複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- あなたを失う理由。 完結
- 日時: 2013/03/09 15:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
どうも 朝倉疾風です。
性描写などが出てきます。
嫌悪感を覚える方はお控えになってください。
主要登場人物>>1
episode1 character>>4
episode2 character>>58
episode3 character>>100
episode4 character>>158
小説イメソン(仮) ☆⇒p
《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4
《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg
《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A
《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI
執筆開始◎ 6月8日〜
- Re: あなたを失う理由。 ( No.172 )
- 日時: 2012/12/27 01:50
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
戻ってくることはないと思っていたのに、ここへやってきてしまった。
去年の冬。といっても五ヶ月ほど前に、ここでひとりの少年が自殺した。「少年」と言い切ってしまうには些か疑問が残る。そこを深く説明していると常人では理解しきれない歪みや誤作動が起こるので省く。
話を戻すと、ここでひとりの少年が独りで死んでいった。
その少年と大瀬良くんは昔に知りあっていて、ふたりの過去に浸ると胃のなかが暴れまわってしまうほど大瀬良くんにとってはタブーな関係だった。あちらが大瀬良くんに好意を向けていたのは一目瞭然だったんだけれど。
元は白いのにすっかり外壁が禿げてしまっているアパートはぶっちゃけかなり古い。ボロいから家賃もそれなりに安いのだと、だいぶん前に大瀬良くんが言っていた。
大家だった泰邦さんが逮捕されてからは新しい人がそこを引き継いだだけで、この百々峰ハイツは何も変わっちゃいない。
「……あ」
そしてそこにも、変わっていない人がいた。
大瀬良くんと手をつないでアパートの駐車場を横切る途中、それが視界に入る。…………ずいぶんと髪が伸びたな。
わたしよりいくつか年上だろうか。青色のジャージを着込んで路上に座り込んでいる、色素の薄い長い髪を持つその女の人は、去年の冬に会ったわたしを覚えていたらしい。軽く手を振って、その手がちょいちょいとわたしを呼ぶ。
仕方なくそちらへ近づく。
女の人……ああ、名前が思い出せない。そんなに無い名前だったはずなんだけどな。
「お久しぶりです」
そこまで言って、本当に相手が覚えているのか引っかかった。
声をかけられやすいわたしのことだから、この人が覚えていないままわたしを呼んだことも考えられる。そうするとお互いに相手を知り得ていない、ひどく不安定な再会になってしまうな。まあ、そんなにこの人に対しての情報なんて無いんだけど。
それはおいといて。
「娘っこ、なにか食べるもんをわっちによこせ」
やっぱりこの人、図々しいところは変わってないな。妙な喋り方は相変わらずだ。素はちゃんと喋っているんだろうけど、仙人になりたいとかでこういう口調なのだそうだ。わけわからん。
「今は何も持ってませんね」
持っているのは財布と携帯、そして夏目漱石だけだ。適当に持っているお金をあげようか迷ったけれど、あまり人にお金を貸したくはないからやめておいた。返ってくる保証もないし。
女の人は残念そうな顔をしてわたしの隣にいる大瀬良くんを見て、
「そっちの小僧は持ってないのけ」
「持ってないわ。だから他をあたってください」
「ん…………?そこの小僧、どこかで見た覚えがあるんじゃけど、気のせいか」
「わたしたち時間が無いのでもう行きます」
「明日羽に似とるのう」
アスハ?誰だ、それ。
「わっちは月笙栞菜っちゅうんやけど、娘っこの名前はなんじゃったけの」
「花子です」
大瀬良くんが若干ひいた目でわたしを見る。それを一瞥して月笙栞菜から離れる。
「そこの小僧はなんちゅう名前じゃ」
「タローっていうんです」
「ふうん。てっきり明日羽のガキかなんかかと思っちょったんじゃけど」
