複雑・ファジー小説
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- あなたを失う理由。 完結
- 日時: 2013/03/09 15:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
どうも 朝倉疾風です。
性描写などが出てきます。
嫌悪感を覚える方はお控えになってください。
主要登場人物>>1
episode1 character>>4
episode2 character>>58
episode3 character>>100
episode4 character>>158
小説イメソン(仮) ☆⇒p
《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4
《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg
《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A
《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI
執筆開始◎ 6月8日〜
- Re: あなたを失う理由。 ( No.167 )
- 日時: 2012/12/16 17:44
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
次の日が週に二日しかない休みの初日だったから、のんびり遅くまで寝ようと思っていたのに、わたしの安眠は容易く妨害された。
なにか揺さぶられているなと思って目を開けると、目の前に人工的に染めたとしか思えない傷んだ赤い髪の毛が視界に映る。これだけで目の前にいるのが誰かがわかる。この田舎にここまで奇抜な髪の毛のはそうそういない。
「久しぶり、母さん。なんでこんなに朝早くに帰ってきてるの」
「今日、あいつが死んで三年目だから。花に水ぐらいやらなくちゃーと思って」
変なところに気がづく人だな。
というか、あの人が死んだ日を覚えているのか。
母さんがあの人をどういう目で見ていたのかはわからない。暴力を振るわれることを諦めていたのか、それとも心のどこかでは抗っていたのかもしれない。
「そのためにわざわざ帰ってきたの?電話くれればわたしがやっといたのに」
「アンタ、あの鬼畜野郎嫌いだったんじゃなかったの?」
「嫌い…………というか」
言い淀む。あの人を好きとか嫌いとかで見たことはなかった。もちろん父親という面でもない。ただ目を合わせてはいけない人という妙な緊張感だけがあった。
母さんはそんなわたしの内心を察したのか、それ以上は聞こうとせず、なぜかわたしの布団の中に潜り込んでこようとする。
「ちょ…………っ、なに、なになになになに!」
「アンタ、あの子どうするの。あの綺麗な子。いつまでうちに置いとくの」
「大瀬良くんはずっとうちにいるよ」
「…………あの子、親はいないの?」
死んでいる、と言いかけてやめた。
大瀬良くん本人もそうだけど、彼の両親については謎が多過ぎる。特に母親。
弥生さんの話だと、今まで弥生さんと県外に住んでいたそうだけど、いま存命なのか聞くのを忘れていた。
「離れて暮らしてるんだって」
適当に答える。
母さんはそれで納得したのか、それ以上は何も聞いてこなかった。
大瀬良くんがあまりにも気持ち良さそうに寝ていたから、起こすのが忍びなくて、一人で外に出る。
春の日差しは暖かい。
休日はずっと家で引きこもっているほうが好きなんだけど、昨日見た文学小説が気になっていたから、古本屋へ足を運ぶことにした。大瀬良くんからはどこが面白いのかわからないと言われたけれど、わたしは横書きで、携帯でさくさく書けるようなものや、二次創作の小説などは好まない。それよりは太宰治や夏目漱石らのほうが心痺れる。
