複雑・ファジー小説

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あなたを失う理由。 完結
日時: 2013/03/09 15:09
名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

どうも 朝倉疾風です。





性描写などが出てきます。

嫌悪感を覚える方はお控えになってください。



主要登場人物>>1

episode1 character>>4


episode2 character>>58


episode3 character>>100


episode4 character>>158



小説イメソン(仮) ☆⇒p


《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4


《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg


《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A


《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI


執筆開始◎ 6月8日〜



Re: あなたを失う理由。 ( No.107 )
日時: 2012/09/07 20:55
名前: 朝倉疾風 (ID: eJ0cyGu6)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 お粥を食べ終わったくらいに、大瀬良くんが戻ってきた。
 制服から動きやすいジャージに着替えている。髪がほんのりと濡れていた。
 既に鍋のなかっは空で、そのほとんどが仁美さんによって胃のなかに消えていった。もうお粥は残っていないことを伝えると、大瀬良くんは特に嫌な顔もせず、わたしの向かい側に座っている仁美さんを軽く蹴った。その一通りの行動をじっと見ていた仁美さんが大瀬良くんに不満そうな顔を向ける。どうやら蹴られたことに納得がいかないようだ。当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。

「がーるずとーくの邪魔をするな」
「なに話してたんだよ」「キミには関係無い話だよ。……いや、ある意味キミにはすごく関係のある話、だったかな」
「俺のこと?」
「んーいや。にしても、しょーねん。キミはがーるずとーくに興味が無いと思ってたんだが、自分の思い違いなんだろうか。まさかこの子だから興味があるのか?」

 淡々として、単々としている問い。今まで他人を拒絶していた彼の心に、仁美さんは自然に触れていく。侵入経路はどこにあったんだろう。大瀬良くんは少しだけ、本当に少しだけ優しい顔を作って、

「キョーミねえよ」

 薄く形の整っている唇で否定する。
 わたしの心に風邪とは別の寒気が走った。
 優しくされていたときとの温度差が激しくて、目の前にいる彼は別人ではないのかと錯覚してしまう。

「じゃあどうしてキミはここに戻ってきたんだ」
「泰邦にアンタを呼んで来いって言われたんだよ。アンタと泰邦って二人で何やってんだよ」
「企業秘密なのである」
「あ、そう。だから流鏑馬は俺のところで寝てろ」
「自分は男の部屋に女子が行くってゆーのが、あまり気に食わないのである」
「今日が初めてじゃねえよ。前も来たことあるから」

 仁美さんが眉をしかめてこちらを見る。たぶん色々と誤解されているんだろうけど、敢えて黙っていた。
 玄関でのろのろと靴を履いているあいだも、仁美さんはわたしが大瀬良くんの部屋に行くことを反対していた。男女の仲がーとか言ってるけど、この人は大瀬良くんのバイトの内容を知っているんだろうか。保護者の泰邦さんも同じことが言えるけれど。
 靴を履くのが遅い仁美さんをおいて先に外に出る。
 もう辺りは薄暗い。電灯がついていて、一切人気のない道を照らしている。
 やっと靴の履けた仁美さんが出てきて、鍵をかける。靴は、どうして履くのにそこまで時間がかかるんだと思わずにはいられない、サンダルだった。





 仁美さんと分かれてから302号室に行くまで、わたしたちはずっと無言だった。気まずいというか冷たい空気が流れる。
 エレベーターが無く、階段しか上に行く手段が無いので、またおんぶしようかと言われたけれど断った。
 302号室に着くと大瀬良くんが早足で歩いていって扉を開ける。鍵はかけていなかったらしい。続いてわたしも入る。
 スニーカーを脱いで廊下を歩き、突き当たりにある扉を開ける。
 相変わらず殺風景な部屋だ。さっきまで仁美さんのピンクだらけの部屋にいたから、余計に大瀬良くんの部屋が無の空間に思える。
 ソファに腰を下ろして大瀬良くんが首をポキリと鳴らした。気だるそうな視線を、立っているわたしに向けて不思議そうに首を傾げる。
 違和感に気づいたのかもしれない。
 わたしが、いま初めて彼に向けている感情だから。機嫌を良くさせようなんて器用さも持ってないんだろうな。

