コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/11/29 21:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜第175次元 >>176-193
■第2章「片鱗」
・第176次元~第178次元 >>194-196
〇「或る記録の番人」編 >>197-
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.89 )
- 日時: 2020/06/23 21:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第080次元 眠れる至才への最高解Ⅴ
丸顔に背丈も低いその珍妙な見た目の男は、手近なところにあったテーブルの上に隊服を広げた。ロクアンズはその隊服を食い入るように見る。
ロクが着ているものよりも丈が短い。彼女の隊服は入隊してすぐ支給されたもので、腿のあたりまで裾が作ってある。ガネストやルイルが着用しているのもまったくおなじ代物だ。しかしレトヴェールが依頼したというこの隊服は、腰よりも上のあたりで断裁してあった。
それに加えて、男は隊服の隣に、革で拵えた2本の鞘を並べた。
(! ……鞘?)
わざわざ鞘のみを作らせたのは、発動した『双斬』をそのまま収納できるようにするためだろう。戦闘中に身動きがとりやすくなるのは確実だ。
ロクは驚きと感心の混ざったような曖昧な息をもらした。
「これ、レトが……」
「ええ! 次元師様から直々に賜ったご依頼ですから、わたくしも気合が入ってしまって、いやはや、雑になっていないか何度も、それはもう何度も丁寧に見直しておりますでして……」
「……」
つい先日、ということはあまり日は経っていない。もしかしてあの日──本部の鍛錬場で一戦交えた後に依頼したものだとしたら、随分と行動が早い。ロクはこくり、と生唾を飲みこんだ。
「うわー、焦るなあ」
「ホム、挨拶はしなくてよいのかな?」
「やや! これはこれは、申し遅れましたです。わたくし、研究部班制作班の副班長を務めております、ホム・サンパンと申しますです。以後お見知りおきを、何卒、何卒……」
ホムは小さな体躯をさらに丸めて、過剰なほど腰を低くした。決して馬鹿にするわけではないのだが、班の責任者としての位置を任されているにしては、少々威厳さに欠ける風貌だ。しかし、彼は身体も気迫も小さいながらたしかに黒の隊服の着用を許されている。レトに頼まれたという隊服や鞘を制作するのにもさほど時間をかけなかった点を鑑みると、分不相応ではなさそうだ。
ロクとフィラもいつも通りの調子で挨拶を返す。それを見届けてから、ケイシィは「さて」と踵を返した。
「時間も限りあるのでね、次の研究室を案内しよう! それではホム副班長、引き続き頼む」
「は、はいです! ケイシィ副班長!」
「ついてきたまえ」
黒色の上衣を大仰に翻し、ケイシィは靴音も高らかに歩きだした。ロクとフィラはふたたびその後についていく。
次に案内されたのは調査班の研究室だった。室内には、数多の紙束を詰めこんだ吹き抜けの棚と長机が交互かつ等間隔に設置されている。長机の上や床、至るところに報告書の束や地図といった資料が散乱しているが、物音はまったくしない。
調査班の班員たちは、ほとんどこの研究棟を留守にしている。彼らの仕事は国内外問わず各所を渡り歩き、次元の力や神族の情報をその足で集めてくることにほかならない。長い遠征から帰ってきた者でも十日と経たずに次の旅に出るため、研究班の班員は、家族を持たない独り身の者が多い。
ケイシィは惨状に呆れつつ、口早に説明した。
「現在調査班は、副班長を除き、全班員が出払っている状態でね。班員との顔合わせはまたの機会にしていただきたい」
「あ、はい。それにしても……」
「部屋の中、ごっちゃごちゃだね!」
「……誠に恥ずかしい限りだよ。常日頃より、整理整頓も仕事の一つだと口酸っぱく指導しているのだが……なにしろ、自由奔放な気質を持った人間が多いものでね。お見苦しいものを見せた」
「いいえ、そんな」
資料が乱雑に散らばっている机に近づくと、ケイシィは目についたものから順に片付け始めた。
「なんか手伝おっか?」
「いいや。資料によって収納する場所も決めているだろうし、君の手を借りるまでもない。すこしばかり綺麗な状態に整えるだけだ」
「次に帰ってこられた方が片付けてくださるといいですね」
「そうだな。しかしこの部屋を片付けようなどという思考に至る変わり者が、彼以外にいるとは思えないが」
独り言のように控えめな声でケイシィが呟く。なんとなく気になったロクは、「彼って?」と彼女の言葉を拾った。ケイシィは一度手の動きを止めたが、つとめて明るく返答した。
「14年前までは比較的、正常な状態が保たれていたのだ。至極几帳面な男が、この調査班に在籍していたのが理由だろう。一端の班員だったが、入隊当時から大層頭がキレることで将来を有望視されていた。そやつは整理整頓に煩いだけに留まらず、やはり、少々思考の読めない奴だった。聞いて驚いてくれるなよ。神族を信仰していたのだ」
