複雑・ファジー小説
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- あなたを失う理由。 完結
- 日時: 2013/03/09 15:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
どうも 朝倉疾風です。
性描写などが出てきます。
嫌悪感を覚える方はお控えになってください。
主要登場人物>>1
episode1 character>>4
episode2 character>>58
episode3 character>>100
episode4 character>>158
小説イメソン(仮) ☆⇒p
《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4
《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg
《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A
《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI
執筆開始◎ 6月8日〜
- Re: あなたを失う理由。 ( No.132 )
- 日時: 2012/10/27 20:38
- 名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
04
「死人を出しちゃったな。まあ、流鏑馬を責めようとは思わないけどね」
「そんなこと思われたくもない」
「ありゃりゃ。また俺はきみを怒らせたかな。すごく嫌そうに顔になってるけど」
「それわかってるんだったら、嬉しそうな顔しないで」
「ごめんよごめん。流鏑馬は本当に表情が顔にで安くて、裏表が無くて好きなんだ」
ここでもし「わたしは嫌いだけど」と言ったら、この精神的マゾ野郎は喜ぶんだろうな。背筋の凍るようなことを考えながら、わたしは手のひらに簡単におさまるサイズのみかんを軽く揉む。こうすると甘くなるんだと、前に兄さんが言っていたっけ。
千隼くんとのたまり場と化した、暗い夜道を照らす街灯の下。自販機が近くにあって、よくここで珈琲を飲む。けれど今日は家から持ってきたみかん。当たり前だけど千隼くんのはない。こいつにそこまで気を使う必要はない。
「それにしても…………警察も6年前に解決したはずのヒカリの教えがまさかまだ残っていたなんて思ってなかっただろうね。なんせ小規模な宗教団体だったし。潰すのは簡単だと思ってたんだろうな」
「信者は潰せても信仰心は潰せないのに。樽谷泰邦が逮捕をまぬがれて、そのうえカミサマまでかくまってたなんて…………警察は本当にダメだね」
皮肉をこめて言う。
実際そうだし。
木内好奈という青年が自殺を図って三日が過ぎた。未だにわたしの元には当事者云々としての話を聞きに電話が鳴る。
文化祭最終日は延期になり、わたしが下手にヒカリの教えに関わったから学校側もピリピリしていた。大瀬良くんのことは表に出さずに、道端で偶然好奈と出会ってから気に入られたということにした。あながち嘘でもない。
泰邦さんはヒカリの教えに関わっていたとして逮捕されて、大瀬良くんはあのアパートから出ることになった。こちらはわたしが半ば強制的に手続きして、アパートからわたしの家に居候というかたちでおさまった。
ニュースでは大げさにこのことが報道されて、6年前の警察の判断に疑念を持つだのとケチをつける輩も出てきた。そこにはわたしも同意せざるを得ない。
こういう面倒くさい事態になるのは誤算すぎた。
もし警察が6年前に泰邦さんを逮捕していたら。好奈を被害者として保護していたら。事態はもっと変わっていたはずなのに。
「身代わりにされた子は……いまどうしてるの」
「それは俺の知るところじゃない」
6年前、警察がヒカリの教えを壊滅したとき、泰邦さんは好奈を連れて逃げた。そのとき好奈の身代わりとして、ひとりの少女を警察と信者たちが争い合う場所へ置き去りにしたらしい。
カミサマとして虐待を受けていた被害者はその子だと勘違いした警察は、その子どもを保護して、肝心な好奈の存在を知ることができなかった。
「その身代わりにされた女児は当時中学生。いやはや胸糞が悪くなる事件だねぇ」
「本当に。殺害された二名の信者って、好奈の両親だったのね」