自転車をこいで少しすると、前に見慣れた後ろ姿を見つけた。そのままスルーしようとして、そいつの隣をできるだけ早く通り過ぎようとする。
「あれっ、流鏑馬じゃん」
気づかれた。
自転車のスピードを落として振り返る。
千隼望夢がいた。
「どこ行くのー」
「ちょっと…………買い物に」
「へえ。俺は今から古本屋に行くんだ。ほら、学校の近くにある」
なんで行き先かぶってるんだ。
げんなりしていると、千隼くんが走って追いついてくる。仕方なく自転車から降りて、押しながら歩く。
千隼くんは、いかにも第一印象は優しそうな青年って感じだけれど、一年前に起きた女子校生殺害事件の黒幕だ。うちの学校の宝月という女教師が犯人で捕まったけれど、そいつをけしかけていたのが千隼くん。
千隼くんと宝月、殺された紗夜の関係を調べればすぐに千隼くんにも警察の目がいったんだろうけど、あいにく彼の父親は警察庁のお偉いさんらしい。
わたしが警察に行ってあれやこれやと騒げば、千隼くんにもそれ相応の罰がくだされるんだろうけど、訳あって今は野放しにしている。
「あー実はわたしもそこ行くの」
「まじか。なら一緒に行こう」
「いいけど、ちょっと聞いてもいい?大瀬良くんのお母さんのことなんだけど」
また大瀬良かよとでも言いたそうな目だな。
でもわたしは千隼くんといるとき、たいてい大瀬良くんの話しかしていない。
千隼くんを警察に突き出さないのは、彼が持っている情報のためだ。父親が警察庁の人間だからか、色々と事件のことを知っている。父親は息子に事件の内容を食卓の話題なんかに出したりしないだろうから、たぶん千隼くんがなんらかの手を使って情報を自分で調べてるんだろうな。こすいやつ。
だけど大瀬良くんのことを大瀬良くん本人に聞くのは些か面倒でもある。彼は自分のことについて弄られると拒否反応を示す傾向があるから。特に、母親のこと。
「前に大瀬良くんのお母さんがヒカリの教えの信仰者だったって話してたじゃない」
「ああ、冬にそんな話をした気がする。よく覚えてるな」
「ヒカリの教えは六年前に警察の導入で解散してるでしょう。児童への性的虐待や信仰者の数人が殺害されていたとかで。そのとき、大瀬良くんの母さんは逮捕とかされたりしたの?」
「たぶんされていないと思う」
「どうして」
「そのとき現場にいなかったか、あるいは逃げたか。信仰者たちはお互いのことを把握していなかったから、大瀬良の母親が教団にいたっていう事実そのものがもみ消されたか」
「だったらどうして千隼くんは、大瀬良くんのお母さんが信仰者だって知ったの」
「本人がそう言っていた」
一瞬なにを言っているのかがわからなくてポカンとしてしまう。
本人ってことは、大瀬良くんのお母さん本人?
千隼くんは面識があるのか?
「大瀬良くんのお母さんが?」
「ああ。俺って大瀬良と中学同じだろ。その頃、大瀬良が学校にあんま来なくなってさ。俺があいつの家に連絡帳とか届けてたんだけど、一度だけあいつの母さんに会ったことがある」
それ初耳。
そう言えば絶対に「聞かれなかったから」と笑顔で返されるんだろうな、絶対に。人をイラつかせることについては長けている。
「その時に、『きみもわたしと同じようにヒカリの教えを受ける?』って聞かれたんだ。その時はなんのことかわからなかったけれど、その数週間後にヒカリの教えが警察に見つかったってニュースを聞いて、そういうことかって思った」
「…………大瀬良くんが学校に来なくなったっていつ?」
「だから六年前だよ。中学一年のころ」
千隼くんは大瀬良くんが母親から何をされてきたのか知らないのか。いや、ヒカリの教えがどんな方法で穢れを払えると信じているのかを知っていたら、察しているだろう。
「大瀬良くんが…………アパートで一人暮らしするようになったのはいつ?」
「さあね。気づいたらあいつ、なんか母親とも離れて暮らしてるっていう噂が流れてた。父親は元からいないって言われてたけどね」
「じゃあ…………大瀬良くんに兄弟とかいたりする?」
もし、いたとしたら。