だから明日羽って誰だよ。
ぶつぶつ言う月笙さんを無視して、少し強く大瀬良くんの手を引く。幼い子どもみたいに後をついてくる大瀬良くんに、静かに聞いてみた。
「アスハって誰?」
「さあ。知らない」
嘘をついているようには見えない。
振り返ると月笙さんがまだこちらを見ていた。
駐車場を横切るとアパートのポストが並んでいる。エレベーターは無くて上へ行くには階段での移動だ。階段をあがる途中、一言も喋らずにわたしたちは目的地へ向かう。
三階にたどり着き、大瀬良くんが住んでいた部屋に行く。
「あ、大家さんに鍵もらうの忘れてた」
「大丈夫」
慌てるわたしをよそに、大瀬良くんが身をかがめる。まだ「大瀬良」のプレートがはめ込まれている部屋の前で、大瀬良くんが手にとったのは折りたたみ傘だった。
大瀬良くんが部屋を出たあとも、ここに残されたものはそのままになっているらしい。
折りたたみ傘の取っての部分をくるくると回して、中から細長い錆びたピンを取り出す。それを鍵穴に突っ込んでくるくると回すとカチッと小さく音がした。
「うっわーどこで覚えてきたの」
「昔の家にいたとき夜中に外に出て行ったことがあるからな」
「どうして」
「覚えてない」
軽く言い、開いた扉を開ける。
なにひとつ変わっていない部屋。ひんやりとした廊下を進んで、部屋の扉を開けた。
「変わってない」
大瀬良くんが呟く。
小さくて聞き逃すところだった。
懐かしむというよりは思い出したくなさそうに眉のしわを寄せる。何かしらの変化を必要としていたのかもしれない。
小さいテレビ。白いソファ。埃ひとつない殺風景な部屋。カーテンの隙間からは午後の日差しが射し込んで、電気をつけなくても充分明るい。
ソファに腰を掛け、それでもどこか安心したように大きく息をつきながら、
「アンタがいることも変わってない」
「それは一生変わらないよ」
「ふうん。アンタ、俺のどこが好きなんだよ。こんな俺の」
「だめだよ、大瀬良くん。大瀬良くんを馬鹿にするやつは、例えそれが大瀬良くんであっても許せない」
肯定することは許しても、否定はしないでほしい。
縋りながら言うと、大瀬良くんは軽く笑ってわたしの手に触れてきた。その手が微かに震えている。
ゆっくりでいい。
慎重に慣れてくれればそれだけでいいのに。
「なにか食べる?」
「菓子パン」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.173 )
- 日時: 2013/01/01 22:54
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
一週間が経過した。
兄さんから家に帰ってこいという内容のメールがそろそろふた桁を越えるけれど、一切返信はしていない。学校は無断で欠席していたら家に連絡がいったらしく、母さんが対応してくれたらしい。でも就職には響くから諦めようかなーと先行き見えない自分の将来に軽く目眩がした。
そういえば大瀬良くんって進路とか決めているのかな。たぶん何も考えてないんだろうなぁ。このちっちゃい頭は何にも興味を示そうとせずに、考えることを放棄しているなまけものだ。なまけものでも働かざる者食うべからず。隣で眠たそうにしている大瀬良くんに話しかける。
「大瀬良くんってなりたいものとかないのー?」
「ちっせえ頃は消防士になりたかった」
消防士ねえ……。意外だ。大瀬良くんも子どものときはそんなものに憧れを感じていたのか。
「大瀬良くんって高校卒業したらどうすんの」
「知らない」
「ニートになっちゃうよー。わたしを養わないとだめだよ」
結婚する気満々の自分にビックリだ。
でも真面目にスーツ着て通勤したり社会貢献している大瀬良くんって本当に想像できない。顔が整いすぎているから生きている感じもしないし。そういうところはあまり弥生さんと似ていない。あの人は人間味がありすぎるし。
そこまで考えて。いや、別に考えるもなにも就職テストを控えているのに学校を無断欠席してしまうようなわたしたちに、将来もなにもないんだけれど。
思い出した。
十月の文化祭があった頃、大瀬良くんに関するアルバムか何かがないかとダメ元で探してみたとき、本の隙間に挟まれていた一枚の写真。そこには女の人と小さな男女の子どもが映っていた。
「大瀬良くんのお姉さんは弥生っていうんでしょう」
「そうだけど」
「なら明日羽って誰?」
「こっちがききてえよ。なんだよアスハって」
待てよ。
一週間前、栞菜さんはなんて言っていた?
──てっきり明日羽のガキかなんかかと思っちょったんじゃけど。
明日羽のガキ?
