複雑・ファジー小説

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あなたを失う理由。 完結
日時: 2013/03/09 15:09
名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

どうも 朝倉疾風です。





性描写などが出てきます。

嫌悪感を覚える方はお控えになってください。



主要登場人物>>1

episode1 character>>4


episode2 character>>58


episode3 character>>100


episode4 character>>158



小説イメソン(仮) ☆⇒p


《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4


《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg


《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A


《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI


執筆開始◎ 6月8日〜



Re: あなたを失う理由。 ( No.137 )
日時: 2012/11/03 12:04
名前: ドルチェ (ID: QYM4d7FG)

お気に入りに入れてます!

Re: あなたを失う理由。 ( No.138 )
日時: 2012/11/03 14:58
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



ドルチェ様>>



  最近、一段と冷えて朝なんかもう朝シャンするのが
 億劫になってしまうほどですが、お元気でしょうか。
  朝倉は若干、風邪をひいております。

  お気に入り、ありがとうございます。
  拙く、自分の衝動にまかせてダダダと書いていますが、
  そう言っていただけると嬉しいです。とても。

Re: あなたを失う理由。 ( No.139 )
日時: 2012/11/03 22:30
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




 卵焼きはあまいほうが好きだと兄さんがむかし言っていたのを思い出す。
 塩だけで味付けされた母さんの卵焼きを「不味い」と言いはなち、数秒でテーブルの上を卵焼き一家惨殺事件にしたてあげた兄さんを宥めるのに数日はかかった。はやい反抗期だったのかもしれない。
 普通よりはぜったいに多めの砂糖をいれてかきまぜる。卵焼きというよりはお菓子をつくっているみたい。
 冷蔵庫のなかは家族四人が暮らしているとは思えないほどがら空きで、消費期限がきれた魚が異臭をはなっている。うん、今日は卵焼きだけだな。
 夕ごはんはいつも、兄さんとわたしの分しかつくらない。
 母さんはスナック菓子しか食べないし、あの人はそもそも家で食卓を囲むようなやつじゃないし。兄さんは家事がおそろしくできない人だから、消去法でわたししかつくるひとがいない。
 そういえばいつだっけ。
 家族で最後にごはんを食べたの。
 そんなことがあったかどうかすらあやしい。




「ごちそうさまでしたー」「……でした」

 中学生の兄さんじゃあぜったいに物足りないだろうな。卵焼き三個じゃ。
 だけど本人はなにも文句いわないし、もしかしてわたしに気なんかつかってるんじゃないかな。わーすごく肩身の狭い家族だなー。

「ねえ、いもーと。最近はよくアイツの部屋に行ってるみたいだけど、なにしてんの」

 アイツ……母さんのことか。

「猫、いるから。それにエサやったりしてて」
「猫?そんなのうちにいたの」
「母さんが……拾ってきてて、わたしが世話してる」

 変にしどろもどろなのは会話に慣れてないから。どうもこの家にいると人とどう喋ればいいのかをわすれてしまう。学校でも大人しくしているからか、班決めではいつも残り物グループにいる。だけど暗いとかそういうんじゃないんだけどな。ただ、話しベタなだけで。

「ふうん。いつもいつも大変そうだね。猫なんていらないんじゃないの」
「わたし、動物とか好きで…………だからだいじょうぶ」
「俺はいもーとが好きなその猫が大嫌いなんだけどな」

 えっと、これはどういう意味だろう。
 猫嫌いってわけじゃあなく、わたしが好きなものが嫌いってことは、昼のドラマで男の人と女の人がわあわあ言っているようなことか。えーっと「しっと心」。
 これをじつの妹にむけるのはどうかと思うけど。

「兄さんってわたしが好きなの?」
「いもーと以外は大嫌いだよ」
「えっと……うぅー」

 こまった。
 照れているわけじゃなくて、純粋にこまってしまう。
 兄さんのことは好きでも嫌いでもない。もっというと苦手だと思う。家族のなかでは一番なじみやすいけど、一番なにがしたいのかよくわからない。
 そんな相手に好かれるのはけっこう、なんというか、重い?っていうのかな。

「兄さんは女の子としてわたしが好きなの?」
「まさか。九歳のわりには大人びてるけど、いもーとはまだガキじゃん。俺はロリコンの気質はねぇの」

 じゃあわたしがもっと大人だったらまさか恋愛対象に入るのか。うそだろー冗談ってことにしておこう。

「俺はいもーとが好きだと思うものが嫌いってだけ。いもーとにはあまり関心がいかないんだよねー」
「わたしにキョーミがないのに、わたしの好きなものを嫌うの?……兄さんは、どこかおかしいよ」
「まっ、そりゃあこの家にいたら頭はおかしくなるわな。いろんな意味で」