面識があるはずだ。千隼くんなら。二歳差なら弥生さんは千隼くんたちが一年生だったとき、中学三年生で先輩ったはず。もともと浮いていた大瀬良くんのことだ。弥生さんのことくらい噂になって知っていても全然不思議じゃない。
「キョーダイ?大瀬良にそんなもんいねぇよ。あいつ、一人っ子だろ」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.168 )
- 日時: 2012/12/18 21:36
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
☆
ひどく雨が降った日だった。
本来なら週に二回ある塾の日なのに、×××は具合が悪いと仮病を使って今日も両親に内緒で彼のところへ行く。
別に約束はしていなかった。連絡先も知らない。
だから学校帰りに寄っても彼がいない時がある。そんな日は数十分ほど待って、来る様子が無いと家に帰った。
ぎゃくに運良く彼がいるときもある。いない日に比べればずっと少ないけれど。明らかに未成年なのに煙草を吸い、だるそうに空を眺めている。×××が隣に座っても彼は遠慮なく、煙草の煙を吐き出していた。
誰もいない、古びた小さい店が立ち並ぶ廃れた商店街。その路地裏、人気のないところが二人きりでいられる場所だった。人目のつくところにいると、きまって彼は迷惑そうに×××の腕を引っ張ってここに連れてくる。人に見られたくないのかもしれない。×××もそれは同じだった。都内でも有名の女子校に通う彼女が、見るからに不良な彼と一緒にいることが知られたらそれはそれで面倒事になるだろうから。
「雨、止まねえな」
「そうね」
その日は雨が降っていた。
朝から予報されていたとおり、昼頃から小雨が降り出して、いまではかなり降っている。水たまりがあちこちできて、空はどんどん灰色に染まっていった。まだ夕方前なのに辺りは薄暗い。
雨宿りというには頼りのない店の屋根の下。×××は赤い色の傘をさしていて、隣にいる彼はかなり濡れていた。
「どうでもいいけれど、あなたってよく犬だと言われない?」
「はぁ…………?ぶっ殺すぞ、テメェ」
「それは脅し?口を開けば殺すぞだの死ねだの。あなたたちって本当に低学年レベルの暴言を吐くわよね」
「犯す」
一言言って、彼が×××の腕を強引に掴む。
傘を放し、簡単に彼女は彼のほうへ前のめりになってそのまま店の壁に体を押さえつけられる。
「ちょっと。制服が汚れちゃうじゃない」
「テメェ、馬鹿なの?いま俺テメェに何するかわかんねえんだぞ?なのによくしゃあしゃあといられるよな。怖くねえの?」
「怖い…………怖くはないわね。ただ、」
その時×××は初めて彼から目を逸した。
今まで達観して彼を見てきた×××がその姿勢を崩す。視線は地面を見ていた。
「ただ、あなたに触れられたいとは思うわね」
バッと彼が×××から退く。
らしくない。自分でもらしくないと思うほど、心臓が高く鳴っていた。この少女はなんて言ったんだ。こんなのはまるで告白じゃないか。
屈折することなく直球で吐き出された言葉に、彼は当然ながらひどく戸惑う。雨に濡れることも気にせず、まじまじと×××を見た。
×××はどうして彼がそんなに驚いたのかわからず、不思議そうに首を傾げた。
「テメェ、俺のこと好きなのかよ」
「好き、ねえ。アタシは恋愛感情というものをよく理解してはいないのだけれど、あなたのことは気に入ってるわ。助けてくれたというのもあるけれど、目が優しいから」
なんだその理由。
呆れるほど単純な答え。
思わず吹き出してしまうほど、彼には×××が新鮮に見えた。今までつるんできた人間とは明らかに違う異質な存在。もちろん自分自身とも決定的に何かが違う彼女。
「触ってほしいんじゃねえの?」
「そうね。とりあえず、あなた。アタシがあなたの飼い主になってあげるから、あなたはアタシの犬になりなさい」
むちゃくちゃだ。