神族、と聞いてロクは耳を傾けた。ケイシィは束ねた紙束の底を、とんとんと机の上で整える。
「し、神族を……信仰、ですか?」
フィラが信じられないといったように返すと、至って冷静な態度のままケイシィは続けた。
「ああ。こちらが訝しげな態度をとると以降は、そのような発言はしなくなったが。なんという名の神族だったか……。まあともかく、ある一体の神族に対し、深い信仰心を抱いていた」
「……へえ……」
日々、元魔によって日常を脅かされている者たちの中に、まさか神族を信仰している者がいるとは。興味深く聞き入っていたロクだったが、さきほどの"14年前までは"という言葉に彼女は引っかかりを覚えた。
「14年前までは、ってことは、いまはその人いないの?」
「……その男は、メルドルギース戦争終息後まもなく遠征に出て以降、一度も帰還していない」
「え……」
「行方不明になってしまったんですか?」
「そういうことだ。無論、この世界のどこかで元気にしているのであれば、それ以上望むことはない」
行方不明の班員──ロクもフィラも固唾を飲んだ。ロクは、フィラの隊服の袖をくいくいと引っ張った。2人は声を潜める。
「……なあんか気になるね、その男の人」
「そうね。14年前から実験が行われていたかどうかはわからないけど、突然いなくなったっていうのが怪しいわ」
「うんうん」
「なにをしているんだい? 次の研究室を案内するよ」
「ああ、いえ! すみません、いま行きます」
調査班の研究室をあとにし、一本の廊下の奥へと突き進んでいく。突き当たりにも大きな扉が備えつけられていた。扉より左側の壁に硝子製の窓がついていたのでロクはそちらに視線を引かれた。ところがそのとき、彼女の視界に信じられないものが映った。ロクは大袈裟に左目を見開くとすぐさま走りだし、窓にべたっと張りついた。ケイシィが扉の前で立ち止まる。
「えっ、え!? なんで元魔がここにいるの!?」
ロクが声をあげたので、フィラも驚いて小走りになる。見ると、窓の奥にはたしかに元魔と思しき黒い物体が蠢いていた。丸いだけの胴体から細い四肢が伸びている。身体の釣り合いがとれていない個体だ。
四肢にはそれぞれ鉄枷が装着されている。鉄枷から伸びている鎖は、床に備えつけられている金具とも繋がっているようだ。
「本当ね……。でもどうして」
「ここには捕縛したさまざまな形状の元魔を収監し、研究対象としている。当然、危険性が高まってくれば次元師殿に足労いただき、処分の運びとなるけれどね。おっと、本能が疼くであろうが討伐は勘弁してくれたまえよ」
「う、うん」
「すまないが君たち次元師を見ると興奮するやもわからない。最後に、我々開発班の研究室をご覧いただこう」
ロクは窓に張りつけていた手のひらを離した。すると、収監室を正面に据えているロクの右の頬を、そよ風がふいに撫ぜた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.90 )
- 日時: 2020/07/19 15:28
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 7Q5WEjlr)
第081次元 眠れる至才への最高解Ⅵ
どうやら、一方通行しかできない廊下ではなかったらしい。風が舞いこんできた方を見やると、そこから外に出られることがわかった。
「わあ……!」
吹き抜けの廊下が北棟と繋がっている。ロクアンズが首を左側に向けると、研究棟からすこし離れたところに宿泊棟が見えた。周囲は森に囲まれていて、温かい日差しが大きな池の水面に降り注いでいる。
ふわり、と廊下を吹き抜けようとする木の葉を目で追うと、今度は右側に顔が向く。廊下と棟の四辺に囲まれてできた空間は中庭となっているようで、こちらにも豊かな植物が広がり、舗装された道の上には木製の長椅子が点々としていた。
ロクが中庭に行こうとしたときだった。彼女はその場でうっかりと足を踏み外し、素っ頓狂な声をあげた。
「おわっ!」
「え! ロクちゃん?」
フィラがさっと振り向くと、中庭ではなく裏庭側の茂みにロクが落っこちていた。ロクはぶつけた頭を擦りながら勢いよく起きあがった。
「いっ……たあ! ……ん?」
ロクは左手に違和感を感じて、ぱっと手をあげた。小さくて赤い硝子玉──が、砕けて、断面が角張っているものだ。青い空に浮かぶ雲のように、赤い硝子の中に透明なもやが滲んでいる。彼女はそれを拾いあげた。
「なにこれ?」
どこにでもありそうな小石とは明らかにちがう。宝石のようにも見えた。だれかの落とし物かな、なんて思いながら指先でいじっていると、頭上からフィラの手が伸びてきた。
「ほら、つかまってロクちゃん」
「あ、うん。ありがとうフィラ副班っ」
ロクは咄嗟に、その割れた硝子玉をコートのポケットに突っこんだ。
吹き抜けの廊下を渡り、北棟へと足を踏み入れた3人が最後に向かった先は、開発班の研究室だった。