「大瀬良くんってさ。あのバイト、まだしてるのかな」

 微かに大瀬良くんの手が震える。それを隠すように体勢を変えて、無面を被る。

「ピエロのは涼しくなったらまたやる。10月後半くらいからやってほしいって、地区の偉いやつに言われて」「大瀬良くん。わたしが仁美さんの部屋で寝込んでいたとき、何してたのかな」

 不意打ちをつかれてキョドると視線で孤を描くのが大瀬良くんの癖だ。焦りや戸惑いがそこで現れる。
 見逃すわけがない。ずっと見てたんだから。
 時間が過ぎていくだけで、ただただ気が重い。
 立っているのも億劫だったから大瀬良くんの隣に座ろうと、一歩足を踏み出すと、わかりやすいほど大瀬良くんが震えた。
 けど気にしない。
 遠慮無く彼の隣に座って、吸い込まれそうなあの目を見つめながら、彼の手の上に自分の手を重ねた。

「答えてよ」

 責める口調はしなかった。

「なんで……アンタに……」
「興味があるからよ」

 大瀬良くんのことを何もかも知りたいと思ってるから。
 それだけ。答えはあまりにも単純すぎる。

「わたしは大瀬良くんを好きだから大瀬良くんに興味があるよ。たとえ大瀬良くんがわたしに無関心でも、わたしは大瀬良くんに関心があるの。それに、アンタが思っているよりもわたしはアンタが好きだよ」
「俺のどこが好きなんだよ」
「大瀬良くんなところ」

 大瀬良くんに組み敷いていた手を離して、彼の頬へ伸ばす。
 後ろに逃げようとするその肩を押さえつけて、そっと押し倒した。それは本当に驚くほど簡単だった。
 わたしの下で目を見開いている大瀬良くんが可愛い。こうしていれば触れたいところに触れられる。
 でも、こんなに近くにいるのに、どうしてこんなに遠いのかがわからない。

「体売ってお金もらって過去の傷ほじくりだされてる大瀬良くんも、大好き。ていうか、大瀬良くんってマゾなのかなぁ。そんなにトラウマ弄られたいなら、わたしがやったげてもいいんだよ。ほら、わたしってさ、子どもできないから」

 言いながら自分でも冷たくなっていくのがわかった。引き戻すことができなくなる。大瀬良くんの顔も見えない。どんどん、遠くなっていく。
 吐きそう。
 嘔吐感が半端ないけれど胃を抑えながら言葉を吐き続ける。この人を吐き溜めなんかにしたくはなかったのに。

「お母さんにされたようなこと、ほかの子にやるくらいなら、わたしに」「っ、あ」

 小さく聞こえた声。と、同時に。

「おかー、さん」

 呼ぶ声も、反響する。
 続いて大瀬良くんの喉から低い唸り声がする。聞いていて不快になる声だった。
 無面が崩れて、困惑と恐怖感の混ざった顔を作成する。

「うー、うー、あー、ぐー」
「どこが壊れてるんだろうね。大瀬良くんの頭のなか見てみたいよ」

 頭じゃなくて、心か。
 不快な音をさせている元凶に手をやってそのまま締めてしまおうか。震える喉が手のひらにあたって振動を伝える。
 このまま、ゆっくりと。全体重をかけて。
 ひと思いに殺すほどわたしは優しくない。

「…………殺す?」

 殺す、誰を。大瀬良くんを?殺すって……どういうこと。大瀬良くんはこうして生きてるのに、なんで殺さないといけないんだっけ。ていうかどうしてわたしって怒ってるんだっけ。殺すもなにも大瀬良くんが生きていないとわたしは死ぬしかないわけで、矛盾してるのかしないのかわからないけれどたぶん矛盾はしてないよね、これ。大瀬良くんの体温がこっちまで伝わってきてるけど、死んでもないよね。死んでたら困る。