「ああ。そいつらも信仰者だったらしい。息子がアルビノで神の子だーなんて称えられて虐待されるんだ。そりゃイカれた信仰者でも気が狂うだろうな」
木内好奈の生い立ちはニュースでも興味深く取り上げられていた。けれど戸籍上、木内夫妻のあいだには子どもはいないとなっていたらしく、木内好奈という存在は信仰者以外の誰にも知られることなく、世間から抹消されていた。
「そういや大瀬良はどうしてんだよ。学校も最近来てねえけど」
「わたしの家でじっとしているよ。それはまるで可愛いハムスターみたいに」
「あいつ、ハムスターってガラじゃないぞ。あーでも顔はもう少し丸くしたら似てるかもな」
想像してみる。あらやだ可愛い。
みかんを食べ終わり、適当に皮を捨てる。ゴミはゴミ箱にと書いてあるけれど、少しくらい不良になってもいいだろう。特にこんな心が荒んでいる夜は。
「なんか…………まだ一件落着って感じがしないんだよね」
そうだ。
なんだか、ひどく胸騒ぎがする。
好奈は死んで、泰邦さんもいなくなったはずなのに。
どうしてこんなにドロドロとした、焦燥感のようなものが胸につっかえているんだろう。
「真の黒幕、現る。みたいな?」
「もしそうだとしたら嫌だなぁ。わたし、けっこう疲れてるんだよねぇ」
「でも大瀬良のためなんだろう」
「当たり前じゃない」
断言すると千隼くんはほんの少しだけ目元を細めた。自分には無い愛情を全面的に押し出しているわたしが珍しいのだろう。
「流鏑馬」
手が伸びてきて、千隼くんがわたしを抱き寄せる。
好奈にされたときも思ったけど、わたしは大瀬良くん以外の男の人に触れられると鳥肌がたつ。
突き飛ばそうと思ったけど、いつも何を考えているのかわからない千隼くんがこの時だけ悲しそうな顔をしていた。普通の、年相応の男の人がする表情。
「なんか、やっぱきみ凄いわ」
「な、なにが。つーかなに。キモい。離せ」
「いやいやいや。なんかなぁー俺さ、今まで本当に愛だの恋だの気持ち悪くてさ。そんなのセックスさえすれば自然に沸く情だろ、とか思ってたんだけど」
思っているだけじゃなくて、実際に言葉にも出してましたけど。
「でも、なんか……。あれだよな、うん。紗夜のことは好きだったかも……しんない」
「────千隼くん?」
紗夜。
千隼くんの元カノで、三好先輩の幼なじみで思い人。宝月先生に殺された子。それは千隼くんが意図的にそういう結果にしていて、人間としても最低で最悪で下衆だと千隼くんのイメージを百八十度変える事件になった。
父親が警察庁のお偉いさんとかで、宝月先生との関係も公にされず、いまもこうして普段どおりわたしの前にいる。
最低なやつ。
「わたし、大瀬良くん以外に情もなにも沸かないから、こういうこと言うのはあれなんだけどさ」
いまさら、遅いよ。
千隼くんは少しだけ頷いてわたしから離れる。
またいつもの笑顔を浮かべて。
鼻の頭が赤い気がするけれど気のせいだろうか。
「んー。ま、そうだよな。紗夜はもういねえしな」
「なんか変だね。センチメンタルになってるんじゃない」
「お、流鏑馬。俺のこと心配してくれてんの」
「うざい黙れ喋るな死ね」
みかんの皮をぶつけようとして、さっき自分が捨ててしまったことに気づく。行き場を失った手をポケットに入れて、千隼くんい背を向けた。
「あれ、帰っちゃうのー?」
無視。
歩く速度を速める。徒歩で数分の道のりだ。たいした距離じゃない。
大瀬良くん、わたしが家を出るとき眠ってたからそのまま出てきちゃったけど、起きてわたしを探していないかな。外に出ていないか心配だ。
「んー……やっぱりなんだろうなぁ」
終わってない。
胸の奥がチリチリしていて吐きそうなほど何かが警告してくる。
なにかを見落としていないか。
矛盾はなかったか。
これでヒカリの教えは完全に潰される。好奈もいない。だから、安心して大瀬良くんとラブラブできる。
そのはずなのに。
「あ、」「っ」
自宅まであと数メートルというところで、背後からなにかの気配がして振り返る。
仁美さんがいた。
髪をひとつに結っていて、泰邦さんがよく着ているようなスウェットを着ている。だけどサイズが少し小さいのか、長身で細身な体型がくっきりと浮かび上がっていて、なかなか色っぽい。モデルみたい。
「後をつけてたんですか」
仁美さんの目が、左へ移動する。
「仁美さん、泰邦さんと付き合ってたんですよね」
仁美さんの口が、ぽけーと開く。
「大瀬良くんのバイトのこと知ってたんですか」
「体を売るくらい、自分はどうってことないと思うのである」