大瀬良くんは自分のことを何も知らない。過去を振り返らない。彼が思い出さないということは彼が思い出したくないということ。忘れているわけでなく、思い出さない。思い出せないのだ。彼の自覚が無いところで彼自身が拒絶しているから。そこにもし、明日羽という人物がいるのなら。
大瀬良くんに関わっていた害虫なのだとしたら。
「消さなきゃ」
口から言葉が出ていた。
ああ、消さなきゃ。消さないと大瀬良くんがまた苦しむ。
「大瀬良くん、ちょっと用事を思い出したの。すぐに戻るからここで待っていてくれないかな」
「寝て待ってる」
おお、お利口。確実に賢さもレベルアップしているな。
「鍵掛けてね。ノックを五回したらわたしだから、その時は開けて。それ以外は開けないで」
無言で頷く。わたしより大きいのに小動物みたいだ。
軽く微笑んでからわたしは部屋をあとにする。
弥生さんに聞くほうが手っ取り早いのはわかっている。でもあの人がどこにいるのかわからないし、かといってばったり鉢合わせする偶然も待っていられないから。
まずは外堀から。
百々峰ハイツを出て、駐車場を横切る。門を出たところでダンボールの上で眠っている栞菜さんを見つけた。
「起きてください」
「んーなんだっつうのよ、るせぇな……」
「もうお昼過ぎてます。それに仙人キャラ忘れてますよ」
キャラ設定するんだったら最後まで突き通すぐらいの意地は見せろよ。そうつっかかりたいところだけど、臭いとかが色々気になるので一定の距離を保つ。
「おお娘っこ。わっちに何か用事があんのけ?」
「教えて欲しいことがあるの。その前にお風呂に入ってください」
「んあ?風呂がどこにあるというのや。わっちは風呂いなどいらぬ。食う物さえあればそれで満足するき」
「入ってください。さあ立って。同棲相手に早く帰ると言ってあるんですから!それに色々とお話を聞きたいんです!」
「うぇーうぇーうぇー?わーったわーったから!あんまり喋んな鬱陶しい!」
「だからキャラ忘れてますって」
綺麗になった。
みちがえるほどに。
汚れがついて雑巾みたいになっていた栞菜さんは実に一ヶ月ぶりのお風呂だったらしい。
長い髪も整えれば柔らかくなって、浅黒かった肌は実はものすごく白かったんだとわかる。
突然来た栞菜さんに警戒心をむき出しにした大瀬良くんは、自分の部屋に戻ってしまった。でもそのほうが都合がいい。これから話すことはもしかしたら真実なのかもしれないのだから。
テーブルにお茶を置き、栞菜さんの向かい側に座る。
ほんとうに美人だったんだ。薄々わかってはいたけれど、こうも間近で美人オーラを出されると今までのホームレスイメージが纏わりついてギャップがうざい。
「甘ったるい匂いがして気持ちが悪い。わっちはこの匂いが好かんのじゃ」
「さっきのあなたの臭さのほうが問題ありますよ」
「わっちは人と隔たっておる。問題など無い」
「どうして人と隔たったんですか。人間不信にでもなりましたか」
「わっちは人間が、というよりも死ぬことが恐ろしくての。不死になりたいのじゃ」
「そんなものになれないってわかってますよね」
栞菜さんがわたしを睨みつける。
「わかるわからないの話ではない。わっちがそう思っているのなら、それはすべてわっちの中では正しいのじゃ」
その理屈はハッタリだと否定することは簡単だ。だって間違いなのだから。彼女の中ではそれが正義であっても、ただの絵空事にしかすぎない。紛い物の、思い込み。それでも彼女が信じるかぎり、それは本当のことになる。
ある意味、最強だ。
「それでわっちに話とはなんじゃ?わっちをここに連れてきたのは風呂に入れるためだけじゃなかろう」
「聞きたいことがいろいろあって。まず、明日羽って誰ですか」
「大瀬良明日羽」
簡単に、その答えは出てきた。
「その人と会ったことはあるんですか」
「ある。というよりわっちによく話しかけてくれた明日羽を、わっちは友人じゃと思うとるがのう」
「人との隔たりを保っていたのに?」
「あいつは人というより……人形みたいじゃった。笑ったり泣いたりするくせに、その目は何も映してはおらんかった。薄気味悪いとすら思ったこともある。あそこまで壊れた人間をわっちは見たことがない」
完璧に笑うのだと、栞菜さんは続けた。
誰が見てもそれが嘘だと思えないような笑いをして、誰もが同情するような泣き顔をして、人を騙すらしい。
完璧で完全な作り笑い。そのくせ心はまったく能面なのだとも。
「明日羽はヒカリの教えに関わっていたんですか」
「わっちも明日羽も、ヒカリの教えの信者じゃ。六年前に警察が乗り込んできたときは終わったと思ったんじゃが……まだわっちは未成年だったからのう。虐待の被害者として病院送りじゃ。……両親は知らん。死んだのかまだ牢屋にいるのか」
「明日羽は……いまどうしてるの」
「知らぬ。わっちはいまの明日羽のことなど何も知らぬ。生きているのか死んでいるのかすらなにも」
嘘をついているようには見えない。
明日羽の行方も状況も知らないのか。まいったな。いまどこにいるのかだけでもわかっていたら。
「お前、さっきからそれが光っておるが出なくていいのけ?」
栞菜さんがテーブルに置いていたわたしの携帯を指差す。
着信が十通ある。また兄さんか?
