コメディ・ライト小説(新)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.48 )
- 日時: 2019/09/29 22:39
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: fph0n3nQ)
第045次元 セブンとレトヴェール
談話室からロクアンズの姿がなくなり、室内に流れる空気はさらに重たく張りつめた。吐き捨てる息をわざと音にしてから、セブンは普段と変わりない声色でフィラの名前を呼んだ。
「フィラ、ロク君の様子を見て行ってくれるかい」
「は、はい。わかりました」
「ちょうど君たち2人を調査の依頼に行かせようと思っていたんだ。頼んだよ」
「はい」
セブンはフィラに依頼書を手渡した。それを受け取ってすぐに、フィラは談話室から出て行った。
「コルド君。悪いんだけど、メッセルとガネスト君、それとルイル君の3人に本部内にある施設を案内してあげてほしいんだ」
「はい。承知いたしました」
「ありがとう」
コルドが3人を連れて談話室から退室するのを確認してから、セブンはテーブルに肘をついた。そして立ったまま微動だにしていないレトヴェールを見上げた。
「さてと。レト君」
「……」
「君にひとつ、聞いてもいいかな」
レトは相変わらず俯いたままだった。セブンは構わずに続けた。
「君はロク君のことをどう思っているんだい?」
「……」
「家族か? それとも仲間かい? 自分とおなじ次元師か、女性という観点もあるね」
「……」
「もしくは、妹か」
たしかに眉を顰めたのがセブンにはわかった。ただそうするだけでなにも答えようとしないレトを、特別咎めるようなことはしなかった。
「どれだっていいさ。でもなんだか私には、君がなにかに迷っているように見えるんだ。ロクアンズに対して抱いている感情が定まっていないように思える。ちがうかな」
レトはすこしだけ、自分の身体をセブンのほうへ向けた。すると、
「……どうしたらいいか、わかんないだよ」
重たい口を開いて、淡々と語りだした。
「あいつのことはすごいと思ってる。昔から。俺にはできないことを、あいつは簡単にやってのける。なにも怖いと思ってなくて、その先には必ず光が待ってて、つかみとっちまう。英雄みたいなやつなんだ。だれからも愛されて、だれからも期待される……うらやましく思うのもばかばかしいくらいの、すごいやつなんだよ」
ロクは相手の年齢や性別がどうであろうと物怖じしない性格をしているがために、他人と関係を築きやすい。その善し悪しはもちろんあるが、明るくて人懐っこいので好印象を与えることのほうが多く、瞬く間に虜にしてしまう。組織の中心に立って、人々を光あるほうへ導いていくような人材なのだ。
それを義兄のレトはよく理解していた。悔しく思うことも、羨ましく思うこともある。それでもレトはロクのことを、すごいやつだ、とはっきり言葉にした。
「そうか。君はロク君のことをよく見ているんだね」
「……。見てるんじゃなくて、見えるんだよ。近くにいるから。だから余計に……比べる。あんたたちだってそうだろ」
「そうかもしれないね。だから私は君のほうが好きなのかな」
レトは目を丸くしてセブンの顔を見た。そのあどけない表情が気に入ってしまったらしいセブンは、くくと小さく笑った。
「ああ、変な意味じゃないよ。誤解しないでくれたまえ」
「それはわかってる。あんたにはフィラさんがいるだろ」
「……何の話かはわからないけど。そうだね、すこし私の話をしよう」
セブンはいまだ突っ立ったままでいるレトを、自分と差し向かいに座るよう促した。
「もう気づいているとは思うけど、私はベルク村の生粋の民じゃない。父がベルク村の領主で、その子どもだったというだけさ」
「……え」
「ああ、ヴィースではないよ。そう。亡くなったんだ。私がまだベルク村にいた頃にね。父の跡を継いで領主となったのがヴィースだよ。私はまだ15、6そこらだったからね。とてもひとつの村を治められる年齢じゃなかった。それに父の死は突然だった。土砂崩れに巻きこまれてとは言っていたけど、私は気づいていたよ。父がヴィースに殺されたんだとね」
レトは絶句した。にも拘わらず、セブンの口調は存外穏やかなものだった。その証拠に、彼は紅茶の淹ったティーカップに口をつけていた。
「その死が不自然なものでね。崩れた土砂を見たけど、自然ではなく作為的なものだったんだ。次元の力によるものではないかと私はそう思った。事実、ヴィースは2人の幼い次元師を連れていたしね」
「……」
「いつかヴィースに復讐してやるとも思っていたけど、それよりも、フィラのことが可哀想でね。村を出るとき奴のことは忘れようと心に決めたんだ。でもまさかこんな形で叶うとは思いもしなかった。報告書を読んだとき、正直なところスカッとしたよ。君たちは私に驚きを提供する天才だ」
「……ロクが、だろ」
