コメディ・ライト小説(新)
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- 最強次元師!! 《第一幕》 -完全版-
- 日時: 2025/06/22 21:01
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 82jPDi/1)
毎週日曜日更新。
※更新時以外はスレッドにロックをかけることにいたしました。連載が終了したわけではございません。
*ご挨拶
初めまして、またはこんにちは。瑚雲と申します!
こちらの「最強次元師!!」という作品は、いままで別スレで書き続けてきたものの"リメイク"となります。
ストーリーや設定、キャラクターなど全体的に変更を加えていく所存ですので、もと書いていた作品とはちがうものとして改めて読んでいただけたらなと思います。
しかし、物語の大筋にはあまり変更がありませんので、大まかなストーリーの流れとしては従来のものになるかと思われます。もし、もとの方を読んで下さっていた場合はネタバレなどを避けてくださると嬉しいです。
よろしくお願いします!
*目次
一気読み >>1-
プロローグ >>1
■第1章「兄妹」
・第001次元~第003次元 >>2-4
〇「花の降る町」編 >>5-7
〇「海の向こうの王女と執事」編 >>8-25
・第023次元 >>26
〇「君を待つ木花」編 >>27-46
・第044次元~第051次元 >>47-56
〇「日に融けて影差すは月」編 >>57-82
・第074次元~第075次元 >>83-84
〇「眠れる至才への最高解」編 >>85-106
・第098次元~第100次元 >>107-111
〇「純眼の悪女」編 >>113-131
・第120次元〜第124次元 >>132-136
〇「時の止む都」編 >>137-175
・第158次元〜 >>176-
■第2章「 」
■最終章「 」
*お知らせ
2017.11.13 MON 執筆開始
2020 夏 小説大会(2020年夏)コメディ・ライト小説 銀賞
2021 冬 小説大会(2021年冬)コメディ・ライト小説 金賞
2022 冬 小説大会(2022年冬)コメディ・ライト小説 銅賞
2024 夏 小説大会(2024年夏)コメディ・ライト小説? 銅賞
──これは運命に抗う義兄妹の戦記
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.61 )
- 日時: 2020/04/16 14:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第056次元 日に融けて影差すは月Ⅴ
「カラ」──そう呼ばれた女性も大きく手を振り返している。ロクアンズの目は、彼女の紫色の瞳に釘付けになっていた。その視線に気づいてか気づかずが、ふと女性が下を向いた。
「なあエリ。この子はなに? え、坊主のガールフレンド?」
「ちがうわ。……えっと」
不意をつかれて、エアリスはらしくもなく口ごもった。
「ここで話すのもなんだし、入って。温かい紅茶を淹れるわ」
エアリスは女性を家に招き入れた。流れでなんとなく家に引き返してしまったロクアンズだったが、その手には薬代の入った巾着袋を握りしめている。持ち上げると、ちゃり、と銅貨の音が鳴った。
「ねえおばさん、レトのお薬、どうしたらいい?」
「薬?」
「そうだわカラ。まえにくれた薬草を持っていたりしないかしら? じつはレトヴェールが風邪を引いてしまって。どこで採れるものかもわからなくて……」
「ああ、あるよ。いま旦那が持ってる。もうすぐでこっちに来ると思うから、そんとき渡すよ」
「ありがとう。お代は払うわ」
「いいよいいよ。あたしたちの仲だろ」
「だめよ。そういう物の売り買いは、たとえ幼馴染の間でもしっかりしなくちゃ」
「変わんないねえ、エリのそういうとこ」
けたけたと女性は笑う。エアリスの名前を縮めて「エリ」なのだろう。『カラ』はどうやらエアリスとは親しい間柄のようだ。促されずとも勝手に玄関からあがって、彼女は居間に向かう。
台所で紅茶の準備をしていたエアリスが、くるりと振り向いて言った。
「そうそう。紹介するわロクアンズ。彼女はカウリアっていうの。さっき言ってた、私の親友よ」
「かうりあ……さん?」
「親友かあ。嬉しいこと言ってくれんねえ、エリ。あんたはロクアンズっていうの?」
「う、うん」
「いい名前じゃん」
カウリアに名前を褒められてロクアンズは気分がよかった。
「ロクアンズ。ちょっとの間、レトヴェールの様子を見ていてくれる? おつかいはもう大丈夫だから」
「うん。わかった!」
ご機嫌のロクアンズは言われるがまま居間を離れた。エアリスは、運んできたティーポットとカップをそっとテーブルの上に置いていく。
「……」
「それにしてもどうしたの、カラ。連絡もなかったから驚いたわ」
「ああ、それが……」
カウリアは椅子の向きを変えて、膨らんだ下腹部を撫でながら告げた。
「2人目ができちまってね。落ち着けるとこに帰ってきたってわけ」
「まあ、そうだったの。おめでとう、カラ」
エアリスは自分のことのように喜び、カウリアのお腹の前で屈んだ。新しい生命が宿った印でもあるその膨らみを見つめ、「触ってもいい?」などと訊ねたりする。
反して、カウリアの表情は強張っていた。屈託のない「おめでとう」と、その笑顔を崩すようなことを言うのは少々無粋かとも思ったが、彼女は思い切ったように口を開いた。
「それで? さっきの子はいったいどうしたのさ」
胸に刺さる一言だった。エアリスは驚いて顔をあげる。が、言われるだろうとは覚悟していた。予想していただけあって幾分か心は落ち着いていたが、それでも立ち上がるまでに時間がかかった。
カウリアは、向かい側にエアリスが座るのを確認すると、テーブルから身を乗り出した。