「大瀬良くん、生きてる?」「んがぁっ」

 ものすごく力で腕を掴まれ、そのままソファから落とされ視界がグラリと回って痛い。ん?ああ、ソファから落ちたのか。床に体ぶつけて痛い。ていうかおかーさんって、何言ってるの。わたしを見てよ、大瀬良く「おかーさん、なに、こわい。いたい、いたい、いたい。うう、うううううううううううううううううううううううううううううううううううううう?」ボロボロと剥がれ落ちる表情。
 わたしは床で尻餅をついているのに、ソファの上で誰かに怯えている大瀬良くん。手で宙をかいて必死で縋りつくものを探しているように見えた。
 過去のトラウマで構成された恐怖はそのまま顔に貼り付いている。
 怖い、と思った。
 大瀬良くんのクレイジー状態じゃなくて、このままわたし自身を見てもらえないままってことが。

「お、おぜらく」「うえへ、えへへへ、え、しにたくない。よしな、たすけてよ」

 彼を抱き寄せようとした腕を止める。
 誤作動を起こした心が変なふうに落ち着いて、大瀬良くんが停止する。 渇いた唇を微かに開閉しながら、過去に思考を走らせて接続を間違える。

「おおぜらくん……?」

 怠い体を彼に寄せて、両手で頬にそっと触れてみる。反応はなかった。
 エラーを起こした大瀬良くんは頬を指でつねっても、髪の毛を数本抜いても、瞬きひとつしなかった。

Re: あなたを失う理由。 ( No.108 )
日時: 2012/09/11 17:49
名前: 朝倉疾風 (ID: eJ0cyGu6)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 壊れた大瀬良くんを直す方法がわからないから、そのままにしておくことにした。下手になにかしたら余計に崩れてしまいそうだったから。
 いや、もう底辺なのか。これ以上降下することはないんだろうけど、もしかしたら変に上昇しちゃうかもしれない。なんの話って、そりゃ大瀬良くんの傷つきやすい心のお話。
 こんにゃくみたいにデレーンとしている大瀬良くんを放置したまま、気分転換で冷蔵庫を開けてみる。冷蔵庫のなかも相変わらずだった。

「あー……体だっるるるるーん……」

 そういや熱があったんだ。大人しく寝ていようか。とは言え大瀬良くんにソファを占領されているし、人様の家を物色するのは気が引けるし。まあ不法侵入の経験のあるわたしが言っても説得力無いだろうけど。
 仕方がないからカーペットの上で雑魚寝することにした。
 布団もシーツも枕も無いと、なんだか日干しされている魚の気分。

「大瀬良くんが復活したら謝らなきゃなー」

 頭を地面で削るように土下座でもすれば許してくれるかな。
 彼の心は単純なものが複雑に絡み合いすぎて、どれに触れれば感情が刺激されるのかがわからない。傷みというものすら知らないのだとしたら、外部から与えられる心傷の癒し方も知らないだろう。
 傷つかないように周囲をシャットアウトしているのなら、逆に自分から相手に近寄る方法も知らないわけで。
 だからわたしは大瀬良くんを好きになったんだろうな。……理由になってないか。

「おやすみ」

 わたしを見ていない彼に挨拶をする。
 目を閉じて眠ろう。
 起きたら、またいつものようにくだらない明日がきているだろうから。





 電気も点いていない部屋は薄暗く、目を開けてもどこかまだ夢現だった。
 手探りで周りに障害物が無いことを確認して、ゆっくりと上半身を起こす。まだ微かに頭痛は残っているし、喉も痛いけれど、ひどい寒気はなくなっていた。我ながら回復が早い。
 着ている制服のスカートはシワだらけで、着ているシャツも汗でじんわりと濡れている。
 さっきまで変な夢を見ていた気がするけど、もう忘れてしまった。夢をあまり見ないせいか、たまに見る夢はいつも鮮明で、それが現実なのかと思ってしまうほどリアルだ。起きると必ずといっていいほど忘れてしまうけれど。