本来ならこんなふざけたことを言われれば、冗談が嫌いな彼は暴力をふるって相手はひどい怪我を負っていただろう。例えそれが女子どもであっても。
けれどその時の彼はらしくなかったから、
堂々と言い放つ×××の唇にそっと自分の唇を押し当てた。
キスというよりは、触れたと言ったほうが正しいのかもしれない。
突然の接触に×××はほんの少しばかり目を見開いて、そしてそのままゆっくりと目蓋を下ろした。
最初はついばみあうようなキスが、徐々に激しくなってくる。舌が口内を這ってかき乱す。
苦い、煙草の味がした。
唇を放すと、艶のある息が漏れる。
「なんかイケないことしてるみてえ。アンタみたいなオジョーサマが、こんなことしちゃっていいわけ?」
背徳感を悟られないように、無理やり強気な態度に出る。
×××はくだらないといったふうに笑い、
「誰と何をするのかなんて、アタシが決めるわ。あなたはただ、アタシの傍にいればいいのよ」
もう一度、今度は自分からキスをねだった。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.169 )
- 日時: 2012/12/21 23:10
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
一人っ子だろ、と当然のように言われたから、どこか安堵した。
大瀬良くんに家族なんて必要無いと、とんでもないことをわたしは思っているから。温かい家庭に囲まれて笑っている彼なんて、想像もできない。わたしだけが大瀬良くんを守る存在でいたい。
過保護って言うのかな。母性…………いやいや何を言ってるんだわたしは。母性なんかじゃないってば。確かに大瀬良くんは愛護していたい存在ではあるけれどさ。
「同じ学校に大瀬良弥生って子はいた?」
「俺は知らねえな。いなかったと思うよ」
嘘をついているようには見えない。もちろん信用はしていないけれど。
大瀬良弥生は中学校にいなかった。大瀬良くんは一人っ子。
じゃあ、今いる彼女は誰なんだ。
大瀬良くんも親しそうだったし、姉だと言っていても否定しなかった。
…………いや、大瀬良くんの記憶も信用できないな。
彼の記憶は少々特殊で、自分にとって都合の悪いこと、蛆虫が集ってくるような汚れた過去の一切を忘れている。忘れているだけで、時々思い出しては壊れそうになって、見ていてひどく痛々しく思うときがある。
わたしは大瀬良くんの記憶の回路を利用して、泰邦さんのことを忘れさせ、カミサマと呼ばれていた好奈のことも残さず、彼にとって優しいだけの世界をつくってきた。
もし、大瀬良弥生が彼にとっては害悪で。
それを大瀬良くんがただ忘れているだけだとしたら。あいつが良いようにそれを利用して、「姉」を名乗っているだけだとしたら。
わたしと同じ、偽物になろうとしているのなら。
「新たなる敵トージョーてやつか、流鏑馬」
「敵、ねえ」
この場合どちらが敵になるんだろう。
大瀬良くんにとってのわたしは有害になるのか。彼に近寄るすべての人間を遠ざけて、孤独にさせて、そこにつけいるわたしは一体、彼の本当の「味方」なのか。
そんな難しい疑問はいくら考えても答えが見つかるわけないから、放棄。ゴミ箱に捨てて、蓋をしておこう。もうしばらく経ってから、中身が腐ってないかビクビクしながら蓋を開けるんだ。疑問が熟成されて、答えが出来上がってるかもしれない。単純かな。
「そうだね、敵だ。わたしから大瀬良くんを奪おうとしている」
「大瀬良ってそんなにモテるのか。まあ格好いいからなぁ」
奪おうとしているのは仮にも「姉」なんだけど。
そこまで千隼くんに言わなくていいやと自己完結してみる。
「大瀬良はそいつのことどう言ってんの」
「どうとも。でも悪い印象は持っていないと思う」
「焦ってきたんじゃねえのか、流鏑馬ぇ」
もともと余裕なんてない。
「ヒカリの教えは、もう無いんだよね」
「教団の最後の生き残りだった樽谷泰邦も逮捕されたしな。でもまだ逮捕から逃げた信仰者たちはいるんじゃねえの」