「君もだよ。さて本題に戻るけど、そうだね、私も当時は自分のことを天才だと思っていた。おなじ歳かすこし上の連中にも頭で劣らなかった。だからだろうね。理想を実現させるのにものすごく時間がかかってしまったんだ。私はね、君を見てると当時の自分を思い出すんだよ」
「なんで」
「とても頭がよくて、それでいてひとつのことしか考えられない、不器用なやつってことさ」
セブンがティーカップをくるくると回すと、底に沈んだ細かな茶葉はなされるがままに紅い水の中を泳いだ。しかしすぐにまた底に落ちて、動かなくなった。
「ロクアンズのことを羨ましく思っているのなら、それを恥じる必要はない。大切なことだ。人はだれしも完璧にはなりきれない。だからその欠陥が美しく見えたりもする。私は、君がなにかに思い悩み、試行錯誤して、結局失敗してしまっても、いいと思っている。そういう姿を見てると、言い方は悪いが嬉しくなるんだ。君はいつか強くなるだろうなって」
「……いつかじゃ、遅い」
「遅くはないさ。君はまだ13だろう? 先は長いんだ。いまはたくさん失敗していい時期だよ。それにロク君と君はちがう。君には君の強さの形がある。君だって、だれかにとっての英雄かもしれないだろう」
「英雄──」
セブンはティーカップを煽り、中身を飲み干した。真白い陶器の内側には点々と、細かな茶葉が残った。
「つい長話をしてしまった。悪かったね」
「いや」
「レト君。急で悪いんだけど、これから出られるかい? 君とコルド君という組み合わせで行かせるつもりだったけど、生憎彼はいま新入班員たちを案内していてね。君1人で巡回に出てほしいんだ」
「ああ」
「行先はカナラ街だ。よろしく頼むよ」
「……」
(カナラ街……──)
このとき、レトはべつのことに意識をとられていた。セブンは空になったティーカップを手に取り、水場のあるカウンターへ運んだ。そして何の気なしに、ふたたびレトに話しかけた。
「ああそうだ。報告書には書かれていなかったんだが、ロク君が君のことを言っていたよ」
「え?」
「湖をつくるなんていう発想をしたのはレト君だったって」
「……」
「それを実行したのはロク君だったね。いつだって英雄視されるのは実行した本人だ。でも君は、"それがロクアンズにならできる"と完全に信用して、自分の考えを託したはずだ。私はね、存外君も無鉄砲で、熱い奴なんじゃないかと思うんだ」
セブンは言いながらまっすぐ談話室の扉へ向かおうとした。レトの横をすり抜けるときに、まだ細くて頼りないその肩に手を置いてから、振り向いて言った。
「ありがとう」
手が離れ、そのまま扉の奥へ吸いこまれるようにセブンはいなくなった。彼は細身だが高身長だ。ラッドウールには及ばないが、その広い背に乗せてきたものは多いように思えた。
レトはその背が消えてなくなるのを見送った。そうして自分の手を見つめてみると、まだ小さくて幼いことを改めて思い知らされる。
傷だらけになっても、多くのものを掴めなくても、まだいいとセブンは言った。
レトは談話室から退室した。だれもいなくなった室内は徐々に、もとの整然とした空気を取り戻していった。
フィラは東棟内を彷徨っていた。まだ赴任したばかりで場所に馴染みがなく迷っているのだ。しかも此花隊の本拠地ともあるこの施設の規模は一般の公共施設とは段違いだ。とはいえ、おなじ此花隊といえど設置されている部屋の数も人員も、そして階数も、ローノの支部とは比べものにならない。
小規模な支部出身のフィラは早い段階からこの事態を懸念していた。ロクを追って自分も談話室を飛び出したはいいものの、彼女の行きそうな場所など見当もつかないし、建物内の構造もいまいちよくわかっていない。ただ広い廊下を行ったり来たりしていた。
(めげちゃだめよフィラ。ロクちゃんにはお世話になったんだもの。いっしょに組むことにもなるし、ここは私が……──)
「フィラ副班長?」
そこへ、戦闘部班の新入班員たちを引き連れたコルドが現れた。フィラは目の色を変え、彼らのもとへ走り寄った。
「コルド副班長。よかった、知ってる人に出会えて」
「どうかしたんですか?」
「実は迷ってしまって……。はやくロクちゃんのところに行ってあげたいんですけど……」
「ああ……。でもあの子なら、案外その辺でうろうろしているかもしれません」
「え?」
「前にも似たようなことがあって。考えごとしてたみたいで、下向いて廊下を歩いているのを見たことがあるんです」
「そうなんですか」
「フィラ副班長。あの子のこと、よろしく頼みますね」
「はい」
それだけ言って、コルドはフィラの横を過ぎていった。後ろについていた3人も彼に続く。
フィラが前を向いたそのとき、廊下の先にある曲がり角から、ロクがふらりと姿を現した。
「ロクちゃん!」
ロクは、ぱっと顔を上げて立ち止まった。
* * *
本日『最強次元師!!【完全版】』は執筆開始日から1周年を迎えました!
ちなみに旧版から数えると9周年となりました(*'▽')
昨日が更新予定の月曜日でしたのに今日にずらしたのはそのためです笑
いつも本作をお読み下さり、ありがとうございます!