やっと声を発した仁美さんは首をコキリと鳴らして降参というふうに両手を軽くあげた。
「泰邦、いないから。自分は自分なりに復讐をーと思ったわけである」
「要するにわたしを殺そうとしたんですか」
「殺したよ。頭のなかで何度も」
意外に過激だな。どんな殺され方をしたんだろう。想像上とはいえ気分は悪いな。
「では、まあ……仁美さんに聞きたいことがあるんですけど」
物語には主人公とヒロインと悪役、そしてサブキャラがいる。ここで忘れてはならないのが鍵となる人物がサブキャラに潜んでいるかもしれないという可能性。
ただのサブキャラとして居座っておきながら、実はかなり深いところまで知り尽くしている。そんな奴が一番アブナい。
「あなたは、誰ですか」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.133 )
- 日時: 2012/10/29 19:33
- 名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
抑えることのない好奇心はどうすれば冷めるのだろう。
幼いころから人一倍探究心や好奇心が強くて、関心の無いものにはまったく目が行かなかった。成績も極端で、確か美術や体育の授業はクラスでも底辺地位にいたと思う。じゃあなんで美術部なんだとつっこまれるけれど、それは面倒くさい部活は嫌だったから。まあ、美術部も充分面倒くさいと知ったのは入ってすぐだったけど。
仁美さんは爪と爪をカチカチと擦り合わせながら、街灯の下に体育座りする。地べただから冷たくないのか。
スウェットだけしか着込んでおらず、この季節でこの時間だと寒いのか少し震えている。
視線は常にわたしの足元を見ていた。睫毛が長いな。大瀬良くんもけっこう長いけれど。
わたしは仁美さんから数メートル離れた電柱に背をあずけて、じっとその様子を眺めていた。この状態で、かれこれ十分は経っている。
家にひとりでいる大瀬良くんのことも気になったから、仁美さんの正体を暴こうと口を開いたのに、さっきからだんまりを決め込んでいる。なんだ、この人。あれこれ喋ってこの事件を終わらせてくれるんじゃないのか。わたしは探偵役じゃないから、推理を求められても困るんだけどな。
「前もこんなことがあった」
仁美さんが口を開いたのは、それからさらに数分ほど経った頃。
長身の体を小さくしている。捨てられた犬のようだった。
「こんなことってなんですか」
「暗い場所でずっと一人。外は怖くて、五月蝿くて、だから布団を被ってじっとしていた」
「引きこもりか」
「うーあー…………。いじめられっ子だったのだとカミングアウトしてみる。部活で揉めてて、なんか自分が悪いと周りに言われて。合宿中に殴られてて、あーこれ死ぬなーと人生の終わりを実感するほど、ダラダラとした走馬灯が流れたのである」
ふーん、へえ。
近頃のいじめは酷いと聞くけど本当に酷かったのか。
「それで、正当防衛で、その子を半殺しにしちゃったり」
「…………あの、べつにわたしは仁美さんの昔話を聞くつもりはないんですが」
「自分はいつも思ってた。なんで自分は友だちができないんだろう。なんで自分は気持ち悪いと言われるんだろう。ずっとずっと謎だった。だからかなー」
仁美さんがやけに粘着質のある間伸びした口調になる。
いままで地面しか見ていなかった目が、ついっとわたしを見た。
「だから、カミサマと友だちになりたかったんだ」
遠くで踏切の音が鳴った。同時にわたしの頭のなかも真っ赤になる。
うおおおおおおおお、おおお!なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ。初めての感覚に思わず頭が地面につくほど背中を仰け反ってしまいたくなった。いや、さすがに変人な仁美さんから変な目で見られるのはいただけないからやめておいたけど。ちなみに表情を変えないように顔中の筋肉を厳しく指導した。
「好奈と会ったことがあるんですね」
「ママとパパがヒカリの教えの信仰者だった。自分は暗い場所でじっとしているのが好きだったのに、あの二人が自分を連れて行った。お寺みたいな家だった」
たぶん引きこもっている自分の娘をカミサマになんとかしてもらおうという、健気な親心が働いたんだろうな。いやべつに褒められることじゃないけれど。
「トモダチが欲しかった。あの子がカミサマだろうがなんだろうが、どうだってよかった。でも、そうはならなくて…………気づけばあの子はどこにもいなくて、自分がカミサマってことになっていた」
