複雑・ファジー小説

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あなたを失う理由。 完結
日時: 2013/03/09 15:09
名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

どうも 朝倉疾風です。





性描写などが出てきます。

嫌悪感を覚える方はお控えになってください。



主要登場人物>>1

episode1 character>>4


episode2 character>>58


episode3 character>>100


episode4 character>>158



小説イメソン(仮) ☆⇒p


《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4


《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg


《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A


《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI


執筆開始◎ 6月8日〜



Re: あなたを失う理由。 ( No.22 )
日時: 2012/06/23 02:37
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




 紗夜との思い出は語るほどない。 去年、同じ図書委員で貸出カードを一緒に作ったりしたくらいだ。 思い出と言うほどのことでもない。
 華やかな美人さんで、目がキリッとしているからか目つきが悪く、いつも不機嫌だと思われることが多いのだと、本人がぼやいていた。

「別に怒ってもないのに気ぃ遣われるしさぁ。 初対面の印象は絶対に “怖い” なんだよねぇ」

 けれど、紗夜は笑うと本当に可愛くて、怖いというイメージが消える。 あまり笑わないからそういう印象がつくのだと、そうアドバイスした記憶がある。
 その紗夜が、昨日の昼過ぎに殺された。 犯人は未だに捕まっていないらしい。
 高校からの連絡網が回ってきたのは昨日の夜の9時近く。 今日で最終日となるはずだったテストは一時中断となり、自宅待機となった。
 ニュースでも、この平凡な田舎町で起こった猟奇的殺人事件を取り上げていた。 なんせ、殺され方が惨いものだったらしいから。 胸くそ悪い。

「暇になったなー。 今日」

 第一発見者は三好先輩らしい。 一緒に住んでいたという18歳少年は、三好先輩しかいないだろう。 紗夜の両親が出張だから、幼なじみの先輩の家でしばらく預かっていると言っていたし。
 考えに浸っていると、メールの着信音が鳴って少しビビる。

「── うおお」

 兄さんからだった。 わたしからメールは送るけれど、兄さんからっていうのは珍しい。 内容は、やっぱり今回の殺人事件のことだった。 母さんが仕事で家を留守にしがちなので、兄さんも気にしてくれているんだろう。
 大丈夫だという旨を伝えると、数秒もしないうちに返信がくる。 可愛い顔文字だけの本文だった。

「んー、顔文字可愛いなぁ」

 独り言を言いながら、時計を見る。 昼前で小腹が減った。 空っぽ同然の冷蔵庫の中身を思い出しながら、どうしようと頭を悩ませていると、玄関のインターホンが鳴った。
 紗夜が殺されていることもあるせいか、少し緊張する。 殺人犯はご丁寧にインターホンを鳴らすだろうか。
 階段を降りる途中でまたインターホンが鳴る。
 少し警戒しながらゆっくりと扉を開けると、客の顔が見えた。

「── 千隼くん?」 「流鏑馬、ちょっといいかい」

 メガネをかけていない千隼くんが立っていた。 初めてメガネをかけていない彼を見たけど、少し雰囲気が違う。

「どうしたの」
「いやその……水原のことで、話があってさ」
「まさか千隼くんが犯人でしたーってオチじゃないよね」
「違う。 俺は人を殺すことなんてできない」

 ちょっとした冗談にするには悪かったかもしれない。
 真顔で返されて、ここからは苦手なシリアスムードに突入するのだと気づいた。

「とりあえずあがって」
「お邪魔します」

 ポケットの中で携帯のバイブが数回鳴る。 きっと返信をしないわたしを心配して、シスコンな兄さんが何通も何通もメールを送ってきているのだろう。
 あとで、返さないと。




 お茶をいれて出すと乾いた声で 「ありがとう」 と言い、千隼くんが疲れたような顔でいつものように笑顔を作った。 向かい側に座り、千隼くんの言葉を待つ。
 しばらく経って彼が放ったのは、素朴な疑問だった。

「水原って、なんで死んだと思う?」
「殺されたんじゃん」
「なんで殺されたんだと思う?」
「それは犯人にしかわからないと思う」
「犯人は、誰だと思う? あんなに水原の体のメチャクチャにしてさ、何がしたいと思う?」

