複雑・ファジー小説

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あなたを失う理由。 完結
日時: 2013/03/09 15:09
名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

どうも 朝倉疾風です。





性描写などが出てきます。

嫌悪感を覚える方はお控えになってください。



主要登場人物>>1

episode1 character>>4


episode2 character>>58


episode3 character>>100


episode4 character>>158



小説イメソン(仮) ☆⇒p


《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4


《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg


《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A


《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI


執筆開始◎ 6月8日〜



Re: あなたを失う理由。 ( No.127 )
日時: 2012/10/20 22:50
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




 絶対に無いと思ったけれど、一応探しておくことにした。
 なにをって、アルバム。
 文化祭に行かないから今日は家でのんびりしてようねーと言い聞かせ、大瀬良くんを寝かしつける。こう言うとまるで大瀬良くんが幼児化したみたいだけど、実際それに近い。幼児化というか、眠気からくる甘えたさんが発動してしまった。
 ……簡単に言うと、寝ぼけ始めた。

「あー……くっそねみぃ。ほわーとする」
「まだ寝てる時間だからなぁ。さっさと寝なさい。朝になったら起こすから」

 実際は昼過ぎくらいまで大人しく眠っていてほしいけど。ヒカリの教えの……好奈が彷徨いているのだとしたら、家にずっといてもらいたい。
 あいつは何をしてくるのかまったくわからないから。
 とりあえず夢の世界に堕ちていった大瀬良くんの寝顔を数分は眺めて、心のなかで失礼しますと言い、彼の部屋の押入れを開けた。
 制服と何着かの私服。本が数冊しか収納されていない本棚。中に物があるのかどうかさえ怪しいタンス
 アルバムらしきものは見る限り無い。

「んーアルバムじゃなくてもーなんか昔のこと載ってるの無いかなぁーっと」

 ベッドで寝息をたてずに眠っている大瀬良くんを気にしながら、探索を続けていく。
 過去への手がかり。
 大瀬良くんの母親がヒカリの教えの信者なら大瀬良くんと好奈のあいだに何があったのか知っているかもしれない。もし彼女と接触できれば大瀬良くんのことを色々と聞き出せるかも。
 存命であれば、だけど。
 そしてもし存命であるなら、まともに人と対話できるかが問題になるけれど。

「………………おおー」

 あった。
 本棚に収納されていた数冊の本に、紙が挟まれていた。しおりかと思って開くと、それは写真だった。
 そこに写っているのは三人の人間。親子だろうか、幼い子どもが二人と、その後ろに一人、たぶん女性であろう人が写っている。ただ写真の上半分が誰かに破られており、肝心の女性の顔がわからない。

「これ大瀬良くん……?」

 幼い子どもは男女で、ひどく顔が似ていた。男の子のほうはどこか柔らかく微笑んでいて、女の子は活発そうにその男の子に抱きついている。
 場所はどこかの公園だろうか。
 それよりも男の子の顔には見覚えがあった。直感でわかる。これ、大瀬良くんだ。
 いまとは想像もつかないほど無邪気で優しい笑顔。正直に言うとめちゃくちゃ可愛い。こんなものが見つかるとは思わなくて、見入ってしまう。
 大瀬良くんがいて、きっとこの後ろの人は大瀬良くんの母さんで…………じゃあ、こっちの女の子のほうは?
 大瀬良くんと似ているから、姉か妹なのか。でも大瀬良くんに兄弟がいるなんて初耳だし。

「んーじゃあ元に戻しておこうかな」
「なにやってんの」

 冷たい無機質な声がして、
 次の瞬間、思いきり髪の毛を引っ張られた。
 ぶちりぶちりと何本か抜けるのかがわかる。痛みを訴える前に、視界がぐらりと揺れて、大瀬良くんがわたしを見下ろしているのが見えた。
 何かを答えようとしたけど、大瀬良くんの視線がわたしの持つ写真に逸らされた。これは弁解しようがない。偶然見つけたっていうのは通らないだろうな。

「なに、やってんの」

 二度問う。
 震えていた。
 その目はわたしじゃなくて、写真を凝視している。
 地雷だったのだとわかった時にはもう、後戻りできないほど大瀬良くんの思考が衰退していた。

