
 「……しらへび様……?」

 ツヅは語りだした。

 ベルク村にはかつて、村の人間から『白蛇様』と崇められている白い蛇が棲みついていた。それは1匹ではなく何十という数にも及ぶ、白くて美しい小さな蛇だった。真白の鱗に紅色の花を押したような斑点があり、村の人間たちはその蛇とともに暮らしていたという。

 「白蛇様は、われわれにきがいをくわえるようなことは、なさりませんでした。それにそのかじつをとてもこのんでおられたのです」
 「これのこと?」
 「はい」

 ロクは、小皿に乗った果実をひと粒つまんで持ちあげた。赤紫色でやや楕円の形になっている果実だ。

 「むらのだれもが、白蛇様と、しあわせにくらしていたのです……。あの日までは」

 13年前──第二次メルドルギース戦争が停戦となった翌年のことだ。村の領主だった者が急逝し、国から新しい領主が寄越された。しかしその領主の男は「財政難」だと言って、ある日突然──村中に棲みついていた白蛇を狩り始めたのだ。

 「なんで、そんなひどいこと!」
 「白蛇様のかわは、たいへんうつくしく、おかねになるのだと……。それだけではございません。白蛇様のかわを、ずっとうっていくために、むりやりはんしょくをさせはじめたのです……」
 「……」
 「ああ。いいおくれましたが、白蛇様は、すべておすなのです」
 「え? でも、いま繁殖って……」
 「たったいっぴきだけ……。たったいっぴきだけいたのです。しろい白蛇様とは、"まぎゃくのうろこ"の……──べにいろのうろこをもった、女王蛇が」
 「女王蛇……」
 「その女王蛇は、この村では、ウメとよばれておりました。とおくのくにに、うめという名の木があって、あのべにいろによくにているとか。……わたしの夫が、あの子にそうおしえたと」
 「あの子?」
 「フィラといいます。わたしのまごですが、いまはこのむらにおりませんで……」

 聞き覚えのある名前だった。瞬時にロクは、ローノの支部にいた医療部班の女の顔を思い出した。
 そして、フィラがツヅの孫であるという事実は、意外にもすんなりと呑みこむことができた。
 ツヅは老婆さながらの白髪であるが、フィラの名前を口にしたときその細い目がすこしだけ開いた。フィラとおなじ、臙脂色をしていたのだ。それだけではない。この村へ訪れる前、崖の上で出会った少年の髪の色もたしかに赤黒かった。
 この村の人間は、身体のどこか一部の色素が臙脂色になっているのだ。ロクは口を開いた。

 「知ってるよ、あたし! 山の麓の町で、フィラって名前の、暗い赤色の髪をした女の人に会ったんだ!」
 「そ、それはほんとうですか……?」
 「うん」
 「……ま、まさかあの子が、こんなにちかくにいたなんて……」
 「でもどうして、フィラさんは村にいないの?」
 「……」
 「村でなにかあったの? もしかしてさっき言ってた、繁殖と関係が……?」
 「……はい。そうでございます。フィラは、ウメ様といちばんなかがよかったのです。しかしたくさんの白蛇様がさくのなかにおいやられ、ウメ様もうばわれ、フィラはとてもかなしみました」

 白蛇を繁殖させるように命じた領主は、その管理を村の人間に押しつけた。しかし白蛇の皮を含む村の作物の管理はすべて領主が行うこととなった。村人たちは自責の念に駆られ不運を嘆いてでも、生きるために、白蛇の繁殖を始めた。
 村の作物も、守り神も誇りも、なにもかもを差し出し絶望に打ちひしがれた村人たちだったが、たった1人、
 フィラだけはその深い憤りを隠せなかった。

 「そして、ある夜フィラは──」
 「連れ出したのよ。……柵の中にいたウメを、ね」

 凛とした声が響いた。
 声のしたほうへ2人が振り向くと、藁の家に入り口に、フィラが立っていた。

 「ふぃ、フィラ……っ!」
 「お久しぶりです……おばあ様」
 「お、おまえ……なんだって、ここに」
 「この子たちを追って、町を出てきたんです。……お元気そうでなによりです、おばあ様」
 「なにをいうんだい。おまえが……おまえさえ、いきていれば……」

 フィラのもとへ歩み寄ろうとしたツヅだったが、その短い足から力が抜け、身体が傾いた。足元を崩したツヅのもとへフィラが駆け寄ると、ツヅはそっとフィラの背中に手を回した。フィラも、やわらかくツヅを包みこむように抱き返した。