「ここが我が城、開発班の研究室さ! そして私、ケイシィ・テクトカータが開発班の副班長を務めている。改めてよろしく頼むよ!」
研究室の大扉を開けてすぐ、ケイシィは大仰に腕を広げ、ロクとフィラを快く招き入れた。
"開発班"は、次元師の血管内に流れる元力粒子の固体化、つまり"元力石"の生成を可能とし、それにともない通信具を開発した。また調査班と協力して、次元の力と次元師についての解明も急いでいる。ケイシィもどちらかといえば、解明に尽力している側の人員だ。
内装は制作班の研究室とほとんど変わらない。部屋全体を使って長机が配列されていて、壁際にはずらりと書類棚が並んでいる。調査班よりかは片付いている印象だ。
「フィラ副班殿。あなたの元力石がもうすぐ目標の質量に達するよ。いまは最終段階で、調整中なんだ」
「え? そうなんですか」
「来たまえ」
まるで親鳥についていく雛鳥のようにその背中を追いかけていると、ケイシィがおもむろに足を止めた。ロクもフィラもそれに倣って立ち止まる。
「タンバット、ここにいたのか。探したぞ」
椅子に座っていた黒い隊服の男が、名前を呼ばれてこちらを向いた。墨色の前髪をすべて巻きこんでひっつめているが、取り逃がした二本の細い束が、顎のあたりまで伸びている。がたんっ、と椅子を鳴らして彼は立ち上がった。
「ああ、ご、ごめんなさい! ケイシィさん!」
「調査班の副班長ともあろう者が、なぜ研究室を留守にしていた。遠路はるばるおいでになられた折角の御客人が、無人の研究室を訪ねる羽目になってしまったではないか!」
「急ぎで調査資料がほしいとかで呼ばれてたんすよ~、ははは」
「む。左様であったか」
「あれ? じゃあ、その人たちが」
男は、ここでようやくロクとフィラに視線をやった。やれやれ、とわざとらしくケイシィは肩を竦めた。
「先に到着された、2名の次元師殿だ。まったく」
「そ、それは、すいませんっした! えっとー、調査班の副班長やってます、タンバット・ロインっす!」
タンバットは、大の男に似つかわしくない溌溂な笑顔を浮かべて名乗った。まるで物心がついたばかりの幼い子どもと子どもが初めて出会ったときに交わすような底抜けの明るさだ。制作班のホム副班長とはまたちがった威厳の欠落を感じ取ってしまったフィラが内心で詫びを入れている間に、ロクも元気よく挨拶を返していた。
「戦闘部班の第二班所属、ロクアンズだよ! よろしくねっ、タンバット副班!」
「初めまして、おなじく戦闘部班第二班、副班長のフィラ・クリストンです。タンバット副班長、よろしくお願いしますね」
「わ~! 本当の本当に次元師様なんすね! 俺、いますごい感動してるっす!」
きらきらと目を輝かせて、タンバットがフィラの手をがばりと掴み取った。フィラが驚いて身じろぎをするのもつかの間、ケイシィの厳しい手刀がタンバットの手のほうに下った。
「いだっ! なにするんすかぁ、ケイシィさん!」
「むやみやたらと女性の手を取るものではないよ、タンバットくん。多少なりとも相手の迷惑を考慮できるようになれと何度言ったら理解する? 迷惑をかけてすまないね、フィラ殿」
「い、いえ……」
「うぅ、はいっす……」
「さて、タンバットくんとの邂逅も果たせたところで、こちらにおいでいただこうか」
立ち並ぶ作業机の間をすり抜けていくと、一つだけ、硝子瓶がいくつも並べられている机があった。近くの棚にもごちゃりと置かれている。
硝子瓶の蓋にはどれも、小さな貼り紙がついていた。そのうちの一つをひょいと持ちあげて、ケイシィはフィラの目の前に差し出す。瓶の貼り紙には、"フィラ・クリストン"と明記されていた。
「これが貴殿の血液から採取し、結晶化させた元力……人呼んで、元力石さ!」
ケイシィが瓶を揺らすと、元力石がカラリ、と音を立てた。石はところどころがトゲのように角張っていて、そのまま触れると痛そうだ。元力石はどれも似たような形状をしている。
「わあ、私、元力石って初めて見ました。これが元は私の体内にあったなんて、感動です」
「思う存分目に焼きつけて帰るといい」
「はい。ねえ、見て見てロクちゃん。元力石ってこんな色してるのね。想像していたよりもずっと綺麗。これがいま、ロクちゃんの通信具の中に入ってるのね」
「……」
ロクはフィラに返事をしなかった。無意識のうちにコートのポケットに手を差しこみ、さっき茂みの中で拾った硝子玉に、そっと触れる。
──フィラの元力石は、透明な中に、不規則な赤いもやが滲んでいる。そのほかの瓶に入っている元力石も多少の濃淡の差はあれど、ほとんどおなじ色だ。
(全部、薄い赤色だ。さっき裏庭で拾ったこれは真っ赤だけど……)
どことなく元力石に似ている。そうロクは直感した。
「おや。ロクアンズ殿がつまらなそうな顔をしているね?」
「え? ……ああ~! あたし、難しいことよくわかんないし」
まったくべつのことを考えていました、とは言えずロクは適当にお茶を濁した。
「ハハ! 当然といえば当然か。この研究棟は、メルギースという一国中に点在している謎や難問を解き明かすために形を成している。君のように無邪気な幼子の興味を引けそうなものは、あいにくと用意が間に合っていなくてね」