「なにやってんの、ねえ。これ、この女、誰だっけ。あれれ」
「おおぜらく、」
「この女はこの女はこの女はこの女はこの女はこの女はこの女は、だれ。どの、なに、嘘」

 わたしはこの質問には答えられない。
 だってわたしは知らないから。
 大瀬良くんのことなんて、なんにも。

「あーもうなんだかさー」

 わたしはどうして大瀬良くんを苦しめてしまうんだろう。
 彼を知ろうとすれば知ろうとするほど、見えてくるのは靄ばかりで。優しくしたい、守ってあげたいと思えば思うほど、彼はすべてを拒絶する。
 彼は彼自身を守るために、わたしを拒絶して。
 いまみたいに不都合な記憶を除外する。
 覚えているわけがない。
 彼は母親から性的虐待を受けていた。だから写真に写っている母親の姿なんて覚えているわけがない。除外された記憶は忘れているだけで、絶対に無かったことなんてできない。
 そこが大瀬良くんにとっては矛盾になっている。
 忘れているだけで、ちゃんと覚えている。
 その矛盾が混乱を呼んで、自分の記憶の不一致と不合致が晒されて、彼は自分がなんなのかさえわからないんだろうな。

「覚えて……ない……?」

 なんだろう。何かが引っかかった。
 その引っかかりがなんなのかわからないまま、わたしは大瀬良くんを真正面から抱きしめる。
 大瀬良くんは抵抗しなかった。かわりに、ずるずると床に座り込んでしまった。
 汗がひどい。

「ごめんね大瀬良くん」

 これはわたしの不注意だ。

「わたし……必死すぎて周りが見えないときがあるね。大瀬良くんのこと大切だからなんだけど、でもそれで大瀬良くんを苦しめちゃあ意味無いよね」

 頭を撫でる。
 大きな子どもを相手にしているようで、不思議な感覚がした。
 数十分ほどその状態が続いて、そろそろと大瀬良くんから腕をほどく。

「やぶさめ」

 乾いた声。切れた唇からうっすらと血が滲んでいる。
 その唇から、視線をゆっくりと彼の真っ黒な瞳に移す。

「やぶさめ、やぶさめ、やぶさめ」
「んーここにいるよー」
「じゃあ、よしなは」

 背中が凍りつくのがわかった。
 確かに、いま、ヨシナって言った。わたしじゃない女の名前を呼んだ。
 その時、わたしの脳裏にふと過ぎった、あの日のこと。
 風邪をひいてここに泊まったとき、大瀬良くんが錯乱したときの言葉の羅列。


──うえへ、えへへへ、え、しにたくない。よしな、たすけてよ。


 あの時もよしなって言ってた。今まで気づかなかったけれど。

「好奈を知ってるの?」
「よしなはどこ」
「大瀬良くん、好奈はいないよ」

 どこにも。

「あーそう。そうなんだ。よしなはいないのか」

 あっさりと不在を認めて、大瀬良くんはニヤリと不器用に笑う。笑えてないよ、と言おうとしたけれど止めた。

「笑わなくていいよ」

 無理に笑われたら殺意が沸く。
 大瀬良くんにそんな顔をさせている人間に。
 彼が執着する好奈に。








Re: あなたを失う理由。 ( No.128 )
日時: 2012/10/21 21:39
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




               ☆




 あの日のことは、いまでも覚えている。



 ゲージのなかで丸まっていた。震えてもいた。
 寒くて寒くて必死で腕をこすっていたけど、だんだん手の感覚もなくなって、めんどーくさくなって、止めた。
 眠い。
 このまま眠ってしまおうか。
 人間だってスイミンはだいじだっていうし。
 そんなことを考えていたら、だれかが部屋に入ってくる気配がした。同時に、ゲージを開ける音も。
 目隠しをされているからわからなかったけど、どうやら焦っているらしい。
 ガタガタとゲージに体をぶつけて、そいつは僕の腕をつかんだ。
 温かい手だった。

「早くしろ」

 聞き覚えのある声。
 僕をキレイだと言い、よく話しかけてきたあの男だった。
 目隠しをはずされ男の顔が視界に映る。いまにも泣き出しそうな、子どものような顔だった。
 ゲージから出されて、僕は腕をひっぱられる。抵抗するひまも気力もないのでそれに従い、裸足のまま部屋から飛び出した。

 男は、僕を助けるよと言った。

 太陽のひかりが僕の目をいためるからと、サングラスをかけてくれた。僕の異質な白い髪がめだたないように、バスタオルを頭にかけてくれた。
 小さな僕のからだは男の胸にやすやすと収まり、そのまま外へ連れて行かれる。
 おひめさまだっこっていうんだ、こういうの。
 ひさしぶりに見る外の世界は、男が教えてくれたような青い空じゃなかった。
 灰色で、くすんでいる鈍い色。
 だけどそれでも満足だった。
 隣に彼がいてくれたから。

「ヨシナ」

 いつもはカミサマと呼ぶのに、そのとき男は僕を名前で呼んだ。

「俺と逃げよう。お前の身代わりは用意しているから、心配するな」
「みが、わり……?」

 男は僕の頭を撫でて、ゆっくりと服の裾を胸まであげた。
 男の眼下にあらわになった僕のからだ。そのへその隣には、むかしむかしにつけられた、ヘビみたいな傷跡があった。
 口を男の手でふさがれる。男は持っていた煙草に火をつけて、おもいきり、おもいきり、僕のそこへ、

