コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.18 )
- 日時: 2018/06/29 11:19
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: g47nDRMH)
第015次元 海の向こうの王女と執事Ⅸ
「うん! じゃあ行こう、ガネスト!」
ロクアンズは、にっと眉と口角を吊り上げた。
「あなたの、躊躇の欠けた行動には度々驚かされます」
「え?」
「いえ、忘れてください」
「……あ! ああ、ごめん! 勝手に飛び降りちゃって。窓割れてたし、てっきりこっから連れ去られたのかと思って……冷静に考えてみれば、窓を割ったのは罠かもしれなかったよね!?」
「……。いや、おそらく本当にここから連れ去ったのだと思います。王城の外も中も惜しむことなく人員を配置していますが、唯一、ここからの一本道だけ警備が手薄なんです。城内へ物資を運ぶための運搬経路になっていますし、ちょうどこの時間はその運び出しに番役の人間も使っているはずですから」
ロクは前方を見やった。城壁と同じ質の石で造られた壁がある程度の幅を置いて向き合い、それに沿って草木の鉢が一直線にずらりと並べられている。そうして作られた一本道が、ずっと先まで続いている。
「なるほどね……。それに、よく見たら車輪と蹄の跡があるよ。ここを通っていったってことで、まちがいないみたい」
「……」
「ねえガネスト、この近くで馬を借りられるところない? 走ってちゃ追いつかない」
「こっちの道を行くと、すぐに保管庫があります。そこに何頭か、馬を置いているはずです」
「よし!」
ガネストは右手のほうへ、指先を向けた。彼が指し示した方向に従ってロクは走りだす。
ガネストの言う通り、通路を進むとすぐに保管庫へ辿り着いた。王城の外から運ばせた物資を通す関所のような場所だった。文字通り保存の利くもの、たとえば米や土などといった大量の物資を一時的に置くのにも適応している。
小さな厩舎が見えて、ガネストとロクはそこへ駆けこんだ。保管庫で仕事をしていた人間の中には、ルイルの失踪を知らない者もいたために、庫内は騒然とした。
ガネストが事情を話すと、保管庫を取り締まっている代表の役人が快く馬を貸し出してくれた。お礼を言い、彼は一頭の馬を引いてロクのもとに戻ってくる。
「あっごめん、もう一頭貸して!」
「え? あなた、馬を扱えるんですか?」
「一応ね! ……レトほど上手じゃないんだけど」
「?」
不思議そうな顔をしつつも、ガネストは役人に頼みこんで馬をもう一頭借りることに成功した。
ガネストとロクは慣れたように馬に跨った。まだ年端もいかない二人が悠然と手綱を引き、勢いよく馬を発進させたその背中を見て、役人たちは呆気にとられていた。
「さっ、急ごうガネスト!」
「はい」
よく馴らされた地面を、蹄が強く蹴り飛ばす。一本道を颯爽と奔り抜けていく。すると、だんだんと壁の端が見えてきた。その先は森になっていて、林道が続いている。
「車輪の跡が続いてる! まっすぐだ!」
「……目が良いんですね」
「まあね! 田舎育ちだし……それにほら、片目しか開いてないし!」
「……」
ガネストには気になっていることがあった。きっと、彼女に初めて出会う人間ならだれしもが、一瞬は意識する。
傷で塞がれた右目のことを。
彼女はぱっちりした大きな目をしている。しかしそれは左目だけで、もう片方の右目は、瞼を真っ二つに分断するような傷跡が走っていて、固く閉じているのだ。
「これね、拾われたときからあったんだ」
「!」
「気がついたらこうだった。だからどういうわけで、こんな傷があるのかもわかんない。でもあたしにとっては物心ついたときからこうだから、ぜんぜん気にしてないんだけどね。……ほとんどの人は驚くだけで触れてこないんだけど、たまに聞かれるんだ、『その目どうしたの?』って。そのときはいっつも、『事故でまちがって切っちゃって』って答えちゃってるよっ」
へへっ、とロクが笑う。まるで心の内をそっくり覗かれたようだった。それほど、欲しかった答えが明確に返ってきた。
口にこそしないが、初めて見たとき、それを気味悪いと感じた。しかし、彼女の容姿や第一印象であったり、数々の行動であったり、他国からやってきた研究機関の次元師というレッテルは、いつの間にか取り剥がされていた。ここ数日を経て彼女の内側にあるものに触れたために、ガネストは、その右目を気味が悪いなどとは思わなくなった。
ガネストは顔の向きを前方に戻し、緩やかに視線を下げる。と、そのとき。
ロクが、あ、と声を上げた。
「ガネスト、見て! 荷馬車だ!」
「……!」
くっと顔を起こした。前方に揺れているのは、たしかに荷馬車だった。荷台のスペースに骨組みを立て、布をかけている。その四角い空間の中までは覗けないが、車輪の具合や薄汚れた布から察するに、──盗賊の部類だろうと思えた。
「次元の扉、発動!」
バチッ──と、空間に電気が奔る。はっとしてガネストが横を向くと、
「──雷皇!!」
ロクがその名を叫んだ。瞬間、彼女の全身から雷光が弾け飛ぶ。非科学的で、超次元的な力──次元の力を、目の当たりにする。
「……!」
「雷を操る次元の力だよ。お菓子作りも楽器も苦手だけど、あたしはこっちでなら戦える!」
ロクが、手綱を打ち鳴らす。馬は加速し、荷馬車との距離をぐんぐん詰めていく。
天上を覆う雨雲に、絶好の天気だ、とロクは呟いた。
その灰色の背中が遠ざかると、ガネストは真っ青な顔で声を荒げた。
「ッ! ロクアンズさん!!」
「──五元解錠!」
しかし、ガネストの声はロクの耳に届かなかった。
「雷撃ィ!!」