 「ごめんなさい、おばあ様……。私、どうしても……村に帰ってこられなかった。みんなを傷つけたのは、私だから……」
 「なにをいうんだい、ばかもの。ほんとにおまえは……ばかだね。なにもかわっていないよ」

 フィラは、震えそうな唇を固く結んで、咽び泣く祖母の背中を撫でた。ふいに顔を上げたフィラの臙脂色の瞳と、ロクは目が合った。

 「ここから先は私が話すわ」
 「いいの?」
 「……まさか、本当にこの村に辿りつけるとは夢にも思ってなかったの。だからかはわからないけど、なぜだか、話したくなったのよ。あなたたちに。……聞いてくれる?」

 ロクは黙って頷いた。

 「さっきの話の続きよ。私は、どうしてもウメやほかの白蛇様たちがかわいそうで……ウメを連れ出したの。そうしたら繁殖させられることはないと思った。なにより……私はウメのことが大好きだったから。ウメを傷つける領主たちの言いなりになるのが嫌だった。でも隠せるような場所が思いつかなかったら結局ウメを家に連れて帰って、そのとき家の中におばあ様と、村で仲が良かったハジって男の子と、もう1人セブンっていうちょっと年上の男の子がいたから、その3人には『このことはヒミツにして』って頼みこんだの」
 「え?」

 ロクは耳を疑った。危うく聞き流しそうになったその名前が、ある人物の顔を思い起こさせる。

 「どうかしたの?」
 「……」

 しかしロクは、その名前を口にはせず飲みこんだ。ロクの知っているセブンという男は、髪の色も目の色も臙脂色ではない。同じ名前であるというだけの別人だろう。そう思ったロクは、「なんでもない」と首を振った。
 フィラはふたたび話し始めた。

 白蛇の管理は村人たちの役割だった。領主の使いでやってきた人間に、村人たち自らが蛇を差し出すことになっていた。つまり、領主側の人間が、白蛇とウメがどのようにして柵の中で過ごしているかなどの事情を知ることはないのだ。
 まさかたった1匹しかいない雌蛇がいなくなり、どんどん白蛇が数を減らしているとも知らずに搾取を続けた領主側の人間は、当然のことながら驚愕した。気づいたときには、白蛇という種が、完全に絶ってしまったあとだった。

 「それで領主さんはどうしたの?」
 「……当然、すごく怒ったわ。怖かったけど、やってやった、っていう気持ちのほうがそのときは大きかった。……でも、甘かったのよ。私はヴィースのことを……領主っていう人間の怖さをなにもわかっていなかった」

 その日を境に、領主ヴィースは付き人を従えて村に訪れては、村人たちに暴力をふるうようになった。性別も歳も見境なく、1人捕まえるたびに呪いのように唱えていたそうだ。──「なぜだ」「なぜだ」と。
 そしてある日、怒り冷めやらぬヴィースによって身体中を痛めつけられたハジが、ついにフィラのことを話してしまったのだ。
 じゃあ、とロクが相槌を打つと、フィラは苦しそうに表情を歪め、俯いて言った。

 「……ヴィースに、見つかって、ウメも……家から引きずりだされて……私の、目の前で、」

 喉と、手脚とを震わせながら、フィラは必死に言葉を紡いだ。

 「ウメが、火に焼かれて、もがきながら、死んでしまったの」

 ロクは、自分の胸に息が閊えるのを感じた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.34 )
日時: 2018/09/24 12:27
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: zRrBF4EL)

 
 第031次元 君を待つ木花Ⅷ

 『……ぁ、いや……っ、やめて! やめてっ! ──ウメ……っ!!』

 血のような赤髪を引っ張り上げられ身体中を押さえこまれ、見せつけられたのは、渦巻く獄炎に溶けてなくなくなっていく、最愛の紅色だった。

 「そのときね」

 ウメのいた場所には、ただ黒い炭だけが残り、やがて火は消えた。フィラや村人たちが絶望する顔を眺めていた領主は、憤るように、嘆くように、高らかに嘲笑った。その笑い声だけが響き渡っていた。
 次の瞬間。

 『次元の、扉、発動』

 ──フィラの中にある"扉"が、音を立てた。

 炎を抱いた瞳が、蛇のように、領主の顔を睨んで離さなかった。

 『"巳梅みうめ"──っ!』

 フィラがそう叫ぶと、突然、空気が震動した。砕け散った大地の底から、
 "紅色の大蛇"が、けたたましい産声をあげて君臨した。

 滝のように流れ落ちる大地の破片を浴びながらフィラが見上げれば、そこには、なくしたはずの梅色が牙を剥いていた。

 『──え……?』

 大蛇が地面に噛みつき、村人たちは悲鳴をあげて、フィラのそばを離れていく。伸ばした手も虚しく、フィラは目を閉じ、耳を塞ぎ、その場にしゃがみこんだ。彼女の泣き声を掻き消すように、大蛇は甲高く啼き続けた。

