複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

あなたを失う理由。 完結
日時: 2013/03/09 15:09
名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

どうも 朝倉疾風です。





性描写などが出てきます。

嫌悪感を覚える方はお控えになってください。



主要登場人物>>1

episode1 character>>4


episode2 character>>58


episode3 character>>100


episode4 character>>158



小説イメソン(仮) ☆⇒p


《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4


《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg


《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A


《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI


執筆開始◎ 6月8日〜



Re: あなたを失う理由。 ( No.77 )
日時: 2012/08/19 00:52
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



              04



 夏休みが終わるまであと残り2週間。 課題はほとんどが終わっていて、夏期講習以外は暇な時間を過ごしていた。
 自分から遊びに誘う高校の友達もいないし、かと言って大瀬良くんに電話することは躊躇われた。 声を聞くとどうしても会いたくなってしまう。 ……重症だ。 病院に行くレベルかもしれない。 恋の病とは本当に恐ろしい。
 そういえば、ミチルさんが潮音に抱く歪んだ愛情は恋なんだろうか。 いいや……恋と呼ぶには違う気もする。 だけど“妹”という存在でもなくなっているはず。 もっと別の……失わないと確信しているからこそ、余計に怖い存在。 曖昧で不確かな潮音の存在は、決してミチルさんの心を癒してるわけじゃない。 錯覚だ。

「あれから、ミチルさんと何かあった?」
「いいや。 別に何も無いけど」
「そっかぁ」

 兄さんにさりげなくミチルさんの様子を聞いてみたけど、何もわからない。
 夏期講習ではいつも会う麻央に、まさかミチルさんが潮音を虐待しているとは言い出せず、今までズルズルと来てしまった。 けれど、シズの言うことが正しいとは限らない。 明らかに彼は潮音に加担しているんだから。 話を大袈裟にしている可能性もある。

「でも……そんだけじゃあ“シズ”は生まれないよなぁ」

 演技の可能性も捨てきれなかったけれど、そうは思えなかった。

「何か考え事かい」

 部屋の床に寝転がってグダグダと考えていると、扉が開いて兄さんが顔を覗かせた。 ノックくらいしてほしいけれど、兄さんがプライバシーを気にしない性格なのは昔からだし、色々とこちらも諦めている。

「んー……ミチルさんって、大学の実家を行き来してるんだよねえ」
「そうだね。 まあ、隣の県だから電車で片道2時間ってところだけど」
「でもそれって兄さんみたいに向こうで暮らした方が得だよね」
「プラマイゼロでしょ。 ミチルのところは余裕あるから、別に夜遅くなってもいいんなら、いいんじゃね。 でもたまーに俺のところに泊まりに来てるけどね」
「仲良いじゃん」

 なんだかんだ言ってる割には。

「なんか最近、ミチルのことばかり聞くね」
「そーかなぁ」
「うん。 いもーとはミチルを嫌いじゃなかったのかな」
「嫌いだよ」

 即答する。 人を嫌いと言っているうちは、まだその人に対して関心があるという証拠だ。 わたしはミチルさんを嫌いだけど、興味が無いわけじゃあない。

「でも……潮音って子は好きなのか」
「興味があるだけだよ」

 嫌いとは言えなかった。 それは本心じゃないから。
 兄さんはわたしの答えに満足したようで、軽く頷くだけだった。 そんないつもどおりの兄さんを見て、安心したというのはおかしいかもしれない。 たでさえこの人は、わたしからいつも大切なものを奪っていく。 そんな相手に安心したもなにもないんだろうけれど、それでも安心したのは本当だった。
 ブレない兄さんの性格がそう感じさせているのかもしれない。

