複雑・ファジー小説
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入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- あなたを失う理由。 完結
- 日時: 2013/03/09 15:09
- 名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
どうも 朝倉疾風です。
性描写などが出てきます。
嫌悪感を覚える方はお控えになってください。
主要登場人物>>1
episode1 character>>4
episode2 character>>58
episode3 character>>100
episode4 character>>158
小説イメソン(仮) ☆⇒p
《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4
《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg
《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A
《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI
執筆開始◎ 6月8日〜
- Re: あなたを失う理由。 ( No.102 )
- 日時: 2012/08/29 19:05
- 名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
虫単さま>>
ありがとうございます。
応援してくださって朝倉の心もルンルンです。
大瀬良くんも流鏑馬さんも絡みます。
episode2では、大瀬良くんはあんまり絡まなかったので。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.103 )
- 日時: 2012/08/30 20:02
- 名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
01
あんなに五月蝿かった蝉の鳴き声が聞こえなくなると、長かった夏が終わった気がして、気怠い脱力感が体を包み込む。
けれど始業式と夏休み明けのテストが終わればすぐに授業が始まるし、いやいや言っても学校は毎日あるわけだから、仕方がない。 そう頭では理解しているつもりでも、体は全然言うことを聞いてくれず、「我ながら情けない……」授業が始まって3日目にして、体温は急上昇した。 なのに腹の辺りからゾワゾワとくる気持ちの悪い寒気で、朝食をすべて床にぶちまけたいほど胃が暴れまわっている。
2時間目の古典の授業で、呪文にしか聞こえない先生の声を聞きながら何回か口の中にせり上がってくるブツを飲み込んだ。 さすがにこれはまずい、このままだと授業中にグロテスクなものを口から生み出しそうだ。 そう思い、途中で授業を抜けてきて保健室という避難所で体温計を脇にさしているわけだけど。
「んー……どうして大瀬良くんも来たの」
「サボリ」
「さいですか」
堂々と言い放った彼、大瀬良悠真くんはパイプ椅子に座って眠たそうに机に突っ伏している。
別件でいまは不在の保健室の先生は、大瀬良くんが入ってきても特に何も言わなかった。 彼の境遇を知ってか知らずか、どこか同情した優しげな目を向けて一言、「座ってなさい」 と告げたきりどこかへ行ってしまった。
「文化祭の準備、面倒くさい」
「あー……うちってお菓子の販売だったよね」
クラスの女子の一部がやけに凝った飾り付けを考えているのを見ながら、大瀬良くんに家庭科クラブの作ったエプロンを着て欲しいなと考えた。 割と本気で。
そういえばもう3時間目が始まるけど、6時間目まで文化祭準備だったっけ。 時間割が頭に入っていない。
「大瀬良くんって文化祭、なんかでるの?」
「でねえよ」