 ── 不愉快だ。 まるで、取り調べでも受けているような気分になる。
 そういえば、千隼くんは紗夜と中学時代付き合っていたっけ。 元カノといえど、殺されちゃったんだからやっぱり事件に対しても執着するのだろうか。

「何が言いたいの、千隼くん」
「ああ、別に流鏑馬を疑ってるとかそういうわけじゃない。 これは本当さ。 不愉快な思いをさせて悪かった。 俺が聞きたいのはね、流鏑馬の考えだよ」
「わたしの考え?」

 わたしの考えなんて聞いてどうするつもりだろう。 犯人探しをするとか言い出すんじゃないよね。

「水原はどうして殺されたと思うか、それを流鏑馬なりに答えてほしいんだ」
「千隼くん、犯人を探そうとか言わないよね」
「まさか。 俺はただ、流鏑馬の考えを聞きたいだけだよ」

 乾いた唇を潤すためにお茶を飲む。 ウーロン茶をゴクゴクと飲み干して、息をつく。
 わからない。
 千隼くんはどうしてわたしに考えを求めるんだろう。 事件からまだ24時間も経っていない。 もっと悲しめばいいのに、とは言わないけれど、元カノが殺されたんだから普通ならもう少し悲しむもんなんじゃないか。

「誰か別の人に聞いてもらえば?」
「んー、なんていうか流鏑馬って個性的じゃん。 大瀬良のことが好きだとか言うし」

 飲んだお茶が逆流しそうになった。

「い、言ってないよ!」
「味噌汁作ります宣言してただろ」
「いや、まあ……もののはずみというか……」
「俺は興味があるんだよ。 流鏑馬とか、大瀬良みたいな奴に。 だから考えてみて、流鏑馬。 なんで水原は殺されたのか」

 どこか楽しそうな口調にも聞こえてきて、眉をしかめそうになった。
 表情は決して笑ってはいない。 笑顔を取り繕ってはいるけれど。

「猟奇的殺人だから紗夜に何か恨みでもあったんじゃないかな。 凶器も証拠も無いから、計画的だったのかもね」
「その恨みってなんだと思う?」
「そこまでは……でも、高校生の女の子があれだけ酷いことをされて殺されるとしたら……」

 視線を泳がせる。 コップの内側についていた水滴が、つぅっと落ちる。

「恋愛事のゴタゴタ、かな。 よくあるじゃん。 DVとか。 ストーカーに殺されてーとかさ」
「へぇ……。 じゃあ、水原と付き合っていた俺はどうなのかな。 流鏑馬の中では容疑者に入ってるか?」

 ふいに、寂しそうな口調で千隼くんが言った。 彼の目を見る。 長い睫毛は伏せられていた。
 さっきはああ思ったけど、やっぱり紗夜が殺されて少しハショックだったのだろう。

「入ってないよ」

 わたしが言った考えだと、元彼だって容疑者になりうるだろう。 それは千隼くんだってわかってるはずだ。 だから。

「千隼くんが人を殺すわけないもの」

 誰が誰を殺すか、または殺されるか。 そんなこと第三者が決めることじゃあない。 それこそわたしだって、いつ心に憎悪と殺意が芽生えて人を手にかけるかわからない。
 人間は、それほど強くない。
 だから、わたしからしてみれば千隼くんだって。 立派な殺人者候補なのに。

 もちろん、彼から見たわたしだって。

Re: あなたを失う理由。 ( No.23 )
日時: 2012/06/24 14:32
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 お茶を入れ直し、千隼くんに渡す。
 短くお礼を言って、千隼くんが微笑んだ。 外がいつのまにか曇っている。
 もうすぐ6月で梅雨入りだけれど、今年も蛙が五月蝿いに違いない。

「傘、持ってきてる?」
「いいや。 なんでだよ」
「雨が降りそうだから」
「家が近いから、走って帰れば問題ないよ」
「それもそうかもね。 ……紗夜についての話ってあれだけ?」
「ん、ああ。 流鏑馬の話は面白くて、案外マトモだったよ」

 あ、まただ。 また一瞬だけ顔つきが変わった。
 それにしても……案外マトモ、かぁ。 まあ、わたしは異常者でもなんでもないから偏った見方よりは、平凡な視点から考えることしかできない。