「起きたのか、嬢ちゃん」

 上から声がして頭を上げる。でかい男がいた。……ああ、泰邦さんか。いるのに気づかなかった。

「どうも……。えっと……いま、何時ですかね」
「朝の5時」
「朝?泰邦さん、早起きですね」
「仁美に餌やらねえといけねえしな」

 そういや二人は付き合ってるんだっけ。泰邦さんの接し方を見ていても甘さの欠片も無いと思うんだけど。

「仁美さんは起きてるんですか」
「いま部屋で早朝ニュース見てる。起きてはないな」

 どういう状況だよ、それ。

「それより嬢ちゃん。ちょっと聞きてえことがある」
「どーぞー」
「悠真に、なにした?」

 視線をソファの上で眠っている大瀬良くんへと移す。綺麗な寝顔。わたしが寝る前は目も口も半開きで停止していた彼は、そのどちらも閉じて、人形のようにそこにいた。寝息をたてていないから生きているのかどうかさえ怪しい。
 格好いいというよりは綺麗といったふうな顔はこうして見ると人形みたいだ。

「わたしをおかーさんのようにしていいよって言いました」

 隠さずに言う。泰邦さんは大瀬良くんがどこかおかしいってことも知っているだろうし。どうしてそうなったのかも、知っているだろう。
 わたしは予想は合っていたらしく、わかりやすいほど泰邦さんは眉をしかめた。

「悠真のことを知ってるのか」
「一学期の初めに、偶然聞いちゃったんです。先生が大瀬良くんと話しているときに」
「へえ。……ってことは、悠真があの女に何をされたのかも知ってるってことだよな」
「細かくは知りませんけど」
「知らねえ方がいい」

 部外者がそこに立ち入ってはいけないのだろう。
 仕方がない。
 遠まわしに埋めていくか。

「泰邦さんって大瀬良くんの親戚でしたよね」
「あ?……ああ、遠縁だけどな。悠真の母親の従兄の子どもが俺だ」
「なんで大瀬良くんを引き取ろうと思ったんですか」

 これは別に腹の探り合いとか、そういうのじゃない。ただ単に興味があった。
 大瀬良くんという異質な存在を引き取る泰邦さんの考え方に。異質と言うと大瀬良くんに悪いけれど、実際彼は他の人間と明らかに組み合わせが違っているからしょうがない。
 個性とは違う、彼特有の過去の影響から作り上げられる影。その影にあまり他人は近寄りたくないだろうから。

「そんなんは簡単だ」

 難しいことを考えるわたしをサラリと否定して、泰邦さんがへらりと笑う。

「悠真が誰かを必要としていたからだ」

 解答用紙に書けていたら100点をくれるだろう答えを、泰邦さんは答えた。わたしが先生なら花丸もつけたしてやりたいくらいだ。
 同時に、大瀬良くんを受け入れている泰邦さんに嫉妬する。彼を受け入れられるのはわたしだけなのだと、無駄な対抗心も燃やしてしまう。

「嬢ちゃん、アンタは悠真が好きなんだな」

 その対抗心は不完全燃焼に終わった。
 いきなりそう言われ、頬が火照っていくのがわかる。わらしって本当にこの手の質問に弱い。

「いや、え、あのー……仁美さんからなんか聞きましたか」
「見てりゃわかる。あと顔が赤い」

 両手で頬を抑える。熱い。ていうか手のひらも火照っている。
 熱が冷めないけど、この風邪ってもしや大瀬良くんを思いすぎたのが本当の原因じゃないのか。そうだとしたら自分が残念すぎて若干引いてしまう。

「嬢ちゃん、アンタ、悠真にこれ以上近寄らないでくれないか」
「嫌です」

 直球できたから、即答で返す。こういう要求は絶対に来ると思ってたんだ。
 それにしても、どうやらわたしの恋愛障害物は思ったより多いらしい。まあ大瀬良くん自体がある意味障害物みたいなものなんだけど。

「嫌だとは言ったけど一応聞いておきます。どういう意味ですかね」
「そのまんまだよ。悠真に関わるな近寄るな話しかけるな。それがアンタにとっても良いことだと、お兄さんは思うけどね」

