コメディ・ライト小説(新)

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最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
日時: 2025/06/22 21:01
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)

 
 毎週日曜日更新。
 ※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。

*ご挨拶

 初めまして、またはこんにちは。瑚雲こぐもと申します!

 こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
 ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
 しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
 よろしくお願いします!



*目次

 一気読み >>1-
 プロローグ >>1

■第1章「兄妹」

 ・第001次元~第003次元 >>2-4 
 〇「花の降る町」編 >>5-7
 〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
 ・第023次元 >>26
 〇「君を待つ木花」編 >>27-46
 ・第044次元~第051次元 >>47-56
 〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
 ・第074次元~第075次元 >>83-84
 〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
 ・第098次元~第100次元 >>107-111
 〇「純眼の悪女」編 >>113-131
 ・第120次元〜第124次元 >>132-136
 〇「時の止む都」編 >>137-175
 ・第158次元〜 >>176-


■第2章「  」


■最終章「  」



*お知らせ

 2017.11.13 MON 執筆開始
 2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
 2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
 2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
 2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞

 
 ──これは運命に抗う義兄妹の戦記
 

 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.6 )
日時: 2018/09/08 20:56
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: pzCc2yto)

 
 第005次元 花の降る町Ⅱ
 
 全身に纏う、雷。コートの袖が強い光を帯びると、ロクアンズは地上めがけて手を翳した。

 「──雷撃ィ!!」

 その名に従い、雷は激しい花火となって元魔に降り注いだ。
 しかし。その黒い頭部の一片が裂け、口のようななにかを大きく開くと、そこから放たれた絶叫が雷を打ち消した。
 元魔は高く跳び上がり、鋭く尖った爪でロクに襲いかかる。

 「うわっ!?」

 間一髪、というところで攻撃を避けると、ロクはまっさかさまに地上に落ちていった。

 「ロク!」

 しかしロクは空中で器用にくるりと回り、無事に着地した。

 「ふぅ……危なかった~っ」
 「ったくお前は……だから慎重になれって言っただろ!」

 レトの叱咤に、ロクは一瞬ムッとして、

 「そう言うけど、レトだって!」

 殺気。
 ぐんと伸びてくる長い爪が2人の間に割って入る。ロクとレトはおたがいに逆方向へと飛びのいた。
 元魔は、赤い眼光を揺らしながら、ゆっくり歩きだす。

 「まずい! 町のほうに行きそうだよ! 止めなきゃ!」
 「だからがむしゃらに突っこむ前に作戦を……!」
 「っ、レトのばか!」
 「!」

 ロクは、元魔を追いかけようと踏みだした足を主軸に、半身だけ振り返った。

 「町の人が危ないっていうのに、なんでそうためらっていられるのさっ!」
 「……」
 「――レトだって、あたしとおなじ次元師でしょ!」

 レトは、ぴたりと静止した。彼の顔からぷいっと視線を外し、返事も待たずにロクは元魔を追いかけていった。
 1人、レトは取り残される。俯いていた。

 「……俺は、お前みたいには……」

 ぽつりと呟いた言葉は、だれに届くわけでもなく、視界の中でちらつく木漏れ日に吸いこまれた。
 ロクはすでにいなくなっていた。
 鬱蒼とした森林地帯。そこへ危険も顧みず飛びこんでいくロクの姿に、どこか煮え切らない気持ちを抱いていることはわかっている。
 探すつもりで走りだした。そこに混ざる焦燥が、どんな色をしているのかもわからないまま。



 元魔の黒い背中が見える。鱗のようななにかをぼろぼろと落としながら、ゆったりと走っていた。身体が重いのだろう。さほどスピードは出ていなかった。
 ロクは、右耳の通信機に意識を向けた。連絡はきていない。

 「……」

 レトから謝罪の言葉のひとつでも飛んでくるかと思っていたが、どうやら自分が思うよりもずっと薄情な人間だったらしい。

 「レトのバカ。いいもん。あたしだけでやっつけてやる!」

 加速。たっ、と地面を強く蹴り、跳び上がった。
 元魔の頭上に狙いを定め、その指先に、雷を這わせた。

 「雷撃ィ!!」

 空中で、雷が散とした。電気の欠片を浴びた元魔は足を止めた。否、止めさせられた。
 その隙に、ロクは元魔の視界の中へと降り立った。

 「……」

 決して鮮やかとは言えない、混濁とした外観。その赤い両眼と、額に輝く"心臓"だけが一際目立っている。
 自己的な意思などないのだろう。口から洩れる唾液のようななにか。狂ったような、赤いだけの眼から筋が伸びている。
 元魔とは、怪物だ。意思もなく、形もなく、名もない。あるのは、人間を襲うという意識ただひとつ。
 ロクは元魔を睨みつけた。

 「必ず、滅ぼしてみせる」

 雷が唸る。ぶわりと長い髪が靡いた。電熱にさらされた緑の瞳が、淡くも力強い眼光を放つ。
 
 「五元解錠! ――雷撃ィ!!」

 突き出した両手から、溢れるほどの雷を放った。長い髪が風とともに後ろへ引っ張られる。
 元魔は大きく口を開き、甲高い咆哮を吐き出した。

 「ガアアアアッ!!」

 雷と咆哮が、正面から衝突する。袖がまくられ、露になったロクの細い腕に電気がまとわりついた。痺れていくのを感じながら、表情は歪み、両足が下がっていく。
 まずい、と思った瞬間。

 「うわあっ!」

 ロクの四肢が大きく飛び上がった。宙を泳ぐ。小さな身体は風に弄られ、抵抗する術もなくそのまま大きな木の上に、頭から突っこんだ。
 元魔はというと、ブルルッと頭部を振り、ふたたび重い足取りで走りだした。

 (ま……まずい!)