「あんたの隠し子ってのもムリがある。顔もぜんぜん似てないし、あたしがまえに帰ってきたときもいなかった」
「……。カナラ街で、ひとりで倒れているところを見かけたの。凍えていたからうちに連れて帰ってきて、それで……」
長年の付き合い故か、エアリスがはっきりとしたことを告げなくても、カウリアにはなんとなく伝わったようだった。何度も瞬きをして、大きくため息を吐く。
「あんたさあ。まさかあの子の面倒見てくって言うつもりじゃないだろうね」
「ええ。そのつもりよ」
「『そのつもりよ』じゃないわ! このおばか! あんた自分で言ってることわかってんのか!?」
「お、落ち着いて、カラ。お腹の子に障るわ」
「やだね。あんたのそのお人好しには、ほとほと呆れる! 見た感じどこの生まれかもわかんないような子じゃないのさ。それに目に傷があったね。あんたは、あの子についてなんか知ってんの?」
「……いいえ。なにも」
「ほら見ろ。事情もなにも知れたもんじゃないってのに、ただ"可哀想"ってだけで拾ってきたってのかい」
「ちがうわ。私は……その、うまくは言えないけど……」
「……。あの子を見てなにか感じたとか言うつもりなら、そら、勘違いだよ。嫌な予感ってヤツさ。面倒事に巻きこまれちまうまえに、拾ったとこに戻してきな」
「カラ!」
エアリスは椅子から立ち上がった。怒りを孕んだ大きな声と、吊り上がった目つきにカウリアは驚きを隠せなかった。
「あんたがそんな怒るなんてね。そんなに、良い子だっての?」
「いい子よ。ロクアンズは、とってもいい子よ」
「ああ、そうかい」
カウリアはそれ以上言及することをしなかった。エアリスは決して頭の悪い人間ではないし、なんの脈絡もなしに捨て子を拾ってくるほど無責任でもない。なにかエアリスなりの理由があってのことだろうという察しもつく。
彼女は人一倍情に厚いし、お人好しだ。街中で倒れていたロクアンズを一目見て、放っておけなくなったのだろう。素性が知れないとわかったらなおのことだ。
カウリアは大きくため息を吐いた。皮肉にもカウリアは、そういうところも含めてエアリスのことが気に入っているのだ。
「それで? 旦那には一報よこしてやった?」
「お手紙は出したわ」
「どこに」
「……最後に、あの人がいた街」
「はああっ!? あんたそれ何月前の話よ! あんの放浪男が、ひと月だっておなじ場所にいると思う!?」
「い、いないと思う」
「は~! 相変わらずよくわかんないなあ、あんたたちって。ていうかあんたよく我慢できるよ。旦那が外でフラフラしてるってのに、心配のひとつもないわけか」
「あの人はそういうことをしないもの。優しくて誠実よ」
「いっつも仏頂面でさ、なに考えてんだかちっともわかんないよ、あたしは。ああいうヤツとは一緒になれないね」
「たしかにカラとあの人が話しているところはあまり見かけたことがないわ。カラってば、自分に合ういい人を見つけたのね」
「まあね。っていってもあたしたちシーホリーの血族は、お互いにくっつき合うしかないんだけどさ」
紫に彩られた瞳はどこか一点を見つめていた。ぴん、と細い糸が張ったような空気に変わる。急に会話が途切れる。エアリスは沈黙が長引くのを許すまいと、何気なく話題を逸らした。
「キールアちゃんはお元気? あの子、イスリーグさんによく似ているわよね。とっても優しくていい子だわ」
「大人しいとこもね。それになんか不安そうな顔してんだよね、いっつも。あたしに似たらそうはならなかったのに」
「あらいいじゃない。あなたに似たら大変よ。男の子を泣かせて回って」
「エリ~」
「はは。ごめんなさい。でも顔はあなたにそっくりね。きっと素敵な女の子になるのだわ」
「でしょう! 将来男に困らないよ、あれは。とびきりイイ男を捕まえさせんだから」
「楽しみねえ」
「……エリ、あんたもしかして、キールアを娘にとか考えてる?」
「あら。わかった?」
「そんなこったろうと思った! やたらキールアのこと気にすんだから」
「だって、キールアちゃんがお嫁にきてくれたら、それはもう大変幸せなことだわ」
「イヤだよあたしは。そりゃつまり、あんの可愛げのない坊主に、うちの姫をやれってことだろ?」
「とってもお似合いだと思うんだけど」
「ゼーッタイ、反対っ!」
カウリアが拳をつくってテーブルを殴ると、2人の視線がぱちりと重なった。どっ、と笑い声が溢れだしたのは同時だった。
「私たちも、自分たちの子どもの将来を考えるようになったのね」
「やだやだ。まだぜんぜん若いつもりでいたのにさ」
「でもなんだか楽しいわ。あの子たちは、どんな風に大人になっていくのかしら」
「……」
「ずっと見守っていたい」
ティーカップの熱がなくなってしまわないようにと、エアリスは両手で優しく陶器を包んでいた。時間が経てば冷めてしまうからか、いま残っている熱をじんわりと肌で味わっている。
「ババアになっても傍で世話焼きたいなあ、あたし」
「ふふ。賑やかで楽しそうね」
「……あっ」
「どうかした? カラ。あ、痛むの? 私の部屋で休む?」
「あーちがうちがう。いま動いたなあって。こういうの感じるとさ、ちゃんと中にいるんだなって実感するよね。来年には産まれんだな、って」
カウリアがお腹を擦ると、玄関の扉の向こうから「すみません」という大きな声が飛んできた。エアリスは返事をしながら玄関に駆け寄っていく。
扉を開けると、穏やかな笑みを浮かべた男が1人と、彼と片方の手を繋いでいる少女がいた。
「あら。お久しぶりです、イスリーグさん」
「どうも。すみません、カウリアがお邪魔しているみたいで」
男性は帽子をとって挨拶をした。小麦色の髪は短かく刈られていて、清潔さを感じさせた。
「そんな、私は大歓迎ですよ。それにキールアちゃんも。うちに来てくれて嬉しいわ。寒かったでしょう。さあ、あがって」
「……」
急に声をかけられてびっくりしたらしい少女は、なにも応えずにそそくさとイスリーグの背中に回った。