「ねえ、兄さん。 わたしは今から複数の人をひどく傷つけてしまうかもしれないんだけど、どうすればいいと思う?」

 潮音を、ミチルさんを、シズを、全員救うなんてわたしには絶対にできない。 それどころか、一人も救うことさえできないだろう。
 救われた、と錯覚されるのは簡単だ。 でもそこに依存させてしまったら、また同じことの繰り返しになる。
 だから、壊すことにした。
 救わず、護らず、手も貸さず、助けず、保護せず、庇護せず、ただ壊す。
 そこまで決意できているのに一歩が踏み出せないのは、わたしが臆病者だからだろう。
 心のどこかでは自分は何様だと思っている。 そこまで深入りして何になる。 得るものもなにもない。 ましてや、人様の運命を他者であるわたしがどうこう言える問題じゃない。

 でも、無関係だと突っぱねられる気は毛頭ない。

「いもーとがやりたいようにやればいいじゃん」

 想像通りの答えが返って来て、思わず笑ってしまった。
 そうだよ。 そうだった。 考える必要なんてない。 後のことは後のこと。 迷うな、わたし。
 わたしの様子に何か気づいたのか、兄さんがニッと笑う。

「なんかやらかすわけか」
「うん。 ゴミ箱の中身を全部ぶちまけるくらい、やらかしちゃうね」
「ふうん。 後片付けはするんだろ」
「するよ」

 でもきっと一生片付かないんだろうな。 どんなに頑張っても、kを荒れたものを完璧に修復するのは無理だし。 でもそのままにしとくのは少ない両親が痛むし。
 中途半端だな、わたし。 軽く自己嫌悪。

「でも、白黒はっきりついてるヒーローもつまんないしなぁ」

 天井に向かって腕を伸ばし、軽く握って開いてみる。
 わたしの手で、すべてを壊す。 そうなったら、潮音はどうなるだろう。
 時計を見る。 夕方の7時を過ぎていた。

「── ちょっと行ってくる」
「どこに行くんだよ」
「ヒーローごっこしてくるー」

 怪訝そうな顔の兄さんの横を横切って、階段を降りる。 ふと見るとリビングの電気がついている。 母さんが珍しく帰ってきているらしい。 声をかけようと思ったけど、止めておいた。

「── いってきます」

 わたしは今から、十八公潮音を壊しにいく。
 なんてことはない、一人の精神不安定な女子を壊すことくらい。 わたしは彼女の友達で、彼女はわたしの友達だから。
 頭の中に描いた非道な考えを振り払って、そんな綺麗事ばかりを思い浮かべる。 最悪だ。 あまりにも最悪すぎて吐き気がしてくる。 穏やかな顔の潮音が浮かんでは消え、浮かんでは消える。 その消えるまでの一瞬、潮音の表情が激しく歪んでいる気がした。

「友達かー……」

 潮音はわたしをもう二度と友達だとは思ってくれないんだろうな。
 それはそれで……ちょっとキツい。 でも、それで潮音を守れるのなら……わたしは潮音にとっての悪役でもいいや。

「麻央、わたしはヒーローなんかじゃないのかもね」

 麻央には怒られるかもしれない。 シズのこと、言ってないし。 どうして言ってくれなかったんだって、そう言って殴るかもしれない。
 麻央はわたしと違って優しいから。 だからきっと、潮音のことちゃんと本気で考えているんだろうな。
 わたしは潮音を、じゃなくて。 潮音に興味があるから、で動いちゃってるから。 この一連の騒動の終わりを見てみたい、自分の手で終わらしてみたいという好奇心だけで動いているから。
 麻央、きみはよくわたしのことわかってるよ。 でも嘘を見破るのは得意じゃないね。 あんなに、わたしの嘘はわかりやすいと笑っていたのに。

 潮音のことは友達だけど、友達ってだけなんだ。

「わたしって本当に……消しカスよりもカスじゃん」

 ゴミ箱にポイって捨てられるべきなのは、わたしなんだよ。

Re: あなたを失う理由。 ( No.78 )
日時: 2012/08/20 11:12
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

               ♪


 母が死んで、兄の様子が明らかに変わって、父も仕事で家に帰らない日々が続いていた。
 兄が学校から帰ってくるまで、少女は学校帰りに必ず祖母の家に寄っていたが、必ずと言ってもいいほど兄が毎日迎えに来る。 祖母に向ける兄の笑顔を見つめながら、こっそりと少女は 「嘘だ」 と呟いた。
 この満面な笑みが偽物だと、少女だけが知り得たから。