「我慢しろよ」

 痛みと、熱さと、この男にはじめて与えられる苦痛の心地よさが、いっきにあふれてきて。
 ああ、いま、僕はこの男に痛みを与えられている。
 すごく暑くて、叫びたい。叫びたいけれど男に口をふさがれているから、くぐもった声しか出せない。
 拒絶する気にはならなかった。
 僕に触れても、汚そうともせず、痛みを与えようともしないこの男が、自分の意思でいま、僕に、




 気づけば僕は、射精していた。



 腰が揺れる。
 下着をつけていなかったから、シートに粘着質のある液体が垂れたとき、ひどい羞恥心と後悔が僕を襲った。
 あいつらにされたときと同じ反応。
 この男は特別だったのに。

「ごめ、なさ……ッ、ごめんなさい、ごめな……」
「ヨシナ、謝らんでいいから」
「汚れた……よ、汚れて……ごめ、僕ので、汚してごめんなさ……」

 汚い僕で、ごめんなさい。

「ヨシナ……。お前、美人なんだから。野郎の前で簡単に泣くな」

 そう言う男の顔はすごく優しくて。
 カミサマな僕でさえ、救われたような気がした。







 “彼”と出会ったのは、それから一年後のことだった。
 あの男は自分のことを「パパ」と呼ぶようにと言い出したときには、さすがに頭のネジがどっかぶわーっとなったんじゃないかと心配したけど、そんなことなかった。
 ケーサツに僕のことが見つかると、いろいろとめんどーだからっていう理由で、外出なんてさせてもらえなかった。
 だけどそれに不満があるわけでもない。外はいろんな音がいっぱいであまり好きじゃないし、フードは暑いし。
 学校にも行かないから、パパは退屈しのぎに“彼”を呼んだのかもしれない。
 気づけば僕の前に、“彼”はいた。

「んーキミってさーおくちあるー?ちゃんと喋ってよーおもしろくないじゃーん」

 “彼”は昔の僕みたいだった。
 オモチャみたいに反応がない。
 ためしにほっぺをつつくと、“彼”は大げさに肩を震わせた。怯えと困惑。この子、目が真っ黒だなー。僕とはぜんぜんちがう。
 数時間、僕はこの子にしゃべりかけた。
 たぶん年は僕のほうが大人なんだろうな。この子ちっさいし。

「ねーねー。おなかすかない?ねーねーってばぁー」

 こみにゅけーしょん能力は、むかし僕のトモダチになったあの子から学んだのだ。しゃきーん。
 ぜんぜんしゃべらない“彼”はしばらくパパにしがみついて離れなかったけれど、僕のトーク攻撃におれたのか、一言だけしゃべってくれた。

「きみ、おんな?おとこ?」

 そんなこと、こっちがききたい。

「キミは僕をどう思うのー?キミが思う僕でいいよー」

 性別なんてあんまり意識したことはなかった。
 僕はニンゲンじゃなくて、カミサマなんだから。
 “彼”は少し戸惑った顔をして、僕をじっと見た。吸い込まれそうな目。キレイだと思った。

「おんなのこ、かな」
「そう。じゃあ、“私”できーまりっ」

 その日から、パパはちょくちょく“彼”を家に連れてくるようになった。
 来るたびに“彼”はだんだんお喋りになって、僕の名前を呼んでくれるようにまでなった。
 呼びかければ、笑ってくれる。
 僕にできた二人目のトモダチ。



Re: あなたを失う理由。 ( No.129 )
日時: 2012/10/22 21:31
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




「やっぱり起きてましたね」

 仁美さんが起きていたから、どうせ泰邦さんも起きてるんだろうなと予想していたら、本当に起きていた。
 アパートの一階の管理人室。
 窓口で暇そうに煙草を吸いながら、ぼんやりとテレビで朝のニュースを見ていた泰邦さんがわたしを見て驚いた顔をした。この人、スーツの時といまとじゃ本当に違うな。詐欺だな。

「おはようございます、泰邦さん」
「嬢ちゃん、アンタなんでいんの。朝の六時だぞ」
「ちょっと王子様に会うためのお散歩に」
「ずいぶんせっかちな野郎だなぁ。嬢ちゃんを朝っぱらから走らせて」
「いや、けっこうのんびり来ちゃったんですけどね」