「キールア。エアリスさんにちゃんと挨拶しなくちゃだめだよ」
「ああ、いいんです。驚かせてごめんね、キールアちゃん」
イスリーグの脚の裏から恐る恐る顔を出したキールアは、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.62 )
- 日時: 2020/04/16 14:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第057次元 日に融けて影差すは月Ⅵ
耳のすぐ下で小麦色の髪が二つに結われている。少女は名をキールアといった。
ぱっちりとしていて愛らしい瞳は、両親とは異なり、琥珀の石を空に透かしたような色をしていた。
「そうだわ、キールアちゃん。あなたくらいの歳の女の子がうちにもいるの。ロクアンズっていう子なのだけれど、よかったら会ってくれる?」
キールアはびくりと震えて、それから不安げに顔をゆがませた。「あ」とか「う」とかかすかに声をもらしたのち、こくんと小さく頷いた。
「よかった。いま呼んでくるわね」
エアリスは2階に駆け上がっていった。レトヴェールの部屋の前でうろついていたロクアンズを、居間まで連れて戻ってくる。
「ロクアンズ、この子はキールアちゃんっていうの。カウリアの子どもなのよ」
「きー、るあ……」
この村で暮らすようになってから、ロクアンズは初めて同い年くらいの女の子と顔を合わせた。彼女は感極まってキールアの胸のあたりでまごついていた両手をつかみ、強引に引き寄せた。
「ひゃっ」
「はじめましてっ! あたし、ロクアンズっていうの! よろしくね!」
「ぁ……え、」
「ねえねえおばさん! この子とあそんできてもいい?」
「あら。それはいいわね。いってらっしゃい」
エアリスとそして両親にも見送られ、なされるがままロクアンズに腕を引かれて、キールアは寒空の下に出た。いっしょに遊ぶことになるとまでは想定していなかった彼女は案の定、
「ねえねえっ、なにしてあそぶ!? あたし、あなたみたいなおんなのこと、はじめてあったの! だからあそぶのもはじめてで、ねえなにしたらいいかな?」
「……」
「なにするのがすき? いつもなにしてあそんでる?」
「……」
「……。おーい。きこえてる?」
完全に押し黙っていた。かくいうキールアも自分以外の女の子と遊ぶのはロクアンズが初めてなのであったが、ころころと舌が回るロクアンズとは対照的だった。
ロクアンズはなかなか合わない視線を合わせようと頭を振った。が、それを避けるようにキールアが俯く。
「うぅ~ん……」
「……」
「そうだ! じゃああれやろうっ!」
どうやら妙案を思いついたらしいロクアンズは、家の正面扉の傍にある小さな花壇までいくと、その裏から大きな匙のようなものを取り出した。土まみれのその匙は、割れてひしゃげた皿の角をくまなく磨いたようなもので、辺鄙な形ではあるが土を掘ったりするのには適していた。
さっそくロクアンズはその匙でがりがりと土の表面を削って、土の山をつくりあげた。すると今度はそこらじゅうを行ったり来たり、立ったり座ったりして、細い木の枝を片手で足りるくらい集めた。
木の枝を土の山の頂上に差すと、手についた土をぱっぱと払いながら膝を伸ばした。
「これ……なに?」
「あのね! ……う~ん、じゃあ、『ぼうたおし』!」
「ぼうたおし?」
「いまなまえつけた!」
「……」
「あのね、木の枝をあつめてきて、こうやって土の山つくって、そこにこう、枝をたてるの。それでね……」
ロクアンズはとととっと駆けていき、離れた場所からキールアに声を投げた。
「これくらいのばしょから、石をけって、その木の枝にあてるっていうあそび!」
えいっ、というかけ声とともに、ロクアンズは実際に石を蹴ってみせた。しかしながらその石の軌道は大きく弧を描いて、目的地とはかなり離れたところで立ち止まった。
「あ、あれ?」
「……」
「……へっ、えへ! しっぱいしっぱい~。つぎはちゃんとあてるよ!」
ロクアンズは石を拾い上げ、設置し直した。「よーし!」と意気込んで片足を後ろに蹴り上げたそのとき。びゅうっと吹き抜けた風が、数本の標的たちをぱたぱたと倒していった。
「……」
「……」
ふたたび土の山に戻ってくると、ロクアンズは腕を組みながらしゃがみこんだ。
「う~ん。もっとおもたい木じゃなきゃだめってこと? でもおもたい木じゃたおれないし……」
ひょい、と倒れた枝をつまんで立て直すと、その途端。ぱたり。ロクアンズはまた横になった枝をつかんで、その細い枝先で芝生をつつきながら、ため息をこぼした。
「このあそびね、あたしがかんがえたんだ。レトと、あそべたらいいなって……」
「……レトヴェールくん?」
「え? レトのことしってるの?」
「う……うん。おかあさんが、レトヴェールくんのおかあさんと、なかがいいから……」
「"しんゆう"ってゆってた。ねえ、しんゆうって、なんだかわかる?」
「え? それは……ともだち、ってことじゃないのかな」
「ともだち? じゃあ、ともだちでいいじゃん。なんでしんゆうなんだろう」
「さ、さあ……」
「へんなの」
ロクアンズが口先をとがらせて土の山を睨むのを横目にしていたキールアはそのとき、「あ」と気づきの息をもらした。
「え、なに?」
「……」
キールアはあわてて両手で口をふさいだ。音になってしまった息を飲みこむように、真っ赤な顔を伏せる。
「ねえ、なあに?」
「……え、っと……あの……えと……」
「『えっと』じゃわかんないよ」
「…………」
キールアはきゅっと口を結んだ。かと思うと、おもむろに腕を伸ばして、倒れた木の枝をすべてつかんだ。そうして束ねた木の枝にくるくると細い葉を巻きつけるのを、ロクアンズはただ呆然と見つめていた。
できあがった枝の束を山の頂上に差すと、不思議なことに標的は、ふうっと風が吹いても倒れなかった。