「んーあー……シスコンすぎるのもどうかと思うんだけどなぁ」
「兄弟がいるのか、お前には」
「いますよ。そんなに似てないですけど」
携帯を開く。兄さんからじゃなくて、母さんからだった。母さんから着信って珍しいな。いつも短いメールですませるのに。何かあったのか。
不信に思いつつかけ直す。
「わっちには兄弟はおらんが飼っていた亀ならいたのう。可愛いやつだったが、もう死んでおるよのう」
「それ何年前の話ですか」
仙人に亀って……昔流行っていたアニメの某キャラクターを思い出して苦笑していると、鳴っていたコールが途切れる。
「あ、もしもし母さん?なんか電話してきたみたいだけどどうしたの」
うわあ、なんか緊張する。普段そんなに話さないし、母親というよりはたまにお金持って帰ってくる人っていうくらいの認識だし。他人というほど跳ね除けるつもりはないけれど、家族と言われても実感がいまいちもてない。
「母さん?」
向こうで微かに息を飲む音が聞こえた。
『わ、笑日……』
「どうしたの。なんか具合悪そうだけど」
『瑠依が……っ、瑠依がね……』
驚いた。母さんが泣いている。声を聞いただけだけど泣いているということはわかった。鼻をすすり、しゃっくりをあげる喉の震えも聞こえる。
「兄さんに何かされたの?」
『ちが……っ』
震えでカチカチ鳴っている歯の音が激しくなる。乱れた呼吸を落ち着かせるためか何度か深呼吸を繰り返し、母さんは冷たい声で言った。
『瑠依が、死んでるの』
- Re: あなたを失う理由。 ( No.174 )
- 日時: 2013/01/04 00:47
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
簡単に詳しく見たままのことをそのまま言ってしまえば。
兄さんはブルーシートに血の海をつくって死んでいた。なんでうちのリビングにブルーシートが敷かれているのかはわからないけれど、黒くて鼻につく匂いに目が眩みそうになる。腹は裂かれていて、残った給食の残飯のような中身が辺りに散らばっていた。
吐きそうになるのを堪える。決して容易くはない、胃液を嚥下する感覚は未だに慣れない。
ここ一年と少しで死体を見すぎて、さすがにちょっとやそっとのことでは動揺しないかなと思っていたけれど、どうやら甘かったらしい。
わたしに電話をかけてきた母さんは、さっきからトイレで吐き続けている。
この現場はお子様に見せるわけにはいかないと、大瀬良くんにはわたしの部屋で待っているようにときつくきつく言い聞かせてある。こんなものを彼が見たらどうなるのか予想ができない。
「母さん、警察には連絡したの?」
「してない、番号とかわかんないし」
普通に110だし。
「兄さんが死んだとき、母さんはどこにいた?」
「部屋……アタシの、部屋で……寝てて」
「兄さんが殺されてることに気づかなかったの?」
「瑠依は殺されたの?」
この状況を見てどうして他殺じゃないと思えるのかがわからない。
顔色を真っ青にさせたまま口の端から唾液を垂らし、母さんが弱々しく首を横に振る。
「アタシは何も知らない……知らない」
「とりあえず警察に言うから。そこにいて」
警察を呼ぶのもこれで何度目だろう。
また人が死んだ。
わたしが望んでいるわけでも臨んでいるわけでもないのに、簡単に死んでいく。
自殺であれ他殺であれ事故死であれ、その死はどれもわたしのなかでは軽いものだった。身内が死んでも心ひとつ痛まない。
少しは涙の一つでも溢れればいいのに。
☆
彼が毎日のように近所の女子校生のところへ通っているのを、彼の仲間は知っていた。
彼の素行の悪さは中学生の時からで、学校にも行かずに自分と似たような連中と夜遊びを続けていた。
髪を脱色し、ピアスを体中に開けている者。腕に刺青を掘っている者。警察にお世話になったことのある者。
世間で「不良」と呼ばれる彼らの中心にたっていたのは、流鏑馬凛太郎という彼の幼なじみだった。
「女ができたんだってな」