 言いながら、わたしは一枚の封筒を泰邦さんに見せた。
 この間わたしの家に届いていた、ヒカリの教えの封筒。

「これに見覚えありますか」

 泰邦さんが面倒くさそうに封筒に目をやる。特に表情は変化しない。
 封筒とわたしを見比べて、ニヤリと笑った。

「新手の刑事ごっこか、嬢ちゃん。だったらちとデッカイ遊びしてるなぁ」
「まあそんな感じです。女子高生の暇つぶしなんで、適当に気楽にしててください。これに見覚えありますか」
「あるもなにもヒカリの教えだろ」

 やっぱり知ってたか。

「だいぶ前の事件だぜ。まあ印象的だったから覚えてるんだけどな。ていうか、そんなものどこで見つけたよ」
「数日前にポストにプレゼントが入ってまして。それがなんとまあ、アヤシイ宗教団体へご招待しますっていう魔法のチケットだったんですよね」

 これがただの怪しい宗教団体だったらどれほどマシだったか。破り捨てておしまいなのに。
 千隼くんが教えてくれなきゃ絶対にこれはゴミ箱行きだった。

「これは人づてに聞いたので確かかはわかりませんけど」
「んー?」
「大瀬良くんの母親は、ヒカリの教えの信者だったんですか」

 瞬間、泰邦さんが勢いよくパイプ椅子から立ち上がった。おぼつかない足で数歩歩き、管理人室の隅に置いてあったゴミ箱を手に取る。
 そこに顔を填め、聞くに絶えない声をあげながら、肩を震わせる。吐いているのだとわかった。何度か激しく咳き込みながら吐き終えると、深く息をついて、顔をあげる。涙目だった。

「あー見苦しいもん見せちまったな。もらいゲロしそうか?」
「いえ……。それより大丈夫ですか。顔色悪いですけど」

 心配要素ゼロで相手を気にかけてみた。
 泰邦さんはゴミ箱から、質量たぷんたぷんの袋を取り出して縛る。それを奥に持っていて、しばらくして新しい袋を持って戻ってきた。
 パイプ椅子に腰かけ、疲れきったように深呼吸を何度かする。

「あー平気だ。まあ、あいつに比べればそんなに大したもんでも無い。ちょっとしたトラウマだな」
「すいません。もうこの話は止めますか」

 好奇心をぶら下げて言う。
 まあさっきの泰邦さんの反応で大瀬良くんの母親が信者だってことはわかったようなものだけど。このデリカシーの欠片も無いような男が吐くほどってどんだけだよ。まさか痛々しい呪詛みたいなの唱え続けていたんじゃないのか。周りの気が狂うほどに。

「いや……。でもそうだな。俺にとってもそんなに良い話じゃねえ」
「そうですか。……あと、もう一ついいですか」
「なんだよ」

 迷惑そうにやり投げに言われる。この人は人をイラつかせるのは得意だけど、自分がされるとキレやすいのか。自分がされて嫌なことは人にもしちゃいけないってならわなかったのか。

「よしなって誰ですか」
「オレのことあまり嗅ぎまわっちゃあヤだなぁ」

 背後から何かがおぶさってきた。同時に降り注ぐ低音の心地良い声色。
 振り返らなくてもわかる。
 なんで、こいつ。
 いつから後ろにいたの。
 唖然とする泰邦さんが何かを怒鳴って、それが言い終わるまえに、思いきり肘で後ろにいるそいつを小突いた。
 背中から離れるのを感じ、そいつの方へ体をぐるりと向ける。
 やっぱり。
 好奈だった。
 こちらを見て笑っている。小突かれたときにフードが外れたのか、白い髪がなびいていた。

「笑日じゃーん。昨日会ったねーオレちゃんと覚えてるよー」
「なんだお前。また大瀬良くんに会いに来たのか」
「それはこっちの台詞だってばぁ」

 手元に光るものが見えた。うわ、包丁だ。包丁本来の使い方をされているのなら文句はないんだけど。
 その包丁がわたしに向けられる。
 どうやら、使い方を間違っているらしい。こいつの親はどうしたんだよ。ちゃんとしつけろよ。

「ねーパパ。オレはもう何人も何人も何人も何人もニンゲンを救ってきて、それがトーゼンで、それで全部だって自分を安心させてきたんだけどさぁ」

 パパ?
 え、なに。誰が、パパ?