「ああ、ならこっちからも聞いていいかな」
「なんだよ」
「なんで紗夜と別れたの?」

 だからこそ、わたしは平凡なところに疑問を持つ。 興味が湧く。 知りたいと思うから聞く。 無神経なことを聞いているから悪いな、と思ったけれど、意外にも千隼くんはすんなりと答えてくれた。

「俺に好きな人ができたんだよ」

 氷がカランッとコップの中で音をたてる。 水滴がコップの表面を垂れてテーブルにごくわずかな水たまりを作った。

「最初は綺麗な人だなって、それだけだったんだ。 けれど、どうしても水原以上に好きになって、あいつといるのが苦痛になってきたんだ。 酷いやつだろ? 俺は水原といるときでも、いつもその人のことを考えていたんだよ」

 千隼くんが寂しそうに笑った。 自虐的で、目はどこか虚ろだった。
 恋愛は、ひどく複雑で人間同士の感情がぶつかり合って、高まるときもあれば冷めるときもある。
 ましてや、もともとそこに愛情の欠片もないときもある。
 紗夜に対して罪悪感を少しでも感じているのなら、千隼くんはきっと酷いやつなんかではないだろう。

「別の誰かを好きになったんだから仕方ないよ」

 千隼くんは首を横に振る。

「自分で言うのもあれだけど、水原にとって俺は必要不可欠な存在だったんだよ。 本当にあいつは俺がいないとダメだったんだ。 友だちを作るのが下手で、甘え方を知らない。 バカなんだよ、あいつは。 俺はそんなあいつを一人にしたんだ。 ずっと……罪悪感で死にそうだった。 だからかな。 あいつが殺されて、悲しいとかいう気持ち以前に……開放感っていうか。 そっちの方が強いんだ」

 溜め込んだ言葉を吐露し終えて、その虚ろな目がわたしを見る。

「最低、だよな」

 彼を最低だと蔑むようなこと、わたしはきっとできない。 しちゃいけない。 かといって慰めたりもしない。
 千隼くんのなかで結論が出ているのなら、そこに触れてはいけないのだろう。

「わたしにはよく分からないけれど、千隼くんはもう紗夜とはなんでもないんでしょ」
「そうだな。 もう終わってることだよ」
「なら、紗夜が殺されて良かったじゃん」

 驚いたように千隼くんの目が見開かれる。 大きな目を、もっともっと大きくさせて。

「千隼くんが開放感で楽になってるのなら、紗夜が殺されたことにも、ちょっとは意味があるのかもね」
「………っ、……」

 いま絶対に何かを言いかけた。 その吐き出されなかった言葉をウーロン茶と一緒に飲み込んで、千隼くんがふっと息をつく。

「もう帰るよ。 長居して悪かったね」
「そう? 気をつけてね」

 外は、小雨が音もたてずに降っていた。





                〆


 彼女はいつも一人だった。

 小学校の遠足も、中学校の臨海合宿も、普段の日常生活も。
 それが彼女にとってはいつものことで、当たり前のことだった。

 笑顔が下手だと言われてから、心から笑うことができなくなり、心から笑い合える友だちもいなくなった。 彼女の周りはいつだって静寂で包まれていた。
 これからも、この先も、ずっとずっと。
 続いてくはずだった。

 けれど、彼女に柔らかい声で日溜まりのような笑顔で話しかけてくれる友だちがいた。
 友だちはいつも彼女に話しかけ、彼女もまたその友だちに好意を寄せていた。

「アタシ、初めて好きな人ができたんだけど……」

 モジモジしながら彼女は、彼に告げる。
 彼もまた、喜んで彼女の心の変化を受け入れ、彼女の頭を撫でてその友だちと彼女の恋を見守ることを約束した。

「紗夜、そいつはいい奴か? ……そうか、それならよかった。 紗夜は不器用なところもあるけれど、根はいいやつだから大丈夫だ。 男ってのは甘えてこられると嬉しく思うから、素直になれよ。 そんで思いっきり青春しろよな」