翳した右の掌から、膨大な量の雷が放たれた。荷馬車へ向けて一直線に駆け抜けていく閃光だったが、わずかに導線が逸れ、転がる車輪の表面を撫でるに終わった。ぽろりと、車体から小さいなにかがこぼれ落ちるのが見えた。
「あれ? 失敗しちゃった……。車輪外すつもりだったのに」
「──なにを考えてるんですか、あなたは!!」
「!」
突然、ガネストが馬に乗ったままロクの目の前に飛びだしてきた。ロクはびっくりして、自分も強く手綱を引いて馬を急停止させる。
ロクは、物凄い形相で睨んでくるガネストにぽかんとした。
「が、ガネスト?」
「すこしは考えて行動しなさい!! あんなことをして、もしもルイル王女殿下の身になにかあったら、どう責任を取るおつもりですか!? 賊から取り返すことができれば、彼女の身体はどうなっても構わないというんですか!!」
「え? いや、そんなつもりじゃ」
そのときだった。
狼狽えるロクの額に、──カチャッと、銃口が向けられた。
「たとえあなたでも、ルイルを傷つけることは絶対に許さない」
真黒の装甲。彼の髪や瞳と同じ海の色で、細い線のようなデザインが走っている。ガネストはこれまでになく冷酷極まりない目つきで、いまにもロクの額を撃ち抜かんとしている。
しかしロクは、恐れを上回る"ある予感"に、支配されていた。
──それが、超次元的な匂いを漂わせている、と。
「……ガネスト、あなたもしかして……」
「……」
ガネストは、そっと銃を下ろした。そして自分の腰元から提げたホルダーに収める。
「急ぎましょう。ここで言い争うのも時間の無駄ですから」
「みんなには言ってないの?」
「……僕の務めは、ルイル王女殿下をお守りすることです。それ以外に役目はありませんし、それ以外の能力を、ひけらかしたいわけではありません」
ガネストは手綱を操り馬を前に向かせると、荷馬車が消えていった道の奥に視線を戻した。
「ともかく、夜が更ける前に急いで馬を走らせましょう。これ以上暗くなると見失ってしまいます」
「たぶん遠くまで行ってないと思うけどね」
「は? どういうことです?」
「車輪の一部っぽいものが外れるのを見たんだ。一瞬、ガタッてなって、そこから運転が不安定になったのを確認した」
「……ということは」
「案外近くで、ウロウロしてるかもね」
ガネストは口元に手を持っていき、すこし考えるような仕草をした。そして、あることに気がつくと真っ直ぐにロクを捉えた。
「この近くに、いまはもうだれも住んでいない古い屋敷があります。大きな屋敷で目立ちますし、あなたの推測が正しければ、おそらく……そこで往生しているかと」
「! じゃあ!」
ガネストは頷いた。二人は前を向くと同時に、手綱を唸らせる。
先に駆け出したガネストの後ろ姿と一定の距離を保つロクは、その背中を見つめながらつい先刻のことを思い出していた。
『すこしは考えて行動しなさい!!』
声の主や文字並びにちがいはあるが、かけられた言葉は、彼が自分に対してよく言っているものそれ自体だった。
(……──同じようなこと、レトにも言われてるな)
流れても流れても濃灰の空が晴れることはなく、月明かりのない道の上を探るように駆け抜け、ロクの脳裏ではその言葉が繰り返し再生されていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.19 )
- 日時: 2018/12/12 23:57
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Kkmeb7CW)
第016次元 海の向こうの王女と執事Ⅹ
森の匂いがした。そんな中を、ガタガタと不安定な足取りで突き進んでいく。どこへ向かっているのかは知らなかった。なぜ連れ出されたのかも、わからなかった。
ルイルは真っ暗闇の中、ただひたすら震えていた。1時間ほど前、施療室で目を覚ましたばかりのルイルにはほとんど意識がなかった。視界がはっきりしてきたその途端、布のようなものに目と口を覆われ、抗いがたい強い力に四肢を押さえつけられ、すぐに気を失った。
ゆっくりと意識を取り戻したとき、全身がぎしぎしと痛みだした。ときおり身体が上下に揺れて、そのたびに近くから男の声がした。1人じゃない。数人だった。
あまり記憶にはないが、おそらく馬車のようななにかの中にいるのだろうと思った。
「くっそ……さっきのはなんだったんだよ? 一瞬攻撃を受けたよな? テント張ってるせいでよくわかんなかった」
「おそらく追手だろうが、銃撃か?」
「おいおい、俺たちはともかくこの国のやつらは銃なんか持ってねぇだろ」
「……よく考えたら、なんか、バチッて音がしなかったか?」
「は?」
「電気だよ。雷みたいな、低い音もした!」
運転手と、目の前で会話をしている2人を合わせて最低3人はこの場にいる。低くて荒々しいので男だということはわかるが、声が似通っていてそれ以上のことはわからない。
ルイルは、底知れぬ恐怖を感じていた。声も出せず、涙を堪えて、ただ小さな身体を震わせていた。
(……──ガネスト……)
いまはただ祈るしかない。ルイルは、胸の中で何度も何度も彼の名前を呼んだ。
「とにかく、もうこんな時間だし今夜は留まったほうがいい。近くに使われていない屋敷がある。そこで夜を明かそう」
*
ガネストの想定通り、荷馬車を走らせていた一行は屋敷に着くなり歩を止めた。
ガネストとロクアンズが遅れて到着すると、ちょうど荷馬車の中から人が出てくるところだった。
見た限り全員男だった。その男たちのうちの一人が、目と口を塞がれたルイルを引き連れて屋敷の中に入っていくのが見えた。
「ルイル……!」
小さな身体はすぐに消えてしまった。ガネストが眉を寄せ、拳を震わせているのを見たロクは、息をひそめた。
(──いったい、どうすればいいんだろ……)
考えて行動をしろ。
もうすこし作戦を練ってから。
──おまえはいつもいつも……!