 ロクは身体がまだ休まらないうちに、動きだした。コートの至るところが木の枝に引っかかっていたが、むりやりにでも手足を動かし体勢を変える。案の定、灰色の布地から繊維が伸びたが、そんなことを気にする間もなくロクは木の上から飛び降りた。
 ちぎれた葉っぱを髪や肩にくっつけたまま、ロクは元魔の跡を追った。

 (町まで、もうすぐそこだっていうのに……!)

 身体が重い。自分が思う以上のダメージを負っていたようだ。ロクは半ば身体を引きずりながら、前へ前へと進む。

 前方で、小さな黒い影が揺らめている。
 黒い影は、鮮やかな花のアーチをくぐることができず、ぐしゃりとそれをなぎ倒して町の中へと入っていった。

 ロクも急いで花のアーチがあったところを踏み超えた。痛みは置き去りにして。
 すると元魔は、ある木造の小屋の前で立ち止まっていた。
 大きな影を落とし、全長の半分ほどしかない小屋を見下ろしている。

 そのすぐ真下で、黒い犬が吠えていた。

 「!」

 小屋には人間がいる。それを感知したのだろう。恐れも知らず、黒い犬は怪物に向かって吠えていた。
 小さな玩具に手を伸ばすように、
 怪物の鋭い爪が降り注いだ。

 「待ってッ!」

 そのときだった。
 ひとつの影が、風のように黒い犬を攫っていく。
 元魔の爪が虚空を掻いた。

 「四元解錠、」

 黒い犬の近くに、だれかが立っていた。

 「──八斬式!!」

 八度の斬撃。形状の定まっていない太い腕から、血、のようななにかが勢いよく噴き出した。
 小さく悲鳴をあげた元魔が後ろへ引き下がる。
 ロクの視線。大きな怪物の背中の奥に、金の髪が見えた。

 「レト!」

 レトはコートの袖で汗を拭うと、ロクのかけ声に気がついた。が。

 「ギャアアアアッアアアッ!!」

 激しい咆哮が、草木を揺らし土を剥がしていく。
 それがいままでにない怒りの顕れだということを理解させられる。耳をふさぐだけでは足らず、レトとロクはぎゅっと目を瞑っていたが、
 次に目を開けたときには、

 「い……いない!」
 「向こうだ! 人のいるところへ行くつもりだぞ、あいつ!」

 元魔はドシン、ドシンと大地を揺るがしながら前進していく。
 町の人のものと思われる悲鳴が、二人の耳に聞こえてきた。

 「ロク!」
 「わかったッ!」

 ロクの右腕に、電気が奔る。それが拳に集約されると、ロクはそのまま地面に振り落とした。
 
 「雷撃ィ――!!」

 電気の波が高速で地上を駆ける。と、瞬く間に、電気が元魔の足元に喰らいついた。
 次の瞬間。
 叫喚。
 そして大きく仰け反った元魔の身体が、重力の赴くままに、ぐらりと傾きはじめた。

 「まずい! あのまま倒れこんだら──町の人を巻きこむぞ!」
 「っ!」

 どう考えても、間に合わない距離に元魔がいる。これから走りだしたところで、その場所まで辿りつけないのは明白だった。
 なけなしの希望を翳すように、ロクが手を伸ばした。
 そのとき。

 傾いた元魔の身体に、幾重もの鎖の束が巻きついた。

 「っ!?」
 「あ、あれは……」

 何十本と伸びる鎖の先には、男がいた。

 「説教は後回しだ! 無事か、二人とも!」

 精悍な顔つきに焦りを滲ませたコルドが、そう叫んだ。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.7 )
日時: 2020/03/27 10:34
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第006次元 花の降る町Ⅲ
 
 男は、ロクアンズやレトヴェールと似たような作りの隊服を身に纏っていた。その隊服の色は2人のような灰色ではなく、黒だ。此花隊において、この黒色の隊服を着用しているのは各班の班長と、全副班長以外にはいない。
 突然現れたこの男はほかでもない、戦闘部班の副班長のコルド・ヘイナーだった。