 悪夢のような一夜は、終わりを告げると同時に少女を攫っていった。

 「フィラさん……次元師、だったんだ」
 「……そうよ。でも私、それから村の人たちといっしょにいるのが怖くなって、逃げるように村を出たの。私のせいでみんなを傷つけたから……。だから、ここへもずっと戻ってこられなかった」
 「じゃあ、いまこの村で起こってることは……」
 「……。知って、いたの。でも……みんなが苦しんでいるのを知っていながら、みんなに拒絶されるのが怖くて、ずっと、そのまま……」

 いまにも泣き出しそうなフィラを見かねてのことか、黙っていたツヅが口を開いた。

 「りょうしゅ様は、その日のいかりをわすれられませんで、さっきのかじつをつかってさけをつくるよう、われわれにめいじました」
 「! お酒……」

 ロクはローノでの話を思い出した。ベルク村で造られている酒が美味と評判で、支部にいた男性隊員たちが盛り上がっていた。こんな山奥にある村の事情を知っていたのは、その酒がひっそりと取引され、世に出ているからだろう。

 「つぐなえ、とおっしゃったのです。このさきもえられるはずだった、ざいさんを、うばったつみを……つぐなえと」
 「償えって……! そんなの、悪いのはぜんぶ、領主さんじゃないの!?」
 「……いまはそういうじょうきょうなのです……。われわれがさけをつくるかわりに、さくもつやみずなども、まえよりはおおくはいきゅうされるようになりました。……が、そのりょうはとても、たりていません。みな、やまいにたおれたり、やまをくだったりして……いなくなって、いっているのです」

 ロクは、ぐっと拳を握りしめた。腹の底から湧いてくる感情は、この村に住まう人間たちが持つ──燃えるような赤色に似ていた。
 我慢できず、ロクは立ち上がった。

 「フィラさん! あたし、やっぱり行く!」
 「い、行くって……どこへ」
 「決まってるじゃん! ──領主の顔を、ぶん殴りにいくんだよ!」

 ロクは隊服の袖から腕を伸ばし、強く拳を握ってそう告げた。決意を孕んだ新緑の瞳が、フィラに降り注ぐ。

 「そんな……あなたには、なにも」
 「……そうだね。関係ないかもしんない。でも、そういうんじゃなくて、いやなんだ。あたし、ほっとけないんだよ! この村の人たちも……フィラさんのことも! だからあたしが行ってくる。なにも返ってこないかもしれない。……失ったものは取り戻せない。でも……それでも! あたしが許せないんだ!」

 フィラはなにかを言おうとしていたが、ロクが遮って続けた。
 
 「だからフィラさんも、いっしょにいこ!」
 「……だ、だめよ、私は……」
 「次元師なんでしょ? 領主のこと、許せなくないの!? フィラさんの家族を……村の人たちを苦しめてきたんだ。ずっと! そんな人を、フィラさんなら……──」
 「あの子なのよッ!」

 思わず大きな声をあげたフィラに、ロクは一瞬肩を震わせた。
 
 「……あの子なのよ、私の、次元の力は……。まちがいなく、──ウメなの……!」
 「そ、そんな……ちがうよ! そんなはずない。次元の力と、ふつうの生き物はちがうよ、フィラさん!」
 「ちがわないわ! あんな、紅色の鱗の、蛇……ウメじゃないなら、なんだっていうの!? ……私はもう、あの子を傷つけたくない……っ!」
 「フィラさん……」