その日、彼は型枠工の仕事の帰りに偶然会った凛太郎に声をかけられた。
脱色した髪に目があうだけで人を怯えさせるような雰囲気。腕にはリストバントをしており、百八十センチはある長身な男だった。
「なんだよそのデマ」
「珍しいじゃねえか。お前が一人と付き合うとかさ。しかもお相手はあの超金持ちのおじょーさまが行く女子校の生徒だあ?金とかもらって相手してやってんのか?あいつらはそんなに溜まってんのかよ。おじょーさまもイケナイ遊びをするもんだ」
わざと挑発的なことを言い、凛太郎が彼に近づいてきた。
殴られる。
咄嗟に彼はそう確信する。
凛太郎という男は本能だけで生きている。そこに理性など無くて、考えるよりも先に手と足が同時に出るような危ない男だ。
それと同時に、ひどく執着心のある男だということもわかっている。彼は自覚していた。自分が凛太郎にとって『特別』な存在なのだということを。
友人でも家族でも恋人でも兄弟でもなく、ただ傍にいることが当たり前な存在。
一緒にここまで落ちた。切っても切れない縁。
「なぁ……トラ。俺は腹が立つなぁ。今まで女なんてどうでもいい、ヤれればいいって感じだったお前が、まさかマジになるなんてさぁ」
「流鏑馬、それ以上絡むな。仕事終わったばっかで疲れてんだ」
迷惑そうに言うと、凛太郎はヘラヘラと笑いながら「……は?」右手に隠し持っていたビール瓶を思いきり彼の頭上へ振り下ろした。瓶が割れ、彼の視界は揺らぐ。額からぬるりと血が流れ、それでも彼は座り込まなかった。
「いてぇよ、流鏑馬」
「あー悪ぃ悪ぃ。あまりにもお前が冷たいからさ、ついイラッときたわ。ごめんなー痛かったよなー舐めてやろうか」
「いらねえよ、そんなん。ていうか、お前のほうこそどうなんだよ」
「どうってなにが」
「あの……夜子だっけ?なんか薬やってそうな雰囲気の女。前に一緒にいたとき付き合ってるとか言ってたじゃねえか」
「ああ、あれね。なんかガキできたらしいんだよな。しかも俺の子。本人は産みたいとか言い出すから、まあ勝手にしてくれって感じ」
父親になる意志が全く感じられない様子で話す凛太郎を睨みつけ、彼は持っていた汗拭き用のタオルで額の血を拭った。傷口を抑えながら早足でその場から立ち去ろうとする。
「なあ、トラ。その右手の甲の傷、なんだ?この前はなかったよな」
振り返らずに、彼は答えた。
なるべく動揺が相手に伝わらないように。
「煙草の火で火傷した」
言えない。
自分は、この男がものすごく嫌いだなんて。
殺されても言えない。
凛太郎が×××をレイプしたのは、その日からちょうど三週間後のことだった。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.175 )
- 日時: 2013/01/07 15:01
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
02
人は死んだら地獄か天国に行くとはよく言うけれど、じゃあ誰か実際にそのどちらかに行ったのかと聞けばそれに答えられる人はいないだろう。悪いことをすれば地獄に行くとはよく大人たちが小さい子どもを叱りつけるときによく脅しのネタとして使うけれど、悪いことをしない人間なんていない。どんな人間も一度は過ちを犯すし、他人には言えない裏がある。そうなるとわたしたちは誰一人天国には行けなくて、いつまでたってもおしゃかしゃまの顔を拝めない。
現実は死後の世界よりもっとはっきりしている。
わたしにとっての現実の天国は大瀬良くんがいることで、地獄は大瀬良くんがいないこと。だから、彼以外の人間がわたしの周りから消えることになんの痛みも感じない。日常に差し障りはない。
わたしの「今」は今も続いている。
兄さんが死んで一週間が経った。
気怠い体を起こして制服を着て学校に行き、まともに聞いちゃいない授業をだらだら受けるのも億劫ではなくなってきた。