 「こ、コルド副班……っ!?」

 コルドが鎖を強く引っ張る。すると鎖は元魔の身体に深く食いこみ、きつく締め上げた。黒い喉がはち切れんばかりの叫喚を撒き散らす。

 「じ、次元師様だあ!」
 「次元師様が助けにきてくださったぞー!」
 「やっちゃえー!」

 紐で締めた肉塊のように元魔の皮膚が鎖の隙間からはみ出している。元魔は身動きひとつ許されることなく、ただ少しずつ体をくの字に折り曲げていく。

 「おい! 無事かと聞いているんだ、2人とも!」
 「え? う、うん!」
 「そうか……」
 「! コルド副班!」

 レトが気づいたときには、遅かった。
 さらに体を畳んだ元魔が力を振り絞ると、鎖の持ち主であるコルドの体が、空高く打ち上げられた。

 「な、なにっ!?」

 鎖で元魔と繋がっているコルドの体は、大きく弧を描いて空を飛ぶ。このまま、高い位置から地面に叩きつけられれば、無事では済まないだろう。

 「コルド副班! 鎖を離せ!」

 レトはそう叫んだ。

 「!? そんなことをしたら……!」
 「いいから離せ!!」

 離せ、と言われたところでコルドの胸中は不安の色で染まっている。鎖を離せば、文字通り元魔の動きを封じていた手網が絶たれることになる。やや遠目から、町人たちが元魔を取り巻く三人の次元師の様子を伺っているとはいえ、そこに危害が及んでしまうであろうということは容易に推測できた。
 しかしその鎖を離せと叫ぶレトの姿を、ロクは横目に見ていた。

 「れ、レト……」
 「ロク、でかいのを頼めるか」
 「え?」
 「時間がない。チャンスは一度だけだ。……俺を信じろ、ロク!」
 「……」

 面を食らうも、ロクは、にっと強気な表情に変わった。

 「うん、もちろん!」

 レトとロクが頷き合うのを、コルドは空の上から見ていた。
 意を決する。
 遥か空中。コルドは、鎖から手を離した。

 「頼んだぞ、ロク!」
 「まかせて!」

 コルドの身体が宙をさまよう。それを見たレトがすかさず走りだした。
 元魔が捕縛から解放される。
 空から降ってくる大きな身体にレトが飛びつくと、
 刹那。
 ロクが両手に雷を湛えていた。

 「五元解錠──!」

 指を組む。離す。両の手のひらを、元魔へ向ける。

 「──雷柱!!」

 雷が細い閃光となって、地面の上を駆けていく。それが真円を描くと、元魔を包囲した。
 その円に囲まれた地表が、砕ける。次の瞬間。膨大な電気の塊が、一本の太い柱となって元魔の全身を呑みこんだ。

 「ギャアアアアアアアアッ!!」

 叫喚が、雷とともに空を突く。鱗のようなものが剥がれ、肉体が焼き払われていくその様を、ロクやレト、コルドに留まらず、町人たちも息を呑んで見送っていた。
 元魔の額にあった赤い心臓が、パキッと音を立てて割れた。
 焚いた火の粉のように、怪物の破片がすこしずつ空へ流れていくと、

 あっという間に、怪物がいたはずの場所にはなにもなくなってしまった。

 「……すごい」

 町の子どものものと思われる、小さな声がした。

 「す、すげえっ!」
 「これが次元師様の力か! やっぱすげえよ、あんたたち!」
 「きゃー! 次元師様、素敵ー!」
 「守ってくれてありがとうなあー!」

 ワアッ、と歓声が沸いた。ロクの周りに、町人たちが目を輝かせて集まってくる。

 「こんなに小さいのになあ」
 「いつも巡回で来るだけだったから、改めてその技ってのを見てみると、すごい派手でたまげたよ!」
 「大したもんだよ、嬢ちゃんたち!」
 「へっ? え、えへへ!」

 ロクはたじろぎながらも、へらっと笑みを返した。

 すこし遠いところからギャラリーを眺めていたコルドが、それにしても、と口を開いた。

 「まさかお前があんな無茶な行動をとるとは思ってなかったぞ、レトヴェール」
 「……たぶん、二度とやらない」
 「はは」

 コルドは、さきほど鎖から離したほうの手のひらを見つめた。

 「あのまま地面の上に落ちたとしても、新しい鎖でも出してこの辺りにある適当な木に巻きつけて、木をクッションに着陸しようと考えていたんだよ、俺は」
 「……」
 「でもまさか、お前が飛びこんできてくれるとはな。助かった。ありがとうな、レトヴェール」

 レトの頭にぽんと手を乗せた。若干いやそうに顔をしかめられた気がしたが、振り払われることはなかった。

 「動かなきゃって、思っただけだ」
 「……お前たちは、いいコンビなんだな」
 「レトー! コルドふくはーん!」

 人影の山に埋もれて、ぶんぶんと手を振っていたのはロクだった。
 名前を呼ばれた二人が人だかりを掻き分けてロクのもとへ行くと、彼女は片腕に大きな花束を抱えていた。

 「見て見て! 町のみんながお礼に、ってお花くれた!」
 「これはすごいな。よかったな、ロクアンズ、レトヴェール」
 「へへへ~」
 「ここの自慢の品っていったら、花くらいしかなくてねえ」
 「食えるもんでもないが、感謝の気持ちだ。受け取ってくれよな、小さな英雄さんたち!」

 ロクが調子を上げてわははと笑う。レトは小さく息を吐いた。そんな2人より幼いであろう少年が、2人のそばにとことこと寄ってきた。

 「ねえ、じげんしさまは、きょうだいなの?」
 「へ?」
 「……」
 「ぜんぜんにてないんだね、ねえママ!」
 「そ、そうね。さ、あんたはあっちで遊んでなさい」
 「えー」
 「そうだね」