 これ以上はなにを言っても聞く耳を持ちそうになかった。ロクは一度だけ目を閉じて、そっと瞼を持ちあげた。
 
 「待ってるよ」
 「……だから、行かないって……!」
 「ちがうよ。次元の力が……『巳梅』が、きっとフィラさんのことを待ってるんだ」
 「え?」

 ロクはフィラの横を通りすぎて、入り口から外へ出ていった。

 フィラはゆっくりと立ち上がり、歩きだした。無意識にロクのあとを追っていて、家の入り口からこぼれる、陽の光に誘われた。
 入り口から外の景色を見た、そのとき。
 
 「フィラ!?」

 家のすぐ外にいた男と、目が合ってしまった。

 「フィラ……いきてたのか!」
 「ほんとうだ! フィラ!」
 「え? フィラ?」

 次から次へと、フィラの存在に気づいた村人たちが、彼女の周りに集まってくる。フィラの顔がみるみるうちに真っ青になっていく。

 「……み、みん、な……」
 「フィラか? ずいぶんせがのびたな」
 「かえってきてたのか」
 「どこいってたんだよ!」

 有象無象の声たちが、フィラの鼓膜に突き刺さる。ほとんど聞き取れなかった。自分の内側にこもって、フィラは弱々しく声を出した。

 「……。ごめん、なさい。私が、私があの日、ウメを連れ出さなかったら、みんなは……」

 フィラの目が、逃げるように下を向いた。周りとはちがう色をしているようで恐ろしかった。
 彼女が片足を退いたそのとき。

 「なにをいってるんだ?」

 視界が、はっと持ち上がった。13年前、村から出ていった日となにも変わらない臙脂色が、目の前に広がっていた。

 「おまえのせいじゃないよ、フィラ!」
 「ばかだなあっ、おまえは!」
 「あんたは……この村の誇りを、白蛇様を守ろうとした。みんな死んでしまったけど、金のために、むりやり繁殖させられる白蛇様をたすけたんだ。ウメ様のことだって」
 「みんなおまえに感謝してるさ」
 「つらいことなんかなにもない!」
 「おまえはよくやった……! おまえは、この村の誇りさ!」

 1人の男が、フィラの頭に手のひらを乗せた。ぐしゃり、と髪色を掻き回される。目元の臙脂色が、涙で淡く滲んだ。

 「……わ、たし……私……っ」
 「もどってきたんだな……。つらかったな、フィラ」
 「──……っ」

 涙が止まらなかった。拭っても拭っても、それは決して枯れないものだと思っていた。見上げれば頬から落ちて、だれかが拾ってくれる。ばかだな、と笑ってくれる。そうしたら涙の跡は残らないだなんて知らなかった。──初めから、逃げる必要などなかったのだ。
 フィラは喉を躍らせて、子どものように泣き声をあげた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.35 )
日時: 2018/09/07 20:40
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: pzCc2yto)

 
 『……うっ、ウメ……ウメ、わたし……わたしのせいで』

 まるで、自然災害にでも直面したかのような風景が村に広がっている。でもそれは間違いではなかった。家屋の多くは潰れ、村を囲う木々も根から折れ、子どもが遊ぶ玩具のように転がっている。異なる点があるとすれば、この惨状を呼んだのが自然ではなく──非科学的で未知なる力であるということ。
 倒れた樹木のそばで、少女はずっと泣いていた。「ウメ」と「なんで」と、「わたしのせいで」という言葉を、夜が明けるまでしきりに繰り返していた。
 朝の訪れを告げる仄かな橙色は、荒廃した大地にも温かく降り注いだ。目を覚ました少女は、真っ赤に腫らした目で村を見渡して、それから静かに背を向けた。
 日の出の光を受けて、少年は立っていた。

 『フィラ、行くのか』
 『……だって。わたし、もうここには……いられない』
 『じゃあ俺もついてく』

 少年は手を差し伸べてそう言った。呆然とするフィラの手を、少年はそっと掴んだ。

 『だから行こう。……フィラ』

 ──2人の少年少女は、そうして、故郷をあとにした。



 「いっ!」

 机の上に額をぶつけた衝撃で、セブンは目を覚ました。あいたた、と頭を擦りながら首を起こす。いつもとなにも変わらず班長室内は静まり返っていた。

 「……。懐かしいものを見たな」

 肘をすこし動かしたそのとき、机の上からはらりと紙が落ちた。身体をかがめて、椅子に腰をかけたまま紙に手を伸ばす。掴み上げたその書類は、ルイルとガネストの入隊申請書だった。希望配属先は『戦闘部班』と記述されている。

 「……」
 
 セブンは、薄黄色の目を細めた。

 (──あれから、13年か……)

 途端に熱を帯びた喉から、息ひとつ吐き出すのにも、痛みが通った。


 第032次元 君を待つ木花Ⅸ

 村の一端から、整備された一本道が伸びていた。手入れが行き届いていることから、この道が領主の住処へと続いているだろうとロクアンズは思った。睡眠も食事も摂り、充分に回復した身体は軽く、ぐんぐんと林道を走り抜けていく。

