複雑・ファジー小説
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入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- あなたを失う理由。 完結
- 日時: 2013/03/09 15:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
どうも 朝倉疾風です。
性描写などが出てきます。
嫌悪感を覚える方はお控えになってください。
主要登場人物>>1
episode1 character>>4
episode2 character>>58
episode3 character>>100
episode4 character>>158
小説イメソン(仮) ☆⇒p
《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4
《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg
《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A
《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI
執筆開始◎ 6月8日〜
- Re: あなたを失う理由。 ( No.162 )
- 日時: 2012/12/07 23:34
- 名前: 朝倉疾風 (ID: jrUc.fpf)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
本の匂いは割と好きだ。
自分の気になる本の目次を読んでまた棚に戻す。その作業を繰り返しているうちにいつの間にか時間は経って、外が暗いということは何度もある。
特に中学生のときは図書室にずっと居座っていた。本を読んでいるあいだは無意識に爪を噛んでいて、一冊読み終わると口の中に爪がざらざらと残っていることがざらだった。先生はいつまでも帰らないわたしに話しかけてきたけれど、わたしはきっと愛想のない返事をしていたと思う。
大人に優しく話しかけられることに抵抗があったし、なにしろ読書中に「なにを読んでるの」と聞かれても困る。背表紙見ればわかるのに。
「ここ古本屋だけど」
「初めてきたけど、前から行きたいなとは思ってたの。ほら、古本屋だけど本が綺麗でしょ。本が並んでいるの見てるだけで落ち着いてくる」
「変だよな、アンタ」
変なのはわかったから、料理本見てヨダレ垂らすのやめてくれないかな。さっきメロンパン食べたはずなんだけど、あれは胃のどこにいったの。
そんな大瀬良くんを一瞥して、一冊、本を棚から抜き出す。
適当にパラパラめくってそれを戻し、また抜き取る。
個人的に太宰治や夏目漱石の書や最近の推理小説が好きだ。恋愛小説は読まない。あれは絶対にラストがハッピーエンドになると決まっているから。その過程を楽しむものであって、どうして結末がわかっているものを読まないといけないのかわからない。
「なに読んでんだよ」
後ろから大瀬良くんが覗き込んできた。…………この顔も見慣れてはきたけれど、相変わらずわたしは不意打ちに弱い。少しだけ反応が遅れる。掠れる声の方向へ顔を向け、その黒い瞳を見る。
「アンタ、よくそんな長ったらしい文章読めるよな」
「続きを知りたいという欲求が高まってくるもの」
「そんなに知ってどうしたいんだよ」
ごもっともな意見。
確かに必要以上のことを知って視野を広めてもわたしにとっては意味がない。
どんなに知りたいと願っても、全てを知り得ることができないものがこんなに近くにいるんだから。
「博識で損はしないから」
「おいこらァそこのバカップル」
ばか、ぷる?
確かにわたしと大瀬良くんのこの距離感は、傍から見れば恋人同士に見えなくもない。事実、学校のやつらはわたしたちの仲を誤解しているやつも多いし、同居もしちゃってるんだからべつに一線越えてもおかしくはないか。絶対にそんなこと無いけど。
でもバカがつくほど公共の場で我を忘れていちゃついていた覚えはない。ましてやいまの会話はどこを取っても恋人っぽくはない。
バカップルなんて失敬な。
ムッとした顔で、声のした方を見る。相手もわたしと同じくらい嫌悪をあらわにした表情をしていた。
「ちょっとそこどいてくれませんかねぇ。お掃除したいんでー」