 ふてくされて母親の服を引っぱる少年の頭を、ロクはわしゃりと撫でまわしながら、しゃがみこんだ。

 「ぜんぜん似てないんだっ、お姉ちゃんたち」
 「どうして?」
 「それはねー、ほんとの兄妹じゃないからだよ」

 少年は聞き返した。

 「ほんとのじゃないって、どういうこと?」

 ロクは立ち上がる。そのときレトと目が合った。
 たたっと駆けだすと、それに合わせて人の波が避け、ロクは、花束を持ったままくるりと振り返って言った。


 「──いつかこの世界を救う英雄になる、エポール義兄妹だよ!」


 花びらが舞う。
 活きた花たちが、ロクの腕の中でさわさわと揺れた。
 後の祭りであるかのように、あっけにとられて急に静まり返った町人たちに、ロクたち3人が背を向けるときだった。バウッ! と遠吠えがして、その鳴き声の主に3人は大きく手を振り返した。

 「……い、いまあの子……なんて」
 「──エポール、ですって……?」

 町人たちのざわめきは、聞こえていた。しかし、2人が振り返ることはなかった。
 
 
 
 
 
 「ねえ見てレト! この花束ね、見たことない花がたくさんある!」
 「よかったな」
 「……ほんっっっと、冷めてる!」
 「しかたないだろ」
 「しかたなくない!」
 「……」

 此花隊本部への帰り道。レトとロクのいつものちょっとした言い争いをなんとなく耳にしながら先頭を歩いていたコルドが、急にぴたりと足を止めた。

 「……どうしたの? コルド副班」
 「忘れもんか?」
 「い、いや……その」

 珍しく口を濁すコルドの顔を覗きこむように、彼の背中から2人が顔を出した。
 コルドは、ゴホンとわざとらしく咳をした。

 「今日のことだが……」
 「うっ! ま、待った! コルド副班聞いて! あたしたちはなにも、その、出来心だったとか、困らせたかったわけではなくて~……!」
 「すまなかった」

 コルドが、丁重に頭を下げた。
 予想もしていなかったことに、ロクは大きな目をぱちくりさせた。

 「へっ?」
 「今回、フィリチアでの元魔討伐にお前たちを巻きこんでしまったのは……俺のせいだ。実は、すこし前にもフィリチアへ行って、元魔の痕跡がないか、それらしい事件は起こっていないかの調査をしたんだが……庭園が荒らされていたのを知って、それについて聞いたときに『害獣のせいだろう』と町の人に言われ、『そうですか』って勝手に納得して帰ったんだ……。自分で調べもせず、な。でもお前たちは、見逃さなかった」
 「……」
 「……セブン班長の言った通りだ」
 「え?」

 コルドは視線を上げる。ロクとレトの、幼い瞳が、さきほどの戦闘でどれほど頼もしかったかを心の奥のほうで噛みしめる。

 「本当にありがとうな、レトヴェール、ロクアンズ」
 「……へへっ!」

 ロクが首を傾けた拍子に、花束もおなじように優しく揺れた。

 「そんじゃあご褒美がほしいな~! ねっ、なんかおいしいもの食べて帰ろうよコルド副班~!」
 「それはなし」
 「ええっ!? な、なんでっ!? いま、あたしたちのおかげって……!」
 「無断で元魔討伐に出たこと、まさか帳消しになるとでも思っているのか?」
 「うっ!」

 そこを突かれてしまっては、といったようにロクはわかりやすく全身で脱力した。
 コルドはキビキビと歩きだしたが、しかし、もう一度だけ立ち止まって、

 「バカなこと言っていないで早く戻るぞ。ロク、レト!」
 「……!」
 「……」

 振り返らずに、背中の後ろにいる2人の名前を呼んだ。

 「はーい! コルド副班っ!」

 ロクの元気な声が返ってきた。レトからの返事はなかったが、おそらく、わかりにくい笑みを浮かべていることだろうと思った。
 
 空から、雨のように花が降りそそぐ。
 しかし雨にしては温かいそれらに見送られて、3人は肩を寄せ合い帰路についた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.8 )
日時: 2018/06/01 23:05
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: .pwG6i3H)

 
 第007次元 海の向こうの王女と執事Ⅰ
 
 「雷撃ィ!!」

 ただ広い室内に、張りのある声が反響した。
 掌から雷光が放たれる。微弱な電気が床を這う。鍛錬場はとても広い空間になっていて、放った電気は壁や天井に触れることなく、目の前で散ってしまった。

 「……う~ん。だめだなあ……。やっぱり、威力が足りないのかなあ」

 ロクアンズは、ぽりぽりと髪を掻きながらそう呟いた。


 『次元の力』とは、200年前に突如この世界に現れた"非科学的な力"である。
 その力を与えられた人間の数は計り知れないが、力の数は推定100と言われている。選ばれた人間たちに共通点はなく、ほとんどの学者たちは『無作為の選ばれている可能性が高い』と推測している。

 次元の力を与えられた人間のことを、この世界では『次元師』と呼ぶ。

 100の力に対して、次元師の数が計り知れないというのは、次元の力を持つ次元師が命を落とした場合、次に世界のどこかで新たに誕生した人間がその力を受け継ぐ、という不可解なシステムが働いているからだ。
 いつの時代も100の数を守り続ける次元の力は、いまだに多くの謎を秘めている。
 世界中のだれもが知っているのは、"異次元の世界から、ある特定の武器や魔法を取り出す力"である、ということだけだろう。