「その人たちは大瀬良くんを欲しいと言うかな」
「さあなぁ。目の保養とか観賞用とかにはもってこいなんじゃねえのか」
「千隼くんってなんやかんや大瀬良くんの顔好きだよね、顔が」
嫌味のひとつを言っても通じないのはわかっている。
千隼くんはへらへらと笑いながら信号のボタンを押した。車なんて滅多に通らないのに、どうして信号があるんだろう。絶対に必要ない。
人間はいつも必要のないものを作りたがる。蛇足をぶら下げて重たそうにずるずる引きずっている。
「俺は大瀬良を友人だと思ってるから」
「そんなのひとつも思ってないでしょう」
「思ってるさ。俺だって極悪非道なわけじゃない」
よく言う。思わず吹き出してしまった。
眼鏡の奥の千隼くんの目は優しい。内心にどんな一物を抱えていてもわからない。嘘をつくのが本当に上手いな。
「わたしはヒーローになりたいなぁ。大瀬良くんにとってのヒーロー。絶対に負けなくて泣かなくて、守れるの」
「くだらないな」
これはわたしが夢見ている絵空事にしかすぎない。
都合が良すぎる。本当に。
千隼くんがどこか哀れんでいるような目でわたしを見る。さっきまでの優しげな目はどこやった。
「くだらなさすぎて笑う気も無いよ、流鏑馬。キミはものすごくくだらない方へ落ちていっている」
「大瀬良くんといっしょに?」
「大瀬良といっしょに」
「なら安心じゃん」
なにも怖くない。
信号が青になる。
横断歩道の白色を踏んだら負けだと、小学校のときにひとりで決めて遊んでいたっけ。それが癖になって、今でもまだ白色が踏めずにいる。
「そこを曲がったらもうすぐだな」
「話してたら近いよね」
「なかなか面白い話だったしな」
ふと横断歩道を渡る千隼くんの足元を見てみる。
千隼くんは色を気にしてないようだった。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.170 )
- 日時: 2012/12/24 15:42
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
漫画の棚に行く千隼くんと店内でいったんわかれ、わたしは文学作品の並ぶ棚に行く。綺麗に整頓されていて埃の一つもない。
店の大きさはさほど小さくはないけれど、本棚が人が通れる最低限の通路を除いて隙間なく置かれているものだから、通路は人が二、三人通れるくらいの狭さだ。
「あ、昨日のバカップルの片割れ」
特徴的な渋めの声でわかる。昨日もいたここの店員だ。確か「安西」っていう名前だったかな。
絶対に客に言う台詞ではないなと思いつつ、振り返る。
真面目そうというよりは神経質そう。眉間にしわを寄せて、不機嫌さを表面上にあらわにしてわたしの真後ろに立っていた。
…………どうにも、わたしは他人から気軽に話しかけられやすい性質らしい。性質なのかは微妙なところだけど、すれ違い通信並に人がわたしに話しかけてくる。そしてたいていそういう人たちは、なにかしらの悪意を持ってて、わたしの周りから消えていった。
嫌な予感を抱きかかえることなく落とす。あまり関わらないことにする、それが一番だ。
「あの、夏目漱石ありますか」
「目の前にあんじゃねえか」
「あーそうですね。すいません。視力が悪いものでして」
「コンタクトつけてねえの?」
「まあ…………」
「あれれ、なんかオレ警戒とかされちゃってる?安心しろよバカップル。オレはちんちくりんには興味が無い」
「迷惑なので、店長さんを呼んでもらってもいいですか」
いろいろと失礼すぎるだろ、この人。
さすがのわたしでもキレる。
「ああ、オレが店長だから」
「この店潰れろ!」
「ひっでぇな、バカップル」
「わたしの名前はバカップルではないですねぇ。というかお客さんに対してその態度はいかがなものかと思いますけど」
単純にイライラしてきた。声も大きくなる。他に客がいるかもしれないけどそんなことはどうでもいい。
どんな馬鹿でもわたしが苛立っているということは見ればわかるはずなのに、安西さんは妙に絡んでくる。