 自分のことお兄さんって言いやがった。まあ確かに見た目は若そうだけれど、でもお兄さんってガラじゃないだろうに。

「何が良いかなんて、自分で決めます。わたしは大瀬良くんが好きですから」

 うわ、恥ずかしい。

「だから一緒にいます。彼が本気で嫌がるまでは」

 拒絶されたら諦めるつもりだ。潔く、彼から身を引こう。
 でもそれは大瀬良くんがわたしではなく、“人間”を拒絶しているからであって、もし他に好きな人ができたらわたしを拒絶するとなったら、話は別だ。
 他の人間を好きになれるのなら、わたしだって好きになってくれるはずだから。

「嬢ちゃん、悠真はそこらへんにいるバカでヘラヘラしてるような高校生じゃねえんだぜ。真剣に将来に悩んだり、部活とかで汗を流したり、家族と喧嘩して家出してみたり、恋愛事で甘酸っぱい気持ちになったりもできない。できないんだよ、あいつは」
「知っています。でもわたしはそんな大瀬良くんが大好きです」

 言った瞬間に熱くなる頬を、もう隠そうとは思わなかった。
 泰邦さんはため息をついて、哀れんでいるような呆れているような顔をして、わたしを見下ろす。

「狂ってるな、嬢ちゃんも」




               ☆



 はじめての友だちができた。
 なんだか、べちゃあっとしている子で、あまり近よりたくない。
 なのにその子はべったりと肌がくっつくくらい寄ってくる。ふわりと香る洗濯物のにおいは好きだけど、僕の体のにおいは臭い。

「あたしさぁー、いっつもいっつも思うのよー。なんでアンタってこんなところにいるのぉ?わんちゃんみたいー」
「えぇっと……なんでだろうね。神様だからじゃないのかな」
「ふうん。あたし、カミサマと友だちだけど、それっていいんかなー」

 歌うようにその子はゲージの外で丸くなる。猫みたいだった。
 僕はゲージのなかで丸まっているけど、しょうじきせまくて、外に出たい。

「カミサマってお名前あるのー?」
「僕の、なまえ……?ある、あるよ。あたりまえじゃないか」
「なんてゆーのー」

 めったに呼ばれない僕のなまえを教えるのは、少しだけきんちょうする。
 うまくいえるかな。
 乾いているのどを思いきり震わせて、僕はその子になまえを教えた。

「よしな」



Re: あなたを失う理由。 ( No.109 )
日時: 2012/09/15 07:42
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

 あのあと目を覚ました大瀬良くんは、記憶の誤作動が生じていて記憶の断片を削りカスのように捨てられていた状態だった。
 わたしを見つけて、見て、見つめて、ひどく驚いた顔をして「なんで流鏑馬がここにいるの」あろうことか、わたしという思い出の一部を消していた。それが故意じゃないことはわかっている。わたしが地雷を踏んだから、それが原因で過去の麻痺した部分に触れたんだろう。
 保身に走るために、脳が忘れている。
 故意ではないとしても、忘れられたことは少し、なんというかこう……複雑だった。
 制服に着替えてから、何もご飯を食べずに学校へ行こうとした大瀬良くんは、泰邦さんに腕を掴まれて、コンビニで何かかってから行け、とお金を渡されていた。
 素直にそれを受け取って、大瀬良くんは玄関へ向かう。扉を開ける音がして、それが閉められる。
 時計を見ると、既に朝のホームルームが始まっている時間だった。余裕で遅刻してくんだな。

「お前は家まで俺が送ってってやるから、ちゃっちゃと帰れ」
「ありがとうございます」
「あと……悠真はいつもあんな調子だから、気にすんなよ」
「……精神科には行ってるんですか」

 狂ってると思われている相手にこんなことを言うと、世間から見れば何様だお前と言われかねない。
 泰邦さんが渇いた眼球をこちらに向ける。少し不満そうだった。

「あんなんで治りゃあ苦労はしねえよ」

 複雑に捻じ曲がっている大瀬良くんの治療が無理なのだとしたら、彼の社会復帰は永遠に望ましくないだろう。 他人を拒絶するばかりか、ああやって記憶を消して自分さえも拒否しているのなら、大瀬良くんに残されているものはもう、逃避しかない。
 逃避……?
 ああ、そっか。ふーん……なるほど。