 若草色の長い髪を持つ少女、ロクアンズ・エポールも、そのうちの一人だった。
 彼女が有するのは『雷皇らいこう』──その名の通り、雷を操る次元の力。
 雷を放出したり、床に伝わせたり、柱にしたりと、最近の中だけでもロクは次元の力の扱いに多少慣れているらしいとわかる。

 ロクが自分の手のひらを見つめながら、広い室内でぽつりと立ち尽くしていると、
 ギィ、と重たい扉を開く音がした。
 
 「朝早くから精が出るわネ~、ロクちゃん」
 「モッカさん!」

 扉を押し開きながら入ってきたのは、肩までのベージュの髪色に緩いウェーブをかけたような髪型の、モッカだった。
 彼女は、派手な色の塗料を施した指先をひらひらと振った。

 「どうしたのー? モッカさん」
 「この前のフィリチアの件、見事解決したって聞いたわ」
 「ああ! ……いやでも、けっこう叱られちゃって……」
 「ふふ。やっぱりね。アタシもこってり絞られちゃったぁ~」
 「えっ、そうだったの?」
 「そーそー。『勝手に二人を送り出すなんて何事ですか!』ってネ~」
 「ごめんねモッカさん……巻きこんじゃって」
 「いーのいーの。気にしないで。それに、実はコルド副班長のせいだったんでしょ? 巻きこまれたのはこっちよ~ってネ?」
 「あはは!」
 「あっ、そーだそーだ。その彼がお呼びみたいよ」
 「え?」
 「班長室で」
 「げッ! そうだった!」

 ロクは、その辺りに脱ぎ捨てていた灰色のコートと、何枚かの紙を拾い上げると、ばいばい! とモッカに言ってすぐに鍛錬場を出ていった。

 鍛錬場は、東棟の一階に設置されている。そのほかにも講堂、集会所、戦闘部班班長室、会議室、戦闘部班の班員用の寝室など、おもに戦闘部班に所属している隊員のための設備が、この東棟に揃っている。しかし大食堂や治療室、資料室などといった、戦闘部班以外の隊員も使用する設備は、中央棟と呼ばれる建物内に位置しているため、連絡橋を渡って建物を移動する必要がある。
 戦闘部班の班長室に呼ばれたロクは、おなじ東棟内の二階へ向かっていた。
 『戦闘部班 班長室』と、木製の扉にはめこまれたガラスのプレートにはそう書かれていた。が、ロクは大して意識することもなく、ガチャッと大きな音を立てて入室した。

 「わかりました。早急に準備をいたしま──」
 「コルド副班長!」
 「おわっ!? と……おい、ロクか! お前なあ、入室するときはノックをしろノックを! しかもここをどこだと思っている!? 班長室だぞ!」
 「わわ……っそ、そんな、いっぺんに言わないでよ!」
 「じゃあいっぺんに言わせるな!」
 「まあまあ、コルド君。そんなに怒らなくとも」
 「班長! 一介の班員が、上司である班長の仕事場にノックのひとつもなく入室するとは、由々しき問題です! 子どもだからとか、そういうことは通用しません! どこへ向かわせたとしてもその派遣先で失礼のないよういまから礼儀の作法を……──」
 「わかったわかった。社会における礼儀作法の講義でも設けよう」
 「えええっ!? そんなあ!」
 「異論は認めないぞ」

 わかりやすく、がっくりとロクは項垂れた。
 しかしすぐに、あっ、となにかを思い出したように顔を上げると、ロクは手に持っていた紙束をコルドに差し出した。

 「? なんだこれは」
 「反省文だよー。フィリチアのときの!」
 「ああ。今日で3日目か」

 コルドは、ロクから手渡された紙束に目を通しながら、そう思い返した。
 隣町、フィリチアでの元魔討伐から3日が経過した。しかし、直属の上司に断りもなく任務に出かけてしまったロクに対して、『3日間、朝に反省文を提出すること』と、『その間外出許可を与えない』という二つの罰が下された。ちなみに、その任務に同行していたレトには反省文提出の命はなく、彼は謹慎処分だけを言い渡されていた。
 コルドは反省文に目を通し終えたのか、すこし目から離して言った。

 「……いいだろう。今日から復帰だ、ロク」
 「やったー! もう、体がうずうずしてたんだよ! ばりばり任務に行くぞー!」

 ふっ、とコルドが笑みをこぼす。と、彼は突然、ああ、と会話を切り出した。
 
 「──そうだロク。さっそくで悪いんだが、これから任務に同行してもらえるか?」
 「え、ほんと!?」
 「ああ。急いで出かける準備をしてくれ。それとレトもだ」
 「……あー……」
 「なんだ?」
 「レトたぶん……まだ寝てると思う」
 「……うそだろ」

 コルドは、コートの胸ポケットから時計を取り出すと、その針をまじまじを見つめた。
 時刻は午前9時。コルドはてっきり、あの真面目そうな性格からして朝早くに起きて本でも読んでいるのかと思っていたが、とんだ思い違いだったらしい。