店員だろうか。ネームプレートに「安西」とある。不機嫌そうな顔に似合わず、手には十センチ程度の小さい箒を持っていた。声は渋いけれど顔は割と若め。いろいろと変形はあるんだろうけど、典型的なA型ですって顔だ。真面目そう。
無言で本棚からどくと、本と本の間の埃を箒で払いとり始める。
一連の動作を見終えて、特に買うものもないから大瀬良くんの裾を掴んで出口へと視線を移す。
「もう帰るのか」
「次来たら買うよ。大瀬良くんは料理本に熱心だったけど、いいの?」
「腹を満たそうかと思ったら余計に腹減ってきた」
だからメロンパンどこへいった。
とりあえず古本屋から出ようとすると、なにか擦れるような声がした。気のせいかもしれないから振り返らない。
本屋の独特の匂いをもう少し嗅ぎたかった。けれど無愛想な店員は昔のわたしを思い起こすから、なんとなく居づらくもある。ことごとく過去からの干渉を嫌うな、わたしは。
「大瀬良くん、今日の晩ご飯なにが食べたい?」
「大福」
ご飯だって言ってるのに。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.163 )
- 日時: 2012/12/09 00:41
- 名前: 朝倉疾風 (ID: jrUc.fpf)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
四月というと、鳴り響く電話のベルを思い出す。
あのとき、わたしは珍しく風邪で学校を休んでいて、一日中家にいた。母さんは日の光が苦手なくせに庭で大量発生しているバッタを捕まえることに夢中になっていて、電話の音が聞こえなかったんだと思う。
いつまでも鳴る電話をとったのはわたしで、父親が事故死いたという報せを聞いたのもわたしだった。
飲酒運転をしていた父親の運転ミス。アクセルとブレーキを踏み間違えて、あっけなくあの人は死んだ。
それを聞いても涙ひとつ溢れなかった。死んだと悲しさが皆無だったことは覚えている。というより、安心した。わたしだけじゃなくて、母さんも心のどこかではそう思っているはずだと勝手に想像している。父親は家では暴君みたいな人だったから。
一番安心したのは兄さんかもしれない。兄さんは父親の名前を聞くだけで胃を痙攣させていたくらいだから。
葬式も兄さんは来なかったし、数える程度しか会ったことない親族たちとも一言も喋らなかった。母さんだけが、ただただ呆然と死んだ父親が入っている棺桶の傍から動かなかった。悲しんではいなかったと思う。虚ろな目でそれを見る母さんの目は、普段と何一つ変わっていなかった。
父親に関する記憶は暴力と理不尽な怒りのみで構成されている。
声とか顔とかどんなだっけ。兄さんとそんなに似てなかった気もする。ただ、図体はでかかった。
「大瀬良くんって何センチ?」
「この前の身体検査では174センチだった」
大瀬良くんってそんなにあるのか。痩せ気味だから小柄に見える。もやしみたいだ。……いや言い過ぎな。もやしというよりは春雨?しゃんっとしていそうで実はふにゃふにゃなところとか。父親とは対照的だ。
今日は、わたしの父親、流鏑馬凛太郎が事故死してからちょうど三年目になる。
だからこうして父親のことを思い出してはつらつらと頭で処理しているわけだけど、思い出せば思い出すほど父親としても人間としても不良品だった。異常というのではなくて、理不尽すぎる。ひどく鬼畜だったらしく、母さんは何度か入院するほどの怪我も負わせられたし。なぜか離婚しようとは思わなかったんだよなぁ。恐怖からの縛りのせいか、実際に脅されていたのかはわからないけど。今でも苗字はそのままだ。
「再婚すりゃあいいのに」
まだ若いんだから。
わたしの声が聞こえたのか、大瀬良くんが不思議そうにこちらを見る。
そういや感情が出やすくなったな。一年前はまるで人形のようだったのに。
なんでもないと言い、歩みを進める。
甘ったるい花の香りを漂わせている中央公園を過ぎると、集合住宅地が続いている。活気もくそもないこの田舎町は静かすぎる。車もそんなに通らない。老人が杖をついての昼下がりの散歩をするにはもってこいのルートだ。
だけど、もう平凡で呑気な町とはいえない。実際、去年は何度か殺人事件があったし。わたしも何度殺されそうになったか。若いうちに人生良い経験できました、と晴れ晴れとした気持ちで言うことはないだろうな。
去年がああだったから、今年は何もなく、大瀬良くんと隠居生活みたいにだらだらと過ごしたい。まあ、就職だのなんだの色々あるけど。
「悪いことなーんも起こりませんように」
「アンタにとっての悪いことってなんだよ。いっつもヘラヘラしてるくせに」
「ふっふーん。大瀬良くんがいなくなること」