三年生になる際のクラス替えで隣のクラスになった千隼くんは、兄さんが殺されてから初めて登校したときに一度だけ話をした。
「あれだけ派手にやってくれてるんだ。犯人はすぐにでも見つかるさ」
そう言って静かに笑う彼の目には同情さえしていなかった。そのほうがいい。同情なんてされたくもないし、されても困る。わたしはちっとも悲しくなんかないんだから。
今日も大瀬良くんとおててを繋いで、ゆっくりと歩く。もう遅刻の常習犯として校門指導を受ける回数もふた桁になる。教師の渋い顔を見ることにも慣れた。鬱陶しい五月のじんわりとした暑さは相変わらずで、ほんとうに、なにひとつ変わっちゃいない。
変わったこと、といえば。
家の壁に付着いた血がなかなか落ちなかったから、引越しした。学校からかなり近いアパートの一室。大瀬良くんが住んでいた百々峰ハイツからそう離れていない。
母さんは兄さんの死からますます引きこもり状態になって、普通並みに神経が繊細だったってことを知った。
「ゴミに出された新聞をちと読んでおったんじゃが、ここらで殺人事件が起きたらしいのう」
今日。五月二日。
学校から大瀬良くんと徒歩で帰っていると、偶然なのかはわからないが栞菜さんと会った。百々峰ハイツと近場だから彼女に会うこともそんなに珍しくはない。見かけることもあれば、たまに話しかけられることもある。
大瀬良くんに先に行っているように言い、わたしは電柱にもたれた。大瀬良くんが怪訝そうな顔をして、けれど反論はせずに大人しく言うことを聞く。後ろ姿を見送ったあと、長く溜め息をついた。こうも栞菜さんに会うたびに大瀬良くんを避けていたら変に怪しまれかねない。
「わっちに気にせずいればええのん」
「女子会に男子がいるといたたまれなく感じるらしいです」
「なぁるほど」
「殺されたのはわたしの兄ですよ」
唐突に切り出した。
栞菜さんはくしゃりと顔を歪ませて、わたしの頭を撫でてきた。なんでだろう。そんなに泣きそうな顔をしていたのか?
右手で自分の顔を触ってみる。特別なんのへんてつもない。それでも栞菜さんはなかなかわたしの頭を放してくれない。髪がボサボサになっていく。
「あのー……なんですか、これ」
「家族を亡くしたんじゃろう?こうするといいのだと明日羽が言っておったのでな。なにか間違っているか?」
「いや、間違いではないけど」
わたしにそれをすることは間違いだと思う。
それにしても明日羽という人は大瀬良くんの母さんじゃないかとわたしは思っているけれど、確かめようがないのが歯がゆい。
弥生さんなら知っているのが当たり前なんだけど、会う機会もないし。
「明日羽って人は結婚とかしてたんですか」
「しちょらん。ガキがおったらしいんじゃが、本人から聞いたわけじゃない。教団におっても一人で儀式を見ておっただけじゃし」
「誰から、明日羽に子どもがいるときいたんですか」
「ヤスクニ。あいつは明日羽の遠縁じゃと聞いておったが、明日羽のことは嫌っておったな」
泰邦さん、か。
ここでもあの人が出てくるのか。
「あの、そろそろ頭を撫でるのやめてください。髪がひどいことになってる」
「あいつは明日羽のガキなんじゃな」
「…………へ?」
頭から手をどけた栞菜さんが、さっき大瀬良くんが立ち去った方向を見つめる。
「顔が似ちょる。あと妙に雰囲気も」
「明日羽の子どもだという確信はそこですか」
「そうじゃ。わっちが友のガキを見間違えるわけがない。あいつは明日羽と似ておる、似すぎておる。明日羽の生霊じゃ」
☆
暗い場所だった。
時刻が既に深夜のせいかもしれないが、一歩外れればそこが歓楽街とは違う人通りも明かりもない田んぼだらけの田舎だからかもしれない。
体を起き上がらせようとしても手足が縄で縛られており、自由が効かない。
頭痛のする頭で考える。
ここはどこだ、と。
確か自分は彼と待ち合わせをしていて、いつもの錆びれた商店街にいた。そこで誰かに声をかけられて、何かを鼻に押し当てられて、それで──… 、
「目ぇ、覚めたか」
背筋が凍るほど低くて冷たい声がした。