「名前、教えろ」
「はぁ?」
「だから名前を教えろって。バカップルって呼ばれたくねえんだろ」
「えっと、怪しい人だから嫌です」
「ふはっ、なんだそれ」
あ、笑った。笑うとけっこう子どもみたいな顔になる。常に不機嫌そうな顔をしているからわからなかったけれど、けっこう格好いい人だった。
「流鏑馬、探してた本はあったのか」
千隼くんが手に数冊の少年漫画を持って顔を出す。その目はわたしではなくわたしの隣にいる安西さんを見ていた。
ふっと安西さんが笑う声がする。不信感ばりばりの目でそっちを見ると、蟻を潰すことに優越感を抱く無邪気な子どものような顔で見下ろされていた。
「バカップルの片割れはヤブサメっていうのか」
「さっきから本当になんなんですか」
「流鏑馬夜子って知ってるか」
ひくっと筋肉が硬直する。ついでに息も若干止まりかけた。手の先が痺れて震えてくる。相手に気づかれないように唾を飲み込み、悟られないように息を吐いた。
「わたしの母です」
「あ〜あ〜あ〜、なるほどなぁ。これもなんかの因果っていうんかねえ」
「流鏑馬、知り合いなのか」
「ううん。母さんとは知り合いみたいだけど」
母さんの知り合いで思い当たるのは母さんの恋人。父親が死んでから母さんは急に引きこもり生活に別れを告げて、日のあたる場所に出ていくようになった。
その際にどこでひっかけたのかはわからないけれど、好きな人としばらく暮らすと言って、そのまま家出していった。ときどき生活費を渡しに帰ってきたりしている。
もしかして前に付き合ってきた人かな。付き合う人が変わるたびに、その人の家の住所と電話番号を渡されているけれど、今回も含めてそれは五枚になる。つまり五人の人と付き合っていたわけで、そのうちの一人がこの人……だとか。
「オレは安西虎春。一方的に知ってるだけだから、むこうはこっちのこと知らないと思う」
「なんで一方的に知ってるんですか」
「あ〜オレの知り合いの知り合い…………みたいな」
「その知り合いの方は男性ですか」
「はぁ?……いや、まあ、男だけど。ていうか質問多いな」
「興味があるととことん追求したいので」
何歳くらいだろう。三十代くらいだとは思うけれど、母さんと同年代ならまさか高校時代の同級生とか。あ、いやそれはないな。あの人は中卒だし。
「んで、そっちは漫画買いたいのか。貸して。全部で六百円な」
帰るあいだずっと、千隼くんから少年漫画の素晴らしさとやらを永遠と語られてひどく疲れた。友情や努力などで正義は勝つらしい。必ず勝つのが正義なのか、正義だから必ず勝つのかはよくわからないとぼやいていた。
どっちだと思う、と千隼くんに聞かれて正直面倒くさいから、後者のほうじゃないかと答えた。
「流鏑馬は正義ではないけどね」
大瀬良くんにとっての正義でもない。それは知ってる。だからこそ最後までやりとげないといけないこともわかってる。他人に言われる筋合いはない。
わかれる途中、千隼くんはこんなことも言っていたっけ。
「気づいてはいないようだけどね、流鏑馬。きみはきみが思っている以上に異常だよ。大瀬良にとってはそれが無意識に重荷になってるんじゃないのか」
言われなくったって、と。
反論する気が失せたのはわたしの家の前に兄さんがいたからだろう。
あ、と思った。思った時にはすでに遅かった。
千隼くんのことなんか全部忘れて、わたしは家まで走る。自転車を、思いきり倒して。
「大瀬良く、」
兄さんが大瀬良くんを家から引きずり出していた。当の大瀬良くんは気を失っているのかぐったりしている。夏休み以来、数ヶ月ぶりに会った兄さんは髪が少し伸びている以外は特に変わったところはない。
兄さんは大瀬良くんをひょいと抱えて、門の外で物を扱うように下ろした。受身を取らず、大瀬良くんが地面に背中をぶつける。
「笑日」
兄さんが、わたしを呼んだ。
「俺が県外へ行ってるからって、なに男連れ込んでるんだよ。…………野良猫は嫌いなんだ。知ってるだろ」
「兄さん、三回忌は帰ってこないんじゃなかったの」