──もしもルイル王女殿下の身になにかあったら、どう責任を取るおつもりですか!?
頭よりも先に身体が動く気性だということは自覚している。多少の自己犠牲は考慮の上で行動をしているし、実を言うといつも被害者は出さないように計算だって踏まえている。だから器物や自然物が多少損害を被ることはあっても、大きな災害にまで至ることはなその場が収まっているのだ。
しかし、目的のルイルが目と鼻の先にいるというのに、身体が鉛のように動かなかった。
(……どうすればいい? ルイルに被害が及ばないように『雷皇』で攻撃をしかける? いや、屋敷の中なんてどこにだれがいるか把握できないし、空間が狭い。今夜はとくに湿気が多いから電気の通りも良すぎる。なにが起こるかあたしでも想定できない。ルイルのことは傷つけないように……やむを得ない場合、賊たちには傷を負わせることも考えるけど……でも、)
ロクは懸命に考えた。思いつく限りの作戦をぶつぶつと述べてみる。こういう作業はいつもレトヴェールの仕事だったために、彼の指示に従って動いてきただけのロクは難色を示した。
(こういうとき……レトなら、どうする?)
迅速に指示を飛ばしてくれる義兄はいない。自分がやらなければならない。そう理解した。
しかし、いくら思考を張り巡らせても妙案は浮かんでこなかった。そればかりか焦りが着々とこみ上げてきている。
眉をひそめ、唇を噛み、思案に耽っていたロクの肩に、ぽんっと手が置かれた。
「大丈夫ですか?」
ロクは我に返った。心配しているのか、訝しげにこちらの顔色を窺っているガネストと目が合う。
なにかがしぼんでいくような気がした。
「……」
「ロクアンズさん?」
「……ごめん。そうだ。あなたもいるんだった」
「?」
ガネストは小首を傾げた。ロクがなにを言っているのかよくわからなかったため、彼はとくに返事をせずに小声で話しはじめた。
「今回の誘拐がなんらかの目的によって行われたのだとしたら、考えられる理由は2つです。1つは、身代金の要求です。王族の人間をさらえば、それだけ交換条件で高値を提示することができます。賊であるならばなおのこと。そしてもう1つは、ルイル王女殿下が子帝になられることを、望まない分子による犯行か」
「ルイルが王様になることを、嫌がってるってこと?」
「そうです。ライラ王女殿下の支持派、つまり生前に王女殿下と親交のあった者による反乱である可能性もあるということです」
「その場合……ルイルの身は、かなり危険だよね?」
「……そうですね。向こうの怒りを買ってしまえば、なおのこと危険性が高まります」
「……」
悠長にはしていられない。ロクはふたたび頭を捻った。
ルイルを傷つけてはいけない。犯罪者といえど、被害は最小に抑えるに越したことはない。さきほどの一撃で、もしかしたらロクの手の内はバレてしまっているかもしれない。
──が、
ガネストのことは、その存在すらも、認識されていない可能性が大いにあった。
「……!」
「なにか浮かんだんですか?」
ロクは返事をせずに虚空を見つめていた。
そして、ようやく、彼女はふっと笑みをこぼした。
「……よし。これでいこう!」
「どのような作戦ですか?」
「ガネスト、銃を扱うのは上手いの?」
「ご命令とあらば、狙うも外すも」
「暗闇の中でも?」
「……もちろん」
「そうこなくっちゃ!」
ロクは口の端を吊り上げた。そしてガネストに耳打ちをすると、彼はすんなりと頷いた。
「1分ね。屋敷に入ったところで、1分したら作戦開始。いいかな?」
「異論はありません」
「……じゃあ、いくよ」
2人は頷き合うと、体勢を低めに、同時に屋敷へ向かって走りだした。
屋敷の門の前には、1人の男が見張りとして立っていた。
崩れかけた塀の影に隠れ、様子を伺う。きょろきょろと辺りを見回していた男が、ふいに後頭部を見せた。
ロクが駆けだす。
男は緩慢に首を回して、こちらを向いた。すると男はロクに気づき、目を剥き、声を上げるよりも先にロクの右手が──バチバチッと雷を携えていた。
「うっ!」
雷を纏った手で、ロクは男の首を鋭く叩いた。電流のショックと手刀の効果が及んで、男はその場に倒れこむ。
ロクがこくりと頷くと、ガネストが音も立てずにゆっくりと扉を押し開けた。ガネストは中を一瞥し、だれもいないことを確認すると吸いこまれるように屋敷の中へと消えていった。
さあ、作戦開始だ。
ロクは気合を入れ直し、その場から移動した。入口からすこし離れた位置に足を落ち着かせると、屋敷の大きな窓の奥に潜む、数人の男の影を見上げた。
扉から入ってすぐの広間には、人の気配がなかった。屋敷の中は蝋燭で明かりを保っているのだろう。全体的に薄暗く、古い建物なだけあって空間自体が寂れている。
左手にうっすらと半螺旋状の階段が見えた。2階は、すこしだけ明かりが強い。置いている蝋燭の数が多いのだろう。ガネストは足音を完全に殺し、階段に近づいた。
「ちっ。また降りだしたな。小雨程度だが、明日には晴れといてほしいもんだ」
「そうだな」
「ところで今回の……ほんとにこのガキを連れ去るだけでよかったのか?」
「ああ。金は弾む」
「素性も明かさねえし、変な服は着せるし、謎だらけだよなあんた」
「どっかのお偉いさんだったりして!」
「なるほどな! いや~あんた、バレたら首跳ね飛ぶんじゃねえの?」