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.49 )
- 日時: 2018/11/19 20:16
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: OWyP99te)
第046次元 昇らずの廃屋
曲がり角からふらりとロクアンズが姿を現した。フィラはぱっと表情を明るくして、ロクのもとに駆け寄った。
フィラの呼び声に気づいたロクは、はたと立ち止まった。
「フィラ副班」
「探したのよ。よかったわ、見つかって」
「あ、そっか。勝手にいなくなってごめんね」
ロクは曖昧な笑みを浮かべた。話題を引きずりまいと、フィラはつとめて明るい声で言った。
「セブン班長から指令があったの。調査依頼で、私たち2人でこれから向かってほしいんですって」
「え、これから!? すぐ準備しなくちゃ!」
「そうね。早く仕事が片付いたら、おいしいものでも食べて帰りましょ」
「わーい! そうしよ! じゃああたし、準備してくるね!」
「中央玄関でね」
「うん!」
若草色の長い髪を快活に揺らしながらロクは走り去っていった。いつもとなにひとつ変わらない姿だった。
「ロクちゃん」と声をかける前はたしかに、その髪も表情も沈んでいたのに。
(……2人が義理の兄妹だっていうことは知っているけれど、それ以外のことはまだ……。ロクちゃん、ふつうに笑っているように見えたわ……あれは、無理しているのかしら)
まだ知り合って間もないロクについてフィラが知っていることは、極一部にすぎない。もっと幼い頃はどんな風だったとか、どういう経緯でレトヴェールと義兄妹になったのかとか、そういった彼女の背景にあるものはまだ視えていない。
フィラは首を振った。自分が悩んでも仕方のないことだ。パートナーとして関わっていくのだから、もしかしたら話を聞く機会も来るかもしれない。いまは焦らずに見守ろう──フィラはそう決めた。
ロクとフィラが向かった先は、エントリアから西の方角に歩くとすぐのところにある廃屋だった。調査依頼書には、"夜に家宅のあるほうから呻き声のようなものが聞こえてくることがある"、"元魔が生息しているのではないかと推測している"という記述があった。依頼元はエントリアの最西の家宅に住む婦人だった。林道を抜けた先にある実母の家からエントリアへと戻る途中でのことだったらしい。だれの物ともわからない廃屋が建っていること自体は知っていたが、最近になってそこから呻き声のようなものが聞こえてくるようになり、安心して道を通ることができないので調査してほしいのだという。
エントリアという都市を図で表すとしたら、円形だ。此花隊の本部はその円の中心地点からやや南へずれたところに位置し、まっすぐ北の方角を向いている。
本部を出てから目的地に辿り着くまでほとんど時間はかからなかった。エントリアには東西南北それぞれの地点に関所が設置されていて、その1つである西門をロクとフィラはくぐり出た。
林道をすこしいったところにその廃屋は構えていた。周囲の草木は伸び放題で整理されている様子もなく、まるで人気を感じない。鬱々とした雰囲気を漂わせるその廃屋を2人はまじまじと見渡した。
「うわ~……たぶんここだね。いかにもって感じだし」
「そうね。人が住んでいるようには見えないし……。やっぱり元魔が潜んでいるのかしら?」
「とにかく入ってみよ!」
ロクは表玄関の扉に備えつけられた取っ手を引いた。さほど重たくはないが、耳に障るような甲高い音が響いた。長い間油が差されていないのだろう。
中へ入ると、案の定明かりのようなものは灯されていなかった。まだ陽が高い時間帯だというのに、この廃屋の中だけは夜のように薄暗く埃っぽくもあった。歩くたびに床の軋む音がした。
ロクとフィラは二手に分かれて捜査を開始した。
この建物に2階はなく、1階にいくつも部屋が展開されている。フィラは奥の部屋から回ると言って幅のある廊下を渡っていった。ロクはというと、玄関からすぐのところのやや広めの居間のあちこちに目を配っていた。食事処らしく、台所や食器棚らしいものが伺える。らしい、というのはその家具のいずれにも埃が積もっていて判断がつかないからだった。ロクは勇んで、背の低い棚の上に手を伸ばし分厚い埃の層を払い落としたが、すぐに咳き込んだ。
「げほっげほっ。うう~ん……ここはちがうっぽい」
涙目になりながら、ロクが次の部屋へと進もうとしたそのとき。
《誰ダ》
突然、何者ともわからない奇妙な声がした。びくっと背中が硬直し、驚くとともにロクが後ろを振り返ると──
棚の中に納まっていた陶器の数々が目の前に迫ってきていた。
「うっわあ!」
綿がはみ出している腰掛の背を掴み、ロクはすかさずしゃがみこんだ。飛んできた平皿が頭上を過ぎ、床と接触すると、ガシャンと割れるような大きな音が響いた。
「えっ、な、なに!? どゆことっ!?」
かたかた、かたかた、と。ひとりでに、陶器が擦れ合う。棚底が動く。風も吹いていないのにカーテンが不自然に揺れていた。
ロクは、キッ、と細めた目で辺りを見回した。
「そっちがその気なら、受けて立ってやる! ──次元の扉発動、『雷皇』!」
ロクの全身から雷光が散とした。その鋭い明るみが、蔓延する陰鬱さをいたく照らした。
「雷撃──ッ!」
伸ばした手から槍のような雷が飛びだして、棚の1つに直撃する。傾き、焦げ臭さを撒きながら棚は倒れた。
──くすくす、くすくすと、かすかな笑い声がロクの耳に届いた。
《ドコヲ狙ッテイル》
《馬鹿ナ子》
「ば……っ! バカじゃないやい! それより姿を現したらどうなのさ! 出てこないなんてヒキョウだ!」
《ヒキョウ、トハ、コウイウコトカ?》
そのとき。ロクは突然、全身にとてつもないけだるさがのしかかるのを感じた。身体が鉛のように重たく、手足も思うように動かない。
得体のしれないなにかに身体を乗っ取られているようだった。ロクは必死になって、自分の手足を取り戻そうとした。しかし、だんだんと表情も苦しくなってくる。
「う、うぐ……!」
《無駄ダ》
《止メタホウガ身ノタメヨ》
いくら踏ん張ろうとも身体は頑なに動こうとしない。汗が噴き出して、衣服が濡れてくる感触に気持ち悪くなってくる。そんなときだった。
指先から、小さく電気が散った。ロクはその一瞬の隙を逃さなかった。
「だれが……やめるか! ──雷撃ィ!!」
ロクの全身を眩い光が包みこむ。力強い雷光を浴びて、辺りにあった棚や机などの家具と雑貨とが吹き飛んだ。
《ギャッ!》
《ギャッ!》
甲高い悲鳴が2度ほどして、ロクは全身からふっと力が抜けるのを感じた。身体が途端に軽くなる。
ロクはすこしだけよろけた。体勢を持ち直すと、ゆっくり、掌を握ったり閉じたりした。
《クッソ!》
《コノ子、タダモノジャナイ》
ロクはふたたび居間を見渡す。たしかに声はするのに、その主の姿はどこにも見当たらなかった。
(なんか、元魔じゃないような気がする。この感じ、もしかして……──幽霊?)