当たり前じゃん、そんなこと。
大瀬良くんはたぶん、どれくらいわたしが大瀬良くんを好きなのか全然わかってない。それをわからせようとも思わないけど、いつまでも無関心なのは少し癪だ。
こんなんで意識してくれるとは到底思わないけど、空になるよりかはましだから。
「俺は、そんなに必要なのか」
「あなたがいなくなるとわたしが壊れる」
「アンタって真顔でそういうこと言うよな」
「本心からの言葉だからね」
嘘はついてません。
だからいくらでも疑っていいよ。
「やぶさ 」
「あの〜ぅ、ちょっと聞いておきたいことがあるんですけどぅ」
大瀬良くんの言葉を遮りやがったのはどこのどいつだ。本当に喉元切り裂いて内蔵抉り出して舌噛みちぎって晒し者にして写メって掲示板に貼って閲覧注意表示つけて大瀬良くんがせっかくわたしに話しかけようとしてくれたのに、どこのどいつだよ、本当に、本当に、うっざ。
いまわたしを絞ったら殺意百パーセントだと思う。
純粋な殺意だけで満たされると、体って熱くなるのか。
「なんですか」
えらく気だるげな声だな。
まあ、外見もそれっぽい。中学生くらいの女の子だった。眠たそうな目がこちらを見ている。手にはゲーム機を持っていて、しゃかしゃかと軽快な音楽が漏れている。服の趣味はゴスロリだった。全体的に黒い。ピンクの靴下がやけに目立つ。
なんか、わたし黒魔術使えるのよとか言い出しそうな子だ。
「道がわからなくなったんですよぅ。アパート探しててぇ、百々峰ハイツっていうアパートなんですけどぉ」
「そこならこっちと逆方向です。この道を真っ直ぐ行くと中央公園っていう大きい公園があるので、そこを右折してください」
「わっかりましたぁ。弥生、これでも方向音痴じゃないので、たぶん大丈夫ですぅ」
「なら、わたしたちはこれで」
こんな子、町にいたかな。ぶっとんだ趣味をしているみたいだけど、こういう特殊な子がいたらいやでも記憶に残る。
自分のことを弥生と言ったその子は、あなたとは前世からの記憶で結ばれているとトレンツェ女王がおっしゃっておりますとか言い出しそうなを浮かべる。要するに、人懐っこそう。
「ヤ、ヨ?」
そんな彼女の笑顔を見て、大瀬良くんが言葉を吐いた。
あ、これは、
さらわれる。
「ヤヨ、だ」
弥生という少女が、今まで眠たそうにしていた目を見開く。素直に驚いている様子だ。
顔見知りか?
それとも、
「ヤヨだ」
大瀬良くんが笑ってる。
初めて、ちゃんとした笑顔を見た。
わたし以外の人間を見て、笑ってる。
なにそれ。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.164 )
- 日時: 2012/12/11 21:41
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
今まで、大瀬良くんに関わってきた奴らの中で彼にとって有害になりうるかもしれない人間は排除してきた。ああ、いや違うな。排除じゃない、壊してきたのか。
他者の介入を嫌う人間関係の亀裂に無理やり侵入して、そこから彼らを表面上から見れば救っていったけど、裏では二度と修復ができないようにしていった。
大瀬良くんに近づかせないために。
直接的に、あるいは間接的に。
彼に笑っていてほしいと言うわけじゃない。まあ、笑ってくれたらすごく嬉しいんだけれど。
でも、そんな高望みじゃなくて。
ただ大瀬良くんが誰かの手で迷ったり苦しんだりしなければいい。それだけだった。
それが、徹底的に崩された。
壊す側だったはずが、壊される側になった。
「はじめましてぇ。えぇっと、大瀬良弥生っていいますぅ。ん〜、他になんか説明いります?」
「いろいろと。まずおいくつですか。あと、大瀬良くんにお姉さんがいたなんて聞いていません。本当にお姉さんなんですか。本当に大瀬良くんより年上なんですか」
「酒も煙草もやってる二十歳なんだよねぇ。いやはや弥生っていつになっても若くみられがちだからさぁ。あ、これ免許書」
「まあ…………。あ、どうも。…………大瀬良くんに会いに来たんですか」
「ユウくんとは長らく会ってなかったからねぇ」
奢る、と言われたからお好み焼き屋までついてきた。
ソースの匂いと弥生さんのニタニタしている笑顔がこびりついてくる。目がまったく笑っていないのが怖い。大瀬良くんは目の前のお好み焼きに夢中なようで、わたしの隣でさっきから一言も発していない。
「今さら、どうして会いに来たんですか」
「…………泰邦おじさん、逮捕されちゃったでしょう。あの〜、ほらぁ、なんとかいう悪質な宗教のせいでぇ。保護者いなくなったらユウくんって一人ぼっちだからぁ」