「悪意を持って殺したいって思ったのはハジメテだ」

 疑問はすぐに焦燥へと変わった。
 包丁を握り締めた好奈がわたしの目の前にいる。死亡フラグ上昇してるけどわたしが助かるっていうハッピーエンドはあるのかな。
 お、あるじゃん。
 ポケットから包丁とは大きさも全然違う小型ナイフを取り出す。好奈に次また会ったとき、最悪殺人者になってもかまわないと、持ち歩いていた。
 まさかこんなに早く使うなんて思っていなかったけど。
 だって昨日の今日だし。行動力があるのはわたしだけじゃなかった。

「朝っぱらから血の気の多い奴らだなー」
「泰邦さん。わたし、大瀬良くんを自分の家に連れて帰りますから。こんなところ、居させられない」

 大瀬良くんを飼い殺しするような、泰邦さんのところになんか。

「俺は悠真の保護者だ」
「大瀬良くんの保護者であり、好奈もかくまっていた。違いますかー」

 適当に言った。
 だって包丁を持っている白い髪の好奈を見て、さっきから驚いてないもんこの人。それどころか、なにかを諦めたような雰囲気さえある。
 それに好奈は口が軽い。
 簡単に「パパ」なんて言うもんじゃない。そう呼んだときの好奈の視線は、わたしの後ろにいる泰邦さんを見ていた。
 勘で言ってみたんだけど、どうやらあたっていたようだ。
 返事が無い。そのかわりに、少しだけ笑うような声が聞こえた。

「だから、あれほどアイツに近寄んなつったのに……」

 アイツとは大瀬良くんのことだろうか。
 以前、泰邦さんから大瀬良くんに関わるなと忠告を受けたけれど、わたしはそれを簡単に流した。簡単に、といってもただ好きな人だからという理由だけではない。
 今さら退けるわけがない。
 そんなところまで、わたしはもう来てしまっていた。

「カミサマ、俺から頼みがある」
「なぁにーパパ」

 そして、それはこの人たちも同じはず。
 お互いもう戻れないのだ。
 害虫を駆除しないと、彼はきっとまた苦しむはずだから。そのチャンスが今しかないのなら、わたしは、

「この女を、殺してくれ」






                ☆



 パパはいつも泣いていた。
 夜に僕のところへ来て、寝ているふりをしている僕の隣に座って、なにかお祈りをしていた。
 どうして泣いているのか聞きたかった。
 けれど、いま起きたらなんだか僕らの関係が終わってしまいそうな気がして。

 あるとき、ニュースで僕らのことが映されていた。
 たくさん人が捕まって、なかには知っている人もいた。

「ジドウギャクタイってなにー」
「さあな。なんだろうな」

 パパはテレビ画面を一度も見なかった。
 テレビでは一人の女の子がカミサマとしてギャクタイを受けていたとかなんとか言われている。カミサマって僕じゃん。

「ねー。僕はここにいるのに、なんでカミサマが保護されたってなってるのー?こいつらおかしいよー」
「身代わりだよ」

 あっさりとパパは教えてくれた。
 カミサマの身代わりとして、あそこに女の子を一人おいてきたって。
 その子はどうしたのって聞くと、パパはすごく苦しそうな顔をした。

「死んだんじゃないのか」




Re: あなたを失う理由。 ( No.130 )
日時: 2012/10/24 21:01
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 手加減をしない人間の気持ちがわからなかった。
 昔、本来なら家族であるはずの父親から殴られるたびに、どうして子ども相手に手加減ができないのかと、頭のなかで納得できないでいた。大人の男の力で子どもを従えるのなら、なにも力いっぱい殴らなくても、怒鳴るだけで済む話なのに。自分の拳を痛めてまでどうしてそこまで人を殴るのか、まったく理解できなかった。
 いまだったら、あーストレス解消でボコられてたのかなーと想像はつくけれど。
 ああいう無意味な暴力ほど虚しいものはない。

「あーそういえばそうだったっけ」

 思い出に浸っている途中、ずるりと視界がぐらついた。
 そのまま尻餅をつくことなく、慌てて受身をとる。
 顔をあげると目の前に包丁の刃先が見えた。既のところでよける。頬に刃先が掠った。
 避けることができたという安心感と、もう少しで刺さっていたという緊張感から、少し尿が漏れる。じんわりと下着が濡れる感触に眉をしかめた。

「なにが、そうだったっけ?」

 包丁とナイフを持って殺し合いをしているというのに、向こうにはまるで緊張感が無い。
 それどころか、人が全然いない。
 傍観者は泰邦さんだけだ。
 アパートの住人はおろか、通行人もいない。
 包丁を持ったまま近づいてくる好奈を見上げる。
 こいつはカミサマなんかじゃない。ただの、イカレ野郎だ。

「いやぁ……。アンタみたいな子を可哀想だなーっていうのかなぁって思って」
「はぁ?」

 神が人の罪を洗い流すヒカリの教え。なんて、バカバカしい。

「アンタはカミサマでもなんでもない。ただの狂った変態野郎だってことよ。人間の罪を洗い流す?ばっかばかしい。そんな厨二設定はアニメの世界で充分だっつーの」
「ちゅーに……?笑日、なに言ってんの。オレ、わかんないよー。カミサマじゃなかったら、オレはなんだっていうのさ」
「人間だよ」