やっぱり仁美さんだ。
好奈の身代わりとして教団に残されて警察に保護された、当時中学生の女児。
泰邦さんが好奈を救うために見捨てたのが仁美さんだったというわけで、警察に保護された仁美さんは「カミサマとして大人たちから性的虐待を受けた」被害者として世間から悲哀の目を向けられた。
「泰邦さんは迎えに来てくれましたか」
「あー…………うん。自分が大学に行けるようにって、色々とお世話してくれた、と感謝の気持ちを込めてみる」
きっと、仁美さんが自分が嘘のカミサマだと公言することを恐れて引き取ったんだろうけど。
「好き、だったんですか。泰邦さんのことが」
「えーと…………あ、愛してた。うー、あいあいあいあいあいあい、愛してた。だけど、好奈もそこにいた」
あのアパートで匿われていた好奈を見たとき、仁美さんはどれほど衝撃を受けただろう。
もう仁美さんを利用道具としか思っていなかったのだろう。
「泰邦は黙っていれば幸せになれると言っていた。それは嘘だと思っていたけど、自分は好奈といれればそれでいいと思った。自分はたぶん、どこかおかしいんだろうな」
「そう思っているだけマシですよ」
「その幸せ、あまり続かなかったけど」
口調が鋭くなる。
わたしを睨みつける。わたしが幸せを壊したとでも言いたそうだ。まあそのとおりなんだけど。
でもそれで大瀬良くんを守ったのならそれでいい。わたしの中では一件落着だ。
「しょーねんが来てから」
「ん?え、大瀬良くん?」
どうやらわたしではなかったらしい。
んーどういうことだ。仁美さんは事態をあまり認識していないのか。
「しょーねんは自分より数ヶ月くらい後に来た。泰邦の親戚で好奈と仲が良くて自分にも懐いてくれた。可愛かったと思う。けれど…………好奈はしょーねんを純粋に好きになった」
純粋に、ねえ。
それはどうだろうと心のなかで否定したけれど、声には出さなかった。
「好奈の、泰邦に対する思いは穢れている。あんな環境で育った好奈にとって泰邦は真っ黒なヒーローだったから。だけど、しょーねんに対する思いは、年相応の、純粋なもの。ただ、その愛情表現が歪だっただけ」
思いは純粋でも、それを形にすることは好奈には不可能だった。どうすれば相手に思いが伝わるのか、相手が自分を見てくれるのか、この気持ちをどうすればいいのかすら、好奈にはわかるはずのないこと。
「そうしてしょーねんの傷口をいっそう深く抉って、終いにはしょーねんは嫌なことがあると、ぜんぶそれを忘れるようになった」
「心理性の記憶障害があったんですね。それもこれも全部、好奈のせいで」
「好奈が悪いわけじゃない。それを止めようともしなかった、自分と泰邦のせい」
「なぜですか。どうして止めなかったんですか。仁美さんは好奈が好きだったんでしょう」
泰邦さんのお嫁さんになりたいと言ったり、本当は好奈が好きだと言ったりと忙しい人だ。
それにそこで止めてくれていたら、大瀬良くんだってあんなふうにはならなかったかもしれないのに。
「復讐だけじゃあ、生ぬるいから」
ぞっとするほど冷たい声で、仁美さんが笑う。これはもしやバトる展開かもしれない。うっそー何も持ってませんよ。
そう警戒しているのはわたしだけらしく、仁美さんはただ薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。普通に考えて体育座りしている相手から不意打ちされたって対応できるでしょーが、しっかりしろわたし。
「ズルいから。悔しいから。大嫌い。嫉妬する。ずっと前から自分が友だちだと思っていた。自分が…………あたしが友だちだとずっとずっと思ってた。あのゲージのなかで話しかけたのはあたし。あの子と飴を食べたり、それが見つかって信仰者たちにレイプされたって、あたしはずっとあの子を友だちだと思ってた。
だから、あの子はあたしのものだと思っていた。なのに、なのになのになのに!大嫌い。あたしと、泰邦とで家族みたいだねって。あの子を子どもみたいに思って可愛がっていたのに!」
声を荒げ、すくっと仁美さんが立ち上がる。
メンタルも色々ヤバいけど、キャラも壊れてる。そう指摘したかったけど、この空気で言ったらさすがに殺さ寝かねない。
「大瀬良悠真が来てから!あたしは嫉妬で狂いそうになった!」
「家族ごっこして楽しかったですか」
うわ、いま絶対にわたし余計なこと言った。キャラ云々より数十倍余計なこと言った。それはしっかり仁美さんの耳に届いたらしい。