「ひとりじゃないですよ」
ちょいと待ち、と異論を述べる。
「わたしがいますから」
「…………あ?弥生ずっと思ってたんだけど、きみは誰なのかなぁ。ユウくんと親しそうだったけど、まさかカノジョかなぁ」
「違います。けれど大瀬良くんのことは愛してます」
言ってて恥ずかしくなってきた。顔がみるみる赤くなるのが自分でもわかる。
けれど前言撤回なんてしない。どうせ今さらだし。
弥生さんは目をぱちくりさせて、無言で割り箸を割ってお好み焼きを口に運ぶ。そのあいだ、じっとわたしから目を逸らさない。対抗心もあって、わたしも弥生さんを見つめた。
「ほうほう。んーなるほどなるほど。じゃあ、そっか。きみがユウくんを一人にさせないのか。それは困ったなぁ」
水を飲む。この人と喋っているとなぜか喉がひどく渇く。水分をとられているみたいだ。
目を伏せると、やっぱりその顔は大瀬良くんと似ている。人間じみていないというか、そこにいるというより、あると言ったほうがあっている。
「弥生はきみを殺したいほど嫌いになるかもしれない」
「流鏑馬を殺したら嫌だぞ、ヤヨ」
今まで一言も喋っていなかった大瀬良くんが、ふと声を発する。
隣を見ると、ソースを口元につけたままの大瀬良くんが、弥生さんを睨みつけていた。
「ユウくん、弥生は殺したいほどって言っただけで、殺すとは一言も言ってないよぅ。思っているだけで言ってないことを怒られると、ちょっとやりづらいかなぁ」
思ってはいるのか。色々と正直な人だ。
表情が乏しいのか、さっきから無表情か笑顔(しかもめっちゃヘタクソ)な顔しか見られない。表情をカチコチに固めているほうが筋肉が疲れると思うんだけど。
「とにかく、今は大瀬良くんはわたしと住んでいます。心配しないでください」
「いろいろとマズイでしょう。それにもしきみがユウくんを手放したら、ユウくんはどうなるのぅ?無一文無しで捨てられちゃあ困るんだよねぇ」
「なめないでください。そんな軽い気持ちじゃあありませんから」
人殺しと対立したりシスコン気味の変態と対峙したり精神に明らかな異常をきたしている白髪頭とバトったり、こちらもそれ相応の山場はくぐり抜けている。
好きだから、だけじゃない。
そんなものだけで、わたしは死んでもいいなんて思わない。
「若いねぇ。若いからそんなこと言えるだなぁ」
「…………アンタねえ」
「ま、最終的に決めるのはユウくんなんだけどねぇ」
なんだその自信は。
まるで自分が選ばれるみたいな。
目玉を突き刺してやろうか。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.165 )
- 日時: 2012/12/12 21:46
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
☆
×××は完璧な人間だった。
顔立ちも整っていてどこをとって見てもその出どころが美女であるとわかるほどで、教師からの人望も厚く、完璧だった。
外見、成績、体力すべてにおいて長けていた×××は集団を嫌い、教室でも一人でいることが多い生徒で、人を寄せ付けない雰囲気がぎゃくに周りから尊敬の目を向けられていた。
一人でも平気な彼女は、やはり完璧なのだと。
その評判は×××の通う女子校から離れた男子校にも届いていた。
そこの男子校は悪い噂しかない不良たちの通う高校で、恐喝、強盗、強姦などの事件が起こると、きまって一番に疑われるのはそこの生徒たちだった。
×××が彼と会ったのは、彼女が十六歳のとき。
有名な私立の女子校に通っている×××が、ガラの悪い男たちに絡まれているところを、彼が助けた。
話し合いという穏便な手段ではなく、暴力という力づくでの実力行使ではあったけれど。×××にとっては、それがひどく刺激的なものに見えた。
男たちを追い払ったあと、彼は×××を睨みつけた。
初めて会ったのに、嫌悪感を剥き出しにされる意味がわからず、×××は首を傾げる。
「オジョウサマがこんなところで一人でいるんじゃねーよ」
口を開いたとたんそんなことを言われ、×××は顔をしかめる。
見たかぎり、目の前の男は不良の類だろう。ブリーチされた髪は金髪で、耳にはいくつもピアスをつけている。
でもなぜか、怖いという気持ちにはならなかった。
「塾をサボろうと思ったの。どうせ勉強しなくても、アタシは良い成績がとれるもの」
「勉強してっから成績いいんじゃねえの?」
「違うわ。もともと頭はいいの。だから塾なんて時間の無駄なのだけれど、お母さんが行けって言うから」