「ここ、頭よさそうな人たちでいっぱいだもんねっ」
ロクがそれとなくケイシィに合わせると、1人の男性班員が通りがけに横槍を入れた。
「君と同い年くらいのやつもいるよ」
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.91 )
- 日時: 2020/06/01 22:05
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第082次元 眠れる至才への最高解Ⅶ
ロクアンズは声のした方に向いて、左目をぱちくりさせた。
「へ? そうなの?」
「ああ。けど、3ヶ月くらい前だったかな。遠征に出て、まだ帰還してないんだよ」
「へえ~! 会いたいなあ!」
さっきまでの乾いた笑みとは打って変わって、ロクの表情がぱっと明るくなった。ここを訪れてからいままでも大人としか出会わなかったし、頭の中で勝手に「研究部班は頭のいい大人たちのいるところだと決定づけてしまっていたのだ。
研究部班、医療部班、援助部班にはそれぞれ、入隊に際して年齢制限が設けられている。12に満たない者には入隊の権利が与えられないのだ。しかしこの規約は裏を返せば、最低でも12歳を迎えていれば実力次第では門をくぐることが許される、ということになる。
入隊後しばらくは、訓練員や研修員と呼ばれる、いわゆる"見習い"として、現役班員たちの下につく。件の"同い年くらいのやつ"も、いまは見習いなのだろうなと、ロクは1人で頷いていた。
唯一、戦闘部班だけが年齢制限を設けていないのは、次元師の育成が目的の一つでもあるためだ。どちらかというと年齢の幼いうちから育成をしたいというのが現班長の意向だ。
そういえば、とロクはケイシィの顔を見上げた。
「班長さんいないの? あたし、班長さんにも会ってみたいな!」
戦闘部班の班長、セブン・ルーカーは本部に常駐しているので、てっきり研究部班の班長もこの施設内に腰を据えているとばかり思っていた。しかしながら、表玄関で出迎えてくれたのはケイシィだった。元力石を開発したというハルシオ・カーデンにはまだお目にかかれていない。
ケイシィは眉を下げて、申し訳なさそうに告げた。
「すまないね。我らが班長は長期に亘っての仕事に行かれてしまって、半年ほど前から席を外している。それゆえ私が責任者を代わっているのだ」
「ふーん……そっかあ。残念」
「ケイシィさんっ! すこし時間いいっすかー? 相談したいことがあって……」
遠くから、タンバットの声が飛んでくる。ケイシィは振り返って「わかった」と返した。
「ではフィラ副班長殿、ロクアンズ殿、申し訳ないが私はすこしばかり席を外す。この研究室の隣が食堂と談話室を兼ねているんだ。疲れているだろうから、そこで暫し休憩をとるといい」
ロクアンズとフィラにそう言い渡して、ケイシィは隊服の裾を翻らせた。残された2人がぽつんと突っ立っていると、ロクのお腹がきゅるる、と弱々しく鳴った。
「お腹、空いた」
「じゃあお言葉に甘えて、休憩してきましょうか」
ケイシィが言っていた通り、研究室を出て十数歩と進まないうちに食堂の大扉があった。室内は広々としていて、食事をとる班員たちの姿がちらほらと見受けられる。
研究棟には、研究部班のほかにも、援助部班の警備班と調理班も数名ずつ配置されている。この食堂を任されている調理班は、現時刻がちょうどお昼時に差しかかっているのもあって忙しそうだ。
食膳を両手に持ち、フィラは調理場に近いテーブルに先についた。ややもすれば、ロクも配膳台から戻ってくる。
「おまたせー、フィラさん!」
「あ、おかえりなさいロクちゃ……って、えっ!? ろ、ロクちゃんそんなに食べるの?」
フィラはぎょっとして、ロクの食膳を注視する。2枚のトレイを片手でそれぞれ掴んでいること自体にはまだ驚かないが、片方のトレイ上では肉の串焼きが針の筵にも似た山を形成し、もう片方にはさまざまな形をしたパンが見事が塔を築きあげている。二対の山は、どんとテーブルの上に腰を据える。
「へ? うん。ほらあたし、お腹ぺこぺこだからさ~。食堂来ちゃうとついつい頼んじゃ」
「……も、もももしかしてロクちゃん餓死寸前だった!? そんな私、全然……全然気づかなくて!」
「いや大丈夫だよ普段からこの量だからあたし!」
ロクが切迫した面持ちで弁明すると、ほっ、とフィラは胸を撫で下ろした。過食は身体によくないわ、などの注意をされるならまだわかるが、餓死寸前まで追い込まれていたのかと問われたのは初めてだ。出先ではお金を無駄にできないから食事量は控えろ、とコルドに出発前から散々言われていたので、道中は我慢していたにすぎない。本来ロクは大食らいだ。いまこの場に彼がいないのをいいことに大量摂取を図ろうとしたロクだったが、フィラの心配性がここまで激しいとは意外だった。
食事を口に運び始めてからすこしすると、フィラが声を抑えて切りだした。
「……とりあえず、主要な人たちとは会えたわね。班長さんを除いて」