「ていうか、大瀬良くんって何部だっけー? ここの高校、絶対に部活入らないとダメじゃん」
「料理部」
「嘘でしょ」
「マジ。一人暮らしだし」
でもどう考えても大瀬良くんの家の冷蔵庫は料理部って感じじゃない。 だけどエプロンを着て、その硬くなってしまった筋肉をほぐして笑顔を作れば、お料理番組に出てくる助っ人の男の人には見えるんじゃないかな。
「そういや、ちゃんと食べてる? 夏は全然会ってなかったから、もうすっごく心配だったんだけど。 ていうか、作りに行くよ」
夏休み明けなのに、大瀬良くんの肌はちっとも黒く焼けていない。 髪が少し伸びて、前髪が目にうっすらかかっていて、より一層暗い印象を与える。 陰り、ともいうのかもしれない。 集団行動を嫌い、人の目を見ようとしない。 彼の些細な拒否反応。
微小に唇を動かして何か言おうと大瀬良くんが口を開いたとき、同時に体温計が鳴った。
「何度だよ」
「さんじゅうはちど、はちぶ!」
「熱あんじゃん。 寝とけよ」
「大瀬良くんと久しぶりに話してるから、それで体温が上がってるんだよ」
軽く冗談が叩けてるのが奇跡なくらい目の前がチカチカする。 ていうか星が見える。 大瀬良くんの周り、キラキラしてる。
「病院行けよ。 頭の」
「病院が来い!」
この人とは関わりがないですって目で見られる。 普段ほとんど表情が変わらないだけに、こういう変化を目にするとすごく嬉しい。 普段は人間にどこか冷めているわたしもこんなに熱くなれるのは、たぶん大瀬良くんだけだろう。
あーそれにしてもどうしようもなく寒い。 頭の芯はこんなにも沸騰しているのに。
「親とか誰か迎えにくんのかよ」
大瀬良くんの口から「親」という言葉が聞こえて、それがすごく異質に思えて仕方がない。 柔らかいと思っていた触れたものがプラスチックのように固かった、そんな不思議な感覚。
「あ……うち、母子家庭だから。 仕事で母さん、これなくて」
本当に仕事かどうかはわからないけど。
大瀬良くんはふーん、と興味無さそうに呟き、また机に突っ伏す。 数分後に3時間目の終わるチャイムが鳴るのが掠れて聞こえた。 うわー、目眩もする。
横になりたくて、ベッドの方へ移動しようと椅子から立ち上がる。 その瞬間、足がふらついた。 視界がぐにゃりと歪む。
「 やぶさめ?」
はい。
返事をしたつもりだけど、声が出なかった。 目を開ける。
大瀬良くんの目がわたしの目と合う。
真っ黒で吸い込まれそうな目。
ああ、この目は苦手だ。
吸い込まれそうで、
怖い、から
「流鏑馬さん、起きたのね」
次に目が覚めたときには、もう放課後だった。
ぼやけていた視界は徐々にピントがあって、目尻にシワの寄ったおばあちゃん先生が、いかにも心配してますって顔でこちらを見ている。
わたしはベッドに運ばれていて、おでこに冷えピタを乗せられていた。
「あ、流鏑馬さん大丈夫? あのねぇ、お母さんとちょっと連絡がやっぱり取れなくてねぇ。 えぇっと……もう放課後なんだけど、なんだかね、あのー、同じクラスの大瀬良くんの保護者さんが来てくださるってさっきお電話があって」
「あー…………………………………………へっ?」
は ?え、うっそ。 え、どういうこと? 大瀬良くん? 保護者?
大瀬良くんに保護者がいるってことより、どうして大瀬良くんの保護さが来てくれるのかがわからなかった。
頭いっぱいに疑問符が並び、わたしよりもオロオロしている先生を尻目に、ベッドから降りて立ち上がる。 さっきよりかは体は楽になっていた。
仕切りになっているカーテンをどけると、大瀬良くんがわたしのカバンを持ってさっきと同じようにパイプ椅子に座っていた。 わたしに気づくと、少しだけ目を大きく見開く。
「アンタ、動いててへーきなわけ」
「大瀬良くん! な、なんで、保護者が来るってどういうこと? なんで保護者が来るの? 大瀬良くんって保護者とかいたっけ!? いや、これは失礼かもだけど、大瀬良くんどうして保護者が……っ、わたしのために?」
彼はもうわたしの目を見てはいなかった。 照れ隠しなのかもしれない。 そうやって自分に都合良く考えてしまうのは、わたしの長所であり短所だろう。 直す気はさらさらないけれど。