 家に帰って、仕事で戻らない父親のかわりに夕食は兄が作ってくれた。 どれも少女の好物で、兄は美味しそうに食べる少女を見つめ、幸せそうに微笑んでいた。 夕食のあとは、いつも兄がゲームに付き合ってくれた。 少女が勝てるようにわざと配慮してくれていたのかもしれない。 喜ぶ少女の頭を優しく撫でるときの兄の笑顔は、嘘偽りのものではなかった。
 そんな穏やかな時間が崩れるのは、いつだって夜がきてから。

「俺のこと怖くないんか」

 捨てられた子犬のような目で兄がそう聞くのを、少女は黙ったまま頷く。 その唇は真っ赤に腫れていて、手首には縄できつく縛られた痕が痛々しく残っていた。 泣いて充血した目を伏せ、少女は唇を血が出るほど噛み締める。
 怖くない、と言えば嘘だった。 だけど、怖いと言ってしまったら兄が消えてしまいそうだった。
 だから少女はこう思うことにしている。 この人はわたしだけが全てなのだと。 わたしがいなければこの人はいつまでも泣いてしまって、わたしがいればこの人は自分の価値を確かめられるのだと。
 幼いながらにそう思い、自分の体に触れる兄を愛しく思おうと努力した。






「ミチルは可哀想なのよ」
『可哀想? どういうことだよ』
「ミチルはわたししかいないの。 だから、わたしにあんなことする。 わたしが拒めば、ミチルはきっと死んじゃう」
『でもお前は苦しいんだろ?』
「苦しいよ。 すごくすごく。 死にたいくらい、苦しい」

 言いながら少女は笑う。 けれど、次の瞬間には険しい表情になり、

『そんなんじゃダメだろ。 お前が苦しいんなら、俺がお前の兄貴に言ってやるよ』

 男性の口調でそう言った。
 周りには誰もいない。

「そんなのダメだよ!」
『なんでだよ』
「なんでも。 ミチルのこと、わたしが守ってやらないとだめだから」
『── それって本気で言ってんのかよ。 そう思い込んでるだけだろ』

 少女が話してるのは自分自身に対してだった。 心の奥底に溜まった不満や苦しみと対話して、兄に対する恐怖を少しでも紛らわせようとした。
 最初は友達が欲しかったから。 自分の気持ちを受け止めてくれる友達が欲しかったから。 頭で作り上げた友達の役も自分でしながら、少女は一人で会話をしていた。

 いつしか、兄から愛されているのは自分ではなく、その友達なのだと思い込んでしまうほどに、少女は追い詰められていた。





 少女が13歳のとき、兄が自宅に若い女性を連れてきた。 若いとは言っても兄よりかは数歳年上で、化粧や服装、髪型も派手な女性。
 女性はつまらなさそうに少女を見ると、ニコリと笑いかけた。
 つられて少女も笑おうと試みたけれど、それは無理だった。 なにせ、少女は半裸にされてベッドに縄でくくりつけられていたのだから。

「なぁに? シスコンだって聞いてたけど、これはちょっと度が過ぎるんじゃないの〜」

 甘ったるい声でそう言いながら、女性は兄の首筋にそっと手を伸ばす。 くすぐったそうに笑いながら、兄はその女性にキスをした。
 信じられなかった。
 初めて、女性に対して嫉妬というものを覚えた。 兄が愛情を示すのは自分だけだと思っていたから。
 長いキスが終わった後、女性はそのまま、動けない少女にもキスをしてきた。 何をされているのか、これから何が始まるのかわからず、少女はパニックになり拒むことができない。
 舌を入れられ、口内を掻き乱され、卑猥な音をたてて女性がやっと少女の口から出て行く。 放心状態の少女を見つめ、その頭を撫でながら、