ロクもフィラも単なる見学として研究棟にやってきたわけではない。デーボンら悪徳商人と繋がりを持っている関係者を探すことが本来の目的であり、今回の任務だ。
なにはともあれ、研究部班の各班の副班長を務める3名との接触は叶った。印象としては、3人とも少々個性的な人柄であった。学者然としたお堅い集団なのだろうと身構えていた分、肩透かしを食らう羽目にはなったが、情報が少ない現時点ではだれもが疑わしい。
開発班の研究室にあった、元力石が入った硝子瓶。瓶についていた紙には、その元力石の持ち主である次元師の名前が書かれていたが、ロクはそのすべての名前を確認していた。もちろん怪しまれないように細心の注意を払いながら、である。
「さすがにファウンダとカインの元力石は見当たらないね……。それがあれば、大きな手がかりになるのになあ」
「そうね。デーボンたちが持ってたものは、政会の人たちに押収されてしまったけど……もしおなじものがこの施設内にあれば、だれが取り扱ってたのかとか、わかるかもしれないものね」
「うんうん」
「でも関わってる人間が少人数なら、だれの目にもつかないところに保管しているのかも」
「ええ? そんなとこあるかなあ……。あ、そういえばねフィラさん」
ロクは裏庭に落っこちたときに拾った硝子玉を取り出そうとした。が、そのとき大扉のほうからガラガラ、と騒音が響いてきた。その大きな音がだんだん近づいてくるので、ロクもフィラもそちらに注意を持っていかれた。
「すみません、ここまで運んできてくださって」
「いいえ、時間がかかってしまってすみません。裏の森、道が入り組んでますね」
「そうなんです。助かりました」
灰色の隊服を着た男が荷車を引き、調理場の近くまでやってきた。援助部班の運搬班だろうか、運んできたものを調理班の班員に渡している。荷車に積まれていたのは果実や山草類だ。
「あとついでに……これ。あの男の子がいつもつけているペンダント、ですよね? 石は割れちゃってるみたいで、裏口に落ちていたんです」
「あら、本当だわ。でもどうして裏口のほうに……。もしかして遠征から帰ってきたのかしら」
なんとなく会話を耳に入れていたロクだったが、そのペンダントを視界の端で捉えると、勢いよく席から立ち上がった。
「ねえねえ! それってだれの?」
ぱたぱたとロクが駆け寄ると、運搬班の男が振り向いた。男の手には、細長い革の紐と、小さな石が握られている。落とした拍子に分解してしまったのだろうか。たしかに元はペンダントだったらしい。
その小さな石は、真っ赤で、割れたような尖った断面がある。
調理班の女が答えた。
「ナトニっていう、君くらいの歳の男の子がいてね、その子の持ち物なの。いまは調査で外に出てるからいないはずなんだけど……」
「え、じゃあその子、もしかして次元師なの!?」
「い、いえ、それはちがかったと思うけど……。でもナトニのお父さんは次元師様だったはずよ」
え、とロクは短く息をもらした。フィラも席を立って歩み寄ってくる。
「残していったものがこれしかないからって……。あの子、いつも肌身離さずつけていたのに。変ね」
「……残していった?」
声を低くしてフィラが問いかけると、女は不思議そうな顔をしてから首肯した。
「はい。元調査班の班員で、14年前の終戦直後に遠征に出たきり……行方不明になってしまったとか。ナトニはその後、この施設内で生まれた子なんですよ」
この瞬間、ロクとフィラは一層気が引き締まるのを感じた。
例の14年前に行方をくらませたという研究部班の男は、次元師だったのだ。そして彼と血縁関係にある者が、この研究部班に在籍している──。
心臓がざわつくのを抑えるように、ロクは上着の胸部をぎゅっと掴んだ。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.92 )
- 日時: 2020/06/23 21:57
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第083次元 眠れる至才への最高解Ⅷ
第二班と街中で別れたあと、コルドとレトヴェールの2人は大書物館に向かうため街の外れに出た。
大書物館とは、ウーヴァンニーフを"本の街"たらしめる所以であり、国内でも名所とされる館だ。もとはウーヴァンニーフの現領主の祖、マグオランド・ツォーケンの別宅にすぎなかったという。彼の家系がその当時、多少裕福な暮らしをしていたこと、そして本人が持つ異常な収集癖が由来してこの館は増設を繰り返し、現在に至る。
マグオランドの収集癖は本に留まったが、その膨大な数の本が館内を埋めつくしているため、大書物館と呼ばれるようになったのだ。
道すがら、2人は初めて訪れる大書物館の話題で盛りあがっていた。
「どんな本が置いてあるんだろうな、大書物館」
「そうだな。建てられたのが200年前で、すでにいくつか持っていた本も格納されているとしたら、古語で書かれた本はほかにもいくつかあるかもしれないな」
「それじゃあ国中の研究家が押し寄せてそうだな。いままでにもいくつか盗まれてるんじゃねえの」