「いま話をしているのは俺だ」
油断した。
父親の命日は絶対に兄さんは帰ってこないと思っていた。
「こいつ、誰。まさかあの人の新しい恋人とか言わないよな」
「その人は……」
どう言えばいい。どうすれば大瀬良くんを庇える?さっきから動かないけれど大瀬良くん、生きてるよね。あー違う違う、考えろ。兄さんを納得させる方法を考えないと。
「笑日、いまお前は俺に嘘をつこうとしてるな。顔を見ればすぐわかる。お前の嘘はずっとわかりやすいからな」
「…………大瀬良くんに何をしたの」
「この野良猫を捨ててきなよ、笑日」
「何をしたのっ!!」
兄さんが驚いた顔でわたしを見る。今まで父親にしか怒鳴られたことがないからデジャヴでも感じているのかもしれない。
「なにもしてない。目を覚ましたら俺を見てぎゃあぎゃあ言い出したから、気絶させただけ」
「いくら兄さんでも大瀬良くんに何かしたら殺すから」
「殺す…………?お前が、俺を?」
脅しで言っているわけではなかった。脅しにもならないし、脅しだけで終わるはずがない。
兄さんは髪を掻きながらわたしを凝視して、
「嘘は言ってないみたいだな。お前は本気で俺を殺そうとしているのか」
コキリ、と首を鳴らす。
そのまま面倒くさそうに大瀬良くんを見て、
「でも野良猫は病気をいっぱい持っているから、俺は嫌だな。捨てておいで笑日。それが一番良いよ」
「ならわたしもこの家を捨てる」
「馬鹿なこと言うなよ。その猫にだって親はいるんだろう。だったらそいつらのところへ戻してきなよ。俺、動物は嫌いなんだ」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.171 )
- 日時: 2012/12/25 19:43
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
大瀬良くんが目を覚ましたのは、家を追い出されて数十分経った頃だった。
それまでずっとわたしの家の前で伸びていて、時々目の前を通る通行人が怪訝そうにこちらを見てきたけれど、車に轢かれずに今までぐっすり寝ていたわけだ。首を寝違えたのか、起きた直後の大瀬良くんはしきりに首のあたりを触っていて、不機嫌さを思いきり顔に出している。そういえばだいぶん前までは表情がまったく変わらなかったのに、今だと少しばかりの心情を表に出してくれるようになったな。それはそれで進歩だ。
「起きたかなぁ、大瀬良くん」
「あ…………えっここどこ。俺、ソファで寝てたんだけど」
「兄さんが帰ってきちゃったんだ。だから大瀬良くんはこれ以上、わたしのところに置いておけないの」
本当に捨て猫みたいだな。髪の毛が猫っ毛のせいかもしれないけれど。
どこか眠たそうに目をこすり、大瀬良くんは未だに事態を把握できていないのか、じっとわたしの家を見つめた。
「兄さんは少し変な人でね。わたしが大好きなものを壊して、わたしの嫌がる顔を見たいんだって。だから、大瀬良くんがここにいたら大瀬良くんが危ない目にあうの」
「アンタの家族もけっこう変だな」
「でしょう?だからわたしも大瀬良くんと行くよ。大瀬良くんが前にいたアパートに戻る?」
「なんでアンタも俺と来るわけ」
「わたしが大瀬良くんを好きだからだよ」
何度言ったらわかってもらえるんだろうとか、どうすれば伝わるんだろうとか、そんな疑問はもう捨てている。考えちゃだめだと思った。どうすれば大瀬良くんに好きになってもらえるだろうとか、そんなもの、期待するだけゴミが増えるから。
それでもやっぱり恥ずかしさは健全で、わたしは彼から目を逸らす。顔が火照っているのがわかる。
「俺も、アンタを好きだよ」
「…………っ?」
声が出なかった。
大瀬良くんはわたしを見ていた。
真っ黒な瞳。吸い込まれそうで見つめることを躊躇われる。息を飲んだ。その瞳がだんだん近づいてくる。逸らせない目。
「っ?????」
キスを、された。