姿を持たない声だけの存在。そして人の身体に乗り移り、身動きを封じる。あれは金縛りだったにちがいない。そうロクは直感した。
元魔ではないとすれば話はべつだ。今調査の目的が幽霊退治、という名目に変わる。どうやら幽霊にも次元の力が及ぶらしいとわかったロクに怖いものはない。はずだったのだが。
「み、見えないやつはやだああ!」
そう、怖いものはない。ロクは何度も自分の心に言い聞かせていたが、身体だけは正直だった。
ロクは走りだしていた。フィラのもとへ向かおうと廊下へ飛びだしたのだ。ロクは目に見えるものにこそ恐れを知らないが、心霊や占いなど目に見えない類の恐怖はからきしだめなのだ。
息を切らし走るロクの背中に、ぞわりと、悪寒が走った。
《モット遊ンデ》
「ぎゃああッ! ふぃ、フィラ副はーん!」
長廊下の右側にある扉の1つが、がちゃっと音を立てて開いた。名前を呼ばれて急いで飛びだしてきたフィラは、涙目になりながら物凄い速さで走り寄ってくるロクと目が合った。
「なにがあったのロクちゃん! 大丈夫!?」
「助けてーっ! ゆ、幽霊があ!」
「へ? 幽霊?」
突然のことにフィラは戸惑い、動くことができなかった。が、彼女の肩に乗っていた『巳梅』が床に飛び降り、ロクと向かい合うと、口を縦に大きく開いた。
「キァアア!」
『巳梅』の甲高い鳴き声が廊下の端から端まで響き渡る。ロクは慌てて立ち止まり、両手で耳を塞いだ。フィラもこめかみのあたりを手で押さえつけ、半分だけ目を開いた。
「み、巳梅」
《ウギャ!》
《ウワァ!》
不可思議な声色が呻きをあげた。廊下には、ロクとフィラ、そして『巳梅』以外にはだれもいない。2人と1匹は身を寄せ合い、なんとなく声がしたところを凝視した。
そのとき。
「"失境"」
居間のほうから、足音を鳴らしてだれかが呟いた。それとほぼ同時に、ロクとフィラは驚くべき光景に目を瞠った。
何の変哲もない床の上に、なにかが倒れているのが、ぼんやりと視えるようになったのだ。そのなにかは輪郭の薄い、白いもやのようなものだった。2つ転がっている。
ロクとフィラが呆然とそれらを見つめる中、白いもやたちは、がばっと起き上がって声を荒げた。
《オ嬢!》《オ嬢!》
白いもやたちの背後から、灰色の髪をした幼い少女が、霊のごとく静けさを連れて現れた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.50 )
- 日時: 2018/11/26 13:51
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: GqvoTCxQ)
第047次元 パートナー
2つの白いもやのようなものが、幼い少女の周りをゆらゆらとと旋回しているその光景はじつに奇妙だった。
(いま、呪文みたいなのを唱えてた? もしかしてこの子……──次元師?)
ロクアンズはまじまじとその少女の姿を見つめた。
墨を薄めたような灰色の髪はまっすぐ腰まで下ろされていて、長かった。といっても少女の年齢はおそらく10にも達していない。背丈の低さはもちろん、頬や手先がふっくらとしていて、膝丈のワンピースから伸びている脚も細く頼りない。
身に纏っている黒のワンピースは、この廃屋の陰湿な雰囲気によく溶けこんでいた。こういう場所を好む性格なのか、少女本人の表情も暗いように感じた。それに自分からロクやフィラの前に現れたというのに、喋りだす気配がまるでない。
「えっと……君は?」
「……」
「ねえ、君の名前はなんていうの?」
「……」
ロクは、この少女くらいの年齢であるルイルのことを思い浮かべた。比べるというわけではないが、ルイルはこの少女よりも口数は多く、表情も明るい印象がある。
「うーん……どうしたことか」
「きっと迷子ね。エントリアの東門の近くにお家があるんじゃないかしら。親御さんのところへ連れていってあげないと」
「あれ?」
ロクは少女の頭に注目した。髪の毛の色が灰色というのも珍しいが、ロクが着目したのはそこではなく、その頭の上に乗っている黒い帽子だ。少女は、小さな頭から落ちてしまいそうな大きな帽子を被っていた。
ロクはその帽子に見覚えがあった。ロクが作ったものは白だったため色は異なっているが、形状はとてもよく似ている。
現在、アルタナ王国で若い層に人気を博しているという、キッキカの帽子に間違いなかった。
「この子が被ってるの、アルタナ王国で作ってる帽子だよフィラさん!」
「え? 本当に?」
「うん。あたし、作ったことあるからわかるよ。ちょっと四角くて、ふわふわしてるの。キッキカって名前の花を使って作ってるんだよ」
「じゃあ、この子は」
「アルタナ王国から来たか、そこに関係してるか。どっちかだと思う!」
ロクはくるりと少女に向き直り、すこし屈んで話しかけた。
「ねえお願い、教えて? 君はどこからきたの?」
なおも押し黙る少女の周りでぐるぐると回っていたひとつの白いもやが、ぴたと動きを止めた。
《オ嬢ハメルギースノ言葉、アンマシャベレネエンダヨ! 子ドモナンダカラ察シロヨ!》
「え?」
いかにも躾の行き届いていなさそうな投げやりな口調で、白いもやの片方がロクに叱責を浴びせた。
《テメエノ言ウ通リダヨ! オ嬢ハアルタナ王国カラ来タンダヨ!》
《アル御方ヲ探シテネ》