「恋愛ごっこしているのはそっちでしょう」
「そんな生半可なもんじゃないですよ」
まったくだ。
命がいくつあっても足りやしない。
「戦争ですよ、本当に」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.134 )
- 日時: 2012/11/01 20:07
- 名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
。
外の寒さのせいでかじかんでしまった手を、大瀬良くんの頬の表面温度で温める。思春期の男子のくせにニキビの一つもない肌。軽く撫でてから、もしかして冷たくて起きちゃうんじゃないかと思ったけど、そのとおりだった。
ゆっくりと目蓋を開けて、わたしの苦手な黒い瞳が焦点を合わせる。
「ソファで寝てたら背中が痛くならない?」
「べつに…………ならないけど」
会話が終了してしまった。
そのままお互い黙り込んでしまったから、また大瀬良くんは寝ちゃうかなと思ったけど、しばらくしても大瀬良くんの目は開いたままだった。
頭を撫でてみる。抵抗はされない。鼻をつまんでみる。数秒後に軽く手を叩かれた。なんだこれ楽しい。
次に目を向けたのは大瀬良くんの唇だった。少し乾いていて皮がめくれてしまっている。冬の乾燥した空気のせいかもしれない。
「なんか今日のアンタは弱々しいな」
「え、そうかな」
「俺の目を見ない。アンタもどっかいなくなるのか」
気のせいだろうか。
大瀬良くんが少しだけ寂しげに見えた。
わたしも、というのはきっと泰邦さんが消えたからそれを言っているのだろう。わたしからしてみれば下衆で蛆虫以下な存在でも、大瀬良くんにとっては家族だったのに。
わたしは大瀬良くんの大切なものを奪ってばかりだ。
他人を蹴落として自分だけが彼の目に映ればいいと、そればかり思ってしまう。いけないことだとわかっている。わたしが傍にいる限り、大瀬良くんはいつまでもこのままだ。
「わたしがいなくなったら寂しいと思うの?」
それを知っていて分からないふりをするわたしはズルい。
「なんでだろうな。アンタとはずっと昔から知り合ってる気がする」
「なあにそれ。前世で一緒でしたってオチ?」
「ちげぇよ。俺はアンタと、ずっと、こういうふうに生きてきたのかなって」
欠けた記憶は都合の良い妄想に書き換えられる。
忘れたい過去の上に優しい嘘を上書きする。
決して変えられない現実を無かったことにして、保身のためにそこに目を向けずに、歩みを止める。
自ら手放した好奈との過去を、わたしの嘘で埋められたら。大瀬良くんの苦痛が癒されるのだとしたら。
「大瀬良くん、わたしときみはずっと一緒だったんだよ」
ぜんぶ忘れてしまえばいい。
わたしで満たされてしまえばいい。
泰邦さんも、好奈も、仁美さんも、大瀬良くんの母さんのことも。
ゴミ箱に捨てて。
「ねえ、キスしていい?」
こうしてやっと大瀬良くんに触れられるのなら、わたしは何度でも過去を書き換えるよ。
♪
外気温は既に一桁になっていた。
時刻はとうに零時を過ぎており、吐く息は白い。乾燥してひび割れた手をこすりながらアパートの目の前にある自販機へ向かう。暖房がつかないボロアパートだと寒さが本当にピークになっていて、温かい飲み物が飲みたくなる。
いつもは零時前には必ず寝るという規則正しい生活を送っていたのだが、今日はそれができなかった。
というのも、文化祭に展示する予定だった絵を書き直していたから。時間が無いと大雑把にしてしまった絵を細かく仕上げていた。
予定だった、と過去形なのは最終日が延期になったせいで。昔にもニュースになってたヒカリの教えとかいう宗教団体が復興しそうになっていて、なんか色々と新しい事実が浮き彫りになってきた……らしい。
そこらへんはあまりどうでもいい、というかそういうことじゃなくて。
俺的に復讐の機会を失ったっていうのが、ショックだった。
なんのためにオヤジを説得させてこんなボロアパートに移り住んだと思ってる。そりゃ経済的に助かるからでもあるけど、俺は樽谷泰邦を殺したいがためにここまで生きてきたようなもんだ。
それが……あっさり自殺するとは。
「あのさ。お前なんでここにいんの」
「うるさい黙れ死ねと威嚇してみるのである」
「いつまでそのキャラやってんだよ、うぜぇ」
自販機の前でぐったりしている宇留賀仁美と会った。
ああ、そうだ。そうだった。こいつはまだいるんだった。