「お前たちは余計な心配をせず、ただ従っていればいい」
数は、気配からしても3人。ルイルを除いた数だ。彼女はというと、おそらく左手側にいる男に捕まっている。隙間風のような浅い息が聞こえてくるのはその方向からだけだ。それに左手側にいる男だけが喋り口調に負荷がかかっているように思えた。ほかの男は屋敷に着いて安堵の息が混じっているので、その差は歴然だ。
ガネストは息を殺す。そのときをじっと待つ。胸元のベストの内から一丁の銃を取り出し、構えたその瞬間。
──轟音を連れた落雷が、眩い光を放ち、窓硝子を叩き割った。
「な、なんだ!?」
「雷だ! すぐ近くで! が、硝子が……!」
「うッ、うそだろ……!? さっきまで小雨」
雷光が失せ、もとの暗闇に戻った、その瞬間。
「──ッうああ!?」
「!? ど、どうした!?」
銃声が響いた。
外界からの風の暴力によって蝋燭の火が一気に消え失せ、間髪を入れずにもう一度、乾いた音が空間を駆け抜ける。
「ぐあッ!!」
「お、おい! ……な、なんだ……!? だれだッ!! いったい、何者だッ!?」
またしても、窓が力強い光に包まれる。雷独特の重低音が響く。一瞬だけ、身の回りの景色が明るくなる。
骨張った腕でルイルを抱えていた男は、ガネストの蒼い双眸と、目が合った。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.20 )
- 日時: 2018/07/05 07:33
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: AxfLwmKD)
第017次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅠ
「っ、な……! お前か!!」
男は、ルイルを抱えていないほうの右手で素早く銃を抜き、そのまま発砲した。
驚くよりも先に、ガネストの手から一丁の銃が弾け飛ぶ。刹那、ガシャン、と音を立てて銃は闇の中へ落下した。
「はっ……。悪あがきはここまでだ」
カチャリ。装填音とともに、銃口を向ける音がしたと認識した。
男は、ガネストがいたほうへじっくりと歩み寄る。引き金に指をかけた、まさにその瞬間。
「どこを向いているんですか?」
男の背後から、声がした。
「次元の扉、発動────『蒼銃』!!」
詠唱と──"二発"の銃弾が、容赦なく向かってくる。
右肩が撃ち破られた。
「ぐあッ! な……っ、なん……!?」
抱えていたルイルを咄嗟に放し、穴の開いた右肩を左手で掴んだ。その隙にもう一発。太腿に撃ちこまれた男は、ぐしゃりと膝を崩し、呻くとともに気絶した。
ガネストは二丁の銃をくるりと回し、ホルダーに収める。
へたり、と。腰を抜かしたルイルが、その目に当てられた布越しにガネストを見上げていた。
「……ガネスト?」
彼女はすこしも躊躇うことなく、彼の名前を呼んだ。
「が、がね……ガネスト……っ!」
ガネストはルイルの傍に近づくと、跪いた。
ルイルの目元を覆っていた布を丁寧にほどく。
「はい。……ルイル」
布の内側から現れたまんまるの瞳から、大粒の涙がぼろぼろとこぼれていく。
「ガネスト……! るい、う、ルイル……こわ、ったよ……こわかったよ……っ!」
「……遅れて申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」
ガネストは、そっとルイルを抱き寄せた。赤子のように泣き、ひくりと震える彼女の背中をぽんぽん叩く。彼女も小さな手を伸ばし、彼の服をにぎり返した。
気絶した男たちを捕縛し、1階の広間にごろりと転がす。せっせと動くロクアンズとガネストの姿を、ルイルはぼんやりと眺めていた。
「これで全員ですか?」
「うん。外には1人だけだった。あとは全員中にいて、あなたが片付けたでしょ?」
「そうでしたか……」
「……守る力だよ。次元の力は」
「え?」
新しく用意した蝋燭の一本一本に、ロクは火を灯しながらそう言った。
「人類を超越する力だとか、戦争の兵器だとか……そういうのでもなければ、だれかにひけらかすためのものでもない。次元の力は、大切な人を守れる力なんだ」
ガネストは、ふいにルイルに目をやった。急にガネストと目が合い、ルイルはどきっとして肩をこわばらせた。
「……そうですね」
ガネストは柔らかい笑みを浮かべた。いままでにない彼の表情が垣間見えて、ロクはにやっとした。
「ほんとはそういう顔なんだ~」
「! い、いえ、べつに」
「いいと思うよ、あたし! そっちのほうが、鬼みたいな顔よりぜーんぜんっ」
「お、鬼?」
「……王女様とかってさ、あたしたちとは身分がぜんぜんちがうじゃん。でもだからこそ、突き放したりしたくないんだ。……一番そばで、味方になってほしい」
「……」
「そりゃ難しいかもしんないよ? どうしたって対等じゃないし、周囲の目もあるし。でもそういう、いろんな壁を越えて笑い合えたらさ、だれにも邪魔できない、無敵の関係になれると思わない?」
ガネストは、しばらくロクの顔を見つめ返したのち、目を伏せた。
幼いからといって甘やかしてはいけない。正式な任が下されたとき、そう心に決めて、それ以前の自分は捨てた。
それが、王族であるルイルのためだと思った。