おなじように奇妙な声質をしたもう片方のもやは、粛々と丁寧な口調で告げた。
「ある御方って?」
「ルイル」
息交じりで、消え入りそうな声を絞り出したのは、灰色の髪をした少女だった。
ロクの質問を聞いてか聞かずか、間髪入れずに答えた少女は呟くようにもう一度言った。
「ルイルあねどこいるの」
どんよりと重たい灰色の瞳は、すこしだけ桃色がかっていた。その幼い声音の抑揚のなさは性格なのか、もしくは先ほど白いもやが告げたようにメルギースの言葉を上手く扱えないせいなのか。ロクはよく知っている人物の名前を耳にして、目を大きくしていた。
「え、ルイル? あねってことは……ルイルの妹?」
瞳にうっすらと浮かんでいる桃色がその証なのかとロクは疑った。しかしルイルの口から、ライラ以外にも姉妹がいるというような言葉を聞いたことがない。それにルイルもライラも美しい桃色の髪だった。この少女の髪は灰色だし、どこか顔立ちも似つかない。
「あねどこいる。かえって」
「えっと~……」
ぽりぽりと髪を掻き、ロクが返事に困っていると、物腰が柔らかいほうの白いもやが通訳をした。
《オ嬢ハ、「ルイル姉さんを返して」ト言ッテイルノ》
「か、返して? でもルイルは自分からこっちに来たんだよ? ねえ、この子に伝えて。ルイルはね、自分からこの国に来たんだって」
《ワカッタワ》
白いもやが少女の耳元に寄り添った。アルタナ王国の言葉らしきものがつらつらと発せられているのがロクにはわかった。
アルタナ王国は芸術という分野においては世界最高峰といっても過言ではなく、あらゆる国と頻繁に物の売り買いが行われている。中でもメルギース国との親交は厚く、両国における上級階層の人間や商売人が互いの国の言葉を覚えることを慣習としているほどだ。アルタナ王国に渡ったとき、ロクやほかのメルギース人に対してアルタナ王国の住人がメルギースの言葉を操っていたのはそのためである。この少女と変わらない年頃のルイルがメルギースの言葉を話せるのは、ルイルが王族だからという理由に基づく。
不思議なのは、ルイルのことを「姉」と呼んでいるこの少女がメルギースの言葉をまだよくわかっていないという点だ。そんな風に呼ぶのは親しい間柄であるという裏付けでもあるのだが、王族に近しい人間だとすれば上級階層であることは間違いない。ルイルと年齢が近いということも踏まえると、謎はさらに深まった。
《オ嬢ハコウ言ッテイルワ。「そんなのは変だ」ッテ。「すぐに会わせて」ッテ》
「ルイルをここに連れてくればいいの?」
白いもやはロクの言葉をそのままアルタナ王国の言葉に置き換えて、少女に耳打ちした。
少女はこくりとも頷かなかったか、白いもやが返してきたのは肯定の意だった。
《「そう」ッテ、言ッテイルワ》
「なるほど……じゃあ本部に戻ってルイルを連れてこないといけないね」
「私が行ってくるわ。ロクちゃんはここで、この子を見ていてくれる?」
「うんっ、わかった。ありがとうフィラさん」
「パートナーなんだから、当然のことよ」
フィラは黒いコートを翻して、そのまま玄関の扉から外へと出ていった。ロクは無意識に、フィラが放った「パートナー」という言葉を頭の中で反芻していた。
いま、自分の隣に立っているのはレトヴェールではない。そのことを改めて諭されるようだった。バラバラになっても大丈夫だと豪語したのはロクのほうだったのに、なぜだか心にはぽっかりと穴が空いてしまって、落ち着かなかった。ロクは、すっと鼻から息を吸いこんで肺を満たそうと試みた。しかしすぐに、空気の悪さを思い出して後悔した。案の定胸が苦しくなった。
*
カナラ街は、エントリアからはそう遠くない場所に位置している。東門を通過し、やや南の方角に歩先を変え、細い川に沿って緩やかな傾斜を下っていく。
此花隊に入隊してから一度も訪れることがなかったカナラ街の全景を、小高い丘の上からレトヴェールは眺めていた。街並みはよく覚えていても、建物の屋根がずらりと横並びになっているのを見下ろすのは初めてのことだった。
レトは、ちらりと左のほうに首を回した。遠くに見ゆるのがレイチェル村だということを視認する。
レトとロクの故郷であるレイチェル村の人間は、買い物や仕事などで村とカナラ街とを往復することも少なくなかった。エントリアほどの広大都市とはいわないまでもカナラ街は十分に人や物資に溢れていた。いまよりももっと幼い頃、よくロクとともにおつかいで来させられたことがあったな、といった記憶がレトの脳裏を掠めた。
レトはすぐに土を蹴って、街を目指して降りていった。
記憶にある景色と変わり映えのしない街並みの中を、レトは目的もなく徘徊していた。巡回警備の命を忘れているのかやや俯きがちだった。昨年の今頃はまだこのカナラ街に頻繁に訪れていて、場所に馴染みがあるせいでもあるだろう。他人の肩にぶつかりそうになっても器用に躱していた。
だが、レトがそれを後悔したのは、鼓膜を刺すような女の悲鳴が聞こえてきてからのことだった。
「ば、化物だあ!」
男の必死な叫び声に、街の人たちが一斉に息を、動きを止めた。空気が一変する。蜘蛛の子を散らすように街の人たちは駆けだした。
愕然と立ち尽くすレトの真横を、無数の人影がもの凄い速さですり抜けていく。レトは時折肩をぶつけてよろめいた。
「おいあんた! ぼけっとしてねえで、はやく逃げねえと殺されちまうぞ!」