さっきから何も言わずに目を逸したままの大瀬良くん。
これはイエスと受け取ってもいいのでしょうか、いいよね。
「なんで大瀬良くん、そんな優しいの」
「俺がアンタに優しくしたら、気持ち悪い?」
「── 大瀬良きゅうううううううううううううううううううううううううううううううううんっっっ!!!」
自分でもビックリするほど高い声が出た。 わたしの声に驚いてビクリと肩を震わせた大瀬良くんに、突進する。 いや、抱きついたわけだけど。
そのままパイプ椅子ごと後ろに傾いて、大瀬良くんの体もパイプ椅子も、わたしの突然の愛情表現に耐え切れずに倒れる。
そりゃそうよ。
わたしの愛は世界が一つなくなっても軽いもの。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.104 )
- 日時: 2012/09/01 15:43
- 名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
パイプ椅子での転倒により腰を打ち付けて痛いと言う大瀬良くんに謝って、保健室の先生に安静にしていなさいと新しい冷えピタをもらい、大瀬良くんの隣に座った。 緊張、していた。 大瀬良くんの保護者登場なんて予想もしていなかったし、なにより、大瀬良くんが親と連絡の取れないわたしを気遣ってくれたことが本当に嬉しい。 こんなに単純に嬉しさを感じたことは初めてかもしれない。 これはまさか、わたしに気があるということなのか。 素で照れる。
さっきから心臓が震えてるんだけど、隣の大瀬良くんに伝わっていそうで恥ずかしい。 こういう少女漫画にありきたりのシチュエーションもなかなか悪くない。 これが二人きりだったらどれほど良かったか。
「失礼しやーす」
ずいぶん間延びした声がした。 保健室の扉が開き、のっそりと長身の男が入ってくる。 年齢は二十代後半か三十代前半。 黒髪は若干パーマがかけられていて、非常によく似合っていた。 右耳にはピアスがいくつも光っているけれど、左耳には1つしかつけていない。 目つきは鋭くて、彼女というか愛人を3、4人囲んでいそうなイメージ。
スーツが本当に似合っていないんだけど、なんというか俳優として舞台や映画で活躍していそうな顔だった。 ハッキリ言ってしまうと、普通に格好いい。
「大瀬良悠真の保護者っす。 この子を連れてけばいいんっすよね」
もしかしてと思っていたけどこの人が……大瀬良くんの保護者。
頭に浮かんでいたイメージと実際の彼との合致が上手くいかず、目を白黒させてしまう。
先生もオロオロしながらわたしの容態と、少しだけ大瀬良くんとわたしの関係を尋ねた。 男は興味無さそうに頭を掻きながら適当に話を流して、
「この子、ダルそうなんでさっさと連れて帰りますわ。 悠真、車は校門前な。 キーは渡しとく。 ……あと、そこの嬢ちゃん」
「は、はい」
大瀬良くんが下の名前で呼ばれていることに不自然さを感じていたら、不意に声をかけられた。 あまりこういう類いの大人に会ったことがないから妙に緊張してしまう。 母さんで耐性ついているはずなんだけどな。
男性はナイフのような細い目を柔和に曲げて、なんか無理やり詰め込まれた感満載の笑顔を作った。 この笑顔では女性は捕まえられないだろうな。
「体重軽そうだから、悠真におぶってってもらえ」
夏休み中、床に根を生やしてずっと寝ていたのかと思っていたけれど、大瀬良くんの背中はけっこう広かった。 汗の匂いとか全然しないのはなんでだろうなーと考えていたら、歩くたびに緩やかな振動が伝わってきて、ついウトウトしてしまう。
おんぶなんて保育所のときに遠足の山登りで転んで、男の先生におんぶしてもらって下山したとき以来だ。
それはともあれ、周りからのレーザービーム並みの視線が体の毛穴を通り越して皮膚組織に突き刺さって痛い、というのはもちろん冗談で、だけど実際わたしたちはそれほど目立っていた。