しかしそうではなかった。思い返してみると、ルイルが部屋に閉じこもってしまったのも、城の中に味方がだれ一人としていなくなってしまったからなのではないかと思える。
ガネストは長く息を吐いた。
(僕はルイルの居場所を……自分から無くしてたんだな。ルイルのためと言いながら、ルイルのことを一番見ていなかったのは……僕だ)
ガネストの青い瞳が、蝋燭の火が灯ったように赤く煌めいた。
ロクはそれ以上なにも言わず、蝋燭台を手に取って拘束された男たちに近寄った。火の明かりによって照らされた男たちの姿を、ロクはまじまじと見つめる。
「ん~……。ねえ、ガネスト。この人たち、本当に賊なのかな?」
「え? どうしてで──」
急に声をかけられ、なんとなく男たちの傍に歩み寄ったガネストだったが、その途端、彼は大きく目を見開いた。
「……これは……」
ガネストの頬に、冷たい汗が伝った。背筋にひやりとしたものが走る。足元に置いてあった灯篭の一つを持ち上げ、男たちの着ている服を明らかにすると、青い瞳が訝しげに細められた。
「……ルーゲンブルムの、兵服です」
「えっ!?」
ロクは、数日前の船上での話を思い返した。
コルドが言うことには、アルタナ王国と相反する『ルーゲンブルム』という国が森の先にあり、その国の人間が、アルタナ王国のライラ第一王女を事故に見せかけて殺害したのではないかと推測されている。
今回ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムの仕業とわかれば──まちがいなく、アルタナ王国は兵を動かし、ルーゲンブルムに攻め入るだろう。
「待ってガネスト! ちがう!」
ロクは、1人の男の服を乱暴に引っ張り、自分のほうに向かせた。目を瞑り眉をひそめていた男は、その衝撃によって徐々に意識を取り戻し、目を開けた。
「……やっぱり! この人、あたしたちを船着き場から城に案内してくれた、騎士の人だ!」
「っ!?」
ガネストは驚いて、その男の顔を覗きこんだ。男は、サッと血の気が引いた顔で、わなわなと震えながらロクを凝視した。
「あっ、ああ……」
「なんで、アルタナ王国の騎士さんが、敵国の兵服なんか……!」
「……だれの指示ですか」
「……な、なんのことでしょう」
「いったい、だれの指示でこんなことをしたんだと聞いてるんです!!」
ガネストは男の胸倉を掴み上げ、怒鳴りつけた。男は震えながらなお、顔を背けた。
「言えないのですか?」
「……」
「ルイル王女殿下を目の前にして、真実が申せないというのですか!」
「……罰してください」
男は小声でそう呟いた。なにかに怯えるように、俯き、震え、喚いた。
「いっそ殺してください! 私にはなにも申し上げられません……! ……どうか……どうか、不忠なこの私を、罰してください、ルイル王女殿下!」
嗚咽が、弱々しく床に叩きつけられる。男はずっと泣いていた。これ以上なにを聞いても、答えなど返ってこないだろうと推測した。
ロクはとてつもなく困惑していた。
目の前でなにが起こっているのか、まったく理解が追いつかなかった。
ルーゲンブルムという敵国の服を、なぜアルタナ王国の人間が身に着けているのか。追い詰められてなお、なぜこの男は事に至る経緯を白状しないのか。
一人、ガネストだけが、切迫した表情を浮かべていた。
「……ロクアンズさん」
「な、なに?」
「……もしかしたら、僕たちは、とんでもない事態の片鱗を見てしまったかもしれません」
「え?」
呆然とロクは立ち尽くした。ガネストも黙りこむ。
そこへ、遠巻きにしていたルイルが、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「……あの」
「どうしたの? ルイル」
「えっと……その……。ルイルのはなし……きいてくれる?」
「え? ああ、うん。いいよ」
「……──しんじて、くれる?」
「? う、うん。信じるよ、ルイル」
「……あのね、」
伏し目がちにぎゅっと手を握り、言い淀むルイルだったが、意を決して言った。
「ライラおねえちゃんは、いきてるの」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.21 )
- 日時: 2018/07/09 09:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: Zxn9v51j)
重々しい扉を、二度ほど叩いた大臣が「陛下、ギヴナークでございます」と一言かけると、「入れ」との声が返ってきた。
薄暗い寝室に足を踏み入れ、ギヴナークは一礼した。
「このような夜半に、申し訳ございません。ルイル第二王女殿下のことで、お話が」
「申せ」
「はっ。ただいま、城中で騒ぎが起こっております。『ルイル王女殿下が何者かに誘拐された』と……噂は、城下町にまで広がりつつあります」
「……」
ジースグランは、弱々しく首を回し、窓をほうを向いた。雨は止んでいたが、重々しい鉛色の雲が空を覆っていた。
「式は2日後か」
「はい」
「ようやくだな」
鉛色の雲は、小さく輝く星々を呑みこまんとするように、じっくりと、色濃く、天上を支配していく。
第018次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅡ
ガネストとロクアンズは言葉を失った。目の前には、表情を険しくするルイルの姿があった。駄々をこねて言っているのではないことは、すぐに理解できた。
ルイルは続けた。
「すうしゅうかんまえに、おしろのなかで、うわさをきいちゃったの。ライラおねえちゃんがガケからおちたとき、おつきのきしさんはいきてて、そのひとのよろいについてたはっぱが……ガケからすごくとおいとこにしかはえないはずのものなんだって。だから、ガケのちかくにいたのは、うそなんじゃないかって」
ルイルはおずおずとしていた。信じてもらえるかわからない、といったように不安げに視線を落としている。
すると、黙って聞いていたガネストが口を開いた。
「……その葉っぱの名前は、なんていうかわかりますか?」
「え、えっと……たしか……そ、そ……」
「ソ?」
「……ソラユラ草、ですか?」
「そう! そんななまえ!」
「ガネスト知ってるの?」
「……ソラユラ草は、主に湿地帯で生息していて、葉の先端が木のように枝分かれしている珍しい植物です。水分をかなり多めに取り入れないと枯れてしまうので、周囲に草木が少なく、かつ大きな河川か湖の近くでしか生息できません。アルタナ王国とルーゲンブルム間の森で該当するのは……東方にある『マレマ湖』だけです。しかし、ライラ王女殿下が落ちたとされるその崖というのは北西にあり、湖とは真逆に位置しています。ルイルの聞いた話が本当なら、矛盾が生じます」
「その、なんとかっていう草をつけて帰ってきたんなら、ほんとはその湖の近くにいたってこと?」
「そうなりますね。帰ってきた騎士は1人で、その人物がすべての経緯を話し、た……と……」
瞬間、空気が凍りついた。
言いながらガネストは気づいてしまった。ライラ王女の死にまつわる経緯を述べられるのは、その人物たった1人だったということを。
たとえそれが虚偽であっても、その人物の一言で──すべて"真実"になってしまうことを。
「……ウソついたって、こと? その人が? ……王女様が生きてるのに? な、なんのために!?」
「……もしも国王陛下に虚偽を申し立てれば、即刻打ち首です。しかし、国の王女が亡くなったなどという進言に対し……陛下は、その騎士を一旦牢へやり、その後たった1度の派兵で王女の捜索を終わらせました。そして数日と経たないうちに国葬を上げたのです。国の王女が、ましてや自分の娘がいなくなったというのに、陛下は別段動かれませんでした。なのに、『王女の死はルーゲンブルムの仕業』だと……今にも兵を動かす勢いです。それにその騎士はすぐに解放されていました。……陛下は、一介の騎士の発言を鵜呑みにし、実の娘の死を簡単に信じ、出兵のときを待ち焦がれている……よく考えてみれば、おかしな点だらけです」
「……えっ、ま、待って? それじゃあ、まるで……──」
ひと月前。ルーゲンブルム付近の北西の森でライラ王女が崖から落ちて亡くなった。
しかし実際には、ほぼ真反対に位置する東のマレマ湖という場所にいたらしかった。
たった1人だけで帰ってきたという騎士がこう進言した。
『ライラ王女殿下が、ルーゲンブルム付近の崖から転落死されました』
それを聞いた国王は、その進言の真偽を疑うことはおろか、娘であるライラ王女の生死をたいして確かめることもせず、
『ルーゲンブルムの連中が、事故に見せかけて殺したのではないか』
と言って、すぐに王女の葬儀を終え、出兵の準備を始めた。
そして今回の、ルイルの誘拐事件。
誘拐犯は全員ルーゲンブルム兵の服を纏い、その中には、アルタナ王国の騎士が紛れていた。
ルーゲンブルム兵を装い、罪を着せるように。
────まるで、すべてがルーゲンブルムに攻め入る口実を得るための、策略のように思えた。
「もしかして……ぜんぶ、王様が仕組んだことなんじゃ──!」
「く、口を慎みなさい! そのようなこと……あってはならないことです!」
「だって! ガネストだってそう思ってるから、さっきまでべらべら言ってたんでしょ!?」
「……」
「……。ルイルの言ったこと、無視するには、あまりにも事が大きすぎるよ」
押し黙るガネストに、ロクは決意をこめて続けた。
「あたしはルイルのことを信じるよ」
「ロクアンズさん」
「そう約束したから。ねっ、ルイル」
「……ほんとに、しんじてくれるの?」
「もちろんっ」
ロクは膝を折り、ルイルと視線の高さを合わせた。
「改めてよろしくね、ルイル!」
「……うんっ。……えっと……ろく、ちゃん」
「あ、覚えててくれたんだ! うれしー!」
「そりゃ来る日も来る日も部屋の前で叫ばれては、嫌でも覚えますよ」
ガネストは小さく吐く息に、悪態を交えて言った。そして、ロクのほうに向き直る。
「……下手をすれば、命はありませんよ」
「うん。わかってる」
「わかってる、って……」
「次元師はいつだって命がけだよ」
強気な笑みを浮かべて、ロクは言い切った。なにを言っても聞く耳を持たないだろう彼女に対して、ガネストは諦めの息を吐いたが、その表情に翳りは差していなかった。
地平線から、太陽が覗くか覗かないかの明朝には、空はすっかり雨の"あ"の字も忘れていた。起きてすぐに、壊れた荷馬車の車輪をさっさと修理してしまったガネストは、荷台に男たちの身柄を放りこみ、自分の馬にルイルを乗せると、すぐに出発した。