「ばけもんが出たぞーッ!」
「いやああっ」
「次元師様! 次元師様はいねえのか!」
まるで猪の群れが目標に向かって猛突進していくかのように、足音が威勢よく遠ざかっていく。化物に対抗できるような超人的な力を持たない者たちによる迅速な判断だ。ついに周囲から人気がなくなり、レトは街中に取り残された。次元師はいないのか、その声が聞こえていたのかどうかはわからない。
彼の頭上に、ゆらりと影がのしかかった。
「──!」
これまでとは容貌が異なっていた。レトは無意識に身震いした。
──細長い2本の角が空に突き刺さっているようだ。首から下はどっぷりとした体格をしていて、その丸い背中からは翼と思しきものを広げている。なんの動物とも例えがたい潰れた顔面だけは従来通りだといえるが、心臓のように赤い双眸が、ぎょろりと蠢くのには息を呑んだ。
(……元魔)
逆光を浴び、漆黒に染まる元魔の全貌は見つめれば見つめるほど、まるで覗く深淵に吸いこまれていくような、そんな錯覚を覚えた。
太陽は完全に遮られていた。
頼りになるものは、その胸の内に秘める異次元の力のみであると、レトは理解せざるを得なかった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.51 )
- 日時: 2018/12/06 23:27
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: DvB6/ADf)
第048次元 謎の青年
異次元の扉がすなわち鞘となって、レトヴェールが手にかけると同時に2本の短剣がなにもない空間から刃を覗かせた。
「次元の扉発動──『双斬』!」
赤と黒の塗装に金細工があしらわれた柄を慣れない様子で握りしめて、今一度レトは元魔を凝視した。
神話に出てくるような悪魔の絵を思い起こさせる容姿だ。蝙蝠の羽によく似た薄い翼を大仰に広げて威嚇する。
元魔は枝のように細い腕をゆらりと空へ掲げて、間もなく振り下ろした。
「っ!」
レトは間一髪といったところで飛び退き、躱す。難なく地面を突き破った黒い腕が、ゆっくりと引き抜かれる。元魔は首を回してレトの顔を認識した。すかさず、彼めがけて猛突進する。
「──ッ、ぐ!」
レトが頭上で双剣を重ねると、そこへ元魔が鋭利な爪を叩きつけた。降りかかる重力を跳ね除けようと勇む細い両腕は震えて、いまにもひしゃげてしまいそうだ。
重い。苦しい。──押し負けるだろう。そんな予感がふと脳裏を掠めたとき。
「ぐあっ!」
レトの身体がひっくり返った。勢いよく地面に打ちつけた背中が、激痛を覚える。土の欠片と埃とが舞いあがり、レトは咳きこんだ。
衝撃によって抉られた地面の上で、元魔はレトの身体に覆い被さっていた。
顔のすぐ傍で、鋭利な爪が突き立っていた。左目のすぐ下を掠めたらしく、細い切れ目から血がぷくりと膨らんで、滑り落ちた。すこしでもずれていれば左の眼球をやられていた。もしもの事態を想像して、レトは全身からさっと血の気が引くのを感じた。
鮮血のように赤い無機質な眼がぐっと近づく。ゆらり、と。元魔は空いているほうの左の腕を持ちあげた。
しかし、身体が思うように動かない──いまにもあの鋭利な爪が降ってくるのに。
もしもこのまま振り下ろされたらひとたまりもない。狙いどころによっては致命傷になる。失明の恐れ。腕や体内、脚、関節、至るところの損傷が想定できる。最悪の場合死に至る。
もしも『双斬』で対抗しようと振り翳しても、また押し負ける可能性のほうが高い。上からの圧す力と下から支える力では圧倒的に上にいる者のほうが有利だ。対抗してもしなくともなんらかの損傷を被るのは必至でそれを回避する術がないとしたら、すこしでも軽減できる道を
──もしもを起こさないように、全力でやるんだよ!
もしもここにいたら。
一瞬だけ、そんな風に考えた自分を振り払うように、レトは双剣を浮かせた。
「三元解錠」
元魔が黒い腕を振り落とさんとする、ほんの一瞬前。
「──交波斬りッ!」
2本の刃は交差し、左右それぞれに振り払われた。密着した身体と身体の間を吹き抜けるわずかな隙間風を切り裂いて生まれた衝撃波が、至近距離で元魔に襲いかかった。
元魔は奇声をあげ、肢体を大きく仰け反らせた。おなじように衝撃波に巻きこまれたレトは後方へ吹き飛ぶ。石道の上を転がり、民家の石の塀にぶつかったところで勢いは止まった。が、そこで頭を強く打ったおかげですぐに視界がぐらついた。額から血が噴きだし、汗と交じって地面に滴り落ちた。
想定通り、損傷はした。だが身体の機能的には何の障害もない。レトはそのことを噛みしめた。
(全力でやる、か)
心拍数はとっくに跳ねあがっている。汗はとまらずにぼたぼたと地面を濡らし、壁にぶつけた頭が痛みを訴えてくる。呼吸を整えるので精一杯だった。考えごとをしながら本を読んでいるときと比べると、時間の進みはとてつもなくゆっくりに感じられた。
(ぜんぜん余裕ない、苦しい、次は、)
どうする。揺れる視界の奥では、元魔のような黒いものが動きはじめていた。さきほどの一撃では倒れそうもないことは簡単に予想できていた。
元魔は着実に歩を進め、こちらへ向かってくる。反射的に剣の柄を握るも、その手に力が入らなかった。
──なんで負けることを考えなきゃいけないの?