「す……すっごーい! すごいすごい! すごいよ、キールア!」
「──」
どきり、と胸が高鳴った。「キールア」と呼ぶその声が無邪気なせいもあったが、なによりも視界が開けたような感覚がたしかにした。自分の両手を握るこの手の温度は覚えたてだった。けれど同時に、覚えていたい温度になった。
「ねえキールア、あそぼう! これでいっぱいあそぼ!」
「……で、でもわたし……こういうの、はじめて、だから……」
「おんなじだよ! あたしもはじめてなんだ!」
ロクアンズは浮足立つ気持ちを抑えきれずに「はやくはやく」とキールアの手を引っ張って、小石の前に立った。
「いくよ~!」のかけ声をあげ、ロクアンズは振り下ろした足先で小石を蹴った。小石はころころかさかさと芝生を掻き分けて、ついには枝の束を正面で捉えた。枝の束は気持ちがいいほど高く弾け飛んだ。
「す……すごいっ」
「やったやったー! たおれた! つぎ、つぎキールアのばん!」
「えっ。や、わたし……」
「いいからいいから! じゅんばんこでやろっ!」
戻ってきた小石は、キールアの足先に設置された。土の山に枝束を差しなおし、ロクアンズは「いいよー!」と両手で丸をつくった。
キールアは緊張と不安で顔がこわばっていた。待たせるのも悪いと思いつめた彼女は心の準備もままならないうちに、ぎゅっと両目を瞑って足を前後に振った。が、小石にはかすりもせず、空振りで終わった。
「……」
「……」
「……ご、ごめん、なさい。わたし……やっぱり──」
「もっかい!」
火を噴いたように真っ赤になった顔が、ぱっと持ち上がった。
見ると、ロクアンズはキールアのすぐ足元でしゃがんでいた。
「あのね、たぶんけるところがずれてるんだよ。ここからぜったいうごいちゃだめだよ。このまま、まっすぐけるの。そしたらきっとあたるよ」
「……」
「いっかいじゃわかんないよ。あたしだってたぶん、さっきのはぐうぜんだったんだよ。だからもっかい! もういっかいやって!」
ロクアンズが土の山の後ろで、手を振っている。"蹴っていいよ"の合図だ。
キールアは両手を固く握りしめて、そっと脚を後ろへやった。
(うごいちゃだめ。このまま、このまま……まっすぐける!)
振り下ろす瞬間、またきゅっと目を瞑った。足先になにかが当たる感触がして、それからすぐのことだった。
ロクアンズの甲高いかけ声で、閉じた目が大きく開かれた。
「やったあー! やったよキールアあー! あたったよーっ!」
「……!」
ぴょんぴょんと飛びはねるロクアンズにつられて、キールアの顔がやわらかく綻んだ。嬉しかった。どきどきする心臓を抑えたくて、胸の前で強く両手を結んだ。
「ねえ、つぎあたし! あたしやってもいい!?」
「う……うん」
「そしたらつぎはまたキールアね! あ、そうだ、木の枝ふやそっ! それでたくさんたおせたら、ぜったいもっとたのしいよ!」
「……うんっ」
その後、2人は言った通り枝の束を増やし、たくさんの標的を前に夢中になって石を蹴り続けた。全身が泥まみれになっていると気がついたのは、傾いた陽に照らされて、茜色に染まった玄関の扉が開いたときだった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.63 )
- 日時: 2020/04/16 14:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第058次元 日に融けて影差すは月Ⅶ
「あら、いらっしゃいカウリア。それにキールアちゃんも。どうぞ上がって」
数日後。カウリアはキールアを連れてふたたびエポール宅を訪れた。そんな2人を快く迎えたエアリスはすぐにお茶の準備を始めようと踵を返す。
「いいよエリ」
「どうして? 気にしないで、カラ。ゆっくりしていって」
「あーいや、じつはこれから仕事があってさ。すぐに戻らなきゃいけないんだよ」
「え? じゃあ……」
「夕時までキールアを預かってほしいんだ。この間みたいに、あんたんとこの子と遊ばせてやってくれないかな?」
「それはいいけれど……大変ね。お腹が大きいのに、仕事だなんて」
「しょうがないよ。うちにとっては仕事が優先。でもあんたがいてよかった。やっとキールアにも遊び相手ができてさ」
「キールア?」
階段から降りてきたらしいロクアンズが、はたと足を止めた。そのすぐ後ろにいたレトヴェールもキールアの姿を視認する。
「あら、ロクアンズ、レトヴェール。キールアちゃんが来てるわよ」
「わーい! キールア、きょうもあそぼ!」
「う、うん」
だだだっ、とものすごい勢いで階段を駆け下りて、ロクアンズはキールアの腕を引いた。
「そうだわカラ。この間はお薬をありがとう。レトヴェールったらすぐに良くなったの。あなたたちのおかげよ」
「大したことしてないよ。患者が元気になったってんならなによりだ」
「レトヴェール、あなたも元気になったのだからお外で遊んでらっしゃい。ロクアンズとキールアちゃんといっしょに」
「おれはいい」
「あら、どうして?」
「きょうみない」
「レトヴェール……」
「おい坊主」
怒気を孕んだ低い声がレトヴェールの耳に刺さった。おそるおそる頭上を仰ぐと、カウリアが物凄い形相でレトヴェールを睨んでいた。
「な、なんだよ」
「うちの可愛いキールアと遊べないってのはどういう了見だい? ええ?」
「おれそいつとしゃべったことねえし。しらないやつといっしょにいんの、やだから」
「……」
"そいつ"──名前を呼ばれずともきっと自分のことを指しているのだろうと感じたキールアは、困ったように眉を下げた。
「はあ~? "そいつ"だあ~? うちの子にはねえ、キールアっていう超可愛い名前があんだよクソガキ。それと……知らないワケねーだろう。何度もここ連れて来てんだから」
「しらねえもんはしらねえ」
「うそつけ。キールアが可愛いもんだから恥ずかしくてしゃべれなかっただけだろうが!」