「撫咲くん……だっけ。しょーねんと確か同じ高校だったような」
「お前さ、俺のこと覚えてんの?覚えてねえの?」
昔、イカれた母親に連れられて行った古い屋敷でこの女を見かけたことがある。
まだ中学生くらいだったよな、こいつ。あの時こんな喋り方じゃなかったと思うんだけど。
「自分はヨシナにメロメロチュッチューでしたから、と赤面しながら言ってみるのである」
「ん、ああそう。あとさ、お前って俺の母さんが自殺したのとなんか関係あんの?」
あの人は俺が小学校から帰ると部屋で首を吊っていて死んでいた。死んでるというよりは釣られてた。魚みたいに。死んだ目をしていた。排出物がドロドロと床に垂れていて、ぶっちゃけ死に様よりその強烈な異臭のほうがひどかった気がする。
ヒカリの教えとかいう宗教に絡んでから、あの人は変になっていった。
その師が樽谷という男だっていうから、必死にあいつを探して探して探してボロを出さないようにいつか殺してやろうと思ってここまできたのに。
なんで先輩はバカばっかしちゃうのかなー。
「自分が知っているのは、カミサマの身代わりをしとけってことだけである」
「そのカミサマのせいでレイプまでされたのにかよ」
「自分は生きる屍だと思ったのである。だから何をされてもいい。それに自分の処女は好奈が奪ったからそれだけでいいのである」
わけわかんねー。
「んで。お前は大瀬良さんに嫉妬心丸出しだったけど、こんな時間に外うろつくってどうなの」
「殺そうとしてきた。けど、無理だった。あの子に邪魔された」
あの子っていうのは、たぶん先輩だろうな。
十円玉を十二個入れてホットのミルクティーを買う。横目で欲しそうに見られたけど、無視した。持ってきた十円玉の十二個はミルクティーと交換したし。
「んじゃ、お互い復讐はできなかったわけだ」
「そうなるのかな」
「お前も被害者だしな。ある意味では」
たぶんこの女は自分が被害者っていう自覚は無いんだろうな。
ていうかこれからどうすんのかね。このアパート、管理人が逮捕されたけどやっていけるのかねぇ。
「きみはしょーねんに対しては敵意を向けないのだな」
「大瀬良さん?ああ、俺はあの人に敵意なんか向けてねえよ。ただ、同情してる」
あの人はもう普通っていう道を生きていけないはずだ。あれだけ捻じ曲がって欠落した人生、俺なら自殺してるな。
んー自殺かぁ。
自殺、自殺ねえ。あいつもこう、何も考えずに自殺したんかねえ。
あの人もあいつもみーんなみんな。
簡単に命を捨てる。糞みたいな人生、難しく考えることなんかないのに。
「お前にも同情してるけどな」
この女もいま自殺とか考えてんのかなぁ。
だってこの女、生きる意味無いじゃん。樽谷泰邦も、あの白い男女もいなくなって、この女を構成している成分がぜーんぶ、どっかに蒸発しちまったし。
可哀想だな。俺よりも。
だから俺はこいつにホットミルクティーなんかあげない。なつかれても困るし、俺にはそもそも誰かを守るとかいう余裕すらない。
「がんばって死ねよ。てきとうに生きろよ」
クソ寒い台詞を吐いて、俺はアパートに戻る。
ひどく胸糞が悪かった。
あいつが死のうが生きようが俺にとってはどうだっていいのに。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.135 )
- 日時: 2012/11/02 18:33
- 名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
05
寒空のしたでマフラーを首に巻く。毎年マフラーを巻くのが苦手で、下手すれば首を締め上げてしまうんじゃないかと思うほどからまってしまう。自分の手で絞殺なんて冗談じゃない。
「にしても本当に寒くなりましたなぁ」
「そうだな」
駐輪場の自転車は何台かが強風の影響で倒れていた。起こそうかという偽善的な考えは少しも芽生えてこない。それは大瀬良くんも同じらしく、わたしと繋いでいた手を簡単に離して自分の自転車籠にカバンを乗せた。
「大瀬良くんは本当にデレてきましたなぁ」
「でれ……?なんだそれ」
「なんでもなーい」
走って、大瀬良くんに抱きつく。
今までは拒否されることはなくて、だけど決して受け止められることもなかった。
でも今は彼の腕がわたしの体を抱きしめる。じんわりと心にまで沁みているんじゃないかと思うほど温かい。
好奈が自殺してから一ヶ月が過ぎていた。そのあいだに延期になっていた。文化祭の最終日は予定より大幅に遅れたけれどきちんと行われて、数日前には期末考査も無事に終わった。