 「道は合ってるんだろうな」
 「! え、レト!?」

 聞き慣れた声が降ってきた。同時に、木の上から飛び降りたレトヴェールが、道の真ん中に着地した。ロクはゆっくりと速度を落とし、レトに近づいた。

 「レト、起きてたの?」
 「まあ」
 「体は? もうだいじょぶなの?」
 「うっせーな。心配すんな」

 レトは、腕をぐるりと回した。相変わらずの憎まれ口と、顔色の調子もよくなっている。

 「よかった~」
 「それよりロク、おまえ領主のとこに行ってどうする気だ?」
 「どうするって……ぶん殴ってやるんだよ! そんで山の麓まで引きずってく!」
 「……。俺、気になってることがあるんだけどさ」
 「なに?」
 「どうしてこの山に、水源がないのかってこと」

 思いもよらない方向から話が飛んできて、ロクはきょとんとした。

 「水源?」
 「ここへ来るまでに、俺たちは1度も川や湖を見かけなかった」
 「そりゃあ、たしかに不思議だったけど……でも領主さんのこととは関係なくない?」
 「──その領主が、水源を独り占めしているとしてもか?」
 「!」
 「おかしいと思わないか? こんな水源も少なくて、大した利益もあげられそうにない。あるのは生い茂る森と、人が過ごしにくい地形、そして人口の少ない村……。ここを治めたいなんて、ふつうだれも思わない」
 「……たし、かに」
 「でもベルク村の領主はこの土地を選んだ。それは、水源が確保できたってことの裏付けにもなる。まあこの森にある植物たちが土地の乾燥に強いっていうのもあるかもしれないけど、水がないんじゃふつうここまで広がらないだろ。だから水源は、どこかにぜったいあるんだ。それも大きなやつが。村に最低限の水を配給してるらしいしな」
 「海の水じゃない? 近くにあるんでしょ?」
 「元はそうだろうけど、ちがうな。水を運んで歩けるほどやさしい山じゃないし、一度に運べる量だってたぶんそんなに多くない」
 「じゃあっ、どこから?」
 「……領主の、家の下じゃないかと、俺は思ってる」
 「え!?」

 レトは、辺りを見回してふいに歩きだした。木の麓に落ちていた枝を拾うと、ロクのもとに戻ってくる。
 枝の先で地面を引っかいたと思えば、がりがりと砂を削り、なにやら図のようなものを描いていく。

 「これを仮に家とする。そんで、水源は……家からちょっとずれたとこの、ずっと真下」
 「え、なんでそんなとこに?」
 「森の中に動物らしい動物がいなかっただろ。でも、川も湖もないこの山ん中でたしかに植物は生きてる。だから地面の下に水が流れてて、そこをあえて掘り起こしてないんじゃないかって思ったんだ。村の人たちにバレたら、その水をとられちまう可能性もある。もちろん海も近いし」
 「でも、なんで領主さんが住んでるとこの真下に、それも大きなやつがってわかるの?」
 「……それは……まあ、まだただの予想だけど。でも、この山に目星をつけた時点で水のことはしっかり調べただろうし、そしたら一番太い水源の近くに自分家を建てるのは当然っていうか……」
 「なるほど」
 「……。でも、なんで、村の人たちは領主の家に殴りこんだりしないんだろうな」

 (数で押しかければ、なんとかなるんじゃないのか? いや、領主側にどれくらい人間がついてるかにもよるか……──)

 レトは眉をひそめ、手に持っていた木の枝をぽいっと投げ捨てた。手のひらにくっついた砂粒を払う。

 「仕返しとかされちゃうんじゃないかって、怖がってるんじゃないかな? ……だって昔も、領主さんを怒らせたとき、村の人たちは暴力を振るわれたって言ってたし……」
 「……水がほしいなんて言ったところで追い返されるのがわかってるから、あの手紙を持って山を下ったんだ。その線が濃いだろうな」
 「? あれ、でもレト、なんでさっき水源の話したの?」
 
 レトはすこしだけ黙ったのち、小さく口を開いた。

 「領主の家に行くんだろ。地下に水源がある。……領主ぶん殴って、ついでにそこなんとかすりゃ、村の人たちにもっと水を渡してやれるんじゃないかって、思っただけ」

 いつも通り無表情でそう告げたレトだったが、その口調は淡々としていなかった。答えを小出しするみたいに、しどろもどろになりながら口にした提案によって、ロクの表情が途端に明るくなる。

 「いいじゃんそれ! すごいよレト! そうしよう!」
 「大声を出すな、うるせ」
 「やろう、レト! 2人で、村の人たちを助けるんだ!」

 ロクが力強く意気込むと、レトはそれに応えるようにこくりと頷いた。2人の瞳におなじ色の光が灯る。地面に描いた、ただの線で繋げただけの絵を蹴飛ばして、2人は山道を駆け上がっていった。
 
 
 


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