 友だちに会えて彼女は幸せだった。 優しい光のなかにいるようで、自然と笑顔が生まれた。
 友だちにしか見せない、彼女の顔。
 その存在が友人から恋人に変わり、彼女の世界はますます暖かいものとなった。



 けれど。 その幸せは突然終わりを迎える。 彼女が16歳の春のこと。



「別れて、紗夜。 俺はきみのことを好きじゃなくなったんだ」



Re: あなたを失う理由。 ( No.24 )
日時: 2012/06/26 20:55
名前: 柚々 ◆jfGy6sj5PE (ID: CymMgkXO)

途端にサスペンスが入り込んできて、倍くらいに
自分の好きな雰囲気が漂ってきています(^o^)
所々に現れる「彼」が誰なのか、とてもキニナルところです

私事ですが_(:3」┌)┘彡 ズシャア
いつも推理小説などを読んでいても全く犯人の目星をつけずに
物語を読み終えるというのが自分の中でお決まりのパターン
となりつつありましたが、
朝倉さんの作品を読んでると、無意識に犯人はだれやろなー、
と考えてしまってる自分がいます(`・ω・´)

朝倉さん中毒なのかもしれまs(殴打

これは続きが気になりますね。うはうはです。うはうは!
更新がんばってくださいな(`・ω・´)♥←

Re: あなたを失う理由。 ( No.25 )
日時: 2012/06/27 15:07
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/


◎ 柚々 さま



 物理的に論理的に解明される推理や謎解きは嫌いだけれど、
 そこに至る様々な人間の感情を想像するだけで興奮します。
 ハァハァ。

 犯人は誰だろう…と読んでくださることも実に光栄なのですが、
 きっとすぐにわかってしまうと思います(笑)
 これはミステリーでもサスペンスでもない、恋のお話なのです。
 少なくとも、朝倉の中では。

 ありがとうございます。
 そう言ってくださって、朝倉もうはうはです。
 ((´^ω^))ゥ,、ゥ,、

Re: あなたを失う理由。 ( No.26 )
日時: 2012/06/27 20:52
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/





              03


 紗夜が殺されたため延期となっていた中間考査は、後日ちゃんと実施された。




 6月に入ってからしばらくは殺された紗夜の話題で学校中がざわついていた。
 犯人はあれだけの殺し方をしていながら、証拠も凶器も何一つ残しておらず、未だに捕まっていない。 第一発見者となった三好先輩は学校を休んでいるのだと聞いた。
 ──いや、そこじゃない。 わたしが心配すべきことはそんなことじゃない。
 何故か、6月にもちこしの中間考査が終わってから一度も大瀬良くんが学校に来ていない。 
 黒板の日付を見る。 もうかれこれ4日も学校も休んでいることになる。
 持っている箒を急いで掃除ロッカーの中に片付け、いても立ってもいられず、掃除中にも関わらず教室を後にした。 足早に長い廊下を渡り、階段を降りる。 冷たい空気。 静かな空間。 足は迷わず生徒指導室に向かう。

「失礼します」

 思っていたよりも大きな声をだしてしまって、少し恥ずかしかった。
 中にいた数人の教師が一斉にこちらを見る。

「── 流鏑馬さん?」

 教室陣の中にいた一人、宝月先生がわたしに気づいて声をかけてくれた。

「どうしたの。 もう掃除が終わったら帰っていいのに」
「先生、大瀬良くんってなんで休んでるんですか」

 大瀬良くんの名前が出たことが意外だったのか、宝月先生が目を丸くする。

「流鏑馬さんって大瀬良くんとよく話すの?」
「いえ、まあたまに……。 それでどうなんですか。 大瀬良くん、風邪ですか」
「風邪ではないと思うんだけれど……体調不良で本人から電話があったの。 しばらく休みますてt」

 大瀬良くんは確か一人暮らしのはず……。 看病してあげる人がいないと余計具合が悪くなるかもしれない。

「大瀬良くんの家、教えてもらえませんか!」
「それは無理」
「なんでですか」
「だって個人情報でしょう。 教えるわけにはいかないじゃない」
「か、看病! 看病しにいくんです!」