ロクはというと、ガネストが支度に取りかかっている頃すでに目を覚ましていたが、「行くところがある」と言ってガネストたちとは一度そこで別れた。
ガネスト一行が王城に着くと、城内は嬉嬉として彼とルイルを迎えた。
国王、ジースグランには今回の事件のことが知れてしまっているらしかったが、彼は「まずルイルを休ませてやってくれ。正午に王華の間に来るように」との言伝を大臣に頼み、それを受けたガネストも了承した。
そして──時間は過ぎ、王城内は正午を迎えた。
「此度の件、誠に手柄であった。ガネスト・クァピット並びにメルギースのロクアンズ。そなたらには褒美を授けよう」
王華の間。大広間となっているここで、ジースグランは、真紅と黄金の装飾が施された玉座に腰を落ち着かせていた。その隣でルイルが同じような造形の腰掛けに座っている。
2人の脇には、大臣と騎士団長と思しき人物が控えている。そして玉座から伸びる真紅のカーペットに沿って、重鎮と騎士たちがずらりと立ち並んでいる。コルドもその列の一員として最端に立っているが、彼は玉座から数十メートルは離れた、大扉の近くにいた。
真紅のカーペットに跪き、ロクとガネストは顔を伏せていた。
「身に余るお言葉です、ジースグラン国王陛下」
「そう謙遜するでない。ルイルの無事はそなたらのおかげだ。これで心置きなく、明日の子帝授冠式を迎えられる。褒美はそなたらの欲しいものを与えよう。なんでも申せ」
周囲の視線が、一斉にガネストとロクに集まる。刺さるような視線の数々を受けながら、先に名を挙げたのは、ロクだった。
「それじゃあ、先にいいですか?」
「ああ。申せ」
大臣や騎士たちの目は、ギラギラと滾っていた。年端もいかない子どもが、国王の前で無礼な口を利かないかはらはらしているのだ。案の定ロクの口調は畏まったものではなく、みな手に汗を握りしめている。
ロクは、へらりとした口調から一変して、鋭い瞳を向けた。
「国王様に、進言したいことがあるんです」
「……進言? 申してみよ」
「ライラ王女のことです」
大広間が、空間ごと凍りついた。従者の列一同が、例外なく瞠目している。
ジースグランの細い瞳も、わずかに丸くなった。
「ライラ王女は死んだと言われてましたが……──実は、王女はまだ生きています」
「ッ無礼者!!」
ロクの首筋に、2本の槍の穂先が向いた。近くで控えていた騎士のものだろう。ロクは一切動じることなく、ただまっすぐジースグランを見据えた。
「下がれ」
「し、しかし陛下……!」
「下がれと申した。……さて、ロクアンズ。とても興味深い話だ。申してみよ」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.22 )
- 日時: 2020/06/24 11:21
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第019次元 海の向こうの王女と執事ⅩⅢ
「ひと月くらい前、ライラ王女はルーゲンブルムに近い北西の森で崖から落ち、亡くなったと聞きました。そしてそれが事故ではなく、ルーゲンブルムによって仕組まれた暗殺だったんじゃないかって、王様は疑ってるんですよね?」
「そうだ」
「でもそれはちがいます。王女様は、崖の近くには行ってません」
「……なぜそうだと?」
「なぜなら、王女様の護衛としてお供し、唯一この国に帰ってきたっていう騎士さんの鎧に……ソラユラ草の葉がついてたからです」
ロクアンズが言い切ると、従者の列からどよめきが沸いた。ルイルが祈るように見守っている。
「ソラユラ草は、森の東にあるマレマ湖にしか生息してません。おかしくないですか? 北西と東じゃ、ほぼ真反対の場所です」
「そのような報告は受けていない」
「そうですよね。彼はそれを見つけられないようにしようとしたんですから。……上手くいかなかったみたいですけど」
言いながら、ロクは自分のコートのポケットから1本の細い草を取り出した。
ロクの手元に注目が集まる。その草は、ところどころ錆が付着していて、くたくたになっていた。
騎士の列に立つほとんどの男たちが首を傾げながらそれを見つめていた。その中で、たった1人の男だけが、血相を変えていた。
「これ、訓練場のすぐそばで拾ったんです。武器庫が見えるところの。……錆がついてますし、鎧か剣にでもくっついてたんですかね。ほかにもいくつか落ちていました」
「そんなはずは!」
ない、と叫び損ねた男は、直後、しまったと後悔した。広間にいる十数人の視線が一斉に彼に突き刺さる。
広間中がざわめきだつ。全身が氷のように硬直し、わなわなと震えるその騎士のもとへ近づくと、ロクは彼の顔を下から覗きこんだ。
「へえ。あなたなんだ」
「…………」
「国王様、この人はウソをついたんです。ライラ王女は崖から落ちていません。だからまだ、最愛の娘は生きています」
「だ……黙れ! この無礼者! そんなハッタリをだれが信じるというのだ! わざと俺が自白する、かのように仕向けるなど! こんな子ども騙しで! ……陛下! 他国の人間の言葉に耳を傾けてはなりません! これは、陛下と亡きライラ王女殿下、そして我らがアルタナ王国に対する侮辱にほかありません!」