「ちげえよ! ……っうわ!」
ふわっとレトヴェールの足元が浮いたかと思うと、カウリアが彼の襟元をがっしりと掴んで持ち上げていた。暴れる手足をカウリアはものともしない。
「なにすんだよ!」
「いいからずべこべ言わずに遊んでこい! クソガキ!」
「うわぁっ!」
開け広げた扉の先へ、カウリアは無造作にレトヴェールを放り投げる。ごろごろと芝生の上を転がっていく彼を追いかけるようにロクアンズとキールアも庭へ出た。
「レトー!? わー! まってまってー!」
「はー、スッキリした」
エアリスが「はは……」と苦笑をこぼす。
「あんのクソガキ、大人になってからあたしんとこ来て、『キールアをお嫁にください』ってわめき散らしても、ゼッタイ許してやんない」
「それは手強いわねえ」
「あの坊主にはまだ男としての自覚がないのよ。女の子を守る義務があるってのを、ちゃんと叩きこまないと」
「言ってるには言ってるんだけど」
「じゃあ足りないよ。耳がちぎれるまで言ってやんな。……おっと、そろそろ行くよ。裏庭から出てもいい?」
「あら、どうして?」
「いまはあの坊主のツラを見たくないの」
「あはは……」
カウリアは「そいじゃあね」と一言置いて、エポール宅をあとにした。エアリスは子どもたちにお菓子でも作っておいてあげようと思い立ち、まだ昼時に使った食器が積み重なっている台所に引き返した。
「えっと、カフの蜜漬け、どこに置いたかしら……。あ」
頭上の棚にずらりと並べられた瓶を見て、エアリスの頬が緩んだ。そのひとつを手に取った、まさにその瞬間。
「きゃっ!」
硝子の瓶は指先をかすかに撫で、真っ逆さまに床へと落下した。
──パリンッ! という甲高い音が居間中に鳴り響くとともに、エアリスはきつく目を瞑った。そっと目を開けると、床には潰れたカフの黄色い実と、鮮やかな緑色の蜜とを突き刺すように、硝子の破片が散らばっていた。
「……」
胸の奥がざわりと音を立てる。エアリスはふるふると首を横に振って、床に散乱する硝子の破片を丁寧に拾い集めた。
先日と変わらず、ロクアンズとキールアの2人は、土の山と木の枝と手ごろな大きさの石の準備に取りかかった。土の山を作成する担当のロクアンズが満足そうな顔で両手を払っていたとき、ちょうどキールアも木の枝と石を持って戻ってきた。
「あ、おかえりキールア」
「ただいま」
「よーし。あとはこの枝をこのまえみたいにふとくしよ。できあがったらレトもいっしょに、3人であそぼっ」
「……」
ロクアンズが数本の枝に細い葉を巻きつけようとしたときだった。キールアが気まずそうに目を伏せたので、ロクアンズの意識はすっかりキールアに向いた。
「ねえ、キールアってレトのこと、しってるんだよね?」
「うん。しってる……」
「でもさっきレト、キールアのことしらないってゆってた。もしかして、おしゃべりしたことないの?」
「……」
キールアは、こくんと頷いた。
「ええっ! レトがこわいとか?」
「こわい、っていうか……その……なにを、おはなししたらいいか……わからないの。レトヴェールくん、いつもほんよんでるから……」
「あたしがいおっか? キールアとちゃんとあそんでって」
「い、いいのっ。いわないで。わたしがどんくさいの、しってるの……。まえにね、レトヴェールくんのまえでこけたときに、レトヴェールくん、『どんくさい』って……」
「なにそれ! レトだってどんくさいのにっ」
「わるかったなどんくさくて」
玄関横の花壇に腰をかけていたレトヴェールが、ロクアンズの大きな声に反応した。その冷ややかな目はロクアンズにではなく、膝元に広げた大きな本の紙面に注がれている。
「レト! レトもこっちきて、いっしょにあそぼうよ」
「おれはいい。ここでおまえたちみはってるから」
「……ふーん。でもほんとは、どんくさいのをキールアにみられるのがいやなんでしょ」
「は? ちげえよっ」
「じゃあこっちきて、ぼうたおしいっしょにやってよ。どんくさくないならできるよね?」
「……ああわかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
半分ほどヤケになって本を閉じ、レトヴェールは小石の前に立った。そして一呼吸置き、いかにも投げやりな勢いで足を蹴り上げた。
案の定、レトヴェールが蹴った石はまったく見当違いの方向へ跳んでいった。
「もう~! レト、どんくさいっ!」
「うるせえ!」
ぶつぶつと文句を吐きながらも、ロクアンズがレトヴェールの蹴った石を取りに行く。
その場にはレトヴェールのキールアの2人だけが残った。
「……」
「……」
「……だ、だいじょうぶ、だよ」
「なにが?」
「……わ、わたしも……へただから……」
「だから?」
「……ご、ごめん」
「……」
明らかに尻すぼみになっていく声に、レトヴェールはどことなく居心地の悪さを感じた。難しい顔をしながら、がしがしと髪を掻く。
「ああもう、なんだよ」
「……」
「そういうかおはすんな。おれがなかしたってなったら、あとでかあさんにすげえおこられんだよ」
「……う、うん。ごめん……。なか……っなかなぃ……」
「っ!?」
キールアの目尻に、じわりと涙が浮かぶ。レトヴェールは真っ青になって、慌てて自分の服の袖を彼女の目元まで持っていき、乱暴に拭った。
「な、なくなっていっただろ、いま! ばか、ほら、ふけ」
「ぅん……」
「べつにおれ、おこってるわけじゃ」
「え?」
「……。だから、いいたかったのはもっとちがくて……」
「ああー! レトがキールアなかせてるーっ!」
「!?」
足音を騒がしくさせながらロクアンズが戻ってくる。彼女は、ぴんと伸ばした指先を振り回し、レトヴェールに注意を浴びせた。
「だめだよレト、おんなのこなかせちゃ! おばさんにいわれてるんでしょ」
「な……。なんでしってんだよそんなこと」
「へへーんだ! あたしはレトのいもうとだから、レトがいけないことしたら、ちゃあんとゆうのっ」