「おにーさん、貴方としたいんだけどね、できないんだって。 アタシとも寝たんだけど、途中で貴方を思い出してへこたれちゃったのよ」

 とびきりの甘い声で少女に囁いた。
 その言葉の意味が理解できて、少女は黙ったまま涙で頬を濡らす。
 自分とそうなりたいという兄の思いにショックだったのではなく、兄が他の女性と関係を持ったことが、ひどく憎らしかった。 兄には自分だけだと思っていたから。

「アタシ、バイなんだよね。 貴方はミチルさんと似てるから……すごく可愛い。 ねえ、ミチル。 この子の顔が見たいんでしょ。 だからアタシを呼んだのよねえ? なら愛しの妹ちゃんがヨくなってるの、見なくていいの〜?」

 女性は言いながら少女の縄をほどき、自由になったその手を真上に持って行って拘束する。 腹の上に乗られているから、起き上がることができなかった。
 そのまま手を滑らせて、少女の柔らかな体に好き勝手に触れる。
 兄は、それをじっと見ているだけだった。



 違う。



 これは、ちがう。 ちがう。 わたしじゃない。 触られているのも、兄に必要だと思われているのも、こうやって感じてしまっているのも、わたしじゃない。 わたし、じゃない。
 じゃあ、誰。 誰。 だれが、だれに、だれを、だれは、ねえ、誰。 わたしじゃない、こんなのわたしじゃない。 穢れてなんかない。 気持ち悪い。 やめて、触らないで、怖い。 怖い。 怖いよ、ねえ。
 やめてよ。
 やめてよ。
 やめてよ。
 大好きだから、ミチル。 大好きだから。 だから、止めてよ。 せめてミチルがしてよ。 大好きだから、大好きだから、ねえ、お願いです。
 やめてください。
 怖いです。 恥ずかしいです。 お願いです。
            やめてyああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ、怖い怖いこわいこわいこわい タスケテ キライ キライ 怖い
 助けて             誰か
       誰でもいいから            怖いよ
怖いよ

                          お願いです


 ミチル、やめさせてよ


                          ミチル、





── 俺に代われ、潮音。







 気がつけば。
 今まで少女の内にいた“彼”が出てきていた。 少女の妄想にしか過ぎなかった彼が、個人の人格を持って生まれてきてしまった。
 人格を交代させた彼は、少女の足を大きく広げている女性を見て、思わず笑いを溢れさせる。
 それに気づいた女性が顔を上げ、唾液で濡れた唇を舐めながら不思議そうに聞く。

「ん? なにどしたのー」
「いやぁ……ずいぶんと夢中だなーって思って」
「そりゃあ可愛い子好きだからねぇ」

 今までと違う少女の態度に怪訝そうに首を傾げた兄は、そっと少女の頭を撫でる。

「どないしたん……よくなかったか?」
「ちょっとー。 誰に代わってアタシがやってると思ってんのよー」

 好き勝手言う女性を睨みつけ、少女の姿をした彼は、

「いつか殺してやるから」

 そう言い切った。
 ハッキリと言い切った。
 その目が本気なのを悟った女性は、少しだけ目を泳がせて、だけど嬉しそうに笑って、

「殺してくれんの? なら酷く殺してね、潮音ちゃん」

 けっきょくは、それだけだった。
 それだけのこと。
 全てが終わってから、女性はシャワーを浴びて帰っていき、気怠い体を起こすのも面倒だった少女の体は、兄が拭いてくれた。

「── 潮音……どっか痛いんか? 俺のこと嫌いになった?」

 不安そうな兄の声。
 少女は何も答えない。

「俺な……ずっと潮音が欲しかったねん。 離れていく気がして怖かったけん……。 でも、俺なんかが潮音と寝たら、潮音が汚れるやろ。 野郎なんかはダメやねん。 潮音が……汚れるのは嫌やったねん。 だから、」
「だから、女だったわけか」