 「レト、起きるの遅いよ。夜遅くまで本読んでるから」
 「あいつ、夜型だったのか……」
 「寝起きは機嫌悪いしね」
 「……」

 コルドは、はあ、と大きなため息をついた。

 「わかった。今回はお前だけ連れていく。とりあえず急いで準備をしてくれ。詳しいことは船の上で話す」
 「え? ……船?」
 「海を渡るからな」

 コルドは、戦闘部班班長のセブンに一礼し、班長室を後にした。海を渡る、というワードにしばしの間ぽかんとしていたロクも、慌てて退室し、自室がある3階のフロアへ向かった。
 腰に取りつける用のポーチに、ロクは必需品を詰めこんでいく。簡単な治療薬、筆記具はもちろん、携帯食料をすこし多めに持っていくのもいつものことだ。
 ガチャリ、と自室のドアを開けて廊下に出る。すぐ隣はレトの自室となっているが、出てくる気配はしない。
 一応、コンコンとノックを試みたロクだったが、案の定反応がなかったためやむを得ず引き下がった。



 「レトは?」
 「……」
 「そうか……」

 無言でふるふると首を振るロクに対し、コルドは短く息を吐く。
 中央棟の一階。ここは特殊な造りをしていて、ずっと真横に伸びる廊下の壁沿いに総合受付のカウンターがある以外には、なにもないただの通路だ。そして、廊下からすぐ目の前に広い中庭が見える。カウンターからまっすぐ歩くと、段数の少ない階段から地面の上に降りることができる。東西に長い廊下には、太陽の光を均等に切りわけているかのような柱の太い影が並んでいる。
 コルドが階段を降りはじめたので、ロクも彼に続いた。

 「ねえね、コルド副班。海を渡って、どこに行くの?」
 「ん。ああ」

 広い中庭を横断しながら、コルドは言った。

 「アルタナ王国だ。メルギースとも友好的な関係を築いている、穏やかな国だよ」

 荷馬車を用意してもらったから、それで港町まで行こう。そう言ったコルドとともに門をくぐると、荷馬車とそれを扱う隊員が二人を待ち構えていた。
 まもなく発進する。馬が蹄を打つ音、そして道の上を転がる車輪の音が、ロクの心に強い高揚感を齎した。

 (どんな人がいるのかな)

 初めて味わう胸の高鳴りを、荷馬車が着々と港へ運んでいく。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.9 )
日時: 2020/03/26 17:36
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)

 
 第008次元 海の向こうの王女と執事Ⅱ
 
 エントリアを発ってから、半日が経過した。すでに太陽はどこにも見えず荷馬車から降りる頃には、空はすっかり灰と紫とに覆われていた。

 港町、トンターバの市場は夜を迎えてもまだガヤガヤと人の足が溢れていた。店の提灯がずらりと飾られ、夕闇に明かりを灯すその様は壮観だ。近くの町村から買い物に訪れる人民が多く、ここの市場は毎晩、祭りが行われているかのように賑わっている。
 コルドとロクアンズは、トンターバでたった一件の大きな宿屋に訪れると二人分の部屋をとり、そこで一晩を過ごした。

 翌朝。
 コルドは町の中で食料の買い出しをしていた。彼が店を出るとき、アルタナ王国行きの大型船がまもなく出航するところだった。
 乗船員に声をかけ、手配を済ませると、コルドとロクアンズはそのまま船に乗った。

 甲板で、パンに牛乳をつけ合わせた簡単な朝食を摂りながら、コルドは話し出した。

 「今回の任務は、主に元魔の討伐だ。かなりの数が確認されているが、アルタナ王国にはあまり次元師がいないらしく、友好国であるメルギースに依頼を申し出たというところだろう」
 「へえ……。ん? 主に?」
 「ああ。もうひとつ、お前を連れてきたのにはわけがあるんだ」

 コルドは口元に持ってきていたパンのかけらごと、組んだ脚元にすっと手を下ろした。

 「この依頼自体、アルタナ王国の国王陛下から直々に送られてきたものでな。陛下の娘様……つまり、アルタナ王国の王女様について、お前に手伝ってほしいことがあるとのことなんだ」
 「王女様?」
 「王女様の、その……友だちに、というかなんというか……」
 「とっ、友だちぃ!?」
 「……というより、ご機嫌取りをしてほしいんだそうだ」

 コルドは、周囲を気にしてのことかロクの耳元で声を小さくして言った。

 「ご機嫌取り?」
 「ああ。その王女様はいま、部屋に籠りきりなんだそうだ。臣下たちの言うことにまったく耳を傾けず、食事も十分に摂られてない状態だとか……とにかくその王女様に手を焼いているらしくてな」
 「ふーん……」
 「それでお前を同行させたってわけだ。一国の王女様とお近づきになれるなんていい機会だし、お前ならすぐ仲良くなれるだろう」