「どちらかというと、研究家たちが書き残した論文や記録書のほうが多いんじゃないか? あとは童話や小説なんかもあると聞いたことがあるぞ」
「ふーん」
「そもそも古語を読める人間は少ないし、200年以上前の文献ともなると、綺麗な状態でもなさそうだ」
「たしかに……」
「楽しみなんだろ、レト。おまえ本好きだもんな」
「……」
無言を肯定と捉えたコルドが悪戯っぽく笑った。
そんなやりとりを交わしつつ、道中は和気あいあいとしていたのだが、いざ大書物館を眼前に据えたときには2人とも息を呑んだ。
創立200年を超え、代々受け継がれてきた由緒正しき伯爵家の館。14年前の戦時中に一部損壊し、修繕工事が行われたとのことだったが、館の纏う雰囲気はまったく現代のそれではなかった。
建物は全体的に象牙色の塗装がなされていた。飛びだした小さなバルコニーには可愛らしい花壇が並んでいて、その欄干を彩る鮮やかな緋色は一際目立っている。
入り口まで足を運び、大きな扉の前に並んで立つ。扉の金の把手一つとっても、きめ細かな装飾がふんだんに施されていて、コルドが触れるのを躊躇ったほどだ。
把手を引き、いざ2人は館の中へと足を踏み入れた。
目に飛びこんできたのは、それはもう絢爛豪華の限りを尽くした荘厳な内装だった。
「……」
「すごいな、これは……」
遥か高い天井にまで届く巨大な棚が、ただ広い空間の壁一面を飾っている。上品な赤色の絨毯で彩られた中央の階段の脇にはおなじく巨大な棚の側面が聳え立ち、まるで二対の大木を従えているようだ。視界の限りを本棚と、そこに収納されている数えきれないほどの本の背表紙で埋め尽くされたその光景はじつに壮観だった。棚の一番上にある本を取るのには身の丈がいくらあっても足りないだろう。1つの棚に大きな梯子が寄りかかっているが、あれを伝って登るにしても人並みの勇気では諦めてしまいそうだ。
絨毯に足をつくとすぐに、清楚な身なりをした1人の女が玄関のほうに振り向いた。コルドたちの到着を待っていたのだろう。
コルドは一段と丁寧な声色を作って、挨拶をした。
「お初にお目にかかります。此花隊から参りました、戦闘部班第一班副班長のコルド・ヘイナーという者です」
「お待ちしておりました、コルド・ヘイナー様。旦那様が奥でお待ちです」
女は恭しく礼をすると、先に歩きだした。コルドとレトは彼女の案内についていく。
巨大な本棚と本棚に挟まれた、幅広の階段を上がっていく。階段と本棚との間には一定の間隔があるが、1階にいたときはうんと高い位置にあった本の題名が、階段を昇ると視線上にやってくる。レトはしばらく、本棚に目が釘付けだった。
2階の廊下を突き進み、もっとも奥の大扉の前までやってくると、女が「旦那様。此花隊の次元師様が参られました」と声をかけた。扉の奥にいる人物も「お通ししてくれ」と返事をしたので、女は扉を開けた。
「ようこそおいでくださいました、次元師様。私はこの大書物館の館主をしております、バスランド・ツォーケンと申します」
バスランドと名乗った男が腰かけから立ち上がった。物腰の柔らかさが目元にも滲んでおり、黒い顎鬚が綺麗に整えられている。彼が握手を求めてきたので、コルドはそれに応じた。
「お会いできて光栄です、バスランド・ツォーケン伯爵様。此度はセブン・ルーカーよりお話をお伺いし、馳せ参じました。私は此花隊戦闘部班第一班副班長、コルド・ヘイナーと申します」
「ヘイナー?」
バスランドが小さな黒髭を捻って、首を傾げた。ややあって、彼はなにかを思い出したように表情を明るくした。
「ああ、もしかしてあなた様は、コルド・ギルクス坊っちゃまではございませんか?」
「え」
コルドは一瞬言葉を失った。しかしすぐに、しまった、とでも言いたげな困り眉になった。バスランドはそれに構わず、コルドが差し出した手を両手で握りしめた。
「いやあ、これほどご立派になられましたとは。覚えておいでですか? お小さいときに一度、こちらの館においでくださったことがあるのですよ」
「え、ええ。はっきりとはいたしませんが、覚えております」
「じつは先日、ギルクス侯と食事をご一緒させていただきましてね。そのときにはあなたのお名前が上がりませんものでしたから」
「はは。申し訳ありません、私も父とは長らく会っておりませんので」
「左様でございましたか。ああ、そうだ。これからお茶の用意をさせようと思っていたのです。どうぞ、コルド様もご一緒にいかがですか」
「お誘いは大変嬉しいのですが、仕事の都合上、こちらに立ち寄った次第なのです。この後、此花隊の研究棟に向かわねばなりません。御容赦ください」
「そうでしたな。誠に残念です。ときに……なぜ奥様の姓を名乗られているのです?」
「え。と……そ、それは……」
コルドが引き腰になりかけたそのとき。こんこん、と扉を叩く音がした。コルドの肩越しにバスランドが扉のほうを見やると、さきほどの使用人が扉を開けた拍子に、美しい小麦色の毛並みをした犬が駆けこんできた。ぱたぱたと尻尾を振るうその犬が口に本を咥えていたので、バスランドはバツが悪そうにその本を取りあげた。