 いい前例がふたりもいるしなぁ。
 茶碗に残っていたごはんを口にかきこんで頬ばる。ゆっくりと咀嚼しながら飲み込んで皿を重ねる。
 兄さんはさっきからじっとこっちを見ているけど、なにか言いたいことでもあるのかな。

「えっと……ね、猫にエサやってくる」
「本当にあの猫が大事だよね、いもーとは」

 大事だとかそういうんじゃない。母さんが世話をしないから、わたしがしているだけ。
 拾ってきちゃったのはこっちだから、せめて最後まではめんどうをみないと人としてどうかとも思うし。

「兄さんも大事だよ」

 心にも思っていないことを、軽い気持ちで言ってみた。
 それがどれだけ相手を縛る言葉なのかはすぐあとで知ることになる。
 兄さんは、笑っていた。
 いつもどおりに。屈託のない、歪な笑顔。

「うーそーつーきー」

 そして、すぐに嘘はバレる。
 人差し指をさされた。なんでだろう、なんか目をそらしちゃいけない気がする。危険を受信した。赤信号チカチカ。耳鳴りがする。音の洪水。ああ、皿洗いするために見ずを流しっぱなしにしてたんだ。

「いもーとは嘘が本当に下手だなぁ。だからいいんだけど」
「いや、えっと、兄さんは兄さんだから……わたしの兄さんだから」

 兄だという実感はあまりない。いっしょに住んでいるおにいさんという印象のほうが強い。ほんとうに両親がいっしょなのかと思うほど似ているところも少ないし。
 だから兄さんが兄さんだからっていう理由も、嘘っちゃあ嘘になるけれど。






 母さんの部屋に行くと、電気をつけない部屋は真っ暗だった。
 寝息がきこえる。きっと母さんはベッドでねむってるんだろうな。まだ夜の九時なんだけど。母さんの活動時間はおもっていたより短いらしい。
 ぎゃくに猫はまだ起きていた。わたしの足元に体をよせつけてくる。

「よしよーし」

 猫を抱っこして部屋からでる。
 二階へ移動して、わたしの部屋に猫を避難させる。黒いそいつは床からベッドへとびのって、ずうずうしくもそこで丸まった。女王様気質だな。
 とりあえずこれで兄さんが猫をいためつけることはないか。
 ひとまず安心かな。



Re: あなたを失う理由。 ( No.140 )
日時: 2012/11/06 19:10
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 学校も休みで家族がそろう日曜日の夕方はいつも、胃のかべがガリガリと掻きむしられるように痛む。
 太陽が家の屋根にかくれて、辺りが暗くなるころには、わたしは家から少しはなれている中央公園で時間をつぶす。うちには子どものことを心配する親なんていないから、すこしくらい帰りがおそくなったって、だいじょうぶだろうな。不審者とか、たぶんいないし。
 すべり台とかブランコとかあるけれど、そんなもので遊ぶ気はなくて、ひとりでベンチに腰かけてぼーっとするだけの時間。
 この広い公園にひとりぼっちでいる状況は、なんだか、自由になれる気がしてすごく好きだ。
 家だとぜったいに感じられない。
 休める場所。
 この世界にはわたし以外だれもいなくて、怒鳴る人も皿が割れることもない。わけのわからない問題を解くこともなくて、自分がだれかをきずつけることも、だれかからいじめられることもない。
 そんな世界がここにはあった。
 ここにいるときは、わたしはぜったいに明日のことを考えない。
 時間がとまっているような錯覚さえした。

「…………あらら」

 だけど今日はすこしちがった。
 わたしひとりじゃなかったみたい。
 暗くてよく見えないけれど、ひとつの人影がブランコに乗ろうとしているのが見えた。大人…………かもしれない。身長的に。
 ひとりという落ち着いた環境に、他の人がいるのはすこしだけ気にくわないというか、あまり良い感じはしない。
 だけど、この人がここにいたってわたしには出て行けといえる資格なんてないし、同時にそれはあちらも同じだろう。まあ、干渉はしないってことで。
 そのままお互いになにも言わず時間だけがすぎていく。
 ブランコをこぎもせず、じっと座っていた人影がいきなり立ち上がってこちらに近づいてきた。あらら、不審者だったらどうしよう。
 でも、不審者に誘拐されるのとあのままうちでずっと暮らすのとじゃあ、どっちがマシなんだろう。うーん、ぎりぎりでうちの家、かな。判断しにくい。