 ふんふんと、ロクはただ耳を傾けていた。
 しかし、すこし考えこむような表情になると、ロクはおもむろに口を開いた。

 「……ねえ、コルド副班」
 「なんだ?」
 「この話、荷馬車の中でもできたんじゃない?」

 じっ、とコルドを見つめる。無垢な緑色の瞳が、彼にはやけに鋭い刃物のように感じられた。

 「……お前、意外と鋭いな」

 コルドの頬に冷や汗が伝った。甲板でうろついている人の雑踏に紛れて、彼は息を吸う。

 「お前に言うか言うまいか、いまのいままで悩んでたんだが……正直に話そう」
 「……」
 「王女様が機嫌を損ねている、その理由だが……実はいまアルタナ王国は、国葬を終えて間もないんだ」

 真剣に耳を傾けていたロクは、え、と驚きの声を上げた。

 「亡くなられたのはアルタナ王国第一王女殿下。旅路の道中で、事故に見舞われたらしい」
 「そんな……。どこで事故に遭ったの?」
 「極北西にある、ルーゲンブルム王国付近の森だ。古来より宿縁があって、アルタナ王国はその国を唯一敵視している。それで王女殿下の死をただの事故とは思ってなく、ルーゲンブルムの仕業なのではないかと国の上官位は躍起になっているんだ。……そしてなにより、国王陛下の御身が危険な状態らしい」
 「それって」
 「ああ。アルタナ王国の国王陛下はもとより身体の弱い御方で、ここ何年も床に臥せられていると……。いつお倒れになっても不思議じゃないその御身では国の未来が心配なんだろう。だから、まだ幼い第二王女殿下に、王位を継がせる準備をしている真っ最中なんだ。第二王女殿下はおそらく……その歳の幼さもあって不安に襲われているから、部屋に籠っているんじゃないかと思っている」

 その第二王女の不安を、どうにかして取り払ってほしい──きっとそういうことなんだろうとロクは理解した。

 「国王陛下の病状については、国民のほとんどが知らされていないんだと。まあ当然だな。王女殿下の死に続いて、これ以上民を惑わせたくないんだろう」

 この船に乗っている人の中には、アルタナ王国の民もいるだろう。機密情報にもなるアルタナ王国の上層部の事情を話すには、開放的で雑多な音が聞こえてくる空間が望ましいとコルドは判断したに違いない。 
 船は、波に揺られながらアルタナ王国を目指して前進する。



 「滞在期間は?」
 「10日です」

 波止場の青い空を泳ぐ海鳥たちに迎えられ、コルドとロクはアルタナ王国の地に降り立った。
 ロクはぐっと腕を伸ばした。

 「んー! やっと着いたあ!」
 「のんびりしてる暇はないぞ、ロク。これから仕事だ」
 「はーいっ」
 「……──ロク。ここでは姓は伏せたほうがいい。わかるよな」
 「……。うん」

 そのとき。コルドとロクの近くで、ザッと足を揃える音がした。二人が振り向くとそこには、鎧を身に纏った二人の男が立っていた。

 「アルタナ王国へようこそお出で下さいました、メルギースの次元師様」
 「我々は国王陛下より、あなたがたの護衛を仰せつかまつりました。我々が責任を持って、王城までご案内いたします、コルド・ヘイナー様……と、そちらは……」

 ロクの名前は聞いていなかったのか、一人の男がそう尋ねてきた。

 「あたしの名前は、ロクアンズ。よろしくねっ!」
 「え、ああ、はい。ロクアンズ様ですね」
 「それじゃあ、王城までお願いいたします」
 「はい」

 港から続く大きな通りを上っていくと、賑やかな城下町へ出た。町の様子それ自体は、メルギースのエントリアの通りと変わらず、人と物資に溢れている。
 路上で芸を披露する者とその人だかりを見かけると、ロクは思わず足を止めた。

 「あれ、なにやってるの?」
 「奇芸です。ああやって、棒や布、玉などの何の変哲もない品を使って、珍しい踊りなどを披露することをこの国ではそう呼びます。奇芸を行うのは主に旅芸人で、芸が素晴らしいと思われれば、ああやってみなが銅貨を投げ、そこで得たお金で暮らしを凌いでいるのです」
 「へえ。すごいすごい!」
 「ほかにも、ありとあらゆる芸がございますよ。ご覧下さい」

 騎士の一人が指差した方向には、路上に布を広げ、硝子の品をずらりと並べる商人の姿があった。
 それもただの品物ではない。まるで王城に寄贈するような、繊細かつ色合いも美しい硝子細工にロクは目を瞠った。

 「えっ、あれ、ガラスなの? すっごい形!」
 「そうです。なかなか見事でしょう? あの者は一般の民ですが、王宮に認められた硝子職人もいます。というのも、我が国の芸術品はみな、他国の王族貴族から高い評価をいただいており重宝がられているのです。アルタナ王国はいわば、世界一の芸術大国なのです!」
 「ほえ~……」

 辺りを見渡せばたしかに、野菜や果物などの鮮物よりも、珍しい形の菓子や煌びやかな装飾品を並べている商人のほうが多いことに気がつく。ロクはその物珍しさに首をあっちへこっちへ振っていたが、あるものを見かけると、その売り場に駆け寄っていった。