 彼は、言う。 憤りを押さえ込んで、なるべく冷静になろうとした。
 本当は兄を殺してやりたかった。 少女をあれほど壊したこの男を、許せるわけがなかったから。
 だけど。
 少女があれだけ愛しく思っているこの男を殺したら、今度こそ少女は粉々になってしまうだろう。 少女の持つ愛情が、たとえ愛情なんかじゃなかったとしても。
 兄を好きだという少女の想いが、恐怖からくるものだとしても。

「俺は、お前が好きや」

 抱きしめられると鳥肌がたった。 頭にキスをされると吐きそうにすらなる。
 同じ男にこうされても、彼が嬉しいはずはなかった。
 兄は自分の妹の決定的な変化にすら気づかず、自己満足の世界へまた一人で行ってしまう。
 ぼんやりと明るい空を見ながら、彼は誓った。 自分が少女を護るのだと。




Re: あなたを失う理由。 ( No.79 )
日時: 2012/08/21 12:34
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




 ひどく乾ききった風だった。 乾燥肌のわたしの頬を撫でるけれど、ちっとも涼しくはない。 汗はこれでもかと喧嘩を売ってきているとしか思えないほど毛穴から出てくるし、どこかの青春ドラマみたく駅から走ってきたから本当にしんどい。 シャトルラン、33回でギブアップしたんだよなぁ、わたし。
 夕焼けで紫色の雲が空を覆う。 影はいつもより早くわたしの背を追い越している。
 住宅街だというのに出歩いている人は少なくて、相変わらず電柱には例の事件のポスターが貼られていた。 潮音が第一発見者となってしまった5人目の被害者から、犯行はストップしているけれど、相変わらず犯人の特定もできていない。 警察は何をやってるんだ、ちゃんと捜査しろ云々で自治体やなんかお偉いさんも反発に忙しそうだし。

 麻央から事前に聞いていた一戸建ての新築の家の前で足を止める。
 大きい家だなぁ。 わたしは潮音の家に来たことがないから初めて見るんだけど、本当に大きい。
 赤レンガだし。 なんかド派手だし。 芝生が生えてるし。 花壇もヒマワリがお互いの背丈を比べてる。
 なにより驚いたのは、グリーンカーテンだった。 紫陽花のツルが網に上手に絡まって伸びており、見事に2メートル以上はあるグリーンカーテンがある。 潮音が育ててるんだろうか。

「潮音しか育てる人いないからなー……」

 ぼんやり言いながらインターホンを押す。 お、ここってピンポーンじゃなくてジジーって音なのか。 なんだか新鮮。
 しばらく待っていると、扉が開いた。 てっきりインターホンから応対してくれると思っていたのに。

「おー! いもーとちゃんやんけ」 「どうも」

 出てきたのはミチルさんだった。
 いきなりミチルさんが出てくるというのは想定済みだったから、すんなりと言葉が出てくる。 これがシズとかだったら、きっと何しにきたんだよと問い詰められるんだろうな。

「潮音に用か? あーでも悪いなぁ。 あいつ寝込んでんねん」
「寝込んでる……?」
「ほら、例の事件の発見者やったやろ。 ショックがデカいんやろなぁ。 可哀想に」

 その表情を見るに本当に可哀想だと思っているらしいけれど、本当のところどうなんだろ。 いつもヘラヘラ笑っているから裏の顔が見えない。 千隼くんと同じだ。 っていうことは性悪ってことなのかな。 千隼くんも性悪だったし。

「そうですか……。 ああでも、わたしが用があるのは潮音じゃなくて、ミチルさんなんです」
「え、俺?」
「とりあえず中で話をさせてください。 ここ、暑いんですよね」

 半ば無理やり強引に中に入る。 靴を脱いで、慌ててるミチルさんより先に玄関に上がる。
 図々しいくらいがちょうどいい。
 適当に扉を開けようと思ってズカズカ歩いていったら、後ろからミチルさんに腕を掴まれた。