「そんなことよりさっさと準備しろ。何度だ、いま」
「さんじゅうななど、にーぶ」
「微熱だな。家までの道教えろ。送ってってやる」






 方向音痴なんだよー俺はー、中央公園ってわかりますかねー、もうだめだーお前ここから歩いて帰れー微熱なんだろー、ええぇー熱がありますよう、っるせー道がわかんねえんだよー。
 というわけで、アパートと学校くらいしか道がわからない、ナビとしては最低レベルな泰邦さんは、中央公園の場所をいくら説明しても理解してくれず、車から降りて歩いて帰っている。
 お風呂も入っていないし、制服もしわくちゃで、普通は学校にいる時間帯だから道行く人が不思議そうな目でわたしを見てくる。
 ……あと何分歩けばいいんだろう。とりあえず中央公園を越えたらあとはぐんぐん真っ直ぐ歩いていって……。

「…………………………………」

 なんだか変な人がいる。幼い子どもにはあまり見せたくないくらい変な人が。
 車の通りは少ないとは言え、道路の真ん中で両手両足を広げてつっ立っている。まだ暑さが残っているこの気温のなか、その人は灰色の長袖のフード付きパーカーを着ていた。フードはしっかりと被っていて表情は分からない。ただ、白いミニスカートから覗く足の細さや白さから、なんとなく同年代の同性なんじゃないかと予想する。身長は仁美さんと同じくらいだろうか。日差しを浴びて成長するのはわかるけど、その体格はモオヤシみたいだ。
 あまりジロジロ見るのも失礼……というか関わりたくはなかったから、その変人から視線を逸らして歩く。
 もう少しですれ違う。
 微かに顔がこちらに向けられた気がしたけど、気にしない。気にしたら負けだ。歩く速度を速めて、なるべく通行人Aを装って……

「あれ……キミってあのときの子どもかな」

 重低音とソプラノを混ぜ合わせたような、中性的な声。
 そういえばなにかのアニメの声優さんと声が似ていた。本人じゃないだろうけど。少年の声も大人の女性の声も自由自在に出せると言う人で、声だけではその人本人の性別がわからなかった。
 アニメはあまり見ないけれど、その声優さんが個人的には好きで、まあなんの話かって言ったらそりゃあ、変人に声をかけられた。
 無視をしようかと思ったけど、フードの中からこちらを見てくる薄い色素の目はしっかりとわたしを捉えている。
 あのときってことは、どこかで会ったんだろうけど、あいにくわたしの記憶力は脆い。大瀬良くんのことでしか構成されていない脳に、他者の介入など許されるはずがない。

「あたし……ふふっ、オレの見間違いだったかなー」

 わたしに構わず喋るその口調は確かに聞き覚えがあった。……どこで会ったっけ。うちの学校の生徒……じゃあないよな。
 フードが邪魔でよく顔も見えない。
 とりあえず返事をしておくことにした。

「どうも。どこかでお会いしたことがありましたか」
「会ったよ、オレちゃんと覚えてるし。アパートの階段で会ったじゃーん」

 会ったっけ。
 アパートってどこのアパートだ。
 でもわたしが行くアパートって言えば、大瀬良くんの家しかない。そこでこんな変人と面識を得たつもりは毛頭ないんだけど。
 思い出せそうにないわたしにイラついたのか、変人がずかずかとわたしに近寄ってくる。思ったより大きいな、この人。170センチ近くはあるんじゃないのか。

「オレだよ、オレ」

 変人が、フードをはらりとのける。
 その瞬間、目に飛び込んできたのは眩い輝きを放つ細い糸のような髪の毛だった。
 白、だ。
 白色。
 頭皮を覆い尽くす体毛の一本一本が雪のように白かった。
 声と同じく性別が見ただけではわからないその顔立ちは、わたしが大瀬良くんの家に初めて行ったときにすれ違った人だった。