「……残念だが、ロクアンズ。興とするには、ここまでのようだよ。大変面白い与太話だった」
ジースグランは、至って落ち着いた口調でそう告げた。
しかし、
「そっか、こうやって口封じするんだ。ねえ国王様、前のときは……この騎士さんにいくらあげたの?」
「……き、貴様!」
「──国王陛下!! 改めて進言します!」
斬りかかろうとしてきた男を一瞬のうちに睨み返し、ロクは、真紅の玉座に向かって叫んだ。
「あなたはルーゲンブルムとの長い因縁を断ち切るために、ライラ王女を利用した! 彼女を死んだことにして、それをルーゲンブルムのせいにし、穏便なこの国の人たちに火をつけようとした! 徴兵のために! ちがいますか!?」
「ここまで、と言ったはずだ」
「それだけじゃない! 自分の兵にルーゲンブルムの兵服を着せてルイルを誘拐させた。民心を乱すような隠さなきゃいけない噂が、なんですぐに広まったの!? ルイルを誘拐したのもルーゲンブルムのせいだと広まれば、国民の戦意を煽る大きな後押しになると考えたからじゃないの!」
「口を閉じろ!」
「身体が弱いあなたにとって、ルイルが一刻も早く子帝になることは重要だった……! そしてルイルが揺るぎない地位を手に入れると同時にあなたは、ルーゲンブルムへ攻め入るつもりだったんだ! 因縁を断ち切るためだけに、血の繋がった家族を、娘二人を……犠牲にした!」
「憶測だけで物を申すな、娘! それ以上続けるようなら──」
ジースグランが玉座から立ちあがり、騎士たちが腰元に携えた剣に手をかけ、立てた槍の柄を強く握る。しかしロクの猛然たる口上は留まることを知らない。感情的になり、怒りのままに吠え続ける彼女の口を止められる者はいなかった。
「この国の人たちは! ライラ王女が亡くなっても、笑顔でいようとしてた! 悲しまないでいようとしてた! ……国のために必死だった……! それなのにあなたは、そんな国民たちの思いを踏み躙ったんだ! ライラ王女への思いを利用しようとしたんだ! 侮辱だがなんだか知らないけど──そっくりそのまま返してやる!! あなたに……国の長を名乗る資格なんてない!!」
「──打首にせよ! いますぐ、この娘の首を斬り落とせ!!」
十数にも及ぶ穂先、切っ先が、ロクの首筋に向かって伸びた。
ジースグランは立ち尽くし、真赤く血走った目でロクを睨みつける。尖鋭たるその眼差しにロクは新緑の片瞳で正面から迎え撃つ。
──しかし、ロクを取り囲んだ騎士たちは驚愕と困惑の色を示し、指一本動かせずにいた。
「なにをしている! 王命だ! その首を斬り落とせ!! いますぐにだ!!」
「……」
「振り下ろせ──!!」
「──陛下あっ!」
そのときだった。
王華の間の大扉が物凄い勢いで開け放たれた。廊下から、門衛の騎士が汗だくになって駆けこんでくる。
「へ、陛下! お許しください! いましがた、その、陛下に……っ!」
「何者だ! 許可もなく王華の扉を潜るとは! 下がれ!」
「し、しかし……! 陛下に、え、謁見のお申立てが……!」
「謁見だと? この大事が見えぬのか!? それほどの客人か!」
「……そっ、そそ、その……!」
靴音が、軽やかに響く。
品のある足取りで、その人物は、大扉の向こう側から姿を現した。
ロクは、片目を大きく見開いた。
「──え……!?」
彼は、青を基調とした絹衣を装って、小さく笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります、アルタナ王国第十一代国王、ジースグラン陛下」
「何者だ! 名次第では」
「私は、メルギース国より参上いたしました。名を、」
──月のように輝く黄金の瞳が、この国の太陽を捉えて離さなかった。
「レトヴェール・エポールと申します」
その名を聞いた途端、ジースグランは驚愕のあまり玉座に崩れ落ちた。
「陛下!!」
「……なっ、え……エポール……だとッ!?」
ジースグランだけに留まらず、広間中の従者が表情を一変させた。驚きでおなじく腰を抜かす者。怯えるように後ろへ下がる者。ロクに向けていた剣を、ぼとりと落とす者。
反応は様々であったが、レトヴェールを認識したとき、抱いたものに差異はなかった。
「突然のお申し出にも関わらず許可をいただき、感謝いたします国王陛下」
「……そなたは、本当に……」
そこまで言って、ジースグランは口を噤んだ。
透き通った玉のような金色の瞳。おなじく、きめ細かで、光り輝く金色の髪。そして、代々受け継がれているのであろうその整った目鼻立ち。
見間違えるはずもなかった。
(────メルギース国の廃王家、エポール一族の末裔か……!)
「国王陛下にお目通りをと思いましたのは、あなた様にぜひともお会いいただきたい人物がいらっしゃるためです」
「会わせたい、人物だと……? それはいったい」
「ではお呼びいたします。さあ、──姫、こちらへ」
静寂に包まれる。
レトは右手を広げ、数歩下がった。それに誘われるように王華の赤いカーペットを踏んだのは、
「……──ッ!!?」
ルイルによく似た美しい桃色の髪を持つ、若い女性だった。
「お久しぶりです、父上様」
「……、ぁ…………」
「ライラ・ショーストリア。ただいま帰城いたしました」
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38