「ちょい待ち。 いもーとちゃん……なんしにきたんや」
「壊しにです」
「はぁ? 何をやねん」
「潮音を」

 瞬間、わたしの腕を掴んでいたその手の力が強くなる。 鈍い痛みで振り返ると、ミチルさんが笑っていた。 薄気味悪い笑顔だった。
 周りの温度が一気に下がるほど寒気を感じて、思わず手を振りほどく。
 なんだ、こいつ。 顔の表面の筋肉どうなってんだ。 なんかぷるぷる震えてるんだけど、わたしは笑えばいいのかな。 ぞっとするほど自分でも無表情だと思うんだけど。

「もしかして……潮音が急に俺を拒みだしたんは……いもーとちゃんのせいなんか……っ?」

 ああ、そうか。
 この人はシズの存在を知らないのか。 メインキャラなのにサブキャラみたいな扱いだなぁ。 可哀想に、とかは思ってないけれど。
 ていうか震えないで欲しい。 なんだか倒れそうだし。 反射的に支えたくなってしまう。

「いえ。 十中八九ミチルさんのせいだと思うんですが」
「笑わせんなよ、なんで俺のせいやねん」

 とっくに笑ってる人が戯言吐くな。

「自覚が無いらしいので言っておきますけれど、ミチルさんがやってることは潮音を縛り付けて、言いなりにさせて、価値観を植え付けて、愛情を錯覚させているだけです。 貴方がやっていることはね、ミチルさん。 性的虐待なんですよ」

 自覚が無いっていうのが一番恐ろしい。 他者がどれほど言ったって本人がきちんと気づかなければ正せない。
 もちろん、わたしはミチルさんを正そうとしていない。
 潮音を壊しにきただけだ。

「ということで、貴方から潮音を助けにきました。 ヒーロー参上!」「俺から……潮音を……」

 ミチルさんはまだ笑っていた。 ただし、笑うという動作だけの形がそこにポツンと乗っているだけの笑顔。
 さっきから本当にフラフラぷるぷるしてるんだけれど、この人どうすれば……
 って、

「え……」

 水音。 辺りに立ち込める独特の異臭。 床に垂れる黄色の液体。
 おおふ、どうしよう。 これは予想外だったぞ。 踏まないように気をつけな、い、
 失禁したミチルさんが、わたしの短い髪の毛を掴んでそのまま床に押し倒しきたたたたいだだだだだだだだだだだっ! 髪の束抜けたんじゃないかってくらい、痛い。 ていうか頭皮が熱い。 いっだー!
 字面にするとコメディっぽいけれど、本当に痛い。 背骨折れるんじゃないかってくらいの衝撃。 うわ、臭いが酷い。

「お前も俺のせいって言うんか……。 母さんが死んだんも俺のせいやって言うんか! やけん、殺人犯の俺から潮音を取り上げようとしよんか! なぁ、ええっ!? 言うてみぃや、オラァッ!」

 うわ、なんか殺されそうな勢い。 腹の上に乗られて臭いとか尿云々より、苦しい。 頼むからそれ以上触らないで欲しいんだけど。 帰りに電車乗るんだぞ、わたしは。

「あれは……っ、あれは事故だった! アンタが殺したとか、そんなのじゃない!」
「お前が何を知っとる言うんや……ッ、あの日から俺を見る周りの目が変わったんやッ! お前に何がわかる言うんや! 後からしゃしゃりでてきて潮音を助ける? 俺から? 何を訳わからんこと抜かすんじゃッ!」
「約束したんだからそれを守りにきただけだっつーの!」

 気づけば、ミチルさんの右頬を思い切り殴っていた。
 わたしもやんごとなき女の子なんだけど、今のミチルさんは興奮しているせいか、簡単によろめいてくれた。 わたしが反撃するということも頭になかったのかもしれない。
 軽くなった腹に力を入れて上半身を起こし、立ち上がる。 軽く臭いと今まで腹部を圧迫されていたせいで、嘔吐感がこみ上げてきた。