文化祭準備を外でしている生徒たちからの好奇な視線。 それが快感になる、とまでわたしも壊れていないからそれなりに恥ずかしい。
敢えて視界に入らないように大瀬良くんの首元に顔を俯かせる。 この際だ。 大瀬良くんの匂いをクンカクンカして、後で思い出して顔を朱色に染めるんだーとか考えちゃうあたり、わたしの大瀬良病は本気で重症だろう。 こちらではある意味壊れちゃってるかもしれない。
「流鏑馬、降りれるか」 「うぇーい」
わざと幼稚に返事しながら、心地よかった背中から降りる。
さっきよりはマシになったけど、まだ体は怠い。
いつの間にか校門前の、さっきの男のものだと思われる車の前にいて、大瀬良くんがキーで車を開ける。
「おおーすごーい。 快適ですな」
「アンタ、本当に熱あんの」
「うん。 こー見えてもけっこうキツい」
車内に残る香水かなにかの匂いで吐きそうになる。 あまり車に乗る機会が無いわたしは、元から車内の匂いが少し苦手だ。 大瀬良くんが車のエンジンをかけて、わたしの考えがわかったのか窓を開けてくれる。 意思疎通か。
「俺もこの匂い、苦手だから」
「ういー、ありがとー」
思えば大瀬良くんとこうして話せるってこと自体が今までになかったから、なんだかレベルが上がった気分。 弱小モンスターを一撃で倒せるくらいには、武器も防具もそれなりに揃ったと思う。
5ヶ月前は名前も覚えられていなかったのに。
大瀬良くんもわたしと喋れるようになってから、他人とこみゅにけいしょんを取れるようになったんじゃないかなーとか少し不安だったんだけど、全然大丈夫だった。
ていうか教室にいるときはわたしとの会話もほとんどしない。 無視される。 そのたびにヒットポイントが減少していく。
授業中はほとんど寝てるし、起きているときはたいていどこか遠くを見ているし。 その横顔は綺麗なんだけど、どこか鬱々しさを感じさせられる。
「大瀬良くん」
助手席に座っている彼に声をかける。
返事はなかった。
それでもいいと思えた。
「わたし、大瀬良くんのこと好きなんですが」
何回目かの告白。 好きとか愛しているだとか、言えば言うほど言葉の重みが軽くなっていく気がするけれど、わたしは違う。 いつだって本気だ。
「べつに大瀬良くんにわたしのことを大好きになってもらいたい、とか。 そういうのは思ってないんですが」
嘘。 実はちょっと思ってる。
けれど今の大瀬良くんにこれ以上を求めたら、それはそれで酷だろう。
「こう優しくされると期待します」
色んな感情を切り離して考えている大瀬良くんにとって、わたしの気持ちを察してよと言うほうが無理な話なんだろうな。 ましてや恋愛感情というか、異性に対してそういう意識や興味を持っているのかどうかも微妙なところだ。
人間としての関わりの発展はありそうだけど、恋愛としての発展は……まだスタートすらしていない。
「え、期待?」
なんだ。 ちゃんと聞こえてんじゃん。
「あー……大瀬良くんは大瀬良くんのままでいいや」
腑に落ちない大瀬良くんを見るのも楽しいけど、残念ながら今のわたしはしつこく迫る気力がない。 沸騰しているくらい頬が熱い。 また熱が上がってきたのか。
ミラーを見ると、さっきの男が軽く走って車に近づいてくるのが見えた。 そういや名前まだ聞いてないな、お互いに。
「悪い、ちょいとお前らの担任と話してた。 おー嬢ちゃん、大丈夫かよ。 なんか顔、めっちゃ赤いぞ」
「あーすいません……。 ご迷惑をおかけします……」
「いやいい。 悠真からの電話なんか滅多に来ねえから何事かと思ったら、まさかこんなことだとはな。 ああ、うちの女に介抱させるから、いったんうち行くぞ」
「ふぁーい。 よろしくお願いします……」
返事をしながら、自分でもひどく自己嫌悪するような物思いにふける。
── 大瀬良くんには家族がいないものだと思っていたけど。 なんだ、いるじゃん。
少し裏切られた気がして涙が出そうになる。 大瀬良くんはひとりだと思っているのはわたしだけなのかもしれない。