「またおまえは、いったいどこから取ってきたんだ。頼むからじっとしていてくれ」
「大変申し訳ございません、旦那様。1階で見かけましたので追いかけてきたら……」
「いいんだよ、気にしないでくれ。私の躾が悪いようだ。小屋には私が繋いでこよう。君は持ち場に戻ってくれ」
「はい」
「申し訳ありませんが、この子を小屋に戻してくるので、私は少々席を外します」
「どうかお構いなく。……あ。あの、盗まれた本の特徴などをお聞かせ願えますか?」
コルドは退室しようとするバスランドを引き留め、問いかけた。するとバスランドは使用人の女に視線をやった。
「それでしたら、彼女が詳しいでしょう。たしか君には、古語の本を置いている棚の管理を任せていたね? 代わりに答えてくれないか」
「はい、旦那様。棚からなくなっていた本は、くすんだ赤色の表紙で、本というよりは紙束を紐で縛ってあるものでした。誠に申し訳ございませんが、私は古語を解読する技術を持ち合わせておりませんので、どういった内容の書物であったかまではお答えすることができません。ただ、標題と、中に書かれている文字は古語と見て間違いないかと思われます。ご期待に沿えず、申し訳ございません」
「いいえ、そんな。助かります。教えていただきありがとうございます」
「それではコルド様、どうぞご自由に見学なさっていってくださいね」
そう言うとバスランドは犬の首輪から伸びているリードを引いて、使用人とともに退室した。閉まった扉を見つめ、レトはここにきてようやく口を開いた。
「あの犬が持っていったんじゃ」
「どうだろうな。だったらさっきみたいに、主人に本を届けそうだ」
「……ギルクスって、侯爵家の家名じゃなかったか?」
「……おまえの記憶力がいまは恨めしいな」
「なんでいままで黙ってたんだ。初耳だけど」
言及され、コルドは諦めたように息を吐いた。部屋から出るとバスランドの姿が見えなくなっていたので、彼は口を割った。
「とうの昔に勘当されたんだよ」
ため息交じりにそう答えると、コルドは短い黒髪をぽりぽりと掻いた。
- Re: 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版- ( No.93 )
- 日時: 2020/05/31 12:23
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第084次元 眠れる至才への最高解Ⅸ
興味本位で問い詰めてみただけだったのだが、予想の斜め上をいく返答だったためにレトヴェールは目をしばたいた。
昇ってきた階段をゆっくり下りがてらコルドは身の上話を聞かせてくれた。
「恥ずかしい話になるんだが、俺は俗に言う、箱入り息子としてかなり甘やかされて育ったんだ。家を継ぐのだって、一番上の兄貴か、はたまたその下の兄貴か……まかり間違ってもその下の兄貴だろうって当然のように思ってたしな」
「……? 兄が3人いるのか」
「ああ。俺は四男なんだ」
噂によれば一番上の兄貴が継ぐらしいが、とコルドは付け足した。揺りかごの中でぐずる自分を3人の兄たちが覗いていた。4人目の男児ともなると、母や家の使用人たちもなにか特別なことをさせようとはしなかった。兄たちが屋敷の廊下を慌しく駆けていくのを何度か見かけて、真似をしようと教本を抱いたまま急いで勉強部屋に駆けこんでみたことがあった。けれど、部屋で待っていた学問の先生に「そんなに焦らなくていいですよ」と微笑まれた。その言葉だけが妙に根強く記憶に残っている。
何不自由ない生活を与えられていたが、他者よりも突出した能力を得ることもまたなかった。ぼんやりと日々を送っていたら、多少文字が読めるだけの不器用な人間ができあがっていた。
ロクアンズに「俺はそれほど柔軟ではない」と告白したのも、謙遜の意は含まれていなかっただろう。
「それでちょうど、おまえたちくらいの歳の頃だったか? 長い仕事で留守にしてた親父が急に帰ってきてな。俺がとんだ体たらくだったものだから、『おまえみたいな軟弱者はこの家にいらん』って殴り飛ばされて、そのまま疎遠になった」
「殴……。ウーヴァンニーフとか、伯爵のことが詳しかったのはそういうわけか」
「それなりの知識だけな」
レトにとっては信じがたい話だった。入隊当時からの付き合いだが、コルドという男は大がつくほど真面目で、与えられた仕事は忠実に成果をあげる。ベルク村の一件では義兄妹の身勝手な行動をフォローする役目にも回ってくれた。軟弱な部分があろうとは皆目見当もつかない。
そんなことを考えていたら長い階段も残り一段となっていて、早くも1階に戻ってきた。
いくつかでいいから本が見たい、とレトが主張してきたのでコルドはそれに付き合うことにした。大広間の内壁ともいえる本棚にはびっしりと本が並べられており、レトは背表紙に書かれた表題をなんとなく目で追いながら館内を歩いていた。
なにかめぼしいものでもあったのか、レトがぴたりと留まった。彼の視線の先には、本を1冊抜き取られたような痕跡があった。