「そこのもん、何歳け?」

 人影は女の人だった。
 青いジャージを着ていて、髪は短い。サンダルはいま流行っているアニメのキャラクターの絵柄がついていた。大人……なのかな。高校生っぽい気もするけど。

「九歳です」
「ふぅーん。わっちよりずいぶん子どもやね。こんなところでなにしとっと?」

 ずいぶん訛ってるけどここらの人じゃないのかな。

「観察してます。えっと、空の、観察」
「お星様見よっと?」
「えぇっと、あのー……そうですね。星をみてます」

 家でダディがあばれてとばっちりくらうのがいやだとか、殴られてばかりの兄さんを見るのがいやだとか、言えるわけないしなぁ。言ったら助けてくれるのかな。でもこの人をまきこんじゃうしな。バカな家庭の事情に。

「ここら田舎じゃけん、星、よく見えるよなぁ」
「そうですね」
「娘っこは不老不死になりたい?」

 ………………ん?
 なんで星の話から不老不死の話になるんだ。

「いえ…………とくには」
「わっちはなりたいんじゃきども、仙人になったほうがええんかね」
「だから、そんな喋り方なんですか」
「んーあー。そう、だね。そうかも」

 仙人さん(そう呼ぶことにした)はカラカラとサンダルを地面にこすりつけながら近づいてきて、わたしの隣に座った。
 何日もお風呂にいっていない匂いがして、気づかれないように顔をしかめる。よく見ると異様に手が細かった。おばあちゃんみたい。

「アニメの見すぎーとか、言われたりするけど。なんか、仙人みたいでいいじゃんよね」
「しょうらいの夢は、仙人さんなんですか」
「ちゃーうちゃーう。不老不死になりたいの」

 どうして?

「死にたくないからよ、娘っこ」

 そう答えた仙人さんは目をキラキラ光らせた。それこそ、空にある星にも負けないくらい。

「ぜったいに死にたくないの。死ぬことを考えると夜も眠れなくなって、自分が自分じゃなくなるみたい。だからこうして修行してるの」
「どうして死ぬのが怖いんですか」

 生きていくほうが怖くないですか。
 そう聞こうとしてやめておいた。
 これじゃあ、自殺がんぼうがあるみたいで、すこしいやだったから。

「自分がこの世界から消えちゃうっていうことは、すごく恐ろしいよ」

 仙人さんはそう教えてくれたけど、わたしにはよくわからない。
 自分が、この世界から、いなくなる。
 べつにいいんじゃないかな。深く考えなくても、きっと、蒸発した水みたいな感じだよ。

「いらないって言われるのは、怖い」
「仙人さんはだれからも必要とされていないの?」
「たぶんね。いや、でも…………いますごく誘われているの。娘っこにはまだわからないと思うけど、宗教ってやつ?なんか、すごく優しくしてくれたところがあってね」

 長々と「しゅうきょー」に語る仙人さんの目にわたしはうつらない。
 ぺらぺらと、そこの人たちがどれだけ優しいのかとか、カミサマがいるとか、悪いことをしてもゆるされるとか、そういうことを言い終えたあと、

「娘っこも、来る?」

 はじめてその目が、わたしを見た。
 くりくりとした大きな目。
 けれど、なんでだろう。そこに無邪気さを感じられなかった。

「えぇっと……わたしも、ですか」
「娘っこ、なんだかすごく辛そうだから。来る?」

 頭に、さっき解けなかった問題が浮かぶ。
 不審者に誘拐されるのと、うちで暮らすのと。
 どっちが、マシか。なんて。


 そんなの、


「わたしは帰らないといろいろとダメなんで」


 決まってる。
 わたしからしてみれば大切ではないけど、わたしを必要としている人がいる。…………たぶん。まあ、兄さんのことなんだけど。あの人はいろいろとわたしがいないとダメな気がするから。
 だから。