親の言いなりになっているつもりはない。
ただ、反抗するのが面倒くさいだけ。
「てめぇ、キモいな」
「表情が乏しいと言っているの?だとしたら育ちのせいよ。うちは仲が悪いわけではないけれど、そんなにお喋りする家でもないの」
「────あ、そう」
「あと、言い忘れていたわ。助けてくれてありがとう。とても感謝しているわ。お礼をしてあげたいのだけれど、名前を教えてくださらない?」
「いいそんなもん。とりあえず金チョーダイ。諭吉がいい」
言われたとおり、財布から一万円を取り出して、彼に渡した。
彼は少し驚いた顔をして、一万円を凝視する。
「ほんとうにくれんのかよ」
「あなたがアタシを助けてくれたことは変わらないもの。だから、お礼」
変な女だと、彼は思った。
見ず知らずの自分にやすやすと金を渡して、それを当然のように思っている×××が、あまりにも素直すぎて。
「おもしれぇな、アンタ」
「それは初めて言われたわ」
そのとき、ほんの少しだけ×××が微笑んだように見えた。気づいて、彼がそっと×××の頬に触れる。
この人形のような表面が柔和に微笑むのか。
くすぐったそうに眉をしかめ、彼の行動の意図がわからずに×××は動きを止めている。本当に息をしていないように思えてくる。
「なんか、人間じゃないみてえ」
ガラス玉のような瞳はちゃんと彼を捉えているはずなのに。
この薄い皮のしたには、どくどくと血が流れているはずなのに。
綺麗な顔をしているからか、ますます人間味が失われていく。
「アタシは生きてるわよ、ちゃーんと」
言葉を発する喉も、震える唇も、伏せ目がちなまつ毛も。
すべてが、造りもののようだった。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.166 )
- 日時: 2012/12/16 00:05
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
三日間分のお好み焼きを胃の中におさめたと言っても過言ではない。ものすごく詰め込まれているお腹を抱えて、わたしたち三人は店を出た。弥生さんが歯についている青のりの撤去作業に手を焼いていたせいで、辺りはもう暗くなっていた。
ふと弥生さんの隣にいる大瀬良くんに目をやる。
お好み焼きに夢中でそんなに観察しきれていなかった二人のやりとり。よそよそしいわけでも馴れ馴れしいわけでもない。長年会っていない姉弟が再会するとなるとこんなもんか。弥生さんはゲームずっとしているし。お好み焼き食べてるときもなんかいじってたな。
大瀬良くんは母親には大量のトラウマがあるみたいだけど、弥生さんに対しては比較的好印象を抱いているらしい。弥生さんは、どうなんだろう。大瀬良くんが母親から性的虐待を受けていたと知っているのだろうか。さっきから気にはなっているんだけど、あまり深く詮索する気にはならない。大瀬良くんのいるところでは特に。
「ごちそうさまでした、弥生さん」
お会計はすべて弥生さんが支払った。
本当に社会人らしい。
「ユウくんがお世話になっているみたいだからぁ、奮発しましたぁ。まさか流鏑馬ちゃんがあんなに食べるとは、弥生もビックリですぅ」
そりゃあタダ飯なんだから詰め込んでいたほうがお得でしょう。明日の昼くらいはもつかな。いや、朝になったら空腹になってるか。
「んじゃあ、そういうことで。さよなら」
「こらこらぁ。大切なことまだ話してないでしょうが」
「なんでしたっけ。記憶力が悪いので覚えていません」
嘘八百を言った。大瀬良くんが異議ありといったふうにこちらを見る。前に世界史を覚える気力すらないとぼやいた大瀬良くんに、記憶力わけてあげたいと言ったことがあるから、そのせいか。あれは軽い自慢だったんだけど、大瀬良くんはそうは受け取っていなかったみたいだ。
「ユウくんを返してほしいんですよねぇ」
「今までほっといたくせに今さら返せって、都合良すぎじゃない」
「弥生は弥生で忙しかったんだってばぁ。マザーの世話とかずっとしてたんだからさ」
凍りつく。思わず視線を大瀬良くんに向けたけれど、わたしの心配を他所に彼は上の空だ。弥生さんの話を聞いているかどうかすら怪しい。
……どうしようか。聞いていないのならここでこの話を広げてもいいとは思うけれど、そんな危ない橋を渡ろうとは思わない。
「大瀬良くん、少しわたしと弥生さん話があるから。先にわたしの家に帰っていてくれるかな」
「え…………。いいけど、なんの話」
「いいからいいから。すぐ終わるって。寄り道せずに帰ってね。ちゃんと帰ってくれないといやだよ」