 答えを言ったとたんに好奈の瞳が縮小と膨張を繰り返す。ひゅっと息を吸う音。包丁を落とさないように握りなおす。

「違うよ……違う、違う、違う!オレはニンゲンじゃない!だってさ、ずっとずっと儀式でニンゲンたちの汚れをオレが背負ってたんだよ!これはオレにしかできないことで、そうしなきゃオレは生きられなかったんだから!」

 それが、好奈にとっての世界。好奈にとっての正解。好奈のすべて。
 だけどわたしはそれを否定する。拒絶する。壊す。
 一人の人格が、人生が、それまでが終わろうがどうだっていい。
 わたしは、好奈という人間を壊す。

「なんだ。アンタ、わかってんじゃない」
「だからなにをだよ!」
「アンタが生きる理由だよ。アンタはカミサマとしてじゃなきゃ生きていけなかった。イカれた宗教の、イカれた大人たちに玩具にされて、そういうふうに洗脳されていただけ。大人たちは、アンタに優しくはしなかったでしょう」

 幼い頃から染み付いて消えないこの先入観を完全に消すことは不可能だろう。
 こいつは既に狂っているのだから。
 狂って、壊れて、新しく建築されてしまっている。そこを大雑把に崩すことは簡単だけど、丁寧に解体するのは容易じゃない。

「人の罪を洗い流す?綺麗事を言わないで。罪は消えないし、第一カミサマはそんな優しいことしない」

 カミサマなんてどこにもいないし。
 そこに救われる人間はいるけれど、わたしは知っている。この世界にそんなものはなくて、あるのは薄汚れた欲望の雑踏だけ。
 荒んだ考えかもしれない。
 でも、人間なんてそんなものだ。そうでしょう、おとーさん。

「…………がう、ちがう、違う違う違うッ!」
「アンタにはなにを言ってもわからないんだろうけどね」
「うるさいッ!嘘だよ!そんなこと、絶対に無い!なんでオレを虐めるの?オレ、なんか笑日に悪いことしたかなぁ?」

 目尻から涙を流しながら、好奈が問うた。
 いま殺されかけているんだけどなーと言うと、いまいち空気が読めていないふうになるだろうなぁ。
 ここは恋に必死になっている女子高生っていうキャラで。

「大瀬良くんをとろうとしたじゃない」
「だって、ユウマもオレと同じなんだから、しょうがないじゃん!」

 同じ…………。
 確か昨日もそんなことを言ってたな。同じってどういうことだ。

「オレがされてたこと、ユウマもされてたんだよ!ユウマはオレにだけ話してくれた……。オレがカミサマだから話してくれたんだよ!」
「それは……大瀬良くんが母親から虐待を受けてたってこと?」
「ギャクタイってなに?」

 ここまできても会話はいまいち噛み合わない。
 不思議そうに首を傾げる好奈をほうっといて、わたしは呑気に煙草を吸いながらこちらを見ている泰邦さんを睨みつけた。
 わたしを殺せと好奈に命令していたけど……好奈を「カミサマ」と呼んだってことはつまり、

「泰邦さんはヒカリの教えの信者なんですね」
「ぴんぽんぴんぽーん。正解だ、嬢ちゃん。お祝いでチュウしてやっからこっち来な」
「好奈をかくまっていたのは、ヒカリの教えを復興させたかったからですか」

 ふうっと長く煙を吐いて、煙草を地面に落とす。靴底で踏みつけた。じゅっという音が聞こえた。

「ああ。俺にとってその子は命よりも大事なんでな」

 新しい煙草を取り出し火を点けながら、泰邦さんは好奈へ柔らかい笑みを向けた。
 家庭環境が悪かったせいかあまり父親の笑顔というものは見たことがない。見ても醜悪なものだったから比べることはできないけど、泰邦さんのそれはやすっぽいドラマに出てくる父親のような微笑みだった。

「俺の邪魔する奴には消えて欲しいんだよ、嬢ちゃん」
「すっごく悪役っぽい台詞ですね、それ。悪いですけど、わたしもわたしと大瀬良くんの恋路を邪魔する奴には容赦ないです」
「男らしいね。いっそヒカリの教えに入ってもらいたいよ」
「遠慮します」

 軽口はここくらいまででいいだろう。
 そろそろ好奈の持っている包丁を回収したいところなんだけどな。わたしの言うことを素直に聞いてくれるようなお利口さんでもないだろうし。

「泰邦さん、お願いがあるんですけど」
「いいだろう。聞いてやるとは言ってやれねえが、言うだけ言ってみろ」

 見下したような態度に少し苛立ったが、なんとか抑えた。

「わたしはべつにヒカリの教えをどうこうするとか、どうでもいいんです。アンタたちが復興したいのなら、どうぞお好きにやればいい。でも、大瀬良くんやわたしを巻き込むのはやめてください」
「それは無理だな」
「なんでですか。好奈が大瀬良くんを気に入っているからですか」
「いや、そうじゃない。それもあるが、俺はあいつを救いたいんだよ。カミサマの力で」