彼は孤独なだけ。 自分から人が離れていくのが怖いから、他人と距離を作っているだけだ。 距離が溝になり、溝が壁になる。 その壁を壊せる人間がもし現れたら。
案外わたしがいなくても、あるいはわたしじゃなくても、彼に構う物好きな人間が現れたら、そっちに依存するんだろうな。
なんだかんだ言って、人間が嫌いってだけだから。
「ばーか」
誰にも聞こえないように呟く。
厄介なことに、わたしの嫉妬心は他の人より大きいから、大瀬良くんの息がつまらない程度の距離感を保つことが難しい。
特別な位置にありたい。
大瀬良くんが気軽に手を伸ばせるような、そんな存在でいい。
近すぎて壊してしまっては、あまりにも辛すぎるから。
- Re: あなたを失う理由。 ( No.105 )
- 日時: 2012/09/02 18:40
- 名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
大瀬良くんの家は学校から車で十分ほどのところにある、「百々峰ハイツ」という(わたしもさっき名前を聞いて知った)古いアパートだ。
白塗りの外装は酸性雨や長年人の手を加えていないのか、ずいぶんと薄汚れていた。 壁は緑のカーテンの失敗作らしい、何かの植物のツルで覆われている。
駐車場に車を停めて、恥ずかしながら大瀬良くんにまたおんぶされることになった。 ずいぶん涼しそうな顔をしてくれてるけど、大瀬良くんの冷たい手がわたしの太ももに添えられると、いたたまれない気持ちになる。
「悠真の部屋って3階だったよな。 そこまで階段だとバテるだろ。 仁美に世話してもらうか」
「あの人、世話できんのかよ」
「一通りはな」
ふたりの会話を聞きながら、仁美さんて人のイメージ像を膨らませる。 大瀬良くんとも知り合いらしいけど、たぶんただの知り合いてわけじゃないだろう。 巨乳だったらどうしよう。 めちゃくちゃ美人だったら顔面を掻き毟って皮膚を爛れさせてあげるのに。 頭のなかで生まれた勝手な仁美さんにありったけの暴行を加える想像をしながら、ことごとく自分って最悪だと自己嫌悪する。
もっと美人に生まれたかった。 不細工だと陰険に扱われたことはないけど。
アパートの階段を登らず、薄ピンク色の扉の前に立つ。 表札には「102号室 宇留賀」と書いてある。 うー……うるが?
自分を棚にあげるけど、なんとも珍妙な名前だ。
「インターホン、押して」
わたしの太ももを支えているせいで腕が動かせない、ということは見て取れた。 大瀬良くんの肩から手を離して、少し身を捩ってインターホンを押す。
名前を呼ばれて頬が爆発的に高揚しているのが自分でもわかって、恥ずかしくなる。 風邪だからってことにしておこう。
少し待ってもなかなか出てこない相手にイラついたのか、大瀬良くんが扉に蹴りを一発入れた。 感情を表に出すことは下手でも、行動で示すのは得意らしい。 ていうかけっこう力がある。 ひょろひょろのもやしっ子なんかじゃないんだなぁ、これが。
しばらくすると扉が数センチあいて、中から覗かれた目玉がギョロリとわたしたちを捉える。 まずは大瀬良くんを見て、その次にわたし。
物珍しそうに見てるけど、確かに大瀬良くんを知っている人なら尚更この構図は謎だろう。 人間アレルギーみたいな彼が女子高生をおんぶしてるんだから。
「自分はいま、寝てたから。 バイト……やっと終わって、寝てたから」
声質的に女性だろうか。 目玉があっちを向いたりこっちを向いたりと忙しい人だ。
「えっと……その、えーと……」 「…………ん、んー。 自分は、いま、寝てたから」
コミュニケーション能力が欠落している人たちの会話って、こんなに長い時間を必要とするのか。
大瀬良くんは何をどう離していいのかわからなさそうだし、相手は返事をしない大瀬良くんに凄く戸惑っているようだし。 ここはわたしが助け舟を出すべきなんだろうけど、今からアナタにお世話になる流鏑馬だーてめぇ大瀬良くんのなんなんだよーとか言えない。 色々と終わる気がする。 人間的にも。
お互いが相手の出方を見計らっているまま、数分が過ぎていった。
「おう? お前ら何してんだよ。 仁美はいるんだろ」