 「あっ、おいロク! ウロチョロするなって!」
 「ねえねえおじさん! この、白くてふわふわしてるのはなに? 食べ物?」

 ぴょこっと屋台の下から顔を出したロクに、店主らしき男はすこし身を乗り出して言った。

 「おお、嬢ちゃん。見ない顔をしてるねえ。ほかの国から来たのかい?」
 「うん。メルギースから、ちょっと用事で!」
 「そうかいそうかい。そんなら、うちの店のを土産にするといい! これは綿と糸とを編んで作った帽子で、男にも女にも大人気の品さ。嬢ちゃんくらいの年の子もみんな被ってるよ」
 「帽子? なーんだ、食べ物じゃないんだ……」
 「ははは! 食べ物じゃなくてがっかりしたかい? でもこれは、自分で編んで作ることもできるんだよ。自分好みの、世界でたった一つの帽子を作れるんだ。こんなのとかね」
 「わっ!」

 ロクの頭に、ぽすっとなにかが覆いかぶさる。頭にじんわりと温かさ伝わると、それが平たく分厚い帽子のせいなのだと実感する。

 「あったかーい! それになんだか……いい香りがするね!」
 「この綿は、キッキカっていうアルタナ王国にしか生息してない花の花弁でね。大きくてしっかりとした綿から、その花の蜜が仄かに香るんだ。だから、どこへ持ち帰ってもアルタナ王国の香りを忘れずに、ずっと覚えていられるんだよ」
 「へえ……ロマンチックだね」

 頭に被った帽子を取り外しながら、ロクはその花の香りを吸いこんだ。仄かに甘く優しい、独特の香りがした。

 「ああ。ライラ王女様も大変気に入られ……」
 「……」
 「あ、ああ、すまない……。他国からのお客さんの手前、沈んだこと言っちゃあいけないな。さあ嬢ちゃん、気に入ったんなら一つどうだい? 安くするよ!」

 ロクは、コルドたちとともに来た道を振り返る。すると、奇芸というものを披露していた旅芸人の姿がほんのすこしだけ見えた。
 自国の王女が亡くなって間もないというのに、この国の民は皆笑顔だ。
 だが、その悲しみをだれもが必死に芸というもので埋めようとしているからかもしれないと思うと、ロクはなんだかやりきれない気持ちになった。
 そんな憂いを帯びたロクの表情を、拳骨ひとつで歪めてしまったのは、コルドだった。

 「あだッ」
 「だから、これから仕事だって言ってるだろう……! 観光はぜんぶ終わってから! それまでお預けだからな!」
 「……あい……」

 ロクはぶたれた頭をさすりながら、騎士たちとコルドのもとへ戻っていった。
 顔を上げると、遠くの景色の中に、アルタナ王国の王城が見えた。
 
 
 

Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.10 )
日時: 2018/05/29 17:22
名前: 日向 ◆N.Jt44gz7I (ID: LA9pwbHI)

いつもお世話になっております、日向です。
たまにはレスという形でさいじげへの思いをお伝えしたいなと考え、お邪魔した次第です。

瑚雲さんはご存じないかもしれませんが【最強次元師!!】は私がカキコに来た当初、そうですね……右も左も知らない時分に衝撃を受けた作品であり、憧れの作品でした。
およそ七年前でしょうか、私が丁度コメディライトで執筆に手を出した頃だと記憶しております。
たくさんの人に愛されるロングランのバトルファンタジー、それが最初に触れたイメージでした。2レスに渡る物語を完結させる、そこまでには長い長い努力と苦悩があったと思います。
本当におめでとうございます。いや……今更過ぎますね苦笑
コメライ以外で執筆されている作品にも完結作品が多数存在することに私はとても驚きました。直近の完結作品である【灰被れのペナルティ】だけではなく、【スペサンを殺せ】【コンプレックスヒーロー】など。物語への責任感が一層お強い方なんだなと、とても尊敬しています。
しかし完結だけを褒められても複雑だ。もっと精進せねば、と瑚雲さんご自身仰っていたことを記憶しております。
記憶違いで失礼な事を言うわけにはいかないので(七年も前ですからね^^;)普段はあまり口には出しませんが、さいじげは間違いなく私の執筆黎明期に関わった作品であり、今でも大好きな小説です。
創作を始めたばかりの頃、最初に出会えたのがさいじげで本当によかったなあと思うのです。
むかしの絵師さんのこと、こちらのスレでは未更新分のキャラクタのことを言及するのはそれが理由だったりします、私は古狸です笑

私の一番好きなシーンは最新話のロクちゃんが市場ではしゃぐところです。
彼女の天真爛漫さに癒やされるのは勿論なのですが、お店に並ぶ造形物や街の描写がとてもハイファンタジーらしくて好きです。皆が芸事に親しみ笑顔の絶えない国、その舞台もさいじげの魅力的な世界観を創り上げている一因なのだと思います。
王女様を失っても尚、笑顔でいようとする、そんな背景もとてもいじらしく物語に引き込まれました。
スピード感あるバトルシーンもさいじげの好きなところです。
は~~~二人の窮地に飛び込むコルド副班本当にかっこよかったな……(過呼吸)

完全リメイク版ということで、原作と少しずつ違う展開に加え、毎度の更新が非常に楽しみになっています。
私の大好きな青髪の彼にもあと少しで会えるのでしょうか^^
さいじげがまた息づいて、物語が動いていく。その事実がとても嬉しいです。
乱文ではありましたがここまで読んで下さりありがとうございました、また何処かでお会いしましょう。

愛を込めて、日向


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