「……」
──どんなときだって考えないよ、そんなこと。
近くからそんな声が聞こえてきそうだった。レトは両の手に無理やり血を流しこみ、自分自身を鼓舞する。
(そっちのほうが正解だって、)
「それくらい、わかってんだよ」
金の瞳が瞬いた。『双斬』の刃が紅い輝きを放つ。
くるりと柄を持ち換えて、刃の向きを後ろへやった。体重が下へ下へいくように足の裏で土を踏みしめる。ロクアンズはいつもどういう身体で、気持ちで、次元の力を使っていただろう。怖いという感情をまるで感じさせないのには、どういった理屈が潜んでいるのだろう。
考えるだけでは答えは見つからない。レトはふたたび剣を交差させ、風の刃を繰り出そうと息を止めた──まさにそのとき。
「……!」
元魔の、後ろ。瓦礫の下で横たわっている子犬の姿を認識した。
(まずい、この技じゃ──あたる)
漆黒で大きな影が覆い被さる。レトの身体は、動かなかった。
「──真斬!!」
だれとも知らない男の声が、高らかに響き渡る。
その途端のことだった。いままさに襲いかかろうと跳び上がっていた元魔の上下半身が、真っ二つに引き裂かれた。まず下半身がまっすぐ地面に落ち、遅れて上半身がすこし離れたところに転がった。
なおも、上半身だけは生存欲を露にしていた。伸ばした細い腕で無様に空を掻くそこへ、1人の青年が近づく。額の上で生き永らえている赤い核にまっすぐ剣先を添え、心臓を突き破るとともに頭部を貫いた。ほぼ同時に黒い液体が辺りに飛散した。
レトは呆然としていた。突然現れた謎の青年に目が釘付けになる。
青年は振り返って、レトを見た。
「……。大丈夫か? そこの君」
「え……ああ」
「つらそうだ。手を貸すよ」
青年はレトのもとに歩み寄ってくる。短く切り揃えられた黒髪が清潔さと爽やかさを印象づける。前髪も短いせいか、はっきりとその顔つきが見えた。精悍で男らしさが際立っている。口元に浮かべた柔らかい笑みも相まって、ますます人に好印象を与える容姿だなとレトは思った。
膝を崩すレトの顔の前に、青年は手を差し伸べた。
「ほら、捕まって、お嬢さん」
「……」
性別を間違われることにもはや遺憾を感じなくなったレトは青年の手をとらずに、自分の力で立ち上がった。
「女じゃない」
「……え、そうなのか。それは失礼なことを言った。完全に女の子だと思ってたよ。さっきの戦闘を見てたら、なおのこと」
「……」
「その服は、此花隊とかいう組織の隊服だろ? 次元の力専門の施設とはいっても、あの程度なんだな」
レトがわずかに眉を下げるのを見逃さなかった青年は、ふっと笑みをこぼした。
「大きな囲いの中でぬくぬくと過ごしてるから、簡単に命を落とすんだよ」
青年の顔から穏やかさが消え失せた。挑発するような物言いにレトは思わず乗っかってしまう。
「うちの隊になにか文句があるんだったら文書とかそういうのを送りつけてくれ。さっきの礼は言う」
「馬鹿にされて逃げの体勢をとるとはな。とんだ腰抜けに育ってるじゃないか」
「……。此花隊に、なにか恨みでもあるのか?」
「さあな。でも、君みたいな奴を見てると、非常に腹が立つ」
「なんだと」
「その程度じゃ神族を滅ぼすどころか太刀打ちもできない。君に次元師としての自覚があるのかどうかは知らないけど、いまのままじゃ、無様に殺されるのが結末だ」
──ガキン! と、金属と金属とが接触するときの不協和音が鼓膜を刺した。レトは双剣を、そして青年は1本の長剣を振り翳し、鬩ぎ合う。
「……」
「やっとその気になったな、少年」
余裕の笑みを浮かべて、青年は言った。
「見せてやるよ。神を殺す覚悟っていうのが、どんな戦い方なのかを」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.52 )
- 日時: 2022/10/02 18:11
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第049次元 英雄の象
光り輝く長剣の刃が、レトヴェールの『双斬』を打ち上げた。両腕を高く挙げるような体勢となった彼の脇腹を青年は逃さず、長剣で突いた。
「ぐッ──!」
勢いよく血が噴いてレトは身を畳んだ。が、そこへ、まるで息つく間も与える気のない一太刀が迫った。
「っ!」
レトは片方の剣を手離した。短剣は宙で旋回し、からんからんと音を立てて石道の上に落ちる。矢継ぎ早に繰り出される剣戟に、レトは完全に翻弄されていた。
「まだまだこんなものじゃないぞ、少年」
青年の足が地面を蹴った。考える暇もなくレトは左手に残った短剣で迎え撃った。が、刃の幅も長さも敵わなければ、本来2本であるはずのそれが片方だけとなってしまっている。力の入れ方もわからず、玩具の剣を振り翳しているようにも見える必死な姿を嘲笑うかのように、青年は口角を吊り上げて、短剣ごとレトの身体を払い飛ばした。
「うあッ!」
軽い肢体はまんまと石道の上で跳ね、転がった。もはや立ち上がる力も残っていないのか、レトは地面に突っ伏したまま呼吸を荒くしていた。
「終わりか?」
青年は、レトの左の手に覆われている短剣を蹴り飛ばした。
「……」