「潮音を、探します」
「やめろ……ッ! 俺から潮音を奪うな……ッ、潮音は俺の大事な、大事な……ッ」
「大事な、なんですか……」

 そろそろ目を覚ましてほしい。 大事な、と言うのは自分で都合良く作り上げただけの、触れるだけで壊れるほど曖昧で脆い言葉だということに。
 ミチルさんは、ただ、味方が欲しかっただけなのだ。
 周りから白い目で見られ、耐え切れなくなったミチルさんが潮音のところへ逃げ、彼女を縛り付けて自分だけのものにしようとしただけ。
 答えられるはずがない。
 大事、なんて思っちゃあいないんだから。

「── 潮音を、探します……」




 

Re: あなたを失う理由。 ( No.80 )
日時: 2012/08/22 14:14
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



               ♪



 彼はいつも少女の内からそれらを見てきた。
 恐怖からくる震えと、怒りからくる震え。 少女の悲鳴や痛みがダイレクトに伝わってくるたび、彼は唇を噛み締めて耐えていた。
 もし少女と代われるのなら、代わってやりたい。
 少女が叫ぶたび、彼の心も壊れそうだった。 出て行って、少女の兄の首を引き裂き、喉を潰し、目玉をくり抜き、腸さえをも引きずり出してやりたかった。
 それができなかったのは、彼女がもう既に兄無しでは生きていけなくなってしまったから。 兄に求められ、愛情と錯覚させられた虐待で自分自身の価値を見つけてしまっていたから。

 兄には、自分しかいないのだと。

 彼は誰よりもそれをわかっていた。 わかっているからこそ、できなかった。
 少女から兄を奪うことも。 兄から少女を救うことも。
 だから、利用したのだ。

 自分で少女を救うことに罪悪感を覚えてしまうのだから、他人にやってもらえばいい。 愛とか正義とかで動く奴よりも、自分の好奇心を優先させるような、そんな下衆な人間にやってもらえばいい。
 少女を救うためになら、何を捨ててもかまわない。 人間の心も社会の道徳すらも──。

「潮音……ッ!」


 薄暗い部屋の中、明るい光が差し込んだ。


── お前が、ここまでやってくれるとは思わなかったよ。





              ☆





 潮音を見つけることはそんなに時間がかからなかった。
 リビング、トイレ、脱衣所、物置の順で1階を詮索したあと、階段で2階へ上って最初に扉を開けた一番手前の部屋が、潮音の部屋だったらしい。
 扉を開けると真っ先に目に入ったのは大量のぬいぐるみだった。 女の子の部屋ならあってもおかしくはないものだけど、その数が尋常じゃない。 床一面を覆うほど大量のぬいぐるみが溢れかえっている。
 ピンクのカーテンは締め切られ、夏だというのにクーラーもしていない。 むわっとした変な悪臭の原因は、扉のすぐ近くに置かれてある、幼児用のおまるのせいだろう。
 一人部屋にしては広すぎる部屋だが、なにせぬいぐるみの量が量だから見る影もない。
 その隅に、潮音はいた。

「潮音……ッ!」

 ベッドに腰掛けている潮音の服装は見覚えがある。 前に人格がシズのときに会った潮音と同じ服装だ。
 虚ろな目でどこかを見ていて、足をふらふらさせている。

「潮音、わたしが誰だかわかる? 潮音ッ!」

 細い肩をどれだけ強く揺すっても、潮音はこちらを見ようとはしない。 その口元が微かに動いているけれど、声はまったく聞こえない。
 鼻につく臭いは汗と体の垢の臭いだろう。 細い腕を掴むと、ぬるりとした感触に鳥肌がたった。
 こんな暑い部屋にお風呂にも入れられずにずっと監禁されていたのか。 シズは何をやってたんだ。 いざとなれば出てきて彼女を守ってやればよかったのに。