 ──アルビノなんだよねえ、あたし……ふふっ、俺って生まれつき遺伝子とかがわやくちゃでね。突然変異っちゅーか、なんか白いんだよね。

「ああ……思い出しました」
「きっししししし。そうじゃなくちゃ困るなぁ。こんだけ目立ってると、他人の記憶に残るってことくらいしか、メリットがないもんでねえ」

 言いながらフードを被りなおす変人。その際、髪の毛が見られないように全て服のなかにしまいこんでいた。
 それが終わると、不安定な笑みを浮かべて、変人がわたしに寄りかかってきて……、なんか抱きつかれた。体重をかけてきて正直に言えば思いし苦しい。相手に風邪が移るとか、そういうのは考えられなかった。腕の力も強い。スカートを履いているけれど、もしかして男の人かもしれない。
 うわー変人のうえに変態さんだー。あばばっば、息が苦しい。

「あの、離してください」
「オレに協力してよー。オレさあ、こっちに友だちいないんだよねー」
「話が見えません……いいから、離して……っ」
「もーう、オレから逃げようとしちゃあダメだってのにさぁ。なんでこんなにもういいかいって言ってるのに見つからないわけー?ユウマは隠れんぼ本当に得意なんだからー。オレ、困っちゃーう、ぷんぷんー。言ってることとやってることが違うんだよぉー。お嬢ちゃんもそう思うんでしょー?あたし……ああ、違う。オレと会いたいって言ってるのに、いざ会ったら吐いちゃうんだもーん、ゲロゲロ」

 房ぶられる頭をフル回転で起動させ、変人の言葉を繰り返しに頭に反響させる。
 ユウマ?ユウマって言った?
 大瀬良くんの名前は悠真だけど、彼と関係があるのだとしたら、この人はいったい大瀬良くんのなんなの?そういえば、わたしが大瀬良くんの家に初めて行ったときもこの人は3階から降りてきた。
 そのとき……なんて言ってたっけ……。
 またおいでって言ってなかったか。なんで家の主でもないこの人がそんなことを言えるの。この人は大瀬良くんのない?ユウマを探してる?

「お嬢ちゃん、あの日、ユウマの家に行ってたんだよねー。ユウマと何して遊んでたんだよ。タノシイことかなぁー。オレも混ぜてよ、ねえねえ、お嬢ちゃん!」

 グラグラグラグラと視界が揺れて、抱きしめられているのに寒気が走った。
 風邪のせいじゃない。
 なに、こいつ。
 鼓膜にねっとりと絡みつくような口調と、気怠い声。無邪気な顔の裏から覗いている、こちらを探るような動き。腰に回されている手が少し服の上からわたしを撫でて、鳥肌がたった。

Re: あなたを失う理由。 ( No.110 )
日時: 2012/09/14 18:12
名前: 藤いち ◆PnZO/.Yrco (ID: rLG6AwA2)

初めまして。

とびぬけてる参照数にひかれて、昨日今日で一気に読んでみました。
なんていうか、率直に、文章力というよりセンスだなあって思いました。すごい、素敵です……。

狂ってて、胸糞が悪くて、最高です、ハマります。
>>31とか>>78みたいな嫌になるくらいの絶望感とか。

いろいろ、表し方のセンスが好きです。
だいすきです。

モノスゴイ話なのに、笑日ちゃんの気の抜けた台詞が入ってきて、それがまたミスマッチではなくいいシュールさを出してて、素敵です。


おもしろい話を書ける人って、本当に尊敬するんです!




更新待ってます、頑張ってください⊂(・c_,・⊂⌒`つ

Re: あなたを失う理由。 ( No.111 )
日時: 2012/09/14 19:28
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



藤いち様>>


「あなたを失う理由」を読んでくださってありがとうございます。
そのうえ、心あたたまるコメントまでいただけて、恐縮です。

嫌になるほどの絶望感を表すのに、もう、文体とかを気にしていては
書けないと思い、数年前からああいう書き方をしています。
感情を文章で表すのは難しいし、そこが小説の見所というか見せ場なんでしょうが、
朝倉は、綺麗な言葉で感情をつらつら書くのは苦手なのです(´・ω・`)

感情に任せて、キーボードを叩きつけるようにしないと伝わらないです。


文章力があれば、わけてほっすぃー。



応援ありがとうございます、がんばります。


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