×××はそちらのほうを向く。
真っ白な月を背に、一人の大柄な男が立っていた。脱色されてある白っぽい髪やピアスだらけの耳、整っている顔立ちには覚えがある。
「あなたは……流鏑馬?」
「おおー俺のこと知ってたのか。ふつうあんなお嬢様学校に通ってるやつが俺のこと知らねえはずなのになぁ」
にやりと笑う男の顔はぐっと近づいてきて、×××の綺麗な首筋に噛み付いた。突然の痛みで×××の体が強ばる。ギリギリと肉を引きちぎられるような感覚。涙が零れ、悲鳴すらあげれないほど体が熱くなる。
ぶちっという音がして、男が首筋から離れる。舌の上で皮と血の塊を転がしながら、男は優しい手つきで×××の長い髪の毛を撫でた。
「てめぇ、いま生理じゃねえよな」
そのまま×××の太ももを撫で上げ、下着をずり下ろした。
何をされるのかがわかり、×××がやっと力なく抵抗する。それを簡単に遮り、男は耳元で笑う。
「もう処女じゃねえんだろ?アイツに……トラに突っ込ませたんだろ?笑えねえなぁ、糞。糞が!アイツは俺のもんなんだよ、てめぇのもんじゃねえ」
「やだ、やだ、怖っ、おええっ、ええっがは、はぁあっ、」
胃が痙攣し、自分の腹の上で嘔吐する。耳鳴りがひどい。助けてと言おうとしても、パニックを起こしすぎて声が出ない。
怖い、怖い、怖い、怖い。
「なぁ、アスハちゃん?」
嫌だ。
涙と汗と唾液と鼻水と吐瀉物でぐしゃぐしゃの顔をさらに歪ませ、×××は思う。
──俺以外の男に触らせんなよ。
──アタシはあなたにしか興味がないの。ねえ、わかってる?アタシの全部があなたのものなのよ。
「コハル……ッ!!」
最後に、彼の名前を呼んだ。
その慟哭は彼に届かないことはわかっていた。それでも期待せずにはいられなかった。
初めて会った時のように助けてくれるんじゃないかと、信じていた。
期待していた。
縋っていた。
心のどこかでは諦めようと思っていても、彼ならもしかしたらと弱々しい気持ちが生まれる。それが何度壊されても、何度汚されても、彼は来てくれると確信していた。
けれど、
彼は来なかった。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.176 )
- 日時: 2013/01/12 00:55
- 名前: 朝倉疾風 (ID: JiYsjDZB)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
「まァ、飼い犬はちゃんとリードに繋いどけって言うし、繋いでなかった飼い主の責任ってことでいいんですよねぇ」
「なにもよくない」
本当に良いことがない。
悪いことが起こると立て続けに別の悪いことが起こる。負の連鎖が続くとなかなか抜け出せないというのが現実だ。不幸が不幸を呼んで、今までの落ち着いた幸せが無かったものにされる。
迂闊にもそれを引き起こしているのが自分だったらと思うことがあるが、そう考えてしまうとひどい自己嫌悪に陥ってしまうから止めておく。
人と第三者のことについて話すとき、その第三者を気遣って避けるという判断は間違っていなかったと思う。誰だって自分の噂話を聞くのは嫌だろうし。そのへんは正解だった。ただ、一人で行かせたことに問題があった。それだけ。たったそれだけのことでわたしは失う。
失ってしまう。
「どうしてここにいるんですか」
尋ねる声が震えていることに気づいた。
さっきから赤信号が間近でチカチカ点滅しているような気がする。目が痛い。
わたしの家に弥生さんがいた。
平然と居間でお茶を飲んでいる。ゲーム機からはサウンドが流れていて画面には銃を持った男性が何かを話していた。イヤホンを片耳にだけして、行儀悪くあぐらをかいている。奇抜な格好は相変わらずだけど、やはりどこか幼い。
気に食わないのは大瀬良くんが当然のように弥生さんの隣で眠っているということだ。猫のように体を小さく丸めて、安心しきって寝ている。
「ユウくんの跡をつけていた……と言うとストーカーっぽいですかなぁ」