「潮音、ここから出よう。 助けに来たんだよ。 お願い、立って!」
「潮音は……俺のもんや……」

 背後から声がして、緊張で全身の皮膚が泡立つ。 振り向くと同時に思い切り脇腹を蹴りとばされて、ああ痛いなと思う前に全身が床に叩きつけられた。
 ていうか頭の方が痛い。 思い切り床に打ったし。 目の前を火花がチカチカと散る。 鈍痛で響く頭を起こそうとするけれど、次は背中を踏みつけられた。
 さっきまで反応の無かった潮音が何かを叫んでいるけど、あいにくとその体を抱きしめてあげることはできない。 一瞬だけ視界の端に光るものが見えて、「包丁とか何ソレ怖いー」 腕を貫通させられた「sdcgtfvyふいjこplrtfyぐいおp@mhhhっへdrtfぎゅひじょ」 やばい、痛い。
 このままじゃ殺されるわー。 死ぬことは怖くないけど、殺されるのはちょっと無理かなー。 まだ大瀬良くんと恋人らしいこと何もできてないしなぁ。
 ていうか、さっきからミチルさんなんか言ってるんだけど、血の流れる音で全然聞こえない。 あー死ぬかも。 腕、血がダラダラ出てるし。

「死ぬ?」

 え、死ぬの? マジで? えーそれは嫌だなぁ。 殺されるのだけは絶対に嫌なんだけど、死ぬのも……怖くないってだけで、特別死にたいとか思ってないしなぁ。

「死ねないよなぁ」

 死ねない。
 死ねない。
 死ねない。

 死なない選択を選ぶんだったら、わたしはどうすればいいんだろう。
 左腕、包丁刺さってんだけど。
 ここで気絶したら、復帰は臨めそうにもない。 目が覚めたら土に埋もれてた、なんてオチは嫌だし。

 じゃあ、もうこうするしかないんだよね。

 耳の裏にまで響く痛みを我慢して立ち上がる。 視界にミチルさんを捉えた。 泣き叫んでいる潮音を抱きしめていたから、隙がありすぎる。
 バカだなぁ。 そうやって油断してちゃあダメなんだってば。 トドメをさすのなら、腕じゃなくて心臓を狙いなさいってば。
 ミチルさんの髪の毛を後ろから掴んで引き倒す。 左腕が揺れるたびに酷く痛んだ。 包丁を抜こうかとも思ったけど、血の流れが尋常じゃないから止めておいた。
 じゃあどうすればいいのか。 考えながら、床に転がっているダンゴムシみたいなミチルさんの顔面を踏みつける。 これって痛いのかわからないけど、泣きじゃくってるからたぶん効いてるんだろうなぁ。 ミチルさんの鼻血が服を汚している。 まだ全然ダメだよ。 わたし、こんなに血が出てるんだし。

「       あ、れ」

 ミチルさんの口から溢れる言葉の端々が耳に引っかかる。
 でも、なんだろう。 この静けさ。 さっきまで何が煩かったっけ。
 ああそうか。 潮音が叫んでいたから煩かったのか。
 潮音、なんだかずいぶん大人しいし…………


「…………………………………… しおね」


 なんで笑ってるの、潮音。



 

Re: あなたを失う理由。 ( No.81 )
日時: 2012/08/23 01:41
名前: とろわ ◆DEbEYLffgo (ID: Wbx5dL14)

夜分遅くに失礼します。恐らく初めましてなとろわです。鳥頭なので色々と不安がありますが。

世界観と登場人物と、何もかもが好みすぎて一瞬自分の妄想なとかと思いましたw
病んでるといいますか、狂ったといいますか、どこか普通とは違うキャラクターが堪らなく好きな自分にとっては天国かと。うはうはでした←
大瀬良くんも好きでしょうがないですが、なにげに三好先輩が好きです。
あの病みっぷりはたまらんとです。不幸&病みキャラ好きとしてはなんというかあれです、最高です!
そうして潮音ちゃんがどうなってしまうのか非常に不安です。救われて欲しいですが不幸なままでもそれはそれでいいような気もします。なんだかごめんなさい気持ち悪いですね自分。恐ろしい。

暑い中大変だと思いますが、執筆頑張ってください。応援しています。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41