後ろから声がして、さっきの男が近づいてくる。
スーツからジャージに着替えていて、前髪をゴムで一つに結っている。 手にスポーツ飲料の見慣れたペットボトルを持っていた。
「なにやってんだよ」
「自分はバイトだったから。 寝てたから」
「だーもうわかったよ。 仁美、この嬢ちゃんは悠真の連れだ。 ちょっと熱出してっから、ここで休ませてくれよな。 あーここ俺の家でもあるから。 拒否権無ぇから」
「自分は別にかまわない。 拒否もしない。 ただ、自分はいま寝起きだから睡眠がもう少し必要である」
「うっせえよ」
男の手で扉が完全に開かれて、改めて仁美さんの全身を拝めた。
女性の割には背は高い方だ。 165センチはあるだろう。 背筋がしゃきっと伸ばされているのが印象だった。 髪の毛はもともと薄い色素なのか、それとも染めているのか、濡れ雑巾のように頭を覆っている。 量が多い。 服装は体格より一回り大きい紅芋色のスウェットで裸足だった。
あと、目が大きい。 くりっとしているんじゃなくて、ギョロッとしている。 小顔のせいかそれがやけに目立って、不気味だ。
男は自身の眠気を訴える仁美さんを無視して玄関に入ると、大瀬良くんにおぶってもらってるわたしの靴を脱がせてくれた。
ふと思い出したように、
「ああ俺は樽谷泰邦。 悠真の遠縁の親戚で、このアパートの管理人な」
「ど、どうも……」
この場合、わたしも名乗ったほうがいいのかな。
あまり人に名前を打ち明けるのは好きではない。 自分の名前がコンプレックス、とまでは言わないけれど口にするのは少し躊躇われる。
「そっちの変な女は宇留賀仁美。 喋り方が狂ってるだけでキ○○イでは無いから、安心してくれな」
「自分は冷静沈着でまともな人種である。 酒で我を忘れて踊り回るキミと同じにしないでくれ」
「どこに寝かせればいい」
機械的に喋る仁美さんを華麗に無視して、大瀬良くんが静かに尋ねた。
仁美さんが廊下を走って一番奥の扉を開ける。 どうやら造りは大瀬良くんの部屋と同じらしい。
リビングはピンク色を基調としたインテリアが飾られてあり、殺風景な大瀬良くんの部屋とは違い、華やかな印象を受けた。
仁美さんは押入れから布団を出してきて、床にそれを敷く。 ポンポンと足で布団を軽く蹴った。
「降りて、そこに横になって」 「うぇーい」
鼻声で返事して、そこに体を預ける。 あー喉が焼けるように痛い。
「さっき飲料水と冷えピタ持ってきた。 ほらよ、嬢ちゃん」
「ありあとーざいますー」
「ひっでえ声だな。 あんま喋んないほうがいいぞ。 あー親御さんに連絡入れなくて平気か?」
「だいじょうぶれすー」
呂律が回らない。 頭がクラクラする。 視界が揺れて、わたしを再び深い眠りに誘おうとしている。
寝るのか、と誰かに聞かれた気がした。 たぶん大瀬良くん。
寝るよーと答えたつもりなんだけど、聞こえたかな。 聞こえてるよね。
誰かが冷えピタか何かを頬にあててくれたんだろうか。 冷たくて気持ちいい。
意識を手放すとき、脳裏によぎったのは誰かの泣き顔だった。 鳴いていると判断できるのに、なぜかその顔はモヤにかかってわからない。 小さい子どものようだけど。
それは一瞬にして消えて、わたし自身の意識も深く沈んでいったんだとわかった。
☆
意味不明に手足をバタバタさせるその子は壊れたおもちゃみたいに同じ言葉をくりかえる。
からだの骨がぜんぶなくなったみたいで、タコみたいに肌がヌメヌメしている。 ずっとお風呂に入っていないからかもしれない。
きたねーとその子を蹴ると、まわりの大人たちがその子を引きずり下ろした。 僕が気に入らないものはぜんぶ、大人たちが壊していく。
そのせいか友だちができないのが僕の悩みだったりするんだけど。
「ねーねー、カミサマ。 あんたカミサマなんでしょー」
大人たちが何かの集会でいないとき、そいつは現れた。
なんか、全体的にゆるーとしてる。 頭のネジとかゆるそうだ。
「あたしねー、あんたにお願いがあんのー」
この前のタコみたいな子とはちがう意味で、ひどく粘着質のある声。