「じゅうぶんストーカーでしょうよ。で、人の家に勝手に上がり込んで何してるんですか。まだ荷物片付けてないのに」
「引越ししたんだねぇ。前の家もなかなか綺麗な一戸建てだったのに、もったいな〜い」
「まあいろいろとありまして。……ねえ、ちょっと待って」
聞き逃すわけにはいかなった。
ゲームに目を落としていた弥生さんがこちらを見る。
「なんでうちが一戸建てだって知ってるの」
まさか大瀬良くんをストーカーしていたから家の位置まで把握しているとか言い出さないよね。
わたしの不安をよそに、弥生さんはしばらく黙っていたがふっと笑みを浮かべた。
ぞわりと心臓を直に触れられたような感覚がする。大瀬良くんとそっくりの真っ黒な瞳。吸い込まれそうになる。
「ひみつ」
人差し指をたてて、弥生さんが答えた。
焦りで喉が渇く。唾液を飲み込みながら、わたしは荷物を床に下ろした。
弥生さんもそれ以上は何も言わずに、ゲームに熱中しだす。
しばらくゲームの音しか聞こえない時間が流れる。無言の空気に耐えれなくて口を開いた。まあ、色々と聞きたいことはあったし。
「明日羽という人を知っていますか」
それまで勢いよくコマンドを押していた手がピタリと止まる。弥生さんは眉をしかめながらわたしを見て、もう一度人差し指を唇の前でたてた。
「ユウくんの前で言っちゃあだめだよ」
「大瀬良くんに聞いたら、知らないと答えてましたよ」
「あれれ〜。知らないはずは無いんだけどなぁ」
弥生さんは大瀬良くんの記憶障害を知らないのか?
「昔のことが影響して記憶が曖昧になっている部分があるらしいですよ。自分のこともよくわかっていないみたいですし」
都合の悪い記憶が欠落して、開いた記憶の穴は空っぽのまま。そんな不安定な状態でいるんだから『自分』を失うのも時間の問題だろう。
なら、せめてわたしが大瀬良悠真を知ってあげたいと思う。
彼がわからないのなら、わかろうとしないのなら、わたしが。
「だから教えてください。明日羽という人は大瀬良くんの母親なんですか」
「その言い方だとユウくんオンリーマザーになちゃうから、弥生とユウくんのって言い直してよぉ」
「すいません。明日羽さんは、大瀬良くんと弥生さんの母親なんですよね」
わざとらしく弥生さんが首をかしげて唸り出す。なんかうーんうーん言ってる。ちらっとこちらを見て、ニヤリと笑い、
「あったり〜。弥生とユウくんのマザーは明日羽という名前なのだぁ」
「その明日羽さんはいま何をしてるんですか」
「県外でユウくんの帰りを待ってるんだよぅ」
これだ。これが問題なんだ。
聞いた話だとその明日羽というやつが大瀬良くんを歪ませた原因で、彼に性的虐待を与えていた張本人なわけだけど。弥生さんがそれを知っているかどうかか。
「明日羽さんは変な宗教に関与したりしてませんでしたか。ヒカリの教えとかいう」
「そんな糞みたいな名前ひっさびさに聞いたわぁ。泰邦おじさんが糞みたいなところで糞みたいなやつらを集めてたんでしょぅ」
吐き捨てるに言い、弥生さんが珍しく嫌悪感を表情に表す。
「でもあんなのに入る前からマザーは変だったんだよねぇ。子どもと大人がミックスして脳みそが傾いて生まれてきちゃった〜みたいなぁ」
子どもと大人のミックスって弥生さんも人のこと言えねえじゃん、と思ったけど何も言わなかった。
「マザーはユウくんをすごく大切にしてたんだけど、ユウくんはマザーを嫌ってたみたいだねぇ。弥生はよくわかんないけど」
「明日羽さんは大瀬良くんを好きだったんですか」
「というか弥生を嫌ってた。だって弥生は、」
イラナイコダカラ。
不協和音が聞こえた気がした。自身が自身を否定するのも肯定するのも自由だけれど、他人から存在価値を決められることは苦しい。それが否定されればされるほど。
あっさりと弥生さんは言い切った。
それが当然だと言わんばかりに。
傷ついた顔もしないで。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41