「残念だよ。もうすこしやれるかと思ってた。……言いすぎたようだけど、どうか気を悪くしないでくれ。俺は、神族と真っ向から勝負できる人間が増えればいいと願ってる。これは本当だ」
青年は長剣に付着した血を払いながら、続けた。
「君も次元師なら強さを求めてほしい。勝利を望んでほしい。俺はもっと上へいく。神を滅ぼすことが、次元師として生まれた俺の使命だと、本気でそう思ってるんだ」
虚言や絵空事を述べているようには微塵も感じなかった。この青年は本意で、だれが掲げたかもわからないような"次元師としての使命"を全うするつもりなのだと、レトは思った。
強い正義感。それも執念にごく近い。熱の灯った青い瞳は、恐ろしいとさえ思わせた。
「それじゃあ、またな。少年」
そう言い残し、藍色の外套を翻した青年がふいに背中を見せた。そのとき。
喉の奥からかき集めた息の結晶が、詠唱に替わった。
「次元の扉発動」
振り返ると、"扉"はすでに開け放たれていた。
「──『双斬』!!」
地面に伏した両手にそれぞれ短剣が携えられる。青年が臨戦態勢をとるより先に、双剣の片方が浮いた。
「四元解錠──、一迅!」
一陣の風が青年の右腕を掻っ切った。内側から噴き出した血が真横に飛んで、石道の上に点々と跡を残す。いくら力をこめて傷口を抑えても、どくどくと、赤い液体は漏れだす一方だった。
一度は、レトの手元から弾き飛ばし遠ざけたはずの『双斬』だったが、甘かった。レトは次元の扉を閉じることによって『双斬』を異次元の世界へ返し、その上で再発動させ、『双斬』を手元に戻したのだ。
(体に傷を負っていても、頭ん中は動く……なるほどな。この少年、次元師としての力量はまだまだだが、いいものを持ってる。次元師同士の戦いの最中にその扉を閉じるとは、想定外だ)
自然に笑みがこぼれた。青年は、腕に負った傷口を抑えたままレトに向き直った。
「君は面白い。馬鹿にしたことを詫びるよ」
「……」
「俺の名前はセグ。君は?」
「レトヴェール」
「……レトヴェール、か。次に会うそのときは本気でやろう、レトヴェール」
その言葉を最後に、青年はレトの前から消え去った。入れ替わるような形で街の住人がばらばらと戻ってくる。並んで歩いていた2人の男が、地面に倒れているレトの姿を認めて、慌てて傍へ駆け寄った。
「き、君! どうしたんだいその傷は!」
「見てみろよ。この子の着てる服、此花隊のものじゃないか?」
「本当だ。駆けつけてきてくれたんだな。こんな傷だらけになるまで戦って」
「傷の手当てをしてくれるとこがあっただろう。そこへ案内しよう」
「ちょっとその子、どうしたんだい?」
そこへ、恰幅のいい婦人が狭い歩幅でばたばたと走り寄ってきて、2人の男は表情を明るくした。
「ああよかった。この子、怪物とやりあったみたいで傷がひどいんだ。手当てしてやってくれないか」
「それは大変だ。いますぐうちで診るよ。あんたたち、運ぶのを手伝ってくれる?」
「ああ」
意識が朦朧としているせいか特に抵抗する素振りも見せず、レトは男におぶられてその場をあとにした。
目を覚ますとすぐに、つんとするような嫌な匂いが鼻腔を刺激した。天井板からは灯りがぶら下がっていて、どうやら室内にいるらしいということがわかった。
身体を起こし、ぼうっとする頭を左右に振った。寝台のすぐ傍に窓が備えつけられていて、穏やかな風が吹くとその度に金の髪が揺れた。
寝台から降りようと身体をよじらせたとき、脇腹に電熱のごとく鋭い痛みが走った。
レトが寝台の上で蹲っていると、さきほど見かけた婦人が部屋に入ってくるところだった。
「ちょっとあんた! 動いちゃだめだよ。傷が深いんだ」
「……」
「待ってな。いま薬と包帯を持ってくるから」
傷跡がじわじわと熱を取り戻していくとともに、青年セグとの一戦を思い出し、表情が険しくなる。
(まるで歯が立たなかった)
思えば、セグは元魔に対して放った一撃を除いて、レトとの戦闘では一度も次元技を繰り出さなかった。レトの技量を測った上での対応だったのだろう。悔しいが、純粋に剣術勝負をしても適わない相手だったということになる。
これ以上傷口を開くまいとレトはゆっくり身体を動かして、元の体勢に戻ろうとした。こんこん、と木製の扉を外側から叩く音がして、レトは扉のほうに視線を向けた。
だれかが扉を押し開く。
「店主が急ぎの用で出てしまったので、代わりに薬と包帯を届けにきました」
穏やかで可愛らしい声が室内にふわりと広がった。入室してきたのは、ちょうどレトとおなじ歳くらいのまだ若い少女だった。手に持っているのは縁のついた丸い木の板で、その上に包帯と塗り薬を盛った小鉢を乗せている。
レトは、その人物を姿を認めると、驚いたように目を見開いた。
「包帯を取り換えるついでに、新しく薬を……」
高い位置で二つに結い上げた、鮮やかな小麦色の髪が肩の上でさらりと揺れる。
少女はレトと顔を合わせるや否や、硬直した。
「レト、ヴェールくん」
琥珀色の大きな瞳に、2年前となにも変わらない自分の姿がはっきりと映りこんだ。そんな気がした。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38