「よけいなことすんな」
「よけいじゃないもんっ」
「あ……あの、けんかは……」
と、そのとき。
「──キャアアア!!」
金切り声。そして悲鳴。そして足音。
村の中心から走ってきたらしい男、女、子ども、老人──複数にもなる村人たちが次々とロクアンズたち3人の視界の先に現れては、緩やかに足を止めていく。みな息を切らしていて、来た道を怪訝そうに振り返っている。
いつもとはなにか、様子が異なっている。
ただ傍観していただけの3人だったが、ついにロクアンズが動いた。
「おいっ、ばか! どこいくんだよ!」
レトヴェールの声に耳も傾けず、ロクアンズは村の人々が集まっている場所へ駆け寄った。
「……あの! なにか、あったんですかっ」
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.64 )
- 日時: 2020/04/16 14:52
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第059次元 日に融けて影差すは月Ⅷ
「え? ……って」
突然輪の中に割って入ってきたロクアンズに、つい生返事を返した農夫らしい男は、ぴくりと眉を引きつらせた。
「ねえ、この子……エポールさんとこの……」
「あ、ああ。身寄りがないっていう」
ロクアンズという異端の子どもを訝しむのは決して村の子どもたちだけではない。その親たちもまた珍しいものを見る目で彼女を見下ろすのだ。
キッ、と片方の瞳を鋭くさせてロクアンズは負けじと言った。
「ねえっ! なにがあったのってばっ!」
「怪物じゃよ」
「……え?」
「恐ろしい、神の使いがこの村にも来た」
「かみの……つかい?」
農夫の背後から、老いて腰の曲がった男が出てくる。彼は深くを知らないロクアンズの問いに静かに答えた。
「その名も"元魔"。生命を襲い、喰らう、恐ろしい化け物じゃ」
「それがきたら、どうなるの?」
「最悪、命を落としかねん」
「……」
「とにかく、もし近くに元魔が現れたらその場所から離れたほうがいいってことだ。次元師様が来るまでは安心できねえ」
「じげんしさま?」
「おい! なにやってんだおまえっ」
ロクアンズのあとを追って走ってきたレトヴェールが、息も切れ切れにそう叫んだ。すこし遅れて、キールアも彼の後ろで立ち止まる。
「あ、レト。あのね……」
「あのっ! どなたか、どなたかうちの子を見かけませんでしたか!?」
この場所からも離れようと動きだした人々の背中を捕まえて、1人の女性がそう投げかける。顔は真っ青で、髪が乱れているのにも気づかず一心不乱に自分の子どもを探している。
「そんな……」
女性の様子が気になったロクアンズは、ととっと彼女のもとへ駆け寄った。
「ねえねえ、だれさがしてるの?」
「! うちの子よ。テマク、見たことあるでしょう? 前にあなたたちと遊んであげたって……」
そこまで言って、女性はハッと口を噤んだ。レトヴェールはそのテマクという名前に聞き覚えがあった。村のこどもたちがよく口にしている名前だ。子どもたちの間では人気者で、いつもリーダー役を買って出ている、周りよりもすこし大きな身体をしている少年。
以前、レトヴェールとロクアンズの前に現れ、「エポールは呪われてる」などと宣っていた彼にちがいないと、レトヴェールは思った。
「てまく……?」
「まえに、おれたちんとこに来たやつだ。あのでかい体のやつ」
「あ……」
「お、おねがい。あなたたち、テマクがどこにいるか知らない? 知ってたら、いじわるしないで教えてほしいの。テマクもきっと悪いと思ってるわ。あなたたちに、その、つい悪いことを言ってしまったって」
『かあちゃんが『かかわんな』って言ってたぞ』
『えぽーるはのろわれてんだ。かみさまにきらわれてんだってな!』
レトヴェールは、テマクに言われたことを一言一句たがえることなく覚えていた。「エポールと関わるな」「エポールは神様に嫌われている」などと彼に教え諭したのはこの女性だったのかと、レトヴェールは一際冷めた目で彼女を見上げた。
しかし、
「わかった! ねえレト、あたしさがしてくる!」
「……は?」
やけに決意を固めた目をして、ロクアンズはレトヴェールのほうを振り返った。
「おまえなにいってんだよ。あいつは、おれたちのこと」
「だって、ひとりぼっちでないてるかもしんないんだよ? それにさっき、なんか"げんま"っていうへんなのがいるっていってたし……。だから、はやくさがしたげなきゃっ」
「……げんま、って……お、おまえ」
「おばさんだったら、……おばさんだったら、ぜったい、ほっとかないっ!」
ロクアンズは村の中心部に向かって駆けだした。そこには"恐ろしい神の使い"がいるとまで聞かされたはずだったが、それももう彼女の中では遠い記憶と化していた。
出会った当初からおかしい奴だとは思っていたが、ここまでバカだとは。レトヴェールは困惑した。追いかけるべきか、否か、自宅に戻るか──
それとも、
「あんの……ばかっ!」
連れ戻そう。あとで「バカだ」といくらでも罵ってやる。困るのは、ロクアンズから目を離したと怒られる自分であり、母を心配させたと後悔するロクアンズ自身だ。
ロクアンズもレトヴェールも遠ざかっていって、1人、その場に立ったままのキールアが、だれにも聞こえないであろう小さな声で2人の背中に声をかけた。
「ゃ……あ、い、いかないで……ふたりともっ」
とうとうキールアまでもがレトヴェールの背中を追っていってしまった。幼い子どもたちが村の中心部へ向かっていくのを目の当たりにして、大人たちはどよめいた。
「お、おい、君たち!」
「連れ戻します?」
「でも……」
3人の子どもたちと入れ違うように、ほかの村人たちが早足気味に駆けこんでくる。中心部から逃げてきたのがわかって、元いた大人たちは後ずさりした。
「と……とにかく逃げよう!」