カレンダーは十一月の日付になってからもう第二週目に入っていて、朝の外気の寒さに身を縮ませることも日常的になった。
でもわたしと大瀬良くんの関係は前より少しだけ、けれど明らかに甘い方向へ進んでいる。現在進行形で。
「大瀬良くん、今日のご飯はなにがいいの」
「なんでもいい。好き嫌いあんまり無いし」
「ぬー。そう言われると困っちゃうんだけどなぁ」
一昨日だっけ。
母さんが初めて大瀬良くんと対面した。久しぶりに家に帰ってきた母さんは焼いていない食パンを食べている大瀬良くんを見て、ほんの少しだけ笑いかけただけで、特に何の反応もなかった。
大瀬良くんも母さんへの興味は無いらしく、二人は一言も喋らず、一度しか目を合わせなかった。
「そういえば仁美さんは引越したみたいだね」
大瀬良くんが前に住んでいたアパートに今も住んでいる撫咲くんに聞いたところ、宇留賀仁美は既に姿を消したらしい。管理人はべつの人間に引き渡され、町はいつもの平穏さを取り戻しつつあった。
「誰だよそれ」
自転車にまたがりながら大瀬良くんが記憶の故障を教えてくれる。うん、問題ない。
その質問には答えず、自転車に乗り両足で地面を蹴る。少しだけ自転車は進んで、大瀬良くんの背中にカゴが当たった。
「んーセーブ状態は良し。わたしの都合の良い形だけどね」
「アンタ、ひとり言多いよな」
ひとり言は昔から多い気がする。なんでだろう。なぜか自分で思ったことは声に出さないと気がすまない。感情を声と顔に出して疲れないかと聞かれたことがあるけど、心内と違うことを声に出すことのほうが疲れるし、神経が鋭利に尖っていく気がして好きじゃない。
「大瀬良くん大好きです」
「いきなりなんだよ」
いきなりでもないです、ずっと前からこれしか言ってないです。
「いや、ひとり言ならこっちのほうがラブ度がアップするかなーって」
「しねえよ」
もともと無いですもんね、そんなの。わかってるわかってる。
なんだか自分で言ってて悲しくなってきたぞ。しっかりしろ笑日。
恋人っぽいけれど恋人じゃない。同居はしているけど同棲じゃない。まだまだ一方的な片想いだ。
それでも大瀬良くんがわたしだけを見て生きていけるのなら、それ以上わたしにとっての幸福はないだろう。
「いまのラブ度はなんれべー?」
「あー…………七くらいじゃねえの」
「意外と高かった!」
こういう小さな幸せを、噛み締めることもできるし。ね。
episode3 『蝶が蝶であるために』 (完)
- Re: あなたを失う理由。 ( No.136 )
- 日時: 2012/11/02 21:14
- 名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
これは、麗しの兄妹愛をつらつらと主観的に述べた自己満足。
うーん、麗しってところに疑問符がつくかもね。
episode0 『 my story 』
鼻をくすぐる春風の甘ったるい匂いも、給食場からかおってくるカレーの匂いも、いまのわたしのおなかを満たしてくれない。
時間割だと次の授業は体育で、クラス全員でとび箱をするらしい。給食まであと一時間とちょっとだから、あと少しのがまんか。
ここ最近、朝ごはんを食べていない。わたしが自分から栄養せっしゅを拒否しているわけじゃあない。ここ、重要。
家に暴君として「くんりん」し、家族すらめしつかい同然に働かせる元ぼーそー族が、まあ簡単にいうとマイダディが母さんを腕の骨を折った。こういうとダディはすぐに警察のお世話になるんだろうけど、母さんがなぜか父さんをかばって階段から落ちたと言ったため、マイダディはいまも君臨している。
……「くんりん」ってことばの使い方、これであってるのかな。
まあ、いいや。
授業の終わりを知らせる鐘が鳴って、同級生たちが教科書をかたづけもせずに体操服に着替え始める。体育館に行くまでの時間がないから、みんなあせっているのかも。
マイペースをつらぬくわたしは、他人に左右されずにゆっくりと体操ズボンを履いたのでした。ちゃんちゃん。
ひととおりすべての授業が終わった。
とび箱では足をぶつけるしマットの上に派手に転ぶしで、さんざんみんなに笑われたけれど、今年はまわりに流されないように生きると数ヶ月前に決めたから気にしないことにした。
帰りの会での先生のはなしを聞いている人はだれもいなくて、はやく家に帰りたくてランドセルをばんばんと叩く男子もいる。やんわりと彼らを注意して、それから五分ほどどうでもいいはなしをしたあと、やっと帰りの会がおわった。