「そっか。なら早く帰んなよ。寄り道せずにさ。わっちみたいな変なのに誘拐されちゃうよ」
「わかりました。…………仙人さん、ありがとうございました」

 おれいを言っといたほうがいいかなと思って。一応。
 でも仙人さんっていっちゃったけど、怒られるかな。

「娘っこ、ほんとうに面白いな。あと、わっちの名前はカンナね」

 耳にとどいた、やわらかい声。仙人っていう名前じゃなかった仙人さんはひらひらとわたしに手をふって、そのままベンチにごろりと横になった。
 あの人、あそこで寝るのかな。
 明日になってもあそこにいるのかな。

「たぶんいないだろうな」

 そう思う。
 そしてその予想はあたっていた。


 次の日も同じ時間に公園に行ってみたけど、仙人さんはいなかった。














「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーあーっ」

 うるさい。
 声よりもドアを蹴る音がうるさい。
 猫といっしょにじっとしている。
 この家にいるせいか、気配を消すことが得意になってしまった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 なにかにたいして必死に許しをこう声と、ガラスが割れる音。
 しばらくすると不気味なほど部屋のそとが静かになって、だれかが家から出て行く音がした。
 見なくてもわかる。うちでいつも怒鳴っているのは父親しかいない。
 そろりとドアをあけて、ろうかに倒れている兄さんを見る。

「生きてる?」
「んがああああああああああああああああああっ」

 なにかが不満だったのか、変な声をだされた。
 心配していないんだけど、いちおう救急箱をもってくる。
 きれいだと評判の顔は鼻から血をだしていて唇のよこは切れていた。

「だーーーーーーーーーーーーーー!糞が、あの糞ジジイが!殺す殺す殺す殺すッ!」

 このままだと反抗期どころじゃすまなくなるかもしれない。
 ティッシュをくるくる丸めながら兄さんの鼻につっこむ。ふがっといいながら床をころげまわった。なんだ、こいつ。

「いもーと!俺なぁ!ぜってぇこの家出ていく!そんとき、お前もつれていくからな!」
「子どもだね」

 発想もなにもかも。
 小学四年生のいもーとに言われたのが腹がたったらしく、なぜかおもいきり猫の背中をふみつけた。んむあっと猫がないて、兄さんから離れていく。

「ちょっとやめてよ」
「なあ、この家おかしいんだよ。そう思うだろ、お前も」
「じゃあ兄さんだけ出ていけばいいよ」

 あきらかに傷ついたという顔をされた。
 兄さんがはじめて泣きそうな顔をしている。いままでどれだけ殴られて声をあげても、泣きはしなかったのに。
 立ったまま動かなくなった兄さんとこれ以上話す気にもなれなくて、わたしは自分の部屋にもどった。
 兄さんとは、目を合わせなかった。

Re: あなたを失う理由。 ( No.141 )
日時: 2012/11/09 22:35
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




 兄さんとけんか、というか一方的にあちらが怒っているだけなんだけど、すこしすれ違いがあってから三日がたっていた。
 あいかわらず春独特の甘ったるい匂いはそこらへんに蔓延していて、脳みそに花が咲いているんじゃないかとおもうほど、やけに恋人どうしが多い。わたしの気に入っている公園にもたくさんいて、なんだか見ているだけで吐き気がこみあげてくる。
 うちではあいかわらず暴力が生活の中心になっていて、もうそれがふつうなのだと思えてしまうくらいには慣れてしまっていた。
 兄さんはいくら殴られて叫んでもぜったいに泣かなかったし、母さんはそんな兄さんを守ろうともしないで部屋でひきこもり生活をおくっているし、わたしは猫にエサをやらないといけないし。
 猫っていうとそうだ。
 どうやらわたしは猫にあまり好かれないらしい。抱いていてもじっとしてくれないし部屋の扉を閉めていると爪でガリガリひっかくし。エサの時だけすりよってくるのは表の顔なのかな。

「猫、かっちゃだめだったかー」

 ああ、エサの時だけじゃないか。
 わたしと同じ。
 殴られるときだ。

「んーどうしよっかなぁ」

 あれだけ出るなと言ったのに猫はわたしの部屋をぬけだして、それが最悪なことに父親にみつかった。
 加減のわからない父親はえんりょなく学校からかえってきたわたしの頭をボールのようにけっとばしてた。久々にあたえられた痛みがけっこうダイレクトに脳みそにひびいた。
 ああ、もうなんか嫌だな。
 そう考えるまえに、わたしはひとりで外に飛び出していた。
 いつものだれにも見つからない公園へ。
 そういやあれから仙人さん見てないな。もしかしたら仙人さんは仙人さんになれたのかも。なーんてね。
 夕方の公園はやっぱりだれもいないというわけにはいかないみたいだ。