大瀬良くんから。え?大瀬良くんが、わたしにキスをした。間違ってない。これは、キスだ。温かい。唇、柔らかい。
なぜか視界が歪む。涙だとわかったときには、大瀬良くんの唇は離れていってしまった。それでも、感触が残っているから。大瀬良くんの感触が。
「好き」
「うん」
「大瀬良くんが」
「うん」
「大好き」
「あーうん」
「ねえ、わたしを好き?」
「うん」
ぴくりとも動かない大瀬良くんの顔の筋肉。照れているとか喜んでいるとかは一切表情からは伺えない。だけど大瀬良くんからキスをしてくれて、好きかと聞くと答えてくれているのは夢じゃない。
夢じゃ、ないんだ。
「なんで泣いてんの」
「うっさい!感動してんだ馬鹿!わかんないかなぁ!」
「…………次は怒ってるな。忙しいやつ」
微かに大瀬良くんが笑った気がして、トクリと心臓が高鳴る。
いきなり展開が広がって自分でもついてこれていない部分がある。頭のなかはぐちゃぐちゃで、これは嘘だよと、なぜか否定している気持ちもある。
「アンタの傍は落ち着くし。だから俺はアンタがいるところならどこだっていい」
「なら……なら、帰ろう。大瀬良くんのアパートに帰ろう」
あそこにはもう大瀬良くんが恐れる人間はいないはずだから。
そっと握った手が大きくて、恋愛漫画のありきたりなワンシーンを思い出す。主人公は顔を赤らめて、心臓の音が聞こえませんようにと震えていた。今ならその気持ちもわかるかもしれない。
大瀬良くんにわたしの殺意が、伝わりませんように。
☆
「あなたはアタシを守ってくれるのでしょう。なら、アタシの傍にいないとだめよ」
繁華街から外れた人通りの少ない場所。
いかがわしいホテルの一室で、×××は優雅に微笑んだ。その髪はしっとりと濡れていて、首には新しくつけられた赤い痕がある。ホテルで用意されていたバスローブを着ているが、そのなかは裸だった。扇情的な格好で現れた×××を、彼はどこか冷めた目で見る。
「俺はお前の犬じゃねえよ」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。アタシがあなたを飼っているのよ。飼い主に歯向かうことはできないの」
ベッドの上で煙草を吸っていた彼は溜め息をついて、×××から目を逸らす。
さっきまで自分の下であんなに甘い声をあげていたのに、行為のあとだと態度がまるで違う。そんなことは今に始まったことではなかった。どれほど快楽に身を投じてもけっして堕ちることはない。×××は彼のものになってはいない。
「焦るわけじゃねえんだけどなぁ…………」
「なにか言った?」
「言ってねえよ。んで、お前はこれからどうすんの。もう八時過ぎてるけど」
「そうねぇ。家に帰ってもいいし、あなたのを咥えてもいいし」
「くだらねえこと言うなよ。キレっぞ」
ドスの効いた低い声で言っても本気にしていないのか、×××はくすくすと笑いながら彼の煙草を取る。唇に咥えて、苦い煙を吸った。
「そういえば、前にあなたといた人は誰?あなたはあまりその人とアタシを会わせたくなかったみたいだけれど」
「あー…………流鏑馬のことか。あいつは好きじゃないんだよ、俺。なにしでかすかわかんねえ。傷害罪でサツにしょっぴかれたこともあるし、薬とかもやってんじゃねえのか」
「そんな人と関わりがあるのねえ」
「中学が同じだったんだよ」
そう答える彼はひどく嫌そうだった。
×××は微笑みながら煙草の火を、彼の右手の甲に押し付ける。じゅっと皮膚が焦げる音がした。彼はそれを無表情で眺める。痛みを感じていないわけではない。その痛みを×××の愛だと受け入れているのだ。
異常ね、と×××は笑う。
「ほんとうにあなた、アタシのことが好きなのね」
いたずらっぽく言う×××は火傷を負った彼の甲に舌を這わせる。皮膚がめくれ、体液が手首を伝い落ちた。
それでも彼はじっと耐える。
痛みや快楽も愛情のひとつだと、彼は教えられていたから。
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