ねばーぬばーってしていて、僕はあまり好きじゃない。
だけどその子はおかまいなしに、僕のいる犬専用のゲージのカギをあけてくれて、にたぁっかべちゃぁっかわからない笑顔を見せた。
「友だちになってー」
- Re: あなたを失う理由。 ( No.106 )
- 日時: 2012/09/04 23:28
- 名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
- 参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/
自然に目蓋が開く。ぼやけた視界が輪郭を取り戻すのに時間はかからなかった。
今日はよく寝る日だなー。 自分が寝ているのはいつものベッドじゃなくて敷かれた布団の上らしいけど……ああ、そうか。ここって仁美さんの部屋だ。
ずいぶんピンク色が多い部屋で、目がチカチカしてくる。いつの間にか氷枕が頭の下に敷かれていて、その冷たさに安心する。
風邪をひいたとき誰かに面倒をみてもらうってのが今までにあったかどうか。 父親にサンドバッグ代わりに思いきり殴られたことはあっても、面倒なんて見てもらった覚えはないし。
あー思い出すな思い出すな記憶に蓋をしてガムテープでぐるぐる巻きにするんだ。蛆虫が這うような胃の暴れ方。ggっぐぎぎぐいぎうぎいいぎ、
「自分は今から哀れな病人にお粥をあげるようだが、キミは少し顔色がナスビみたいだな」
「…………ナスビというか冬瓜ですかね」
嫌なとこらを見られた。
仁美さんが不気味なほど大きい目でこちらを観察している。虫かごの中にいる蝉のような気分だ。あーいや、蝉みたいな気持ち悪い虫に自分を例えるなんて何を考えているんだ。あーいや、蝉みたいな気持ち悪い虫に自分を例えるなんて何を考えているんだ。
全国の蝉ファンの皆さんに土下座と謝罪会見をゆお灸されても文句は言えないいほど、わたしは蝉が嫌いだけど、まだ無邪気さの欠片が残っている兄さんの悪ふざけが未だにトラウマになっていることを分かってほしい。
蝉の抜け殻をぐしゃぐしゃにしたものをふりかけにするなんて、胃が痙攣を起こすほど拒否反応を起こすに決まってる。 誰でもそうだろう。
「平気なのかな、と自分は問うてみる」
「風邪の方は少しだけ治まってます。 これでも体は強いので」
「それでもキミはなんだか苦しそうである」
「んあーちょっと過去の装飾がひどくギラギラでして」
「鋭利な飾り物ばかりなのだな、キミの思い出は」
話していて思ったけど無機質な声質と変わった喋り方が妙にマッチしている。なんだ、面白いな。あまり周りにこういう人がいないから新鮮。
細い指がすっと伸びてきてわたしの頬に触れる。冷たくも熱くもない常温の人肌。爪の手入れが行き届いている。まわりにそこまで几帳面な人はいなかったから、つい見入ってしまった。わたしは噛んじゃうし。
「自分は熱は無いと思うのだけど、どうだい。起きて食べれるだろうか」
「はい、遠慮なくいただきます」
腹の虫も鳴いていることだし。上半身を起こしてソファにもたれかかる。
そういえば大瀬良くんはどこだろう。いくらわたしでも今日知り合ったばかりの人とずっと時間を共有させていくのは気が滅入る。社交性だとよく誤解されるけど、実は人見知り気質のあるわたし。でも遠慮しないでと言われると絶対に遠慮しない、ある意味図々しいと思われる人種なのかもしれない。
……自分に対しての考察終わり。さて、お粥をいただこう。
「大瀬良くんは帰ったんですか」
テーブルに湯気のたっているお粥が置かれる。
仁美さんも食べるらしく、向かい側にペタンと座った。
「しょーねんはバイトらしい」
「あー…………バイト、ですか」
バイト……バイト、ねえ。 ふーん。
「仁美さんは大瀬良くんとは親しいんですか」
「自分は一応、あれだ あう……えっと、泰邦のー……お、お嫁さん? みたいなぁ」
「結婚なさってるんですか」
「ちゃうちゃーう」
この人、照れている表情が分かりやすすぎるな。わたしが言えることじゃないと思うけど。