「ええ? あの子たちは?」
「すぐこわくなって引き返すだろう」
だれも3人を追うことはなく、まったく逆の方向に踵を返す。テマクの母親だけがその場に立ち止まっていた。
「はあ、はあ……っ、テマクー! テマク! きこえたら、へんじして、テマク!」
ありったけの大きさで、ロクアンズは叫ぶ。もはやだれもいない村の中を行ったり来たりする。茂みの中を掻き分けたり、家や店の扉を開け広げたりして、手あたり次第にテマクを探していく。
「おいっ!」
「! レト……きてくれたんだ! ねえレトもいっしょにさがして! このへんにはいないみたいだから、もっとあっちの、おくのほうだとおも……」
「あのなあ!」
「っ、え、な、なに?」
レトヴェールは眉をしかめて、叱りつけるようにロクアンズに言った。びっくりして彼女はらしくもなく口ごもった。
「……れ、レト?」
「はやくさがしだすぞ、テマクってやつ。ここにずっといたらあぶねえんだろ。あのな、みつけたらすぐもどるんだからな。だから」
「……! いっしょにさがしてくれるんだっ、ありがとう、レト!」
「……っ。そ、んなことより、」
「たすけてくれ!」
背中に幼い声がかかった。テマクにちがいないと確信した2人は振り返って、目にした。
漆黒の巨体。
──ドシン。
足の裏が震動を感じ取る。
「た……たすけて、たすけて、くれっ! たすけてぇっ!」
視界が翳り、大きなものが頭の上に被さると、
小さく、ぁ、と呻き声がもれる。
「ぐ、グル、ル、ルル……ッ!!」
血の滴るような赤の眼球。黒い甲殻に覆われた皮膚。剥き出しの鋭い牙、爪がゆらり、と動きだした。
こちらに近づいてくる。
ロクアンズ、レトヴェール、そして遅れてやってきたキールアを含めた3人は──巨悪な化け物を前に、息ひとつできなかった。
- Re: 最強次元師!! 【完全版】 ( No.65 )
- 日時: 2020/04/16 15:34
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: YYcYgE9A)
第060次元 日に融けて影差すは月Ⅸ
レイチェル村に元魔が出現するのは、じつに数年ぶりのことであった。出現する場所も時期も不特定で、まるで自然災害のように"奴ら"は突然やってくる。
10にも満たない幼い子どもたちは耳にたこができるほど聞かされるその実態を想像でしか描いたことがなかった。炭を溶かした黒い液体に、小くて赤い果実の汁をたらしてできあがる"かいぶつ"は、想像よりもずっと大きくて、生きている。呻く。四肢を動かして確実に。迫ってきている。
いまにもその大きな手の中で潰れてしまいそうなテマクが、ぱんぱんに膨れた顔を涙と鼻水とで濡らしていた。ぐちゃぐちゃになった声で泣き叫ぶ。
「おねっ、おねが、い、たすけて、たすけ」
ロクアンズはすぐさま、老人の顔を思い出した。
「げんま……」
『怪物』『恐ろしい神の使い』『生命を襲い、喰らう』──ロクアンズは混乱していた。そして妙に胸が痛かった。どん、どん、と鈍い力で心臓が脈打っている。胸元をぐっと抑えこんで、必死に呼吸だけをしていた。
気持ち悪そうに身体を丸めるロクアンズに、レトヴェールはがなり声を浴びせた。
「おい、おいばか! はやくにげるぞ! はやくしねえと、おれもおまえも死んじまう!」
「……」
「おいって!」
「……ぃ」
震える身体を抱きかかえるのに精いっぱいだった。胃の中からなにかが上がってきて、口を塞ぐ。幼い身体が限界を訴える。動けなくなる。しかし、鼓膜は正常に働いている。
ロクアンズの耳には聞こえていた。「たすけて」の声が。
「い、やだ」
「……は……? ばかか! おまえいいかげんにしろよ! 死ぬっていってんだろっ!」
「じゃあテマクは!? しなないのっ!?」
「! そ……」
「そんなのだめ。おかあさんが、かなしんじゃうよ。むらのみんなだって」
「じゃあどうすんだよ! あんなのとたたかうなんてむりだ」
「たすけるの! あのかいぶつのてからはなして、はしってにげる!」
「できるわけないだろそんなの!」
「できなくない!」
「おまえなあっ!」
近頃は穏やかであった2人の会話がまた険悪なものに逆戻りする。鋭く言い咎められるロクアンズだったが、なにをどう言われても彼女の頭の中に、逃げるという選択肢が生まれることはなかった。
「じゃあいいよ、レトはにげても! あたしいく!」
「お、おい! まて、ロクアンズっ!」
がむしゃらに地面を蹴って、進む。前へ前へと、どんどん胸が前のめりになる。あと数秒ののち、ロクアンズが元魔の足元まで辿り着くといったところで、テマクが元魔の手の中で暴れだした。
「はなっ、はなせよ! この!」
元魔はぴたと歩みを止め、煮詰めたような濃い赤の眼でテマクを見下ろした。テマクが「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。すると、元魔は大木の幹ほどはある豪腕を高々と陽に翳した。
「やだあああッ!」
ロクアンズはびっくりして急停止した。すぐに足元を見渡し、彼女はある物を見つける。手に取ることはしない。ただ、遊ぶよりも強い力でそれを蹴りあげた。
打ち上げられた小石は緩やかな弧を描き、元魔の皮膚を掻いた。
「ウ"」
元魔は緩慢な動きで首を回す。真っ赤な双眸に睨まれ、ロクアンズはぞっとした。テマクからロクアンズへと標的を変えた元魔は、巨大な胴体に不釣り合いな細い脚をぶらりと泳がせ、ロクアンズの頭上に足を翳した。
細い脚首からぶらさがったその足もまた巨大で、落ちた影がロクアンズを飲みこむ。
「ロクアンズ!」
レトヴェールの叫び声を掻き消すように投下された、爆音。それは砲玉の類などではなく巨大な足が地を穿ち、齎したものだった。土煙が大仰に舞いあがり、辺り一帯を強い風が吹き抜ける。
土埃の中から転がるようにして脱出したロクアンズの姿。が、見えた、そのとき。レトヴェールの安堵を待たずにある人影が叢から飛び出してきた。