 怪訝そうな表情で先生がわたしを見る。

「看病……? 流鏑馬さんって大瀬良くんの彼女なの?」
「そうなんです!」

 言ったあとで思った。 わたしって本当に後先考えないな。
 宝月先生は小さく 「なぁるほど」 と呟いて、ニッと口角をあげた。 美人が意地悪な笑顔をつくると、どうしてこうタチが悪い感じに捉えてしまうんだろう。

「大瀬良くんのこと支えてあげて。 あまり人に頼ることも、甘えることもしない子だから」

 大瀬良くんのことをわかった気にならないでほしい。

「本来なら絶対に教えることはないんだけど……。 中央公園の近くにある福祉施設の裏の白いアパート」

 早口で言われた言葉を聞き漏らさないように頭の中でメモる。 ああ、あそこか。 福祉施設ならわかる。 そこまで行けばなんとかなるか。

「ありがとうございました。 失礼します!」

 近くにあるスーパーで何か買っていこう。 お粥? お粥作ればいいのか。 そんで熱があるのなら冷えピタとか持っていかないと。
 あれこれ考えて少しでも縮まるふたりの距離を想像すると、心臓が高なる。
 自転車をこれ以上ないスピードでこごう。 明日は筋肉痛になるかもしれない。





「──ここか」

 宝月先生が言っていたアパートがこれだとしたら、かなり古い。
 白い壁面には植物の根が数センチほどめりこんでいて、壁を茶色く変色させている。 駐輪場に自転車を停め、郵便受けに表示されている名前を見ていくと、若干消えかかっているが 『大瀬良』 の名前を見つけた。
 302号室、ということは3階か。
 エレベーターが無いから、階段を使うしかないのか。 ……しんどい。 食材やらを入れたレジ袋を腕に下げ、激チャのあとの階段となると正直しんどい。
 でも、大瀬良くんに会うためにはこれも試練なのだ。
 ゼエゼエと階段を上がって、上がって、ああ段差がきつい。 足が上がらない。 体力がないのにわたしって本当にバカ。 白菜なんて買うんじゃなかった。

「手伝おうか」 「へぇ?」

 ずいぶん間の抜けた声が出てしまった。 顔をあげる。
 すぐにそこに、なんか、白い人がいた。 いや比喩とかそういうんじゃなくて、本当に白い。 腰まである髪の毛が真っ白だ。

「あ、えっと……大丈夫です」
「そうならよかったね」

 女の人だろうか。 でも、男にも見える。 声も中性的で性別がよくわからない。 いや、そんなことよりも髪の毛。 なんでこんなに白いんだ。 地毛? 
 わたしの視線に気づいたのか、その人がひょいっと自分の髪をつまんでみる。

「アルビノなんだよねぇ、あたし……ふふっ、俺って生まれつき遺伝子とかがわやくちゃでねぇ。 突然変異っちゅーか、なんか白いんだよね」

 アルビノ……ホワイトライオンとかの類か。 人間のアルビノって珍しいんだろうな。

「はあ……そうなんですか」
「うん、そーゆーこと。 きっしししし。 じゃあね、お嬢ちゃん。 またおいで」

 白い人は軽く手を振って、階段をスキップしながら降りていった。 ……なんだかひどく不気味な人だ。 通常ではない容姿ではなく、その纏っている雰囲気が。
 気を取り直して階段を上り、やっとのことで3階についた。

「あ、あった」

 『302号室 大瀬良』 と表示されている。 ここだ。 ついに大瀬良くんの家に来た。 軽く感動を覚え、インターホンを鳴らそうとする手が震えてくる。
 ポチッと押すと中でピンポーンという音が微かに聞こえてきた。 ……あれ、出てこない。 もう一度押してみる。 ……出てこない。

「大瀬良くん?」

 試しにドアノブを回してみると、開いた。 鍵はかかっていないらしい。
 悪いとは思いつつも少しだけ扉を開けて、中を覗いてみる。 薄暗い玄関。 靴箱の上には何も置かれていない。 殺風景だった。

「大瀬良くーん、流鏑馬だけど入るよー?」

 大きな声でそう呼んでみる。 返事はない。 とりあえず靴を脱いで部屋に上がり、恐る恐るつきあたりの扉を開けてみる。
 ドアノブを回して、押して、

「── え 」

 大瀬良くんが吐いてた。


 え?


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