 持っているナイフで顔を切り刻みたくなった。
 何を言ってるんだ、こいつは。本当にそんなことができると思っているのか。
 ここまで狂っている人間が目の前にいるのに。大人のせいで道を踏み外して、人格まで歪んでいる人間がここにいるのに。
 まだ自分の信じる教えで人が救えると、そう思っているのか。

「それが間違っていると、いつになったらわかるんですか」
「正解かそうじゃないかは俺が決める」
「アンタたちのせいで壊れている人間がいるのに……?」

 そう言って、好奈へ視線を移す。
 不完全で不自然で自分の存在すらわかっていないこいつは、誰かがいないと立っているのもやっとだろう。狂った人生を一人で歩くだけの力は好奈にはもう無い。

「そいつはカミサマなんだよ。何度言ったらわかるよ嬢ちゃん。お前はこいつの美しさがわからないのか?」
「わかりたくもないです」
「ああ、そうか。だったらもういい。嬢ちゃん、お前は全然わかって、な、っ」

 泰邦さんの声がつまる。
 震える唇。信じられないものを見たというふうに、顔がどんどん青白くなっていく。

「泰邦さん…………?」

 刹那、血の匂いがした。
 小さな悲鳴。くぐもった声。優しい死の音。

「あ、が」

 包丁が、
 好奈に、包丁が、
 刺さって、た。
 え、あ、
 好奈が刺した。
 自分で?自分を?


 え。









Re: あなたを失う理由。 ( No.131 )
日時: 2012/10/26 20:03
名前: 朝倉疾風 (ID: Sc1bIduz)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 人が自分の意思で死を選ぶとき、実行に移すまでの期間や実行する瞬間までなにを思っているのだろう。興味はあるんだけど、自殺願望のある人にわざわざそんなことを聞いたら、その人によって自分が殺さねかねない。
 ただ生きるのも死ぬのも本人の自由なのだから、わたしは自殺を止めようとは思わない。
 目の前で今から死ぬと宣言されても、せいぜいわたし自身に迷惑のかからないところでひっそりと、誰ひとり不快な思いをさせることのないよう、死んでくれと。そういう冷めた感覚で見てしまうかもしれない。
 だから好奈が血だらけで倒れたときも、そういう感じだった。
 第一、どうして好奈が自分を刺したのかもわからない。
 血が地面をつたって広がっている様を見ながら、警察を呼ぼうかと迷った。
 ここで警察を呼べば、好奈の存在が公になって、それを匿っていた泰邦さんも元ヒカリの教えの信者として何らかの罰を受けて、復興計画も白紙になって──。
 わたしの手が内ポケットにある携帯電話に伸びる。
 泰邦さんが倒れている好奈にかけよった。

「あー……そっか」

 彼にとって好奈という存在は本当にカミサマだったのか。
 それは言い換えれば、わたしでいう大瀬良くんのような。
 絶対に失ってはいけない存在。欠けてはいけない光。
 それを他人の手で奪われたとしたら、わたしだったらどうするだろう。

「カミサマ、ね」

 そんな信仰めいたものにする気はないけど、確かに大瀬良くんがいないとわたしはわたしじゃなくなるし。
 好奈を抱きしめる泰邦さんが、わたしとだぶる。
 じゃあ血だらけになっている好奈が大瀬良くん?
 違うよ。
 大瀬良くんはいま、自分のベッドで眠っている。まだ朝だから。
 警察に電話しようと携帯電話を取り出す。冷たい指先でボタンを押そうとして、

「えっ」

 それができなかった。
 目の前に広がる光景に絶句する。

「なに、してるんですか」

 同時に迫り上がる嘔吐感。それに耐えて、わたしは現状を受け止めることに必死になる。
 好奈の履いているミニスカートと黒いタイツを膝まで下ろして、泰邦さんが好奈の局部を手で包んでいた。優しく上下する手の動き。ぴくりと好奈の腕が動く。

「死人でも射精はできるのかねぇ」
「は…………ぁ?」
「カミサマの精液、女のナカに入れれば妊娠するだろうなぁ。そしたら生まれた子どもはカミサマになって、また“ヨシナ”になるだろ?カミサマは転生するんだよ、嬢ちゃん」

 顔は見えないけれど泰邦さんは嬉しそうだった。
 自分から顔をこすりつけて血を付着させようとしている。
 なんだ、こいつ。
 狂気から目が離せず、ただそこに立ち尽くしていた。足が動かない。泰邦さんの言っていることが一つも理解できず、ただその手の動きを見ていた。