「ロクアンズちゃん……っ!」
レトヴェールはぎょっとして目を丸くした。二つに結んだ小麦色の髪で、その人物がキールアだと判ってしまう。なぜここにいるのか、なぜだかついてきた彼女に憤りや呆れを感じたのもたった一瞬のことで、レトヴェールは元魔とキールアとを交互に見やった。
「ばか! なんできたんだよ! はやくはなれろッ!」
「……! レトヴェールくん……で、でも……っ」
のっそり。胴体を回転させる速度はもの凄くのろまだった。標的の変遷が行われていくのがはっきりと見えたレトヴェールは、まったく気づかないキールアの頭上に影が落ちる直前に、走りだした。
「くそ、キールアっ!」
枝のように細いキールアの身体を抱きこんでレトヴェールは頭から地面に突っこんだ。巻き起こる土煙と突風とに背中を後押しされて、まるでだるまのようにごろごろと転がっていく。すると平坦な道から急に、がくんと重力が傾いた。斜面に流れ落ちたのだ。崖というほどではなく、芝生に覆われた緩やかな斜面を下った2人の身体は、また平坦な面に行き着いてやっと静止した。なにが起こったかわからなかったキールアは、視界を取り戻すと同時に、たくさん転がったはずの身体がまったく痛みを感じていないことに気がついた。
「れ、トヴェールくん……」
「げほっ、ごほ」
口の中に侵入してきた砂が気持ち悪くて、レトヴェールは痛いくらいの咳をする。まだ口内に砂が張りついたままだったが、なによりも先に彼はキールアを背中に隠す仕草をした。彼の片手が肩に触れて、キールアは不覚にもどきりとする。
「おれのうしろからぜったいでるな。げんまもみうしなったみたいだ。いいか、ぜったいだぞ、キールア」
「う……うん」
小高い丘にはまだロクアンズとテマクが残っている。元魔にしかと認識されている2人が心配でならなかった。レトヴェールは草萌える斜面をよじ登り、亀のように首を伸ばした。元魔の手中に捕らえられているテマクと、それを口惜しそうに仰ぐロクアンズの姿がかろうじて見えるところで留まり、息を潜めた。
(はやく、はやくなんとかしねえと、ほんとに……なのに)
はやくなにかしないと。この危険な状況から脱しないと。レトヴェールの脳裏には、そんな無益な葛藤ばかりが繰り広げられていた。考えようとしたところでそもそもどうすればいいのかがわからない。方法がわからない。語学の書物にも、虫の図鑑にも、ただの人間が元魔を打ち倒す方法など署されていない。
だからレトヴェールはただ焦るだけ焦った。このときの彼には焦るくらいしかできなかったのだ。
元魔の手の中では、テマクが「うっ、う」と嗚咽をもらしてじっとしている。恐怖と不安に苛まれ続けた彼は、もうこれ以上駄々をこねても助からないと憔悴しきっていた。
しかし。
「テマクをはなして! ねーえっ、はなしてってば!」
諦めの悪い少女がひとり、元魔の足の皮膚を一心不乱に蹴りつけていた。黒くて巨大な塊を臆することもなく、どんなに足が疲れても彼女は反抗を止めなかった。
蹴るたびに足の力は弱まっていった。綿の花びらで鉄の扉を押すように、手応えがなくなってくる。それでも。それでも。望みのすべてを幼い足先に託した。
元魔は、ぐぐ、とぎこちない動きで喉を開けた。口の端からはしたなく唾液がこぼれ落ちる。次の瞬間。どす黒い喉の奥に熱が篭もり、決して人間のものではない阿鼻叫喚が空気を焼き切って放たれた。
「うあっ!」
甲高い咆哮が少年少女たちの鼓膜を鋭く劈いた。突風に見舞われた地表からは土草が剥がれて舞い、また、元魔の足元に張りついていたロクアンズもいとも簡単に宙へと放り出された。地面の上を跳ねるようにしてどこまでも遠ざかっていく彼女を、立派に葉を広げた樹木の幹が受け止める。
腕、脚、肩、背中──。激痛は一秒ごとに拡がっていく。耐えるにはあまりにも器が小さすぎた。
すぐにでも瞼は閉じてしまいそうで、意識はどこかへ行ってしまいそうだ。けれどもロクアンズはそれらをまだ捕まえていたかった。まだ目を閉じたくなかった。
まだ、
(だれも、たすけてないのに)
体内に、熱線のようなものが迸った。
「──ッ!」
痺れるような刺激にあてられ目が覚める。ぼやけていた視界が途端に澄みきった。
深い闇色の皮膚。
見る者すべてを恐怖させる巨なる全長。
その手の中にまだ、いる。
ロクアンズは迷わず駆けだした。
(! あいつ、また……!)
怪物の咆哮が止み、ようやく耳から手を離したレトヴェールは、まっすぐ元魔に向かっていくロクアンズを見て驚愕した。
彼女はもはやなにかに憑りつかれているようだった。腕が満足に振るえなくても、脚がもつれていても、肩が壊れそうでも、背中がどんなに「後ろを向け」と叫んでも、なにかに身体を突き動かされていた。
「て、てま……、を」
──腕を振るえとなにかがいう。
「テマクを、はなしてっ!」
──脚を動かせとなにかに刺激される。
そのとき。元魔が腕をたたみだした。単純に肘を曲げようというのではない。縦横に惜しみなく口を広げて上を向いたのだ。
そこへ巨大な手が迫る。手の先に握られているテマクはだらりと頭を垂れ、無抵抗のまま、ゆっくりと、運ばれて──
「テマク!!」
──肩に力を入れろ。背中に流れたなにかにそう諭される。
全身に、
電熱を奔らせろと
「やめて──ッ!!」
────《扉を開けろ》と、雷の皇帝が、鍵を投げた。
瞬間。少女の指先から弾けるようにして飛びだした"雷"が──大気を切り裂き、怒号を響かせながら元魔の巨体に喰らいついた。
電気の塊は広大な腹部を一撃で貫いた。高々と聳え立つその全長が、いまにも上下で真っ二つに別離しそうになる。元魔はこのとき初めて完全に静止した。
「──……え……?」
ロクアンズの指の先に、バチッ、と電気の糸が絡まった。
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