「きみはむこうの小学校の人ですか」

 ベンチにすわっていたら同い年くらいの女の子にはなしかけられた。
 なんだか全体的に目がチカチカしているかっこうをしている。髪の毛の黒さがやけにめだつ。

「えっと……そうだけど」
「まおはあっちの小学校なんです。あ、まおってまおのことなんですけど」
「そうなんだ。わたしは……やぶさめっていうよ」

 わらびという下の名前がいやすぎてやめた。
 まったくうちの親は名前のセンスまで人とはちがうらしい。

「まおは今から家に帰るんですけど、えっと、もうそろそろ日がくれるので、きみも帰ったほうがいいですよ」
「ちょっといろいろあって」
「人にいえない事情ですか。それはすいません」

 人に謝られることがあまりないからすこしおどろいた。相手に気をつかわれるのって悪くない。
 まおはペコリと頭をさげて、わたしに見向きもせずにそのまま道路をわたって行ってしまった。
 なんだったんだろう。
 仙人さんといい、あの子といい。
 わたしはよく人から話しかけられるけど、親しみやすいオーラがでているのかな。表情はかわりやすいと先生からは言われるけど。

「帰ろうかな」

 わたしひとりだけで逃げてきちゃったし。
 家に帰ったら猫がミートソースになっていたらどうしよう。あの父親にヘンタイなしゅみがなければあの猫は助かるかも。人間の泣き顔にしかきょうみなさそうだから、心配いらないかな。

「帰ろうか」

 わたしがミートソースになってたりして。なんちゃって。










 猫はミートソースになっていなかった。
 なんというか、そこまでドロドロでもないというか。
 猫というかたちはないけれど、肉というかたちはのこっていた。
 その猫の肉のそばに立っているのは父親じゃなくて兄さんだった。

「えっと……」

 さすがに反応にこまる。猫がただの肉のかたまりになっていることにもおどろいたんだけど、それ以上に、顔や服に血がついている兄さんと顔をあわせたことが問題だった。
 こういうときにどういうふうに声をかければいいかわからないし、猫を肉だんごにされておこっていいのか泣いていいのかもわからない。

「あの人は?」

 とりあえずあいつがいるかどうかを聞いてみる。玄関でこれだけ派手にやってるんだ。あいつがいたらものすごい勢いで兄さんの頭を粉砕しかねない。
 けれど兄さんはキョトンとした顔で台所のほうを見て、

「さっき出て行った。俺のこと殴ってすっきりしたんじゃねえの」
「そっか。それで兄さんは何をしてるのかな」

 まさか猫を殺してすっきりしてたとか。

「いもーとはこの猫が好きなんだろう」
「まあ、動物は好きだけど」
「だったら俺はこの猫が嫌いだ。それだけだよ」

 へえ、ほお。なんだそりゃ。
 つまりわたしの嫌いなものは好きで、わたしの好きなものは嫌いってことか。
 なんてわかりにくい。

「だからその子を殺したの」

 あらためて見るとすこし吐き気がしてくる。なんなんだ、これ。
 ああ、猫か。元猫か。

「俺は汚いから嫌だったんだけど、でも、いもーとが好きならしょうがないかなって」

 そんな肉だけになってしまった猫よりも。
 わたしに重くのしかかる兄さんの思いが負担になって、胃に圧力をかける。圧迫される。つぶされる。
 ああ、なんだろう。
 わたしの家族ってすごく変。なにかがおかしい。
 あの人たちの血を受け継いでいるからかな。それだと納得できるんだけど。

「兄さんってわたしが好きなの?」
「ううん。いもーとの、泣きそうな顔が好き。だからいもーとの好きなもの奪ったら、すごく苦しそうな顔をするから。ほら、今もさ」

 え。
 いまも?
 わたし、いま、苦しそうな顔してるんだ。
 顔中の筋肉がかたまっている感覚しかしなかったから、わからなかった。
 そろりと自分の手で顔をさわってみる。
 冷たい。

「あ、ああ、ああああ」

 この猫だったものも冷たいのかな。
 兄さんの手のなかでぐちゃぐちゃになった、その、赤い赤い赤い「う、うええええっ、げっ」ボロボロと喉からなにかがせり上がってくる。吐く、と思ったときにはもう、吐いていた。
 うわー。
 兄さんはわらっている。
 顔を真っ赤にした兄さんはわらっている。

「いもーと、母さんに似てるね」


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