「あー……あー……」

 好奈がもう死んでいるのかそれともまだ生きているのか分からない。
 時折、反射的に手の指先が動く。
 異様な光景をしばらく眺め、ようやくゆっくりと思考が動く。ボタンを押して耳に携帯電話をあてた。

「あ、もしもし。警察ですか」











                ☆



 きっと僕にとってパパは、父親でもあり兄弟でもあり友人でもあり恋人でもある。
 そんななんでもありな関係。
 心にできた隙間はたくさんあって、それを埋めるためにパパはなんにでもなっちゃう。



 だけどパパにとっての僕は、カミサマでしかなかった。



 父親としていっしょにお風呂に入っても、兄弟としていっしょにゲームをしても、友人として会話をしても、恋人としてセックスをしても、パパにとっては僕は異質なカミサマなんだ。
 カミサマはニンゲンの罪を洗い流さなきゃいけない。
 パパの罪はなに、と聞くと、たくさんありすぎて困ると言われた。
 そんなに悪いことをしたの、と聞くと、たくさんありすぎて忘れたと言われた。
 でもパパはすごく悲しい顔をするし、僕に触るときもなんだか恐る恐る感触を確かめるように、ゆっくりと抱きしめてくる。
 こんな優しい人が、自分の罪を忘れるわけがない。パパはきっと苦しんでる。だから僕が流さないと。
 いつもみたいに。あの時みたいに。 

「カミサマ、俺はどうすりゃいいんだろうな」

 その日の夜、パパはひどく弱々しい声で僕に尋ねてきた。
 ふたりでお風呂に入って、ふたりでひとつの布団にもぐっていた。最初、軽くキスをして僕の髪を撫でていたけれど、ふとその表情が悲しいものに変わる。

「どうしたのさぁ」
「んー…………。まあ、いろいろ。悠真のこととか」
「ユウマ?ユウマがどうかしたの」

 パパはユウマを大事にしていた。僕が嫉妬するくらい、あの子を本当に大事にしていた。

「なあ…………あいつから逃げている俺は弱いか」

 僕の質問には答えずにパパは小さい声でまた尋ねた。
 弱いかと聞かれても、僕はパパがユウマから逃げてるなんて思ったことがない。ときどき家に連れてくるけど、ユウマは僕に懐いてくれているし、パパもユウマに優しいし。

「逃げちゃってるの?」
「あ、いや…………あいつってのは悠真じゃねえんだけどな。まあ、いいか」
「んーどういうことー。ユウマの話をしてるんじゃないのー。話してみんしゃーい」
「いいや、いいよ。俺はべつにアンタにカウンセリングを受けられたいわけじゃないんだ」

 かうんせりーぐってなんだろう。知らないことばがポンポン出てくるから日本語ってすごく大変だ。国語とかいう勉強は嫌いだし。ユウマはわけのわからないことばばかり言ってくるから。
 理解できずに首を傾げる僕をパパは抱き寄せる。

「お前は、俺だけのカミサマだけでいいよ」
 
 執着しているのはパパのほうだと思った。僕もパパを好きだけど、パパは僕が好きなわけじゃない。カミサマとしての僕が好きなんだ。
 だから否定されないようにしないと。
 僕が、パパの望む僕でないと。



 パパだけの、カミサマに。





 でも、それはできなくなった。
 オレがユウマの秘密を知っちゃったから。





 だから、
 僕はパパだけのカミサマになれなかった。



 ──アンタはカミサマとしてじゃなきゃ生きていけなかった。

 そうだよ。

 ──アンタはカミサマでもなんでもない。

 そうだよ。

 ──イカれた宗教の、イカれた大人たちに玩具にされて、そういうふうに洗脳されていただけ。

 そうだよ。

 全部全部全部全部全部全部ホントウで全部全部全部全部全部全部がウソ。悪い夢。
 オレはいったいなんだろう。
 パパだけのカミサマになろうとした。パパにとってオレはカミサマだった。オレはいらなくて、パパはカミサマが欲しかった。
 最初から必要とされていたのは、私なのオレなの僕なの?
 それとも、



「仁美ちゃんがよかったの?」



 パパはオレ以外の人間にも優しい。ユウマも仁美ちゃんもみんなを救おうとしている。
 オレは一生懸命、パパだけのものになろうとしているのに。
 こんなの、疲れるよ。オレはどうすればよかったの。


 あのとき、ユウマを抱かなきゃよかったの。


 ああ、なんだかもう、パパがわからない。オレの知っているパパじゃない。
 こんなパパをもう見たくない。ひとりになりたくない。カミサマになんかなりたくなかった。




 あ、死のう。




 カミサマだって死ねるはずだよ。
 だから天使のわっかが、頭にあるでしょ。



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