「お、ここか? たしかに1冊分、空いたとこがあるが……」
「たぶん合ってる。さっきバスランド伯が言ってた、古語の本が置いてある棚だ」
棚を仰ぎ見ながら、レトが淡々と言う。コルドにはさっぱり読めなかったが、古語を知っているらしいレトが言うのだから間違いないのだろう。
1冊の本が目につき、レトはそれを抜き取った。頁をめくると、淡い絵の具で描かれた人物やら景色やらが紙面にぼんやりと滲んでいた。字を覚えたての子どもでも読めそうな簡単な文章も添えてある。見たところ絵本だ。
「……? なんでこれだけ現代語なんだ」
「ああ、それ、『わたしの子エリーナ』だろ」
「知ってるのか、コルド副班」
「小さい頃、母親から聞かせられたりしなかったか? 有名な童話だぞ」
この国に住む大抵の母親は、家事を片手にでもそらんじられるという。コルドも幼い頃に母親から聞かせてもらった経験があるらしく、以下はその内容についてかいつまんだものだ。
ある母親が双子の赤ちゃんを授かったが、片方の子が奇病を患って生まれてきてしまう。周囲から向けられる奇異の目やいじめに立ち向かうが、ときにはつい子ども同士を比べてしまったりと、母親の葛藤が主軸に置かれた作品だ。母親、奇病の子、もう片方の子、3人の愛情が描かれている。
物語の顛末は、そんな3人の成長や苦労を褒め称えてのことなのか、周囲の目が変わりいつしか尊敬されるまでになるといった演出が用いられている。
コルドが端的にまとめてくれたのはいいが、レトはいまいちピンときていないらしく、眉根を寄せた。
「……覚えがないな」
「はは。でも懐かしいな。その本、もとは古語で書かれたお話だったらしいぞ。200年前に流行ったからなのか人から人へ語り継がれている。現代語へ移り変わってしばらくして、たまたま古語を知っていただれかが翻訳したっていう話だ」
「へえ」
古語を読めるとはいっても、所詮は幼少期に習った程度の知識だ。複雑な文法を読み解くにはまだ及ばない。解読とはまるで、未知の生物を相手にするようなものだ。改めて他言語の翻訳という分野の凄さを実感する。
(本を盗んだやつも、やっぱり古語が読めるってことでまちがいないか。研究部班ではさぞ重宝されていることだろうな。……いや、古語を読めるやつに宛てがあるだけで本人は読めないっていう場合も……)
レトは考えごとをしながら、手元の絵本をぱらぱらとめくっていた。ふと、彼は頁をめくる手を止めて、おもむろにこんなことを言い出した。
「……なんで、デーボンとオッカーに依頼する必要があったんだ」
通信具の試用人員として選ばれたのがデーボンとオッカーだったわけだが、レトにはそこがどうも腑に落ちないらしかった。適当な本を読んでいたコルドは顔を上げて、眉をひそめる。
「それはどういう意味だ? 研究棟に、その2人の親類の元力石があったからじゃないのか?」
「コルド副班、さっき4人兄弟だって言ってたよな。コルド副班に兄弟がいることなんて調べればすぐにわかる。なんで此花隊の内部の人間じゃなくて、わざわざ外部の人間に依頼をしたのかが気になるんだ」
それを聞いてコルドも、顎のあたりに手を当て、逡巡する。
「……たしかにな。あの2人に依頼をすることが賢い判断だったかと言われると、俺はそうは思えない。あえて茨の道を選んだのは……どうしても、研究部班以外の人間とは関わりたくなかったら、か?」
悪徳商人たちか、それとも内部の仲間たちか。どちらが信用に足るかなど考えるまでもない。しかし研究部班の班員たちが手を結んだのは、前者の連中だった。この信用問題の裏側にいったいなにが潜んでいるというのだろうか。
「ここで悩んでても仕方ないか。俺たちも敵陣に参ずるとしよう、レト」
レトはこくりと頷いた。読んでいた本を元の場所に戻し、2人は大書物館をあとにした。
第一班が研究棟に到着すると、丁度廊下を歩いていたケイシィが声をかけてきた。すぐに研究室の見学に行くか、それとも先に第二班と落ち合うかと問いかけられたので、コルドはロクアンズに連絡した。彼女は先に施設内を回ってくるよう促し、ついでにレトに対して「制作班の副班長さんが待ってたみたいだよ」と告げた。
ケイシィが急用で案内できないのことで、2人は施設内の簡単な地図を手渡された。地図をもとに制作班の研究室を訪れると、案の定、副班長のホムがレトに飛びついてきた。レトに頼まれていた隊服をいそいそと取り出してきて着せたものの、どうやら縫合に問題があったらしい。再調整するため、コルドは先に調査班の研究室に向かうことにした。
調査班の研究室は依然として人っ子一人いなかった。コルドは室内の散らかり具合だけを覚えて、早々に部屋を出た。
レトがなかなか戻ってこないので、外の空気でも吸ってくるかとコルドは裏庭側の廊下を目指した。
そよぐ風が、ざあっとコルドの前髪を撫でる。そのとき、彼はふいに何者かの気配を察知した。
「初めましてですね。コルド・ヘイナー副班長殿」
声をかけてきたその男は、裏庭側の壁に凭れかかっていた。
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