「自分は泰邦の将来のお嫁さん。んでー泰邦はしょーねんの親戚で、自分は……しょーねんと会って、お願いしますみたいな」
口調が慌てているのに表情がまったく変わっていない。その不自然さが動作にも纏わりついている。
首を揺らすことが癖なのか、左右にふらふらとぐらついていて、取れてしまいそうだ。
「自分はキミ……えーと、あの……ど、どちらさん?」
そういえばまだ名前を教えていなかった。
「流鏑馬です。流鏑馬笑日」
「わらびー。わらびもち」
うわ、言われた。
保育所のときからこう呼ばれるのが嫌で嫌で仕方がなかった。だから名前をあまり言いたくないのに。
仁美さんは数回わらびもちと呟き、また首をカクカクと揺らす。下唇の皮がひどくめくれており、そこを気にしているのが爪で弄りだす。
「自分は宇留賀仁美である。今年で21歳で、大学生」
ああ、某猫じゃなかったのか。出だしがなんか似てる。
「バイト、もしてて駄菓子屋でわらびもち売ってたりする」
おおーなんだこの縁。いや、別に偶然なんだろうけど。
味が無いに等しいお粥を食べる。咀嚼する。唾液が米と混ざり合ってなんとも微妙な味わい。ていうかやっぱり味が無い。塩くらい入れて欲しい。病院で出されるお粥と似ている。
手加減なしであいつに殴られたときの入院生活で、ぶっちゃけ怪我なんかよりも無味なお粥に悪戦苦闘していた。後で知ったことだけど、あれってお願いしたら普通のご飯に変えられるらしい。
「大瀬良くんとはよく会うんですか」
「自分はしょーねんと……冬以来会ってなかった。久しぶりのしょーねんは背も髪も伸びていた」
そりゃあ大瀬良くんも成長するだろうに。人間としての彼は退化の一方をたどっている気はしないでもないけれど。
「大瀬良くんのバイトってなんなんですか」
「キミ、話がよくフライするね」
誰がルー語になれと言った誰が。
でもわたしとしては気になるし。だって彼女だもん、と言えないのが悔しい。単なる片思い。実るかどうかもわからない、一方的な押し付けがましい感情。
ビシッとレンゲをわたしに向ける。なにこの人、行動は本当に理解不能だ。わたしより後から食べたくせに、既に皿を空にしている。細身な外見の割に早食いなのかも。
「話題は尽きない方がいいじゃないですか」
「自分は食べるときは集中するタイプなのである」
「ていうかわたし、大瀬良くんを愛してるんです」
カミングアウト。仁美さんの目がギョロギョロ動き回る。明らかに困惑していた。目の焦点があっていない。何かが彼女の頭をピンポイントで突いて、そこがたまたま疑問を詰め込んでいる部分だったんだろう。
合致がいかない顔をして、不思議そうにこちらの目を覗き込んでくる。大瀬良くんのように吸い込まれるような感じは無いけど、色素が薄くて黒い瞳が素早く動いているのがよく分かる。金魚みたい。
「あ、あああいあいあいあいあいあい、あいあいあいあいしてる?」
口をパクパクさせて、餌がそんなにほしいのかと思って試しに指を差し出してみる。
うわ、銜えられた。
「むぐぐぐぐ」
ぐぐぐぐと言われても、強く吸わないで欲しい。なんか、この人唾液多い。ぬるってする。うわああああ、なにこれ。なにこれ!
離してほしいけど無理に引っ張ったら指を噛みちぎられそうな気がする。ていうか噛むな。
「あの、仁美さん。わたしの指はペットショップに売られてません。餌じゃあないので」
「むむむううむむむうう、は!失敬!」
うわー指がネトネトだー。制服で拭こうとして止めた。テーブルに置いてあるティッシュを取って指を拭く。対処法がよくわからない。
「キミはしょーねんを愛してるのだよね」
「まあ……そうですね」
確認されるほど疑わしいものなのか、わたしの気持ちは。
そう憤慨するのは止めておいた。どうやら理解してくれたらしく、さっきまで左右に揺れていた首を今度は前後に揺らしている。
「自分はキミとしょーねんは似合ってると思う」
「ありがとうございます」
この人、良い人だ。
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