納得はしていないみたいだけど、これ以上粘るのは面倒くさいと思ったのか、大瀬良くんが夜道を歩き出す。
なんだかはじめてのおつかいで自分の息子を送り出す気分。ちゃんと無事に帰ってくれればいいけれど。いや、あれでも一人暮らししていたんだから、そんなに心配することもないか。
大瀬良くんの後ろ姿が小さくなってから、口を開く。
「大瀬良くんのお母さんって、どんな人なんですか」
「…………弥生のマミーでもあるんだけどなぁ」
「教えてくださいよ。わたし、興味があることになると探究心尽きない人で」
「弥生はしつこく聞かれると逆にしぶるタイプですねぇ」
「ならどんな手を使ってでも言わせたくなります」
「そこに快感を見出す弥生は正真正銘のマゾヒストなのだぁ」
弥生さんの性癖にはまったくもって興味がないんだけど。
「大瀬良くんが母親から性的虐待を受けていたというのは本当ですか、お姉さん」
核心に迫ってみる。
自分の母親が自分の弟に虐待していたなんて、どういう気持ちなんだろう。怖いとかそんな感情は生まれない気がする。わたしならひどく荒んだ目で見てしまいそうだ。
想像していたよりも弥生さんは落ち着いていた。それどころか何も考えてないようにさえ見える。
しばらくして短く、
「まあ、うん」
素っ気ない返事が返ってきた。
あれだけ大瀬良くんを好いているようなのに、このことについてはあまり執着していないらしい。
身内に起こったことだというのに、自分には無関係ですと言わんばかりの態度。少しだけ腹が立つ。近くにいたのなら、大瀬良くんを助けることができたはずなのに。
「それは止めさせることができたんじゃないですか。お父さんとかいなかったんですか」
「お父さん…………。なんというか、どう言えばいいのかわかんないけどぉ、お父さんはいなかったかなぁ。んー…………それっぽいのはいた、かなぁ」
「そうですか」
わたしの母さんのように付き合っている男の人がいたのだとしたら、その人が父親かわりになっていた、とか。色々予想はできるんだけど、どうにも弥生さんの反応が曖昧だ。
「ユウくんはさぁ、綺麗じゃないですかぁ。なんかこう、親の良いほうの遺伝子を受け継いだんでしょうねぇ。マミーがムラムラっとくるのもわかるというかぁ」
「それ、本気で言ってんの?」
「仕方なんだってばぁ。なにも知らないくせにうだうだ言わないえくださいよぅ」
「だから、教えろって言ってるの」
年上には見えないけれど二つ違いの弥生さんに食ってかかる。語尾が強くなったせいか、弥生さんの纏う空気が急に張ったように感じた。
詮索は野暮かもしれない。
この人にとっても良い話ではないのはわかる。
でも、大瀬良くんのすべてを知りたいと思う気持ちのほうが強い。ていうか最近のわたしはそれでしか動いていない。
すぅっと息を吸う音がした。
弥生さんがドブ水を井の中いっぱいに溜め込んだような顔をして、わたしを見ていた。真っ黒な瞳にあてられると吸い込まれそうになる。わたしの苦手な大瀬良くんと同じ瞳。
「マミーは可哀想な人だったんですよぅ。だからユウくんしかマミーを支える人がいなかったんですぅ」
「まだ小学校低学年の男の子が、支え?」
「弥生より、ユウくんが好きだったんですよぅあの人はぁ。でも、べつにそれを憎いとも悲しいとも思ってはいなかったかなぁ。当然だなって思ってましたねぇ」
「それはどうして?」
弥生さんは瞳をわたしから宙へ逸らす。頭をゆっくり回して、コキコキと首を鳴らした。
その動きが途中で止まり、まるで壊れた人形のように、不安定な位置で首が制止する。
しばらくの沈黙のあと、弥生さんは低く唸り声をあげた。動物みたいだな。
「どうしてかなぁ。んーどうしてだろうなぁ」
けっきょく長く考えて出てきたのはそんな答え。
これ以上聞いても、きっとこの人は答えをはぐらかす。
「もういいです」
「うん、そう言ってくれて助かったよぅ。傷をグリグリされるのは弥生も痛いからねぇ」
「…………とりあえず、今日のところは帰ってください。もう夜になりますから」
「そうだね。弥生は九時には寝たいから、もう帰るねぇ。アパート借りといてよかったぁ」
「はい。それじゃあおやすみなさい」
別れる。
ここが分岐点になる。
振り返らずにその場から離れた。
後ろから見られているのはわかっている。でも、どうせ後をつけられてわたしの家の場所がバレたってかまわない。
大瀬良くんはきっとわたしを選んでくれると、心の中でそんな甘ったるい確信があったから。
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