せんせい、さようなら。
バラバラに言ってから、教室をいっせいにとびだす。わたしは後からのろのろと出る。家に帰りたくないし。
校門を出たところで足が止まった。
わたしの通う小学校は徒歩で十分もかからないところに中学校がある。
わたしと五つちがいの兄さんはそこに通っていて、毎日のようにわたしを迎えにくるのが日課になっていた。
そこそこめだつ兄さんは、近所で悪い意味でも良い意味でも有名だった。良い意味ではあっとう的に容姿が良いという意味で。なかなかかっこういいらしく、ぜんぜんはなしたことのない同級生から「やぶさめさんのお兄さんってすごくかっこういいね!」とはなしかけられる。
どこがそんなに良いのかはよくわからない。髪の毛を茶色にしているところ?うーん、なぞだ。
「いもーと、今日も元気におつかれちゃーん」
けだるい声と眠たそうな顔。軽くあげられた手の薬指は不自然にまがっている。昔の怪我のせいらしいけれど、ぜったいにマイダディが加減をまちがえちゃったんだろうなーと、根拠もなく想像している。
「なんでいつも迎えにくるの」
「いもーとが変態親父に変なことされたら俺、いやだもん」
びみょうに理由になっているからめんどうくさい。
「はずかしいんだけど」
「防犯ブザーなんて役に立たねえし。羞恥心を捨てろー裸になれー」
「兄さんがはずかしい」
イヤミを言っても通じないらしい。兄さんは自分を卑下するものすべてが脳にとどまらずダダ漏れになっている。鼓膜はわたしの小さな皮肉ごときでゆれない。
しかたがなく、今日も兄さんと家に帰る。
どうにも納得はいかないけど、一人で帰るよりは何十倍も心強かった。
帰るとダディは不在だった。
緊張がゆるんで、強くにぎっていた兄さんの手をするりと放す。靴を脱いで自分の部屋に行き、ランドセルを置いて台所に行く。
電子レンジのとなりに置いてあるビニール袋からかつおぶしを手にのせて、風で飛ばないように注意しながら次は母さんの部屋へ向かう。
一階の一番奥の部屋。
一日中電気のついていない部屋。
母さんは暗いところを好む人で、昼間の外出を嫌っている。この時間だとかならずといっていいほど、自分の部屋でひきこもっている。
だけどわたしが用があるのは母さんじゃない。
とびらを開けて、ベッドの上にいる母さんと目が合う。母さんのひざの上でまるまっている猫が、物音に反応してわたしを見た。
「ごはんだぞー」
話しかけるのはなれないから、棒読みで言ってみる。
ちかよって来ない。
しかたなく傍によると、やっと立ち上がった。しなやかな動きでベッドから降りる。かつおぶしを乗せた手を近づけると、ざらついた舌でなめはじめた。
「アンタにはよくなつくんだね」
そりゃあ、えさをあげているのはわたしだから。
拾ってきたくせに育児放棄している母さんになつくわけがない。
「アタシなんか膝の上に乗せて湯たんぽ替わりにしたいのに、いつも逃げられる。やあっとさっき捕まえて寝かしつけてたっていうのに」
「母さん、腕、だいじょうぶ?」
心のなかではいろいろと母さんへの不満とか、なんかこう悪口とかがでてくるのに、いざ話すとなるとたどたどしくなってしまう。口下手っていうのか、こういうの。
母さんの右腕は包帯でぐるぐる巻かれて首からつられていた。ギプスでかためているらしいけど、お風呂に入っていないからそれなりに臭い。
「あと少ししたらギプス取れますって。まあ、これくらいは昔からだから、死にゃしないよ」
「そうなんだ。えっと、おなかすいた?」
「べつに。アタシに気ぃ使わなくていいから。アンタはなんか、瑠依と食べてきな」
ボリボリと長い髪を左手でかきながら母さんがわたしから目をそらす。
この人はほんとうにわたしの母親なのか。兄さんとは口調や目元がよく似ているけれど、わたしとの類似点がひとつもない。腹違い、ではないけれどこうも他人行儀だと、他人よりも接しづらい。
「わかった」
短く答えて立ち上がる。猫はすがるような目でわたしを見たけれど、心のなかではほんとうにわたしにすがっているのかすらわからないから、無視した。
「あ、そうだ。笑日」
母さんが何日かぶりにわたしの名前を呼ぶ。
「瑠依に、進路のこと聞いてきて。アイツ、アタシに何も言わないから」
「あ、わかった……」
ちょっと意外。
兄さんがいま何歳なのか覚えてたのか。
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